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≪査読付論文≫子ども食堂におけるドメインの定義 / 菅原浩信(北海学園大学教授)

更新日:2022年12月14日

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北海学園大学教授 菅原浩信


キーワード:

子ども食堂 ドメイン ボランティア 地域住民 学生・外部専門家


要 旨:

 本稿では、子ども食堂におけるドメインはどのように定義されているのか、具体的に明らかにすることを目的に、継続的な運営がなされている新潟県内の6か所の子ども食堂を事例として採り上げ、その分析および考察を試みた。その結果、これらの子ども食堂では、直面する環境状況に適合したドメインが定義されていることが明らかとなった。


構 成:

Ⅰ はじめに

Ⅱ 事例

Ⅲ 分析・考察

Ⅳ おわりに


Abstract

 In this paper, we analyze how children’s cafeterias define their domain. This paper examines case studies of six children’s cafeterias that are continuously operated in Niigata prefecture. The result indicates that these children’s cafeterias define their domain to fit in with their external environment.


※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。

 

Ⅰ はじめに

1 問題意識

 2014年7月に厚生労働省が公表した「平成25年 国民生活基礎調査」の結果によると、2012年には、子どもの相対的貧困率1)が16.3%となり、世帯全体の相対的貧困率(16.1%)を上回ったことが明らかとなった。これを契機に、「子どもの貧困」が深刻な社会的課題として位置づけられるようになった。

 その解決に向けた民間発の取組みとして、近年注目されているのが、子ども食堂である。子ども食堂とは、例えば、「経済的な事情などによって、家庭で十分な食事がとれない子どもに対し、趣旨に賛同した地域のボランティアが無料もしくは安価で食事を提供する活動」(赤松[2017]p.579)と定義されている。しかし、実際に子どもがどのような事情を抱えているのかについては正確には分からないし、多くの子ども食堂では、食事を提供するだけにとどまらず、居場所、地域住民との交流の場、学習支援の場としての役割も担っている。つまり、子ども食堂は、貧困の解消というよりは、むしろ孤食や孤立の解消を目的とした活動であるといえよう。したがって、本稿では、子ども食堂を「主として子どもを中心に、無料もしくは安価な食事の提供をはじめ、居場所づくり、地域との交流、学習支援等を行う活動」と定義する。

 子ども食堂安心・安全向上委員会が2018年1~3月に実施した調査によると、「地域の子どもに無料か安価で食事を提供する『子ども食堂』が、全国に2,286か所ある」(『朝日新聞』2018年4月4日付)ことが明らかとなった。これより、子ども食堂においては、今後、「どのようにして新たに立ち上げていくか」というよりは、「どのようにして継続的な運営を図っていくか」を考える段階に来ているといえよう。


2 先行研究

 子ども食堂に関する先行研究は、この2、3年の間に増加してきている。しかし、その大半は、子ども食堂の事例紹介や、設立・運営のノウハウの提示にとどまっている。

 その中で、子ども食堂の運営に関する具体的な分析としては、子ども食堂の実践結果に基づく分析を行っている松岡[2017]および佐藤[2017]があげられる。

 松岡[2017]は、名寄市における子ども食堂等のプロジェクトの実践結果をふまえ、⑴プロジェクトの評価点として、①参加(利用)者の対象を限定しない包括性、②広告媒体の有効性の把握、③市民の持つ地域力と子供や家族を支えたという地域の包摂力、④行政、教育委員会、社会福祉協議会、大学の連携が体制として形成されたという4点をあげるとともに、⑵ボランティアメンバーの確保と質の高さ、⑶スティグマを払拭する取組みにも言及している。

 一方、課題として、⑴家庭の支援が未着手であったこと、⑵広報の周知方法や情報のキャッチアップ、アウトリーチ、アクセシビリティをあげている(松岡[2017]pp.121-122)。

 佐藤[2017]は、八戸市における子ども食堂の実践結果をふまえ、その成果として、⑴メディアによる情報発信、⑵子ども食堂の拡大をあげている。

 一方、今後の課題としては、⑴すべての貧困の子供に支援が行き届くような活動、⑵子ども食堂の周知、⑶食育への取組みをあげている(佐藤[2017]pp.7-9)。

 しかし、これらの先行研究は、例えば、いずれも大学等の事業として子ども食堂の実践が行われたためか、運営に対する外部からの支援についての言及が十分とはいえない等、運営全体という視点からはやや断片的であり、子ども食堂が継続的な運営を図っていくためには何が必要かについて、必ずしも十分に言及されているとはいえない。


