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- 「理念の制度」としての財務三基準の有機的連関性の中の収支相償論 / 出口正之(国立民族学博物館教授)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 国立民族学博物館教授 出口正之 キーワード: 公益法人制度改革 収支相償 財務三基準 特定費用準備資金 クリープ現象 要 旨: 公益認定法第5条6号及び14条に示された規制を示す法令用語である「収支相償」は、公益目的事業比率規制(同5条8号)及び遊休財産規制(同5条9号)とともに、数値によって表現される「財務三基準」のひとつである。これらは1つの規制の数値を変更すれば、他の規制の数値すべてが変化する関係にある「相互に有機的な連関」を持ちながら、公益法人の収入を確実に公益目的事業に支出させることで立法趣旨である民間の公益の増進に資するように設計してある。設計時には特定費用準備資金及び資産取得資金という2つの調整項目を作り出し、現実的に運用可能な「最大限の緩和」を行った。しかし、財務三基準についてそれぞれ別個に解釈の変更が繰り返され、現在では、法改正がされていないにもかかわらず、実質的な規制強化となる「クリープ現象」が生まれてしまっている。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 誤解されたガイドライン Ⅲ フロー規制をストック規制に転換させる特定費用準備資金と資産取得資金 Ⅳ 特定費用準備資金を巡る民間の「クリープ現象」 Abstract “RENEC”known as the flow-base regulation, which is a legal term indicating the regulation set forth in Article 5 (vi) and Article 14 of Public Interest Authorization Act(AAPI). It is one of the "three financial regulations", which have systematic relationship each other. These are, holistically, to ensure that revenues of public interest corporations shall be spent on for public interest, and designed to contribute to the public benefits by the private sector, which is the legislative objective. At the time of design, two adjustment items are prepared, and regulations are carried out as the "maximum mitigation" that can be operated realistically. However, the change in interpretation of each regulation of the three has been repeated separately, and at present, the "creep phenomenon", which means to strengthen the substantive regulatory powers, can be found, without any revises of the act. Ⅰ はじめに 公益法人制度改革とそれに続く税制改革は、我が国の制度改革の歴史においても、極めて特異な地位を占めたものといえる。それは、理論に基づきあるべき制度として改革が実現したからである。例えば、公益法人制度改革の方向性を決定付けた閣議決定「公益法人制度の抜本的改革に関する基本方針」は、以下のように謳われている。 「我が国においては、個人の価値観が多様化し、社会のニーズが多岐にわたってきている。しかし、画一的対応が重視される行政部門、収益を上げることが前提となる民間営利部門だけでは様々なニーズに十分に対応することがより困難な状況になっている。 これに対し、民間非営利部門はこのような制約が少なく、柔軟かつ機動的な活動を展開することが可能であるために、行政部門や民間営利部門では満たすことのできない社会のニーズに対応する多様なサービスを提供することができる。その結果として民間非営利活動は、社会に活力や安定をもたらすと考えられ、その促進は、21世紀の我が国の社会を活力に満ちた社会として維持していく上で極めて重要である。」(閣議決定[2003]下線部引用者) さらに、これに続く税制の基本を打ち立てた「新たな非営利法人に関する課税及び寄附金税制についての基本的考え方」には以下のように謳われている。 「この「基本的考え方」は、昨年6月の「わが国経済社会の構造変化の『実像』について」において指摘した「民間が担う公共」の重要性を踏まえ、この諸課題に関して今後の改革の基本的方向性を提示するものである。「あるべき税制」の一環として、「新たな非営利法人制度」とこれに関連する税制を整合的に再設計し、寄附金税制の抜本的改革を含め、「民間が担う公共」を支える税制の構築を目指そうとするものに他ならない。これはまた、歳入歳出両面における財政構造改革の取組みと併せて、わが国の経済社会システムの再構築に欠くことのできない取組みでもあるといえよう。」 (政府税制調査会 基礎問題小委員会 非営利法人課税ワーキング・グループ[2005]下線部引用者) 政府税制調査会では、従来、不公平税制の是正として公益法人課税については課税強化の論調であった1)。この論調を180度変えたのは、公益法人の活動が社会から圧倒的な信頼を得たからではない2)。逆に、世論の俎上に上がったのは、むしろ公益法人の諸問題の方である。ところが、悪徳公益法人を懲らしめる税制として立案されたのではなく、あくまで「あるべき税制」を総合的に再設計して、「民間が担う公共」を支える税制の構築を目指そうとしたものであって、「歳入歳出両面における財政構造改革の取組みと併せて、わが国の経済社会システムの再構築に欠くことのできない取組み」という点に重点がおかれていたのである。 税制が一般に政治的力学の中で決定されることが多い中で、「理念の税制」として公益法人制度税制改革は誕生した。言い換えれば、公益法人関係者等の要望の結果として誕生したわけではない。政府税制調査会石弘光会長はこの点を公益法人などの関係者の「予想外」という用語でその点を表現した3)。また、小島廣光は同調査会の報告書がターニング・ポイントになったことを例証している(小島[2014])。公益法人関係者の要望の結果として生まれた制度では無く、21世紀社会を見据えた「理念の制度」として誕生したという点は、公益法人制度改革の諸規制や今後の制度運営を考える上での重要な羅針盤である4)。 「民間が担う公共」を支える制度の総仕上げが、平成20(2008)年の『公益認定等に関する運用について(公益認定等ガイドライン)』(以下「ガイドライン」という)の策定とそれと並行して行われた平成20年度税制改正である5)。したがって、ガイドラインは「『内外の社会経済情勢の変化に伴い、民間の団体が自発的に行う公益を目的とする事業の実施が公益の増進のために重要となっていることにかんがみ』、当委員会の運営によって、『公益を増進し活力ある社会の実現に資する』という考え方を全員で共有し、意識してこれを目指すものとする」(内閣府公益認定等委員会[2007])という基本方針によって作成されたものである。 本稿の主題である「収支相償」とは、公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(平成18年6月2日法律第49号)(以下「認定法」という。)第5条6号及び14条に示された規制を示す法令用語である。また、公益目的事業比率規制(同5条8号)及び遊休財産規制(同5条9号)とともに、数値によって表現される財務上の三規制を構成する。これは一般に「財務三基準」と呼ばれている。さらに財務三基準は同法第30条第2項に規定する公益目的取得財産残額の算定とともに、相互に有機的な連関を保って作成された。「相互に有機的な連関」というのは、1つの規制を動かせば、他の規制の数値すべてが変化する関係にあるということである。公益認定等委員会第3回委員会の公表資料である図1はそのことを示す初期設定時の一番大事な制度設計図である。 図1 内閣府令が関係する財務関係の主な認定基準 出所:内閣府公益認定等委員会第3回参考資料 したがって、財務三基準は、相互に独立した規制として捉えることはできないし、そのように設計されていない。この規制の有機的連関性をここでは「公益認定法上の財務規制の有機的連関原則」(以下「有機的連関原則」という。)と呼んでおこう。有機的連関原則は認定法第1条における「公益法人による当該事業の適正な実施を確保するための措置等」を構成することで、「公益の増進及び活力ある社会の実現に資することを目的」としている。すなわち、有機的連関基本原則は認定法第18条に規定する「公益目的事業財産」が公益の増進のために使用されることを担保するためのものである。法人側にたてば、財務三基準とは「公益目的事業財産」を公益の増進のために使用することを社会へ約束することであり、どれかの基準に抵触しそうなときは、有機的連関原則によっていずれも公益の増進に即してしっかりと当該財産を適切に使用していくことによってその回復を図ることができる。3つの規制があるように表現されているが、設計図の趣旨は有機的連関性に基づく「ホメオスタシス」(状況を一定の状態に保ちつづけようとするフィードバック機能を持った調整機能)として機能させているといってよいだろう。 ところが、改革の進行とともに、財務三規制は、相互に独立して議論されてしまい、その方向性を失い、とりわけ、収支相償については評判がとてつもなく悪くなってしまった。例えば、公益法人協会の太田は「この罪深きもの―収支相償」(太田達男[2014])として、強く弾劾している。また、「このような形でしか収支相償要件を考えられなかった立案担当者の能力を疑います。もっと知恵を出せと言いたかったです。私たちのような一般人や一般法人が制度の全体像を知り、問題点を認識できないうちに現行制度が出来て運用が始まってしまったのはとても残念です」(2015年02月24日公益認定ウォッチャーブログへの匿名のコメント)といった声まで上がっている。 設定者の立場から言えば、最近の内閣府公益認定等委員会公益法人の会計に関する研究会(以下「会計研究会」という。)の研究報告書([2015]、[2016]、[2017])には、理解に苦しむ点が多々ある。 ガイドライン上は大規模法人、中規模法人、小規模法人の3区分がすでにあるにもかかわらず、小規模法人対策を目指したうえで、規模別に線が引けないとしたり(会計研究会[2015]p.6)、「収支相償の剰余金解消計画」というガイドライン上の「剰余金」の定義と全く整合が取れていないものを持ち出したり(会計研究会[2015]p.13)と枚挙にいとまがない6)。 民間の公益法人の活動は自由権を保証する憲法下での活動である。財産権の保障も憲法上の大きな権利である。規制には、単に法律に明記してあるということもさることながら、規制をするだけの相応の公共の福祉上の要請言い換えれば正当性が背後になければならない(林[1975])。上記閣議決定の「柔軟かつ機動的な活動を展開」が期待された改革の方向性から見ても、収支相償についてはおよそ正当性が見出せないような「複数年度においてもなお収支相償を満たさない場合には、法人にとっても認定法違反の問題を免れ得ないから、当該期間内における収支均衡は確実なものである必要がある」(会計研究会[2015]p.13)というような方向性を有するガイドラインはつくることはあり得ない(図1も公益目的事業は収入が支出を上回る図となっている)。 さらに「公益法人は、税制優遇を受けて公益目的に資する事業を行う社会的存在であることから、公益法人制度においては、公益目的事業に係る収入と公益目的事業に要する費用の均衡及び遊休財産の保有制限等の財務に関する規律が設けられている」(会計研究会[2017]p.8)といった、政府税制調査会や公益認定等委員会委員を歴任した人間からは、とうてい理解不能な公的文書が存在し始めている。制度設計時にはこのようなロジックも筆者は聞いたことがない。後述するが法律上の「収支相償」と「収支均衡」ないし「収入と費用の均衡」とは全く異なる概念である。収支を均衡せよというときに、林が主張する規制の正当性はどこにあるのか、どのように理論に基づくのか?世に普遍的な真理があるとすれば、赤字を避ける理論は構築できても2年連続で収支を不均衡にしてはならないという正当性は決して出てこないだろう。さらに、税制上の優遇と「収入と費用の均衡」とが連動するのだろうか。収入と費用が均衡すれば、法人税はそもそもゼロであり、それを以て税制上の「優遇」ということ自体論理的に矛盾している。 この点は、「柔軟かつ機動的な活動を展開」を期待して「理念の制度」に基づく「常識的な制度」を作り上げたと認識している者の一人として世間の誤解を解く必要があるし、仮に、「おかしな制度を作った者の一人」として指弾されるならば、堂々と反論させていただく必要があるだろう。 そこで、本稿は設定者の一人として、設定時に戻って税制上の観点も加味しながら「収支相償」の意義を考えたい。 Ⅱ 誤解されたガイドライン 認定法第5条6号については、「その行う公益目的事業について、当該公益目的事業に係る収入がその実施に要する適正な費用を償う額を超えないと見込まれるものであること」となっている。この点については、次の5点が指摘されていた(内閣府公益認定等委員会第19回資料2及び議事録参照)。 「①収支7)が均衡しているかどうかをどのような単位で判断するのか、②その場合の適正な費用8)の範囲をどう捉えるか、③同じく収入9)の範囲をどう捉えるか、④収入が実施に要する適正な費用を償う額を超えないという意味をどう考えるか、⑤公益目的事業に付随する事業や関連する事業がある場合の事業の範囲をどう考えるかについて具体的な取扱いを整理する必要がある。」 上記のように、収支相償で比較するのは、法令上の用語としての「収入」と「適正な費用」であり、公益目的事業費の会計上の用語の「収益」と「費用」ではない。したがって、収支相償を論じるときに「黒字・赤字」の表現は適切ではないし、ガイドラインでは一度も使用されていない。 「収入」の意義 「⑴費用について損益計算書上の経常費用を基礎とすることに対応し、収入について損益計算書の経常収益の部における公益目的事業収益を基礎とする。 ⑵具体的には、公益目的事業の活動に係る対価収入のほか、その公益目的事業に充てるために受ける寄附金、補助金など、当該公益目的事業を行うことにより取得する全ての収益を対象とする。 ⑶収益事業等の収益から公益目的事業財産に繰入れる分(法第18条第4号等)の扱いについては、更に検討する。」(第19回公益認定等委員会資料2及び議事録) ここで重要なのは、⑶の部分である。 税制上の大きな変化として、従来は収益事業等からの繰入については、法人が非収益事業部門と収益事業部門と2つの法人を擬制的に存立させて、収益事業部門からの「みなし寄附金」として税法上取り扱っていた。みなし寄附金の収益事業部門における損金算入枠(限度枠)を定め、上限としていたのである。この限度は制度改革前は30パーセントであった。それに対して「理念の税制」では、そもそも収益事業等の収益は公益目的事業を行うものであるから、繰入を任意から強制へと切り替えられ(認定法第18条4号)、その強制繰入れの比率は50パーセントと定められた(公益認定法施行規則第24条)。 そこで、収支相償についてガイドラインは、当初「収益事業等の利益額の50%を繰入れる場合」と「収益事業等の利益額を50%を超えて繰入れる場合」について記載していた10)。両者の繰入額を合わせて「みなし寄附金」と呼ぶことがあるが、前者は認定法に基づく法令上の義務であり、後者は任意であることから、ここではより正確を期すために、50%繰入を「みなし税金」、その額を「みなし税額」と呼ぶことにする。また、50%を超える部分の繰入れを「みなし寄附金」、その額を「みなし寄附額」と呼ぶことにする11)。 税法上の収益事業等から公益事業への繰入れは損金算入を前提とし、前述の通り制度改革前は収益事業の利益の30%までであった。したがって、税法上の損金算入の限度額は事実上なくすと、収益事業で利益を出して、それを公益目的事業に繰入れ、公益目的事業財産として貯め込むと、税制上の公平性を欠くことになる12)。そこで繰入の損金算入の額の制限として、以下のように定めている(法人税法施行令第73条第1項3号イ、同73条第2項)。 「【みなし寄附金がない場合】 その事業年度の所得の金額の100分の50に相当する金額 【みなし寄附金がある場合】 ②の金額が①の金額を超えるときは、②の金額 ① その事業年度の所得の金額の100分の50に相当する金額 ② 公益目的事業の実施のために必要な金額(その金額がみなし寄附金を超える場合には、そのみなし寄附金額に相当する金額。以下「公益法人特別限度額」といいます。) 両者を比較して②を算入限度額としている。」(国税庁[2012]p.37) このことを認定法上の繰入れの上限額として定めたのが認定法第5条6号と同第14条であり、第14条はそのことを明確に示している。「当該公益目的事業の実施に要する適正な費用を償う額を超える収入を得てはならない」である。したがって、収支相償の計算式は、繰入額の「みなし寄附額」の上限額をλとすると、λを算出するためのものであると考えるとわかりやすい。そこで、収支相償規定にとっては、収益事業等からの繰入額が50パーセントの「みなし税金」の範囲の法人なのか、それを超える繰り入れを行う「みなし寄附」の法人なのかが決定的に重要となる13)。 図2は、そのことを示したものである。実際には特定費用準備資金への積立て及び取崩しがあるのでもう少し複雑だが、簡略版を使用しながら収支相償規制が公益法人特別限度額λの計算のためにあることをこの図を使って説明しよう。 図2 公益法人特別限度額と収支相償 注 図が複雑になるので特定費用準備資金への積立て取崩しはゼロとして作図した。 出所 筆者作成 収益事業等の利益を法人会計の収益事業等の管理費相当分などを加味して損金を計算し、収入から益金を計算する。収益事業等の会計の収益から課税対象額を計算し、その50%を計算し(「みなし税額」)、収支相償上の公益目的事業収入に繰入れなければならない(「みなし税金」)。この時、繰入によって、収入のほうが多ければ、みなし寄附額の上限額はゼロになる。収入のほうが少なければ、その差額(図の白い部分=λ)が、収益事業等からの繰入れ限度額となる。このように従来、税法上の損益算入額という形の上限が、収支相償規制によって認定法によって事実上の上限が設けられたのである14)。したがって、前述の通り当初より収支相償の第2段階については、【収益事業等の利益額の50%を繰入れる場合】と、【収益事業等の50%超えを繰入れる場合】の2種類だけに関心が存在していた。上記の通り、確かに収支相償規制は税法との関係が重要であるが、それは公益目的事業に対する税制ではなく、収益事業等に対する法人税との関係である。もっともガイドラインの策定は、平成20年度税制改正に先立って決定しているため、上記の関係については、公益認定等委員会議事録には記載されていない。理詰めの法制度と理詰めの税制改正の必然の結果として、上記のように規制を合理的に説明することによって、認定法と税法の意図をつなぐことが可能となる。 Ⅲ フロー規制をストック規制に転換させる特定費用準備 資金と資産取得資金 次に収支相償上の「適正な費用」を考えてみよう。 「2.「適正な費用を償う額」の意義 ⑴公益法人認定法上の費用概念は、公益目的事業比率の計算等において損益計算書の経常費用を基礎としていることにならい、損益計算書の経常費用の部における公益目的事業費を基礎とする。 ⑵適正な費用には、当該公益目的事業に係る特定費用準備資金への繰入額(規則第18条)を含める。 ⑶謝金、礼金、人件費等で不相当に高い支出がなされる場合には、適正な費用とは認められないものとして扱う。」(第19回公益認定等委員会資料2及び議事録) 公益法人は、余剰資産を「特定費用準備資金」15)として、資産をロックすれば、「適正な費用」としてカウントすることができる仕組みとしている。したがって、遊休財産規制とともに、収支相償規制は、公益目的事業収入について、将来に亘って「公益目的事業」に使用することを法律面で強固に拘束させているものである。上記の考え方にたてば、フロー規制としての実質的意味合いは収益事業を行っていた法人に限られることになる。そこでそれを担保するために創出されたのが「特定費用準備資金」である。 ここで「特定費用準備資金」とは以下のように定められている。 認定規則第18条3第1項に規定する特定費用準備資金は、次に掲げる要件のすべてを満たすものでなければならない。 一 当該資金の目的である活動を行うことが見込まれること。 二 他の資金と明確に区分して管理されていること。 三 当該資金の目的である支出に充てる場合を除くほか、取り崩すことができないものであること又は当該場合以外の取崩しについて特別の手続が定められていること。 四 積立限度額が合理的に算定されていること。 五 第3号の定め並びに積立限度額及びその算定の根拠について法第21条の規定の例により備置き及び閲覧等の措置が講じられていること。 さらに、この点についてガイドラインでは3号の解釈だけ示し、4号の「合理的」の解釈は示していない。行政手続法(平成5年法律第88号)第5条では、申請により求められた許認可等をするかどうかをその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準(以下「審査基準」という。)を定めることとされている。ガイドラインはこの「審査基準」に相当する。したがって、ガイドラインに示していない上記の3号の解釈は、法人に委ねられていると考えるのが妥当であるが、監督の段階で4号の「合理的」を根拠に、制度の心臓部である「特定費用準備資金」の特徴を消し去ってしまっている16)。 また、「資金について、止むことを得ざる理由に基づくことなく複数回、計画が変更され、実質的に同一の資金が残存し続けるような場合は、『正当な理由がないのに当該資金の目的である活動を行わない事実があった場合』(同第4項第3号)に該当し、資金は取崩しとなる」となっている。「止むことを得ざる理由に基づくことなく複数回」ということであるから、理由の如何を問わない場合については、「1回だけは変更を行うことができる」(公益認定等委員会議事録)としており、やむを得ない理由であれば何回でも変更可能であるという反対解釈を含意している。理由無く変更した場合も「取崩し」になるだけである。したがって、事実上、フロー規制としての側面を消し去り、ストック規制としての実質的意味を持たせているのである。 以上の通り、制度設計時には、「黒字を出してはいけない」という意味は事実上存在せず、ただ、収益事業等からの繰入の制限のみフロー規制として意味を持たせているのである。この点については「最大限弾力化」(第29回議事録)しているのであって、委員の一人としては「ここまで柔軟化ができるのか」と思った次第である。したがって、制度設計時以上の弾力化は必要ないと考えられるし、技術的に不可能であろう。当時の委員の一人としてその点について自信を持って保証するものである。 収支相償における意図せざる解釈の揺らぎとしての「クリープ現象」については、「短期調整金」が突如として消えたこと等についてかつて詳述したことがあるが(出口[2016b])、それ以降も次々と誕生していっている。 例えば、会計研究会報告では「収支相償の剰余金の解消理由としては、当期の公益目的保有財産の取得や特定費用準備資金の積立てがガイドラインに掲げられている」(会計研究会[2015]p.6)と明確な事実誤認が指摘できる。すでに見たように「特定費用準備資金」の積立は、「適正な費用」の中に入り、「収支相償の剰余金」の中にはない。 この点も議事録に明確に記載されている。 「(事務局)『適正な費用を償う額』の意義です。公益法人認定法人上の費用概念はいろいろなところで用いられておりますが、公益目的事業比率の計算等においては基本的には損益計算書の経常費用を基礎としていることにならい、ここにおきましても損益計算書の経常費用の部における公益目的事業費を基礎としたいということです。 ただし、公益目的事業比率や遊休財産額の規制等におきまして、その費用については当該公益目的事業に係る特定費用準備資金、これは将来の特定の活動の実施に充てるために特別に法人において管理して積み立てた資金は費用額に繰り入れるという調整項目を設けていますが、その調整項目として繰り入れた額も適正な費用に含めたいと思います。」(第19回議事録。下線部引用者) つまり、特定費用準備資金は調整項目であって、調整項目が入ることを前提とした制度設計となっている。 「(第1段階では)収入が費用を上回る場合には、当該事業に係る特定費用準備資金への積立て額として整理する。」 つまり、ガイドラインでは、特定費用準備資金への積立て額(以下「特費積立額」という。)は決して「例外的な措置」ではなく、単なる「調整項目」であって、剰余金の解消手段ではない。 したがって、剰余金の取扱いについてはガイドラインには以下の通り、特定費用準備資金は入っていない。 「⑷剰余金の扱いその他 ①ある事業年度において剰余が生じる場合において、公益目的保有財産に係る資産取得、改良に充てるための資金に繰入れたり、当期の公益目的保有財産の取得に充てたりする場合には、本基準は満たされているものとして扱う。このような状況にない場合は、翌年度に事業の拡大等により同額程度の損失となるようにする」(ガイドラインpp.6-7)。 特定費用準備資金が「適正な費用」に入り、その上で収支相償が図られるとする当初の設計と、特定費用準備資金を例外的な措置として剰余金の解消手段として使用されるとする最近の会計研究会の基本スタンスとは、収支相償の原則を考えるうえで非常に大きな相違となっている。同研究会の報告を受けた後に追加されたFAQ問V-2-6では「収支相償は公益目的事業に関わる収入と公益目的事業に要する費用とを比較する」とし、「適正な費用」を「費用」に変換し、定義すら変わってしまう「クリープ現象」が起きているのである。 その結果、「公益法人は、税制優遇を受けて公益目的に資する事業を行う社会的存在であることから、公益法人制度においては、公益目的事業に係る収入と公益目的事業に要する費用の均衡及び遊休財産の保有制限等の財務に関する規律が設けられている」(会計研究会[2017])といった説明がなされ、「公益目的事業に関する損益はゼロないし赤字が原則」という理解が蔓延していっている。 そうすると、たとえば「平成28年版公益法人の概況及び公益認定等委員会の活動報告」17)では、公益目的事業比率を満たしていない法人数は30、遊休財産規制を超えている法人数は282であるのに対して、現時点での定義における収支相償プラスの法人数は2,731となっている。これは平成28年12月1日時点での公益法人数9,458法人の実に29パーセントに相当する18)。これでは制度としてすでに破綻していることを意味しているといえよう。 Ⅳ 特定費用準備資金を巡る民間の「クリープ現象」 特定費用準備資金については、官民混在して誤解が広がった。 ガイドラインは「止むことを得ざる理由に基づくことなく複数回」という二重否定文であるのに対して、民間レベルで、特定費用準備資金を「やむ得ない理由の外は取崩すことができない」という内部規定をつくることが行きわたってしまい、特定費用準備資金が当初の調整項目として考えられていたにもかかわらず普及していない。 他方で、「特定費用準備資金において将来的に発生する赤字の補てんについては、制限をしていないところです。単年度の収支で黒字が発生した場合に、将来の赤字が見込まれる場合には、これに備えて、資金を積み立てる(特定費用準備資金)や将来の公益目的事業に使用するための財産の取得なども可能」(パブリックコメントに対する内閣府回答)(平成27年)「最大限柔軟化」を超えるメッセージが発出された結果、この点も混乱が起きている。もともと移行法人用に作られた、ストックとしての資産を特定費用準備資金として整理する方法を「単年度の収支で黒字が発生した場合に」というフローにまで、拡大した結果、わざわざ「将来の赤字が見込まれる場合には、これに備える資金」が可能としたことから、認定法規則との整合性が完全にとれなくなり、急遽「将来の収支変動に備えて資金を積み立てることができるよう、要件の明確化等(考え方の整理、具体的な適用事例の明記等)ができないか。』を検討課題としている」(平成28年会計研究会)と、二重三重に法人側へ混乱するメッセージを送ってしまった。 しかし、検討した結果は、当然のことながら、以下のような報告書が出されている。 「将来の収支の変動に備えて法人が積み立てる資金(基金)を特定費用準備資金として保有することについては、将来の支出の確実性を担保する観点から、従前と同様に、過去の実績や事業環境の見通しを踏まえて、活動見込みや限度額の見積もりが可能であるなどの要件を充たす限りで、有効に活用されるべきである。この際に、どのような条件等が整えば当該要件に合致するかについて統一的なメルクマールを設定することは困難であり、具体的な事例を提示して参考に資することが有効であると考えられる。加えて、このような特定費用準備資金を新たに定義し直し、その具体的要件を定めることについても、同様に困難である。 このため、これらの点については、事例の蓄積・提示に努めることとするとともに、後述する遊休財産に係る問題と併せ、特定費用準備資金のあり方として検討を深めることとした」(平成29年度会計研究会報告)。 ストックに対する移行時の特定費用準備資金とフローに関わる特定費用準備資金についての混乱がこのようなメッセージを送ることになってしまったものと考えられる19)。 それではパブリックコメントのメッセージは一体何だったのだろうか。 そもそも制度設計時においてはすべての特定費用準備資金及び資産取得資金は将来の赤字に補助的に(止むことを得ざる理由に基づくことなく複数回)対応できるように設定されているのであって、わざわざ「将来の赤字そのもの」のために設置できるようには作っていないし、その必要もないのである。将来の赤字の時に取り崩せないような規制をつくることは公益法人制度改革が柔軟で機動性を持った公益活動を期待する理念の改革であることを理解すればありえないことである。メッセージの混乱が、公益法人に余計な動揺を与えていると言わねばなるまい20)。 V 結論 財務三基準は、収支相償が満たせなくても、遊休財産規制が満たせなくても、公益目的事業比率が満たせなくても、結局は「公益のために適切に使用してください」という監督につながるのであり、どれかを潜脱するような会計をすれば、三基準のどこかで綻びが出るのがこの制度であって、どの基準に抵触するのかはそれほど重要ではない。三基準はすべて輔車相依る関係にある。どこか1つの基準を規制強化すれば、別の部分を緩和しなければ法人が耐えられなくなってしまう。それにもかかわらず、「収支相償」単体として途中から規制の強化と緩和を繰り返した結果、制度そのものがおかしくなってしまって、法人側に無用の混乱を与えてしまった。この有機的な関連をシステム論的に把握できていないことから、非常に不可思議なアンモナイト的な進化を遂げ、結局、単純で常識的な制度を複雑でわかりにくい制度に変えてしまった。 法人会計にまでフロー規制として法人会計黒字を問題視したことが、収支相償問題を初期の整合のとれた制度から逸脱させて形にしてしまっている[出口2016b]。さらに、「指定正味財産」の指定を極端に厳しくしたりすることによって(会計研究会[2016])、大きく揺らぎが生じている。有機的な関係を考慮しない財務三基準等の規制の強化と緩和を繰り返すことによって規制の強化と緩和が交互に訪れ、制度そのものが大混乱に陥っている。とりわけ、特定費用準備資金の公益認定法規則第18条3号の「積立限度額が合理的に算定されていること。」の「合理的」の部分を行政庁側が裁量に基づき管理していることで、法人運営にも多大な影響を与えているものと考えられる。 収支相償のメッセージは「黒字を出してはいけません」ではなく、他の財務三基準と関連しながら「公益目的事業財産を公益目的事業のために適正に使ってください」という立法趣旨と寸分も違わぬものなのである。 (本研究及び発表については国立民族学博物館M311291618、日本学術振興会17H06191の支援を得た)。 [注] 1)例えば、「公益法人等の収益事業課税や公益法人等及び協同組合等に係る軽減税率のあり方についても見直しを行う。」(政府税制調査会[2002]) 2)この点は阪神・淡路大震災後、世論の後押しから、法人制度、税制まで整備された特定非営利活動法人の制度とは大きく異なる。 3)政府税制調査会の石弘光会長は以下のように述べている。「実際のNPOあるいはNGO、あるいは財団関係の方からはいろいろご意見をいただきました。非常に口はばったい言い方をすれば、好評というか、それはそれだけ税制面で優遇を、あるいは特別な配慮をしてもらえるということは、おそらく予想外だったのかもしれません。そういう形で今回できたことにつきましては、税調並びに各方面からも一応の評価ができたのではないかと考えております。」(政府税制調査会会長会見録[2005])言い換えれば、公益法人税制は関係団体の陳情の結果として実現したものではない。 4)他方でNPO法人に関する税制改革はシーズをはじめとする関係団体のアドボカシー活動の結果であるということが定説となっている(小島廣光・平本健太[2017])。 5)筆者はガイドラインについては内閣府公益認定等委員会委員として、税制改正については政府税制調査会特別委員として直接関与した。 6)たとえば出口[2016a]では、規模別3区分の問題やIFRSに近づける会計研究会の方向に批判を加えている。また、3区分問題については岡本[2017]が大阪府の委員の立場から話題としている。 7)「損益」ではない点が重要である。 8)「適正な費用」に法律上の定義を与えようとしており、収支相償上の「収支」とは会計上の用語ではなく、法律上の用語であることを明確にしている。 9)「収入」に法律上の定義を与えようとしており、収支相償上の「収支」とは会計上の用語ではなく、法律上の用語であることをここでも明確にしている。 10)ガイドラインのパブリックコメント募集時には、収益事業を行わない法人については第2段階の記載がそもそも存在していなかった。 11)国税庁の説明書は上記分類についてしっかりと分けて書いている。 「【みなし寄附金がない場合】 その事業年度の所得の金額の100分の50に相当する金額 【みなし寄附金がある場合】 ②の金額が①の金額を超えるときは、②の金額」(国税庁[2012]p.13) 12)収益事業等に対する営利法人とのイコール・フッティングの問題はこのように制度上想定されているが、そもそも公益目的事業と営利法人とのイコール・フッティングは制度上想定されていない(法人税法第7条、法人税法施行令第5条第2項第1号)。 13)この点を公益法人会計基準上、連動させたのが「他会計振替額」であり、これは「内訳表に表示した収益事業等からの振替額」として公益法人会計基準運用指針において定義されていた。しかし、これも会計研究会[2017]が、この点を十分に説明することなく定義を変更している。 14)説明の簡略化のために特定費用準備資金の積立額と取崩額は省いている。 15)「資産取得資金」もほぼ同様の取扱であるが、「資産取得資金」は、「適正な費用」の外でカウントされる。 16)会計研究会[2017]p.8「特定費用準備資金については、将来の特定の活動の実施のために特別に支出する費用のために保有する資金であり、対象となる活動の内容及び時期が具体的に見込まれ、積立限度額が合理的に算定されること等が必要である。(略)しかしながら、実際には、どのような場合であれば認められるのかについて、法人の側からは分かりにくいとの指摘もある。このため、より多くの法人に活用を促すためにどのような場面・条件が整えば認められるのかを明確化すること等について、所要の検討を行うこととした。」あくまで、行政庁が合理性を判断することを前提にしているが、これはガイドラインの精神に反している。 17)同書においても「収支相償とは、公益法人が行う公益目的事業について、事業に係る収入がその実施に要する費用を償う額を超えないという基準である(認定法§5⑥及び§14)。これは、必ず単年度で収支を均衡させなくてはならない、というものではなく、中長期的に収支が均衡することを求めるものである」と法律と異なる記載がされている。 18)財務三基準に関わる法人数は、過去1年間に提出された事業報告等(平成28年12月1日時点の入力確認済みデータ)による。 19)この点は統一論題発表時の岡村勝義氏の質問から大きな御示唆を得た。ここに謝意を記したい。 20)混乱の象徴として公益財団法人公益法人協会における特定費用準備資金「財政安定化基金」の設定と取崩しに至る経緯を紹介したい。 平成27年9月28日理事会において、将来の収支の変動に備えるため特定費用準備資金を積む方針が提案され、理事全員一致により可決(公益財団法人公益法人協会[2015a])。平成27年12月9日理事会において「財政基盤安定化基金」という名称で具体的な特定費用準備資金が提案され、理事全員一致により可決。出席監事3名からも意見が出されず(公益法人協会2015b)。平成29年6月9日理事会において「その後、内閣府及び監事より特定費用準備資金として適正性に欠けるとの指摘」があり、新しい対応を協議し、当該特定費用準備資金を全額取り崩しし、赤字解消分を除く額を平成29年度の公益目的事業に充てることを理事全員で可決(公益法人協会[2017a])。さらに、2017年8月25日で以下の文面が同協会ホームページで公開された。 「公益法人協会では、平成26年度決算の公益目的事業会計において、815万円の経常利益を計上したことから、特定費用準備資金とするか、公益目的保有財産とするか、平成27年9月、及び同年12月の理事会で検討し、下記別表C⑸のとおり特定費用準備資金とすることを決議し、基金を設定いたしました。 →平成27年度定期提出書類別表C⑸ その後、内閣府より、本基金について使用事業が特定されていないこと、赤字が発生した場合に取崩すものとして使用時期、金額が記載されていないことなど、特定費用準備資金として法律に基づく適正性に欠ける旨指導がありました。これを受け当協会では対応を検討した結果、平成29年6月9日の理事会において、本基金はいったん815万円全額を取り崩して解消し、平成28年度決算における公益目的事業会計の経常損失に充当し、残額は平成29年度の公益目的事業の費用に充当することといたしました。」(公益法人協会[2017b]) [参考文献] 岡本仁宏[2017]「大阪府公益認定委員会委員長就任にあたって」『公益・一般法人』No.952、全国公益法人協会、pp.5-9。 小島廣光[2014]「公益法人制度改革における参加者の行動」、札幌学院大学経営論集、⑹、pp.31-96 小島廣光・平本健太[2017]「寄付税制およびNPO法の改正過程:改訂・政策の窓モデルにもとづく分析に向けて」、經濟學研究67⑴、pp.29-107。 出口正之[2016a]「最新版『内閣府研究会報告』が示す会計と制度を巡る課題」『公益・一般法人』No.922、全国公益法人協会、pp.10-17 出口正之[2016b]「“クリープ現象”としての収支相償論」『非営利法人研究学会誌』Vol.18、pp.29-38。 内閣府公益認定等委員会[2007]「内閣府令が関係する財務関係の主な認定基準」(第3回委員会議事資料) 内閣府公益認定等委員会[2007]「審議の基本方針」(第3回委員会議事資料) 内閣府公益認定等委員会[2007]第19回委員会 資料2及び議事録 内閣府公益認定等委員会[2007]第29回委員会 議事録 内閣府公益認定等委員会[2008]「公益認定等に関する運用について(公益認定等ガイドライン)」 内閣府公益認定等委員会公益法人の会計に関する研究会[2015]「公益法人の会計に関する検討の諸課題の検討状況について」 内閣府公益認定等委員会公益法人の会計に関する研究会[2016]「平成27年度公益法人の会計に関する諸課題の検討結果について」 内閣府公益認定等委員会公益法人の会計に関する研究会[2017]「平成28年度公益法人の会計に関する諸課題の検討の整理について」 林修三[1975]『法令作成の常識』第2版、日本評論社。 [参考ウェブサイト] 閣議決定[2003]「公益法人制度の抜本的改革に関する基本方針」http://www.cao.go.jp/zeicho/siryou/pdf/kiso_b33c3.pdf 平成29年11月10日ダウンロード 公益財団法人公益法人協会[2015a]第32回理事会議事録 http://www.kohokyo.or.jp/jaco/disclosure/gijiroku/rijikai-gijiroku32_150928.pdf 平成29年11月10日ダウンロード 公益財団法人公益法人協会[2015b]第33回理事会議事録 http://www.kohokyo.or.jp/jaco/disclosure/gijiroku/rijikai-gijiroku33_151209.pdf 平成29年11月10日ダウンロード 公益財団法人公益法人協会[2017a]第40回議事録 http://www.kohokyo.or.jp/jaco/disclosure/gijiroku/rijikai-gijiroku40_170609.pdf 平成29年11月10日ダウンロード 公益財団法人公益法人協会[2017b]「当協会の特定費用準備資金の扱いについて」http://www.kohokyo.or.jp/kohokyo-weblog/topics/2017/08/post_719.html 平成29年11月10日ダウンロード 政府税制調査会[2002]「平成15年度における税制改革についての答申―あるべき税制の構築に向けて―」 http://www.cao.go.jp/zeicho/tosin/14top.html 2017年11月30日ダウンロード 国税庁[2012]『新たな公益法人関係税制の手引』 https://www.nta.go.jp/shiraberu/ippanjoho/pamph/hojin/koekihojin.pdf 政府税制調査会 基礎問題小委員会・非営利法人課税ワーキング・グループ[2005]「新たな非営利法人に関する課税及び寄附金税制についての基本的考え方」 http://www.cao.go.jp/zeicho/tosin/170617.html 2017年11月22日ダウンロード 政府税制調査会会長会見録[2005]http://www.cao.go.jp/zeicho/kaiken/b31kaiken.html 2017年11月22日ダウンロード (論稿提出:平成29年11月5日)
- ≪統一論題報告≫NPO(非営利法人)と市民社会・市場経済― 特定非営利法人活動促進法の制定とわが国民法思想、21世紀の市場経済システム ― / 井出亜夫(アクシス・グローバルパートナーズ㈱相談役 )
