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- ≪査読付論文≫地方自治体が推進する要保護児童を対象とした就農プロジェクトの可能性―きつきプロジェクトを事例に―
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 株式会社日本総合研究所シニアマネジャー・法政大学兼任講師 山田敦弘 キーワード: 農福連携 官民連携 要保護児童 就農 地方自治体 要 旨: 本研究では、児童養護の要保護児童を対象とした就農支援を企画立案・実施する中で、地方自治体とNPOと農業者との連携、自治体内でのプロジェクト推進、事業継続への取組みなどのプロセスを通じて、顕著になる課題やその解決策を明らかにした。特に地方自治体にとって成功要因となるポイントを整理している。そのポイントとしては、「誰もが理解できる明瞭な課題の設定と、社会的に受け入れられる解決手法の明示」、「立場毎との目標の設定と役割分担の明確化」、「関係者間での一致したゴールの設定とそこに辿り着くためのロードマップの設定」があげられた。障がい者を対象とした農福連携の研究はすでに先行するものが多々あるが、児童養護の対象となる児童にかかる農福連携の研究は、まだまだ少なく、今後の事業継続及び事業拡大を目指して研究を続けたい。 構 成: I はじめに―問題設定― II 分析対象と方法 III 事例の分析:事例事業概要、自治体における課題 IV ディスカッション V まとめ Abstract In the course of planning and implementing support to help children in need of foster care to become farmers, this study identifies issues and solutions that are prominent in the process of collaboration between local governments, NPOs, and farmers, in project promotion within local governments, and in efforts to continue the project. Specifically, this report identifies key success factors for local governments. The key points of the project were “setting clear issues that everyone can understand and clarifying socially acceptable solution methods,” “setting goals for each position and clarifying the division of roles,” and “setting goals that are consistent among all parties involved and establishing a roadmap for achievement.” While there are many leading studies on agricultural and welfare cooperation for the disabled, there are few studies on agricultural and welfare cooperation for children who are in need of foster care. We would like to continue our research with the aim of continuing and expanding our project in the future. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに―問題設定― 近年、地方自治体は様々な課題を抱えている。特に、東京圏以外の地方が抱える課題としては、 総務省[2019]では、①労働力不足、②経営者の後継者不足、③働く場所・働き方の多様性の低下、④地方経済・社会の持続可能性の低下の4点を示している。若者が地方に居住し就業することは、これら4つ全てを解消する可能性があり期待されているが、現時点では首都圏等の大都市への移住の流れは止まっていない。 一方で、福祉分野においては高齢社会における課題に加えて、厚生労働省[2023]によると、「個人や世帯が抱えるリスクは多様化し、複合化した課題や制度の狭間に落ち込んでしまっている課題が表面化している」と指摘している。ここで示唆されている課題は、虐待を受けている子どもを始めとする要保護児童(児童福祉法第6条の3第8項にて「保護者のない児童又は保護者に監護させることが不適当であると認められる児童」を要保護児童と規定)、引きこもり、ヤングケアラーなどの問題を踏まえた困難に直面する若者の課題でもある。 要保護児童数は、平成23年の46,463人から10年後の令和3年には41,773人と若干の減少傾向にはあるが、4万人を上回っており、依然として深刻な社会課題である。この課題に対してそれらの児童の就労は、社会的孤立を解消し、経済的自立や安定も実現できることから、有効な解決策の1つとなっている。 ただし、就労には個人の好みや適正もあり、就労を進めるには就労先の選択肢を幅広く設けることや、失敗(離職)してもやり直しができる状況をどれだけ作り出せるかが課題となっている。 福祉を推進することで地域再生など、地方が抱える課題解決も合わせて推進することができれば、理想的な取組みである。吉田[2019]によると農村地域での人口減少・高齢化の進展を受けて、農業労働力の不足、農地の引き受け手の不足等の問題が深刻化しており、そうした課題への対応として、農業サイドからも農福連携への期待が高まっている。 本研究においては、地方の要保護児童をサポートし、就労に導くことで、社会的孤立を解消し、かつ地域の事業者の経営継続や経済活性化を図ることを目指し、その可能性、直面する課題、成功要因などについて、主に地方自治体の立場に立って分析をする。 II 分析対象と方法 1 大分県杵築市の背景と課題 大分県杵築市は、大分県の北東部、国東半島の南部に位置しており、市の総面積280.06平方キロメートルの中には、東南部に別府湾に面した海岸線、北部には自然豊かな山間地を形成している。中心地は、旧杵築藩の城下町付近で、「坂のある城下町」として知られており、人口集積地域もある。その一方で、主に北部では過疎地域として指定されている地域がある。 本市の人口28,687人(2020年3月末同市基本台帳)となっており、他の地方市と同様に、人口減少、高齢化、生産人口の減少という問題を抱えている。顕著なのは生産年齢人口の減少であり、中でも農業の就業者数の減少は深刻な状況にある。2005年の国勢調査(総務省統計局)によると、杵築市では生産年齢のうち就農者は2,873人いたが、わずか10年後の2015年にはそのおよそ3分の2の1,900人へと大幅に減少している。この統計には含まれない老年人口(65歳以上)の就農者が引き続き営農をして支えているが、後期高齢者の増加や老年人口自体が2020年から減少に転じると推計されることもあり、若い就農者が必要不可欠となっている。 2 大分県内の要保護児童の卒園後の離職率が 高い背景と課題 大分県には9つの児童養護施設がある。同県にて活動するNPO法人おおいた子ども支援ネットが独自に調べたところ、卒園後の児童の75%が就職するものの、1年以内の離職率が34%にも上るという就業問題が存在していた。これは、高卒者全体の1年以内離職率(21%) と比べ高い水準であった。 この原因は、大きく2つあると考えられている。1つは、卒園児童の多くは家族などの保証人がいないため、賃貸住宅を借りることが難しく、就業先として寮が付属している職場などを選ばざるを得ないなど、必ずしも本人が希望する職業に就職できないことが実情となっている。もう一つは、卒園児童は、これまで食事など生活に必要なことが全て提供される施設環境で育ってきたため、独力で生活ができるには、周りのケアや慣れるまでの時間が必要なケースが多いことである。しかし、職場では、一般家庭で育った者と同じ扱いをされるため、環境への独力での対応の難しさなどもあり、どうしても短期での離職率が高くなってしまう。雇用者側にもこの状況について理解があり、一定のサポートがあることが望まれる。 一度離職してしまうと、後ろで支えてくれる家族がいないことから貧困に陥ることも少なくないため、若くして生活保護の受給者となってしまったり、場合によっては反社会的な世界に足を踏み入れてしまったりする。そして、そのような状況に一度陥ると、抜け出すことが容易ではなくなる。そのため、離職しても再度チャレンジができる環境の整備が必要である。 3 分析方法 本研究においては、大分県杵築市にて実施されている要保護児童の就農プロジェクト「きつきプロジェクト」の事例を通じて分析を実施した。本事例では、プロジェクト企画・準備の段階からの創設及びその後の継続への取組みまでの過程を自治体職員の立場から観察した。各課程における課題を解決策と整理整理することで、官民連携による農福連携の可能性を地方自治体の視点から分析する。 III 事例の分析:事例事業概要、自治体における課題 1 本事例事業の概要 要保護児童などサポートが必要な若者に対する支援を実施する団体として、2014年に設立された「NPO法人おおいた子ども支援ネット」(以下「子ども支援ネット」)がある。子ども支援ネットは、卒園児童のアフターケアなどの事業を行っており、日々離職をした卒園後の児童の課題に直面していたが、支援の限界を感じることも多く、新しい解決策の必要性を感じていた。そこで、その解決策について相談を持ち込んだのは大分県杵築市であった。杵築市内には児童養護施設はなく、子ども支援ネットの基盤も他の自治体にあったが、杵築市長は元県庁の福祉部長であったという経歴があり、そのつてをたどって杵築市に相談に来たのであった。子ども支援ネットは、日々の直面する課題から、次のような仮説を立てていた。 児童養護施設の卒園児童の中には、施設が紹介できる工場作業や営業などの特定の仕事では適性が合わず、自然を相手に行う農業のような仕事の方が適している児童がいるのではないか 1) 。 卒園後に工場作業や営業などの仕事に就いて適性が合わず離職したとしても、就農体験しておくことで、農業関連の仕事でやり直しを図ることができるのではないか。 一方、杵築市においても、地域課題の解決策となる可能性を感じていた。それは以下の通りであった。 人数は例え僅かであっても、20歳前後の若者が地域で働いてくれることは、高齢化が進んだ地域にとっては、かけがえのないことである。 地域の高齢者は、児童や若者に寛容であることから、うまく接し、若者の良いところを時間をかけて伸ばすことができるのではないか。 福祉と農業という2つの異なる性質の課題にかかる取組みではあるが、これら2つの課題を連携させれば2つとも解決できる可能性があり、少なくとも同じ方向に向かっていくことで解決策は見えてくると考えられた。このことを杵築市と子ども支援ネットの両者が認識できたことから、要保護児童の就農プロジェクト「きつきプロジェクト」のアイデアを具体化する検討が2016年に始まった。そして杵築市にとっても子ども支援ネットにとっても一致した目標をすぐに持つことができた。それは、「市内で就農者となり新しい生活を築くこと」であった。その目標に向けて事業内容は検討された。 県内の児童養護施設の入所児童を対象に、杵築市の農家及び農業法人にて1日~数日の就農体験をしてもらう事業を立ち上げた。県内9つの児童養護施設を対象に参加説明会を開催した。児童には漠然と農業に興味を持つ者も少なからずいて、初年度から、児童養護施設の中学生や高校生など20~30人程度が参加してくれた。ただし、ほとんどの児童は、農業を職業の選択肢と考えるどころか、体験さえもしたことがなかった。 本事業では、できるだけリアルに近い就農体験をしてもらうために、実際の農業と同様に、午前6時から作業を開始した。酪農では、餌やりや子牛の世話などのメニューに加えて、牛糞掃除など、過酷なメニューにも取り組んだ。就農体験の実習先には、高齢者がいることも多く、褒めたり、会話をしたりしながらゆったりと作業を教え進めた。多くの児童は、普段は見せない真剣な態度で取組み、また長時間それを継続できた。参加児童の普段見せない真剣な態度は、児童養護施設の職員を驚かせた。「また、行きたい」と継続して毎年参加する児童が出始め、中には就農してくれるのではないかと期待できる子も現れるようになった。高校生の中には、「真剣に農業をやりたい」と農業大学校に進学したり、また、中学生の中には、高校進学時に農業科に進学する児童も出てきた。 初年度の事業を無事に実施し、その取組みを杵築市のケーブルテレビで放送した。「なぜ、県がやるべき問題解決を市でやらなければならないのか」という苦情が来るのではないかと心配していたが、実際には「久々にいい事業をやった」とお褒めの連絡を何本も頂くなど、予想以上の反響を得ることができた。それは、市民や市議だけでなく、農業者にも響き、次年度から研修の候補先が3箇所から14箇所に増えた。また、中には、雇ってもよいと申し出てくれる農業法人もいた。更に、事業の成果をビデオ化及び冊子化して企業へ報告したことでその理解度が高まり、継続的に協力を得ることができるようになった。 そして、市内の農業法人に就職する初めての児童が出たのは2020年の春のことであった。その児童は、中学から本事業に参加していた。最終目標としていた待望の成果が得られるまでに、本事業を開始して5年の歳月を要したが、毎年興味を持って参加してくれる次期候補者が既に何人かおり、事業の展望は明るい。本事業は、8年を経過した今も継続している。 【事業概要】 出所:日本総研シンポジウム「国に依存できない時代の地域・雇用・社会保障」市長説明資料(2018年2月、杵築市作成) 2 地方自治体での取組みにおける課題 (1) 市役所組織の縦割りの打破 本事業が対象とする分野は、地方再生、児童福祉、新規就農と複数に渡っており、当時の市役所組織では、企画部門、福祉部門、農業部門がそれぞれ別々に所管をしていた。まず、それらすべての課において、本事業へ取り組む目的と役割を取組開始時に明確にすることができたため、事業へ共同で参画する方針を固めることができた。 企画部門:目的は地域再生、役割は全体調整及び予算確保 福祉部門:目的は児童福祉の推進、役割は子どもネットや児童養護施設との調整 農業部門:目的は新規就農者の確保、役割は就農体験の場の創出や農業者との連携調整 また、上記の通り、異なる複数の目的が掲げられており、その方向性があいまいになる可能性があったため、何年目に何をしてどんな成果を目指すのかについて、ロードマップを作成した。このロードマップには、市役所の目的だけではなく、子ども支援ネットの目的も組み込んだものとして作成をしたため、本事業関係者間で全員の共通認識とすることができた。そのロードマップに沿って5年間の取組みを推進することができた。 (2) 予算の確保(税金投入の是非) 杵築市役所には本事業の予算化に関する課題があった。市域に児童養護施設のない杵築市が、県内9つ全ての児童養護施設から児童を農業研修に受け入れることの是非についてである。市内に若手の就農者を確保するという事業であるとはいえ、「市民でもない児童に、市民から頂いた税金を費やしてよいものか」という問題点 であった。市役所での予算化は、議会で承認を 得ることができるかという点にあり、政治決着 による打開の可能性もあるが、それでは成果が出るまで継続的に予算化ができるかわからない。市民からの税金をできるだけ使わず予算化することができれば、それが理想的であった。 タイミングよく、この時期に企業版ふるさと納税制度が創設された。この制度をうまく使えば、我々の課題解決の取組みに賛同してくれる企業から資金を集めることが可能となり、市民からの税金に頼る必要はなくなる。ただ、企業版ふるさと納税から事業費を確保するためには、申請時に事業の詳細のほか、少なくとも1社以上の確約できる寄付企業を記載する必要があった。当時、企業版ふるさと納税は創設されたばかりの制度で、企業での認知度もかなり低く、内閣府へ提出する書類に実名を載せてくれる企業が短期間で見つかるか難題であった。そこで、杵築市長自らが担当者と共に企業回りを行い、それぞれの経営者へ直接会い、事業への協力を訴えた。最初の訪問先で解決するべき課題と事業内容を経営者に説明したところ、「そのような課題が放置されて良い訳がない。うちは協力します。」と即答いただき、弾みがついた。その後も同様に市長が4社を回り、最終的には5社中4社から同意を頂くことができた。その後、この取組みは、内閣府の優良4事例の一つに取り上げられ、日本経済新聞全国版の1面記事広告として主要企業名とともに掲載された。このことは、協力いただいた企業にとって予想外のメリットとなった。 IV ディスカッション 1 考察①:組織連携を進める取組み 市役所をはじめとし、NPO、農業者などそれぞれ立場も役割も違う者たちが、1つの事業で連携することは容易ではない。特に、福祉、農業など、それぞれ専門性の高い分野に渡る連携となると尚更である。これらの組織連携の課題を超えるためには、以下のような視点の取組みが重要であると考えられる。 「誰もが理解できる明瞭な課題の設定と、社会的に受け入れられる解決手法の明示」が大変重要である。農福連携は、通常の農業や福祉以上に、多くの関係者の協力が必要となる。分野の垣根を越えて連携するために、誰もが課題と解決策を理解できることが重要である。この点への配慮ができていれば、共感を得ながら関係者と連携していくことができる。また、要保護児童の就業の観点からも多職種連携による社会のサポートが重要であり、同様に課題と解決策の理解が重要である 2) 。 市役所が関わる場合、庁内で組織を超えて目標となる一致したゴールを共有しコミュニケーションと役割分担をしていくことが必要である。普段から、特に管理職間で情報や意見交換をする習慣をつくれば、組織を超えることは難しいものではなくなってくる。 全て役所内で完結しようとするのではなく、餅は餅屋であり、適切な専門性や機能を持つ民間企業やNPOなどと官民連携をしっかりと進めることが重要である。 2 考察②:持続可能な仕組みとすること 地方自治体の取組みは、ビジネス取引よりも関係者が多く課題が複雑であるため、その成果を得るまでに時間がかかる。言い換えると、成果を手にする前に、次の投資を求められることになる。特に、医療や福祉分野の取組みついては、その傾向が強い。地方自治体において、持続可能な仕組みとするためには、以下の重要な要因が考えられる。 関係者全員が合意・納得できる1つのロードマップを作成し、共通認識とする。このロードマップがあれば、関係者毎に目的や役割が 異なっても、将来の成果に向けて同じベクトルを持って迷わず進んで行くことができる。 「明らかな社会的課題の解決は予想以上の共感を得る」ことを最大限に生かすことである。解決しようとしている社会的課題について、ステークホルダーにしっかりと伝えて理解してもらうこと、また、その解決のプロセス自体も理解してもらうことで、直接的そして間接的に、組織的そして個人的に取組みをサポートしてもらうことができる。 3 考察③:要保護児童の意向を最優先した取組みとすること 地方自治体の取組みは、職員や費用が動けば、議会説明の対象となり、その成果について説明することとなる。ただ、本取組みは、要保護児童の将来にかかる取組みであるため、より良い選択肢の提示については主催者側の努力で実現が可能であるが、それを選ぶのは要保護児童であり、その意向を最優先にすることが前提となる。見込める部分と見込めない(見込むべきでない)部分が本取組みで共存しており、それらを分けて検討する必要がある。 協力者、住民、議会などステークホルダーに、要保護児童の意向が最優先であることを、事業実施前に理解してもらう。 最終的なゴールを就農できた人数ではなく、関係人口など長い目で見て相互に有益な関係作りなど、緩やかなものとしていく。 児童養護施設卒園者の移住・自立に向けた就農チャレンジロードマップ 出所:日本総研シンポジウム「国に依存できない時代の地域・雇用・社会保障」市長説明資料(2018 年2月、杵築市作成) V まとめ 本研究では、地方自治体などの組織体としての動きを中心に分析を実施した。しかし、本研究が対象としているような新しい事業では、関係者個人の動きも大きく影響すると考えている。今枝・藤井[2022]は、地域資源を「地方創生の起爆剤」として活用する新しい取組みを成功に導く要因を研究しており、その成功要因としてマルチプレイヤーの存在をあげている。実は、市役所にも、実家が農家であり、地域の農業者、農業法人、地縁組織など様々なネットワークと繋がっているマルチプレイヤーも少なくない。そのようなマルチプレイヤーが関わることで、成功の可能性を高めることができるのではないかと推察される。 児童養護施設の退所児童については、平成16年の児童福祉法改正で、各施設の業務に退所者の相談支援を規定し、アフターケア事業を推進 しており、施設単位や広域単位で実施している。また、赤間ら[2021]の調査においても、アフターケアを行なった者については、約半数が入所当時の担当職員となっており、入所施設が重要な役割を担っている。その一方で、施設の職員は、入所児童の支援など業務が多忙であり、卒園児童に対するケアに多くの時間を費やすことは容易ではない。そのため入所施設やその担当職員に多忙な中でも就農支援の内容を知ってもらい、就労の選択肢として退所児童へ提示してもらえるように、信頼できる連携先となっていくことが重要である。 障がい者の農福連携においては、既にいくつかの先行研究がある。吉田[2019]によると、 障がい者が農作業へ従事することが増えている。しかし、それらのほとんどは、障がい者への農作業委託を限定された期間に実施することであり、就農にまでは至っていない。一方で、要保護児童の就農については、まだ研究文献が少なく、手探りで実施しなければならない状況にある。本研究対象となっているきつきプロジェクトでは、要保護児童の就農を目指しており、本事例の分析を通じて成功要因を明らかにし情報発信を行うことで、本事業の拡大・継続、そしてより対象者の多い学校教育や社会教育における同様の取組みの拡大に資するため、本研究を継続したい。 [注] 1) 厚生労働省[2022]児童養護施設の年長児童の将来の希望(職業)では、中学3年生以上の児童養護施設の児童に、将来の希望職業を聞いているが、「先生・保育士・看護師等」11.3%、「工場に勤める」5.3%と比べると少ないが、「大工・建築業」3.5%、「農業・漁業・ 林業・酪農等」2.5%、「運転手・船乗り・パイロット等」1.5%と農業への希望が一定割合はあることがわかる。 2) 要保護児童支援の観点から見ると、矢野 [2021]は対象児童を中心に「関わり合いの糸(ネットワーク)」を張り巡らせることが望ましいとしている。また、その中で出てくる「壁」がいわゆる「多職種連携」「多機関連携」であり、その壁はサポート側つまり社会側にあるとしている。 [参考文献] 総務省[2019]「地域・地方の現状と課題」、4頁。 厚生労働省[2023]『厚生労働白書』、58頁。 厚生労働省[2022]「児童養護施設入所児童等調査の概要」、23頁。 赤間健一・稲富憲朗[2021]「児童養護施設における退所児童の自立の現状と課題―小規模 データを参考に―」。 佐久間美智雄[2021]「山形県における児童養護施設等の退所者支援に関する考察」『東北文教大学・東北文教大学短期大学部紀要』、5: 81-102頁。 片山寛信[2018]「児童養護施設のアフターケアのあり方: 当事者の語りからの一考察」『札 幌大学女子短期大学部紀要』66: 7-30頁。 大村海太[2017]「児童養護施設退所者への自立支援の歴史に関する一考察(2)――1990年代 後半から現在までの政策に焦点をあてて――」『駒沢女子短期大学研究紀要』、50: 43-53頁。 久保原大[2016]「児童養護施設退所者の人的ネットワーク形成: 児童養護施設退所者の追 跡調査より」『社会学論考」、37: 1-28頁。 樋川隆[2015]「社会的養護事例の研究」『山梨学院短期大学研究紀要』、70-81頁。 矢野茂生[2021]「子どもたちの明るい未来を紡ぐために─特定非営利活動法人おおいた子ども支援ネットの取り組み」『世界の児童と母性 第90号』公益財団法人 資生堂子ども財団、35-38頁。 吉田行郷[2019]「農業分野での労働力不足下における農福連携の取り組みの現状と展望」 『農業市場研究第28巻3号(通巻111号)』筑波書房、13頁。 認定NPO法人ブリッジフォースマイル「全国児童養護施設退所者トラッキング調査2021」。 今枝千樹・藤井秀樹[2022]「地方創生における地域資源の戦略的活用とその成功要因―広島安芸高田神楽のケーススタディー」『公益社団法人非営利法人研究学会』VOL.22、53頁。 堀田和宏[2017]『非営利組織理事会の運営~その向上を求めて~』全国公益法人協会。 相澤仁ほか[2022]『おおいたの子ども家庭福祉~子育て満足度日本一をめざして~』明石 書店。 鈴木秀洋[2019]『子を、親を、児童虐待から救う』公職研。 山田敦弘[2020]「【人口減少時代の地域経営4】複数の課題を解決する農福連携」『地方 行政』時事通信社。 山田敦弘ほか[2016]『未来につなげる地方創生~23の小さな自治体の戦略づくりから学ぶ ~』(第2部 民間派遣者が決裁権限を持つということ)日経BPマーケティング。 論稿提出:令和5年12月20日 加筆修正:令和6年5月14日
- ≪査読付論文≫ 自治体外郭団体の運営実態に関する考察 ―自己組織性の視角による事例分析に基づいて―
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 公益財団法人倉敷市スポーツ振興協会総務企画課長 吉永光利 キーワード: 外郭団体 自己組織性 ゆらぎ 自己化 自己増殖 要 旨: 本稿は、自治体外郭団体が国等による多様な行政施策に対応しながら、どのような運営を行っているのか、自己組織性の視角から、その実態を考察するものである。 外郭団体とは、一般的に国等が設立時に出資等を行っている、あるいは人的・経済的な支援を継続的に行い、運営に関与している団体のことである。その特性から、組織の存続可否も含めて、国等が行う施策の影響を受けることが多い。 そのような管理下にあり、活動に制約がある一方で、自律的な運営を行い、一定の成果を収めている事例が見られる。そこで、本稿では、そのような事例分析を通じて、自治体外郭団体がどのような運営を行っているのか、とくに、運営の主体となる人(職員)の意識や行動に焦点をあてて、その実態を考察するものである。 構 成: I はじめに II 分析対象と方法 III 調査の設計と結果 IV 考察 Ⅴ おわりに Abstract This paper examines how a municipality-affiliated organization actually operates while responding to various administrative measures taken by the national government, etc., from the perspective of self-organity. An affiliated organization is generally an organization in which the government invests at the time of establishment, or to which the government continuously provides human and economic support, and is involved in its operation. Due to its characteristics, it is often affected by measures taken by the national government, including whether or not the organization can survive. While municipality-affiliated organizations are under such control and have restrictions on their activities, there are cases in which they operate autonomously and achieved certain results. Therefore, this paper examines the actual situation of a municipality-affiliated organization through the analysis of such cases, focusing on the awareness and behavior of the people(staff), who are the main actors in the operation. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 従来から、「役人の天下り先」、「官民のもたれあい」といった社会的な批判(例えば、吉田[2017]、16-17頁)のある外郭団体(an affiliated association, an extra departmental body:高寄[1991]、3頁)であるが、これまで、国等による見直しのなかで、団体の存在意義や存続の必要性に関する是非に関して、多くの議論が行われている (内閣府[2001][2002])。その一方で、実際に、外郭団体がどのような運営を行っているのか、そこで働く人々の意識や行動に着目した研究は、それほど多くないように思われる。 ここで、外郭団体は、国や自治体から人的・ 経済的な関与を継続的に受けており、行政施策の代行者という役割がある(蛯子[2009]、6頁)。そのため、活動に公的な制約があり、裁量のはたらきにくいところがあると思われる。また、国、あるいは都道府県、市区町村のいずれか、あるいは複数からの関与が考えられ、管轄ごとの施策(縦割り行政)に対応するため、事業分野が多岐に亘っており、複雑な様相を呈している。 そのような状況ではあるが、例えば、国の管理下にあり、市区町村にまで展開し、類似する事業を行っている外郭団体間の活動状況を比較すると、各々の事情は異なるにしても、その成果 1) (例えば、会員・利用者数の増加)に顕著な差異のある事例が見られる。このような事例に関心を寄せると、どのように自律的、あるいは独創的な運営を行っているのだろうか、という疑問が生じてくる。それは、内発的な要因として、団体自らの意志決定により(能動的に)運営しているのか、その反対に、外発的な要因として、国等の意向に沿って(受動的に)対応しているのか、実態のはっきりしないところがある。 そこで、本稿では、自己組織性(self-organity)という概念(装置)を使って、自治体外郭団体(amunicipality-affiliated organization)がどのような運営を行っているのか、時間の経過とともにどのように変容しているのか、そこで働く人々の意識や行動に焦点をあてて、その実態を考察するものである。実践的に言えば、団体の抱える多様な問題に対して、外部から指示されて行うのではなく、自らの課題として、どのように内発的に対応しているのか、このような問題関心である。 以上の問題関心に基づく本研究の課題は、自己組織性の視角から、自治体で活動する外郭団体の運営実態を考察することである。 II 分析対象と方法 1 外郭団体 (1)定義 本研究の分析対象は、自治体外郭団体の自己組織性である。ここでは、外郭団体に関する諸議論を概観し、本稿における外郭団体の定義を提示する。 まず、高寄[1991]は、形式的な定義として、地方自治法第199条に準拠し、一般的には、土地・住宅・道路の三公社と25%以上の出資法人との規定で、概ねの外郭団体が包含されると指摘している(58頁)。その一方で、形式的に限定することに対する批判として、首長(自治体)が外郭団体の行政・政治・経営上の責任を負うことから、実質的支配・業務・機能関係から定義する意義を指摘している(61頁)。 朝日監査法人[2000]は、地域政策研究会 [1997]による地方公社の定義(1頁)を参照したうえで、高寄[1991]と同様に、地方自治法第199条を根拠として、「25%以上出資法人」を外郭団体と定義している。そのなかで、種類や成り立ちの多様性を踏まえて、設立根拠となる法律により区分ができると指摘している(2- 3頁)。 蛯子[2009]は、「地方自治体及び地方自治体が過半を出資する団体が出資・出捐する法人」と定義している。そして、外郭団体の法人形態を「公益法人(旧特例民法法人)」「会社法法人」「地方三公社」「地方独立行政法人」と区別し、朝日監査法人[2000]と同様に、根拠法に焦点をあてている(2頁)。 次に、都道府県別人口数の上位3位(東京都・ 神奈川県・大阪府)による外郭団体の定義を概観する。各定義を簡略にまとめたものが、 図表1 である。 上述のように、外郭団体の定義は、従来、地方自治法第199条の規定を準用し、出資等経済的な関与の部分に焦点をあてていることが一般的であった。いわゆる、国等の組織(官のシステム)の一部という捉え方である。ところが、自治体による定義を見ても明らかなように、外郭団体という概念の捉え方が多様化し、呼称もその規定も変化し、一義的な意味ではなくなってきている。これは、従来の行政による支配的・管理的な運営からの変容を意味していると考えられる。いずれにしても、議論が一定せず、拡散しているところがあるが、本稿では、外郭団体で働く人々の意識や行動に焦点をあてていることから、経済的な部分を強調せず、仮に「国等と協働して政策実現のための事業を行い、かつ国等の現職、あるいは退職者が常勤役員等に就任している団体」と定義しておく。 図表1 都府県による外郭団体の定義等 出所:各自治体のホームページ(2023年5月8日アクセス)を参考に筆者作成 (2) 自治体外郭団体の運営状況 ここでは、高寄[1991]を手がかりに、自治体外郭団体の運営状況を概観する。 自治体外郭団体の運営では、自治体からの出向者(現職・退職者)と直接雇用しているプロパー (固有)職員による体制が多く見られる。そうしたなか、高寄[1991]は、自治体の人事ローテーションとして、出向者が経営管理層を占めることにより、プロパー職員の経営マインドを損なっていると指摘している(228頁)。これは、適材適所の配置を行う以前に、外郭団体の人事権が働いていないことを意味している(244頁)。 そして、このような重要な人事が自治体事情で処理されているところがある(269頁)ことから、高寄[1991]は、外郭団体の人事施策に関して、第1に、自治体退職者が天下るとしても人事を固定化せず、適材適所を図ること(270頁)、第2に、自治体出向者とプロパー職員との同部門への混合方式を避けること(273-275頁)、第3に、長期にわたって運営を支えるプロパー職員の人材確保と養成を行うこと、これら3点を指摘している。なお、これらの指摘は、プロパー職員の人事の展望を開く必要性を言及しているのだが、その一方で、任せきりにすることが最適ではないと指摘している(276頁)。 次に、自治体側の思惑では、高寄[1991]は、経営戦略の手段・機会として、外郭団体を活用していく政策認識に欠けていると指摘している。それは、首長以下幹部も含めて、その経営につき関心度が低く、便宜的に利用する知恵は働かせても、政策的に活用する志向性が薄いからである(256頁)。そのため、外郭団体が事業活動で独自性を発揮し、新しい事業分野を開拓することによって、自治体支配の精神的・財政的しがらみから脱皮し、実質的な独立性を構築していく可能性を指摘している(246頁)。ここで、本稿では、自治体出向者が運営のマイナス要因になるとの否定的な見方ではなく、出向等を前提としたうえで、どのように自律的な運営を行っているか、という視点である。 ところで、高寄[1991]の研究からすでに30年以上経過しているが、上山[2018]においても、プロパー職員の人事の展望に関する同様の指摘があり、それほど進展していないように思われる。しかし、自治体支配からの脱却策としての独自性の発揮、あるいは新事業領域の開拓 (高寄[1991]、246頁)といった他であまり例のない事例 8) (海外での事業化、縦割り行政の垣根を超えた事業化)が見られる。このことから、活動に制約があり、閉鎖的と思われる外郭団体において、「ヒト」の属性にかかわらず、そこで働く役職員が起点となって、すべてではないが、自律的な運営へと転換している状況があるのではないか、という疑問が生じてくる。これは、本研究の契機にも関連している。 (3) 事例の選定 探索的ではあるが、本研究の課題に基づき、 2020年に実施したインタビュー調査 9) (以下「前調査」と記す。)のレビューを行った(吉永[2021])。ただし、前調査対象先15団体のうちの8団体は、民間等の出資団体であったため、残りの7団体を対象に進めた。そのレビューでは、強権的リーダーによる支配的な団体、同地域団体の不祥事により行政指導が強まっている団体、著しく小規模(常勤1~2名)の団体、存続が危ぶまれている(大幅な人員・予算削減)団体など、それぞれに背景や状況が異なっていた。 ここで、本研究の契機は、上述の問題関心に基づくものであるが、例えば、組織の成果が高い(顕著な)団体の方が自己組織性(自律的・自己決定的な性質)の特性を捉えやすいと考えられる。さらに、ランダムに抽出した事例よりも、類似する事業を行う団体(類似団体)間で条件を揃えた方が成果の程度を比較しやすいと思われる。ただし、ここで留意しておきたいことは、自己組織性を発揮すれば成果が得られる、そのような因果的関係性には必ずしもない、ということである。そのほか、筆者の実務経験に関連して、研究に不可欠な要素である客観性を考慮し、以下の4点を選定理由としている。 ① 因果的結びつきを考慮し、一定の成果(従属変数)を収めている団体(成長・達成度) ②意思決定を他に委ねず、自己決定的な運営を行っている団体(自主・自律性) ③同一目標(計画)に沿った活動を行っている全国組織の団体(成果の相対性) ④筆者の実務経験(スポーツ系)を考慮し、他分野の団体(客観性、偏見の除去) 以上の理由から、レビューを行った7事例のうち、自治体(市区町村)で活動するシルバー 人材センター(以下「センター」と記す。)の2団体(A社団・B社団)を選定した。 (4) シルバー人材センター組織の概況 公益社団法人全国シルバー人材センター事業協会( https://zsjc.or.jp/about/about_02.html 、2023年7月7日アクセス、以下「全シ協」と記す。)によれば、センターは、国等の高齢社会対策を支える組織として、概ね市区町村単位に設置されており、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(昭和46年法律第68号)の規定に基づいた事業を行っている。現在は、高年齢者を会員とした社団であることを原則とし、かつ都道府県知事の認定を受けた公益法人として活動している(厚生労働省所管)。そして、各都道府県単位に、シルバー人材センター連合会(以下「連合会」と記す。)が設置されており、全シ協、連合会、センターが一体となり、広いネットワークを活かした事業を展開している。 事業推進に係る計画では、全シ協が2018年3月に「第2次会員100万人達成計画(以下「100万人計画」と記す。)」を策定しており、このなかで、会員拡大を最重点課題としている 10) 。この拡大では、①女性会員の拡大、②企業退職(予定)者層への働きかけの強化、③退会抑制、④新生活様式に対応した多様な就業機会の開拓、⑤80歳超でも活躍できる就業環境の整備、これらを重点目標としている。なお、全国の会員加入者数をまとめたものが、 図表2 である。 図表2 のとおり、前調査時(2020年)における会員加入者数は、69万8,419人であり、それ以降、減少傾向にある。また、都道府県別の詳細は記載していないが、本稿で事例とする2団体が所在する県も減少しており、100万人計画策定時の2018年から2021年(両年を比較)にかけては、3.11%減少している 11) 。そうしたなか、A社団では13.53%、B社団では19.75%増加しており、県下上位2位を占め、その成果は顕著なものである。 図表2 シルバー人材センターの全国会員加入者数 出所:全シ協公開情報を基に筆者作成 2 分析の方法 本研究は、自治体外郭団体が「どのように」、あるいは「どのような」運営を行って(組織が変容して)いるのか、という実態解明を試行している。そのため、分析方法では、事例分析による定性的な方法が妥当である 12) とし、採用している。そして、本稿では、自己組織性の視角から、以下の理論的定義に基づき、吉永[2023] の議論を踏まえて、後述の2つの視点に限定した分析を行う。 (1) 自己組織性の定義 自己組織性とは、平易に言えば、ランダム (random) から秩序(order or rules) へと自ら組み上がる性質の総称(都甲他[1999]、6頁) であり、自然科学にその原典がある。この概念は、1970年代以降、社会科学の分野で多く応用されている(庭 本[1994]) が、本稿では、「システムが環境との相互作用を営みつつ、みずからの手でみずからの構造をつくり変える性質を総称する概念(今田[2005]、1頁)」と定義する。この定義のなかで、「環境との相互作用」とは、オープン・システム(open system)を示唆しており、これは、有機体的組織観であると考えられる。次に「みずからの構造をつくり変える」とは、自己の範囲を規定し、その規定した自己のなかで自らが変容していく、つまり、有機体の特徴である開放系のなかに特殊的な閉鎖性を内含している、このような見方である 13) 。 この定義における自己組織性は、基本的には、生命システムを一般化した概念(吉田[1989]、255-256頁)であり、有機体的組織観に立った非線形的・動態的な自己決定論である。そして、その特徴は、組織の変容過程のはじまり(ゆらぎ(fluctuation)の生起)となる兆しを重視しているところにある(今田[2005]、125-127頁)。 (2) 本稿における2つの視点 本稿における自己組織化(self-organization)は、 ゆらぎ 14) を変容の起点として、時間の経過とともに秩序化(形成・安定)するというメカニズム(mechanism)である。このフローを図示したものが、 図表3 である。 図表3 のように、組織内に発生したゆらぎ(個人による疑問や緊張など) 15) に起因して、自己言及(self-reference)を通じて、どのように秩序化していくのかを選択(selection)し、秩序化していく、このようなフローである。ただし、ここでの秩序化は、組織が静的な状態に向かい、その構造が硬直化していくことを意味している。そのため、とくに、活動に制約の多い組織においては、硬直状態(マンネリ化)に陥りやすいことが考えられ、これを打破するためには、断続的にゆらぎ(貯蔵情報:既存秩序への疑問)を内発させていくことが有効になると考えられる。これは、現状に満足せず、改善意識をもって自省的な運営を行っている組織に見られる特徴であると思われる。 ここで、今田[2005]は、シナジェティック (synergetic)な自己組織性の4つの特性を指摘している(28-34頁)。具体的には、第1特性が「ゆらぎを秩序の源泉とみなす」、第2特性が「創造的個の営み(self-discipline)を優先する」、第3特性が「混沌(unconventionality)を排除しない」、第4特性が「制御中枢(control-center)を認めない」である。そして、吉永[2023]は、これら4つの特性を踏まえて、5つの論点を指摘している(122-124頁)。本稿では、狭義的ではあるが、そのなかから、以下の「ゆらぎと組織」、「自己化」の2つの論点に絞り、集中的な考察を行う。 図表3 自己組織化のフロー 出所:吉永[2023]、124頁 ① ゆらぎと組織 「ゆらぎと組織」は、上述の今田[2005]による自己組織性の第1特性に関連するものであ る 16) 。これは、社会学の命題である「個人と社会」の関係性にも関連している(吉田[1995]、31-32頁)。本稿におけるゆらぎ、すなわち、組織を変容させる起点は、個人(構成員)であり、これは、同様に第2特性に関連している。反対の見方として、例えば、社会や組織の施策によって、組織が変容していくことが考えられるが、その場合においても、それを個人が自らの問題 として捉え、内発的に組織を変容させていく、このようなものの見方である。 次に、同様に第3特性は、第1特性の「創造的個の営み」を推進するため、構成員による組織への働きかけをノイズ(noise)とみなすのではなく、積極的に取り込む組織のあり方を指摘している。同様に第4特性は、特定の人間による支配的な運営に対する批判を意味している。これは、職位にかかわらず、ゆらぎがどのように組織の変容にかかわり、それを受容する体制が組織に備わっているか、という視点である。つまり、ここでの「ゆらぎと組織」とは、個人を起点に組織とどのように相互作用しながら、組織の変容、あるいは事業の推進を図っていくか、このような双方向的・相互作用的な視点である。 ② 自己化 「自己化」とは、文字どおりには、自己と化していくことであり、他者を自己に取り込む、あるいは自組織の運営に巻き込んでいく(自己増殖)、という意味が含まれる(例えば、上田 [1996]、中野[1996]を参照)。ただし、この場合、自己の組織をどのように規定するか、という問題が生じてくる。外郭団体であれば、事務局のみを組織と規定するのか、役員も含めるのか、あるいは社団であれば会員をも含めるのか、このような運営上の意識にも関わってくる。その一方で、例えば、自治体が外郭団体を取り込もうとすること(自治体の自己組織化)に対して、自己を保つという意味において、他者からの同一化に抗うことも自己化における特徴的な組織行動であると考えられる。 次に、自己の範囲を拡大していく、という視点がある。これは、活動(事業)に規制のかか りやすい外郭団体にとっては、どのように事業を拡大させていくか、という問題がある。その反対に、既存事業においては、どのように縮小・廃止していくか、という視点も同様にあり、組織の自由度や自己決定的な運営に起因すると考えられる。 以上のことから、本稿では、第1に、「ゆらぎと組織」の関連性に着目しつつ、どのように外部環境と相互作用しながら、内発的に組織を変容させているのか、第2に、組織変容(結果) としての「自己化」の視点から、自己の組織をどのように規定し、自らの存在意義を外部に示せているのか、このような考察を行う。換言すれば、「ゆらぎ」と「組織」との関連性 17) (独立変数)に起因して、その組織が外部環境と相互作用しながら、どのように「自己化」(従属変数) を図っているか、このような視点である。 (3) 概念の操作 上述の自己組織性の理論的定義、および2つの視点を踏まえて、本稿における鍵概念を「ゆらぎ」「組織」「自己化」の3つに特定している 18) 。そして、これらの概念に解釈を加え、実践的な視点(調査の着目点)としてまとめたも のが、 図表4 である。 図表4 自己組織性における鍵概念と実践的な視点 出所:筆者作成 III 調査の設計と結果 1 調査の設計 本研究で必要なデータを追加で収集するため、2事例を調査対象として、前調査に引き続 き、インタビュー調査(以下「本調査」と記す。) を行っている。なお、前調査と本調査のインタビュー内容(管理職対象)が、各事例の組織現象の説明を示せているかの信頼性を確認するため、一般職を対象にアンケート調査(以下「意識調査」と記す。)を行い、データ(回答内容)の妥当性を検証している(詳しくは、Vの後に掲載の「補論」を参照のこと)。 本調査の目的は、「ヒト」の組織への関わりが、運営にどのような影響を及ぼしているのかを自己組織性の視角から因果的に探索することである。そのため、前調査(3年前)の状況に加えて、さらに、過去の状況をヒアリングし、どのような人的要因により現況に至っているのか、という着眼で調査している。調査の概要は、 図表5 のとおりである。 本調査は、半構造化面接 19) を行っており、具体的な質問項目は、本調査の目的、および自己 組織性の視点( 図表4 )を踏まえて、 図表6 のとおり設定している。なお、応対者へは、文書化した質問項目を実施日前(2023年7月10日付) に、Eメールで通知している。 図表5 本調査の概要 出所:筆者作成 図表6 本調査における質問項目 出所:筆者作成 2 A社団の調査結果 (1) 前調査の概要 A社団の活動する地域は、2005年に9町村が 合併しており、センターもこれを機に統合している。ただし、概ね旧町村エリアに本所と支所 機能を備えているが、合併前のそれぞれのやり 方が統一できていないという問題を抱えてい る。この問題に対して、全シ協が掲げる100万 人計画に基づき、センター独自の計画を策定し ている(目標の数値化)。そして、目標値を役職 員に広く周知・共有することで、意識のばらつ きが解消方向に向かっていると指摘している。 換言すれば、共通目標を通じて、本所と支所間 の横断的な連携(機能)と、会員・役員・事務 局といった縦断的な関係性(構造)が強まって いると考えられる。また、常務理事は、職員の 個性や能力、経験を尊重し、在籍の人材を活か すことに考慮しつつ、定期的な会議等による情 報共有(コミュニケーション)の機会を設けている。 行政との関係性では、仕事の依頼に対して承諾、その反対に拒否している様子等から、従属的な関係ではなく、自己を保持している状況にあると思われる。また、組織の認知度を高め、存在意義を示すため、マスコミ等を活用した積極的な情報発信を行っている。 (2) 本調査の概要 2020年度から3年間にわたり、常務理事が中心となって、国の「きらりシルバー応援事業」に参画していた。参画の目的には、会員拡大・仕事の増加・事務の統一化の3つを掲げており、一定の成果を収めている。とくに、市からの仕事の増加が顕著であり、このことについて、これまでの活動実績による信頼性の高まりの表れであると指摘している。ただし、事務の統一化では、職員間では図られつつあるが、会員のやり方では、未だ地域性が残っており、旧来の秩序が優先されている状況がある。 また、運営面における法的な要請に関しては、全シ協や連合会からの指導・助言に受動的に対応する一方で、事業の本質的かつ実務的な部分に集中した運営を行っている。行政庁との関わりでは、法令等の遵守状況を確認する程度で、運営に関与されるような指導は受けていないと指摘している。なお、情報収集の一環として、県下の地域ブロックを超えて、B社団をはじめとするセンター(他ブロック)との意見交換会 に精力的に参加しており、積極的な交流を行っている。 3 B社団の調査結果 (1) 前調査の概要 B社団では、採用した職員が短期間のうちに、複数人が連続して退職した経緯を踏まえて、コミュニケーションを重視した運営を行っている。これは、人間関係のもつれ(不調和な職員の存在)に起因する職員の連続退職が運営に不安定な状況をもたらし、それに対応する形で、職員間のコミュニケーションの頻度を高め、秩序形成を図っていると考えられる。ただし、その展開は、事務局内にとどまらず、理事や会員へも広げており、全体的な協調に努めている。その一方で、類似団体による過去の不祥事を例に、特定の者が仕事を囲い込まない体制の必要性を指摘している。さらに、市との関係性では、副市長がB社団の理事であり、その発言から一定の評価を受けていると認識している。 また、多様な事業を展開していくなかで、会員を巻き込んだ事業を行う一方で、その属性にかかわらず、特定の者に頼らない運営を意識している。これは、今田[2005]による自己組織性の第4特性である「制御中枢を認めない」運営に関連すると考えられる。さらに、限られた財源や人材のなかで、どこまで事業を推進できるか、という自己言及的な運営を行っている。そのほか、県内外を問わず、先進的な取り組みを行っている他センターとの関係を構築し、情報交換・収集を積極的に行っている。 (2) 本調査の概要 一昨年前から雇用が安定に向かっており、その要因の一つとして、職場の雰囲気が改善されたことを指摘している。この改善と新たな事業化では、1人の若手職員による影響が大きいと指摘している。運営体制では、民間出身の代表理事、自治体出身の常務理事、プロパー職員の役職員がそれぞれの経験による得意を発揮し、考えに相容れない部分がありながらも、バランスの図られた事業が展開されている。また、会員拡大や退会抑止という共通目的を日頃から職員が共有し、相互の理解も高まり、提案の出しやすい雰囲気に変容している。これは、視察研修等による人材育成の成果であるとも考えられる。 全シ協と連合会との情報伝達では、全シ協による方針が連合会経由で各センターに流され、逆に、各センターから全シ協へ報告される情報が集約・拡張され、再びフィードバックされる仕組みが確立している。ただし、昨今のインボイス等の新法対応では、的確な情報が得られないことへの不安を募らせている。また、市から新しい事業提案を求められるなどの期待を感じられない不満がある一方で、仕事の依頼は増加している。なお、両事例から「センターの魅力度 21) 」の向上追求により多くの効用が得られるとの指摘があった。 4 まとめ 各調査結果では、それぞれに背景や問題意識が異なるため、応対者が指摘する事象内容に相違する部分があった。しかし、応対者の主観的な意識や現象の捉え方に相違があることは想定されることであり、それを否定、あるいは定式化しようとすると、実態の説明を不十分なものにすると考えられる。応対者に自由度を与えて、半構造化面接としているのも、このような想定によるものである。その結果、とくに、「ゆらぎ」の事象に関しては、相違した部分が顕著に表れている。その一方で、「組織」と「自己化」の事象では、共通する部分が多く表れている。主な内容は、次のとおりである。 (1) ゆらぎ 「ゆらぎ」関連の事象では、A社団は、新たな秩序形成を推進するための「事業計画」を、B社団は、新たに事業化するための「ヒト」の多様性に着目している。このような相違の要因の一つとして、応対者の職位や属性( 図表5 )による主観的な意識の違いがあると考えられる。具体的には、A社団の応対者(自治体退職者) は、職員の個性に対する言及はそれほど多くなく、団体の旧来の秩序(地域性)や閉鎖的な活動(不十分な情報受発信)を問題とした俯瞰的な見方を行っている。その一方で、B社団(プロパー職員)は、前調査当時、職員が連続退職している状況などもあり、雇用管理(人的資源管理的考察)を中心とした近視眼的な見方を行っている。このようなミクロ・マクロの対照的な視点により、ゆらぎに関する事象内容が異なっていると考えられる。 (2) 組織 「組織」関連の事象では、両事例で共通する部分が確認された。例えば、コミュニケーション機会の創出、外部組織との交流や積極的な情報収集の推奨といった個人(職員)を支援する組織の体制に関する指摘がある。これは、今田 [2005]の指摘(自己組織性の第3特性)に関連するものであり、ゆらぎの発生しやすい状況をつくり出していると考えられる。とくに、B社団では、連続退職に歯止めがかかり、職員が個性を発揮している状況から、個人に対する組織の受容体制が整備され、安定方向に向かっていると考えられる。 (3) 自己化 「自己化」関連の事象では、上述の「組織」と同様に、両事例で共通する部分が確認された。その要因の一つとしては、全シ協が掲げる最重点課題(会員の拡大)が両事例の共通課題であることに起因していると考えられる。その反対に、相違する部分に関しては、その内容からゆらぎ事象(独自の取り組み)への対応といった因果的な関連のある事象であると思われる。また、自治体との信頼関係を意識した運営を行っている一方で、依頼に対する受託の状況から、主従の関係性にはなく、独自性を発揮した運営を行っていると考えられる。 以上のように、データに特徴的な部分と共通する部分のそれぞれが存在しているが、いずれも組織の実態を明示しているものであり、以下では、得られたデータに基づき、考察を行う。 IV 考察 A社団では、常務理事のリーダーシップがゆらぎとなり、事業を推進しているが、B社団では、役職員に多様な個性があるなかで、それぞれの得意を活かし、バランスを図った運営を行っている。また、両事例とも、職場の雰囲気や人間関係に重きを置き、情報の流れやすい状況を創り出している。さらに、共通して、内部のみならず、外部との交流を通じて、積極的に情報収集を行っている。自治体との関係性も良好であり、外郭団体特有の人事的な問題(出向者とプロパー職員との対立)が表面化している状況はなかった。 前調査から3年という短期間のうちに、両事例とも、行政からの仕事の依頼が増加している。このことについて、A社団は、これまで築いてきた信頼の表れ、B社団は、一部不満があるものの運営に対する一定の理解を得ている主旨を指摘している。そして、両事例に共通して、運営における裁量的な部分に対する自治体からの指導等はなく、法的な準拠状況の確認に留まっている。これらのことから、自治体側が団体運営に対して関心がないということではなく、組織の成果を踏まえて、自律性を尊重し、独自性を認めていると考えられる。さらに、全シ協等との関係性においても、支配的・従属的ではなく、それぞれに役割が存在し、対等な関係にあると考えられる。 以上のことから、 図表4 で提示した自己組織性の鍵概念に関連する事象をまとめると、 図表7 のようになる。 図表7 を踏まえて、自己組織性における2つの視点による考察を提示する。まず、本研究の第1の視点(ゆらぎと組織) に関する考察では、第1に、ゆらぎの起点となる職員(要素)の多様性が組織の変容に影響を与えている、ということである。A社団では、常務理事が起点となり、組織の変容(新たな秩序形成)を促しているが、特定の人間によるゆらぎの発生は、短期的には有効であっても、中 長期的には自己組織化が停滞していくと考えられる 22) 。