3 研究目的・研究方法

 子ども食堂の立ち上げに際しては、「困っている子どもを何とかしてあげたい」という「思い」が先行しがちであることが多い。しかし、そうした単なる「思い」だけでは、「そのために、何をどうすればよいか」ということが具体的に検討されないままとなり、子ども食堂を立ち上げたとしても、やがて行き詰ってしまうであろう2)

 そこで、子ども食堂が、その継続的な運営を図っていくためには、「何をする、何のための子ども食堂か」を明らかにする必要がある。すなわち、子ども食堂には、ドメイン(事業領域)の定義が求められる。一般に、ドメインとは、「組織体の活動範囲ないしは領域」であり、「製品やサービス、対象としている市場や顧客層、地域」(榊原[1992]pp.6-7)等によって記述できる。

 子ども食堂の運営主体のほとんどは任意団体やNPO法人である。こうした非営利組織の場合においても、「何をする組織なのか、何のためのNPOなのかを、外部の人たちも含めて、諸般に周知させなければならない。これは、ドメイン、つまり、守備範囲を設定することであり、これが組織として活動し始める第一歩」(田尾[2004]p.25)、「その組織が何をするか、そのドメインを確定することで、今後何をすべきであるのか、その戦略を基礎づけることになる」(田尾[1998]p.92)とあるように、子ども食堂の継続的な運営を図っていく上で、ドメインの定義は重要である。ただし、「何を、何のためにするか、ドメインを決めなければならない。しかし、その具体的な活動領域も、ミッションという抽象的な信念を受け入れることによって、はじめて確定する」(田尾[2004]p.26)ことから、ドメインの定義に際しては、どのようなミッションを掲げるのかについても考慮しなければならない。

 そこで、本稿では、子ども食堂におけるドメインがどのように定義されているのか、具体的に明らかにすることを目的に、継続的な運営がなされている新潟県内の6か所の子ども食堂を事例として取り上げ、当該子ども食堂を運営する団体の代表者等に対するインタビュー調査3)を実施し、その分析および考察を試みる。


Ⅱ 事例

 本稿における分析対象事例は、⑴「ふじみ子ども食堂」(NPO法人にいがた子育ちステイションが運営、新潟市東区)、⑵「ゆうやけこどもけやき食堂」(けやき食堂運営委員会が運営、新潟市西区)、⑶「元気百倍レストランなじょも」(元気百倍レストランなじょも運営委員会が運営、新潟市東区)、⑷「いちょう食堂」(いちょう食堂の会が運営、上越市)、⑸「子ども食堂」(フードバンクしばたが運営、新発田市)、⑹「あいあう食堂」(あいあう食堂実行委員会が運営、妙高市)の6か所の子ども食堂である。


Ⅲ 分析・考察

1 分析視角

 子ども食堂における食事の提供には、まず調理を担当するボランティアが必要であり、その多くは地域住民(主として主婦)が担っている。また、子ども食堂の受付や準備(設営等)、食材の寄付等についても、地域住民が担っていることが多い。

 一方、前述のように、多くの子ども食堂では、食事の提供以外にも、学習支援や地域との交流等が行われている。このうち、学習支援については、地域住民の中に適した人材がいないことが多く、その場合は、学生・外部専門家(例えば、教員OBや塾講師等がボランティアとして)が担っている。

 つまり、子ども食堂の継続的な運営に際しては、地域住民および学生・外部専門家が担う役割が大きく、⑴地域住民にどの程度子ども食堂の運営を依存しているか、⑵学生・外部専門家がどの程度子ども食堂と連携し、その運営に参画しているかの2点が重要となる。

 そこで、本稿における分析に際しては、「地域住民への依存度」および「学生・外部専門家の参画度」という2つの次元を設定する。


2 分析結果

 この2つの次元によって、6か所の子ども食堂を、以下のⅠ~Ⅳの4つのグループに分類することが可能である4)図表1)。


図表1 事例の内容とその分類

(インタビュー調査結果に基づき筆者作成)


