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≪査読付論文≫地方自治体が推進する要保護児童を対象とした就農プロジェクトの可能性―きつきプロジェクトを事例に―

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株式会社日本総合研究所シニアマネジャー・法政大学兼任講師 山田敦弘


キーワード:

農福連携 官民連携 要保護児童 就農 地方自治体


要 旨:

 本研究では、児童養護の要保護児童を対象とした就農支援を企画立案・実施する中で、地方自治体とNPOと農業者との連携、自治体内でのプロジェクト推進、事業継続への取組みなどのプロセスを通じて、顕著になる課題やその解決策を明らかにした。特に地方自治体にとって成功要因となるポイントを整理している。そのポイントとしては、「誰もが理解できる明瞭な課題の設定と、社会的に受け入れられる解決手法の明示」、「立場毎との目標の設定と役割分担の明確化」、「関係者間での一致したゴールの設定とそこに辿り着くためのロードマップの設定」があげられた。障がい者を対象とした農福連携の研究はすでに先行するものが多々あるが、児童養護の対象となる児童にかかる農福連携の研究は、まだまだ少なく、今後の事業継続及び事業拡大を目指して研究を続けたい。


構 成:

I はじめに―問題設定―

II 分析対象と方法

III 事例の分析:事例事業概要、自治体における課題

IV ディスカッション

V まとめ


Abstract

 In the course of planning and implementing support to help children in need of foster care to become farmers, this study identifies issues and solutions that are prominent in the process of collaboration between local governments, NPOs, and farmers, in project promotion within local governments, and in efforts to continue the project. Specifically, this report identifies key success factors for local governments. The key points of the project were “setting clear issues that everyone can understand and clarifying socially acceptable solution methods,” “setting goals for each position and clarifying the division of roles,” and “setting goals that are consistent among all parties involved and establishing a roadmap for achievement.” While there are many leading studies on agricultural and welfare cooperation for the disabled, there are few studies on agricultural and welfare cooperation for children who are in need of foster care. We would like to continue our research with the aim of continuing and expanding our project in the future.


※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。



Ⅰ はじめに―問題設定―

 近年、地方自治体は様々な課題を抱えている。特に、東京圏以外の地方が抱える課題としては、 総務省[2019]では、①労働力不足、②経営者の後継者不足、③働く場所・働き方の多様性の低下、④地方経済・社会の持続可能性の低下の4点を示している。若者が地方に居住し就業することは、これら4つ全てを解消する可能性があり期待されているが、現時点では首都圏等の大都市への移住の流れは止まっていない。

 一方で、福祉分野においては高齢社会における課題に加えて、厚生労働省[2023]によると、「個人や世帯が抱えるリスクは多様化し、複合化した課題や制度の狭間に落ち込んでしまっている課題が表面化している」と指摘している。ここで示唆されている課題は、虐待を受けている子どもを始めとする要保護児童(児童福祉法第6条の3第8項にて「保護者のない児童又は保護者に監護させることが不適当であると認められる児童」を要保護児童と規定)、引きこもり、ヤングケアラーなどの問題を踏まえた困難に直面する若者の課題でもある。

 要保護児童数は、平成23年の46,463人から10年後の令和3年には41,773人と若干の減少傾向にはあるが、4万人を上回っており、依然として深刻な社会課題である。この課題に対してそれらの児童の就労は、社会的孤立を解消し、経済的自立や安定も実現できることから、有効な解決策の1つとなっている。

 ただし、就労には個人の好みや適正もあり、就労を進めるには就労先の選択肢を幅広く設けることや、失敗(離職)してもやり直しができる状況をどれだけ作り出せるかが課題となっている。

 福祉を推進することで地域再生など、地方が抱える課題解決も合わせて推進することができれば、理想的な取組みである。吉田[2019]によると農村地域での人口減少・高齢化の進展を受けて、農業労働力の不足、農地の引き受け手の不足等の問題が深刻化しており、そうした課題への対応として、農業サイドからも農福連携への期待が高まっている。 本研究においては、地方の要保護児童をサポートし、就労に導くことで、社会的孤立を解消し、かつ地域の事業者の経営継続や経済活性化を図ることを目指し、その可能性、直面する課題、成功要因などについて、主に地方自治体の立場に立って分析をする。