これは、今田[2005]の自己組織性の第4特性(制御中枢を認めない)の指摘による。B社団では、経歴の異なる役職員による意識の違いがゆらぎとなり、変容の起点になっている。そして、職員間の関係性が良好で情報伝達が円滑となり、変容機会が増えていると考えられる。なお、職員の異動が限られ、組織が硬直化傾向にある外郭団体においては、組織を動的に活性化する意味において、自治体出向者の定期的な交代は、リスク要因に転じることもあるが、有 効であると考えられる。 第2に、外部と相互作用する意味において、積極的に情報を取り入れている、ということである。情報とは、あるところからないところに伝わる性質がある(例えば、吉田[1990][1995] の指摘)が、本事例では、上位団体から下位団体へ、その反対に、下位団体から地域的・局所的な情報を上位団体に報告するといった相互伝達の仕組みがあった。また、事例では、他団体(外部)から意欲的に情報収集を行い、とくに、B社団では、先進的な取り組みを行っている団体との関係を構築し、多くの職員に視察・研修機会を与えることで、意識の変化(ゆらぎの発生)を促進させ、組織が変容する機会を創り出していた。 次に、本研究の第2の視点(自己化)に関する考察では、第1に、自己の組織に多様な(他者的)要素を取り込み、協調的な運営を行っている、ということである。事例では、会員との 良好な関係性を重視しており、とくに、退会抑制という観点から、会員満足度を高めるための施策を積極的に実行している。それには、公益追及、あるいは事業拡大のために会員の拡大が必要であり、その拡大のために会員満足度を高める、というロジック(logic)がある。これは、両事例から指摘のあった「センターの魅力を高める」という意味において、自己増殖的に組織を拡大させる組織現象であると考えられる。 第2に、自らの役割を明確にすることで自己を保持している、ということである。両事例では、法的な要請への対応を上部組織に委ね、裁量的な部分に注力している状況が確認された。つまり、それぞれが役割を認識(自己の範囲を規定)し、責任を果たすことで、結果として、全体の効率化を図っている。また、仕事の依頼数の増加によって、自治体との関係性が従属的になることはなく、自己を保持した運営を行っている。換言すれば、自治体への経済的な依存度が高まれば、自治体側の自己組織化に取り込まれることが考えられるが、そのような状況にはない、ということである。 図表7 自己組織性の鍵概念に関連する発見事象 出所:筆者作成 V おわりに 本研究は、自己組織性理論に依拠し、自治体外郭団体を対象に組織現象の考察を行っており、実証的な研究を通じて、理論検証へも貢献できた部分があるように思われる。さらに、事例研究という集中的なデータ収集を行うなかで、多くの因果的要因としてのデータを得られたように思われる。しかし、研究の課題に立ち返れば、事例を用いた限定的な方法であったため、外郭団体全体の様相を明示しているとは言えず、あくまで部分的な議論に留まっている。また、事例から十分にデータを抽出できているとは言えず、引き続きの考察が必要である。そのほかにも多くの課題があるが、ここでは、自己組織化のメカニズムに関連して、時間軸に関する課題を提示する。例えば、高寄[1991]は、外郭団体を「形態・性格別」に分類しており、このうち「性格別」に分類したものが、 図表8 である。 図表8 は、あくまで分類の一例であるが、外郭団体の概念を捉えるために、多くの次元による類型が開発されている。しかし、本事例でも明らかになったように、時間の経過とともに外部からの評価や事業の内容が変わっていく。そのため、同一組織であっても、結局のところ、一時的な状態(分類)を示しているに過ぎないのである。そのように考えると外郭団体の再定義もそうであるが、類型化することの意味を問い直し、時間軸を考慮した新たな次元開発が意義深いものになってくると思われる。 さいごに、本研究の含意を述べる。本稿では、筆者(外郭団体実務者)の事業分野とは異なる事例を取り上げたわけであるが、そこで働く人々の悩みや問題意識、また、実務的経験による偏見やマンネリ化の状況などには、それほど大差がないように思われた。これは、本稿で紹介できなかった他の5事例からも感じられたことである。自治体外郭団体は、少なからず自治体の様子を伺いながら、運営を行っていると思われる。本事例で紹介したように、自律的・能動的な運営により、成果が得られている団体がある一方で、それとは対照的に、自治体による指導監督の下、確実かつ受動的な運営に徹し、連携重視で成果を収めている団体があると考えられる。本稿では、それら対照の是非についての議論には至らないまでも、そこで働く人々が自組織の現状を認識し、将来の運営を考えるきっかけになれば幸いである。 ところで、自治体の評価を意識するあまり、会員や利用者を軽視しているような状況はないだろうか。少なくとも、本事例では、そのような様子は確認できなかった。共通する特徴では、積極的に情報を取り入れ、地域の実状にあわせて事業化し、着実に実行する、それら一つひとつの取り組みが成果に結実している。それは、独創的な施策というのではなく、共有する目標の達成に向けて、社会を巻き込みながら、自己組織を成長させていく、このようなことを徹底した結果であり、いずれの団体も試行可能であると思われる。 図表8 外郭団体の性格別分類 出所:高寄[1991]、71頁を参考に筆者が加筆修正 補論 意識調査の概況 意識調査の目的は、各事例の管理職と一般職との意識の差異を検証することである。具体的には、一般職対象のアンケート調査を実施し、2019年調査のデータ(管理職データ)との相関性と平均値の差異から検証する。以下は、調査分析の概況である。 (1) 対象と方法 調査の対象は、各調査先(事例)に所属する一般職(課長級より下位)である。 調査の方法は、「質問(兼)回答票(10問70項目(5尺度)、記述1問)23)」を両センター事務局 に持参し、対象者15名に配布していただいている(無記名方式)。また、回収方法は、郵送で返信(筆者の職場あて)していただく方法を採用している。 (2) 実施概要 ①実施期間:2023年 7 月18・19日(持参日) ~8月1日(返送の締切) ②回答数:11件(回収率:73.3%) (3) 分析の方法 2019年調査による「管理職データ」と意識調査による「一般職データ」の平均値との相関関係(係数)を事例ごとに求める(n=70)。次に、確認した相関関係を別のアプローチで確認するための検定を行う。 (4) 分析の結果 両事例の管理職と一般職の各データの相関関係を求めたものが、 図表9 である。 図表9 による相関係数の結果、両事例とも管理職と一般職との関係には正の相関がある。さらに、P値が有意水準(0.05)を下回っており、帰無仮説は棄却され、相関係数は統計的に有意である。 次に、別の方法として、平均値の差異が統計的に有意であるかを検証するため、「分散が等しくないと仮定した2標本による平均値の差の検定」を行った結果が、 図表10 である。 図表10 のとおり、P値が有意水準(0.05)を下回っており、相関がないという帰無仮説は棄却され、相関係数は統計的に有意である。したがって、本論における前調査と本調査のデータは、組織の状況を説明できていると解され、これを前提に進めている。 図表9 管理職と一般職のデータによる無相関検定 出所:筆者作成 図表10 分散が等しくないと仮定した2標本による平均値の差の検定の結果 出所:筆者作成 [謝辞] 本稿執筆にあたり、本学会報告を通じて、吉田忠彦先生をはじめとする諸先生方から建設的なご指摘をいただいた。また、2名の匿名査読者にも有益なコメントをいただいたこと、記して感謝申し上げたい。もう1人、80歳を迎えた母利子、いつも応援ありがとう。 [注] 1) 本研究に先立ち、非営利組織の自己組織性に関するアンケート調査(主に中国地方の公益法人を調査対象(回収数119)、以下「2019年調査」 と記す。) を 行っている(吉永他 1[2020]、 吉永[2021])。そのなかで、組織の成果(質問項目25)に関する質問を行っているが、「2.サービスや施設の利用者(会員)数が増加すること(平均値3.96/5尺度)」の項目が上位3位であり、外郭団体を含む公益法人が会員や利用者数を定量的な成果指標の一つに位置づけていることが分かる。 2) 都と協働して事業等を執行・提案し、都と政策実現に向け連携するなど、都政との関連性が高く、全庁的に指導監督を行う必要がある団体。 3) 主体的に都と事業協力を行う団体のうち、資本金等の出資等を受けている団体(①継続的 な都財政かつ都派遣職員の受入、②都財政からの受入割合が50%以上、③全社員に占める都派遣職員割合が5%以上、④都関係者が常勤役員に就任のいずれか)。 4) 県の出資等比率が25%以上、かつ出資等比率が最も大きい法人や県行政と密接な関係を有する法人など、県が主体的に指導する必要があるものとして県が認める法人。 5) 県主導第三セクター以外の第三セクター。 6) 第三セクターのうち、県から財政的・人的支援等を受けることなく事業を展開することが可能な状態であるなど、県から自立したとして、県が認める法人。 7) (1)府が資本金等の2分の1以上を出資等する法人、(2)府が資本金等の4分の1以上、2分の1未満を出資等し、かつ府の出資割合が最も大きい法人のうち、①府職員、または退職者が常勤役員に就任する法人、②府からの補助金、委託料など、財政的支援による収入が経常収益等の概ね2分の1以上の法人、ほか2項目のいずれかの基準に該当する団体、(3) 府の実質的な出資等の割合が2分の1以上、または4分の1以上2分の1未満の法人であり、かつ(2)2の基準に該当する団体、(4)(1)~ (3)以外の法人で、府が損失補償を行っている 団体。 8) 例えば、日本経済新聞[2022a][2022b]によれば、株式会社北九州ウォーターサービスは、全国に先駆けて水道事業をカンボジアで展開しており、また、一般社団法人金沢市観光協会(金沢文化スポーツコミッション部門)は、文化・スポーツ・観光という縦割り行政の垣根を超えた事業を行い、市に経済的効果をもたらせている。 9) 前調査は、2019年調査の回答結果の確認と調査対象である公益法人の自己組織性の程度を定性的に分析するために行った半構造化面接(前川[2017]の指摘を参照)である。このデー タの大部分は、吉永[2021]に収納されている。 10) 公益社団法人全国シルバー人材センター事業協会の令和5年度事業計画(2023年3月)を参照( https://zsjc.or.jp/kyokai/acv_pdf?id=32、 2023年7月7日アクセス。)。 11) 県連合会から、研究目的という条件で、Eメール(2023年6月29日受信)により情報提供していただいており、本稿への記載は最低限に留めている。 12) Yin[1994] は、「どのように」の問題は、 単なる頻度や発生率よりも経時的な追跡が必 要な操作的結びつきを扱い、説明的であるため、事例研究が望ましいと指摘している(1、 7-13頁)。 13) 本稿における自己組織性は、開放性と閉鎖性、有機体観と精密機械観(坂下[2009]、83-94頁) といった従来から経営学で議論されているような二項対立する概念のいずれかからアプローチするというものの見方(組織観)ではなく、それら対立概念が両立することを前提とした視角である(今田[1986]、10-12頁)。 14) 今田[2005]によれば、システムの均衡状態からのズレである(19頁)。 15) 吉永[2023]は、吉田[1990]を踏まえて、 ①既存秩序を変容させるゆらぎ(貯蔵情報)と、 ②新たな創造を促すゆらぎ(変異情報)の2つがあることを指摘している。換言すれば、 ①組織の静的な(static)状態に疑問を呈する形で推進を促す要因と、②組織の創発的な活動を推進する要因の2種のゆらぎである。 16) 今田[2005]は、シナジェティックな自己組織性の4つの特性のうち、第1特性を最大特性と指摘している(28-30頁)。 17) 例えば、今田[2005]による指摘がある(6- 9頁)。 18) ここでは、Yin[1994]が指摘(45-53頁)する「構成概念妥当性(construct validity)」 を考慮しており、証拠源は、吉永[2023]の研究に依拠している。 19) 両応対者には、研究目的での利用許可と紙面での内容確認をしていただいている。 20) 両事例とも、公益法人制度改革に関する影響はそれほどなかったと述べている。 21) ここでの「センターの魅力度」とは、全シ協発行の「令和5年度事業計画(注記10を参照)」 における「1 会員の拡大」の取り組みとしての「(3)魅力あるセンターづくり(6頁)」 に関連するものであり、シルバー人材センター全体の共通目標である。 22) 「特定の人間による」ゆらぎは、今田[2005] が指摘する自己組織性の第4特性(制御中枢 を認めない)に反するものである。とりわけ、A社団の事例では、常務理事のリーダーシッ プ(ゆらぎ)への依存が常態化すれば、実務上の組織トップであることにも関連して、制御中枢機能が強まっていくと考えられる。 23) 意識調査の質問項目70の設定は、2019年調査の全10設問、質問項目141のうち、5尺度点数で各設問の上位と下位の各3~4位の項目に絞って作成している。 [参考文献] 朝日監査法人パブリックセクター部編[2000] 『自治体の外郭団体再建への処方箋』、ぎょ うせい。 今田高俊[1986]『自己組織性―社会理論の復活―』、創文社。 今田高俊[2005]『自己組織性と社会』、東京大学出版会。 上田哲男[1996]「生命体―粘菌に見る自己組織―」、北森俊行他1編[1996]『自己組織化 の科学』、オーム社、21-32頁。 蛯子准吏[2009]『外郭団体・公営企業の改革(自治体経営改革シリーズ)』、ぎょうせい。 坂下昭宣[2009]『経営学の招待(第3版)』、白桃書房。 高寄昇三[1991]『外郭団体の経営』、学陽書房。地域政策研究会編[1997]『最新地方公社総覧(平成2年版)』、ぎょうせい。 都甲潔他2[1999]『自己組織化とは何か―生物の形やリズムが生まれる原理を探る―』、 講談社。 中野馨[1996]「人工物における自己組織」、北森俊行他1編[1996]『自己組織化の科学』、 オーム社、51-71頁。 庭本佳和[1994]「現代の組織理論と自己組織パラダイム」、『組織科学』Vol.28 No.2、37-48頁。 前川あさ美[2017]「第13章 面接法―個別性と関係性から追求する人間の心―」、高野陽 太郎・岡隆編[2017]『心理学研究法―心を見つめる科学のまなざし(補訂版)』、有斐閣 アルマ、257-283頁。 吉田忠彦[2017]「非営利法人制度をめぐる諸活動とそのロジック」『非営利法人研究学会 誌』第19号、13-22頁。 吉田民人[1989]「情報・資源・自己組織性 ―創造性研究のための一つの視角―」、野中郁次郎・恩田彰・久野誠之・大坪檀・梅澤正・井原哲夫・田中真砂子・吉田民人[1989]『創 造する組織の研究』、講談社、239-275頁。 吉田民人[1990]『情報と自己組織性の理論』、 東京大学出版会。 吉田民人[1995]「第I部 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- ≪統一論題報告≫ 非営利法人の官民協働理論の応用としての 『フィランソロピー首都』創造に向けた取り組み
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 国立民族学博物館名誉教授 出口正之 キーワード: 「民都 ・大阪」フィランソロピー会議 セクター間協働理論 アンソロ・ヴィジョン ビジネスセントリズム 非営利法人 公益法人 要 旨: 大阪府、大阪市が事務局を務めていた「民都・大阪」フィランソロピー会議は、大阪の副首都ビジョンの4つの副首都のうち「民都」を活性化させるための会議体であったが、諸般の事情から、予算ゼロの状態で誕生、継続してきた。同会議は運営において学術理論の成果を多分に入れながら、民間の活性化においてビジネスセントリズムを超克するために、あえて濫立する非営利法人の法人格別の代表者をメンバーとして活動を展開してきた。予算ゼロの状態を7年間にわたって続けながら、逆にそのことでBX時代を先駆けることになった。「小さな勝利」をつかみ取りながら、日本で最初の「フィランソロピー都市宣言」を行い、財団・社団の都道府県での連合組織を設置することに成功した。この「大阪方式」というべき手法は、内外の地域行政における官民協働の新しいモデルとなりうるものである。 構 成: I 問題の所在としての地域非営利政策の実態 II 「民間活力=企業の活力」という幻想 III 「民都・大阪」フィランソロピー会議の誕生 IV 非営利理論の応用 Ⅴ 理論を信じた先のコロナの追い風 Abstract The Minto Osaka Philanthropy Conference, whose secretariat was positioned in both the governments of Osaka Prefecture and Osaka City, was established to revitalize “capital as private sector,” one of the four sub-capital concepts of Osaka’s sub-capital vision. Due to various circum- stances, however, it was created and continued to operate without a budget. The Conference incorporates a number of academic theories into its operations; and in order to overcome “business centrism” in revitalizing the private sector, the Conference has developed its activities through collaboration with the representatives of various not-for-profit corporations. Although the Conference continued to operate without a budget for seven years, it ushered in the BX era. While seizing small victories, it succeeded in making Japan’s first Philanthropy City Declaration and establishing a coalition of foundations and associations in Osaka prefecture. This method, which might be called the “Osaka method,” may serve as a new model for public-private collaboration in local government not only in Japan, but also throughout the world. Ⅰ 問題の所在としての地域非営利政策の実態 日本の法人政策は、明治民法の成立により、「公益法人制度」と「営利法人制度」を両輪としてスタートした。しかし、第二次世界大戦後の事情から、公益法人から、省庁別の学校法人、社会福祉法人等の法人格が分離して誕生し、非営利法人は完全にガラパゴス化し、一般的には非営利法人全体というものが観念しがたいものとなっていた(出口2015 a;2015b)。 学校法人や社会福祉法人は、都道府県ごとに、連合体が作られてきた。社会福祉法人はそもそも法律の中で社会福祉協議会が強制的に設置されたほか、民間レベルでも全国社会福祉法人経営者協議会、全国老人福祉施設協議会等が誕生し、地方連合組織と連携を有している。学校法人は日本私立大学協会、日本私立大学連盟の二つの民間組織が立ち上がり、さらに両者によって日本私立大学団体連合会が結成されている。1998年に民主導でできあがった特定非営利活動法人(以下NPO法人という)にあっても、地方において、「中間支援組織」と称する中核的なNPO法人が民主導で続々と誕生していった(吉田2004)。これらは地域における連合組織としての役割も果たして、日本NPOセンターとも連携がある。 こうした連合体があることで、法律に基づく、私立学校審議会、社会福祉審議会等が設置され、それぞれの法人の連合体関係者が起用されたり、推薦されたりすることによって委員が誕生してきたものと考えられる。例えば、大阪府の委員構成を見てみよう( 表1 )。大阪府私立学校審議会では18人中12人が私立学校の関係者である。また、社会福祉審議会では21名中5名が社会福祉法人関係者である。他方で、大阪府公益認定等委員会では定員5名のところ、公益法人関係者はゼロであり、委員会が施行された2007年から誰一人公益法人の肩書を有した人は委員に入っていなかった 1) 。法律では委員構成については、「法律、会計又は公益法人に係る活動に関して優れた識見を有する者のうちから」(公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律第25条)と規定されており、この点は大阪府の条例も同様である。それにもかかわらず大阪府では、「公益法人に係る活動に関して優れた識見を有する者」については、NPO支援組織の関係団体関係者から交互に人選を行ってきたという経緯があった。同様に、全国の地方の公益認定に係わる委員会の委員230名のうち、公益法人の肩書を有する委員はわずかに1名しかいないという状況であった 2) 。 「公益法人」は主務官庁による「許可制」であったことから、省庁別に許可・指導・監督が行われ、公益法人全体の名簿ができたのですら、1990年代に入ってからである。その全体像を概観することすら長い間できなかった。 国・地方との関係でいえば、それぞれの事業主体、例えば各種スポーツ団体やシルバー人材センター等が都道府県レベルの組織と統括団体としての国レベルの組織を持つことは珍しくはないが、「公益法人の大要を会員を持つ連合体」としての都道府県単位の連合組織は存在してこなかったのである。 また、2006年の公益法人制度改革によっても、認定・監督は行政庁としての内閣府、地方にあっても「行政庁」に統一されたが、その内容は地方ではいわゆる「分散管理」と称し、旧主務官庁時代の文化的残滓を引きずる形で縦割り行政が残っている地方すら存在する。 ましてや、公益法人、学校法人、社会福祉法人、医療法人、NPO法人等非営利組織全体を包括する連合組織は国レベルでも地方レベルでも存在しない。 これは営利セクターに経済団体連合会、商工会議所、個人参加であるが経済同友会という組織が存在していることと比べると大きな違いである。経済界はこうしたチャネルを使って政策上の協力、情報の伝達や意見表明等が容易に行われるようになっている。したがって、民間組織としても「顔の見える存在」として大きな影響力を有している。 表1 大阪府の委員構成(いずれも令和5年3月31日現在) 出所:筆者作成 II 「民間活力=企業の活力」という幻想 上記のようなプレゼンスにおける営利セクターと非営利セクターのアンバランスは各所で見られるが、非営利セクターの存在そのものが抹殺されていても誰も気が付かない事態まで生じている。 大阪は1970年の大阪万国博覧会(以下「70年万博」という)の成功の後、「二眼レフ論」をはじめとして、政府のセクターは東京に任せ、経済に重きを置いた「民間活力の活性化」が謳われてきた。しかし、「民間」と言ってもそこで語られるのは常に企業のことであり、「民間活力活性化政策=企業だけの活性化政策」がほぼ繰り返し打ち出されていた。政府・企業以外の「第三の非政府・非営利セクター」を見ているようで見ていない「民間=企業」という思い込みは、すでに70年万博に象徴的に表れていた。 ジリアン・テッドは人々が常識と思って思考が固まってしまうことによる視野狭窄を指摘している。文化人類学的な見方である「アンソロ・ヴィジョン」によってクリティカルな視点で物事を見る重要性を繰り返し説いているのである (テッド2016,2022)。 例えば、アンソロ・ヴィジョンによって70年万博を見てみよう。70年万博にはパビリオンを出展していた公的セクターについては、国、州政府(ケベック州等)、「市政府」(ロサンジェルス市等)、さらには、「政庁」(当時イギリス領であった香港市)といった細かな区分による記載がありながら、企業ではない非営利法人の社団法人、財団法人がパビリオンを出展しながら、民間のパビリオンはすべて「企業」とだけ公式記録に記載されていた。こうした民間部門を企業限定のものとして見る見方を筆者は「ビジネスセントリズム」(出口2021)と呼ぶが、ビジネスセントリズムに基づく政策がとられていたのである。 もちろん、非営利セクターが無視できるほどの小さな存在であれば、それも構わないのかもしれない。そこで、内閣府の推計調査から民間非営利団体の経済規模を見てみよう(内閣府経済社会研究所2022) 3) 。 収入ベースでみると、令和3年度の民間非営利団体の収入は、全団体合計では20兆4,362億円で前年度比6.5%増となっている。主な収入項目別にみると、移転的収入 (寄付金や会費、補助金等の収入)は14兆1,138億 円で同3.6%増、事業収入(博物館や美術館の入場料収入、宗教団体への御布施・賽銭、保育料等の利用者負担金等の収入)は 5兆9,575億円で同13.8%増である。ちなみに、卸売業・小売業全体で18兆円。宿泊・飲食サービス業17兆円(経産省令和3年経済センサス-活動調査)である。これだけの大きなセクターを無視し続けてきてよいはずがない。しかも、政府の重要な政策であった2%の経済成長を大きく上回っている。 世界的にも、資本主義の発展に伴う超富裕層の世界的な誕生、富裕層の多いベビー・ブーマーの遺贈寄付の増加などがあって、現代は「フィランソロピーの黄金時代」(Havens& Schervish, 1999;Ferris, 2015)とまで呼ばれていて多くの国でフィランソロピー拡大に伴う非営利セクターによる公共政策への期待が高まっている。 他方で、フィランソロピーを研究課題としていた筆者にとって、地域の発展という観点から、衝撃を受けたのが、オーストラリアの地理学者が、「フィランソロピーの黄金時代」における、都市間バランスの崩れを批判的に検討したことである(Hay& Muller 2014)。政府の政策は地域間バランスに配慮せざるを得ない。しかし、Hay& Mullerによれば富裕層が一挙に行う巨大フィランソロピーの場合には、都市を任意に選べるために、都市間バランスを極端に失わせるというものであった。実際に、日本の場合には大型財団は東京に集中しており、拱手傍観していれば、民間寄付の活性化によって、東京一極集中が加速することが容易に予想されたのである 4) 。この点からの地方視線による非営利政策の見直しは喫緊の課題だと考えることができる。 III 「民都・大阪」フィランソロピー会議の誕生 2017(平成29)年3月大阪府及び大阪市(以下「大阪府・市」という)が副首都ビジョンを発表。副首都の「西日本の首都」「首都機能のバックアップ」「アジアの主要都市」「民都」の4つの機能が提案され、そのうちの一つに「民都」が盛り込まれた。但し、ここでいう「民都」とは、上記のような視点に立って、これまで大阪の都市活性化政策上、無視され続けた非営利セクターを前面に出したものである 5) 。 この「民都」に基づく新しい会議体設置のため、同年4月に「(仮称)大阪フィランソロピー会議に向けた準備会」が発足し、12月まで9回にわたって議論が行われた。2018年2月5日に正式に発足したのが、「民都・大阪」フィランソロピー会議である。 同日の会議資料に設立の理由が下記の通り述べられている。 「わが国において、NPOや社会的企業など新たな公共の担い手の増加、CSR(企業の社会的責任)への関心が進む一方、世界では、寄附や投資等を通じた公益活動が、社会的課題解決の第三の道として新たな時代の潮流となっている。都市発展の歴史において民の力が大きな役割を果たしてきた大阪は、『民』主役の社会づくりを発信する『民都』として、フィランソロピーの促進により、税による分配ではない第2の動脈(フィランソロピー・キャピタル)として資金や人材を集め、非営利セクターの活性化を通じて、『フィランソロピーにおける国際的な拠点都市』をめざしている。 そこで、多様な担い手が、法人格の縦割りや営利・非営利の区分を越えて一堂に集い、それぞれが公益活動を担う主体だということを再認識し、大阪の民の連携・協力によりその存在感を国内外に示す『核となる場』として、『民都・大阪』フィランソロピー会議を設立することとした。「民都・大阪」フィランソロピー会議(大阪府2018a) 会議のメンバーについては、非営利組織の『代表者』であることを重要視し、学校法人である関西大学の池内啓三理事長、社会福祉法人聖徳会の岩田敏郎理事長、公益財団法人大槻能楽堂の大槻文蔵理事長(能楽師・人間国宝)、公益財団法人小野奨学会の久保井一匡理事長(元日本弁護士連合会会長)、特定非営利活動法人大阪NPOセンターの金井宏実理事長、公益財団法人藤田美術館の藤田清館長、特定非営利活動法人トイボックスの白井智子代表理事らとともに、任意団体である大阪を変える100人会議の施治安代表も入り、非営利組織の法人格による差を付けなかった点に非常に大きな特徴がある 6) 。 また、大阪府・大阪市は、民都を民が目指すものであるということから、大阪府・大阪市は「当面の間」事務局は務めるものの、会議メンバーへの謝金・交通費その他の費用を拠出しないということで開始した 7) 。 表2 は2017年からの「民都・大阪」フィランソロピー会議の足跡を年表としてまとめたものである。 2018年6月には「フィランソロピー都市宣言」を行い、吉村市長(当時)が読み上げた(大阪 府2018b) 8) 。 フィランソロピー大会は当初は会場を大阪市の会議室や無償提供いただける民間の場所で開催していたが、コロナ発生とともに、イベント開催費用がないことから、オンラインでの開催が進んだ。大阪府・大阪市の会議の中でZOOMを使って行ったのも、「民都・大阪」フィランソロピー会議が最初となった。 また、2019年には、毎年約1200億円発生すると言われた休眠預金を社会的に活用するためにできあがった法律(民間公益活動を促進するための休眠預金等に係る資金の活用に関する法律)に基づく全国で唯一の指定活用団体が公募されることになった。これに対して、「民都・大阪」フィランソロピー会議の設立趣旨からいっても傍観するわけにはいかないとして、同会議は一般財団法人民都大阪休眠預金等活用団体を設立し、休眠預金の公益性を鑑み、公益認定を目指すことを前提に、指定活用団体にも応募した 9) 。この過程で、休眠預金活用の情報や指定活用団体に対する公募の情報が、大阪においてはわずかにNPO法人間に流布していることはあっても、大阪全体に伝わっていないことも明確になった。とりわけ、関西経済団体連合会、大阪商工会議所、関西経済同友会のいわゆる財界3団体の関係者には指定活用団体公募の話は全く伝わっていなかったことも明らかになった 10) 。 その後も、「民都・大阪」フィランソロピー会議は、予算なしという状態の中で活動を続け、2022年には、報告書の提言並びにフィランソロピー大会の提唱を受けて、大阪財団・社団連合会(会長堀井良殷)を発足させるに至った。条例では大阪府公益認定等委員会の委員として「公益法人に係る活動に関して優れた識見を有する者」とありながら、これまで公益法人の関係者が委員に就任していないことから、同連合会は行政庁としての大阪府法務課公益法人グループに対して、公益法人の関係者を次期の大阪府公益認定等委員会委員に選任することなどを推奨した。その結果大阪府では、2006年の公益法人制度改革以降、公益法人の肩書を持った者が初めて選任された。 大阪における非営利法人の結集という当初の構想は、極めて微々たる前進であるが、着実に進んだのである。 今後、公益法人、学校法人、社会福祉法人、NPO法人、医療法人等の大阪での結集を呼び掛ける予定である。公益法人以外の法人格では中間支援組織が大阪府内に存在していたことから、大阪財団・社団連合会の結成は、「ジグゾーバズルの欠けた1ピース」を新たに作ることに 成功したわけであり、とても意義の大きなものとなった。 「民都・大阪」フィランソロピー会議では、都道府県レベルにおける財団社団の連合組織の結集さらに非営利セクター全体の結集を「大阪モデル」として他の都道府県にも結集を呼び掛けていく予定である。 表2 「民都・大阪」フィランソロピー会議 略年 出所:筆者作成 IV 非営利理論の応用 「民都・大阪」フィランソロピー会議は、行政によって設置されながら、予算を付されないという前例のない中でスタートしたが、微々たるものとはいえこれまで着実な成果を上げることができた。官民協力の観点からも非常に注目すべき事例と考えている。 通常、例えば、官民協力に関する研究を実施する研究者は、ある事象について事後的に検証していくことがほとんどである。ところが、行政の一部局が事務局を務めながら、予算がない上に行政トップの関心は薄いという極めて難しい条件下で、研究者である筆者は議長という大役を任された。そのことから、逆に、既存の理論を、直接、応用しながら、「民都・大阪」フィランソロピー会議の運営にあたることを意識せざるえなかった。理論的支柱としたのは、 Bryson, Crosby, &Stone(2006) である(以 下 Bryson et.alと表記) 11) 。 同論文は非営利分野のセクター間協働の論文の広範なレビュー調査に基づいて、セクター間協働の成功の要因を指摘した論文から抽出した実践的なガイダンスを示していた。言い換えれば、セクター間協力の成功の要素を、「初期条件」、「過程」、「構造およびガバナンス」、「偶発事象と規制」とに分類し、それぞれが、結果にどのように影響を与えるかについて明確に提示したものであった。 「民都・大阪」フィランソロピー会議は同論文を羅針盤としながら運営していった。 協働の「初期条件」として、混乱した環境でこそ協働が形成される可能性が高くなる(Fred &Trist1965)点を強調している。確かに、行政が順調な間は行政があえて他のセクターと協働していく必然性は薄い。「民都・大阪」フィランソロピー会議が結成される前には、大阪は極めて混乱した状況にあった。彗星のごとく現れた弁護士の橋下徹氏が強力な行政改革を実施し、巨額財政赤字にメスを入れ、次に「都構想」を打ち出し、大きな一歩を踏み出そうとしたところ、住民投票において僅差で破れ、事前に約束した通り、大阪府知事を辞任した。そのことで、2015年11年22日に大阪府知事・大阪市長ダブル選挙が実施され、「都構想」を公約に挙げることができないまま、大阪維新の会は「副首都構想」を公約に選挙を戦い、松井一郎氏が大阪府知事に、吉村洋文氏が大阪市長に当選した。「副首都構想」を掲げながら、「都構想」の実現を図るということはいわば公然の秘密であるものの、「副首都構想」を掲げたことから、当選後に急遽その構想を練ることとなったのである。一方、大阪府・市においてはそれ以前から東京との乖離について問題しており、「副首都構想」の中には従前から検討されていた地域活性化策が数多く打ち出されることとなった。混乱した環境と言って、これ以上、混乱した環境はなかったものと言える。 また、Bryson et.alは、持続可能性は競合関係や制度環境における推進力と制約力の影響を受けることを指摘していた。「民都・大阪」フィランソロピー会議開始時から、「副首都推進局」 という大阪府と大阪市のいわば政策官房が一つとなった役所の持続可能性が不透明で混乱した環境にあり、この条件に該当していた 12) 。次の 選挙で大阪府知事または大阪市長のどちらかが大阪維新の会以外で当選すれば、雲散霧消しかねない役所の部局を事務局としていたのであり、持続可能性という意味においてこれほど脆弱な状況にはなかったのである。 「セクターの失敗」(=単一のセクターでは失敗。 Bryson et.alの用語)した後に協働関係形成が生まれる可能性が高い(Brandel1998; Weimer & Vining 2004)ということについても、該当していた。地方政府としての政府セクターの失敗として東京一極集中に歯止めがかからず対東京圏では毎年約1万人の人口流出が、生じていた。また、営利セクターの失敗としても、1970年を ピークに大阪は企業のシェアは一貫して減少していっている。こうした単独の「セクターの失敗」は明らかであり、セクター間協働が希求されていたのである。 Bryson et.alの理論では、セクター間協働には①強力なスポンサー②問題に対する一般的な合意(=リスクの共有化)3既存のネットワークの存在の一つ以上の連携メカニズムが必要とのことである( 図1 参照)が、準備会発足時どれも存在していなかった。本来、行政との協力関係においては行政が資金を提供することがほとんどであるが、前述した通り、「民都」を目指す以上、民間の力でという方針を大阪府・市側は立てており、他方で民間側は官主導のものではないかという疑いを払拭できずにいたため資金提供はなかった。そのため①の強力なスポンサーは現時点においても現れていない。また、スポンサーがいなくても、②の「問題に対する一般的な合意」すなわち「リスクの共有化」が行われれば、Bryson et.alの主張によれば、官民協力が成功しうると言っているが、この点については、「非営利セクターの結集がない」ということについては研究者である筆者の、他者に共有されていない考え方であり、簡単に共有できるものではなかった。③の「既存のネットワークの存在」にいたっては既存のネットワークが存在しないところをつなぎ合わせようとする運動であり、この点も初期には存在していなかった。 したがって、混乱状態にあったという点を除けば、Bryson et.alの主張するセクター間協働が成功する「初期条件」の一つも満たしていない状態でスタートし始めたのである。実際に準備会は大混乱に陥った。 そこで「民都・大阪」フィランソロピー会議の最初の目標を上記三要件のうちの②の「問題に対する一般的な合意」に絞って運営をせざるを得なかったのである。というのも、大阪では2025年に万国博覧会が予定され、財界は資金集めに傾注しており、行政も当初から予算ゼロを主張して、①のスポンサーを探すことは困難を極めた。③の「既存のネットワークの存在」は最終的なゴールであり、当初から実現できるものではなかった。したがって、②の「問題に対する一般的な合意」を目指すほか選択肢がな かったのである。 図1 Bryson et. alの協働のフレームワーク 出所:Bryson et.al(2006)筆者訳 V 理論を信じた先のコロナの追い風 非営利組織が法人格でばらばらであること、という問題意識の共有は合意形成が即座にできるものではなく、妥協の産物として、準備会を重ねる中で最終的に上記2の問題意識の共有を「東京一極集中の打破=二極のうちの一極」として、「東京一極集中に対するリスク」として合意形成がなされた。これだけでも、大きな進展であった。また、全員の合意形成はできなかったものの、「民都・大阪」フィランソロピー会議にご参加いただくメンバーの中には、政策の中に「非営利法人全体の声が反映されていない」という点に非常に賛同いただいたことも力強いサポートになった。 また、コロナもあったために、時間をかけ非常にゆっくりと、ただし着実に歩める方針を採用せざるを得なかったことも結果的にはプラスに働いた。 スピードは極めてゆっくりとしているが、揺るぎなく継続的に活動を展開することができたのである。 Huxham&Vangen(2005)がセクター間協働における「小さな勝利」を一緒に達成することの有効性を主張していたことも、背伸びをせずに着実に実績を積み上げていくことにつながったと思う。この間、メンバー間の激しい対立も顕著に起こった。しかし、Bryson et.alの主張はパートナーシップでは対立が一般的であるため、対立を効果的に管理する場合、協働が成功する可能性が高くなるという主張もあり、対立は当然のこととして放置した。その結果、メンバーの中でフェイドアウトする人はいたが、それを許容し、メンバーを形式上も辞めた方は政治的理由からわずかに1名のみにしか過ぎなかった。 予算がないことから、会議をオンラインで行おうとする動きは実はコロナ前から模索していた。コロナに突入して大阪府知事は2020年4月7日に緊急事態宣言を発令した。4月9日に予定されていた「民都・大阪」フィランソロピー会議は、ZOOMにより実施することとなった。しかし、大阪府・市ではオンライン会議の開催の前例がなく、最終的に、正式ではない形の会議として、したがって、同会議は議事録等の公式の記録には残っていないが、大阪府・市におけるオンライン会議の最初の事例となったのである 13) 。 それ以降の「民都・大阪」フィランソロピー会議は全てオンラインとなり、振り返ってみればDX時代(デジタル・トランフォーメーション) を先取りした形になっていた。 また、4月22日には吉村知事が、コロナに関連し休業要請に従った中小の事業者と個人の事業者に休業支援金を独自に支給すると記者会見で公表した 14) 。しかし、それにもかかわらずに、支援金対象となった事業者は当初は中小企業と個人事業者だけであり、非営利法人はすっぽりと抜けていたのである。この点こそまさにビジネスセントリズムであり、同会議議長として、副首都局を通じて対応を依頼し、追加的に非営利法人でも対象となった 15) 。「民都・大阪」フィランソロピー会議にとってはこの事象は屈辱的な対応ではあったが、逆に、ここにおいて大阪府・市事務局と「民都・大阪」フィランソロピー会議との間で、非営利セクターが一つのものとして見えていない問題に対する「一般的な合意」が明確に共有されたのであった。 つまり、コロナによって「民都・大阪」フィランソロピー会議はBryson et. alのいう初期条件の一つを満たすことができたのである。 Bryson et. alの主張は、①スポンサーの存在、②問題に対する「一般的な合意」③「既存のネットワークの存在」のうちいずれか一つがあることがセクター間協力の成功の要件と述べていることから、2020年になって初めて、理論的に成功についての光明を見出したのである。 そこからも遅々としたものではあるが、オンラインで公開の「フィランソロピー会議OSAKA」を毎年開催し、大阪の財団・社団の結集やセクター間協力を訴えて、ついに、大阪財団・社団連合会(会長堀井良殷)が誕生したのである。Huxham&Vangen(2005)のいう「小さな勝利」を重ねつつ、現在に至るまで、予算ゼロの中、7年間もこの組織が継続していったことは他の地域行政にとっても大きな意義があると信じてやまない。 (付記と謝辞)本稿は、非営利法人研究学会第27回全国大会の統一論題報告を加筆修正したものである。報告にあたっては大会委員長の初谷勇大阪商業大学教授に大変有益なコメントを頂戴した。また、7年間の活動は学術活動にも多くを依存しており、科学研究費補助金20K20280、22H00747なくしてはなしえなかった。ここに謝辞を述べたい。 [注] 1) 大阪財団・社団連合会の申し入れもあり、2023年9月からは公益法人理事長が1名委員として選任された。 2) 2023年5月1日筆者調べ。 3) 国民経済計算上は 「私立学校」、「政治団体」も対家計民間非営利団体に含まれるが、他の調査が国民経済計算推計に利用できるため、内閣府調査では対象外となっている。 4) 実際に、公益財団法人似鳥国際奨学財団、公益財団法人柳井正財団、公益財団法人孫正義育英財団など地方出身の新興富豪が続々と東京で財団設立している。 5) 大阪府市特別顧問、猪瀬直樹氏が2015年12月の大阪副首都推進本部初会合で「公益庁」を提唱したことを契機とする。当時、首都機能の一部移転について政府が提案を受け付けていたことに対して、大阪では特許庁の大阪移転を主張していたことに対して、猪瀬氏は複 数の非営利法人管轄の役所を統合した公益庁を新設し、大阪での設置を提唱。しかし、「公益庁」は中央省庁の再編に係わる国家レベルの課題であり、大阪府・市の議論として現実 的に落とし込むために、まず、「公益庁」に対応する民間非営利組織の活性化としての「民都」が提案された。同様の主張については出口(2013)を参照。 6) 筆者は有識者として議長に選任された。 7) なお、兼務とはいえ、大阪府・市職員の人件費等は投ぜられていたことになるので、ここでいう予算ゼロというのは事業費に相当するものである。 8) フィランソロピー都市宣言は以下の通りである。 世界では、寄附や投資等を通じた公益活動(フィランソロピー)が、社会的課題解決の第三の道として新たな時代の潮流となってお り、「フィランソロピーの黄金時代」を迎えたとさえ言われている。わが国においても、NPOや社会的企業など新たな公共の担い手の増加、CSR(企業の社会的責任)への関心が進む中、課題解決のための新しい鍵として、非営利セクターと政府との協働が注目されている。都市発展の歴史において民の力が大きな役割を果たしてきた大阪は、これまで民間公益活動の分野でも様々な先駆的な取組を生み出し実現してきた。こうした蓄積を活かし、この度、「民都」として大阪の民の力を最大 限に活かす都市をめざして、官民が協力し、非営利セクター関係者が法人格を越えて集う「民都・大阪」フィランソロピー会議を設置した。大阪は、この「民都・大阪」フィランソロピー会議を核として、府域全体におけ る地域活動も含めた民間公益活動の担い手が垣根を越えて集い、その多様性を活かしつつ繋がることで新たなアイデアや知恵を生み出すとともに、非営利セクターの活性化やソーシャルビジネスの拡大などを通じて、これまでになかった連携や協働を生み出していく。これにより、様々な分野において豊かで美しい大阪に向けて民が主体 となったソーシャル・イノベーションを創出する都市をめざす。そして、持続可能な開発目標(SDGs)の達成に貢献するとともに、世界のフィランソロピストの思いに寄り添う都市として、日本・世界中から第2の動脈(寄附、投資、人材、情報) が集まり、民間公益活動の担い手を育て・ 支えていくことでその活動を拡げ、社会的インパクトを次々と生み出し続ける都市をめざす。これらを通じて「フィランソロピーにおける国際的な拠点都市」の 実現をめざすことをここに宣言する。平成30年6月1日 「民都・大阪」フィランソロピー会議 9) 全国から4団体の応募があったが、一般財団法人民都大阪休眠預金等活用団体以外は全て 東京都千代田区を事務所とするものであった。 10) 2018年7月6日関西経済同友会池田代表幹事、12月5日関西経済連合会松本会長、12月 14日大阪商工会議所尾崎会頭との面談にて確認。 11) 当該論文については、本学会関西部会での東郷寛先生にご教示いただいた。 12) 副首都推進局は、大阪府と大阪市が共同で設置している組織(設置日 2016年4月1日)である。 13) 大阪府・市はその後オンライン会議を積極的に導入していったが、ソフトはマイクロソフトのTEAMSで行っている。 14) 2020年4月22日吉村府知事定例記者会見 https://youtu.be/6pAJdEpRPkc 2024年2月1日視聴 15) なおこの時当初、中小「企業」だけを対象として非営利法人が抜けていたのは大阪府だけではない。北海道、茨城県、東京都、神奈川県、愛知県、岐阜県、京都府、兵庫県等が非営利法人にも時間差はあるが対応を行った。大阪府はこれらと比べても、「民都・大阪」 フィランソロピー会議が存在していたにもかかわらずに対応は遅かった。 [引用文献] 大阪府[2018a]「民都・大阪」フィランソロピー 会議の開催状況第1回会議 資料2 https:// www.pref.osaka.lg.jp/attach/27077/00278675/1-2.pdf 2024年2月25日ダウンロード 大阪府[2018b]フィランソロピー都市宣言 https://www.pref.osaka.lg.jp/attach/27077/00404339/senngenn.pdf 2024年 2 月25 日ダウンロード ジリアン・テッド[2016]『サイロ・エフェク ト高度専門化社会の罠』土方奈美訳 文芸 春秋 ジリアン・テッド[2022]『Anthro Vison(アンソロ・ヴィジョン)人類学的思考で視るビジネスと世界』土方奈美訳 日本経済新聞出版局 出口正之[2013]「非営利セクターの課題と展望公益の認定の経験から」特集市民社会セクターと公益法人制度改革、市民活動総合情報誌『ウォロ』2013年12月号通巻490号 出口正之[2015a]公益法人制度の昭和改革と平成改革における組織転換の研究.非営利法人研究学会誌,17, 49-60頁。 出口正之[2015b]『制度統合の可能性と問題ガラパゴス化とグローバル化(市民社会セクターの可能性 110年ぶりの大改革の成果と課題)』関西学院大学出版会。 出口正之・藤井秀樹編[2021]『会計学と人類学のトランスフォーマティブ研究』清水弘文堂書店 東郷寛[2017]「公民パートナーシップ施行過程に関する研究の展開」2017年度第1回関西部会、非営利法人研究学会、2017年06月 内閣府社会経済研究所[2022] 「令和3年度民間非営利団体実態調査」 https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/hieiri/files/r3/pdf/hieiri_kekka20230131.pdf 2023 年8月10日ダウンロード 吉田忠彦 [2004]NPO 中間支援組織の類型と課題.龍谷大学経営学論集,44(2), 104頁。 Brandl, J.,.[1998]Money and Good Intentions Are Not Enough; or, Why a Liberal Demo- crat Thinks States Need Both Competition and Community. 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- ≪統一論題報告≫日本のNPOおよび中間支援組織の言語論的転回の視点