 まず、6か所の子ども食堂では、それぞれが掲げたミッションによって、参加者のターゲット(「子ども」とするのか、「親子」「子どもと大人」「みんな」とするのか)が異なっている。

 そして、6か所の子ども食堂では、それぞれのミッションの実現を目指すべく、子ども食堂を早急に立ち上げるため5)、必要な経営資源の調達を図っている。その中で、子ども食堂における重要な経営資源の1つであるボランティアの全体に占める地域住民の割合6)によって、主たる参加者(「子ども」中心なのか、「子どもおよび大人」なのか)が異なっており、それは前述のターゲットと適合している。同様に、重要な経営資源の1つである開催場所が、一定程度の広さや相応の厨房がある場所(寺や公共施設等)なのか、それとも限られた広さや厨房しかない場所(団地の集会所等)なのかによって、提供しているサービス(食事以外にも学習支援、体遊び、学生との遊び・交流を提供するか、食事主体か)が異なっている。さらに、学生・外部専門家の参画の程度によっても、提供しているサービス(多様なサービス[食事や遊び・交流]か、単一のサービス[食事重視]か)が異なっている。

 その結果、これら4つのグループごとに、主たる参加者と提供しているサービスが、それぞれ異なっていることが明らかとなった。


3 考察

 これより、継続的な運営がなされている子ども食堂では、掲げたミッションの実現を目指し、必要な経営資源(ボランティア、開催場所、学生・外部専門家等)の調達を図っていく中で、直面する環境状況に適合したドメインが定義されていることが明らかとなった(図表2)。



図表2 グループごとのドメインの定義

(図表1の内容に基づき筆者作成)



 地域住民への依存度が高い場合(グループⅢ・Ⅳ)、子ども食堂は、地域住民が参加者やボランティアとして参画することに伴って、様々な交流機会の創出(例えば、子育てに関するアドバイスや昔遊び等)が期待できるため、参加者のターゲットを大人(保護者や他の地域住民)にも広げることが可能である。一方、地域住民への依存度が低い場合(グループⅠ・Ⅱ)、子ども食堂は、身の丈に合った規模(主として運営団体のメンバー)で効率的に運営することが求められるため、参加者のターゲットを子ども中心に絞り込む必要がある。

 学生・外部専門家の参画度が高い場合(グループⅡ・Ⅲ)、子ども食堂は、学生・外部専門家によって、子どもの遊び相手や学習支援、体遊びといった食事以外の様々な活動のノウハウが提供されるため、食事や遊び・交流のサービス(多様なサービス)の提供が可能となる。一方、学生・外部専門家の参画度が低い場合(グループⅠ・Ⅳ)、子ども食堂は、その運営団体には、食事以外の活動を提供できるノウハウ等を持っているメンバーが必ずしもいるわけではないため、食事重視のサービス(単一のサービス)に絞り込む必要がある。

 なお、直面する環境状況が変化した場合、子ども食堂には、そのドメインやミッションの再定義が求められる。例えば、地域住民への依存度が低下した場合(グループⅢ→Ⅱ、グループⅣ→Ⅰ)、参加者のターゲットを子ども中心に絞り込む、というドメインの再定義が求められる。それに伴い、「みんながつながる場」「親子のふれあいの場」といったミッションの再定義も求められる。


Ⅳ おわりに

 ドメインの定義は、あくまで子ども食堂の継続的な運営を図る上で必要な要素の1つにすぎない。例えば、子ども食堂を支えるボランティアのモチベーションの維持・向上等も、そうした要素の1つであろう。また、本稿での分析対象事例は、新潟県内に限定されている。さらに、子ども食堂が直面する環境状況は、例えば、行政の施策展開や地域コミュニティの状況等によって、大きく変化しうる。そこで、今後は、より多くの子ども食堂の事例を、ある程度の期間にわたって分析することにより、子ども食堂の継続的な運営を図っていくために必要な経営戦略や組織特性等の抽出を試みたい。


[謝辞]

