学会賞・学術奨励賞の審査結果
第8回学会賞・学術奨励賞の審査結果に関する報告
平成21年9月26日
非営利法人研究学会
審査委員長:大矢知浩司
非営利法人研究学会学会賞・学術奨励賞審査委員会は、第8回学会賞(平成20年度全国大会の報告に基づく論文及び刊行著書)及び学術奨励賞(平成20年度全国大会における報告に基づく大学院生並びに若手研究者等の論文及び刊行著書)の候補作を慎重に選考審議した結果、今次は残念ながら学術奨励賞に該当する論文はなく、下記の論文を学会賞に値するものと認め選定しましたので、ここに報告いたします。
1. 学会賞
伊藤研一(摂南大学)・道明義弘(奈良大学〔名誉教授〕)「大統領府創設の“ねらい”ー行政組織の効率測定と予算配分:サイモンとバーナードー」(平成20年度非営利法人研究学会全国大会報告、於・日本大学、『非営利法人研究学会誌』VOL.11所収)
【受賞論文の特徴と受賞理由】
本稿は、先に第10回全国大会統一論題で報告され、その報告をベースに纏められた論考「アメリカ行政府の構造改革ー組織論はF. D. ローズベルトを助けたか?ー」(『非営利法人研究学会誌』VOL.9所収)で論じられた1939年のローズベルト米大統領による行政府の構造改革についての概括的な説明をさらに押し進め、行政府の効率測定と予算配分問題を、詳細かつ出来るだけ具体的に明らかにしようとするものである。この課題は、伊藤の初期サイモン研究において、サイモンの研究課題が社会的な背景の下において実行されており、1930年代の社会的経済的な状況の解明が必須であることを明らかにしてきているが、サイモンにおける理論形成の背景を社会的な全体状況の下で解明し、サイモン理論の創造・形成の過程を、社会的な行動との関係の下で明らかにしようとする試みは、この伊藤の試みを除けば、ほとんどなされたことがないと思われる。このような試みを通じて、理論が時代の子であることを伊藤は具体的に明らかにするとともに、時代の変遷において、理論がどのように位置づけられるかを解明できるという。この初期サイモンを研究する過程の一環として、先の論稿と本稿がある。
効率測定については、ローズベルト大統領の構造改革以前には、1916年に連邦政府は、後に予算局に吸収されることになる効率局を設置して、行政府の効率測定を実行しようとしている。本稿では、効率局による年次の報告書を手掛かりに、効率局の行動を要約し、その行動が予算局にどのように結びつき、予算局においては、どのような行動が期待されていたのかを明らかにしようとしている。1933年に予算局に吸収された効率局については、わが国ではこれまで注目されることがなく、したがって、その行動が紹介されることはなかったが、現在、わが国の行政において重要な課題とされている行政の縦割り問題を解決し、行政における効率を高めるためには、改めてこの効率局の行動を見直す必要があろうと論者は言う。
効率局においては、人事における効率評定システムの作成と評価の実行、各省の業務遂行についての調査と効率化、業務の重複についての調査、統計資料の作成と管理という職務を実行していたが、効率局を予算局に吸収した理由の1つは、予算配分にこの効率局において蓄積したノウハウを利用しようとすることにある。効率局の行動を予算局との関係の下において明らかにしたのは、本稿が最初であろう。
大恐慌を経て、アメリカの時代的な要請であった効率問題の解決は、また、このような時代背景の下において生み出されてきているサイモン理論に大きな影響を与えており、サイモン理論の理論的な基礎は一貫して「効率」にあると、伊藤・道明は喝破している。時代と切り結ぶことによって、サイモンは、時代の中から、その要請に応えるべく彼の理論を構成していることが明らかになっている。連邦政府における構造改革は、効率問題を通じて、サイモンの理論と結びついている。サイモンにとって、連邦政府の構造改革に辣腕を振るったブラウンロー委員会の構成メンバーであるメリアムはシカゴ大学の恩師であり、また、ギューリックとは効率研究を通じて、リドレーを介して知悉の関係にある。後日、サイモンは、ギューリックに対して、構造改革の理論的基礎が伝統理論であるとして激しい論難を浴びせたが、この論難がサイモンの効率測定研究の成果に基づくことを、伊藤・道明は明らかにしようとするものであった。