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 近畿大学教授 吉田忠彦 キーワード: NPO 中間支援組織 サポートセンター 言語論的転回 法人制度 要 旨: 日本のNPOおよび中間支援組織について、その実態と言葉との関係を言語学における言語論的転回の視点から分析する。日本のNPOおよび中間支援組織は、模範とした欧米の非営利組織やその支援組織とは異なる独自のカテゴリーを形成している。その経緯を整理しながら、特に「中間支援組織」という言葉の共時態と通時態との分析を行い、中間支援組織の今後の動態について展望する。 構 成: I はじめに II 日本における「NPO」 III 日本における「中間支援組織」 IV 言語論的転回 Ⅴ 公益法人の分化と新しい法人の誕生 VI 共時態と通時態 VII 「中間支援組織」の普及と拡大 VIII 課題と今後の方向性 Abstract The relationship between the reality and the terms NPO and “Chukan-shien Soshiki” (intermediate support organization) in Japan will be analyzed from the perspective of the linguistic turn in linguistics. Japanese NPOs and “Chukan-shien Soshiki” form a unique category that differs from the nonprofit organizations and their support organizations in Europe and the United States that serve as models for them. While organizing the history of this process, we will analyze the synchronic and diachronic forms of the term “Chukan-shien Soshiki,” in particular, and survey the future dynamics of “Chukan-shien Soshiki.” Ⅰ はじめに 日本において、「NPO」や「中間支援組織」という言葉が普及した経緯を見ると、それらの実態からその言葉が作り出されたというよりは、むしろ「NPO」や「中間支援組織」という言葉が先に現れ、その言葉が実態としての「NPO」や「中間支援組織」を導いてきたと見なすほうが妥当である。もちろん、実態として「NPO」や「中間支援組織」に該当する組織も存在していたが、それらを指して「NPO」や「中間支援組織」という言葉が作り出されたのではなく、ある種の理想、目指すべき姿として「NPO」や「中間支援組織」が語られ、それを実現する組織が新たに作られたり、既存の「NPO」や「中間支援組織」に近い組織も、その新しい理想に近づくように努力がなされた。 事物と言語との関係の視点の転回は、言語学をルーツにして歴史学などにおいても言語論的転回として注目されている。こうした視点を「NPO」や「中間支援組織」について適用することの意味は、日本における「NPO」という言葉の特殊性をひも解く重要な視点となること。そして、最近の「中間支援組織」という言葉の一般化によって、NPOや市民活動の分野において重視されていた「中間支援組織」の役割の焦点ボケが生じていることへの警鐘となることである。 日本において、いつの間にか特殊なものになってしまった「NPO」、逆に漠然としたものになってしまった「中間支援組織」という言葉や概念は、このまま制度化が進むと、本来それらに求められていたことを見失わせる危険性がある。 今後の方向性としては、専門分化と、他方での市民セクター形成の両方の方向が求められるだろう。 II 日本における「NPO」 日本の社会一般において「NPO」という場合、それはNPO法人と略称される特定非営利活動法人を指している。新聞やテレビなどのマスメディアにおいても、日常的にNPO法人という略称が用いられ、そしてそれが「NPO」自体として理解されている。もちろん、それが略称にすぎず、NPOとはNonprofit Organizationの頭字語であり、民間非営利組織全般を指すことを理解している者も少なくないが、そうした者 どうしで会話する場合でも、「NPO」は特定非営利活動法人を指していることが多い。 日本における「NPO」が民間非営利組織全体ではなく、その中の特定非営利活動法人を指しているという指摘は、それと対比される他の民間非営利組織や法人が存在するということを意味している。つまり、日本においては「NPO」と通称される特定非営利活動法人と、「一般法人」と通称される一般社団法人・一般財団法人、そして社会福祉法人、学校法人、宗教法人などがそれぞれ別々のものとして存在するのである。 このように民間非営利組織がそれぞれ別々のものとして並列して認識されているのは、一つには、歴史的な経緯から、結果的にそれぞれの法人制度の根拠法が異なり、所管する行政機関も異なるためである。しかし、そうした法人制度の違いを前提として民間の非営利組織全体を括る言葉として民間非営利組織と称するはずが、日本においては、さまざまな民間非営利組織とは別のものとして「NPO」というものが存在するという入り組んだ状況となっている。それは、「NPO」という言葉に、それまでの諸民間非営利組織とはまた別の非営利組織を生み出そうという意図が、最初から組み込まれた経緯があったからである。 特定非営利活動促進法が成立する過程については、すでにいくつかの優れた研究がある 1) 。 また、議員立法となったその立法過程の歴史的意義が認められ、関連諸資料が国立公文書館に収められている 2) 。その歴史的意義については、今後さらに研究が深められると思われるが、現在のところ先行研究が指摘しているのは、「立法運動」と表現される多様な関係者による立法への関与、とりわけ多くの市民活動団体が関わったこと。そして、その法の趣旨が、市民が主体的に社会課題に関わるための法人制度を目指したことであろう。 これは逆に捉えれば、特定非営利活動促進法は既存の民間非営利法人制度の批判から出発し、そこにおいて課題とされたことがらを克服する仕組みを盛り込んだ法制度であったということである。 市民活動団体がもっとも端的に批判した既存の民間非営利法人制度の問題点は、公益法人にしろ、社会福祉法人にしろ、それらの法人格取得のハードルが非常に高かったことである。そこに主務官庁制があり、その行政側の裁量による公益性判断でふるい分けされる点や、法人成り後にもその主務官庁に指導監督される点など、それらは市民が主体的に活動するという、これから目指すべき市民社会にはおよそそぐわない法人制度であるという批判だった。NPO法の立法運動のハブのひとつとして活動したシーズ・市民活動を支える制度をつくる会の事務局長だった松原明は、粘り強く国会議員たちの部屋を回る一方で、さまざまな分野の市民活動団体が連帯することを呼びかけていた。その際に、多様な分野の市民活動団体がNPO法成立に目を向けるようにするために、市民活動団体がなかなか法人格を取れずに苦労していることに対する「被害者の会」として、利害を共有させることを企てたという 3) 。もちろん、松原ひとりがこれを企て、多様な団体をまとめたわけではないが、さまざまな分野の市民活動団体に緊急集会を呼びかけ、その当時日本NPOセンターの事務局長だった山岡義典や、大阪ボランティア協会の事務局長だった早瀬昇らと全国を回ったことでその趣旨はかなり浸透したと思われる。 要するに、日本における「NPO」は、それまでの公益法人を中心とした民間非営利法人制度への批判から出発し、それらとはまた別の民間非営利法人制度、あるいは新しい市民社会組織を支える制度となることを期待して掲げられた理想の姿だったのである。 III 日本における「中間支援組織」 日本における「NPO」が、既存の民間非営 利組織とは違った、市民による自発的な活動の 受け皿となる制度となることを期待して掲げら れた理想の姿だったのと同様に、「中間支援組織」もまたそうした理想としての「NPO」を 支援する「NPO」として、実態に先行してそ の理想ないしは言葉が普及した。 この「中間支援組織」も、実態としてそれに近いものもすでに存在していたが、そもそも既存の民間非営利組織とは違う市民社会組織としての「NPO」自体が新しい法によってこれから生み出されるという中で、それを望ましい方向に進ませるために、いわばその舵取りとしての役割が期待されて生まれた。典型的には、新しい「NPO」のナショナルセンターと目された日本NPOセンターは、NPO法の立法運動の中心的存在でもあった山岡義典、早瀬昇、そして日本ネットワーカーズ会議の渡辺元や久住剛らが中心となって、その立法運動と並行して設立準備が進められ、NPO法の成立(1998年3月)より1年4カ月ほど先に設立されている(1996年11月)。つまり、まだ実際の「NPO」は生まれていない段階で、それを支援するための全国的な支援組織が生まれたのである。これは、非営利セクターにおける諸組織が一定の数と規模に達した段階で、それらの組織が抱える課題の解決を支援するために諸組織がネットワーク化して設立された欧米のサポートセンターとは順序的に逆となっている。日本NPOセンターや各地域の主要な「中間支援組織」は、すでに存在する多くのNPOを支援するために生まれたのではなく、まだこれから生まれてくる「NPO」を、事前に思い描かれた理想の姿に近づくように導くことをミッションとしていたのである。 IV 言語論的転回 ソシュールの言語学にはじまるとされる言語論的転回(Linguistic Turn)は、言語学や哲学のみならず、歴史学や社会学などにも大きな影響をおよぼしている。ソシュールは、あるものを指し示す音としての言語であるシニフィアンと、指し示される意味や実態であるシニフィエとの関係は、あくまでも恣意的なものに過ぎないと指摘した。さらにソシュールは、事物はもともとつながった状態にあり、それが後に何らかの視点によって区分され、その区分によってある新たな事物が創造されるという視点を提示した。意味や実態が音としての言語を規定したり生み出すのではなく、むしろ音としての言語が意味や実態を規定したり生み出すというものである。 この言葉と事物との関係を逆転させた視点は、言語論的転回としてさまざまな分野で注目されるようになった。たとえば、イギリスの歴史家ステッドマン・ジョーンズは、1983年に刊行された『階級という言語』において、「労働者階級や労働書階級の政治史を書き直すためには、因果連鎖の逆の側から始められるべきであろう」 4) とし、マルクス主義的階級論や「社会的なるもの」による決定論を批判し、民衆文化と政治との関係やチャーティズムを、語りや著述したものから分析することを試みた。つまり、「階級」というものを、それが初めから存在するものとして論じたり、それと社会との関係を分析するのではなく、もともと同じ平面的に、分け隔てなく、つながった状態にあったさまざまな民衆の文化、政治、運動などを改めて分析し、そこから階級を捉えなおそうとしたのである。 前節で見たように、「NPO」や「中間支援組織」もまた、はじめから存在していたのではなく、人びとの多様な活動があり、「NPO」、「中間支援組織」という言葉が持ち込まれることで、人びとの多様な活動の中の一部が「NPO」、「中間支援組織」として区分され、実際に存在するものとしての「NPO」、「中間支援組織」 が生み出されるのである。 V 公益法人の分化と新しい法人の誕生 ここで日本における非営利法人制度の歴史を振り返ってみたい。人びとの営利を主目的としない活動や、そのために形成される団体それ自体は、ほとんど人類の歴史とともに生まれたと言ってよいだろう。しかし、日本の法人制度に限れば、その歴史はそれほど古くない。日本で民間の団体に法人格が与えられるようになったのは、明治29年(1896年)に制定された民法によってである。その民法の第34条に次のようにされている。「学術、技芸、慈善、祭祀、宗教其他公益ニ関スル社団又ハ財団ニシテ営利ヲ目的トセサルモノハ官庁ノ許可ヲ得テ之ヲ法人ト為スコトヲ得」 この第34条によって、公益に関する民間の営利を目的としない団体のすべてに法人となる道が拓かれたのである。そこでは主務官庁の許可を得ることが条件となっているだけである。より細かにいえば、その内の祭祀、宗教については、民法施行法(明治31年法律第11号)28条の「民法中法人ニ関スル規定ハ当分ノ内神社、寺院、祠宇及ヒ仏堂ニハ之ヲ適用セス」によって宗教団体への法人格の付与は民法とは別の特別法によるものとされ、昭和14年(1939年)の宗教団体法まで宗教団体には法人格が与えられなかった。しかし、概念的には、まず日本の非営利法人制度の開始においては、公益に関する営利を目的としないものは、すべてこの公益法人のカテゴリーに含まれたのである。 それから約半世紀が過ぎた昭和24年(1949年) に、私立学校法が制定され、学校法人がこの公益法人のカテゴリーから区分され、続いて昭和26年(1951年)に社会福祉事業法によって社会福祉法人が区分されていった。宗教については、昭和14年(1939年)の宗教団体、昭和20年(1945年)の宗教法人令を経て昭和26年(1951年)に宗教法人法となった。それからさらに時が流れ、平成7年(1995年)に更生保護事業法によって更生保護法人が、平成10年(1998年)に特定非営利活動促進法によって特定非営利活動法人 (NPO法人)が、平成13年(2001年)に中間法人法によって中間法人が区分され、生まれたのである。そして、平成20年(2008年)には公益法人の制度改革が行われ、一般法人(一般社団法人、一般財団法人)と新しい公益法人(公益社団法人、公益財団法人)が生まれ、旧の公益法人(社団法人、財団法人)と中間法人は姿を消した。もちろん、これらの法人がいきなり姿を消したわけではなく、いったん特例民法法人という暫定的な法人となった上で、移行認可によって一般法人に、もしくは移行認定を経て公益法人に移行した。 こうした日本の非営利法人制度の変遷を見ても、それらの法人の実態があった上でその名前にふさわしい法人格が生まれたのではなく、もともと区分などなく、ただ民間の団体として存在していたものを、後に何らかの概念や言葉で区分することによって新しい法人として生み出されたと見るほうが妥当であることが分かる。 しばしば宗教、教育、福祉、その他の公益的活動の分野で、その中のいくつかを複合的に行う団体が存在するのも、そうした団体が特定の分野の活動から徐々に多角化していったというよりも、もともと分野の区分けなく、人びとから求められる活動を行っていたのである。そこに新しい法人制度ができたことによって、そうした団体の内部で新しい法人が設立(あるいは分化)されたり、その法人制度により適合した新たな団体が立ち上げられたりする。あるいは、その分野の事業を行ってきた既存の団体においても、新しい法人制度に適合するように組織の機関や事業の形式などが調整されていったのである。 図1 は、この日本の民間団体の法人制度の変化を示したものである。最初は1つの平面に何の区別もなく、法人というものも存在していなかった。たださまざまな団体が存在していただけである(I)。それが「法人」という言葉や概念が持ち込まれたことによって線引きがなされ、その中に法人が生まれた(II)。さらに、その法人の中に営利を目的としない公益法人という言葉と概念が持ち込まれ、法人が営利法人と公益法人とに区分された(III)。さらに公益に関する民間団体の中で、学校、宗教、福祉などの分野別の区分が持ち込まれ、それぞれの法人格となったのである(IV)。 図1 民間団体の通時的変化 出所:筆者作成 VI 共時態と通時態 このように、日本の非営利法人制度が、もともと区分なく存在していた民間公益型の団体の間に差異を作り出すことによって分化していったものであったことを考えると、「公益法人」という言葉で指し示されるものも、時代によって異なることがわかる。 ソシュールは、言葉を分析する場合に、その言葉が時の流れの中で変化してきた様子を通時態とし、一方その言葉がそれぞれの時代の中でどのような意味内容を持っていたかを共時態とした。そして、まずそれぞれの時代の共時態を分析することから始めるべきであるとしている。なぜならば、その言葉の意味は、その時代の他の要素との相互関係の中で位置づけられるために、その共時的体系を分析しないままにその言葉の通時的変化を見ても、不十分な分析になるか、見誤ってしまうかもしれないからである。 日本の公益法人制度の変化を例にすれば、単純に「公益法人」の通時的変化を見ても、それは「公益法人」という法人格の名称は同じであっても、そこに含まれる分野は、時代によって変わっており、また関連する要素も異なるのである。 図2 は公益法人の通時的な分化を示したものである。左から右に向かって時系列的に公益法人を中心にそれが分化していく様子を示しているが、同じく「公益法人」という名で示される対象の団体は、IからIVへの時系列の各段階で異なるのである。たとえば、Iの段階では民間の公益的団体のさまざまな分野のものが含まれ るのに対して( 図3 )、IVの段階では学校、宗教、福祉などは別の法人制度にシフトしており「、公益法人」はそれら以外のものとなっている( 図4 )。つまり、Iの段階での「公益法人」は、公法人や民間営利法人との区別の中で位置づけられるだけであるのに対して、IVにおいてはさらに学校法人、宗教法人、社会福祉法人等との区別の中で位置づけられるのである。この両者を同じ「公益法人」として論じることが妥当ではないことは明らかである。 図2 公益法人の通時態 出所:筆者作成 図3 公益法人の共時態I 出所:筆者作成 図4 公益法人の共時態IV 出所:筆者作成 VII 「中間支援組織」の普及と拡大 中間支援組織という名称がどのような経緯で登場したのかは必ずしも明らかではないが、文献サーベイの限りでは、平山洋介による一連のアメリカのCDCの紹介 5) 、そしてそれを受けての林泰義ら財団法人ハウジングアンドコミュニティ財団による現地調査などが発端と思われる(財団法人ハウジングアンドコミュニティ財団〔1997〕)。平山らはアメリカのコミュニティ・ベースト・ハウジングやそれを支えるノンプロフィット・オーガニゼーション、そしてその具体例としてのコミュニティ開発法人(CDC: Community Development Corporation)、さらにそれを支えるインターミディアリーなどを紹介した。このインターミディアリーが、日本語化され「中間支援組織」となったと思われる。 たとえば、平山によるCDC等の紹介を参考にアメリカで現地調査を行った林泰義ら財団法人ハウジングアンドコミュニティ財団による『NPO教書』(1997年)においては、基本的には「インターミディアリー」とカタカナ表記されているが、「仲介組織」、「中間組織」と表記されている箇所も見られる。そして、インターミディアリーの活動として次の諸点をあげている 6) 。 ① CDCの住宅供給やまちづくりに対する直接的な資金支援 ② CDCが資金を調達できるよう、資金をパッケージ化するなど、民間セクターとの文字通り「仲介」役を果たす ③行政の政策や補助金に関する情報の提供 ④ CDCの経営などの技術支援 ⑤ CDCの運営のためのトレーニング ⑥ 組織間のネットワーク化 ⑦ アドボカシー、すなわちCDCの活動を広げ、支えるための合衆国議会、自治体などへの働きかけ CDCに関わるインターミディアリーは、CDCに対して主に行政や企業などの資金を仲介することをメインの活動としている。しかし、それに付随する諸活動も行っていたために、上記のような諸点の活動が紹介された。そのことがインターミディアリーという組織がNPOに対して支援全般を行うものという理解を生み、さらにそれが「中間支援組織」というように日本語化されたと思われる。 「中間支援組織」という言葉が普及する少し前は、市民活動団体に対して支援活動をおこなう組織や施設は「サポートセンター」と呼ばれることが多かった。たとえば、日本の地域の中間支援組織の先駆となった奈良、仙台、広島、神戸などの関係者が集まっていた市民活動地域支援システム研究会では、1995年から3年間にわたって調査研究をおこない、その成果を『ザ・ボランティア―神戸からの経過報告』、『日本の市民活動とサポートセンター』、『日本のサポー トセンター設立・活動プログラム・活動の実際』としてまとめている 7) 。この研究会からその後の中間支援組織のモデルとなるコミュニティ・サポートセンター神戸、せんだい・みやぎNPOセンター、ひろしまNPOセンターなどが立ち上げられたが、それらは報告書のタイトルのとおり「サポートセンター」だったのである。 このように市民活動団体に対して支援活動を おこなう組織を表す言葉は、「サポートセンター」から「中間支援組織」へと変わっていったが、近年ではその言葉の適用範囲が分野的に広がりはじめている。たとえば、内閣府地方創生推進室では令和2年度から「関係人口創出・ 拡大のための中間支援組織の提案型モデル事業」を募集し、採択された事業に対して補助金を与えているが、令和5年度に採択された8つの中間支援組織の内訳は、NPO法人が3団体、株式会社が3団体、協同組合が1団体、一般社団が1団体となっており、法人格としてはNPO法人に限らないばかりか、必ずしも市民活動やNPO法人を支援する団体とは限らないものも対象となっている 8) 。 また、内閣府の防災担当では、防災時の被災者支援を行う団体のコーディネートを行うものを「防災中間支援組織」と名づけ、官民連携に よる被災者支援の体制の整備を進めている 9) 。 文部科学省の管轄においても、平成7年度から整備が進められてきた総合型地域スポーツクラブについて、それらの登録、認証制度を運用したり、研修会などの支援を行う全国協議会が、自らを中間支援組織として位置づけている 10) 。 さらに、日本でも導入が試みられているソーシャル・インパクトボンド(SIB)においても、その受け皿になる公益財団などの法人格を持つ市民ファンドを中間支援組織と位置づけている 11) 。 このように、法人格においても、活動領域においても、さらには事業内容においても、かなり多様なものが「中間支援組織」とよばれるようになっており、「NPOを支援するNPO」という従来の中間支援組織の位置づけでは収まらない状態になっている。 VIII 課題と今後の方向性 最後に、言語論的転回の視点から中間支援組織の課題と今後の方向性について展望したい。まず、本稿において確認したように、「中間支援組織」とよばれるものは、日本で「NPO」 が現れる中で連動して現れ、急速に増加して いったが、それらは「サポートセンター」と呼ばれていた。つまり、言葉としては異なるものが、実質としては同じものであったのである。したがって、「中間支援組織」の分析のためには、「サポートセンター」の共時態の分析も併せての通時態分析が必要である。 他方で、「中間支援組織」という言葉で表される団体やその活動の広がりが進んでいる状況を踏まると、同じく「中間支援組織」という言葉が使われていても、それをこれまでの「中間支援組織」と同じものとして扱うのは注意が必要である。この時代の「中間支援組織」の共時態の分析を踏まえないと、これまでとはかなり性質の異なった団体に対して、従来の視点や規範を当てはめてしまうようなことが起こる危険性がある。逆に、より広範な分野に広がった「中間支援組織」という言葉では、これまでの市民活動や運動の固有のスピリッツ、目的、さらには必要な事業が、より一般的なものの中に埋没化する危険性がある。 こうした危険性については、事業を実践する団体の中ですでに認識されつつあるが、制度にしても、言葉にしても、それに関わる多くの人びとの認識の中で構築されていくものであるために、今後しばらくは混乱が続くかもしれない。その中で、「NPO」や「中間支援組織」という言語の解体の必要性が知覚されながら、言葉と事態とが再連結されていくことが予測される。それはより具体的には、団体と事業の専門化・分化が進み、その中で新しい言葉が生み出されたり、言葉の再定義が行われるという流れと、その一方での「民間非営利」あるいは「ソーシャル」というような広い言葉によって統合化・連結化が進むという流れである。 中間支援組織の法人格や事業は既にかなり多様化しており、ソーシャル・インパクト・ボン ドなどに見られるようにスキームも複雑化しているので、こうした状況に対応するために、中間支援組織の専門化や分化は自然に進んでいくだろう。 一方で、中間支援組織の専門化や分化が進む ほど統合化・連結化の必要性が増す。地域活性 化、まちづくり、福祉、教育等、そこで求めら れる活動は多様であり、かつ相互に結びついて いるからである。専門化・分化されればされる ほど、それらをまとめて全体としての有効性を 高める能力、工夫、そしてそれらを安定化させ る制度が必要となるのである。 中間支援組織の統合化・連結化は、各分野あるいはセクター規模でのアドボカシーのためにも重要である。NPOや中間支援組織が単体で社会に向けて課題をイシュー化させたり、政策提言を行うのには無理がある。多くの関係する組織が焦点となっている課題にコミットし、連結して、社会や政府などに向けたアドボカシー活動に関わる必要がある。 しかし、専門化や分化は比較的容易であるのに対して、統合化・連結化はそれを意図的に推進する主体が必要であり、参加する諸団体の統合化・連結化への理解がないと難しい。専門化や分化は、それぞれの組織の中で、さらにその中で細分化された専門性や活動ごとに進むため、組織が分裂したり、新しい組織が立ち上がる頻度は自然に多くなる。また、特定の組織で一定の経験や専門的能力を積んだ者が、自分の裁量で活動できる新しい部門や組織を興そうとするため、専門化・分化した新しい部門や組織が増えていく。しかし、そうして分裂が進んだ多様な専門性やそれに基づく価値観、ロジックを持つことになった多数の組織は、自然には統合したり、連結したりすることはない。複数の組織が共通の利害を意識するような何らかの出来事や、それをイシュー化するような意図的な努力が必要となるのである。 日本において、日本なりの「NPO」が登場して30年近い年月が経つ中で、NPO法人が急 増する一方で公益法人改革が起こり、それによって一般法人(一般社団法人・一般財団法人)がNPO法人を上回る数となり、社会福祉法人 にも改革が起こり、学校法人や宗教法人についても改革が議論されている。民間非営利の世界は、法人制度というレベルでも専門化・分化が進んだのである。そして、その一方で意図的に取り組まれるべき統合化・連結化は、やはり立ち遅れているといわねばならない。 [謝辞] 本研究はJSPS科研費21K01665、22K01739、 23K01540、23K01575、24K05045の助成を受けたものである。 [注] 1) 初谷勇[2001]、 谷勝宏[2003]、 小島廣光 [2003]、原田[2020] 2) これに関する経緯や関連するイベントなどについて、NPO法人まちぽっとが「NPO法(特 定非営利活動促進法)制定10年の記録」というサイトを設けている。 https://npolaw-archive.jp/ 2024年2月15日確認。 3) 松原明インタビュー、2008年1月23日、於: シーズ事務所。 4) ステッドマン・ジョーンズ〔1983〕邦訳書 〔2010〕、23ページ。 5) 平山〔1991〕、平山・松林〔1991〕、平山・松林〔1992〕他。 6) 財団法人ハウジングアンドコミュニティ財団〔1997〕、43ページ。 7) 市民活動地域支援システム研究会〔1998〕「、は じめに」。 8) 内閣府ホームページ、内閣府総合サイト「地方創生」令和5年度「中間支援組織の提案型 モデル事業」について https://www.chisou.go.jp/sousei/about/kankei/r05_teian_model.html 2024年2月15日確認 9) 内閣府ホーム、防災ボランティア関係情報「災害中間支援組織について」 https://www.bousai.go.jp/kyoiku/bousai-vol/voad.html 2024年2月15日確認 10) 日本スポーツ協会総合型地域スポーツクラブ全国協議会ホームページ、「令和元年度総会レポート」 https://www.japan-sports.or.jp/Portals/0/data/kurabuikusei/SC/r1sc_soukai.pdf 2024年2月15日確認 11) 経済産業省商務・サービスグループヘルスケア産業課「新しい官民連携の仕組み:ソー シャル・インパクト・ボンド(SIB)の概要」 プレゼンテーション資料 https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/socialimpactbond.pdf 2024年2月12日確認 [参考文献] 小島廣光『政策形成とNPO法―問題、政策、そして政治』有斐閣、2003年12月。 市民活動地域支援システム研究会「日本のサポートセンター 設立・活動プログラム・活動の実際(市民活動地域支援システム研究・パート3)」1998年3月。 内閣府国民生活局編『NPO支援組織レポート 2002中間支援組織の現状と課題に関する調査報告書』2002年8月。 日本NPOセンター(編集)『市民社会創造の10 年―支援組織の視点から』ぎょうせい、2007 年6月。 財団法人ハウジングアンドコミュニティ財団編 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- ≪統一論題報告≫専門職・士業団体による公益的活動と非営利法人の振興と支援 ~弁護士及び弁護士会の取組みを事例として
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 弁護士 三木秀夫 キーワード: 弁護士 弁護士会 公益活動 NPO支援 プロボノ 要 旨: 弁護士は、弁護士法で「基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」とされるように、プロフェッションとしての公共的な使命があるとされ、日本弁護士連合会においても、弁護士職務基本規程によって「弁護士は、その使命にふさわしい公益活動に参加し、実践するように努める。」と定めている。その背景には、伝統的なプロボノという、職業上持っている知識やスキルを用いて、公共の利益のために無料奉仕ないし低廉な費用もしくは無償で行う公益活動を行うべきであるという理念があるほか、戦後に弁護士会が獲得した「弁護士自治」が、国民からの信頼を基礎においているとの考えが、弁護士会は社会のための貢献活動を積極的に取り組むべきものとして意識されている。弁護士、弁護士による公益活動は、近時、さらにその必要性を増してきている。今後、このことが非営利法人の振興と支援のためにどのように役割を担っていくかが今後の課題である。 構 成: I はじめに II NPO等の非営利組織への関与の経緯 III 弁護士会の活動とプロボノについて IV 大阪弁護士会としての公益的活動 Ⅴ 弁護士会における公益活動の義務化 VI 大阪弁護士会でのNPO支援等の新しい動き Abstract Lawyers are said to have a public mission as their profession, as the Law for Lawyers states, “Their mission is to protect fundamental human rights and realize social justice.” The Japan Federation of Bar Associations also states that lawyers have a public mission as their profession. The Basic Rules for Lawyer Duties stipulate that “Lawyers shall endeavor to participate in and practice public interest activities that are appropriate to their mission.” The background to this is the traditional idea of pro bono, which is the idea that professionals should use their specialized knowledge and skills to carry out public interest activities free of cost or at low cost for the public good. In addition, the idea that the “autonomy of lawyers” acquired by bar associations after the war is based on public trust has led bar associations to be conscious of the need to actively engage in activities that contribute to society. Lawyers and their public interest activities have become even more necessary in recent years. The future challenge is how this will play a role in the promotion and support of nonprofit corporations. Ⅰ はじめに 2023年 9 月16日(土) と17日(日) に、 大阪商業大学で開催された第27回非営利法人研究学会の全国大会では、統一論題として「非営利法人(非営利組織)の振興と支援」が設定され、社会の中で非営利法人(非営利組織)をいっそう振興し、幅広く支援する政策や活動、制度や 仕組みのあり方について、研究報告や討論会が行なわれた。筆者は、初日に登壇し、本稿と同じ表題のもとでの報告を行い、その後に開かれた統一論題討論にも討論者として登壇した。本稿は、その際の報告内容をもとに記述したものである 1) 。 そこでは、統一論題の初谷勇座長からの示唆を受け、弁護士という職業によるプロボノという立ち位置から非営利法人への問題関心がどのように生じ、変化していったかについて振り返ってみた。さらに、登壇時に筆者が大阪弁護士会会長であったことから、弁護士会という団体が非営利法人に対してどのような関与をしてきたかについて、主に大阪弁護士会としての取組みを紹介し、法律家が果たすべき「支援」の方向性を整理し、再考しながら、今後の動向なども可能な限り触れるようにした。 本稿は、そのときの報告をベースに若干の加筆をしたものである。そういう意味で、筆者のこれまでの活動を俯瞰するようなものであり、これを通じて、法律専門家という個人による支援の姿やその変遷、中間支援組織や士業団体など組織による支援の姿やその変遷が、今後の支援の在り方や方向性の構築に少しでも参考になればと思う次第である。 II NPO等の非営利組織への関与の経緯 1 はじめに 筆者による弁護士及び弁護士会としての取組みを紹介するにあたっては、筆者のこの問題に関わった経緯などを述べるところから入りたい。弁護士会内での会員弁護士としての歩みと、弁護士会以外での活動の歩みに分けて紹介する。 2 弁護士・弁護士会での主な活動歴 筆者が大阪弁護士会に弁護士として登録したのが1984年で、しばらく勤務弁護士として活動し、1991年に自己の法律事務所を設立した。弁護士としての業務は、民事事件・商事事件・家事事件・刑事事件等広範囲にわたるもので、登録直後に到来したバブル経済崩壊以降は、企業倒産処理に多く関わり、監督官庁からの解散命令で解散に至った信用組合の清算人として裁判所から選任され地域金融機関の破たん処理スキームに加わった活動もしていた。こうした本業以外に、弁護士会での委員会活動にも積極的に参加した。主なものとしては、消費者保護、阪神大震災問題対策、弁護士倫理、日本司法支援センター対策、災害復興支援、ADR推進、広報、研修センター運営、弁護士業務改革などであった。阪神大震災問題対策委員会委員として取り組んだ際には、後述するNPO法制定運動に参画する際の一つの足掛かりとなった。 2010年に大阪弁護士会副会長となり、その後に日本弁護士連合会での理事、常務理事を経て、2023年に大阪弁護士会会長(日本弁護士連合会副会長兼務)となった。 大阪弁護士会は、日本に52ある地域弁護士会 の一つであり(基本的に各府県に1つだが、東京都に3つ、北海道には札幌、函館、旭川、釧路の4つがある。)、大阪府内の法律事務所に所属する弁護士5,031名が所属している(2024年2月1日 現在)。大阪弁護士会の会長は、日本弁護士連合会副会長を兼務するのが慣例で、筆者も本書執筆時点で、両方の兼務をしている。 3 弁護士会以外での非営利組織と関わる活動 (大阪NPOセンター設立まで) 2) これまで、筆者が非営利組織に関わった始まりは、弁護士会での消費者保護の活動であり、多くの消費者保護の市民団体との連携を行ってきた。その後、1989年から社団法人大阪青年会議所(大阪JC)の活動に加わり、その中で、まちづくり団体や国際交流団体とも様々な関わりを持つようになった。その中で、ある国際NGOの社団法人格取得申請に助言者として関わった際に、民間の市民団体が社団法人格を取得する際の法的根拠であった民法上の公益法人制度に触れることとなり、主務官庁による許可制がそうした団体の大きな壁となっている現実に直面した。そのような中で、大阪JCの理事として、市民活動団体の共通問題に取り組むことを宣言し、関西のいろいろな分野の市民活動団体にヒヤリングをしていった。その中で、法人格問題が同様の立場に置かれた団体の大きな関心事であることを再認識した。その直後に発生した1995年1月の阪神淡路大震災では、すぐに全国のJCの組織的な被災者支援活動に参加し、各地から送られてくる救援物資の集積・配送などのボランティア活動を行った。 そうした活動を行いながら、被災地で活動する様々な市民団体とのつながりも持つことができた。そのとき、マスコミによってボランティア元年との見出しで市民団体の活躍に光が当てられ、それがいろんな経過でいわゆるNPO法の制定へという社会機運に発展していった。この経過は、既に広く知られた事象であるのでここでは詳細を省くとして、筆者もその流れに沿ってこの運動に関わっていくこととなった。 そうした活動をするなかで、1995年に大阪JCでまとめた提言書の中で、市民活動団体の 基盤整備のための制度改革の必要性を訴えるとともに、そうした団体への支援を継続的に行うための地域でのNPO支援センターを起ち上げる構想などを盛り込んだ。 4 大阪NPOセンター設立と「NPOたすけ隊」 1995年の阪神淡路大震災への被災者支援を契機に立ち上がった大阪弁護士会の阪神大震災問題対策協議会に参加し、災害起因の法的紛争の分析や相談対応などを行う一方で、弁護士会としても当時動き出していたいわゆる「NPO法」の制定問題にも取り組んだ。それと並行して、1996年11月に設立に向けての準備が重ねられた大阪NPOセンターの設立総会が開かれその役員に就任した(その翌日に日本NPOセンターも設立された)。 大阪NPOセンターは 、「 民 ・ 産 ・ 官 ・ 学 がより有効に連携できるような活動を積極的に展開し、各NPOが自らの諸機能を発展させながら自立、成長するための支援等を強力に推進すること」をめざしたものであった(同センター設立趣旨より)。その後、ここを基盤にNPO法案の成立に向けた市民の動きに呼応して、研究会やフォーラムなどを行うなどの活動を行っていった。 1998年3月に特定非営利活動促進法(以下、通称的に使われる「NPO法」といい、同法によって設立された法人を「NPO法人」という。)が成立したのを受けて、筆者は、今後は市民団体が法の施行に合わせて法人化の検討が始まることを見込んで、大阪NPOセンターの中に「NPO法律・ 会計・税務支援事業(愛称:NPOたすけ隊)」の 起ち上げを行った。この事業は、弁護士・公認会計士・税理士・司法書士・行政書士・社会保険労務士・中小企業診断士などの専門資格者をはじめ、それを目指している者も含めて、NPO支援に少しでも関心と意欲、能力を有する者に参加を呼びかけ、勉強会をしつつ相談や支援を行っていくものであった。 当初の相談は、NPO法人の設立準備がほとんどで、法施行後は相談件数も増大し、基礎知識セミナーなども度々開催した。相談内容も、法人格取得の入り口論から設立申請支援に移っていき、さらにその後は、会計や税務、さらには労務問題にも広がっていき、法律上の問題も、運営上のトラブルや契約問題、知的財産権問題まで、徐々に専門的かつ幅の広い問題になっていった。大阪弁護士会でも、阪神大震災問題対策協議会のメンバーを中心に、1998年5月に解説書としての『NPOとボランティアの実務~法律会計税務』を出版した(新日本法規出版)。 5 さまざまなNPO法人への参画 NPOたすけ隊の活動を通じて、約200を超える団体の特定非営利活動法人化を支援したほ か、筆者自身も、弁護士や学者並びに消費者相談員などをメンバーとする特定非営利活動法人消費者ネット関西に立ち上げ役員として関わりを持ったほか、特定非営利活動法人介護保険市民オンブズマン機構大阪という、ボランティアオンブズマンを養成し介護施設に派遣するNPOの立ち上げにも関わった(現在は代表理事)。それ以外にも、子どもの権利や高齢者障害者問題、まちづくりなどのNPOにも役員として関わるほか、特定非営利活動法人関西国際交流団体協議会などの国際交流団体系の活動にも深く関わるようになった(現在は理事長)。 6 公益法人等への関与 こういった活動をする中で、おりから進められていた公益法人制度改革は、非営利組織への関与をする中では大きな関心事項であった。非営利組織の支援相談の際にも、法人格選択の有力な選択枝となることから、その改革論議を注視し、研究を進める中で、全国公益法人協会の相談員ともなり、さらに非営利法人研究学会にも加入し、今日に至っている。 III 弁護士会の活動とプロボノについて 1 弁護士・弁護士会による公益的活動 弁護士法には、次のような定めが置かれている。 第1条(弁護士の使命) 弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。 2 弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。 第31条1項(弁護士会の目的) 弁護士会は、弁護士及び弁護士法人の使命及び職務にかんがみ、その品位を保持し、弁護士及び弁護士法人の事務の改善進歩を図るため、弁護士及び弁護士法人の指導、 連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とする。 この第1条は、表題のとおり、弁護士の使命を明記したものである。これは弁護士にはプロ フェッション(profession)としての公共的な使命があることを明らかにしたものという見解がある 3) 。 また、日本弁護士連合会は、弁護士がその使命を自覚し、自らの行動を規律する社会的責任を負うために、弁護士の職務に関する倫理と行為規範を明らかにした「弁護士職務基本規程」を定めているが、その第8条で「公益活動の実践」として、「弁護士は、その使命にふさわしい公益活動に参加し、実践するように努める。」 としている。 ちなみに、司法書士会や税理士会、公認会計士などの他の専門職団体においても、会員による社会貢献活動への積極的関与を推進している。 2 「弁護士自治」という特質 弁護士会が他の専門士業団体と大きく異なっている点として、弁護士自治がある。弁護士が、その使命である人権擁護と社会正義を実現するためには、国・政府などいかなる権力にも服することなく自由独立であり、反対の意見・活動を行うことで圧力を受けることがあってはならない。例えば、政府の施策によって日本国憲法で保障された生存権を侵害された人を救済するために、代理人となって国や自治体を相手に訴訟をする場合に、被告となる国から指導監督を受けるようなことがあっては、真の基本的人権の擁護を実現することは不可能である。このために、弁護士・弁護士会は法務省等の監督は受けず、裁判所、検察庁からも独立し、弁護士への懲戒は所属弁護士会が行うものとしている。これが弁護士自治といわれるものである。そのために、弁護士は弁護士会の監督に服させる必要があるため、弁護士はいずれかの弁護士会に加入しないと活動できないこととなっている (強制加入制)。 この弁護士自治は、第二次世界大戦後に、民主主義と基本的人権の尊重を理念とする日本国憲法が制定され、民主主義と基本的人権を維持するためにはなくてはならないものであるとして、現行弁護士法で初めて導入されたものである 4) 。 こうした弁護士自治は、弁護士という職業は国民から付託されたものであって、市民・国民の信頼を獲得してこそ維持されていくことから、弁護士、弁護士会は、社会のための貢献活動を積極的に取り組むべき活動として意識されている。 3 プロボノ(Pro bono)と専門職 プロボノ(Pro bono)の語はラテン語の(pro bonopublico)の略で、その意味は、「公衆の善のために(for the public good)」である。近時においては、社会人がその職業による専門性に基づく知識や経験などを生かして行うボランティアを指す言葉としても用いられるようになり、非営利用語辞典によると、「社会人がその職業による専門性に基づく知識や経験などを生かして行うボランティアを指す。また、それを行う社会人をいう。」としている。例えば、プロボノ活動を推進している特定非営利活動法人サービスグラントでは、プロボノを「社会的・公共的な目的のために、職業上のスキルや経験を活かして取り組む社会貢献活動」と広く定義し 5) 、 ビジネスパーソンなどがその有するスキルを生かした社会貢献活動を推進し、新しい動きとして注目を集めている。 ただ、もともとのプロボノ(pro bono)の語は、「自らの職能を利用して、無償または低額によって行う公共的活動。弁護士が行う無料の法律相談など。」(大辞林第4版)とされているように、宗教家・医師・法律家など一定の職責をもつ各分野の専門家が、職業上持っている知識やスキルを用いて、公共の利益のために無料奉仕ないし低廉な費用もしくは無償で行う事業あるいは公益活動を指していた。そこには、貧困層への無料法律相談、無料弁護活動などが含まれる。昔から、弁護士による無償による弁護活動、訴訟活動、社会変革活動が自主的に行われてきた (例として、えん罪再審弁護、公害訴訟、犯罪被害者支援、貧困層への法的支援活動など。)。 かつて、資力の乏しい人にも裁判を受ける権利を実質的に保障するため、日本弁護士連合会が会員からの資金援助を受けるなどして、裁判費用の立て替えと担当弁護士の斡旋を行っていた財団法人法律扶助協会があった。民事法律扶助とは、経済的理由等によって資力が乏しい者が、民事事件で法的トラブルにあった場合に弁護士などの法律専門家を依頼する費用を給付したり立て替えたりする制度のことをいう。これなども弁護士・弁護士会によるプロボノ活動の一環からスタートしたものである。しかし、同財団は資金不足による窮状もあり、これは本来は国が行うべき事業であるとして、立法化の運動を行った結果、2000年に「民事法律扶助法」が制定され、法律扶助協会による運営体制が整備され、さらにこれが2004年の「総合法律支援法」制定につながり、民事法律扶助事業は、国によって設置された日本司法支援センター(通称「法テラス」)に移管された。日本における民事法律扶助制度は、日本弁護士連合会が中心になって設立した法律扶助協会が実施していたが、2006年10月2日から司法制度改革によって、日本国政府が設立した日本司法支援センターが、その業務を引き継ぎ実施されている。 これによって救済される者が拡大したが、なお法テラスの法律扶助や国選弁護制度の枠から外れ対象となっていない部分もある。刑事被疑者弁護(被疑者として逮捕された国選対象外事案の弁護活動)、少年保護事件付添(未成年者が鑑別所に入れられたことからの弁護活動)、犯罪被害者援助、難民認定援助、外国人援助、子どもへの援助、高齢者障害者ホームレス等への援助など、これら9分野がそれであり、これらについて、日本弁護士連合会は会員から特別会費を徴収した財源を用いて、弁護士費用等の援助を法テラスに委託して行っている(法テラスへの「委託援助事業」という。)。 これ以外に、大阪弁護士会が独自の財源で法テラス大阪支部に委託して行っているものもある。これらも本来は国費で賄うべきであるということから、将来的には「国費化」するように国に対しても申し入れているところであるが、これも弁護士全員で費用を負担しているという意味でのプロボノの一つであると言える。 4 弁護士会の活動についての「相反する2つの見解」 このように、弁護士会は、各弁護士による公益的な活動にとどまらず、弁護士会としても様々な社会的な課題に関して活動をしているところではあるが、このことに関して弁護士の間において、以下の二つの考え方が対立している 6) 。 ① 消極説 弁護士会は、弁護士に対する指導、連絡及び監督に関する事務に限って目的となし得るものであり、指導、連絡及び監督も、弁護士の「品位保持」と「弁護士の事務の改善進歩」に関する事項に限定されるとする考え方。消極説は、会費の減額要求と連動したり、弁護士会の活動への内部反発の際に語られる論理として用いられたりしている。 ② 積極説(多数説) 弁護士法1条に定める使命は個々の弁護士の職務活動によってのみでは達成することが困難であり、弁護士の総力を結集して初めて達成が可能であるから、弁護士会は個々の弁護士の職務に必要な助言を与えると共に、より困難・重要な問題については、弁護士会が独自に積極的な活動をなし得るものとする考え方。この説のほうが弁護士間での多数の意見となっている。弁護士自治は、国民から付託されたもので、市民・国民の信頼を獲得してこそ、弁護士自治は維持され強固になっていくことから、さまざまな社会貢献活動は、弁護士会が積極的に取り組むべき活動とされている。 5 弁護士会による活動に関する裁判例 前述の相反する2つの見解を反映して、弁護士会が行った社会的な活動に対して、これに反対する会員から弁護士会を被告として提起された訴訟がある。その代表的な裁判例として以下のものがある。これら判決は、弁護士会の目的を広く解釈して、独自に積極的な活動をなし得るものとする積極説に立ったものであると言える。 ① 日本弁護士連合会総会決議無効確認判決(平成4年1月30日東京地方裁判所判決) 7) 【事案】これは、日本弁護士連合会の総会において、政府が制定しようとしていたスパイ防止法案に反対する旨の決議が採択されたことに関して、このような決議をすることに反対する会員から、決議は弁護士会の目的の範囲を逸脱して無効であるとして決議無効の確認と、同法案反対運動の差止を求めた訴訟である。裁判所は以下のように述べて、無効確認請求は却下し、運動差止請求は棄却した。 【裁判所の判決要旨】 「本件法律案の国会提出に反対するという団体としての一定の意見を表明する決議がされたからといって、当然に会員個々人がすべて右意見を遵守し、これと異なる意見を表明し活動することができなくなるという趣旨ないし効力までを有すると解することはできないというべきであるし、(中略)これまで本件総会決議を遵守しないことを理由として会員に対し懲戒が問擬されたこともなかったこと、被告は、本件訴訟において、本件総会決議は会員個人の活動や意見を拘束するものではない旨を述べていること、また、平成2年3月2日改正された弁護士倫理の規定には、会員の遵守すべき対象として「決議」が掲げられていないことが認められるのであって、懲戒のおそれをいう原告らの右主張は失当である。」 「被告は、国内の弁護士全員を強制加入させている社体(法人)であって、このような多数の構成員から成る団体においては、団体内部の意思決定機関において、多数決により団体の運営ないし活動方針が決定されているのであって、団体の行っている運動に顕現されている意見か会員個人の意見と必ずしも一致していないことは周知のことである。したがって、被告が被告の名において本件法律案に反対の意見を表明し対外的・対内的に活動を行うことが、取りも直さず会員である原告ら個人個人も同法律案に反対していることを意味するとは、必ずしも一般に考えられてはおらず、原告らがその意に反する思想、信条を開示させられていることにはならないというべきである。」 ② 死刑廃止総会決議無効確認訴訟(令和4年5月13日大阪高等裁判所判決) 8) 【事案】これは、京都弁護士会が総会において、死刑廃止を求めた決議を採択したことに関して、これに反対する会員から、そのような決議は弁護士会という法人の目的の範囲を逸脱して無効であるとして無効確認を求めた訴訟である。裁判所は以下のように述べて決議は有効であるとした。 【裁判所の判決要旨】「弁護士法は、その1条1項において、弁護士の使命は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することと定め、同条2項において、弁護士は、前項の使命に基づき、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならないと定めているところである。これら弁護士法の諸規定を併せて読めば、被控訴人日弁連及び被控訴人京弁(注:京都弁護士会のことをいう。以下同じ)は、その構成員である弁護士の使命(基本的人権の擁護及び社会正義の実現)の達成を図るため、現行の法律制度についてその改善に向けた意見を表明し、それに沿った活動をすることも、一定の範囲で許容されている(目的の範囲に含まれる) と解することができる。 もっとも、被控訴人日弁連及び被控訴人京弁がいわゆる強制加入団体であり、その法人としての活動も会員である弁護士の負担する会費に依存していることからすると、上記意見表明や活動も無制限に認められるということはできず、意見表明や活動によって会員弁護士が特定の思想、信条、宗教、政治的な主義・主張を強制されることは許されないと解される。 これを本件についてみると、確かに、死刑制度の存置・廃止という論点は、思想や宗教といったものと一定程度の関連があることは否定できない。しかしながら、最終的には、一定の重大な犯罪を犯したと国家が認定した者に対し、その生命を剥奪するという重大な刑事罰を与えることが許されるのかという法律制度の問題として、国民の代表によって構成される国会が制度の存置・廃止を判断する、あるいは、憲法36条の禁止する残虐な刑罰に当たるのかを最高裁判所が判断するという意味で、まさに社会秩序の維持及び法律制度の改善といった弁護士法の予定している弁護士としての活動そのものに関わる論点であるということができる。また、被控訴人日弁連及び被控訴人京弁が多数の弁護士を構成員とする団体である以上、犯罪の加害者、被害者といった様々な立場の人々の権利・利益実現のために活動を行う弁護士が混在することは当然に予定されていることからすると、仮に死刑制度の存置・廃止という論点について、法人としての特定の立場からの意見表明がなされたとしても、それが各構成員の思想・信条等を拘束するものではないことは明らかであり、また、一般国民が弁護士であればその意見表明に賛同しているととらえるわけでもない。そうすると、この点について死刑制度の存置・廃止の積極・消極いずれの立場であっても、被控訴人日弁連及び被控訴人京弁としての意見表明を行うことがそれぞれの法人としての目的の範囲を超える違憲・違法なものであるということはできない。」 IV 大阪弁護士会としての公益的活動 大阪弁護士会は、会員の登録などの業務や会員の不祥事に対する綱紀懲戒などの業務、さらに会員のための福利厚生の活動を行うほか、さまざまな公益的活動を行っている。それらは約120の各種委員会・対策本部・ワーキンググループ等での活動となるが、その中から代表的な活動をいくつか紹介する。この中には目的を同じくする市民活動団体との連携も多数含まれている。 (1) 人権擁護活動 ・人権救済(人権侵害申告への調査 ・警告処置等対応) ・消費者保護の活動 ・新型コロナをめぐる差別などへの相談、救済、提言等、中小事業者・労働者支援 ・意思に沿わない精神医療保護入院からの解放活動 ・生活困窮者、ホームレス等に対する支援活動 ・在留外国人相談、難民保護、国際人権問題、出入国管理法改定反対運動 ・両性の平等、LGBTQの問題 ・民事介入暴力問題、特殊詐欺被害救済、犯罪被害者支援 ・高齢者・障害者問題、子どもの権利支援、各種虐待対応 ・DV、ハラスメント対策等 ・環境保全、廃棄物問題、エネルギー問題等 ・災害被災者への支援 ・人権活動をする団体への人権賞の授与 (2) 刑事弁護問題への活動 ・当番弁護士活動、人質司法問題、被疑者被告人の人権保護の活動 ・えん罪再審弁護、再審法改正運動、死刑制度廃止を含む刑罰制度改革 ・障害者刑事弁護改善問題、更生保護支援(寄り添い弁護実践) ・外国人等の要通訳被疑者弁護など V 弁護士会における公益活動の義務化 弁護士法第1条を持ち出すまでもなく、今日、個々の弁護士のみならず、弁護士会も社会に広く貢献することが求められてきている。アメリカ法曹協会(American Bar Association、ABA) では、年間50時間以上のプロボノ活動を行うことが推奨されている。日本においても多くの弁護士が様々なプロボノ活動、公益活動に従事し社会に貢献している。しかしそうした活動に全く従事しようとしない会員も増えてきたことから、これを会則等で義務化する動きが生じてきた。2000年に、第一東京弁護士会が「公益活動」を行うことを会員の義務と定めた 9) 。その義務範囲は、「国選弁護」「当番弁護」「法律扶助」 等の比較的狭い範囲であったが、その後に範囲を広げ、社会的に有益な活動をしている団体への法的支援や、犯罪被害者、障害者の権利擁護活動などの「プロボノ活動」(無償又は無償に準ずる低額な報酬で行う法律事務の提供)も公益活動と位置付けた。この動きは、他の弁護士会にも拡大し、東京弁護士会では2004年に導入された 10) 。大阪弁護士会においても、2007年に公益 活動への参加義務規定を設けた。ただし、大阪弁護士会では、弁護士会主催の法律相談担当、自治体等から弁護士会が受託した法律相談担当、国選弁護、刑事当番、法テラスの法律相談、法律扶助事件の受任、弁護士会の委員会活動、その他一定の活動(日本弁護士連合会や大阪弁護士会役員、調停委員等)に限っていて、第一東京弁護士会が導入したいわゆる「プロボノ活動」にまでは広げられていない。今後、この義務化範囲の拡大、特にプロボノ活動一般にも広げるべきかについては議論されるべきとも考えており、今後の課題である。 VI 大阪弁護士会でのNPO支援等の新しい動き 大阪弁護士会では、これまで各種委員会の活動の中で、消費者保護、困窮者やホームレス等支援、外国人、難民、犯罪被害者、高齢者・障害者、子ども、DVハラスメント対策、環境問題、災害被災者支援その他さまざまな分野で市民活動団体と連携してきた。その流れはこれからも変わりはないが、新しい動きを紹介したい。 大阪弁護士会では、従来から、市民向けの法律相談に対応する法律相談センターの中に、中小企業支援センターを設置し、中小企業対象の法律相談事業や中小企業支援を行う他の支援機関との連携などを行ってきた。このたび、この中小企業支援センターを改組して、新たにNPO法人等の非営利組織への支援も目的に加え、中小企業・NPO法人等支援センターとしてスタートさせることとした。 近年、いわゆるコミュニティ・ビジネス(地域が抱える諸課題について、地域資源を活かしながらビジネス的な手法で取り組む事業のこと)が活性化しており、地域の人材やノウハウ、施設、資金を活用することにより、地域における新たな 創業や雇用の創出、働きがい、生きがいを生み出し、地域コミュティの活性化に寄与するものと期待されている。これらのコミュニティ・ビ ジネスについて大阪弁護士会が関与し、支援をすることは有意義なことである。ここでの支援対象としては、NPO法人に限らず、公益・一般社団財団法人、労働者協同組合、合同会社 (LLC)、有限責任事業組合(LLP)等も含めていく予定である。弁護士が基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする以上、営利事業者のみならず、非営利組織を含む各種団体についても支援を行うこととしたものである。そこの活動においては、いわゆる「中間支援組織」との連携が非常に重要であると考えている。具体的には、各中間支援組織との相互連携協議を通じて、共同での講演活動やイベントを 実施したり、中間支援組織から支援を受けてい るNPO法人からの法律問題について、中間支援組織を通じた法律相談対応等の支援ができるような体制を組めればと考えている。NPO等の支援を前面に掲げた委員会の設置は全国の弁護士会としては初めての試みであり、今後の展開は未定の部分が多いが、一つの取組み例として紹介する次第である。 [注] 1) 第27回全国大会統一論題「非営利法人(非営利組織)の振興と支援」においては、以下の 3報告が行われた。①「専門職・士業団体に よる公益的活動と非営利法人の振興と支援: 弁護士及び弁護士会の取組みを事例として」(筆者)、②「非営利法人の振興に寄与する『中間支援』とは何か:NPOそして中間支援組 織の言語論的転回の視点」(吉田忠彦氏)、③「非営利法人の官民協働理論の応用としての 『フィランソロピー首都』創造に向けた取り組み」(出口正之氏)。 2) 三木秀夫「弁護士としてお役に立てれば~私のプロボノ活動」(まちづくりとと市民参加IV 市民社会へ―個人はどうあるべきか)82頁。 3) 髙中正彦『弁護士法概説第5版』21頁。 4) 弁護士自治に関し、1978年5月27日に日本弁護士連合会の第29回定期総会において決議された「弁護士自治の維持に関する宣言」の中で、以下のように記載がされている。「ここに至るまで100年を越えるわが国弁護士制度の歴史には人権擁護の使命を果たし、弁護士自治の獲得を目ざすための先人達の苦難の歩みが深く刻み込まれています。明治から戦前の暗黒時代までの間、わが国における人権の歴史は、正に抑圧の歴史であり、先人達による人権擁護活動も時に消長があり挫折を余儀なくされました。時代の流れ全体がそうであっただけではなく、弁護士自治が認められなかった状況の下では法廷における刑事弁護の活動がしばしば懲戒の対象にされてきたのです。例えば、証拠調べを強く求めたり、裁判所の措置を批判したり、やむなく裁判官の忌避を申立てることなどが検事長による懲戒申立ての理由とされたのであります。これでは 国民の人権を擁護し、公正な裁判を実現させるための弁護活動を十分に尽くすことができなかったのも当然であります。このような歴史を二度とくり返すことは絶対に許されません。その故にこそ、戦後、民主主義と基本的人権の尊重を理念とする日本国憲法の下においては、現行弁護士法による弁護士自治の確立が必要とされたのであります。しかし、この現行弁護士法の成立は、容易なことではありませんでした。(中略)こうして現行弁護士法は、弁護士会側の各方面に対する道理を尽した粘り強い説得活動によって昭和24年5月30日にようやく成立し、6月10日交付、9月1日施行となったのであります。私達は、弁護士自治が、一体何のために必要であったのか、それはどのように確立されたのかを明確にするためにも改めてこの経過を振り返り、かみしめる必要があります。もともと弁護士という職業的、専門的な資格と特権は、国民の権利擁護と社会正義実現のために認められたもので、弁護士自治の確立もそのことに根ざして国民から付託されたものであります。 弁護士自治は、国民の支持がない限り確立ができないのであります。従って、弁護士としての資格と特権がそれを持つ者のために認められたものであるとか、弁護士自治を狭い職業的利益に基づくものであるのだと考えることは、根本的に間違っています。もし、その ように考えますとするならば、私達は、限りのない堕落の道を歩むことになります。つま り、弁護士と弁護士会の諸活動は、常に国民の正当な批判に耐えうるものであり、広く国 民の支持を受けることのできるものでなければなりません。」 https://www.nichibenren.or.jp/document/assembly_resolution/year/1978/1978_4.html 5) https://www.servicegrant.or.jp/probono/ 6) 日本弁護士連合会調査室編著「条解弁護士法第4版」。 7) 判例時報1430号108頁。 8) LLI/DB 判例秘書登載。 9) https://www.ichiben.or.jp/activity/contribution/ 10) 東京弁護士会LIBRA Vol.4 No.5「公益活動―もう始めていますか?― 」。 https://www.toben.or.jp/message/libra/pdf/2004_05/2004_05_02.pdf [参考文献] 三木秀夫[2002]「弁護士としてお役に立てれば~私のプロボノ活動」(まちづくりと市民参加IV 市民社会へ―個人はどうあるべきか)財団法人まちづくり市民財団。 公益社団法人非営利法人研究学会編[2022]「非営利用語辞典」。 大辞林第4版[2019]三省堂。 髙中正彦[2020]「弁護士法概説第5版」三省堂。 髙中正彦[2001]「弁護士法人制度解説」三省堂。 日本弁護士連合会調査室編著[2007]「条解弁護士法第4版」全弁協叢書、弘文堂。 黒川弘務・坂田吉郎[2002]「わかりやすい弁護士法人制度」有斐閣リブレ、有斐閣 。 福原忠男[1990]「弁護士法」特別法コンメンタール、第一法規出版。 日本弁護士連合会[2022]「弁護士白書 2022年版」。 三木秀夫ほか[2009]「NPO法人の設立と運営Q&A」第4版、清文社。 大阪NPOセンター[2000]「NPO法人まるごと運営マニュアル」。 大阪NPOセンター[1998]「NPO法人まるごと設立マニュアル」。 中村陽一[1999]日本NPOセンター「日本のNPO・2000」日本評論社。 NPOボランティア研究会[1998]「NPOとボランティアの実務」新日本法規。 大阪NPOセンター[2006]「大阪NPOセンター10年史」。 大阪NPOセ ン タ ー[2016]「Osaka NPO Cen- ter 20th Anniversary」。 消費者ネット関西[2000]「消費者の挑戦~新しい消費者ネットワークの可能性」。 認定NPO法人 サービスグラント https://www.servicegrant.or.jp/ 法律扶助協会[2002]「日本の法律扶助 50年の歴史と課題」。 法律扶助協会[1975]「法律扶助制度概観 その実態と将来」。 法律扶助協会[1982]「法律扶助の歴史と展望」。 法律扶助協会[2007]「市民と司法 総合法律支援の意義と課題」。 日本司法支援センター(法 テ ラ ス)[2019]「法テラス白書 平成30年度版」。 日本司法支援センター(法 テ ラ ス)[2012]「総合法律支援論叢」。 判例秘書「L04730036 東京地方裁判所判決/平成元年(ワ)第4758号」。 判例秘書「L07720210 大阪高等裁判所判決/令和3年(ネ)第2057号」。 大阪弁護士会 https://www.osakaben.or.jp/ 東京弁護士会[2004]「公益活動―もう始めていますか?―」(LIBRA Vol.4 No.5)。 (論稿提出:令和6年2月24日)