II 分析対象と方法

1 大分県杵築市の背景と課題

 大分県杵築市は、大分県の北東部、国東半島の南部に位置しており、市の総面積280.06平方キロメートルの中には、東南部に別府湾に面した海岸線、北部には自然豊かな山間地を形成している。中心地は、旧杵築藩の城下町付近で、「坂のある城下町」として知られており、人口集積地域もある。その一方で、主に北部では過疎地域として指定されている地域がある。

 本市の人口28,687人(2020年3月末同市基本台帳)となっており、他の地方市と同様に、人口減少、高齢化、生産人口の減少という問題を抱えている。顕著なのは生産年齢人口の減少であり、中でも農業の就業者数の減少は深刻な状況にある。2005年の国勢調査(総務省統計局)によると、杵築市では生産年齢のうち就農者は2,873人いたが、わずか10年後の2015年にはそのおよそ3分の2の1,900人へと大幅に減少している。この統計には含まれない老年人口(65歳以上)の就農者が引き続き営農をして支えているが、後期高齢者の増加や老年人口自体が2020年から減少に転じると推計されることもあり、若い就農者が必要不可欠となっている。


2 大分県内の要保護児童の卒園後の離職率が 高い背景と課題

 大分県には9つの児童養護施設がある。同県にて活動するNPO法人おおいた子ども支援ネットが独自に調べたところ、卒園後の児童の75%が就職するものの、1年以内の離職率が34%にも上るという就業問題が存在していた。これは、高卒者全体の1年以内離職率(21%) と比べ高い水準であった。

 この原因は、大きく2つあると考えられている。1つは、卒園児童の多くは家族などの保証人がいないため、賃貸住宅を借りることが難しく、就業先として寮が付属している職場などを選ばざるを得ないなど、必ずしも本人が希望する職業に就職できないことが実情となっている。もう一つは、卒園児童は、これまで食事など生活に必要なことが全て提供される施設環境で育ってきたため、独力で生活ができるには、周りのケアや慣れるまでの時間が必要なケースが多いことである。しかし、職場では、一般家庭で育った者と同じ扱いをされるため、環境への独力での対応の難しさなどもあり、どうしても短期での離職率が高くなってしまう。雇用者側にもこの状況について理解があり、一定のサポートがあることが望まれる。

 一度離職してしまうと、後ろで支えてくれる家族がいないことから貧困に陥ることも少なくないため、若くして生活保護の受給者となってしまったり、場合によっては反社会的な世界に足を踏み入れてしまったりする。そして、そのような状況に一度陥ると、抜け出すことが容易ではなくなる。そのため、離職しても再度チャレンジができる環境の整備が必要である。


3 分析方法

 本研究においては、大分県杵築市にて実施されている要保護児童の就農プロジェクト「きつきプロジェクト」の事例を通じて分析を実施した。本事例では、プロジェクト企画・準備の段階からの創設及びその後の継続への取組みまでの過程を自治体職員の立場から観察した。各課程における課題を解決策と整理整理することで、官民連携による農福連携の可能性を地方自治体の視点から分析する。


III 事例の分析:事例事業概要、自治体における課題

1 本事例事業の概要

 要保護児童などサポートが必要な若者に対する支援を実施する団体として、2014年に設立された「NPO法人おおいた子ども支援ネット」(以下「子ども支援ネット」)がある。子ども支援ネットは、卒園児童のアフターケアなどの事業を行っており、日々離職をした卒園後の児童の課題に直面していたが、支援の限界を感じることも多く、新しい解決策の必要性を感じていた。そこで、その解決策について相談を持ち込んだのは大分県杵築市であった。杵築市内には児童養護施設はなく、子ども支援ネットの基盤も他の自治体にあったが、杵築市長は元県庁の福祉部長であったという経歴があり、そのつてをたどって杵築市に相談に来たのであった。子ども支援ネットは、日々の直面する課題から、次のような仮説を立てていた。


