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  • ≪査読付論文≫NPO経営者におけるアカウンタビリティの質的データ分析:マルチステークホルダー理論に基づく考察 / 中嶋貴子(大阪商業大学専任講師)・岡田 彩(東北大学准教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 大阪商業大学専任講師 中嶋貴子 東北大学准教授    岡田 彩 キーワード: アカウンタビリティ NPO マルチステークホルダー 質的データ分析 NPOマネジメント 要 旨: 本研究では、革新的なサービスによって社会的課題の解決を試みるNPO経営者らのアカウンタビリティ概念について質的データ分析による解明を試みた。マルチステークホルダー理論に準じて、NPOの経営者が有するアカウンタビリティに対する共通概念を導出した結果、1)成果向上に対する交渉的アカウンタビリティ、2)ミッションに基づく先見的アカウンタビリティ、3)参加促進に対する創造的アカウンタビリティの3つの概念が示された。さらに、Salamon[2012]が論じたNPOセクターの推進力を検討した結果、NPOセクターを推進する経営者の概念には、日本特有の概念が存在する可能性が示唆された。 NPO経営者の有するアカウンタビリティに関する概念は、個々の組織を超えて、NPOセクターを牽引する推進力として影響を及ぼすことをNPO経営者と多様な利害関係者が共に認識することにより、NPOセクターの更なる発展が期待される。 構 成: Ⅰ 研究の目的と背景 Ⅱ 先行研究 Ⅲ データの収集方法と概要 Ⅳ 分析結果 Ⅴ まとめと今後の課題 Abstract This paper examines accountability strategies of nonprofit managers working to solve social issues through innovative means. Applying multi-stakeholder theory, the study employs qualitative method and extracts three common strategies: negotiated accountability to enhance outcomes, anticipatory accountability based on respective missions, and creative accountability to encourage citizen participation. Additional analyses exploring Salamon’s four impulses shaping the nonprofit sector revealed a force potentially unique to the Japanese context. The paper argues that understanding accountability strategies of nonprofit managers is meaningful not only for better management of individual organizations, but also for development of the entire sector. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ 研究の目的と背景 近年、日本のNPO(Non-Profit Organization)を取り巻く経営環境は、公益法人制度改革や寄付税制の改正など、急速な変化を迎えている(Okada, Ishida, Nakajima and Kotagiri[2017])1)。その中で、利潤を追求しないNPOが継続的に安定して事業を実施するためには、資金や人材、専門的技術などを活用した戦略的な経営を目指すことが求められている(田中[2000]、Worth[2012])。しかしながら、日本のNPOの財政規模は比較的小規模であり、職員数も少ないなど、経営資源が不足していることから(内閣府 [2018])、吉田[2017]が指摘するように、まずは記述論や基礎理論に基づく研究によって、NPO経営における規範や指針の検証と解明が望まれる。 NPOが社会的課題の解決を起源とするミッションベースの組織であり、多様な利害関係者が関与することから、NPOの経営者らは個々の利害関係者に対する説明責任を果たしながら、戦略的に組織マネジメントを行うことが求められる(Drucker[1990, 1999])。また、NPOが社会変革を担うような革新的なサービスを継続的に提供するためには、NPOの組織的特徴や経営環境に対応しながら自律的で安定したマネジメントに取り組む必要がある(田尾・吉田[2009]、Worth [2012])。 Kearns[1996]によれば、ここで重要となるのが、NPOの経営者らが組織を取り巻く多様な利害関係者のうち、「誰を重視しているのか」(to whom)、「何を目的としているのか」(for what)、そして、その達成のために、「どのような対応方法を取るのか」(how)という3つの意識である。これら3つの意識は、経営戦略における説明責任(アカウンタビリティ)の中心的概念を形成し、個々の組織における経営方針の指針となる。さらに、Salamon[2012]によれば、これらの経営方針は経営者やリーダーに内在する推進力(impulses)に起因するという。 このように、NPOの経営戦略を形成する中心概念がNPOセクターを牽引する推進力の方向性を示す一因であるとすれば、NPO経営者に共通する概念を明らかにすることによって、NPOを担う人材育成や多様な法人格を有するNPO施策に対し有益な政策的示唆を得ることが期待される。そこで、本研究では、革新的なサービスによって社会的課題を解決しようとするNPOの経営者らは、彼らを取り巻く多様な利害関係者のうち、誰を重視して(to whom)、何を目的として(for what)、そして、どのような対応方法によって(how)、「アカウンタビリティ」という概念を形成し、どのような行為によってその説明責任を果たそうとしているのか、NPOの経営者に対する質問票とインタビューから共通する認知的・非認知的概念を抽出し、構造化することによって解明を試みる。具体的には、NPOの代表理事や事務局長など、経営に中心的に関与する経営者や職員を対象としてインタビュー調査を実施し、質的データ分析法によるコンテンツ分析を行い、経営者らがアカウンタビリティという文脈において有する共通概念を抽出していく。経営者が潜在的に有する意識や志向など、アンケート調査では十分に捉えることができない要因を捕捉したテキストデータを分析対象とすることによって、マルチステークホルダー理論に基づいたNPOの経営者や組織的行動を明らかにし、今後のNPO経営や組織マネジメントに資する示唆を導く。 以下、Ⅱ章では、先行研究から本研究の位置づけと理論的枠組みを示し、Ⅲ章において、本研究で用いるデータと分析方法について説明する。そして、Ⅳ章において、分析結果に基づいてNPO経営者らが有するアカウンタビリティに対する概念を抽出し、利害関係者と対応方法に関する概念マトリックスから検証を試みる。最後に、Ⅴ章として、本研究における限界と今後の発展性を論じる。 Ⅱ 先行研究 近年の研究において、アカウンタビリティは、狭義な捉え方から、より広義な概念へとその理解が転換してきている。例えばBovens[2007]は、アカウンタビリティ概念が、簿記・会計の適性性や正確性を示すものにとどまらず、政治学や社会学においても、効率性や有効性を示すパブリック・アカウンタビリティという広い概念を有するようになった経緯を法学的見地から論じている。さらに、山本[2013]が日本におけるアカウンタビリティ概念の変遷について論じた通り、政治や社会的な環境変化によって変容するものとしての理解が提唱されてきたのである。これらの変容は、NPOの経営者らが組織内外の多様な利害関係者を対象と捉えて組織の活動や経営方針に関する説明責任を果たそうとする行為として、マルチステークホルダー理論に基づき研究されてきた(Romzek and Dubnick[1987])。 株式会社など営利企業の場合、組織と利害関係者の関係は、株主や出資者などの依頼人(プリンシパル)が経営の代理人(エージェント)という2者のプリンシパル・エージェント理論によって説明される(Finer[1941]、Steinberg[2010])。これを2者間における狭義のアカウンタビリティとするならば、公益性や社会性を有する事業に取り組むNPOの場合、組織を取り巻く利害関係者は、会員や寄付者、政府、営利企業など、資金提供者のほか、組織運営に関与する理事やスタッフ、ボランティア、市民など、より広域で多様性を有する(Kearns [1996])。そのため、NPOは活動目的や倫理観など、広義の説明責任を多様な利害関係者に尽くす必要が生じる(Cooper[1990]、Lawry[1995]、Fry[1995]、Bovens[2007]、馬場[2013]、山本[2013])。このように、NPOのアカウンタビリティを狭義のアカウンタビリティと区別したより広域的なマルチステークホルダー理論によって論じられる(Aggarwaletal.[2012]、Ebrahim[2003]、Hofmann and McSwain[2013])。 さらに、マルチステークホルダー理論を発展させたKearns[1996]によれば、社会的な事業を展開するNPOについては、活動成果の受益者や関係者が社会全般に及ぶため、組織がアカウンタビリティにおいて果たすべき役割は、法令遵守や活動報告、事業に関する基本的な報告事項に加えて、組織が目指す成果や社会的責任に対する認識など、価値観や倫理感といった経営理念に至るまで、説明することが求められている。そのため、NPOが多様な利害関係者に対し、適切な情報や方法を用いて戦略的にアカウンタビリティを果たそうとしなければ、利害関係者における理解が得られないという問題が生じる2)。 例えば、韓国のNPO経営者らが有する概念を抽出することによりアカウンタビリティに対する概念のモデル化を試みたJeong and Kearns[2015]は、NPOの経営者やリーダーらが、組織的行為によって利害関係者に対するアカウンタビリティを果たそうとするとき、組織を取り巻く様々な利害関係者や経営環境に応じて、先見的かつ戦略的にその対応方法を決定するという示唆を得ている。また、NPOのマネジメントにおけるアカウンタビリティ概念と経営戦略は、経営者が組織を取り巻く多様な利害関係者に対する組織の対応方法から観察されることを明らかにしている。 このように、マルチステークホルダー理論を応用することによって、複雑な概念が混在するNPOのアカウンタビリティを組織経営の視点から紐解くことが可能となる。Jeong and Kearns[2015]は、マルチステークホルダー理論に基づいて設計されたアンケート調査の結果を用いて、NPOの経営者らが有する共通概念を因子分析によって抽出している。これに対し、本研究では、経営者らが有するアカウンタビリティ概念をインタビューデータからより具体的に抽出することができる質的データ分析法によって概念モデルの形成を試みる。そのため、本研究では、Jeong and Kearns[2015]が用いたアカウンタビリティに対する組織の対応方法と利害関係者に関する概念の調査項目を参考しながら、インタビューによって得られるテキストデータのコンテンツ分析を行う。そこから、日本のNPO経営者が有するアカウンタビリティ概念を導き出すことによって、以上の先行研究によって蓄積された知見に貢献する。 Ⅲ データの収集方法と概要 1 調査対象者とデータ収集方法 調査の対象者は表1のとおりである。インタビューは、合計8団体、9名を対象に実施された。インタビューで得られた音声やメモを用いて調査対象者ごとにテキストデータを作成した。本研究の目的を達成するためには、NPOセクターを取り巻く経営環境の変化を一定期間以上経験した代表理事や理事、事務局長、部局長級の職員など、経営方針の決定に中心的な役割を果たし、かつ意思決定の権限を有する経営者及びスタッフを調査対象者として選出する必要がある。また、インタビューでは、調査対象者による行為や言動が、誰に対し、どのような方法によってアカウンタビリティを達成するためにもたらされたものなのか、その起源について非認知的な概念を具体的な経験談や語りから明らかにしていく必要がある。そのため、本研究では、調査対象者個人の活動経歴のほか、社会通念に対する考え方や個人の倫理感にも接近しながらインタビューを進めるために、調査対象者とインタビュアーの間に一定の信頼関係が成り立っていることが望ましい。以上から、本研究では、10年程度の活動経験を有する団体のうち、著者らが既知であり、上記に該当するNPO経営者を中心に協力を依頼し、順に調査対象者を追加していくSnowball sampling(Morgan[2008]816-817頁)に従いサンプリングを行った。その際、組織の主な活動分野や公益性の基準が異なる複数の非営利法人が対象となるよう標本の多様性担保に留意した3)。 本研究では、インタビューで語られた内容をテキストデータ化しているが、単に個々の組織や対象者における現在の情報を取りまとめるだけでは、共通する概念を抽出することはできず、表面的で記述の薄い分析結果に陥ることが危惧される(佐藤[2008])。そのため、本研究では、インタビューにおいて、調査対象者が語ったこれまでの経験やNPOに対する認識などもテキストデータに含めることにより分析データに厚みを持たせている4)。 表1 インタビュー対象者の一覧 2 分析の流れ NPOの経営者らは、多様な利害関係者のうち、誰を重視し、どのようにアカウンタビリティを果たそうとしているのかインタビュー調査から得たテキストデータを対象にコンテンツ分析を行う。コンテンツ分析などの定性分析は、既存の理論的枠組みに基づいて仮説検証を行う演繹的アプローチでは十分に捉えることができない、潜在的な意識や要因を探索することが可能となるため、新たな概念フレームワークを形成しようとする帰納的な分析に適している(佐藤[2008])。 コンテンツ分析に際し、Jeong and Kearns[2015]が用いたアカウンタビリティに対する組織の対応方法と利害関係者に関する概念を手掛かりとして、テキストデータにコードを付与していく作業(コーディング)を実施した。具体的には、調査対象者のテキストデータを個々のケースとし、Weber[1990]のコンテンツ分析の手順に倣い該当する箇所にコードを付与した上で、最後に全ケースのコーディング結果から共通性を見出すことによって、概念モデルを組み立てていく。 分析では、分析者の主観や解釈の過誤などが生じる危険性を回避し、客観性を確保するため、2名がコーディングを行った5)。両者のコーディング結果の不一致率が20%を超えた箇所については、両者がその箇所を確認し、コーディングの修正方法に合意を得るという作業を2回に渡り実施した。この結果、最終的なコーディング一致率は96.21%となった。また1度目のコーディング後、手掛かりとしたJeong and Kearns[2015]のコードに重複があること、またこれらでは把握できない内容があることが双方の分析者によって確認されたため、複数コードの統合と新規のコードの追加を行った6)。 次章では、分析の結果から、利害関係者と対応方法に関するテキスト分析の結果を示し、調査対象者全員に共通する概念を抽出していく。その後、利害関係者と対応方法の2つの概念をクロス集計したコード・マトリックスを作成し、概念モデルとして示すことにより、経営者らが重視する利害関係者とアカウンタビリティの果たし方について明らかにしていく。 Ⅳ 分析結果 1 利害関係者 コンテンツ分析の結果、一部の項目を除いて重視している利害関係者に高い共通性が示された(表2)。これは、NPOの経営者らにおいて、多様な利害関係者を重視しながら、アカウンタビリティを果たそうとする意識が共通して有することを示している。特に、全調査対象者のインタビューから「一般市民・地域住民」、「政府機関」、「日本国内の他のNPO」の3つが共通するものとして抽出された。 まず、アカウンタビリティという文脈において、NPOの経営者らは、「一般市民・地域住民」を直接的な支援者である「受益者・サービス受給者」よりも重視する志向がみられる。次に、「政府機関」については、全調査対象者から、法的規範に則って、アカウンタビリティを果たすという基本的倫理が示された。また、社会的課題に対して、政府が十分なサービスを提供できない部分に対し、NPOがその役割を担うため、戦略的に政策に介入しようという意識が示された(調査対象者C、D)。 そして、「日本国内の他のNPO」については、NPO間の連携を強化し、自らの活動をより効果的に地域や社会に提供したいという意識が示された(調査対象者D、E、F、G、H)。このように、NPOの経営者は、組織のアカウンタビリティを検討するとき、他のNPOを重要な利害関係者と捉えている。 なお、「その他」のコードが付与されたセグメントには、活動を支援する個人のほか、弁護士、税理士、僧侶など、特定領域の有識者に対する概念が示された。これらの人々は、個々の組織によって、関係性は異なるものの、NPOの経営者らは、アカウンタビリティを果たすために、特定領域の有識者や専門家らの助言を積極的に求めていると考えられる。 表2 利害関係者のコーディング結果 2 対応方法 次に、説明責任の果たし方について、対応方法に関するコーディング結果から共通性を考察していく。コンテンツ分析の結果、全調査対象者のインタビューデータから、対応方法に関する20項目の概念コード全てに対し一定の共通性が示された(表3)。特に、「活動の成果を高める」、「協働的なパートナーシップを構築・維持する」、「正確な情報を提供する(財務に関する情報以外)」、「様々な意見に対応し、運営にフィードバックする」の4つについては、全調査対象者に共通する概念である。 表3 対応方法のコーディング結果 続いて、9名中8名という高い共通性を得た項目をみると、「組織のミッションに基づいて行動する」、「取り組んでいる社会課題や活動内容について伝える」、「組織のビジョンを共有する」など、組織のビジョンやミッションに関する概念が抽出されている。また、「組織運営の効率化」、「専門家としての役割を果たす」、「代替的な戦略を提案、助言する」など、専門性を有する組織としてのプロフェッショナリズムが概念として形成されていることが伺える。さらに、経営者らは、これらの専門性や戦略性と同等に「積極的な参加機会を創出・促進する」ことにも高い共通性を有している。また、組織に関する情報の開示や発信においては、財務に関する情報以上に、組織のミッションや活動の内容など、財務以外の情報を外部に発信することを重視するという共通性が見られた。このように、NPOの経営者らは、情報発信や活動報告においても、戦略的にアカウンタビリティを果たそうとしている。 次章では、以上の結果を踏まえて、利害関係者と対応方法がどのように関係して共通概念が構成されているのか、双方を整理しながら論じていく。 3 アカウンタビリティ概念の共通性 表4は、利害関係者と対応方法に関するコンテンツ分析の結果をクロス集計することによって、抽出された利害関係者と対応方法の関係性を示した概念マトリックスである。全調査対象者のコンテンツ分析から、インタビューにおいて同じ箇所にぞれぞれの利害関係者と対応方法のコードが付与されたことを*印で示している。以下では、マトリックスからNPOの経営者らが有する利害関係者と対応方法における共通する箇所について、インタビューから詳細に検証することにより、NPOの経営者におけるアカウンタビリティ概念を明らかにする。 ⑴ 交渉的アカウンタビリティ 表4の横軸をみると、利害関係者(13項目)の概念コードに対する対応方法の共通性として「活動の成果を高める」、「協働的なパートナーシップを構築・維持する」という2つの概念が示された。これらの概念は、対応方法に関するコンテンツ分析(表3)においても、全調査対象者が有する概念として高い共通性が示されている。 表4 利害関係者と対応方法の概念マトリックス これらの結果から、NPOの経営者らは、「活動の成果を高める」ために、多様な利害関係者と「協働的なパートナーシップを構築・維持する」という方針に基づいて経営判断を行うことになる。例えば、「国内の他のNPO」、「活動の成果を高める」、「他のNPOとパートナーシップを構築する」という3つの概念が、以下のインタビューから抽出されている。 「地域に似たような活動をしている団体もあるんですが、横のつながりがほとんどないので、コラボレーションをすることで、より良い活動ができるんじゃないかなぁと思っています。」(調査対象者D) 実際、調査対象者Dによれば、活動を継続するために、民間企業や行政、他のNPOと新たな連携事業を展開するなど、他団体とのネットワーク形成に積極的に取り組んでいるという。 また、利害関係者として会員に関する概念の周辺には、「様々な意見に対応し、運営にフィードバックする」という対応方法が隣接していることも確認された。例えば、調査対象者Eによれば、公益法人から公益財団法人に移行するにあたって、組織におけるガバナンスの在り方や資金の透明性に関する確保について、理事や職員だけでなく、会員や寄付者など組織内外の多様な利害関係者を交えた議論を経たという。 以上から、NPO経営者は、新公共経営論(NPM)で重視される経営効率性や成果の向上と同様に、それぞれの利害関係者と交渉しながら戦略的にアカウンタビリティを果たそうとしていると解釈できる。そして、その概念に基づき、組織的な対応方法を決定しようとする志向が存在することから、これらは成果向上に対する交渉的なアカウンタビリティ概念と捉えることが妥当であろう。 ⑵ 先見的アカウンタビリティ 一方で、「組織運営の効率化」、「組織のミッションに基づいて行動する」という対応方法と、「一般市民・地域住民」、「政府機関」に関する概念コードが接近するインタビューからは、活動財源の確保と組織が追究するミッションについて、経営者自身が利害関係を考慮しながら、経営判断を行っている様子も伺える。 「我々は、地元の人たちが主体となってやれるようなことをコーディネートしよう、住民の方ができること、我々ができること、それをしっかり役割分担したうえで、しっかり地域に残そうと言うのがうちのモットーです。なので、役所から委託をもらって、役所の言いなりになったり、役所の顔色を伺うばっかりじゃなくて。」(調査対象者C) 表2において、NPOの経営者らが重視する利害関係者のうち一般市民や地域住民に対する概念が、政府機関や寄付者・会員、サービスの直接的な受益者などと共に高い共通性を得ているように、NPOの経営者は、組織のアカウンタビリティを果たすという文脈において、直接的な支援対象者や活動資金の提供者である寄付者や会員、民間企業や理事と同様に、一般市民や地域住民を中心的なアカウンタビリティの対象として認識していることが示された。 また、「地域住民」という概念の共通性でみれば、以下のセグメントにおいて「取り組んでいる社会課題や活動内容について伝える」、「組織のビジョンを共有する」という対応方法がともに存在している。 「地域の方、ボランティアでもあるんですが、我々の活動だけではなくて、地域全体の活動にしていこう、という目的があるので、我々だけで決めてしまうのではなくて地域の方の意見も頂きながら、やっているし、さらに強めていきたい。事業の目的を説明する上でも、活動を広めていくためにも重要だと思っています。」(調査対象者D) このように、NPOの経営者らは、利害関係者に対して積極的に組織が達成しようとするミッションやそれに対する具体的な活動内容や方法を積極的かつ先見的に共有しようとする概念が浮かび上がってきた。特に、地域住民や政府などNPOの情報が伝わりにくい利害関係者に対して、積極的かつ外向的に情報を開示し、先見的にNPOの活動意義やミッションの共有を行い、今後の効率的な経営を目指そうとしている。以上から、本研究ではこれらの概念を「先見的アカウンタビリティ概念」と称する。 ⑶ 創造的アカウンタビリティ 表4の対応方法では、「モチベーションを高め維持する」、「代替的な戦略を提案、助言する」、「様々な意見に対応し、運営にフィードバックする」などの項目で高い共通性が示された。 調査対象者Aは、比較的新しいNPO法人やこれから法人格を得ようとするボランティア組織に対して組織運営に関する相談事業を行っているが、経験の少ないNPO経営者に対しては、NPOの基本的理念や倫理に基づいて助言を行うことによって、NPOとしての経営指針や規範を創造させていくという(調査対象者A)。このように専門家として、「代替的な戦略を提案、助言する」という対応方法は、表4のとおり、多様な利害関係者に関する概念と交差しながら存在していることがわかる。そして、「モチベーションを高め維持する」という対応方法では、市民を育成し、社会参加を促進するという概念が分析結果から浮かび上がってくる。例えば、大規模なイベントを多数開催する調査対象者Eは、以下のように発言している。 「ボランティアは、対象となる母数が多過ぎる。その人たちをどうやって巻き込んでいくかが課題だ。(中略)ボランティアがある程度の数があり、彼らにも勉強をしてもらい、社会に参画してもらい、双方がプラスになることが必要ですね。」(調査対象者E) 同様に、市民の社会参加に関しては、複数の調査対象者のインタビューから、「積極的な参加機会を創出・促進する」、「人的資源のマネジメントを専門的に行う」という対応方法が数多く確認されている。 本来、アカウンタビリティの確保は、資源の委託者が受託者の責任を追及することにより、受託者を統制するために為される(山本[2013]113頁)が、本分析では、NPOの経営者らは、彼らの専門性や牽引力を用いて市民の社会参加を創出したり、促進しようとする対照的な意識が示された。この結果から、NPOの経営者らは、組織の活動を通じて、専門家としてのプロフェッショナリズムを発揮し、市民の社会参加を促進させるという新たな領域のアカウンタビリティ概念を有していると考えられる。そして、その過程では、NPO経営者らが、専門家として市民の育成や社会的課題の解決に対する創造的かつ代替的な戦略の提供を試みる意識が共通性として示されている。以上から、これらの概念を「創造的アカウンタビリティ概念」と称することができるだろう。 4 NPO経営における推進力 ここまでに示されたNPO経営者が有するアカウンタビリティ概念と経営戦略には、Salamon[2012]がNPOセクターを牽引する推進力の特徴として論じた性質が多数含まれている。そこで、発展的考察として、NPOセクターがどのような方向に牽引されようとしているのか、得られた共通概念から考察を試みる。 冒頭で述べたように、NPOは利益を追求しないミッションベースの組織であるがゆえに、多様な利害関係者が関与する経営環境の中で、社会変革と自律的経営を目指して活動する必要がある。社会的な課題を自発的に解決しようとするNPOの活動は、その革新的な活動やミッションに対して多様な利害関係者や社会における理解を深化させながら活動を推進していくため、NPO経営者が潜在的に有する推進力の共通性が高まれば、その方向にセクター全体が牽引されていくことになる。 本研究では、Salamon[2012]が示す推進力のうち、社会的課題解決に対する市民参加(Civic action)、市民のボランティア性の促進(Voluntarism)、NPOの専門性(Professionalism)などに関連する要因が共通概念から示唆された。 なお、Salamon[2012]では、NPOにおける商業性(Commercialism)として、利害関係者として、民間企業や起業家を重視し、市場経済に基づいた経営効率性を重視するという要因が挙げられている。表2及び表4では、「組織の効率化」と「民間企業」が全体として高い共通性を有するものの、経営において、科学的アプローチやエビデンスに基づく経営計画などを積極的に導入する経営志向は確認されなかった。よって、商業性については、その推進力を有する傾向があるものの、他の推進力と比較すると、日本のNPO経営者においては比較的弱いと考えられる。 このように、NPO経営者の有するアカウンタビリティに関する概念は、個々の組織を超えて、NPOセクターを牽引する推進力として影響を及ぼすことをNPO経営者と多様な利害関係者が共に認識することにより、NPOセクターの更なる発展が期待される。 