- ≪統一論題解題≫ 非営利法人(非営利組織)の振興と支援
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 大阪商業大学教授 初谷 勇 キーワード: 非営利法人 非営利組織 振興 支援 振興法 支援法 要 旨: 戦後日本で制定された「振興法」、「支援法」の名称をみると、特定の1政策領域、2文化的構築物、3産業、4地理的空間、5組織・法人類型、6構成員の属性などが、振興や支援の対象として掲げられている。これらのうち、「中小企業」や「小規模事業者」などを掲げる法律は、営利法人を直接の対象としている。非営利法人については、法人ごとの個別の根拠法はあるが、振興法や支援法の名称に直接登場することはなかった。 非営利法人の振興や支援は、1市民や専門家などの「個人」、2自治体、企業、中間支援 組織、士業団体などの「組織」、3個別の「政策」や「制度」によって行われてきた。 今後、非営利法人の振興、支援は、営利法人の振興、支援とバランスをとりながら進める必要がある。①市民個人の認知度向上や意識啓発、②官民組織の支援事業の刷新や創造、③非営利法人を直接目的とする振興法や支援法の制定などの検討と、それらの法律に基づく政策や制度の充実が要請される。 構 成: I はじめに II 振興と支援の法と非営利法人政策 III 統一論題:三つの観点 IV 統一論題:報告及び討論 Ⅴ おわりに Abstract When examining the names of the “Promotion Laws” and “Support Laws” enacted in postwar Japan, we see that specific(1)policy areas,(2)cultural constructs,(3)industries,(4)geographical spaces,(5)types of organizations and corporations, and(6)attributes of constituent members have been listed as targets for promotion and support. Of these, the laws that list “small- and medium-sized businesses” and “small businesses” target for-profit corporations directly. As for non-profit corporations, although there are separate-basis laws for each corporation, they are not reflected in the names of the Promotion and Support Laws. Promotion and support of non-profit corporations have been provided by(1)“individuals” such as citizens and experts;(2)“organizations” such as local governments, corporations, intermediary support organizations, and professional associations; and(3)individual “policies” and “systems.” In the future, the promotion and support of non-profit corporations must be balanced with the promotion and support of for-profit corporations. Consideration should be given to(1)raising awareness and educating citizens and other individuals;(2)renewal and creation of support programs by public and private organizations; and(3)enactment of Promotion and Support Laws that are aimed directly at non-profit corporations; further, enhancement of policies and systems based on these laws is requested. Ⅰ はじめに 1945年クリミアでのヤルタ会談に端を開き世界を分断してきた東西冷戦が、1989年地中海のマルタ会談で終結を宣言された。やがて1990年代半ばには世界的な民間非営利組織の台頭が指摘され、その存在意義や機能をめぐる活発な論議が促されるようになった。各国の内政面で民間非営利セクターへの役割期待も高まり、法制・税制の整備など新たな「制度化」の動きと同セクターを振興し支援する政策が伸展した。 90年代にはわが国でも国際的な民間非営利セクター研究に共振する動きが始まった。「NPO」という用語の移入から間もない時期に発生した阪神・淡路大震災の復興対応を契機として、市民活動団体の持続的な非営利活動や公益活動を制度的に担保し促進するための立法運動が高まった。1998年の制定から四半世紀を越え、特定非営利活動促進法(NPO法)に基づく特定非営利活動法人(NPO法人)の増加と活動の広がりの中で、「NPO」という用語は人口に膾炙し、国・自治体の政策や民間企業の社会貢献事業などでも一般用語として常用されるようになった。 2000年代以降数次のNPO法改正をはじめ、公益法人、社会福祉法人、学校法人、宗教法人など多岐にわたる法人類型に波及、連動した制度改革を通じ、NPOを構成する非営利法人(非営利組織)は、時代の要請に応える事業や活動の器・装置として役割を発揮し、国民生活の向上に資する存在となることが目指されてきた。2024年、経済政策の観点から強く推奨、推進されて実現した「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」の一部改正と「公益信託に関する法律」の制定も、そうした流れに連なる積極的な動きといえる。 2020年から3年におよんだ新型コロナウィルスへの緊急対応は収束したものの、2022年2月に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、冷戦発端の舞台でもあったクリミアを、ロシアによる併合(2014年)以来再び戦争に隣り合わせ、双方を支援する各国の足元に不穏な影を伸ばしている。 冷戦後に台頭した非営利法人(非営利組織)は、今や政府、民間企業と鼎立して存在する意義や、政府、企業、国民との関係性の中で期待される役割と実際に果たし得る機能との整合が改めて強く問われている。それは、わが国においても例外ではない。 NPO法施行から25年、公益法人制度改革関連三法施行から15年の節目にあたる2023年、(公社)非営利法人研究学会の第27回全国大会を開催するにあたり、統一論題を「非営利法人(非営利組織)の振興と支援」とした。上記のような時代背景と内外の環境変化の下、民間非営利セクターを構成する非営利法人(非営利組織)が、何のために、誰によって、いかに振興され支援されることが求められているのか、また、非営利法人(非営利組織)は振興や支援の客体であるだけではなく、当事者、主体として何に注力すべきなのかを、みずからもまた非営利法人で ある学会の構成員として再考してみることとした。 Ⅱ 振興と支援の法と非営利法人政策 1 「振興法」と「支援法」 (1) 「振興」と「支援」 「振興」は「物事が盛んになるようにすること。また、ふるいたつこと。振起」、「支援」は「活 動を容易にするためささえ助けること。援助」 をいう 1) 。 わが国では明治以来、政府による殖産興業政策や自然災害、戦災からの復旧復興政策などさまざまな政策領域において、「振興」や「支援」という語が、政府組織(国、地方公共団体)を主体とし、民間組織(企業、地縁団体等)や国民・住民、あるいは社会的な課題を抱えた地理的空間や属性を持つ人々を、ふるいたたせ、ささえ助ける政策や行政作用を表す政策用語として頻用されてきた。 (2) 「振興法」と「支援法」 「振興」や「支援」は、法令用語としても多用され普及、定着している。日本法令索引で「振興」または「支援」を検索語とすると、改正法令や廃止法令を除き現行法令(法律)として、「振興法」は26件、「支援法」は22件を見出せる。近年「、振興法」から改正される例が見られる「基本法」 2) まで視野に入れると、58件に上る( 表1 参照)。 これらが、何(X)を振興し支援することを目的とした法律であるか、法律の名称に着目し、目的条項も補足的に参照して分類を試みた。 まず、「振興法」・「支援法」の両方を通じて、Xは、特定の「①政策領域や施策区分」「②文化的構築物」「③産業、産物」「④地理的空間」などに加え、「⑤組織・法人類型」などに分け ることができる。また、「支援法」のみを見ると、①~⑤のうち②、④に該当するものはなく、代わって⑥(支援の)「対象者(集団)の属性」を掲げる支援法が大きな割合を占めている。 次に、法律制定順にXを具体的に見ていくと、戦後の社会経済情勢の推移と各々の時代に、「振興」や「支援」を通じてその解決が目指された社会課題の推移が浮かび上がってくる。 第一に、「振興法」の場合を見る。 特定の「①政策領域・政策区分」としては、占領期を経て独立を回復した当時には「理科教育」「青年学級」「高等学校定時制教育・通信教育」(以上1953年)「へき地教育」(1954)、次いで高度経済成長期には「スポーツ」(1961)、低成長・安定成長期には「生涯学習」(1990)「国際観光」 (1997)、最近では「在外教育施設教育」(2022)など教育・生涯学習に係るものが多数並ぶ。「②文化的構築物」としては、「アイヌ文化」 (1997)「文字・ 活字文化」(2005)、「③ 産業、産物」としては、「酪農・肉用牛生産」(1954)「養蜂」(1955)「生活衛生関係営業」(1957)「航空機工業」(1958)「養鶏」(1960)「中小小売商業」 (1973)「お茶」(2011)「養豚農業」・「花き」・「内水面漁業」(2014)「真珠」(2016)が続き、産業構造の変化もうかがえる。 「④地理的空間」の振興法は、概ね15~20年ごとに「離島」(1953)「山村」(1965)「半島」(1985)「原子力発電施設等立地地域」(2000)「棚田地域」 (2019)などの立法例がある。 本論とも関わりが深い「⑤組織・法人類型」としては、「下請中小企業」(1970)「地方大学」(2018)の振興法がある。 第二に、「支援法」の場合を見る。 特定の「①政策領域・政策区分」としては、「総合法律支援」(2004)「アイヌ施策」(2019)、「③産業、産物」としては、「農業競争力強化」 (2017)「防衛省調達装備品等開発・生産基盤/防衛産業」が挙げられる。 本論と関わる「⑤組織・法人類型」としては、 「中小企業」(1963)「小規模事業者」(1993)「中小企業経営革新」(1999)「国際平和共同対処事態に際しての諸外国の軍隊」(2015)の「支援法」が制定されている。 支援法ではそのほか「⑥対象者の属性」の該当例が多数に上る。1990年代には「中国残留邦人」(1994)「被災者生活再建」(1998)、2000年代に入ると「ホームレス」・「拉致被害者」(2002) 「母子家庭の母の就業」(2003)「発達障害者」 (2004)「障害者」(2005)、2010年代には「特定求職者」(2011)「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等」・「子ども・ 子育て」(2012)「生活困窮者」(2013)「大学等修学者」(2019)、2020年代に入り「医療的ケア児及びその家族」(2021)「困難な問題を抱える女性」(2022)などの支援法がある。 本論の問題関心からは、振興法・支援法を通じて「⑤組織・法人類型」であるXが注目されるが、「振興法」の場合の「地方大学」や、「支援法」の場合の「諸外国の軍隊」といった例を除き、その多くが中小企業や小規模事業者に関する振興法や支援法で占められていることが分かる。これらの法律の立法趣旨をみると、当初から営利法人を主たる対象として想定し制定されてきたものであることがうかがえる。 表1 基本法・振興法・支援法と営利法人・非営利法人関係法 (注) ①法律名に付記した * 印は通称を使用。 ②斜体は廃止法令。 ③「営利法人関係」・「非営利法人関係」の列に、関係する基本法・振興法・支援法を再掲し、法人類型の個別根拠法等を掲載。 出所:筆者作成 2 振興法・支援法と非営利法人(非営利組織) (1) 振興法・支援法との「縁遠さ」 戦後、多くの振興法・支援法が立法されてきたが、その名称や目的に振興・支援の対象(客体)として登場する法人は営利法人(営利組織) に偏っており、非営利法人(非営利組織)はほとんど見当たらない。振興法・支援法との「縁遠さ」は何に由来するのか。前掲のXの種類1 ~6を手掛かりに考えてみる。 (a) 政策の優先度 営利法人には国民の多くが就労しており、その経済活動は日本経済を支える存在である。活動の伸展により雇用機会の拡充や政府の税収も期待されるなど振興・支援の対象とする積極的意義が感得されやすい 3) 。 一方、非営利法人は、就労、雇用の場としては発展途上にあり、非営利活動からは大きな収益の稼得や政府の税収増は期待し難い。非営利法人は、政府を補完するエージェントとして、また協働・共創のパートナーとして公益目的の事業や公共サービス提供を共に担う存在となることで、その効率化や有効化に寄与しうるものと期待され、漸次、限定的ながら税制上の優遇措置の対象とされてきた。 非営利法人(非営利組織)の振興や支援は、従来、独自に振興法や支援法を制定してまで積 極的に行わなければならない大きな要請のある X、つまり特定の「①政策領域や施策区分」として認識されてこなかった、あるいは仮に認識されていたとしても優先度の低いものと見なされ、立法化への気運の醸成や支持の調達に至らなかったと考えられる。 戦後、非営利法人(非営利組織)の振興・支援が、立法的な解決を要する重要な政策課題と された例としては、私立学校法(1949年)に基づき学校法人、社会福祉事業法(1951年)に基づき社会福祉法人を特別法法人として創設した例があげられる。戦災で荒廃した国土を前にして払底した政府財政の下、民間の力も得て学校・大学教育や社会福祉事業を再興するため、憲法第89条後段の新たな解釈により「公の支配」に属する非営利法人類型を設け、政府による監督や統制を担保した上での立法措置であった。それ以降では、NPO法に基づくNPO法人が特別法法人として挙げられる。これらの立法例は特定の法人類型について個別に定めた法律にとどまり、多様な非営利法人(非営利組織)を広く対象として捉えた上での「振興法」や「支援法」の名称・形式をとるものではなかった。 (b) 文化、産業としての定位 1980年代に日本企業が目覚ましい躍進を遂げた要因について欧米の研究者らが探求した研究成果は、今日の企業文化論や組織文化論につながっている 4) 。営利組織である企業の研究が端緒とはいえ、「企業文化」は「組織構成員の間で共有された一連の価値体系であり、また、それに関連した組織構成員の間でみられる共通の行動様式のこと」と定義されている 5) 。 こうした定義は「組織」の営利・非営利を区別したり制約を課していないことから、企業文化論は営利企業の研究から興ったとしても、営利組織のみを対象にする必要はなく非営利組織にも援用し展開することができると考えられる。日本の非営利法人(非営利組織)が躍進を遂げる要因となる「非営利法人(非営利組織) 文化」の解明も期待されるところである。 同じ80年代に林、山岡[1984]は、欧米人とは異なる日本人の価値観や社会認識を前提として、民間助成財団の日本的なあり方、日本的な方法を考察している 6) 。こうした先駆的な研究例はあるものの、従来、非営利法人(非営利組織) 自体を「文化的構築物」と捉えてその振興や支援を考える視点は希薄であったと考えられる。 また、近代化の過程から戦後の経済成長期に至るまで、官が連携する「民」といえば、まず民間企業が想定されてきた。 一例として、日本標準産業分類における「産業」の定義には、営利事業と非営利事業がともに含まれるものの、民間企業による営利事業に着目した分類が優勢な状況にあり、非営利法人の業種分類に適用する上で必ずしも利便性が高いものとなっていない 7) 。 (c) 組織・法人類型としての独立性 「会社」は、江戸時代にオランダ語の元の2つの用語の訳語である「会」と「社」を繋げた和製漢語とされる 8) 。日本の「会社」は19世紀末の新民法・新商法において立法的に法人格を与えられ、日本の「法人法定主義」は、人的会社も資本会社と同じように法人化し、その法人化のために人的会社の「社団化」が行われた 9) 。 新会社法は、会社の規範的な定義(改正前商法第52条)を削除して「社団」性を削除し 10) 、 会社の形態は株式会社と持分会社(合名会社、合資会社、合同会社)の4種類とされ、広く普及している。 一方、非営利法人は、改正前民法に基づく旧公益法人は主務官庁の許可主義の下に置かれ、特に行政補完型法人はいわば政府セクターの外延部ともみなされてきた。そのため準則主義の営利法人のように、政府の関与を受けない独立した経済主体として、政府から一定の距離をおいてその設立を振興し活動を支援するという発想は乏しかったと考えられる。 この四半世紀の間、NPO法や一般法人法のように、部分的に主務官庁制が廃止された分野横断的な法人類型が生まれた。一方で縦割りの主務官庁制下の非営利法人も多数存続しており、営利法人に比べはるかに多種多様な組織・法人類型が並存し、分類基準も複雑なものとなっている。そのため、非営利法人全体を営利法人の「会社」概念のように包括する範疇概念がなく、一体的に振興・支援の対象として捉えることも、また、明確に体系化された法人「類型」として分けることも、ともに難しかったと考えられる。 (d) 対象者の属性 前掲の支援法の場合に見られる「⑥(支援)対象者(集団)の属性」のように、非営利法人(非 営利組織)の構成員に共通する属性を見出すことが困難であることも理由の一つに挙げることができる。 営利法人の場合、「中小企業」や「下請中小企業」 11) など、企業規模や取引形態を基準に範疇化された法人群を、振興・支援の目的(「⑤組織・法人類型」)とした例が見られるのに対して、非営利法人の場合は、同様に「中小 NPO」や「下請け中小NPO」などを範疇化して振興・支援の対象に設定することは希薄だった。NPOと行政との事業委託(契約)関係については、自律性とアカウンタビリティのバランスを保つ必要性と可能性を巡って悲観論と楽観論の激しい対立がある。悲観論者からはNPOによる行政サービスの下請け化が自律性やミッション達成を損なうものとして批判の対象とされることもあり、NPOと政府・行政との適切な関係性の構築が常に論争点となってきた 12) 。 また、非営利法人は民間公益の実現が目的であり、公益性のある活動の画定や認定が法人の設立目的によって異なることも、共通の「属性」をもつ振興・支援の対象者を設定し難くさせている。あえて属性を限定することは、公益ではなく共益や私益とみなされることにもつながり、積極的に振興・支援する論理を構成しにくかったことも考えられる。 (2) 振興・支援に向けての示唆 上記のような理由が一定程度当たっているとすれば、非営利法人(非営利組織)の振興・支 援を図るには、これらの理由を克服する方向を検討してみることも有益ではないかと考えられる。以下、前掲の(a)から(d)に対応させて述べる。 (a)’ 政策の優先度の向上 非営利法人(非営利組織)を振興・支援することを、特定の「①政策領域や施策区分」とし て顕在化し、その優先度を高め、立法化に向けた支持を広く調達することが重要である。 筆者は、NPO法制定前から、「NPO政策」は公共政策の一つであると主張し、基底的NPO政策と派生的NPO政策を種別してきた。基底的NPO政策は、NPOや民間非営利セクターそのものを公共的問題としその存立、成長、発展を図る公共政策であり、派生的NPO政策は、何らかの公共的価値の実現を目的とする基底的政策の手段としてNPOの参画を求めたり、NPOの活用を図る公共政策である 13) 。 非営利法人(非営利組織)の振興・支援は、直接的には前者の基底的NPO政策と重なるが、非営利法人(非営利組織)を活用する派生的NPO政策も非営利法人に活動資源が循環しその存在を社会的に訴求しうることから、間接的な振興・支援につながるといえる。 ⒝’ 文化や産業としての再定位 非営利法人(非営利組織)を、「②文化的構築物」として捉え、非営利法人を支える理念や文化を振興し、それらを体現する非営利法人を振興・支援することに結びつける必要がある。政府セクターや民間営利セクターとは区別される非営利法人(非営利組織)の存在意義論で取り上げられる理念や志向すべき概念の例としては、「社会貢献」「フィランソロピー」「市民的公益の追求」などがある。問題は、これらの概念や思想そのものが社会的な支持を集め、尊重されるべき「文化的構築物」となりうるか否かである。 また、営利法人と比肩しうる「③産業」を構成する組織群として非営利法人を再定位し、営利法人と同様に事業体として振興・支援する必要性を強く訴求することが考えられる。 この点に関しては、2012年の中小企業政策審議会 “ちいさな企業” 未来部会の取りまとめにおいて、NPO法人は中小企業政策上重要な役割を果たしており、その政策上の位置付けを検討する重要性が指摘され、現行基本法における中小企業に関する団体に係る規定において、当該団体にNPO法人が含まれることを確認することが適切であるとされた。 その後、2014年に中小企業庁は「NPOなど新たな事業・雇用の担い手に関する研究会」を設け、従来のように中小企業への支援者としての位置づけからNPO法人を中小企業政策の対象とするのではなく、事業型NPO法人についてその主体そのものとして正面から中小企業政策上の位置づけを改めて検討するに至っている 14) 。 2024年の公益認定法改正も、政権の掲げる「新しい資本主義の実現」の担い手として、非営利法人(非営利組織)の事業性や社会課題解決力への期待を強く前面に立てての改革であるといえるだろう。 (c)’・(d)’ 対象とする区分や属性の画定 非営利法人(非営利組織)一般では対象Xとして包括的に過ぎ、イメージが拡散するようであれば、特定の定義(法人設立根拠法の限定列挙など) や基準(規模の大小や社会・経済的立場(例えば従属的で劣位にあるなど))を限ったうえで、該当するものを振興・支援の対象として画定する方策も考えられる。 NPO法制定以来、全国の自治体に拡がった協働政策は当初、協働のパートナーとして、制度化された既成の旧公益法人や特別法法人ではなく、市民活動につとめるボランティア団体や新興のNPO法人に特化した協働・連携施策が多数展開された 15) 。 構成員の「属性」をある程度特定でき、共益性や私益性に傾斜せずに公益性が認められるような非営利法人(非営利組織)、例えば喫緊の社会的課題に関わる当事者団体などを対象として振興・支援することも一つの方向性として考えられる。 III 統一論題:三つの観点 上記のように、営利・非営利の両セクターに属する民間法人(民間組織)の振興と支援を歴 史的にも俯瞰した上で、「非営利法人(非営利組織)の振興と支援」を統一論題として掲げた。 非営利法人(非営利組織)の一層の充実と伸展を支える振興策や支援活動等について現状を把握、評価し、解決の急がれる課題と取り組むべき方策等を明らかにするのが直接的な企図・ 趣旨である。 この統一論題を議論する観点としては、「個人」「組織」「政策・制度」の三つを置き、それらの相互関係にも目配りしたいと考えた。すなわち、「国民、市民や専門家など個人」や「民間企業、中間支援組織、士業団体など組織や団体」など振興・支援の「主体」と、振興・支援の「方法・手段」として実施・活用される「(国・地方自治体の)政策、制度」という3側面とそれらの側面相互の関係性も踏まえつつ、理論と実践をつなぐ議論を目指した。 この観点を図解すると 図1 のとおりである。 図1 統一論題:三つの観点 出所:筆者作成 IV 統一論題:報告及び討論 大会当日の議論は、統一論題設定の背景、動機、論点を示唆する司会者による「解題」を皮切りに、3名の報告者による個別の「研究報告」、次いで時間をおいて同日に「討論」が行われた。「討論」では、討論者を兼ねる座長(筆者)から、3報告に対してコメントと質問がなされ、各報告者から回答、コメントが返された。フロアか ら寄せられた質問にも、指名を受けた報告者から応答がなされた。 以下本稿では、筆者の観点から、各報告について(1)報告要旨(1問題関心、2アプローチ、3報告者の考察)と、(2)統一論題の三つの観点から見た各報告の意義に分けて紹介したうえで、筆者の(3)「討論」の要点を掲げる。 1 第一報告 (1) 報告要旨 第一報告は、「専門職・士業団体による公益的活動と非営利法人の振興と支援~弁護士及び弁護士会の取組みを事例として」と題して、三木秀夫氏(弁護士)が行った。冒頭、三木氏が弁護士、プロボノとして早期から培った非営利法人(非営利組織)への持続的な関心と、さまざまな非営利法人への多角的な関与の経験が紹介された。 (a) 問題関心 報告の問題関心は、個別題が示すとおり「専門職・士業団体の制度的な位置づけとその公益的活動とは何か。それらの公益的活動には、非営利法人の振興と支援に当たるものがあるのか」という点である 16) 。 (b) アプローチ アプローチとしては、関係法制、弁護士会の内部規範の意味と解釈・運用、弁護士会と所属弁護士の関係を巡る争点についての裁判例を示しつつ、統一論題について正面から論じるものであった。 (c) 報告者の考察 報告では、1個々の弁護士個人の自主的自発的な公益的活動による振興と支援、2弁護士の強制加入に基づく単位弁護士会やそれらの連合会という組織による振興と支援、3弁護士や弁護士会の運動や提言から生まれたり、それらが深く関与して推進、整備されている政策や制度による振興と支援、という三つの局面とそれらの相互関係が論じられた。 (2) 統一論題の観点から見た意義 第一報告は、前掲の統一論題の観点からは、 図2 上段の図のように図解できる。 第一に、1「個人」としての弁護士による非営利法人(非営利組織)の振興や支援は、個人 の自主的・自発的なものと、弁護士会の構成員として遵守すべき規範に基づくものがある(プロボノの概念は両者にまたがる)。 ②「組織」としての弁護士会の活動には、「直接的な非営利法人(非営利組織)の振興と支援」はない。しかし、弁護士会の多種多様な公益的活動の中で、非営利法人との連携・協働は非常に多く、その意味では、間接的に非営利法人の振興や支援に寄与すると見られる活動は多数に上る。 ③「政策・制度」による振興や支援としては、犯罪被害者等支援制度や日本司法支援センター (法テラス)など制度化された支援と連携・協働する犯罪被害者等支援センターなど非営利法人が全都道府県にあり、非営利法人の振興や支援に寄与するものと考えられる 17) 。 第二に、④今後の方向性としては、非営利組織など市民活動団体への多様な支援を業務として行っている多くの「中間支援組織」と弁護士会とが連携する方策を開拓していくことにより、中間支援組織の先につながっている非営利法人(非営利組織)の振興や支援を増すことになるのではないかと提言された。 なお、本大会報告後、報告者(三木氏)が大阪弁護士会会長在任中に手掛けた組織改革が2024年度に入り実現し、同会の中小企業支援センターの支援対象をNPO法人等にも拡げて改称するとともに委員会組織に昇格させ、「中小企業・NPO法人等支援センター運営委員会」として7月1日に発足している。中小企業とNPO法人等を併せて支援対象とする委員会組織は全国の弁護士会では初めての取組みという 18) 。 (3) 討論 第一報告に対する「討論」は主に次の2点である。 (a) 士業団体における公益志向性の受動(義務付け)と能動(自発性) 報告者も強調されたように、士業団体の中でも弁護士会の公益志向性は、他の士業団体の根拠法の目的規定と比べても大いに異なる強い側面をもっている。組織規範にある「社会正義の実現」にも公益志向性重視の姿勢が表れている。同業者団体としての共益性を持ちつつ、強制加入による会員統制もあって、強い公益志向性を帯びた団体であると考えられる。 すると、こうした組織の構成員である個人(弁護士)には、弁護士会会員として「義務づけられた公益志向性」と「自発的な公益志向性」の二面性が見て取れるが、非営利法人(非営利組織) の振興・支援を、組織としての公益志向性、個人にとっての公益志向性とどのように絡めて促進しようとしているのか。 (b) 次世代への継承 弁護士会の世代構成を考えたとき、「非営利法人(非営利組織)の振興・支援」は、次世代の若い弁護士らにミッションとして継承されるだろうか。あるいは継承するための手立てをどのように講じているだろうか。 2 第二報告 (1) 報告要旨 第二報告は、「非営利法人の振興に寄与する『中間支援』とは何か―NPO そして中間支援組織の言語論的転回の視点―」と題して、吉田忠彦氏(近畿大学)が行った。冒頭、報告者が経営学、組織論の研究者として、非営利法人(非営利組織)への問題意識を抱いた経緯と、研究対象としてきた「中間支援組織」の系譜、現状の紹介がなされた。 (a) 問題関心 報告の問題関心は、個別題に示すとおり「非営利法人の振興に寄与する『中間支援』とは何か」という点である。報告では、研究の目的を「・非営利法人の振興に寄与する『中間支援』とは何かを論究する」および「・『NPO』、『中間支援組織』」を、言語と活動との関係から分析する」とした。 (b) アプローチ 報告者による中間支援組織に係る国内調査の結果を引用しながら、わが国で非営利法人(非営利組織)の「中間支援組織」と見なされる組織の系譜と発展の経緯が整理された。 次いで、「中間支援組織」という用語とその意味を分析するアプローチとして、「人文学における言語論的転回の視点を導入」するとして、ソシュールの提示した概念、術語を援用した説明が行われた。 (c) 報告者の考察 第一に、中間支援組織は、その呼称によって時系列的に三つの時期に分かれるとした。当該組織が出現(設立)した時期において、①[それらの組織が]まだNPO、中間支援組織と呼ばれていない時代、②「サポートセンター」「インターミディアリー」と呼ばれた時代、③「中間支援組織」という呼び方[呼ばれ方]が普及した時代の3期であるという 19) 。 次に、中間支援組織の設立を4パターンに分け、各パターンに該当する具体的事例(設立年) が紹介された。すなわち、[1]「情報センターなどとして立上り、後で中間支援組織と呼ばれる」(アリスセンター:1988年)、[2]「市民活動分野の先行団体が後発団体を支援するようになった」(日本NPOセ ン タ ー:1996年)、[3]「はじめから『中間支援組織』として設立」(大阪 NPOセンター:1996年)、[4]「市民活動支援施設を運営するために設立」(地域型中間支援組織: NPO法成立に向けた運動と連動して設立) 20) 。 第二に、中間支援組織という用語とその意味を分析するアプローチとして、「・人文学における言語論的転回の視点を導入」するとし、ソシュールの提示した概念、術語を援用して説明している。 ソシュールのラング(共通の言語規則)とパロール(言語行為)の区別 21) は、ラングが「中間支援組織の共通認識」、パロールが「個々の中間支援組織への言及」に相当するという。シニフィアン(音しての言語)とシニフィエ(意味としての言語)の恣意的な結びつけは、シニフィアン (「中間支援組織」という音)とシニフィエ(意味としての中間支援組織)の結びつけが恣意的であることに対応するものととらえている 22) 。 第一に 、 ② 「 N P O 」、「 中間支援組織」 を言語と活動との関係から分析すると、 ・「NPO」、「中間支援組織」の実体があったので言語が生まれたのではない 。「 NPO」「中間支援組織」という言語ができたので、それに合うように既存団体が変化したり、新しい団体や事業が生まれた。 ・「中間支援(組織)」という言語の普及・一般化によって、市民活動や運動の固有の目的や必要な支援が埋没化するリスクが生まれる(「言語論的転回の視点」による考察)。 第二に、1非営利法人の振興に寄与する「中間支援」とは何かについて、「今後の方向性」として、一つには「・『NPO』、『中間支援組織』という言語の解体の必要性が知覚される(実体と言語との脱連結、再連結)」とし、二つには「・ 団体と支援事業の『専門化・分化化』と『統合化・連結化』との2方向への進化」という2点が挙げられた 23) 。 (2) 統一論題の観点から見た意義 第二報告は、前掲の統一論題の観点からは、 図2 中段の図のように図解できる。 統一論題との関わりでいえば、上記の結論は、第一に、①「個人」としての振興・支援や、③「制度・政策」による振興・支援に直接言及するものではない 24) 。②「組織」による振興、支援に焦点を当てた考察である。 非営利法人(非営利組織)の振興と支援を担う組織の呼称として「中間支援組織」という言語(用語)が普及・一般化した現在、その普及・一般化した用語の「実体」として一般に理解されているものが、実は必ずしも実際の市民活動や運動の固有の目的や必要な支援に即したものになっていないのではないかと指摘している 25) 。 その上で、呼称(「言語」)に制約され硬直化した「実体」ではなく、実際の振興や支援の要請に応えられるように、「実体」と「言語」との脱連結、再連結を説く。今後の組織のあり方の方向性として、団体(中間支援組織)と支援事業の「専門化・分化化」と「統合化・連結化」の2方向への進化を示している 26) 。 図2 統一論題の三つの観点からみた3報告 出所:筆者作成 (3) 討論 第二報告に対する筆者の討論は、主に次の2点である。 (a) 中間支援組織論への「言語論的転回」概念の援用、あてはめの説得性 報告者は、ある組織群を説明するために「中間支援組織」という言語を用いたのではなく、「中間支援組織」という言語によってある組織群(非営利組織を支援する機関)のことが理解できると説明する。では現在、私たちは一般に、「中間支援組織」という言語を「非営利組織を支援する機関」と等しいものとして理解しているといえるだろうか。報告者の論であれば、かりに「中間支援組織」という言語ではない「N組織」という名称を用いれば、違う組織群が掬い取られることになるが、中間支援組織論に言語論的転回を援用しあてはめる意味や意義はどこにあるのか 27) 。 (b) 言語論的「再転回」の方向性 第二に、報告者の述べるように、本来、中身があってそれを表す表現であるべきところ、表現が先で中身が後付けになっていることを「転回」と解するのであれば、報告者の意図は、「さらに一転回させて、中身に即した表現、名称が必要である」という主張に結びつけようとしていることになるのか。仮にそうであるならば、今の「中身」を表す「表現」をどのように考えるのか。そして、そのように考えることは、報告資料14.考察3の「方向性」でいえば、「統合・ 連結の方向性」になるのだろうか。報告者は一方で「分化の方向性」も挙げている。分化の方向性を探った場合、「中身」と「表現」が分離、乖離している現状を容認することになるのではないか。 報告資料13.考察2の、特に2の視点(シニフィアンの埋没化?)から、14.考察3の「方向性」に示される①シニフィアンの解体と、②シニフィアンとシニフィエの分化あるいは統合・ 連結がどのように導かれるかという点は、現存する多くの中間支援組織の今後の進路の選択を考える上で示唆を与えることになると思われるが、報告者自身はどのように考えるのか。 3 第三報告 (1) 報告要旨 第三報告は、「非営利法人の官民協働理論の応用としての『フィランソロピー首都』創造に向けた取り組み」と題し、出口正之氏(国立民族学博物館)が報告された。冒頭、非営利研究者として、文化人類学的な視点から会計問題に関心を伸展させてきた報告者の、非営利セクターの振興と支援に関するこれまでの取組みが紹介された。 (a) 問題関心 報告者の問題関心は、「アンソロ・ビジョン」 (Anthro Vision:人類学的思考)で非営利法人制度を再検討することにある。 (b) アプローチ 報告者の自治体政策への参与の経験について、時系列に事実経過と活動成果を紹介した上で、報告者が実践の理論的支柱として援用した枠組みに照らして、当該参与経験・実践内容が分析された。 具体的には大阪府・市の政策に6年間にわたり参与し、その「副首都ビジョン」(2017年)で副首都の4機能の1つに挙げられた「民都」の具現化を図り、非営利セクター全体の民間組織を目指す「『民都・大阪』フィランソロピー会議」を発足させて運営してきた経験とその活動成果が報告された。次いで、この「民都・大阪」 フィランソロピー会議の運営の羅針盤として、Brysonらの論文で示された「セクター間協働」 の成功の要素に係る「22の提案」を参照したことを述べ、当該枠組みを適用・援用した局面の解説と、その成果を「5.小さな勝利(δVδV)」 と評価した上で、今後の展望が語られた。 (c) 報告者の考察 考察の中では、上記の「セクター間協働」の理論を適用して有意義(処方として有益)であった点を、「22の提案」と対照させながら詳説された。 (2) 統一論題の観点から見た意義 第三報告は、前掲の統一論題の観点からは、 図2 下段の図のように図解できる。 第一に、①「個人」による振興・支援としては、報告の前史として、報告者が企業財団に在籍しつつフィランソロピー税制についてのアドボカシー(政策提言)に携わったことや、大学に転じた後、神奈川地域のNPO活動に携わったほか、税制調査会委員、公益認定等委員会委員などを歴任し、非営利法人(非営利組織)の振興・支援の制度化、改革に参画したことが一つの範例として受け止められる。 ②「組織」による振興・支援としては、民間非営利セクターの横断的組織を提言し、ときの自治体政権の主要政策に位置づけて「民都・大阪フィランソロピー会議」を具現化した。こうした協働体組織の運営について、理論的支柱とした論考の内容と往還しながら実践が展開されたことが理解される。 ③「制度・政策」による振興・支援としては、「フィランソロピー」という概念を中心に据えて「フィランソロピー首都」という新たな都市政策を構想し、その具現化を図る活動に、自治体として公式に着手するに至ったことが注目される。 (3) 討論 第三報告に対する筆者の討論は次の点である。 (a) 「セクター間協働」と「セクター内協働」 第一に、報告者が実践の理論的支柱として参照した理論は、3セクターにわたる多元的な主体の協働体を形成する上での成功要因、処方箋を説く内容であった。一方、報告された実践事例である「民都・大阪フィランソロピー会議」は、3セクター間を横断する協働組織ではなく、非営利セクター内で縦割りになっている法人類型を横断する非営利法人(非営利組織)の結集組織としてスタートした。理論的支柱とした「セクター間協働」の理論との関係からは、「セクター内協働」組織についてどのように考えるべきか。 (b) 非営利法人(非営利組織)の振興・支援に向けた示唆、教訓 第二に、「民都・大阪フィランソロピー会議」は、非営利法人(非営利組織)が結集した組織でありつつ、政策主体として、制度・政策を創造していく存在を企図したものでもあったことがうかがえる。「フィランソロピー」という概念を前面に立てて、非営利法人(非営利組織)を振興・支援する政策を創出し、制度化を図る社会的な実験でもあったといえる。 報告者や関係者が傾注した努力は大きなものであったと思われるが、報告者がこの実践を通じて、今後、非営利法人(非営利組織)の振興・支援について、同様のセクター間協働やセクター内協働に取り組む後続者、追走者に対して、特に示唆や教訓として伝えたいことは何か。 V おわりに 以上、統一論題報告について、論題を着想した背景、非営利法人(非営利組織)への新たな時代的要請や役割期待について述べた上で、振興と支援に係る政策や法律の現状を整理し、それらを手掛かりとして、非営利法人(非営利組織) の振興と支援のための方向性や方策を検討した。①政策の優先度の向上、②文化や産業としての再定位、③振興・支援の対象とする区分や属性の確定が課題である。 次に、統一論題報告における三つの報告の要点と、統一論題との関わりを検討した。 非営利法人の振興や支援は、①市民や専門家などの「個人」、②自治体、企業、中間支援組織、士業団体などの「組織」、③個別の「政策」や「制度」によって行われてきた。これら三つの観点から見ると、第一報告は、「個人」と「組織」 による振興・支援策、特に当該組織(弁護士会) 構成員の属性(弁護士)に着目した報告であった。第二報告は、振興・支援を担う「組織」(中間支援組織)の呼称と実体について考察する報告であった。第三報告は、「組織」(「『民都・大阪』フィランソロピー会議」)と「政策・制度」(「副首都」構想、「フィランソロピー首都」構想)の関わりに着目した報告であった。 前掲2(2)(b)’の「文化や産業としての再定位」 という方向性に照らすならば、第一報告は中小企業に比肩する(事業型の)NPO法人等への支援に関心を寄せ、第三報告は、フィランソロピーという文化的概念を目標設定に活用した取組みを報告するものであったといえる。 さらに、筆者による各報告に対する討論の要旨を掲げた。大会では、討論や会場からの質問に対して、各報告者から各々回答が述べられた。本稿では紙数の関係で回答の詳細にふれることはできないが、それらの子細は、各報告者が本誌に寄稿された論考に示されているものと思われる。 今後、非営利法人(非営利組織)の振興・支援は、営利法人(営利組織)の振興・支援とバランスをとりながら進められる必要があると考える。①市民個人の認知度向上や意識啓発、②官民組織の支援事業の刷新や創造、③非営利法人を直接目的とする振興法や支援法の制定などの検討と、それらの法律に基づく政策や制度の充実が要請される。 本学会において、非営利法人(非営利組織)の振興と支援について、立体的かつ持続的な議 論が今後とも深められることを期待したい。 最後に、全国大会において、統一論題報告・討論でご登壇いただいた皆様と、ご質問をいただいた出席会員の皆様に厚く御礼申し上げます。 [注] 1) 『精選版日本国語大辞典』小学館、2006年。 2) 従来のX振興法について、目的とするX概念の意味内容を見直し拡張したうえでX基本法に改称する例が見られる。1964年東京オリンピック開催前に制定されたスポーツ振興法が2011年全面改正され、スポーツに係る施策を国家戦略として位置づけるスポーツ基本法が制定された。また、2001年に制定された文化芸術振興基本法が、2017年法改正により題名が文化芸術基本法に改められた。 3) 中小企業庁[2020]は、中小企業政策の変遷を概観する中で、中小企業基本法制定(1963 年)当時においては、「中小企業とは『過小過多(企業規模が小さく、企業数が多すぎる)』 であり、『一律でかわいそうな存在』として認識されていた。また、中小企業で働く労働者は社会的弱者であり、こうした者に対して社会的な施策を講ずるべきとのスタンスで政策が講じられてきた。」(III-2)とし、振興・ 支援を必要とする中小企業の状況が一般に共有され、政策の支柱ともなっていたことにふれている。 同基本法と同じ1963年に制定された中小企 業支援法(制定時名称:中小企業指導法)は、第1条で「この法律は、国、都道府県及び独立行政法人中小企業基盤整備機構が行う中小企業支援事業を計画的かつ効率的に推進するとともに、中小企業の経営の診断等の業務に従事する者の登録の制度及び中小企業の経営資源の確保を支援する事業に関する情報の提供等を行う者の認定の制度を設けること等により、中小企業の経営資源の確保を支援し、もつて中小企業の振興に寄与することを目的とする。」と定め、第2条第1項で「中小企業者」、第2項で「経営資源」の定義規定を置いている。 4) 横尾[2005]、59頁。 5) 横尾[2004]、31頁。 6) 林、山岡[1984]、第一部、第三部参照。 7) 2022年に全国を対象に一般法人の組織運営に関する実態調査を実施した中で、一般法人の事業について日本標準産業分類を用いた業種分類を行った結果について、公益財団法人日本非営利組織評価センター[2023]、121- 129頁参照。調査対象法人の業種は、大分類の「R サービス業(他に分類されないもの)」、とりわけその中分類の1つである「93:政治・ 経済・文化団体」に集中した。中分類93は、同分類の総説で「この中分類には、経済団体、労働団体、学術文化団体、政治団体などの他に分類されない非営利団体が含まれる」とし、小分類として、これら経済団体から政治団体以外の「939 他に分類されない非営利団体」 を設け、細分類9399に多様な非営利事業が例示されている。中分類・小分類自体が「他に分類されない」という残余概念による包括的なものであるため、同分類では、非営利法人の事業分類が、実態を踏まえた体系的なレベルに至っていないように思われる。非営利セクターに相応しい業種分類の検討の必要性は高い。初谷[2023]、24-25頁。 8) 高田[2021]、279頁。 9) 同上、281頁。 10) 同上、239-241頁。 11) 例えば、下請中小企業振興法(1970年)第2条第1項の「中小企業者」、同条第4項の「下請事業者」の定義を参照。 12) この点に係る問題の構造と議論の内容については、後[2009]、「第5章 NPO-行政関係 の戦略論的考察」(93-157頁)に詳しい。 13) 初谷[2001]、「第1章 NPO政策 1.1.2 NPO政策の定義」(92-94頁)、 初谷[2012]、「序章公共マネジメントとNPO政策 2 鼎立するNPO政策―NPO政策論の構図と枠組み」(12-18頁)。 14) 中小企業庁[2014]、1-4頁。 15) 初谷[2012]、「第5章 ローカル・ガバナンス(地域共治)と自治体NPO政策」。東京都杉 並区の地域共治とNPO政策を事例として取り上げている。 16) 弁護士及び弁護士団体の歴史については、大野編[1970]、特にその第1章(大野)を復刊した大野著、日弁連法務研究財団編[2013] も参照。 17) 本大会報告後、2024年4月、総合法律支援法が改正され、法テラスの業務として犯罪被害者等支援弁護士制度が導入された。 18) 大阪弁護士会のウェブサイトによれば、同運営委員会は「中 小 企 業・NPO法人等支援 センターを運営し、『ひまわりほっとダイヤル』 をはじめとする中小企業・NPO法人等に対する支援並びに支援に関する調査、研究、広報、連絡協議を行って」いる。「大阪弁護士会について 委員会紹介」( https://www.osakaben.or.jp/01-aboutus/committee/index.php ) 参照。 19) 提示された3期は概括的な区分で、何年から何年までといった具体的な期間については言及していない。このことは、中間支援組織とされる組織は、設立時期がこれら3期のいず れであるかによって、設立時の呼称が異なるだけでなく、一つひとつの組織に着目すれ ば、その組織が存続して1~3のうち3期、あるいは2期、1期を経る過程で、その呼称が移り変わった例もありうることを示唆する指摘であるといえる。 20) この4パターンのうち、[1]は上記の3期(1 ~3)の区分に照らせば、1の時期に設立されたものといえ、[2]・[3]は2の時期以降に設立されたものと見られる。[4]は、3の時期に設立されたものが想定されているのであろう。以上を小括し、報告者は、「『NPO』、『中間支援組織』という言語と、実際の組織やその活動とは必ずしも一体のものではない。(実体と言語との結びつきに『ゆれ』 がある)」とする。 21) ラングは「ある言語の話者が集団的に共有していると考えられる言語的知識」、パロール は「ある言語の話者が産み出す具体的な文章 や話の総体」をいう(風間他[2004]、2-4頁、 ソシュー ル[1972]、27頁、 西田編[1986]、 8 - 9頁)。言語記号のシニフィアン(能記、記号表現)とシニフィエ(所記、記号内容)は、「語の音形」と「語の意味」を言い換えたものとみなされる(風間他[2004]、4-6頁。ソシュール[1972]、95-97頁)。前者を「表現するもの」、後者を「表現されるもの」とし、「neko」と「猫」を例示するものとして西田編[1986]、 10-12頁。 22) 報告の問題関心、研究の目的は、①非営利法人の振興に寄与する「中間支援」とは何かを考察し、②「NPO」と「中間支援組織」を言語と活動との関係から分析することであった。結論としては、この目的2についての回答から目的1の回答を導く順で報告がなされたといえる。 23) この「方向性」の1点目にいう「『中間支援組織』という言語の解体」とは、そのままでは分かりにくいが、報告者がこの3年間にわたり発表してきた別稿(吉田[2023]:アリス センターのケースを取り上げて論じた「中間支援組織の解体」)を参照すると、そこで展開し た議論の延長線上にある見解であることがうかがい知れる。2点目は、中間支援組織という団体が「実体」としてどのような機能や事業を担っていくべきかという方向性を示唆するものといえる。 24) 報告者の別論考では、「中間支援組織」は、 「個人の乗り物」であり「制度・ロジックの乗物」としての意義が強調されており、個人は組織を通過したり、制度・ロジックは組織に注入・導入されるものとされている(吉田 [2023]、209-213頁)。 25) この点は、報告者が、別の論考で、「『インターミディアリー』なり『中間支援組織』という用語がより広い領域と意味をもって普及することによって、その中に市民活動を支援することをミッションとする組織が埋没し、その本来の意図や意義が希薄化してしまう恐れがあることである。汎用的な『中間支援組織』として、そこで標準的とされる事業をやることしか意識しない市民活動支援組織が増え、さらにこれらの組織が市民活動の意義についてより自覚的な組織を駆逐してしまう恐れもある。」(同上、206頁)として、「中間支援組織」という用語が広い領域と意味をもって普及し汎用化することに懸念を示している点に通じる。 26) この点は、広範な領域や意味に膨らんだ「中間支援組織」という実体を腑分けして、市民活動支援に特化し、先祖返りする部分を専ら担う「専門化」を求めているようにも受け止められる。しかし、もう一方の「統合化・連結化」は何をどうすることなのか。民間非営利セクターを代表するような組織が想定されているのか否か、また、それがなぜ進化なのか、説明がない点憾みが残る。 27) ソシュールによれば、言語は記号の体系として捉えられ、言語記号の二つの要素である 「音」と「意味」の関係はきわめて恣意的なものであるとされる。二つの要素の結合を記 号として認めて慣用することで、はじめて記号の使い手を拘束する力を持ってくる。生活 の変化に伴い音と意味はいずれも変化することから、言語記号を形成している音声と意味 のずれが生じるという。例えば「サカナ」ということばは元々「酒の菜」を意味し、いろ いろな食材を含んでいたが、「酒の菜」というと、「魚」が多かったことから、やがて「サカナ」が「魚」を表す言語となったとされる (風間 ほ か[2004]、184-185頁)。 この例を援 用して考えるならば、「中間支援組織」ということばは元々いろいろな組織を含むものと して音と意味が結合していたところ、非営利法人(非営利組織)が顕在化するにつれ、「中間支援組織」に含まれる組織の中に「非営利法人(非営利組織)の支援機関」が多くなった。 その結果「中間支援組織」といえば「非営利法人の支援機関」のことであると結合して理解されるようになったという説明がありうる。しかし、実際には今日、中間支援組織は依然として、あるいはますます多様な組織を含むものとなっている。例えば、営利組織を支援する「認定支援機関」制度も、2012(平 成24)年8月、中小企業経営力強化支援法(現在の中小企業等経営強化法)が施行され、経営 革新機関等を認定する制度として普及し今日に至っており、認定支援機関には士業をはじめ金融機関や商工会議所など様々な組織が含まれる。 つまり、音の「中間支援組織」は、かつても今も、意味において「非営利組織の支援機 関」と等しいものとして収れんしてはいない。 [参考文献] 後房雄[2009]『NPOは公共サービスを担えるか』法律文化社。 大野正男編[1970]『講座現代の弁護士 第2』日本評論社。 大野正男著、日弁連法務研究財団編[2013]『職業史としての弁護士および弁護士団体の歴史』(JLF選書)、日本評論社。 風間喜代三、上野善道、松村一登、町田健[2004]『言語学 第2版』東京大学出版会。 高田晴仁[2021]『商法の源流と解釈』日本評論社。 西田龍雄編[1986]『言語学を学ぶ人のために』世界思想社。 初谷勇[2001]『NPO政策の理論と展開』大阪大学出版会。 初谷勇[2012]『公共マネジメントとNPO政策』ぎょうせい。 初谷勇[2023]「解説 一般社団・財団法人の伸長と課題:「一般社団法人及び一般財団法人の組織運営に関する実態調査」に寄せて」 公益財団法人日本非営利組織評価センター、 4-29頁。 林雄二郎、山岡義典[1984]『日本の財団』中央公論社。 フェルディナン・ド・ソシュール著、小林英夫訳 [1972]『一般言語学講義』(改版)、岩波書店。 横尾陽道[2004]「企業文化と戦略経営の視点 ―「革新志向の企業文化」に関する考察―」 『三田商学研究』第47巻第4号、29-42頁。 横尾陽道[2005]「企業文化論における分析焦点の変遷とその課題 ―「組織の継続的革新」 に向けて―」『北星学園大学経済学部北星論 集』第45巻第1号、59-74頁。 吉田忠彦[2023]「アリスセンターの設立と事業展開―中間支援組織の解体のために― (下)」『商経学叢』第69巻3号、181-228頁。 [ウェブサイト] (2024年7月10日閲覧) ・中小企業庁[2014]「中小企業関連法制の変遷(資料4)」 https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/kenkyukai/npo/2014/140818npo4.pdf ・中小企業庁[2014]「NPOなど新たな事業・ 雇用の担い手に関する研究会中間論点整理」 https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/kenkyukai/npo/2014/1400930npo.pdf ・中小企業庁編[2020]『中小企業白書・小規模企業白書 2020年 版 (下) 地域で価値を生み出す小規模事業者』 https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2020/PDF/2020_pdf_mokujisyou.html ・公益財団法人日本非営利組織評価センター [2023]「一般社団法人及び一般財団法人の組織運営に関する実態調査」報告書 https://jcne.or.jp/2023/03/27/report-10/ (論稿提出:令和6年7月12日)