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 アクシス・グローバルパートナーズ㈱相談役 消費者政策学会顧問 元経済企画審議官・元慶應義塾大学教授 元日本大学ビジネス・スクール教授 井出亜夫 キーワード: 市場経済システムとNPO 市民社会とNPO わが国民法思想の遅れ 議会制民主主義の役割 市場経済社会におけるNPOと行政の関係 市場経済における企業の社会的責任 健全な市民社会の形成 要 旨: 市場経済のグローバル化に伴いNPO活動が活発に展開されるようになってきた。日本においては、阪神・淡路大震災がその契機となったが、わが国民法は、その具体的受け皿を欠き、戦後の民法改正においても公益は国家(行政)が司るという公益国家(行政)管理主義が貫かれていた。NPO法の制定は、この明治憲法思想を延長する考えを是正する一歩を切り開いたが、長年にわたる公益国家管理主義思想は一朝にして変わるものではない。冷戦の終結に伴い、市場経済システムは格差の拡大等の問題も発生させ、企業の社会的責任を求める声も大きくなっている。より高度な市民社会の形成に当ってNPOの役割は大きい。 構 成: Ⅰ 非営利セクターの時代的背景と議論の発端 Ⅱ 問題の所在―当時のわが国民法における法人規定 Ⅲ 18省庁連絡会議と連立与党NPOプロジェクトチーム Ⅳ 議員立法による特定非営利活動促進法の成立とその後の展開 Ⅴ 市場経済社会における非営利活動と行政の関係 Ⅵ 市場経済における企業の社会的責任の新潮流 Ⅶ 非営利法人研究学会に期待すること Ⅷ 参考となる資料等 Abstract After the collapse of the Berlin Wall, market economy system has spread globally, prompting the growth and increase of NPO activities in the world. In Japan, the Kobe earthquake in 1993 provided an opportunity for the NPO activities to attract the minds of people and the society. At that time, however, Japan’s Civil Law had no provisions to support NPO activities, because of Japan’s traditional thoughts designating the governments and other administrative bodies as the sole functions to work for public interests. The enactment of the Law to Promote Specified Non-profit Activities (NPO Law) altered the direction of such traditional legislative concepts, though not entirely. With the market economy and society raising the calls for businesses to increase CSR activities,NPO activities are expected to play greater role in developing more advanced civil society in Japan and others through mutual cooperative activities between citizens and the public sector. Ⅰ 非営利セクターの時代的背景と議論の発端 冷戦の終結は市場経済システムの勝利としてフランシス・フクヤマによる「歴史の終焉」、トーマス・フリードマン「フラット化する世界」のような楽観論を生んだが、現実のグローバル市場経済の展開は、市場の失敗、政府の失敗が次第に明らかになり、レスター・サイモン教授(ジョンズ・ホプキンズ大学)が指摘する「Global Associated Revolution」として、第3のセクター「NPO」の登場とともに企業の社会的責任を求める新しい潮流が生じている。 日本においては高度経済成長社会の終焉を背景に、経済計画として「生活大国5か年計画」、国民生活審議会における議論・報告「自律的社会参加活動の意義と役割」、「自覚と責任のある社会へ」等の議論が展開される一方、いわゆる55年体制の終焉を迎えていた。同時に阪神・淡路大震災が発生し、これを巡る救助活動の中でNPO団体の存在・活躍が社会に大きくクローズアップされてきた。 地震発生時の衆議院予算委員会において自民党加藤紘一政調会長は、「…今次の地震は誠に不幸なことであるが、この救済に当たるボランティアの活動を見ると新しい日本の動きを感ずる…」として、ボランティア団体の法人格の取得、税制上の取扱いについて政府の対応を求めた。これに対し、時の村山内閣五十嵐官房長官は、「…関係省庁がチームを作って、真剣にこの問題を検討したい…」と応え、経済企画庁国民生活局を事務局として18省庁連絡会議が発足した。 Ⅱ 問題の所在―当時のわが国民法における法人規定 わが国民法では、法人は営利、非営利に二分される一方、法人の設立は、民法又は他の法律によるものとされ、公益法人の設立は、主務大臣の許可が必要とされていた。許可とは、「一般的には禁止されていることを解除するものであり、解除後は監督する」、即ち公益国家管理主義、公益国家独占主義ともいうべき考え方である。他方、営利法人の設立は民法、商法により、一定の要件を備えれば登記によって可能となっている。(注:民法三三条…法人ハ本法其他ノ法律ノ規定ニ拠ルニ非サレハ設立スルコトヲ得ス 同三四条…祭祀、宗教、慈善、学術、技芸其他公益ニ関スル社団又ハ財団ニシテ営利ヲ目的トセサルモノヲハ主務官庁ノ許可ヲ得テ之ヲ法人ト為スコトヲ得) 欧米諸国では自然人が組織を結成、規約を作り、グループ活動を行う場合、会社等営利法人と同様に準則主義により容易に法人格を取得することが、法的、制度的に一般的であり、ここに市民社会の原点ともいうべき概念・習慣が存在する。わが国においても、新憲法の制定により、結社の自由を保障する労働組合、宗教法人、政治団体等については法整備がなされるとともに、民法本体については親族・相続の法整備はなされたが、一般的非営利法人、公益法人の扱いについては明治憲法の延長に留まっており、大きな議論が展開されることはなかった。いわゆる55年体制といわれる政治社会状況下、冷戦と経済成長至上主義が社会の大枠を決める中、経済社会の指導原理として成熟した市民社会を如何に形成するかといった議論が本格的に展開されることなく90年代を迎えていたということが日本の状況であったといえよう。 さて、政府において18省庁連絡会議において、この現状に対し事態をどう展開するかが問われていた。私は、1996年夏、経済企画庁国民生活局長を拝命した時、内閣は村山政権から橋本政権に移っていたが、18省庁連絡会議での議論は方向性が見えず、ある政党関係者からは、今日の停滞、混乱は、議論の方向性を纏め得ない経済企画庁の責任であるとの苦言を呈された。 Ⅲ 18省庁連絡会議と連立与党NPOプロジェクトチーム 改めて行政サイドにおいてNPO活動の展開及びその法的根拠を求める解が存在しないものか検討したが、従来の制度との整合性に気を配れば、新しい制度は、NPOの理念、思想になじまない公益国家管理主義の枠組みを払拭しきれず、また、時に官庁縦割り的色彩が現れ、省庁間の調整が図られないというジレンマに陥った。すなわち、本件は、基本法たる民法自体に大きな問題が存在するわけであり、これを変更しない限り、次の展開は考えられない。通常、基本法たる民法改正は法制審議会での議を経るのが恒例となっていたが、法制審の議を得るには通常数年を要し、新しい事態に速やかに対応できない。いや、法制審あるいは民法学者自体が、市民社会如何にあるべきかの議論をいち早く展開すべきだったのかもしれない。 一方、NPOに対する認識、評価についても、以下注に整理されるように政党間あるいは個人間で大きな相違があり、NPO問題を扱う与党プロジェクトチームにおける議論も、各党、各人間の様々な見解の中で合意を得ることに難航し、プロジェクトチームのメンバー間では一応の合意が出来ても、これを明文化し、各党に持ち帰れば、了解に異論が出るといった状況で、合意形成に多大の時間を要した。 (注) ⑴ 準則主義による法人格取得は、市民社会の在り方として当然である。その活動の評価は情報公開によって市民の判断に任せられるべきで、行政庁の関与はミニマムであるべきだ。また、その活動に対してはアプリオリに税制上の優遇措置が講ぜられるべきとの意見 ⑵ 簡易な法人格の取得は必要であるが、税制優遇についてはそれに値する公益活動か否か適確な審査が必要であるとする意見 ⑶ 法人格取得とその活動は所管官庁の管理・監督に服すべき、その監督が不十分だったから、オウム真理教問題が起こった。税制優遇については一層慎重であるべきとする意見 ⑷ 市民団体といわれるものの活動は、政治色・イデオロギー色が強い。こうした団体に法人格を与えるのは好ましくない。まして税制優遇など与えるべきではないとする意見 ⑸ 非営利活動において収益事業は抑えられるべきであり、法人格取得の条件にはボランティアとして無償性が確保されるべき。公益や非営利に名を借りて収益事業を行うことは制限すべきとする意見 ⑹ 営利法人は、得た利益を構成員に分配するが、非営利法人は、収益事業の利益を構成員に分配するのでなく、公益、非営利の目的に充当するのであれば問題はないとする意見 Ⅳ 議員立法による特定非営利活動 促進法の成立とその後の展開 このようにNPOに対する認識、評価に大きな相違があり、その相違は行政府が調整出来るものではなく、また、すべき性格のものでもない。こうした問題は、政党間の議論による政治の場での議論、調整に委ねることが議会制民主主義の所以でもある。行政側としては、制度構築のために必要な内外の情報収集に徹し、政党間の意見調整による議員立法の成立に期待するスタンスで対応することになった。 「…議員立法による法案が成立し、早い段階で立法府から行政府に手渡されることを願っている…」との当時の橋本総理の国会答弁はこれを代表したものである。 結局、NPO法は、幾度かの国会継続審議を経、また、法律名も「市民活動促進法」でなく、最終的に「特定非営利活動促進法」として、1998年成立した。 法成立時の経済企画庁長官尾身幸次氏は、この法律は、「日本を変えるな」と筆者にコメントし、また、与党プロジェクトチームのメンバーで本法成立に寄与された多くの議員の中で、特に筆者の印象に残っているのは、加藤紘一議員周辺の議員、辻元清美議員、堂本暁子議員等の皆様であるが、本法成立には、その背後に多数の市民団体参加者の尽力があったことは論を待たない。 本法成立後、付帯決議等を受けて、また、その後の法改正により公益分野の拡充、所轄官庁の変更、税制優遇制度の創設、預金者不在の銀行預金の活用等様々な制度拡充、調整が行われ、幾多の有意義なNPO法人の活動が展開されている。昨年3月特定非営利活動促進法(通称NPO法)施行20周年を迎え、これによる認証NPO団体数は5万団体に及び、様々な活動が展開されている旨朝日新聞は報じている。 一方、本法制定に伴う議論にも触発され、民法33条、34条を貫抜いてきた従来の公益法人制度は、2008年大幅な改革が行われ、明治憲法の延長ともいうべき「公益国家管理主義、独占主義」を一応是正した制度改革が行われた。以下にその概略を内閣府HPにより紹介したい。 「公益法人制度の改革」 法人設立の主務官庁制・許可制の下で、法人の設立と公益性の判断が一体となっていたが、「民による公益の増進」を目的として、主務官庁制・許可主義を廃止し、法人の設立と公益性の判断を分離する公益法人制度改革関連三法が平成20年(2008年)に施行された。公益法人制度には社団と財団の法人類型がある。 「一般社団法人・一般財団法人」 制度改革により創設された一般社団・財団法人は、剰余金の分配を目的としない社団又は財団について、その行う事業の公益性の有無にかかわらず、準則主義(登記)により簡便に法人格を取得できる一般的な法人制度である。法人の自律的なガバナンスを前提に、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」において、法人の組織や運営に関する事項が定められている。 「公益社団法人・公益財団法人」 一般社団・財団法人のうち、民間有識者からなる第三者委員会による公益性の審査(公益目的事業を行うことを主たる目的とすること等)を経て、行政庁(内閣府又は都道府県)から公益認定を受けることで、公益社団・財団法人として税制上の優遇措置を受けることができる。 Ⅴ 市場経済社会における非営利活動と行政の関係 経済社会生活における公共分野の増大を背景に、現代国家は本質的に行政国家の性格を帯びている。特にわが国の場合には、明治以来の開発型国家の性格からその色彩は濃厚であり、前述の公益国家管理主義もこれに密接に関係している。その結果、官庁に対する過度な期待と依存、時に官庁側の過度な裁量がみられる一方、他方でこれを一方的に批判・忌避する事態も散見される(今日の膨大な財政赤字の累積を見れば、改めて国はサンタクロースではないことが明確であり、効率的行政遂行に対する市民の参加が改めて問われている。)。行政手続法、情報公開法等の法整備とその運用の積み重ねによってこうした状況は改善されることが期待されるが、今後のわが国社会における合意形成や行政とNPO(非営利法人)がともに社会を構成するパートナーとして適切な関係を形成していくことが強く求められている。 高齢化社会の進展と大きな政府が見直される中、福祉の増進、環境問題、文化の普及、都市計画等々の行政が重要性を増しており、その実施・推進に当たってNPO(非営利法人)との係わりが益々深まることが予想されるが、それは行政の下請けや敵対物として位置づけられたり、受け取られるべきものではない。 一方、現行民法の営利法人、非営利法人の二分主義と長年にわたる公益国家管理主義の下、営利法人の活動は非公益の私益の世界であるとの通念が形成され、営利活動を通じて所得を生み、雇用を増し、納税をするという市民社会の基本的な活動が、公益とは無縁の私益追求活動と見なされることにならなかったか。その結果、この二分法が官尊民卑の思考や習慣の定着に作用したのではないか、また、逆に経済活動は法に違反しない限りすべて是認されるかのような風潮が助長されなかったか。今日までの民法思想及びその影響を根源的観点から分析・評価し、将来設計を展望することが必要であろう。 Ⅵ 市場経済における企業の社会的責任の新潮流 一方こうした中で、企業の社会的役割、責任を論ずる新しい潮流が展開されるとともにグローバル社会が進む中で21世紀の市場経済システムは果たして持続性を持ちうるか(トマ・ピケティ『21世紀の資本』等)といった問いかけも経済学、経営学、実務家の事業展開の中で始まっている。 マイクロソフトの創始者ビル・ゲイツは新しい資本主義の中で「現状の市場経済システムは、購買力を有する市場には対応できるが、これを欠く真のニーズに対応していない」と説き、そのためには、新たな技術開発ではなくシステムの変革が必要であると述べている。また、マーケット論の権威フィリップ・コトラーは、従来のマーケット論は世界人口の2割を対象にしていたが、残る8割の人々も対象にしなければならないと説き、ノーベル平和賞受賞者ムハメド・ヤヌスは、3つのゼロの世界(貧困0・失業0・CO2排出0の新しい経済)を提唱している。 これらの状況を総じて評せば、当に企業の社会的責任とは、事業活動と今日の世界が抱える問題とを一体化させることであるといえよう。 そもそも近代市場経済の発祥にあたって、アダム・スミス(諸国民の富&道徳情操論)は倫理感を備えた自由な経済活動が、封建社会打破の牽引者であることを述べ、また、マックス・ウェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で勤勉と節約による経済活動が神の恩寵に応えるものと論じ、わが国においても殖産興業の立役者渋沢栄一は『論語と算盤』において、倫理とビジネスの両立を主張した。しかし、効用増大と利益追求、株主優先を至上とする経済学は、アマルティア・センがいうように、「合理的愚か者の分析学」に変質してしまった。 一方、「成長の限界」に発端する地球環境問題の発生、グローバル化に伴う経済的格差の拡大等により、パリ議定書の成立、国連グローバル・コンパクト、国連2030持続的発展目標(SDG)等の動きも見られ、こうした動きは、NPOの活動領域でもあり、また、これは企業の社会的責任問題とも密接に関連するものでもある。 Ⅶ 非営利法人研究学会に期待すること 以上申し述べたように、近代市場経済システムは、グローバル経済の進展の中で大きな問題に直面し、また、日本社会は、明治維新、戦後改革・発展を経て、第三の開国ともいうべき新しい展望を切り開くことが求められている。とりわけ、日本社会が直面する大きな課題(少子高齢化社会、巨額な財政赤字、地方振興、アジア・アフリカ諸国等との友好等)に如何に取り組むか、NPOの存在、活動に求められる役割はますます高まっている。本学会が、今日の市場経済システムのあるべき姿を鳥の目、時の目で観察した上で、有効なNPO活動展開のリード役となることを期待したい。その際、情報コミュニケーション技術の進展も、その活用の在り方も含め、NPO活動の展開に様々な可能性を与えてくれるものであろう。 Ⅷ 参考となる資料等 最後に、重要性が増すNPO活動、企業の社会的責任に関連する諸論を参考に記したい。 ⑴ ヒポクラテスの誓い(職業倫理の起源) ⑵ 孟子尽心編「民を貴しとなし、社稷これに次ぎ、君を軽しとなす」 ⑶ マハトマ・ガンジー「現代社会における7つの大罪、(原則なき政治、道徳なきビジネス、労働なき富、人格なき学識(教育)、人間性なき科学、良心なき快楽、献身なき信仰)」 ⑷ 「社会的共通資本」(自然環境、社会的インフラストラクチャー、制度資本であり、その運営は、専門的知見にもとづき、職業的規範に従い、市民に対し直接的責任を負う 宇沢弘文教授) ⑸ 法人が有するヒトとモノの二側面(会社はこれからどうなるか/岩井克人教授) ⑹ 公共哲学―リバタリアンからコミュニタリアンへ―(マイケル・サンデル) ⑺ 『バリューシフト-企業倫理の新時代』(リン・シャープ・ペイン) ⑻ 『ポスト資本主義社会』(P.ドラッカー) ⑼ 日本経団連「企業行動憲章」(ISO26000 Social Responsibility) ⑽ ジョンソン&ジョンソン「わが信条」、ネスレ「経営に関する諸原則」 ⑾ 金融の社会的責任(実体経済をサポートする本来の金融機能とリーマンショックの再発防止 金融に未来はあるか/ジョン・ケイ) ⑿ 新しい資本主義を語る(ビル・ゲイツ) ⒀ フィリップ・コトラーによる新しいマーケット論 ⒁ ムハメド・ヤヌス『3つのゼロの世界(貧困0・失業0・CO2排出0の新しい経済)』 ⒂ エレン・マッカーサー財団(炭鉱夫を父に持つヨットレースの世界の覇者が、資源・環境問題に気付き資源再生の財団を設立) ⒃ 国連グローバル・コンパクトの定める4分野(人権、労働、環境、腐敗防止)10原則 ⒄ 国連持続的発展目標(SDG)17 (注) 本稿は学士会会報2000-4「わが国民法の法人制度とNPO法の制定」を加筆、修正したものである。
- ≪統一論題報告≫NPO法人会計基準の考え方と2017年12月改正の方向性 / 江田 寛(公認会計士)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 公認会計士 江田 寛 キーワード: シーズNPOアカウンタビリティ研究会 特定非営利活動法人の会計の手引き(旧手引き) 国民生活審議会総合企画部会報告 NPO法人会計基準協議会 一般目的の財務報告基準 制度の成熟度 組織の規模と会計基準の関係 重要性の原則の本質 ボランティアへの対応 明確化研究会報告書 フィスカル・コンプライアンス 未収寄付金の計上 ファンドレイジング費用 要 旨: 1998.12施行の特活法上のNPO法人は、公益法人会計基準を焼き直した旧手引きとアカウンタビリティ研究会の公開草案として提示された簡便法をベースとしたため情報公開による市民のモニタリングもままならない状況にあった。国民生活審議会総合企画部会はこの事実を指摘し会計基準の必要性を提言する。我が国の主要なNPO法人から構成されるNPO法人会計基準協議会は2010年7月に市民のモニタリングを意識した革新的な会計基準を公表し国民生活審議会の問題提起に一定の答えを出した。この会計基準はその後さらに議論を重ね2017年12月、現実が制度をリードする寄付慣行への適応及び経済的特質を確保するための更なるフィスカル・コンプライアンスの強化に取り組んだ改正基準を公表した。また検討課題としてファンド・レイジング費用に言及し民間非営利組織会計の経常費用の区分問題に一石を投じている 構 成: はじめに Ⅰ NPO法人会計基準以前の状況 Ⅱ 2010年7月「NPO法人会計基準」の策定・公表 Ⅲ 特定非営利活動法人の会計の明確化に関する研究会報告書 Ⅳ NPO法人会計基準の改正 終わりに Abstract Since the Specified Non-Profit Juridical Person under the special action law implemented in December 1998 was based on the simplified method provided as the old guide that revamped the public interest corporation accounting standards and the exposure draft of the accountability study group, citizen monitoring by information disclosure also remains difficult. The National Life Council General Planning Committee points out this fact and recommends the need for accounting standards. Specified Non-Profit Juridical Person accounting standards council composed of major Specified Non-Profit Juridical Person in Japan announced innovative accounting standard in mind of citizen monitoring in July 2010 and gave a certain answer to the problem raising of National Life Council. This accounting standard was subsequently discussed further in December 2017 and published a revised standard in which the reality worked to strengthen adaptation to institutional leading practices and to further strengthen fiscal compliance to ensure economic characteristics. In addition, it mentions fund raising expenses as an examination subject and creates a stir in the division problem of ordinary expenses in private non-profit organization accounting. はじめに 特定非営利活動促進法は1998年12月施行であり、2018年で20年となる。非営利法人研究学会は第22回全国大会の統一論題を「NPO法施行20年~その回顧と展望~」とし、本稿では、統一論題を会計面から検討している。NPO法人は、既に50,000法人を超え、社会の中で重要な役割を担っているが、その大半は小規模法人であり、会計的側面から言えば規模の問題と社会的役割をどう調整するかが重要なテーマとなっている。本稿では、前半にNPO法人会計基準以前の状況について言及し、NPO法人会計基準の策定の必要性に繋げてみた。また、同基準が提示した重要なテーマについて言及した後、策定以後の状況について課題を含めて検討している。 Ⅰ NPO法人会計基準以前の状況 ⑴ シーズ=市民活動を支える制度をつくる会「NPOアカウンタビリティ研究会」による公開草案 NPO法人会計基準以前の状況の中で、最も重要なものはシーズアカ研による公開草案であろう。同公開草案は以下のスケジュールで公表された。 ① 1998.3.17 ・公開草案第1号 NPO法人等の会計報告の責任 ・公開草案第2号 NPO法人等の財務諸表の体系 ② 1998.9.25 ・公開草案第3号 NPO法人等の財務諸表の作成基準と様式 公開草案は財務諸表として2つの類型「標準型」と「簡易型」を提示している。 【標準型】 ・貸借対照表・活動計算書・収支計算書(キャッシュ・フロー計算書)から構成される ・純資産は無拘束/一時拘束/永久拘束に区分される。FASB(#116、#117)をベースに日本のNPO法人の現状を踏まえてカスタマイズしたもの。 ・収支計算書(キャッシュ・フロー計算書)は「Ⅰ事業・管理活動による収支」/「Ⅱ資金運用活動による収支」及び「Ⅲ資金調達活動による収支」に3区分する様式3と「本来活動の部」及び「非本来活動の部」に2区分する様式4が提案された。なお両者ともに直接法を前提としている。 【簡易型】 単式簿記を前提とし、現預金出納帳から作成される収支計算書と棚卸による財産目録から構成される。 シーズアカ研の公開草案で注目すべき点は、FASBが1993年6月に公表した#116及び#117をわずか5年後の1998年の段階で公開草案のベースとした点である。「公益法人会計基準」は2004年にFASBの考え方を大幅に採用した平成16年基準を公表しているが、その6年も前に公開草案が公表された点は注目されなければならない。しかしこの公開草案の標準型はほとんど採用されることはなかった。この事実は2つの重要な問題を浮き彫りにする。1つはデファクト・スタンダードとしての会計基準は、対象たる組織の成熟度を考慮しなければならないという点にある。1998年12月まで、特活法上のNPO法人は存在していない。そのような段階で、我が国で初めて議論されたFASBの考え方を採用しようとすることには無理がある。他の1つは、2つの基準が提示されたら、どうしても簡便な方法を採用することが多い点にある。仮に多くの法人が簡易型を採用したことが、後述する2007年6月に公表された、国民生活審議会総合企画部会報告「特定非営利活動法人制度の見直しに向けて」の中に記載された状況を生み出したとしたら、それはNPO法人の社会的評価にマイナスに働いたであろうことを自覚する必要がある。なお、シーズアカ研のメンバーは以下の通りである。 <NPOアカウンタビリティ研究会のメンバー> コーディネーター:松原 明(シーズ事務局長) 専門家委員:國部克彦(神戸大学)、水口 剛(高崎経済大学)、濱口博史(弁護士)、畑尾和成(税理士)、高塚直子(会計士補) オブザーバー委員:黒田かをり(アジア財団)、高田幸詩朗(笹川平和財団)、石丸敏子(日本国際ボランティアセンター)、片野光庸(アムネスティ・インターナショナル日本支部)、逢坂浩二(国際交流基金)、北村久美子(日本青年会議所) ⑵ 特定非営利活動法人の会計の手引き(旧手引き) 制度開始当時のNPO法人の会計に影響を与えたものに、当時の所轄庁である経済企画庁国民生活局が1999年6月に公表した「特定非営利活動法人の会計の手引き」(以下「旧手引き」という。)がある。旧手引きは以下のような構成になっている。 ① 計画に関する書類としての収支予算書 ② 実績に関する書類としての計算書類すなわち収支計算書、貸借対照表及び財産目録 旧手引きの計算書類は昭和60年公益法人会計基準を意識して複式簿記を前提として作成されている。収支計算書は昭和60年基準の収支計算書とストック式正味財産増減計算書を1つにまとめたもので「資金収支の部」と「正味財産増減の部」から構成される。事業費を構成する減価償却費等の非資金的費用は正味財産増減の部に一括して表示したため、NPO法人の目的たる事業のコストを直接把握することは出来ない。また、フロー情報を2区分としたため、いわゆる「1取引2仕訳」が必要な複雑な内容となっていた。なお、研究会メンバーは以下の通りである。 <研究会メンバー> 会田一雄(座長:慶応義塾大学)、亀岡保夫(公認会計士)、五十嵐邦彦(公認会計士)、宮内眞木子(税理士)、安藤雄太(東京ボランティア・市民活動センター) ⑶ 2005年12月 NPOアカウンタビリティ研究会「NPO法人の外部報告に関する基本的考え方」 シーズアカ研は、1998年の公開草案公表後、長期的視点に立って、NPO法人の会計・税務・事業報告を再検討するためのたたき台として2005年12月「NPO法人の外部報告に関する基本的考え方」を公表した。「基本的考え方」はFASBとはいくつかの点で異なる提案をしている。 ① NPO法人の取引を贈与取引(資本的取引を含む)と損益取引、交換取引に区分して捉えたこと。 ② 贈与取引において「出捐」というNPO法人が拠出する贈与を重視したこと。 ③ 拘束のある寄付金等の受贈を正味財産とせず、預り寄付金として一種の前受収益と捉えたこと。 前述したとおり公益法人会計基準は2004年にFASBの考え方を大幅に採用した平成16年基準を公表している。アカ研は1998年にFASBを日本のNPO法人を対象としてカスタマイズした公開草案を公表したが、公開草案や平成16年改正公益法人会計基準と異なる方向を「基本的考え方」の中で明示した。しかし、この方向は民間非営利組織の会計に影響を与えることはなかったように思われる。なお、研究会の委員は以下の通りである。 <NPOアカウンタビリティ研究会の委員等> 赤塚和俊(公認会計士)、江田 寛(公認会計士)、黒田かをり(CSOネットワーク共同事業責任者)、國部克彦(神戸大学)、杉田洋一(難民を助ける会)、兵頭和花子(兵庫県立大学)、松原 明(シーズ事務局長)、水口 剛(高崎経済大学) ⑷ 2007年6月国民生活審議会総合企画部会報告「特定非営利活動法人制度の見直しに向けて」 NPO法人会計基準の策定の直接のきっかけとなったのが、2007年6月に国民生活審議会から総合企画部会報告として公表された「特定非営利活動法人制度の見直しに向けて」である。同報告書「2法人の業務運営のあり方⑷会計基準及び計算書類のあり方」の中で「NPO法人の会計基準がないことから、計算書類が正確に作成されていなかったり、記載内容に不備が見られたり、会計処理がまちまちでNPO法人間の比較が難しい」などの問題点が指摘され、会計基準の策定の必要性について言及している。さらに同報告は、NPO法人会計基準の策定主体について、「所轄庁が会計基準を策定すると、NPO法人に対して必要以上の指導的効果を及ぼすおそれがあるため、会計基準は民間の自主的な取組に任せるべきである」との考え方を示した。NPO法人会計基準は同報告書のこの考え方を実現するべく、全国79のNPO法人等が、NPO法人会計基準協議会を組織し、民間の自主的な取組としてスタートしたのである。 なお、同報告書「NPO法人制度検討委員会」のメンバーは以下の通りである。 <国民生活審議会総合企画部会NPO法人制度検討委員会> 委員長:雨宮孝子(明治学院大学) 委 員:会田一雄(慶應義塾大学)、石川敏行(中央大学)、影山美佐子(前千葉県環境生活部NPO活動推進課長)、川崎あや(横浜市市民活動センター)、早瀬 昇(大阪ボランティア協会)、升田 純(中央大学)、山岡義典(日本NPOセンター)、山野目章夫(早稲田大学) Ⅱ 2010年7月「NPO法人会計基準」の策定・公表 NPO法人会計基準協議会は、24名の実務家、研究者及び実務担当者から構成される策定委員会を組織し、2009年3月にNPO法人会計基準の策定をスタートさせた。「NPO法人会計基準」は1年4か月の策定作業を経て、2010年7月にNPO法人会計基準協議会から公表された。 ⑴ 基本的考え方 NPO法人会計基準は、「総合企画部会報告」が指摘した事項をどのように克服するかについて検討した結果、財務諸表作成に当たり作成者である法人側の都合を極力少なくすること、及び財務諸表利用者の視点を確保することが重要と考え、「基本的考え方」として以下の2点を明示した。 ① 市民にとって分かりやすい会計報告であること。このために、会計基準策定にあたり、会計報告の作成者の視点以上に、会計報告の利用者の視点を重視する。 ② 社会の信頼にこたえる会計報告であること。 策定に当たり意識したもう1つの論点は民間非営利組織における一般目的の財務報告基準である。旧手引きは所轄庁の利用に重点が置かれており一般目的の財務報告基準とは言い難いものであった。「NPO法人会計基準」は、法人から公表された財務諸表以外に判断基準を持たないステークホルダーにフォーカスした一般目的の財務報告基準を強く意識している。この論点を具体化するため、策定委員会における議論は、1978年5月に公表された、アンソニーレポート「非営利法人の財務情報利用者が必要とする情報について」で提示された以下の項目を議論の重要な枠組みとしている。 ・Financial Viability ・Fiscal Compliance ・Management Performance ・Cost of Service provided ⑵ 制度の成熟度に対する対応 策定委員会の議論の1つに、公表当時もっとも革新的な、アカ研公開草案「標準型」がNPO法人に採用されなかった事実をどのように理解するのかという点があった。アカ研標準型の公表はNPO法施行前の1998年9月であり、12月以後認証されるNPO法人が「標準型」を受け入れることができるほど成熟していなかった点は明白である。この点を考慮し、策定委員会は、基準策定に当たり、対象である組織の成熟度を踏まえることが重要との考えに至っている。また、アカ研公開草案は「標準型」及び「簡易型」の二者選択方式を採用しているが、二者選択方式を採用するとどうしても安易な方を採用しがちであること、デファクト・スタンダードとしての基準では、一旦安易な方法を採用すると自主的に厳格な方法への変更はハードルが高いという事実が存在することが認識の土台となっている。 ⑶ 財務諸表の体系の整備 旧手引きでは、計算書類は貸借対照表、収支計算書及び財産目録とされていた。NPO法人会計基準は、財務諸表は活動計算書と貸借対照表とした。財産目録は財務諸表の体系からは除外している。 ⑷ 事業規模の相違による会計基準の考慮 NPO法人の実態を見ると、そのほとんどが中小零細組織であり、一部に規模の大きな国際的な組織が存在する。これらの規模の相違についてどのように対応したら、社会の信頼にこたえる会計報告になるかは極めて重要な論点である。この問題の解決方法の1つに、アカ研公開草案と同様「標準型」と「簡易型」を作成する方法が考えられる。しかしこの方法では以下の問題点が存在する。 ア 一定ラインを境に、拠るべき会計基準が変わることから比較性の確保に関する問題がある。 イ 標準型と簡易型を提示するとNPO法人会計基準がデファクト・スタンダードである限り安易な方法を選択する傾向がある。仮に、法人の成熟度から簡易型を選択した法人であっても、一旦選択すると標準型への変更はハードルが高い。この事実が「総合企画部会報告」が指摘した状況をもたらしたとしたら、NPO法人にとって極めて大きな社会的損失である。 以上の議論を踏まえ、NPO法人会計基準は、事業規模の相違による対応を2つの基準を用意するのではなく、重要性の原則を踏まえて1つの基準で対応することにした。 重要性の原則は、一般的には、標準的な処理を厳格な手続きとし、重要性が低い場合に簡易な処理を認めるという考え方である。これは対象とする組織の構成によって導き出されたものであり、対象とする組織の大半が標準以上のサイズで構成され、一部に小規模事業者が存在する場合を前提としている。その結果、標準的処理は厳格なものとなり、重要性がない場合に限り簡便な処理を容認する。NPO法人は、小規模事業者が圧倒的に多いという特徴を有している。そこで、標準的な処理は中小事業者を前提として組織の成熟度に見合った処理を採用し、事業規模の大きい法人については「市民にとって分かりやすい会計報告」の視点から、より厳格な手続きを積極的に適用するという考え方を採用した。そして、中小事業者を対象とする標準的な処理については、概ね5年先のあるべき姿を想定して枠組みを構築している。つまり、成熟度が要求する水準として、概ね5年先のレベルを提示することによって市民に分かりやすい会計報告の質の向上を確保しようとしているのである。 ⑸ 支援の事実と事業コストの把握 NPO法人会計基準策定時は、金銭及び物品の寄付の受入れのみ慣行が存在していた。しかしながら、NPO法人にとってボランティアの受入れとボランティア以外のサービスの受入れは既に重要な事項となっており、これを会計にどのように反映するかは、組織に対する支援の事実ばかりでなく提供したサービスのコスト(Cost of Service provided)の視点についても重要な影響を与える。この点を踏まえて、策定委員会は「施設受入評価益と施設等評価費用」及び「ボランティア受入評価益とボランティア受入費用」の計上を決断した。ただし、この計上は我が国において初めての会計処理であることから、会計慣行が成熟するまでは任意規定としている。なお、公益法人会計基準が導入した寄付者による使途制約については、NPO法人の場合には、行政機関等からの補助金等が少ない事及び制度の成熟度を考慮し、フロー情報を区分するという複雑な会計処理を回避するため、標準的には財務諸表の注記項目とした。もちろん、重要性が高い場合には、当然のこととして活動計算書を区分し会計情報の有用性を確保することにしている。 ⑹ Fiscal Complianceの確保 NPO法人は、行政とは異なる視点で事業を実施することにより、効率的に経済的特性を発揮する。この点について、総合企画部会報告書は「法人の活動は、広範な情報公開制度に基づき市民自身が監視することによって、その健全な発展が期待されており、所轄庁の監督はあくまで最終的な是正手段として規定されている」と記載している。(同報告書3法人の認証・監督のあり方⑴基本的考え方)つまりNPO法人と行政には一定の距離感が必要となるのである。この距離感の存在は、組織の自浄作用等のフィスカル・コンプライアンスの視点をより強く求めることになる。何故なら、一旦NPO法人側に問題が起こると所轄庁の監督は拡大され、距離感が確保されず経済的特性から導き出された役割の阻害要因になるからである。役員報酬の取扱いと関連当事者間取引の注記はこの視点から導き出されたものである。 なお、NPO法人会計基準の策定委員、オブザーバー及び専門委員は以下の通りである。 <NPO法人会計基準策定委員会の委員等> 委 員 長:江田 寛(公認会計士) 副委員長:水口 剛(高崎経済大学)、脇坂誠也(税理士) 委 員:井上小太郎(住友生命)、岩永清滋(公認会計士)、梅村敏幸(中央労働金庫)、遠藤寿子(東京コミュニティパワーバンク)、岡村勝義(神奈川大学)、加藤俊也(公認会計士)、金田晃一(武田薬品工業)、川島弘之(西武信用金庫)、黒田かをり(CSOネットワーク共同事業責任者)、國部克彦(神戸大学)、杉田洋一(難民を助ける会)、瀧谷和隆(税理士)、茶野順子(笹川平和財団)、辻村祥造(税理士)、中村元彦(公認会計士)、早坂 毅(税理士)、原 稔(税理士)、藤井秀樹(京都大学)、松原 明(シーズ)水谷 綾(大阪ボランティア協会)、渡辺 元(トヨタ財団) オブザーバー:内閣府及び47都道府県 専門委員:42名の研究者、専門家及び実務家 Ⅲ 特定非営利活動法人の会計の明確化に関する研究会報 告書 2010年7月「NPO法人会計基準」が策定・公表され、さらに2011年6月「改正NPO法」が成立し、2012年4月から新制度が施行されることから、内閣府は2011年11月「特定非営利活動法人の会計の明確化に関する研究会報告書」を公表した。研究会報告書の意義について以下の記載がある。 『「NPO法人会計基準」は、特活法人の望ましい会計基準であると考える。…(中略)…しかしながら、報告書(NPO法人会計基準協議会の報告書、具体的には「NPO法人会計基準を」を指す)においては、改正特活法により作成が必要になる活動予算書並びに認定及び仮認定についての言及がないこと、「NPO法人会計基準」に会計処理を変更した場合の移行措置など特活法人や所轄庁にとっての関心事項についての言及がないことを踏まえれば、新しい手引きでこれらを明らかにすることが「NPO法人会計基準」の利用を促すことにつながるものと考える』(同報告書Ⅰ-3「NPO法人会計基準」との関係) なお、委員は以下の通りである。 <特定非営利法人の会計の明確化に関する研究会の委員> 座 長:川村義則(早稲田大学) 座長代理:梶川 融(公認会計士) 委 員:会田一雄(慶應義塾大学)、金子良太(国学院大学)、小長谷藤兵衛(税理士)、小林新二(静岡市生活文化局)、瀧谷和隆(税理士)、中尾さゆり(ボランタリーネイバーズ)、中村元彦(公認会計士)、松原 明(シーズ)、渡邊勝美(東京都生活文化局) Ⅳ NPO法人会計基準の改正 NPO法人会計基準は、2012年1月に明確化研究会報告書との整合性を取るために若干の改正を行っている。改正の1つに「リースの取扱い」がある。明確化研究会委員の中で「リース会計基準」と異なる取扱いについての議論が生じたためである。リースの取扱いは、「事業規模の相違による会計基準の取扱い」の典型的な1つであったが、改正を行っても具体的な内容は異ならないと判断したことからやむなく改正に至ったものである。 本格的な改正は当初予定した改正期間である5年が経過したことから、必要性が議論されNPO法人会計基準委員会の手によって2017年12月に公表された。 ① フィスカル・コンプライアンスの視点 役員報酬に関する取扱いは、2010年基準では役員が事業に従事した場合には事業費、管理業務に従事した場合には管理費としていたが、現実には以下の理由から役員報酬という勘定料日を使用せず給料として処理する取扱いがなされていた。 ㋑ NPO法第2条第2項1-ロ「役員のうち報酬を受ける者の数が、役員総数の3分の1以下であること」という規定を受けて、役員が他の使用人と同じ条件で業務をした場合には、給料手当で処理するという慣行が存在していること。 ㋺ 指定管理業務において、役員報酬という勘定科目が使えない場合があること。 役員報酬の一部を給料手当で処理すると、当該金額が社員総会の枠外となり、その結果、役員に対する支払いが本人以外にはわからないという状況が生まれる可能性がある。この部分について、基本的に2010年基準の考え方は変えないものの、上記等の理由から給料手当として計上する場合には、関連当事者間取引の注記の対象とすることとした。 ② 寄付金等に係る現金主義からの離脱 2010年基準では、寄付金等の認識は現金基準によっていたが、2017年改正では確実に入金されることが明らかになった場合に「未収寄付金」の計上を認めることとしQ&Aを充実した。 Q13-1 確実に入金されることが明らかになった場合とは Q13-2 クレジットカードによる寄付 Q13-3 仲介団体経由の寄付 Q13-4 寄付に対する返礼品 Q13-5 現物寄付 Q13-6&13-7 換金型の現物寄付 Q13-8 遺贈寄付 なお「2017年12月改正」で積み残した部分にファンド・レイジング費用の問題がある。 NPO法人の経済的特性を前提とするなら、活動計算書の中で以下の部分は極めて重要な論点となる。 ・支援の事実 ・事業コストの把握 ・支援の獲得活動 ・寄付者による使途の制約と受託責任 上記のうち、支援の事実については2010年策定公表時にボランティア等のサービスの受入れと事業コストへの算入についての基準を整備し、2017年改正では支援の認識基準を整備した。寄付者による使途の制約と受託責任については、その必要性に関して策定公表時と状況の変化はないと判断している。残された論点は「支援の獲得活動」と「事業コストの純化」にある。支援獲得活動(ファンド・レイジング)は経済的特性から導かれる本質的な活動であり、独立掲記の必要性が極めて高い。またファンド・レイジングに係る費用を独立掲記しない場合には、結果として事業費や管理費に含まれることになる。事業費がCost of Service providedであるならばファンド・レイジング費用などのその他の要素が含まれることは重大な問題を内包している。経常費用は事業費、ファンド・レイジング費及びガバナンスのための管理費に区分されることで経済的特性と整合的な費目区分となる。会計基準委員会では、ファンド・レイジング費の重要性について概ね認識は一致していた。しかし、適用の時期について時期尚早とする意見が多かったことから次回検討項目となったものである。なお、会計基準委員会の委員は以下の通りである。 <2017年12月改正に係るNPO法人会計基準委員会の委員> 委員長:江田 寛(公認会計士) 副委員長:岩永清滋(公認会計士) 委 員:大谷義幸(税理士)、岡村勝義(神奈川大学)、田中 皓(助成財団センター)、橋本俊也(税理士)、早瀬 昇(日本NPOセンター)、藤井秀樹(京都大学)、南山達郎(ぱれっと) 終わりに 第22回全国大会の統一論題「NPO法施行20年~その回顧と展望~」に関して会計面から「NPO法人会計基準の考え方と2017年12月改正の方向性」とのタイトルで検討した。NPO法人は1995年の阪神・淡路大震災における市民活動をベースに超党派の議員立法によって誕生した法人である。我が国における民間非営利組織は行政機関との関係を前提に設立されていることを考えるとNPO法人は極めてピュアな存在であると言える。市民とNPO法人を繋ぐ架け橋としてのNPO法人会計基準が市民自身の手でよりブラッシュアップされ、社会的評価の確立に貢献してほしいと思っている。非営利法人研究学会の研究者及び実務家のサポートを強く期待する。なお、本稿における意見に係る部分は私見であることを申し添えておく。 (論稿提出:平成30年12月3日)