Ⅴ まとめと今後の課題 本研究では、マルチステークホルダー理論に基づいて、NPOの経営者らが、多様な利害関係者のうち、誰を重視して(to whom)、何を目的として(for what)、どのような対応方法によって(how)利害関係者に対する説明責任を果たそうとしているのか、NPOの経営者にインタビュー調査を行った。コンテンツ分析によって組織のアカウンタビリティに対する共通概念を明らかにしたうえで、個々の概念を構造化することにより解明を試みた。 その結果、NPOの経営者らは、活動分野や法人格に関わらず、組織内外の多様な利害関係を重視することが明らかにされた。また、利害関係者と対応方法を交差させたマトリックスから、⑴成果向上に対する交渉的アカウンタビリティ、⑵ミッションに基づく先見的アカウンタビリティ、⑶参加促進に対する創造的アカウンタビリティという3つの戦略が示され、その背景には、NPOの方向性を牽引する推進力が存在することも明らかにされた。アカウンタビリティ概念は変容を遂げており、本研究によってその変化の一端が示されたことは、今後のNPO経営や関連施策に対する有益な情報となることが期待される。 最後に、本研究の限界と今後について述べる。まず、本研究では、NPOの経営者における共通概念に焦点をあてたため、質的データ分析法に基づき、調査対象者の選定には厳しい制約と限界が課された。そのため、得られた概念モデルは、限定的一般化にとどまっている。今後は、本研究により明らかにされた新たなアカウンタビリティ概念を布石として、NPOの持続的経営と社会的課題解決の促進に寄与する研究成果の蓄積が期待される。 [注] 1)本研究の分析対象となるNPOの範囲を定義しておく。経済学におけるNPO論では、NPOが市場を補完する存在と捉える(James and Rose-Ackerman[1986]、Salamon and Anheier[1997]、Weisbrod[1988]、山内 [1997])。他方で、経営学における組織論では、NPOが社会に対するイデオロギーや使命感、問題意識に根付いたミッションベースの組織であり、社会変革家という主体性に存在意義を見出している(田尾・吉田[2009])。以上の議論を踏まえて、本研究では、利益性の追究を目的としない非政府組織を民間非営利組織のうち、継続的な活動を前提とした組織を対象とするため、一定の法的義務を有する法人格を有する組織を対象とした。また、複数の分野や多様な利害関係者に対する経営者の概念を研究対象とするため、組織の設立が、所轄庁の許可制によってのみ得られる学校法人、社会福祉法人、宗教法人などは除いている。ただし、公益法人制度改革により新設された公益財団法人、公益社団法人、一般財団法人、一般社団法人は、旧公益法人制度から大幅な改正を経た制度に基づくこと、幅広い活動分野を選択できることから、NPO法人と対比可能な組織として本研究におけるNPOの範囲に含めている。 2)例えば、NPOの利害関係者である自治体職員が、協働経験を通じてNPOという組織を理解するプロセスを検証した小田切[2009]は、自治体職員であってもNPOの経営者や組織の特性を理解するまでにある程度の協働経験や期間が必要となることを明らかにしている。そして、NPOを有機的に理解するためには、NPOが組織としてどのように利害関係者を位置づけているのかについても解明する必要があると指摘している。 3)インタビューは、2016年10月27日から2017年3月3日までに個別の対面調査によって実施された。これらのインタビューによって得られたデータや発言内容の利用については、調査協力者及び発言内における名称等を匿名とすることで本研究への使用許諾を得ている。なお、対面インタビューによって調査対象者に内在する潜在的な非認知概念を得るために、インタビューに先立ち、調査対象者には、表2及び表3に示す質問項目を多項選択と段階評価(1最も低い-7最も高い)による個票の回答を全員から得ている。対面インタビューでは、紙面によって表2及び表3の質問項目を調査対象者に示した。同時に、事前に調査対象者自身が回答した同質問に対する回答を別紙で本人に提示しながら、半構造化インタビューを実施した。インタビューでは、以下4つの質問と表2、表3に記載の選択項目を記したインタビューシートを提示しながら、質問番号順にインタビューを進めた。 質問1. これらの人や組織は、貴団体の方針や経営に関する決定事項に、どのように影響を及ぼしていますか。  質問2. このような多様な人や組織の期待や要望によって、経営や方針に関する意思決定に変化があったこと、あるいは変化があると予測されることはありますか。  質問3. 貴団体において、貴団体と関わりを持つ人や組織に対する説明責任を高める必要はありますか。その場合、それぞれの方に対して、貴団体はどのような取り組みを行われましたか。これまでに取り組まれたことがあればそれらも含めて教えてください。 質問4. 貴団体の説明責任に対するスタンスに、関わりを持つ人や組織の期待や要望が影響を及ぼしたことはありますか。ある場合、どのような影響がありましたか。 4)例えば、経営者らにおける組織の経営方針や特定の利害関係者を重視するようになった経緯やその原因となった出来事のほか、特定の利害関係者から受けている影響力に対する意見や対応方針など、具体的な利害関係者や対応方法のほか、今後の意向や方針についても記録し、インタビュー調査で得られたインタビューメモと音声を用いてテキストデータ化を行った。また、インタビュー調査のテキスト化においては、直接的な活動や利害関係者への対応方法や行動のほか、過去や将来の経営方針、影響を受けた外的要因、インタビュー中に確認された対象者の表情や感情についてメモを付記した箇所も含めてデータ化を行った。 5)コンテンツ分析は、分析者がテキストデータの文脈を読み解きながら、調査対象者に潜在する非認知的意識を浮かび上がらせていくため、分析者の恣意性や偏ったコーディングによる分析結果に対する「信頼性の問題(the issue of reliability)」に対処する必要がある。Hwang[2016]では、2名の研究補助者に分析者のコーディング結果を確認させることにより、これらの問題に対処している。本研究では、Duriau etal.[2007]が広域な文献レビューによって先行研究における主要な対処法としてその有用性を示したWeber[1990]の分析手順に倣い2名以上の分析者によるコーディング結果の照合と検証を行う「信頼性チェック(reliability check)」として、2名の著者による検証を2回に渡って実施した。 6)コーディング作業では、まず、最初に4つのケースを用いて2名の著者が個別にプレコーディングを実施し、両者のコーディング結果を比較するという作業を繰り返した。これにより、全データにコードを付与する以前に、適切な概念コードを設定できるほか、単一分析者による過度の主観的解釈や発言内容のミスリーディングなど、コンテンツ分析における分析の過誤の発生を最小限にとどめた。その結果、Jeong and Kearns[2015]では、NPOの経営者らによるアカウンタビリティと説明責任の果たし方について、12項目の利害関係者の重要度と25項目の経営方針や行動指針の重要度を指標に用いているが、プレコーディングにより、概念コードについては、12項目で示された利害関係者のいずれにも該当しない概念が存在することが示されたことから、本研究では、「その他」の項目を加えた。また、対応方法については、25項目のうち、日本のNPO経営者が有する意識を捉える上では、過度に細分化されたものが確認されたことから、2名の分析者による合意に基づいて、20項目に集約した。 [参考文献] Aggarwal, R. 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  • ≪査読付論文≫一般社団法人の非営利性と非分配制約についての検討 / 古市雄一朗(大原大学院大学准教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 大原大学院大学准教授 古市雄一朗 キーワード: 一般法人 非分配制約 非営利組織の意義 非営利性の徹底 要 旨: 本稿では非営利組織と営利組織の区分に注目している。剰余金の非分配制約は、しばしば営利組織と非営利組織を区分するメルクマールとなっている。 しかしながら日本の一般社団法人の一部は、必ずしも非分配制約下に置かれていない状態になっており、それらの一般社団法人は厳密な意味での非営利性を有していない組織となっている。しばしば、一般社団法人は非営利組織とみなされるが、実際には非営利組織とそうでない組織が1つのカテゴリーに混在しており、利害関係者による資源提供等の意思決定に混乱を与えることになる可能性が指摘できる。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 非営利性の観点から見た一般法人制度の問題点 Ⅲ 非営利性の判断における非分配制約の意義 Ⅳ むすびにかえて Abstract This paper seeks to discuss the non-distribution constraint as a criterion to distinguish between profit organizations and non-profit organizations in general incorporated associations (GIAs) in Japan, and points out that some of GIAs do not meet the criterion of non-distribution constraint, and therefore such GIAs should not be categorized under the non-profit organizations in the strict sense. This means that there are two types of GIAs (non-profit GIAs and profit GIAs) in the system of GIAs. This paper concludes that the situation of a mixture of non-profit and profit organizations are confusing for stakeholders. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 2008年の公益法人制度改革により、従来の主務官庁の許可制による公益性の判断と法人設立の可否についての一体的な運用が廃止され、法人の設立と公益性の判断が分離される形で一般財団法人・一般社団法人(以下、一般法人)が設立できるようになった。 また一般法人が登記により設立された上で、希望する法人が民間有識者による委員会(以下、公益認定等委員会等)の意見に基づき行政庁からその公益性を認定された場合に公益財団法人・公益社団法人(以下、公益法人)として活動できる事となった。 この制度においては、一般法人は公益性を有さない非営利組織としての性格付けが行われていると言える。 法務省の広報資料においても、一般法人は定款をもってしても社員や設立者に剰余金や残余財産の分配を受ける権利を付与することができない事から非営利性の確保された法人であると説明しており、一般法人は非営利組織として制度の中で位置付けられている事が分かる(法務省広報資料「知って!活用!新非営利法人制度」より)。 先行研究においても、剰余金および残余財産の分配を制約する非分配制約は、非営利性のメルクマールとして認識されてきた。 しかしながら一部の一般社団法人については、運営期間中の剰余金の分配は禁止されている一方で、解散時の残余財産を非営利性を持たない法人や個人に分配することが可能になっており、厳密な意味で非営利性が徹底されているとは言えない。そのために1つのカテゴリーの中に非営利性を兼ね備えた法人とそうでない法人が混在する状況になっている。 本論文においては、一般法人制度において非分配制約が徹底されていない現状への指摘を足がかりとし、非営利性の判断において非分配制約が果たす役割とその意義について検討を行う。 Ⅱ 非営利性の観点から見た一般法人制度の問題点 一般法人は一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下、一般法人法)に基づき設立される法人であり、準則法人としての性格を有している。 一般法人法第11条第2項で「社員に剰余金又は残余財産の分配を受ける権利を与える旨の定款の定めは、その効力を有しない。」と規定されているように剰余金の分配を行う事はもちろん、残余財産の帰属先を定款で定めて実質的に残余財産請求権者の存在認めるような事は出来ない。多くの場合、この規程を根拠として一般法人を剰余金および残余財産の分配を行わない非営利組織と捉えていると考えられる。 しかしながら一般法人法第239条には、以下の規定がなされている。 (一般法人法)  第239条 残余財産の帰属は、定款で定めるところによる。  2 前項の規定により残余財産の帰属が定まらないときは、その帰属は、清算法人の社員総会又は評議員会の決議によって定める。  3 前2項の規定により帰属が定まらない残余財産は、国庫に帰属する。 第239条第1項にあるように、定款において法人は残余財産の帰属先を決めることになるが、第11条第2項にあるように社員等を残余財産の分配先として定めることはできず、実際に分配先に指定できるのは国、地方公共団体および非分配制約を課された非営利組織(公益法人、学校法人等)に限られる。 しかしながら定款に残余財産の分配先を定めていない場合には、解散時に財産の帰属先を決定することができると規定されている。すなわち、あらかじめ残余財産の分配先を決めずに解散時点で特定の社員や設立者、その他の特定の利害関係者に残余財産を分配することができる余地を残している。 この点において一部の一般法人については、非分配制約の観点から非営利性が徹底されていないと言わざるを得ない。 一方で法人税法上の取扱いは、一般法人法における扱いと異なっている。図表1に示すように剰余金の分配を行わないことを定款において決めていることに加え、残余財産の分配先をあらかじめ定款において国、地方公共団体や一定の公益的な団体(特定の者に剰余金や残余財産の分配を行わない団体)に定めている事が求められる。それらの条件を満たした場合には、税法上の公益法人等として扱われ収益事業に対してのみ課税が行われる。 図表1「非営利型法人の要件」 図表1で示すように、一般法人法の取扱いよりも法人税法上の取扱いの方が法人の非営利性の判断においてリジットな線引きを行っているといえる。 ここまでの検討を踏まえるならば、一般法人の一部は実質的には非営利性を有しておらず、営利企業と同等の性質を有している事が分かる。この点において、一般法人法の区分では非営利性が徹底された法人と非営利性を有していない法人が、1つのカテゴリーに混在する結果となっている。 このような混乱の原因の1つとして考えられるのは、一般法人制度を発足させたときに中間法人をその枠組みの中に包含したことにあると考えられる。 図表2 中間法人制度が設立された当時、公益法人の設立においては許可主義のもと非営利組織の設立と公益性の判断が一体化されていた。そのため非営利組織の設立が難しく、営利と非営利、公益と非公益という2つの基準で見たときに図表3③の部分にあたる非営利・非公益に相当する部分を補うための制度として中間法人制度の存在意義があった。 図表3 すなわち当時の制度を所与とすれば、中間法人の中間とは営利法人(株式会社)と非営利法人(公益法人)の中間を意味していると言える。 中間法人も非営利志向の法人として位置付けられており、中間法人法第2条第1項において中間法人は、「社員に共通する利益を図ることを目的とし、かつ、剰余金を社員に分配することを目的としない社団であって、この法律により設立されたものをいう。」と定められていた。しかしながら中間法人法第86条第1項においては、「債務を完済した解散後の有限責任中間法人に残存する財産(以下この節において「残余財産」とする)の帰属は、定款の定めるところによる」と規定されているが第86条第2項において「前項の規定により残余財産の帰属が定まらないときは、その帰属は、社員総会の決議により定まる」と規定されていた。そのため現行の一般法人同様、実質的に残余財産の分配が可能になっており、全ての中間法人が非営利性の徹底された法人とは言えなかった。 一般法人制度の創設により非営利・非公益に相当する部分の整備が行われ、中間法人制度は廃止されることとなったが、中間法人制度と一般法人制度の統合が行われたために非営利性の徹底されていない組織が非営利組織と位置付けられるはずの一般法人に混在するに至ったと考えられる。 Ⅲ 非営利性の判断における非分配制約の意義 営利を指向する組織を営利組織とし、非営利を指向する組織を非営利組織としてそれぞれの組織の目的により両者を分ける際に、営利指向と非営利指向を区分する外形的なメルクマールとして非営利組織が剰余金や残余財産の分配を行わない非分配制約の下におかれるとする考え方は、非営利組織に関する多くの議論の場で採られてきた。 剰余や残余財産というのは本来会計上の概念であり、営利組織向けの会計と非営利組織向けの会計の適用の区分においてもこの点が重要視されてきた。Anthony[1978]においては、利益を指向する組織を営利組織、利益を指向しない組織を非営利組織として識別し、利益を指向していない組織とは以下のような特徴を有する組織であると定義されている。 ① 利益を生み出すことを第1の目的として業務を行わない。 ② その資産または利益を会員、役員、または職員に分配せず便益を与えない。 ③ 解散の場合には収益は、他の非営利組織へ移されるかまたは州に返され、決して個人へは返されない。(Anthony[1978]p.161) 非営利組織論の立場においてもSalamon[1992]において、非営利組織の特徴として利益を分配しない事が含まれている。 これらの議論を会計的に分析するならば、非営利組織の運営において毎期に収益と費用の差額としての利益が出たとしても,その事は組織の非営利性の判断に影響を与えるものではなく、それを特定の者に分配するか否かが営利性と非営利性を分けるものと考えていると言える。 この考え方に基づけば、組織が活動を終了した時点で生じた残余財産は組織が何らかの目標を達成させて活動を終了した時点で組織に残っていた余りの部分であり、活動終了時点を含めたそれまでの活動期間中の剰余の累積であると言える。そのため残余財産についても分配が行われない事でこの基準の意義が達せられると考えるのが自然であると言える。そのように考えるならば残余財産の請求権者は存在せず、組織の解散時に存在する残余財産は誰のものでも無い財産ということになるので、その財産は国、地方公共団体等に帰属することとなる。 一方で我が国における法人税法やFASBが示している非営利性のメルクマールにおいても、類似の非営利組織に財産を提供する事が認められている。これは、いわゆるシ・プレ原則(可及的近似の原則)と呼ばれる考え方が影響していると考えられる。 シ・プレ原則とは「その法人の目的に類似する目的のためにその財産を処分」されるという考え方で慣例法のイギリスで長く発達したものであるが出口[2018]においては、旧民法第72条の以下の規定条文を引き合いに出し、日本の民法にはシ・プレ原則が成文法として入っていたと考えられるとしている(出口[2018]p.198)。 (旧民法)  第72条 解散した法人の財産は、定款又は寄附行為で指定したものに帰属する。  2 定款又は寄附行為で権利の帰属すべき者を指定せず、又はその者を指定する方法を定めなかったときは、理事は、主務官庁の許可を得て、その法人の目的のために、その財産を処分することができる。ただし、社団法人にあっては、総会の決議を経なければならない。  3 前2項の規定により処分されない財産は、国庫に帰属する 実際の制度においてこのシ・プレ原則は大きな意義を果たしているといえる。非分配制約による非営利性の判断という面から見るならば、非営利組織の残余財産は誰のものでもないので国に帰属する事になるが、その財産は非営利目的に取り分けられたものであると言える。その場合に、1度国が財産を受け取り適当な法人にそれを移すよりも直接類似の法人に財産が直接移管された方が効率的であると言えるであろう。 またシ・プレ原則は提供された財産の提供の目的に注目し、その財産が継続的に用いられる事に重きが置かれるが、非分配制約における残余財産の分配先の決定においては、活動の目的が類似しているだけではなく新たな帰属先は非分配制約が課されている法人に限定されている。この事からも残余財産に対する権利を持つ者がおらず、それが最終的に誰かに帰属しないということで非分配制約の目的が達せられるといえる。 非営利性とは文字通り営利ではないということであるが、その対に当たる営利という概念に注目するならば非営利性の特徴をより理解することができると考えられる。 営利を目的とする組織である会社について定めている我が国の会社法の中でその第105条第1項および第2項において、以下のように規定されている。 (会社法)  第105条  株主は、その有する株式につき次に掲げる権利その他この法律の規定により認められた権利を有する   一 剰余金の配当を受ける権利   二 残余財産の分配を受ける権利   三 株主総会における議決権  2 株主に前項第一号及び第二号に掲げる権利の全部を与えない旨の定款の定めは、その効力を有しない。 上記のように会社法は、営利組織である会社において株主が剰余金および残余財産の分配を受け取る権利を禁ずる定款が無効である事を定めている。このことから分かるように、営利を志向するか否かの判断基準として剰余金および残余財産の分配を行うか否かという非分配性制約の有無は、大きな意味を持っていると言える。 では、なぜ非分配制約のある組織は、非営利志向であると判断できるのであろうか。 その原因としてHansmannは、「契約の失敗」の存在を挙げている。 Hansmannによれば、消費者がそのサービスについて評価ができない場合、利益を追求する企業には消費者と約束した内容よりも低いサービスを提供して利益を得る機会とインセンティブが存在する。消費者も当然のことながらそれを知っているのでサービスの供給者である企業とその利用者の間に情報の非対称性が存在する場合には、それを補うために取引コストが上昇することになる。その結果サービスの提供コストが大きくなり、サービスが提供されない状況を生じさせる可能性がある。 しかしながら非営利組織には非分配制約があるので、企業の場合と比べてサービスの提供者の側に機会主義的行動を取るインセンティブが減少する。そのため情報の非対称性が存在し契約の失敗が存在する場合には、非営利組織は企業に代わるサービス供給者として選択されることになるとHansmannは指摘している(橋本[1998]pp.146-147)。 上記のように非分配制約により非営利組織が企業に対して比較優位を得て活動を推進していくことができると考えるならば、非営利組織が事業を行う場合には非営利性を持たない組織が事業を行う場合よりも有利になるメリットが存在しているといえる。 遠藤[1995]はHoltomann and Ulmann[1993]による実証研究を引き合いに出し、米国における医療・福祉事業においてケアの質に対するリスクを回避したいと思っている利用者は非営利事業者を選択する傾向があり、非営利性が信頼性のシグナルとなっている点を指摘した。 田中[1992]では非分配制約により非営利性が裏付けられる事により、組織が企業よりも政府や受益者に信頼されやすくなり、寄附や補助金を受取りやすくなる可能性を指摘している。 仮に非分配制約が課されていない組織へ補助金を交付するならば最終的に個人(社員、株主等)に所得を与える事になる可能性があり、資源提供者はそれを鑑みて自らが提供した資源が本来の目的に用いられずに特定の個人の所得となる可能性があると考えることが想定される。その場合には、資源提供の意思決定が慎重になる事が考えられるので、非分配制約の無い組織は補助金や寄附の獲得において非分配制約がある組織と比べて比較不利になると考えられる。 非営利組織は、それらの固有のメリットを有しており、それは非分配制約が課されている事により生じるものであると考えるならば、非営利組織を名乗る組織は非分配制約によりその非営利性が確保されている必要があると言える。この観点に立つならば、我が国における一般法人のように非営利性が徹底されていない法人が、非営利組織と同じ分類にカテゴライズされることは大きな問題であると言える。 先述したように法人税法においては、この非分配制約の有無により両者を異なる性質を持つ組織として捉えている。すなわち一般法人に対しては、本業を含めて原則課税の立場を取っているが、税制上、非営利型に分類される一般法人の場合には一定の税優遇が行われている。 非営利型一般法人に分類される要件の一つとして、定款の中で残余財産の分配先をあらかじめ政府もしくは非営利団体に限定することで非分配制約を徹底することが求められる。すなわち残余財産の社員等への残余財産の分配の余地を残している法人を実質的に営利企業と同様に捉え、営利企業と同じ課税の体系に組み込むのに対して、非分配制約を課している法人を非営利組織とみなして営利企業とは異なる課税を行っている。すなわち法人税法においては、非分配制約がある組織とそうでない組織を異なるカテゴリーの組織として区分していると言える。 ここまでの議論で検討したように、非分配制約は営利と非営利を分けるメルクマールとして重要な意味を持ち、非営利性が徹底されていない組織が非営利組織のカテゴリーに区分される事による問題点を検討した。 古市[2018a]においても指摘したように、一般社団法人を非営利組織と位置付けるならば、非営利性が徹底されている法人とそうでない法人を明確に区分した法人制度が必要になる。 さらに非営利性の徹底を考えた場合に、剰余金および残余財産の分配を制約するだけでは不十分な場合が考えられる。例えば運営者が過大な報酬やフリンジベネフィットを得る事で財産が移転され、実質的な利益処分が行われる可能性がある。 営利企業の場合には、その組織の財産の処分を決定できる立場にある運営者がそれを受け取る方法として利益処分による方法と報酬として受け取る方法が考えられる。この点においてその者に組織から財産が移転するという意味でこの2つは同じ行動であると言える。とりわけ所有者と運営者が同一人物であるような、いわゆるオーナー企業や少人数の者だけが組織の運営に携わっているような組織においては、その傾向は、顕著になると言える。 一方で非営利組織の場合には、非分配制約により利益処分は禁じられているが、理事を始めその運営者に対する報酬の支払いは、当然の事ながら禁止されるものではない。しかしながら過大な金銭的報酬が支払われるならば、実質的な利益処分が行われているのと同じ状態になってしまう。 法人税法上は図表1において示したように、非営利型一般法人として見なされるためには、特定の個人又は団体に特別の利益を与えない事が求められている。この内容には、過大な報酬の提供も含まれており、理事等に過大な報酬を提供した場合には実質的に利益処分が行われたとみなされて非営利型法人として扱われなくなる。 一方で一般法人法においては、役員報酬の決定についての手順は示されているが、適切な金額の算定についての規定等は細かには定められていない。 この点について宮城・佐藤[1999]は非分配制約がある場合に、営利企業と比べて資源提供者から法人の資源の使い道に対するモニタリングが弱くなる可能性を指摘している。 すなわち営利企業の場合には獲得された利益が出資者に分配されるため、出資者(資源提供者)は自らが得る利益が適正であるかについて積極的にモニタリングを行おうとする。一方で非分配制約がある非営利組織においては、支出を上回る剰余は自身に分配される事はないので、営利企業の場合には機能していたモニタリングが働きづらくなる事態を誘発すると述べている。 さらに運営者に対する金銭的報酬や福利厚生支出として費用計上されるようなフリンジベネフィットは、運営費用の一部として示されるためにモニタリングが行き渡りにくくなり、事実上の利益分配が行われている可能性があることを指摘している(宮城・佐藤[1999]p.16)。 適正な運営者の報酬の水準をどのように算定するかについては議論の余地を残しているが、非分配制約の本来の意義を達成するためには、剰余金と残余財産の分配禁止だけでなく、運営者に対する過大な報酬の支払いを抑止するシステムやフリンジベネフィットによる実質的な利益処分を防ぐための包括的な枠組みが必要である事が指摘できる。 