≪論文≫公益法人税制優遇のルビンの壺現象:価値的多様性と手段的多様性への干渉

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国立民族学博物館教授 出口正之


キーワード:

公益法人制度改革 公益法人税制 理念の改革 理念的積極論 価値的多様性 手段的多様性 ルビンの壺現象


要 旨:

 本稿は公益法人税制が課税強化から促進税制への180度転換となったことに関する政策的意図を辿り、理論的な裏付けを行ったものである。パレート効率性の観点から税制優遇の根拠を議論し、単に不祥事を無くすという理念的消極論からは、税制の転換は不可能だったことを明らかにした。したがって、税制改正のカギを握るのは、公益法人としての行政や企業にはない特性の発揮、すなわち、「価値的多様性」と「手段的多様性」の重要性を指摘した。

 そのうえで、「箸の上げ下ろしの指導」をやめると言っていた行政庁の監督が、税制上の優遇を口実にすることで、過剰に正当化され、却って公益法人の自由で柔軟な活動を奪っている状況を明らかにして、それを「ルビンの壺現象」と命名して警鐘を発した。


構 成:

Ⅰ はじめに

Ⅱ 「理念の改革」としての改革の立法趣旨

Ⅲ 旧主務官庁制度の問題点

Ⅳ 寄附金控除制度の理論と税制調査会

Ⅴ 立法趣旨の取違えと「爪楊枝の上げ下ろしの指導」への変化

Ⅵ 結論としての「ルビンの壺現象」


Abstract

 This paper illustrates a theoretical proof of the policy intention regarding the 180-degree transition of the public interest corporation tax system from the strengthening to the promotion.

 From the viewpoint of Pareto efficiency, the reason for tax incentive was discussed, and it was clarified that the tax system could not be changed from the idealistic negative theory of simply eliminating scandals. Therefore, it was pointed out that the key to the tax reform is to exert the characteristics that the public interest corporations can have “value diversity” and “instrumental diversity” both of which neither the public sector nor business sector can have .

 The superintendent of the administrative agency, who had said that it would stop giving over instructions like “raising and lowering chopsticks”, was overly justified by pretending to be tax incentives, and instead took away the free and flexible activities by public interest corporations. This paper clarified the situation and called it the “Rubin's vase phenomenon” and issued a warning.

Ⅰ はじめに

 公益法人制度改革から10年を経て、政府文書には公益法人に対する行政庁の監督には「税制優遇を受けているのだから」という枕詞が増加し始めてきている1)。改革初期にはこのような「枕詞」は、存在しなかった。

 もともと主務官庁の「箸の上げ下ろし」を止めると言って、不明瞭な指導監督の改善をめざしてスタートした公益法人制度改革であった。改正前民法時代は、「指導監督基準」は存在していたものの、公益法人に関することは法律上、わずかに56条しか存在していなかった。改革では、法律の条数だけで868条に増えたばかりではなく、政令、府令、さらに新公益法人会計基準、ガイドラインなどでルールを明確化し、ルールの範囲内では、法人活動を法人自治(ガバナンス)に委ね、情報公開を促進させることとなった(出口[2018])。

 しかしながら、「税制優遇を受けているのだから」という口実により、ルールにない事項に行政庁が堂々と口出すようになっている2)

 本稿では、立法趣旨の起点を再考し、税制改正180度転換の理論的背景を考察することによって、「税制優遇を受けているのだから」という行政庁の指導監督の正当化がどのような効果をもたらせるのかを考えてみたい。


Ⅱ 「理念の改革」としての改革の立法趣旨

 平成13(2001)年1月から平成15(2003)年7月まで、当時の内閣官房行政改革推進事務局行政委託型公益法人等改革推進室(以下「公益法人室」という。)の初代室長であった小山裕は、立法趣旨について以下のように述べている。

 「改革の目的を『民間非営利活動を促進する経済・社会システムの確立』に置き、公益法人制度改革は、この目的に沿うべく進めるべきとしたのである。この考えは、平成15年6月の閣議決定『公益法人制度の抜本的改革に関する基本方針』にも貫かれている。時として、『民間非営利活動の推進』という目的は後から出てきたものの如き論調も目にするが、当初からの揺るがぬ考えである。」(小山[2009]p.129。下線部筆者加筆)。