- ≪統一論題報告≫法律専門家からみたNPO法20年 / 濱口博史(弁護士)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 弁護士 濱口博史 キーワード: NPO法 一般法人法 公益認定法 準則主義 認可主義 すみわけ論 法人法 強行法規 任意法規 統合 今後の方向性 要 旨: NPO法の制定時においてはNPO法人と旧民法法人とのすみわけが論ぜられたが、民法改正と一般法人法及び公益認定法の制定によって状況が変わった。そこでは、所轄庁による認証に基づく設立の意味が問われている。また、準則主義をとり、税法上ではあるが非営利型の類型をもつ一般法人法との関係が問題となるに至った。そして、これらを踏まえたとき、NPO法の今後の方向性が問われる。本稿では、以上について素描を試みる。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 認証の仕組みをとることの意味 Ⅲ 一般法人法との関係 Ⅳ 今後のNPO法の方向性 Abstract When Act on Promotion of Specified Non-profit Activities was enacted, since the former Civil Code had validity, the segregation of these two laws was intensively discussed. But after the reformation of Civil code and the establishment of Act on General Incorporated Associations and General Incorporated Foundations and Act on Authorization of Public Interest Incorporated Associations and Public Interest Incorporated Foundation, the situation had changed. Since then the segregation of the two laws had become meaningless. Behalf of that, it had become important to discuss about two issues. The first is the meaning of the granting certification of incorporation by the competent authorities under Act on Promotion of Specified Non-profit Activities. The second is the relation between Promotion of Specified Non-profit Activities and Act on General Incorporated Associations and General Incorporated Foundations which adopted the system of standard regulation concerning formation of incorporation and allows the General Incorporated Associations and General Incorporated Foundations to become the “non-profit-type” incorporation that is under tax laws. Ⅰ はじめに 本稿では、特定非営利活動促進法(以下「NPO法」という。)の20年を法律専門家の目から検討する。平成30年9月8日に行った学会報告と同様に、視点を限っての報告としたい。 1 NPO法の制定と改正 NPO法は、平成10月3月19日に公布され、同年12月1日施行された。そしてその後、数次の改正が行われた。認定制度以外では、大きいものでは、平成13年改正(平成13年10月1日。平成10年制定時の条項に従い、認定NPO法人制度が創設された。)、平成14年度改正(12月11日成立、平成15年5月1日施行。内容は、特定非営利活動の種類の追加、暴力団を排除するための措置の強化等である。)、平成23年度改正(平成23年6月15日成立、平成24年6月1日施行。内容は、地方自治体で一元的に事務を実施すること、制度の使いやすさと信頼性向上のための見直し等である。)、平成28年度改正(平成28年6月1日成立、同7日公布。内容は、認証申請の添付書類の縦覧期間の短縮等である。)がある。 これらの改正によって、同法は、着実に、使いやすく、かつ、信頼性を高める方向への改正を積み重ねていると評価できる。 一方で、これまでに中間法人法(平成13年6月15日公布・平成14年4月1日施行)、会社法(平成17年7月26日公布・平成18年5月1日施行)、公益法人関連三法(平成18年6月2日公布・平成20年12月1日全面施行)1)などの関係する法律が改正となっている。しかし、NPO法は、これらによる大きな影響は直接には受けてはいない。 以下では、NPO法施行20周年の節目に、公益法人関連三法の制定、特に、一般法人法が制定されたなかで、NPO法はどのような位置を占めているのか(ただし、本稿では、認定部分には言及しないこととする。)、また、同法には、今後に向けてどのような課題があるのかを検討したい。 2 すみわけ論 ⑴ 準則主義に近い認可主義 NPO法制定当時は、民法34条が存在した。本来であれば、民法を改正して、非営利法人の一般法をつくるのがすじであるという見解は多かったものの、民法改正には多大の時間を必要とするため、特別法として制定されることとなり2)、特別法である以上、公益法人とのすみわけがなされるような立法がなされるべきであるとされた3)。そして、この論理4)によれば、民法34条は「許可」としているのであるから、準則主義は不可であるとされた5)(もっとも、「準則主義に近い認可主義」とがとられた6)。)。 ⑵ すみわけのための要件7) また、民法の特別法であるというすみわけ論から、要件が検討された。NPO法2条1項が特定非営利活動の分野を限った(立法当初は12分野)のはこのためである8)。 なお、すみわけの要件として他に何をあげるかは、立場による9)。 3 公益法人関連三法の制定による影響 ⑴ 公益法人関連三法の制定 公益法人関連三法では、旧民法法人を規律する民法33条以下を廃止して、(現)民法33条1項及び2項を置き、同条1項を受ける形で、非営利法人一般に準則主義によって法人格を与える一般法人法10)11)と一般法人に公益の認定を与える公益認定法を定め、併せて、旧民法法人から新しい公益法人又は一般法人へ移行することを定めた。 ⑵ 非営利型の一般社団法人の制度の創設 そして、一般法人については、税制において、一定の要件を満たせば、公益法人等に含まれる類型が設けられた(法人税法2条6、別表第二、2条9の2、法人税法施行令3条)。 ⑶ NPO法に対する影響 ① 2のとおり、立法当初のNPO法は、民法34条の特別法であるという前提があった。ところが、⑴で述べたように、公益法人関連三法は、許可主義を宣明していた民法34条を廃した。そのため、民法34条の存在を根拠としたNPO法におけるすみわけ論も意味を失った。また、非営利法人は、準則主義によって設立されることが原則となった。 よって、NPO法人も、法人格を取得させるための規制としては、論理的には、準則主義で足りることとなった。 ② さらに、上述⑵のように、税制上、NPO法人と同様に公益法人等に含まれるタイプの法人類型が設けられている。 ③ そこで、次のことが問題となる。 ⅰ)NPO法は、現時点で、準則主義に近いとはいえ認証の仕組みをとることがどのような意味を持つか12)。これは、NPO法における法人法を超えた部分に関わる問題である。 ⅱ)準則主義をとる一般法人法との関係はどのようなものか。これは、NPO法における法人法に関わる部分の問題である(もっとも、後述するように、不特定多数の者の利益にかかわる部分も影響を与える。なお、本稿では、非営利型特有の問題は具体的には扱わない。他日を期したい。)。 ⅲ)ⅰ)ⅱ)と関連するが、NPO法の将来はどのように考えられるか、である。 Ⅱ 認証の仕組みをとることの意味13) 1 認証の仕組みの意味 ⑴ 認証によって得られるもの(機能・効果) 準則主義によって法人格が得られるとすれば、認証によって得られるもの14)15)は、法人格の取得による効果を超えたところのもののはずである。 そして、民間の不特定多数の者の利益を推進する活動は一般法人においてこれを行うことは一切禁ぜられていないことからすれば、それは、「特定非営利活動法人」という名称をもつ法人のカテゴリー16)に属するということの標識であるように思われる。つまり、法人格の取得を超えたところでNPO法人に独自なのは、かかるカテゴリーに含まれるとする名称を得、維持するために必要とされる活動と組織の要件の存在17)、これらに基づく認証及びこれに引き続く所轄庁による監督(同法41条以下。なお、29条及び30条)並びに市民の監督(法28条)が名称に対する信頼性を担保し、それによって、市民の信頼などを調達できるというところであると考えられる。 ⑵ NPO法における認証の制度の意味 NPO法における認証の制度は、⑴で述べた機能・効果を認証によって保証する制度と言えるのではないか18)。 2 問題の所在 NPO法における認証の制度が、このような機能・効果を有するということを前提としたとき、問題は、これらの機能・効果を得るためには、所轄庁による認証とこれに引き続く監督が必要なのか、換言すれば、準則主義では確保できないのか、である。私的自治では困難なのか(なおⅢ1⑴の点はここでは考慮しない。)。 3 一つの考え方 私的自治をもって、これらを実現することは十分可能であるとすることも一つの考え方であろう。その場合には、準則主義で対応できることになる。 しかし、後述する社員等の監視監督のインセンティブの弱さに鑑みると、これらの機能・効果を得るにあたって、私的自治に全く委ねることは適当ではないのではないか19)とも思われる。 その先には、いくつかの考え方がありうる。一つには、私的自治が弱い分について、情報公開を強化して、市民が参加や寄付において相手先を選ぶための前提を充実させたうえ、情報公開のみ所轄庁が監督するという方法が考えられる。また、そうではなく、現行法通りとする考え方、あるいは中間的な考え方がありうる20)。 Ⅲ 一般法人法との関係 1 NPO法の観点から Ⅱでは、法人法を超える部分について、NPO法が認証の制度を有している必要はないのではないかと問うた。Ⅲでは、仮に認証の制度を残すとした場合に、法人法の部分21)が適切な規制になっているのかを検討する。 ⑴ まず、認証や監督の対象をどのようにみるかである。法人法の部分を所轄庁が監督をすることができるのが現行法であるが(NPO法41条)、一般法人法と比較すると、不特定多数の者の利益に係る活動そのものに直接関わらない法人法の遵守までその対象として考える必要は必ずしもないと思われる22)。 とはいえ、一方で、法人法の不遵守がその不特定多数の者の利益に係る活動に不適切な影響を及ぼすことも考えられるので、法人法の部分についても監督の対象となるということはありうることである23)。 そこで、法人法の部分が認証及び監督の対象になることを可としたとしても、一般的な監督の条項で行われるのではなく、明文で法人法の部分の法規範の遵守の有無を監督するという条項を存在させ、その条項はできる限り少なくし、そのもとにおいてのみ監督を可とすべきではないだろうか。 ⑵ では、現在のNPO法において、現在の法人法の規律で十分か24)。一般法人法に比べて簡素である点が問題となる(なお、⑴で述べた通り、法人法の部分への所轄庁の監督は最小限にするものとすることを前提として以下検討を加える。) NPO法は、旧民法の条文を取り込んだ。しかし、旧民法のそれは主務官庁による監督がある前提での規定であった。そして、実際、旧民法法人では、厳しい監督がなされていた。そこで、この論理を延長すれば、NPO法人においても、旧民法法人の条文を取り込んだということは、同様の監督がなされるべきということにもなる。ところが、NPO法では、所轄庁による監督は最小限のものであるべきとされている。そこで、これをどうみるかであるが、定款自治と市民による監督を尊重しているとみるべきではないかと考えられる。 では、定款自治をどのように積極化すべきか。この点、現行法において、非営利法人における社員のインセンティブの弱さ等により定款自治が機能しない部分が仮にあるとすれば25)、この部分については、強行規定(それとは異なる定款の定め等が一切無効となる規定。)及び任意規定(定款の定めがない場合のデフォルトの規定。定款で別段の定めを置くことができるが、定款に別段の定めがない場合は、その規定の適用がある。)を存在せしめ、これらの規定(後述するように、一般法人法を参考にすべきであると思われる。)によって、定款自治を活発化させる方策をとるべきと考えられる。紛争が生じた場合の解決は、所轄庁の監督によるのではなく、裁判所による解決を予定することになる。なお市民による監督については別途検討する必要があろう。 2 一般法人法の観点から ⑴ 一方参考にすべき一般法人法には、次の問題がある。 ⑵ 一般法人法には、会社法があまり変形されずに持ち込まれたため、機関についての強行規定が多数ある。しかし、複雑なガバナンスを要することがある非営利法人の実態やあるべき姿にそぐわないのではないかと思われる場面がある。硬直的又は厳格な点があるのである26)。たとえば、機関の権限分配について、理事及び監事の選任や決算関係の承認・報告は、社員総会のみに認められている(一般法人法63条、同法126条2項3項。)のは、硬直的であろう(ちなみに、NPO法ではそのようではない。同法14条の5参照。)。隠された利益分配が残るとするならば、会社法の規制も踏まえなければならないとされるが、収益をあげない法人まで会社法に近づけるのは、過度な負担となる可能性があるのではないか27)。 かくして、一般法人法における実態やあるべき姿にそぐわない規制については、廃止するか、少なくとも任意規定化することが必要なのではないかと考えられる。また、合同会社(会社法575条以下。)を参考にして小規模な団体について機関が分離していないタイプを用意してもよいのではないかと思われる28)。 ⑶ 逆に、非営利法人における社員のインセンティブの弱さ29)等から、一般法人法の規制を厳しくする必要がある部分もあるのではないかと思われる30)。 Ⅳ 今後のNPO法の方向性 1 論理的にありえる議論 ⑴ 認証に関わる部分について ①1 NPO法人(全体)を準則主義化する。 ②2 NPO法人を規律する法律を、法人法をになう部分と「不特定かつ多数の者の利益」を規律する部分に分け、前者を準則主義によるものとし、後者はそのままにする。 ③3 現状を変化させない。 ⑵ 一般法人法との関係について 上記の⑴を踏まえると、1~3のそれぞれを取るなかで、次のとおりとなると思われる(なおここでは、前述Ⅲ1⑴の問題はとりあげないものとする。)。 ①1-1 1をとる場合に、さらに、一般法人と統合することが考えられる。 ②1-2 1をとるが、一般法人とは、統合しない方向をとるということも考えられる。 ③2-1 2をとる場合、さらに、法人法の部分については、一般法人法と統合することが考えられる31)。そのうえで、認証は別の仕組みとするという建てつけが考えられる。法人のほうからみれば、法人格をとったものに対して、認証をするという建てつけとなる。 なおこの場合、非営利型を一般法人法において位置づけることも検討する必要がある(この場合、公示についても検討する必要がある。)。 ④2-2 2をとる場合でも、一般法人法とは統合しないということも考えられる。 ⑤3-0 3をとり、個別に一般法人法を参考にして、また、一般法人法とのバランスを踏まえつつ、現実の運用をみながら、必要があれば、NPO法の改正を行っていくということも考えられる。 2 どの方向性が妥当か 全体の準則主義化は困難として(前述Ⅱ3)認証制度を残す(⑴の2又は3)とした場合について以下は検討する。 ⑴ 認証制度自体について 前述Ⅱ3及びⅢ1⑴の通りである。 ⑵ 法人法の部分について 理論的には、上記2-1がありうる方向性であると思われる。 しかし、一般法人との統合は当面は困難であると思われる32)。そこで、当面は、3-0の方策をとり、一方で、一般法人法においても適切に柔軟化して、適切な時点で適切な方法で両者を統合するということ(2-1)が考えられる。 3 NPO法の今後の課題 2を踏まえると、当面認証制度を残し、NPO法において一般法人法の規制を批判的に取り入れることが現実的である33)。その際の注意点は次のとおりであろう。 ⑴ 一般法人法を参考にしつつ、強行規定を適切に取り入れるべきである。また、場面によっては、任意規定を適切に設定すべきである。 社員総会の招集手続(一般法人法37条以下)についても程度はともかくとして取り入れたほうがよいと思われる。 理事周りでの検討課題は、大きくは次のとおりである34)。理事会(一般法人法60条2項、90条以下)、代理権の内部的制限の第三者対抗(同法77条5項)、代理行為の委任(NPO法17条2項)、表見理事(一般法人法82条)、忠実義務(同法83条)35)並びに利益相反及び競業避止義務(同法84条、92条)、報告義務(同法85条。なお、同法98条)、行為の差止め(同法86)、任務懈怠の場合の法人又は第三者に対する責任(同法111条、117条)36)、代表訴訟(同法278条以下)などがある。また、監事についてもその権限の充実と独立性の確保は検討の余地がある(同法99条以下)。 一般法人法になく会社法にある法技術を持ち込むこともありうる。たとえば、監査役会(会社法326条2項、390条以下)37)などである。 情報公開の制度についても留意をするべきである。 [注] 1)なお、社会福祉法改正(平成28年3月31日公布・平成29年4月1日全面施行)。 2)堀田・雨宮編『NPO法コンメンタール』(1998年、日本評論社)8頁参照。 3)上掲堀田・雨宮編11頁参照。ただし、特別法であるからすみわけが必要という論理は必然ではないと考えられる(シーズ=市民活動を支える制度をつくる会「市民活動推進法・試案(法人制度)&討議用資料(1996年)42頁参照。 4)「すみわけ論」と言われる(橘幸信「知っておきたいNPO法〔初版〕」〔1999年〕28頁参照。ただし、漢字の使い方にはいろいろあり、同書では「棲み分け」との文言を用いる。)。 5)この点についても批判があった(上掲シーズ=市民活動を支える制度をつくる会46頁参照)。 6)上掲堀田・雨宮編17頁参照。 7)このように、すみわけ論には、二つの意義がある。ⅰ)認証であるとされたこと、ⅱ)すみわけのための要件が必要とされたことである。本稿では、ⅱ)は詳しくは論じないが、一般法人法が目的や活動の種類を限定しないこととの対比で、これらのすみわけのための要件とされたものがNPO法がどのような位置づけになるべきか(すみわけのためだけの要件であったため、不要となるのか、それとも、別の意味を持っていた又は今後もたされるために、要件としては有用とされるのか。)は別途論じられるべき問題である。注9も参照。 8)上掲堀田・雨宮編79頁参照 9)たとえば、役員のうちの報酬を受ける者の数の制限(NPO法2条2項1号ロ)は、すみわけ要件であるとするもの(上掲橘10頁、48頁)とこれに反対すると思われるもの(上掲堀田・雨宮編90頁)がある。 10)正確には、それぞれ、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律及び公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」である。 11)会社法に倣ったものであり、これ自体問題をはらむが本稿では取り上げない。 12)むろん、論理的にという意味である。また、もとより、公益法人制度関連三法以前においても、この独自の意味が問われていなかったわけではない。 13)認定特定非営利活動法人又は公益法人制度における認定を得るための前提として選択するという側面の検討(これには、双方の認定の部分を比較検討する必要がある。)も必要であるが、本稿では触れない。 14)とはいえ、この法人格を超えた部分の議論は、概念的には、法人格の部分が準則主義であってもなくても同じ問題ではある。 15)両者の違いだけをいうのであれば、要件論も含まれるが、ここでは、認証によって得られる効果を問題とする。 16)本法の「市民の行う」「自由な」「社会貢献活動」「ボランティア活動」「特定非営利活動の健全な発展を促進」(1条)という文言には特定非営利活動が、寄付やボランティアに代表される自由で自発的な活動であること、特定非営利活動の運動性、アドボカシー機能若しくは市民性涵養の機能を有すること、市民的な参加と協力を推進する母体となること、特定非営利活動同士(組織同士も含まれるだろう)の連帯性が重要であること等を読み込むことが可能である。ここにもカテゴライズされた法人の独自の意味がありうる。 17)「特定かつ不特定の者の利益」「(別表により指定された)特定非営利活動」(2条)、「公益」(1条)に関連するもの、その他である。これらにどのような要件が含まれるのかは、次の問題である。これは、非営利型の一般法人の要件(すでに、ここに利益の不分配はふくまれる。2条2項1号参照。)、すみわけ要件との関係を議論しなければならない。 18)もっとも、この機能・効果を得るための所轄庁による監督が、法人法の部分にまで影響を与えていることも否定できない(むしろ、後述のⅢ1⑴からすれば、これが現行法上も前提となっているといえる。)。 19)別の考え方では、要件を現状よりも軽くして私的自治によっても守りやすい形にすることが考えられるが、そうすると、名称への信頼が一ランク落ちることにもなる。また、一般法人と近づくことになって、そこの関係も問題となる。 20)その他の試みとして、大村敦志『学術としての民法Ⅱ新しい民法学へ』(東京大学出版会、2009年)、岡本仁宏「法制度」(坂本治也編『市民社会論』〔法律文化社、2017年〕所収)184頁。 21)厳密にはどの部分であるかを特定することは困難である。さしあたり、機関の部分を念頭に置くことにしたい(以下も同じ。)。 22)設立を準則主義として官の関与なしとしても、市民による監督の観点を残すならば、残る部分がある以上、同じことになる。 23)一般法人法は、公の機関による監督がないため、ガバナンスは、少なくとも株式会社と同等でなければならないとの考え方があるとの見解がある(尾崎安央「学校法人のガバナンスに関する一考察」江頭憲治郎先生古希『企業法の進路』〔有斐閣、2017年〕351頁、北村雅史「一般社団法人の機関制度の検討」NBL1104号〔2017年〕35頁参照)。これを裏返すと、公の機関による監督があれば、ガバナンスが株式会社以下でよいように読める。そうとすれば、問題があるのではないか。 24)NPO法(ただし、認定に関わる部分は除く)と一般法人法との違いについて合理的に説明がつくかという問題のたて方がある。答え方の道すじとしては、ⅰ)NPO法人と一般法人の実質に差がないことを前提とすれば、両者の違いは合理的ではないということになり、ⅰ)-1NPO法の規定が不適当である、ⅰ)-2一般法人法のそれが不適当であるという考え方がありうる。また、ⅱ)NPO法人と一般法人の実質に差があるということも考えられる。本文のⅢを踏まえて、検討することになろう。 25)上掲堀田・雨宮編36頁(濱口博史発言) 26)佐久間毅「非営利法人法のいま」法律時報80巻11号(2008年)15頁は、「中間法人法と異なり、団体の性格を考慮した法人の類型化がされなかったため、ガバナンスに関する規律はやや重たいものとなっている」とし、理事会への規制の強化(95条)をあげる。 27)神作裕之「一般社団法人と会社」ジュリスト1328号(2007年)18頁参照、後藤元伸「非営利法人制度」(ジュリスト増刊『民法の争点』〔2007年〕所収)60頁、佐久間毅「非営利法人に関する法の現状と課題」(日本私法学会第75回大会ワークショップ資料)(2011年)8頁。なお、注26も参照。 28)これはNPO法にもないが、NPO法、一般法人法のいずれにおいても検討の余地が十分にある。民間法制・税制調査会「公益法人制度改正要望に関する報告書」(2012年)18頁、上掲北村35頁。 29)神作裕之「非営利団体のガバナンス」NBL 467号(2003年)24頁など。ただし、岡本上掲184頁は、営利法人と非営利法人は、相対化されているとする。また、能見善久教授は、比較的小さい一般社団法人では、社員の非経済的インセンティブは強いとする(「非営利法人に関する法の現状と課題」〔日本私法学会第81回大会シンポジウム〔2017年〕における発言〔私法80号〔2018年〕12頁〕)。 30)神作上掲NBL767号31頁は、非営利団体の理事の忠実義務についての米国の議論を紹介している。この点について、松元暢子『非営利法人の役員の信認義務 ― 営利法人の役員の信認義務との比較考察』(商事法務、2014年)、能見教授の上掲シンポジウムでの発言(私法80号12頁)参照。 31)NPO法は議員立法であり、制定及び改正については、市民による立法活動による部分が大きい法律である。そして、公益法人関連三法の制定の際には、政府の側では公益法人との統合の動きもあったが、市民による活動によってこれが断念された経緯もある。そのほか、公益法人及び一般法人とNPO法人にはさまざまな違いがある。ここでは、これらの現実の統合の可能性については捨象して、純粋に理論的にみた場合の立法技術について検討するものである。また、いうまでもなく、一般法人法の現在の規制とNPO法の規制の双方を適切に変更しながら統合するという前提である。以下同じである。 32)なお、一般法人法の条項をNPO法において類推解釈をして用いることにも留意と議論が必要である。 33)注31で述べた理由によることもあるが、一般法人法を適切に改正するということ(特に、現在のNPO法人の柔軟な運営を取り込むことができるような改正を加えるということ)もなかなか困難であると考えられるからである。 34)佐久間上掲「非営利法人に関する法の現状と課題」、同・私法74号(2012年)151頁以下参照 35)この点については、むしろ強くするという方向性も考えられる。注30参照。 36)佐久間毅「法人通則―非営利法人法制の変化を受けて」NBL1104号(2017年)44頁、山下徹哉「非営利法人の理事の対第三者責任の意義と機能に関する一考察」NBL1104号(2017年)61頁以下参照 37)北村上掲34頁参照 [参考文献] 大村敦志『学術としての民法Ⅱ 新しい日本の民法学へ』(東京大学出版会、2009年) 尾崎安央「学校法人のガバナンスに関する一考察」『江頭憲治郎先生古稀記念 企業法の進路』(有斐閣、2017年) 神作裕之「非営利団体のガバナンス」NBL767号(2003年)24頁 神作裕之「一般社団法人と会社 営利性と非営利性」ジュリスト1328号(2007年、有斐閣) 北村雅史「一般社団法人の機関制度の検討」NBL1104号(2017年) 後藤元伸「非営利法人制度」(ジュリスト増刊『民法の争点』[2007年]所収、有斐閣) 佐久間毅「非営利法人法のいま」法律時報80巻11号(2008年、日本評論社) 佐久間毅「非営利法人に関する法の現状と課題」(日本私法学会第75回大会ワークショップ資料)(2011年) 佐久間毅「法人通則 ― 非営利法人法制の変化を受けて」NBL1104号(2017年) シーズ=市民活動を支える制度をつくる会「市民活動推進法・試案(法人制度)&討議用資料(1996年) 橘幸信『知っておきたいNPO法(初版)』(1999年、大蔵省印刷局) 能見善久「非営利法人に関する法の現状と課題」(日本私法学会第81回大会シンポジウム・2017年、私法80号(2018年) 堀田力・雨宮孝子編『NPO法コンメンタール』(1998年、日本評論社) 松元暢子『非営利法人の役員の信認義務 ― 営利法人の役員の信認義務との比較考察』(商事法務、2014年) 民間法制・税制調査会「公益法人制度改正要望に関する報告書」(2012年) 山下徹哉「非営利法人の理事の対第三者責任の意義と機能に関する一考察」NBL1104号(2017年) (論稿提出:平成30年12月19日)
- ≪査読付論文≫社会的投資によるコミュニティ再生―英国のコミュニティ・シェアーズを事例に― / 今井良広(兵庫県地域創生局長)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 兵庫県地域創生局長 今井良広 キーワード: 社会的投資 コミュニティ・シェアーズ 社会的企業 コミュニティ益増進組合 エンパワメント 要 旨: 本稿では、参加型社会的投資スキームの先導事例として英国のコミュニティ・シェアーズを取り上げ、その意義と可能性について論じている。まずコミュニティ・シェアーズの特徴、実績、制度枠組を概観したのち、それが共感をベースとした投資であり、メインストリームの社会的投資へのオルタナティブとして市場の裾野拡大に貢献してきたことを指摘している。次いで、そのスキームが投資家個人にコミュニティへの能動的、多元的な関与を求める点で、資金面だけでなくエンパワメントの側面からも意義を有することを明らかにしている。最後に、それが我が国における参加型社会的投資制度の設計に際して、対象法人の形態や金融商品としての取扱い、支援制度の整備等に関し多くの示唆を与えるものであると結論づけている。このほか、今後の課題として、コミュニティ・シェアーズの実施・未実施コミュニティ間の特徴的差異を明らかにする研究の必要性を提起している。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 社会的投資の概念 Ⅲ コミュニティ・シェアーズの展開状況 Ⅳ 考察 Ⅴ おわりに Abstract This paper focuses on the case of ‘community shares’, a leading participatory social investment scheme in the UK to discuss the significance and possibility of social investment for community revitalization. It highlights the following findings of the case study. Firstly, ‘community shares’ is an investment based on empathy. It functions as an alternative to mainstream social investments and it contributes to expanding the market. These characteristics were observed after reviewing its core features, achievements, and institutional arrangements. Secondly, ‘community shares’ is highly significant from both funding and empowerment perspectives. This scheme requires individual investors to be actively engaged in the community through a multiplicity of stakeholder roles. Finally, ‘community shares’, as practiced in the UK, offers valuable insights for the design of a participatory social investment scheme in Japan, including: preferred cooperation form ; treatment as a financial product ; and development of support system. The paper acknowledges the need for further research to clarify the striking differences between the communities that implemented ‘community shares’ for community revitalization and other communities. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読を経て掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 公的部門の財政制約が深刻化するなか、市民社会セクターへの主要な資金供給手段の1つとして、社会的投資(Social Investment)の役割が重要になりつつある。その活用により、社会的企業1)等への支援とともに、複雑化・多様化する社会的課題の解決が進むことが期待されている。社会的投資の拡大は、G8の取り組み2)に象徴されるように、今や世界各国の共通テーマとなっている。 我が国でも、休眠預金活用法の施行(2018年1月)により、社会的投資への新たな流れが生み出されようとしている。地域でも、事業創造にクラウド・ファンディングの利用が進みつつあり、ふるさと納税と並んで、社会的投資への期待が大きくなりつつある。しかし、各地で相次いで導入されるソーシャル・インパクト・ボンド(SIB:Social Impact Bond)や、開発の進む社会的インパクト評価の手法などに比べ、地域をベースとした参加型社会的投資制度の検討はまだ緒についたばかりといえる。 そこで、本稿では先導事例として英国の参加型投資スキームであるコミュニティ・シェアーズ(Community Shares3))を取り上げ、その意義、可能性を論ずる。以下では、社会的投資の概念を示したのち、コミュニティ・シェアーズの展開状況を明らかにし、その政策的意義及び参加型社会的投資の制度検討をめぐる我が国へのインプリケーションについて考察する。そして最後に、今後の研究課題に言及する。 Ⅱ 社会的投資の概念 社会的投資の概念については、様々な定義がなされているが、一般には「社会的、金銭的(経済的)利益を生み出す資本提供」であり、かつ「チャリティ・社会的企業への返済を前提とした資金供給」と規定される(BSC HP1)。 すなわち、社会的投資は経済的、社会的利益(目的)の‘双方’の実現をめざすものであり、この点で(経済的利益を求めない)フィランソロピー(Philanthropy)とは区別される。また、それは「市民社会セクター組織への投資」(ACSI [2015] p.27)であり、『目的』、『対象』のいずれもが‘社会的’であることを求められている。 返済を前提とした資金(Repayable Finance)である点では、社会的投資は通常の民間投資と何ら変わりはない。しかし、『経済的利益(リターン)』の在り方をめぐっては、投資家は柔軟な考え方に立つ。すなわち、元本の返却や利子・配当の提供を期待しつつも、社会的利益が達成されるような状況下では、投資家は元本の毀損や非金銭での配当(財・サービスの提供)を許容する可能性もある。 ところで近年、「社会的投資」に代わって、「社会的インパクト投資」という用語が頻繁に用いられるようになっている。これはインパクトという言葉を加えることで、「成果を評価する投資」(G8SIIT [2014] p.1)を含意とし、投資の社会的成果の数値化・可視化を強調するものとなっている(ACSI [2015] p.31)。 このインパクトの達成に重きを置く社会的インパクト投資では、投資先は必ずしも市民社会セクターとは限らない。その投資先には、社会的企業だけでなく、民間企業、民間ファンドも含まれる(小林 [2015] p.223)。つまり、『対象』という点で、社会的インパクト投資は社会的投資よりも幅広い概念として捉えられる(BSC HP1)。このため、コミュニティの社会的企業に焦点を当てる本稿では、一貫して「社会的投資」という言葉を用いることとする。 Ⅲ コミュニティ・シェアーズの展開状況 以下では、コミュニティ・シェアーズの趣旨・導入経緯、公募主体・株式の特徴、投資実績、制度的枠組・環境(標準マーク、支援プログラム、税額控除、監督機関)を概観したのち、株式発行の実態(公募形態・手続、投資額・配当利回り、投資家属性)を明らかにする。 1 趣旨・経緯 コミュニティ・シェアーズは、株式投資を通じて、コミュニティの持続的発展に資する事業、イニシアティブを長期にわたって支援するビジネスモデル(投資スキーム、資金供給システム)である(コミュニティ・シェアーズは、投資対象となる株式そのものを指す言葉であると同時に、スキーム全体の総称としても用いられている)。 今日、英国の各地域では、コミュニティの店舗継続からパブ・醸造所の救済、再生エネルギーの発電、ホール等の施設改修、地元農産品の生産拡大、サッカー・クラブの運営支援、歴史的建造物の修復等に至るまで、様々な事業・分野でその活用が図られている。 コミュニティ・シェアーズのコンセプトは、地域開発トラストの全国組織であるDTA(Development Trusts Association)が、その2008年の報告書のなかで発案したものである(CSU [2018a] p.2)。内閣府、コミュニティ・地方自治省(DCLG)の支援を受けたDTAは、その翌年にCo-operatives UK(英国協同組合連合会)と共同でプログラムを開始し、2012年までの間に、70を超える団体のコミュニティ・シェアーズの公募を支援した。そして2012年からは、DCLGの支援のもと、Co-operatives UK とLocality(DTAの後継団体)が共同で普及啓発団体、基準認証団体としてCommunity Shares Unit4)(CSU)を設置し、コミュニティ・シェアーズの普及・拡大を後押ししている。 2 公募主体・株式 コミュニティ・シェアーズは「法定あるいは任意でアセット・ロック(資産譲渡制限条項)を規約に位置づけた組合が発行する」株式である(CSU [2018a] p.2)。その発行は、2014年登録組合法(Co-operative and Community Benefit Societies Act 20145))のもと、協同組合(Co-operative Society)、コミュニティ益増進組合(Community Benefit Society6):略称=ベンコム/BenCom)及びチャリタブル・コミュニティ益増進組合7)に登録している団体にのみ認められている。 コミュニティ・シェアーズは、登録組合の発行株式では一般的な「譲渡(売却)不可能、引き出し可能な株式(withdrawable share)」として発行される(CSU [2018a] p.2)。出資者はそれを組合に売却し換金できるものの、第三者には売却・譲渡できない。また、配当金に制限が設けられ、キャピタル・ゲインを得ることも認められていない。これらの点で、コミュニティ・シェアーズは、株式会社が発行する一般の株式(transferable share)とは性格を大きく異にする(表1参照)。 表1 コミュニティ・シェアーズと一般的な株式の相違点 加えて、コミュニティ・シェアーズでは、個人が全株式を所有可能な一般の株式とは異なり、(独占・寡占を防ぐ目的で)登録組合法により個人の持ち分に最大10万ポンドの制限が設けられている。さらに、民主的運営のために、協同組合原則に基づき、出資額にかかわらず、出資者1人あたり1票の議決権が与えられている。これも、一般的な株式(1株1票)との大きな相違点である。 なお、CSUでは、名目上の株式発行の防止と‘純粋な’コミュニティ所有の実現のため、コミュニティ・シェアーズを総額1万ポンド以上の株式を発行し、かつ少なくとも20人以上のメンバーから出資を募るものと規定している(CSU [2018a] p.2)。 3 実 績 2009年以降、コミュニティ・シェアーズのスキームを通じて、12万人以上の投資家が英国の400超の団体(コミュニティ・ビジネス)に約1億ポンドにのぼる投資を実行している(CSU [2016a] p.1)。2015年末現在、英国の社会的投資(残高)は、15億2,500万ポンドに達すると推計されているが、コミュニティ・シェアーズはその約6%を占めている(Robinson [2016] p.3, 9:表2参照)。 CSUによると、コミュニティ・シェアーズの公募を目的に登録した団体は、プログラム開始以降、2016年までの間(2009年~2016年11月)に、781に達する(CSU [2016b] p.7)。この間のコミュニティ・シェアーズの公募件数は405件にのぼり、(仮に1団体1公募とすると)約半数(51.9%)の団体が公募に至っている(CSU [2016b] p.9)。1公募当たりの投資家数(応募数)は、250名前後が最も多い8)。 コミュニティ・シェアーズによる調達金額は1億1,158万ポンド(2009年~2016年11月)にのぼり、調達目標額(1億6,726万ポンド)に対する調達率は7割近く(69.2%)に達している(CSU [2016b] p.10)。 分野別データ(2016年)をみると、登録団体数では、コミュニティ土地信託・住宅が最も多く、約4分の1(26%)を占め、次いでエネルギー・環境(12%)、パブ・醸造(10%)、スポーツ(10%)、食物・農業(9%)、近隣商業(6%)、ICT・メディア(5%)、社会福祉(4%)の順となっている(CSU [2016b] p.8)。一方、公募件数では、この年はエネルギー・環境が突出し、全体の5分の3以上(61%)を占め、他を圧倒している(CSU [2016b] p.12)。 表2 英国の社会的投資残高(2015年末時点) 4 制度的枠組・環境8) ⑴ 標準マーク(認証基準) コミュニティ・シェアーズは、金融商品の販売勧誘に関する規則(Financial Promotion Rules)が適用されず、公的な補償制度やオンブズマン制度からも対象外の扱いを受けている(CSU [2016a] p.8、CSU [2018a] p.99)。すなわち、ひとたび発行団体の事業が破綻すれば、投資家は投資額の全てを失う危険性がある。 このため、CSUでは投資家保護の観点から、公募されるコミュニティ・シェアーズが全国標準の株式公開基準を適正に満たすものであることを認める自主的な認証制度を設けている。コミュニティ・シェアーズ・標準マーク(Community Shares Standard Mark)と呼ばれるそれは、2015年に導入され、これまで約100団体がその認証を得ている9)。 この標準マークの主な認証要件は次の通りである。 ・分かりやすい文書(株式公開、購入申請に係る文書)の作成 ・投資決定に必要な全ての情報の公開、提供10) ・記載事項が年間収支計画、事業計画によって裏付けられていること ・文書内に意図的な誤記や混乱、事実誤認を誘う記載がないこと 標準マークの認証を求める団体は、これらの要件を記した行動規範に署名し、投資家がCSUに不服申し立てを行う権利を認めなければならない。CSUは、団体が規範を遵守しなかった場合に認証を取り消す権利を保持する。 認証作業は、コミュニティ・シェアーズの公募経験があるCSU認定の実務家によって執り行なわれる。彼らは株式公開文書、申請様式、組合規約、年間収支計画、事業計画などを審査し、認証の是非を判断するが、公開されるコミュニティ・シェアーズ自体が有望な(あるいは安全な)投資案件であることを評価するわけではない(CSU [2016a] p.8)。すなわち、標準マークは当該事業の成功を保証するものではない。 ⑵ 支援プログラム コミュニティ・シェアーズの公募を行う(予定する)団体に対しては、手厚い支援プログラムが用意されている。コミュニティ・シェアーズ推進プログラム(Community Shares Booster Programme)と呼ばれるそれは、助成財団(Power to Change)から300万ポンドの資金拠出を得て創設されたもので、運営はCSUが担っている(CSU [2018b] p.2)。プログラム期間は2017~2021年度の5年間で、最初の3年間に約60の(イングランド内の)株式公募に対し資金支援を行う計画が立てられている。 このプログラムでは、Co-operatives UKがインパクトや革新性の高い事業の実施を目的として公募されるコミュニティ・シェアーズに対し、株式の買取りという形でマッチング・ファンドの提供を行っている(CSU [2018b] pp.11-12)。買取り限度額は10万ポンドで、持分比率は全株式の50%未満と定められている。なお、マッチング・ファンドの申請にあたっては、標準マークの認証を得ていることが前提となる(株式の買取り支援は、休眠預金等を原資とした世界初の社会的投資卸売銀行であるビッグ・ソサエティ・キャピタル(Big Society Capital)のファンド11)でも行われている)。 他方、プログラムでは公募を予定している団体を対象とした事業開発補助(限度額:1万ポンド)制度も設け、ビジネスプラン作成、コミュニティ内での調整、標準マーク審査、株式公開等に係る費用を助成している(CSU [2018b] p.9)。 ⑶ 税額控除 英国では、社会的企業への個人投資を喚起するため、2014年4月から社会的投資税額控除(SITR:Social Investment Tax Relief)制度が導入されている(CSU [2018a] pp.105-106、BSC [2018]、Fountain [2016]、FTAdiviser [2018])。このSITRは、中小企業向けの企業投資スキーム(EIS:Enterprise Investment Scheme)をモデルに制度設計されたもので、2017年の規則改正を経て、要件緩和、対象拡大等制度の拡充が図られている。 SITRの枠組では、個人は年間100万ポンドを上限として、社会的企業への投資額の30%の所得税控除を受けることができる。あわせて、キャピタル・ゲイン税の延期・免除や所得税・相続税の損失控除なども適用される。控除対象となる投資は株式もしくは債権で、投資家は少なくとも3年間は投資を継続する必要がある。なお、個人は投資する社会的企業の株を30%以上保有できない。 対象となる法人形態は、コミュニティ益増進組合あるいはコミュニティ利益会社(CIC:Community Interest Company)、チャリティ等で、法的なアセット・ロックのない協同組合は対象外とされている12)。対象法人の規模は、従業者250人未満かつ総資産1,500万ポンド未満の組織と定められている。また、リスクの低い分野(発電、不動産開発、貸付・リース、社会的企業への金融サービス、老人・介護施設運営等)については予め対象から除外されている。 対象となる法人は、取引開始後7年未満ならば、通算150万ポンドまでSITRの枠組での投資を受け入れることができる(7年以上ならば3年内に約30万ポンドまで)。なお、SITRにより得た資金については、28カ月以内に利用しなければならない。 SITRの利用にあたっては、歳入関税庁(HMRC)の認可が必要である。HMRCは申請を受理すると、その法的適合性を審査し、適法と判断した際には、申請法人が証明書を全投資家に発行することを認める(Fountain [2016] p.19)。投資家はその証明書を用いて、HMRCに直接控除申請を行う。 ⑷ 監督機関 コミュニティ益増進組合や協同組合の設立にあたっては、全ての金融機関を対象に金融行為規制と健全性規制を行う金融行為監督機構(FCA:Financial Conduct Authority)に規約の登録が必要になる(CSU [2018a] pp.40-41)。 規約のなかには、次の14の条項を盛り込む必要ある:①名称、②目的、③住所、④メンバー入会条件(3名以上の創立メンバーを記載)、⑤会議の開催、⑥運営委員会役員、⑦株式上限額、⑧貸付・預金、⑨株式資本に係る条件、⑩監査・監査者、⑪メンバーシップの終了、⑫利益の活用、⑬公式書類、⑭投資(CSU [2018a] pp.41-49)。なお、Co-operative UKなど支援団体作成のモデル規約は、事前にFCAの同意を得ているので、それらを活用すると、効率的に登録を済ますことができる(CSU [2018a] p.50)。 登録組合は、帳簿管理を適切に行い、年間収支をFCAに報告しなければならない。名称の変更や規約の改正なども、FCAに改めて認可を得る必要がある。年間売上が560万ポンド以上、あるいは保有資産が280万ポンド以上の登録組合は、会計士による全面的な監査か会計検査報告書の提出を求められる(CSU [2018a] p.51)。 図1 コミュニティ・シェアーズのスキーム 5 株式公募の実態 ⑴ 公募形態・手続 コミュニティ・シェアーズの公募形態のうち、最も一般的なのが時限公募(Time-bounded Offer13))である(CSU [2018a] pp.58-66、CSU [2016a] pp.12-13)。これは、クラウド・ファンディング(CF)と同様に、一定期間内に特定の投資事業に必要な資本を調達するために実施されるものである。公募の手続きは、発行団体自身が行うのが一般的ではあるが、近年は、安全性、簡便さ等から、CFプラットフォーム事業者に委託14)するケースも多くなってきている。 公募文書では、公募期間、公募(事業)目的、資金使途、投資インパクト(メンバー・コミュニティへの恩恵)などを明らかにするとともに、調達目標の最高金額、最少金額を示す必要がある。購入額が最高金額を上回れば公募は終了し、最少金額に達しなければ購入者に返金される。 また、投資家(メンバー)の条件(年齢、居住地等)や個人投資額の上限・下限も公募文書に記載しておく必要がある。株式の換金条件(一定期間保有の義務等)や配当利回りの上限、税控除の適用可能性なども明記しておかなければならない。もちろん、投資判断に際し必要となるガバナンスや財務状況、投資家の権利などの情報の掲載も必須である。 そして何にもまして重要なのが、投資リスクに関する注意喚起である。特に、コミュニティ・シェアーズの場合、法の規制(補償、償還請求権)の対象外である旨、明記しておかなければならない。 ⑵ 投資額・配当利回り 個人の投資上限額は、法定の10万ポンド以下で、通常は、特定の個人投資家への依存を避けるため、最少調達目標金額の30%未満に設定されている。一方、投資額の下限は、近年50ポンド~1,000ポンドで推移している(CSU [2018a] pp.62-63)。 実際の投資額(2009~2014年)をみると、101~500ポンドの層が全体の40%を占め最も多く、次いで、51~100ポンド(31%)となっており、少額投資が大半である(CSU [2015] p.28)。投資家の約3分の2(65%)は、投資額が失っても差し支えない金額であることをコミュニティ・シェアーズへの投資理由に挙げている(CSU [2015] p.30)。 株式の配当利回り15)に関しては、金融行為監督機構(FCA)が登録の手引きのなかで、「支払予定時期に先立って事前に(規約などのなかで)上限利回りを公表しておく」(CSU [2018a] p.84)よう求めている。仮に予測時点よりも収益が上がっていても、各団体は予め設定した利回り以下に設定しなければならない。また、将来の株式買取りやコミュニティへの再投資に備えて必要な資金を内部留保できることが、支払いの前提となる。 配当利回りの水準について、FCAは「団体の目的遂行に深く関与する人々から必要な資金を獲得するに足るだけの利回り」(CSU [2018a] p.84)と述べているが、その決定方法、基準については言及していない。モデル規約では、イングランド銀行基準貸付利率を上回ること2%(もしくは全体として5%のいずれか高い方を選択)など一定の水準が示されているが、実際の公募にあたっての上限利回りは、ゼロから10%超まで様々である(そのなかで、基準レート+4%の水準(あるいは4.1%~5%のレンジ)が最も多い)(CSU [2018a] pp.84-85、CSU [2015] pp.20-21)。 ⑶ 投資家の属性 NESTA(英国国立科学・技術・芸術基金)とケンブリッジ大学の共同調査(2014年)によると、コミュニティ・シェアーズの投資家は、壮年層、なかでも55~64歳の層が最も多く、全体の約3割(31%)にのぼる(CSU [2015] pp.25-26)。年収では25,001~35,000ポンドと、常用雇用者の平均年収(27,200ポンド:2014年)前後の層が全体の23%を占め、最も多い(CSU [2015] pp.26-27)。 投資家のうち、公募団体が提供するサービスや施設を自ら利用できる人は53%にとどまる(CSU [2015] p.34)。すなわち、半数近くがコミュニティ内外の他者が利用するサービスや施設に‘利他的’に投資していることになる。また、投資家として重視すべき事柄では、年次総会への出席(36%)、組織・事業への参加(31%)に比べ、利子・配当金の受け取り(26%)の回答は少なく、金銭的利得のみを目的とした投資家は少数であることが分かる(CSU [2015] pp.35-36)。 