Ⅳ むすびにかえて 本論文においては、我が国の一般法人制度において実質的に残余財産の分配が行える仕組みになっていることに注目し、非営利性のメルクマールとして剰余金および残余財産の分配を禁じる非分配制約の観点から非営利組織としてみなされている一般法人の一部について、それらが非営利組織にカテゴライズされる事に問題がある点を指摘した。すなわち、非営利組織であると分類されることにより営利組織に対して比較優位を得る可能性があるにも関わらず、実質的には非分配制約の下にない場合には、一種のモラルハザードが起こる事になると考えられる。 また現行制度に至った原因として、旧公益法人制度の時代において非営利・非公益の領域を埋めていた中間法人制度においても残余財産の分配の余地があったという経緯があり、制度が統合される中でこの問題が解決されずに現在に至っている可能性を検討した。 一方で法人税法上の取り扱いにおいては、非分配制約をメルクマールとしてそれが徹底されている法人を非営利型一般法人として営利組織とは、異なる課税の取扱いが行われるのに対して、そうでない法人を一般型法人として営利企業と同様の扱いを行っている。この事は非分配制約が営利組織と非営利組織の区分として大きな役割を果たしている点や、一般法人法における区分よりも法人税法における区分の方がよりリジットに営利と非営利の線引きを行っていることを示している。 非分配制約の意義について、先行研究において示されているように契約の失敗が起こり得る状況においてサービスの利用者は、営利企業と非営利組織を比べて非営利組織の持つ非分配制約をシグナルとして信頼を置き、非営利組織が提供するサービスを選択する可能性がある。この点においては、非営利組織は営利企業に対して比較優位になる。また補助金や寄附と言った非営利組織固有の資金調達方法において、非営利組織に非分配制約が課されているゆえに、資源提供者は自分が提供した資源が最終的に特定の者の所得にならないと考え、資源提供の意思決定を行いやすくなる点を考えるならば、非営利組織は非分配制約があるゆえに営利組織には無いメリットを得て活動が可能になっており、この点で制約は恩典の対価もしくは恩典を得るためのオブリゲーションと考える事ができる。 上記の検討を踏まえるならば、非分配制約の条件を満たしていない組織が非営利組織と誤認される事により、利害関係者の資源提供等の意思決定に混乱を与える可能性がある。 また、非営利性を徹底するためには、高額な運営者の報酬に代表されるフリンジベネフィット排除できるようなガバナンスシステムが非営利組織には求められると言える。 法人税法においては、非分配制約を満たしていない法人は営利法人と同様の扱いを受けることから考えても、残余財産の分配の余地を残している法人とそうで無い法人を同じ分類に含める事は、法人制度上も検討の余地を有していると言える。またフリンジベネフィットの排除についても、一般法人は公益法人に比べて設立が容易で行政によるチェック機能が働きにくいため、設立の要件として適切なガバナンスシステムの構築や、外部からのチェックが行われるように一定水準以上のディスクロージャーを求める必要があると言える。 非営利組織の制度設計において、しばしば可能な限り近いタイプの組織を統合していく方向に向けての議論が行われるが、性質の異なる組織は異なるカテゴリーとして分類する事で組織間の比較可能性は高まり、利害関係者は適切な意思決定が行う事ができると考えられる。一般法人制度において、非営利性の有無という非営利組織の根幹を成す部分について見られる問題点は、非営利組織制度全体の制度設計の議論に一石を投じるものであると言える。 [参考文献] Salamon, L.M[1992]America`s NonprofitSector(New York : The FoundationCenter)(入山映訳『米国の「非営利セクター」入門』ダイヤモンド社、1994年)。 Robert N.Anthony[1978], FASB Research Report,Financial Accounting in Nonbusiness Organizations : An Exploratory Study of Conceptual Issues. 遠藤久夫[1995]「医療・福祉における営利性と非営利性―民間非営利組織とサービスの質―」『医療と社会』Vol5.医療科学研究所pp.27-42。 田中敬文[1992]「非営利団体の行動原理について」『東京学芸大学紀要.第6部門、技術・家政・野外教育』第44号、pp.171-175。 出口正之[2018]『公益認定の判断基準と実務』全国公益法人協会。 橋本理[1998]「非営利組織理論の検討」『経営研究』第48巻第4号、関西大学、pp.135-157。 古市雄一朗[2018a]「一般財団法人および一般社団法人の非営利性についての研究」『研究年報』第12号、大原大学院大学、pp.53-62。 古市雄一朗[2018b]「一般法人の非営利性と非営利組織制度の統合についての検討―非分配制約についての議論を中心に―」『公益・一般法人制度の研究―日・英・米の制度の比較研究― 』非営利法人研究学会 公益・一般法人研究会2017年度最終報告、2018年8月。 宮城好郎・佐藤清和[1999]「非営利組織体の運営成果の測定方法」『岩手県立大学社会福祉学部紀要』第2巻第1号、pp.11-30 本論文は科研費基盤C(課題番号16K04007)「法人組織形態の多様化と資本等取引概念の変容に伴う課税所得計算の再構築」および非営利法人研究学会[公益・一般法人研究会]の活動により得られた知見による研究成果の一部です。 論稿提出:2018年12月13日 加筆修正:2019年 4 月 8 日

  • ≪査読付論文≫社会的投資によるコミュニティ再生―英国のコミュニティ・シェアーズを事例に― / 今井良広(兵庫県地域創生局長)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 兵庫県地域創生局長 今井良広 キーワード: 社会的投資 コミュニティ・シェアーズ 社会的企業 コミュニティ益増進組合 エンパワメント 要 旨: 本稿では、参加型社会的投資スキームの先導事例として英国のコミュニティ・シェアーズを取り上げ、その意義と可能性について論じている。まずコミュニティ・シェアーズの特徴、実績、制度枠組を概観したのち、それが共感をベースとした投資であり、メインストリームの社会的投資へのオルタナティブとして市場の裾野拡大に貢献してきたことを指摘している。次いで、そのスキームが投資家個人にコミュニティへの能動的、多元的な関与を求める点で、資金面だけでなくエンパワメントの側面からも意義を有することを明らかにしている。最後に、それが我が国における参加型社会的投資制度の設計に際して、対象法人の形態や金融商品としての取扱い、支援制度の整備等に関し多くの示唆を与えるものであると結論づけている。このほか、今後の課題として、コミュニティ・シェアーズの実施・未実施コミュニティ間の特徴的差異を明らかにする研究の必要性を提起している。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 社会的投資の概念 Ⅲ コミュニティ・シェアーズの展開状況 Ⅳ 考察 Ⅴ おわりに Abstract This paper focuses on the case of ‘community shares’, a leading participatory social investment scheme in the UK to discuss the significance and possibility of social investment for community revitalization. It highlights the following findings of the case study. Firstly, ‘community shares’ is an investment based on empathy. It functions as an alternative to mainstream social investments and it contributes to expanding the market. These characteristics were observed after reviewing its core features, achievements, and institutional arrangements. Secondly, ‘community shares’ is highly significant from both funding and empowerment perspectives. This scheme requires individual investors to be actively engaged in the community through a multiplicity of stakeholder roles. Finally, ‘community shares’, as practiced in the UK, offers valuable insights for the design of a participatory social investment scheme in Japan, including: preferred cooperation form ; treatment as a financial product ; and development of support system. The paper acknowledges the need for further research to clarify the striking differences between the communities that implemented ‘community shares’ for community revitalization and other communities. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読を経て掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 公的部門の財政制約が深刻化するなか、市民社会セクターへの主要な資金供給手段の1つとして、社会的投資(Social Investment)の役割が重要になりつつある。その活用により、社会的企業1)等への支援とともに、複雑化・多様化する社会的課題の解決が進むことが期待されている。社会的投資の拡大は、G8の取り組み2)に象徴されるように、今や世界各国の共通テーマとなっている。 我が国でも、休眠預金活用法の施行(2018年1月)により、社会的投資への新たな流れが生み出されようとしている。地域でも、事業創造にクラウド・ファンディングの利用が進みつつあり、ふるさと納税と並んで、社会的投資への期待が大きくなりつつある。しかし、各地で相次いで導入されるソーシャル・インパクト・ボンド(SIB:Social Impact Bond)や、開発の進む社会的インパクト評価の手法などに比べ、地域をベースとした参加型社会的投資制度の検討はまだ緒についたばかりといえる。 そこで、本稿では先導事例として英国の参加型投資スキームであるコミュニティ・シェアーズ(Community Shares3))を取り上げ、その意義、可能性を論ずる。以下では、社会的投資の概念を示したのち、コミュニティ・シェアーズの展開状況を明らかにし、その政策的意義及び参加型社会的投資の制度検討をめぐる我が国へのインプリケーションについて考察する。そして最後に、今後の研究課題に言及する。 Ⅱ 社会的投資の概念 社会的投資の概念については、様々な定義がなされているが、一般には「社会的、金銭的(経済的)利益を生み出す資本提供」であり、かつ「チャリティ・社会的企業への返済を前提とした資金供給」と規定される(BSC HP1)。 すなわち、社会的投資は経済的、社会的利益(目的)の‘双方’の実現をめざすものであり、この点で(経済的利益を求めない)フィランソロピー(Philanthropy)とは区別される。また、それは「市民社会セクター組織への投資」(ACSI [2015] p.27)であり、『目的』、『対象』のいずれもが‘社会的’であることを求められている。 返済を前提とした資金(Repayable Finance)である点では、社会的投資は通常の民間投資と何ら変わりはない。しかし、『経済的利益(リターン)』の在り方をめぐっては、投資家は柔軟な考え方に立つ。すなわち、元本の返却や利子・配当の提供を期待しつつも、社会的利益が達成されるような状況下では、投資家は元本の毀損や非金銭での配当(財・サービスの提供)を許容する可能性もある。 ところで近年、「社会的投資」に代わって、「社会的インパクト投資」という用語が頻繁に用いられるようになっている。これはインパクトという言葉を加えることで、「成果を評価する投資」(G8SIIT [2014] p.1)を含意とし、投資の社会的成果の数値化・可視化を強調するものとなっている(ACSI [2015] p.31)。 このインパクトの達成に重きを置く社会的インパクト投資では、投資先は必ずしも市民社会セクターとは限らない。その投資先には、社会的企業だけでなく、民間企業、民間ファンドも含まれる(小林 [2015] p.223)。つまり、『対象』という点で、社会的インパクト投資は社会的投資よりも幅広い概念として捉えられる(BSC HP1)。このため、コミュニティの社会的企業に焦点を当てる本稿では、一貫して「社会的投資」という言葉を用いることとする。 Ⅲ コミュニティ・シェアーズの展開状況 以下では、コミュニティ・シェアーズの趣旨・導入経緯、公募主体・株式の特徴、投資実績、制度的枠組・環境(標準マーク、支援プログラム、税額控除、監督機関)を概観したのち、株式発行の実態(公募形態・手続、投資額・配当利回り、投資家属性)を明らかにする。 1 趣旨・経緯 コミュニティ・シェアーズは、株式投資を通じて、コミュニティの持続的発展に資する事業、イニシアティブを長期にわたって支援するビジネスモデル(投資スキーム、資金供給システム)である(コミュニティ・シェアーズは、投資対象となる株式そのものを指す言葉であると同時に、スキーム全体の総称としても用いられている)。 今日、英国の各地域では、コミュニティの店舗継続からパブ・醸造所の救済、再生エネルギーの発電、ホール等の施設改修、地元農産品の生産拡大、サッカー・クラブの運営支援、歴史的建造物の修復等に至るまで、様々な事業・分野でその活用が図られている。 コミュニティ・シェアーズのコンセプトは、地域開発トラストの全国組織であるDTA(Development Trusts Association)が、その2008年の報告書のなかで発案したものである(CSU [2018a] p.2)。内閣府、コミュニティ・地方自治省(DCLG)の支援を受けたDTAは、その翌年にCo-operatives UK(英国協同組合連合会)と共同でプログラムを開始し、2012年までの間に、70を超える団体のコミュニティ・シェアーズの公募を支援した。そして2012年からは、DCLGの支援のもと、Co-operatives UK とLocality(DTAの後継団体)が共同で普及啓発団体、基準認証団体としてCommunity Shares Unit4)(CSU)を設置し、コミュニティ・シェアーズの普及・拡大を後押ししている。 2 公募主体・株式 コミュニティ・シェアーズは「法定あるいは任意でアセット・ロック(資産譲渡制限条項)を規約に位置づけた組合が発行する」株式である(CSU [2018a] p.2)。その発行は、2014年登録組合法(Co-operative and Community Benefit Societies Act 20145))のもと、協同組合(Co-operative Society)、コミュニティ益増進組合(Community Benefit Society6):略称=ベンコム/BenCom)及びチャリタブル・コミュニティ益増進組合7)に登録している団体にのみ認められている。 コミュニティ・シェアーズは、登録組合の発行株式では一般的な「譲渡(売却)不可能、引き出し可能な株式(withdrawable share)」として発行される(CSU [2018a] p.2)。出資者はそれを組合に売却し換金できるものの、第三者には売却・譲渡できない。また、配当金に制限が設けられ、キャピタル・ゲインを得ることも認められていない。これらの点で、コミュニティ・シェアーズは、株式会社が発行する一般の株式(transferable share)とは性格を大きく異にする(表1参照)。 表1 コミュニティ・シェアーズと一般的な株式の相違点 加えて、コミュニティ・シェアーズでは、個人が全株式を所有可能な一般の株式とは異なり、(独占・寡占を防ぐ目的で)登録組合法により個人の持ち分に最大10万ポンドの制限が設けられている。さらに、民主的運営のために、協同組合原則に基づき、出資額にかかわらず、出資者1人あたり1票の議決権が与えられている。これも、一般的な株式(1株1票)との大きな相違点である。 なお、CSUでは、名目上の株式発行の防止と‘純粋な’コミュニティ所有の実現のため、コミュニティ・シェアーズを総額1万ポンド以上の株式を発行し、かつ少なくとも20人以上のメンバーから出資を募るものと規定している(CSU [2018a] p.2)。 3 実 績 2009年以降、コミュニティ・シェアーズのスキームを通じて、12万人以上の投資家が英国の400超の団体(コミュニティ・ビジネス)に約1億ポンドにのぼる投資を実行している(CSU [2016a] p.1)。2015年末現在、英国の社会的投資(残高)は、15億2,500万ポンドに達すると推計されているが、コミュニティ・シェアーズはその約6%を占めている(Robinson [2016] p.3, 9:表2参照)。 CSUによると、コミュニティ・シェアーズの公募を目的に登録した団体は、プログラム開始以降、2016年までの間(2009年~2016年11月)に、781に達する(CSU [2016b] p.7)。この間のコミュニティ・シェアーズの公募件数は405件にのぼり、(仮に1団体1公募とすると)約半数(51.9%)の団体が公募に至っている(CSU [2016b] p.9)。1公募当たりの投資家数(応募数)は、250名前後が最も多い8)。 コミュニティ・シェアーズによる調達金額は1億1,158万ポンド(2009年~2016年11月)にのぼり、調達目標額(1億6,726万ポンド)に対する調達率は7割近く(69.2%)に達している(CSU [2016b] p.10)。 分野別データ(2016年)をみると、登録団体数では、コミュニティ土地信託・住宅が最も多く、約4分の1(26%)を占め、次いでエネルギー・環境(12%)、パブ・醸造(10%)、スポーツ(10%)、食物・農業(9%)、近隣商業(6%)、ICT・メディア(5%)、社会福祉(4%)の順となっている(CSU [2016b] p.8)。一方、公募件数では、この年はエネルギー・環境が突出し、全体の5分の3以上(61%)を占め、他を圧倒している(CSU [2016b] p.12)。 表2 英国の社会的投資残高(2015年末時点) 4 制度的枠組・環境8) ⑴ 標準マーク(認証基準) コミュニティ・シェアーズは、金融商品の販売勧誘に関する規則(Financial Promotion Rules)が適用されず、公的な補償制度やオンブズマン制度からも対象外の扱いを受けている(CSU [2016a] p.8、CSU [2018a] p.99)。すなわち、ひとたび発行団体の事業が破綻すれば、投資家は投資額の全てを失う危険性がある。 このため、CSUでは投資家保護の観点から、公募されるコミュニティ・シェアーズが全国標準の株式公開基準を適正に満たすものであることを認める自主的な認証制度を設けている。コミュニティ・シェアーズ・標準マーク(Community Shares Standard Mark)と呼ばれるそれは、2015年に導入され、これまで約100団体がその認証を得ている9)。 この標準マークの主な認証要件は次の通りである。 ・分かりやすい文書(株式公開、購入申請に係る文書)の作成 ・投資決定に必要な全ての情報の公開、提供10) ・記載事項が年間収支計画、事業計画によって裏付けられていること ・文書内に意図的な誤記や混乱、事実誤認を誘う記載がないこと 標準マークの認証を求める団体は、これらの要件を記した行動規範に署名し、投資家がCSUに不服申し立てを行う権利を認めなければならない。CSUは、団体が規範を遵守しなかった場合に認証を取り消す権利を保持する。 認証作業は、コミュニティ・シェアーズの公募経験があるCSU認定の実務家によって執り行なわれる。彼らは株式公開文書、申請様式、組合規約、年間収支計画、事業計画などを審査し、認証の是非を判断するが、公開されるコミュニティ・シェアーズ自体が有望な(あるいは安全な)投資案件であることを評価するわけではない(CSU [2016a] p.8)。すなわち、標準マークは当該事業の成功を保証するものではない。 ⑵ 支援プログラム コミュニティ・シェアーズの公募を行う(予定する)団体に対しては、手厚い支援プログラムが用意されている。コミュニティ・シェアーズ推進プログラム(Community Shares Booster Programme)と呼ばれるそれは、助成財団(Power to Change)から300万ポンドの資金拠出を得て創設されたもので、運営はCSUが担っている(CSU [2018b] p.2)。プログラム期間は2017~2021年度の5年間で、最初の3年間に約60の(イングランド内の)株式公募に対し資金支援を行う計画が立てられている。 このプログラムでは、Co-operatives UKがインパクトや革新性の高い事業の実施を目的として公募されるコミュニティ・シェアーズに対し、株式の買取りという形でマッチング・ファンドの提供を行っている(CSU [2018b] pp.11-12)。買取り限度額は10万ポンドで、持分比率は全株式の50%未満と定められている。なお、マッチング・ファンドの申請にあたっては、標準マークの認証を得ていることが前提となる(株式の買取り支援は、休眠預金等を原資とした世界初の社会的投資卸売銀行であるビッグ・ソサエティ・キャピタル(Big Society Capital)のファンド11)でも行われている)。 他方、プログラムでは公募を予定している団体を対象とした事業開発補助(限度額:1万ポンド)制度も設け、ビジネスプラン作成、コミュニティ内での調整、標準マーク審査、株式公開等に係る費用を助成している(CSU [2018b] p.9)。 ⑶ 税額控除 英国では、社会的企業への個人投資を喚起するため、2014年4月から社会的投資税額控除(SITR:Social Investment Tax Relief)制度が導入されている(CSU [2018a] pp.105-106、BSC [2018]、Fountain [2016]、FTAdiviser [2018])。このSITRは、中小企業向けの企業投資スキーム(EIS:Enterprise Investment Scheme)をモデルに制度設計されたもので、2017年の規則改正を経て、要件緩和、対象拡大等制度の拡充が図られている。 SITRの枠組では、個人は年間100万ポンドを上限として、社会的企業への投資額の30%の所得税控除を受けることができる。あわせて、キャピタル・ゲイン税の延期・免除や所得税・相続税の損失控除なども適用される。控除対象となる投資は株式もしくは債権で、投資家は少なくとも3年間は投資を継続する必要がある。なお、個人は投資する社会的企業の株を30%以上保有できない。 対象となる法人形態は、コミュニティ益増進組合あるいはコミュニティ利益会社(CIC:Community Interest Company)、チャリティ等で、法的なアセット・ロックのない協同組合は対象外とされている12)。対象法人の規模は、従業者250人未満かつ総資産1,500万ポンド未満の組織と定められている。また、リスクの低い分野(発電、不動産開発、貸付・リース、社会的企業への金融サービス、老人・介護施設運営等)については予め対象から除外されている。 対象となる法人は、取引開始後7年未満ならば、通算150万ポンドまでSITRの枠組での投資を受け入れることができる(7年以上ならば3年内に約30万ポンドまで)。なお、SITRにより得た資金については、28カ月以内に利用しなければならない。 SITRの利用にあたっては、歳入関税庁(HMRC)の認可が必要である。HMRCは申請を受理すると、その法的適合性を審査し、適法と判断した際には、申請法人が証明書を全投資家に発行することを認める(Fountain [2016] p.19)。投資家はその証明書を用いて、HMRCに直接控除申請を行う。 ⑷ 監督機関 コミュニティ益増進組合や協同組合の設立にあたっては、全ての金融機関を対象に金融行為規制と健全性規制を行う金融行為監督機構(FCA:Financial Conduct Authority)に規約の登録が必要になる(CSU [2018a] pp.40-41)。 規約のなかには、次の14の条項を盛り込む必要ある:①名称、②目的、③住所、④メンバー入会条件(3名以上の創立メンバーを記載)、⑤会議の開催、⑥運営委員会役員、⑦株式上限額、⑧貸付・預金、⑨株式資本に係る条件、⑩監査・監査者、⑪メンバーシップの終了、⑫利益の活用、⑬公式書類、⑭投資(CSU [2018a] pp.41-49)。なお、Co-operative UKなど支援団体作成のモデル規約は、事前にFCAの同意を得ているので、それらを活用すると、効率的に登録を済ますことができる(CSU [2018a] p.50)。 登録組合は、帳簿管理を適切に行い、年間収支をFCAに報告しなければならない。名称の変更や規約の改正なども、FCAに改めて認可を得る必要がある。年間売上が560万ポンド以上、あるいは保有資産が280万ポンド以上の登録組合は、会計士による全面的な監査か会計検査報告書の提出を求められる(CSU [2018a] p.51)。 図1 コミュニティ・シェアーズのスキーム 5 株式公募の実態 ⑴ 公募形態・手続 コミュニティ・シェアーズの公募形態のうち、最も一般的なのが時限公募(Time-bounded Offer13))である(CSU [2018a] pp.58-66、CSU [2016a] pp.12-13)。これは、クラウド・ファンディング(CF)と同様に、一定期間内に特定の投資事業に必要な資本を調達するために実施されるものである。公募の手続きは、発行団体自身が行うのが一般的ではあるが、近年は、安全性、簡便さ等から、CFプラットフォーム事業者に委託14)するケースも多くなってきている。 公募文書では、公募期間、公募(事業)目的、資金使途、投資インパクト(メンバー・コミュニティへの恩恵)などを明らかにするとともに、調達目標の最高金額、最少金額を示す必要がある。購入額が最高金額を上回れば公募は終了し、最少金額に達しなければ購入者に返金される。 また、投資家(メンバー)の条件(年齢、居住地等)や個人投資額の上限・下限も公募文書に記載しておく必要がある。株式の換金条件(一定期間保有の義務等)や配当利回りの上限、税控除の適用可能性なども明記しておかなければならない。もちろん、投資判断に際し必要となるガバナンスや財務状況、投資家の権利などの情報の掲載も必須である。 そして何にもまして重要なのが、投資リスクに関する注意喚起である。特に、コミュニティ・シェアーズの場合、法の規制(補償、償還請求権)の対象外である旨、明記しておかなければならない。 ⑵ 投資額・配当利回り 個人の投資上限額は、法定の10万ポンド以下で、通常は、特定の個人投資家への依存を避けるため、最少調達目標金額の30%未満に設定されている。一方、投資額の下限は、近年50ポンド~1,000ポンドで推移している(CSU [2018a] pp.62-63)。 実際の投資額(2009~2014年)をみると、101~500ポンドの層が全体の40%を占め最も多く、次いで、51~100ポンド(31%)となっており、少額投資が大半である(CSU [2015] p.28)。投資家の約3分の2(65%)は、投資額が失っても差し支えない金額であることをコミュニティ・シェアーズへの投資理由に挙げている(CSU [2015] p.30)。 株式の配当利回り15)に関しては、金融行為監督機構(FCA)が登録の手引きのなかで、「支払予定時期に先立って事前に(規約などのなかで)上限利回りを公表しておく」(CSU [2018a] p.84)よう求めている。