  • 児童養護施設の卒園児童の中には、施設が紹介できる工場作業や営業などの特定の仕事では適性が合わず、自然を相手に行う農業のような仕事の方が適している児童がいるのではないか1)

  • 卒園後に工場作業や営業などの仕事に就いて適性が合わず離職したとしても、就農体験しておくことで、農業関連の仕事でやり直しを図ることができるのではないか。


一方、杵築市においても、地域課題の解決策となる可能性を感じていた。それは以下の通りであった。

 

  • 人数は例え僅かであっても、20歳前後の若者が地域で働いてくれることは、高齢化が進んだ地域にとっては、かけがえのないことである。

  • 地域の高齢者は、児童や若者に寛容であることから、うまく接し、若者の良いところを時間をかけて伸ばすことができるのではないか。


 福祉と農業という2つの異なる性質の課題にかかる取組みではあるが、これら2つの課題を連携させれば2つとも解決できる可能性があり、少なくとも同じ方向に向かっていくことで解決策は見えてくると考えられた。このことを杵築市と子ども支援ネットの両者が認識できたことから、要保護児童の就農プロジェクト「きつきプロジェクト」のアイデアを具体化する検討が2016年に始まった。そして杵築市にとっても子ども支援ネットにとっても一致した目標をすぐに持つことができた。それは、「市内で就農者となり新しい生活を築くこと」であった。その目標に向けて事業内容は検討された。

 県内の児童養護施設の入所児童を対象に、杵築市の農家及び農業法人にて1日~数日の就農体験をしてもらう事業を立ち上げた。県内9つの児童養護施設を対象に参加説明会を開催した。児童には漠然と農業に興味を持つ者も少なからずいて、初年度から、児童養護施設の中学生や高校生など20~30人程度が参加してくれた。ただし、ほとんどの児童は、農業を職業の選択肢と考えるどころか、体験さえもしたことがなかった。

 本事業では、できるだけリアルに近い就農体験をしてもらうために、実際の農業と同様に、午前6時から作業を開始した。酪農では、餌やりや子牛の世話などのメニューに加えて、牛糞掃除など、過酷なメニューにも取り組んだ。就農体験の実習先には、高齢者がいることも多く、褒めたり、会話をしたりしながらゆったりと作業を教え進めた。多くの児童は、普段は見せない真剣な態度で取組み、また長時間それを継続できた。参加児童の普段見せない真剣な態度は、児童養護施設の職員を驚かせた。「また、行きたい」と継続して毎年参加する児童が出始め、中には就農してくれるのではないかと期待できる子も現れるようになった。高校生の中には、「真剣に農業をやりたい」と農業大学校に進学したり、また、中学生の中には、高校進学時に農業科に進学する児童も出てきた。

 初年度の事業を無事に実施し、その取組みを杵築市のケーブルテレビで放送した。「なぜ、県がやるべき問題解決を市でやらなければならないのか」という苦情が来るのではないかと心配していたが、実際には「久々にいい事業をやった」とお褒めの連絡を何本も頂くなど、予想以上の反響を得ることができた。それは、市民や市議だけでなく、農業者にも響き、次年度から研修の候補先が3箇所から14箇所に増えた。また、中には、雇ってもよいと申し出てくれる農業法人もいた。更に、事業の成果をビデオ化及び冊子化して企業へ報告したことでその理解度が高まり、継続的に協力を得ることができるようになった。  

 そして、市内の農業法人に就職する初めての児童が出たのは2020年の春のことであった。その児童は、中学から本事業に参加していた。最終目標としていた待望の成果が得られるまでに、本事業を開始して5年の歳月を要したが、毎年興味を持って参加してくれる次期候補者が既に何人かおり、事業の展望は明るい。本事業は、8年を経過した今も継続している。