投資の原資は、過半数(56%)が貯蓄であり、投資先は1件のみが4分の3以上(77%)にのぼる(CSU [2015] pp.29-31)。他方、62%の投資家がコミュニティ・シェアーズの発行元の組織・関係者と個人的なつながりがあり、関係性(ソーシャル・キャピタル)が投資の重要な要因となっていることがうかがえる(CSU [2015] pp.32-33)。また、32%にのぼる投資家が、発行団体のPR、キャンペーンに参加していると回答しており、一定程度参画と協働が進展している状況がみてとれる(CSU [2015] p.35)。 Ⅳ 考 察 1 政策的意義 ⑴ 社会的投資政策としての意義 コミュニティ・シェアーズは、比較的簡単でわかりやすい仕組みなうえ、小口投資が可能なスキームである。このため、投資へのハードルが低く、これまで数多くの個人投資家を惹きつけることに成功している(CSU [2018a])。‘純粋な’金融商品ではないコミュニティ・シェアーズへの投資にあたって、投資家は全リスクを背負わなければならないが、その社会目的に共感した人たちはリスクを甘受し、投資を実行している。 英国の社会的投資市場全体に目を向けると、民間金融機関、機関投資家の参入や仲介機関の成長などもあり、市場規模は着実に拡大している。それとともに、投資の社会的効果、成果がこれまで以上に重視されるようになり、投資の判断基準となる客観的な成果指標に基づくインパクト評価の開発が加速している。また、それに基づきソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)やディベロップメント・インパクト・ボンド(DIB: Development Impact Bond16))のような成果連動型投資スキームの導入も進んでいる。 このように社会的投資がメインストリーム化、高度化し、成果、インパクト重視へと移行するなか、コミュニティ・シェアーズは、個人がその共感に基づく投資や身の丈にあった投資を行える機会を提供している。それは金融商品としての社会的投資と寄付の‘狭間’に、‘非金融商品’としての参加型、地域密着型投資という1つのジャンルを創り上げることで、市場の裾野拡大に寄与している。 社会的企業17)へのエクイティ投資としては、公開有限会社(plc:public limited company)の形態を採るコミュニティ利益会社(CIC)への株式投資も考えられる(CSU [2018a] pp.5-6)。アセット・ロックがかかり、自主的な認証基準(社会的企業マーク)を有する点等で、CICはコミュニティ益増進組合と似通っているが、その株式は持ち分や配当利回りの制限がない18)点等で、コミュニティ・シェアーズとは性格を異にする(CSU [2018a] pp.5-6)。CSU責任者のサイモン・ボーキン氏は、「コミュニティ・シェアーズは規制枠組、株式形態、利益配分、民主的コントロールといった点で、CIC(の株式)や株式投資型CFとは明確に区別される9)」と指摘している。 ⑵ コミュニティ政策としての意義 コミュニティ・シェアーズは、生活サービスやインフラ施設の提供などコミュニティの福利増進を目的とした様々な取り組みに活用されている。コミュニティの核となるアセット(ホール、パブなど)の取得・改修にも盛んに用いられており、シンボリックな空間の再生という意味でも、その果たす役割は大きい。さらには、雇用・所得機会の創出やコミュニティにおける資金循環など、経済面でもその効果が期待されている。 コミュニティ・シェアーズの意義は、エンパワメントの側面でも大きい。すなわちそれは、発行団体であるコミュニティ組織の基盤強化(経営の安定化、ガバナンスの民主化等)に資するだけでなく、コミュニティ内外の人々の参画と協働を促進する重要な手段となる。個人は一旦投資家になると、メンバーとして総会に出席し意見を表明するだけでなく、ボランティア、スタッフ、役員として、事業運営、サービス提供に直接携わることを期待される。また、サービスの顧客になるにとどまらず、アンバサダーとしてPRに努めることも要請される。各人が複数のステークホルダーの役割を果たしながら、事業、コミュニティへの関与を深めていくところに、このスキームの特色がある。 資金調達手段としてみると、言うまでもなく、コミュニティ・シェアーズよりも、返済の必要のない「寄付」や「助成」のほうが望ましい。しかし、コミュニティ・シェアーズでは、資金調達と同時に、事業に能動的に関わる可能性を持った人材がプールされる。資源・人材の結集、それによる多元的な関係性の構築やコミュニティの一体感の醸成が、その強みといえよう。すなわち、コミュニティ・シェアーズは、株式資本+人的資本+社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)の蓄積を図る仕組みとして理解することが適切であろう。 2 我が国へのインプリケーション G8社会的インパクト投資タスクフォースの一員であった我が国では、これまでその国内諮問委員会を中心に社会的投資の拡大に向けた検討が幅広く進められてきた。その検討のなかでは、休眠預金の活用、SIB・DIBの導入、法人制度・認証制度の創設、投資減税制度の立ち上げ、社会的インパクト評価の浸透などとともに、個人投資家層の充実についても提言がなされている(GSG [2018])。しかし、その内容は個人投資家向け情報プラットフォームの構築にとどまり、新たな個人向け投資スキーム構築への姿勢はうかがえない。その一方で、投資減税の導入や社会的インパクト評価の普及等によって、自ずと個人投資家の拡大が図られるとの見解が示されている(GSG [2018] pp.71-72)。 他方、地域に目を転じると、地域運営組織19)の法人化の動きが顕在化するなかで、国はコミュニティ・ビジネスや住民向け生活サービスを営む株式会社への住民出資に対し、所得税の控除制度(小さな拠点税制)を時限的に導入し、その取り組みを後押ししようとしている。また、少額投資への参入要件緩和を盛り込んだ金融商品取引法の改正(2015年5月施行)を受けて、クラウド・ファンディング等を活用した「ふるさと投資20)」の促進にも乗りだしている(「ふるさと投資」連絡会議 [2015])。しかし、今までのところ、情報提供、関係機関の連携、既存制度の活用以外で明確な動きはみられない。 こうした状況のなかで、今後地域への社会的投資を全国各地で加速させていくためには、一般的な投資型クラウド・ファンディングとは異なる、独自の参加型、地域密着型社会的投資制度の構築も視野に入れていく必要がある。そして、そのための制度設計・整備の面で多くの示唆を与えているのが、英国のコミュニティ・シェアーズである。 もちろん、コミュニティ・シェアーズの発行団体は組合21)に限定されるため、その制度をそのまま‘移入’することは現実的ではない。しかし、参加型社会的投資の対象となるコミュニティ益の増進を目的とする法人の要件を検討する際には、社会性を担保するその枠組(ミッション・ロック、アセット・ロック、民主的ガバナンス、株式規定等)から多くの示唆を得ることができよう。また、認知度、信頼性向上に向け、モデル定款の作成や全国的な認証制度(標準マーク)の運用等標準化を図るその取り組みも参考となろう。 他方、コミュニティ・シェアーズの金融法制度上の取り扱い、つまり、投資型クラウド・ファンディング(CF)とは区別される‘非金融商品’としてのそのステータスにも目を向ける必要がある。そのことで、投資家保護の面では懸念される一方で、発行団体にとっては、規制を被らず、コストがあまりかからないという‘利点’も生じている。参加型社会的投資制度の検討にあたっては、新たなカテゴリーの金融商品あるいは法の規制緩和による独自制度とする可能性を探ってみるべきであろう。そのなかでは、自治体並びにCFプラットフォーム事業者等金融事業者の望ましい関与の在り方についても議論していく必要がある。 また、支援プログラムの原資自体がほぼ社会的投資によって賄われている現状も、休眠預金の活用を控えた我が国にとって参考になろう。ユニークな取り組みである株式の買取りとそれに伴うハンズオン支援についても、発行団体の組織運営、ガバナンスにどのような効果をもたらしているのか今後検証してみる価値があろう。 さらに、普及啓発機関としてのCSUの役割も注目される。情報提供、普及啓発、コンサルティング、補助・認証制度におけるその役割を理解することは、参加型社会的投資制度の全国的な支援団体の組成・運営の検討に役立つであろう。 このほか、我が国でも導入の機運があり、注目されている社会的投資税額控除(SITR)の効果についても見定める必要がある。中小企業向けスキーム(EIS)に比べると、当初必ずしも成功とはいえない状況にあったSITR22)の適用対象・範囲・条件等を分析し、運用上の課題を明らかにすることは、我が国における今後の制度設計の検討に資することになろう。 このような実務的、技術的検討の一方で、コミュニティ・シェアーズをめぐる政策や政策的背景にも目を向けねばならない。すなわち、緊縮財政下で提起されたローカリズム(Localism)の実現に向け、コミュニティ・シェアーズがエンパワメントの目的にも手段にもなってきたことに留意する必要がある。それは「公共支出から社会的投資へ」の転換を先導する施策であったと同時に、コミュニティ自身による資産取得、施設運営、サービス提供、ハード整備等を推進する手段・媒介としての役割を果たしてきた。 すなわち、地方創生の推進にあたっては、地域への参加型社会的投資の普及・定着とともに、それを活かして、如何に主体的な地域づくりを進めるのかが問われている。エンパワメントの発想に立って、その具体的な活用イメージを描きながら、制度設計にあたっていく必要がある。特に、人口減少・高齢化が進むなか、地域の活力維持には、域外からの「関係人口23)」の取り込みが不可欠なことから、参加型社会的投資を通じて内外の人々が新たに結びつく仕組み(ビジネスモデル)の構築が期待される。 Ⅴ おわりに 約10年にわたって展開されてきたコミュニティ・シェアーズは、オルタナティブな社会的投資として市場の裾野拡大に貢献してきた。社会的投資のメインストリームが社会的インパクトの追求へと向かうなか、それは共感や志をベースとした投資を喚起してきた。また、そのスキームは資金提供だけでなく、コミュニティへの能動的、多元的な関与を求める点で、社会的投資、エンパワメントの両側面において新たなスタイル(「参加のための投資」9))を提起するものとなっている。 英国の社会的投資政策がコミュニティ再生24)を出発点とすることを鑑みると、コミュニティ・シェアーズこそが本来のメインストリームと主張してもよいのかもしれない。しかしながら、コミュニティ・シェアーズは、必ずしも全ての地域にとってコミュニティ再生の万能薬となっているわけではない。その実施箇所をみると、都市部でも、農村地域でも‘ホットスポット’がある一方で、空白エリアも存在している(CSU [2015], p.16)。 調査にあたったCSUでは、この偏在の要因をコミュニティのスキル、信頼、熱意の違いにあるとしているが、それは言い換えれば、コミュニティの問題解決能力、事業遂行能力の差に他ならない。今後、その実態解明に向け、コミュニティ・シェアーズの実施・未実施コミュニティ間の特徴的差異を明らかにする研究の進展が期待される。あわせて、スキーム導入が困難な、事業遂行能力に欠ける困窮コミュニティの底上げ、キャパシティ・ビルディングも、研究課題の1つとなろう。これらの研究は、英国のローカリズムと同じく、地域の主体性を喚起するアプローチを志向する我が国の地方創生にとっても、有益なものとなる筈である。 [注] 1)本稿では、社会的企業を「社会的目的を第一とし、その余剰が主に事業もしくはコミュニティの目的の実現のために再投資される事業体」(CSU [2018a] p.1)と規定する。 2)2013年G8サミット議長国であった英国のキャメロン首相の呼びかけのもと、インパクト投資をグローバルに推進することを目的として「G8社会的インパクト投資タスクフォース」が設立された。2015年よりG8以外の国にもメンバーを拡大し、「Global Social Impact Investment Steering Group(通称GSG)」と呼ばれるようになる。現在16か国が加盟。日本をはじめ各国には、その下部組織として国内諮問委員会が設置されている。 3)本稿の執筆にあたっては、Community Shares Unit(CSU)の責任者、サイモン・ボーキン(Simon Borikin)氏に対してインタビュー(2018年9月13日)を行い、その結果を考察での論考等に反映している。 4)DCLGからの補助は、2016年3月に終了。現在は、Power to ChangeやAccess(Big Society Capitalが一部資金を提供)といった助成財団からの補助で運営されている。 5)多様な共済組合や協同組合に関する法律を一本化し修正した法律。2014年8月1日発効(詳細は石村[2015] pp.236-250 を参照)。 6)コミュニティの利益増進を目的に事業、取引を進める共済組合。2003年の「1965年勤労者共済組合法」(Industrial & Provident Society 1965)の刷新時に、本来は互助組織である共済組合を、コミュニティ再生の担い手として育成する目的で創設された。資金や利益(剰余金)を社会的目的に積極的に活用できる制度設計がなされている(CSU [2018a] p.16、石村[2015] pp.236-237)。 7)チャリタブル・コミュニティ益増進組合は、純粋に慈善目的の組織であり、通常のチャリティと同様の税控除を受けることができる。しかし、コミュニティ益増進組合とは違い、その主目的やそれに付随する活動として事業を行えない(事業実施のためには、子会社の設立が必要)。チャリティ法に基づく法定のアセット・ロックがかかる(コミュニティ益増進組合は、法定・任意のいずれも選択可能。協同組合は任意)(CSU [2018a] pp.16-18)。 8)コミュニティ・シェアーズをめぐる制度枠組・環境や法の適用は、英国内でも必ずしも一律ではない。ここでは主にイングランドにおける状況を記している。 9)サイモン・ボーキン(Simon Borikin)氏のインタビュー時のコメントに基づく。 10)株式の公募条件以外に、投資事業の目的、事業内容、収支予測、資金運用、リスク分析、ガバナンス(組織統治)、コミュニティの関与等についての情報提供が求められる。 11)Big Society Capitalが1,000万ポンドを拠出して設置したこのファンド(Big Society Capital Crowd Match Fund)は、社会的投資税額控除の対象となるチャリティ・社会的企業への個人投資に対しマッチング・ファンドを提供している。実際の運用はクラウド・ファンディング・プラットフォーム事業者3社に委ねられている(Big Society Capital HP2)。 12)2009~2014年のデータでは、チャリタブルを含むコミュニティ益増進組合が7割以上(72.4%:178組合)を占めているが(協同組合=27.6%:68組合)、SITRの導入以降、その適用を受けるコミュニティ益増進組合を選択する傾向がさらに強くなるであろうことが指摘されている(CSU [2015] pp.16-17)。 13)①時限公募(Time-bounded Offer)のほか、②新メンバーを募るメンバー公募(Membership Offer)、③ハイリスク・キャピタルへの出資を募るパイオニア公募(Pioneer Offer)、④メンバーの補充を行うオープン公募(Open Offer)の形態がある(CSU [2016a] pp.10-11)。 14)CSUは、CFプラットフォーム事業者と公式の関係性を有しておらず、利用を推奨しているわけではないが、標準マークの普及にあたっては連携している旨表明している。CSUによると、各CFプラットフォーム事業者は、コミュニティ・シェアーズの公募受託に際し、調達額の1.5~2.5%相当の金額と手数料を請求している(CSU HP)。 15)配当の代わりに商品・サービスを提供するケースもある。また、投資へのインセンテイブとして、発行団体の商品・サービスの割引を申し出る団体もある(CSU [2018a] p.84 )。 16)SIBを途上国開発に応用する用語(GSG [2018] p.61) 17)英国の社会的企業の法的形態は、チャリティ、公益法人(CIO)、非営利保証有限責任会社、コミュニティ利益会社(CIC)、協同組合、コミュニティ益増進組合など多岐にわたる(CSU [2018a] p.1)。 18)CICは会社法の適用を受ける。配当利回りの制限は現在廃止され、配当総額上限規制(処分可能利益の35%)のみ残存している(CSU [2018a] p.6)。 19)「地域の暮らしを守るため、地域で暮らす人々が中心となって形成され、<中略>地域課題の解決に向けた取組を持続的に実践する組織」と定義されている(総務省 [2016] p.3) 20)「地域資源の活用やブランド化など、地方創生等の地域活性化に資する取り組みを支えるさまざまな事業に対するクラウドファンディング等の手法を用いた小口投資であって、地域の地方公共団体等の活動と調和が図られるもの」と定義されている(「ふるさと投資」連絡会議 [2015] p.4)。 21)地域運営組織の法人形態のなかで比較的コミュニティ益増進組合に近いものが、合同会社(LLC:Limited Liability Company)である。合同会社は出資額にかかわらず、1人1票が原則であり、出資者自身が社員として会社の経営に携わる。 22)2014~16年度の間にSITRへの申請が認められた社会的企業は50にとどまる。SITR資金のローン返済への利用禁止など、使い勝手の悪さが指摘されている(FTAdiviser [2018])。 23)「移住した『定住人口』でもなく、観光に来た『交流人口』でもない、地域や地域の人々と多様に関わる人々」のことを指す(総務省『関係人口』ポータルサイト) 24)英国では、労働党(ニューレーバー)が政権に就いた1997年以降、社会的投資の導入が本格化する。政権ブレーンのギデンズ(Giddens)が、著書『第三の道』([1998] p.117)のなかで、ポスト福祉国家像として「社会的投資国家」を提起すると、政権はそれに呼応する形で、社会的に排除されている人々や荒廃するコミュニティへの投資促進(1999~2002年)に乗り出す(ACSI [2015] pp.20-21)。以後、社会的投資の中心は市民社会セクター(2002~10年)、ソーシャル・イノベーション(社会的課題の解決)(2010年~)への投資にシフトしていく(Spear, Paton & Nicolls [2015]、小林 [2015])。 [参考文献] 石村耕治 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BSC(Big Society Capital)[2018] An Essential Guide to Social Investment Tax Relief. BSC(Big Society Capital)HP1 https://www.bigsocietycapital.com/ BSC(Big Society Capital)HP2 https://www.bigsocietycapital.com/what-we-do/investor/investments/crowd-match-fund CSU(Community Shares Unit) [2015] Community Shares - Inside the Market Report - June 2015. CSU(Community Shares Unit) [2016a] Investing in Community Shares. CSU(Community Shares Unit) [2016b] Community Shares Unit : How to Make the Most of Community Shares-15 November 2016. CSU(Community Shares Unit) [2018a] The Community Shares Handbook , last updated on 17th Apr 2018. CSU(Community Shares Unit) [2018b] Community Shares Booster Programme Guidance , last updated on 14th May 2018. CSU(Community Shares Unit)HP http://communityshares.org.uk/using-crowdfunding-platforms DTA(Development Trusts Association)& Co-operatives UK [2010] Investing in Community Shares. Fountain, M. 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- ≪査読付論文≫NPO経営者におけるアカウンタビリティの質的データ分析:マルチステークホルダー理論に基づく考察 / 中嶋貴子(大阪商業大学専任講師)・岡田 彩(東北大学准教授)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 大阪商業大学専任講師 中嶋貴子 東北大学准教授 岡田 彩 キーワード: アカウンタビリティ NPO マルチステークホルダー 質的データ分析 NPOマネジメント 要 旨: 本研究では、革新的なサービスによって社会的課題の解決を試みるNPO経営者らのアカウンタビリティ概念について質的データ分析による解明を試みた。マルチステークホルダー理論に準じて、NPOの経営者が有するアカウンタビリティに対する共通概念を導出した結果、1)成果向上に対する交渉的アカウンタビリティ、2)ミッションに基づく先見的アカウンタビリティ、3)参加促進に対する創造的アカウンタビリティの3つの概念が示された。さらに、Salamon[2012]が論じたNPOセクターの推進力を検討した結果、NPOセクターを推進する経営者の概念には、日本特有の概念が存在する可能性が示唆された。 NPO経営者の有するアカウンタビリティに関する概念は、個々の組織を超えて、NPOセクターを牽引する推進力として影響を及ぼすことをNPO経営者と多様な利害関係者が共に認識することにより、NPOセクターの更なる発展が期待される。 構 成: Ⅰ 研究の目的と背景 Ⅱ 先行研究 Ⅲ データの収集方法と概要 Ⅳ 分析結果 Ⅴ まとめと今後の課題 Abstract This paper examines accountability strategies of nonprofit managers working to solve social issues through innovative means. Applying multi-stakeholder theory, the study employs qualitative method and extracts three common strategies: negotiated accountability to enhance outcomes, anticipatory accountability based on respective missions, and creative accountability to encourage citizen participation. Additional analyses exploring Salamon’s four impulses shaping the nonprofit sector revealed a force potentially unique to the Japanese context. The paper argues that understanding accountability strategies of nonprofit managers is meaningful not only for better management of individual organizations, but also for development of the entire sector. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ 研究の目的と背景 近年、日本のNPO(Non-Profit Organization)を取り巻く経営環境は、公益法人制度改革や寄付税制の改正など、急速な変化を迎えている(Okada, Ishida, Nakajima and Kotagiri[2017])1)。その中で、利潤を追求しないNPOが継続的に安定して事業を実施するためには、資金や人材、専門的技術などを活用した戦略的な経営を目指すことが求められている(田中[2000]、Worth[2012])。しかしながら、日本のNPOの財政規模は比較的小規模であり、職員数も少ないなど、経営資源が不足していることから(内閣府 [2018])、吉田[2017]が指摘するように、まずは記述論や基礎理論に基づく研究によって、NPO経営における規範や指針の検証と解明が望まれる。 NPOが社会的課題の解決を起源とするミッションベースの組織であり、多様な利害関係者が関与することから、NPOの経営者らは個々の利害関係者に対する説明責任を果たしながら、戦略的に組織マネジメントを行うことが求められる(Drucker[1990, 1999])。また、NPOが社会変革を担うような革新的なサービスを継続的に提供するためには、NPOの組織的特徴や経営環境に対応しながら自律的で安定したマネジメントに取り組む必要がある(田尾・吉田[2009]、Worth [2012])。 Kearns[1996]によれば、ここで重要となるのが、NPOの経営者らが組織を取り巻く多様な利害関係者のうち、「誰を重視しているのか」(to whom)、「何を目的としているのか」(for what)、そして、その達成のために、「どのような対応方法を取るのか」(how)という3つの意識である。これら3つの意識は、経営戦略における説明責任(アカウンタビリティ)の中心的概念を形成し、個々の組織における経営方針の指針となる。さらに、Salamon[2012]によれば、これらの経営方針は経営者やリーダーに内在する推進力(impulses)に起因するという。 このように、NPOの経営戦略を形成する中心概念がNPOセクターを牽引する推進力の方向性を示す一因であるとすれば、NPO経営者に共通する概念を明らかにすることによって、NPOを担う人材育成や多様な法人格を有するNPO施策に対し有益な政策的示唆を得ることが期待される。そこで、本研究では、革新的なサービスによって社会的課題を解決しようとするNPOの経営者らは、彼らを取り巻く多様な利害関係者のうち、誰を重視して(to whom)、何を目的として(for what)、そして、どのような対応方法によって(how)、「アカウンタビリティ」という概念を形成し、どのような行為によってその説明責任を果たそうとしているのか、NPOの経営者に対する質問票とインタビューから共通する認知的・非認知的概念を抽出し、構造化することによって解明を試みる。具体的には、NPOの代表理事や事務局長など、経営に中心的に関与する経営者や職員を対象としてインタビュー調査を実施し、質的データ分析法によるコンテンツ分析を行い、経営者らがアカウンタビリティという文脈において有する共通概念を抽出していく。経営者が潜在的に有する意識や志向など、アンケート調査では十分に捉えることができない要因を捕捉したテキストデータを分析対象とすることによって、マルチステークホルダー理論に基づいたNPOの経営者や組織的行動を明らかにし、今後のNPO経営や組織マネジメントに資する示唆を導く。 以下、Ⅱ章では、先行研究から本研究の位置づけと理論的枠組みを示し、Ⅲ章において、本研究で用いるデータと分析方法について説明する。そして、Ⅳ章において、分析結果に基づいてNPO経営者らが有するアカウンタビリティに対する概念を抽出し、利害関係者と対応方法に関する概念マトリックスから検証を試みる。最後に、Ⅴ章として、本研究における限界と今後の発展性を論じる。 Ⅱ 先行研究 近年の研究において、アカウンタビリティは、狭義な捉え方から、より広義な概念へとその理解が転換してきている。例えばBovens[2007]は、アカウンタビリティ概念が、簿記・会計の適性性や正確性を示すものにとどまらず、政治学や社会学においても、効率性や有効性を示すパブリック・アカウンタビリティという広い概念を有するようになった経緯を法学的見地から論じている。さらに、山本[2013]が日本におけるアカウンタビリティ概念の変遷について論じた通り、政治や社会的な環境変化によって変容するものとしての理解が提唱されてきたのである。これらの変容は、NPOの経営者らが組織内外の多様な利害関係者を対象と捉えて組織の活動や経営方針に関する説明責任を果たそうとする行為として、マルチステークホルダー理論に基づき研究されてきた(Romzek and Dubnick[1987])。 株式会社など営利企業の場合、組織と利害関係者の関係は、株主や出資者などの依頼人(プリンシパル)が経営の代理人(エージェント)という2者のプリンシパル・エージェント理論によって説明される(Finer[1941]、Steinberg[2010])。これを2者間における狭義のアカウンタビリティとするならば、公益性や社会性を有する事業に取り組むNPOの場合、組織を取り巻く利害関係者は、会員や寄付者、政府、営利企業など、資金提供者のほか、組織運営に関与する理事やスタッフ、ボランティア、市民など、より広域で多様性を有する(Kearns [1996])。そのため、NPOは活動目的や倫理観など、広義の説明責任を多様な利害関係者に尽くす必要が生じる(Cooper[1990]、Lawry[1995]、Fry[1995]、Bovens[2007]、馬場[2013]、山本[2013])。このように、NPOのアカウンタビリティを狭義のアカウンタビリティと区別したより広域的なマルチステークホルダー理論によって論じられる(Aggarwaletal.[2012]、Ebrahim[2003]、Hofmann and McSwain[2013])。 さらに、マルチステークホルダー理論を発展させたKearns[1996]によれば、社会的な事業を展開するNPOについては、活動成果の受益者や関係者が社会全般に及ぶため、組織がアカウンタビリティにおいて果たすべき役割は、法令遵守や活動報告、事業に関する基本的な報告事項に加えて、組織が目指す成果や社会的責任に対する認識など、価値観や倫理感といった経営理念に至るまで、説明することが求められている。そのため、NPOが多様な利害関係者に対し、適切な情報や方法を用いて戦略的にアカウンタビリティを果たそうとしなければ、利害関係者における理解が得られないという問題が生じる2)。 例えば、韓国のNPO経営者らが有する概念を抽出することによりアカウンタビリティに対する概念のモデル化を試みたJeong and Kearns[2015]は、NPOの経営者やリーダーらが、組織的行為によって利害関係者に対するアカウンタビリティを果たそうとするとき、組織を取り巻く様々な利害関係者や経営環境に応じて、先見的かつ戦略的にその対応方法を決定するという示唆を得ている。また、NPOのマネジメントにおけるアカウンタビリティ概念と経営戦略は、経営者が組織を取り巻く多様な利害関係者に対する組織の対応方法から観察されることを明らかにしている。 このように、マルチステークホルダー理論を応用することによって、複雑な概念が混在するNPOのアカウンタビリティを組織経営の視点から紐解くことが可能となる。Jeong and Kearns[2015]は、マルチステークホルダー理論に基づいて設計されたアンケート調査の結果を用いて、NPOの経営者らが有する共通概念を因子分析によって抽出している。これに対し、本研究では、経営者らが有するアカウンタビリティ概念をインタビューデータからより具体的に抽出することができる質的データ分析法によって概念モデルの形成を試みる。そのため、本研究では、Jeong and Kearns[2015]が用いたアカウンタビリティに対する組織の対応方法と利害関係者に関する概念の調査項目を参考しながら、インタビューによって得られるテキストデータのコンテンツ分析を行う。そこから、日本のNPO経営者が有するアカウンタビリティ概念を導き出すことによって、以上の先行研究によって蓄積された知見に貢献する。 Ⅲ データの収集方法と概要 1 調査対象者とデータ収集方法 調査の対象者は表1のとおりである。インタビューは、合計8団体、9名を対象に実施された。インタビューで得られた音声やメモを用いて調査対象者ごとにテキストデータを作成した。本研究の目的を達成するためには、NPOセクターを取り巻く経営環境の変化を一定期間以上経験した代表理事や理事、事務局長、部局長級の職員など、経営方針の決定に中心的な役割を果たし、かつ意思決定の権限を有する経営者及びスタッフを調査対象者として選出する必要がある。また、インタビューでは、調査対象者による行為や言動が、誰に対し、どのような方法によってアカウンタビリティを達成するためにもたらされたものなのか、その起源について非認知的な概念を具体的な経験談や語りから明らかにしていく必要がある。そのため、本研究では、調査対象者個人の活動経歴のほか、社会通念に対する考え方や個人の倫理感にも接近しながらインタビューを進めるために、調査対象者とインタビュアーの間に一定の信頼関係が成り立っていることが望ましい。以上から、本研究では、10年程度の活動経験を有する団体のうち、著者らが既知であり、上記に該当するNPO経営者を中心に協力を依頼し、順に調査対象者を追加していくSnowball sampling(Morgan[2008]816-817頁)に従いサンプリングを行った。その際、組織の主な活動分野や公益性の基準が異なる複数の非営利法人が対象となるよう標本の多様性担保に留意した3)。 本研究では、インタビューで語られた内容をテキストデータ化しているが、単に個々の組織や対象者における現在の情報を取りまとめるだけでは、共通する概念を抽出することはできず、表面的で記述の薄い分析結果に陥ることが危惧される(佐藤[2008])。そのため、本研究では、インタビューにおいて、調査対象者が語ったこれまでの経験やNPOに対する認識などもテキストデータに含めることにより分析データに厚みを持たせている4)。 表1 インタビュー対象者の一覧 2 分析の流れ NPOの経営者らは、多様な利害関係者のうち、誰を重視し、どのようにアカウンタビリティを果たそうとしているのかインタビュー調査から得たテキストデータを対象にコンテンツ分析を行う。コンテンツ分析などの定性分析は、既存の理論的枠組みに基づいて仮説検証を行う演繹的アプローチでは十分に捉えることができない、潜在的な意識や要因を探索することが可能となるため、新たな概念フレームワークを形成しようとする帰納的な分析に適している(佐藤[2008])。 コンテンツ分析に際し、Jeong and Kearns[2015]が用いたアカウンタビリティに対する組織の対応方法と利害関係者に関する概念を手掛かりとして、テキストデータにコードを付与していく作業(コーディング)を実施した。具体的には、調査対象者のテキストデータを個々のケースとし、Weber[1990]のコンテンツ分析の手順に倣い該当する箇所にコードを付与した上で、最後に全ケースのコーディング結果から共通性を見出すことによって、概念モデルを組み立てていく。 分析では、分析者の主観や解釈の過誤などが生じる危険性を回避し、客観性を確保するため、2名がコーディングを行った5)。両者のコーディング結果の不一致率が20%を超えた箇所については、両者がその箇所を確認し、コーディングの修正方法に合意を得るという作業を2回に渡り実施した。この結果、最終的なコーディング一致率は96.21%となった。また1度目のコーディング後、手掛かりとしたJeong and Kearns[2015]のコードに重複があること、またこれらでは把握できない内容があることが双方の分析者によって確認されたため、複数コードの統合と新規のコードの追加を行った6)。 次章では、分析の結果から、利害関係者と対応方法に関するテキスト分析の結果を示し、調査対象者全員に共通する概念を抽出していく。その後、利害関係者と対応方法の2つの概念をクロス集計したコード・マトリックスを作成し、概念モデルとして示すことにより、経営者らが重視する利害関係者とアカウンタビリティの果たし方について明らかにしていく。 Ⅳ 分析結果 1 利害関係者 コンテンツ分析の結果、一部の項目を除いて重視している利害関係者に高い共通性が示された(表2)。これは、NPOの経営者らにおいて、多様な利害関係者を重視しながら、アカウンタビリティを果たそうとする意識が共通して有することを示している。特に、全調査対象者のインタビューから「一般市民・地域住民」、「政府機関」、「日本国内の他のNPO」の3つが共通するものとして抽出された。 まず、アカウンタビリティという文脈において、NPOの経営者らは、「一般市民・地域住民」を直接的な支援者である「受益者・サービス受給者」よりも重視する志向がみられる。次に、「政府機関」については、全調査対象者から、法的規範に則って、アカウンタビリティを果たすという基本的倫理が示された。また、社会的課題に対して、政府が十分なサービスを提供できない部分に対し、NPOがその役割を担うため、戦略的に政策に介入しようという意識が示された(調査対象者C、D)。 そして、「日本国内の他のNPO」については、NPO間の連携を強化し、自らの活動をより効果的に地域や社会に提供したいという意識が示された(調査対象者D、E、F、G、H)。このように、NPOの経営者は、組織のアカウンタビリティを検討するとき、他のNPOを重要な利害関係者と捉えている。 なお、「その他」のコードが付与されたセグメントには、活動を支援する個人のほか、弁護士、税理士、僧侶など、特定領域の有識者に対する概念が示された。これらの人々は、個々の組織によって、関係性は異なるものの、NPOの経営者らは、アカウンタビリティを果たすために、特定領域の有識者や専門家らの助言を積極的に求めていると考えられる。 表2 利害関係者のコーディング結果 2 対応方法 次に、説明責任の果たし方について、対応方法に関するコーディング結果から共通性を考察していく。コンテンツ分析の結果、全調査対象者のインタビューデータから、対応方法に関する20項目の概念コード全てに対し一定の共通性が示された(表3)。特に、「活動の成果を高める」、「協働的なパートナーシップを構築・維持する」、「正確な情報を提供する(財務に関する情報以外)」、「様々な意見に対応し、運営にフィードバックする」の4つについては、全調査対象者に共通する概念である。 表3 対応方法のコーディング結果 続いて、9名中8名という高い共通性を得た項目をみると、「組織のミッションに基づいて行動する」、「取り組んでいる社会課題や活動内容について伝える」、「組織のビジョンを共有する」など、組織のビジョンやミッションに関する概念が抽出されている。また、「組織運営の効率化」、「専門家としての役割を果たす」、「代替的な戦略を提案、助言する」など、専門性を有する組織としてのプロフェッショナリズムが概念として形成されていることが伺える。さらに、経営者らは、これらの専門性や戦略性と同等に「積極的な参加機会を創出・促進する」ことにも高い共通性を有している。また、組織に関する情報の開示や発信においては、財務に関する情報以上に、組織のミッションや活動の内容など、財務以外の情報を外部に発信することを重視するという共通性が見られた。このように、NPOの経営者らは、情報発信や活動報告においても、戦略的にアカウンタビリティを果たそうとしている。 次章では、以上の結果を踏まえて、利害関係者と対応方法がどのように関係して共通概念が構成されているのか、双方を整理しながら論じていく。 3 アカウンタビリティ概念の共通性 表4は、利害関係者と対応方法に関するコンテンツ分析の結果をクロス集計することによって、抽出された利害関係者と対応方法の関係性を示した概念マトリックスである。全調査対象者のコンテンツ分析から、インタビューにおいて同じ箇所にぞれぞれの利害関係者と対応方法のコードが付与されたことを*印で示している。以下では、マトリックスからNPOの経営者らが有する利害関係者と対応方法における共通する箇所について、インタビューから詳細に検証することにより、NPOの経営者におけるアカウンタビリティ概念を明らかにする。 ⑴ 交渉的アカウンタビリティ 表4の横軸をみると、利害関係者(13項目)の概念コードに対する対応方法の共通性として「活動の成果を高める」、「協働的なパートナーシップを構築・維持する」という2つの概念が示された。これらの概念は、対応方法に関するコンテンツ分析(表3)においても、全調査対象者が有する概念として高い共通性が示されている。 表4 利害関係者と対応方法の概念マトリックス これらの結果から、NPOの経営者らは、「活動の成果を高める」ために、多様な利害関係者と「協働的なパートナーシップを構築・維持する」という方針に基づいて経営判断を行うことになる。例えば、「国内の他のNPO」、「活動の成果を高める」、「他のNPOとパートナーシップを構築する」という3つの概念が、以下のインタビューから抽出されている。 「地域に似たような活動をしている団体もあるんですが、横のつながりがほとんどないので、コラボレーションをすることで、より良い活動ができるんじゃないかなぁと思っています。」(調査対象者D) 実際、調査対象者Dによれば、活動を継続するために、民間企業や行政、他のNPOと新たな連携事業を展開するなど、他団体とのネットワーク形成に積極的に取り組んでいるという。 また、利害関係者として会員に関する概念の周辺には、「様々な意見に対応し、運営にフィードバックする」という対応方法が隣接していることも確認された。例えば、調査対象者Eによれば、公益法人から公益財団法人に移行するにあたって、組織におけるガバナンスの在り方や資金の透明性に関する確保について、理事や職員だけでなく、会員や寄付者など組織内外の多様な利害関係者を交えた議論を経たという。 以上から、NPO経営者は、新公共経営論(NPM)で重視される経営効率性や成果の向上と同様に、それぞれの利害関係者と交渉しながら戦略的にアカウンタビリティを果たそうとしていると解釈できる。そして、その概念に基づき、組織的な対応方法を決定しようとする志向が存在することから、これらは成果向上に対する交渉的なアカウンタビリティ概念と捉えることが妥当であろう。 ⑵ 先見的アカウンタビリティ 一方で、「組織運営の効率化」、「組織のミッションに基づいて行動する」という対応方法と、「一般市民・地域住民」、「政府機関」に関する概念コードが接近するインタビューからは、活動財源の確保と組織が追究するミッションについて、経営者自身が利害関係を考慮しながら、経営判断を行っている様子も伺える。 「我々は、地元の人たちが主体となってやれるようなことをコーディネートしよう、住民の方ができること、我々ができること、それをしっかり役割分担したうえで、しっかり地域に残そうと言うのがうちのモットーです。なので、役所から委託をもらって、役所の言いなりになったり、役所の顔色を伺うばっかりじゃなくて。」(調査対象者C) 表2において、NPOの経営者らが重視する利害関係者のうち一般市民や地域住民に対する概念が、政府機関や寄付者・会員、サービスの直接的な受益者などと共に高い共通性を得ているように、NPOの経営者は、組織のアカウンタビリティを果たすという文脈において、直接的な支援対象者や活動資金の提供者である寄付者や会員、民間企業や理事と同様に、一般市民や地域住民を中心的なアカウンタビリティの対象として認識していることが示された。 また、「地域住民」という概念の共通性でみれば、以下のセグメントにおいて「取り組んでいる社会課題や活動内容について伝える」、「組織のビジョンを共有する」という対応方法がともに存在している。 「地域の方、ボランティアでもあるんですが、我々の活動だけではなくて、地域全体の活動にしていこう、という目的があるので、我々だけで決めてしまうのではなくて地域の方の意見も頂きながら、やっているし、さらに強めていきたい。事業の目的を説明する上でも、活動を広めていくためにも重要だと思っています。」(調査対象者D) このように、NPOの経営者らは、利害関係者に対して積極的に組織が達成しようとするミッションやそれに対する具体的な活動内容や方法を積極的かつ先見的に共有しようとする概念が浮かび上がってきた。特に、地域住民や政府などNPOの情報が伝わりにくい利害関係者に対して、積極的かつ外向的に情報を開示し、先見的にNPOの活動意義やミッションの共有を行い、今後の効率的な経営を目指そうとしている。以上から、本研究ではこれらの概念を「先見的アカウンタビリティ概念」と称する。 ⑶ 創造的アカウンタビリティ 表4の対応方法では、「モチベーションを高め維持する」、「代替的な戦略を提案、助言する」、「様々な意見に対応し、運営にフィードバックする」などの項目で高い共通性が示された。 調査対象者Aは、比較的新しいNPO法人やこれから法人格を得ようとするボランティア組織に対して組織運営に関する相談事業を行っているが、経験の少ないNPO経営者に対しては、NPOの基本的理念や倫理に基づいて助言を行うことによって、NPOとしての経営指針や規範を創造させていくという(調査対象者A)。このように専門家として、「代替的な戦略を提案、助言する」という対応方法は、表4のとおり、多様な利害関係者に関する概念と交差しながら存在していることがわかる。そして、「モチベーションを高め維持する」という対応方法では、市民を育成し、社会参加を促進するという概念が分析結果から浮かび上がってくる。例えば、大規模なイベントを多数開催する調査対象者Eは、以下のように発言している。 「ボランティアは、対象となる母数が多過ぎる。その人たちをどうやって巻き込んでいくかが課題だ。(中略)ボランティアがある程度の数があり、彼らにも勉強をしてもらい、社会に参画してもらい、双方がプラスになることが必要ですね。」(調査対象者E) 同様に、市民の社会参加に関しては、複数の調査対象者のインタビューから、「積極的な参加機会を創出・促進する」、「人的資源のマネジメントを専門的に行う」という対応方法が数多く確認されている。 本来、アカウンタビリティの確保は、資源の委託者が受託者の責任を追及することにより、受託者を統制するために為される(山本[2013]113頁)が、本分析では、NPOの経営者らは、彼らの専門性や牽引力を用いて市民の社会参加を創出したり、促進しようとする対照的な意識が示された。この結果から、NPOの経営者らは、組織の活動を通じて、専門家としてのプロフェッショナリズムを発揮し、市民の社会参加を促進させるという新たな領域のアカウンタビリティ概念を有していると考えられる。そして、その過程では、NPO経営者らが、専門家として市民の育成や社会的課題の解決に対する創造的かつ代替的な戦略の提供を試みる意識が共通性として示されている。以上から、これらの概念を「創造的アカウンタビリティ概念」と称することができるだろう。 4 NPO経営における推進力 ここまでに示されたNPO経営者が有するアカウンタビリティ概念と経営戦略には、Salamon[2012]がNPOセクターを牽引する推進力の特徴として論じた性質が多数含まれている。