仮に予測時点よりも収益が上がっていても、各団体は予め設定した利回り以下に設定しなければならない。また、将来の株式買取りやコミュニティへの再投資に備えて必要な資金を内部留保できることが、支払いの前提となる。 配当利回りの水準について、FCAは「団体の目的遂行に深く関与する人々から必要な資金を獲得するに足るだけの利回り」(CSU [2018a] p.84)と述べているが、その決定方法、基準については言及していない。モデル規約では、イングランド銀行基準貸付利率を上回ること2%(もしくは全体として5%のいずれか高い方を選択)など一定の水準が示されているが、実際の公募にあたっての上限利回りは、ゼロから10%超まで様々である(そのなかで、基準レート+4%の水準(あるいは4.1%~5%のレンジ)が最も多い)(CSU [2018a] pp.84-85、CSU [2015] pp.20-21)。 ⑶ 投資家の属性 NESTA(英国国立科学・技術・芸術基金)とケンブリッジ大学の共同調査(2014年)によると、コミュニティ・シェアーズの投資家は、壮年層、なかでも55~64歳の層が最も多く、全体の約3割(31%)にのぼる(CSU [2015] pp.25-26)。年収では25,001~35,000ポンドと、常用雇用者の平均年収(27,200ポンド:2014年)前後の層が全体の23%を占め、最も多い(CSU [2015] pp.26-27)。 投資家のうち、公募団体が提供するサービスや施設を自ら利用できる人は53%にとどまる(CSU [2015] p.34)。すなわち、半数近くがコミュニティ内外の他者が利用するサービスや施設に‘利他的’に投資していることになる。また、投資家として重視すべき事柄では、年次総会への出席(36%)、組織・事業への参加(31%)に比べ、利子・配当金の受け取り(26%)の回答は少なく、金銭的利得のみを目的とした投資家は少数であることが分かる(CSU [2015] pp.35-36)。 投資の原資は、過半数(56%)が貯蓄であり、投資先は1件のみが4分の3以上(77%)にのぼる(CSU [2015] pp.29-31)。他方、62%の投資家がコミュニティ・シェアーズの発行元の組織・関係者と個人的なつながりがあり、関係性(ソーシャル・キャピタル)が投資の重要な要因となっていることがうかがえる(CSU [2015] pp.32-33)。また、32%にのぼる投資家が、発行団体のPR、キャンペーンに参加していると回答しており、一定程度参画と協働が進展している状況がみてとれる(CSU [2015] p.35)。 Ⅳ 考 察 1 政策的意義 ⑴ 社会的投資政策としての意義 コミュニティ・シェアーズは、比較的簡単でわかりやすい仕組みなうえ、小口投資が可能なスキームである。このため、投資へのハードルが低く、これまで数多くの個人投資家を惹きつけることに成功している(CSU [2018a])。‘純粋な’金融商品ではないコミュニティ・シェアーズへの投資にあたって、投資家は全リスクを背負わなければならないが、その社会目的に共感した人たちはリスクを甘受し、投資を実行している。 英国の社会的投資市場全体に目を向けると、民間金融機関、機関投資家の参入や仲介機関の成長などもあり、市場規模は着実に拡大している。それとともに、投資の社会的効果、成果がこれまで以上に重視されるようになり、投資の判断基準となる客観的な成果指標に基づくインパクト評価の開発が加速している。また、それに基づきソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)やディベロップメント・インパクト・ボンド(DIB: Development Impact Bond16))のような成果連動型投資スキームの導入も進んでいる。 このように社会的投資がメインストリーム化、高度化し、成果、インパクト重視へと移行するなか、コミュニティ・シェアーズは、個人がその共感に基づく投資や身の丈にあった投資を行える機会を提供している。それは金融商品としての社会的投資と寄付の‘狭間’に、‘非金融商品’としての参加型、地域密着型投資という1つのジャンルを創り上げることで、市場の裾野拡大に寄与している。 社会的企業17)へのエクイティ投資としては、公開有限会社(plc:public limited company)の形態を採るコミュニティ利益会社(CIC)への株式投資も考えられる(CSU [2018a] pp.5-6)。アセット・ロックがかかり、自主的な認証基準(社会的企業マーク)を有する点等で、CICはコミュニティ益増進組合と似通っているが、その株式は持ち分や配当利回りの制限がない18)点等で、コミュニティ・シェアーズとは性格を異にする(CSU [2018a] pp.5-6)。CSU責任者のサイモン・ボーキン氏は、「コミュニティ・シェアーズは規制枠組、株式形態、利益配分、民主的コントロールといった点で、CIC(の株式)や株式投資型CFとは明確に区別される9)」と指摘している。 ⑵ コミュニティ政策としての意義 コミュニティ・シェアーズは、生活サービスやインフラ施設の提供などコミュニティの福利増進を目的とした様々な取り組みに活用されている。コミュニティの核となるアセット(ホール、パブなど)の取得・改修にも盛んに用いられており、シンボリックな空間の再生という意味でも、その果たす役割は大きい。さらには、雇用・所得機会の創出やコミュニティにおける資金循環など、経済面でもその効果が期待されている。 コミュニティ・シェアーズの意義は、エンパワメントの側面でも大きい。すなわちそれは、発行団体であるコミュニティ組織の基盤強化(経営の安定化、ガバナンスの民主化等)に資するだけでなく、コミュニティ内外の人々の参画と協働を促進する重要な手段となる。個人は一旦投資家になると、メンバーとして総会に出席し意見を表明するだけでなく、ボランティア、スタッフ、役員として、事業運営、サービス提供に直接携わることを期待される。また、サービスの顧客になるにとどまらず、アンバサダーとしてPRに努めることも要請される。各人が複数のステークホルダーの役割を果たしながら、事業、コミュニティへの関与を深めていくところに、このスキームの特色がある。 資金調達手段としてみると、言うまでもなく、コミュニティ・シェアーズよりも、返済の必要のない「寄付」や「助成」のほうが望ましい。しかし、コミュニティ・シェアーズでは、資金調達と同時に、事業に能動的に関わる可能性を持った人材がプールされる。資源・人材の結集、それによる多元的な関係性の構築やコミュニティの一体感の醸成が、その強みといえよう。すなわち、コミュニティ・シェアーズは、株式資本+人的資本+社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)の蓄積を図る仕組みとして理解することが適切であろう。 2 我が国へのインプリケーション G8社会的インパクト投資タスクフォースの一員であった我が国では、これまでその国内諮問委員会を中心に社会的投資の拡大に向けた検討が幅広く進められてきた。その検討のなかでは、休眠預金の活用、SIB・DIBの導入、法人制度・認証制度の創設、投資減税制度の立ち上げ、社会的インパクト評価の浸透などとともに、個人投資家層の充実についても提言がなされている(GSG [2018])。しかし、その内容は個人投資家向け情報プラットフォームの構築にとどまり、新たな個人向け投資スキーム構築への姿勢はうかがえない。その一方で、投資減税の導入や社会的インパクト評価の普及等によって、自ずと個人投資家の拡大が図られるとの見解が示されている(GSG [2018] pp.71-72)。 他方、地域に目を転じると、地域運営組織19)の法人化の動きが顕在化するなかで、国はコミュニティ・ビジネスや住民向け生活サービスを営む株式会社への住民出資に対し、所得税の控除制度(小さな拠点税制)を時限的に導入し、その取り組みを後押ししようとしている。また、少額投資への参入要件緩和を盛り込んだ金融商品取引法の改正(2015年5月施行)を受けて、クラウド・ファンディング等を活用した「ふるさと投資20)」の促進にも乗りだしている(「ふるさと投資」連絡会議 [2015])。しかし、今までのところ、情報提供、関係機関の連携、既存制度の活用以外で明確な動きはみられない。 こうした状況のなかで、今後地域への社会的投資を全国各地で加速させていくためには、一般的な投資型クラウド・ファンディングとは異なる、独自の参加型、地域密着型社会的投資制度の構築も視野に入れていく必要がある。そして、そのための制度設計・整備の面で多くの示唆を与えているのが、英国のコミュニティ・シェアーズである。 もちろん、コミュニティ・シェアーズの発行団体は組合21)に限定されるため、その制度をそのまま‘移入’することは現実的ではない。しかし、参加型社会的投資の対象となるコミュニティ益の増進を目的とする法人の要件を検討する際には、社会性を担保するその枠組(ミッション・ロック、アセット・ロック、民主的ガバナンス、株式規定等)から多くの示唆を得ることができよう。また、認知度、信頼性向上に向け、モデル定款の作成や全国的な認証制度(標準マーク)の運用等標準化を図るその取り組みも参考となろう。 他方、コミュニティ・シェアーズの金融法制度上の取り扱い、つまり、投資型クラウド・ファンディング(CF)とは区別される‘非金融商品’としてのそのステータスにも目を向ける必要がある。そのことで、投資家保護の面では懸念される一方で、発行団体にとっては、規制を被らず、コストがあまりかからないという‘利点’も生じている。参加型社会的投資制度の検討にあたっては、新たなカテゴリーの金融商品あるいは法の規制緩和による独自制度とする可能性を探ってみるべきであろう。そのなかでは、自治体並びにCFプラットフォーム事業者等金融事業者の望ましい関与の在り方についても議論していく必要がある。 また、支援プログラムの原資自体がほぼ社会的投資によって賄われている現状も、休眠預金の活用を控えた我が国にとって参考になろう。ユニークな取り組みである株式の買取りとそれに伴うハンズオン支援についても、発行団体の組織運営、ガバナンスにどのような効果をもたらしているのか今後検証してみる価値があろう。 さらに、普及啓発機関としてのCSUの役割も注目される。情報提供、普及啓発、コンサルティング、補助・認証制度におけるその役割を理解することは、参加型社会的投資制度の全国的な支援団体の組成・運営の検討に役立つであろう。 このほか、我が国でも導入の機運があり、注目されている社会的投資税額控除(SITR)の効果についても見定める必要がある。中小企業向けスキーム(EIS)に比べると、当初必ずしも成功とはいえない状況にあったSITR22)の適用対象・範囲・条件等を分析し、運用上の課題を明らかにすることは、我が国における今後の制度設計の検討に資することになろう。 このような実務的、技術的検討の一方で、コミュニティ・シェアーズをめぐる政策や政策的背景にも目を向けねばならない。すなわち、緊縮財政下で提起されたローカリズム(Localism)の実現に向け、コミュニティ・シェアーズがエンパワメントの目的にも手段にもなってきたことに留意する必要がある。それは「公共支出から社会的投資へ」の転換を先導する施策であったと同時に、コミュニティ自身による資産取得、施設運営、サービス提供、ハード整備等を推進する手段・媒介としての役割を果たしてきた。 すなわち、地方創生の推進にあたっては、地域への参加型社会的投資の普及・定着とともに、それを活かして、如何に主体的な地域づくりを進めるのかが問われている。エンパワメントの発想に立って、その具体的な活用イメージを描きながら、制度設計にあたっていく必要がある。特に、人口減少・高齢化が進むなか、地域の活力維持には、域外からの「関係人口23)」の取り込みが不可欠なことから、参加型社会的投資を通じて内外の人々が新たに結びつく仕組み(ビジネスモデル)の構築が期待される。 Ⅴ おわりに 約10年にわたって展開されてきたコミュニティ・シェアーズは、オルタナティブな社会的投資として市場の裾野拡大に貢献してきた。社会的投資のメインストリームが社会的インパクトの追求へと向かうなか、それは共感や志をベースとした投資を喚起してきた。また、そのスキームは資金提供だけでなく、コミュニティへの能動的、多元的な関与を求める点で、社会的投資、エンパワメントの両側面において新たなスタイル(「参加のための投資」9))を提起するものとなっている。 英国の社会的投資政策がコミュニティ再生24)を出発点とすることを鑑みると、コミュニティ・シェアーズこそが本来のメインストリームと主張してもよいのかもしれない。しかしながら、コミュニティ・シェアーズは、必ずしも全ての地域にとってコミュニティ再生の万能薬となっているわけではない。その実施箇所をみると、都市部でも、農村地域でも‘ホットスポット’がある一方で、空白エリアも存在している(CSU [2015], p.16)。 調査にあたったCSUでは、この偏在の要因をコミュニティのスキル、信頼、熱意の違いにあるとしているが、それは言い換えれば、コミュニティの問題解決能力、事業遂行能力の差に他ならない。今後、その実態解明に向け、コミュニティ・シェアーズの実施・未実施コミュニティ間の特徴的差異を明らかにする研究の進展が期待される。あわせて、スキーム導入が困難な、事業遂行能力に欠ける困窮コミュニティの底上げ、キャパシティ・ビルディングも、研究課題の1つとなろう。これらの研究は、英国のローカリズムと同じく、地域の主体性を喚起するアプローチを志向する我が国の地方創生にとっても、有益なものとなる筈である。 [注] 1)本稿では、社会的企業を「社会的目的を第一とし、その余剰が主に事業もしくはコミュニティの目的の実現のために再投資される事業体」(CSU [2018a] p.1)と規定する。 2)2013年G8サミット議長国であった英国のキャメロン首相の呼びかけのもと、インパクト投資をグローバルに推進することを目的として「G8社会的インパクト投資タスクフォース」が設立された。2015年よりG8以外の国にもメンバーを拡大し、「Global Social Impact Investment Steering Group(通称GSG)」と呼ばれるようになる。現在16か国が加盟。日本をはじめ各国には、その下部組織として国内諮問委員会が設置されている。 3)本稿の執筆にあたっては、Community Shares Unit(CSU)の責任者、サイモン・ボーキン(Simon Borikin)氏に対してインタビュー(2018年9月13日)を行い、その結果を考察での論考等に反映している。 4)DCLGからの補助は、2016年3月に終了。現在は、Power to ChangeやAccess(Big Society Capitalが一部資金を提供)といった助成財団からの補助で運営されている。 5)多様な共済組合や協同組合に関する法律を一本化し修正した法律。2014年8月1日発効(詳細は石村[2015] pp.236-250 を参照)。 6)コミュニティの利益増進を目的に事業、取引を進める共済組合。2003年の「1965年勤労者共済組合法」(Industrial & Provident Society 1965)の刷新時に、本来は互助組織である共済組合を、コミュニティ再生の担い手として育成する目的で創設された。資金や利益(剰余金)を社会的目的に積極的に活用できる制度設計がなされている(CSU [2018a] p.16、石村[2015] pp.236-237)。 7)チャリタブル・コミュニティ益増進組合は、純粋に慈善目的の組織であり、通常のチャリティと同様の税控除を受けることができる。しかし、コミュニティ益増進組合とは違い、その主目的やそれに付随する活動として事業を行えない(事業実施のためには、子会社の設立が必要)。チャリティ法に基づく法定のアセット・ロックがかかる(コミュニティ益増進組合は、法定・任意のいずれも選択可能。協同組合は任意)(CSU [2018a] pp.16-18)。 8)コミュニティ・シェアーズをめぐる制度枠組・環境や法の適用は、英国内でも必ずしも一律ではない。ここでは主にイングランドにおける状況を記している。 9)サイモン・ボーキン(Simon Borikin)氏のインタビュー時のコメントに基づく。 10)株式の公募条件以外に、投資事業の目的、事業内容、収支予測、資金運用、リスク分析、ガバナンス(組織統治)、コミュニティの関与等についての情報提供が求められる。 11)Big Society Capitalが1,000万ポンドを拠出して設置したこのファンド(Big Society Capital Crowd Match Fund)は、社会的投資税額控除の対象となるチャリティ・社会的企業への個人投資に対しマッチング・ファンドを提供している。実際の運用はクラウド・ファンディング・プラットフォーム事業者3社に委ねられている(Big Society Capital HP2)。 12)2009~2014年のデータでは、チャリタブルを含むコミュニティ益増進組合が7割以上(72.4%:178組合)を占めているが(協同組合=27.6%:68組合)、SITRの導入以降、その適用を受けるコミュニティ益増進組合を選択する傾向がさらに強くなるであろうことが指摘されている(CSU [2015] pp.16-17)。 13)①時限公募(Time-bounded Offer)のほか、②新メンバーを募るメンバー公募(Membership Offer)、③ハイリスク・キャピタルへの出資を募るパイオニア公募(Pioneer Offer)、④メンバーの補充を行うオープン公募(Open Offer)の形態がある(CSU [2016a] pp.10-11)。 14)CSUは、CFプラットフォーム事業者と公式の関係性を有しておらず、利用を推奨しているわけではないが、標準マークの普及にあたっては連携している旨表明している。CSUによると、各CFプラットフォーム事業者は、コミュニティ・シェアーズの公募受託に際し、調達額の1.5~2.5%相当の金額と手数料を請求している(CSU HP)。 15)配当の代わりに商品・サービスを提供するケースもある。また、投資へのインセンテイブとして、発行団体の商品・サービスの割引を申し出る団体もある(CSU [2018a] p.84 )。 16)SIBを途上国開発に応用する用語(GSG [2018] p.61) 17)英国の社会的企業の法的形態は、チャリティ、公益法人(CIO)、非営利保証有限責任会社、コミュニティ利益会社(CIC)、協同組合、コミュニティ益増進組合など多岐にわたる(CSU [2018a] p.1)。 18)CICは会社法の適用を受ける。配当利回りの制限は現在廃止され、配当総額上限規制(処分可能利益の35%)のみ残存している(CSU [2018a] p.6)。 19)「地域の暮らしを守るため、地域で暮らす人々が中心となって形成され、<中略>地域課題の解決に向けた取組を持続的に実践する組織」と定義されている(総務省 [2016] p.3) 20)「地域資源の活用やブランド化など、地方創生等の地域活性化に資する取り組みを支えるさまざまな事業に対するクラウドファンディング等の手法を用いた小口投資であって、地域の地方公共団体等の活動と調和が図られるもの」と定義されている(「ふるさと投資」連絡会議 [2015] p.4)。 21)地域運営組織の法人形態のなかで比較的コミュニティ益増進組合に近いものが、合同会社(LLC:Limited Liability Company)である。合同会社は出資額にかかわらず、1人1票が原則であり、出資者自身が社員として会社の経営に携わる。 22)2014~16年度の間にSITRへの申請が認められた社会的企業は50にとどまる。SITR資金のローン返済への利用禁止など、使い勝手の悪さが指摘されている(FTAdiviser [2018])。 23)「移住した『定住人口』でもなく、観光に来た『交流人口』でもない、地域や地域の人々と多様に関わる人々」のことを指す(総務省『関係人口』ポータルサイト) 24)英国では、労働党(ニューレーバー)が政権に就いた1997年以降、社会的投資の導入が本格化する。政権ブレーンのギデンズ(Giddens)が、著書『第三の道』([1998] p.117)のなかで、ポスト福祉国家像として「社会的投資国家」を提起すると、政権はそれに呼応する形で、社会的に排除されている人々や荒廃するコミュニティへの投資促進(1999~2002年)に乗り出す(ACSI [2015] pp.20-21)。以後、社会的投資の中心は市民社会セクター(2002~10年)、ソーシャル・イノベーション(社会的課題の解決)(2010年~)への投資にシフトしていく(Spear, Paton & Nicolls [2015]、小林 [2015])。 [参考文献] 石村耕治 [2015]「イギリスのチャリティと非営利団体制度改革に伴う法制の変容:2011年チャリティ法制の分析を中心に」、『白鴎法學』21⑵、pp.61-251 小林立明 [2015]「社会的投資政策の展開」(第4章Ⅱ)(公財)公益法人協会編『英国チャリティ-その変容と日本への示唆』、弘文堂、pp.219-238 G8SIIT(G8社会的インパクト投資タスクフォース)[2014]『社会的インパクト投資:市場の見えざる心-アントレプレナーシップ、イノベーションと公益に資するファイナンス』 GSG(GSG国内諮問委員会) [2018]『日本における社会的インパクト投資の現状2017』 総務省(総務省地域力創造グループ地域振興室)[2016] 『暮らしを支える地域運営組織に関する調査研究事業報告書』 総務省『関係人口』ポータルサイト http://www.soumu.go.jp/kankeijinkou/ 「ふるさと投資」連絡会議 [2015]『「ふるさと投資」の手引き』 ACSI(The Alternative Commission on Social Investment)[2015] After the Gold Rush : The Report of the Alternative Commission on Social Investment. BSC(Big Society Capital)[2018] An Essential Guide to Social Investment Tax Relief. BSC(Big Society Capital)HP1 https://www.bigsocietycapital.com/ BSC(Big Society Capital)HP2 https://www.bigsocietycapital.com/what-we-do/investor/investments/crowd-match-fund CSU(Community Shares Unit) [2015] Community Shares - Inside the Market Report - June 2015. CSU(Community Shares Unit) [2016a] Investing in Community Shares. CSU(Community Shares Unit) [2016b] Community Shares Unit : How to Make the Most of Community Shares-15 November 2016. CSU(Community Shares Unit) [2018a] The Community Shares Handbook , last updated on 17th Apr 2018. CSU(Community Shares Unit) [2018b] Community Shares Booster Programme Guidance , last updated on 14th May 2018. CSU(Community Shares Unit)HP http://communityshares.org.uk/using-crowdfunding-platforms DTA(Development Trusts Association)& Co-operatives UK [2010] Investing in Community Shares. Fountain, M. 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  • ≪統一論題報告≫法律専門家からみたNPO法20年 / 濱口博史(弁護士)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 弁護士 濱口博史 キーワード: NPO法 一般法人法 公益認定法 準則主義 認可主義 すみわけ論 法人法 強行法規 任意法規 統合 今後の方向性 要 旨: NPO法の制定時においてはNPO法人と旧民法法人とのすみわけが論ぜられたが、民法改正と一般法人法及び公益認定法の制定によって状況が変わった。そこでは、所轄庁による認証に基づく設立の意味が問われている。また、準則主義をとり、税法上ではあるが非営利型の類型をもつ一般法人法との関係が問題となるに至った。そして、これらを踏まえたとき、NPO法の今後の方向性が問われる。本稿では、以上について素描を試みる。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 認証の仕組みをとることの意味 Ⅲ 一般法人法との関係 Ⅳ 今後のNPO法の方向性 Abstract When Act on Promotion of Specified Non-profit Activities was enacted, since the former Civil Code had validity, the segregation of these two laws was intensively discussed. But after the reformation of Civil code and the establishment of Act on General Incorporated Associations and General Incorporated Foundations and Act on Authorization of Public Interest Incorporated Associations and Public Interest Incorporated Foundation, the situation had changed. Since then the segregation of the two laws had become meaningless. Behalf of that, it had become important to discuss about two issues. The first is the meaning of the granting certification of incorporation by the competent authorities under Act on Promotion of Specified Non-profit Activities. The second is the relation between Promotion of Specified Non-profit Activities and Act on General Incorporated Associations and General Incorporated Foundations which adopted the system of standard regulation concerning formation of incorporation and allows the General Incorporated Associations and General Incorporated Foundations to become the “non-profit-type” incorporation that is under tax laws. Ⅰ はじめに 本稿では、特定非営利活動促進法(以下「NPO法」という。)の20年を法律専門家の目から検討する。平成30年9月8日に行った学会報告と同様に、視点を限っての報告としたい。 1 NPO法の制定と改正 NPO法は、平成10月3月19日に公布され、同年12月1日施行された。そしてその後、数次の改正が行われた。認定制度以外では、大きいものでは、平成13年改正(平成13年10月1日。平成10年制定時の条項に従い、認定NPO法人制度が創設された。)、平成14年度改正(12月11日成立、平成15年5月1日施行。内容は、特定非営利活動の種類の追加、暴力団を排除するための措置の強化等である。)