 これは立法趣旨の主眼が「民間非営利活動を促進する経済・社会システムの確立」という理念すなわち「理念的積極論」に立脚したものであることを強調するとともに、その取違いに注意を喚起した極めて重要な一文である。この注意喚起は改革10年を経て、もう一度関係者全員が噛みしめるべきものである。

 というのも「公益法人制度改革は、公益法人室において産声を上げた。」(小山[2009]p.116)のであり、その当の公益法人室長の言葉だからである。それまでの日本の非営利法人制度は、基本法たる民法については変更することができないことを前提に、特別法として法人別の法律ができあがっていた。公益法人制度改革直前にできあがった特定非営利活動促進法も、民法を改正せずに特別法として成立している。民法改正を伴う公益法人の制度改革は「実現不可能とすら言われた」3)のであり、民法の改正を考える人は、まさに覚悟を決めた無謀な挑戦「ドン・キホーテ」に擬せられてしかるべきだった(小山[2009]p.116)。

 この小山の主張は、平成15(2003)年6月の閣議決定『公益法人制度の抜本的改革に関する基本方針』をはじめ、いくつもの公文書でその主張の正しさが確認可能である。

 平成13(2001)年7月の「公益法人制度についての問題意識 ― 抜本的改革に向けて ― 」(行政改革推進事務局)においてでは、「今後の公益法人の果たすべき役割や在るべき姿を見据え、現在の制度の抜本的な改革に向け、真剣な検討が求められている。」と公益法人制度改革の必要性を主張している。また、諸問題として挙げているのは、「『公益』の範囲、『公益性』の判断」、「公益法人の設立許可」、「主務官庁の指導監督」、「公益法人の機関・組織、ガバナンス・規律のあり方、監査等」、「公益法人のディスクロージャー」、「公益法人に対する税制」、「公益法人から中間法人・営利法人への移行」である。特に、「主務官庁の指導監督」については、「指導監督により法人の健全な運営を確保するといった考え方に限界はないか。」と述べるなど、明確に指導監督の問題意識を有していた。

 さらに、平成14(2002)年の閣議決定では次のように述べられている。

 「最近の社会・経済情勢の進展を踏まえ、民間非営利活動を社会・経済システムの中で積極的に位置付けるとともに、公益法人(民法第34条の規定により設立された法人)について指摘される諸問題に適切に対処する観点から、公益法人制度について、関連制度(NPO、中間法人、公益信託、税制等)を含め抜本的かつ体系的な見直しを行う。」(閣議決定[2002]公益法人制度の抜本的改革に向けた取組みについて)。

 また、閣議決定直後の事務局でまとめられた平成14(2002)年4月の「公益法人制度の抜本的改革の視点と課題」については、少々長いが改革の趣旨について引用しておこう。

 1 改革の目的
 ⑴ 民間非営利活動を促進する経済・社会システムの確立
  我が国においては、個人の価値観が多様化し、社会のニーズが多岐にわたってきている。また、地域を基盤としたコミュニティは、大都市への人口集中等により、その役割が低下しつつある。その一方で、阪神・淡路大震災等を契機に、民間非営利活動に対する関心が高まり、個人の意識の上で、自ら社会の構築に参加し、自発的に活動していこうとの傾向が強くなっている。
  国民に対して様々なサービスを提供する主体は、行政部門、営利部門、非営利部門の3つに大別することができる。このうち、行政部門の活動は法律・予算に基づくことが条件となっており、公平・公正を重んじるため、画一的なものとなりがちであり、機動的な対応は難しい面がある。また、営利部門の活動は収益をあげることが前提となるため、採算の見込みがない分野に対応することは基本的にない。すなわち、行政部門、営利部門だけでは様々なニーズに対応することがより困難な状況になっている。
  非営利部門は、行政部門や営利部門が持つこのような制約が少ないため、一定の分野については、柔軟かつ機動的な活動を展開することが可能である。
  このような特性を持つ非営利部門は、多様なサービスを提供し、行政部門や営利部門では満たすことのできない社会のニーズを満たし、その結果として社会に安定や活力をもたらす。
  したがって、個人の価値観の多様化、政府の役割の限界等が指摘される現在、民間非営利活動を促進していくことは、21世紀の我が国社会を活力に満ちた社会として維持していく上で非常に重要である。
  国際的にみても、特に先進各国においては、環境問題への取組みにみられるように、NGOをはじめとした民間非営利活動と行政との連携が不可欠なものとなっている。
  民間非営利活動の促進は、「官民の役割分担」「機動的な公共サービスの実現」「国民の主体性、自己責任の尊重」といった観点から「小さな政府」の実現にも資するものである。(行政改革本部[2002]下線部筆者加筆)