- ≪研究ノート≫国立大学における全学同窓会の運営のあり方― 部局同窓会との調整と同窓生の関心の獲得を中心に ― / 高田英一(九州大学准教授)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 九州大学准教授 高田英一 キーワード: 同窓会 国立大学 大学経営 公益活動 要 旨: 国立大学の全学同窓会には、2つの課題がある。第1は、部局同窓会との二重構造であ る。全学同窓会は、設立の時点で、部局同窓会を内部に取り込んだが、部局同窓会の独自 性を維持する必要がある。第2は、同窓生の関心の低さである。現在、社会的にボランティ ア活動に対する関心が高い。このため、全学同窓会は、従来の共益志向のサービスでなく、 公益志向のサービスによって、同窓生の関心を確保するよう努めるべきである。このこと は、国立大学に対する社会の理解の獲得と財政基盤の強化につながる。 構 成: I はじめに II 先行研究の確認 III 研究の枠組み Ⅳ アンケート結果から見る全学同窓会の現状と課題 Ⅴ 課題「部局同窓会との調整」の課題について Ⅵ 課題「卒業生の同窓会への関心の低さ」について Ⅶ 課題「財政的な基盤の乏しさ」について Ⅷ おわりに Abstract There are 2 problems in the alumni association of national universities. The 1st problem is a double structure with department alumni associations. Because the alumni associations put department alumni associations in the interior at the time of establishment. Therefore the alumni associations have to maintain originality of department alumni associations. The 2nd problem is low of the interest of the alumni. We have the great interest to volunteer activities at present. So, the alumni associations should try to secure the interest of the alumni by public interests-oriented service, not conventional public benefit-oriented service. This way enables to strengthen social understanding and financial base to national universities. Ⅰ はじめに 現在、経済・社会状況の激しい変化に対応するために、社会から国立大学に対して厳しい改革が求められている。各国立大学では、この要求に応えるために、教育改革や研究活動の活性化等に努めているものの、他方で、法人化以後の運営費交付金の削減等、その運営環境は厳しさを増している。 このような状況において、各国立大学では、大学外の支援の獲得のため、全学単位の同窓会 (以下、「全学同窓会」)との連携・協力を進めているが、その運営の実態は明らかでない。このため、本研究では、国立大学における全学同窓会の実態と課題を実証的に明らかにするとともに、運営のあり方を検討することを目的とする。 なお、大学の同窓会には、全学同窓会と部局等の単位の同窓会がある。後者は、一般に小規模で活動の方向も様々であるため、現在、大学側から支援者として期待されているのは、主に前者である。このため、本稿では、全学同窓会を調査対象とした。 Ⅱ 先行研究の確認 わが国の大学の同窓会に関する先行研究としては、まず、同窓会全体の動向に関しては、天野(2000)が意義、役割、創生期から現在までの歴史的経緯を分析しているが、法人化以後の状況には「法人化を迫られる国立大学の間にも、全学同窓会を結成しようという動きが広がっている」との指摘に留まっている。また、本間 (2014)は、自らの職務経験を基に、同窓会の組織化のあり方を述べている。 また、個別大学の事例研究では、国立大学については、法人化前に関しては、石(2000)、 秋山(2007)、吉田(1990)、山崎(2000)等がある。法人化以後に関しては、腰越・池田(2006)、朴・瀬口(2009)、中島(2010)、酒井(2014)等がある。 さらに、私立大学については、奥島(1990)、 磯崎(1990)、長島(2000)等多数あり、同窓会の運営に関する貴重な知見が得られる。なお、同窓会自体ではないが、その主要な関心事である寄付金募集に関する先行研究として、仲西他 (2013)もある。 さらに、近年になって、国立大学全体における同窓会の状況に関する研究が実施されている。 高田(2011、2012)は、国公私立大学の同窓会の規約を対象とした調査を実施し、設立動向等を分析している。また、大川他(2012)は、同窓会ではないが、国立大学による「卒業生サー ビス」に関する現状と課題を分析している。 なお、喜多村(1990)、山田(2008)、江原 (2009)、石田他(2011)、鳥居(2013)など米国の同窓会の研究から得られた知見を基にわが国の同窓会のあり方を論ずる研究がある。また、黄(2007)は、社会学的見地から、名門高校の同窓会を対象に社会資本としての作用・結束力を調査・分析している。 以上で見たように、多様な観点からの先行研究があるが、管見の限り、国立大学における全学同窓会の運営の実態と課題を実証的に把握したうえで、その運営のあり方を検討する先行研究はほとんど見当たらなかった。 Ⅲ 研究の枠組み 以上の状況を踏まえ、本研究では、国立大学の同窓会担当理事に対してアンケート調査を実施し、全学同窓会の現状と課題を把握した上で、検討するという手法を取った。全学同窓会は、 「会員の資格を部局等の組織単位に限定しておらず、全学の同窓生等で構成された同窓会」と定義した。 アンケート調査は、全国立大学の同窓会担当理事に対して、平成24年7月から8月の間に実施した。回答は、86国立大学法人中51からあった(回収率59.3%)。 Ⅳ アンケート結果から見る全学同窓会の現状と課題 1 全学同窓会との連携・協力に対する認識 まず、全学同窓会との連携・協力の必要性は、大部分の大学(95.1%)が肯定している(表1)。 以下では、この認識を前提に検討を進める。 2 全学同窓会との連携・協力の課題(表2) 全学同窓会との連携・協力における課題は、 まず、全体では、第1は「卒業生の同窓会への関心の低さ」(60.0%)である。この点は、同窓会の運営における根本的な課題である。第2以下は「卒業生の追跡の困難さ」(52.5%)、「財政的な基盤の乏しさ」(45.0%)、「教職員の同窓会への関心の低さ」(45.0%)、「既存の部局等の同窓会との調整」(37.5%)、「同窓会が部局等のまとまりが強い国立大学の卒業生で構成されていること」(32.5%)等が続く。これらの課題も、他の先行研究でも指摘されており、同窓会の運営に関する共通の課題と思われる。 次に、全学同窓会の設立年を法人化前と法人化以後で分けると、法人化以後設立の全学同窓会では、第1は「財政的な基盤の乏しさ」(65.0%) に変わる。第2以下は「既存の部局等の同窓会との調整」(55.0%)、「同窓会が部局等のまとまりが強い国立大学の卒業生で構成されているこ と」(55.0%)と続き、全体で第1であった「卒業生の同窓会への関心の低さ」(50.0%)は第4、 「卒業生の追跡の困難さ」(40.0%)は第5であっ た。 以上で見た5つの課題のうち、「卒業生の同窓会への関心の低さ」と「教職員の同窓会への関心の低さ」を除いた4つの課題は、順位は異なるが、全体に共通する課題であり、また、今日的な課題でもあると考えられる。このため、 以下では、「卒業生の同窓会への関心の低さ」、 「財政的な基盤の乏しさ」、「既存の部局等の同窓会との調整」、「同窓会が部局等のまとまりが強い国立大学の卒業生で構成されていること」 の4つの課題について、その現状と課題を検討する。 なお、「既存の部局等の同窓会との調整」、 「同窓会が部局等のまとまりが強い国立大学の卒業生で構成されていること」は、「部局同窓会との調整」と位置づけて、まとめて検討することとする。 また、これらの課題は、必ずしも並列的な関係にはない。すなわち、「卒業生の同窓会への関心の低さ」は、「部局同窓会の調整」という課題の結果、また、「財政的な基盤の乏しさ」 は、他の2つの課題の結果として生じている可能性がある。このため、以下では、課題を「部局同窓会との調整」、「卒業生の同窓会への関心 の低さ」、「財政的な基盤の乏しさ」の順で検討する。 表1 全学同窓会との連携・協力の必要性 出所:筆者作成 表2 連携・協力を推進する上での課題 注:設立年不明1(総合大学)、複数回答 出所:筆者作成 Ⅴ 課題「部局同窓会との調整」の課題について 1 アンケート結果から見る全学同窓会の設立の状況 まず、全学同窓会の状況については、アンケート結果から、法人化以後、全学同窓会は、 大きく増加していることが明らかになった。すなわち、法人化前は、単科大学の全学同窓会が大多数であり、総合大学の全学同窓会は少数であった。特に、総合大学は、法人化前は、天野 (2000)が指摘するように、「それぞれにことなる起源と歴史をもつ学校が統合されて発足した新制国立大学の哀しさは、大学全体としての同窓会組織をもちえないところにあった。新制大学としての発足から半世紀余をへた今も、同窓会が、学部単位の壁をこえることができずにいる国立大学が、ほとんどとみてよい」という状況であった。しかし、法人化以後は、この状況が変化し、総合大学における全学同窓会が増加している(表3)。 表3 全学同窓会の設立数(法人化前・法人化以後) 注:設立年不明1(総合大学) 出所:筆者作成 2 全学同窓会の設立の主導 次に、全学同窓会の設立の主導は、同窓生から、国立大学へ変化している(表4)。 全体を見ると、最も多いのは、「大学」主導 727(65.9%)であり、その次に、「同窓生」主導20(48.8 %)、「部局等の同窓会」 主導19 (46.3%)が続く。 ただし、同窓会の設立時点を法人化前と法人 化以後で分けて見ると、法人化前設立の同窓会 では最も多かった「同窓生」主導(85.0%)は、 法人化以後設立の同窓会では大きく減少している(15.0%)。これとは対照的に、「大学」主導は、 法人化前設立の35.0%から、法人化以後設立の 100.0%と大きく増加している。 この点、国立総合大学の全学同窓会の設立経緯に関する山崎(2000)の指摘や、「法人化を迫られる国立大学の間にも、全学同窓会を結成しようという動きが広がっている」という天野(2000)の指摘を踏まえると、法人化という大きな変化に対応するために、国立大学の主導によって全学同窓会の設立が増加した状況が窺える。 表4 全学同窓会の設立の主導 注:設立年不明1(総合大学)、複数回答 出所:筆者作成 3 全学同窓会の会員 また、全学同窓会の会員の資格も、卒業生個人より、部局同窓会等が増加している(表5)。 全体を見ると、「卒業生」(63.4%)が最も多く、 次に多いのが、「部局等の同窓会の会員」(31.7%)、 「部局等の同窓会組織」(31.7%)であった。 ただし、設立時点を法人化前と法人化以後で分けて見ると、法人化以後設立の同窓会では、「卒業生」は、90.0%から40.0%に大きく減少した一方で、「部局等の同窓会の会員」、「部局等の同窓会組織」は大きく増加している。 以上からは、多くの場合、法人化以後設立の全学同窓会は、既存の同窓会を組織単位で会員として取り込み、設立されたことが窺える。この理由としては、部局同窓会との調整を全学同窓会の設立の際の課題とする山崎(2000)の指摘及び前記の天野(2000)の指摘を踏まえると、既存の部局等の同窓会の活用、その反発の防止と思われる。 表5 同窓会の会員となる資格 注:設立年不明1(総合大学)、複数回答 出所:筆者作成 4 全学同窓会の構造上の課題 以上の全学同窓会の設立時期,設立の主導、 会員の状況からは、法人化以後設立の全学同窓会における部局同窓会を内部に含む「二重構造」という構造的な課題が窺える(高田2011、 大川他2012同旨)。 すなわち、法人化前には、全学同窓会よりも、部局ごとの卒業生(同窓生)が設立した部局単位の同窓会が多数存在していた(図1)。これに対して、法人化以後設立の全学同窓会の大部分は、部局等の同窓会を取り込んだ形で設立された(図2)。但し、取り込まれた部局同窓会は、 全学同窓会より活動実績があり、また、卒業生 個人も、全学よりも部局に帰属意識が高い。この点を全学同窓会から見ると、既存の部局同窓会を取り込むことで、これまで外部にあった 「部局の壁」(天野2000)を、同窓会内部に取り込んだ「二重構造」という課題が生じていることとなる。この課題は、部局の力が強く、全学的なガバナンスの強化に苦心している「それぞれにことなる起源と歴史をもつ学校が統合されて発足した新制国立大学」(天野2000)自身の課題と共通する課題と言える。 図1 国立大学における同窓会の設立(法人化前) 出所:筆者作成 図2 国立大学における同窓会の設立(法人化以後) 出所:筆者作成 5 課題の対応策について 以下では、同窓生(卒業生)個人と部局同窓会における全学同窓会に関するメリット・デメリットを整理した(表6)。以下、同窓生(卒業生)個人と部局同窓会のそれぞれへの配慮の観点から検討する。 ⑴ 同窓生(卒業生)個人に対する配慮 ① 参加の動機づけの低さについて 同窓生個人に対しては、まず、部局同窓会に加えて、全学同窓会に対する参加の動機づ けの形成が課題である。この点は、課題「卒業生の同窓会への関心の低さ」と共通する 点が多いため、以下のⅥで詳述する。 ② 会費等の二重負担の可能性 同窓会費や参加は、同窓生にとって負担となる。全学同窓会としては、後述するよう に、財政支援のみを目的として統制を強めるのではなく、部局同窓会独自の活動に配慮 して、同窓生の関心を醸成できるまでは、最低限の同窓会費にとどめる等の負担軽減の 工夫を図る必要がある。 ⑵ 部局同窓会に対する配慮 ① 部局同窓会独自の活動に対する配慮 部局同窓会は、全学同窓会に比して、長い歴史と求心力を有している。このため、全学 同窓会としては、部局同窓会を通じて、同窓生の関心を確保することが合理的である。 このため、全学同窓会としては、部局同窓会独自の活動に配慮する必要がある。部局同 窓会の独自性を踏まえず、同窓会への全学としての統制が強化された場合、同窓生の部局 同窓会に対する関心は低下しかねず、このことは、全学同窓会にとっても損失となる。 このためには、まず、全学同窓会・部局同窓会の活動領域の区分の明確化が重要であ る。以下の図3には、両者の活動の基本的な活動領域を専門・一般、将来・過去によって 示した。一般的には、部局同窓会は、専門分野や過去の教育経験に基づいた活動に関与す るのに対して、全学同窓会は、広く一般的な分野で、同窓生の将来にわたる活動に関与す ると思われる。実際には、個別の全学同窓会・部局同窓会の状況によって具体的な活動領 域は異なるが、両者の活動領域の区分を明確にすることが、部局同窓会の独自性の配慮の 点から、重要である。 その上で、全学同窓会・部局同窓会が別個独立に活動するのではなく、全学同窓会が 部局同窓会の活動を阻害しないよう配慮しつつ、調整を担うことが考えられよう。 他方で、部局同窓会も、独自の存在意義の再構築に自ら取り組むべきである。例えば、 部局同窓会として、専門家集団としての位置付けの強化を図ると同時に、全学同窓会を通 じた「異業種交流」の促進を行う等が考えられる。 ② 会員・財政基盤を吸収される可能性 全学同窓会の設立の際に会員として取り込まれた部局同窓会の観点から見ると、「小さ い同窓会には大きな組織に飲み込まれてしまうのではないかという危惧もある。 また、 大きな同窓会からすれば、これまで に築いてきた資産の持ち出しになるという心配もあ る」との山崎(2000)の指摘がある。 このため、全学同窓会としては、部局同窓会に対して、インセンティブを付与する必要 がある。例えば、運用面での人的、物的な支援(人材、事務所の提供)や、多様な分野・ 構成員を含む全学単位での交流等のメリットを示すことが考えられる。また、部局同 窓会の抱える「同窓生の追跡が困難」という課題に対して、大学からの生涯メールの付与 や全学的なSNSの構築と活用を通じてのデータ収集など、組織的なデータ収集という支援 が考えられる。 表6 全学同窓会のメリット、デメリット 出所:筆者作成 図3 全学同窓会と部局同窓会の活動領域 出所:筆者作成 Ⅵ 課題「卒業生の同窓会への関心の低さ」について 1 現状と課題 ⑴ 国立大学に対する関心の現状と課題 同窓会への関心の醸成のためには、多くの先行研究では、大学に対する関心の醸成が重要と指摘されている。 しかし、国立大学においては、全学レベルでの関心の醸成は困難である。私立大学の場合は 「建学の精神」等を帰属意識の形成の核とすることができるが、国立大学の場合は、その教育・研究の目的・目標は明確でない。法人化以後、6年ごとに中期目標・中期計画を策定するとともに、昨年来、国立大学改革の観点から、「ミッション再定義」等も実施されているが、 いずれも当該制度や取組内での取り扱いに留まり、同窓生の帰属意識の形成の核には至っていない。 ⑵ 同窓会に対する関心の現状と課題 現時点では、全学同窓会よりも、部局同窓会に対する関心の方が高い。学生生活を通じて教育経験を共有するとともに、卒業後も、多くの場合、同分野の職業経験を共有するからである。 ⑶ 対策の基本方針 全学同窓会としては、上記⑴⑵の課題の解決は容易ではないことをはっきりと認識する必要がある。その上で、筆者としては、従来の部局同窓会の活動とは異なる同窓会活動を行うことで、全学同窓会としての独自のメリットを強調する方向を提案したい。また、その際には、上記の「二重構造」を踏まえて、部局同窓会に対抗するのではなく、双方の強み・弱み(表7) を考慮して、Win-Winの関係を築くことを提案したい。以下、具体的に検討する。 表7 全学同窓会・部局同窓会の強み、弱み 出所:筆者作成 2 国立大学に対する関心の醸成 全学同窓会に対する関心につながる可能性のある国立大学に対する関心としては、帰属意識、危機感等がある。以下、個別に検討する。 まず、国立大学に対する帰属意識である。帰属意識の醸成のためには、在学中からの教育・ 研究活動の充実を通じて、満足度の向上を図る必要がある。この取組は、いわば大学本来の活動であり、ある意味、当然の取組みである。本間(2014)、仲西他(2013)等の多くの先行研究でも、同様の指摘がなされているが、現在では、さらに進んで、学生調査の結果から、「在学時 の取組み」によって支援意欲や関心項目に差が見られることを踏まえて、「在学時の取組み」 と同分野への寄付金の依頼を行っている立命館大学の取組み(仲西他2013)等もある。しかし、これまでの多くの国立大学は、研究志向が強く、教育活動の充実には消極的であったため、この取組みは、これから取り組んでいくべき課題と言えよう。 次に、国立大学に関する危機意識である。危機意識の例としては、数少ない活動実績のある国立大学の全学同窓会である一橋大学の「如水会」が挙げられる。この同窓会の結成のきっかけは、旧帝国大学への統合問題という危機であった。しかし、これまでの多くの国立大学は、存続そのものが危機に瀕することがほとんどなかったため、危機意識の共有は容易ではない。 上記の2つの取組みに代表される国立大学に対する関心の醸成は不可欠ではあるが、成果には中長期的な期間が必要となる。このため、これらの取組みと並行して、他の方策も検討する必要がある。 ちなみに、現在、国立大学は、大規模な再編・統合や民営化の可能性も示唆される「外 圧」の中で、これまでになく積極的に教育活動の充実に取り組んでいる。この状況は、皮肉ではあるが、帰属意識や危機意識の醸成の契機となる可能性もあろう。 3 全学同窓会に対する関心の醸成 国立大学ではなく、直接に全学同窓会自体に対する関心を醸成することも方策として考えられる。その方策として、全学同窓会から同窓生に対して多様なサービスが提供されている。以下、サービスを大きく同窓生自身に向けた共益 志向のサービスと社会に向けた公益志向のサービスに分けて検討する。なお、両サービスは両立しうるものであり、同一の全学同窓会が両サービスを提供することも可能であることは言うまでもない。 ⑴ 共益志向のサービスについて 現在、同窓会からは、様々なサービスが卒業生サービスとして提供されているが、その多くは、同窓生自身に向けた共益志向のサービスである。米国に関する先行研究では、例えば、ホームカミングデー、カード、優待制度、研修会・講習会、ツアー、イベント参加等がある。 また、我が国の大学でも、ホームカミングデー、カード、優待制度、研修会・講習会、イベント参加等が提供されており、先行研究でも、その充実が叫ばれている(大川他2012等)ところである。 さらに、アンケート結果でも、全学同窓会の設立理由は、法人化以後設立の同窓会では、 「社会向け」の理由が減少しているのに対して、「大学向け」の理由は増加している。いわば、法人化前設立の全学同窓会は、共益性とともに、ある程度の公益性も有していたのに対して、法人化以後設立の同窓会では、法人化という危機に直面した国立大学への支援を最優先として、公益性を弱め、共益性を強化していると言えよう。 ⑵ 公益志向のサービスについて いうまでもなく同窓会は共益団体である。このため、構成員である同窓生に対するサービスという共益志向のサービスの重要性は否定できない。しかし、これだけでは、全学同窓会の設立の根本的にある国立大学の課題の解決にはつながらない。 すなわち、全学同窓会の設立の理由は、国立大学の財政基盤の不足に対する支援であるが、この課題の根本には、国立大学に対する社会からの理解と支援の不足という状況がある。しかるに、国立大学は、社会・国民の支援により成立している公益団体である。とするならば、同窓会とはいえ、目先の経営危機に捉われて、国立大学と同窓生に向けた共益志向のサービスのみに注力することは、広がりに限界があるだけでなく、社会からの国立大学に対する理解をさらに失わせる可能性がある。この点、現在、一部の私立大学の同窓会では、排他的なエリート集団としての性格を強化している点に注目が集まっているが、国立大学の全学同窓会で同様の取組を行った場合、社会からの反感を生み、根本的な原因をさらに深刻化させる可能性もあろう。 このため、筆者としては、国立大学における全学同窓会のサービスとして、公益志向のサービスの再強化を指摘したい。以下、国立大学と関係者ごとにメリットを検討する。 ① 同窓生に対するメリット 公益志向のサービスとは、社会に対する啓発活動、ボランティア活動である。このよ うな活動を、全学同窓会が自ら実施するだけでなく、同窓生に対して参加の機会を提供 することは、同窓生に対するメリットが大きいと思われる。 すなわち、現在、社会における非営利活動への関心が高まっている。また、大学生に 関しても、私立大学の学生を対象とした調査ではあるが、ボランティア活動に対する学 生の関心、参加とも増加傾向にあるという調査結果がある(日本私立大学連盟学生委員 会2011)。 このような状況を踏まえると、同窓生にとっては、従来提供されてきた共益志向のサ ービスよりも、公益活動への参加の機会 の提供というサービスの方が、新しい全学同 窓会に対する新しい関心を醸成する可能 性がある。 さらに、ボランティア活動ニーズに関する先行研究において、高学歴ほど知識提供型 ボランティア活動に対するニーズが高いという指摘(中原2007)を踏まえると、国立 大学のバックアップのもとで、専門分野における高度な知見、社会的信用等を活かした 形での社会貢献の機会の提供というサービスは、同窓生にとっては、大きなメリットに なると思われる。この点は、既に多数存在するNPOとの差別化の要因となろう。 ② 社会に対するメリット 社会にとっては、全学同窓会が公益性を強化して、社会人である卒業生のボランティ ア活動の媒介を行い、社会貢献活動を促進することは、大きなメリットである。このこ とは、国立大学の存在意義に対する社会の理解を促すことになろう。 ③ 大学に対するメリット 全学同窓会の活動における公益性の再強化は、全学同窓会の大きな課題「財政基盤 の乏しさ」の課題の根本にある国立大学の財政危機に対する方策となる。 すなわち、国立大学の財政危機の根本原因は、社会・国民の国立大学の存在意義に対 する理解と支援の不足である。同窓生の同窓会を介したボランティア活動の増加は、国 立大学の教育成果の社会に対するアピールとなる。特に、社会で活躍する人材による直 接の活動は効果が大きいであろう。このことは、社会の理解の獲得、ひいては、 財政 基盤の不足という根本原因の対策ともなろう。 Ⅶ 課題「財政的な基盤の乏しさ」について 1 課題に対する取組の状況 ⑴ 全学同窓会の設立の理由 アンケート結果には、全学同窓会の設立の理由に、「財政的な基盤の乏しさ」という課題の大きさが表れている(表8)。 すなわち、設立の理由は、全体では、第1が 「同窓生の親睦の促進」(87.5%)であり、第2が「大学の社会貢献への支援」(37.5%)、第3が「大学への財政的な支援」(35.0%)、「大学の教育改善への支援」(35.0%)となった。 これに対して、法人化以後では、第1が「同窓生の親睦の促進」(80.0%)は変わらないが、「大学への財政的な支援」(45.0%)が第2となった。この点、第1の「同窓生の親睦の促進」、第3の「大学の教育改善への支援」(35.0%)、 第4の「大学の社会貢献への支援」(30.0%)のいずれも割合が小さくなっているのに対して、「大学への財政的な支援」のみ割合が大きくなっている。 ⑵ 連携・協力の現状 次に、実際の連携・協力の状況については、 アンケート結果の財政支援等を含む「組織運営分野」を見ると、「大学への助成」は、法人化以後設立の同窓会ではむしろ減少している。これに対して、「ホームカミングデーの開催」が特に多く、法人化以後に唯一増加している(表9)。 この背景としては、日本の大学では、米国の大学の状況を踏まえて寄付金戦略の重要性が叫ばれて久しいにも関わらず、現時点では、その取組みが進捗していない。この状況を踏まえて、法人化以後設立の同窓会では、設立後間もない現時点においては、寄付金等は前面に出さず、 まずは、活動体制が十分に整っていない全学同窓会でも比較的取り組みやすい「同窓生等の交流の促進」を通じて協力関係を形成することに努めている段階にある、と推測される。 この点に関して、米国の同窓会と寄付金募集に関する先行研究である石田他(2011)は、米国の大学では、同窓会を通じた寄付募集の目的は資金集めではなく、まず、同窓生等の大学を取り巻く人々との強い関係性を築くことが大切であり、次に、大学のミッションへの共感を得、大学へのボランティア等の協力が生まれ、最後に、結果として寄付に結び付くと考えられている、と指摘している。この点は、寄付文化の乏しい日本においても、強く留意すべき点であり、 コミュニケーションを図ることを優先している方向は基本的に妥当と考えられる。 ちなみに、近年、創立100周年などの節目を迎えているいくつかの国立大学では、大規模に寄付金を募集して、記念の建築物などを建設し、寄付者の名を示す等の取組みを行っている事例が見られる。多くの場合、一定の成果を上げているようであるが、今後も引き続き運営環境の悪化が予想される状況を踏まえると、単発の取組みとすべきではない。同窓生等の交流促進等の取組み等、継続的・恒常的な寄付戦略を構築すべきである。 表8 全学同窓会の設立の理由 注:設立年不明1(総合大学)、複数回答 出所:筆者作成 表9 組織・運営に関する「連携」の状況 注:設立年不明1(総合大学)、複数回答 出所:筆者作成 Ⅷ おわりに 以上、本稿では、国立大学における全学同窓会の運営の課題とその解決方策について検討した。 元来、同窓会とは、卒業生等によって自発的に形成された団体だが、現在の国立大学の全学同窓会は、法人化という危機に対応するため、国立大学主導によって、部局同窓会を取り込んで結成された団体である。このため、全学同窓会の運営に当たっては、従来の同窓会や同窓生に対する配慮が求められる。 加えて、「母体」である国立大学の性格も踏まえて、国立大学への支援という「共益」活動 にとどまらず、「公益」組織である国立大学の支援組織に相応しい「公益」活動の再強化も期待される。 なお、本稿では、国立大学の同窓会担当理事を対象とするアンケート調査を取り上げた。今後は、同時期に実施した全学同窓会を対象とするアンケート調査の分析を行うとともに、両者を比較検討することを通じて、全学同窓会の運営に関する課題をより明らかにしたい。また、 本稿は、アンケート調査の結果を基としたため、概括的な内容にとどまり、同窓会担当理事の同窓会に対する予算・業務計画等に関する具体的な関係の把握は十分に出来なかった。今後は、ヒアリング調査等を通じて、より具体的な関係を調査したい。 以上に加えて、大学によっては、同窓会は、地域別、職域別、卒業年次別など、様々な枠組みでも設立されている。特に、地方国立大学の場合は、地域的な枠組みが強いと思われる。これらさまざまな枠組みで設立された同窓会と全学同窓会の関係のあり方の検討も今後の課題である。 今後、上記の研究を進めることを通じて、国立大学、全学同窓会、部局同窓会、同窓生個人、 さらには、社会、国民にとってWin-Winの全学同窓会の運営のあり方を明らかにしていきたい。 最後に、示唆に富む有益なご意見を頂いた査読者の皆様に心よりお礼申し上げる。 [参考文献] 秋山義昭「同窓会と地元の支援を糧に個性的な大学づくりを目指す」『文部科学教育通信』No.182、2007 天野郁夫「大学の同窓会─歴史と展望─」 『IDE現代の高等教育』No.419、民主教育協 会、2000 石弘光「一橋大学と如水会」『IDE現代の高等教育』No.419、民主教育協会、2000 石田秀樹・ 大槻健太郎・杉﨑正彦・中野秋子・福島真司「米国大学の同窓会と寄付募集(Ⅱ)」『大学マネジメント』Vol.6、 No.11、2011 磯崎邦夫「慶應義塾における大学と同窓会」 『大学と学生』No.297、文部省、1990 江原昭博「アメリカにおける大学の同窓会: その成立過程と日本への示唆」『国立教育政策研究所紀要』138、2009 大川一毅・西出順郎・山下泰弘「国立大学における『卒業生サービス』の現況と課題」『大学論集』43、2012 奥島孝康「大学の同窓会」『大学と学生』 No.297、文部省、1990 カレッジマネジメント「事例1 東京大学 既存の同窓会を全学卒業生ネットワークに一元化」『カレッジマネジメント』No.144、 リクルート、2007 喜多村和之「同窓会(Alumni)の意義─アメリカの場合を中心に─」『大学と学生』 文部省、1990 腰越滋・池田義人「大学における同窓会組織の今日的意義」『東京学芸大学紀要 総合教育科学系』57、2006 黄順姫『同窓会の社会学 学校的身体文化・ 信頼・ネットワーク』世界思想社、2008 酒井雅子「一橋大学同窓会如水会について」 『大学マネジメント』Vol.10、No.8、2014 高田英一「国立大学法人における全学単位での同窓会の現状について─全学同窓会の規約を中心に─」『大学評価研究』第10号、 大学基準協会、2011 高田英一「わが国の大学における全学単位での同窓会の現状について」『非営利法人研究学会誌』Vol.15、非営利法人研究学会、2013 鳥居朋子「同窓会活動における大学への戦略的支援─ミシガン大学同窓会の事例に注目 して─」『大学論集』44、2013 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- ≪査読付論文≫非営利法人課税の本質 / 藤井 誠 (日本大学准教授)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 日本大学准教授 藤井 誠 キーワード: 非営利法人 法人税 法人擬制説 課税根拠 実効税率 みなし寄附金 要 旨: 法人税法上、非営利法人は、基本的には公益法人として扱われる。公益法人は収益事業 から生ずる所得のみが課税対象とされるが、これを特典と捉えるべきか否かについて、明 確な結論は出ていない。本論文において、社団法人と財団法人に焦点を当て、非営利法人 に対する課税の本質を理論的観点から明らかにする。非営利法人は多種多様な形態が存在 するが、その特徴は所有主がいないという点にある。わが国において、法人税は所得税の 前取りという性質があるため、この観点からは法人税を課す理由はない。現行制度におい て、非営利法人課税の論拠とされているのは営利法人とのイコール・フッティングである。 法人税は転嫁されないタイプの税であるため、毎期の所得に課税する必然性はない。着目 すべきは、資本蓄積についてである。そして、実効税率相当のみなし寄附金を認めること により、法人税の課税を行うことなく、イコール・フッティングは達成される。 構 成: I 問題の所在 II 非営利法人の課税関係 III みなし寄附金 Ⅳ 日米の非営利法人課税制度比較 Ⅴ 法人概念の観点からの検討 Ⅵ ありうべき課税体系 Ⅶ 結論 Abstract In Corporate Tax Law, non-profit organizations are basically treated as public benefit corporations. Only the net income generated from the commercial business is taxable for public benefit corporations. We have not obtained a clear conclusion about whether this fact is the benefit of tax. I will focus on corporate judicial person and incorporated foundation, and clarify the nature of the tax on non-profit organization from a theoretical point of view. Various forms of non-profit corporation exist. Features for it is that there is no owner. Corporate tax is thought to be the withholding of income tax. From this point of view, there is no reason to impose a corporate income tax for the non-profit organization. In the current system, the ground of the tax for non-profit corporation is equal footing with profit corporation. Since the corporation tax will not be passed on, should not be taxed for each period of income. We should focus on the capital accumulation. If we accept the deduction of donations corresponding to the effective tax rate, equal footing will be achieved without taxing. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ 問題の所在 公益法人制度改革により、旧民法第34条に規定されていた社団法人および財団法人が廃止され、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」により、一般社団法人および一般財団法人が、準則主義によって設立可能となった。さらに、これらは公益認定を受けることにより、 公益社団法人および公益財団法人となることができる。 法人税は、法人の所得に対して課税することを謳っているが、営利を目的としない法人にあっては、原則として収益事業のみを課税対象としている。これを営利法人との比較におい て、非営利法人における課税上の特典と捉え、両者の間に横たわる課税の公平をいかにして図るかという問題は古くから議論されてきている ところである1)。 その一方、非営利法人は営利を目的としていない以上、各々のミッションを遂行するうえでの資金需要をいかに賄うかという問題を常に抱えている。そのため、非営利事業を行うためには、営利事業を行うということが少なくない。したがって、営利事業活動による非営利法人の持続性は往々にして非営利事業活動継続の前提となり、これと非営利法人における営利法人との課税の公平を根拠とする収益事業課税とは、トレード・オフの関係にあると考えられる。 非営利法人については、法人税法における規定は存在しているものの、その課税について は、必ずしも理論的に明確な根拠が示されているわけではない。その原因は、非営利法人に関する法人所得課税の文脈における範囲および性質が明らかになっていないことにあるものと考えられる。この点を踏まえ、本論文においては、非営利法人に係る所得課税の本質を明らかにすることを目的としたい。なお、非営利法人には多種多様な形態が存在するため、近年大規模な法整備が行われた社団法人および財団法人に焦点を当てて検討を行うこととする。 Ⅱ 非営利法人の課税関係 一般社団法人および一般財団法人は、特例を除けば普通法人として取り扱われ、法人の申請により公益認定を受けた公益社団法人および公益財団法人は、公益法人等として取り扱われる (法法2六)。また、従来、税法上の公益法人等には、専ら公益目的の法人以外にも、会員のためにサービスを提供する非営利の社団法人や財団法人も存在していたことに鑑み(武田[2011] 12頁)、公益認定を受けていない一般社団法人 および一般財団法人のうち、つぎの要件を満たす法人として、「非営利型」という類型を設け、 法人税法上は非営利型法人も公益法人等として取り扱われる(法法2六)。 ① 非営利性の徹底(法法2九の2イ) 事業による利益を得ること又は得た利益を分配することを目的としない法人であり、 事業を運営するための組織が適正であるものとして政令(法令3①)で定めるも の。 ② 共益的活動目的(法法2九の2ロ) 会員から受け入れる会費により、会員に共通する利益を図るために事業を行う法人 で あって、事業を運営するための組織が適正であるものとして政令(法令3②)で定め るもの。 非営利性の徹底された法人においては、形式的にも実質的にも剰余金の分配が行われないことはもとより、残余財産の最終的な帰属先が国や他の公益法人等に限定されることから、利益を稼得する活動を行うとは限らないという理由により、収益事業を行う場合に限り課税を行うこととされている(成道[2011]106頁)。 一方、共益的活動目的法人は、会員からの会費が専らその会員を対象とした共益的事業に費消されることが想定されるものであり、会費の収入と支出とのタイムラグによる余剰が生じることが不可避的であるが、それは一時的なものであるため、課税に馴染まないとの理由により、やはり収益事業を行う場合に限り課税を行うこととされている(税制調査会[2005]5頁)。 公益法人等は、法人税法施行令第5条等において特掲される34業種の収益事業を行う場合に限り法人税の納税義務を負い(法法4①)、収益事業から生じた所得以外の所得に対しては法人税が課されない(法法7)。しかし、公益社団法 人および公益財団法人にあっては、その行う事 業が特掲収益事業に該当した場合であっても公益目的事業に該当すれば課税の対象外とされている(法令5②)。なお、この収益事業の範囲については、営利法人との競合関係にある事業を特掲するという考え方に基づいて定められている(渡辺[1994]8頁)。公益社団法人および公益財団法人が行う公益目的事業は、収益事業として掲げられる34業種に該当する場合であっても、その種類を問わず収益事業から除外されることとされていることについては、公益法人認定法の収支相償基準が適用されることにより、収支差額が制度上生じる余地がないためであると説明される(武田[2011]20頁)。ここでは、 公益目的事業に該当するか否かで判断されてり、実質主義による識別が行われているとされ る(成道[2011]126-127頁)。 非営利型社団・財団法人についても、公益社団・財団法人と同様に収益事業から生ずる所得が課税対象とされている。しかし、ここでは特掲収益事業に該当するか否かが判断基準とされており、形式主義による識別が行われていることが指摘される(成道[2011]126-127頁)。 公益および非営利型社団・財団法人以外の一般社団法人および一般財団法人については、所得の発生源泉となる事業の性質は何ら考慮されず、すべての所得が課税対象となる。そのため、これらの法人は、一般には非営利法人と称されつつも、税法上は営利法人と変わりないことになる。 Ⅲ みなし寄附金 公益法人等が収益事業に属する資産のうちから収益事業以外の事業のために支出した金額 は、収益事業に係る寄附金の額として、限度額までの損金算入が認められており(法法37⑤)、これはみなし寄附金と称される。 みなし寄附金制度の前提として、公益法人等に対しては、「収益事業から生ずる所得に関する経理と収益事業以外の事業から生ずる所得に関する経理とを区分して行わなければならない」として、区分経理を求めている(法令6)。これは、収益事業と非収益事業をそれぞれ独立した法人のごとく取り扱うものであり、みなし寄附金は、収益事業から非収益事業への寄附があったものと捉えるものである(武田[2011] 38頁)。ただし、非営利型社団・財団法人と公益および非営利型ではない一般社団・財団法人にみなし寄附金の適用はないこととされている。 従来、公益法人等は、収益事業を行った場合に、その収益事業から生じた所得に対して課税されるものの、収益事業に属する資産を収益事業以外の事業に帰属させたときには、収益事業から生じた所得の20%を限度として損金算入することを認めていた。これは、公益法人等は収益事業を行った場合でも、営利法人のように利益を株主に分配することはないためであるとされる(武田[2011]5頁)。 現行規定において、公益社団法人および公益財団法人に対しては、「収益事業に属する資産のうちから収益事業以外の事業で公益に関する事業として政令で定める事業に該当するもののために支出した金額を寄附金の額とみなす」としている(法法37⑤、法令73の2、法規22の5)。すなわち、公益目的事業に該当しない特掲収益事業から生じた所得の全額がみなし寄附金として損金算入の対象となるのである。その一方で、公益目的事業以外の事業への支出があった場合にはみなし寄附金の対象から除外される。 しかし、収益事業の所得が非課税であるという見解は厳密には正確性を欠く。なぜならば、 全額のみなし寄附金適用には本来の公益目的事業に使用するという条件が付されており、収益事業への再投資が認められていないためである。収益事業から生じた所得をほとんどタイムラグなく、本来の公益目的事業に使用しなければならないという条件は、資金の効率的な使用に対する弊害となりうることを指摘しておきたい。そのため、収益事業から生じた所得であっても、再投資された後にみなし寄附金を認めるという方策を採用することを検討すべきであろう。 なお、非営利型の社団・財団法人については、区分経理が要求されるものの、みなし寄附 金の制度が認められないこととなった。また、公益および非営利型以外の一般社団・財団法人については、すべての所得が課税対象となるために、みなし寄附金を考慮する余地はない。 このように、公益および非営利型以外の一般社団・財団法人は、法人税法上普通法人として取り扱われるため、収益事業か非収益事業かにかかわらず、法人単位による課税が行われることになる。そのため、収益事業と非収益事業との間での損益通算が可能となるために、公益および非営利型以外の一般社団・財団法人の方が、非営利型社団・財団法人よりも相対的に軽 課される事態が想定されるという問題点が指摘されている(武田[2007]32頁、尾上[2011]42- 46頁)。 Ⅳ 日米の非営利法人課税制度比較 1 アメリカの非営利法人課税 アメリカ内国歳入法(Internal Revenue Code、 以下IRC)Subchapter F§501から§530までは、 免税団体2)(exempt organization) の課税関係について規定している。そして、§501⒞に おいて、⑴~⚮までの免税団体が列挙されている3)。IRC§501⒞に記載されている団体には、慈善目的団体だけでなく(Lieber[2004] p.182)、様々な共益目的団体も含まれている。 各州において非営利法人としての承認を受けた法人4)は、つぎの2つの免税条件(exemption requirements)を満たし、内国歳入庁の承認を受けることにより、免税措置の適用を受けることが可能となる(§501⒞⑶)。 ① 利益(earnings)がいかなる個人持分主や個人(any private shareholder or individual) にも帰属(inure)しないこと ② 立法(legislation)に影響を及ぼしたり、 政治家候補(political candidates)に賛成 または反対のいかなるキャンペーン活動を行うような組織ではないこと アメリカでは伝統的に、非営利団体が収益を終局的には免税団体に振り向ける限りにおい て、非課税での収益活動を行うことが許容されるという考え方がある(Lieber[2004]p.181)。そのため、主として利益(profit)追求のための事業活動(trade or business)を行う団体は、免税措置を享受することは認められない(§502⒜)。 また、§501⒞に該当する免税法人の非関連事業(unrelated business)から生じる所得は、通常の税率により課税に服する(IRC§501⒝)、 IRC§511)。 非関連事業とは、①非関連事業が継続していること(Reg. §1.513-1⒞)、②本来の事業との実質的関連性がないこと(Reg. §1.513-1 ⒟)を内容とする。非関連事業所得課税適用の主たる目的は、免税組織の非関連事業活動と営利法人の課税事業とに同じ税率を適用することによる不公正な競争の源(source of unfair competition)を取り除くことにある(Reg. §1.513 -1⒝)。これについては、非関連事業が本来の事業を歪める原因となりうることから、これ に対する抑止効果を狙ったとの解説もなされて いる(成道[2005]276頁)。 IRCにおいても課税所得と免税所得を把握する必要があるため、区分経理が求められる(成道[2005]276頁)。例えば、ある施設が免税活動 (exempt activities)と非関連事業活動(unrelated trade or business activities) の両方で使用されている場合に、減価償却費等は合理的な基準 (reasonable basis)により配分され(allocated)なければならないとして区分経理を求めている(Reg §1.522⒜-1⒞)。さらに、非関連事業活動と本来の事業活動との損益通算が認められていないという特徴も見られる(成道[2005]277頁)。 2 日本の非営利法人課税との比較 アメリカでは、非営利団体の法人格取得は、これに係る連邦法が存在しないことから、州法の権限のもとに行われる(Lieber[2004]p.175)。連邦税に関しては、非営利団体といえどもこの時点では課税団体ということになるが、IRCの承認を受けることにより非課税団体となる。ただし、非関連事業活動から生ずる所得については課税される。一方、わが国では、準則主義により社団・財団法人の設立は極めて容易である。ただし、公益認定を取得するためには、内閣府の公益認定等委員会または都道府県の公益 認定等委員会による認定が必要となる。そして、公益認定を取得していない社団・財団法人であっても、法人税法の非営利型要件を充足することにより、自動的に非課税法人となる。 非課税法人について、アメリカでは非関連事業所得、日本では収益事業所得はともに課税対象となる。ここで、IRCは非関連事業の定義をしているのみであるが、日本では34業種が特掲されているという違いがある。しかし、非関連 事業課税が行われる根拠は、わが国の公益社団・財団等において収益事業課税がなされることと同様、営利法人との課税の公平である。このような関連事業あるいは非収益事業に係る税優遇措置は、公益性、非営利性等との均衡のもとに是認されるものであると指摘される(藤井[2003]4-5頁)。 このように、アメリカの非営利法人課税とわが国のそれは、類似点が多い。その一方で、つぎのような大きな相違点も存在する。IRCの法人税率は、超過累進税率を採用しており(IRC §11)、法人実在説に立脚しているとされる(伊藤[2013]358頁)。そのため、個人所得税における法人所得税との二重課税を調整する規定は設けられていない5)。 理論上、累進税率の採用は法人段階の課税と株主段階の課税における二重課税の調整を不可能にするものではないが、著しく複雑になるうえに、当該税率は法人それ自体の担税力を把握することと軌を一にするものである。これに対し、わが国の法人税法においては、比例税率が採用されており、法人の担税力ではなく、株主との二重課税調整を重視しているという点で法人擬制説と整合的である。 このように、アメリカと日本の非営利法人課税は、法人概念という根幹部分に相違があるにもかかわらず、①まず課税法人として設立され、②つぎに認定を受けることにより非課税法人となり、③収益事業または非関連事業を行うことによりその限りにおいて課税の取扱いをうけるという基本構造は同一である。ただし、課税要件を限定的に列挙しているか、包括的に規定するかの相違は大きい。IRCにおいて、免税 (exempt)という表現が用いられるのは、営利法人と非営利法人とを問わず、法人実在説によれば原則として全ての所得に課税するという思考が根底にあり、日本における思考とは根本的に異なる(図表1参照)。 図表1 非営利法人課税の日米比較 出所:筆者作成 Ⅴ 法人概念の観点からの検討 1 法人概念と非営利法人課税の論拠 法人実在説とは、法人は出資者たる株主とは 別個独立の存在であり、それ自体法人として権利能力を持つばかりではなく、課税上も独立した納税主体を構成するものとする考え方である。この立場によれば、法人と株主の二重課税は問題とならないことになる。一方、法人擬制説とは、法人を出資者たる株主の集合体とみる考え方である。したがって、法人に対する課税は、法人の所得の株主への分配が遅れることから、個人所得税を法人段階で便宜上課するものであるとし、法人税は所得税の源泉課税的な意味を有するものであると解する。そのため、法人税における二重課税はもちろんのこと、法人税と所得税のそれをも回避するための調整が不可欠となる。 わが国の法人税は、基本的には法人擬制説の立場に立つものと考えて差し支えないだろう。 実定法上も法人間配当における受取配当の益金不算入制度(法法24)や個人株主への配当における配当控除制度(所法92)がこの思考を具現化しているものといえる。さらに、法人税率が原則として定率であることもこの法人擬制説に適うものといえるだろう。法人それ自体に担税力を見出すのであれば、所得税と同様に超過累進税率が適用されるべきであるからである。また、法人税率が定率であることは、配当後の二重課税調整が容易になることにも資する。一方、アメリカの内国歳入法においては、法人税は超過累進税率による課税が行われているため、法人実在説の考え方に基づくといえ、個人事業形態との課税の公平や中立性は考慮されない。 非営利法人課税について、わが国の法人税法においては、基本的には収益事業から生じた所得のみ課税するという考え方がとられる。これに対し、アメリカの内国歳入法においては本来の事業と関連性のない所得には課税するという考え方がとられ、そこには営利法人との課税の公平あるいは中立性という共通の思考が根底にある。この点については、準則主義がとられることにより非営利法人の事業活動に制約がないため、営利法人と同種同等の事業を行いうることを根拠として、営利法人と非営利法人という法人形態の選択における中立性を担保する観点、さらには、非営利法人を利用した租税回避 防止の観点から、収益事業課税を行うものであるとされる(水野[2006]25頁、税制調査会[2005] 4-5頁)。 法人実在説によれば、株主との関係は考慮外に置かれることになるため、法人税は所得税からは離れた独立した税であるとの理解に至る。そして、法人段階における所得に課税を行うことこそが、非営利法人と営利法人との課税の公平に資することになる。この場合、税率は、法人の能力に応じて累進税率が採用されることになる。「法人税は、事業の目的や利益分配の有無にかかわらず、収益及び費用の私法上の実質的な帰属主体である事業体がその納税義務者とされるものであり、この点は営利法人も非営利法人も同様である」という見解(水野[2006]23頁) は法人実在説に依拠した考え方に他ならない。 一方、法人擬制説の立場によれば、株主との関係を考慮する必要があり、したがって法人税は所得税の前取りとしての性格を付与される。 この場合、非営利法人に対する課税を行うべきではないが、仮にこれを実行するとするならば、そこには法人実在説の考え方が混在することになる。すなわち、営利法人は法人擬制説、 非営利法人は法人実在説という異なる思考を基礎とする同一の税目が存在する奇異な事態になる。当然、前者には比例税率6)が、後者には累進税率が適合する。普通法人においては株主に対する利益分配が行われるのに対し、公益法人等においては組織の所有者が存在せず、利益分配も行われる余地がないことから、法人税課税を行うことは不合理であるとの指摘(武田[2011] 14頁)は、法人擬制説に基づいたものである(図表2参照)。 図表2 法人概念と課税体系の関係 出所:筆者作成 2 浮かび上がる問題点 物事の公平性を検討する場合、比較対象における相互の同質性が前提となることは改めていうまでもない。公益法人等の収益事業から生ずる所得と普通法人の収益事業から生ずる所得に法人税課税を行うことが公平であるという主張は、法人実在説を前提としたものである。なぜなら、法人擬制説によれば、営利法人における法人税額は所得税清算が行われる前の仮計算額に過ぎないのであるから、これと最終確定額である非営利法人における法人税額との公平を議論する意味はない。一方、公益法人等の場合に は、法人段階の課税は後にいかなる調整も実施されない。これはいかにも不公平である。さらに、法人実在説によれば、法人段階において生ずる所得への課税に公平性を見出すのであるから、非営利法人に対する課税を収益事業に限定する必要性はないことになる。この考え方は、今日の法人の所得概念が純資産増加説によって発生源泉は問わないという理論とも整合する。 このように、法人段階における公平性は、法人実在説を前提とする場合にしか成立しないうえ、ここからは収益事業に限定する理由も不明確なままである。現行の法人税の課税体系は、 原則として比例税率を採用していること、配当控除制度により所得税との二重課税調整が不完全ながらも手当てされていることから、原則として法人擬制説に基づくものと理解されるべきものである。しかし、現実の法人税制は、法人擬制説にのみ立脚するのではなく、法人が独立した納税主体であると捉える法人実在説の考え方に重点が置かれているため、非営利法人に対 する非課税措置に反対する見解もある(知原 [2004]179頁)。わが国やアメリカはもとより、いずれかの立場に徹した制度をとっている国は極めて少なく、現実の制度は、両者を折衷した制度をとっているとの指摘(田中[1990]483 -484頁)にもあるように、多かれ少なかれ法人実在説と法人擬制説が反映されているのは否定しがたい事実である。そのため、法人実在説と法人擬制説との対比による検討からは、制度上の決定的な差異を見出すことは不可能であるということが明らかとなる。 思うに、非営利法人の課税問題を検討するには、2つの問題が異なる次元において錯綜しているのである。すなわち、非営利法人に課税すべきか否かという問題と収益事業に課税するか否かという問題である。 第一の問題については、法人擬制説か法人実在説かという議論が関連するのであり、いずれの説が理論的に正しいかは別として、法人税課税の体系に矛盾なく収まることが重要である。この段階では、収益事業か非収益事業かといった事業の内容や性質は問題とならないのである。 そして、第二の問題、すなわち、非営利法人の行う収益事業から生ずる所得に限定することの是非については、営利法人との競合性が問題となる。しかし、本質的に異なる法人を同じに扱う必然性はない。 Ⅵ ありうべき課税体系 1 公益認定を受けておらず非営利型でもない 一般社団・財団法人 公益認定を受けておらず非営利型でない一般社団・財団法人は、既述のように、社員総会または評議員会の決議により、社員または設立者、さらには特定の者に剰余金を分配することが可能とされており、実質的に剰余金を残余財産の分配という形で、個人に分配することができるため、普通法人との課税の公平が担保されなければならない(尾上[2011]41頁)。そのため、すべての所得が課税対象とされることには合理性がある7)。 この点について、尾上[2011]は、持分権者のいない社団・財団法人につき普通法人と同じようにすべての所得を課税対象とするという取扱いは、法人擬制説との整合性を欠くものであり、結果的に残余財産が個人に分配された場合には、その時点で課税すればよいとの見解を示している。ここには、当該一般社団・財団法人と同様の経済実態にある普通法人との間の課税の公平性を重視するのか、あるいは、法人擬制説を重視するのかというジレンマがある。 通常、法人擬制説において、出資者と剰余金の受取人は同一であることが想定されているものと思われる。しかし、社団・財団法人にあっては、出資者と剰余金の受取人は必ずしも同じではないという特性がある。すなわち、法人擬制説における集合体の源を狭義に捉えれば持分権者となるが、広義に捉えれば受益者ということになるのであり、後者の立場に立った場合には、前述のジレンマは解消することになる8)。 したがって、剰余金分配後の所得税までを含めても、公益認定を受けておらず非営利型でもない一般社団法人・財団法人と普通法人とは同様の経済実態にあるといえ、法人実在説か法人擬制説のいずれの説に基づくかにかかわらず、その全所得を課税対象とすることには合理性が見出される。 2 非営利型の一般社団・財団法人 非営利型一般社団・財団法人は、非営利性の徹底された法人と共益的活動法人とを区分して検討することが必要である。 ① 非営利性が徹底された法人 非営利性が徹底された法人は、公益財団・社団法人と共通する点があり、これらの検討 と併せて後述する。 ② 共益的活動目的法人 共益的活動目的法人は、会員からの会費が専らその会員を対象とした共益的事業に費 消されることが想定されるものである。 当該法人は、収益事業から生じた所得につい て、形式的には利益分配を行わないのであるが、法人において生じた所得は実質的に会 員が共同で事業活動を行うことにより稼得した所得であると考えることができる。その ため、この所得は全額を会員に帰属させ、所得税を課税するべきものである。そのうえ で、所得税課税済みの残額を会員が会費として法人に支出したものと理解すれば、法人 段階で収益事業から生ずる所得に課される法人税は会員個人における所得税が源泉徴収 されたものであり、一方の会費収入は会員において所得税が課税済みなのであるからこ れに改めて法人税を課す必要はないということになる。換言すれば、ここでいう源泉所 得税は所得税の前取りとしての通常の法人税とは性格が異なり、会員に分配されたとみ なして課税すべき所得税が一律源泉分離課税されたものである。 