、平成23年度改正(平成23年6月15日成立、平成24年6月1日施行。内容は、地方自治体で一元的に事務を実施すること、制度の使いやすさと信頼性向上のための見直し等である。)、平成28年度改正(平成28年6月1日成立、同7日公布。内容は、認証申請の添付書類の縦覧期間の短縮等である。)がある。 これらの改正によって、同法は、着実に、使いやすく、かつ、信頼性を高める方向への改正を積み重ねていると評価できる。 一方で、これまでに中間法人法(平成13年6月15日公布・平成14年4月1日施行)、会社法(平成17年7月26日公布・平成18年5月1日施行)、公益法人関連三法(平成18年6月2日公布・平成20年12月1日全面施行)1)などの関係する法律が改正となっている。しかし、NPO法は、これらによる大きな影響は直接には受けてはいない。 以下では、NPO法施行20周年の節目に、公益法人関連三法の制定、特に、一般法人法が制定されたなかで、NPO法はどのような位置を占めているのか(ただし、本稿では、認定部分には言及しないこととする。)、また、同法には、今後に向けてどのような課題があるのかを検討したい。 2 すみわけ論 ⑴ 準則主義に近い認可主義 NPO法制定当時は、民法34条が存在した。本来であれば、民法を改正して、非営利法人の一般法をつくるのがすじであるという見解は多かったものの、民法改正には多大の時間を必要とするため、特別法として制定されることとなり2)、特別法である以上、公益法人とのすみわけがなされるような立法がなされるべきであるとされた3)。そして、この論理4)によれば、民法34条は「許可」としているのであるから、準則主義は不可であるとされた5)(もっとも、「準則主義に近い認可主義」とがとられた6)。)。 ⑵ すみわけのための要件7) また、民法の特別法であるというすみわけ論から、要件が検討された。NPO法2条1項が特定非営利活動の分野を限った(立法当初は12分野)のはこのためである8)。 なお、すみわけの要件として他に何をあげるかは、立場による9)。 3 公益法人関連三法の制定による影響 ⑴ 公益法人関連三法の制定 公益法人関連三法では、旧民法法人を規律する民法33条以下を廃止して、(現)民法33条1項及び2項を置き、同条1項を受ける形で、非営利法人一般に準則主義によって法人格を与える一般法人法10)11)と一般法人に公益の認定を与える公益認定法を定め、併せて、旧民法法人から新しい公益法人又は一般法人へ移行することを定めた。 ⑵ 非営利型の一般社団法人の制度の創設 そして、一般法人については、税制において、一定の要件を満たせば、公益法人等に含まれる類型が設けられた(法人税法2条6、別表第二、2条9の2、法人税法施行令3条)。 ⑶ NPO法に対する影響 ① 2のとおり、立法当初のNPO法は、民法34条の特別法であるという前提があった。ところが、⑴で述べたように、公益法人関連三法は、許可主義を宣明していた民法34条を廃した。そのため、民法34条の存在を根拠としたNPO法におけるすみわけ論も意味を失った。また、非営利法人は、準則主義によって設立されることが原則となった。 よって、NPO法人も、法人格を取得させるための規制としては、論理的には、準則主義で足りることとなった。 ② さらに、上述⑵のように、税制上、NPO法人と同様に公益法人等に含まれるタイプの法人類型が設けられている。 ③ そこで、次のことが問題となる。 ⅰ)NPO法は、現時点で、準則主義に近いとはいえ認証の仕組みをとることがどのような意味を持つか12)。これは、NPO法における法人法を超えた部分に関わる問題である。 ⅱ)準則主義をとる一般法人法との関係はどのようなものか。これは、NPO法における法人法に関わる部分の問題である(もっとも、後述するように、不特定多数の者の利益にかかわる部分も影響を与える。なお、本稿では、非営利型特有の問題は具体的には扱わない。他日を期したい。)。 ⅲ)ⅰ)ⅱ)と関連するが、NPO法の将来はどのように考えられるか、である。 Ⅱ 認証の仕組みをとることの意味13) 1 認証の仕組みの意味 ⑴ 認証によって得られるもの(機能・効果) 準則主義によって法人格が得られるとすれば、認証によって得られるもの14)15)は、法人格の取得による効果を超えたところのもののはずである。 そして、民間の不特定多数の者の利益を推進する活動は一般法人においてこれを行うことは一切禁ぜられていないことからすれば、それは、「特定非営利活動法人」という名称をもつ法人のカテゴリー16)に属するということの標識であるように思われる。つまり、法人格の取得を超えたところでNPO法人に独自なのは、かかるカテゴリーに含まれるとする名称を得、維持するために必要とされる活動と組織の要件の存在17)、これらに基づく認証及びこれに引き続く所轄庁による監督(同法41条以下。なお、29条及び30条)並びに市民の監督(法28条)が名称に対する信頼性を担保し、それによって、市民の信頼などを調達できるというところであると考えられる。 ⑵ NPO法における認証の制度の意味 NPO法における認証の制度は、⑴で述べた機能・効果を認証によって保証する制度と言えるのではないか18)。 2 問題の所在 NPO法における認証の制度が、このような機能・効果を有するということを前提としたとき、問題は、これらの機能・効果を得るためには、所轄庁による認証とこれに引き続く監督が必要なのか、換言すれば、準則主義では確保できないのか、である。私的自治では困難なのか(なおⅢ1⑴の点はここでは考慮しない。)。 3 一つの考え方 私的自治をもって、これらを実現することは十分可能であるとすることも一つの考え方であろう。その場合には、準則主義で対応できることになる。 しかし、後述する社員等の監視監督のインセンティブの弱さに鑑みると、これらの機能・効果を得るにあたって、私的自治に全く委ねることは適当ではないのではないか19)とも思われる。 その先には、いくつかの考え方がありうる。一つには、私的自治が弱い分について、情報公開を強化して、市民が参加や寄付において相手先を選ぶための前提を充実させたうえ、情報公開のみ所轄庁が監督するという方法が考えられる。また、そうではなく、現行法通りとする考え方、あるいは中間的な考え方がありうる20)。 Ⅲ 一般法人法との関係 1  NPO法の観点から Ⅱでは、法人法を超える部分について、NPO法が認証の制度を有している必要はないのではないかと問うた。Ⅲでは、仮に認証の制度を残すとした場合に、法人法の部分21)が適切な規制になっているのかを検討する。 ⑴ まず、認証や監督の対象をどのようにみるかである。法人法の部分を所轄庁が監督をすることができるのが現行法であるが(NPO法41条)、一般法人法と比較すると、不特定多数の者の利益に係る活動そのものに直接関わらない法人法の遵守までその対象として考える必要は必ずしもないと思われる22)。 とはいえ、一方で、法人法の不遵守がその不特定多数の者の利益に係る活動に不適切な影響を及ぼすことも考えられるので、法人法の部分についても監督の対象となるということはありうることである23)。 そこで、法人法の部分が認証及び監督の対象になることを可としたとしても、一般的な監督の条項で行われるのではなく、明文で法人法の部分の法規範の遵守の有無を監督するという条項を存在させ、その条項はできる限り少なくし、そのもとにおいてのみ監督を可とすべきではないだろうか。 ⑵ では、現在のNPO法において、現在の法人法の規律で十分か24)。一般法人法に比べて簡素である点が問題となる(なお、⑴で述べた通り、法人法の部分への所轄庁の監督は最小限にするものとすることを前提として以下検討を加える。) NPO法は、旧民法の条文を取り込んだ。しかし、旧民法のそれは主務官庁による監督がある前提での規定であった。そして、実際、旧民法法人では、厳しい監督がなされていた。そこで、この論理を延長すれば、NPO法人においても、旧民法法人の条文を取り込んだということは、同様の監督がなされるべきということにもなる。ところが、NPO法では、所轄庁による監督は最小限のものであるべきとされている。そこで、これをどうみるかであるが、定款自治と市民による監督を尊重しているとみるべきではないかと考えられる。 では、定款自治をどのように積極化すべきか。この点、現行法において、非営利法人における社員のインセンティブの弱さ等により定款自治が機能しない部分が仮にあるとすれば25)、この部分については、強行規定(それとは異なる定款の定め等が一切無効となる規定。)及び任意規定(定款の定めがない場合のデフォルトの規定。定款で別段の定めを置くことができるが、定款に別段の定めがない場合は、その規定の適用がある。)を存在せしめ、これらの規定(後述するように、一般法人法を参考にすべきであると思われる。)によって、定款自治を活発化させる方策をとるべきと考えられる。紛争が生じた場合の解決は、所轄庁の監督によるのではなく、裁判所による解決を予定することになる。なお市民による監督については別途検討する必要があろう。 2 一般法人法の観点から ⑴ 一方参考にすべき一般法人法には、次の問題がある。 ⑵ 一般法人法には、会社法があまり変形されずに持ち込まれたため、機関についての強行規定が多数ある。しかし、複雑なガバナンスを要することがある非営利法人の実態やあるべき姿にそぐわないのではないかと思われる場面がある。硬直的又は厳格な点があるのである26)。たとえば、機関の権限分配について、理事及び監事の選任や決算関係の承認・報告は、社員総会のみに認められている(一般法人法63条、同法126条2項3項。)のは、硬直的であろう(ちなみに、NPO法ではそのようではない。同法14条の5参照。)。隠された利益分配が残るとするならば、会社法の規制も踏まえなければならないとされるが、収益をあげない法人まで会社法に近づけるのは、過度な負担となる可能性があるのではないか27)。 かくして、一般法人法における実態やあるべき姿にそぐわない規制については、廃止するか、少なくとも任意規定化することが必要なのではないかと考えられる。また、合同会社(会社法575条以下。)を参考にして小規模な団体について機関が分離していないタイプを用意してもよいのではないかと思われる28)。 ⑶ 逆に、非営利法人における社員のインセンティブの弱さ29)等から、一般法人法の規制を厳しくする必要がある部分もあるのではないかと思われる30)。 Ⅳ 今後のNPO法の方向性 1 論理的にありえる議論 ⑴ 認証に関わる部分について ①1 NPO法人(全体)を準則主義化する。 ②2 NPO法人を規律する法律を、法人法をになう部分と「不特定かつ多数の者の利益」を規律する部分に分け、前者を準則主義によるものとし、後者はそのままにする。 ③3 現状を変化させない。 ⑵ 一般法人法との関係について 上記の⑴を踏まえると、1~3のそれぞれを取るなかで、次のとおりとなると思われる(なおここでは、前述Ⅲ1⑴の問題はとりあげないものとする。)。 ①1-1 1をとる場合に、さらに、一般法人と統合することが考えられる。 ②1-2 1をとるが、一般法人とは、統合しない方向をとるということも考えられる。 ③2-1 2をとる場合、さらに、法人法の部分については、一般法人法と統合することが考えられる31)。そのうえで、認証は別の仕組みとするという建てつけが考えられる。法人のほうからみれば、法人格をとったものに対して、認証をするという建てつけとなる。 なおこの場合、非営利型を一般法人法において位置づけることも検討する必要がある(この場合、公示についても検討する必要がある。)。 ④2-2 2をとる場合でも、一般法人法とは統合しないということも考えられる。 ⑤3-0 3をとり、個別に一般法人法を参考にして、また、一般法人法とのバランスを踏まえつつ、現実の運用をみながら、必要があれば、NPO法の改正を行っていくということも考えられる。 2 どの方向性が妥当か 全体の準則主義化は困難として(前述Ⅱ3)認証制度を残す(⑴の2又は3)とした場合について以下は検討する。 ⑴ 認証制度自体について 前述Ⅱ3及びⅢ1⑴の通りである。 ⑵ 法人法の部分について 理論的には、上記2-1がありうる方向性であると思われる。 しかし、一般法人との統合は当面は困難であると思われる32)。そこで、当面は、3-0の方策をとり、一方で、一般法人法においても適切に柔軟化して、適切な時点で適切な方法で両者を統合するということ(2-1)が考えられる。 3 NPO法の今後の課題 2を踏まえると、当面認証制度を残し、NPO法において一般法人法の規制を批判的に取り入れることが現実的である33)。その際の注意点は次のとおりであろう。 ⑴ 一般法人法を参考にしつつ、強行規定を適切に取り入れるべきである。また、場面によっては、任意規定を適切に設定すべきである。 社員総会の招集手続(一般法人法37条以下)についても程度はともかくとして取り入れたほうがよいと思われる。 理事周りでの検討課題は、大きくは次のとおりである34)。理事会(一般法人法60条2項、90条以下)、代理権の内部的制限の第三者対抗(同法77条5項)、代理行為の委任(NPO法17条2項)、表見理事(一般法人法82条)、忠実義務(同法83条)35)並びに利益相反及び競業避止義務(同法84条、92条)、報告義務(同法85条。なお、同法98条)、行為の差止め(同法86)、任務懈怠の場合の法人又は第三者に対する責任(同法111条、117条)36)、代表訴訟(同法278条以下)などがある。また、監事についてもその権限の充実と独立性の確保は検討の余地がある(同法99条以下)。 一般法人法になく会社法にある法技術を持ち込むこともありうる。たとえば、監査役会(会社法326条2項、390条以下)37)などである。 情報公開の制度についても留意をするべきである。 [注] 1)なお、社会福祉法改正(平成28年3月31日公布・平成29年4月1日全面施行)。 2)堀田・雨宮編『NPO法コンメンタール』(1998年、日本評論社)8頁参照。 3)上掲堀田・雨宮編11頁参照。ただし、特別法であるからすみわけが必要という論理は必然ではないと考えられる(シーズ=市民活動を支える制度をつくる会「市民活動推進法・試案(法人制度)&討議用資料(1996年)42頁参照。 4)「すみわけ論」と言われる(橘幸信「知っておきたいNPO法〔初版〕」〔1999年〕28頁参照。ただし、漢字の使い方にはいろいろあり、同書では「棲み分け」との文言を用いる。)。 5)この点についても批判があった(上掲シーズ=市民活動を支える制度をつくる会46頁参照)。 6)上掲堀田・雨宮編17頁参照。 7)このように、すみわけ論には、二つの意義がある。ⅰ)認証であるとされたこと、ⅱ)すみわけのための要件が必要とされたことである。本稿では、ⅱ)は詳しくは論じないが、一般法人法が目的や活動の種類を限定しないこととの対比で、これらのすみわけのための要件とされたものがNPO法がどのような位置づけになるべきか(すみわけのためだけの要件であったため、不要となるのか、それとも、別の意味を持っていた又は今後もたされるために、要件としては有用とされるのか。)は別途論じられるべき問題である。注9も参照。 8)上掲堀田・雨宮編79頁参照 9)たとえば、役員のうちの報酬を受ける者の数の制限(NPO法2条2項1号ロ)は、すみわけ要件であるとするもの(上掲橘10頁、48頁)とこれに反対すると思われるもの(上掲堀田・雨宮編90頁)がある。 10)正確には、それぞれ、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律及び公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」である。 11)会社法に倣ったものであり、これ自体問題をはらむが本稿では取り上げない。 12)むろん、論理的にという意味である。また、もとより、公益法人制度関連三法以前においても、この独自の意味が問われていなかったわけではない。 13)認定特定非営利活動法人又は公益法人制度における認定を得るための前提として選択するという側面の検討(これには、双方の認定の部分を比較検討する必要がある。)も必要であるが、本稿では触れない。 14)とはいえ、この法人格を超えた部分の議論は、概念的には、法人格の部分が準則主義であってもなくても同じ問題ではある。 15)両者の違いだけをいうのであれば、要件論も含まれるが、ここでは、認証によって得られる効果を問題とする。 16)本法の「市民の行う」「自由な」「社会貢献活動」「ボランティア活動」「特定非営利活動の健全な発展を促進」(1条)という文言には特定非営利活動が、寄付やボランティアに代表される自由で自発的な活動であること、特定非営利活動の運動性、アドボカシー機能若しくは市民性涵養の機能を有すること、市民的な参加と協力を推進する母体となること、特定非営利活動同士(組織同士も含まれるだろう)の連帯性が重要であること等を読み込むことが可能である。ここにもカテゴライズされた法人の独自の意味がありうる。 17)「特定かつ不特定の者の利益」「(別表により指定された)特定非営利活動」(2条)、「公益」(1条)に関連するもの、その他である。これらにどのような要件が含まれるのかは、次の問題である。これは、非営利型の一般法人の要件(すでに、ここに利益の不分配はふくまれる。2条2項1号参照。)、すみわけ要件との関係を議論しなければならない。 18)もっとも、この機能・効果を得るための所轄庁による監督が、法人法の部分にまで影響を与えていることも否定できない(むしろ、後述のⅢ1⑴からすれば、これが現行法上も前提となっているといえる。)。 19)別の考え方では、要件を現状よりも軽くして私的自治によっても守りやすい形にすることが考えられるが、そうすると、名称への信頼が一ランク落ちることにもなる。また、一般法人と近づくことになって、そこの関係も問題となる。 20)その他の試みとして、大村敦志『学術としての民法Ⅱ新しい民法学へ』(東京大学出版会、2009年)、岡本仁宏「法制度」(坂本治也編『市民社会論』〔法律文化社、2017年〕所収)184頁。 21)厳密にはどの部分であるかを特定することは困難である。さしあたり、機関の部分を念頭に置くことにしたい(以下も同じ。)。 22)設立を準則主義として官の関与なしとしても、市民による監督の観点を残すならば、残る部分がある以上、同じことになる。 23)一般法人法は、公の機関による監督がないため、ガバナンスは、少なくとも株式会社と同等でなければならないとの考え方があるとの見解がある(尾崎安央「学校法人のガバナンスに関する一考察」江頭憲治郎先生古希『企業法の進路』〔有斐閣、2017年〕351頁、北村雅史「一般社団法人の機関制度の検討」NBL1104号〔2017年〕35頁参照)。これを裏返すと、公の機関による監督があれば、ガバナンスが株式会社以下でよいように読める。そうとすれば、問題があるのではないか。 24)NPO法(ただし、認定に関わる部分は除く)と一般法人法との違いについて合理的に説明がつくかという問題のたて方がある。答え方の道すじとしては、ⅰ)NPO法人と一般法人の実質に差がないことを前提とすれば、両者の違いは合理的ではないということになり、ⅰ)-1NPO法の規定が不適当である、ⅰ)-2一般法人法のそれが不適当であるという考え方がありうる。また、ⅱ)NPO法人と一般法人の実質に差があるということも考えられる。本文のⅢを踏まえて、検討することになろう。 25)上掲堀田・雨宮編36頁(濱口博史発言) 26)佐久間毅「非営利法人法のいま」法律時報80巻11号(2008年)15頁は、「中間法人法と異なり、団体の性格を考慮した法人の類型化がされなかったため、ガバナンスに関する規律はやや重たいものとなっている」とし、理事会への規制の強化(95条)をあげる。 27)神作裕之「一般社団法人と会社」ジュリスト1328号(2007年)18頁参照、後藤元伸「非営利法人制度」(ジュリスト増刊『民法の争点』〔2007年〕所収)60頁、佐久間毅「非営利法人に関する法の現状と課題」(日本私法学会第75回大会ワークショップ資料)(2011年)8頁。なお、注26も参照。 28)これはNPO法にもないが、NPO法、一般法人法のいずれにおいても検討の余地が十分にある。民間法制・税制調査会「公益法人制度改正要望に関する報告書」(2012年)18頁、上掲北村35頁。 29)神作裕之「非営利団体のガバナンス」NBL 467号(2003年)24頁など。ただし、岡本上掲184頁は、営利法人と非営利法人は、相対化されているとする。また、能見善久教授は、比較的小さい一般社団法人では、社員の非経済的インセンティブは強いとする(「非営利法人に関する法の現状と課題」〔日本私法学会第81回大会シンポジウム〔2017年〕における発言〔私法80号〔2018年〕12頁〕)。 30)神作上掲NBL767号31頁は、非営利団体の理事の忠実義務についての米国の議論を紹介している。この点について、松元暢子『非営利法人の役員の信認義務 ― 営利法人の役員の信認義務との比較考察』(商事法務、2014年)、能見教授の上掲シンポジウムでの発言(私法80号12頁)参照。 31)NPO法は議員立法であり、制定及び改正については、市民による立法活動による部分が大きい法律である。そして、公益法人関連三法の制定の際には、政府の側では公益法人との統合の動きもあったが、市民による活動によってこれが断念された経緯もある。そのほか、公益法人及び一般法人とNPO法人にはさまざまな違いがある。ここでは、これらの現実の統合の可能性については捨象して、純粋に理論的にみた場合の立法技術について検討するものである。また、いうまでもなく、一般法人法の現在の規制とNPO法の規制の双方を適切に変更しながら統合するという前提である。以下同じである。 32)なお、一般法人法の条項をNPO法において類推解釈をして用いることにも留意と議論が必要である。 33)注31で述べた理由によることもあるが、一般法人法を適切に改正するということ(特に、現在のNPO法人の柔軟な運営を取り込むことができるような改正を加えるということ)もなかなか困難であると考えられるからである。 34)佐久間上掲「非営利法人に関する法の現状と課題」、同・私法74号(2012年)151頁以下参照 35)この点については、むしろ強くするという方向性も考えられる。注30参照。 36)佐久間毅「法人通則―非営利法人法制の変化を受けて」NBL1104号(2017年)44頁、山下徹哉「非営利法人の理事の対第三者責任の意義と機能に関する一考察」NBL1104号(2017年)61頁以下参照 37)北村上掲34頁参照 [参考文献] 大村敦志『学術としての民法Ⅱ 新しい日本の民法学へ』(東京大学出版会、2009年) 尾崎安央「学校法人のガバナンスに関する一考察」『江頭憲治郎先生古稀記念 企業法の進路』(有斐閣、2017年) 神作裕之「非営利団体のガバナンス」NBL767号(2003年)24頁 神作裕之「一般社団法人と会社 営利性と非営利性」ジュリスト1328号(2007年、有斐閣) 北村雅史「一般社団法人の機関制度の検討」NBL1104号(2017年) 後藤元伸「非営利法人制度」(ジュリスト増刊『民法の争点』[2007年]所収、有斐閣) 佐久間毅「非営利法人法のいま」法律時報80巻11号(2008年、日本評論社) 佐久間毅「非営利法人に関する法の現状と課題」(日本私法学会第75回大会ワークショップ資料)(2011年) 佐久間毅「法人通則 ― 非営利法人法制の変化を受けて」NBL1104号(2017年) シーズ=市民活動を支える制度をつくる会「市民活動推進法・試案(法人制度)&討議用資料(1996年) 橘幸信『知っておきたいNPO法(初版)』(1999年、大蔵省印刷局) 能見善久「非営利法人に関する法の現状と課題」(日本私法学会第81回大会シンポジウム・2017年、私法80号(2018年) 堀田力・雨宮孝子編『NPO法コンメンタール』(1998年、日本評論社) 松元暢子『非営利法人の役員の信認義務 ― 営利法人の役員の信認義務との比較考察』(商事法務、2014年) 民間法制・税制調査会「公益法人制度改正要望に関する報告書」(2012年) 山下徹哉「非営利法人の理事の対第三者責任の意義と機能に関する一考察」NBL1104号(2017年) (論稿提出:平成30年12月19日)

  • ≪統一論題報告≫NPO(非営利法人)と市民社会・市場経済― 特定非営利法人活動促進法の制定とわが国民法思想、21世紀の市場経済システム ― / 井出亜夫(アクシス・グローバルパートナーズ㈱相談役 )

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 アクシス・グローバルパートナーズ㈱相談役 消費者政策学会顧問 元経済企画審議官・元慶應義塾大学教授 元日本大学ビジネス・スクール教授 井出亜夫 キーワード: 市場経済システムとNPO 市民社会とNPO わが国民法思想の遅れ 議会制民主主義の役割 市場経済社会におけるNPOと行政の関係 市場経済における企業の社会的責任 健全な市民社会の形成 要 旨: 市場経済のグローバル化に伴いNPO活動が活発に展開されるようになってきた。日本においては、阪神・淡路大震災がその契機となったが、わが国民法は、その具体的受け皿を欠き、戦後の民法改正においても公益は国家(行政)が司るという公益国家(行政)管理主義が貫かれていた。NPO法の制定は、この明治憲法思想を延長する考えを是正する一歩を切り開いたが、長年にわたる公益国家管理主義思想は一朝にして変わるものではない。冷戦の終結に伴い、市場経済システムは格差の拡大等の問題も発生させ、企業の社会的責任を求める声も大きくなっている。より高度な市民社会の形成に当ってNPOの役割は大きい。 構 成: Ⅰ 非営利セクターの時代的背景と議論の発端 Ⅱ 問題の所在―当時のわが国民法における法人規定 Ⅲ 18省庁連絡会議と連立与党NPOプロジェクトチーム Ⅳ 議員立法による特定非営利活動促進法の成立とその後の展開 Ⅴ 市場経済社会における非営利活動と行政の関係 Ⅵ 市場経済における企業の社会的責任の新潮流 Ⅶ 非営利法人研究学会に期待すること Ⅷ 参考となる資料等 Abstract After the collapse of the Berlin Wall, market economy system has spread globally, prompting the growth and increase of NPO activities in the world. In Japan, the Kobe earthquake in 1993 provided an opportunity for the NPO activities to attract the minds of people and the society. At that time, however, Japan’s Civil Law had no provisions to support NPO activities, because of Japan’s traditional thoughts designating the governments and other administrative bodies as the sole functions to work for public interests. The enactment of the Law to Promote Specified Non-profit Activities (NPO Law) altered the direction of such traditional legislative concepts, though not entirely. With the market economy and society raising the calls for businesses to increase CSR activities,NPO activities are expected to play greater role in developing more advanced civil society in Japan and others through mutual cooperative activities between citizens and the public sector. Ⅰ 非営利セクターの時代的背景と議論の発端 冷戦の終結は市場経済システムの勝利としてフランシス・フクヤマによる「歴史の終焉」、トーマス・フリードマン「フラット化する世界」のような楽観論を生んだが、現実のグローバル市場経済の展開は、市場の失敗、政府の失敗が次第に明らかになり、レスター・サイモン教授(ジョンズ・ホプキンズ大学)が指摘する「Global Associated Revolution」として、第3のセクター「NPO」の登場とともに企業の社会的責任を求める新しい潮流が生じている。 