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≪統一論題報告≫ 非営利法人の官民協働理論の応用としての 『フィランソロピー首都』創造に向けた取り組み

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国立民族学博物館名誉教授 出口正之


キーワード:

「民都 ・大阪」フィランソロピー会議 セクター間協働理論 アンソロ・ヴィジョン

ビジネスセントリズム 非営利法人 公益法人


要 旨:

 大阪府、大阪市が事務局を務めていた「民都・大阪」フィランソロピー会議は、大阪の副首都ビジョンの4つの副首都のうち「民都」を活性化させるための会議体であったが、諸般の事情から、予算ゼロの状態で誕生、継続してきた。同会議は運営において学術理論の成果を多分に入れながら、民間の活性化においてビジネスセントリズムを超克するために、あえて濫立する非営利法人の法人格別の代表者をメンバーとして活動を展開してきた。予算ゼロの状態を7年間にわたって続けながら、逆にそのことでBX時代を先駆けることになった。「小さな勝利」をつかみ取りながら、日本で最初の「フィランソロピー都市宣言」を行い、財団・社団の都道府県での連合組織を設置することに成功した。この「大阪方式」というべき手法は、内外の地域行政における官民協働の新しいモデルとなりうるものである。


構 成:

I  問題の所在としての地域非営利政策の実態

II 「民間活力=企業の活力」という幻想

III 「民都・大阪」フィランソロピー会議の誕生

IV 非営利理論の応用

Ⅴ 理論を信じた先のコロナの追い風


Abstract

 The Minto Osaka Philanthropy Conference, whose secretariat was positioned in both the governments of Osaka Prefecture and Osaka City, was established to revitalize “capital as private sector,” one of the four sub-capital concepts of Osaka’s sub-capital vision. Due to various circum- stances, however, it was created and continued to operate without a budget. The Conference incorporates a number of academic theories into its operations; and in order to overcome “business centrism” in revitalizing the private sector, the Conference has developed its activities through collaboration with the representatives of various not-for-profit corporations. Although the Conference continued to operate without a budget for seven years, it ushered in the BX era. While seizing small victories, it succeeded in making Japan’s first Philanthropy City Declaration and establishing a coalition of foundations and associations in Osaka prefecture. This method, which might be called the “Osaka method,” may serve as a new model for public-private collaboration in local government not only in Japan, but also throughout the world.



Ⅰ 問題の所在としての地域非営利政策の実態

 日本の法人政策は、明治民法の成立により、「公益法人制度」と「営利法人制度」を両輪としてスタートした。しかし、第二次世界大戦後の事情から、公益法人から、省庁別の学校法人、社会福祉法人等の法人格が分離して誕生し、非営利法人は完全にガラパゴス化し、一般的には非営利法人全体というものが観念しがたいものとなっていた(出口2015 a;2015b)。

 学校法人や社会福祉法人は、都道府県ごとに、連合体が作られてきた。社会福祉法人はそもそも法律の中で社会福祉協議会が強制的に設置されたほか、民間レベルでも全国社会福祉法人経営者協議会、全国老人福祉施設協議会等が誕生し、地方連合組織と連携を有している。学校法人は日本私立大学協会、日本私立大学連盟の二つの民間組織が立ち上がり、さらに両者によって日本私立大学団体連合会が結成されている。1998年に民主導でできあがった特定非営利活動法人(以下NPO法人という)にあっても、地方において、「中間支援組織」と称する中核的なNPO法人が民主導で続々と誕生していった(吉田2004)。これらは地域における連合組織としての役割も果たして、日本NPOセンターとも連携がある。