【事業概要】

出所:日本総研シンポジウム「国に依存できない時代の地域・雇用・社会保障」市長説明資料(2018年2月、杵築市作成)


2 地方自治体での取組みにおける課題

(1) 市役所組織の縦割りの打破

 本事業が対象とする分野は、地方再生、児童福祉、新規就農と複数に渡っており、当時の市役所組織では、企画部門、福祉部門、農業部門がそれぞれ別々に所管をしていた。まず、それらすべての課において、本事業へ取り組む目的と役割を取組開始時に明確にすることができたため、事業へ共同で参画する方針を固めることができた。


企画部門:目的は地域再生、役割は全体調整及び予算確保

福祉部門:目的は児童福祉の推進、役割は子どもネットや児童養護施設との調整

農業部門:目的は新規就農者の確保、役割は就農体験の場の創出や農業者との連携調整


 また、上記の通り、異なる複数の目的が掲げられており、その方向性があいまいになる可能性があったため、何年目に何をしてどんな成果を目指すのかについて、ロードマップを作成した。このロードマップには、市役所の目的だけではなく、子ども支援ネットの目的も組み込んだものとして作成をしたため、本事業関係者間で全員の共通認識とすることができた。そのロードマップに沿って5年間の取組みを推進することができた。

(2) 予算の確保(税金投入の是非)

 杵築市役所には本事業の予算化に関する課題があった。市域に児童養護施設のない杵築市が、県内9つ全ての児童養護施設から児童を農業研修に受け入れることの是非についてである。市内に若手の就農者を確保するという事業であるとはいえ、「市民でもない児童に、市民から頂いた税金を費やしてよいものか」という問題点 であった。市役所での予算化は、議会で承認を 得ることができるかという点にあり、政治決着 による打開の可能性もあるが、それでは成果が出るまで継続的に予算化ができるかわからない。市民からの税金をできるだけ使わず予算化することができれば、それが理想的であった。

 タイミングよく、この時期に企業版ふるさと納税制度が創設された。この制度をうまく使えば、我々の課題解決の取組みに賛同してくれる企業から資金を集めることが可能となり、市民からの税金に頼る必要はなくなる。ただ、企業版ふるさと納税から事業費を確保するためには、申請時に事業の詳細のほか、少なくとも1社以上の確約できる寄付企業を記載する必要があった。当時、企業版ふるさと納税は創設されたばかりの制度で、企業での認知度もかなり低く、内閣府へ提出する書類に実名を載せてくれる企業が短期間で見つかるか難題であった。そこで、杵築市長自らが担当者と共に企業回りを行い、それぞれの経営者へ直接会い、事業への協力を訴えた。最初の訪問先で解決するべき課題と事業内容を経営者に説明したところ、「そのような課題が放置されて良い訳がない。うちは協力します。」と即答いただき、弾みがついた。その後も同様に市長が4社を回り、最終的には5社中4社から同意を頂くことができた。その後、この取組みは、内閣府の優良4事例の一つに取り上げられ、日本経済新聞全国版の1面記事広告として主要企業名とともに掲載された。このことは、協力いただいた企業にとって予想外のメリットとなった。


IV ディスカッション

1 考察①:組織連携を進める取組み

 市役所をはじめとし、NPO、農業者などそれぞれ立場も役割も違う者たちが、1つの事業で連携することは容易ではない。特に、福祉、農業など、それぞれ専門性の高い分野に渡る連携となると尚更である。これらの組織連携の課題を超えるためには、以下のような視点の取組みが重要であると考えられる。

  • 「誰もが理解できる明瞭な課題の設定と、社会的に受け入れられる解決手法の明示」が大変重要である。農福連携は、通常の農業や福祉以上に、多くの関係者の協力が必要となる。分野の垣根を越えて連携するために、誰もが課題と解決策を理解できることが重要である。この点への配慮ができていれば、共感を得ながら関係者と連携していくことができる。また、要保護児童の就業の観点からも多職種連携による社会のサポートが重要であり、同様に課題と解決策の理解が重要である2)