日本においては高度経済成長社会の終焉を背景に、経済計画として「生活大国5か年計画」、国民生活審議会における議論・報告「自律的社会参加活動の意義と役割」、「自覚と責任のある社会へ」等の議論が展開される一方、いわゆる55年体制の終焉を迎えていた。同時に阪神・淡路大震災が発生し、これを巡る救助活動の中でNPO団体の存在・活躍が社会に大きくクローズアップされてきた。 地震発生時の衆議院予算委員会において自民党加藤紘一政調会長は、「…今次の地震は誠に不幸なことであるが、この救済に当たるボランティアの活動を見ると新しい日本の動きを感ずる…」として、ボランティア団体の法人格の取得、税制上の取扱いについて政府の対応を求めた。これに対し、時の村山内閣五十嵐官房長官は、「…関係省庁がチームを作って、真剣にこの問題を検討したい…」と応え、経済企画庁国民生活局を事務局として18省庁連絡会議が発足した。 Ⅱ 問題の所在―当時のわが国民法における法人規定 わが国民法では、法人は営利、非営利に二分される一方、法人の設立は、民法又は他の法律によるものとされ、公益法人の設立は、主務大臣の許可が必要とされていた。許可とは、「一般的には禁止されていることを解除するものであり、解除後は監督する」、即ち公益国家管理主義、公益国家独占主義ともいうべき考え方である。他方、営利法人の設立は民法、商法により、一定の要件を備えれば登記によって可能となっている。(注:民法三三条…法人ハ本法其他ノ法律ノ規定ニ拠ルニ非サレハ設立スルコトヲ得ス 同三四条…祭祀、宗教、慈善、学術、技芸其他公益ニ関スル社団又ハ財団ニシテ営利ヲ目的トセサルモノヲハ主務官庁ノ許可ヲ得テ之ヲ法人ト為スコトヲ得) 欧米諸国では自然人が組織を結成、規約を作り、グループ活動を行う場合、会社等営利法人と同様に準則主義により容易に法人格を取得することが、法的、制度的に一般的であり、ここに市民社会の原点ともいうべき概念・習慣が存在する。わが国においても、新憲法の制定により、結社の自由を保障する労働組合、宗教法人、政治団体等については法整備がなされるとともに、民法本体については親族・相続の法整備はなされたが、一般的非営利法人、公益法人の扱いについては明治憲法の延長に留まっており、大きな議論が展開されることはなかった。いわゆる55年体制といわれる政治社会状況下、冷戦と経済成長至上主義が社会の大枠を決める中、経済社会の指導原理として成熟した市民社会を如何に形成するかといった議論が本格的に展開されることなく90年代を迎えていたということが日本の状況であったといえよう。 さて、政府において18省庁連絡会議において、この現状に対し事態をどう展開するかが問われていた。私は、1996年夏、経済企画庁国民生活局長を拝命した時、内閣は村山政権から橋本政権に移っていたが、18省庁連絡会議での議論は方向性が見えず、ある政党関係者からは、今日の停滞、混乱は、議論の方向性を纏め得ない経済企画庁の責任であるとの苦言を呈された。 Ⅲ 18省庁連絡会議と連立与党NPOプロジェクトチーム 改めて行政サイドにおいてNPO活動の展開及びその法的根拠を求める解が存在しないものか検討したが、従来の制度との整合性に気を配れば、新しい制度は、NPOの理念、思想になじまない公益国家管理主義の枠組みを払拭しきれず、また、時に官庁縦割り的色彩が現れ、省庁間の調整が図られないというジレンマに陥った。すなわち、本件は、基本法たる民法自体に大きな問題が存在するわけであり、これを変更しない限り、次の展開は考えられない。通常、基本法たる民法改正は法制審議会での議を経るのが恒例となっていたが、法制審の議を得るには通常数年を要し、新しい事態に速やかに対応できない。いや、法制審あるいは民法学者自体が、市民社会如何にあるべきかの議論をいち早く展開すべきだったのかもしれない。 一方、NPOに対する認識、評価についても、以下注に整理されるように政党間あるいは個人間で大きな相違があり、NPO問題を扱う与党プロジェクトチームにおける議論も、各党、各人間の様々な見解の中で合意を得ることに難航し、プロジェクトチームのメンバー間では一応の合意が出来ても、これを明文化し、各党に持ち帰れば、了解に異論が出るといった状況で、合意形成に多大の時間を要した。 (注)  ⑴ 準則主義による法人格取得は、市民社会の在り方として当然である。その活動の評価は情報公開によって市民の判断に任せられるべきで、行政庁の関与はミニマムであるべきだ。また、その活動に対してはアプリオリに税制上の優遇措置が講ぜられるべきとの意見  ⑵ 簡易な法人格の取得は必要であるが、税制優遇についてはそれに値する公益活動か否か適確な審査が必要であるとする意見  ⑶ 法人格取得とその活動は所管官庁の管理・監督に服すべき、その監督が不十分だったから、オウム真理教問題が起こった。税制優遇については一層慎重であるべきとする意見  ⑷ 市民団体といわれるものの活動は、政治色・イデオロギー色が強い。こうした団体に法人格を与えるのは好ましくない。まして税制優遇など与えるべきではないとする意見  ⑸ 非営利活動において収益事業は抑えられるべきであり、法人格取得の条件にはボランティアとして無償性が確保されるべき。公益や非営利に名を借りて収益事業を行うことは制限すべきとする意見  ⑹ 営利法人は、得た利益を構成員に分配するが、非営利法人は、収益事業の利益を構成員に分配するのでなく、公益、非営利の目的に充当するのであれば問題はないとする意見 Ⅳ 議員立法による特定非営利活動 促進法の成立とその後の展開 このようにNPOに対する認識、評価に大きな相違があり、その相違は行政府が調整出来るものではなく、また、すべき性格のものでもない。こうした問題は、政党間の議論による政治の場での議論、調整に委ねることが議会制民主主義の所以でもある。行政側としては、制度構築のために必要な内外の情報収集に徹し、政党間の意見調整による議員立法の成立に期待するスタンスで対応することになった。 「…議員立法による法案が成立し、早い段階で立法府から行政府に手渡されることを願っている…」との当時の橋本総理の国会答弁はこれを代表したものである。 結局、NPO法は、幾度かの国会継続審議を経、また、法律名も「市民活動促進法」でなく、最終的に「特定非営利活動促進法」として、1998年成立した。 法成立時の経済企画庁長官尾身幸次氏は、この法律は、「日本を変えるな」と筆者にコメントし、また、与党プロジェクトチームのメンバーで本法成立に寄与された多くの議員の中で、特に筆者の印象に残っているのは、加藤紘一議員周辺の議員、辻元清美議員、堂本暁子議員等の皆様であるが、本法成立には、その背後に多数の市民団体参加者の尽力があったことは論を待たない。 本法成立後、付帯決議等を受けて、また、その後の法改正により公益分野の拡充、所轄官庁の変更、税制優遇制度の創設、預金者不在の銀行預金の活用等様々な制度拡充、調整が行われ、幾多の有意義なNPO法人の活動が展開されている。昨年3月特定非営利活動促進法(通称NPO法)施行20周年を迎え、これによる認証NPO団体数は5万団体に及び、様々な活動が展開されている旨朝日新聞は報じている。 一方、本法制定に伴う議論にも触発され、民法33条、34条を貫抜いてきた従来の公益法人制度は、2008年大幅な改革が行われ、明治憲法の延長ともいうべき「公益国家管理主義、独占主義」を一応是正した制度改革が行われた。以下にその概略を内閣府HPにより紹介したい。 「公益法人制度の改革」 法人設立の主務官庁制・許可制の下で、法人の設立と公益性の判断が一体となっていたが、「民による公益の増進」を目的として、主務官庁制・許可主義を廃止し、法人の設立と公益性の判断を分離する公益法人制度改革関連三法が平成20年(2008年)に施行された。公益法人制度には社団と財団の法人類型がある。 「一般社団法人・一般財団法人」 制度改革により創設された一般社団・財団法人は、剰余金の分配を目的としない社団又は財団について、その行う事業の公益性の有無にかかわらず、準則主義(登記)により簡便に法人格を取得できる一般的な法人制度である。法人の自律的なガバナンスを前提に、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」において、法人の組織や運営に関する事項が定められている。 「公益社団法人・公益財団法人」 一般社団・財団法人のうち、民間有識者からなる第三者委員会による公益性の審査(公益目的事業を行うことを主たる目的とすること等)を経て、行政庁(内閣府又は都道府県)から公益認定を受けることで、公益社団・財団法人として税制上の優遇措置を受けることができる。 Ⅴ 市場経済社会における非営利活動と行政の関係 経済社会生活における公共分野の増大を背景に、現代国家は本質的に行政国家の性格を帯びている。特にわが国の場合には、明治以来の開発型国家の性格からその色彩は濃厚であり、前述の公益国家管理主義もこれに密接に関係している。その結果、官庁に対する過度な期待と依存、時に官庁側の過度な裁量がみられる一方、他方でこれを一方的に批判・忌避する事態も散見される(今日の膨大な財政赤字の累積を見れば、改めて国はサンタクロースではないことが明確であり、効率的行政遂行に対する市民の参加が改めて問われている。)。行政手続法、情報公開法等の法整備とその運用の積み重ねによってこうした状況は改善されることが期待されるが、今後のわが国社会における合意形成や行政とNPO(非営利法人)がともに社会を構成するパートナーとして適切な関係を形成していくことが強く求められている。 高齢化社会の進展と大きな政府が見直される中、福祉の増進、環境問題、文化の普及、都市計画等々の行政が重要性を増しており、その実施・推進に当たってNPO(非営利法人)との係わりが益々深まることが予想されるが、それは行政の下請けや敵対物として位置づけられたり、受け取られるべきものではない。 一方、現行民法の営利法人、非営利法人の二分主義と長年にわたる公益国家管理主義の下、営利法人の活動は非公益の私益の世界であるとの通念が形成され、営利活動を通じて所得を生み、雇用を増し、納税をするという市民社会の基本的な活動が、公益とは無縁の私益追求活動と見なされることにならなかったか。その結果、この二分法が官尊民卑の思考や習慣の定着に作用したのではないか、また、逆に経済活動は法に違反しない限りすべて是認されるかのような風潮が助長されなかったか。今日までの民法思想及びその影響を根源的観点から分析・評価し、将来設計を展望することが必要であろう。 Ⅵ 市場経済における企業の社会的責任の新潮流 一方こうした中で、企業の社会的役割、責任を論ずる新しい潮流が展開されるとともにグローバル社会が進む中で21世紀の市場経済システムは果たして持続性を持ちうるか(トマ・ピケティ『21世紀の資本』等)といった問いかけも経済学、経営学、実務家の事業展開の中で始まっている。 マイクロソフトの創始者ビル・ゲイツは新しい資本主義の中で「現状の市場経済システムは、購買力を有する市場には対応できるが、これを欠く真のニーズに対応していない」と説き、そのためには、新たな技術開発ではなくシステムの変革が必要であると述べている。また、マーケット論の権威フィリップ・コトラーは、従来のマーケット論は世界人口の2割を対象にしていたが、残る8割の人々も対象にしなければならないと説き、ノーベル平和賞受賞者ムハメド・ヤヌスは、3つのゼロの世界(貧困0・失業0・CO2排出0の新しい経済)を提唱している。 これらの状況を総じて評せば、当に企業の社会的責任とは、事業活動と今日の世界が抱える問題とを一体化させることであるといえよう。 そもそも近代市場経済の発祥にあたって、アダム・スミス(諸国民の富&道徳情操論)は倫理感を備えた自由な経済活動が、封建社会打破の牽引者であることを述べ、また、マックス・ウェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で勤勉と節約による経済活動が神の恩寵に応えるものと論じ、わが国においても殖産興業の立役者渋沢栄一は『論語と算盤』において、倫理とビジネスの両立を主張した。しかし、効用増大と利益追求、株主優先を至上とする経済学は、アマルティア・センがいうように、「合理的愚か者の分析学」に変質してしまった。 一方、「成長の限界」に発端する地球環境問題の発生、グローバル化に伴う経済的格差の拡大等により、パリ議定書の成立、国連グローバル・コンパクト、国連2030持続的発展目標(SDG)等の動きも見られ、こうした動きは、NPOの活動領域でもあり、また、これは企業の社会的責任問題とも密接に関連するものでもある。 Ⅶ 非営利法人研究学会に期待すること 以上申し述べたように、近代市場経済システムは、グローバル経済の進展の中で大きな問題に直面し、また、日本社会は、明治維新、戦後改革・発展を経て、第三の開国ともいうべき新しい展望を切り開くことが求められている。とりわけ、日本社会が直面する大きな課題(少子高齢化社会、巨額な財政赤字、地方振興、アジア・アフリカ諸国等との友好等)に如何に取り組むか、NPOの存在、活動に求められる役割はますます高まっている。本学会が、今日の市場経済システムのあるべき姿を鳥の目、時の目で観察した上で、有効なNPO活動展開のリード役となることを期待したい。その際、情報コミュニケーション技術の進展も、その活用の在り方も含め、NPO活動の展開に様々な可能性を与えてくれるものであろう。 Ⅷ 参考となる資料等 最後に、重要性が増すNPO活動、企業の社会的責任に関連する諸論を参考に記したい。 ⑴ ヒポクラテスの誓い(職業倫理の起源) ⑵ 孟子尽心編「民を貴しとなし、社稷これに次ぎ、君を軽しとなす」 ⑶ マハトマ・ガンジー「現代社会における7つの大罪、(原則なき政治、道徳なきビジネス、労働なき富、人格なき学識(教育)、人間性なき科学、良心なき快楽、献身なき信仰)」 ⑷ 「社会的共通資本」(自然環境、社会的インフラストラクチャー、制度資本であり、その運営は、専門的知見にもとづき、職業的規範に従い、市民に対し直接的責任を負う 宇沢弘文教授) ⑸ 法人が有するヒトとモノの二側面(会社はこれからどうなるか/岩井克人教授) ⑹ 公共哲学―リバタリアンからコミュニタリアンへ―(マイケル・サンデル) ⑺ 『バリューシフト-企業倫理の新時代』(リン・シャープ・ペイン) ⑻ 『ポスト資本主義社会』(P.ドラッカー) ⑼ 日本経団連「企業行動憲章」(ISO26000 Social Responsibility) ⑽ ジョンソン&ジョンソン「わが信条」、ネスレ「経営に関する諸原則」 ⑾ 金融の社会的責任(実体経済をサポートする本来の金融機能とリーマンショックの再発防止 金融に未来はあるか/ジョン・ケイ) ⑿ 新しい資本主義を語る(ビル・ゲイツ) ⒀ フィリップ・コトラーによる新しいマーケット論 ⒁ ムハメド・ヤヌス『3つのゼロの世界(貧困0・失業0・CO2排出0の新しい経済)』 ⒂ エレン・マッカーサー財団(炭鉱夫を父に持つヨットレースの世界の覇者が、資源・環境問題に気付き資源再生の財団を設立) ⒃ 国連グローバル・コンパクトの定める4分野(人権、労働、環境、腐敗防止)10原則 ⒄ 国連持続的発展目標(SDG)17 (注)  本稿は学士会会報2000-4「わが国民法の法人制度とNPO法の制定」を加筆、修正したものである。

  • ≪統一論題報告≫NPO法人会計基準の考え方と2017年12月改正の方向性 / 江田 寛(公認会計士)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 公認会計士 江田 寛 キーワード: シーズNPOアカウンタビリティ研究会 特定非営利活動法人の会計の手引き(旧手引き) 国民生活審議会総合企画部会報告 NPO法人会計基準協議会 一般目的の財務報告基準 制度の成熟度 組織の規模と会計基準の関係 重要性の原則の本質 ボランティアへの対応 明確化研究会報告書 フィスカル・コンプライアンス 未収寄付金の計上 ファンドレイジング費用 要 旨: 1998.12施行の特活法上のNPO法人は、公益法人会計基準を焼き直した旧手引きとアカウンタビリティ研究会の公開草案として提示された簡便法をベースとしたため情報公開による市民のモニタリングもままならない状況にあった。国民生活審議会総合企画部会はこの事実を指摘し会計基準の必要性を提言する。我が国の主要なNPO法人から構成されるNPO法人会計基準協議会は2010年7月に市民のモニタリングを意識した革新的な会計基準を公表し国民生活審議会の問題提起に一定の答えを出した。この会計基準はその後さらに議論を重ね2017年12月、現実が制度をリードする寄付慣行への適応及び経済的特質を確保するための更なるフィスカル・コンプライアンスの強化に取り組んだ改正基準を公表した。また検討課題としてファンド・レイジング費用に言及し民間非営利組織会計の経常費用の区分問題に一石を投じている 構 成: はじめに Ⅰ NPO法人会計基準以前の状況 Ⅱ 2010年7月「NPO法人会計基準」の策定・公表 Ⅲ 特定非営利活動法人の会計の明確化に関する研究会報告書 Ⅳ NPO法人会計基準の改正 終わりに Abstract Since the Specified Non-Profit Juridical Person under the special action law implemented in December 1998 was based on the simplified method provided as the old guide that revamped the public interest corporation accounting standards and the exposure draft of the accountability study group, citizen monitoring by information disclosure also remains difficult. The National Life Council General Planning Committee points out this fact and recommends the need for accounting standards. Specified Non-Profit Juridical Person accounting standards council composed of major Specified Non-Profit Juridical Person in Japan announced innovative accounting standard in mind of citizen monitoring in July 2010 and gave a certain answer to the problem raising of National Life Council. This accounting standard was subsequently discussed further in December 2017 and published a revised standard in which the reality worked to strengthen adaptation to institutional leading practices and to further strengthen fiscal compliance to ensure economic characteristics. In addition, it mentions fund raising expenses as an examination subject and creates a stir in the division problem of ordinary expenses in private non-profit organization accounting. はじめに 特定非営利活動促進法は1998年12月施行であり、2018年で20年となる。非営利法人研究学会は第22回全国大会の統一論題を「NPO法施行20年~その回顧と展望~」とし、本稿では、統一論題を会計面から検討している。NPO法人は、既に50,000法人を超え、社会の中で重要な役割を担っているが、その大半は小規模法人であり、会計的側面から言えば規模の問題と社会的役割をどう調整するかが重要なテーマとなっている。本稿では、前半にNPO法人会計基準以前の状況について言及し、NPO法人会計基準の策定の必要性に繋げてみた。また、同基準が提示した重要なテーマについて言及した後、策定以後の状況について課題を含めて検討している。 Ⅰ NPO法人会計基準以前の状況 ⑴ シーズ=市民活動を支える制度をつくる会「NPOアカウンタビリティ研究会」による公開草案 NPO法人会計基準以前の状況の中で、最も重要なものはシーズアカ研による公開草案であろう。同公開草案は以下のスケジュールで公表された。 ① 1998.3.17 ・公開草案第1号 NPO法人等の会計報告の責任 ・公開草案第2号 NPO法人等の財務諸表の体系 ② 1998.9.25 ・公開草案第3号 NPO法人等の財務諸表の作成基準と様式 公開草案は財務諸表として2つの類型「標準型」と「簡易型」を提示している。 【標準型】 ・貸借対照表・活動計算書・収支計算書(キャッシュ・フロー計算書)から構成される ・純資産は無拘束/一時拘束/永久拘束に区分される。FASB(#116、#117)をベースに日本のNPO法人の現状を踏まえてカスタマイズしたもの。 ・収支計算書(キャッシュ・フロー計算書)は「Ⅰ事業・管理活動による収支」/「Ⅱ資金運用活動による収支」及び「Ⅲ資金調達活動による収支」に3区分する様式3と「本来活動の部」及び「非本来活動の部」に2区分する様式4が提案された。なお両者ともに直接法を前提としている。 【簡易型】 単式簿記を前提とし、現預金出納帳から作成される収支計算書と棚卸による財産目録から構成される。 シーズアカ研の公開草案で注目すべき点は、FASBが1993年6月に公表した#116及び#117をわずか5年後の1998年の段階で公開草案のベースとした点である。「公益法人会計基準」は2004年にFASBの考え方を大幅に採用した平成16年基準を公表しているが、その6年も前に公開草案が公表された点は注目されなければならない。しかしこの公開草案の標準型はほとんど採用されることはなかった。この事実は2つの重要な問題を浮き彫りにする。1つはデファクト・スタンダードとしての会計基準は、対象たる組織の成熟度を考慮しなければならないという点にある。1998年12月まで、特活法上のNPO法人は存在していない。そのような段階で、我が国で初めて議論されたFASBの考え方を採用しようとすることには無理がある。他の1つは、2つの基準が提示されたら、どうしても簡便な方法を採用することが多い点にある。仮に多くの法人が簡易型を採用したことが、後述する2007年6月に公表された、国民生活審議会総合企画部会報告「特定非営利活動法人制度の見直しに向けて」の中に記載された状況を生み出したとしたら、それはNPO法人の社会的評価にマイナスに働いたであろうことを自覚する必要がある。なお、シーズアカ研のメンバーは以下の通りである。 <NPOアカウンタビリティ研究会のメンバー> コーディネーター:松原 明(シーズ事務局長) 専門家委員:國部克彦(神戸大学)、水口 剛(高崎経済大学)、濱口博史(弁護士)、畑尾和成(税理士)、高塚直子(会計士補) オブザーバー委員:黒田かをり(アジア財団)、高田幸詩朗(笹川平和財団)、石丸敏子(日本国際ボランティアセンター)、片野光庸(アムネスティ・インターナショナル日本支部)、逢坂浩二(国際交流基金)、北村久美子(日本青年会議所) ⑵ 特定非営利活動法人の会計の手引き(旧手引き) 制度開始当時のNPO法人の会計に影響を与えたものに、当時の所轄庁である経済企画庁国民生活局が1999年6月に公表した「特定非営利活動法人の会計の手引き」(以下「旧手引き」という。)がある。旧手引きは以下のような構成になっている。 ① 計画に関する書類としての収支予算書 ② 実績に関する書類としての計算書類すなわち収支計算書、貸借対照表及び財産目録 旧手引きの計算書類は昭和60年公益法人会計基準を意識して複式簿記を前提として作成されている。収支計算書は昭和60年基準の収支計算書とストック式正味財産増減計算書を1つにまとめたもので「資金収支の部」と「正味財産増減の部」から構成される。事業費を構成する減価償却費等の非資金的費用は正味財産増減の部に一括して表示したため、NPO法人の目的たる事業のコストを直接把握することは出来ない。また、フロー情報を2区分としたため、いわゆる「1取引2仕訳」が必要な複雑な内容となっていた。なお、研究会メンバーは以下の通りである。 <研究会メンバー> 会田一雄(座長:慶応義塾大学)、亀岡保夫(公認会計士)、五十嵐邦彦(公認会計士)、宮内眞木子(税理士)、安藤雄太(東京ボランティア・市民活動センター) ⑶ 2005年12月 NPOアカウンタビリティ研究会「NPO法人の外部報告に関する基本的考え方」 シーズアカ研は、1998年の公開草案公表後、長期的視点に立って、NPO法人の会計・税務・事業報告を再検討するためのたたき台として2005年12月「NPO法人の外部報告に関する基本的考え方」を公表した。「基本的考え方」はFASBとはいくつかの点で異なる提案をしている。 ① NPO法人の取引を贈与取引(資本的取引を含む)と損益取引、交換取引に区分して捉えたこと。 ② 贈与取引において「出捐」というNPO法人が拠出する贈与を重視したこと。 ③ 拘束のある寄付金等の受贈を正味財産とせず、預り寄付金として一種の前受収益と捉えたこと。 前述したとおり公益法人会計基準は2004年にFASBの考え方を大幅に採用した平成16年基準を公表している。アカ研は1998年にFASBを日本のNPO法人を対象としてカスタマイズした公開草案を公表したが、公開草案や平成16年改正公益法人会計基準と異なる方向を「基本的考え方」の中で明示した。しかし、この方向は民間非営利組織の会計に影響を与えることはなかったように思われる。なお、研究会の委員は以下の通りである。 <NPOアカウンタビリティ研究会の委員等> 赤塚和俊(公認会計士)、江田 寛(公認会計士)、黒田かをり(CSOネットワーク共同事業責任者)、國部克彦(神戸大学)、杉田洋一(難民を助ける会)、兵頭和花子(兵庫県立大学)、松原 明(シーズ事務局長)、水口 剛(高崎経済大学) ⑷ 2007年6月国民生活審議会総合企画部会報告「特定非営利活動法人制度の見直しに向けて」 NPO法人会計基準の策定の直接のきっかけとなったのが、2007年6月に国民生活審議会から総合企画部会報告として公表された「特定非営利活動法人制度の見直しに向けて」である。同報告書「2法人の業務運営のあり方⑷会計基準及び計算書類のあり方」の中で「NPO法人の会計基準がないことから、計算書類が正確に作成されていなかったり、記載内容に不備が見られたり、会計処理がまちまちでNPO法人間の比較が難しい」などの問題点が指摘され、会計基準の策定の必要性について言及している。さらに同報告は、NPO法人会計基準の策定主体について、「所轄庁が会計基準を策定すると、NPO法人に対して必要以上の指導的効果を及ぼすおそれがあるため、会計基準は民間の自主的な取組に任せるべきである」との考え方を示した。NPO法人会計基準は同報告書のこの考え方を実現するべく、全国79のNPO法人等が、NPO法人会計基準協議会を組織し、民間の自主的な取組としてスタートしたのである。 なお、同報告書「NPO法人制度検討委員会」のメンバーは以下の通りである。 <国民生活審議会総合企画部会NPO法人制度検討委員会> 委員長:雨宮孝子(明治学院大学) 委 員:会田一雄(慶應義塾大学)、石川敏行(中央大学)、影山美佐子(前千葉県環境生活部NPO活動推進課長)、川崎あや(横浜市市民活動センター)、早瀬 昇(大阪ボランティア協会)、升田 純(中央大学)、山岡義典(日本NPOセンター)、山野目章夫(早稲田大学) Ⅱ 2010年7月「NPO法人会計基準」の策定・公表 NPO法人会計基準協議会は、24名の実務家、研究者及び実務担当者から構成される策定委員会を組織し、2009年3月にNPO法人会計基準の策定をスタートさせた。「NPO法人会計基準」は1年4か月の策定作業を経て、2010年7月にNPO法人会計基準協議会から公表された。 ⑴ 基本的考え方 NPO法人会計基準は、「総合企画部会報告」が指摘した事項をどのように克服するかについて検討した結果、財務諸表作成に当たり作成者である法人側の都合を極力少なくすること、及び財務諸表利用者の視点を確保することが重要と考え、「基本的考え方」として以下の2点を明示した。 ① 市民にとって分かりやすい会計報告であること。