 ここでは、第1に改革の起点が、「阪神・淡路大震災等を契機に、民間非営利活動に対する関心が高まり」という点が挙げられている。つまり、社会が民間非営利活動の有用性を認めたことが改革の起点であって、公益法人の不祥事を契機としたものでないことは明確に述べられている。その結果として、行政部門、営利部門とは異なるものとしての第3の部門として「民間非営利活動」の意義が繰り返し述べられているのである。

 この点は小山が主張した平成15(2003)年の閣議決定には、「我が国においては、個人の価値観が多様化し、社会のニーズが多岐にわたってきている。しかし、画一的対応が重視される行政部門、収益を上げることが前提となる民間営利部門だけでは様々なニーズに十分に対応することがより困難な状況になっている。

 これに対し、民間非営利部門はこのような制約が少なく、柔軟かつ機動的な活動を展開することが可能であるために、行政部門や民間営利部門では満たすことのできない社会のニーズに対応する多様なサービスを提供することができる。その結果として民間非営利活動は、社会に活力や安定をもたらすと考えられ、その促進は、21世紀の我が国の社会を活力に満ちた社会として維持していく上で極めて重要である。」(閣議決定[2003]下線部筆者加筆)と同様の趣旨が述べられているのである。

 このような議論は、我が国でも1980年代から林雄二郎らの「サードセクター論」をはじめとして何度となく主張されてきていた(林雄二郎・山岡義典[1993]、橋本徹他[1986]、出口正之[1993]、本間正明[1993])。しかしながら、実際の公益法人の活動の中で社会的に認知はされていなかったといってよい。これらが社会に現実のものとして映ったのは、阪神・淡路大震災後の法人格に依拠しない抽象的な民間非営利活動であった。逆に、阪神・淡路大震災以降は社会にとって民間公益活動の重要性が認識されるようになり、論調としての「サードセクター論」は主張する必要もなくなっていたのである。

 つまり、公益法人制度改革は、既存の公益法人が運動を起こしてなされた現実の公益法人を元にした現実的な改革ではなく、行政が発端となって抽象的なサードセクターとしての理想を追い求めた「理念の改革」なのである。


Ⅲ 旧主務官庁制度の問題点

 さらに小山は改革前の旧主務官庁制度の問題点を、以下のように認識していた。

 「民法上監督権限はあるのであるから、公益法人側に何か問題が生じた場合は、権限を行使しなければならない。特に、どこかの法人が不祥事でも起こすと、監督はどうなっている、との大合唱が起きる。そして、そこでとられるのが最も安易な対処法、すなわち行為規制の強化である。つまり、法人の箸の上げ下ろしまでとやかく言うということになり、第2の問題点、何のために監督するのかということにつながっていく。」(小山[2009]p.122)。

 さらに「不祥事→規制強化→不祥事→規制強化の繰り返しが何をもたらすかといえば、自由な法人活動の萎縮である。自律的な市民社会においては、民間における公共的活動を助長していくのは行政の大きな責務であるはずだが、ここにはそういった配慮はない。むしろ逆に作用する。」(小山[2009]pp.123-124)。