 こうした連合体があることで、法律に基づく、私立学校審議会、社会福祉審議会等が設置され、それぞれの法人の連合体関係者が起用されたり、推薦されたりすることによって委員が誕生してきたものと考えられる。例えば、大阪府の委員構成を見てみよう(表1)。大阪府私立学校審議会では18人中12人が私立学校の関係者である。また、社会福祉審議会では21名中5名が社会福祉法人関係者である。他方で、大阪府公益認定等委員会では定員5名のところ、公益法人関係者はゼロであり、委員会が施行された2007年から誰一人公益法人の肩書を有した人は委員に入っていなかった1)。法律では委員構成については、「法律、会計又は公益法人に係る活動に関して優れた識見を有する者のうちから」(公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律第25条)と規定されており、この点は大阪府の条例も同様である。それにもかかわらず大阪府では、「公益法人に係る活動に関して優れた識見を有する者」については、NPO支援組織の関係団体関係者から交互に人選を行ってきたという経緯があった。同様に、全国の地方の公益認定に係わる委員会の委員230名のうち、公益法人の肩書を有する委員はわずかに1名しかいないという状況であった2)。 「公益法人」は主務官庁による「許可制」であったことから、省庁別に許可・指導・監督が行われ、公益法人全体の名簿ができたのですら、1990年代に入ってからである。その全体像を概観することすら長い間できなかった。

 国・地方との関係でいえば、それぞれの事業主体、例えば各種スポーツ団体やシルバー人材センター等が都道府県レベルの組織と統括団体としての国レベルの組織を持つことは珍しくはないが、「公益法人の大要を会員を持つ連合体」としての都道府県単位の連合組織は存在してこなかったのである。

 また、2006年の公益法人制度改革によっても、認定・監督は行政庁としての内閣府、地方にあっても「行政庁」に統一されたが、その内容は地方ではいわゆる「分散管理」と称し、旧主務官庁時代の文化的残滓を引きずる形で縦割り行政が残っている地方すら存在する。

 ましてや、公益法人、学校法人、社会福祉法人、医療法人、NPO法人等非営利組織全体を包括する連合組織は国レベルでも地方レベルでも存在しない。

 これは営利セクターに経済団体連合会、商工会議所、個人参加であるが経済同友会という組織が存在していることと比べると大きな違いである。経済界はこうしたチャネルを使って政策上の協力、情報の伝達や意見表明等が容易に行われるようになっている。したがって、民間組織としても「顔の見える存在」として大きな影響力を有している。


表1 大阪府の委員構成(いずれも令和5年3月31日現在)

出所:筆者作成


II 「民間活力=企業の活力」という幻想

 上記のようなプレゼンスにおける営利セクターと非営利セクターのアンバランスは各所で見られるが、非営利セクターの存在そのものが抹殺されていても誰も気が付かない事態まで生じている。 大阪は1970年の大阪万国博覧会(以下「70年万博」という)の成功の後、「二眼レフ論」をはじめとして、政府のセクターは東京に任せ、経済に重きを置いた「民間活力の活性化」が謳われてきた。しかし、「民間」と言ってもそこで語られるのは常に企業のことであり、「民間活力活性化政策=企業だけの活性化政策」がほぼ繰り返し打ち出されていた。政府・企業以外の「第三の非政府・非営利セクター」を見ているようで見ていない「民間=企業」という思い込みは、すでに70年万博に象徴的に表れていた。

 ジリアン・テッドは人々が常識と思って思考が固まってしまうことによる視野狭窄を指摘している。文化人類学的な見方である「アンソロ・ヴィジョン」によってクリティカルな視点で物事を見る重要性を繰り返し説いているのである (テッド2016,2022)。

 例えば、アンソロ・ヴィジョンによって70年万博を見てみよう。70年万博にはパビリオンを出展していた公的セクターについては、国、州政府(ケベック州等)、「市政府」(ロサンジェルス市等)、さらには、「政庁」(当時イギリス領であった香港市)といった細かな区分による記載がありながら、企業ではない非営利法人の社団法人、財団法人がパビリオンを出展しながら、民間のパビリオンはすべて「企業」とだけ公式記録に記載されていた。こうした民間部門を企業限定のものとして見る見方を筆者は「ビジネスセントリズム」(出口2021)と呼ぶが、ビジネスセントリズムに基づく政策がとられていたのである。