このために、会計基準策定にあたり、会計報告の作成者の視点以上に、会計報告の利用者の視点を重視する。 ② 社会の信頼にこたえる会計報告であること。 策定に当たり意識したもう1つの論点は民間非営利組織における一般目的の財務報告基準である。旧手引きは所轄庁の利用に重点が置かれており一般目的の財務報告基準とは言い難いものであった。「NPO法人会計基準」は、法人から公表された財務諸表以外に判断基準を持たないステークホルダーにフォーカスした一般目的の財務報告基準を強く意識している。この論点を具体化するため、策定委員会における議論は、1978年5月に公表された、アンソニーレポート「非営利法人の財務情報利用者が必要とする情報について」で提示された以下の項目を議論の重要な枠組みとしている。 ・Financial Viability ・Fiscal Compliance ・Management Performance ・Cost of Service provided ⑵ 制度の成熟度に対する対応 策定委員会の議論の1つに、公表当時もっとも革新的な、アカ研公開草案「標準型」がNPO法人に採用されなかった事実をどのように理解するのかという点があった。アカ研標準型の公表はNPO法施行前の1998年9月であり、12月以後認証されるNPO法人が「標準型」を受け入れることができるほど成熟していなかった点は明白である。この点を考慮し、策定委員会は、基準策定に当たり、対象である組織の成熟度を踏まえることが重要との考えに至っている。また、アカ研公開草案は「標準型」及び「簡易型」の二者選択方式を採用しているが、二者選択方式を採用するとどうしても安易な方を採用しがちであること、デファクト・スタンダードとしての基準では、一旦安易な方法を採用すると自主的に厳格な方法への変更はハードルが高いという事実が存在することが認識の土台となっている。 ⑶ 財務諸表の体系の整備 旧手引きでは、計算書類は貸借対照表、収支計算書及び財産目録とされていた。NPO法人会計基準は、財務諸表は活動計算書と貸借対照表とした。財産目録は財務諸表の体系からは除外している。 ⑷ 事業規模の相違による会計基準の考慮 NPO法人の実態を見ると、そのほとんどが中小零細組織であり、一部に規模の大きな国際的な組織が存在する。これらの規模の相違についてどのように対応したら、社会の信頼にこたえる会計報告になるかは極めて重要な論点である。この問題の解決方法の1つに、アカ研公開草案と同様「標準型」と「簡易型」を作成する方法が考えられる。しかしこの方法では以下の問題点が存在する。 ア 一定ラインを境に、拠るべき会計基準が変わることから比較性の確保に関する問題がある。 イ 標準型と簡易型を提示するとNPO法人会計基準がデファクト・スタンダードである限り安易な方法を選択する傾向がある。仮に、法人の成熟度から簡易型を選択した法人であっても、一旦選択すると標準型への変更はハードルが高い。この事実が「総合企画部会報告」が指摘した状況をもたらしたとしたら、NPO法人にとって極めて大きな社会的損失である。 以上の議論を踏まえ、NPO法人会計基準は、事業規模の相違による対応を2つの基準を用意するのではなく、重要性の原則を踏まえて1つの基準で対応することにした。 重要性の原則は、一般的には、標準的な処理を厳格な手続きとし、重要性が低い場合に簡易な処理を認めるという考え方である。これは対象とする組織の構成によって導き出されたものであり、対象とする組織の大半が標準以上のサイズで構成され、一部に小規模事業者が存在する場合を前提としている。その結果、標準的処理は厳格なものとなり、重要性がない場合に限り簡便な処理を容認する。NPO法人は、小規模事業者が圧倒的に多いという特徴を有している。そこで、標準的な処理は中小事業者を前提として組織の成熟度に見合った処理を採用し、事業規模の大きい法人については「市民にとって分かりやすい会計報告」の視点から、より厳格な手続きを積極的に適用するという考え方を採用した。そして、中小事業者を対象とする標準的な処理については、概ね5年先のあるべき姿を想定して枠組みを構築している。つまり、成熟度が要求する水準として、概ね5年先のレベルを提示することによって市民に分かりやすい会計報告の質の向上を確保しようとしているのである。 ⑸ 支援の事実と事業コストの把握 NPO法人会計基準策定時は、金銭及び物品の寄付の受入れのみ慣行が存在していた。しかしながら、NPO法人にとってボランティアの受入れとボランティア以外のサービスの受入れは既に重要な事項となっており、これを会計にどのように反映するかは、組織に対する支援の事実ばかりでなく提供したサービスのコスト(Cost of Service provided)の視点についても重要な影響を与える。この点を踏まえて、策定委員会は「施設受入評価益と施設等評価費用」及び「ボランティア受入評価益とボランティア受入費用」の計上を決断した。ただし、この計上は我が国において初めての会計処理であることから、会計慣行が成熟するまでは任意規定としている。なお、公益法人会計基準が導入した寄付者による使途制約については、NPO法人の場合には、行政機関等からの補助金等が少ない事及び制度の成熟度を考慮し、フロー情報を区分するという複雑な会計処理を回避するため、標準的には財務諸表の注記項目とした。もちろん、重要性が高い場合には、当然のこととして活動計算書を区分し会計情報の有用性を確保することにしている。 ⑹ Fiscal Complianceの確保 NPO法人は、行政とは異なる視点で事業を実施することにより、効率的に経済的特性を発揮する。この点について、総合企画部会報告書は「法人の活動は、広範な情報公開制度に基づき市民自身が監視することによって、その健全な発展が期待されており、所轄庁の監督はあくまで最終的な是正手段として規定されている」と記載している。(同報告書3法人の認証・監督のあり方⑴基本的考え方)つまりNPO法人と行政には一定の距離感が必要となるのである。この距離感の存在は、組織の自浄作用等のフィスカル・コンプライアンスの視点をより強く求めることになる。何故なら、一旦NPO法人側に問題が起こると所轄庁の監督は拡大され、距離感が確保されず経済的特性から導き出された役割の阻害要因になるからである。役員報酬の取扱いと関連当事者間取引の注記はこの視点から導き出されたものである。 なお、NPO法人会計基準の策定委員、オブザーバー及び専門委員は以下の通りである。 <NPO法人会計基準策定委員会の委員等> 委 員 長:江田 寛(公認会計士) 副委員長:水口 剛(高崎経済大学)、脇坂誠也(税理士) 委  員:井上小太郎(住友生命)、岩永清滋(公認会計士)、梅村敏幸(中央労働金庫)、遠藤寿子(東京コミュニティパワーバンク)、岡村勝義(神奈川大学)、加藤俊也(公認会計士)、金田晃一(武田薬品工業)、川島弘之(西武信用金庫)、黒田かをり(CSOネットワーク共同事業責任者)、國部克彦(神戸大学)、杉田洋一(難民を助ける会)、瀧谷和隆(税理士)、茶野順子(笹川平和財団)、辻村祥造(税理士)、中村元彦(公認会計士)、早坂 毅(税理士)、原 稔(税理士)、藤井秀樹(京都大学)、松原 明(シーズ)水谷 綾(大阪ボランティア協会)、渡辺 元(トヨタ財団) オブザーバー:内閣府及び47都道府県 専門委員:42名の研究者、専門家及び実務家 Ⅲ 特定非営利活動法人の会計の明確化に関する研究会報 告書 2010年7月「NPO法人会計基準」が策定・公表され、さらに2011年6月「改正NPO法」が成立し、2012年4月から新制度が施行されることから、内閣府は2011年11月「特定非営利活動法人の会計の明確化に関する研究会報告書」を公表した。研究会報告書の意義について以下の記載がある。 『「NPO法人会計基準」は、特活法人の望ましい会計基準であると考える。…(中略)…しかしながら、報告書(NPO法人会計基準協議会の報告書、具体的には「NPO法人会計基準を」を指す)においては、改正特活法により作成が必要になる活動予算書並びに認定及び仮認定についての言及がないこと、「NPO法人会計基準」に会計処理を変更した場合の移行措置など特活法人や所轄庁にとっての関心事項についての言及がないことを踏まえれば、新しい手引きでこれらを明らかにすることが「NPO法人会計基準」の利用を促すことにつながるものと考える』(同報告書Ⅰ-3「NPO法人会計基準」との関係) なお、委員は以下の通りである。 <特定非営利法人の会計の明確化に関する研究会の委員> 座  長:川村義則(早稲田大学) 座長代理:梶川 融(公認会計士) 委  員:会田一雄(慶應義塾大学)、金子良太(国学院大学)、小長谷藤兵衛(税理士)、小林新二(静岡市生活文化局)、瀧谷和隆(税理士)、中尾さゆり(ボランタリーネイバーズ)、中村元彦(公認会計士)、松原 明(シーズ)、渡邊勝美(東京都生活文化局) Ⅳ NPO法人会計基準の改正 NPO法人会計基準は、2012年1月に明確化研究会報告書との整合性を取るために若干の改正を行っている。改正の1つに「リースの取扱い」がある。明確化研究会委員の中で「リース会計基準」と異なる取扱いについての議論が生じたためである。リースの取扱いは、「事業規模の相違による会計基準の取扱い」の典型的な1つであったが、改正を行っても具体的な内容は異ならないと判断したことからやむなく改正に至ったものである。 本格的な改正は当初予定した改正期間である5年が経過したことから、必要性が議論されNPO法人会計基準委員会の手によって2017年12月に公表された。 ① フィスカル・コンプライアンスの視点 役員報酬に関する取扱いは、2010年基準では役員が事業に従事した場合には事業費、管理業務に従事した場合には管理費としていたが、現実には以下の理由から役員報酬という勘定料日を使用せず給料として処理する取扱いがなされていた。 ㋑ NPO法第2条第2項1-ロ「役員のうち報酬を受ける者の数が、役員総数の3分の1以下であること」という規定を受けて、役員が他の使用人と同じ条件で業務をした場合には、給料手当で処理するという慣行が存在していること。 ㋺ 指定管理業務において、役員報酬という勘定科目が使えない場合があること。 役員報酬の一部を給料手当で処理すると、当該金額が社員総会の枠外となり、その結果、役員に対する支払いが本人以外にはわからないという状況が生まれる可能性がある。この部分について、基本的に2010年基準の考え方は変えないものの、上記等の理由から給料手当として計上する場合には、関連当事者間取引の注記の対象とすることとした。 ② 寄付金等に係る現金主義からの離脱 2010年基準では、寄付金等の認識は現金基準によっていたが、2017年改正では確実に入金されることが明らかになった場合に「未収寄付金」の計上を認めることとしQ&Aを充実した。 Q13-1 確実に入金されることが明らかになった場合とは Q13-2 クレジットカードによる寄付 Q13-3 仲介団体経由の寄付 Q13-4 寄付に対する返礼品 Q13-5 現物寄付 Q13-6&13-7 換金型の現物寄付 Q13-8 遺贈寄付 なお「2017年12月改正」で積み残した部分にファンド・レイジング費用の問題がある。 NPO法人の経済的特性を前提とするなら、活動計算書の中で以下の部分は極めて重要な論点となる。 ・支援の事実 ・事業コストの把握 ・支援の獲得活動 ・寄付者による使途の制約と受託責任 上記のうち、支援の事実については2010年策定公表時にボランティア等のサービスの受入れと事業コストへの算入についての基準を整備し、2017年改正では支援の認識基準を整備した。寄付者による使途の制約と受託責任については、その必要性に関して策定公表時と状況の変化はないと判断している。残された論点は「支援の獲得活動」と「事業コストの純化」にある。支援獲得活動(ファンド・レイジング)は経済的特性から導かれる本質的な活動であり、独立掲記の必要性が極めて高い。またファンド・レイジングに係る費用を独立掲記しない場合には、結果として事業費や管理費に含まれることになる。事業費がCost of Service providedであるならばファンド・レイジング費用などのその他の要素が含まれることは重大な問題を内包している。経常費用は事業費、ファンド・レイジング費及びガバナンスのための管理費に区分されることで経済的特性と整合的な費目区分となる。会計基準委員会では、ファンド・レイジング費の重要性について概ね認識は一致していた。しかし、適用の時期について時期尚早とする意見が多かったことから次回検討項目となったものである。なお、会計基準委員会の委員は以下の通りである。 <2017年12月改正に係るNPO法人会計基準委員会の委員> 委員長:江田 寛(公認会計士) 副委員長:岩永清滋(公認会計士) 委  員:大谷義幸(税理士)、岡村勝義(神奈川大学)、田中 皓(助成財団センター)、橋本俊也(税理士)、早瀬 昇(日本NPOセンター)、藤井秀樹(京都大学)、南山達郎(ぱれっと) 終わりに 第22回全国大会の統一論題「NPO法施行20年~その回顧と展望~」に関して会計面から「NPO法人会計基準の考え方と2017年12月改正の方向性」とのタイトルで検討した。NPO法人は1995年の阪神・淡路大震災における市民活動をベースに超党派の議員立法によって誕生した法人である。我が国における民間非営利組織は行政機関との関係を前提に設立されていることを考えるとNPO法人は極めてピュアな存在であると言える。市民とNPO法人を繋ぐ架け橋としてのNPO法人会計基準が市民自身の手でよりブラッシュアップされ、社会的評価の確立に貢献してほしいと思っている。非営利法人研究学会の研究者及び実務家のサポートを強く期待する。なお、本稿における意見に係る部分は私見であることを申し添えておく。 (論稿提出:平成30年12月3日)

  • 「理念の制度」としての財務三基準の有機的連関性の中の収支相償論 / 出口正之(国立民族学博物館教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 国立民族学博物館教授 出口正之 キーワード: 公益法人制度改革 収支相償 財務三基準 特定費用準備資金 クリープ現象 要 旨: 公益認定法第5条6号及び14条に示された規制を示す法令用語である「収支相償」は、公益目的事業比率規制(同5条8号)及び遊休財産規制(同5条9号)とともに、数値によって表現される「財務三基準」のひとつである。これらは1つの規制の数値を変更すれば、他の規制の数値すべてが変化する関係にある「相互に有機的な連関」を持ちながら、公益法人の収入を確実に公益目的事業に支出させることで立法趣旨である民間の公益の増進に資するように設計してある。設計時には特定費用準備資金及び資産取得資金という2つの調整項目を作り出し、現実的に運用可能な「最大限の緩和」を行った。しかし、財務三基準についてそれぞれ別個に解釈の変更が繰り返され、現在では、法改正がされていないにもかかわらず、実質的な規制強化となる「クリープ現象」が生まれてしまっている。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 誤解されたガイドライン Ⅲ フロー規制をストック規制に転換させる特定費用準備資金と資産取得資金 Ⅳ 特定費用準備資金を巡る民間の「クリープ現象」 Abstract “RENEC”known as the flow-base regulation, which is a legal term indicating the regulation set forth in Article 5 (vi) and Article 14 of Public Interest Authorization Act(AAPI). It is one of the "three financial regulations", which have systematic relationship each other. These are, holistically, to ensure that revenues of public interest corporations shall be spent on for public interest, and designed to contribute to the public benefits by the private sector, which is the legislative objective. At the time of design, two adjustment items are prepared, and regulations are carried out as the "maximum mitigation" that can be operated realistically. However, the change in interpretation of each regulation of the three has been repeated separately, and at present, the "creep phenomenon", which means to strengthen the substantive regulatory powers, can be found, without any revises of the act. Ⅰ はじめに 公益法人制度改革とそれに続く税制改革は、我が国の制度改革の歴史においても、極めて特異な地位を占めたものといえる。それは、理論に基づきあるべき制度として改革が実現したからである。例えば、公益法人制度改革の方向性を決定付けた閣議決定「公益法人制度の抜本的改革に関する基本方針」は、以下のように謳われている。 「我が国においては、個人の価値観が多様化し、社会のニーズが多岐にわたってきている。しかし、画一的対応が重視される行政部門、収益を上げることが前提となる民間営利部門だけでは様々なニーズに十分に対応することがより困難な状況になっている。 これに対し、民間非営利部門はこのような制約が少なく、柔軟かつ機動的な活動を展開することが可能であるために、行政部門や民間営利部門では満たすことのできない社会のニーズに対応する多様なサービスを提供することができる。その結果として民間非営利活動は、社会に活力や安定をもたらすと考えられ、その促進は、21世紀の我が国の社会を活力に満ちた社会として維持していく上で極めて重要である。」(閣議決定[2003]下線部引用者) さらに、これに続く税制の基本を打ち立てた「新たな非営利法人に関する課税及び寄附金税制についての基本的考え方」には以下のように謳われている。 「この「基本的考え方」は、昨年6月の「わが国経済社会の構造変化の『実像』について」において指摘した「民間が担う公共」の重要性を踏まえ、この諸課題に関して今後の改革の基本的方向性を提示するものである。「あるべき税制」の一環として、「新たな非営利法人制度」とこれに関連する税制を整合的に再設計し、寄附金税制の抜本的改革を含め、「民間が担う公共」を支える税制の構築を目指そうとするものに他ならない。これはまた、歳入歳出両面における財政構造改革の取組みと併せて、わが国の経済社会システムの再構築に欠くことのできない取組みでもあるといえよう。」    (政府税制調査会 基礎問題小委員会 非営利法人課税ワーキング・グループ[2005]下線部引用者) 政府税制調査会では、従来、不公平税制の是正として公益法人課税については課税強化の論調であった1)。この論調を180度変えたのは、公益法人の活動が社会から圧倒的な信頼を得たからではない2)。逆に、世論の俎上に上がったのは、むしろ公益法人の諸問題の方である。ところが、悪徳公益法人を懲らしめる税制として立案されたのではなく、あくまで「あるべき税制」を総合的に再設計して、「民間が担う公共」を支える税制の構築を目指そうとしたものであって、「歳入歳出両面における財政構造改革の取組みと併せて、わが国の経済社会システムの再構築に欠くことのできない取組み」という点に重点がおかれていたのである。 税制が一般に政治的力学の中で決定されることが多い中で、「理念の税制」として公益法人制度税制改革は誕生した。言い換えれば、公益法人関係者等の要望の結果として誕生したわけではない。政府税制調査会石弘光会長はこの点を公益法人などの関係者の「予想外」という用語でその点を表現した3)。また、小島廣光は同調査会の報告書がターニング・ポイントになったことを例証している(小島[2014])。公益法人関係者の要望の結果として生まれた制度では無く、21世紀社会を見据えた「理念の制度」として誕生したという点は、公益法人制度改革の諸規制や今後の制度運営を考える上での重要な羅針盤である4)。 「民間が担う公共」を支える制度の総仕上げが、平成20(2008)年の『公益認定等に関する運用について(公益認定等ガイドライン)』(以下「ガイドライン」という)の策定とそれと並行して行われた平成20年度税制改正である5)。したがって、ガイドラインは「『内外の社会経済情勢の変化に伴い、民間の団体が自発的に行う公益を目的とする事業の実施が公益の増進のために重要となっていることにかんがみ』、当委員会の運営によって、『公益を増進し活力ある社会の実現に資する』という考え方を全員で共有し、意識してこれを目指すものとする」(内閣府公益認定等委員会[2007])という基本方針によって作成されたものである。 本稿の主題である「収支相償」とは、公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(平成18年6月2日法律第49号)(以下「認定法」という。)第5条6号及び14条に示された規制を示す法令用語である。また、公益目的事業比率規制(同5条8号)及び遊休財産規制(同5条9号)とともに、数値によって表現される財務上の三規制を構成する。これは一般に「財務三基準」と呼ばれている。さらに財務三基準は同法第30条第2項に規定する公益目的取得財産残額の算定とともに、相互に有機的な連関を保って作成された。「相互に有機的な連関」というのは、1つの規制を動かせば、他の規制の数値すべてが変化する関係にあるということである。公益認定等委員会第3回委員会の公表資料である図1はそのことを示す初期設定時の一番大事な制度設計図である。 図1 内閣府令が関係する財務関係の主な認定基準 出所:内閣府公益認定等委員会第3回参考資料 したがって、財務三基準は、相互に独立した規制として捉えることはできないし、そのように設計されていない。この規制の有機的連関性をここでは「公益認定法上の財務規制の有機的連関原則」(以下「有機的連関原則」という。)と呼んでおこう。有機的連関原則は認定法第1条における「公益法人による当該事業の適正な実施を確保するための措置等」を構成することで、「公益の増進及び活力ある社会の実現に資することを目的」としている。すなわち、有機的連関基本原則は認定法第18条に規定する「公益目的事業財産」が公益の増進のために使用されることを担保するためのものである。法人側にたてば、財務三基準とは「公益目的事業財産」を公益の増進のために使用することを社会へ約束することであり、どれかの基準に抵触しそうなときは、有機的連関原則によっていずれも公益の増進に即してしっかりと当該財産を適切に使用していくことによってその回復を図ることができる。3つの規制があるように表現されているが、設計図の趣旨は有機的連関性に基づく「ホメオスタシス」(状況を一定の状態に保ちつづけようとするフィードバック機能を持った調整機能)として機能させているといってよいだろう。 ところが、改革の進行とともに、財務三規制は、相互に独立して議論されてしまい、その方向性を失い、とりわけ、収支相償については評判がとてつもなく悪くなってしまった。例えば、公益法人協会の太田は「この罪深きもの―収支相償」(太田達男[2014])として、強く弾劾している。また、「このような形でしか収支相償要件を考えられなかった立案担当者の能力を疑います。もっと知恵を出せと言いたかったです。私たちのような一般人や一般法人が制度の全体像を知り、問題点を認識できないうちに現行制度が出来て運用が始まってしまったのはとても残念です」(2015年02月24日公益認定ウォッチャーブログへの匿名のコメント)といった声まで上がっている。 設定者の立場から言えば、最近の内閣府公益認定等委員会公益法人の会計に関する研究会(以下「会計研究会」という。)の研究報告書([2015]、[2016]、[2017])には、理解に苦しむ点が多々ある。 ガイドライン上は大規模法人、中規模法人、小規模法人の3区分がすでにあるにもかかわらず、小規模法人対策を目指したうえで、規模別に線が引けないとしたり(会計研究会[2015]p.6)、「収支相償の剰余金解消計画」というガイドライン上の「剰余金」の定義と全く整合が取れていないものを持ち出したり(会計研究会[2015]p.13)と枚挙にいとまがない6)。 民間の公益法人の活動は自由権を保証する憲法下での活動である。財産権の保障も憲法上の大きな権利である。規制には、単に法律に明記してあるということもさることながら、規制をするだけの相応の公共の福祉上の要請言い換えれば正当性が背後になければならない(林[1975])。上記閣議決定の「柔軟かつ機動的な活動を展開」が期待された改革の方向性から見ても、収支相償についてはおよそ正当性が見出せないような「複数年度においてもなお収支相償を満たさない場合には、法人にとっても認定法違反の問題を免れ得ないから、当該期間内における収支均衡は確実なものである必要がある」(会計研究会[2015]p.13)というような方向性を有するガイドラインはつくることはあり得ない(図1も公益目的事業は収入が支出を上回る図となっている)。 さらに「公益法人は、税制優遇を受けて公益目的に資する事業を行う社会的存在であることから、公益法人制度においては、公益目的事業に係る収入と公益目的事業に要する費用の均衡及び遊休財産の保有制限等の財務に関する規律が設けられている」(会計研究会[2017]p.8)といった、政府税制調査会や公益認定等委員会委員を歴任した人間からは、とうてい理解不能な公的文書が存在し始めている。制度設計時にはこのようなロジックも筆者は聞いたことがない。後述するが法律上の「収支相償」と「収支均衡」ないし「収入と費用の均衡」とは全く異なる概念である。収支を均衡せよというときに、林が主張する規制の正当性はどこにあるのか、どのように理論に基づくのか?世に普遍的な真理があるとすれば、赤字を避ける理論は構築できても2年連続で収支を不均衡にしてはならないという正当性は決して出てこないだろう。さらに、税制上の優遇と「収入と費用の均衡」とが連動するのだろうか。収入と費用が均衡すれば、法人税はそもそもゼロであり、それを以て税制上の「優遇」ということ自体論理的に矛盾している。 この点は、「柔軟かつ機動的な活動を展開」を期待して「理念の制度」に基づく「常識的な制度」を作り上げたと認識している者の一人として世間の誤解を解く必要があるし、仮に、「おかしな制度を作った者の一人」として指弾されるならば、堂々と反論させていただく必要があるだろう。 そこで、本稿は設定者の一人として、設定時に戻って税制上の観点も加味しながら「収支相償」の意義を考えたい。 Ⅱ 誤解されたガイドライン 認定法第5条6号については、「その行う公益目的事業について、当該公益目的事業に係る収入がその実施に要する適正な費用を償う額を超えないと見込まれるものであること」となっている。この点については、次の5点が指摘されていた(内閣府公益認定等委員会第19回資料2及び議事録参照)。 「①収支7)が均衡しているかどうかをどのような単位で判断するのか、②その場合の適正な費用8)の範囲をどう捉えるか、③同じく収入9)の範囲をどう捉えるか、④収入が実施に要する適正な費用を償う額を超えないという意味をどう考えるか、⑤公益目的事業に付随する事業や関連する事業がある場合の事業の範囲をどう考えるかについて具体的な取扱いを整理する必要がある。」 上記のように、収支相償で比較するのは、法令上の用語としての「収入」と「適正な費用」であり、公益目的事業費の会計上の用語の「収益」と「費用」ではない。したがって、収支相償を論じるときに「黒字・赤字」の表現は適切ではないし、ガイドラインでは一度も使用されていない。 「収入」の意義   「⑴費用について損益計算書上の経常費用を基礎とすることに対応し、収入について損益計算書の経常収益の部における公益目的事業収益を基礎とする。   ⑵具体的には、公益目的事業の活動に係る対価収入のほか、その公益目的事業に充てるために受ける寄附金、補助金など、当該公益目的事業を行うことにより取得する全ての収益を対象とする。   ⑶収益事業等の収益から公益目的事業財産に繰入れる分(法第18条第4号等)の扱いについては、更に検討する。」(第19回公益認定等委員会資料2及び議事録) ここで重要なのは、⑶の部分である。 