 以上のように述べ、「起点」を不祥事と認識することは、「逆に作用することになる」とはっきり認識していた。

 上記小山論文中に「後から出てきたもののごとき論調」とあるのは、改革の目的が公益法人に対する規制強化が第一義的な目的であって、その後、民間側の盛り返しがあって、第2の目的として『民間の公益の増進』が出てきたのだという見方である。小山はこの観点の例示として、わざわざ公益法人協会[2007]を挙げている。

 そこでは公益法人制度改革は、以下のように180度ストーリーが変わっている。

 「行政改革の一環として公益法人が内包する諸問題(天下り、不要不急の補助金給付、不公正取引、営利競合など)を解決するために公益法人制度改革を取り上げる動き(平成8年7月与党行政改革プロジェクトチームの提言)と平成12年理事長が逮捕された中小企業経営者福祉重業団(いわゆるKSD事件)など公益法人の乱脈経営を糺す目的で制度改革を取り上げようという動きでした。このように、当初の発端は現行の制度を将来の発展を目指して“より良いものにする”というプラス思考の積極的な姿勢というよりは、一連の不祥事の撲滅や天下りの弊害の除去というネガティブ思考の消極的な姿勢から始まりました。しかしながら、その後公益法人関係者、研究者、マスコミなど多くの民間有識者の関心と発言が高まり、市民による非営利の公益活動の発展を促すという、より前向きな目的が政府においても確認されるに至りました。」(公益法人協会[2007]p.9)4)

 驚くことに、起点は平成8(1996)年の指導監督基準の策定にわざわざ置き、「乱脈経営を正す目的で制度改革を取り上げようとした。」と全く小山の主張と異なるストーリーを展開した。小山がわざわざ論文の形で「起点の違い。立法趣旨の違い」を主張したのは、自らの業績を主張したいがためではなかろう。「不祥事」を起点にしてきた規制強化に意味がなかったことを認めることで、抜本的に改革しなければならないと考えていた小山の主張が、曲解されることを恐れたからに他ならない。そして、その杞憂は残念ながら現実のものとなりつつある。


Ⅳ 寄附金控除制度の理論と税制調査会

1 税制の理論の整理

 次に税理論との関係を整理したい。立法趣旨が行政部門、営利部門の二元論を越えて、第三のセクターとしての民間非営利部門の特質に着目したことはすでに述べた。それでは税との関係から民間非営利部門の存在意義を考えていこう。

 理論的には、「市場の失敗」が存在しなければ、政府部門の出現は必要なくなる。あらゆることは、市場原理に任せておいた方が効率的になる。しかしながら、現実には「市場の失敗」が存在するので、政府部門が必要となってくる(=厚生経済学の第1基本定理が成り立たない=市場だけではパレート最適とならない状態)。(橋本他[1986]、山田[1993])。

 市場が失敗する理由として、公共財の存在、情報の非対称性、外部性の存在(負の外部性、正の外部性)、独占などが挙げられている。市場が失敗するために、税によって必要な供給がなされる。そうすると、「市場の失敗」だけでは、民間非営利部門の必要性は生まれない。長らく民間非営利部門の重要性が認識されてこなかったのは、市場と政府の存在で多くの問題は解決可能だと考えられてきたからである。しかしながら、政府の活動にも「政府の失敗」が存在し、やはり、パレート最適の状態にはならないことが明らかになってきた。そこで非営利活動が登場する。このような理論は1970年代からWeisbrodをはじめ盛んに提唱されていた。我が国にパレート最適性と公益法人の税制の関係が議論されたのは、橋本徹他(1986)が最初である。さらに山田太門(1993)、本間正明(1993)で公共財の理論と非営利法人の関係が議論されている。また、齋藤(2014)は市場の失敗、政府の失敗論から公益認定について論じている。

 ここで、「政府の失敗」や「政府への批判」とは、次のようなものが挙げられている。

 ① レント(超過利潤)・シーキング仮説:関連する企業が利益集団として官僚に働きかけ政府支出の過大を招く5)