 もちろん、非営利セクターが無視できるほどの小さな存在であれば、それも構わないのかもしれない。そこで、内閣府の推計調査から民間非営利団体の経済規模を見てみよう(内閣府経済社会研究所2022)3)。 収入ベースでみると、令和3年度の民間非営利団体の収入は、全団体合計では20兆4,362億円で前年度比6.5%増となっている。主な収入項目別にみると、移転的収入 (寄付金や会費、補助金等の収入)は14兆1,138億 円で同3.6%増、事業収入(博物館や美術館の入場料収入、宗教団体への御布施・賽銭、保育料等の利用者負担金等の収入)は 5兆9,575億円で同13.8%増である。ちなみに、卸売業・小売業全体で18兆円。宿泊・飲食サービス業17兆円(経産省令和3年経済センサス-活動調査)である。これだけの大きなセクターを無視し続けてきてよいはずがない。しかも、政府の重要な政策であった2%の経済成長を大きく上回っている。

 世界的にも、資本主義の発展に伴う超富裕層の世界的な誕生、富裕層の多いベビー・ブーマーの遺贈寄付の増加などがあって、現代は「フィランソロピーの黄金時代」(Havens& Schervish, 1999;Ferris, 2015)とまで呼ばれていて多くの国でフィランソロピー拡大に伴う非営利セクターによる公共政策への期待が高まっている。

 他方で、フィランソロピーを研究課題としていた筆者にとって、地域の発展という観点から、衝撃を受けたのが、オーストラリアの地理学者が、「フィランソロピーの黄金時代」における、都市間バランスの崩れを批判的に検討したことである(Hay& Muller 2014)。政府の政策は地域間バランスに配慮せざるを得ない。しかし、Hay& Mullerによれば富裕層が一挙に行う巨大フィランソロピーの場合には、都市を任意に選べるために、都市間バランスを極端に失わせるというものであった。実際に、日本の場合には大型財団は東京に集中しており、拱手傍観していれば、民間寄付の活性化によって、東京一極集中が加速することが容易に予想されたのである4)。この点からの地方視線による非営利政策の見直しは喫緊の課題だと考えることができる。


III 「民都・大阪」フィランソロピー会議の誕生

 2017(平成29)年3月大阪府及び大阪市(以下「大阪府・市」という)が副首都ビジョンを発表。副首都の「西日本の首都」「首都機能のバックアップ」「アジアの主要都市」「民都」の4つの機能が提案され、そのうちの一つに「民都」が盛り込まれた。但し、ここでいう「民都」とは、上記のような視点に立って、これまで大阪の都市活性化政策上、無視され続けた非営利セクターを前面に出したものである5)

 この「民都」に基づく新しい会議体設置のため、同年4月に「(仮称)大阪フィランソロピー会議に向けた準備会」が発足し、12月まで9回にわたって議論が行われた。2018年2月5日に正式に発足したのが、「民都・大阪」フィランソロピー会議である。

 同日の会議資料に設立の理由が下記の通り述べられている。

 「わが国において、NPOや社会的企業など新たな公共の担い手の増加、CSR(企業の社会的責任)への関心が進む一方、世界では、寄附や投資等を通じた公益活動が、社会的課題解決の第三の道として新たな時代の潮流となっている。都市発展の歴史において民の力が大きな役割を果たしてきた大阪は、『民』主役の社会づくりを発信する『民都』として、フィランソロピーの促進により、税による分配ではない第2の動脈(フィランソロピー・キャピタル)として資金や人材を集め、非営利セクターの活性化を通じて、『フィランソロピーにおける国際的な拠点都市』をめざしている。

 そこで、多様な担い手が、法人格の縦割りや営利・非営利の区分を越えて一堂に集い、それぞれが公益活動を担う主体だということを再認識し、大阪の民の連携・協力によりその存在感を国内外に示す『核となる場』として、『民都・大阪』フィランソロピー会議を設立することとした。「民都・大阪」フィランソロピー会議(大阪府2018a)