そこで、発展的考察として、NPOセクターがどのような方向に牽引されようとしているのか、得られた共通概念から考察を試みる。 冒頭で述べたように、NPOは利益を追求しないミッションベースの組織であるがゆえに、多様な利害関係者が関与する経営環境の中で、社会変革と自律的経営を目指して活動する必要がある。社会的な課題を自発的に解決しようとするNPOの活動は、その革新的な活動やミッションに対して多様な利害関係者や社会における理解を深化させながら活動を推進していくため、NPO経営者が潜在的に有する推進力の共通性が高まれば、その方向にセクター全体が牽引されていくことになる。 本研究では、Salamon[2012]が示す推進力のうち、社会的課題解決に対する市民参加(Civic action)、市民のボランティア性の促進(Voluntarism)、NPOの専門性(Professionalism)などに関連する要因が共通概念から示唆された。 なお、Salamon[2012]では、NPOにおける商業性(Commercialism)として、利害関係者として、民間企業や起業家を重視し、市場経済に基づいた経営効率性を重視するという要因が挙げられている。表2及び表4では、「組織の効率化」と「民間企業」が全体として高い共通性を有するものの、経営において、科学的アプローチやエビデンスに基づく経営計画などを積極的に導入する経営志向は確認されなかった。よって、商業性については、その推進力を有する傾向があるものの、他の推進力と比較すると、日本のNPO経営者においては比較的弱いと考えられる。 このように、NPO経営者の有するアカウンタビリティに関する概念は、個々の組織を超えて、NPOセクターを牽引する推進力として影響を及ぼすことをNPO経営者と多様な利害関係者が共に認識することにより、NPOセクターの更なる発展が期待される。 Ⅴ まとめと今後の課題 本研究では、マルチステークホルダー理論に基づいて、NPOの経営者らが、多様な利害関係者のうち、誰を重視して(to whom)、何を目的として(for what)、どのような対応方法によって(how)利害関係者に対する説明責任を果たそうとしているのか、NPOの経営者にインタビュー調査を行った。コンテンツ分析によって組織のアカウンタビリティに対する共通概念を明らかにしたうえで、個々の概念を構造化することにより解明を試みた。 その結果、NPOの経営者らは、活動分野や法人格に関わらず、組織内外の多様な利害関係を重視することが明らかにされた。また、利害関係者と対応方法を交差させたマトリックスから、⑴成果向上に対する交渉的アカウンタビリティ、⑵ミッションに基づく先見的アカウンタビリティ、⑶参加促進に対する創造的アカウンタビリティという3つの戦略が示され、その背景には、NPOの方向性を牽引する推進力が存在することも明らかにされた。アカウンタビリティ概念は変容を遂げており、本研究によってその変化の一端が示されたことは、今後のNPO経営や関連施策に対する有益な情報となることが期待される。 最後に、本研究の限界と今後について述べる。まず、本研究では、NPOの経営者における共通概念に焦点をあてたため、質的データ分析法に基づき、調査対象者の選定には厳しい制約と限界が課された。そのため、得られた概念モデルは、限定的一般化にとどまっている。今後は、本研究により明らかにされた新たなアカウンタビリティ概念を布石として、NPOの持続的経営と社会的課題解決の促進に寄与する研究成果の蓄積が期待される。 [注] 1)本研究の分析対象となるNPOの範囲を定義しておく。経済学におけるNPO論では、NPOが市場を補完する存在と捉える(James and Rose-Ackerman[1986]、Salamon and Anheier[1997]、Weisbrod[1988]、山内 [1997])。他方で、経営学における組織論では、NPOが社会に対するイデオロギーや使命感、問題意識に根付いたミッションベースの組織であり、社会変革家という主体性に存在意義を見出している(田尾・吉田[2009])。以上の議論を踏まえて、本研究では、利益性の追究を目的としない非政府組織を民間非営利組織のうち、継続的な活動を前提とした組織を対象とするため、一定の法的義務を有する法人格を有する組織を対象とした。また、複数の分野や多様な利害関係者に対する経営者の概念を研究対象とするため、組織の設立が、所轄庁の許可制によってのみ得られる学校法人、社会福祉法人、宗教法人などは除いている。ただし、公益法人制度改革により新設された公益財団法人、公益社団法人、一般財団法人、一般社団法人は、旧公益法人制度から大幅な改正を経た制度に基づくこと、幅広い活動分野を選択できることから、NPO法人と対比可能な組織として本研究におけるNPOの範囲に含めている。 2)例えば、NPOの利害関係者である自治体職員が、協働経験を通じてNPOという組織を理解するプロセスを検証した小田切[2009]は、自治体職員であってもNPOの経営者や組織の特性を理解するまでにある程度の協働経験や期間が必要となることを明らかにしている。そして、NPOを有機的に理解するためには、NPOが組織としてどのように利害関係者を位置づけているのかについても解明する必要があると指摘している。 3)インタビューは、2016年10月27日から2017年3月3日までに個別の対面調査によって実施された。これらのインタビューによって得られたデータや発言内容の利用については、調査協力者及び発言内における名称等を匿名とすることで本研究への使用許諾を得ている。なお、対面インタビューによって調査対象者に内在する潜在的な非認知概念を得るために、インタビューに先立ち、調査対象者には、表2及び表3に示す質問項目を多項選択と段階評価(1最も低い-7最も高い)による個票の回答を全員から得ている。対面インタビューでは、紙面によって表2及び表3の質問項目を調査対象者に示した。同時に、事前に調査対象者自身が回答した同質問に対する回答を別紙で本人に提示しながら、半構造化インタビューを実施した。インタビューでは、以下4つの質問と表2、表3に記載の選択項目を記したインタビューシートを提示しながら、質問番号順にインタビューを進めた。 質問1. これらの人や組織は、貴団体の方針や経営に関する決定事項に、どのように影響を及ぼしていますか。 質問2. このような多様な人や組織の期待や要望によって、経営や方針に関する意思決定に変化があったこと、あるいは変化があると予測されることはありますか。 質問3. 貴団体において、貴団体と関わりを持つ人や組織に対する説明責任を高める必要はありますか。その場合、それぞれの方に対して、貴団体はどのような取り組みを行われましたか。これまでに取り組まれたことがあればそれらも含めて教えてください。 質問4. 貴団体の説明責任に対するスタンスに、関わりを持つ人や組織の期待や要望が影響を及ぼしたことはありますか。ある場合、どのような影響がありましたか。 4)例えば、経営者らにおける組織の経営方針や特定の利害関係者を重視するようになった経緯やその原因となった出来事のほか、特定の利害関係者から受けている影響力に対する意見や対応方針など、具体的な利害関係者や対応方法のほか、今後の意向や方針についても記録し、インタビュー調査で得られたインタビューメモと音声を用いてテキストデータ化を行った。また、インタビュー調査のテキスト化においては、直接的な活動や利害関係者への対応方法や行動のほか、過去や将来の経営方針、影響を受けた外的要因、インタビュー中に確認された対象者の表情や感情についてメモを付記した箇所も含めてデータ化を行った。 5)コンテンツ分析は、分析者がテキストデータの文脈を読み解きながら、調査対象者に潜在する非認知的意識を浮かび上がらせていくため、分析者の恣意性や偏ったコーディングによる分析結果に対する「信頼性の問題(the issue of reliability)」に対処する必要がある。Hwang[2016]では、2名の研究補助者に分析者のコーディング結果を確認させることにより、これらの問題に対処している。本研究では、Duriau etal.[2007]が広域な文献レビューによって先行研究における主要な対処法としてその有用性を示したWeber[1990]の分析手順に倣い2名以上の分析者によるコーディング結果の照合と検証を行う「信頼性チェック(reliability check)」として、2名の著者による検証を2回に渡って実施した。 6)コーディング作業では、まず、最初に4つのケースを用いて2名の著者が個別にプレコーディングを実施し、両者のコーディング結果を比較するという作業を繰り返した。これにより、全データにコードを付与する以前に、適切な概念コードを設定できるほか、単一分析者による過度の主観的解釈や発言内容のミスリーディングなど、コンテンツ分析における分析の過誤の発生を最小限にとどめた。その結果、Jeong and Kearns[2015]では、NPOの経営者らによるアカウンタビリティと説明責任の果たし方について、12項目の利害関係者の重要度と25項目の経営方針や行動指針の重要度を指標に用いているが、プレコーディングにより、概念コードについては、12項目で示された利害関係者のいずれにも該当しない概念が存在することが示されたことから、本研究では、「その他」の項目を加えた。また、対応方法については、25項目のうち、日本のNPO経営者が有する意識を捉える上では、過度に細分化されたものが確認されたことから、2名の分析者による合意に基づいて、20項目に集約した。 [参考文献] Aggarwal, R. 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- ≪査読付研究ノート≫災害とソーシャル・キャピタルに関する一考察 ―熊本県益城町津森地区を事例に― / 黒木誉之(長崎県立大学准教授)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 長崎県立大学准教授 黒木誉之 キーワード: ガバナンス 災害 ソーシャル・キャピタル サードプレイス 要 旨: 本論文では、地域社会が「ガバメントからガバナンスへ」と変容してきた現在、ソーシャル・キャピタルを地域社会を支える鍵概念と位置づけている。そして、災害が続く現状に鑑み、熊本県益城町津森地区を事例として、被災地でのソーシャル・キャピタル醸成について考察している。特に、⑴平時におけるソーシャル・キャピタルの醸成が災害時のソーシャル・キャピタル醸成の背景となっていること、⑵ソーシャル・キャピタルは動態的な概念であること、⑶災害時のサードプレイスが新たなソーシャル・キャピタル醸成に効果的であったと論じている。最後に、これからの地域社会においては、「サードプレイス」がソーシャル・キャピタル醸成のための新たな鍵概念として期待されると結論づけている。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 先行研究の整理と本論文の視点 Ⅲ ソーシャル・キャピタルの概念と分類 Ⅳ 災害とソーシャル・キャピタル Ⅴ おわりに Abstract This paper positions social capital as a key concept in supporting community with the transformation of community “from Government to Governance”. Considering the current situation under which disasters occur frequently, this research focuses on social capital development in disaster affected area using the case of Tsumori district in Mashiki-machi, Kumamoto Prefecture. Especially what this paper points is as follows : ⑴ Social capital development during peacetime could be the background of the social capital development in disaster situation, ⑵ Social capital is a dynamic concept, and ⑶ “the third place” in a time of disaster was effective in fostering new social capital. Finally, this paper concludes that the third place can be expected to work as a new key concept for social capital development in the future community. ※ 本研究ノートは学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに バブル経済が崩壊し人口減少、少子高齢化社会に突入している現在、国・地方の財政は逼迫している。このため、自治体の公共領域からの後退や地域の自治機能も低下してきた。一方、1995年1月17日、阪神・淡路大震災が発生した。ボランティアの数は延べ167万人にのぼり「ボランティア元年」といわれている1)。1998年にはNPO法が施行され、現在では地域社会の担い手としてボランティアの活躍が期待されている。このような背景から地域社会のあり方は「ガバメントからガバナンスへ」と変化してきた。ここでガバメントとは、政策決定や公的サービス生産供給の主体が一元的な統治社会を意味し、ガバナンスとは、その主体が多元的な協治社会を意味する2)。ガバナンス社会の担い手として不可欠なのが自治的市民であるが、自治的市民も一人ではガバナンス社会は構築し得ない。自治的市民が幾人も台頭し、一人ひとりの個人的自治が集積し集団的自治へと発展していく必要がある。このことは災害が続く昨今、「自助」「互助」「公助」という言葉が注目されていることからも伺える。しかし、この自治的市民であるが、未だ市民間に温度差があるのが現状である。確かに被災地においては、前述のボランティアの活躍のほか、災害に直面した状況で被災者自身が規律を守り、連帯し、互いに支え合う関係が構築された「災害ユートピア」3)という状況が生まれている。しかし、それは永続的なものではなく、日常生活に戻れるようになると解消していくことも指摘されている4)。 そこで、個人的自治をネットワーク化し集団的自治へと発展させる鍵概念として期待されるのが「ソーシャル・キャピタル」である。本論文では、災害が続いている現状に鑑み、災害とソーシャル・キャピタルの関係性に着目し、被災地でソーシャル・キャピタルがいかにして醸成されているのか考察する。そして、その後の地域社会におけるソーシャル・キャピタルの醸成についても展望してみたい。 Ⅱ 先行研究の整理と本論文の視点 1 先行研究の整理 本論文に関する先行研究として、災害とソーシャル・キャピタルに関する先行研究を図表1にまとめ、簡潔に説明する。 図表1 災害とソーシャル・キャピタルに関する先行研究一覧 (筆者作成) 川脇(2014)では、東日本大震災被災地調査の個票データをもとに、震災前の地域活動に見られるソーシャル・キャピタルの醸成が震災後の支援・受援にどの程度影響を与えているか実証を試みた。分析結果から、支援者と受援者の相互関係性や連鎖的な共助活動が考えられることを示した。また、平時からの地域活動への参加程度が高いほど支援・受援活動の可能性が高くなることを示唆している。さらに、平時から地縁的な活動への参加が高いほど災害時に受援する可能性が高く、ボランティアなどの市民活動への参加が高いほど災害時に支援する可能性がより高まると論じている。 今井他(2015)では、東日本大震災の被災地、宮城県南三陸町を事例に、災害過程における地域組織の役割をコミュニティ・レジリエンス、ソーシャル・キャピタルなどの観点から明らかにすることを試みている。その結果、地域組織がその時々の状況、ニーズに応じた活動を展開し、コミュニティ・レジリエンスの向上やソーシャル・キャピタルの活用・醸成に寄与していること、そうした地域組織の活動が連帯的・水平的ネットワークを生み出し、ローカル・ガバナンスの構造に変容をもたらす可能性に言及している。そして、地縁組織の社会・文化資産、ソフトパワーの継承・発展がコミュニティ・レジリエンスの向上には重要であると指摘している。 志賀(2016)では、ソーシャル・レジリエンス概念を手掛かりとして、関連概念や復興フレームワークを取り上げ、災害復興過程に必要な諸要素を検討している。その1つとして、ソーシャル・キャピタルのほか「適応可能キャパシティ」という概念を紹介している。地方自治体や国からの支援や助成には限界があることから、限られた人材や費用などの資源を効率的に使うことが重要となる。そこでは、それを被災地内外のリソースを活用する力・可能性を意味する概念として紹介しており、NPO組織や復興関連プロジェクトを巻き込む力になるとしている。 吉澤(2017)では、地方自治体が地域で形成されるソーシャル・キャピタルを活用し、災害リスクガバナンスを形成することの重要性を指摘している。その過程で、ソーシャル・キャピタルの新たな指数として、他者との関わりをより強く反映した社交性指数を設定し分析を試みている。その結果、住民が様々な地域コミュニティ活動に参加することでソーシャル・キャピタルを高め、より災害リスクを減少させることが可能になると推察している。 宋(2019)では、ソーシャル・キャピタルのどのような「信頼」「ネットワーク」「規範」が、どのように人々に利益をもたらしたのかについて、発生論的、機能論的な検証を試みている。また、ソーシャル・キャピタルの結束型と橋渡し型の2つの類型を前提に、両者の結合・分離の諸契機が被災地の早期復興の成否につながる重要な要件であることを中国被災地に対する外部からの資金支援の事例をとおして検証を試みている。そして、ソーシャル・キャピタルの結果や成否は、ソーシャル・キャピタルの状況やそれに対する人々の理解や相互行為によって、常に停止、消滅、転換の可能性があり、テストされるものだと指摘している。 2 本論文の視点 以上のような先行研究において、ソーシャル・キャピタルが災害時の共助や災害復興の推進力になることを前提に研究が行われている。しかし、その前提として、ソーシャル・キャピタルをいかにして醸成するか、という点については必ずしも明らかにされていない。この点、佐藤嘉倫が、『ソーシャル・キャピタルと社会』(佐藤編著[2018])においてソーシャル・キャピタルの生成過程研究の難しさを指摘している5)。佐藤は、ソーシャル・キャピタルの生成過程を、①家族、親族のような血縁関係や地縁関係を例にした非意図的なソーシャル・キャピタルと、②新興住宅の地域の祭りや異業種交流会を例にした意図的なソーシャル・キャピタルに分類する。前者①はネットワークに所属する行為者が自分の効用が高まると期待できなければソーシャル・ネットワークに変換されず、後者②も自分たちの効用がパレート改善されると期待できる場合のみソーシャル・キャピタルに変換されると指摘する。その上で、ソーシャル・キャピタルの生成過程には、利他的利己主義と互酬性が重要であり、現代社会においては互酬性を確保し広げていくことが鍵を握ると論じている。 そこで本論文では、まず、被災地でソーシャル・キャピタルがいかにして醸成されたのか考察することを目的とする。事例としては、先行研究にはない熊本地震の被災地、熊本県益城町津森地区(以下、「益城町津森地区」という。)を事例に分析を試みる。その上で、災害前の①平時期、後述のとおり集団避難を実施した②災害発生期、避難所を自主運営した③復旧期の3段階に区分し、ソーシャル・キャピタルの変容についても考察したい。そして最後に、避難所が閉所され自宅や仮設住宅そして災害復興住宅へと分かれ、普段の生活へと戻っていく④復興期について若干の考察を試み、その後の地域社会におけるソーシャル・キャピタルの醸成についても展望してみたい。 なお筆者は、熊本地震の本震が発生した2016年4月16日から休日を利用し、毎週のように災害ボランティアに足を運んだ。その過程で被災者の方々にヒアリング調査を行ってきた6)。後述の益城町津森地区における平時期から現在の復興期に関する被災者等の活動内容は、その調査結果によるものである。 Ⅲ ソーシャル・キャピタルの概念と分類 1 ソーシャル・キャピタルの概念 ソーシャル・キャピタルの概念を最初に使ったのは、L.J.ハニファンといわれている7)。ハニファンは、ウェスト・ヴァージニア州農村学校の指導主事であり、1916年の「The Rural School Community Center」において、学校を成功に導くには地域社会の関与が重要であると主張した。その重要な要素として、善意、仲間意識、共感、そして社会的交流を挙げている。1960年代にはJ.ジェイコブスが、都市計画論の分野において隣人関係などの社会的ネットワークに着目した。1980年代に入ると、フランスの社会理論家P.ブルデューが、個人に着目した上で、社会的ネットワークに内包された社会的・経済的資源を強調するものとして用い、例えば「人脈」や「コネ」、「顔の広さ」も含むとされている。社会学者のJ.S.コールマンも同様に個人に着目した上で、ある特定の行為を促進するような機能をもっているものと定義した。その行為とは「他人との協調行動」と解釈され、その協調行動が成功することによって「信頼」を生み、それによって次の「協調行動」 が促進されたり、その他の様々な「利益」の源泉になるものとされた。そして、ロバート・D・パットナムがコールマンの研究を発展させることになる。 ソーシャル・キャピタルの概念が日本で特に注目されるようになったのは、ロバート・D・パットナムの『哲学する民主主義』(パットナム著・河田訳[2001])や『孤独なボウリング』(パットナム著・柴内訳[2006])によってである。パットナムによれば「調整された諸活動を活発にすることによって社会の効率性を改善できる、信頼、規範、ネットワークといった社会組織の特徴」(パットナム著・河田訳[2001]、206-207頁)、「社会関係資本が指し示しているのは個人間のつながり、すなわち社会的ネットワーク、およびそこから生じる互酬性と信頼の規範である」(パットナム著・柴内訳[2006]、14頁)と定義している。その上で、ソーシャル・キャピタルの要素として、①信頼(人々が他人に対して抱く信頼感)、②互酬性の規範(お互い様、持ちつ持たれつ)、③ネットワーク(人や組織の間の絆)の3つが必要とされている8)。 ここで前述のブルデューやコールマンとパットナムが異なるのは、ソーシャル・キャピタルを個人ではなくコミュニティ、社会に帰属する概念として着目した点である9)。しかし本論においては、これからのガバナンス社会を構築する上で自治的市民の台頭が不可欠と考え、そのためには、一人ひとりの個人的自治が集積し集団的自治へと発展していく必要がある。その鍵概念としてソーシャル・キャピタルを位置付けるのであるが、個人的自治と集団的自治はインタラクティブな関係にあることから、ソーシャル・キャピタルの概念はパットナムの定義を前提にするにしても、個人に帰属する面と、コミュニティ、社会に帰属する面の両方を有する概念として定義づけることとする10)。 2 ソーシャル・キャピタルの分類 第1に、水平的ネットワークとして、①結束型(bonding)と、②橋渡し型(bridging)の2つに分類される11)。①結束型は、学校のサークル・同窓会など、同質な者同士が結びつく社会関係資本とされている。②橋渡し型は、NPOのネットワークなど異質な者同士を結びつける社会関係資本とされている。特徴として①結束型は、つながりの強さと構成員の均質性を有し安定性があるが、発展性に乏しく排他性を引き起こす危険性がある。②橋渡し型は、つながりの緩やかさと構成員の多様性を有するため発展や活性化が期待されるが、つながりは不安定で継続性は確実ではない。このように、①結束型と②橋渡し型それぞれに強みと弱みがある。 第2に、垂直的ネットワークにおいては、③連結型(linking)があるとされている12)。③連結型は、ボランティア団体が活動資金を公的機関から獲得する関係や、それをサポートする中間支援組織など、権力や社会的地位といった社会的階層が異なる個人や団体などを結びつける社会関係資本とされている。 以上のように、ソーシャル・キャピタルは、水平的ネットワークとしての①結束型と②橋渡し型、垂直的ネットワークとしての③連結型に分類されている。しかし、概念上このように分類されるにしても、果たして実態上も、1つのソーシャル・キャピタルを1つの分類に区分できるのであろうか。前述の個人的自治は、発展段階的に成熟していくことにより、他の個人的自治と連結することが可能となり、その連結関係の集積が集団的自治への形成へと転化していく13)。別言すれば、自治概念は動態的概念であるからこそ集団的自治を形成し得るように、ソーシャル・キャピタルも動態的概念と捉え、その特徴が変容するものと考えられるのではないだろうか。 そこで以下、熊本地震の被災地である益城町津森地区の現地調査の結果から、被災者による取り組みをソーシャル・キャピタルの視点から考察するとともに、これらの点についても明らかにしていきたい。 Ⅳ 災害とソーシャル・キャピタル 1 平時期:熊本県益城町と津森地区の概要 熊本県益城町は、水と緑そして肥沃な大地に恵まれ農業を基幹産業として発展してきた町である14)。また、熊本県のほぼ中央北寄りに在り県都熊本市の東に隣接している。空の玄関口である「阿蘇くまもと空港」や「益城熊本空港インターチェンジ」などの交通拠点も有することから、企業が集積する熊本県テクノリサーチパークも所在する。このため、企業進出や流通拠点の機能に加え、熊本市のベッドタウンとしての機能も併せ持ち、今後の発展が期待されていた。 この益城町を震源地として、2016年4月14日を前震、16日を本震とする熊本地震が発生した。震度7を2回経験するとともに8月20日には震度1以上の地震回数が2,000回に達した15)。地震の発生直後は、町や県などの行政機能が麻痺していることは十分予想される。このような状況下において益城町には、被災者自らの判断により地域で集団避難し、避難所でも自主運営を行った「津森地区」がある16)。では、この津森地区がなぜこのような行動をとり得たのか、その要因等を明らかにするために調査を行った。 益城町には当時、82の行政区があり5つの地区に分けられていた。その1つである津森地区は上陣、堂園、杉堂、上小谷、下小谷、田原、寺中、北向、下陣の9つの行政区で構成されている。益城町の北東端に在り菊陽町と西原村に隣接し、木山川と農地や山林など緑に恵まれた地域である。熊本地震前の2016年3月末の人口世帯数は、益城町が34,499人、13,455世帯に対し、津森地区には2,370人、878世帯が生活を営んでいた17)。少子高齢化が進んでいるというが、地区内に所在する津森神宮の「お法使(ほし)祭り」は地域の人々に愛され約700年も続いている18)。また、上陣地区の区長の話によれば、地区にある霜宮神社では毎年12月の第1日曜日に「千度詣り」と「大祭」が行われており、地区の大切な行事の1つになっている19)。さらにこの地区では、毎年1月14日に「もぐら打ち」という行事が行われる。老人会で作られた竹と藁製の棒を子どもたちが持ち家々を訪ね、玄関先の地面を歌いながら叩いて田畑を荒らすもぐらを追い出し、五穀豊穣や家内安全を祈る儀式である。2018年1月14に取材した際も、子どもたちは老人会で作られた棒を持ち家々を訪ね回るとともに、お年玉やお菓子をもらい地域の大人との世代を超えた交流をしていた。地区の女性も炊き出しなどで各種行事に参加している。さらに、全国的に消防団員の不足が指摘される昨今でも、津森地区の消防団分団長の話では、仕事等で熊本市内に在住していても出身地である津森地区の消防団に所属している者が多いという。このように地域文化の継承等を通じ世代を超えてコミュニティの絆の強い地域である。このため、各区長は名簿がなくても各世帯の家族構成等を理解しているという。 2 災害発生期:集団避難と阿蘇熊本空港 ホテル・エミナース 津森地区の指定避難所は津森小学校である。しかし、地元区長や消防団分団長の話では、前震と本震の影響で体育館や校舎等は倒壊の危険があり施設内への避難は難しい状況であった。さらに、木山川にかかる橋が渡れなくなれば孤立してしまう可能性もあり、消防団分団長、区長、そして町議等が協議し、地区内に所在する阿蘇熊本空港ホテル・エミナース(以下、「エミナース」という。)に集団避難することを決断した。 エミナースは、阿蘇くまもと空港から約2㎞、車で約3分の場所にあり、天然温泉を有するリゾート型ホテルである20)。プールや人工芝スポーツコートを有し宿泊客以外でも利用が可能であるため地域住民にも親しまれている。もちろん、エミナースは指定避難所ではない。エミナース職員の話では、当日は宿泊客も滞在しており最初は戸惑いもあったようだが、地域に根差す企業として被災者受け入れを決断した。もっとも、被災者全てを施設内に入れることは困難であり、施設倒壊の恐れもあった。そこで、エミナースの本社となる熊本交通運輸株式会社が大型バス等を提供し、高齢者、乳幼児を抱えた女性、子どもたちを優先してバス内で過ごしてもらった。その後、建物倒壊の恐れもあったが本人同意を前提に、前述の被災者を中心に500名ほどを施設内に受け入れ、その他はエミナースの駐車場で車中泊として受け入れた。最終的には津森地区以外の被災者も加え2,000人を超える方々が避難したという。 3 復旧期:避難所自主運営 区長等の話によれば、エミナースに避難した被災者たちで自主運営が始まった。9つの区長は避難所運営のルール作りから始まり、その日になすべきこと、今後の課題などを確認・協議するため、本震の翌日から毎朝、区長会議を行った。当初の区長会議は、区長会、消防団分団長、町議、エミナースの4つのアクターで構成された。当初は本震が発生して時間が経っていないことや余震も続いていたため感情が高ぶっていたり、全てがはじめてのことであったため話がまとまらないこともあったようである。しかし、平時期よりソーシャル・キャピタルが醸成され絆の強い地区であったこと、津森地区内の9人の区長や町議、消防団など平時からの地域の担い手となる主要メンバーが揃っていたこと、自主運営という目標の共有化が図られていたことなどから、機能していくようになる。例えば区長会は、「国や県があなたに何をしてくれるかを言うのではなく、今、みんなのために何が出来るかを考えよう」という標語を書き貼り出し、被災者に自主運営の協力を求めている。また、時間の経過とともに日赤や、全国から派遣されてくる自治体職員、外部からの支援者・支援団体等も自主運営に加わるようになる。例えば、東日本大震災被災地で災害ボランティアの経験がある津森地区出身の女性が帰郷しており、その女性が救援物資受け入れ等を担当した。飲食店経営者で災害ボランティアの経験がある男性支援者が福岡市から駆けつけ長期滞在し炊き出しによる食事提供の支援を続けた。それを被災者である女性たちがサポートする関係が形成されていく。さらに、熊本市からの女性支援者が毎日通い被災者の交流の場としてのコミュニティ・カフェの設置と運営を行っている。同様に、先の福岡市からの男性支援者が夕食後に被災者と支援者及び支援者同士の交流の場を設けている。このことにより支援者との交流が促進され一定数の避難所への支援者が確保されていくようになる。このように支援者が増えるにつれ、毎朝の区長会議にも参加者が増えるようになっていった。加わった当初は、遠慮もあり区長会等の要望に応えることに終始していたようであるが、信頼関係が形成されるに従い、それぞれの専門領域から各自が意見を述べ、意思決定、合意形成、課題解決に積極的に関わっていくようになっていった。 4 ソーシャル・キャピタルからの考察 ① 平時期 第1に、平時期においては、益城町津森地区は地域文化の継承等を通じ、世代を超えてコミュニティの絆の強い地域であることが分かった。水平的ネットワークの視点からは、①各行政区の自治会や老人会、並びに消防団等がそれぞれに「信頼」「互酬性の規範」「ネットワーク」の要素を満たし、結束型ソーシャル・キャピタルとして機能していた。さらに②祭りなどが先の団体等のネットワークを強める結束型ソーシャル・キャピタルとしての機能を有するとともに、団体間のネットワークや地域の世代を超えたネットワークを形成する橋渡し型ソーシャル・キャピタルとして機能していた。 ② 災害発生期 第2に、災害発生期においては、集団避難の段階から各区長と消防団が団結し、地区のリーダーシップをとるようになる。平時期における各行政区の自治会と消防団は、それぞれが結束型のソーシャル・キャピタルである。そして、これらの団体は、お互いに必要に応じて情報交換や連携するなど、緩やかなネットワークを構築しており、橋渡し型のソーシャル・キャピタルを形成していた。しかし、集団避難という目標を共有し被災者誘導を協働することで「信頼」「互酬性の規範」「ネットワーク」の要素が強くなり、団体間のネットワークは橋渡し型から結合型ソーシャル・キャピタルへと移行している。 ③ 復旧期 第3に、復旧期については、図表2を用いて説明する。前述のとおり避難当初、避難所で毎朝の区長会議が、消防団、町議、エミナースを加えた4つのアクターで開催されるようになる。区長等の話によれば、全てが初めてのことではあったが、平時期よりソーシャル・キャピタルが醸成され絆の強い地区であったこと、津森地区内の9人の区長や町議、消防団など地域の担い手となる主要メンバーが揃っていたこと、自主運営という目標の共有化が図られていたことなどから、「信頼」「互酬性の規範」「ネットワーク」の要素が次第に強くなり、図表2中「区長会議のソーシャル・キャピタル①」は、平時期の橋渡し型のソーシャル・キャピタルの関係から、この困難な状況を克服するために結束型のソーシャル・キャピタルの関係へと変容していった。また、時間の経過とともに日赤、全国から派遣されてくる自治体職員、外部からの支援者・支援団体等も区長会議に加わるようになる。当初は新たなアクターは遠慮がちで、図表2中「区長会議のソーシャル・キャピタル②」は、それぞれを緩やかなネットワークで結ぶ橋渡し型ソーシャル・キャピタルとして機能していた。その後、区長等の話によれば、避難所の自主運営という目標の共有化と支援者の固定化並びに信頼関係の形成が進むとともに、役割分担と合意形成への参加も促進され結束型ソーシャル・キャピタルへと移行していった。さらに行政等公的機関への要求等を伝える場にもなり、連結型ソーシャル・キャピタルとしても機能していた。 図表2 避難所自主運営に係る関係図 (筆者作成) ④ サードプレイス(第3の場所) 第4に、復旧期の避難所でさらに、コミュニティ・カフェや夕食後の交流の場が、被災者や支援者同士のネットワークを生み出す橋渡し型ソーシャル・キャピタルとして機能している。その後、後述のとおり、支援者が支援のリピーターや常連になるにつれ、結束型ソーシャル・キャピタルへと移行していった。つまり、避難所の中に、避難所運営に携わる関係者の会議(交流)の場のほか、被災者同士の交流の場、そして被災者と支援者及び支援者同士の交流の場として「サードプレイス(第3の場所)」が設定されていたのである(図表2)。レイ・オルデンバーグによれば、サードプレイスとは、第1の家、第2の職場とともに、「インフォーマルな公共生活の中核的環境」であり「家庭と仕事の領域を超えた個々人の、定期的で自発的でインフォーマルな、お楽しみの集いのために場を提供する、さまざまな公共の場の総称」と定義している21)。その特徴としては、①中立領域、②平等主義、③会話がおもな活動、④利用しやすさと便宜、⑤常連の存在、⑥目立たない存在、⑦遊び心のある雰囲気、⑧もう1つの我が家、を挙げている22)。 この点、第1に避難所のカフェについては、当初、被災者同士の交流の場とそれによる心のケアの場として設置され、そこは中立(①)で平等(②)であり会話がおもな活動(③)とされていた。また、避難所内にあり、段ボールなど入手可能な材料で作られたものであり、利便性(④)があり目立たない存在(⑥)でもあった。そして、発案・設置・運営者である上述の女性支援者が日中は常駐しカフェの飾り付けや(⑦)、被災者の話し相手になることで常連も増え(⑤)、避難スペースが避難時の我が家だとすれば、カフェがもう1つの我が家(⑧)として機能していた。さらに、ここで形成された関係は、単なる交流の場から避難所運営についての意見交換の場としても機能するようになり、仮設住宅に移ってからも続いていくことになる。第2に夕食後の交流の場については、カフェのように資材を用いた常設の場づくりまではしなかったようであるが、前述の福岡市からの男性支援者が常駐し中心となって場づくり、空間づくりを行っていた。この支援者は飲食店の経営者であり災害ボランティアの経験もあった。このため、先の①から⑧の特徴を備えることが重要であることは心得ており、特に、支援者は自分を必要としている場を求めて移動する特徴を持つため、他の支援者が支援のリピーターや常連として来てくれるための工夫でもあった。そして前述のとおり、一定数の避難所への支援者が確保され、支援のあり方についての意見交換の場としても機能していった。 このように、これらのサードプレイスは、ソーシャル・キャピタルを醸成するだけでなく、橋渡し型から結束型のソーシャル・キャピタルへと変容せしめ、そこで合意形成された意見が各区長や消防団等へ伝えられ、連結型のソーシャル・キャピタルの機能も発揮するようになっていった。このように益城町津森地区の事例は、サードプレイスが災害時に新たなソーシャル・キャピタルを醸成する「場」「プラットフォーム」として重要であることを示してくれた。そして、ソーシャル・キャピタルは動態的概念であり変容していくことも明らかになったといえるだろう。 Ⅴ おわりに 益城町津森地区を事例に、被災地でソーシャル・キャピタルがいかにして醸成されたのか考察を試みた。その結果、第1に、平時期における各行政区の自治会、消防団等の活動だけでなく、祭りなどの地域文化の継承を通じて世代を超えた交流を積み重ねていくことが災害時のソーシャル・キャピタルの醸成に重要であることが確認できた。第2に、ソーシャル・キャピタルは、各団体等のネットワークを結束型、橋渡し型、連結型と固定的に整理できるものではなく、動態的に変容していく概念であることを確認できた。そして、第3に、災害時の特に復旧期においては、サードプレイスが、新たなソーシャル・キャピタルを醸成する場、プラットフォームになることも確認できた。これからの地域社会を鑑みたとき、サードプレイスがソーシャル・キャピタル醸成のための新たな鍵概念になることが期待される。 そこで最後に、避難所が閉所され自宅や仮設住宅そして災害復興住宅へと分かれ、普段の生活へと戻っていく復興期について若干の考察を試みたい。エミナースが避難所として閉所した後、避難していた津森地区の被災者たちは、エミナースへの感謝の意を表するため閉所式を開催している。当時、取材させていただいたところ会場のテーブルには、被災者とともに支援者の姿もあり、絆の強さ、結束型のソーシャル・キャピタルであったことが伺えた。また、当時の区長の話によれば、その後3年程は、区長等を中心にボランティアでエミナースの草刈りに取り組む関係が続いていたという。さらに防災意識も高まり自主防災組織が設立されるとともに、防災士の資格をとる人も増えているという話であった。 一方、熊本地震が発生してから4年が経とうとしている。このため、復旧時にあったカフェなどのサードプレイスは、今は存在しない。被災者や支援者が会うことも少なくなり、結束型のソーシャル・キャピタルも橋渡し型の緩やかなネットワークへと変容してきている。ここで当時の消防団分団長に話を伺ったところ、消防団に入る若者がいる一方、当時のエミナースで共に活動していた人たちとの関係性は薄れてきている。しかし、今でも関係が続いている人もおり、熊本地震で助けてもらったお礼の意味で災害ボランティアに参加するようになったところ、被災地で当時の支援者と再会するなど、新たな関係も生まれつつあるという。 以上のように、その後の地域社会を考えると、ソーシャル・キャピタルの醸成のため、新たなサードプレイスの形成が望まれる。その上で、災害大国といわれる日本で、前述のような、恩送り、“Pay It Forward”の文化が根付くならば、その地域に住む人のみならず、交流人口を踏まえたサードプレイスとソーシャル・キャピタル醸成のあり方を探求していく価値もあるのではないだろうか。人口減少、少子高齢化が著しい地方の地域社会であれば特に求められるであろう。そのためには、住民、自治会・町内会、企業、NPOなどの地域の多様な主体でソーシャル・キャピタルを形成し得るようなサードプレイスを形成し、目指すべき地域デザインについて合意形成をしていくことが求められるのではないだろうか。 [謝辞] 今回の調査においては、被災者の皆様をはじめ多くの関係者の方々にご協力いただきました。この場をお借りし心より厚く御礼申し上げます。 また、本研究は、平成29年度、平成30年度及び平成31年度長崎県立大学学長裁量教育研究費の助成を受けた成果の一部です。ここに記して御礼申し上げます。 [注] 1)神戸新聞NEXT HP「データでみる阪神・淡路大震災」参照(https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/sinsai/graph/p6.shtml:2019年12月13日閲覧)。 2)黒木誉之[2012]「自治概念の動態性に関する基礎理論-ガバナンス社会における政治・行政のパラダイム」、荒木昭次郎他著『現代自治行政学の基礎理論-地方自治の理論的地平を拓く-』成文堂、93頁参照。 3)レベッカ・ソルニット著・高月園子訳[2010]『災害ユートピア-なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』亜紀書房。関谷雄一・高倉浩樹編[2019]『震災復興の公共人類学-福島原発事故被災者と津波被災者との協働』東京大学出版会、106-109頁参照。 4)内閣府(防災担当)[2017]「防災に関する標準テキスト」2007年3月、17-18頁参照。林俊彦[2013]「災害ユートピアが消えた後」、『学術の動向』、2013年10月号、日本学術協力財団[2013]、2013年10月、65頁参照。 5)佐藤嘉倫編著[2018]『ソーシャル・キャピタルと社会-社会学における研究のフロンティア-』ミネルヴァ書房、239-248頁参照。 6)エミナースを初めて訪問し職員及び自治会の方にヒアリング調査を実施した2016年7月25日が、本論文の初回調査にあたる。 7)ロバート・D・パットナム著・柴内康文訳[2006]『孤独なボウリング-米国コミュニティの 崩壊と再生』柏書房、14-15頁参照。宮川公男[2004]「ソーシャル・キャピタル論-歴史的背景、理論および政策的含意」、宮川公男・大守隆編[2004]『ソーシャル・キャピタル』東洋経済新報社、19-20頁参照。内閣府国民生活局[2003]『ソーシャル・キャピタル:豊かな人間関係と市民活動の好循環を求めて』国立印刷局、4頁参照。以下は、パットナム、宮川、内閣府国民生活局の整理を参考にした。 8)稲葉陽二[2011]『ソーシャル・キャピタル入門』中公新書、23-27頁参照。 9)内閣府国民生活局、前掲書、31頁参照。 10)個人的自治と集団的自治はインタラクティブな関係性について、黒木誉之、前掲書、112-115頁参照。 11)稲葉陽二、前掲書、31頁参照。稲葉陽二他編[2011]『ソーシャル・キャピタルのフロンティア-その到達点と可能性-』ミネルヴァ書房、117-118頁参照。露口健司編著[2016]『ソーシャル・キャピタルと教育-「つながり」づくりにおける学校の役割-』ミネルヴァ書房、66-67頁参照。関谷雄一・高倉浩樹編、前掲書、158頁参照。D.P.アルドリッチ著/石田祐・藤澤由和訳[2015]『災害復興におけるソーシャル・キャピタルの役割とは何か-地域再建とレジリエンスの構築-』ミネルヴァ書房、44-47頁参照。 12)稲葉陽二他編、同上書、117-118頁参照。露口健司編著、同上書、66-67頁参照。関谷雄一・高倉浩樹編、同上書、158頁参照。D.P.アルドリッチ著/石田祐・藤澤由和訳、同上書、47-48頁参照。 13)黒木誉之、前掲書、113頁参照。 14)益城町の概要については、熊本県益城町「Wing townましき・益城町町勢要覧」1頁参照(https://www.town.mashiki.lg.jp/kiji003299/index.html:2019年12月11日閲覧)。 15)朝日新聞・2016年8月20日朝刊・35面「余震2千回に」参照。 16)毎日新聞・2016年5月14日朝刊・29面「避難所運営みんなの力で」参照。 17)益城町HP「行政別・年齢別人口表」参照(https://www.town.mashiki.lg.jp/Kiji0032535/index.html:2019年12月11日閲覧)。 18)津森神宮HP「お法使祭」参照(http://tsumori-jingu.g.dgdg.jp/page.html#ohoshi:2019年12月13日閲覧)。 19)調査にご協力いただいた地元区長、消防団分団長等の役職等は、当時のまま記載している。 20)阿蘇熊本空港ホテル・エミナースHP参照(https://www.kumamoto-eminence.com/:2019年12月13日閲覧)。 21)レイ・オルデンバーグ著/忠平美幸訳/マイク・モラスキー解説[2013]『サードプレイス コミュニティの核になる「とびきり居心地のよい場所」』みすず書房、59頁参照。 22)レイ・オルデンバーグ、同上書、64-97頁参照。 [参考文献] 今井良広・金川幸司・後房雄[2015]「コミュニティ・レジリエンスとソーシャル・キャピタル-南三陸町における震災復興の取り組みから-」『経営と情報』Vol.27・No2。 稲葉陽二[2011]『ソーシャル・キャピタル入門』中公新書。 稲葉陽二・大守隆・近藤克則・宮田加久子・矢野聡・吉野諒三編[2011]『ソーシャル・キャピタルのフロンティア-その到達点と可能性-』ミネルヴァ書房。 川脇康生[2014]「地域のソーシャル・キャピタルは災害時の共助を促進するか-東日本大震災被災地調査に基づく実証分析-」『ノンプロフィット・レビュー』第14巻・1+2号。 黒木誉之[2012]「自治概念の動態性に関する基礎理論-ガバナンス社会における政治・行政のパラダイム」、荒木昭次郎他著『現代自治行政学の基礎理論-地方自治の理論的地平を拓く-』成文堂。 佐藤嘉倫編著[2018]『ソーシャル・キャピタルと社会-社会学における研究のフロンティア-』ミネルヴァ書房。 志賀文哉[2016]「災害復興過程には何が必要か-ソーシャル・レジリエンス概念を中心に-」『富山大学人間発達科学部紀要』第10巻・第2号。 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神戸新聞NEXT「データでみる阪神・淡路大震災」 https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/sinsai/graph/p6.shtml(2019年12月13日閲覧) 津森神宮「お法使祭」http://tsumori-jingu.g.dgdg.jp/page.html#ohoshi(2019年12月13日閲覧) 益城町「行政別・年齢別人口表」https://www.town.mashiki.lg.jp/Kiji0032535/index.html(2019年12月11日閲覧) 論稿提出:令和元年12月13日 加筆修正:令和 2 年 4 月10日