 ② ミディアム・ボーター仮説:公共選択理論の中で、民主主義による投票では中位投票者の選択が選ばれることから、少数者のニーズは無視される。

 ③ 官僚制に伴う硬直性仮説:決められたやり方を、毎日ラバースタンプを押し続けることになる。

 ④ ハーベイロードの前提:市場の失敗を修正するにしても、その最適解を政府が知っているというあり得ない前提のもとになされている。

 そこで、ようやく民間非営利の概念が出てくるわけであるが、「政府の失敗」は民間非営利の存在意義を語ることはできても、それによってパレート改善がなされるという保証はないことである6)

 こうしたことを前提に、それでも、民間非営利活動の有用性を主張しうる理論は、公共財の中には、多様性に基づく社会では供給されない状態が存在するという多様性仮説である。多様な社会の民間非営利部門では、供給されない財を需要する「ハイデマンダー」が存在し、しばしばハイデマンダー自身が供給側に廻るとするハイデマンダー仮説等が存在する。こうした理論を検証しながら、税制上の優遇措置との関係を考えていきたい。

 税制上の優遇措置を巡っては、寄附金に対する控除制度の量的側面から効率性を実証する手法が、Feldsteinをはじめとして積極的に実施されている(Feldstein[1975]、Feldstein&Taylor[1976])。この手法は所得税との関係で「寄附の価格」を想定し、寄附金控除の度合いが大きければ、実質的な寄附負担額が下がる。したがって、寄附の価格弾性値に着目し、価格弾性値の絶対値が1より大きくなる場合、言い換えれば、寄附金控除制度による税収の減少分よりも寄附金の増加分が多くなる場合は、「効率的」として実証分析をする方法である(跡田他[2002])。

 Peloza&Steelは、40年間における69もの実証研究の結果を分析することで、「価格弾性値の推定方法については必ずしも合意がなされていない。」ものの、実証分析の結果としては「寄附金の所得税控除が財政上効率的であり、1ドルの寄附費用の控除により、1ドル以上が民間慈善活動を通じて慈善団体に寄附されることを示唆している。」(Peloza&Steel[2005]p.28)と結論付けている。


2 政府税調の考え方

 価格弾性値の実証研究は量的側面に限られる。主として米国で行われているために、寄附金控除対象範囲の拡大時の質的変化の実証研究は存在しない。例えば、国の機関である独立行政法人にだけ寄附金控除制度を導入するのと、民間公益法人にも拡大するのとの相違も実証はされていない。

 なぜ、立法趣旨の起点にこだわるのかというと、この点に大きな影響を与えるからである。

 政府税制調査会(以下「税調」という。)では、長らく公益法人に対する課税強化の論調に支配されていた。寄附金控除が制限されていたことについては、そもそも民間公益団体への寄附金控除を拡大することへの社会的コンセンサスが得られていなかったことの方が大きい。国が税金として公共財の原資を集めて使うことの方が、わざわざ民間に税の優遇を与えて税収を減らしてまで、たとえ税収減を上回る民間への寄附があったとしても、税調としてはその意義を認めていなかったことにある。例えば、21世紀の税制の基本を定めた税調の報告書「わが国税制の現状と課題 ― 21世紀に向けた国民の参加と選択 ― 」(平成12[2000]年)は課税強化に終始していた。当時の税制上の措置については「その法的位置付けなどに着目して、課税の対象とされていないものがあります。しかし、課税の公平・中立の観点からは収益事業課税の原則に則ることが適当であり、この制度については、一般法人の営む事業との競合の実態などを踏まえ、そのあり方について検討していくことが必要ではないかとの意見があります。」(税調[2000]p.187)。他方で、公益法人等の中でNPO法人だけは特掲され、「NPO法人は、非営利活動の担い手の一つとして、21世紀に向け活力のある経済社会を構築していく上で今後その役割を果たしていくことが期待されています。」と「期待」が述べられていたこととは対照的であった。