 会議のメンバーについては、非営利組織の『代表者』であることを重要視し、学校法人である関西大学の池内啓三理事長、社会福祉法人聖徳会の岩田敏郎理事長、公益財団法人大槻能楽堂の大槻文蔵理事長(能楽師・人間国宝)、公益財団法人小野奨学会の久保井一匡理事長(元日本弁護士連合会会長)、特定非営利活動法人大阪NPOセンターの金井宏実理事長、公益財団法人藤田美術館の藤田清館長、特定非営利活動法人トイボックスの白井智子代表理事らとともに、任意団体である大阪を変える100人会議の施治安代表も入り、非営利組織の法人格による差を付けなかった点に非常に大きな特徴がある6)

 また、大阪府・大阪市は、民都を民が目指すものであるということから、大阪府・大阪市は「当面の間」事務局は務めるものの、会議メンバーへの謝金・交通費その他の費用を拠出しないということで開始した7)

 表2は2017年からの「民都・大阪」フィランソロピー会議の足跡を年表としてまとめたものである。

 2018年6月には「フィランソロピー都市宣言」を行い、吉村市長(当時)が読み上げた(大阪 府2018b)8)

 フィランソロピー大会は当初は会場を大阪市の会議室や無償提供いただける民間の場所で開催していたが、コロナ発生とともに、イベント開催費用がないことから、オンラインでの開催が進んだ。大阪府・大阪市の会議の中でZOOMを使って行ったのも、「民都・大阪」フィランソロピー会議が最初となった。

 また、2019年には、毎年約1200億円発生すると言われた休眠預金を社会的に活用するためにできあがった法律(民間公益活動を促進するための休眠預金等に係る資金の活用に関する法律)に基づく全国で唯一の指定活用団体が公募されることになった。これに対して、「民都・大阪」フィランソロピー会議の設立趣旨からいっても傍観するわけにはいかないとして、同会議は一般財団法人民都大阪休眠預金等活用団体を設立し、休眠預金の公益性を鑑み、公益認定を目指すことを前提に、指定活用団体にも応募した9)。この過程で、休眠預金活用の情報や指定活用団体に対する公募の情報が、大阪においてはわずかにNPO法人間に流布していることはあっても、大阪全体に伝わっていないことも明確になった。とりわけ、関西経済団体連合会、大阪商工会議所、関西経済同友会のいわゆる財界3団体の関係者には指定活用団体公募の話は全く伝わっていなかったことも明らかになった10)

 その後も、「民都・大阪」フィランソロピー会議は、予算なしという状態の中で活動を続け、2022年には、報告書の提言並びにフィランソロピー大会の提唱を受けて、大阪財団・社団連合会(会長堀井良殷)を発足させるに至った。条例では大阪府公益認定等委員会の委員として「公益法人に係る活動に関して優れた識見を有する者」とありながら、これまで公益法人の関係者が委員に就任していないことから、同連合会は行政庁としての大阪府法務課公益法人グループに対して、公益法人の関係者を次期の大阪府公益認定等委員会委員に選任することなどを推奨した。その結果大阪府では、2006年の公益法人制度改革以降、公益法人の肩書を持った者が初めて選任された。

 大阪における非営利法人の結集という当初の構想は、極めて微々たる前進であるが、着実に進んだのである。 今後、公益法人、学校法人、社会福祉法人、NPO法人、医療法人等の大阪での結集を呼び掛ける予定である。公益法人以外の法人格では中間支援組織が大阪府内に存在していたことから、大阪財団・社団連合会の結成は、「ジグゾーバズルの欠けた1ピース」を新たに作ることに 成功したわけであり、とても意義の大きなものとなった。

 「民都・大阪」フィランソロピー会議では、都道府県レベルにおける財団社団の連合組織の結集さらに非営利セクター全体の結集を「大阪モデル」として他の都道府県にも結集を呼び掛けていく予定である。