共益的活動目的法人においては、個人で共益事業を行うよりも、共益的活動による 恩恵を享受できる人々が一体となって収益事業を行う方が効率的であるから、収益事 業を行うことについては、課税上何ら問題のない経済行為といえよう。このような解 釈によれば、会費収入は会員段階において所得税を課税すべきものであるため、法人 段階での課税の対象と解すべきではない。 3 公益社団・財団法人 公益社団・財団法人については、普通法人との課税の公平、すなわち競合性が問題となることは繰り返し指摘されているところである。一方で、公益社団法人および公益財団法人について、公益目的事業支出という条件つきながら、収益事業から生ずる所得を実質的に非課税とする措置は、収益事業課税の根拠を営利法人との競争性に見出すという従前の説明だけでは不足することの証左であるとの指摘(武田[2011] 17頁)もなされている。 両者を単年度で見た場合、営利法人との競合性は問題とならない。なぜなら、法人税は消費税等と異なり、転嫁の予定されていない性質の税目であるため、営利法人との価格競争力を考慮する必要のないものと考えられるためである。実例をあげると、国家資格取得講座を展開する株式会社と公益法人である学校法人との間に、価格差はないに等しい。これは、法人税の転嫁9)がない証左であり、そこには市場原理が働いているのである。状況により法人税の転嫁が起きているとしても、これは市場の競争原理が機能していないからに他ならないのであり、市場の不完全性を前提とした課税方法は回避されるべきである。 しばしば非営利法人が営利法人に比して廉価な物品を販売することにより、非営利法人との間において不公平が生じるという指摘がなされる。現行の非営利法人に対する収益事業課税もこの解釈に基づいているが、法人税の転嫁がなされない以上、法人税を課したとしても、非営利法人が行う廉価販売には影響はなく、法人税の有する所得税の前取りという本来の性質を曲げて、非営利法人の行う収益事業活動の販売価格と調整する機能を具備させることはできないのである。 問題の本質は、非課税による資本蓄積が営利法人に比して公益法人の方が多いことによる競争の不公平性にある。法人税法や租税特別措置法において、中小法人等を対象とした一定額までの軽減税率をはじめとする各種の恩典が設けられているのは、大法人に比べて競争力が劣るためである。公平を論ずるべきは、法人税課税がその後の事業活動に不公平をもたらす可能性についてであることが明らかである。昭和29年の一般法人に対する積立金課税の廃止は、日本企業の国際競争力の低下要因となっていたことが理由であり、この事実からも本章における検討の視点の有効性が確認できよう。 以上の理解のもと、つぎの数値例を用いて、 問題の検討を進めていく。 〔設例〕当初元入額:1,000,000、収益(非公益) 事業の資本利益率:20%、実効税率:35% ① ケース1(図表3) まず、公益社団・財団法人について、収益 事業から生じた所得が非課税とされ、その全 額が収益事業に再投資される場合を考える。 C0:当初純資産額、Cn:n期末純資産、r: 資本利益率、t:実効税率とすると、n期末に おける純資産額はつぎの算式により表される。 Cn=(1+r)n C0=1.2 n C0 ② ケース2(図表4) つぎに、すべての所得に対して課税される普通法人について、ケース1と同様の場合の 各数値を示す。 このケースにおいて、n期末における純資産額はつぎの算式により表される。 Cn={1+r(1-t)}n C0=1.13 n C0 ①と②を比較すると、公益法人は非収益事業について課税対象外となるため、普通法人 と比べると常に純資産額が多いことが示される。 ③ ケース3(図表5) しかし、課税事業から得た所得の全額を非課税事業に支出し、みなし寄附金の適用があ る場合には、つぎのようになる。 このケースにおいて、この公益法人のn期末における収益事業に対応する純資産額はつ ぎの算式により表される。 Cn=C0 3年間で獲得できる所得は600,000となり、営利法人のそれよりも少なくなる。獲得した利益の全額について収益事業への再投資が不可能となるので、課税事業における資本の蓄積はなされない。すなわち、100%のみなし寄附金を認めたとしても、収益事業課税によるダメージと相殺するには十分ではないということである。なお、この値は、普通法人において全額配当した場合と同じであるが、全額配当されるならそもそも法人税の必要はないことになる。 ④ ケース4(図表6) つづいて、課税事業から得た所得の50%を非課税事業に支出し、みなし寄附金の適用がある場合には、つぎのようになる。 このケースにおいて、n期末における純資産額はつぎの算式により表される。 Cn={1+0.5(1-t)} r n C0=1.065 n C0 図表3 公益法人(非課税・全額再投資)の場合 図表4 普通法人(課税・全額再投資)の場合 図表5 公益法人(課税・非課税事業に100%支出、みなし寄附金適用あり)の場合 図表6 公益法人(課税・非課税事業に50%支出、みなし寄附金適用あり)の場合 ケース4は、ケース2に比べ、純資産の増加という点において、さらに不利な扱いとなることがわかる。このように、公益法人において実効税率を営利法人と同じとした場合、公益目的事業支出を行うことにより、その分だけ(正確には営利法人の配当額を超える部分の金額相当)、元本の目減りが起きる。また、公益法人において収益事業課税を行う場合であっても、所得金額のうち法人税率を超える金額を公益目的支出とした場合には、その超過分だけやはり元本の目減りが起きることになる。 現行規定において、公益社団・財団法人については、課税事業から生ずる所得金額の50%が損金算入限度額とされている(法令73①イ)。これについては、公益社団・財団法人の収益事業に係る収益の50%は公益目的事業に支出することが規定されており(公益法人認定法18④、公益 法人認定法規則24)、当該規定と平仄をとっての措置であると説明される(石坂[2012]46頁)。さらに、公益目的事業支出の全額が特例としてみなし寄附金として認められる(法令73の2①、 法規22の6)のは、公益認定基準に定められている収益は公益目的事業の実施に要する適正な費用を超えてはならないとする収支相償により、公益目的事業において収支不足が生じること、そして、これを補填するべく収益事業が行われることが想定されていることに配慮したものであると説明される(石坂[2012]46頁)。 以上の検討により、公益社団・財団法人課税の本質は収益事業に課税し非収益事業を非課税とするかという点にあるのではなく、収益事業から生じた所得を再投資できないことと紐付きとすることによって、競合性問題を解決しているものと理解できる。そして、50%という基準はむしろ過剰規制であり、法人税実効税率相当額を再投資不能とするべきである。 この方法において、n期末における純資産額はつぎの算式により表される(図表7参照)。 Cn={1+r(1-t)}n C0=1.13 n C0 これにより、公益社団・財団法人と普通法人との公平性は担保されることになる。公益法人等の収益事業に対する課税が行われるのは、一般法人および個人との直接的な競争状態における課税の中立性であるとされている(Shoup Mission[1949]p.116、成道[2011]101頁)。これを受けて、かねてより、公益法人等の収益事業に係る法人税率は軽減税率が適用されていたの だが、現行規定においては普通法人と同率であり、これをもって課税の不公平が解消されたとされる(石坂[2012]46頁)。しかし、実効税率相当額の課税事業から非課税事業への支出が行われていることを条件に、法人税課税を実施しないことが適当であるとの結論が導かれる。もちろん、この検討の視点には、法人概念は無言である。 なお、非営利性が徹底された法人に対しても、この論法は適合する。ここでは、公益目的 事業か否かという事業の性質は関係ないためである。したがって、収益事業に課税したうえ に、みなし寄附金を認めないという取扱いは過剰な制限といえるのである。 図表7 ありうべき公益法人課税 Ⅶ 結論 これまでの検討により、非営利性の徹底された社団・財団法人は公益社団・財団法人と同様の課税関係となり、これらの法人については、実効税率相当額の課税事業から非課税事業への支出を行うことを強制し、当該支出についてみなし寄附金を認めたうえで、課税を行わない規定を措置することが最適解との結論を導出することができる。このとき、実効税率相当額が公益目的事業または非収益事業に支出されていない場合、実効税率相当額に達するまでの金額に100%の税率による課税がなされる必要がある。そして、共益的活動目的法人における会費収入は、本来会員段階において所得税を課税すべきであり、法人段階での課税の対象ではない。なお、公益認定を受けておらず非営利型にも該当しない一般社団法人・財団法人は普通法人と同様、その全所得が課税対象となる(図表8参照)。 立法論の問題として、ある一定の範囲を課税対象とすることを想定する場合、課税を原則として、限定列挙により非課税の範囲を定める方が、逆の場合に比べて法的安定性が高いことは容易に想像がつく。そのため、法人所得課税の理論に照らせば、非営利法人に対する課税は原則としてなされるべきものではないが、法的安定性に資するため、これを課税対象とすることを原則と位置づけることは十分に説得的である。 かりに、理論的には非営利法人には課税すべきではないが、一定の営利事業に限って課税することが相当であるという結論に達したとする。このとき、立法段階において、原則として課税し、一定の事業に関しては非課税とするとしても何ら矛盾は生じない。すなわち、租税理論としての課税の原則と、立法論としての課税の原則は異なるということである。後者の原則は、理論的な原理原則を意味するものではなく、基本方針を示すに過ぎないのであり、要は最小のコストで法的安定性のある条文を作成することが主眼とされる。 公益社団・財団法人においては、収益事業から生ずる所得の少なくとも50%は公益目的事業に支出されることが義務づけられているのであり、再投資可能な金額は最大でも50%である。この条件が存在する以上、そして、実効税率がこの50%という値を下回っている限りにおいて、公益社団・財団法人が普通法人より有利になることはない。すなわち、現行規定は本論文の検討対象である法人所得課税という面においては、法人実在説と法人擬制説のいずれの立場によるかにかかわらず10)優遇措置とは位置づけられない。 一般に非営利法人の課税問題は、法人実在説と法人擬制説のいずれの立場を支持するかの議論に集約されることになるのだが、現実の法人税法が基本的には法人擬制説に立脚したものであるものの、一部に法人実在説に基づく歪みが存在していることから、水掛け論の域を出ていないようである。 本論文においては、この点について、再投資可能額、すなわち期末純資産額に焦点をあてて検討を行うことにより、現行規定が公益法人に何らの優遇性もなく、むしろ不利な取扱いとなっていることを指摘した。したがって、公益法人等におけるすべての事業から生ずる所得に法人税を課税する根拠は存在しないのであり、 原則課税か非課税かという問題も当然のことながら雲散霧消する。 以上の検討から得られた知見により、現行規定は理論的矛盾を内包していることが明らかとなる。なお、シャウプ勧告において指摘された、非課税法人の利益が事業活動を拡張するほかは餐宴のために消費されているという問題点 (Shoup Mission[1949]p.116)については、本来の事業への支出が適切に行われていることを非課税の要件とすることにより対応すべきものと思われる。 図表8 ありうべき課税体系 [注] 1) 非営利法人の所得課税問題は、1899(明治32) 年に第一種所得税が創設された当時に遡ることができる。当時の所得税法第5条第4号は、 営利を目的としない法人の所得には課税しないことを規定していた。当該問題の歴史的経緯については、武田[2011]5-11頁が詳しい。 2) わが国においては、①課税対象から除外されたものについて最初から納税義務が成立しないという意味での非課税という用語と、②一 定の法定要件の充足を前提として、申告等の手続により課税対象から除外された場合に、いったん成立した納税義務を事業に消滅させ るという意味での免税という用語が区別して使用されているが、アメリカ内国歳入法の tax exemptionは、非課税ならびに免税およびその中間形態に属する措置(行政庁の事前承認を前提とする非課税の取扱い)を包摂した意味で用いられているとされる(石村[1995] 294-295頁)。 3) IRC§501⒞に規定されているのは、つぎの 29団体である。なお、このほか、§401⒜の 適格年金が非課税組織に該当する。 ①公共法人、②免税資格保有団体、③宗教、 慈善、教育等の活動を行う団体、④市民団体 等、⑤労働・農業・園芸団体、⑥企業団体・商工会議所、⑦親睦団体、⑧友愛団体、⑨任 意従業員共済団体、⑩宿泊施設利用型友愛団体、⑪地方教職員退職基金、⑫地方共済生命 保険団体、⑬共同霊園法人、⑭州認可信用組合・相互信用組合、⑮小規模保険会社・組 合、⑯農業融資組織、⑰失業補償給付基金、 ⑱従業員年金基金、⑲退役軍人団体、⑳法律 相談団体、㉑炭灰塵症給付基金、㉒年金基金、㉓1880年以前に設立された軍人団体、㉔ ERISA法4049条信託、㉕年金持株会社、㉖ 医療看護団体、㉗労働者災害補償団体、㉘国立鉄道退職投資信託、㉙CO-OP健康保険発行団体 4) IRC§501⒞⑶に規定される宗教・慈善・教育活動団体のうち、§509⒜の⑴~⑷のいず れかの要件を満たすと、パブリックチャリ ティ(Public Charity)となり、それ以外は民間財団(Private Foundation)として区別される。この区別は、寄附金に関する課税上の取扱いの場面において顕著な相違となって現れるが、本論文における検討範囲を逸脱する論点であるため、言及しない。なお、この論点については、今枝[2003]が詳しい。 5) 法人株主においては、株式保有割合に基づく受取配当等の益金不算入制度(Dividends Received Deduction : DRD)が規定されている (IRC§241-246)。ただし、当該規定は法人課税における二重課税のみを対象としているのであり、個人株主は対象とされない。 6) 営利法人についても累進税率を適用し、配当が行われたときに、株主において二重課税調整を行うことも計算技術的には可能ではあるが、いたずら複雑なものとなることは間違い ない。もっとも、現行制度もこの二重課税調整は意図的に不完全なものとしていることに 鑑みれば、二重課税の徹底に固執する必要はないのかもしれない。 7) この点について、株式会社を設立するほうが合理的であり、非営利型ではない法人を設立する意味はないとの指摘がある(村山[2011] 4頁)。 8) 持分権者と受益者が別である場合において、 例えば100の元本について120の分配があったとき、個人側で120が所得になるのか、20が所得になるのかは興味深いところである。こ のとき、所得は120ということになるだろう。すなわち、出資者は100を法人に寄附し、残 余財産の受取人は120の所得を得たと考えるのが妥当であろう。そして、100はいったん出資者に返却され、それが受取人に贈与されたと考え、20は法人から受取人への贈与だと捉えるのである。 しかし、資金提供者が残余財産を受け取った場合には、個人間の贈与は起こらないために、20のみが課税されることになる。いずれにせよ、株主間での所得移転については、これをいかように律するかは所得税における問題であり、法人税が関与する必然性はない。 9) 法人税は転嫁しないというのが古典的学説であったが、最近では転嫁を肯定する学説が有力になりつつあるという見解がある(金子[2014]282-283頁)。しかし、かりに法人 税の一部が転嫁するとしても、株主に帰着する部分があるのであれば、その限りにおいて 二重課税調整は必要であり、法人擬制説の否定にまでは繋がらない。また、多くの実証研 究において、法人税の転嫁は0~100%超まで様々な結果が示されており、特に、独占市場において転嫁の傾向は強まるとされている(西野[1998]160頁)。思うに、税の存在を 前提とすれば、可能な限りこれを転嫁しようとの思惑が働くのは、利潤の極大化を考えれ ば、合理的なことである。株主が本来自分の負担すべき税を他人に転嫁することを企むこ とは自然なことであり、実証研究を行うまでもないことである。さらに、課税される法人 と課税されない法人が同時に存在を考えた場合、非課税法人には転嫁の必要がないのであ り、競争市場を前提とすれば、課税される法人が税の転嫁をすることは考えられない。い ずれにせよ、結果的に税の転嫁が発生することと、制度設計において転嫁を予定するかという問題は、別次元の話である。転嫁の検出は、それを意図していない制度との間におい て、市場原理が一定程度機能していないことを示しているに他ならないからであり、税体 系を現実の市場に合わせて歪める必然性はな い。 10) 法人実在説と法人擬制説との関連において現行制度を理解するのであれば、基本的には営利法人課税は法人擬制説に、非営利法人課税は法人実在説に基づいており、法人税課税の 体系の中に、異なる思考が混在している歪みが生じていることを理解すべきであるとの指 摘がある(齋藤[2005]268頁)。 [参考文献] 石坂信一郎[2012]「非営利法人における課税上の論点整理とその検討」『岐阜経済大学論集』第46巻第1号。 石村耕治[1995]『アメリカ連邦税財政法の構造』法律文化社。 伊藤公哉[2013]『アメリカ連邦税法第5版』 中央経済社。 今枝千樹[2003]「非営利組織における優遇税制の現状と課題-日米の比較検討を手がかりとして」『経済論叢』第172巻第1号。 尾上選哉[2011]「非営利法人と課税所得」『税務会計研究』第22号。 金子宏[2014]『租税法第十九版』弘文堂。 齋藤真哉[2005]「原則課税制度と原則非課税制度の検討」(「非営利法人課税研究特別委員会最終報告 非営利法人課税の総合的検討」 『税務会計研究』第16巻所収)。 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- ≪査読付論文≫非営利組織はアドホクラシーか? / 西村友幸 (釧路公立大学教授)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 釧路公立大学教授 西村友幸 キーワード: 非営利組織 アドホクラシー ミンツバーグの類型学 ビュロクラシー アソシエーション 要 旨: 本稿は、田尾・吉田[2009]によって提案された「非営利組織はアドホクラシーである」 という命題の正否の検討を目的とする。 アドホクラシーを5つの組織形態の一類型として扱ったMintzberg[1979]の所論の詳細 な分析にもとづくと、非営利組織はアドホクラシーに限定されるのではなく、他の形態と りわけ「単純構造」あるいは潜在的な6番目の形態である「ミショナリー」にも近似する ことが議論される。 本稿はさらに、Mintzbergの理論はあらゆる種類の組織を網羅した全体的類型学ではな く、仕事組織(すなわち広い意味でのビュロクラシー)に照準をしぼった中範囲類型学であるた め、ワーカーではなくボランティアからなる非営利組織には適していないことを主張する。 結論として、非営利組織はアドホクラシーではなくアソシエーションである。 構 成: I はじめに II 組織形態とその1つとしてのアドホクラシー III 推論と反駁 Ⅳ 非営利の組織形態の検討 Ⅴ Mintzbergの類型学の検討 Ⅵ 結び Abstract This paper aims to examine the proposition that “nonprofit organizations are adhocracies” suggested by Tao and Yoshida [2009]. Based on in-depth analysis of Mintzberg [1979] who treats the adhocracy as one type of five structural configurations of organizations, it is argued that nonprofits are not restricted to the adhocracy but also in proximity to the other configurations, especially to “simple structure” or to the latent sixth configuration “missionary.” This paper further asserts that Mintzbergʼs theory is not a grand typology which encompasses all kinds of organizations but a midrange typology which limits its scope to work organizations (i.e., bureaucracies in a broad sense), so it is ill-suited for nonprofits composed of volunteers (not workers). In conclusion, nonprofits are not adhocracies but associations. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 田尾・吉田[2009]による非営利組織論の教科書に、「非営利組織はアドホクラシーである」 という旨の記述がある(85-87頁)1)。アドホク ラシーは未来学者のToffler[1970]によって提唱された概念であり、「特別にこのことについての」という形容詞の“アドホック(ad hoc) ” に 「政治・ 社会組織」を意味する“クラシー ” (-cracy)という名詞連結形を結びつけた合成語である(平野[1990]、211頁)2)。それは、田尾・ 吉田[2009]がRobbins[1990]を引用しながら述べているとおり「柔軟に対応できる、した がって暫定的なシステム」であり、「整備されたシステム」としてのビュロクラシー(官僚制)3) に対置される。 別稿で田尾[1998]は、NPOやNGOなどのボランタリー組織は、組織といいながら、組織として十分な要件を備えているとはいいがたいと述べる。しかし同時に、来るべき超高齢社会におけるボランタリー組織の重要性を勘案すれば、組織論の分析対象から除外されるべきではないと忠告する。こうした問題意識が基盤となって、「非営利組織はアドホクラシーである」 という上記の見解が生まれたと考えられる。およそ組織らしからぬ、あるいは少なくともビュロクラシーからは程遠い組織としての非営利ボランタリー組織に対する理解を深めるのに、「非営利組織はアドホクラシーである」という 田尾・吉田[2009]の命題は参照点として注目に値する。本稿の目的は、この重要な命題の妥当性を検討することである。 本稿の構成は以下のとおりである。Ⅱ節では、 アドホクラシーを組織形態の一類型と認識して本格的に分析したMintzberg[1979]4)を概説する。「非営利組織はアドホクラシーである」と いう田尾・吉田[2009]の命題の正否は、まずⅢ節で論理学的に、 続くⅣ節でMintzberg [1979]の所論に即してより詳細に分析される。Ⅴ節では、田尾・吉田[2009]の命題ではなく、 Mintzberg[1979]の所論のほうを精査し、彼の組織類型学が非営利組織を理解するパワーを欠くことを指摘する。Ⅵ節では、結論および今後の課題に言及する。 Ⅱ 組織形態とその1つとしてのアドホクラシー 1 5つの組織形態 「組織はどのようにして自身を構造化しているのか」を主題とするMintzberg[1979]の著書5)には、本人も指摘しているとおり5という数字が繰り返し登場する。すなわち、 ・ 組織における調整メカニズムには5つのタイプがある6)(第1章)。 ・ 図1に示すとおり、組織は5つの基本パーツから構成されている(第2章)。ただし、別稿でMintzberg[1981]が断り書きしているように、すべての組織がパーツ全部を必要としているわけではない。組織の中にはこれらの一部しかない単純な構造のものもあるし、す べてのパーツをかなり複雑に組み合わせているものもある。 ・ 分権化、すなわち意思決定の権力を多くの個人へと分散することは、垂直方向と水平方向になされる。これら2次元の組み合わせから、分権化の5つのタイプが導出される(第11章)。 Mintzberg[1979]の考えでは、5という数字の頻出は偶然ではなく、調整メカニズム、基本パーツ、そして分権化といった要素の間には 一対一の対応関係が存在する7)。かくして、組織の構造的形態8)は、単純構造、機械的ビュロクラシー、プロフェッショナル・ビュロクラシー、事業部制、そしてアドホクラシーの5つに類型化される(表1参照)。 図1 組織の5つの基本パーツ 出所:Mintzberg [1979], p.20. 図2 アドホクラシー 注 )図中の点線は、アドホクラシーの業務の中核がしばしば切り取られることを意味している。 出所:Mintzberg [1979], p.443. 表1 5つの組織形態 出所:Mintzberg [1979], p.301. 2 アドホクラシー 5つの組織形態のうちアドホクラシーについての詳説は、Mintzberg[1979]の第21章でなされている。アドホクラシーは次のように定義される(p.432)。 さまざまな分野から選び出された専門家たちを結集した円滑に機能するアドホックなプロ ジェクト・チーム 図1と図2とを見比べればわかるように、アドホクラシーはラインとスタッフ9)の間の区分があいまいで、またライン・マネジャーが監督というよりも仲間としてふるまうため、「組織のパーツが混成した無定形の塊」(p.442)に映る。「単純構造と機械的ビュロクラシーが昨日の構造、そしてプロフェッショナル・ビュロクラシーと事業部制が今日の構造だとするならば、 アドホクラシーは明らかに明日の構造である」 (p.459)。アドホクラシーという組織形態は、20 世紀後半に生まれた新しい産業――航空宇宙、 電子、シンクタンク、研究、広告、映画製作、 石油化学――に見られる。その構造は柔軟、自己再生的で有機的であり、古典的な管理原則か らは5つの組織形態の中で最も疎遠である。 「複雑な悪構造問題を解決するのにアドホクラシーほど適した構造はない」(p.463)。Mintzberg [1979]は、Hedberg et al.[1976]を借用し、アドホクラシーを「パレス」(宮廷)ではなく「テント」にたとえることでイメージを伝えようと努めている。 Mintzberg[1979]は、アドホクラシーを論じた第21章の末尾に5つの組織形態の諸特性を一覧化した表を添付する。そして、“A Concluding Pentagon”と題した最終(第22)章で、自己の理論の利用に関する以下のような留意点を提示する。 ① 組織は5つの各パートによって5つの異なる方向に引っ張られる。多くの組織がこれら5つの張力すべてを経験するのだが、 それぞれの条件下で優勢な張力というものがある。結果として、ある組織は5種類の形態のうちのどれかに近づく。 ② 5つの組織形態はどれも理念型あるいは純粋型であり、各形態は基本的な種類の組織構造、および組織が置かれた状況を記述したものである。 ③ (したがって)5つの組織形態は、構造上のハイブリッドを記述するための基礎として扱われる。 ④ 5つの組織形態はまた、いかに、そしてなぜ組織はある構造から別の構造へと変移を遂げるかを理解するための基礎としても用いられる。 Ⅲ 推論と反駁 1 推論 Mintzberg[1979]の著書の索引には“nonprofit” という語は載っていない。また、アドホクラシーを集中的に論じた第21章にもこの語はいっさい見当たらない。同章のかすかな例外は、非商業的 (noncommercial)組織としてのユニセフに対してスカンジナビア経営研究所が行った組織構造についての提案が、(Mintzbergの用語法では)事業部制とアドホクラシーのハイブリッドへの改革と見なしうるという叙述である(pp.452-453)。つまり、Mintzberg[1979]自身は「非営利組織はアドホクラシーである」と言及しているわけではないのである。 しかし、Mintzbergが直接言及していないからといって、「非営利組織はアドホクラシーである」という命題が偽であるということにはならない。先述のとおり、Mintzbergはアドホクラシーを「さまざまな分野から選び出された専門家たちを結集した円滑に機能するアドホックなプロジェクト・チーム」と定義している。彼の定義を前提1として、以下のような三段論法を展開することが可能である。 前提1 アドホクラシーは専門家たちを結集している。 前提2 非営利組織は専門家たちを結集している。 結論 ゆえに、非営利組織はアドホクラシーである。 以上の推論は正しいだろうか。形式的には正しいといえるだろう。しかし、容易に認識できるとおり、前提2の内容は真とはいえないため、 得られた結論すなわち「非営利組織はアドホク ラシーである」もまた真ではないと考えるほうが適切である。前提2が真でないことは、田尾・吉田[2009]が述べているとおりである。「非営利組織を立ち上げるということは、ボラ ンティアを集め、彼らを人的資源として原則的に無給で有効活用することである」(32頁)。原則として、非営利組織は専門家たち(experts) ではなくボランティアを結集した組織なのであり、アドホクラシーのようにサポート・スタッフが組織の中心パートとなる(表1参照)可能性は低いといってよい。 もっとも、田尾・吉田[2009]が解説しているように、組織の規模が大きくなるほど、オフィスにいて支援活動をするスタッフ機能は、 持ち回りや片手間仕事ではなく専任者によって執行されるようになる10)。その場合には、サポート・スタッフが中心パートとしてふるまうようになるかもしれない。だが、大規模化とその帰結としての専任スタッフの雇用は、非営利組織にとってはビュロクラシー化の進展に他ならない(田尾・吉田[2009]、194頁)。「柔軟に対 応できる、したがって暫定的なシステム」としてのアドホクラシーは「整備されたシステム」 としてのビュロクラシーと対置されるのであるから、非営利組織が大規模化によってサポート・スタッフ中心的なアドホクラシーとその対 極のビュロクラシーとに同時接近するという因果は根本的な矛盾を意味する。 2 反駁 「非営利組織はアドホクラシーである」という命題の三段論法による否定は、同じ手法による反駁を呼び起こすかもしれない。先述のとおり、Robbins[1990]を引用するかたちで、田尾・吉田[2009]はアドホクラシーを「柔軟に対応できる、したがって暫定的なシステム」と定義している11)。彼らの定義を前提1として、 以下のような三段論法を展開することが可能である。 前提1 アドホクラシーは柔軟に対応できる、したがって暫定的なシステムである。 前提2 非営利組織は柔軟に対応できる、したがって暫定的なシステムである。 結論 ゆえに、非営利組織はアドホクラシーである。 ある理論的言明に対する批判は修正案や代案をともなうべきであり、また多角的に行われる必要がある(Whetten[1989])。「非営利組織がア ドホクラシーではないとするならば、一体どんな組織形態なのか」という疑問は当然に惹起されるであろう。加えて、Mintzberg[1979]の 5つの組織形態は、あらゆる理論と同様、濃厚 で複雑な現実から抽象したものであり、ある程度の単純化と非現実性を不可避的に帯びている。彼がいうように、「些末な組織を除くすべての組織の実際の構造は計り知れないほど複雑であり、机上のこれら5つの形態のどれよりもはるかに複雑なのである」(p.468)。理論と現実の間のギャップの取り扱いには細心の注意が必要である。上述のとおり、Mintzberg[1979]は自己の理論を利用する際の留意点を4点あげている。次節ではこのうち②~④をピックアップし て検討を加える。便宜上、彼が列挙した順番とは逆に、すなわち④→③→②の順に考察していくことにする。 Ⅳ 非営利の組織形態の検討 1 構造的変移:看過されたもの Mintzberg[1979]は、5つの構造的形態(単純構造、機械的ビュロクラシー、プロフェッショナル・ビュロクラシー、事業部制、アドホクラシー) それぞれについて論じた第17~21章の各章で、ある形態が別の形態へと変化する可能性を示唆している。たとえば、組織の加齢と成長によって単純構造から機械的ビュロクラシーへの変化が見込まれる。総括となる第22章で、Mintzberg [1979]は構造的変移の2大パターンを提示している。1つはたった今述べたように、単純構造に近似したものとして生誕した組織が、加齢と成長によって機械的ビュロクラシーへと変移し、さらに成長して事業部制へと向かうパターンである。もう1つは、アドホクラシーとして生誕した組織が、加齢とともに保守化して機械的あるいはプロフェッショナル・ビュロクラシーへと変移するパターンである。 このような構造的変移の可能性は田尾・吉田 [2009]も了解するところである。彼らは次のように述べている(下線は本稿の筆者が付記)。 〔非営利組織は〕ミッションを重視する限りでは、アドホクラシーの構造を採用し、 ビュロクラシーを主軸とする管理形態からは、第一線のボランティアやスタッフ、さらには、管理者や経営者さえも距離をおこうと考える。しかし、ミッションの変容、あるいは、利他主義などの素朴かつ規範的な意義が後退したり、委託などの仕事が増えて円滑な稼働システムを構築しなければならなくなれば、機械的組織から事業部制組織まで発達し、もはや企業とは変わらない構造、マネジメントのシステムを備えるようになるのは必然の経緯である。専門的な技能を有した人が多くいると、プロフェッショナル・ビュロクラシーになる。この場合は、ビュロクラシーによるマネジメントを下敷きにしながら、分権的意思決定や上方コミュニケーションを重視する構造を構築する(85-86頁)。 上記の文に引かれた下線は4本しかなく、Mintzberg[1979]が提示したもう1つの組織 類型である「単純構造」やその類義語は見当たらない12)。単純構造とは、Mintzberg[1979]によれば、ワンマンの戦略尖と有機的な業務の中核とによって構成されたものであり(図3参照)、行動はほとんど公式化されておらず、計画、訓練、リエゾン装置は活用されない。「ほとんど の組織は形成期に単純構造を経験する。多くの小組織は、しかしながら、この時期を過ぎても単純構造のままである」(p.308)。 以上の記述が、「非営利組織はアドホクラシーよりもむしろ単純構造に近いのではない か」という判断につながったとしても不思議は ない。実際、田尾・吉田[2009]は同書の別の箇所で、起業段階の非営利組織を「アントレプルナーたちがその独特の個性を活かして活動をはじめる。組織は、まだ整っているとはいえず小規模である」(36頁)と分析しており、これはとりもなおさず単純構造の特徴と見なしうる13)。 図3 単純構造 出所: Mintzberg [1979], p.307 2 ハイブリッド Mintzberg[1979]は、5つの形態は組織が利用できる5つの相互排他的な構造ではなく、 複雑な現実世界の構造を理解し構築するための統合的な準拠枠すなわち理論であることを強調する。つまり、2つ以上の形態の特徴を兼ね備えたハイブリッド構造が現実には存在するので ある。ハイブリッドの存在は理論を否定してしまうのだろうか。Mintzbergはそうならないという。重要なことは理論が現実と適合しているかではなく、現実を理解するのに理論が役立つかである。ハイブリッドも含め、実際の多様な 構造を記述するのに役立つかぎり、理論は依然として有効なのである。 既述のとおり、Mintzberg[1979]はパレス対テントというメタファー(Hedberg et al. [1976])を借用し、アドホクラシーを後者のテントにたとえている。一方、Anheier[2000] は同じメタファーを非営利組織の分析に直接用いて次のように議論する。テント組織は創造性、 即時性、イニシアチブに力点を置き、たとえば 市民活動グループ、市民発議、障害者の自助グループ、地域の非営利劇場などによって代表される。対照的に、パレス組織は権限、明確さ、果断に力点を置き、たとえば大規模な非営利のサービス提供者、シンクタンク、財団などによって代表される。大規模な非営利組織がパレス的であるというAnheier[2000]の見立ては、「非営利組織はアドホクラシーである」という命題の部分否定である。Anheier[2000]はさらに、ほとんどの非営利組織は純粋なパレスでもテントでもなく、その両方である場合が多いと述べる。つまり、非営利組織の多様な構成部分のどれかがテント的で、他の構成部分はパレスに似ているというのである。Mintzberg[1979] によれば、このように組織内の異なるパーツに異なる形態を用いた組織構造もハイブリッドの 一種である。 Mintzberg[1979]の5つの形態論を非営利組織の実証研究に用いたのがShannahan[2000] である。カナダの地方トレイル協会(provincial and territorial trail association)10社に対する質問票調査から、彼は以下の結果を得た。①10社中8社はアドホクラシーの構造特性に関して高いスコアを示した。②しかし、アドホクラシーに近似すると見なせるのは8社中1社にすぎなかった。それ以外の7社はハイブリッドであった。7社中1社は構造変化の過渡期にあると解釈することもできた。③最も一般的なハイブ リッドはアドホクラシーとプロフェッショナル・ビュロクラシーの間のハイブリッドであった(7社中4社)。④アドホクラシーの構造特性が低スコアの2社は、他の組織形態のどれかに近似しているとも、また他の形態同士のハイブリッドであるともいえなかった。要するに、この2社はMintzbergのモデルに適合しなかった。 3 理念型:5つから6つへ Mintzberg[1979]の考えでは、大多数の組織は5つの形態のうちの1つに多かれ少なかれ近似した構造を設計する。どの構造も特定の理論的形態に完全に適合するわけではない。5つの組織形態はあくまでも、現実世界から抽象された理念型あるいは純粋型である。実際の構造は5つの形態のうちのどれかに近接していたり、上記2で述べたように複数の形態のハイブリッドであったりする。つまり、現実世界における組織は、5種類ある基本形態の変異やハイブリッドととらえられるのである。 組織形態が5つという発想の背後には、表1に示したとおり、組織における調整メカニズムは5つ、基本パーツも5つ、分権化のタイプも5つという数的な一致がある。だがMintzberg [1979]は、同書の最後部で、(変異やハイブリッ ドではなく)6番目の構造的形態の候補に言及している。それは、「ミショナリー」と命名され、このタイプの組織では社会化(socialization) という調整メカニズムが用いられ、組織の中心パーツは戦略尖でも業務の中核でも中間ラインでもなく、またテクノストラクチャーでもサポート・スタッフでもなく、目に見えない「イデオロギー」である。 もし、設問が「非営利組織は5つの組織形態 のどれに近似しているか」から「6つの組織形態のどれに近似しているか」へ置き換えられるとするならば、ミショナリーという回答はアドホクラシーという回答を大きく上回るに違いない。なぜならば、非営利組織は田尾・吉田 [2009]も指摘しているようにミッションを重視する傾向があり、また「ミショナリーな目標とカリスマ的リーダーシップが共存している」 (Mintzberg[1979]、p.480)というミショナリー組織の条件を満たしていると考えられるからである。 4 まとめ Mintzberg[1979]によれば、象徴的な意味において5つの構造的形態はペンタゴン(五角形)を形成しており、各形態はペンタゴンのノードのどれかに鎮座している。現実の組織がノードと完全に一致することはない。なぜならばノードは現実から抽象された理念型だからである。そうではなく、現実の組織は多かれ少なかれ特定のノードの近傍に位置することになる。 「非営利組織はアドホクラシーか?」という問いは、非営利組織はペンタゴン上でアドホクラシーのノードの近くに集成しているだろうかという問いに翻訳される。1~3の議論をふまえると、非営利組織は広範囲に分布していると考えられる。いくつかの非営利組織は単純構造のノードに近接し、またシンクタンクや財団といった大規模な非営利はテント(アドホクラ シー)ではなくむしろパレス(ビュロクラシー) に分類される。さらに、ノードが1つ増えたヘキサゴン(六角形)上でとらえると、一定数の非営利はその新たなノードであるミショナリーのほうにより近似すると予想される。よって、非営利組織がアドホクラシー一極に集中しているとは想定しがたい。 先ほど、「非営利組織がアドホクラシーでないとするならば、一体どんな組織形態なのか」 という疑問が起こると述べた。この質問に対しては、次のように答えるしかない。「非営利組織は単純構造かもしれないしビュロクラシー (機械的もしくはプロフェッショナル)かもしれない。あるいは第6の形態であるミショナリーかもしれない。総合病院や総合大学といった非営利組織は事業部制と見なすことができるだろう。 結局、非営利組織はどのような形態でもありうる」。 Ⅴ Mintzbergの類型学の検討 1 理論の有用性 以上のようなあやふやな結論が導かれてしまうのは、1つにはもちろん現実世界が多様性と複雑性を帯びているからである。しかし、別の理由も考えられる。Mintzberg[1979]が主張するとおり、最も有用な理論とは、E = MC2 のように、言葉にすればシンプルだが応用に供されたときにはパワフルなものである(p.469)。どれほどパワフルであるかは、理論がどれほど現実を反映するかにかかっている。 もし、実際の非営利組織が非常に広範囲に分布しており、その範囲が理論的ペンタゴンやヘキサゴンの枠をはみ出ていたらどうなるだろうか。この場合は当然、Mintzberg[1979]の理論は非営利組織という対象を記述し説明する十分なパワーを欠くことになる。単に、抽象化された理論と生の現実の間に若干のずれがある、というだけの話ではなくなるのである。非営利組織の分析にとって、Mintzbergの理論が本当にパワフルなのかどうかは検討するに値する。それは、彼の理論の有用性や妥当性を吟味するだけでなく、非営利組織の理解をいっそう深化させる目的にとっても重要である。 2 組織の類型学 類似性にもとづいて事物をグループ化する手続を一般に「分類」(classification)と呼ぶ。分類が概念的であれば「類型学」(typology)、経験的であれば「分類学」(taxonomy)と呼び分けることが多い(Bailey[1994])。Mintzberg[1979]に よる組織分類は、経験的に導出されたものではなく概念的に構築されたものであり、したがって類型学に該当する。 組織の類型学は数多く存在し、それぞれの類型学は組織を分類するのに用いる基準が異なっている。これは1つには、組織の概念についてのコンセンサスが欠如している14)ためである (Mills and Margulies[1980])。 Meyer et al.[1993]は、Mintzberg[1979]の 類型学を、エレガンスとシンプルさを保持した類型学の逸品と評している。だが、Mintzberg自身が強調するように、有用な理論はシンプルであると同時にパワフルでなければならない。 彼は、5つの構造的形態を先行研究(たとえば Perrow[1970]や後述のPugh et al.[1969])と比較することで、自己の類型学がより網羅的であることを示唆している15)。そもそもMintzberg[1979] は、自著があらゆる種類の組織に関するものであると序文で宣言しているのである(pp.ⅵ-ⅶ)。にもかかわらず、彼の類型学は非営利組織の実態を描写するパワーが不足していることを指摘しないわけにはいかない。 「非営利組織」の概念が適用される範囲すなわち外延は、「非営利」という限定が加わった分だけ「組織」の外延よりもせまくなってしかるべきである。Mintzberg[1979]があらゆる種類の組織の分類を試みたのであれば、構築された彼の類型学が「非営利組織」を十分に網羅できないはずがない。こういった疑問はもっともである。Mills and Margulies[1980]の議論がこの疑問の解消に役立つ。彼らによれば、組織の類型学は潜在的な包括性にしたがって2つのグループに大別できる。全体的類型学と中範囲類型学である。全体的(grand)類型学は、 あらゆる組織を包含しようとする普遍主義的なアプローチであり、Blau and Scott[1962]や Etzioni[1961]が代表格である。これに対して、中範囲(midrange)という言葉は「すべての事物や事象ではなく限られた事象や事物に関わる」という意味で用いられる社会科学の用語である(渡部[1980])が、組織の中範囲類型学はMills and Margulies[1980]にしたがえばもっと特定的である。すなわち、中範囲類型学は組織の母集団すべてではなく、その部分としての仕事組織に焦点を合わせたものなのである。例として、Woodward[1965]やThompson[1967 / 2003]、Pugh et al.[1969]などがあげられている。 仕事(work)組織とは何か。Mills and Margulies [1980]はこの概念を定義していないが、彼らが中範囲類型学として例示したPugh et al.[1969] においては明確である。彼らのいわゆる「アス トン研究」16)が調査対象とした仕事組織の顕著な特徴は、組織のメンバーが皆、雇用されていることである(Pugh et al.[1963]、p.299)。Mills and Margulies[1980]が仕事組織との対比で非仕事(nonwork)組織と呼ぶものの正体も、やはりアストン研究からうかがい知ることができる。同研究の調査対象は上記のとおり仕事組織に限定され、「ボランタリー組織は除外された」 のである(Pugh et al.[1968]、p.67)。 1980年に発表されたMills and Marguliesの論文は、その前年発行のMintzberg[1979]の引用が間に合わず、彼の類型学が全体的レベルなのかそれとも中範囲レベルなのかを判断する根拠をあたえない。しかし、Mintzbergの所論が仕事組織に限定された中範囲類型学であることを示唆する文献がいくつかある。たとえば、 Doty and Glick[1994] は、Mintzberg[1979] の著書は組織構造の全体的理論ではなく、組織有効性の予測に焦点を合わせた全体的理論を開発したと述べている。つまりMintzbergは、組織形態の5つの理念型のどれか1つに近似する組織ほどより有効的であり、反対に理念型から乖離する組織ほどより有効的ではないという仮説を立てたのである17)。 Mintzberg[1979]自身の見解を確認してみよう。彼は、重要な先行研究の一端としてアストン研究を頻繁に引用している18)が、彼の類型学がどれほど包括的であるかについての理解は別のテーマを扱った箇所から得られる。上述のとおり、彼の著書の第11章は分権化、すなわち意思決定の権力を多くの個人へと分散することについての記述に当てられている。分権化は垂直方向と水平方向の2方向になされる。マネジャーから非マネジャーへの権力のシフトを意味する水平的分権化に関連して、Mintzberg [1979]は次のような問いを発している。 水平的分権化は、権力が地位や知識ではなくメンバーシップにもとづくときに完成する。全員が意思決定に平等に参加する。この組織は民主主義的である。 そういった組織は存在するのだろうか。完全に民主主義的な組織は、すべての問題を投 票に相当するもので解決しようとする。メンバーの選択を迅速化するためにマネジャーが 選任されるだろうが、マネジャーはそれを行う特別な影響力を持たない。全員が平等なの だ。あるボランティア組織――イスラエルのキブツや会員制クラブ――はこの理想に近寄るが、その他の組織はどうだろうか(p.202)。 さまざまな角度からこの問題を検討した上で、 Mintzberg[1979]は「われわれの非ボランティア(nonvolunteer)組織では、民主主義ではなく、能力主義でがまんするしかない」(p.208)と結論づける。彼は、序文の宣言(pp.ⅵ-ⅶ)とは 裏腹に、ボランティア組織を考察の対象から外しているのである。 これも既述のとおり、Mintzberg[1979]は 最終章で6番目の形態「ミショナリー」の存在を示唆している。後年、組織内外の権力に関する著作でMintzberg[1983b]はミショナリー (および「政治アリーナ」)を明示的に取り上げている。同書によれば、ミショナリーはEtzioni [1961]の「規範的組織」というタイプにほぼ一致する。Etzioniの組織分類(強制的組織、功利的組織、規範的組織)は全体的類型学の代表格であり(Mills and Margulies[1980])、Mintzbergはミショナリーを追加することで包括性に関する彼我のギャップを幾分埋めたといえなくもない。しかしそれでもなお、Mintzbergの類型学は全体的ではなく中範囲なのである。その論拠は、さらに後年のMintzbergの著作に見出すことができる。 彼(Mintzberg[1989])が述懐するところでは、 Mintzberg[1979]において単なる暗示にとどまっていたミショナリーを、権力に関する作品 (Mintzberg[1983b])の執筆中に6番目の組織形態として彼は発見することになった。ただし、それはあくまでも組織社会学の文献の中にであった。しかし、日本人がイデオロギー(とい う調整メカニズム)を用いて組織を経営する方法を自分たちに示してくれてからというものは、ミショナリーという概念は社会学の教室から経営の重役室へと進出したというのである。 以上のように、ミショナリーが追加されたとはいえ、Mintzbergの知的関心は依然として仕事組織に向けられていたことがわかる(もっとも、彼自身はこうした境界条件を認識していなかったように見受けられる)。仕事組織に考察の対象を限定したMintzbergの中範囲類型学を用いて、非仕事組織すなわちボランタリー組織を語ることには無理がある。 3 ビュロクラシーに対置されるものは何か アストン研究は、「メンバーが皆、雇用されている組織」としての仕事組織へのインタ ビュー調査に従事した。彼ら(アストン・グルー プ)はこの調査を通じて、「ビュロクラシーは一枚岩ではなく、組織はかなりいろいろな様式においてビュロクラティックである」と述べている(Pugh et al.[1969]、p.125)。仕事組織は多かれ少なかれビュロクラシーであると解釈する彼らは異端かといえば、決してそんなことはない。高名 な 組織社会学者 たち(Broom et al. [1981])の見解では、ビュロクラシーとは組織目標に専念させるために人々を雇う組織のことである。アストン・グループの調査対象となったさまざまな仕事組織は、「定義によって」 ビュロクラシーなのである。 田尾・吉田[2009]がRobbins[1990]に倣ってビュロクラシーと対置させたアドホクラシーは、Mintzberg[1979]により「さまざまな分野から選び出された専門家たちを結集した円滑に機能するアドホックなプロジェクト・チーム」 (p.432)と定義された。その「専門家たち」が組織に雇用されていると仮定するならば(そしてこの仮定はまったく根拠のないものではないはずだが)、当該組織はまぎれもなくビュロクラシーなのである。たしかに、「整備されたシステム」 としての(機械的)ビュロクラシーと「柔軟に対応できる、したがって暫定的なシステム」としてのアドホクラシーは大きく異なって見える。しかし、これら2つの一見対極的な組織は「雇用されたメンバーからなるシステム」という共通基盤を有している。この基盤こそがビュロクラシーを他の組織類型から区別する顕著な特徴である。 では、ビュロクラシー以外の「他の組織類型」とは何であり、またどういった特徴を持っ ているのか。この点についてもビュロクラシーの場合と同様、Broom et al.[1981]の教科書が助けになる。彼らによれば、ビュロクラシーと対比される第2の組織タイプは「ボランタリー・アソシエーション」であり、共通の利害を求めるために一緒に集まった人々によって形成される。これはまさしく、アストン研究が調査対象から除外したタイプの組織である。 Ⅵ 結び 本稿は、田尾・吉田[2009]の教科書85-87 頁の記述から「非営利組織はアドホクラシーである」という命題を抽出し、これの真偽を考察 してきた。命題は真とはいえなかった。だが、考察をふまえて本稿がこれから示す結論は、実は田尾・吉田[2009]に書かれていることの再生にすぎない。彼らが第2章で議論しているとおり、また田尾が別の文献においても繰り返し強調するとおり(田尾[1997][1998][2004a] [2004b])、非営利組織は当初はボランタリーなアソシエーションとして生成し19)、やがてビュ ロクラシーを採用していく。ただし、田尾・吉田[2009]にとってビュロクラシーは「整備されたシステム」(86頁)を意味するのに対し、本稿はそれを「雇用されたメンバーからなるシ ステム」とより広義にとらえている。とはいえ、「非営利組織は本来的にはビュロクラシーではない」と考えている点で、田尾・吉田[2009] と本稿とは意見の一致を見ている。そして、両者の間には「非営利組織はアソシエーションである」という共通認識が存在するのである。 本稿はこうしてようやく妥当な結論にたどり着いたものの、この結論をゴールとしてではなくさらなる調査の入口と見なすほうが健全と思われる。科学的探究の最も重要な第一歩は、調査されるべき事物や事象の分類である(Carper and Snizek[1980])。アソシエーションとしての非営利組織を理解するためには、適切な分類体系を開発する必要がある。仕事組織を標本とする調査を実施したアストン・グループは、ビュロクラシーにはただ1つのタイプしかないという考え方は有意義ではなく、ビュロクラシーは異なった状況で異なった形態をなすという立場をとる(Pugh et al.[1969])。アソシエーションについても同じことがいえるはずである。アストン・グループや(本稿の議論で明らかになったとおり)Mintzberg[1979]がビュロクラシーの中範囲類型学を構築したことに倣い、今やアソシエーションの中範囲類型学が構築されなければならない。 そうした類型学の構築に際しては、アソシエーションは仕事組織とは質的に著しく異なるという意見(Knoke and Prensky[1984]、菅原[2006]) を尊重すべきである。アソシエーションは独特の部類を形成している(Hall[1987])からこそ新たな類型学が必要とされるのである。1つの有望な概念枠組が、アストン・グループの末裔たちによる労働組合研究から生まれている (Child et al.[1973])。彼らは、アソシエーションとしての労働組合が、目標遂行に関わる「管理的システム」と目標形成に関わる「代表制的システム」の二重システムによって特徴づけられると論じている。「管理的システム」は、ビュロクラシー研究が焦点を合わせてきた組織の構成部分である。言い換えれば、「代表制的システム」はビュロクラシー研究ではほとんど考慮されてこなかった構成部分ということになる。二重システムという観点がアソシエーションの分析に必要とされることは、われわれの先入観を覆す次のような仮説を喚起する。すなわち、「アソシエーションは同等の規模のビュロクラ シーと比べて構造的に複雑である20)」。この仮説は、結果的に支持されるにせよ棄却されるにせよ、われわれの認識の進歩に大きな貢献を果たすと期待される。 初学者が読むかもしれない教科書の執筆者は、ときとして内容の厳密さよりも幅広さとわかりやすさを優先せねばならない。レフェリーの1人から指摘を受けたとおり、「非営利組織はアドホクラシーである」という田尾・吉田[2009] の記述も教育的見地からのやむなき簡略化の一例であるかもしれない。そうであれば、専門家向けの文献を動員してこの記述を論難しようとする行為は重大なルール違反と受けとめられる恐れもある。 しかしながら、「非営利組織はアドホクラシーか?」という疑問から得られた知見は決して些末なものではないと思われる。終わりに鑑み、 田尾・吉田の両氏に謝意を表したい。 [注] 1) 田尾・吉田[2009]、ⅳ頁の著者紹介によれば、「非営利組織はアドホクラシーである」 という旨の記述がある第4章第1節の執筆担当者は田尾である。 2) Adhocracyを直訳すると「臨時審議機構」 になる(Cameron and Quinn[2006]、訳書63頁)。また、中国語圏では「特別結構」 という対応語が用いられているようである(ウェブ検索で確認)。本稿では田尾・吉田[2009]をはじめとする多くの日本語文献に倣い、「アドホクラシー」 というカタカナ表記を採用する。 3) 本稿では田尾・吉田[2009]を引用する関係で、彼らに倣い「官僚制」ではなく「ビュロクラシー」というカタカナ表記を優先的に採用する。こういった用語法に関して、田尾 [2004b]は、「ビュロクラシーは官僚制と訳されることが多いが、官僚の組織というより も、管理のための仕掛けという意味を本来有している。官僚制という言葉は、ネガティブ なイメージで語られることが多いので、学問的に価値中立の意味合いをもたせて、以下で は、この言葉〔ビュロクラシー:筆者付記〕 を用いて、合理的に運用されている組織、あ るいはシステムを含意させる」(22頁)と記している。同様の見解は野中[1974]も参照。 4) 田尾・吉田[2009]が立論のために参照している文献はMintzberg[1983a]である。しかし、同書の読者への覚え書きにMintzbergが明記しているとおり、同書はMintzberg [1979]の実務家向けの縮約版である(齋藤 [2009])。本稿は、情報量がより豊富で“A Synthesis of the Research”という副題をともなったMintzberg[1979]のほうを参照する。 