本稿においては、ブラウンロー委員会の提案のうち予算局に関する部分を取り上げ、1939年の構造改革における変革をGovernment Manualの組織図を示すことによって詳細に跡づけるとともに、担当官の氏名を明らかにすることで、その中にサイモンの知己が任命されていることを見出している。予算局が大統領府に移管されるとともに、その権限は大きく変化し、予算配分と情報管理という枢要な職能を果たすようになる。そこにサイモンは知人を有していたし、また、他の政府機関にも知己を持っている。このように、当時のサイモンは、政府の中心的な機関に属する人物との関係を有しており、彼の理論形成には、当時の時代的な全体状況が色濃く反映しているという。
ブラウンロー委員会の提案において示されている予算局の大統領府への移管と、その職能の拡大は、そのまま1939年の構造改革において実行されていることが明らかにされている。ブラウンロー委員会における予算局に関する提案と、ローズベルト大統領の議会への提案Reorganization Plan No.1 of 1939 とは、軌を一にするものであり、大統領は、委員会の提案どおりに予算局を大統領府へ移管し、予算局の職能を拡大するという提案を行っていることが分かる。経営管理の腕として、大統領は予算局の行動には極めて重要な役割を期待した。これは、ギューリックの考え方を具体化したものであり、伝統的な経営理論の成果の1つとみなすことができる。そこでの理論的なバックボーンは、管理原則論であり、管理過程論であった。
このギューリックの理論に対して、激しい論難を浴びせたサイモンの考え方の基礎には、彼自身の効率研究成果が横たわっている。本稿においては、その論難へ至る研究成果、効率測定問題の研究過程を詳細に追跡しており、リドレーとの共同研究において、リドレーの有効性を重視しつつも、サイモンは独自に効率重視の考え方を提示し、共同研究をリードしたことを明らかにしている。サイモンは、効率測定を操作可能なものとして提示することが必要と考えており、そのフレームワークを案出しようとしている。このようにして生み出された効率の考え方が、生涯を通じて、サイモンの研究成果における通奏低音となっているというのが、伊藤・道明の見解である。
ローズベルト大統領は、大恐慌を克服し、民主主義を守り抜くために必要な要件として、効率を掲げているが、この考え方は、ギューリックにもサイモンにも共通したものであった。しかし、ギューリックには、操作可能な形での効率概念のフレームワークが欠けていたのに対して、サイモンにおいては、不完全ではあるが、操作可能な形で、そのフレームワークを提示できたという自負が見られるとともに、時代の要請に応えるという充足感が溢れている。同時代のバーナードも、時代とともに歩み、有効性と効率性を組み合わせた評価フレームワークを提示している。
本稿では、ローズベルト大統領がニュー・ディール政策を実行し、効率を求めて、連邦行政府の構造改革を断行する時代にあって、サイモンの初期研究においても、効率問題が主要な関心事であり、時代と切り結びつつ、サイモンは自分の考え方をまとめていっていることを、構造改革に関する文献とサイモン・リドレーが著している文献とに基づきつつ詳細に明らかにしている。時代の動きを描きつつ、それにシンクロする形で、サイモンという研究者の自らの理論形成の過程を明らかにしており、両者に共通するキーワードとして、効率という概念を見出しているところに、本稿の特徴が見られる。
以上から、問題指摘の独創性、文献渉猟、論述展開の緻密さ、効率性と予算との関係を明確にした現代的意義づけ等、極めて優れた大作であり、審査委員会は一致して、学会賞にふさわしい論文に選定した。
2. 学術奨励賞
該当者なし