表2 「民都・大阪」フィランソロピー会議 略年

出所:筆者作成



IV 非営利理論の応用

 「民都・大阪」フィランソロピー会議は、行政によって設置されながら、予算を付されないという前例のない中でスタートしたが、微々たるものとはいえこれまで着実な成果を上げることができた。官民協力の観点からも非常に注目すべき事例と考えている。

 通常、例えば、官民協力に関する研究を実施する研究者は、ある事象について事後的に検証していくことがほとんどである。ところが、行政の一部局が事務局を務めながら、予算がない上に行政トップの関心は薄いという極めて難しい条件下で、研究者である筆者は議長という大役を任された。そのことから、逆に、既存の理論を、直接、応用しながら、「民都・大阪」フィランソロピー会議の運営にあたることを意識せざるえなかった。理論的支柱としたのは、 Bryson, Crosby, &Stone(2006) である(以 下 Bryson et.alと表記)11)。  

 同論文は非営利分野のセクター間協働の論文の広範なレビュー調査に基づいて、セクター間協働の成功の要因を指摘した論文から抽出した実践的なガイダンスを示していた。言い換えれば、セクター間協力の成功の要素を、「初期条件」、「過程」、「構造およびガバナンス」、「偶発事象と規制」とに分類し、それぞれが、結果にどのように影響を与えるかについて明確に提示したものであった。

 「民都・大阪」フィランソロピー会議は同論文を羅針盤としながら運営していった。 協働の「初期条件」として、混乱した環境でこそ協働が形成される可能性が高くなる(Fred &Trist1965)点を強調している。確かに、行政が順調な間は行政があえて他のセクターと協働していく必然性は薄い。「民都・大阪」フィランソロピー会議が結成される前には、大阪は極めて混乱した状況にあった。彗星のごとく現れた弁護士の橋下徹氏が強力な行政改革を実施し、巨額財政赤字にメスを入れ、次に「都構想」を打ち出し、大きな一歩を踏み出そうとしたところ、住民投票において僅差で破れ、事前に約束した通り、大阪府知事を辞任した。そのことで、2015年11年22日に大阪府知事・大阪市長ダブル選挙が実施され、「都構想」を公約に挙げることができないまま、大阪維新の会は「副首都構想」を公約に選挙を戦い、松井一郎氏が大阪府知事に、吉村洋文氏が大阪市長に当選した。「副首都構想」を掲げながら、「都構想」の実現を図るということはいわば公然の秘密であるものの、「副首都構想」を掲げたことから、当選後に急遽その構想を練ることとなったのである。一方、大阪府・市においてはそれ以前から東京との乖離について問題しており、「副首都構想」の中には従前から検討されていた地域活性化策が数多く打ち出されることとなった。混乱した環境と言って、これ以上、混乱した環境はなかったものと言える。

 また、Bryson et.alは、持続可能性は競合関係や制度環境における推進力と制約力の影響を受けることを指摘していた。「民都・大阪」フィランソロピー会議開始時から、「副首都推進局」 という大阪府と大阪市のいわば政策官房が一つとなった役所の持続可能性が不透明で混乱した環境にあり、この条件に該当していた12)。次の 選挙で大阪府知事または大阪市長のどちらかが大阪維新の会以外で当選すれば、雲散霧消しかねない役所の部局を事務局としていたのであり、持続可能性という意味においてこれほど脆弱な状況にはなかったのである。

 「セクターの失敗」(=単一のセクターでは失敗。 Bryson et.alの用語)した後に協働関係形成が生まれる可能性が高い(Brandel1998; Weimer & Vining 2004)ということについても、該当していた。地方政府としての政府セクターの失敗として東京一極集中に歯止めがかからず対東京圏では毎年約1万人の人口流出が、生じていた。また、営利セクターの失敗としても、1970年を ピークに大阪は企業のシェアは一貫して減少していっている。こうした単独の「セクターの失敗」は明らかであり、セクター間協働が希求されていたのである。