- ≪査読付論文≫一般社団法人の非営利性と非分配制約についての検討 / 古市雄一朗(大原大学院大学准教授)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 大原大学院大学准教授 古市雄一朗 キーワード: 一般法人 非分配制約 非営利組織の意義 非営利性の徹底 要 旨: 本稿では非営利組織と営利組織の区分に注目している。剰余金の非分配制約は、しばしば営利組織と非営利組織を区分するメルクマールとなっている。 しかしながら日本の一般社団法人の一部は、必ずしも非分配制約下に置かれていない状態になっており、それらの一般社団法人は厳密な意味での非営利性を有していない組織となっている。しばしば、一般社団法人は非営利組織とみなされるが、実際には非営利組織とそうでない組織が1つのカテゴリーに混在しており、利害関係者による資源提供等の意思決定に混乱を与えることになる可能性が指摘できる。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 非営利性の観点から見た一般法人制度の問題点 Ⅲ 非営利性の判断における非分配制約の意義 Ⅳ むすびにかえて Abstract This paper seeks to discuss the non-distribution constraint as a criterion to distinguish between profit organizations and non-profit organizations in general incorporated associations (GIAs) in Japan, and points out that some of GIAs do not meet the criterion of non-distribution constraint, and therefore such GIAs should not be categorized under the non-profit organizations in the strict sense. This means that there are two types of GIAs (non-profit GIAs and profit GIAs) in the system of GIAs. This paper concludes that the situation of a mixture of non-profit and profit organizations are confusing for stakeholders. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 2008年の公益法人制度改革により、従来の主務官庁の許可制による公益性の判断と法人設立の可否についての一体的な運用が廃止され、法人の設立と公益性の判断が分離される形で一般財団法人・一般社団法人(以下、一般法人)が設立できるようになった。 また一般法人が登記により設立された上で、希望する法人が民間有識者による委員会(以下、公益認定等委員会等)の意見に基づき行政庁からその公益性を認定された場合に公益財団法人・公益社団法人(以下、公益法人)として活動できる事となった。 この制度においては、一般法人は公益性を有さない非営利組織としての性格付けが行われていると言える。 法務省の広報資料においても、一般法人は定款をもってしても社員や設立者に剰余金や残余財産の分配を受ける権利を付与することができない事から非営利性の確保された法人であると説明しており、一般法人は非営利組織として制度の中で位置付けられている事が分かる(法務省広報資料「知って!活用!新非営利法人制度」より)。 先行研究においても、剰余金および残余財産の分配を制約する非分配制約は、非営利性のメルクマールとして認識されてきた。 しかしながら一部の一般社団法人については、運営期間中の剰余金の分配は禁止されている一方で、解散時の残余財産を非営利性を持たない法人や個人に分配することが可能になっており、厳密な意味で非営利性が徹底されているとは言えない。そのために1つのカテゴリーの中に非営利性を兼ね備えた法人とそうでない法人が混在する状況になっている。 本論文においては、一般法人制度において非分配制約が徹底されていない現状への指摘を足がかりとし、非営利性の判断において非分配制約が果たす役割とその意義について検討を行う。 Ⅱ 非営利性の観点から見た一般法人制度の問題点 一般法人は一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下、一般法人法)に基づき設立される法人であり、準則法人としての性格を有している。 一般法人法第11条第2項で「社員に剰余金又は残余財産の分配を受ける権利を与える旨の定款の定めは、その効力を有しない。」と規定されているように剰余金の分配を行う事はもちろん、残余財産の帰属先を定款で定めて実質的に残余財産請求権者の存在認めるような事は出来ない。多くの場合、この規程を根拠として一般法人を剰余金および残余財産の分配を行わない非営利組織と捉えていると考えられる。 しかしながら一般法人法第239条には、以下の規定がなされている。 (一般法人法) 第239条 残余財産の帰属は、定款で定めるところによる。 2 前項の規定により残余財産の帰属が定まらないときは、その帰属は、清算法人の社員総会又は評議員会の決議によって定める。 3 前2項の規定により帰属が定まらない残余財産は、国庫に帰属する。 第239条第1項にあるように、定款において法人は残余財産の帰属先を決めることになるが、第11条第2項にあるように社員等を残余財産の分配先として定めることはできず、実際に分配先に指定できるのは国、地方公共団体および非分配制約を課された非営利組織(公益法人、学校法人等)に限られる。 しかしながら定款に残余財産の分配先を定めていない場合には、解散時に財産の帰属先を決定することができると規定されている。すなわち、あらかじめ残余財産の分配先を決めずに解散時点で特定の社員や設立者、その他の特定の利害関係者に残余財産を分配することができる余地を残している。 この点において一部の一般法人については、非分配制約の観点から非営利性が徹底されていないと言わざるを得ない。 一方で法人税法上の取扱いは、一般法人法における扱いと異なっている。図表1に示すように剰余金の分配を行わないことを定款において決めていることに加え、残余財産の分配先をあらかじめ定款において国、地方公共団体や一定の公益的な団体(特定の者に剰余金や残余財産の分配を行わない団体)に定めている事が求められる。それらの条件を満たした場合には、税法上の公益法人等として扱われ収益事業に対してのみ課税が行われる。 図表1「非営利型法人の要件」 図表1で示すように、一般法人法の取扱いよりも法人税法上の取扱いの方が法人の非営利性の判断においてリジットな線引きを行っているといえる。 ここまでの検討を踏まえるならば、一般法人の一部は実質的には非営利性を有しておらず、営利企業と同等の性質を有している事が分かる。この点において、一般法人法の区分では非営利性が徹底された法人と非営利性を有していない法人が、1つのカテゴリーに混在する結果となっている。 このような混乱の原因の1つとして考えられるのは、一般法人制度を発足させたときに中間法人をその枠組みの中に包含したことにあると考えられる。 図表2 中間法人制度が設立された当時、公益法人の設立においては許可主義のもと非営利組織の設立と公益性の判断が一体化されていた。そのため非営利組織の設立が難しく、営利と非営利、公益と非公益という2つの基準で見たときに図表3③の部分にあたる非営利・非公益に相当する部分を補うための制度として中間法人制度の存在意義があった。 図表3 すなわち当時の制度を所与とすれば、中間法人の中間とは営利法人(株式会社)と非営利法人(公益法人)の中間を意味していると言える。 中間法人も非営利志向の法人として位置付けられており、中間法人法第2条第1項において中間法人は、「社員に共通する利益を図ることを目的とし、かつ、剰余金を社員に分配することを目的としない社団であって、この法律により設立されたものをいう。」と定められていた。しかしながら中間法人法第86条第1項においては、「債務を完済した解散後の有限責任中間法人に残存する財産(以下この節において「残余財産」とする)の帰属は、定款の定めるところによる」と規定されているが第86条第2項において「前項の規定により残余財産の帰属が定まらないときは、その帰属は、社員総会の決議により定まる」と規定されていた。そのため現行の一般法人同様、実質的に残余財産の分配が可能になっており、全ての中間法人が非営利性の徹底された法人とは言えなかった。 一般法人制度の創設により非営利・非公益に相当する部分の整備が行われ、中間法人制度は廃止されることとなったが、中間法人制度と一般法人制度の統合が行われたために非営利性の徹底されていない組織が非営利組織と位置付けられるはずの一般法人に混在するに至ったと考えられる。 Ⅲ 非営利性の判断における非分配制約の意義 営利を指向する組織を営利組織とし、非営利を指向する組織を非営利組織としてそれぞれの組織の目的により両者を分ける際に、営利指向と非営利指向を区分する外形的なメルクマールとして非営利組織が剰余金や残余財産の分配を行わない非分配制約の下におかれるとする考え方は、非営利組織に関する多くの議論の場で採られてきた。 剰余や残余財産というのは本来会計上の概念であり、営利組織向けの会計と非営利組織向けの会計の適用の区分においてもこの点が重要視されてきた。Anthony[1978]においては、利益を指向する組織を営利組織、利益を指向しない組織を非営利組織として識別し、利益を指向していない組織とは以下のような特徴を有する組織であると定義されている。 ① 利益を生み出すことを第1の目的として業務を行わない。 ② その資産または利益を会員、役員、または職員に分配せず便益を与えない。 ③ 解散の場合には収益は、他の非営利組織へ移されるかまたは州に返され、決して個人へは返されない。(Anthony[1978]p.161) 非営利組織論の立場においてもSalamon[1992]において、非営利組織の特徴として利益を分配しない事が含まれている。 これらの議論を会計的に分析するならば、非営利組織の運営において毎期に収益と費用の差額としての利益が出たとしても,その事は組織の非営利性の判断に影響を与えるものではなく、それを特定の者に分配するか否かが営利性と非営利性を分けるものと考えていると言える。 この考え方に基づけば、組織が活動を終了した時点で生じた残余財産は組織が何らかの目標を達成させて活動を終了した時点で組織に残っていた余りの部分であり、活動終了時点を含めたそれまでの活動期間中の剰余の累積であると言える。そのため残余財産についても分配が行われない事でこの基準の意義が達せられると考えるのが自然であると言える。そのように考えるならば残余財産の請求権者は存在せず、組織の解散時に存在する残余財産は誰のものでも無い財産ということになるので、その財産は国、地方公共団体等に帰属することとなる。 一方で我が国における法人税法やFASBが示している非営利性のメルクマールにおいても、類似の非営利組織に財産を提供する事が認められている。これは、いわゆるシ・プレ原則(可及的近似の原則)と呼ばれる考え方が影響していると考えられる。 シ・プレ原則とは「その法人の目的に類似する目的のためにその財産を処分」されるという考え方で慣例法のイギリスで長く発達したものであるが出口[2018]においては、旧民法第72条の以下の規定条文を引き合いに出し、日本の民法にはシ・プレ原則が成文法として入っていたと考えられるとしている(出口[2018]p.198)。 (旧民法) 第72条 解散した法人の財産は、定款又は寄附行為で指定したものに帰属する。 2 定款又は寄附行為で権利の帰属すべき者を指定せず、又はその者を指定する方法を定めなかったときは、理事は、主務官庁の許可を得て、その法人の目的のために、その財産を処分することができる。ただし、社団法人にあっては、総会の決議を経なければならない。 3 前2項の規定により処分されない財産は、国庫に帰属する 実際の制度においてこのシ・プレ原則は大きな意義を果たしているといえる。非分配制約による非営利性の判断という面から見るならば、非営利組織の残余財産は誰のものでもないので国に帰属する事になるが、その財産は非営利目的に取り分けられたものであると言える。その場合に、1度国が財産を受け取り適当な法人にそれを移すよりも直接類似の法人に財産が直接移管された方が効率的であると言えるであろう。 またシ・プレ原則は提供された財産の提供の目的に注目し、その財産が継続的に用いられる事に重きが置かれるが、非分配制約における残余財産の分配先の決定においては、活動の目的が類似しているだけではなく新たな帰属先は非分配制約が課されている法人に限定されている。この事からも残余財産に対する権利を持つ者がおらず、それが最終的に誰かに帰属しないということで非分配制約の目的が達せられるといえる。 非営利性とは文字通り営利ではないということであるが、その対に当たる営利という概念に注目するならば非営利性の特徴をより理解することができると考えられる。 営利を目的とする組織である会社について定めている我が国の会社法の中でその第105条第1項および第2項において、以下のように規定されている。 (会社法) 第105条 株主は、その有する株式につき次に掲げる権利その他この法律の規定により認められた権利を有する 一 剰余金の配当を受ける権利 二 残余財産の分配を受ける権利 三 株主総会における議決権 2 株主に前項第一号及び第二号に掲げる権利の全部を与えない旨の定款の定めは、その効力を有しない。 上記のように会社法は、営利組織である会社において株主が剰余金および残余財産の分配を受け取る権利を禁ずる定款が無効である事を定めている。このことから分かるように、営利を志向するか否かの判断基準として剰余金および残余財産の分配を行うか否かという非分配性制約の有無は、大きな意味を持っていると言える。 では、なぜ非分配制約のある組織は、非営利志向であると判断できるのであろうか。 その原因としてHansmannは、「契約の失敗」の存在を挙げている。 Hansmannによれば、消費者がそのサービスについて評価ができない場合、利益を追求する企業には消費者と約束した内容よりも低いサービスを提供して利益を得る機会とインセンティブが存在する。消費者も当然のことながらそれを知っているのでサービスの供給者である企業とその利用者の間に情報の非対称性が存在する場合には、それを補うために取引コストが上昇することになる。その結果サービスの提供コストが大きくなり、サービスが提供されない状況を生じさせる可能性がある。 しかしながら非営利組織には非分配制約があるので、企業の場合と比べてサービスの提供者の側に機会主義的行動を取るインセンティブが減少する。そのため情報の非対称性が存在し契約の失敗が存在する場合には、非営利組織は企業に代わるサービス供給者として選択されることになるとHansmannは指摘している(橋本[1998]pp.146-147)。 上記のように非分配制約により非営利組織が企業に対して比較優位を得て活動を推進していくことができると考えるならば、非営利組織が事業を行う場合には非営利性を持たない組織が事業を行う場合よりも有利になるメリットが存在しているといえる。 遠藤[1995]はHoltomann and Ulmann[1993]による実証研究を引き合いに出し、米国における医療・福祉事業においてケアの質に対するリスクを回避したいと思っている利用者は非営利事業者を選択する傾向があり、非営利性が信頼性のシグナルとなっている点を指摘した。 田中[1992]では非分配制約により非営利性が裏付けられる事により、組織が企業よりも政府や受益者に信頼されやすくなり、寄附や補助金を受取りやすくなる可能性を指摘している。 仮に非分配制約が課されていない組織へ補助金を交付するならば最終的に個人(社員、株主等)に所得を与える事になる可能性があり、資源提供者はそれを鑑みて自らが提供した資源が本来の目的に用いられずに特定の個人の所得となる可能性があると考えることが想定される。その場合には、資源提供の意思決定が慎重になる事が考えられるので、非分配制約の無い組織は補助金や寄附の獲得において非分配制約がある組織と比べて比較不利になると考えられる。 非営利組織は、それらの固有のメリットを有しており、それは非分配制約が課されている事により生じるものであると考えるならば、非営利組織を名乗る組織は非分配制約によりその非営利性が確保されている必要があると言える。この観点に立つならば、我が国における一般法人のように非営利性が徹底されていない法人が、非営利組織と同じ分類にカテゴライズされることは大きな問題であると言える。 先述したように法人税法においては、この非分配制約の有無により両者を異なる性質を持つ組織として捉えている。すなわち一般法人に対しては、本業を含めて原則課税の立場を取っているが、税制上、非営利型に分類される一般法人の場合には一定の税優遇が行われている。 非営利型一般法人に分類される要件の一つとして、定款の中で残余財産の分配先をあらかじめ政府もしくは非営利団体に限定することで非分配制約を徹底することが求められる。すなわち残余財産の社員等への残余財産の分配の余地を残している法人を実質的に営利企業と同様に捉え、営利企業と同じ課税の体系に組み込むのに対して、非分配制約を課している法人を非営利組織とみなして営利企業とは異なる課税を行っている。すなわち法人税法においては、非分配制約がある組織とそうでない組織を異なるカテゴリーの組織として区分していると言える。 ここまでの議論で検討したように、非分配制約は営利と非営利を分けるメルクマールとして重要な意味を持ち、非営利性が徹底されていない組織が非営利組織のカテゴリーに区分される事による問題点を検討した。 古市[2018a]においても指摘したように、一般社団法人を非営利組織と位置付けるならば、非営利性が徹底されている法人とそうでない法人を明確に区分した法人制度が必要になる。 さらに非営利性の徹底を考えた場合に、剰余金および残余財産の分配を制約するだけでは不十分な場合が考えられる。例えば運営者が過大な報酬やフリンジベネフィットを得る事で財産が移転され、実質的な利益処分が行われる可能性がある。 営利企業の場合には、その組織の財産の処分を決定できる立場にある運営者がそれを受け取る方法として利益処分による方法と報酬として受け取る方法が考えられる。この点においてその者に組織から財産が移転するという意味でこの2つは同じ行動であると言える。とりわけ所有者と運営者が同一人物であるような、いわゆるオーナー企業や少人数の者だけが組織の運営に携わっているような組織においては、その傾向は、顕著になると言える。 一方で非営利組織の場合には、非分配制約により利益処分は禁じられているが、理事を始めその運営者に対する報酬の支払いは、当然の事ながら禁止されるものではない。しかしながら過大な金銭的報酬が支払われるならば、実質的な利益処分が行われているのと同じ状態になってしまう。 法人税法上は図表1において示したように、非営利型一般法人として見なされるためには、特定の個人又は団体に特別の利益を与えない事が求められている。この内容には、過大な報酬の提供も含まれており、理事等に過大な報酬を提供した場合には実質的に利益処分が行われたとみなされて非営利型法人として扱われなくなる。 一方で一般法人法においては、役員報酬の決定についての手順は示されているが、適切な金額の算定についての規定等は細かには定められていない。 この点について宮城・佐藤[1999]は非分配制約がある場合に、営利企業と比べて資源提供者から法人の資源の使い道に対するモニタリングが弱くなる可能性を指摘している。 すなわち営利企業の場合には獲得された利益が出資者に分配されるため、出資者(資源提供者)は自らが得る利益が適正であるかについて積極的にモニタリングを行おうとする。一方で非分配制約がある非営利組織においては、支出を上回る剰余は自身に分配される事はないので、営利企業の場合には機能していたモニタリングが働きづらくなる事態を誘発すると述べている。 さらに運営者に対する金銭的報酬や福利厚生支出として費用計上されるようなフリンジベネフィットは、運営費用の一部として示されるためにモニタリングが行き渡りにくくなり、事実上の利益分配が行われている可能性があることを指摘している(宮城・佐藤[1999]p.16)。 適正な運営者の報酬の水準をどのように算定するかについては議論の余地を残しているが、非分配制約の本来の意義を達成するためには、剰余金と残余財産の分配禁止だけでなく、運営者に対する過大な報酬の支払いを抑止するシステムやフリンジベネフィットによる実質的な利益処分を防ぐための包括的な枠組みが必要である事が指摘できる。 Ⅳ むすびにかえて 本論文においては、我が国の一般法人制度において実質的に残余財産の分配が行える仕組みになっていることに注目し、非営利性のメルクマールとして剰余金および残余財産の分配を禁じる非分配制約の観点から非営利組織としてみなされている一般法人の一部について、それらが非営利組織にカテゴライズされる事に問題がある点を指摘した。すなわち、非営利組織であると分類されることにより営利組織に対して比較優位を得る可能性があるにも関わらず、実質的には非分配制約の下にない場合には、一種のモラルハザードが起こる事になると考えられる。 また現行制度に至った原因として、旧公益法人制度の時代において非営利・非公益の領域を埋めていた中間法人制度においても残余財産の分配の余地があったという経緯があり、制度が統合される中でこの問題が解決されずに現在に至っている可能性を検討した。 一方で法人税法上の取り扱いにおいては、非分配制約をメルクマールとしてそれが徹底されている法人を非営利型一般法人として営利組織とは、異なる課税の取扱いが行われるのに対して、そうでない法人を一般型法人として営利企業と同様の扱いを行っている。この事は非分配制約が営利組織と非営利組織の区分として大きな役割を果たしている点や、一般法人法における区分よりも法人税法における区分の方がよりリジットに営利と非営利の線引きを行っていることを示している。 非分配制約の意義について、先行研究において示されているように契約の失敗が起こり得る状況においてサービスの利用者は、営利企業と非営利組織を比べて非営利組織の持つ非分配制約をシグナルとして信頼を置き、非営利組織が提供するサービスを選択する可能性がある。この点においては、非営利組織は営利企業に対して比較優位になる。また補助金や寄附と言った非営利組織固有の資金調達方法において、非営利組織に非分配制約が課されているゆえに、資源提供者は自分が提供した資源が最終的に特定の者の所得にならないと考え、資源提供の意思決定を行いやすくなる点を考えるならば、非営利組織は非分配制約があるゆえに営利組織には無いメリットを得て活動が可能になっており、この点で制約は恩典の対価もしくは恩典を得るためのオブリゲーションと考える事ができる。 上記の検討を踏まえるならば、非分配制約の条件を満たしていない組織が非営利組織と誤認される事により、利害関係者の資源提供等の意思決定に混乱を与える可能性がある。 また、非営利性を徹底するためには、高額な運営者の報酬に代表されるフリンジベネフィット排除できるようなガバナンスシステムが非営利組織には求められると言える。 法人税法においては、非分配制約を満たしていない法人は営利法人と同様の扱いを受けることから考えても、残余財産の分配の余地を残している法人とそうで無い法人を同じ分類に含める事は、法人制度上も検討の余地を有していると言える。またフリンジベネフィットの排除についても、一般法人は公益法人に比べて設立が容易で行政によるチェック機能が働きにくいため、設立の要件として適切なガバナンスシステムの構築や、外部からのチェックが行われるように一定水準以上のディスクロージャーを求める必要があると言える。 非営利組織の制度設計において、しばしば可能な限り近いタイプの組織を統合していく方向に向けての議論が行われるが、性質の異なる組織は異なるカテゴリーとして分類する事で組織間の比較可能性は高まり、利害関係者は適切な意思決定が行う事ができると考えられる。一般法人制度において、非営利性の有無という非営利組織の根幹を成す部分について見られる問題点は、非営利組織制度全体の制度設計の議論に一石を投じるものであると言える。 [参考文献] Salamon, L.M[1992]America`s NonprofitSector(New York : The FoundationCenter)(入山映訳『米国の「非営利セクター」入門』ダイヤモンド社、1994年)。 Robert N.Anthony[1978], FASB Research Report,Financial Accounting in Nonbusiness Organizations : An Exploratory Study of Conceptual Issues. 遠藤久夫[1995]「医療・福祉における営利性と非営利性―民間非営利組織とサービスの質―」『医療と社会』Vol5.医療科学研究所pp.27-42。 田中敬文[1992]「非営利団体の行動原理について」『東京学芸大学紀要.第6部門、技術・家政・野外教育』第44号、pp.171-175。 出口正之[2018]『公益認定の判断基準と実務』全国公益法人協会。 橋本理[1998]「非営利組織理論の検討」『経営研究』第48巻第4号、関西大学、pp.135-157。 古市雄一朗[2018a]「一般財団法人および一般社団法人の非営利性についての研究」『研究年報』第12号、大原大学院大学、pp.53-62。 古市雄一朗[2018b]「一般法人の非営利性と非営利組織制度の統合についての検討―非分配制約についての議論を中心に―」『公益・一般法人制度の研究―日・英・米の制度の比較研究― 』非営利法人研究学会 公益・一般法人研究会2017年度最終報告、2018年8月。 宮城好郎・佐藤清和[1999]「非営利組織体の運営成果の測定方法」『岩手県立大学社会福祉学部紀要』第2巻第1号、pp.11-30 本論文は科研費基盤C(課題番号16K04007)「法人組織形態の多様化と資本等取引概念の変容に伴う課税所得計算の再構築」および非営利法人研究学会[公益・一般法人研究会]の活動により得られた知見による研究成果の一部です。 論稿提出:2018年12月13日 加筆修正:2019年 4 月 8 日
- ≪査読付研究ノート≫民事再生手続による学校法人再建の可能性 / 岩崎保道(高知大学教授)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 高知大学教授 岩崎保道 キーワード: 民事再生手続 学校法人 私立学校 教育事業 経営破綻 再建 要 旨: 本稿は、民事再生手続による学校法人の再建状況を明らかにするとともに、今後の学校法人の円滑な再建処理に寄与する考察を行うものである。その検討方法として、学校法人の経営破綻の影響や先行研究を整理したうえで、学校法人の再建に当たり重要な要件(再建の可能性を高める条件)を提示した。 改正私立学校法(2020年度)において、破綻処理に関わる円滑化が図られることを踏まえ、本稿の検討結果が実務的に活用されることを期待する。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 学校法人の経営破綻の影響 Ⅲ 民事再生手続の状況 Ⅳ 先行研究の紹介 Ⅴ 所轄庁等による政策的対応 Ⅵ 民事再生手続を申請した学校法人の状況 Ⅶ 民事再生手続による学校法人再建の要件 Ⅷ おわりに Abstract This paper clarifies the situation of reconstruction of schools based on civil rehabilitation proceedings and has discussions that would contribute to the smooth reconstruction of schools. For studying it, the author first summarized the effects of financial failure of schools and previous studies, and then suggested important requirements for reconstructing schools (conditions that would increase the possibility of reconstruction). Considering that the process for failed schools will be streamlined in accordance with the amended Private School Act (fiscal 2020), the author hopes that the results of this study will be utilized in practical cases. ※ 本研究ノートは学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 本稿は、民事再生手続による学校法人の再建状況を明らかにするとともに、今後の学校法人の円滑な再建に寄与する考察を行うものである1)。その検討方法として、学校法人の経営破綻の影響や先行研究を整理したうえで、学校法人の民事再生事例を分析することを通じて、再建にあたり重要な要件(再建の可能性を高める条件)を提示した。 近年、少子化や学校新設による供給過多により学校の廃止やM&A2)が相次いでいる。2014~2018年度の間、廃止された私立大学は11校に及ぶ。特に、地方の事例が多い。 本稿は、その中で民事再生に注目した。同手続は、経済的に窮境にある債務者の収益や財産を維持又は向上させつつ、負債を圧縮するなどして債務者の経済的な再建を図る倒産手続である。事業者の場合、債務者の事業再生を目的として、地方裁判所が管轄となって、債務者とその債権者との間の民事上の権利関係を適切に調整する手続きが行われる。 なお、債務を整理し再建を図る私的整理がある。これは、信用不安及び風評被害を最小限に抑えることができるが、債権者間の調整が容易でないことや、公平性・透明性の担保がなく反社会勢力が介入するリスクが伴う。この点、民事再生は信用不安など、ある程度の影響はあるが、裁判所の管轄下で公正な手続きが行われる。再建を図る学校法人にとって裁判所の後見的な監督の下、公正且つ計画的に事業再建を図ることが適切と考える。 教育事業を営む学校法人は公共性があるため、経営破綻時に学生生徒などの特別に配慮すべき利害関係者がいる。そのため、社会的利益の観点より、教育事業の継続が望まれる。 以上を背景に、学校法人の民事再生事例を研究対象として、再建にあたり重要な要件をⅦに整理した。それが、今後の学校法人の再建に寄与する検討結果になることを期待する。 Ⅱ 学校法人の経営破綻の影響 1 学校法人における経営破綻の要因 学校法人が経営破綻に至る要因は財政的問題によるものが大きい。学校法人の収入は、設置学校における学生生徒納付金の割合が高い。従って、この収入が減少すると収支バランスが崩れてしまい、事業体として成り立たなくなる恐れが生じる。管理経費の圧縮など、支出を抑える努力はある程度までできる。しかし、学校教育の事業継続には学校設置基準及び学校法人会計基準といった規定があり、在校生が減ったからといって教員数を基準以下に減らしたり、基本財産を自由に処分できない定めがある。そのため、学校法人の支出は人件費など固定費的な要素が多く、容易に削減できない仕組みになっている。 2 学校法人の経営破綻の影響 学校教育の継続には、ヒト(役員や教職員)、モノ(施設設備)、カネ(運転資金)などの経営資源を保持し、円滑に運営しなければならない。それが安定した法人経営の要件であり、公共性を持つ学校事業を維持する基盤となる。 しかし、法人経営が破綻すると、法人に対する社会的信用性の毀損や教育の質保証への不安など、教育現場に大きな混乱が生じるおそれがある。特に、在校生に対しては、特別な配慮が求められ、所轄庁(文部科学省又は都道府県)の指導・助言を受けながら、速やかに対策を講じる必要がある。 Ⅲ 民事再生手続の状況 学校法人の経営破綻とは、資金が枯渇して教職員への給与や管理経費などの支払不能又は債務超過に陥る状態をいう。その場合の事業継続の方法の1つに民事再生手続がある。 民事再生手続の動向について、2000~2015年の民事再生手続件数(個人企業を除く)は7,341件である(図表1)。手続中の廃止件数(破産に移行分を含む)は平均23.3%あった。これは、民事再生法の間口は広いが、債務を弁済しながら事業を継続する法人は決済条件や資金調達、営業面で厳しい制約があり、再建は容易でないためである。また、2016年8月末時点で事業継続が未確認の法人(消滅法人)は5,205法人あり、全体の7割を占めた。一方、事業を継続する法人(生存法人)は2,136法人であり、申請法人の29.1%にとどまる。 2009年度の民事再生手続数は前年度に比べて大幅に減少した(対前年度比-43.3%)。これは、中小企業金融円滑化法施行の影響と考えられる3)。同法に関わる制度の適用を受けたため、経営破綻に至らず事業を継続している法人がいるものと推察される。 図表1 民事再生手続の推移 (東京商工リサーチ[2017]、2-3頁) Ⅳ 先行研究の紹介 学校法人の経営状況に関する先行研究をいくつかあげよう。学校法人を取り巻く厳しい経営環境を分析したものや、経営破綻に陥った場合の処理について考察されたものがある。 私立学校再編・再建研究会編[2011]は、学校法人の民事再生手続の有効性として「学校の維持、存続が可能」「債務の免除割合を柔軟に決めれる」「手続が迅速」「学生の在学契約上の権利が保護できる」などをあげた(私立学校再編・再建研究会編[2011] 76-79頁)。 荒木[2013]は、競争力のない学校法人は淘汰され、再編・再生案件の増加を予想したうえで、破綻処理の1つに民事再生をあげたが、「法的整理の場合には手続を申請したことが公表されてしまうため、学校のイメージダウンの問題が生じる」との留意点を述べた(荒木[2013])。 木村[2017]は、大学倒産は政府の展望なき政策の結果と指摘し、文系主体の私立大学がまず危機に陥ると警鐘を鳴らしたうえで「地方では18歳がさらにいなくなる。小規模私立大学が次々と倒産する悪夢が刻々と近づいている」と述べた(木村[2017]17-20頁)。 このように、私立大学の危機回避策や再建手法として民事再生をあげたものがあった。 Ⅴ 所轄庁等による政策的対応 文部科学省及び私学団体において、2000年代当初より学校法人の経営危機に備えた対策が講じられており、以下のような経営破綻した場合の処理方法などが検討された。 日本私立大学連盟[2002]は破綻した学校法人の法的処理策として民事再生をあげ、「支払余力がまだあるうちに民事再生手続を活用すれば、合併や事業譲渡により他の学校法人の傘下で再建の途を探ることも、より容易になる」と述べた(日本私立大学連盟[2002] 25頁)。 日本私立学校振興・共済事業団[2007]は自力再生が極めて困難となった状態の処理方法の1つに民事再生をあげ、「民事再生となった場合には、いかに適切なスポンサーを選定するのかが課題となる」と指摘した(日本私立学校振興・共済事業団[2007] 20頁)。 文部科学省[2017]は経営困難校の対応を検討した。その結果、「学校法人の経営破綻に際しては、学生の修学の継続をどのように保障するかが最も重要」とした上で、破綻処理策として民事再生手続をあげた(文部科学省[2017] )。 文部科学省[2019]は学校法人のガバナンスの改善や経営強化などの方策を提言し、民事再生手続を含む学校法人における破綻処理手続の明確化を求めた。具体的には、「私学の自主性」を尊重しつつも、自主再建が困難な場合、学生生徒の学びの保障の観点から、民事再生手続等における申立ての円滑化の必要性が述べられた(文部科学省[2019] 20頁)。 以上、破綻に瀕した学校法人が再建を図る法的処理として、民事再生手続があげられた。その理由として、学生生徒など特別に配慮すべき利害関係者がいることや、社会的混乱をできるだけ回避するため、基本的に事業継続が望ましい、という意図があると推察される。 Ⅵ 民事再生手続を申請した学校法人の状況 1 民事再生手続を申請した学校法人の推移 学校法人の民事再生手続を学校種別に見ると、幼稚園法人5件、専門学校法人6件、高等学校法人4件、短期大学法人2件、大学法人4件である(図表2)。2004~2006年度に集中しており、負債額は2006年度の559億円が突出している。 図表2 学校法人の民事再生手続の推移 (私立学校再編・再建研究会編[2011]、76-79頁。帝国データバンク[2016, 2020]) 2 学校法人における民事再生手続の破綻要因や再建の状況 以下に、学校法人の民事再生手続の破綻要因や手続き終結後の状況を整理した(図表3)。 図表3 学校法人の民事再生手続一覧 (帝国データバンク[2016]、東京商工リサーチ[2017]、大阪府、宮城県、広島県、東京都) 第1に、破綻要因の1つに、生徒・学生など在校生の減少があげられる。入学生の減少は、学生生徒納付金収入の減少に直結し、学校財政の悪化につながる重大な問題となる。 第2に、ほとんどの事例において、民事再生申請後も教育事業が継続されている。教育を保障し、教育現場の混乱を抑えるためにも経営破綻後の教育事業の継続は不可欠である。 第3に、スポンサーの存在が事業再生に大きな役割を果たしている。その支援目的は、一部のマスコミで公表されたものはあるが、多くは不明である。 手続終結後の状況を分類した(図表4)。パターン1【自力再建型】は、外部機関の支援を得ず自力で再建を図る。経営破綻の事実は公表されるので、社会的信用の毀損は生じるが、教育事業は継続される。パターン2【外部機関支援型】は、外部機関(学校法人や企業)の支援(資金面など)を得て再建を図る。不採算部門(学校の一部)が閉校することがある。 パターン3【経営権委譲型】は、利害関係のない外部機関(学校法人や企業)の支援(資金等)を得て再建を図る。不採算部門(学校の一部)が閉校することがある。 パターン4【事業譲渡型】は、設置校が他の法人に変更され、破綻法人は支援法人に合併されるなど解散する。不採算部門(学校の一部)が閉校することがある。 パターン5【事業終結型】は、学校法人の解散手続がとられ、学校は廃止される。 どのパターンになるかは、再生債務者の再建に向けた行動、破綻要因、負債額、債権者の意向、残余財産、さらには設置学校の定員充足率など、様々な状況が絡んでくるだろう。 なお、学校法人の民事再生手続終結後の消滅法人は延べ36.8%(7件)、生存法人は63.2%(12件)だった。教育事業の継続割合は94.7%(18件)だった。 図表4 学校法人における民事再生手続終結後のパターン (筆者作成) Ⅶ 民事再生手続による学校法人再建の要件 民事再生手続件数について、全体(図表1)と学校法人(図表2)を見ると、類似点と異なる点がある。類似点は、民事再生法施行後の約5年間は両者とも申請件数が多かったが、減少傾向に転じたことである。 異なる点は、民事再生手続終結後の生存法人の割合について、全体が29.1%、学校法人が63.2%と格差が生じていたことである。民事再生による学校法人再建の可能性は高いが、次の要件(再建可能性を高める条件)が伴うと考える。 ①スポンサー付…図表3において事業継続を実現した20件の中で、多くがスポンサー付(12件)だった。第三者による社会的な信用が生じて再建可能性が高まったと言える。 ②在校生が定員充足率の50%以上…私立大学の場合、定員充足率が50%以下の学部等は、経常費補助金(一般補助)が原則不交付になる。在校生の減少による授業料収入の減収に加えて、補助金カットとなると、再建に向けて大きな障害となる。そのため、「在校生が定員充足率の50%以上」は再建可能性に影響を及ぼす分岐点と言える。 ③やる気のある人材…倒産状態に陥った事業体は、従業員が散逸して急速に体力が脆弱化することが少なくない。学校法人再建のためには、学校設置基準で定められる教員数を満たし、学園再建に向けて働く意欲を持った人材の確保が不可欠である。 ④債権者の賛成…民事再生の特徴は債務圧縮であり、それで資金繰りの負担が抑えられ再建の可能性が高まる。したがって、債権者集会での債権者の賛成割合が再生計画の認否を左右する。これは、全ての民事再生手続において言える重要な要件である。 ⑤リーダーシップの発揮…図表3で示した破綻要因には、経営者に起因するもの(経営の失敗や放漫経営など)が多かった(14/21件)。リスタートは厳しい局面になるだろうが、それを打破する経営者としてのリーダーシップや経営手腕が求められる。 Ⅷ おわりに 上述の通り、民事再生手続終結後の学校法人の生存割合(63.2%)や、多くの学校法人が事業を継続していることから(94.7%)、民事再生手続による学校法人再建の可能性は高いと言える。また、学校法人の民事再生手続による再建の要件(①~⑤)は、教育事業の特徴的な条件が含まれていた。これは、今後の学校法人の再建に寄与する検討結果と考える。 少子化や激しい学生獲得競争等を背景として、学校法人を取り巻く経営環境はさらに厳しくなる。経営陣は明確なビジョンを掲げて経営改革や教育改善を強く推進しなければならない。改正私立学校法(2020年度)では、役員の責任の明確化や破綻処理手続の円滑化(解散命令による解散時の所轄庁による清算人選任)などが盛り込まれた。 学校法人制度の改革が進められ、経営維持が困難と判断された場合、公的機関が示した処理策により円滑に行われることが望ましい。教育現場の混乱を避けるためにも早期に決断すべきである。 今後の課題として、学校法人の経営破綻の防止や学校再建のために、上述の改正私立学校法が「実務上、どう活用されたか」「利害関係者(学生生徒を含む)への影響や効果」「破綻処理手続において所轄庁の権限を強化したことの意義」などを考察する必要がある。 [注] 1)学校法人再建の対応策として、「学校の整理・縮小」「合併」も考えられる(岩崎保道[2014]「学校法人における倒産事件の課題整理」『非営利法人研究学会誌』Vol.16、130頁)。 2)M&Aの手法として、合併、理事の交代、新学部設置による経営参加などがある(佐藤真太郎[2016]「学校法人の再編・再建型M&A」『MARR』262、76頁)。 3)中小企業金融円滑化法は、資金繰りの緩和により経営改善への時間的猶予を与える。 [参考文献] 荒木昇[2013]「FAS Group Newsletter」37、KPMG FASグループ。 岩崎保道[2014]「学校法人における倒産事件の課題整理」『非営利法人研究学会誌』16。 木村誠[2017]『大学大倒産時代』朝日新聞出版。 佐藤真太郎[2016]「学校法人の再編・再建型M&A」『MARR』262。 私立学校再編・再建研究会編[2011]『学校の再編と再建』商事法務。 東京商工リサーチ[2017]「「民事再生法」適用企業の追跡調査(2000年度-2015年度)」。 帝国データバンク[2016]「特別企画:教育関連業者の倒産動向調査」。 帝国データバンク[2020]「TSR速報」。 日本私立学校振興・共済事業団[2007]「私立学校の経営革新と経営困難への対応」。 日本私立大学連盟[2002]「学校法人の経営困難回避策とクライシス・マネジメント」。 文部科学省[2017]「私立大学等の振興に関する検討会議議論のまとめ」。 文部科学省[2019]「学校法人制度の改善方策について」。 論稿提出:令和元年 9 月24日 加筆修正:令和 2 年 7 月10日