 これが促進税制へと180度転換させる契機を与えたのが、平成16(2004)年の「わが国経済社会の構造変化の『実像』について~『量』から『質』へ、そして『標準』から『多様』へ~」(以下「実像把握」という。)である。この中で、「社会の多様化が著しい中、様々な社会の問題に柔軟に対応していくためには、『政府が担う公共』はもとより『民間が担う公共』に個人が主体的に参加していくことが求められている。」(税調[2004]p.11)と述べられている。この報告書は税調の方向性を大きく変える決定的な報告書となった。ここでのポイントは、「多様化」であり、民間による柔軟な対応という「公共」の質的変化なのである。何よりも大事な点は「民間が担う公共」に対する社会の一定の理解が得られたことが大前提なのである。税調の報告書では明示的に「阪神・淡路大震災後の民間非営利団体の活動」とまでは既述されてはいないが、もともと税調で民間非営利活動が重視されていたわけではないからこそ、本報告書がそのことを明示的に記載し、その重要性を主張したことが税調にとっては決定的に大きかった。税調も「理念の改革」に乗って「理念的積極論」に基づいて税制改革の方向性を180度転換したのである。言い換えると、単に公益法人が不祥事をなくして「良いことをしているのだから」という理由だけでは、実は促進税制の論理は出てこないのである。


3 質的差が存在しない場合

 非営利の経済理論としては、効用関数のパレート最適性の観点から市場の失敗、政府の失敗を元に非営利セクターの存在意義を理論づけた(Weisbrod[1977]、Rose-Akerman[1986]、他多数)ものが定説となっており、その中でも多様性が強調されている(例えばHannsman[1986])。

 ここで研究者としてはなじみの深い「研究助成」を例として、経済学理論に基づいて考えてみよう。研究費の供給を市場だけに任せた場合には、基礎研究は万人に利益をもたらせるいわゆる非排除性(費用を負担していない人に対してその恩恵を排除できないという性質)を有する公共財となる。したがって、商品化には直接結びつかない基礎研究にはフリーライダーが生じるため、市場では研究費を最適な量まで供給しないであろう(いわゆる「市場の失敗」の状況)。そこで、「市場の失敗」に対応する形で政府が日本学術振興会(独立行政法人)に資金を提供し、必要な研究に助成することになる。その場合、日本学術振興会の研究助成は、税金原資であることから、「政府の失敗」の1例である中位者投票定理(Duncan[1948])に制約される。中位者投票定理は公共選択理論で広く認められた「政府の失敗」の重要な考え方で、多数決投票における均衡モデル及び定理の1つである。中位投票者にとっての最適点が社会的に選択され、他の多くの選択肢が失われる。そして、多様な社会であればあるほど失われる選択肢も多くなる。 言い換えれば、パレート最適の状態にはなっていないのである。

 今、このような状況の中で、仮に日本学術振興会と多数の民間公益法人の研究助成が存在したとする。このとき「手続き及び内容が質的に同じ」だと仮定しよう。さらに、研究助成機関に対して寄附したいという寄附者が存在し、その寄附者は寄附金控除対象団体だけに寄附をするとする。また、寄附金の総額は一定だと仮定しよう。

 この時に、

 ① 日本学術振興会だけに税制上の寄附金控除の優遇措置を独占させた場合

 ② 日本学術振興会に加えて、多数の民間公益法人にも税制上の寄附金控除の優遇措置を付与した場合

 以上2つの場合を考えてみる。

 そうすると日本学術振興会だけに寄附金控除を付与した場合には、日本学術振興会の予算が寄附金によって増えるだけであるから、研究者の申請書を書く全体の作業量は変化せずに単に助成該当者の1件当たりの金額が増加するか、その人数の増加に伴い採択率が上昇することになる。したがって、いずれも社会的効用関数はパレート改善される。

 これに対して民間公益法人にも寄附金控除を与えた場合には、研究者は各法人に申請書を送付せねばならず、そのことによって助成されない申請書が社会的に増加する。したがって、その点において、社会的効用関数は①に比して低下する。

 また、それぞれの法人で選考の費用及び管理費が発生するため、寄附金のうち研究助成金として使用される分は減少するから、社会的効用関数は同じく①に比して悪化する(表1参照)。


表1 税制優遇の集中と分散時におけるパレート効率性の変化(質に差がない場合)