 本稿は、北海学園大学開発研究所平成29年度総合研究「北海道における発展方向の創出に関する基礎的研究」の成果の一部である。また、本稿の作成に際しては、以下の皆様にインタビュー調査(肩書等は調査時点、カッコ内は調査年月日)や資料提供等のご協力をいただいた。関係各位に深く感謝する次第である。

 ⑴ NPO法人にいがた子育ちステイション理事長 立松有美氏、同副理事長 久住由紀子氏(2018年3月8日)

 ⑵ けやき食堂運営委員会代表 会田きよみ氏(2018年2月20日)

 ⑶ 新潟医療生活協同組合 なじょも関連事業所総合事務長 佐野政光氏(2018年3月16日)

 ⑷ いちょう食堂の会代表 金子光洋氏(2018年1月19日)

 ⑸ フードバンクしばた副代表 土田雅穂氏、同運営委員 多田浩氏(2018年1月20日)

 ⑹ あいあう食堂実行委員会代表 平出京子氏、同事務局 今田亜樹氏(2018年3月9日)

 なお、もし本稿に事実誤認や解釈の相違等があれば、それはすべて筆者の責に帰すべきものである。


 

[注]

1)子どものいる世帯全体に対する、等価可処分所得が一定基準に満たない世帯の割合を指す。

2)当初の「困っている子どもを何とかしてあげたい」という「思い」だけで、「子どもの貧困」の解決を図ろうとすると、貧困世帯の子どもを特定することにつながり、「あそこは貧困世帯の子どもが行く場所」といった偏見が生じる可能性がある。それを防ぐために、「子どもなら誰でもよい」、「大人でもよい」、ということになってしまい、結果として、当初の「思い」が ぼやけてしまいがちになることが、この背景の1つとしてあげられる。

3)インタビュー調査の項目は,①はじめた理由(きっかけ)、②運営方針、③活動内容、④運営に影響を与える個人・組織、⑤運営体制、⑥成果、⑦継続できた理由、⑧問題点・課題、⑨今後の方向性の9点である。

4)ふじみ子ども食堂は、ボランティアは好きな時間に来て、好きな時間に帰っていくというスタイルであることを考慮すると、ボランティア(地域住民と学生)への依存度は低く、したがって、地域住民への依存度および学生・外部専門家の参画度はいずれも低いと考えられる。

5)多くの子ども食堂は、その準備期間(立ち上げを企図してからオープンに至るまでの期間)が数か月程度と、同じ「居場所」としての機能を持つふれあいサロンがオープンまでに1年以上かけることが珍しくないのに比べ、短くなっている。例えば、ふじみ子ども食堂は5か月(2015年8月に県外の子ども食堂を視察、オープンは2016年1月)、あいあう食堂は7か月(2017年2月頃より立ち上げに着手、オープンは2017年9月)であるが、これは、運営団体のメンバーの中に、「子どもの支援の場」や「みんながつながる場」がすぐに必要であるという強い意識があったからだと考えられる。

6)ふじみ子ども食堂のボランティア登録者のうち学生は28人にすぎないが、学生は、調理だけでなく、子どもの遊び相手として積極的に関与しており、重要な役割を担っている。また、毎回のボランティアの参加が10人程度であることも考慮すると、ふじみ子ども食堂の場合、ボランティア全体に占める地域住民の(質的な)割合は必ずしも高いとはいえないと考えられる。

 

[参考文献]

赤松利恵[2017]「学童期における子どもの食の課題と対策」、『保健医療科学』66⑹、pp.574-581。

松岡是伸[2017]「名寄市における子どもの学習支援・子ども食堂・子どもの居場所づくりの実践-地域における各機関・団体の連携とスティグマの払拭を願って-」、『地域と住民:コミュニティケア教育センター年報』⑴、pp.109-124。

榊原清則[1992]『企業ドメインの戦略論』、中央公論社。

佐藤千恵子[2017]「実践報告 『子ども食堂』への取り組み」、『八戸学院大学短期大学部研究紀要』㊺、pp.1-11。

田尾雅夫[1998]『ボランタリー組織の経営管理』、有斐閣。

田尾雅夫[2004]『実践NPOマネジメント-経営管理のための理念と技法』、ミネルヴァ書房。

論稿提出:令和元年12月11日

加筆修正:令和 2 年 3 月30日


 



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