- ≪査読付論文≫子ども食堂におけるドメインの定義 / 菅原浩信(北海学園大学教授)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 北海学園大学教授 菅原浩信 キーワード: 子ども食堂 ドメイン ボランティア 地域住民 学生・外部専門家 要 旨: 本稿では、子ども食堂におけるドメインはどのように定義されているのか、具体的に明らかにすることを目的に、継続的な運営がなされている新潟県内の6か所の子ども食堂を事例として採り上げ、その分析および考察を試みた。その結果、これらの子ども食堂では、直面する環境状況に適合したドメインが定義されていることが明らかとなった。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 事例 Ⅲ 分析・考察 Ⅳ おわりに Abstract In this paper, we analyze how children’s cafeterias define their domain. This paper examines case studies of six children’s cafeterias that are continuously operated in Niigata prefecture. The result indicates that these children’s cafeterias define their domain to fit in with their external environment. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 1 問題意識 2014年7月に厚生労働省が公表した「平成25年 国民生活基礎調査」の結果によると、2012年には、子どもの相対的貧困率1)が16.3%となり、世帯全体の相対的貧困率(16.1%)を上回ったことが明らかとなった。これを契機に、「子どもの貧困」が深刻な社会的課題として位置づけられるようになった。 その解決に向けた民間発の取組みとして、近年注目されているのが、子ども食堂である。子ども食堂とは、例えば、「経済的な事情などによって、家庭で十分な食事がとれない子どもに対し、趣旨に賛同した地域のボランティアが無料もしくは安価で食事を提供する活動」(赤松[2017]p.579)と定義されている。しかし、実際に子どもがどのような事情を抱えているのかについては正確には分からないし、多くの子ども食堂では、食事を提供するだけにとどまらず、居場所、地域住民との交流の場、学習支援の場としての役割も担っている。つまり、子ども食堂は、貧困の解消というよりは、むしろ孤食や孤立の解消を目的とした活動であるといえよう。したがって、本稿では、子ども食堂を「主として子どもを中心に、無料もしくは安価な食事の提供をはじめ、居場所づくり、地域との交流、学習支援等を行う活動」と定義する。 子ども食堂安心・安全向上委員会が2018年1~3月に実施した調査によると、「地域の子どもに無料か安価で食事を提供する『子ども食堂』が、全国に2,286か所ある」(『朝日新聞』2018年4月4日付)ことが明らかとなった。これより、子ども食堂においては、今後、「どのようにして新たに立ち上げていくか」というよりは、「どのようにして継続的な運営を図っていくか」を考える段階に来ているといえよう。 2 先行研究 子ども食堂に関する先行研究は、この2、3年の間に増加してきている。しかし、その大半は、子ども食堂の事例紹介や、設立・運営のノウハウの提示にとどまっている。 その中で、子ども食堂の運営に関する具体的な分析としては、子ども食堂の実践結果に基づく分析を行っている松岡[2017]および佐藤[2017]があげられる。 松岡[2017]は、名寄市における子ども食堂等のプロジェクトの実践結果をふまえ、⑴プロジェクトの評価点として、①参加(利用)者の対象を限定しない包括性、②広告媒体の有効性の把握、③市民の持つ地域力と子供や家族を支えたという地域の包摂力、④行政、教育委員会、社会福祉協議会、大学の連携が体制として形成されたという4点をあげるとともに、⑵ボランティアメンバーの確保と質の高さ、⑶スティグマを払拭する取組みにも言及している。 一方、課題として、⑴家庭の支援が未着手であったこと、⑵広報の周知方法や情報のキャッチアップ、アウトリーチ、アクセシビリティをあげている(松岡[2017]pp.121-122)。 佐藤[2017]は、八戸市における子ども食堂の実践結果をふまえ、その成果として、⑴メディアによる情報発信、⑵子ども食堂の拡大をあげている。 一方、今後の課題としては、⑴すべての貧困の子供に支援が行き届くような活動、⑵子ども食堂の周知、⑶食育への取組みをあげている(佐藤[2017]pp.7-9)。 しかし、これらの先行研究は、例えば、いずれも大学等の事業として子ども食堂の実践が行われたためか、運営に対する外部からの支援についての言及が十分とはいえない等、運営全体という視点からはやや断片的であり、子ども食堂が継続的な運営を図っていくためには何が必要かについて、必ずしも十分に言及されているとはいえない。 3 研究目的・研究方法 子ども食堂の立ち上げに際しては、「困っている子どもを何とかしてあげたい」という「思い」が先行しがちであることが多い。しかし、そうした単なる「思い」だけでは、「そのために、何をどうすればよいか」ということが具体的に検討されないままとなり、子ども食堂を立ち上げたとしても、やがて行き詰ってしまうであろう2)。 そこで、子ども食堂が、その継続的な運営を図っていくためには、「何をする、何のための子ども食堂か」を明らかにする必要がある。すなわち、子ども食堂には、ドメイン(事業領域)の定義が求められる。一般に、ドメインとは、「組織体の活動範囲ないしは領域」であり、「製品やサービス、対象としている市場や顧客層、地域」(榊原[1992]pp.6-7)等によって記述できる。 子ども食堂の運営主体のほとんどは任意団体やNPO法人である。こうした非営利組織の場合においても、「何をする組織なのか、何のためのNPOなのかを、外部の人たちも含めて、諸般に周知させなければならない。これは、ドメイン、つまり、守備範囲を設定することであり、これが組織として活動し始める第一歩」(田尾[2004]p.25)、「その組織が何をするか、そのドメインを確定することで、今後何をすべきであるのか、その戦略を基礎づけることになる」(田尾[1998]p.92)とあるように、子ども食堂の継続的な運営を図っていく上で、ドメインの定義は重要である。ただし、「何を、何のためにするか、ドメインを決めなければならない。しかし、その具体的な活動領域も、ミッションという抽象的な信念を受け入れることによって、はじめて確定する」(田尾[2004]p.26)ことから、ドメインの定義に際しては、どのようなミッションを掲げるのかについても考慮しなければならない。 そこで、本稿では、子ども食堂におけるドメインがどのように定義されているのか、具体的に明らかにすることを目的に、継続的な運営がなされている新潟県内の6か所の子ども食堂を事例として取り上げ、当該子ども食堂を運営する団体の代表者等に対するインタビュー調査3)を実施し、その分析および考察を試みる。 Ⅱ 事例 本稿における分析対象事例は、⑴「ふじみ子ども食堂」(NPO法人にいがた子育ちステイションが運営、新潟市東区)、⑵「ゆうやけこどもけやき食堂」(けやき食堂運営委員会が運営、新潟市西区)、⑶「元気百倍レストランなじょも」(元気百倍レストランなじょも運営委員会が運営、新潟市東区)、⑷「いちょう食堂」(いちょう食堂の会が運営、上越市)、⑸「子ども食堂」(フードバンクしばたが運営、新発田市)、⑹「あいあう食堂」(あいあう食堂実行委員会が運営、妙高市)の6か所の子ども食堂である。 Ⅲ 分析・考察 1 分析視角 子ども食堂における食事の提供には、まず調理を担当するボランティアが必要であり、その多くは地域住民(主として主婦)が担っている。また、子ども食堂の受付や準備(設営等)、食材の寄付等についても、地域住民が担っていることが多い。 一方、前述のように、多くの子ども食堂では、食事の提供以外にも、学習支援や地域との交流等が行われている。このうち、学習支援については、地域住民の中に適した人材がいないことが多く、その場合は、学生・外部専門家(例えば、教員OBや塾講師等がボランティアとして)が担っている。 つまり、子ども食堂の継続的な運営に際しては、地域住民および学生・外部専門家が担う役割が大きく、⑴地域住民にどの程度子ども食堂の運営を依存しているか、⑵学生・外部専門家がどの程度子ども食堂と連携し、その運営に参画しているかの2点が重要となる。 そこで、本稿における分析に際しては、「地域住民への依存度」および「学生・外部専門家の参画度」という2つの次元を設定する。 2 分析結果 この2つの次元によって、6か所の子ども食堂を、以下のⅠ~Ⅳの4つのグループに分類することが可能である4)(図表1)。 図表1 事例の内容とその分類 (インタビュー調査結果に基づき筆者作成) まず、6か所の子ども食堂では、それぞれが掲げたミッションによって、参加者のターゲット(「子ども」とするのか、「親子」「子どもと大人」「みんな」とするのか)が異なっている。 そして、6か所の子ども食堂では、それぞれのミッションの実現を目指すべく、子ども食堂を早急に立ち上げるため5)、必要な経営資源の調達を図っている。その中で、子ども食堂における重要な経営資源の1つであるボランティアの全体に占める地域住民の割合6)によって、主たる参加者(「子ども」中心なのか、「子どもおよび大人」なのか)が異なっており、それは前述のターゲットと適合している。同様に、重要な経営資源の1つである開催場所が、一定程度の広さや相応の厨房がある場所(寺や公共施設等)なのか、それとも限られた広さや厨房しかない場所(団地の集会所等)なのかによって、提供しているサービス(食事以外にも学習支援、体遊び、学生との遊び・交流を提供するか、食事主体か)が異なっている。さらに、学生・外部専門家の参画の程度によっても、提供しているサービス(多様なサービス[食事や遊び・交流]か、単一のサービス[食事重視]か)が異なっている。 その結果、これら4つのグループごとに、主たる参加者と提供しているサービスが、それぞれ異なっていることが明らかとなった。 3 考察 これより、継続的な運営がなされている子ども食堂では、掲げたミッションの実現を目指し、必要な経営資源(ボランティア、開催場所、学生・外部専門家等)の調達を図っていく中で、直面する環境状況に適合したドメインが定義されていることが明らかとなった(図表2)。 図表2 グループごとのドメインの定義 (図表1の内容に基づき筆者作成) 地域住民への依存度が高い場合(グループⅢ・Ⅳ)、子ども食堂は、地域住民が参加者やボランティアとして参画することに伴って、様々な交流機会の創出(例えば、子育てに関するアドバイスや昔遊び等)が期待できるため、参加者のターゲットを大人(保護者や他の地域住民)にも広げることが可能である。一方、地域住民への依存度が低い場合(グループⅠ・Ⅱ)、子ども食堂は、身の丈に合った規模(主として運営団体のメンバー)で効率的に運営することが求められるため、参加者のターゲットを子ども中心に絞り込む必要がある。 学生・外部専門家の参画度が高い場合(グループⅡ・Ⅲ)、子ども食堂は、学生・外部専門家によって、子どもの遊び相手や学習支援、体遊びといった食事以外の様々な活動のノウハウが提供されるため、食事や遊び・交流のサービス(多様なサービス)の提供が可能となる。一方、学生・外部専門家の参画度が低い場合(グループⅠ・Ⅳ)、子ども食堂は、その運営団体には、食事以外の活動を提供できるノウハウ等を持っているメンバーが必ずしもいるわけではないため、食事重視のサービス(単一のサービス)に絞り込む必要がある。 なお、直面する環境状況が変化した場合、子ども食堂には、そのドメインやミッションの再定義が求められる。例えば、地域住民への依存度が低下した場合(グループⅢ→Ⅱ、グループⅣ→Ⅰ)、参加者のターゲットを子ども中心に絞り込む、というドメインの再定義が求められる。それに伴い、「みんながつながる場」「親子のふれあいの場」といったミッションの再定義も求められる。 Ⅳ おわりに ドメインの定義は、あくまで子ども食堂の継続的な運営を図る上で必要な要素の1つにすぎない。例えば、子ども食堂を支えるボランティアのモチベーションの維持・向上等も、そうした要素の1つであろう。また、本稿での分析対象事例は、新潟県内に限定されている。さらに、子ども食堂が直面する環境状況は、例えば、行政の施策展開や地域コミュニティの状況等によって、大きく変化しうる。そこで、今後は、より多くの子ども食堂の事例を、ある程度の期間にわたって分析することにより、子ども食堂の継続的な運営を図っていくために必要な経営戦略や組織特性等の抽出を試みたい。 [謝辞] 本稿は、北海学園大学開発研究所平成29年度総合研究「北海道における発展方向の創出に関する基礎的研究」の成果の一部である。また、本稿の作成に際しては、以下の皆様にインタビュー調査(肩書等は調査時点、カッコ内は調査年月日)や資料提供等のご協力をいただいた。関係各位に深く感謝する次第である。 ⑴ NPO法人にいがた子育ちステイション理事長 立松有美氏、同副理事長 久住由紀子氏(2018年3月8日) ⑵ けやき食堂運営委員会代表 会田きよみ氏(2018年2月20日) ⑶ 新潟医療生活協同組合 なじょも関連事業所総合事務長 佐野政光氏(2018年3月16日) ⑷ いちょう食堂の会代表 金子光洋氏(2018年1月19日) ⑸ フードバンクしばた副代表 土田雅穂氏、同運営委員 多田浩氏(2018年1月20日) ⑹ あいあう食堂実行委員会代表 平出京子氏、同事務局 今田亜樹氏(2018年3月9日) なお、もし本稿に事実誤認や解釈の相違等があれば、それはすべて筆者の責に帰すべきものである。 [注] 1)子どものいる世帯全体に対する、等価可処分所得が一定基準に満たない世帯の割合を指す。 2)当初の「困っている子どもを何とかしてあげたい」という「思い」だけで、「子どもの貧困」の解決を図ろうとすると、貧困世帯の子どもを特定することにつながり、「あそこは貧困世帯の子どもが行く場所」といった偏見が生じる可能性がある。それを防ぐために、「子どもなら誰でもよい」、「大人でもよい」、ということになってしまい、結果として、当初の「思い」が ぼやけてしまいがちになることが、この背景の1つとしてあげられる。 3)インタビュー調査の項目は,①はじめた理由(きっかけ)、②運営方針、③活動内容、④運営に影響を与える個人・組織、⑤運営体制、⑥成果、⑦継続できた理由、⑧問題点・課題、⑨今後の方向性の9点である。 4)ふじみ子ども食堂は、ボランティアは好きな時間に来て、好きな時間に帰っていくというスタイルであることを考慮すると、ボランティア(地域住民と学生)への依存度は低く、したがって、地域住民への依存度および学生・外部専門家の参画度はいずれも低いと考えられる。 5)多くの子ども食堂は、その準備期間(立ち上げを企図してからオープンに至るまでの期間)が数か月程度と、同じ「居場所」としての機能を持つふれあいサロンがオープンまでに1年以上かけることが珍しくないのに比べ、短くなっている。例えば、ふじみ子ども食堂は5か月(2015年8月に県外の子ども食堂を視察、オープンは2016年1月)、あいあう食堂は7か月(2017年2月頃より立ち上げに着手、オープンは2017年9月)であるが、これは、運営団体のメンバーの中に、「子どもの支援の場」や「みんながつながる場」がすぐに必要であるという強い意識があったからだと考えられる。 6)ふじみ子ども食堂のボランティア登録者のうち学生は28人にすぎないが、学生は、調理だけでなく、子どもの遊び相手として積極的に関与しており、重要な役割を担っている。また、毎回のボランティアの参加が10人程度であることも考慮すると、ふじみ子ども食堂の場合、ボランティア全体に占める地域住民の(質的な)割合は必ずしも高いとはいえないと考えられる。 [参考文献] 赤松利恵[2017]「学童期における子どもの食の課題と対策」、『保健医療科学』66⑹、pp.574-581。 松岡是伸[2017]「名寄市における子どもの学習支援・子ども食堂・子どもの居場所づくりの実践-地域における各機関・団体の連携とスティグマの払拭を願って-」、『地域と住民:コミュニティケア教育センター年報』⑴、pp.109-124。 榊原清則[1992]『企業ドメインの戦略論』、中央公論社。 佐藤千恵子[2017]「実践報告 『子ども食堂』への取り組み」、『八戸学院大学短期大学部研究紀要』㊺、pp.1-11。 田尾雅夫[1998]『ボランタリー組織の経営管理』、有斐閣。 田尾雅夫[2004]『実践NPOマネジメント-経営管理のための理念と技法』、ミネルヴァ書房。 論稿提出:令和元年12月11日 加筆修正:令和 2 年 3 月30日
- ≪特別報告≫非営利組織における財務報告の検討に関する報告~財務報告の基礎概念・モデル会計基準の提案~について / 松前江里子(公認会計士)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 公認会計士 松前江里子 キーワード: 非営利組織の自立性 一般目的 純資産 情報ニーズ 説明責任 資源提供者 要 旨: 非営利組織は、社会的保障活動への期待を大きく受けており、彼らが果たすべき責任は、会計を含むガバナンスの仕組みによって支えられる。今回、提案されたモデル会計基準は、非営利組織の行動を説明する目的に対応して、非営利組織の自立性を前提とした会計基準という考え方を基本としている。基礎概念とモデル会計基準は、一般目的の財務報告を作成することを目的としている。この概念に基づいて、貸借対照表、活動計算書、およびキャッシュ・フロー計算書が財務諸表として採用された。個別の論点では、純資産区分の考え方、活動計算書の区分様式、非交換取引に関する収益認識、固定資産の減損の規定等に非営利組織の特徴が反映されており、非営利組織への採用を提案したい。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 非営利組織の財務報告の検討の背景と目的 Ⅲ 財務報告目的と情報ニーズ Ⅳ 財務報告の基礎概念・モデル会計基準の必要性 Ⅴ 日本公認会計士協会における開発の経緯 Ⅵ 財務報告の基礎概念について Ⅶ モデル会計基準について Ⅷ 現状課題の認識と法人形態別会計基準への影響 Ⅸ 非営利組織における基礎概念・非営利組織モデル会計基準の今後の方向性 Abstract Non-profit organizations are highly expected for social welfare activities. Their responsibilities to be fulfilled are supported by the governance system including accounting. The model accounting standards proposed by JICPA are based on the concept of accounting standards that assume automous nature non-profit organizations in response to the purpose of explaining operations of non-profit organizations. Basic concepts of financial reporting and the model accounting standards are developed for the general purpose of financial statements. Based on this concept, financial statements primary consist of the balance sheet, activity statement and cash flow statement. As for individual issues, the characteristics of non-profit organizations are reflected in the concept of net assets classification, presentation of activity statement, revenue recognition for non-exchange transactions and provisions for impairment of fixed assets. I proposed implementation of the model accounting standards with necessary adaptation to various non-profit organizations. Ⅰ はじめに 日本公認会計士協会(以下、「協会」という。)は、2013年に非営利法人委員会研究報告第25号「非営利組織の会計枠組み構築に向けて」を公表し、民間非営利組織に共通の会計枠組みを構築する必要性と、そのための重要なステップとして、モデル会計基準の開発を提唱した。2015年には協会の中に非営利組織会計検討会を設置して、「非営利組織の財務報告の在り方に関する論点整理」(以下、「論点整理」という。)を公表した。続いて2016年に非営利法人委員会研究報告第30号「非営利組織会計基準開発に向けた個別論点整理~反対給付のない収益の認識について」、2017年に非営利法人委員会研究報告第34号「非営利組織会計基準開発に向けた個別論点整理~固定資産の減損~」を公表した。2019年7月には、これらを基に「非営利組織における財務報告の検討」(以下、「報告書」という。)1)を公表した。「モデル会計基準」は、報告書を構成する附属資料として、「財務諸表の基礎概念」とともに公表された。本稿では、モデル会計基準の適用による非営利組織への影響について検討したい。 Ⅱ 非営利組織の財務報告の検討の背景と目的 近年、社会福祉その他の社会的課題解決への民間セクターの役割拡大の要請が高まる中、様々な非営利組織が存在し、既に重要な役割を担っているが、その活躍の場は、民間の自発的・創発的行動による社会的サービスの提供や政策提言等、多様な価値の提供の主体へと広がりを見せている。今後、社会からの期待に応えていく上で、非営利組織の自立と経営力を向上させていくことが求められる。また、多様なステークホルダーのニーズを反映しつつ、健全な経営を実現し、組織目的を実現することが求められる。さらには、法人形態間の差異が小さくなりつつあり、財務報告についても法人形態の枠を越えて、非営利セクター横断的なプラットフォームを構築することが重要となっている。 Ⅲ 財務報告目的と情報ニーズ 財務報告の目的は、主たる情報利用者の意思決定有用性、そして提供された資源をどのように利用したかの説明責任を果たすことである。情報利用者は様々であり、多様な情報ニーズ全てに対応すると、財務諸表が複雑化するため、重要な情報ニーズに焦点を当てて資源提供者及び債権者を主たる情報利用者と位置付けた財務報告モデルとしている。 Ⅳ 財務報告の基礎概念・モデル会計基準の必要性 モデル会計基準は、複数の会計基準間の相互整合性を高め、財務報告の目的を達成するための会計基準である。財務報告の基礎概念は、会計基準を開発する際の基本的な指針となり、一貫した考え方に基づき会計基準を開発し、明確な体系の下に目的を達成することが可能になるためモデル会計基準の作成の前提となる。 Ⅴ 日本公認会計士協会における開発の経緯 協会では、非営利組織会計検討会(座長:会田一雄 慶応義塾大学名誉教授)が主体となり、これまで民間非営利セクター全体に共通する一般に分かりやすい会計の枠組みを構築すべきと提唱してきた。検討に当たっては、4つの点に留意した提案となっている。 第1に、利用者の情報ニーズを汲み上げ、情報利用者の期待に応えるものであることである。 第2に、非営利組織に固有の特性を反映したものである。この点は、我が国の会計の共通の物差しとして代表的な企業会計とは別に、非営利組織の特性を反映した財務報告の枠組みから会計基準まで作成している。 第3に、非営利セクター全体での一貫性が確保されていることである。非営利セクターは、複数の法人形態が存在し、事業が重なったり、利用者等の利害関係者が同一であったりという状況がある。そのため得られる情報は、会計処理や表示の面で整合性が図られた共通の枠組みの基で作成された会計情報でなければ、情報利用者は適切な理解ができず、異なる組織間の比較も困難になる。 第4は、一般の情報利用者にとって分かりやすい会計であることである。この点が最も重要であり、多くのステークホルダーが開示される会計情報を利用して意思決定に活用するためには、作成される会計情報が情報利用者にとって、利便性の高いものである必要がある。情報利用者が増えることで、非営利組織の活動へ参加するための障壁を下げ、さらに多くの利用者を集めることになり、活動の継続性が保たれる。 Ⅵ 財務報告の基礎概念について 1 財務報告の基礎概念の構成 財務報告の基礎概念は、民間非営利組織の作成する一般目的の財務報告について、基礎となる概念を整理したものであり、会計基準の基礎にある前提や概念を体系化したものである。体系だった財務報告の基礎概念があることにより一貫した考え方の下に会計基準を開発することができ、財務報告の目的を達成することが可能となる。また、財務報告の基礎概念が見える形に文書化されて、一般に共有されることにより、財務諸表の作成者や情報利用者が会計の前提となる考え方を知り得ることとなる。その結果、例えば、会計基準に記載のない事象が発生した場合にも、解決のための指針を提供し、会計基準の解釈や作成した財務諸表自体の理解も深めることとなる。 報告書の結論では、企業会計との関係は、企業会計の概念フレームワーク及び会計基準とは独立したものとして、非営利組織の基礎概念から会計基準まで一貫したものとしている。基礎概念は、法人形態別会計基準を広く検討し、多様性を包含できる枠組みとなるようにまとめられており、今後、法人形態別会計基準を改正する際に、十分に参考となるものと考える。 財務報告の基礎概念は、図1の左側に記載した項目で構成しているが、企業会計基準委員会(ASBJ)討議資料の「財務会計の概念フレームワーク」2)を参考にして作成しているため、当該資料との関係を示すと図1の右側に記載した整理になる。基本的な考え方は、当該フレームワークの考え方を尊重しつつ、非営利組織の特徴を反映して作成している。 図1 非営利組織の財務報告の基礎概念 (日本公認会計士協会出版局『会計・監査ジャーナル11月号』、117頁) 非営利組織の財務報告の目的を設定する上で、組織目的からの影響が大きいと考えられるため着目すると、非営利組織は、組織の活動を通じて、公益又は共益に資することを目的としている。資源提供者は、資源提供行為に対する組織からの見返りは予定していない。なお、非営利組織の中には、その活動内容から経済的利益を生み出す活動もあるが、それ自体は否定されるものではなく、稼得された経済的利益は、当該組織の目的の下に実施される将来活動に使用されることを予定している。 また、非営利組織の1番の特徴としては、分配をしないことにあるが、非営利組織として活動している組織の中には、残余財産の分配等も想定される組織もあり、非営利組織の範囲にはどのような組織までを含めるかの判断が難しい。報告書では、剰余金の分配が可能となる場合、当該経済的利益の大きさや資源提供者が負うリスク、資源提供者が見返りとして経済的利益を受けることを期待しているかを考慮し、組織が資源提供者に経済的利益を提供することを目的とするかどうかにより判断することとしている。 2 財務報告目的に対応した3つの提供情報 財務報告は、資源提供者及び債権者に代表されるステークホルダーの意思決定に有用な情報を提供することと併せて、非営利組織に提供された資源をどのように利用したかについての説明責任を果たすことも目的としている。加えて、多くの非営利組織は、税制優遇の措置を受け、間接的に国民や地域社会からも資源を付託されていると捉えられるため、広義の資源提供者まで考えると非営利組織の報告は、付託された資源が制度目的に沿って効率的かつ効果的に利用されていることを広く説明すること、すなわちスチュワードシップに基づく説明責任を果たすための手段として位置付けられる。 情報ニーズについて、資源提供者は、組織の目的に沿って公益又は共益的な活動を実施し、社会的サービス提供や課題の解決に向けた成果を期待し、債権者は、非営利組織の与信情報、回収可能性の判断のための情報として、継続的な活動能力に関心を示すものと考えている。また、スチュワードシップに基づく説明責任を考えた場合、提供した資源が提供者の意図に従って利用されているかに関心があると考えられる。このような状況から、財務報告に期待される情報ニーズは、継続的活動能力、組織活動、資源提供目的との整合性の3点から構成されるものとした。図2は、財務報告の目的を明示し、目的を達成するために必要となる情報、その情報を示す書類を体系的に示したものである。 図2 財務報告目的、情報ニーズ及び提供情報の体系的整理 (日本公認会計士協会『非営利組織における財務報告の検討~財務報告の基礎概念・モデル会計基準の提案~』附属資料 1 非営利組織における財務報告の基礎概念、6頁) 3 有用な財務情報の質的特性 質的特性については、基本的な特性としてまず、目的適合性と忠実な表現を満たすことを定めている。目的適合性は、情報利用者の意思決定に違いを生じる可能性があること、忠実な表現は、情報が対象とする現象を忠実に表すことを担保する特性であり、完全性、中立性、重要な誤謬が存在しないという3つを補強的特性として、基本的な特性を支えることを想定している。図3はこれらの関係を示したものである。 図3 有用な財務情報の質的特性 (日本公認会計士協会『非営利組織における財務報告の検討~財務報告の基礎概念・モデル会計基準の提案~』附属資料 1 非営利組織における財務報告の基礎概念、10頁) 4 財務諸表の構成要素 財務諸表の構成要素は、財務報告に期待される情報ニーズのうち、継続的活動能力を表す情報(ストック情報)として資産、負債、純資産、組織活動を表す情報(フロー情報)として収益、費用により構成されることとした。構成要素としては、他にも収入と支出、資本があるが構成要素としていない。その理由は、収入と支出は、財務報告目的から構成要素として導かれないためである。報告書では収入・支出で構成されるキャッシュ・フロー計算書を継続的活動能力という情報ニーズに対応する観点から、キャッシュ・フローの状況を表す書類と位置付けている。 また、資本は、贈与資本という概念が非営利組織でも認められるという考え方から資本も構成要素に含まれるのではないかという見解もあるが、贈与された資源のほとんどが費消されるものであり、資本として蓄積することを前提とせず、かつ、資本とした場合に、贈与された資源と活動により稼得した資源の蓄積との区分が難しいため構成要素には含めていない。 5 財務諸表の体系 財務諸表として資産、負債、純資産の状態を表す貸借対照表と、収益及び費用とその差額によって計算される純資産増減を表す活動計算書を定義している。非営利組織の特徴として一般に資本の拠出を伴う資本的取引が想定されないため、原則として純資産を増減させる全ての活動は、活動計算書を通じて貸借対照表に反映されることとなる。なお、純資産の内、基盤純資産の増減は、活動状況に関する情報ニーズに対応した活動計算書の目的に鑑み、活動計算書には含めず、注記情報で増減情報を補完している。 また、資金フロー情報は、収支計算書とキャッシュ・フロー計算書のどちらを財務諸表に位置付けるか、繰り返し検討され、その結果、外部報告目的という点を重要視し、資金の範囲の統一、他の財務諸表との連携を考えて、キャッシュ・フロー計算書を財務諸表としている。 6 財務諸表における認識と測定 ASBJの討議資料での認識要件から非営利組織の活動の特性を踏まえた要件を導いている。前者では認識要件として①基礎となる契約の原則として少なくとも一方の履行が契機となり、②一定程度の発生の可能性(蓋然性)があることが求められ、財務諸表の構成要素に関わる将来事象が、一定水準以上の確からしさで生じると見積もられること3)の2つをあげている。非営利組織においては、特徴的な取引である寄附を受ける場合のような片務取引が双務取引と同様に重要な経済活動である。このような活動特性を踏まえた要件として、取引又は事象の発生によって財務諸表の構成要素の定義を満たした時に認識することとした。すなわち、非営利組織においては、財務報告の目的を満たすことを前提としつつ、以下の要件の両方を満たす場合に認識することとした。 【認識要件】 ① 特定の取引又は事象が発生し、それによって財務諸表の構成要素の定義を満たすこと。 ② 一定程度の発生の可能性(蓋然性)があり、信頼性をもって貨幣額によって測定できること。 次に測定については、画一的に測定基礎を取り扱うのではなく、構成要素の測定基礎をいくつか掲げて、多様性の観点も踏まえ、状況に応じて測定基礎を選択する方法を原則とする考えとした。 Ⅶ モデル会計基準について モデル会計基準は、財務報告の基礎概念を受けて、非営利組織における財務諸表を作成するための基本的な要求事項を基準形式でまとめた。モデル会計基準の策定に当たっては、我が国の非営利組織の各制度、その下に運用される各会計基準、実務上の取扱いを踏まえつつ、非営利組織における財務報告の目的を達成することと、個々の非営利組織における実務上の利用可能性のバランスを取りながら、会計上の個別論点ごとに取扱いを整理したものである。モデル会計基準は、「Ⅰ 総論」、「Ⅱ 財務諸表の体系」、「Ⅲ 認識及び測定並びに関連する開示」、「Ⅳ 注記及び様式」で構成されている。 1 総論 本モデル会計基準の位置付けとして第1に、モデル会計基準に記載のない事項については、基礎概念、モデル会計基準に記載されている関連する項目を考慮して、財務報告の目的を達成できるように非営利組織の自ら置かれている状況に照らして必要な会計処理を適切に行うこととしている。 第2に、「継続組織の前提」の記載である。継続組織の前提は、一般に公正妥当と認められる会計の基準においては、全ての会計処理の前提となるもので、記載がなくても当然の前提としてきたが、モデル会計基準では、この取扱いを明示した。我が国の企業会計の基準にも明示されていないため、大きな特徴の1つである。 2 貸借対照表の表示区分 貸借対照表の1つ目の特徴は、資産の表示方法である。特定の資産について使途の制限が課せられている場合、当該資産について貸借対照表上で区分表示すべきか検討し、その結果、本表上で使途制約に応じた区分表示を求めると、流動固定分類、資産形態別区分、拘束性区分が行われることから表示の複雑性が一層増し、理解可能性の観点から、望ましくないと考え、複雑性の問題の解決と資産の流動性に基づく一貫した開示を重視し、注記での表示を採用することとした。拘束性のある資産を注記することとなるが、対象範囲は、土地・建物等の重要な資産に関するもの及び金融資産全般となった。なお、このような流動性開示と拘束資産の重要なものを開示する方法を採用する前提として、純資産の拘束区分と拘束の対象となる資産は紐づけない考えとしている。 2つ目の特徴は、純資産の表示である。拘束純資産と非拘束純資産の2区分とするか、永久拘束純資産、一時拘束純資産、非拘束純資産の3区分とするかについて検討し、3区分を採用した。ただし、検討過程で永久拘束と一時拘束の境界が曖昧といった理由から2区分とすることも含めて、慎重に議論を重ね、組織基盤として継続して保持することが求められる純資産を明らかにすべきとの認識に基づき、基盤純資産という純資産区分を設けることとした。この趣旨は、学校法人や社会福祉法人における基本金制度の目的と整合性を図る意図である。基盤純資産は、当初の永久拘束純資産を代替するものであり、この変更により、使途拘束が永久かどうかという期間的見通しに基づき純資産区分を決定するという曖昧性を排除するものとなった。これに伴い、一時拘束純資産を使途拘束純資産に変更することとした。使途拘束純資産は、資源提供者との合意又は組織の機関決定等により特定の資源が使途の拘束を受ける場合に計上される。純資産の3区分は非営利組織の特徴であるため本表に区分表示することとした。なお、基盤純資産、使途拘束純資産について残高がない場合には、省略することができる。 3 活動計算書の表示区分 活動計算書の1つ目の特徴は、活動別の表示を採用したことにある。経常的な活動により発生する収益、費用を表示する経常活動区分、その他の活動により発生する収益、費用を表示するその他の活動区分、これらの活動以外で純資産の変動が発生する純資産区分間の振替の3区分で表示する。活動区分表示については、我が国では実績があり、読みやすさの点で多くの利点があるため採用した。 2つ目の特徴として拘束区分別の表示である。拘束区分別に資源流入が表示されるため、流入資源について使途制約の状況が把握できること、拘束区分の変更勘定を別途設けることで内部振替であることが明確となること(収益の二重計上との誤解を回避)を理由としている。ここで、拘束区分別として活動計算書に表示される区分は、使途拘束区分と非拘束区分の2区分である。基盤純資産の繰入額及び取崩額については、注記により補完することとした。 3つ目の特徴として費用科目の表示で、形態別分類による方法と活動別分類による方法のうち、我が国の非営利組織の現行制度上の取扱いや実務上の取扱いでは、形態別分類の表示が多く見られるが、個別の詳細な費目の開示による複雑性を解消し、情報利用者の理解容易性を重視して活動別分類による表示方法を採用した。組織に提供された資源が指定した事業に投入されていることを明らかにできるため外部報告目的に合致するものである。ただし、現行の実務の取扱いから形態別分類による表示も有用であり、形態別分類の情報は、組織運営状況の理解に資すため、注記事項とした。 4 キャッシュ・フロー計算書の表示方法 キャッシュ・フロー計算書は、直接法のみを採用することで非営利組織の特徴を示すとともに、簡便法(調整勘定を用いる方法)も規定することで、実務上、慣習として利用し続けている収支計算書から、キャッシュ・フロー計算書へ移行することを推奨している。なお、間接法は採用していない。理由は、非営利組織は、そもそも利益の稼得を目的としていない組織であるため、利益を作成表示の出発点とする間接法はなじまないためである。 5 交換・非交換取引の収益認識 交換取引収益は、約束した財又はサービスの顧客への移転を当該財又はサービスと交換に非営利組織が権利を得ると見込む対価の額で描写するように収益を認識することを原則とする。ここで経済的資源に対する権利は、非営利組織が契約上の義務を履行することによって非営利組織に生じる。また非交換取引収益は、原則として非営利組織は資源提供者への財又はサービスの提供といった契約上の義務なしに、経済的便益に対する権利を受領するため、非交換取引における経済的便益に対する権利は、非営利組織と資源提供者との間で合意された移転日に移転することとした。 収益の認識は、これまで特に法人形態別会計基準での規定はなく、各法人が個別に対応していたこともあり、比較もできず、情報としての有用性が低い状況であったが、モデル会計基準の適用により共通の物差しができると考えられる。また、非交換取引収益には、無償又は低廉な価格での人的サービス、使用貸借(土地等の無償利用)等があるが、これらは、測定可能性の点において問題があることから、収益の認識はせずに、注記による開示対象とした。 6 固定資産の減損 非営利組織における資産は、歴史的原価で測定することが良いと考えているが、資産価値が著しく下落し、かつ、その価値の回復が困難と認められる場合には、帳簿価額を、当該資産の価値に見合った適切な価額に切り下げる減損会計を適用して再測定を行う。資産の投下資金回収可能性又はサービス提供能力に比して過大な帳簿価額を切り下げ、その後の活動コストを正確に表示することは、活動状況に関する情報利用者の理解に資することにつながる。 非営利組織の特徴を反映して、資産を資金生成資産と非資金生成資産に分けて減損会計を適用する。減損損失を認識するかどうかの判定は、全ての資産又は資産グループに実施することは実務上過大な負担となることから、減損の兆候のある場合のみ、減損損失を認識するか否かの判定を行うこととした。資産の区分は、将来の事業収益等による投資回収を前提とする資金生成資産と投資回収を前提としない非資金生成資産に分ける。 非営利組織の主な収入源は、会費、寄附金、補助金、事業収益であり、これらは個別の事業に直接結びつく収益と結びつかない収益がある。資金生成資産については、当該資産の帰属する事業において、独立採算が予定され、場合によっては超過収益も期待され得る。一方、非資金生成資産は、独立採算が予定されず、当該事業において発生する損失は、組織内の収益財源によって補塡される。保有する財産をどちらの区分とするかは、理事者の判断であり、その内容は注記事項とした。理事者の法人運営に対する方針を反映した結果となり、情報利用者には有意義な情報となる。資金生成資産と非資金生成資産のそれぞれについて、次のア、イ、ウの3ステップで、減損会計を適用する。 ア 減損の兆候の有無を判断する。 イ 減損の兆候がある場合には、減損の存在が相当程度確実とみられるか否かで減損の認識をするかどうかを判断する。 ウ 減損損失を認識すべきであると判定された資産又は資産グループについて減損額の測定を行う。 なお、非資金生成資産の減損ステップが、非営利組織の特徴を示しており、ステップのイにおいて、サービス提供能力をもって判断するが、サービス提供が継続する場合には、減損損失は認識しないこととなる。サービス提供の継続可能性については、財務的な面を含めて検討し、その結果は、事業計画に反映され、当該事業計画は、理事会等の組織の意思決定機関での決定が行われることを想定している。 Ⅷ 現状課題の認識と法人形態別会計基準への影響 法人形態別に財務諸表の様式、特有の科目が情報の複雑化を招いていることから、モデル会計基準では、財務諸表の様式をシンプルで汎用性の高いものとした。また、具体的な基準、規定がないため、法人間で異なる実務が行われていた会計処理、例えば、収益認識について一貫した会計処理を示した。さらに経営リスク管理能力を高めるため、経営判断が重要な影響を与える評価方法、例えば、有価証券の評価や固定資産の減損であるが、会計処理を明確化して組織持続性の評価を可能とする仕組みを提案した。 Ⅸ 非営利組織における基礎概念・非営利組織モデル会計基準の今後の方向性 モデル会計基準は、財務報告の基礎概念の考え方を反映しつつ、非営利組織に該当する法人形態別会計基準等における取扱いとの整合性に配慮した。非営利セクターに共通する基準を構築する上で、財務報告の基礎概念と実務上の適用とのバランスをどのように取るかが大きな課題と捉えている。 現行の各制度における法人形態別会計基準は、主として行政管理を目的としているが、今回のモデル会計基準では、一般目的の財務報告を作成することを目的として、各非営利組織が持つ特徴的な事項を含めている。制度によっては、モデル会計基準による財務諸表のみでは、必要な情報が足りずに別表等での対応が必要となる場合もあることから両者の調整が今後の課題となる。 財務諸表によって得られる情報は、一般目的の財務報告に資するものであり、広く情報利用者が共通的な情報として利用するものになることから、非営利組織が現行の制度上、継続するために必要な情報として不足するところは、追加して提供することになる。ただし、これらの情報は、財務諸表の作成により、必要な数値は揃うもので、目的別の情報作成が明確になる点でのメリットは、情報利用者の範囲を広げ、結果として、非営利組織の自立性を高めることとなると考えられる。 [注] 1)日本公認会計士協会「非営利組織における財務報告の検討に関する報告~財務報告の基礎概念・モデル会計基準の提案~」、2019年。 2)企業会計基準委員会(ASBJ)討議資料「財務会計の概念フレームワーク」、2006年。 3)前掲1)18頁。 (論稿提出:令和元年12月13日)
- ≪査読付論文≫市民活動支援をめぐる施設、組織、政策 ―アクターネットワーク理論の視点― / 吉田忠彦(近畿大学教授)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 近畿大学教授 吉田忠彦 キーワード: 市民活動支援施設 市民活動センター 市民活動支援施策 アクターネットワーク理論 中間支援組織 かながわ県民活動サポートセンター 要 旨: 日本の市民活動支援施設の中で最大の「かながわ県民活動サポートセンター」の設立は、当時の知事の強いリーダーシップによるものだったが、それだけではなく地域の活発な市民活動、長く続いた革新県政による財政問題、県の行財政改革、利便性の高い建物の存在などが影響していた。また、そのセンターが担当する市民活動支援の基金についても、知事の指示によって設置が進められたが、市民活動団体との相互作用によって変化していった。つまり、これらの施設や基金の設置と運営は、知事という企業家が提示した政策どおりに進められたのではなく、さまざまな要因によって修正された。また、政策の提示以前にあった要因にも影響されていた。それらの要因の中には建物、震災などの非人間的なものもあった。本稿においては、このケースをアクターネットワーク理論の視点から分析する。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ アクターネットワーク理論 Ⅲ ケース Ⅳ 考察 Ⅴ まとめ Abstract The Kanagawa Prefectural Activity Support Center, the Japanese biggest support center for civic activities, was built by strong leadership of the prefectural governor. But there were several other factors that have influence on the building of the center, such as many active citizen groups, a fiscal problem of the prefecture, administrative and financial reforms of the prefecture and the existence of a high convenience building. Furthermore, the Kanagawa Voluntary Activity Promotion Fund 21 that is conducted by the center was set up by instructions from the governor. The plan of the fund was changed by interactions between the prefecture and citizen groups. The center and the fund were not set up follow the policies that an entrepreneur made an offer. Instead, the policies were changed several times by various factors include nonhuman factors such as the building and an earthquake disaster. In this paper we analyzed this case by the actor-network perspective. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 日本の民間非営利法人の中でもいわゆる市民活動団体の法人は、この20年ほどで急増した。NPOの台頭は世界的な動向でもあったが、日本においては主務官庁制に代表される行政によるコントロールが強い従来の法人制度に、準則主義に近い特定非営利活動法人や一般法人の制度が追加されることによって、多様な団体が法人格を取得できるようになったことが大きな原因となっている。また、それと同時に、これらの新しい団体を支援する施策や組織が続々と生まれたことも大きく影響している。 しかし、市民活動団体の支援施設や組織についての研究は、欧米の先行事例を紹介したり、その重要性を理念的に論じるものがほとんどで、実際のそれらの成立のプロセスや背景を詳細に分析しているものは少ない。新たな法人制度が成立したために、それに伴って支援施策や組織もできていったという説明だけでは、地域による違い、内容の違いなどは説明することができない。どのような背景、条件がその地域の市民活動支援施設や組織を生み出すのか。これを説明するための土台となる知見の蓄積が必要である。 本稿ではアクターネットワーク理論の視点から、NPO支援をめぐる施設、組織、政策の相互作用を分析する。分析の対象とするケースは、神奈川県が設置したNPO支援施設を中心とし、それに関わった首長、行政および中間支援組織である。 Ⅱ アクターネットワーク理論 これまで経営戦略論においては、環境の変化に対しての組織の側の適応行動の重要性が強調されることが多かった。あるいは経営組織論においては、コンティンジェンシー理論に見られるように、組織の有効性を環境要素と組織構造との適合性から説明することが多かった。 しかし、それでは環境が組織の構造や性質を決定するということになり、同じ環境下においても多様な組織が存在することが説明できなかった。そこで、この理論的限界を克服するためのひとつの方法として、組織による環境の認識の方法が注目された。これによって、それぞれの組織ごとの環境認識の違いによって異なる組織設計や行動が生じることを説明する道が拓かれた。 また、社会学的制度理論が注目されるようになり、制度化の進行に対する諸組織の同型化などが研究されるようになった1)。しかし、社会学的制度理論も多くの研究者がその視点を採用し、普及していくにつれて解釈が曖昧になり、制度が社会的環境と同じようなものとして扱われ、それが組織行動を規定するというかつてのコンティンジェンシー理論と同じ環境決定論に陥っている議論も見られるようになった2)。また、制度の形成や変化を説明する論理をめぐっては、アクティビストあるいは制度的企業家とよばれるキーパーソンによる制度の変革活動などが注目されたが、そのアイデアも、制度変革を説明するのに都合のよい特別な存在としての企業家を持ち出している点が批判されている3)。 このような組織と環境との関係を分析する理論の動向の中で、最近注目されているのがアクターネットワーク理論である。アクターネットワーク理論は社会学的な科学論をルーツにしたものであったが、ある事象がいつの間にか抽象的な概念や用語によってブラックボックス化されてしまっていることに対して、あらためてその内部や形成のプロセスを見直しながら分解し、再構築するという理論的転回をもたらす方法論として、さまざまな分野の研究に応用されはじめている。 アクターネットワーク理論におけるネットワークとは、ある事象の成立に関わったり、影響を及ぼす要素の繋がりを指す。そしてその要素は人間だけに限られず、非人間的なものも分け隔てなく含められる4)。 ここで問題となるのは、はたして非人間的なものがアクターとみなせるかどうかである。従来の経営学や経営学的組織論においては、非人間的なものは、生産の材料であるか、生産を行うための機械や装置であり、それはあくまでも人間が利用する対象でしかなかった。しかしアクターネットワーク理論では、非人間的なものも人と対称的に扱おうとする。そして発見が科学的に実証されるという科学の現場である実験や研究開発の実際を、ある意味で愚直に観察することによって解体する5)。 