  • 市役所が関わる場合、庁内で組織を超えて目標となる一致したゴールを共有しコミュニケーションと役割分担をしていくことが必要である。普段から、特に管理職間で情報や意見交換をする習慣をつくれば、組織を超えることは難しいものではなくなってくる。

  • 全て役所内で完結しようとするのではなく、餅は餅屋であり、適切な専門性や機能を持つ民間企業やNPOなどと官民連携をしっかりと進めることが重要である。



2 考察②:持続可能な仕組みとすること

 地方自治体の取組みは、ビジネス取引よりも関係者が多く課題が複雑であるため、その成果を得るまでに時間がかかる。言い換えると、成果を手にする前に、次の投資を求められることになる。特に、医療や福祉分野の取組みついては、その傾向が強い。地方自治体において、持続可能な仕組みとするためには、以下の重要な要因が考えられる。


  • 関係者全員が合意・納得できる1つのロードマップを作成し、共通認識とする。このロードマップがあれば、関係者毎に目的や役割が異なっても、将来の成果に向けて同じベクトルを持って迷わず進んで行くことができる。

  • 「明らかな社会的課題の解決は予想以上の共感を得る」ことを最大限に生かすことである。解決しようとしている社会的課題について、ステークホルダーにしっかりと伝えて理解してもらうこと、また、その解決のプロセス自体も理解してもらうことで、直接的そして間接的に、組織的そして個人的に取組みをサポートしてもらうことができる。


3 考察③:要保護児童の意向を最優先した取組みとすること

 地方自治体の取組みは、職員や費用が動けば、議会説明の対象となり、その成果について説明することとなる。ただ、本取組みは、要保護児童の将来にかかる取組みであるため、より良い選択肢の提示については主催者側の努力で実現が可能であるが、それを選ぶのは要保護児童であり、その意向を最優先にすることが前提となる。見込める部分と見込めない(見込むべきでない)部分が本取組みで共存しており、それらを分けて検討する必要がある。


  • 協力者、住民、議会などステークホルダーに、要保護児童の意向が最優先であることを、事業実施前に理解してもらう。

  • 最終的なゴールを就農できた人数ではなく、関係人口など長い目で見て相互に有益な関係作りなど、緩やかなものとしていく。


児童養護施設卒園者の移住・自立に向けた就農チャレンジロードマップ

出所:日本総研シンポジウム「国に依存できない時代の地域・雇用・社会保障」市長説明資料(2018 年2月、杵築市作成)



V まとめ

 本研究では、地方自治体などの組織体としての動きを中心に分析を実施した。しかし、本研究が対象としているような新しい事業では、関係者個人の動きも大きく影響すると考えている。今枝・藤井[2022]は、地域資源を「地方創生の起爆剤」として活用する新しい取組みを成功に導く要因を研究しており、その成功要因としてマルチプレイヤーの存在をあげている。実は、市役所にも、実家が農家であり、地域の農業者、農業法人、地縁組織など様々なネットワークと繋がっているマルチプレイヤーも少なくない。そのようなマルチプレイヤーが関わることで、成功の可能性を高めることができるのではないかと推察される。

 児童養護施設の退所児童については、平成16年の児童福祉法改正で、各施設の業務に退所者の相談支援を規定し、アフターケア事業を推進 しており、施設単位や広域単位で実施している。また、赤間ら[2021]の調査においても、アフターケアを行なった者については、約半数が入所当時の担当職員となっており、入所施設が重要な役割を担っている。その一方で、施設の職員は、入所児童の支援など業務が多忙であり、卒園児童に対するケアに多くの時間を費やすことは容易ではない。そのため入所施設やその担当職員に多忙な中でも就農支援の内容を知ってもらい、就労の選択肢として退所児童へ提示してもらえるように、信頼できる連携先となっていくことが重要である。