 Bryson et.alの理論では、セクター間協働には①強力なスポンサー②問題に対する一般的な合意(=リスクの共有化)3既存のネットワークの存在の一つ以上の連携メカニズムが必要とのことである(図1参照)が、準備会発足時どれも存在していなかった。本来、行政との協力関係においては行政が資金を提供することがほとんどであるが、前述した通り、「民都」を目指す以上、民間の力でという方針を大阪府・市側は立てており、他方で民間側は官主導のものではないかという疑いを払拭できずにいたため資金提供はなかった。そのため①の強力なスポンサーは現時点においても現れていない。また、スポンサーがいなくても、②の「問題に対する一般的な合意」すなわち「リスクの共有化」が行われれば、Bryson et.alの主張によれば、官民協力が成功しうると言っているが、この点については、「非営利セクターの結集がない」ということについては研究者である筆者の、他者に共有されていない考え方であり、簡単に共有できるものではなかった。③の「既存のネットワークの存在」にいたっては既存のネットワークが存在しないところをつなぎ合わせようとする運動であり、この点も初期には存在していなかった。

 したがって、混乱状態にあったという点を除けば、Bryson et.alの主張するセクター間協働が成功する「初期条件」の一つも満たしていない状態でスタートし始めたのである。実際に準備会は大混乱に陥った。 そこで「民都・大阪」フィランソロピー会議の最初の目標を上記三要件のうちの②の「問題に対する一般的な合意」に絞って運営をせざるを得なかったのである。というのも、大阪では2025年に万国博覧会が予定され、財界は資金集めに傾注しており、行政も当初から予算ゼロを主張して、①のスポンサーを探すことは困難を極めた。③の「既存のネットワークの存在」は最終的なゴールであり、当初から実現できるものではなかった。したがって、②の「問題に対する一般的な合意」を目指すほか選択肢がな かったのである。


図1 Bryson et. alの協働のフレームワーク

出所:Bryson et.al(2006)筆者訳



V 理論を信じた先のコロナの追い風

 非営利組織が法人格でばらばらであること、という問題意識の共有は合意形成が即座にできるものではなく、妥協の産物として、準備会を重ねる中で最終的に上記2の問題意識の共有を「東京一極集中の打破=二極のうちの一極」として、「東京一極集中に対するリスク」として合意形成がなされた。これだけでも、大きな進展であった。また、全員の合意形成はできなかったものの、「民都・大阪」フィランソロピー会議にご参加いただくメンバーの中には、政策の中に「非営利法人全体の声が反映されていない」という点に非常に賛同いただいたことも力強いサポートになった。

 また、コロナもあったために、時間をかけ非常にゆっくりと、ただし着実に歩める方針を採用せざるを得なかったことも結果的にはプラスに働いた。

 スピードは極めてゆっくりとしているが、揺るぎなく継続的に活動を展開することができたのである。

 Huxham&Vangen(2005)がセクター間協働における「小さな勝利」を一緒に達成することの有効性を主張していたことも、背伸びをせずに着実に実績を積み上げていくことにつながったと思う。この間、メンバー間の激しい対立も顕著に起こった。しかし、Bryson et.alの主張はパートナーシップでは対立が一般的であるため、対立を効果的に管理する場合、協働が成功する可能性が高くなるという主張もあり、対立は当然のこととして放置した。その結果、メンバーの中でフェイドアウトする人はいたが、それを許容し、メンバーを形式上も辞めた方は政治的理由からわずかに1名のみにしか過ぎなかった。

 予算がないことから、会議をオンラインで行おうとする動きは実はコロナ前から模索していた。コロナに突入して大阪府知事は2020年4月7日に緊急事態宣言を発令した。4月9日に予定されていた「民都・大阪」フィランソロピー会議は、ZOOMにより実施することとなった。しかし、大阪府・市ではオンライン会議の開催の前例がなく、最終的に、正式ではない形の会議として、したがって、同会議は議事録等の公式の記録には残っていないが、大阪府・市におけるオンライン会議の最初の事例となったのである13)