たとえば、人とは独立した世界と思われがちな自然科学でも、それが生み出される現場である科学実験では人が作った器具が用いられているし、そもそもその実験を実現するためには研究資金の調達がなされねばならず、研究結果が公表される学会やジャーナルがなければならず、さらにその実験室の発見が多くの研究者によって追認されねばならないのである6)。 実験器具はモノであるが、それは人が作り、使うことで実験器具としてのエージェンシーを発揮し、そして実験を行う人はその実験器具というモノがなければ実験を実施することができないのである。つまり、実験器具というモノも実験を行う人も、それぞれ単なるモノや人ではなく、人の手によって生まれ、人の手によって扱われるモノなのであり、実験室や実験器具を使う人なのであり、それぞれがモノと人とのハイブリットなアクターとなっているのである。 ラトゥールは、実験などによって作り上げられていく科学の構成プロセスだけではなく、法が作られていくプロセスなど7)、さまざまなわれわれの身の回りにある事実の構成のプロセスを観察し、記述している。 ラトゥールとともにアクターネットワーク理論を牽引したカロンは、1970年代のフランスにおける電気自動車の開発プロセスを分析している8)。そこでは政府、環境保護団体、開発の現場の研究者、そして結局は市場に出ることのなかった電気自動車など、さまざまなアクターが関わった。環境にやさしい電気自動車というモノは、政府に民間企業の研究開発を支援させ、これまで自動車メーカーと敵対する関係にあった環境保護団体を協力者としてネットワークに登場させたのである。 カロンはまた、フランスのサン・ブリュー湾でのホタテ貝の養殖に日本の手法を導入しようと企てた研究員たちが、ホタテ貝や漁師の意思を翻訳するプロセスを、問題化(problematization)、関心化(interssement)、登録(enrolment)、動員(mobilisation)という4つの局面に整理している9)。 ラトゥールはアクターネットワーク理論に基づく研究であるかどうかの判断基準として、① 非人間(モノ)にはっきりとした役割が与えられているのかどうか、②「社会的なもの」を安定化させたまま、ある物事の状態を説明していないか、③「社会的なもの」を組み直すことを目指しているのか、今なお離散や脱構築を主張しているかの3点をあげている10)。「社会的なもの」というのは、従来の社会学などで用いられてきた社会、権力、構造など実際にはそこにさまざまな活動や関係があるにも関わらず、それらをいっしょくたに飲み込んでしまう、いわばブラックボックス化された概念のことを指し、それを解体し、組み直していくことがアクターネットワーク理論の目指すところだという。 また、人間であれ非人間であれ、それぞれエージェンシー(行為体、能力、資源)を有するアクターであり、他のアクターの存在や活動を自分の意図に合わせて繋げたり、解釈したり、利用する「翻訳」を、相手のアクターの活動に反応しながら更新していくとする。これはミッシェル・セールのいう準主体、準客体の概念、あるいはギデンズの構造化理論に共通する視角であり、関係性によって現象を捉えようとするものである11)。 こうした翻訳、つまり自らの意図を達成するために、さまざまなアクターを巻き込み、その状態を保持することに成功すれば、そのネットワークによって構築されたものは事実となり、それに関わるすべての者にとって必要不可欠な「必須の通過点」(obligatory passage point)となるのである12)。逆に見れば、「必須の通過点」となった事象を、それがどのようなアクター達の、どのような翻訳によって構築されたものなのかに分解する記述がアクターネットワーク理論に基づく分析となるといえるだろう。 本稿においては、「かながわ県民活動サポートセンター」をひとつの「必須の通過点」と捉え、そこにどのようなアクターが関わったか、それらのアクターがどのような翻訳を試み、そしてどのようにその翻訳を更新していったのかを分析する。 Ⅲ ケース 1 かながわ県民活動サポートセンターの概要 かながわ県民活動サポートセンターは、平成8年(1996年)4月に神奈川県によって設置された県民の自主的な社会貢献活動を支援するための県直営の施設である。いわゆる市民活動センターのパイオニアのひとつであり、官設官営の市民活動センターとしては最初でかつ現在もなお最大のものである。 横浜駅の西口より徒歩5分という交通至便なところにある地下1階・地上15階の「かながわ県民センター」(建物全体)の内の6つのフロアを占める大規模な施設となっている(延べ床面積約2,400平方メートル)。その6つのフロアにはミーティングルームが13室、印刷機などを備えたワーキングコーナー、ロッカー、レターケース、そして予約なしに自由に無料で使えるフリースペースである「ボランティアサロン」が2フロアにわたって設置されている。また、「かながわ県民センター」の施設である大小10室の会議室も利用でき、しかも朝の9時から夜の10時まで、ほぼ年中無休で開けられている。「ボランティアサロン」の壁は活動紹介やイベント案内などのチラシなどが自由に掲示できるスペースになっており、おびただしい量の印刷物がところ狭しと貼られ、年間利用者約40万人という盛況ぶりを示している。 もちろんボランティアサロンをはじめとする場や施設などの提供だけではなく、アドバイザー相談や情報収集・提供サービスを行っている他、活動資金を支援する「ボランタリー活動推進基金21」や「かながわコミュニティカレッジ」なども運営している。さらには、神奈川県内各地の市民活動センターのネットワークのまとめ役も担っている。 初期においては県民部が所管していたが、現在は政策局の出先機関となっている。職員は所長以下約24名、年間の予算は約4億円あまりとなっている13)。 2 設置の背景 このセンターの設置をめぐる最も重要なキーパーソンが、当時の神奈川県知事だった岡崎洋である。岡崎は大学卒業後、大蔵省で30年務めた後に環境庁に出向し、最後の2年は事務次官を務めた。退官後は「財団法人 地球・人間環境フォーラム」を設立し、理事長として環境問題に取り組んでいた。 横浜市では1960年代から70年代にかけて飛鳥田一雄が横浜市政を担っており、いわゆる革新自治体の旗振り役となっていた。それを受け継ぐように、神奈川県では長洲一二が1975年から5期20年間にわたって革新県政を担っていた。1995年にその長洲が引退することになり、長期にわたる革新県政によって逼迫していた県の財政を立て直すことが県政の喫緊の課題と目される中、大蔵官僚だったキャリアを買われた岡崎が与野党や連合神奈川の推薦を受けて知事選挙に出馬し、当選した。 岡崎は知事に就任すると自身の知事給与のカットをはじめ、県職員の定数、県の組織数、県債の発行額の3つの削減目標を掲げる等、徹底した行財政改革を推進した。また、PFIを全国で初めて実施するなど元大蔵官僚の手腕を発揮し、「財政のプロ」、「岡崎マジック」などと評された14)。 岡崎は財政危機を克服するためにさまざまな施設の整理を断行したが、一方ではボランティアや市民活動への支援事業を進めた。それは岡崎が知事に就任する3か月前に起こった阪神・淡路大震災をきっかけに世間のボランティアへの関心が高まり、国や自治体でもその支援策が検討され始めたタイミングであったこと、そして岡崎自身が環境庁事務次官を務め、退官後も環境問題に取り組むために自ら財団を設立し、その運営も行っていたという背景があったからである。 岡崎によるボランティアや市民活動の支援の施策の第一弾が、サポートセンターの設置だった。長洲県政の後半にはすでに県財政の危機が明らかとなっていた中で、県政総合センターに入るいくつかの行政機関の移転が進められていた。県政総合センターは横浜地区行政センター、労働センター、出納事務所など県の行政機関が入る建物であったが、横浜駅から徒歩数分という利便性の高さをより有効に使うため、県民に身近な施設として利用する方策が模索されていたのである。 このような状況の中で、岡崎は就任早々に県政総合センターにあった横浜地区行政センターを廃止すると同時に、そこにボランティア支援のためのセンターを設置することを決定した。その時の様子を、センターの担当者だった椎野は次のように述べている15)。 「就任直後の6月に、『ボランティア活動を総合的に支援するための施設を設置する』という方針を示したが、知事のスピード感はいわゆるお役所仕事から見ると尋常ではなかった。9月に横浜駅西口に立地する既存施設をサポートセンターとして改修するための経費を補正予算で措置し、翌年の4月20日にはオープンさせてしまったのである。」 3 設置までの過程 同じ頃、国では阪神・淡路大震災でのボランティアのめざましい活躍を受けて、ボランティア支援のための法律を作る準備が始まっていた。しかし、これに対していくつかの市民活動団体が異議を唱え、個々のボランティアの支援ではなく、ボランティアの活動の受け皿となり、コーディネートを行う団体の基盤を整備するべきであると主張し、全国的なキャンペーンを起こしたため、ボランティア支援法はNPO法へと転換していった。さらにそのNPO法の制定をめぐっても、議員立法によることになり、いくつかの政党が案を提示し、そこに市民活動団体側の提案も出され、ロビー活動が展開されるといった複雑な状況になっていた。 構想の初期の段階では、このセンターはボランティア活動の支援のための施設として位置づけられ、実際に県庁内では「ボランティアセンター」と呼称されていた。しかし、国のボランティア支援法がNPO法へと転換しはじめたことや、神奈川県でもボランティアという枠では収まらない多様な市民活動が行われており、県職員の中にもそれらの活動に関わる者がいたこと16)、さらに施設を設置するのにその目的を規定する必要があり、「ボランティアが自由に利用できる」というのでは明確さを欠いていた。そこで、「県民の自主的で営利を目的としない社会に貢献する活動を支援するための施設」(設置条例第2条)とし、それをボランタリー活動として条例に規定することとなった17)。 センターの設置がプレスリリースされたのが、岡崎が就任してまだ半年も経たない1995年の9月だった18)。しかも設置は翌年度開始の4月とされた。その設置予定までの8か月足らずの間に、条例の検討、予算編成、施設改修工事、備品類の整備、そして支援の内容の検討など、さまざまな準備を進めねばならなかった。 建物の名称も「県政総合センター」から「かながわ県民センター」と変えられ、県民相談室、横浜消費生活センター、神奈川県福祉プラザ、そしてかながわ県民活動サポートセンターが入る複合施設となった。 4 市民活動団体側からの批判 センターの大前提はボランティアが使いやすいことであり、職員は黒子に徹することというのが岡崎の基本的な考えだった。センターの運営がある程度軌道に乗った後に、岡崎は設置の構想について以下のように振り返っている19)。 「サポートセンターを行政主導型で運営しようという発想は絶対とらないようにしようと考えていました。集まった人たち、使う人たちが使いやすいような形を行政が黒子になって支える。基本の考えは、県の職員は絶対にオモテに出ないように運営しようということでした。」 岡崎は、センターの開館時間は他の公共施設と同じように午後6時か7時までにしたいという県職員の意見を一蹴し、午後10時までの開館と正月以外は無休を指示するなど、使いやすさについてはこだわりを見せた20)。しかし、ボランティアが使いやすい施設の運用といっても、その具体的内容を詰めていくのは容易なことではなかった。 施設や設備の整備については、既存の分野ごとの支援センターが参考にされた21)。しかし、具体的な支援の内容や施設の運用(利用規則など)については、ボランタリー活動の支援施設というのは全国でも例がなかったため、はじめから細かな規定を作るのを避け、「走りながら考える」というスタンスで臨むこととされた。そして、初年度は「利用しやすい場の提供」を目標とし、2年目に「充実した情報の提供」、3年目に「人材育成、活動支援などを通じた総合支援、ボランティアの支援機関のサポート」を目標とすることにした22)。 このような行政主導のセンター設置の進め方に対して、市民活動団体などから、当の利用者である県民の声を聞く機会が設けられていないと批判の声があがった。これ以後、神奈川県による市民活動支援施策に強くコミットしていく「まちづくり情報センターかながわ」(通称アリスセンター、以後アリスセンター)は、次のようにコメントしている23)。 「サポートセンター設置のときも、NPOとの議論があったわけではなかった。先駆的な知事と先駆的な行政がNPOに良かれと思う『適切』な施策をどんどん進めていく、というのが神奈川県の特徴だ。」 まれに見る大型の市民活動支援施設でありながら、構想発表からオープンまでわずか8か月足らずで設置というのは拙速であり、さらにその設置プロセスで利用者である県民や市民活動団体との意見交換の機会が設けられなかったことは、施設の性質から考えてもおかしいというのが市民活動団体側からの批判だった。とりわけアリスセンターとしては、県がセンター設置によって行おうとする事業が自分たちの事業と重なるため、その動向は自分たち自身のあり方にも関わる重大な問題なのであった。 5 ボランタリー活動推進基金21をめぐる攻防 市民活動団体側と県との衝突と交渉がさらに激しさを増すのが、センターのオープンから5年後に創設されたボランタリー活動推進基金21の設置と運営方法をめぐってであった。 この基金は、厳しい県の財政状況の中でその財源を捻出するために、県が持つ約100億円の債権を原資とするもので24)、大蔵官僚だった岡崎知事ならではのアイデアだった。岡崎の指示を受けてこの基金の創設に携わった椎野は当時のことを次のように述べている25)。 「県の総合計画の中には市民活動の資金支援の計画が入っていたのですが、バブルがはじけたこともあって先送りになっていたわけです。本来は県民部が担当でしたが、岡崎さんは財政課に県の貸付債権を原資としてそれを基金と位置付けろと。職員はもうびっくりしてしまって。それは大蔵省の財政のプロだから分かることで、とても県庁の職員ができる発想じゃないわけです。」 自ら財団法人を立上げ、環境問題に取り組んでいた岡崎は、その時の経験から民間団体がいかに資金確保に苦労しているかを知っていた。また、時間を見つけては神奈川県内の団体を訪問し、その活動ぶりや資金ニーズを把握していた26)。 100億円の債権を原資とするこの基金によって、1,000万円を上限とする協働事業負担金、200万円を上限とするボランタリー活動補助金、100万円(個人の場合は50万円)を上限とするボランタリー活動奨励賞などが用意された。 しかし、県民活動サポートセンターの設置の時と同じように、この基金の創設も岡崎によるトップダウンで進められ、そのスケジュールは非常にタイトなものだった。その構想が初めて公表されたのが2001年元旦の神奈川新聞紙上で、第1面に「NPOへのお年玉」という見出しで基金の構想が岡崎知事の言葉として紹介された。その翌月からの県議会定例会で条例が制定され、予算が成立した27)。そして4月に条例が施行された。つまり、新聞紙上で構想が発表されてから、わずか3か月でこの基金は開始されたのである。 活動資金の確保に苦労することの多い市民活動団体にとっては、この基金の構想は正にお年玉であり、大きな期待が寄せられた。そのインパクトの大きさを感じたアリスセンターは、新聞発表の翌月の2月から県への問い合わせを始めた。しかしその条例案は議会に提出される前であったために具体的な内容についての情報は提供されず、アリスセンターによる県へのヒアリングは議会終了後の3月末となった。 アリスセンターはヒアリングの内容や経緯を機関誌などで発信し始めた。そして基金の運営のあり方とそれを決めるプロセスについて、理念として掲げられていた「県とボランタリー団体との協働」が十分に実現されていないことに疑問を呈し、県に協議を申し出たり、政策提言を行うなどの一連の活動を開始した。 4月に入り条例によって基金が設置されてからは、基金の担当は県民部県民総務室から県民活動サポートセンターになった。アリスセンターは県内の他の中間支援組織など5団体とともに協議団体を構成し、県との協議を行い、運営の方法などについて提案を行った。 アリスセンターを中心とした市民活動団体側は、市民と行政との協働を実現するにはこの基金の運営も事務局を市民と行政と協働して運営すべきであると主張した。しかし県側は、この基金が県の持つ債権を利用するという特殊なものであることから、その事務局は県で担当する必要があるとしてこの提案を受け入れることはなかった。提案は受け入れられなかったが、審査会の運営の事前調整の場である幹事会に協議会から幹事を推薦することが認められた。 この市民活動団体による協議会は審議会の委員にも働きかけ、審査会が公開になるようにした。そして協議団体も限られた団体だけで議論するのではなく、県内のNPOに広く参加を呼びかけた「基金21NPOサポーターズ」とし、メーリングリストなどで意見を募るようにした。そこでまとめられた意見は、「基金21NPOサポーターズ」提案として第2回の幹事会と意見交換会に出された。 しかし、7月の審査会・幹事会合同会議では基金による資金を期待するNPOの中から、早く公募を開始することを望む意見が出され、9月に公募が開始されることになった。また、その合同会議では「基金21NPOサポーターズ」提案以外に2つの団体からも提案がなされた。 これらの提案を受けて、審査会の提案により募集内容の検討を行う「基金21サポート会議」が設けられることになった。そこでは基金の今後の運営を「走りながら考える」仕組みとして、市民と行政とが協働して進める「基金プラットフォーム」を作ることが検討された。これは翌年(2002年)の6月に、「基金21協働会議」として実現することになった28)。この会議は、審査会と市民活動団体と県が対等な立場で参加し、基金をより良くするための協議を行う仕組みとして設置された29)。また、同時に県庁内には「ボランタリー団体との協働推進会議」が設置された。 その後も神奈川県は、「NPO等との協働推進指針」を策定したり(2004年10月)、県民部県民総務課に「NPO推進室」を設置したり(2005年4月)、「ボランタリー団体等と県との協働の推進に関する条例」を施行したり(2010年4月)と、市民活動団体との協働を積極的に進めていった30)。 6 センターの市民活動団体へのインパクト アリスセンターは、「まちづくり情報センターかながわ」という本来の名称のとおり、まちづくりに関わる人びとの情報センターとして立ち上げられた。交流の場づくり、市民事業・市民活動のサポート、新しいプログラムの開発を目的としていたが31)、はじめの頃はまだ活動が認知されていなかったため、神奈川県下のさまざまな団体を回って情報を集めたりしながら、それを情報誌(らびっと通信)として発信したり、当時普及し始めていたパソコン通信のホスト局を開設したりしていた32)。しかし、情報センターとしてのそれらの事業は、インターネットの普及によって見直しを迫られるようになった。迅速性が肝心な情報はネットでのメール配信となり、これを「らびっと通信」とし、紙媒体の情報誌の方は、関係者や専門家による特集記事を中心とした「たあとる通信」となった。 ところが、苦労して集めた市民活動に関する情報は、市民活動団体からよりも、行政から市民活動に関する調査の委託を受けたコンサル会社から問い合わせを受けることの方が多かった。そのためアリスセンターでは、市民活動自体に関する情報の収集と提供ではなく、市民活動を実践する人たちに向けて、活動に必要なノウハウや活動に役立つ情報を提供する方向へとシフトしていった33)。また、市民活動の状況については、コンサル会社に提供するのではなく、直接に行政から委託調査として受けるようになり、その受託事業の専門部門として「アリス研究所」という有限会社を立ち上げた。 こうしてアリスセンターは、まちづくり関係者の情報センターから、本体は任意団体のままで市民活動の支援活動を中心とするようになり、他方で行政からの委託調査は有限会社として行うようになった。県民活動サポートセンターが登場したのは、そんな時期だった。つまり、アリスセンターがまちづくり情報センターから市民活動支援組織として軌道を修正したところだったのである。 同時にこの時期にはNPO法成立に向けての動きが活発化し、それと並行してNPOの支援組織も立ち上がり始めていた。県民活動サポートセンターが設立された1996年の10月には震災のあった神戸でコミュニティ・サポートセンター神戸(CS神戸)、11月には大阪NPOセンター、日本NPOセンターが続々と設立され、それに続こうとする動きが起こっていた。アリスセンターは、そうしたNPO支援組織の先駆けとして注目される存在となっていた。その翌年の1997年の6月には日本NPOセンターによる初めての全国フォーラム(NPOフォーラム’ 97 in かながわ)が横浜市で開催され、アリスセンターはその現地事務局を担った34)。 しかし、アリスセンターがNPO支援組織のパイオニアとして周囲から認知されるようになっていく一方で、地元では県民活動サポートセンターによる市民活動支援の体制が充実していった。会議室、いつでも予約なしに使えるボランティアサロン、無料の印刷、資料コーナー、相談コーナーと、少なくとも施設・設備としては圧倒的な充実ぶりだった。さらに情報誌も出されるようになった。 このような状況の中で、1998年にNPO法が成立し、アリスセンターも翌年1999年10月にNPO法人となった。全国各地でNPOの支援施設や組織が続々と立ち上がっていく中で、アリスセンターはNPOの中間支援組織のパイオニアとして、NPO支援事業を模索しながら、スタッフは全国各地でNPOや中間支援組織についてのセミナーや講演を行うようになっていった。 アリスセンターはNPO支援の事業として、法人設立支援や運営の相談、そして会計、税務、労務などに関する冊子の作成などを始めていた。しかし、そうした活動のかなりの部分が県民活動サポートセンターやそれに続いた各地域での市民活動センターによって扱われるようになっていた。また、全国的に行政が設置した施設を、NPOや中間支援組織が管理運営する公設民営の市民活動センターが普及していった。そしてそのような公設民営のセンターが行政と市民との協働として認知され、むしろ行政が積極的にそれを推進する流れとなっていた。 もともとは、「まちづくり」といっても逗子市での米軍住宅問題や反原発運動などを背景にした市民運動の流れの中で誕生したアリスセンターは、神奈川県下での紛争や運動にコミットしてきた。NPOという言葉やNPO法人という器の登場によって、市民の活動は行政と協働する「市民活動」と目されるようになり、行政をチェックしたり、告発するような「市民運動」の色が褪せていくことをアリスセンターの関係者は警戒していた。また、NPO法人化を機会として、理事長に就任するこれまでの代表者以外の運営委員を全員一新し、さらにその理事長も法人への移行が一通り落ち着いた2001年には、役員の中で最も若かった理事と交代した。 市民の活動がNPOとして認識されていく流れの中で、その中心的存在と周囲から目されていたアリスセンターは、自らのアイデンティティを模索せねばならない段階に入っていたのである。県によってボランタリー活動推進基金21の計画が公表されたのは、まさにそうしたタイミングだったのである。 Ⅳ 考察 1 ケースからの観察事項 本稿で採り上げた神奈川県における市民活動支援のためのセンターと基金は、知事であった岡崎洋というキーパーソンが、その権限と知恵をベースにして設置を進めたと説明しても間違いではないだろう。しかし、実際のプロセスはより複雑で、多様な要素が相互作用しており、岡崎の登場やその意図や能力だけでは、実際に出現したセンターや基金を十分に説明することはできない。 センター設置をめぐる条件は、岡崎が知事に就任する前からある程度進んでいたのであり、岡崎自身もそうした状況を見た上での構想と決断だったのである。また、その具体的仕様や運用をめぐっては、利用者やアリスセンターをはじめとする市民活動団体側との交渉ややり取りがあり、岡崎や県の計画どおりには進まなかった。岡崎はあくまでもボランティアセンターをイメージしていたが、時代の流れの中でボランタリー活動やNPOの支援センターというコンセプトに修正されていった。 さらに基金21についても、やはり岡崎がその設置の計画を起こしたが、設置後の実際の運用を巡っては、アリスセンターを中心とした市民活動団体との激しいやり取りがあり、それによって県の当初の計画は修正され、運用ルールも「走りながら」形成されることになった。 一方、市民活動の側もセンターや基金による県の支援を利用しつつ、他方ではその運用をめぐって交渉していた。アリスセンターは、自身のアイデンティティを模索する流れの中で、県の支援施策に大きく影響された。 さらに県の支援施策は、県下の自治体の支援施策にも影響を及ぼしただけではなく、日本全体の市民活動支援施設の設置や仕様にも大きな影響を及ぼした。 また、このケースにおいては、県政センターという物理的な場の存在が重要であったことも指摘しておかねばならない。実際、その後の各地における市民活動支援施設の設立や閉鎖は、行政の持つ施設の有無、あるいは利用の可否が大きく影響している。 つまり、市民活動を支援するという目的のために施設を設置する、あるいは市民活動側のニーズがあるのでそれに応えるために施設を設置するという目的と事業との因果関係は、ある意味で表向きのものであり、その背後には利用可能な建物があったからその構想が実現可能と目されたり、遊休施設があるためにそれを活用する手段として施設を設置する計画が具体化するという流れがあった。さらに、NPOや中間支援組織に関しても、それらの存在やアピールがあったからこそ施設の設置が実現したのである。市民の要望は、行政側の計画に正当性を与え、その実現を支えたのである。 2 アクターネットワーク理論に基づく分析 ⑴ 必須の通過点としての県民活動センター アクターネットワーク理論では、ある事実の構築に関わるアクターとして人間と非人間を区別することなく、そのエージェンシーと翻訳を観察していくが、それらのアクターの翻訳はアクター間の相互作用や翻訳によって更新されていく、いわば再帰的なものである。したがって、ブラックボックスとして完成したように見えた事実も、やがてまた解体され変容していくために、諸アクターの翻訳には終点がないことになる。また、諸アクターの翻訳を遡っていく場合にも際限がなくなってしまう。 そこで重要となるのが、分析・記述の中心点の設定である。「必須の通過点」ができたと見なせるのは、事象の観察時点でそれらの相互作用がひとまず落ち着いた状態になったということであり、これを分析・記述の中心点とすることが妥当と思われる。 NPO法が成立するより約3年近くも前に設置され、その後の市民活動支援センターの普及に影響を及ぼし、年間約40万人もの利用者を呼び込む「かながわ県民活動サポートセンター」は、設立から四半世紀を経た今日なお日本を代表する市民活動支援センターである。神奈川県において市民活動支援に関する何らかの活動や議論をする際には、このセンターの存在を抜きにして進めることはできない。 神奈川県を中心にした市民活動の場として、多くの人びとがこのセンターを利用するようになった。また設置した岡崎や県も、センターが全国的に有名になり、多くの視察者を呼び込むに至り、市民活動支援や市民との協働が県政の姿勢となった。アリスセンターにとっても、その運営に参加したり、関連の事業を受託したり、イベント等の会場として利用したりと、重要な活動の場となった。こうしたさまざまなアクターがセンターを認知し、利用する状況によってセンターの存在が事実構築されたのである。 これらのことから、この県民活動センターがラトゥールのいう「必須の通過点」となっていると見なし、ケースの分析・記述の中心点としたことは妥当と考えてよいだろう。 ⑵ アクターとそのエージェンシー このケースにおけるアクターとして挙げられるのは、次のようなものである。まず、岡崎知事や神奈川県の職員、そしてアリスセンターや県民活動サポートセンターの利用者である市民や市民団体などの人や組織である。岡崎知事を生み出し、施設等の統廃合を導いた神奈川県や横浜市の革新自治体も含められる。 一方、非人間のアクターとしては、物理的な空間や設備を備えた県民センター(元・県政センター)の建物、その利用方法の変更を導いた行政改革の流れ、ボランティア支援やNPO法を導いた1995年の阪神・淡路大震災、岡崎のボランティアセンター構想に影響を与えたNPO(概念)の台頭、基金21を可能にした県の債権などである。また、アリスセンターに影響を与えたインターネットも含められる。 アクターとは、ある事象の構築に参加する要素のことであり、それに関するエージェンシーを有するものである。そのアクターのエージェンシーは、他のアクターのエージェンシーを身にまとったものであり、そして人と非人間とのハイブリッドとなることがあり、それらがネットワークとなっていることから、カロンはそれをハイブリッド・コレクティブ(hybrid collectives)、あるいはコミュニティと表現している35)。 しかし、アクターネットワークを構成するアクターとしては同等であっても、非人間アクターに主体的な翻訳活動を見出すのは難しい。また、人的アクターであっても、自らはそのアクターネットワークに積極的には関わらず、翻訳を行わない場合も考えられるだろう。 ⑶ 翻訳の更新 元大蔵官僚そして環境庁次官であり、環境関係の財団も立ち上げた岡崎は、それらのバックグラウンドに基づくエージェンシー、そして知事としての権限などのエージェンシーを保有し、ボランティアセンター設置に向けて、県政センター、行政改革、阪神・淡路大震災後のボランティアブーム、革新自治体の下で活発になっていた市民活動、そして市民活動に明るい県職員などをアクターとした翻訳を行った。それは初期段階ではかなり成功し、センターの設置自体は非常に短期間で実現した。 構想の段階での岡崎による翻訳を示したのが図1である。この図では、翻訳を企てるアクター(岡崎)が、問題化の段階として、諸アクターの目的を定義し、それらのアクターが必須の通過点(ボランティアセンター)を通過せねばならないように設定するのを分かりやすくするために、多様なアクターの内のいくつかをピックアップして表示している。 図1 岡崎による構想段階の翻訳 (Callon 1986, Figure2.をベースに筆者作成) 図2 岡崎による更新された翻訳 (Callon 1986, Figure2.をベースに筆者作成) 岡崎のボランティアセンターの構想は、阪神・淡路大震災後の国のボランティア支援立法の構想がNPO法制定に向けた動きに転換したり、日本ネットワーカーズ会議などに関わっていた県職員の示唆などによってボランタリー活動支援というコンセプトに修正された。また、その運営方法などをめぐって交渉をする市民活動団体の存在を無視することができなくなっていった。こうして岡崎の初期の翻訳は、ボランティアセンターからボランタリー活動支援へ、県が一方的に市民にサービスを提供するセンターから、利用者や市民活動団体と協議しながらルールを作っていくセンター作りに更新され、さらに基金21でのアリスセンターなどとの摩擦はその色合いを強いものにした。 図2は、岡崎の最初の翻訳が、NPO台頭の動向を察知していた県職員、市民活動支援事業にコミットするアリスセンターなどを知覚した上で更新されたことを示したものである。 一方、アリスセンターは、インターネットの普及や行政からの委託事業の増加などによって、「まちづくりの情報センター」としての自らのアイデンティティを模索する中で県のセンターの出現を迎えた。まだ自らの方向性が定まらない中で、県のセンターの登場を市民活動の場所が提供されることと歓迎していた。県のセンターを意図した翻訳が本格化するのは、委託事業を有限会社で行うことにし、アリスセンター本体は団体サポートを行うという方向性が定まりだした頃である。アリスセンターは、県民活動センターの運営委員会のメンバーになる一方、NPOのサポートセンターの草分けとして日本NPOセンターのイベントなどにも参加しはじめた。そして、市民活動やその支援の姿を模索する中で運動性やアドボカシーの重要性を再認識し、基金21の構想が発表されてからは積極的な政策提言や運動を開始した。県民活動センターを自己の事業の便利な場とする翻訳から、そのあり方に対して積極的に関与し、アドボカシーを実践することが自らの市民活動の重要な側面であると捉え直したのである。 その翻訳においては、日本NPOセンターやトヨタ財団関係者、日本ネットワーカーズ会議のメンバーでもあった県職員、県民活動センター、インターネット、県下の市民活動団体などがアクターとされたが、基金21の募集開始が遅れることを懸念する市民活動団体が現れたことで、「基金21サポート会議」という協議の場を追加した翻訳の更新を進めた。 Ⅴ まとめ 本稿においては、「かながわ県民活動サポートセンター」とそのプログラムである「ボランタリー活動推進基金21」を舞台とした諸アクターの活動を詳細に記述し、アクターネットワーク理論の視点から分析した。 ともすれば経営学や経営戦略論においては、組織目的を達成するのに有効な戦略や組織づくりをいかに追求するかという規範論的な議論となり、それによって現実の事象の生成や変質のダイナミクスとの乖離を生じさせがちであった。それに対する反省から、経営戦略論においても、実際に経営戦略の名の下に実践されている活動を記述し、分析しようとする「実践としての戦略」(SAP: Strategy As Practice)などが展開されるにいたっている。「実践としての戦略」は、いわば実践論的転回ともいうべきもので、その考え方は妥当なものである。しかし、経営戦略だけが具体的実践によって構築されているわけではない。あらゆる現実がさまざまなアクターの参加によって構築されているのである。そしてまたその現実の構築過程は、さまざまなアクターによって再帰的に、継続的に進み続けるのである。さらに、「実践としての戦略」ではその中身に分け入ったところで、あくまでも人による活動の実践しか見ていない。 本研究においては、アクターネットワーク理論を導入することによって、こうした従来の経営学や経営戦略論の発想を転回させ、さらに実践論的転回に踏み込みはじめた研究の流れをより先に進めることができた。ここでは、「経営」、「組織」、「戦略」、「制度」、「政策」といった表象的な語句で現実を単純化することを避け、できるだけ具体的なアクターやその活動を記述し、分析した。それによって明らかになったことは、これまで企業家や組織の判断や行動と見なされていたことが、実際には非人間を含めた他のアクターとのネットワークを翻訳する試みであり、またその翻訳は諸アクターと相互作用しながら更新されていくということであった。 アクターネットワーク理論自体にもすでにさまざまな批判や、そのバリエーションなどが展開されているが、ここでは経営学的な立場からその課題について検討しておこう。 まず、アクターネットワーク理論のスタンスと経営学のスタンスが基本的に異なることを認識しておかねばならない。やはり経営学なり行政学といった分野では実践的含意が求められ、たとえ記述論的研究であっても、その先に実践に向けての指針性に繋がることが前提とされている。一方、アクターネットワーク理論は、人類学的手法を用いているために視点は非常に具体的であるものの、そこに実践に向けての示唆は意図されていない。そういう意味では、経営学はアクターネットワーク理論の分析視角を援用するというスタンスにとどまり、その援用から実践的含意に結び付けるロジックなりモデルを開発していかねばならないのである。しかし、たとえば企業家を分析の中心対象とし、そのエージェンシーと諸アクターを動員可能な資源と見れば、翻訳は単なる戦略と同じことになってしまい、アクターネットワーク理論を持ち出す意味はなくなる。そういうリスクを回避しながら、アクターネットワーク理論の視角を導入した経営学的な理論構築が必要である。 もうひとつの課題は、事実構築のプロセスを詳細にたどることの労力と記述方法である。先にも触れたとおり、ブラックボックスが形成されるに至るプロセスの観察は際限なく広がり、そして際限なく遡れてしまう。ラトゥールたちが実験室の様子をつぶさに観察したようには企業や行政の内外のアクターの活動は追えないだろう。そのため、どうしても規模の小さなケースを対象とするか、あるいはある程度の規模のケースを少し粗く記述するしかないが、その照準の設定が課題となるだろう。 最後に本研究の限界と今後の課題について考えておきたい。上記の経営学的な立場でアクターネットワーク理論を導入することの課題と同じことを含んでいるが、まず本研究からどのように実践的含意を導くかの考察が不十分である。しかし、経営学の既存の概念に収束されるリスクがあるため、ケースの記述、分析を蓄積しながら慎重に進めるべきであろう。 また、アクターネットワーク理論の意図からすれば、実際にどのようなアクターが存在したかを探索し、それらのアクターの翻訳の更新を追った経時的な動きを記述することが重要となるが、本研究では対象も期間も限られたものになっている。たとえば、本稿で「県」、「職員」、「市民活動団体」、「市民活動支援」などと表象されたことがらを解体する必要があるだろう。 [謝辞] 本文で直接引用した椎野修平氏、川崎あや氏以外にもアリスセンターの理事であった早坂毅氏、菅原敏夫氏、饗庭伸氏など多くの方にインタビューに応じていただいた。記して感謝したい。また、有益なコメントをいただいた2名の匿名の査読者にもこの場をおかりして感謝申し上げたい。本研究はJSPS科研費17K03911、18K01439、18K01781の助成を受けたものである。 [注] 1)同型化については次を参照のこと。DiMaggio, P.J. and W. W. Powell, “The Iron Cage Revisited: Institutional Isomorphism and Collective Rationality in Organizational Fields,” American Sociological Review, Vol.48, pp.147-160, 1983. また、制度理論全般については次を参照のこと。桑田耕太郎・松嶋登・高橋勅徳(編)『制度的企業家』ナカニシヤ出版、2015年3月。 2)桑田他編、前掲書、7ページ。 3)桑田他編、前掲書では社会学的制度理論(制度派組織論)に関する議論が整理されており、環境決定論との批判に対して導入された制度的企業家という概念をめぐる論争やその後の展開について解説されている。 4)ラトゥール自身、人をイメージさせるアクター(actor)ではなく、記号論で用いられるアクタン(actant)という語を用いることがある(cf. Latour 1999=2007)。しかし、本稿においてはアクターネットワーク理論という語との整合性を考え、「アクター」で統一する。 5)アクターネットワーク理論のベースとなっているのが、1970年代からイギリスを中心に起こったSTS(Science and Technology Studies)と呼ばれる科学技術研究の動向であり、そこではハロルド・ガーフィンケルが提唱したエスノメソドロジーの手法から科学の構築過程が分析され、参与観察、会話記録の分析など人類学的な調査手法が用いられる(cf. Lynch 1993=2012)。 6)Latour(1987=1999)、Latour(1999=2007)などラトゥールの初期のアクターネットワーク理論の研究では実験室の様子、森林土壌の調査の様子が詳細に観察され、記述されている。 7)Latour(2002=2017)では、「予審会議」での発言を詳細に引用し、ファイルの作り方(輪ゴムで止められ、カートンフォルダに収められ、いったん木製の本棚に置いて熟させられる。)を写真付きで解説し、法の作成の具体的な活動が記述、分析されている。 8)Callon, M., “The state and technical innovation: a case study of the electrical vehicle in France”, Research Policy, 9, pp.358-376, 1980. 9)Callon,M.,“Some elements of a sociology of translation:domestication of the scallops and the fishermen of St Brieuc Bay”,in J. Law,Power,Action and Belief:a new sociology of knowledge? London, Routledge, pp.196-223, 1986, pp.203-219. 10)Latour, B., Reassembling the Social: An Introduction to Actor-Network-Theory, Oxford: Oxford UP. 2005, pp.10-11.(伊藤嘉高訳『社会的なものを組み直す-アクターネットワーク理論入門』法政大学出版局2019年、24-26ページ)。 11)アクターネットワーク理論に対する批判もすでにさまざまな論者によって提示されている。たとえば、オブジェクト指向存在論に立つハーマンは、ラトゥールのアクターネットワーク理論がモノも行為=活動に還元して論じる上方還元(埋却)であり、活動していない対象が見過ごされてしまったり、上方還元されることで間違って理解される恐れがあると指摘している。Harman, G., Immaterialism: Objects and Social Theory, Cambridge: Polity Press.2016, p.10.(上野俊哉訳『非唯物論 オブジェクトと社会理論』河出書房新社、2019年、20ページ)。しかし、非人間的な要素もアクターとして捉える視点は、ここでとりあげるケースの分析には有効であると考えられる。 12)Latour, B., Science in Action: How to Follow Scientists and Engineers Through Society, Open University Press. 1987, p.150.(川崎勝・高田紀代志訳『科学が作られているとき-人類学的考察』産業図書、1999年、261ページ)。 13)これには県民センターの庁舎管理業務が含まれている。 14)坂倉政丸「刊行によせて」、岡崎ひろし政策研究会編『行く径に由らず 知事二期八年の軌跡』神奈川新聞社、2003年5月、2ページ。 15)椎野修平「地方自治体とNPO」上條茉莉子、椎野修平(編著)『NPO解体新書-生き方を編み直す』公人社、2003年7月、73ページ。 16)日本NPOセンターの設立に大きく関与した日本ネットワーカーズ会議のコアメンバーだった久住剛、鈴木健一などがいた。 17)「かながわ県民活動サポートセンター事業報告書」(1996年度)8ページ。「かながわ県民活動サポートセンター条例」(平成8年3月29日)第2条。また、後にこのセンターを担った椎野は、「これは、単なるボランティアの支援ではなく、市民活動・県民活動を広く支援することを重視したためである」と、より簡潔に説明している。(椎野修平「自治体によるNPO支援策の変遷「市民セクターの20年」研究会報告⑸」『公益法人』2014年3月号、26ページ)。 18)『神奈川新聞』平成7年9月12日「県民活動サポートセンター 来年4月開設へ」 19)『神奈川新聞』平成15年1月1日、岡崎洋政策研究会編『行く径に由らず 知事二期八年の軌跡』神奈川新聞社、2003年、209ページ。 20)岡崎洋政策研究会編、前掲書、234ページ。 21)椎野インタビュー。2005年9月9日 於:かながわ県民活動サポートセンター。 22)かながわ県民活動サポートセンター事業報告書(1996年度)11ページ。 23)まちづくり情報センターかながわ「たあとる通信」No.2、2001年、 42ページ。 24)かながわボランタリー活動推進基金21条例(平成13年3月27日条例第10号)の第3条で、基金の財産約100億円の内容が以下のように説明されている。 1. 債権 ア 県が昭和63年度から平成9年度までに一般会計において神奈川県住宅供給公社に対して貸し付けた賃貸住宅建設資金貸付金 イ 県が昭和53年度から平成12年度までに一般会計において市町に対して貸し付けた住宅資金市町村貸付金 2. 現金 ア 1に掲げる債権の元金償還金 イ 1に掲げる債権の運用により生じた利子 ウ 県が平成4年度に一般会計において一般財団法人神奈川県警友会に対して貸し付けた警友病院建設資金貸付金の償還及び利子 エ 基金の趣旨に添う寄附金 オ アに掲げる元金償還金、イに掲げる利子及びウに掲げる償還金及び利子並びにエに掲げる寄附金の運用により生じた収益金 25)椎野インタビュー。2019年3月14日 於:日本NPOセンター。 26)「(岡崎)知事は自分で県内のNPOを15団体ほど回ってるんですよ。秘書も連れないで。それで協働事業で1千万ほどの金を使える活動をやっている団体があると確信していたんです」椎野インタビュー。2019年3月14日 於:日本NPOセンター。 27)椎野修平「神奈川県担当者が考える『これまで』と『今後』」まちづくり情報センターかながわ「たあとる通信」No.4、2001年11月、27ページ。 28)神奈川県政策研究・大学連携センター「神奈川県におけるNPO支援施策の概要」神奈川県/慶應義塾大学(編著)『自治体の政策刷新効果と地域力』ぎょうせい、2011年3月、160ページ。 29)ボランタリー活動推進基金21協働会議・報告書編集会議「走りながら考えた協働の5年間」かながわ県民活動サポートセンター、2006年9月、15ページ。 30)神奈川県政策研究・大学連携センター、前掲書、160ページ。 31)まちづくり情報センターかながわ団体紹介パンフレット。 32)土屋真実子「神奈川の市民活動の変化に応じて、変わってきたアリスセンター」『造景』19号1999年2月、85ページ。 33)川崎あや(当時の事務局長)インタビュー。2005年9月9日 於:アリスセンター。 34)神奈川県の担当者だった椎野は次にように述べている。「神奈川県内の関係者を中心とした実行委員会を組織して準備を進めた。現地事務局は、まちづくり情報センターかながわ(アリスセンター)が担当し、かながわ県民活動サポートセンターとフォーラムよこはまという公的機関が側面からバックアップした。第2回目以降のフォーラムでも概ねこうした方式が踏襲されているが、開催地域におけるNPOのネットワークの形成とエンパワーメントに寄与している」。椎野修平「市民セクター推進のプロモーターとしての取り組み」日本NPOセンター編『市民社会創造の10年 -支援センターの視点から』2007年5月、230ページ。 35)Callon,,M.,“The role of hybrid communities and socio-technical arrangements in the participatory design”, 『武蔵工業大学環境情報学部情報メディアセンタージャーナル』第5号、2004年、4ページ。(川床靖子訳「参加型デザインにおけるハイブリッドな共同体と社会・技術的アレンジメントの役割」)(上野直樹・土橋臣吾[編]、2006年、『科学技術実践のフィールドワーク-ハイブリッドのデザイン』せりか書房、40ページ)。 [参考文献] 饗庭伸「『基金21』を通してNPOと行政の協働のあり方を考える」まちづくり情報センターかながわ「たあとる通信」No.4、2001年11月、13-26ページ。 Callon, M., “The state and technical innovation:a case study of the electrical vehicle in France”, Research Policy, 9, pp.358-376, 1980. 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