 障がい者の農福連携においては、既にいくつかの先行研究がある。吉田[2019]によると、 障がい者が農作業へ従事することが増えている。しかし、それらのほとんどは、障がい者への農作業委託を限定された期間に実施することであり、就農にまでは至っていない。一方で、要保護児童の就農については、まだ研究文献が少なく、手探りで実施しなければならない状況にある。本研究対象となっているきつきプロジェクトでは、要保護児童の就農を目指しており、本事例の分析を通じて成功要因を明らかにし情報発信を行うことで、本事業の拡大・継続、そしてより対象者の多い学校教育や社会教育における同様の取組みの拡大に資するため、本研究を継続したい。


[注]

1)厚生労働省[2022]児童養護施設の年長児童の将来の希望(職業)では、中学3年生以上の児童養護施設の児童に、将来の希望職業を聞いているが、「先生・保育士・看護師等」11.3%、「工場に勤める」5.3%と比べると少ないが、「大工・建築業」3.5%、「農業・漁業・ 林業・酪農等」2.5%、「運転手・船乗り・パイロット等」1.5%と農業への希望が一定割合はあることがわかる。

2)要保護児童支援の観点から見ると、矢野 [2021]は対象児童を中心に「関わり合いの糸(ネットワーク)」を張り巡らせることが望ましいとしている。また、その中で出てくる「壁」がいわゆる「多職種連携」「多機関連携」であり、その壁はサポート側つまり社会側にあるとしている。


[参考文献]

総務省[2019]「地域・地方の現状と課題」、4頁。

厚生労働省[2023]『厚生労働白書』、58頁。

厚生労働省[2022]「児童養護施設入所児童等調査の概要」、23頁。

赤間健一・稲富憲朗[2021]「児童養護施設における退所児童の自立の現状と課題―小規模

データを参考に―」。

佐久間美智雄[2021]「山形県における児童養護施設等の退所者支援に関する考察」『東北文教大学・東北文教大学短期大学部紀要』、5: 81-102頁。

片山寛信[2018]「児童養護施設のアフターケアのあり方: 当事者の語りからの一考察」『札 幌大学女子短期大学部紀要』66: 7-30頁。

大村海太[2017]「児童養護施設退所者への自立支援の歴史に関する一考察(2)――1990年代 後半から現在までの政策に焦点をあてて――」『駒沢女子短期大学研究紀要』、50: 43-53頁。

久保原大[2016]「児童養護施設退所者の人的ネットワーク形成: 児童養護施設退所者の追

跡調査より」『社会学論考」、37: 1-28頁。

樋川隆[2015]「社会的養護事例の研究」『山梨学院短期大学研究紀要』、70-81頁。

矢野茂生[2021]「子どもたちの明るい未来を紡ぐために─特定非営利活動法人おおいた子ども支援ネットの取り組み」『世界の児童と母性 第90号』公益財団法人 資生堂子ども財団、35-38頁。

吉田行郷[2019]「農業分野での労働力不足下における農福連携の取り組みの現状と展望」 『農業市場研究第28巻3号(通巻111号)』筑波書房、13頁。

認定NPO法人ブリッジフォースマイル「全国児童養護施設退所者トラッキング調査2021」。

今枝千樹・藤井秀樹[2022]「地方創生における地域資源の戦略的活用とその成功要因―広島安芸高田神楽のケーススタディー」『公益社団法人非営利法人研究学会』VOL.22、53頁。

堀田和宏[2017]『非営利組織理事会の運営~その向上を求めて~』全国公益法人協会。

相澤仁ほか[2022]『おおいたの子ども家庭福祉~子育て満足度日本一をめざして~』明石

書店。

鈴木秀洋[2019]『子を、親を、児童虐待から救う』公職研。

山田敦弘[2020]「【人口減少時代の地域経営4】複数の課題を解決する農福連携」『地方

行政』時事通信社。

山田敦弘ほか[2016]『未来につなげる地方創生~23の小さな自治体の戦略づくりから学ぶ ~』(第2部 民間派遣者が決裁権限を持つということ)日経BPマーケティング。


論稿提出:令和5年12月20日

加筆修正:令和6年5月14日

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