5) 正確には、Mintzberg[1979]が同書を執筆した理由は、組織がどのようにして戦略を形 成するのかに関心を持ったこと、そしてそのためにはまず組織がどのようにして自己を構 造化するのかを学ぶ必要があると考えたからである。(p.ⅺ)。中野[1982]による同書へ の書評も参照。 6) 調整メカニズムに関する類型論は、組織の構造化あるいはデザイン問題の出発点である。 榊原[2013]、113-116頁を参照。 7) これに関してMintzberg[1979]は次のような注釈をつけている。「信憑性を水増しする 危険を承知の上で、私は、この見事な対応関係が捏造されたものではないことを指摘した い。5つの構造的形態を決めた後ではじめて、5つの調整メカニズムおよび組織の5つの パーツとの対応関係に私は驚いたのである。 ただし、5つの形態に沿うかたちで、第11章 の分権化の類型論に(それがより論理的なもの となるよう)若干の修正がなされた」(p.301)。 8) ここで「形態」と訳されている英単語は “configuration”である。コンフィギュレー ションとは、組織の各部分、要素の相対的な配置のことで、ドイツ語のゲシュタルト (Gestalt)に当たる言葉である(坂井[2013]、 43頁)。 9) いうまでもなく、スタッフ部門に相当するのがテクノクラシーとサポート・スタッフである。Mintzberg[1979]、p.33を参照。 10) 非営利組織の規模とスタッフ雇用の間の定量分析については、西村[2005]、[2009]を参照。 11) Robbins[1990]はもちろんMintzberg[1979] の所論に依拠している。Robbinsは著書の第Ⅲ部に“Organizational Design”というタイトルを付け、まず第10章でMintzberg[1979] に即して組織の5つの基本パーツ、そして5つの構造的形態を解説する。第11章はもっぱらビュロクラシーの議論に、続く第12章はもっぱらアドホクラシーの議論に用いられている。アドホクラシーは、「多様なプロフェッショナル・スキルを持ったほとんど初対面の人々(relative strangers)からなる集団によって解決されるべき問題の周囲に組織された、 急速に変化し、適応的で、たいていは暫定的なシステム」と定義されている(Robbins [1990]、p.354)。 12) 田尾・吉田[2009]からの引用文の中の「機械的組織」は、Mintzberg[1979]の用語法では「機械的ビュロクラシー」に相当すると 見なされた。 13) 田尾・吉田[2009]による非営利組織のライ フサイクル・モデルは、起業、集合化、形式化、成熟、衰退の5段階からなる。一方、 Hasenfeld and Schmid[1989]のモデルは、設立、発展、成熟、確立、衰退、崩壊の6段階からなる。田尾・吉田[2009]と同様に、 Hasenfeld and Schmid[1989]は、設立期の非営利組織の構造が単純構造に近似すると想定している。彼らのユニークなところはアドホクラシーに対する見解である。彼らのモデルでは、アドホクラシーは成熟期の次の確立期に現出する組織構造である。Hasenfeld and Schmid[1989]および小島[1996]を参照。 14) 「組織とは何か」という問いに対する回答は多岐にわたる。中條[1998]、金井[1999] を参照。なお、Mintzberg[1979]は第3章で、組織のとらえ方を①公式権限のシステム、② 調節された活動のシステム、③非公式コミュニケーションのシステム、④仕事の集まり(constellation)のシステム、⑤アドホックな意思決定プロセスのシステム、の5つに整理している。 15) Mintzberg[1979]は、「Perrow[1970]は4つの構造を描写し、それらはわれわれのもの 〔5つの類型:筆者付記〕のうちの4つとおおよそ対応する」(p.300)としか言及していない。2つのモデルの間の対応関係はもっと厳密に吟味される必要がある。Pugh et al.[1969]に対するMintzbergの評価とその問題点に関しては、以降の注18を参照。 16)アストン研究の組織分類は経験的に導出されたものであるため、類型学(typology)よりも分類学(taxonomy)のラベルを貼るほうが適切である。アストン研究の詳細は、岸田 [1987]、幸田[2013]、榊原[1979]を参照。 17) 別稿におけるDoty et al.[1993]の説明によれば、理念型に近似する組織ほど有効性が高くなるのは、組織の多様な構成要素間に内部一貫性すなわち適合が生じているからである。なお、Doty et al.[1993]の経験的調査では、Mintzberg[1979]の5つの理念型に近似する組織ほどより有効的であるという仮説は支持されなかった。理論予測は外れたものの、このことは組織形態の5つの理念型というアイデアそのものを否定するわけではな い。Doty et al.[1993]は以下のように弁明する。類型学と理論は同一ではない。組織有効性が理念型への近似の関数であるという予測は理論である。一方、類型学は現象を記述するのに用いられるデバイスである。類型学としては、Mintzbergの著作は5つの(潜在的に有効な)組織形態を識別する豊潤な記述用具を提供しているのである。さらに、Doty et al.[1993]はMintzbergの理論予測が外れた原因を、彼らの調査に含まれていた組織サンプルの雑多性に帰している。彼らは、より同質的なサンプルを用いた後続研究においてMintzbergの理論が確証されることを期待している。後続研究の進捗状況については、 Short et al.[2008]を参照。 18) Mintzberg[1979]の考えでは、彼の5つの組織形態のうち、単純構造はアストン研究 (Pugh et al.[1969])における「暗黙に構造化された(implicitly structured)」という類型に、機械的ビュロクラシーは「完全(full)ビュロクラシー」という類型にほぼ等しい。しかし、 残る3つの形態(プロフェッショナル・ビュロクラシー、事業部制、アドホクラシー)とアストン研究との照合は手つかずのままである。さ らに悪いことに、 Mintzberg[1979]は、 Pugh et al.[1969]が自己の5つの形態のうちの2つを描写していると論じている (p.300)。これはミスリーディングであり、 Mintzberg[1979]の分類のほうがより徹底的であるかのような印象を与えてしまう。 Pugh et al.[1969]を一瞥すれば明らかなように、彼らは上記の「暗黙に構造化された」 と「完全ビュロクラシー」を含む計7つの組織類型を提示している。アストン研究と Mintzberg[1979]の類型学の間の対応関係もやはりもっと厳密に吟味される必要がある。 19) 田尾・吉田[2009]によれば、「組織」とは目標達成を図るための、個人の意図を超えたシステムを具備したものである(49頁)。立 ち上げの段階では、「非営利組織とはいうが、その多くは組織、つまりオーガニゼーションに相当するしくみを備えていない。厳密には、まだ集団というべきものが多い」(34頁)。彼らの組織概念は狭義で、ビュロクラシーのみを含みアソシエーションを排除している傾向がある。一方、本稿は、組織概念にはビュロクラシーとアソシエーションの両方が含まれるという広義の見方を採用する。 20)この仮説は、Anheier[2000]によって提唱された「非営利組織複雑性の法則(the law of non-profit complexity)」からヒントを得た。 [参考文献] Anheier, H. 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- ≪査読付論文≫非営利法人組織における会計の役割― 日独医療改革のもとでの経営改善に向けて― / 森 美智代 (熊本県立大学教授)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 熊本県立大学教授 森美智代 キーワード: 非営利法人組織 医療改革 国立病院機構 公立病院 病院会計準則 独立行政法人会計基準 民営化 GmbH AG コンツェルン 要 旨: 日本とドイツでは医療改革が進められている。両国の医療改革において、国の財源によっ て運営されてきた国公立病院における経営改善に焦点をあてている。医療改革において、 経営組織の変化とそれにともなう公会計から企業会計への移行が、医療経営に経営業績の 評価と管理を可能とした。本研究は、日独医療改革における経営組織の変化と企業会計が 医療経営に及ぼした影響について考察している。医療という非営利法人組織に企業会計が 及ぼした影響は大きい。しかし、まずは医療の「質の維持向上」につとめなければならな いことはいうまでもない。 構 成: I はじめに II 国及び自治体の財源を基盤に運営されてきた国公立病院 III わが国の国公立病院改革 Ⅳ ドイツにおける医療機関改革 Ⅴ 非営利組織における「会計の役割」 Ⅵ おわりに Abstract Currently, medical care reform are being conducted in Germany and Japan. One area of reform is the shift in accounting systems from public to corporate accounting. The importance of this change is underscored by the fact that the management of public and national hospitals has subsequently improved following implementation. This report outlines the significance of the move to corporate accounting. While there are obvious social and economical differences between the two countries, the transition from a public to a private accounting system is a common characteristic. This report deals with four case studies of medical care reform in the two countries, and reveals the function of corporate accounting in effecting medical reform. It further demonstrates how the shift to corporate accounting has resulted in increasingly efficient management. Yet, in addition to providing solid management the primary task of maintaining quality medical care must be recognized ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 近年、医療制度改革は、医療保険制度、医療提供体制、診療報酬の見直しを3つの骨格として進められている1)。その制度改革の中心にある医療組織は、非営利法人組織とみなされ、この営利法人組織は、一般に利益分配をしない組織或は法人として特徴づけられる2)。非営利法人組織は、社会及び経済において公的組織と民間組織の間で中間組織としてみなされ、国及び自治体の政策にかかわっていることが多い。 その中間組織である非営利組織(NonprofitOrganisation)は、ますます民間─商業競争(privatkommerzieller Konkurrenz)に直面する3)といわれる。これまで、わが国の旧国立病院及び公立病院は非営利組織としてみなされており、営利企業の市場原理とは全く独立していたといえる。しかしわが国の財政が赤字で、少子高齢化の社会現象が加速するにつれ、医療費負担の増大は避けられない。このような現状のもとで財政を基盤とした公的保険制度は、医療経営に「費用対効果」、それを担保する「医療の質」の維持及び向上を強いることとなった。このような状況は、すべての国民に医療保険が義務付けられているドイツにおいても同様である。両国の公的な医療機関は、社会的な役割を果たしてきたが、経営改善を余儀なくされる現状におかれている。 本稿は、高齢化社会に向けて、さらに将来増加する医療費に対する財政処置を基盤に実施された医療改革からくる医療経営の改善に注目する。収益の大部分が診療報酬で占められる医療機関に、組織再編とともに企業会計を導入することの意義について考察することにする。 Ⅱ 国及び自治体の財源を基盤に運営されてきた国公立病院 わが国の医療機関の種類は、開設者別にみると、旧国立病院(現:国立病院機構)、公立[自治体]病院(都道府県、市町村等の地方公共団体が開設する病院)、その他公的病院(日赤、済生会、 厚生連、北社協が開設する病院等)、社会保険関係団体病院(全社連、厚生年金事業振興団、船員保険 会、各種共済組合及びその連合会等の社会保険関係団体が開設する病院等)4)に分類される。この分類のなかで、旧国立病院は、中央省庁等改革の 一環として改革が行われ、また公立病院は、各自治体の財政改革とともに改革が行われている。 行財政改革と関係している国公立病院の経営改善において、組織再編とともに企業会計が及ぼした影響に研究の視点を置いている。わが国の医療は国民皆保険制度をとっていることから、 医療改革は、マクロ的観点からみて、財政改革と密接に関係している。またミクロ的観点からみて、医療改革は「費用対効果」による組織の経営改善に視点が向けられた。そのことが、これまでの官庁会計から、経営業績の評価と管理 (経営分析)を可能とする企業会計への移行をもたらした。 同様に、従来、わが国の医療保険及び介護保険制度にもっとも影響を及ぼしたドイツでも、 国(Staat)、連邦(Bund)、州(Land)、町(Stadt)、 郡(Kreis)等の医療機関の経営改善のため医療改革が行われている。ドイツの医療機関は、公的医療施設、非営利医療施設、民間医療施設と3つに分類されている5)。その背景には、高齢化社会にともなう医療費が年々上昇傾向にあり、それは財政を揺るがすものとなっていることがある。その結果、公的医療施設が民間医療施設に再編され、或は民間医療機関に買収されている(民営化)という現状がみられる。 次に、両国の医療機関の経営改善のため、経営組織が再編され、それにともなう会計制度に変化がみられることに焦点をあてることにする。したがって国立及び公立の医療機関へ民間的経営手法と企業会計を導入したことは、医療経営組織にどのような影響を及ぼしているかという4事例をとおして、非営利法人組織における 「会計の役割」を探究することにする。 Ⅲ わが国の国公立病院改革 日独の医療改革における「会計の役割」を探究するために、表1で示すように日独の医療改革を区分比較しながら考察する。まずは医療経営の改善基盤は民間的経営手法の導入、経営組織の再編にある。さらに経営業績の評価及び管理をするのが「会計の役割」である。以上の仮説のもとで、論究することにする。 前述の開設者別の病院の種類のなかで、従来の国公立病院における公会計では、補助金による運営、他会計繰り入れの会計処理が行われ、経営組織自体の経営業績を評価し、また管理するには不明瞭な会計処理であった。国公立病院は国及び自治体の財源を基盤に運営されてきたことから、国は行財政改革を行う一方、他方では医療機関には経営改善を求めた。つまり公立病院の場合には、総務省が「公立病院改革ガイドライン―実施プラン―調査結果」(Plan-DoSee-Check)に従って、企業会計の経営分析指標 「効率化にかかる目標数値例」を示し、自治体に公立病院の経営改善を迫った。 またこれまで民間医療機関では果たせない社会的役割を担ってきた旧国立病院の経営改善にも、以下のように企業会計の導入がみられる。 表1 日独医療改革の比較 出所:総務省及び厚生労働省資料、ドイツ商法及び社会法資料に基づき作成した。 *制度化されていない任意開示 (Röhn-Klinikum AG)。 1 国立病院の医療改革 国立病院は、2004年に独立行政法人国立病院機構(以降:国立病院機構)として中央省庁等の改革の一環として再編された。もともと国立病院は、旧陸海軍病院(146施設)を引き継いで発足し、戦後のGHQ(General Headquarters:総司令部(連合国最高司令官総司令部))の占領下で再編及び統合の過程を経て、採算性のない病院及び療養所は廃止された。2004年に本部の他に、 九州ブロック、中国四国ブロック・近畿ブロッ ク・東海ブロック・関東信越ブロック・北海道東北ブロック等、6ブロックに区分された。本部を入れて、143の国立病院機構として、厚生労働省の所管のもとで医療改革が行われた6)。 これまで当機構は特別会計であったが、2004年以降は企業会計原則が導入され、以下のような改革が進められてきた。 1)組織のスリム化として人件費削減、つまり国家公務員が減らされる。 2)余剰資産等の売却が行われ、また病院の統廃合及び再編、さらに国立病院の跡地が 売却されて、国庫に納付された。2014年には143病院(本部を含め)になる。 3)財政支出の削減のために、2009年から2011年にわたり運営費交付金が削減される。 4)その他、契約の適正化、共同購入によって、医療品の見直し及び医療機器の拡大等 に取り組むことで、診療業務部門(事業) 等に要する費用の削減が図られる7)。 以上の改革に基づき、人件費、運営費交付金、 医療費等の費用削減をめざした経営改善に、次のように企業会計が導入された。 当該機構の財務諸表は、独立行政法人会計基準に従って作成される。しかしこの基準に規定されていない会計処理は、企業会計原則に準拠することとなる。独立行政法人通則法 (以降: 通則法)第38条第1項により、毎事業年度、財務諸表を作成し、当該事業年度の終了年後3か月以内に厚生労働大臣に提出して、その承認を受けなければならない。なお通則法第39条に従って財務諸表、事業報告書(会計に関する部分に限定される)及び決算報告書について、監事の監査の他に、会計監査人の監査を受けなければならない。この会計監査人の選任は厚生労働大臣が行う8)。 以上の会計手続きのもとで、本部は143機構の統括財務諸表を作成している。その際、企業会計でいう部門別、つまり診療業務部門、研修教育業務部門、臨床業務部門等に区分された財務諸表(注4の会計規程第3条参照)が開示されている。また当該機構の総括財務諸表から明らかになるのは、表2に示すように、運営費交付金の減少に対して医業収益の上昇につとめていることである。 表2では、独立行政法人化後の企業会計導入 によって、2004年~2014年損益計算書(収益部) に表示された医業収益は上昇傾向にある。また グラフ1に示すように、貸借対照表における長期借入金の減少から支払利息の費用も減少傾向にある。このような国立病院機構内部における預託及び借入が本部を中心とした機構間で行われ、内部資金を保有するしくみとなっている。 企業会計導入前、2004年以前の決算書では、 旧国立病院は、「国立病院特別会計法」(昭和24年法律第190号)にもとづき特別会計をとっていた。独立行政法人化前の旧国立病院の財務諸表 (貸借対照表、業務費用計算書、資産・負債差額増減計算書、区分別収支計算書、注記)が開示されている。当該決算書では、他会計からの受け入れ (65,056百万円)が行われ、本来の医療機関としての診療収入(76,985百万円)と比較すると、約85%が他会計から繰り入れられている。その他、 旧国立病院の決算書では、一般会計への繰り入れ、国際整理基金特別会計への繰り入れ等、各国立病院の資金繰入の調整が行われ9)、各旧国 立病院自体の医療経営状況は不明瞭である。 表2 統括損益計算書における収益の部 出所:独立行政法人国立病院機構 : 平成16年度~平成25年度財務諸表より作成した。千円以下は四捨五入している。 グラフ1 長期借入金と支払利息の関係の推移 出所:独立行政法人国立病院機構平成16年度~平成25年度財務諸表より作成した。千円以下は四捨五入している。 2 公立病院の医療改革 他方、総務省の所管のもとで、公立病院の医療改革は、前述したように、2007年ガイドライン、2009年プラン、さらに2010年から実施調査結果が公表されている10)。この調査結果にしたがって、表3に設定された平均的経営目標指標から判断して、2007年~2014年までの間に、表4の結果からも公立病院では民間的経営手法が導入されて経営改善が行われていることが明らかになる。 公立病院は、自治体の地方公営企業と位置づけられ、財政健全化法(地方公共団体の財政健全化に関する法律[健全化法2009年])に従って進められた。健全化法に基づき財務状況の悪化した公立病院の経営見直しが行われる背景には、地方公共団体の財政を客観的に表示し、財政早期 健全化と再生の必要性を判断するもの(健全化判断比率)として、①実質赤字比率、②連結実質赤字比率、③実質公債費率、④将来負担比率等の4つの指標が掲げられ、それに基づき、健全化判断比率のいずれかが、早期健全化基準以上である場合には、当該健全化判断比率を公表して、年度末までに「早期健全化計画」を策定し、さらに再生判断比率(健全化判断比率のうちの将来負担比率を除いた3つの指標)のいずれかが 財政再生基準以上である場合には、同様に財政 再生計画を策定すること等が義務付けられた11)。 これらの比率の基準設定は、表5で示すように、公立病院の経営指標とともに開示されている。 この比率の基準に適合しない自治体は、公営企業の赤字及び債務を含めた連結評価が余儀なくされ、経営状況の悪い公立病院は自治体との連結評価からの切り離しが行われることとなった。その結果、公立病院は、独立行政法人化、 指定管理者制度、民間譲渡という組織替えの選択をせざるをえないことになる12)。これまで公立病院の経営状況が良くない場合には一般会計負担金の繰り出しが行われ、自治体からの地方交付税或は国庫補助金による補助が行われてきた。2009年度から2013年度までには公営企業法の財務適用が全部適用になった病院は114から 2013年度末には358となった13)。 経営指標の数値は、企業会計の経営分析によって設定された数値である。従来の経常収支 が赤字であった病院数を黒字の病院へ引き上げるための目標数値である。つまり経営業績を評価し、管理(外部管理と内部管理)する会計が、 表5で示す公立病院の経常収支比率を引き上げ、 病院経営改善のための目標指標となった。 厚生労働省は、わが国の医療機関における共通した会計基準を設定するために、他開設主体の独自の会計基準があることも考慮して、「医療法の一部を改正する法律の一部施行について」(1992年健政第418号通知)において、病院を開設する医療法人の会計処理は、原則として 「病院会計準則」により会計処理するものとしている」(同通知第三2⑵)と定め、国公立病院は、病院会計準則に従って財務諸表を作成し、公開している14)。 他方、公的医療機関の減少は、ドイツにおける設置者別の医療機関数の推移(グラフ2)にみることができる。 表3 総務省による公立病院改革における経営効率化にかかる目標数値例 出所:総務省、『公立病院改革ガイドライン』「経営効率化にかかる目標数値例、2007年より抜粋。病院規模及び採算性の有無に従った経営効率化の目標値を公表しているなかで、別紙1で、上表のような「主な経営指標にかかる全国平均値の状況:平成18 年度」を示している。 表4 地方公営企業における病院事業の組織再編 出所:総務省、「地方公営企業の抜本改革の取組状況」(平成25年4月現在)の調査状況が示されているが、この報告書では公営企業型地方行政法人制度の導入の病院数については、まだ明確な結果は得られなかった。 表5 公立病院の全国平均経営指標 出所:総務省、公立病院『病院経営分析比較表』より作成した。 グラフ2 ドイツ医療開設者別の医療施設数 注1)教会、福祉、民法上の財団、非営利法人団体の施設。 出所:Statistisches Bundesamt, Gesundheits,Kostennachweis der Krankenhäuser, 2009, S. 3, S.13 より作成した。 Ⅳ ドイツにおける医療機関改革 グラフ2が示すように、ドイツの医療機関は、連邦統計局の統計では3つの医療機関開設者 (Trager)に分類され、公的医療機関は減少傾向にある。それに対して民間医療機関は増加している。これは、不採算の公的医療機関が廃止或いは統合されたか、または民間の医療機関に買収されて、公的医療機関が減少していることを示している。 公的医療機関の減少の根拠には、2つの民営化がある。1つめの民営化は、公的医療機関の組織変更である。2つめの民営化は、大規模な民間病院による公的病院の買収(M&A)である。すなわち州、郡、市、町の公的医療機関、大学病院等、赤字経営に陥った医療機関は、形式的民営化(組織変更等)、或は実質的民営化(民間医療機関へ譲渡或は買収される等)の選択肢をとらざるを得ない15)。 その2つの民営化の事例を取り上げて考察する。 1 公的医療機関の民営化 代表的な形式的民営化には、Vivantes GmbH16) が挙げられる。この医療機関は、2000年公的組織から有限会社(GmbH)へ組織再編した。この組織再編直後は、表6に示すように、損失が生じていた。しかし組織変更後は、人件費の削減につとめ、企業と同様に、商法に従った個別決算書と連結決算書を作成している。2000年に民営化した公的医療機関は、2008年までに経営戦略が実行されることになっていた(表7)。そのため、経営における費用削減は人件費、病床数に向けられている(グラフ3)。 Vivantesは、ベルリン州100%所有の有限会社へ組織替えをした。この組織替えによって、ベルリン州の資本所有のもとで、商法(HGB) の会計規定に従って、Vivantes GmbHグループの連結決算書が作成されることになった17)。 2つめの民営化は、公的医療機関が企業によって買収されるケースである。 グラフ3 国州立医療病院グループの病床数と入院患者数の推移 出所:Vivantes Kliniken GmbH, Geschäftsbericht 2004 ~ 2013 より作成した。 表6 ドイツ国州立病院 (Vivantes Kliniken GmbH) グループの組織再編直後の営業状況 出所:Vivantes Kliniken GmbH, Geschäftsbericht 2003~2005 より作成した。( )は損失である。/は開示されていない。 表7 ドイツ国州立病院 (Vivantes Kliniken GmbH) グループの営業状況 出所:Vivantes Kliniken GmbH, Geschäftsbericht 2004~2013 より作成した。/は開示されていない。 2 企業買収による民営化 これまでドイツの医療市場を支配していたの は、HELIOS-Klinike GmbH, Asklepios-Kliniken GmbH, Röhn-Klinikum AG, Sana-Kliniken AGの4つの大規模民間医療機関グループであった。これらの4つの医療機関グループがドイツの医療市場の大部分を占めている。基本的には病院を中心として、リハビリ、介護、診療所等の施設と連携した組織となっている(表8)。 しかし2013年以降、これまで多くの医療機関を買収してきたRöhn-Klinikum AGが、医薬品及び医療機器の開発、製造、販売会社である Frezenius欧州株式会社の傘下にあるHELIOSKliniken GmbHに買収され、2014年には欧州における最大の医療機関グループが誕生した18)。 Röhn-Klinikum AGは、これまで大学病院、公的医療機関を買収してきた。2006年には買収した12施設の医療機関のうち、9施設は公的医療機関である。またAsklepios-Kliniken GmbHも、 これまで州立病院(LBK Hamburg)等を買収してきた。表9に示す民間医療機関による公的医療機関の買収は、実質的民営化とみなされる。 医療機関の統合は、製薬及び医療費の上昇傾向に対処するための現象である。また医療からリハビリ、介護等のサービスの拡張は、医療機関のグローバル化を進め、これまでの間接金融の資金調達が、資本市場における資金調達である直接金融へ移行することになった。そのことは、会計制度にも影響している。つまり欧州証券取引所へ進出する上場企業と同様に、国内の会計基準に従った連結決算書に国際的財務報告会計基準(IFRS)を適用した財務諸表が開示されることになる19)。 表8 ドイツ4大コンツェルン医療機関の病床数と従業員数 出所:Röhn-Klinikum AG, HELIOS-Kliniken GmbH, Asklepios-Kliniken GmbH, SANA-Klinken AG, Geschäftsbericht 2008-2012より作成した。 表9 2003年~2004年における主要な買収医療機関 出所:Zech, Markus, Die Privatisierung öffentlicher Krankenhäuser in der Bundesrepublik Deutschland, S. 28. in : Gesundheitsreport HPS Research vom 05. 01. 2004. より抜粋。 Ⅴ 非営利組織における「会計の役割」 以上、わが国における公的医療機関の医療改革とドイツの2つの民営化にみられる会計制度の変化をとおして、非営利組織における「会計の役割」について考察してきた。そのなかで、「非営利組織における会計の目的と非営利組織の特殊性から、①内部管理の目的、つまり組織の課題遂行のために、管理は実質的に会計情報に遡ることになる。②外部管理の目的、営利組織と同様に非営利組織においても情報の非対称性から、公開された会計情報が投資家の意思決定にとっても重要となる。」20)ということがいえる。つまり両国の医療改革は、非営利組織に 「営利組織における会計」の影響を及ぼした。 Ⅵ おわりに これまでの日独の医療改革をとおして、非営利組織における「会計の役割」について検討した。その際に、前述した医療制度改革の3つの骨格のもとで、多面的に医療改革が進められてきた。厚生労働省の所管のもとで、医療経営改善のために、組織内部では、さまざまな医療改革(DPC導入、看護基準、病床数削減、ジェネリック製薬の利用、医療ミス等の危機管理等)が行われている。そのなかで経営改善のために、経営組織の再編、民間的経営手法の導入がみられる日独の医療改革を比較して「会計の役割」を考察してきた。 その結果、「小規模の非営利組織では、最も簡単な形式で収支計算ならびに財産目録だけが会計に含まれていた」21)。しかし、これは複雑な営業取引を記録する必要がなかった組織である場合である。組織の規模が大きくなると、比較的複雑な取引を対象とすることから、会計の表示能力にも複式簿記が必要となる。これを基礎として年度決算書が作成される。組織の規模に従った損益計算書、貸借対照表、附属明細書等の財務諸表が求められる。さらにキャッシュフロー計算書、自己資本変動計算書、状況及び 業績報告書が必要となる。したがって連結財務諸表では、多くの連結組織において要約された年度決算書が含まれた会計情報が求められることになる22)。従来の行政と自治体(たとえば官庁)の伝統的な会計制度であるカメラル会計 (Kameralistik)は、「成果経済の意思決定の資料としてはますます否定され、実務の意義は消失している」23)とあるように、簡単な収支計算だけにとどまらず、これまで述べてきた非営利組織を取り巻く現状を考慮すれば、この見解は無 視できない。 本稿では言及しなかったが、医療経営の改善には「医療の質」の維持及び向上が重視されなければならないことは言うまでもない。非営利法人組織における「会計の役割」に絞って考察した。 その結果、非営利法人組織の会計は、「費用対効果」の経営改善が求められる以上、経営の業績評価と管理(外部管理と内部管理)のための役割を担うことになる。さらに資金調達方法に従った資金提供者に対する会計報告が求められる「説明責任」の役割を担うことになる。 本稿は、非営利法人組織における会計の役割について、具体的な会計処理による医療経営に及ぼす影響と資金調達方法に従った「説明責任」については、今後の研究課題である。 [注] 1) 杉山幹夫、石井孝宜、五十嵐邦彦編著『医療法人の会計と税務』(八訂版)、同文館出版、 2014年、7頁。 2) 本稿で、非営利法人組織としているのは、営利を目的にしていない組織と法人を対象としている。というのは地方公営企業の公立病院、また民営化された病院は民間病院として法人格を有しているので、医療改革をとおして、組織が公から民への移行にした法人を含めた 非営利組織に言及しているからである。 3) Zimmer, Annette/Priller, Eckhard/ K.Anheier, Helmut, Der Nonproft-Sektors in Deutschland, in:Simsa/Meyer/Badelt (Hrsg.), Handbuch der Nonprofit-Organisation,5. Auflage, Stuttgart 2013, S. 15. 4) 厚生労働省大臣官房統計情報部人口動態・保健社会統計課保健統計室「医療施設調査・病院報告」で開設者別の病院が分類されている (厚生労働省[http://www.mhlw.go.jp/]参照)。 5) Statistisches Bundesamt,Gesundheits 2013, Grunddaten der Krankenhäuser, Anteil der Krankenhäuser nach Trägerschaft 2013. 連邦統計局の統計によれば、2013年には1996病院 数のうち、公的病院が占める割合は29.9%、 非営利病院は35.4%、民間病院は34.8%を占め ている。 6) 2003年独立行政法人国立病院機構(http:// www.hosp.go.jp/)。2015年4月以降国立病院機構の従業員は非公務員となる。 7) 厚生労働省、『独立行政法人国立病院機構の組織・業務全般の見直し当初案について』、 (平成25年9月26日)、「国立病院改革案について」説明資料参照。 8) 国立病院機構、独立行政法人国立病院機構会計規程(平成16年4月1日規程第34号)第1章 総則 第2条参照。 9) 「国立病院特別会計事業の概要」(厚生労働省http://www.mhlw.go.jp/参照)。 10) 総務省、公立病院改革ガイドライン(平成19 年12月24日)、公立病院改革プランの実施状況 等(平成23年9月30日現在)、公立病院改革プラン実施状況等の調査結果(調査日:平成26年3月31日)参照。 11) 総務省、「平成24年度決算に基づく健全化判断比率・資金不足比率の概要」(平成25年11月29日)9頁。 12) 総務省、公立病院改革ガイドライン(平成19 年12月24日)参照。 13) 総務省、「公立病院改革の概要」(公立病院改革プランの実施状況等)5頁、資料3参照。 14) 拙稿、「公立病院改革における現状と課題― 民間的経営手法の導入による会計の役割を通して」『経理研究』第57号、189-190頁(2014年3月10日)。みすず監査法人編著『病院会計と監査』じほう、3-10頁、2007年。 15) Bericht der Arbeitsgruppe des Vorstandes der Bundesärztekammer, Zunehmende Privatisierung von Krankenhäusern in Deutschland, 2007, S.45. 16) Vivantes GmbH Gesundheit, Geschäftsbericht 2013, S.1. 17) Vivantes GmbH Gesundheit, Geschäftsbericht 2003-2013. 18) 拙稿、「ドイツ医療機関の現状と経営分析─ 会計的観点からの我が国の医療改革との関連において─」『会計』第182巻第2号、124- 138頁、2012年。 19) 拙稿、「非営利組織への民間的経営手法導入における会計の役割─公立病院の医療改革を中心として─」『会計』第184巻第3号、20- 25頁、2013年。 20) Horak, Christian/Baumüller, Josef, 9. Controlling und Rechnungswesen in NPOs, in:Simsa/Meyer/Badelt(Hrsg.), a. a. O., S. 322-323. 21) Simsa/Meyer/Badelt (Hrsg.), a. a. O., S. 323. 22)Simsa/Meyer/Badelt (Hrsg.), a. a. O., S. 324. 23)Ebenda. [参考文献] Bruhn,Manfred,Qualitätsmanagement für Nonprofit-Organisationen,Wiesbaden 2013. Kuntz, Lüdwig/Bazan, Markus(Hrsg.), Management im Gesundheitswesen,Wiesbaden 2012. Simsa/Meyer/Badelt(Hrsg.), Handbuch der Nonprofit-Organisation,5. Auflage,Stuttgart 2013. Steymann, Gloria, Vertrauen bei Megers & Acquisitions, Wiesbaden 2012. あずさ監査法人編『公立病院の経営改革』同文館出版、2010年。 新日本有限責任監査法人編『独立行政法人会計基準』白桃書房、2013年。 杉山幹夫、石井孝宜、五十嵐邦彦編著『医療法人の会計と税務』(八訂版)、同文館出版、2014年。 みすず監査法人編著『病院会計と監査』じほ う、2007年。 [参考論文] 拙稿「公立病院改革における現状と課題─民間的経営手法の導入における会計の役割を通して─」『経理研究』No.57、184-198頁、 2014年。 ──「非営利組織への民間的経営導入における会計の役割─公立病院の医療改革を中心として─」『会計』第184巻第3号、15-28頁、2013年。 ──「医療改革のもとでの病院経営分析の課題─ドイツ・コンツェルン医療機関を中心として─」『経理研究』No.56、300-316頁、 2013年。 ──「ドイツ医療機関の現状と経営分析─会計的観点からの我が国の医療改革との関連において─」『会計』第182巻第2号、124 -138頁、2012年。 (論稿提出:平成26年11月28日) ( 加筆修正:平成27年3月30日)
- ≪査読付論文≫公益法人制度の昭和改革と平成改革における組織転換の研究1) / 出口正之 (国立民族学博物館教授)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 国立民族学博物館教授 出口正之 キーワード: 公益法人制度改革 上方転換 中間転換 下方転換 クリープ現象 公益目的支出計画 学校法人 社会福祉法人 要 旨: 本稿は「明治以来の110年ぶりの改革」と言われる公益法人制度改革について、あえて第 二次世界大戦後の公益法人から学校法人・社会福祉法人への組織変更を「昭和改革」とし、 今般の「平成改革」での移行とを比較したものである。組織変更と移行とを「転換」とい う用語で一括りにした上で、昭和改革の組織変更は制約と効果の増大を明確にもたらす「上 方転換」、平成改革のうち一般法人への移行を制約と効果の減少を明確にもたらす「下方転 換」、公益法人への移行を両者の中間にある「中間転換」と位置づけた。その上で、政策人 類学的な手法を用いながら、今改革の中で「行政の法令に対する忍び寄る歪み」として定 義される「クリープ現象」の存在を明らかにした。 構 成: I はじめに II 私立学校法・社会福祉事業法の成立と学校法人・社会福祉法人 III 「上方転換」としての学校法人・社会福祉法人への組織変更 Ⅳ 平成改革における移行 Ⅴ 一次資料から見る学校法人・社会福祉法人の組織変更 Ⅵ 平成改革の「フィールド」の実態 Ⅶ 平成改革における「クリープ現象」 Ⅷ おわりに Abstract This research compares the Showa reform with the Heisei reform of Public Interest Corporations (PICs), although the radical reform of PICs in 2008 is explained to be the first reform in 110 years since enforcement of Civil Code in Meiji era. The Showa reform of PICs is new legislation for School Corporations and Social Welfare Corporations enacted in 1950ʼs. Changing into School Corporations and Social Welfare Corporations from PICs causes, definitely, to increase both legal effect and regulatory oversight, transformation to School and Social Welfare Corporation is named as “Upper Transformation” and moving to General Corporations from PICs is called as “Lower Transformation” adversely. Changing into new PICs from old PICs is between them and is installed as “Mid-stage Transformation”. Taking the anthropology of policy, the paper finds “Creep Phenomena” of the new reform that is defined as “ministerial creeping skew to laws”. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 今般の2006年の「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」(平成18年法律第48号。以下 「一般法」という)、「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」(平成18年法律第49 号。以下「認定法」という)、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律及び公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(平成18年法律第50号。以下「整備法」という)のいわゆる公益法人制度改革関連三法に伴う公益法人制度改革は「明治以来の110年ぶりの改革」と形容されることが多い(たとえば内閣府2014a、公益法人協会2014)。もちろん、公益法人の民法の関連規定を改正したのは、110年ぶりのことであり、こうした主張は疑いようがない。しかし、第二次世界大戦後の私立学校法(昭和24年12月15日法律第270号)の成立による学校法人の創設、社会福祉事業法(現社会福祉法。昭和26年3月29日法律第45号)の成立による社会福祉法人の創設は決して小さな出来事ではなかった。現代の公益法人制度改革と比較した場合、第一に、公益法人から別法人への「組織変更」ないし「移行」 (両者を指す用語として本稿では以下「転換」という 用語を使用する)が行われたこと。第二に多数の法人が関わったこと。第三にそれらの転換が期間集中的に役所の管理下のもとで行われたこ と。以上3点の共通点が認められる。そこで、本稿では、第二次世界大戦後の両法の施行並びにそれに伴う組織の変更を公益法人の「昭和改革」と呼び、今般の改革を「平成改革」と称して両者を比較してみることとした2)。 学校法人、社会福祉法人の誕生によって裁量権に着目して「許可主義から認可主義の原則」 へと変わったという理解が一般的である(たとえば田中1980)。ただし、学校法人については立法に関わった福田繁・安嶋彌(1950)が学校法人の設立は特許であるとしており、特許説、認可説についても諸種あるところである(市川2004)。また、昭和改革の時には行政手続法(平成5年11月12日法律第88号)が存在しなかったことにも留意が必要だ。こうした観点から「昭和改革」においては、公文書などできるだけ一次資料に当たりながら、法律との距離感を見るこ とによって組織変更の実態を探った。また、平 成改革については、「政策人類学」(anthropology of policy)を提唱するShore and Wright(1997) における「フィールド」の定義に基づき、「フィールド」の現場を踏まえた。Shore and Wrightの定義する「フィールド」とは、「政策 は政府のプロセスやエージェントの強力な概念的な分析道具となる。それは『フィールド』の抜本的な再概念化という可能性を秘めている。 つまり、フィールドとは、限られた地域的な部分としてのものではなくて、権力とガバナンスのシステムを通して明瞭に区切られた社会的かつ政治的な空間として存在する」(Shore and Wright 1997:p.14)というものである。ここで再概念化しようとする、もともとのフィールドとは社会人類学者がフィールドワークを行う場としてのフィールドであるが、それを「権力とガバナンスのシステムを通して明瞭に区切られた社会的かつ政治的な空間」として、再定義することによって、社会人類学者もその研究対象 に入っていくという宣言である。これは、言い換えれば、社会人類学者による政策研究の開始宣言に近いものといえるだろう。 Shore and Wrightはヨーロッパを研究対象としていた社会人類学者であったが、EUの政策を目の当たりにして、政策研究に独自の文化的視点を入れてきたものである。近年では、観光、マーケティング等の分野を研究対象として、人類学の素養を使用する「応用人類学」という分野が注目されているが、広い意味では政策人類学もそのような範疇にも入るものと考えられる3)。 筆者は第1期、2期(2007-2013)の内閣府公益認定等委員会委員として直接移行認定、移行認可の作業に関わった。そこは言うまでもなく「権力とガバナンスのシステムを通して明瞭に区切られた社会的かつ政治的な空間」である。 移行認定・移行認可の状況を把握し、単に法律上の相違だけではなく、「フィールド」で得られた知見と共に両者を比較した。そのような手 法をShore and Wrightに依拠して「政策人類学」と呼ぶならば、本研究は「政策人類学的手法」を用いた政策研究となる。ただし、依拠したものはすべて公表資料に限定した4)。 Ⅱ 私立学校法・社会福祉事業法の成立と学校法人・社会福祉法人 第二次世界大戦後、学校に対して公金の拠出が望まれていたが、憲法第89条には「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない」の後段(下線部 引用者)の解釈により、 公金の支出ができないものと考えられていた。 そこで、助成に関する必要規定を新たに設けて、公益法人とは別枠をつくることが構想された。そのことで「公の支配」に属する教育の事業で あることを示し、学校法人というものが設けられたのである(福田・安嶋1950、長峰1985、初谷 2001、堀2007)。 私立学校法では、評議員や残余財産の取扱いなどが盛り込まれ、さらに民法34条法人では法律上疑義のあった、収益事業が明確に規定された5)。私立学校法の成立に直接関与した福田繁・安嶋彌によると、監督を規定した私立学校法第5条は監督の制限、監督事項の限定列挙であり、他方で同法59条は憲法89条の「公の支配」との関係から、助成を受けた学校法人及びその設置する学校に対して、所轄庁は学校教育法等に規定する監督権外の規定を設けたものであるという(福田・安嶋1950)。 社会福祉事業法についても、基本的には先行した私立学校法と同様の理由があげられる(木村忠二郎1951)。ただし、この間のGHQの影響がより一層明確に指摘されている(吉田1989、秋葉2008,2009)。GHQは昭和21年10月「政府の私設社会事業団体に対する補助に関する件」で、 国庫資金及び府県または市町村は、私設社会事業団体の創設・再興に補助金を交付してはならないとの通牒を、都道府県に発することを厚生大臣に迫ったこととされている(吉田1989: 336)。このような「公私分離」についてのGHQ の影響と憲法89条問題については、社会福祉法人研究ではすでに定説化しているといえる(例えば、安立清史1998,2008)。 Ⅲ 「上方転換」としての学校法人・ 社会福祉法人への組織変更 昭和改革において、公益法人からの新法人への組織の変更は寄附行為(ないし定款)の変更の認可に伴う「組織変更」という形態がとられた(私立学校法附則第3項、社会福祉事業法附則第12項)。平成改革では、移行期間中に存続する旧公益法人である「特例民法法人」(整備法第42条)はいったん解散の登記を行って新法人を登記する「移行」が行われ(整備法第106条第1項)、この点は大きな違いである。 私立学校は、「この法律施行の際現に民法による財団法人で私立学校(学校教育法第98条の規定により存続する私立学校を含む。)を設置しているもの及び学校教育法第98条の規定により存続する私立学校で民法による財団法人であるもの (以下「財団法人」と総称する。)は、この法律施行の日から一年以内にその組織を変更して学校法人となることができる(附則第2項)」となっており、具体的手続きとして、組織変更のため必要な寄附行為の変更をし、所轄庁の認可を受けなければならない(附則第3項)と、「所轄庁の認可」による寄附行為の変更によって組織変更を行うこととしていた。なお、財団法人の寄附行為の変更に当たっては、「この場合においては、財団法人の寄附行為に寄附行為の変更に関する規定がないときでも、所轄庁の承認を得て理事の定める手続により、寄附行為の変更をすることができるものとする」(附則第3項後段) と寄附行為変更特例が定められた6)。 社会福祉事業法でもほぼ同様の規定が設けられた。「この法律の施行の際、現に民法第34条の規定により設立した法人で、社会福祉事業を経営しているもの(以下「公益法人」という。)は、 昭和27年5月31日までに、その組織を変更して社会福祉法人となることができる」(社会福祉事業法附則第11項)。定款または寄附行為の変更の厚生大臣の認可と、寄附行為変更の特例(附則 12項)が定められた。両者の違いは、私立学校が財団法人に限った組織変更であるのに対して、社会福祉法人は社団法人及び財団法人である点と、前者は所轄庁の認可、後者は厚生大臣の認可とされていた点である。 両者は民間の自主性という前提はあるものの、 助成金や補助金など公的資金を受け入れることを可能にするという効果と「公の支配」を明確 化するための監督の強化という制約を受け入れるということが盛り込まれた形での制度ができ上がり、組織変更が行われたのである。公益法人との比較においては、明らかに効果も制約も大きくなる組織転換であるので、ここではそれ を「上方転換」と呼んでおこう。 なお、ほぼ同時期の改正医療法に基づく医療法人の新設は、民法34条法人設立の簡易化を目指したものである。昭和25年の国会での立法趣旨説明では「病院等を建設して、医療事業を行おうとする場合においても、その経営主体が法人格を取得することが困難であつて、(中略)本事業の経営主体に対して、容易に法人格取得の道を与えるために、この際医療法の一部を改正して、医療法人の章を追加しようとするものであります」(国会議事録1950a)と述べられている。 つまり、医療法人制度の新設は学校法人等とは方向性が逆で、新設の法人の設立簡易化のためにつくられた制度である。制度の対象は、既存公益法人ではない新設法人で、民法34条法人からの「転換」は想定されておらず、解散して新規に医療法人になる道はあるものの税の観点を含めてメリットがない旨の国会答弁もわざわざなされている7)。これは特定非営利活動促進法が施行されても、公益法人から特定非営利活動法人への転換が意図されていないことと同じである。そこで、学校法人・社会福祉法人との相違が明確になるように、転換の必要性が立法時に意図されて無いという意味でこれを「無転換」と呼んでおこう。 Ⅳ 平成改革における移行 1 「中間転換」としての公益法人への移行 公益法人の平成改革は以下の三点から成り立っている。第一に公益法人の設立の許可及び 監督を主務官庁が行う旧来の制度を改め、登記のみで法人が設立できる制度を創設した(一般法)。 第二に、そのうち公益目的事業8)を行うことを主たる目的とする法人については、行政庁 (内閣総理大臣又は都道府県知事)が、民間有識者からなる合議制の機関の意見に基づき、公益法人に認定する制度を設けるとともに、公益法人による当該事業の適正な実施を確保するための措置等を定める制度を創設した(認定法)。 第三に中間法人及び現行公益法人に係る経過措置等を定めたものである(整備法)。 新規の認定である公益認定については認定法第5条に認定要件が列挙され、これまでのよう に不透明な許可及び指導監督から、法令に基づ く認定・監督へと変わった。 公益法人の平成改革における組織転換である移行については、平成20年12月1日の法律の施行から、従来の公益法人は特例民法法人となり (整備法第42条)、5年の間に公益法人への移行認定申請を行うか、一般法人への移行認可申請を行うこととなった(整備法44条、45条)。移行期間の満了の日までに移行の申請を行わなかった法人は解散したものとみなされる(整備法第 46条第1項)。 特例民法法人の公益法人への移行については整備法第1章第4節第4款(第98条-第114条) に、同じく一般法人への移行については同5款 (第115条-第132条)に規定された。昭和改革と比べるとほとんどのことが法律で規定されていた。移行認定においては、①定款の変更の案の内容が一般法及び認定法並びにこれらに基づく命令の規定に適合するものであること。②認定法第5条各号に掲げる基準に適合するものであることの二点をもって認定をすることとなっていた(整備法第100条) そこで、認定法第5条を概略見ていこう。いわゆる収支相償規定(6号)9)というフロー上の要件、遊休財産の保有の制限規定(9号)10)というストック上の要件、さらに公益目的事業比率50パーセント以上の公益目的性要件(8号)11) の財務基準が設けられた。これらはすでに「財務三基準」と呼ばれることが一般化している (たとえば、江田2012)。 その他に、「特別の利益」を与えないことなどの適正運営関連の要件が法定された。 また、従来、法令上、行いえたか否かが不透明だった収益事業等についても認定法第5条7号で「公益目的事業以外の事業(以下「収益事業等」という。)を行う場合には、収益事業等を行うことによって公益目的事業の実施に支障を及ぼすおそれがないものであること」(下線部 引用者)とされ、公益法人行政上初めて収益事業に関する規定が法定されたのである。なお、 ここでの「収益事業」は税法上、私立学校法上、さらに社会福祉法上の「収益事業」とそれぞれ異なることに留意が必要である(出口2014)。 なお、特例民法法人から公益法人への移行は、 寄附金に対する税制優遇のある特定公益増進法人となるものの、認定法の制約が従来の指導監督基準をベースにしていること、また、特例民法法人の中には既に特定公益増進法人であったものが存在することから、効果、制約の両者を比較しても、「明らかに上方転換」とも「明らかに下方転換」とも言えない。そこで、本稿では、特例民法法人から公益法人への移行については両者の中間にある「中間転換」と呼んでおくことにする12)。 2 「下方転換」としての一般法人への移行 公益法人制度の昭和改革は憲法89条の「公の支配」の強化に伴う「上方転換」であり、目的を変更して公益法人に留まるという選択肢まで剥奪されていなかったとはいえ、事実上、従来の活動を継続するには学校法人・社会福祉法人への組織変更を行わざるをえなかったものと考えられる。 これに対して平成改革で行われた移行では、 特例民法法人に対して、公益法人への移行認定または一般法人への移行認可への申請という2つの選択肢が明確に与えられていた。移行認定を受けた法人は、税制上の優遇措置をはじめとする効果を享受できるが、他方で、法令で求められた組織運営を行い、事後的監督に服し、認定取消しに伴うリスクを負うこととなる。このため、認定を受けるか否かは、認定により享受できる効果と認定に伴い服すべきものとなる制約とを法人自身が比較衡量した上で、その自主的な選択に委ねる制度となっている(整備法第 44条)。その結果、同種の特例民法法人が、一方は公益法人へと移行し、他方は一般法人へと移行するということも、事前に想定されていた。 また、「上方転換」である学校法人・社会福祉法人への組織変更、「中間転換」である公益法人への移行と異なり、一般法人への移行は、効果は小さくなるものの、制約もまた小さいわけであるから、「下方転換」と呼ぶべき組織転換であった。その際、移行については一旦、形式上、解散の登記をすることになるので(整備法第159条)、問題となるのは旧民法72条との法律的な整合性である。閣議決定においては、「財産の承継に関する条件を付すこと」とされており13)、法人の財産を承継しつつ、旧民法のシ・ プレ原則を保持させるという難しい立法技術を要する措置としての「移行後も公益目的に使用しなければならない財産額」(以下「公益目的財産額」という)を支出する「公益目的支出計画」 が盛り込まれた(整備法第119条)。