 それ以降の「民都・大阪」フィランソロピー会議は全てオンラインとなり、振り返ってみればDX時代(デジタル・トランフォーメーション) を先取りした形になっていた。

 また、4月22日には吉村知事が、コロナに関連し休業要請に従った中小の事業者と個人の事業者に休業支援金を独自に支給すると記者会見で公表した14)。しかし、それにもかかわらずに、支援金対象となった事業者は当初は中小企業と個人事業者だけであり、非営利法人はすっぽりと抜けていたのである。この点こそまさにビジネスセントリズムであり、同会議議長として、副首都局を通じて対応を依頼し、追加的に非営利法人でも対象となった15)。「民都・大阪」フィランソロピー会議にとってはこの事象は屈辱的な対応ではあったが、逆に、ここにおいて大阪府・市事務局と「民都・大阪」フィランソロピー会議との間で、非営利セクターが一つのものとして見えていない問題に対する「一般的な合意」が明確に共有されたのであった。

 つまり、コロナによって「民都・大阪」フィランソロピー会議はBryson et. alのいう初期条件の一つを満たすことができたのである。

 Bryson et. alの主張は、①スポンサーの存在、②問題に対する「一般的な合意」③「既存のネットワークの存在」のうちいずれか一つがあることがセクター間協力の成功の要件と述べていることから、2020年になって初めて、理論的に成功についての光明を見出したのである。

 そこからも遅々としたものではあるが、オンラインで公開の「フィランソロピー会議OSAKA」を毎年開催し、大阪の財団・社団の結集やセクター間協力を訴えて、ついに、大阪財団・社団連合会(会長堀井良殷)が誕生したのである。Huxham&Vangen(2005)のいう「小さな勝利」を重ねつつ、現在に至るまで、予算ゼロの中、7年間もこの組織が継続していったことは他の地域行政にとっても大きな意義があると信じてやまない。


(付記と謝辞)本稿は、非営利法人研究学会第27回全国大会の統一論題報告を加筆修正したものである。報告にあたっては大会委員長の初谷勇大阪商業大学教授に大変有益なコメントを頂戴した。また、7年間の活動は学術活動にも多くを依存しており、科学研究費補助金20K20280、22H00747なくしてはなしえなかった。ここに謝辞を述べたい。


[注]

1)大阪財団・社団連合会の申し入れもあり、2023年9月からは公益法人理事長が1名委員として選任された。

2)2023年5月1日筆者調べ。

3)国民経済計算上は 「私立学校」、「政治団体」も対家計民間非営利団体に含まれるが、他の調査が国民経済計算推計に利用できるため、内閣府調査では対象外となっている。

4)実際に、公益財団法人似鳥国際奨学財団、公益財団法人柳井正財団、公益財団法人孫正義育英財団など地方出身の新興富豪が続々と東京で財団設立している。

5)大阪府市特別顧問、猪瀬直樹氏が2015年12月の大阪副首都推進本部初会合で「公益庁」を提唱したことを契機とする。当時、首都機能の一部移転について政府が提案を受け付けていたことに対して、大阪では特許庁の大阪移転を主張していたことに対して、猪瀬氏は複 数の非営利法人管轄の役所を統合した公益庁を新設し、大阪での設置を提唱。しかし、「公益庁」は中央省庁の再編に係わる国家レベルの課題であり、大阪府・市の議論として現実 的に落とし込むために、まず、「公益庁」に対応する民間非営利組織の活性化としての「民都」が提案された。同様の主張については出口(2013)を参照。