その際「財産額の算定の考え方として、現行の公益法人が解散した場合の残余財産に相当する額ということで、公益目的財産額というものを考えるという形」(内閣府公益認定等委員会2007b)としていた。 認可の要件は、①定款の変更の案の内容が一般社団・財団法人法及びこれに基づく命令の規定に適合するものであること、②公益目的支出計画が適正であり、かつ、当該認可申請法人が当該公益目的支出計画を確実に実施すると見込まれるものであること(整備法117条)となっていた。 移行認定と同じく、移行認可についても、内閣総理大臣は公益認定等委員会(整備法113条第3項)に、都道府県知事は合議制機関(整備法 138条第3項)に諮問しなければならない。 Ⅴ 一次資料から見る学校法人・社会福祉法人の組織変更 1 学校法人の「上方転換」の「フィールド」 の実態 昭和改革については、国立公文書館において実際の組織変更の申請書・稟議書を調査した。学校法人については、私立学校法施行規則(昭 和25年3月14日文部省令第12号)附則第2項に従って、以下の書類が添付されている。学校法人寄附行為(新寄附行為)、財団法人寄附行為(旧寄 附行為)、理事会決議書、財産目録、不動産の権利の所属についての証明書、動産の価格評価書、有価証券及び預金の現在高証明書、変更後2年の事業計画及びこれに伴う予算書、役員の就任承諾書・履歴書・身分証明書及び教職的確確認書・判定書の写、役員のうちに各役員についてその配偶者または三親等以内の親族が含まれていないことを証する書類、私立学校の学則、財団法人の登記簿の謄本が添付されている。この中で詳細に記述されているものは財産目録である。会計の書類上、財産目録が最も重視されていたことがわかる。 当時の基本財産は土地、建物、設備、機械、 図書、標本、什器があげられ、いずれも実物資産である。他方で、運用財産は、株式・現預金を含む金融財産があげられ、その点でこの区分は極めて明瞭である。私立学校法で初めて明文の規定ができた収益事業に関しての土地・建物については、区分して計上されている。土地建物について登記簿の複写が添付され、動産については、動産評価委員会が設置され、評価を行っている。 また、身分証明書については本籍地の役所より、「1 禁治産、準禁治産の宣告を受けたことはない、2 破産、家資分散の宣告又は身代限の処分を受けたことがない」という証明書が発行、 添付されている14)。 以上の通り、学校法人に関しては、法令に則った形で、申請書類添付書が構成されている ことがわかる。事務作業は、手書きやガリ版刷りが駆使されており、二部を作成しなければならなかったことも併せて、1年の期間での法人の事務作業は相当大きかったものと推察される。 上申されている意見は、1.続き(適法である)、 2.変更後の寄附行為(適法かつ妥当と認める)、 3.資産(教育の継続上支障がないと認める)、4.新寄附行為にのっとって適法に選任された役員である、5.結論(認可して差し支えないものと認め る)となっている(カッコ内は標準的な記載)。但し、役員については、「当分の間、従前の役員とするものであるが、差支えないと思う。」という表記も認められており、新役員選任については、柔軟な対応がとられている。 2 社会福祉法人の「上方転換」の「フィールド」の実態 社会福祉法人については、「起案事由」として、学校法人の「1.手続きから5.結論」までの 「意見」と同様のものが添付されている。但し、 社会福祉法人の最終的な認可者は厚生大臣であり、都道府県の組織変更の申請副申書(都道府県の意見)も添付されている。都道府県作成による申請副申書は「1.総括的所見、2.調書、2 -1定款準則と相違する箇所、2-2事業、2 -2-1社会福祉事業、2-2-2附帯事業、 2-2-3収益事業、2-3資産の適当な理由、 2-4寄附財産、2-5事業計画、収支予算、 財源の適当な理由、2-6両局長通知記第一の三(イ)、(ロ)に関する意見、2-6-1役員の選考について法第15条に規定する公私分離の原則について、2-6-2役員の法人運営についての 理解と熱意、2-7その他必要と認める事項に関する報告若しくは意見(添付書類の内容、施設の届出認可等について)となっている。認可書に当たっては、北海道の財団法人Aの認可に関して以下のような記載もあった。 「申請書には左の点に不備があるので、認可書交付までに修正するよう北海道庁を通じて連絡済みである。1.定款第24条『掲示するか又 は』を『掲示するとともに』に改めること 2. 定款第13条第2項に「積立金9,028円96銭」を基本財産として挿入すること 3.昭和26年度又は昭和28年度予算書事業計画を追送させること 4.負債の返済計画をもっと具体的に作成すること 5.財産目録の負債の後に「差引正味財産 1,827,228円96銭」を入れること 6.役員の住所の番地について細かいミスがあるから修正すること 右の点の書類を具備すれば認可しても差し支えないものと思料する。」。 以上の通り、所轄庁が直接認可した学校法人と異なり、厚生大臣認可の社会福祉法人には都道府県を通じた法人とのやりとりの記載が残っている。申請副申書1総括的所見には、法人の設立の経緯や運営の状況とともに、熱意や理解に関する記述が特掲されており、同書2-6の 「両局長通知記第一の三(イ)、(ロ)に関する意見」 というものの存在が際立っている。 例えば、財団法人Aでは「(役員は)いづれも地域社会の民間人であり、法第5条に規定する公私分離の原則に違肯しない」となっており、民間人が役員を務めることが社会福祉事業法第5条の公私分離の原則の重要事項として認可の過程で確認されていたことがわかる。また「役員の法人運営に対する理解と熱意が充分に認められる」と評価されている(財団法人A組織変更 国立公文書館蔵)。 「公私分離の原則」については、法律上は、同5条第1項第2号(現社会福祉法第61条第1項第2号)の「国及び地方公共団体は、他の社会福祉事業を経営する者に対し、その自主性を重んじ、不当な関与を行わないこと」を根拠にしているものと考えられる。憲法89条を根拠に持つ「公私分離原則」から役員人事に民間人のみが役員を務めることが導き出されていたことは、 その後の公益法人天下り問題を考慮するうえで意義深い。また、(ロ)として役員の「理解と熱意」という精神要件が認可事項として特掲され ていたことが判明した。これは厚生労働省の 「『社会福祉法人の認可』について」に受け継がれ、「⑴理事は、社会福祉事業について熱意と理解を有し、かつ、実際に法人運営の職責を果たし得る者であること」という記述が現代も生きている。「熱意と理解」の解釈の運用によっては、所轄庁の裁量が非常に大きなものとなってこよう15)。 Ⅵ 平成改革の「フィールド」の実態 平成改革では、平成20年12月1日時点での 24,317法人のうち、5年間の移行期間中、実際の移行申請法人数(取下げ分を含む)は20,729法人。そのうち、公益認定申請数が9,054法人、一般法人への認可申請数が11,682法人であった (内閣府2014a)。筆者はこのうち、内閣府への移行認定申請の法人約2,000、移行認可申請の法人約2,000、新規の公益認定の法人約300の申請の「フィールド」に関わったことになる。 公益法人改革では、公益法人の実態が玉石混交であるという認識はほぼ共有されていた(内閣府2014a)。したがって、移行前の全法人がすべて公益法人へ移行するとは想定されていなかったので、特例民法法人の約4割が公益法人へ移行したが、この数字があながち少ないとは言えない。内閣府は、これまでの『特例民法法人の年次報告』を根拠にして移行前の公益法人のうち、総支出の50%以上で公益事業を実施していた法人も約4割という数字を根拠に、移行公益法人数の数字が見合っていると述べている (内閣府2014a)。これは、確かにその通りであるが、『特例民法法人の年次報告』における「公益事業」と認定法における「公益目的事業」とは内容が大きく異なることから、一概に、4割という数字の評価はできない。また、法人の自 主的な選択の結果でもあり、移行認定の数についてはほとんど計測すべき基準がない状態である16)。さらに、公益法人へ移行する具体的な法人数については予想する数字はほとんどないに等しい状況であった。唯一、依拠可能な数字として『平成20年度公益法人に関する年次報告書』(総務省)に記載された「本来の公益法人 数」20,711法人がある(総務省2008)。 11,682の一般法人への移行認可法人のうち、公益目的財産額が確定しているものが、3,366 法人(内閣府2014b)である。公益目的支出計画の終了の時期については、平成50年までが74.1%、平成51年以降のものが25.9%となった(内閣府 2014b)。ただし、中には、公益目的支出計画の期間が2000年を超えるような法人も出てきて批判もされている。 Ⅶ 平成改革における「クリープ現象」 平成改革における「フィールド」を踏まえた 上で、「時間の経過と法令との関係」という新しい視点を入れていきたい。これは、Johnson (2009)の「コンプライアンス・クリープ」の概念に刺激を受けたものである。Johnsonの概念は米国でSarbanes-Oxley法の規制を、法令上規制対象となっていない企業までが「コンプライアンス」として自発的に徐々に取り入れていく状況を述べたものである。さらにJohnson は監査法人が監査手法をSarbanes-Oxley法に合わせてしまうと、Sarbanes-Oxley法の対象となっていない全てのクライアントに対しても、同じ手法で監査してしまうことを指摘している。これは興味深い指摘である。Johnsonは明記してはいないが、もともと「クリープ(creep)」の 概念はレオロジーで頻繁に使用されていた概念であり17)、それを新規に援用してみたい。 もともとレオロジーでいう「クリープ」とは、一定の力を加え続けたときの固体の挙動、すなわち歪みをいう。加える力がある段階までは、元に戻る性質(弾性)を帯び、時間の経過とともに弾粘性、さらに力を加え続けると固体の挙動ではなく液体の挙動である粘性まで変化する。この加えた力と歪みについてレオロジーでは 「クリープ」と呼ぶ。法令に基づく行政の挙動は、形式上、当然一貫はしてはいるが、尺度を小さくして見ていけば、それが一定の幅を持って歪み得るものと考えられる18)。言い換えれば、法令の解釈の意図的な変更とまでは言えないものの、認定・認可・監督に影響すると思われる 「行政の法令に対する徐々に加えられていく歪み」が存在するものと仮定し、それをここでは 「クリープ現象」として定義したい。たとえば、「平成25年公益法人に関する概況」(移行期間の総括)」(内閣府2014b)には、「収益事業等は、あくまで本来の公益事業に付随して行われるべきものであり、認定法は、他の事業と区分して経理を行うことを求めている(認定法§19)」(下線部引用者)と述べている。 認定法第5条7号の収益事業等は同法第5条に掲げる特別の利益や公序良俗違反などの適用は当然受けるものの、「公益目的事業の実施に 支障を及ぼすおそれがない」ものであれば足り、「あくまで本来の公益事業に付随して行われるべきもの」については、公益認定等委員会1期、2期の間には、出てこなかった規制である。これなどは非常にわかりやすい「忍び寄る歪み= クリープ」であろう。こうした歪みはある一定段階までは元に戻すことは可能であろうが、臨界点を超えると制度そのものが変形してしまう。 以上のような観点から平成改革における「クリープ現象」を探し出すと、もっと微妙なものが「フィールド」で出てきた。移行認可における公益目的財産額については、前述の通り「認可を受けたときに解散するものとした場合において旧民法第72条の規定によれば当該特例民法法人の目的に類似する目的のために処分し、又は国庫に帰属すべきものとされる残余財産の額に相当するもの」(整備法第119条)というものであった。これについては、当初「一方的に法人の責めに帰すことはできないものの、今日的な意味での公益事業の比率が低下した一方で、経緯的に比較的大きな財産額を有する法人が多数存在しているという現実」を前提にして、「従来は法人を監督する上で、法人が保有する財産を『公益目的財産』と『収益事業等財産』 に区分するということを行ってこなかったという事実も踏まえる必要がある。今般の公益法人制度改革の目的は、『民による公益の増進』である。一般法人への移行認可への諸要件の定め方如何によって、公益目的事業を含む非営利活動の担い手である一般法人の財産を不必要に消耗させたり、あるいは、活動形態を必要以上に制約することにより法人のバイタリティーを消失せしめるようなことは、今回の改革の趣旨に沿っているものとはいえない」(内閣府公益認定等委員会2008b)というような趣旨が共有されていた。それゆえ公益目的財産額の算定に当たっては、「負債(資産の控除を含む。)として計上さ れている引当金(引当金に準ずるものを含む。)については、公益目的財産額の算定から控除する。 また、会費等の積み立てによる準備金等(法令等により将来の支出又は不慮の支出に備えて設定することが要請されているもの)については、負債として計上されていない場合であっても、法人において合理的な算定根拠を示すことが可能である場合には、引当金と同様に公益目的財産額の算定から除くことができる」(公益認定等ガイドライン。下線部引用者)という公益目的財産額から控除可能なものを列挙したガイドラインができ上がっている。つまり、そこには「溜め込 んだお金を公益に使わせる」というような懲罰的な制度ではなく、あくまで私有財産との線引きが難しい中で閣議決定の「財産承継に関する 条件」を立法技術的に作り上げたものであり、可能な限り公益目的財産額を少なく計算できるような配慮に基づいて作られていた。こういう基本的な考え方から、たとえば、博物館の展示品等については「簿価がないものにつきましては、財産とみなさない」「時価もないようなものについては財産目録だとか財務諸表には出ていないと思いますし、もともと審査のしようもない」(内閣府公益認定等委員会2008b)ということが導き出されている19)。 ところが、公益目的支出計画の趣旨として 「これまで公益法人として寄附や税制優遇等を受けて形成してきた財産が、事業内容や残余財産の帰属が法人自治に委ねられる一般法人に移行することにより無制限に公益以外に費消されることは適当ではない」(内閣府2011。下線部引用者)と、「税制優遇等を受けて形成した」という点が前面に出て、規範的な意味において費消させるという、「忍び寄る歪み=クリープ現象」が徐々に現れてきた。その結果、例えば、公益目的財産額の算定が高いことに由来することによって、公益目的支出計画が2000年を超える法人が出てくる事態も生じた。この問題に関して、雑誌『公益法人』に識者が、コメントしている。コメントするに当たって公益目的支出計画について説明しているので、それを見てみよう。ある県の公益認定等委員会委員(公益法人協会取材班2012:p.15)は「一部の公益法人が、 営利企業の利益に相当する剰余金を蓄積して、 多額の『内部留保』をため込んでいることは、 本来『非営利』であるべき組織として適切でない、また、その結果法人税の負担を繰り延べ、免れているというのが公益法人の内部留保問題の本質であった。旧公益法人(特例民法法人) から一般法人への移行プロセスにおける公益目的支出計画とは、旧公益法人が内部留保していた公益目的財産額を本来の目的のために計画的に使用させ最終的にゼロにするものである」と解説している(下線部 引用者)。制度の説明として、税との関係を挙げ、旧民法72条のことは出てきていない。このように一般的な感覚として違和感がないように入り込むことが、まさに 「忍び寄る歪み=クリープ現象」である。2000 年問題についての是非を本稿では問うものではないが、少なくとも、2000年問題は「制度上の問題」ではなく、制度設計上、十分に想定されて回避を企図(公益目的財産額は可能な限り低く計算可能と)していたものが、「忍び寄る歪み= クリープ現象」によって回避されることなく生じた問題だということを指摘しておきたい。 これは社会福祉法人の「熱意や理解」といった認可要件にも共通している問題と思われる。 Ⅷ おわりに 以上の通り、明治以来の110年ぶりの改革として議論される公益法人制度改革を昭和改革との比較で見てきた。法人格間での会計基準の分断、専門家の分断などについても、昭和改革の余波としてあげたいが、紙数の関係もあって別稿に持ち越したい。裁量権を巡って、「許可主義から認可主義へ」という講学上の理解は、それほどフィールドの現場としては単純ではないことも明らかになった。とりわけ、「クリープ現象」に光を当てることによって、行政側から意図的に裁量権を行使しているのではないにしろ、法人側から見れば時間の経過とともに徐々に認定や監督が、制度設計時と比較して、緩和的にないし厳格的に変化するということもあり得ると考えられる20)。特に、公益法人制度改革では、一期と二期、二期と三期の間に二度の政権交代があり、公益認定等委員会委員もその都度大幅に変わってきたため、「クリープ現象」が 生じやすい状況にあったともいえる。さらに、「上方転換」が行われた学校法人・社会福祉法 人との税制上の平仄状態からくる規制強化に向かう「クリープ現象」というものもあり得るかもしれない。言い換えれば、公益法人の「中間転 換」が「上方転換」に引っ張られる可能性である。 例えば、公益目的支出計画の「クリープ現象」は移行認定した公益法人に対しても「公益法人の財産は税制優遇を受けて形成されたものであり、法人やその構成員のみならず、いわば国民から託された財産と言っても過言ではあり ません」(「内閣府公益認定等委員会だより20号」下線部引用者)と、同様の影響を与え始めており、現在ではこうした考え方が定着した感すらある。 民間公益活動とは、言い換えれば、私有財産を公益活動に使用するということでもある。少なくとも政府の助成金・補助金を前提にした昭和改革の「上方転換」との相違を明確にしておかねばならぬだろう。 [注] 1) 本稿は非営利法人研究学会のルールに従い、 同学会関西部会で発表し、かつ、全国大会で 発表した内容に新しい知見を付加して大幅な変更を加えたものである。 2) ただし、昭和改革における組織の転換は、法律上「組織変更」の用語が使用され、昭和改革については、「移行」の用語が使用されている。そこで本稿では、両者を「組織転換」 という統一的用語で表現することとした。また、平成改革においては、特例無限責任中間 法人も移行措置がとられたが、本稿では論考の外に置いた。 3) 「応用人類学」については日本において一定の広がりを見せている。他方で、スタンフォード大学出版会から「政策人類学」シリーズが刊行され始めたが、「政策人類学」 はまだ新しい研究分野であり、日本において普及しているものではない。 4) 「フィールド」で得たことについては、論考の参考としたが、論考の根拠とすることは現時点では研究倫理上の問題が明確ではないとの判断による。 5) 公益法人の収益事業は法定されておらず長らく「法務省における有権解釈昭和35年10月7日付民事甲第2531号」に依拠していた」「公益法人等の指導監督等に関する関係閣僚会議幹事会申合せ」。 6) 寄附行為変更特例は平成改革において規定されなかった。 7) 「日本赤十字社とか、済生会は、御承知の通り民法に基く公益法人でございます。(中略) お話の済生会等がいよいよ行詰つて医療法人になりたいと言いました場合には、別に何ら制限をする必要はないと思つております。その場合には公益法人を解散して、この法律に基く法人になるわけでございます。ただ実際問題としては、特別な解散理由の発生しない 限りこの法人になることは、今申し上げたような実際の問題、課税の関係から、却つて利 益ではないかも知れんと思つております。」(国会議事録1950b)とある。 8)認定法第2条4号で定義される。 9) 「その行う公益目的事業について、当該公益目的事業に係る収入がその実施に要する適正な費用を償う額を超えないと見込まれるものであること」。この規定の略称については、 「実費弁償」という略称が事務局から示されたが、法人税法基本通達で既に使用されてい る用語は誤解を与えるという委員からの指摘で、「収支相償」に改められた。(公益認定等 委員会2007a、2007c) 10) 「その事業活動を行うに当たり、第16条第2項に規定する遊休財産額が同条第1項の制限を超えないと見込まれるものであること」。 11) 「その事業活動を行うに当たり、第15条に規定する公益目的事業比率が100分の50以上となると見込まれるものであること」。 12) 各法人の受け止め方はいろいろであろうが、中間であるという認識の一つとして「新制度では基準が法律で明記され、透明性が確保されています。内容も厳しくなった訳ではあり ません」(内閣府2014a)という表明がある。 13) 「公益法人制度改革に関する有識者会議の報告書」を受け、「今後の行政改革の方針(閣議決定2004)」においては、「現行公益法人のうち、新たな判断主体により、公益性の判断要件を踏まえた一定の基準に適合すると判定されたものは、公益性を有する非営利法人に簡易な手続で移行すること、一方、当該基準に適合しないと判定されたものや公益性を有する非営利法人への移行を望まないものは、財産承継に関する条件の下、基本的に一般の 非営利法人(一般的な非営利法人制度に基づく法人であって、公益性を有するとの判断を受けていないものをいう。)に移行することとする方向で、その公平かつ合理的な基準及び手続について、引き続き検討する。」とある。 14) この他に「3重罪、軽罪の刑に処せられたことはない」というものが付加されていたものがある。 15) 社会福祉事業法第18条において社会福祉主事は、事務吏員又は技術吏員とし、年齢二十年以上の者であつて、人格が高潔で、思慮が円熟し、社会福祉の増進に熱意があり、且つ、 左の各号の一に該当するもののうちから任用しなければならない。第57条第2項に基づい て、社会福祉法人以外の者が第一種社会福祉事業営むときの、「許可」要件たる同条第4 項第3号に「実務を担当する幹部職員が社会福祉事業に関する経験、熱意及び能力を有す ること。」(厚生労働省2014)とあって、現在でも同様の規定となっている。 16) 他の依拠する規準としては、移行直前の各主務官庁は、当時の公益性に関する基準から判断して、所管法人を①本来の公益法人、②互助・共済団体等、③営利法人等転換候補及び ④その他の4類型に分類していたことがあげられる。このうち、「本来の公益法人」とは、 その目的・事業に現在においても公益性があり、公益法人として十分な資格を持っている 法人のことである。これに該当する法人は20,711法人であった。ただし、依拠するには根拠が弱い(出口2015)。 17) Johnsonがレオロジーから発想を得ているのかどうかは不明である。 18)これはレオロジーからの発想である。 19) もちろん意図的に隠していれば、虚偽申告になるし、土地や建物などは財産目録に載っていなければ、会計書類として不完全なものと考えられる。 20) 本稿では、「クリープ現象」は厳格化するものについて発見し論述したが、この点は緩和化することも理論的にはあり得ることである。この点は査読者から有益なコメントを受 けた。謝意とともに記したい。 [参考文献] 秋葉武[2008]「占領下日本のNPOの再編 (上)」、『日本ボランティア学会学会誌』、 116‒132頁。 秋葉武[2009]「占領下日本のNPOの再編 (下)」、『日本ボランティア学会学会誌』、96‒110頁。 安立清史[1998]『市民福祉の社会学 高齢化・福祉改革・NPO』ハーベスト社。 安立清史[2008]『福祉NPOの社会学』東京大学出版会。 市川昭午[2004]「私学の特性と助成政策」 『大学財務経営研究1』169‒185頁。 江田寛 [2012]「公益認定制度における『財務三基準』の意義」、『公益・一般法人』 全国公益法人協会2012年8月1日号(No.826)、 13‒19頁。 閣議決定[2004]「今後の行政改革の方針(平成16年12月24日閣議決定)」 国会議事録[1950a]衆議院 厚生委員会 21号 昭和25年04月03日。 国会議事録[1950b]参議院 厚生委員会 24号 昭和25年04月04日。 公益法人協会取材班[2012]「公益目的支出計画 2411年の衝撃―その経緯と問題点を探 る―」『公益法人』2012年5月号Vol.41.15頁。 公益法人協会[2014]「110年ぶりの公益法人制度抜本改革を総括する①」『公益法人』 Vol.43.No.4 13‒21頁。 厚生労働省[2014] 三局長通知「『社会福祉法人の認可』について」平成26年5月29日。 木村忠二郎[1951]『社会福祉事業法の解説』 時事通信社。 総務省[2008]『平成20年度 公益法人に関する年次報告書』。 田中實[1980]『公益法人と公益信託』勁草書房。 出口正之[2014]「収益事業課税試論:イコール・フッティング論を巡って」、『公益・一般法人』全国公益法人協会、平成26 年6月15日号(No.871)、4‒13頁。 出口正之[2015]「主務官庁制度のパターナリズムは解消されたのか」岡本仁宏編『市民社会セクターの可能性』関西学院大学出版会 79‒106頁。 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- 英国チャリティの公益性判断基準― チャリティ登録時を中心として― / 尾上選哉(大原大学院大学准教授)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 大原大学院大学准教授 尾上選哉 キーワード: 英国チャリティ チャリティ委員会 公益性 パブリック・ベネフィット・テスト 要 旨: 本稿の目的は、英国における民間の公益活動をもっぱら行っている組織いわゆるチャリ ティ(charity)について、所轄庁であるチャリティ委員会(the Charity Commission)の公益性認定の判断基準について明らかにすることにある。チャリティ委員会は、日本の公益認 定等委員会のモデルになった行政機関である。そこで本稿では、まず英国において公益性 認定の判断等を行うチャリティ委員会の概要を明らかにし(Ⅱ)、そして、チャリティ委員 会がその公益性を認めるチャリティとはいかなる組織であるかを明らかにする(Ⅲ)。次い で、チャリティの定義に示される「チャリティ目的」要件の中核であるパブリック・ベネ フィット・テストの考察・検討を行う(Ⅳ)。そしてチャリティ委員会による公益性認定に 係る不服申立ての制度について若干の検討を行う(Ⅴ)。 構 成: I はじめに II チャリティ委員会 III チャリティの定義 Ⅳ チャリティ目的の要件 Ⅴ チャリティ登録時に係る不服申立て制度 Ⅵ まとめ Abstract The Public Interest Commission in Japan was formed after the model of the Charity Commission that regulates registered charities in England and Wales. This paperʼs aim is to provide an overview of the registration system for charities in England and Wales in order to comprehend the ideas behind the Japanese system. This paper explores the characteristics of the Charity Commission through its governance framework, objectives and functions, and discusses the criteria for being registered as a ʻcharityʼ by the Commission by focusing on the public benefit test. It also considers the appeal system when an organization is dissatisfied with the Commissionʼs decision on the charity registration. Ⅰ はじめに 本稿の目的は、英国(イングランドおよびウェールズ)における民間の公益活動をもっぱ ら行っている組織いわゆるチャリティ(charity) について、所轄庁であるチャリティ委員会(the Charity Commission)の公益性認定の判断基準について明らかにすることにある。チャリティ委員会は、日本の公益認定等委員会のモデルになった行政機関である。英国では、一般に民間 の公益活動を行う組織をチャリティと呼ぶが、一定の要件を満たしチャリティ委員会に登録された組織が法律上の正式なチャリティである (以下、チャリティ委員会に登録されたチャリティ (registered charity)をチャリティという)。2014年9月30日現在、180,831のチャリティが存在している1)。 そこで本稿では、まず英国において公益性認定の判断等を行うチャリティ委員会の概要を明らかにし(Ⅱ)、そして、チャリティ法がチャリティをどのように定義しているかを確認する (Ⅲ)。次いで、チャリティ法上のチャリティの定義に示される「チャリティ目的」要件の中核であるパブリック・ベネフィット・テストの考察・検討を行う(Ⅳ)。そしてチャリティ委員会による公益性認定に係る不服申立ての制度について若干の検討を行う(Ⅴ)。 なお、本稿は英国のチャリティ委員会の公益性判断の基準を取り扱い、スコットランドおよび北アイルランドにおけるチャリティは検討の範囲外としている。 Ⅱ チャリティ委員会 チャリティ委員会は、英国のイングランドおよびウェールズのチャリティを所轄する独立行政機関であり、そのはじまりは1853年公益信託法に拠る。チャリティ委員会の目的、責務や権限等については、現行のチャリティ法の第2部 (PART 2 THE CHARITY COMMISION AND THE OFFICIAL CUSTODIAN FOR CHARITIES)に 定められており、チャリティ委員会はその業務遂行にあたっていかなる大臣または省庁の指揮ま たは統制に服することはなく、国王に代わってチャリティ委員会の権限を行使する2)(第13条3-4項)。以下では、チャリティ法の変遷、チャリティ委員会の組織、目的、機能および責務に ついての概要を明らかにする。 1 チャリティ法の変遷 英国におけるチャリティに関する最初の法律は、1601年の公益ユース法にさかのぼる3)。この法律は「信託(当時はユースと呼んだ)の目的を具体的に列挙し、それらを『公益性のある信託』(charitable use)いわゆるチャリティとして法的効力を認めたもの」(永井[2007]44頁)であった。その後、1853年の公益信託法、1958年の公益レクリエーション法が成立し、そして1960年にチャリティ行政の円滑化を図るためにチャリティ法が成立した。チャリティ法は数次の改正を経て、2006年にチャリティの法制度を 抜本的に見直し、チャリティの多様で活発な活 動を促すための新たな法的枠組みとして、2006年チャリティ法が成立した(永井[2007]42頁)。2006年チャリティ法は、チャリティの運営に係る適切性を確保し、その効率性を高めるとともに、公的な説明責任(public accountability)をさらに強化することを主眼に置くものであった (古庄[2013]43頁)。なお2011年には、1958年の公益レクリエーション法の全部および1992年、 1993年、2006年チャリティ法の大部分を統廃合する2011年チャリティ法が制定され、現在に至っている(以下、チャリティ法という)。 1601年 公益ユース法 Charitable Uses Act 1601 1853年 公益信託法 Charitable Trust Act 1853 1958年 公益レクリエーション法 Recreational Charities Act 1958 1960年 チャリティ法 Charities Act 1960 1992年 チャリティ法 Charities Act 1992 1993年 チャリティ法 Charities Act 1993(1960年および1992年チャリティ法の統合) 2006年 チャリティ法 Charities Act 2006(ブレア政権下におけるチャリティ法の現代化) 2011年 チャリティ法 Charities Act 2011 2 チャリティ委員会の組織 ⑴ 委員会の構成 チャリティ委員会は、内務大臣の任命による議長および4名以上8名以下の委員によって構成される。委員には、⒜チャリティに関する法律、⒝チャリティの会計および財務および⒞ 様々な規模と内容のチャリティの運営および規制についての一定の知識と経験を具備していることが要求される。また、少なくとも2名の委員は、「1990年裁判所および法的サービス法」 に規定された資格4)を7年間保有していなければならない。そして、議長以外の少なくとも1名の委員はウェールズの事情に詳しく、ウェールズ議会の承認を得て任命されることとなって いる。委員の任期は1期3年であり、通算で10年を超えてはならない(図表1を参照)。 ⑵ 委員会の会議 委員会の会議は、公式な会議は年6回(少なくとも)となっており、年次公開会議(Annual Public Meeting)を事務年度終了後3ヶ月以内 (議会への決算書類および年次報告書提出前)に開催することとなっている。年次公開会議のほかに、少なくとも年2回の公開会議が開催される。 ⑶ 職員および事務所 委員会の本部はロンドンにあり、支部はリバプール(Liverpool)、トーントン(Taunton)およびウェールズのニューポート(Newport)の 3カ所にあり、専任の職員数は323名となっている5)。 図表1 チャリティ委員会の概要 出所:筆者作成 3 チャリティ委員会の目的 チャリティ法は次の5つをチャリティ委員会の目的として掲げている(第14条)。 ① 社会的信用(the public confidence objective) チャリティに対する社会の信頼と信用を高めること ② パブリック・ベネフィット(the public benefit objective) パブリック・ベネフィット活動に対する認識と理解を促進すること ③ 法令遵守(the compliance objective) チャリティの管理・運営におけるチャリティの理事の法令遵守を促進すること ④ チャリティ資源(the charitable resources objective) チャリティ資源の有効活用を促進すること ⑤ アカウンタビリティ(the accountability objective) チャリティの寄付者、受益者および一般大衆に対するアカウンタビリティを高める こと チャリティ委員会の目的は、チャリティとして登録される組織を判断することではなく、登録されたチャリティがチャリティとして何をなすべきかを理解し、社会的信用を高めると同時に、社会がチャリティの行うパブリック・ベネフィット活動を適切に理解するように働きかけることにある。 4 チャリティ委員会の職務 チャリティ法は、チャリティ委員会の一般的 職務として次の6つを掲げている(第15条1項)。 ① 組織がチャリティであるか否かの判断を行うこと ② チャリティの運営改善(better administration)を奨励し、助長すること ③ チャリティの運営上の不正行為やずさんな管理を発見、調査し、救済方策または予 防策を講じること ④ 募金活動の認可証の発行もしくはその継続の判断を行うこと6) ⑤ チャリティ委員会の機能または目的の実行に関わる活動の情報を入手、評価し、発 信すること ⑥ チャリティ委員会の機能または目的の実行に関わる事項について、政府の大臣に対 して情報提供、助言、提言を行うこと チャリティ委員会の第1の職務は、民間の公益活動を行う組織について、その公益性の判断を行うことにあることが、チャリティ法に明記されている。また第2の職務として、チャリティのより良い運営についての奨励・助長することをチャリティ法は掲げており、第3の職務と共に、 チャリティの運営に対するチャリティ委員会の積極的な関わりが期待されている。第5の職務 には、チャリティに対する適切な行政を行うために、チャリティの登録時に係る情報収集のみならず、登録後の資格維持もしくはチャリティの資格抹消のための情報収集などが含まれる。 5 チャリティ委員会の任務 チャリティ法は、チャリティ委員会の一般的任務として次の6つを掲げ、職務遂行における規範を示している(第16条)。 ① チャリティ委員会はその職務を果たす際に、合理的に実行可能な限りにおいて、⒜ チャリティ委員会の目的に適った方法で、 かつ⒝チャリティ委員会の目的を実行する のに最適と考えられる方法で活動しなければならない。 ② チャリティ委員会はその職務を果たす際に、合理的に実行可能な限りにおいて、⒜ あらゆる形態のチャリティへの寄付、および⒝チャリティの活動への自発的な参加を 促すのに適した方法で活動しなければなら ない。 ③ チャリティ委員会はその職務を果たす際 に、その資源を最も効率的、効果的、かつ 経済的な使用に考慮しなければならない。 ④ チャリティ委員会はその職務を果たす際に、妥当である限りにおいて、規制上のベ スト・プラクティスの原則を考慮しなけれ ばならない(規制活動は、規制対象の 規模に見合ったものであること、説明可能であること、一貫性があること、透明性が あること、および 規制が必要とされるケースだけを対象とする、 という原則を含 めて)。 ⑤ チャリティ委員会はその職務を果たす際に、それが妥当であるケースにおいては、 チャリティによる、もしくはまたはチャリティのために新しいアイデアを可能にする ことが望ましいことに考慮しなければなら ない。 ⑥ チャリティ委員会はその職務管理において、企業における良いコーポレート・ガバ ナンスを適用することが妥当であると考えられる時には、そのような一般に妥当と認 められた原則を考慮しなければならない。 Ⅲ チャリティの定義 1 チャリティの定義の変遷 英国において、チャリティの定義は2006年 チャリティ法の制定まで、制定法にその定義が定められたことはなく、長い間、判例に委ねられてきた。1960年チャリティ法の制定にあたって、チャリティの定義を明確に法律上定めるべきであるとの勧告が政府とチャリティの関係を検討する委員会(ネイサン委員会)により行われたことがあったが、「判例法に基づくほうが、 社会状況の変化に沿ってチャリティの意味を柔軟に解釈できて都合がよい」と時の政府は判断を行ったのであった(永井[2007]47頁)。 チャリティの定義は判例に委ねられてきたが、裁判所はチャリティであるか否かの判断基準として、1601年公益ユース法の前文(信託目的の具体例が列挙)を長い間、参照してきた。 また1891年にチャリティとして所得税免除が 認められるか否かが争われた裁判において判事マクノートン卿が掲げた「貧困救済」、「教育の 振興」、「宗教の振興」および「そのほか地域にとっての利益7)」の4項目の分類が、裁判所やチャリティ委員会のその後の判断に大きな影響力を持ってきたといわれている。 2 現行法上のチャリティの定義 2006年チャリティ法による従来のチャリティ法の現代的な法的枠組みによって、チャリティの定義が制定法上におかれ、その定義を充足することによってチャリティになることができることとなった8)。現行のチャリティ法によると、 チャリティは次のように定義される(第1条1項): 「チャリティ」とは次の組織をいう。 ⒜ もっぱらチャリティの目的のために設立 された組織であり、かつ ⒝ チャリティに関する管轄権の行使におい て高等法院の裁判権の及ぶ範囲に存在する 組織。 チャリティ法は「チャリティ目的」と「高等法院の裁判権」という2つの要件を示している。 前者の「チャリティ目的」要件の詳細については次節において詳しく検討するが、後者の「高等法院の裁判権」要件とは、裁判所がチャリティの管理運営や目的に関わる意思決定に対して司法上の権限を有していることを意味している。 Ⅳ チャリティ目的の要件 チャリティの定義において問題となるのは、 ある組織を「何」をもってチャリティ目的であると判断するかである。チャリティ法は、チャリティ目的であるためには、⒜第3条1項のリストに該当し、かつ⒝パブリック・ベネフィッ ト目的(for the public benefit)であることを定めている(第2条1項)9)。以下、前者の要件を「目的記述要件」といい、後者を「パブリック・ベネフィット・テスト」ということにする。チャリティ目的の判断は図表2のように行われる。 図表 2 チャリティ目的の判断の流れ 出所:筆者作成 1 目的記述要件 チャリティ目的であるか否かの第1要件は目的記述要件であり、チャリティ登録を受けようとする組織の目的(使命)がチャリティ法第3条1項に示される13の目的記述(下記)に該当するかの判断であり、形式的な要件であるといえる。この判断は、組織の法律上の書類(legal document)上の目的欄(objects clause)に通常記載されている記述に基づいて行われることになる。 ⒜ 貧困の予防または救済 ⒝ 教育の振興 ⒞ 宗教の普及 ⒟ 健康の増進または生命の救助 ⒠ 市民または共同体の発展の振興 ⒡ 芸術、文化、文化遺産または科学の振興 ⒢ アマチュア・スポーツの振興 ⒣ 人権、紛争解決または和解の促進、宗教的・人種的調和または平等・多様性の促進 ⒤ 環境保護または改善の促進 ⒥ 若年、高齢、不健康、障害、経済的困難 またはその他社会的弱者の救済 ⒦ 動物愛護の促進 ⒧ 国の防衛、警察、消防、救助サービスま たは救急サービスの効率性の向上 ⒨ その他法律上認められる目的10) 2 パブリック・ベネフィット・テスト チャリティ目的であるか否かの第2要件は、 パブリック・ベネフィット・テストである。この要件は、チャリティ登録を受けようとする組織の目的(使命)が「パブリック・ベネフィット」に該当するか、つまりチャリティがその目的を達成するために活動を行うことが「パブリック」に「ベネフィット」をもたらすか否かの判断であり、組織の実質を判断するための要件であるといえる。第1の目的記述要件と異なり、チャリティ法はパブリック・ベネフィットの意味やパブリック・ベネフィット・テストの具体的な運用について定めておらず、チャリティ委員会にパブリック・ベネフィットの判断を委ねている(第17条)11)。 これを受けて、チャリティ委員会では、パブリック・ベネフィット・テストにかかる以下の一連のガイドラインを公表し、チャリティ委員会のパブリック・ベネフィットに対する見解を明らかにしている。 ◇ Charity Commission [2013a] Public benefit: an overview. ◇ Charity Commission [2013b] Public benefit: the public benefit requirement (PB1). ◇ Charity Commission [2013c] Public benefit: running a charity (PB2). ◇ Charity Commission [2013d] Public benefit: reporting (PB3). Charity Commission [2013a] は、 チャリティの登録、運営および報告におけるパブリック・ベネフィットの概要を示している。Charity Commission [2013b] は、チャリティの登録時におけるパブリック・ベネフィット・テストについてのガイドラインである。Charity Commission [2013c] は、チャリティの管理運営におけるパブリック・ベネフィットについてのガイドラインである。Charity Commission [2013d] は、チャリティの会計および報告についてのガイドラインとなっている。 Charity Commission [2013b] によると、パブリック・ベネフィット・テストは「ベネ フィット」の観点と「パブリック」の観点に区分して捉えられており、パブリック・ベネ フィット・テストを充足するためには両方の観点からのテストに合格する必要がある12)。 ⑴ ベネフィットからの観点(目的の有益性) ベネフィットの観点からのテストとは、チャリティの目的が有益であるか否かの判断である。 Charity Commission [2013b] によると、ベネフィットの観点からのテストは、次の2点を充足しなければならない(5頁)。 ① 目的は有益なものでなければならない。 ② 目的から生ずる損失や犠牲が利益より大きくてはならない。 第1は、チャリティの目的は有益でなければならないという点である。この有益性はチャリティ委員会によって確認できるものでなければならず、個人的な見解に基づくものであってはならない。必要があれば、チャリティ登録を受けようとする組織によって、その有益性は立証される必要がある(有益性が計量されるか否かは別にして)(Charity Commission [2013b] 7頁)。 第2に、チャリティの目的遂行によって生ずる損失や犠牲が目的遂行による便益を超過するような目的は、チャリティ目的とはなり得ないという点である。これは、組織の目的から生ずると考えられる結果が便益を超える損失や犠牲が合理的に予想される場合には、チャリティ委員会がそのような目的を検討の対象とすることであり、このような場合の立証責任は組織の側にあることが明らかにされている(Charity Commission [2013b] 8頁) ⑵ パブリックからの観点(公の便益) パブリックの観点からのテストとは、チャリ ティの目的が誰に便益をもたらすのか、受益者は誰であるのかという判断である。Charity Commission [2013b] によると、パブリックの観点からのテストは、次の2点を充足しなければならない(5頁)。 ① 目的は社会全般(the public in general)もしくは社会の相当部分(a sufficient section of the public)に便益をもたらさなければな らない。 ② 目的は偶発的に生ずる私益(incidental personal benefit)以外の私益をもたらすも のであってはならない。 第1は、チャリティの目的遂行による便益の受益者が誰であるかという点である。ガイドラインは、便益の受益者が社会全般もしくは社会の相当部分としている(Charity Commission [2013b] 9頁)。社会全般が受益者になるということは、チャリティの目的遂行によってもたらされる便益が、特定のニーズをもつ人々に限定されないことを意味する。また、チャリティ登録を受けようとする組織の目的記述に受益者が特定されていなければ、一般に、その目的は社会全般の便益になると解される。 受益者が社会全般に該当しない場合には、ガイドラインは受益者が社会の相当部分でなければならないとしている。これは、社会を構成する部分(階層)うち、各々のチャリティ目的に相応しい階層が受益者となることを意味している。例えば、地理上の区域(地域レベル、国家レベル、国際レベル)の人々が受益者となる場合には、社会の相当部分に該当する。受益者が家族関係、特定企業における雇用関係、法人化されていない社団の会員である場合には、一般的に は社会の相当部分には該当しないこととされている(Charity Commission [2013b] 11頁)。社会の相当部分の便益の判断は、基本的にはケースバイケースで行われる13)。 第2は、私益(personal benefit)はチャリティの目的遂行により生ずる偶発的なもの、本来は意図しない副産物でなければならないという点で ある。ここでいう私益には、経済的(貨幣性)便益のみならず、宿泊や食事、交通手段等の供与などの非経済的便益、理事者のサービス提供に対するお礼としての謝礼やギフト等も含まれる14)。 Ⅴ チャリティ登録時に係る不服申立て制度 1 審判所への上訴 チャリティ登録が認められず、チャリティ委員会の決定を不服として申立てる行政上の手続きは、従来は高等法院(High Court)に上訴するしか方法がなかった。しかし、2006年チャリティ法によりチャリティ審判所(Charity Tribunal)が創設され、迅速かつ低コスト(原則、無料)でチャリティ委員会の決定に対して不服申立てを行うことができるようになった。なお、 2007年に審判所制度の大改革が行われ、現在では第一次審判所(一般規制部)(the First-tier Tribunal (General Regulatory Chamber))に申立てを行うこととなっている15)。第一次審判所での決定に不服がある場合には、上位審判所(租税・ 大法官部)(the Upper Tribunal (Tax and Chancery Chamber))に上訴することが可能となっている。 審判所は二審制を採用しており、上位審判所の決定においても不服がある場合に高等法院に対して上訴することが可能となっている。 2 チャリティ委員会への決定見直しの請求 また、チャリティ委員会の決定を不服とする場合には、チャリティ委員会に対して決定の見直し(decision review)を直接請求することができる16)。この見直しの手続きでは、当初の決定に関与しなかった者、通常は当初の決定者の上官がこれを担当し、審議を行うことになる。この見直しの審議の結果、この決定に対してなお不服がある場合には、上述の第一次審判所に上訴することができる。 Ⅵ まとめ 以上、本稿では日本の公益認定等委員会のモデルとなった英国のチャリティ委員会について、 民間公益組織がチャリティとして登録されるためのチャリティ委員会の判断基準について考察・検討を行った。その結果、次の点が明らかとなった。第1に、チャリティ法はチャリティを定義するにあたって、民間公益組織が行う様々な活動ではなく、その目的を重視しているという点である。例えば、目的記述要件において民間公益組織の目的を形式的に確認し、さら にパブリック・ベネフィット・テストのベネフィットの観点からのテストにおいて、当該組織の目的の有益性を実質的に判断しているので ある。 第2に、英国における民間公益組織の公益性 (パブリック・ベネフィット)の判断において、 チャリティ委員会に広範な権限が付与されてい るという点である。パブリック・ベネフィット・テストにおいて、様々な要件における立証責任はすべて民間公益組織が負うこととなっており、それらの情報を基にして、案件ごとにケース・バイ・ケースでチャリティ委員会がチャリティ登録の判断を行うのである。また登録時のみならず、チャリティ登録後においても、 チャリティ委員会はチャリティの運営に対して積極的な関わりをもつこととなっているのである(チャリティ委員会の機能②③⑤を参照)17)。 第3に、チャリティ委員会の決定に対する救済プロセスが存在している点である。民間公益組織の公益性の判断においてチャリティ委員会が広範な権限を有しているのに対して、その決定を不服とする場合に、高等法院への上訴以外に、第一次審判所および上位審判所への上訴、ならびにチャリティ委員会への決定見直しの請求という様々な段階における救済プロセスが確保されており、行政機関であるチャリティ委員会の決定の恣意性や不透明性が排除される仕組みが整備されているのである。 [注] 1) チャリティ委員会ホームページを参照。http://apps.charitycommission.gov.uk/Showcharity/RegisterOfCharities/SectorData/SectorOverview.aspx (2014年11月27日アクセス) 2) ただし、チャリティ委員会の支出については財務省(the Treasury)の管理を受ける(チャリティ法第13条5項⒝)。 3) 英国のチャリティの法制度の経緯については、永井 [2007] および網倉 [2008] が詳しい。 4) 法廷弁護士(barrister)もしくは事務弁護士 (solicitor)の資格を意味している。 5) 職員数は2008年には約600名であったが、2010年は約400名となり、5年間で半減している。職員数は下記をもとにしている。https://www.gov.uk/government/organisations/charitycommission/about (2014年11月27日アクセス) 6) チャリティの行う募金活動は、①街頭募金 (公の場での募金活動)と②戸別訪問による 募金活動に区分されるが、どちらの募金活動も法律による規制の対象であった(免許制)。 しかし、それぞれの募金活動が異なる法律の規制を受け、また免許を発行する行政主体も 異なっているなどの問題があったため、現行のチャリティ法はチャリティ委員会にその権限を集約している。 7) 「そのほか地域にとっての利益」とは、判例によると①動物の保護、②レクリエーションの促進、③国および地方の防衛、④スポーツの振興、⑤地域共同社会の向上、⑥公共施設 その他とされている。 8) チャリティの定義の明文化により、従来行われていたマクノートン卿の4項目分類における「貧困救済」「教育の振興」「宗教の振興」 に対する公益性の推定は廃止された。 9) チャリティ目的の2要件に明らかに該当しないものとしてあげられるのは、①自助、②利潤分配、③政治活動である(永井 [2007] 48 頁)。 10) 「その他法律上認められる目的」については、 コモン・ローの考え方に従うものであり、時代の変化の中で、新しいタイプのチャリティ目的が認められることを可能にするものであると解されている(網倉 [2008] 64頁)。 11) チャリティ法がパブリック・ベネフィットについて規定しなかった理由について、永井 [2007] は「公益性の内容を政治的争点にしてはならないとの政府の考えにより……」と 述べている(76頁)。 12) パブリック・ベネフィット・テストを充足するためには、原則、「ベネフィット」と「パブリック」の両方の観点のテストを合格しなければならないが、チャリティ目的が「貧困救済(場合によっては予防)」の場合には、 「ベネフィット」の観点からのテストのみでパブリック・ベネフィット・テストの充足が判断される(Charity Commission [2013b] 15頁)。 13) なお、平等化法(Equality Act)は、チャリ ティは年齢、障害、性別、性的志向、性転換 (gender reassignment)、結婚および同性婚、 妊娠および出産、民族や国籍、宗教や信仰に関わる人々に便益を供することを認めている。 14) Charity Commission (n.d.) Examples of personal benefit. https://www.gov.uk/government/publications/examples-of-personal-benefit (2014/11/27アクセス) 15) 第一次審判所に上訴するためには、チャリティ委員会の決定から42日以内に上訴のため の申請書を提出しなければならない。第一次審判所では30週間以内で結論をくだすことを 目標としている(Charity Commission [2013e] 3頁)。 16) チャリティ委員会の決定後、3ヶ月以内に見直しの請求をしなければならない。 17) 本稿では言及していないが、チャリティ法第5部にはチャリティ委員会の権限が定められており、不正のおそれのあるチャリティへの立入検査、質問権限、書類の提出等を求める ことができる調査権限が付与されている(例えば46条、52条、53条)。 [引用文献および主要な参考文献] Charity Commission [2013a] Public benefit: an overview. https://www.gov.uk/government/ publications/public-benefit-an-overview (2014年11月27日アクセス) Charity Commission [2013b] Public benefit: the public benefit requirement (PB1). https://www.gov.uk/government/publications/publicbenefit-the-public-benefit-requirement-pb1 (2014年11月27日アクセス) Charity Commission [2013c] Public benefit: running a charity (PB2). https://www.gov. uk/government/publications/public-benefitrunning-a-charity-pb2 (2014年11月27日アクセス) Charity Commission [2013d] Public benefit: reporting (PB3). https://www.gov.uk/ government/publications/public-benefitreporting-pb3 (2014年11月27日アクセス) Charity Commission [2013e] Dissatisfied with one of the Commissionʼs decisions: how can we help you? http://forms.charitycommission. gov.uk/how-to-complain/complaining-abouta-decision-we-have-made/ (2014年11月27日 ア クセス) Charity Commission [2013f] What makes a ʻcharityʼ. https://www.gov.uk/government/publications/what-makes-a-charity-cc4 (2014年11月27日アクセス) McGregor-Lowndes, M., and Kerry OʼHalloran, ed. [2010] Modernising Charity Law: Recent Developments and Future Directions. 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