6)筆者は有識者として議長に選任された。

7)なお、兼務とはいえ、大阪府・市職員の人件費等は投ぜられていたことになるので、ここでいう予算ゼロというのは事業費に相当するものである。

8)フィランソロピー都市宣言は以下の通りである。 世界では、寄附や投資等を通じた公益活動(フィランソロピー)が、社会的課題解決の第三の道として新たな時代の潮流となってお り、「フィランソロピーの黄金時代」を迎えたとさえ言われている。わが国においても、NPOや社会的企業など新たな公共の担い手の増加、CSR(企業の社会的責任)への関心が進む中、課題解決のための新しい鍵として、非営利セクターと政府との協働が注目されている。都市発展の歴史において民の力が大きな役割を果たしてきた大阪は、これまで民間公益活動の分野でも様々な先駆的な取組を生み出し実現してきた。こうした蓄積を活かし、この度、「民都」として大阪の民の力を最大 限に活かす都市をめざして、官民が協力し、非営利セクター関係者が法人格を越えて集う「民都・大阪」フィランソロピー会議を設置した。大阪は、この「民都・大阪」フィランソロピー会議を核として、府域全体におけ る地域活動も含めた民間公益活動の担い手が垣根を越えて集い、その多様性を活かしつつ繋がることで新たなアイデアや知恵を生み出すとともに、非営利セクターの活性化やソーシャルビジネスの拡大などを通じて、これまでになかった連携や協働を生み出していく。これにより、様々な分野において豊かで美しい大阪に向けて民が主体 となったソーシャル・イノベーションを創出する都市をめざす。そして、持続可能な開発目標(SDGs)の達成に貢献するとともに、世界のフィランソロピストの思いに寄り添う都市として、日本・世界中から第2の動脈(寄附、投資、人材、情報) が集まり、民間公益活動の担い手を育て・ 支えていくことでその活動を拡げ、社会的インパクトを次々と生み出し続ける都市をめざす。これらを通じて「フィランソロピーにおける国際的な拠点都市」の 実現をめざすことをここに宣言する。平成30年6月1日 「民都・大阪」フィランソロピー会議

9)全国から4団体の応募があったが、一般財団法人民都大阪休眠預金等活用団体以外は全て

東京都千代田区を事務所とするものであった。

10)2018年7月6日関西経済同友会池田代表幹事、12月5日関西経済連合会松本会長、12月 14日大阪商工会議所尾崎会頭との面談にて確認。

11)当該論文については、本学会関西部会での東郷寛先生にご教示いただいた。

12)副首都推進局は、大阪府と大阪市が共同で設置している組織(設置日 2016年4月1日)である。

13)大阪府・市はその後オンライン会議を積極的に導入していったが、ソフトはマイクロソフトのTEAMSで行っている。

14)2020年4月22日吉村府知事定例記者会見https://youtu.be/6pAJdEpRPkc 2024年2月1日視聴

15)なおこの時当初、中小「企業」だけを対象として非営利法人が抜けていたのは大阪府だけではない。北海道、茨城県、東京都、神奈川県、愛知県、岐阜県、京都府、兵庫県等が非営利法人にも時間差はあるが対応を行った。大阪府はこれらと比べても、「民都・大阪」 フィランソロピー会議が存在していたにもかかわらずに対応は遅かった。


[引用文献]

大阪府[2018a]「民都・大阪」フィランソロピー 会議の開催状況第1回会議 資料2 https:// www.pref.osaka.lg.jp/attach/27077/00278675/1-2.pdf 2024年2月25日ダウンロード

大阪府[2018b]フィランソロピー都市宣言 https://www.pref.osaka.lg.jp/attach/27077/00404339/senngenn.pdf 2024年 2 月25 日ダウンロード

ジリアン・テッド[2016]『サイロ・エフェク ト高度専門化社会の罠』土方奈美訳 文芸 春秋

ジリアン・テッド[2022]『Anthro Vison(アンソロ・ヴィジョン)人類学的思考で視るビジネスと世界』土方奈美訳 日本経済新聞出版局

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 (論稿提出:令和6年4月2日)


 


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