税制上の大きな変化として、従来は収益事業等からの繰入については、法人が非収益事業部門と収益事業部門と2つの法人を擬制的に存立させて、収益事業部門からの「みなし寄附金」として税法上取り扱っていた。みなし寄附金の収益事業部門における損金算入枠(限度枠)を定め、上限としていたのである。この限度は制度改革前は30パーセントであった。それに対して「理念の税制」では、そもそも収益事業等の収益は公益目的事業を行うものであるから、繰入を任意から強制へと切り替えられ(認定法第18条4号)、その強制繰入れの比率は50パーセントと定められた(公益認定法施行規則第24条)。 そこで、収支相償についてガイドラインは、当初「収益事業等の利益額の50%を繰入れる場合」と「収益事業等の利益額を50%を超えて繰入れる場合」について記載していた10)。両者の繰入額を合わせて「みなし寄附金」と呼ぶことがあるが、前者は認定法に基づく法令上の義務であり、後者は任意であることから、ここではより正確を期すために、50%繰入を「みなし税金」、その額を「みなし税額」と呼ぶことにする。また、50%を超える部分の繰入れを「みなし寄附金」、その額を「みなし寄附額」と呼ぶことにする11)。 税法上の収益事業等から公益事業への繰入れは損金算入を前提とし、前述の通り制度改革前は収益事業の利益の30%までであった。したがって、税法上の損金算入の限度額は事実上なくすと、収益事業で利益を出して、それを公益目的事業に繰入れ、公益目的事業財産として貯め込むと、税制上の公平性を欠くことになる12)。そこで繰入の損金算入の額の制限として、以下のように定めている(法人税法施行令第73条第1項3号イ、同73条第2項)。 「【みなし寄附金がない場合】   その事業年度の所得の金額の100分の50に相当する金額  【みなし寄附金がある場合】   ②の金額が①の金額を超えるときは、②の金額  ① その事業年度の所得の金額の100分の50に相当する金額  ② 公益目的事業の実施のために必要な金額(その金額がみなし寄附金を超える場合には、そのみなし寄附金額に相当する金額。以下「公益法人特別限度額」といいます。)   両者を比較して②を算入限度額としている。」(国税庁[2012]p.37) このことを認定法上の繰入れの上限額として定めたのが認定法第5条6号と同第14条であり、第14条はそのことを明確に示している。「当該公益目的事業の実施に要する適正な費用を償う額を超える収入を得てはならない」である。したがって、収支相償の計算式は、繰入額の「みなし寄附額」の上限額をλとすると、λを算出するためのものであると考えるとわかりやすい。そこで、収支相償規定にとっては、収益事業等からの繰入額が50パーセントの「みなし税金」の範囲の法人なのか、それを超える繰り入れを行う「みなし寄附」の法人なのかが決定的に重要となる13)。 図2は、そのことを示したものである。実際には特定費用準備資金への積立て及び取崩しがあるのでもう少し複雑だが、簡略版を使用しながら収支相償規制が公益法人特別限度額λの計算のためにあることをこの図を使って説明しよう。 図2 公益法人特別限度額と収支相償 注 図が複雑になるので特定費用準備資金への積立て取崩しはゼロとして作図した。 出所 筆者作成 収益事業等の利益を法人会計の収益事業等の管理費相当分などを加味して損金を計算し、収入から益金を計算する。収益事業等の会計の収益から課税対象額を計算し、その50%を計算し(「みなし税額」)、収支相償上の公益目的事業収入に繰入れなければならない(「みなし税金」)。この時、繰入によって、収入のほうが多ければ、みなし寄附額の上限額はゼロになる。収入のほうが少なければ、その差額(図の白い部分=λ)が、収益事業等からの繰入れ限度額となる。このように従来、税法上の損益算入額という形の上限が、収支相償規制によって認定法によって事実上の上限が設けられたのである14)。したがって、前述の通り当初より収支相償の第2段階については、【収益事業等の利益額の50%を繰入れる場合】と、【収益事業等の50%超えを繰入れる場合】の2種類だけに関心が存在していた。上記の通り、確かに収支相償規制は税法との関係が重要であるが、それは公益目的事業に対する税制ではなく、収益事業等に対する法人税との関係である。もっともガイドラインの策定は、平成20年度税制改正に先立って決定しているため、上記の関係については、公益認定等委員会議事録には記載されていない。理詰めの法制度と理詰めの税制改正の必然の結果として、上記のように規制を合理的に説明することによって、認定法と税法の意図をつなぐことが可能となる。 Ⅲ フロー規制をストック規制に転換させる特定費用準備 資金と資産取得資金 次に収支相償上の「適正な費用」を考えてみよう。 「2.「適正な費用を償う額」の意義   ⑴公益法人認定法上の費用概念は、公益目的事業比率の計算等において損益計算書の経常費用を基礎としていることにならい、損益計算書の経常費用の部における公益目的事業費を基礎とする。   ⑵適正な費用には、当該公益目的事業に係る特定費用準備資金への繰入額(規則第18条)を含める。   ⑶謝金、礼金、人件費等で不相当に高い支出がなされる場合には、適正な費用とは認められないものとして扱う。」(第19回公益認定等委員会資料2及び議事録) 公益法人は、余剰資産を「特定費用準備資金」15)として、資産をロックすれば、「適正な費用」としてカウントすることができる仕組みとしている。したがって、遊休財産規制とともに、収支相償規制は、公益目的事業収入について、将来に亘って「公益目的事業」に使用することを法律面で強固に拘束させているものである。上記の考え方にたてば、フロー規制としての実質的意味合いは収益事業を行っていた法人に限られることになる。そこでそれを担保するために創出されたのが「特定費用準備資金」である。 ここで「特定費用準備資金」とは以下のように定められている。 認定規則第18条3第1項に規定する特定費用準備資金は、次に掲げる要件のすべてを満たすものでなければならない。 一 当該資金の目的である活動を行うことが見込まれること。 二 他の資金と明確に区分して管理されていること。 三 当該資金の目的である支出に充てる場合を除くほか、取り崩すことができないものであること又は当該場合以外の取崩しについて特別の手続が定められていること。 四 積立限度額が合理的に算定されていること。 五 第3号の定め並びに積立限度額及びその算定の根拠について法第21条の規定の例により備置き及び閲覧等の措置が講じられていること。 さらに、この点についてガイドラインでは3号の解釈だけ示し、4号の「合理的」の解釈は示していない。行政手続法(平成5年法律第88号)第5条では、申請により求められた許認可等をするかどうかをその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準(以下「審査基準」という。)を定めることとされている。ガイドラインはこの「審査基準」に相当する。したがって、ガイドラインに示していない上記の3号の解釈は、法人に委ねられていると考えるのが妥当であるが、監督の段階で4号の「合理的」を根拠に、制度の心臓部である「特定費用準備資金」の特徴を消し去ってしまっている16)。 また、「資金について、止むことを得ざる理由に基づくことなく複数回、計画が変更され、実質的に同一の資金が残存し続けるような場合は、『正当な理由がないのに当該資金の目的である活動を行わない事実があった場合』(同第4項第3号)に該当し、資金は取崩しとなる」となっている。「止むことを得ざる理由に基づくことなく複数回」ということであるから、理由の如何を問わない場合については、「1回だけは変更を行うことができる」(公益認定等委員会議事録)としており、やむを得ない理由であれば何回でも変更可能であるという反対解釈を含意している。理由無く変更した場合も「取崩し」になるだけである。したがって、事実上、フロー規制としての側面を消し去り、ストック規制としての実質的意味を持たせているのである。 以上の通り、制度設計時には、「黒字を出してはいけない」という意味は事実上存在せず、ただ、収益事業等からの繰入の制限のみフロー規制として意味を持たせているのである。この点については「最大限弾力化」(第29回議事録)しているのであって、委員の一人としては「ここまで柔軟化ができるのか」と思った次第である。したがって、制度設計時以上の弾力化は必要ないと考えられるし、技術的に不可能であろう。当時の委員の一人としてその点について自信を持って保証するものである。 収支相償における意図せざる解釈の揺らぎとしての「クリープ現象」については、「短期調整金」が突如として消えたこと等についてかつて詳述したことがあるが(出口[2016b])、それ以降も次々と誕生していっている。 例えば、会計研究会報告では「収支相償の剰余金の解消理由としては、当期の公益目的保有財産の取得や特定費用準備資金の積立てがガイドラインに掲げられている」(会計研究会[2015]p.6)と明確な事実誤認が指摘できる。すでに見たように「特定費用準備資金」の積立は、「適正な費用」の中に入り、「収支相償の剰余金」の中にはない。 この点も議事録に明確に記載されている。 「(事務局)『適正な費用を償う額』の意義です。公益法人認定法人上の費用概念はいろいろなところで用いられておりますが、公益目的事業比率の計算等においては基本的には損益計算書の経常費用を基礎としていることにならい、ここにおきましても損益計算書の経常費用の部における公益目的事業費を基礎としたいということです。   ただし、公益目的事業比率や遊休財産額の規制等におきまして、その費用については当該公益目的事業に係る特定費用準備資金、これは将来の特定の活動の実施に充てるために特別に法人において管理して積み立てた資金は費用額に繰り入れるという調整項目を設けていますが、その調整項目として繰り入れた額も適正な費用に含めたいと思います。」(第19回議事録。下線部引用者) つまり、特定費用準備資金は調整項目であって、調整項目が入ることを前提とした制度設計となっている。 「(第1段階では)収入が費用を上回る場合には、当該事業に係る特定費用準備資金への積立て額として整理する。」 つまり、ガイドラインでは、特定費用準備資金への積立て額(以下「特費積立額」という。)は決して「例外的な措置」ではなく、単なる「調整項目」であって、剰余金の解消手段ではない。 したがって、剰余金の取扱いについてはガイドラインには以下の通り、特定費用準備資金は入っていない。 「⑷剰余金の扱いその他   ①ある事業年度において剰余が生じる場合において、公益目的保有財産に係る資産取得、改良に充てるための資金に繰入れたり、当期の公益目的保有財産の取得に充てたりする場合には、本基準は満たされているものとして扱う。このような状況にない場合は、翌年度に事業の拡大等により同額程度の損失となるようにする」(ガイドラインpp.6-7)。 特定費用準備資金が「適正な費用」に入り、その上で収支相償が図られるとする当初の設計と、特定費用準備資金を例外的な措置として剰余金の解消手段として使用されるとする最近の会計研究会の基本スタンスとは、収支相償の原則を考えるうえで非常に大きな相違となっている。同研究会の報告を受けた後に追加されたFAQ問V-2-6では「収支相償は公益目的事業に関わる収入と公益目的事業に要する費用とを比較する」とし、「適正な費用」を「費用」に変換し、定義すら変わってしまう「クリープ現象」が起きているのである。 その結果、「公益法人は、税制優遇を受けて公益目的に資する事業を行う社会的存在であることから、公益法人制度においては、公益目的事業に係る収入と公益目的事業に要する費用の均衡及び遊休財産の保有制限等の財務に関する規律が設けられている」(会計研究会[2017])といった説明がなされ、「公益目的事業に関する損益はゼロないし赤字が原則」という理解が蔓延していっている。 そうすると、たとえば「平成28年版公益法人の概況及び公益認定等委員会の活動報告」17)では、公益目的事業比率を満たしていない法人数は30、遊休財産規制を超えている法人数は282であるのに対して、現時点での定義における収支相償プラスの法人数は2,731となっている。これは平成28年12月1日時点での公益法人数9,458法人の実に29パーセントに相当する18)。これでは制度としてすでに破綻していることを意味しているといえよう。 Ⅳ 特定費用準備資金を巡る民間の「クリープ現象」 特定費用準備資金については、官民混在して誤解が広がった。 ガイドラインは「止むことを得ざる理由に基づくことなく複数回」という二重否定文であるのに対して、民間レベルで、特定費用準備資金を「やむ得ない理由の外は取崩すことができない」という内部規定をつくることが行きわたってしまい、特定費用準備資金が当初の調整項目として考えられていたにもかかわらず普及していない。 他方で、「特定費用準備資金において将来的に発生する赤字の補てんについては、制限をしていないところです。単年度の収支で黒字が発生した場合に、将来の赤字が見込まれる場合には、これに備えて、資金を積み立てる(特定費用準備資金)や将来の公益目的事業に使用するための財産の取得なども可能」(パブリックコメントに対する内閣府回答)(平成27年)「最大限柔軟化」を超えるメッセージが発出された結果、この点も混乱が起きている。もともと移行法人用に作られた、ストックとしての資産を特定費用準備資金として整理する方法を「単年度の収支で黒字が発生した場合に」というフローにまで、拡大した結果、わざわざ「将来の赤字が見込まれる場合には、これに備える資金」が可能としたことから、認定法規則との整合性が完全にとれなくなり、急遽「将来の収支変動に備えて資金を積み立てることができるよう、要件の明確化等(考え方の整理、具体的な適用事例の明記等)ができないか。』を検討課題としている」(平成28年会計研究会)と、二重三重に法人側へ混乱するメッセージを送ってしまった。 しかし、検討した結果は、当然のことながら、以下のような報告書が出されている。 「将来の収支の変動に備えて法人が積み立てる資金(基金)を特定費用準備資金として保有することについては、将来の支出の確実性を担保する観点から、従前と同様に、過去の実績や事業環境の見通しを踏まえて、活動見込みや限度額の見積もりが可能であるなどの要件を充たす限りで、有効に活用されるべきである。この際に、どのような条件等が整えば当該要件に合致するかについて統一的なメルクマールを設定することは困難であり、具体的な事例を提示して参考に資することが有効であると考えられる。加えて、このような特定費用準備資金を新たに定義し直し、その具体的要件を定めることについても、同様に困難である。   このため、これらの点については、事例の蓄積・提示に努めることとするとともに、後述する遊休財産に係る問題と併せ、特定費用準備資金のあり方として検討を深めることとした」(平成29年度会計研究会報告)。 ストックに対する移行時の特定費用準備資金とフローに関わる特定費用準備資金についての混乱がこのようなメッセージを送ることになってしまったものと考えられる19)。 それではパブリックコメントのメッセージは一体何だったのだろうか。 そもそも制度設計時においてはすべての特定費用準備資金及び資産取得資金は将来の赤字に補助的に(止むことを得ざる理由に基づくことなく複数回)対応できるように設定されているのであって、わざわざ「将来の赤字そのもの」のために設置できるようには作っていないし、その必要もないのである。将来の赤字の時に取り崩せないような規制をつくることは公益法人制度改革が柔軟で機動性を持った公益活動を期待する理念の改革であることを理解すればありえないことである。メッセージの混乱が、公益法人に余計な動揺を与えていると言わねばなるまい20)。 V 結論 財務三基準は、収支相償が満たせなくても、遊休財産規制が満たせなくても、公益目的事業比率が満たせなくても、結局は「公益のために適切に使用してください」という監督につながるのであり、どれかを潜脱するような会計をすれば、三基準のどこかで綻びが出るのがこの制度であって、どの基準に抵触するのかはそれほど重要ではない。三基準はすべて輔車相依る関係にある。どこか1つの基準を規制強化すれば、別の部分を緩和しなければ法人が耐えられなくなってしまう。それにもかかわらず、「収支相償」単体として途中から規制の強化と緩和を繰り返した結果、制度そのものがおかしくなってしまって、法人側に無用の混乱を与えてしまった。この有機的な関連をシステム論的に把握できていないことから、非常に不可思議なアンモナイト的な進化を遂げ、結局、単純で常識的な制度を複雑でわかりにくい制度に変えてしまった。 法人会計にまでフロー規制として法人会計黒字を問題視したことが、収支相償問題を初期の整合のとれた制度から逸脱させて形にしてしまっている[出口2016b]。さらに、「指定正味財産」の指定を極端に厳しくしたりすることによって(会計研究会[2016])、大きく揺らぎが生じている。有機的な関係を考慮しない財務三基準等の規制の強化と緩和を繰り返すことによって規制の強化と緩和が交互に訪れ、制度そのものが大混乱に陥っている。とりわけ、特定費用準備資金の公益認定法規則第18条3号の「積立限度額が合理的に算定されていること。」の「合理的」の部分を行政庁側が裁量に基づき管理していることで、法人運営にも多大な影響を与えているものと考えられる。 収支相償のメッセージは「黒字を出してはいけません」ではなく、他の財務三基準と関連しながら「公益目的事業財産を公益目的事業のために適正に使ってください」という立法趣旨と寸分も違わぬものなのである。 (本研究及び発表については国立民族学博物館M311291618、日本学術振興会17H06191の支援を得た)。 [注] 1)例えば、「公益法人等の収益事業課税や公益法人等及び協同組合等に係る軽減税率のあり方についても見直しを行う。」(政府税制調査会[2002]) 2)この点は阪神・淡路大震災後、世論の後押しから、法人制度、税制まで整備された特定非営利活動法人の制度とは大きく異なる。 3)政府税制調査会の石弘光会長は以下のように述べている。「実際のNPOあるいはNGO、あるいは財団関係の方からはいろいろご意見をいただきました。非常に口はばったい言い方をすれば、好評というか、それはそれだけ税制面で優遇を、あるいは特別な配慮をしてもらえるということは、おそらく予想外だったのかもしれません。そういう形で今回できたことにつきましては、税調並びに各方面からも一応の評価ができたのではないかと考えております。」(政府税制調査会会長会見録[2005])言い換えれば、公益法人税制は関係団体の陳情の結果として実現したものではない。 4)他方でNPO法人に関する税制改革はシーズをはじめとする関係団体のアドボカシー活動の結果であるということが定説となっている(小島廣光・平本健太[2017])。 5)筆者はガイドラインについては内閣府公益認定等委員会委員として、税制改正については政府税制調査会特別委員として直接関与した。 6)たとえば出口[2016a]では、規模別3区分の問題やIFRSに近づける会計研究会の方向に批判を加えている。また、3区分問題については岡本[2017]が大阪府の委員の立場から話題としている。 7)「損益」ではない点が重要である。 8)「適正な費用」に法律上の定義を与えようとしており、収支相償上の「収支」とは会計上の用語ではなく、法律上の用語であることを明確にしている。 9)「収入」に法律上の定義を与えようとしており、収支相償上の「収支」とは会計上の用語ではなく、法律上の用語であることをここでも明確にしている。 10)ガイドラインのパブリックコメント募集時には、収益事業を行わない法人については第2段階の記載がそもそも存在していなかった。 11)国税庁の説明書は上記分類についてしっかりと分けて書いている。 「【みなし寄附金がない場合】 その事業年度の所得の金額の100分の50に相当する金額 【みなし寄附金がある場合】 ②の金額が①の金額を超えるときは、②の金額」(国税庁[2012]p.13) 12)収益事業等に対する営利法人とのイコール・フッティングの問題はこのように制度上想定されているが、そもそも公益目的事業と営利法人とのイコール・フッティングは制度上想定されていない(法人税法第7条、法人税法施行令第5条第2項第1号)。 13)この点を公益法人会計基準上、連動させたのが「他会計振替額」であり、これは「内訳表に表示した収益事業等からの振替額」として公益法人会計基準運用指針において定義されていた。しかし、これも会計研究会[2017]が、この点を十分に説明することなく定義を変更している。 14)説明の簡略化のために特定費用準備資金の積立額と取崩額は省いている。 15)「資産取得資金」もほぼ同様の取扱であるが、「資産取得資金」は、「適正な費用」の外でカウントされる。 16)会計研究会[2017]p.8「特定費用準備資金については、将来の特定の活動の実施のために特別に支出する費用のために保有する資金であり、対象となる活動の内容及び時期が具体的に見込まれ、積立限度額が合理的に算定されること等が必要である。(略)しかしながら、実際には、どのような場合であれば認められるのかについて、法人の側からは分かりにくいとの指摘もある。このため、より多くの法人に活用を促すためにどのような場面・条件が整えば認められるのかを明確化すること等について、所要の検討を行うこととした。」あくまで、行政庁が合理性を判断することを前提にしているが、これはガイドラインの精神に反している。 17)同書においても「収支相償とは、公益法人が行う公益目的事業について、事業に係る収入がその実施に要する費用を償う額を超えないという基準である(認定法§5⑥及び§14)。これは、必ず単年度で収支を均衡させなくてはならない、というものではなく、中長期的に収支が均衡することを求めるものである」と法律と異なる記載がされている。 18)財務三基準に関わる法人数は、過去1年間に提出された事業報告等(平成28年12月1日時点の入力確認済みデータ)による。 19)この点は統一論題発表時の岡村勝義氏の質問から大きな御示唆を得た。ここに謝意を記したい。 20)混乱の象徴として公益財団法人公益法人協会における特定費用準備資金「財政安定化基金」の設定と取崩しに至る経緯を紹介したい。 平成27年9月28日理事会において、将来の収支の変動に備えるため特定費用準備資金を積む方針が提案され、理事全員一致により可決(公益財団法人公益法人協会[2015a])。平成27年12月9日理事会において「財政基盤安定化基金」という名称で具体的な特定費用準備資金が提案され、理事全員一致により可決。出席監事3名からも意見が出されず(公益法人協会2015b)。平成29年6月9日理事会において「その後、内閣府及び監事より特定費用準備資金として適正性に欠けるとの指摘」があり、新しい対応を協議し、当該特定費用準備資金を全額取り崩しし、赤字解消分を除く額を平成29年度の公益目的事業に充てることを理事全員で可決(公益法人協会[2017a])。さらに、2017年8月25日で以下の文面が同協会ホームページで公開された。 「公益法人協会では、平成26年度決算の公益目的事業会計において、815万円の経常利益を計上したことから、特定費用準備資金とするか、公益目的保有財産とするか、平成27年9月、及び同年12月の理事会で検討し、下記別表C⑸のとおり特定費用準備資金とすることを決議し、基金を設定いたしました。 →平成27年度定期提出書類別表C⑸ その後、内閣府より、本基金について使用事業が特定されていないこと、赤字が発生した場合に取崩すものとして使用時期、金額が記載されていないことなど、特定費用準備資金として法律に基づく適正性に欠ける旨指導がありました。これを受け当協会では対応を検討した結果、平成29年6月9日の理事会において、本基金はいったん815万円全額を取り崩して解消し、平成28年度決算における公益目的事業会計の経常損失に充当し、残額は平成29年度の公益目的事業の費用に充当することといたしました。」(公益法人協会[2017b]) [参考文献] 岡本仁宏[2017]「大阪府公益認定委員会委員長就任にあたって」『公益・一般法人』No.952、全国公益法人協会、pp.5-9。 小島廣光[2014]「公益法人制度改革における参加者の行動」、札幌学院大学経営論集、⑹、pp.31-96 小島廣光・平本健太[2017]「寄付税制およびNPO法の改正過程:改訂・政策の窓モデルにもとづく分析に向けて」、經濟學研究67⑴、pp.29-107。 出口正之[2016a]「最新版『内閣府研究会報告』が示す会計と制度を巡る課題」『公益・一般法人』No.922、全国公益法人協会、pp.10-17 出口正之[2016b]「“クリープ現象”としての収支相償論」『非営利法人研究学会誌』Vol.18、pp.29-38。 内閣府公益認定等委員会[2007]「内閣府令が関係する財務関係の主な認定基準」(第3回委員会議事資料) 内閣府公益認定等委員会[2007]「審議の基本方針」(第3回委員会議事資料) 内閣府公益認定等委員会[2007]第19回委員会 資料2及び議事録 内閣府公益認定等委員会[2007]第29回委員会 議事録 内閣府公益認定等委員会[2008]「公益認定等に関する運用について(公益認定等ガイドライン)」 内閣府公益認定等委員会公益法人の会計に関する研究会[2015]「公益法人の会計に関する検討の諸課題の検討状況について」 内閣府公益認定等委員会公益法人の会計に関する研究会[2016]「平成27年度公益法人の会計に関する諸課題の検討結果について」 内閣府公益認定等委員会公益法人の会計に関する研究会[2017]「平成28年度公益法人の会計に関する諸課題の検討の整理について」 林修三[1975]『法令作成の常識』第2版、日本評論社。 [参考ウェブサイト] 閣議決定[2003]「公益法人制度の抜本的改革に関する基本方針」http://www.cao.go.jp/zeicho/siryou/pdf/kiso_b33c3.pdf 平成29年11月10日ダウンロード 公益財団法人公益法人協会[2015a]第32回理事会議事録 http://www.kohokyo.or.jp/jaco/disclosure/gijiroku/rijikai-gijiroku32_150928.pdf 平成29年11月10日ダウンロード 公益財団法人公益法人協会[2015b]第33回理事会議事録 http://www.kohokyo.or.jp/jaco/disclosure/gijiroku/rijikai-gijiroku33_151209.pdf 平成29年11月10日ダウンロード 公益財団法人公益法人協会[2017a]第40回議事録 http://www.kohokyo.or.jp/jaco/disclosure/gijiroku/rijikai-gijiroku40_170609.pdf 平成29年11月10日ダウンロード 公益財団法人公益法人協会[2017b]「当協会の特定費用準備資金の扱いについて」http://www.kohokyo.or.jp/kohokyo-weblog/topics/2017/08/post_719.html 平成29年11月10日ダウンロード 政府税制調査会[2002]「平成15年度における税制改革についての答申―あるべき税制の構築に向けて―」 http://www.cao.go.jp/zeicho/tosin/14top.html 2017年11月30日ダウンロード 国税庁[2012]『新たな公益法人関係税制の手引』 https://www.nta.go.jp/shiraberu/ippanjoho/pamph/hojin/koekihojin.pdf 政府税制調査会 基礎問題小委員会・非営利法人課税ワーキング・グループ[2005]「新たな非営利法人に関する課税及び寄附金税制についての基本的考え方」 http://www.cao.go.jp/zeicho/tosin/170617.html 2017年11月22日ダウンロード 政府税制調査会会長会見録[2005]http://www.cao.go.jp/zeicho/kaiken/b31kaiken.html 2017年11月22日ダウンロード (論稿提出:平成29年11月5日)

  • 非営利組織の内部留保 ― 公益法人、学校法人の収支バランスの視点から ― / 石津寿惠(明治大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 明治大学教授 石津寿惠 キーワード: 非営利組織 内部留保 収支均衡 収支相償 公益法人会計 学校法人会計 要 旨: 税制優遇を受け、公益サービスを提供する組織体においては、剰余が生じるのであれば公益サービスの提供を拡充させ、収支をバランスさせることが求められる。ただし、この場合の収支バランスは単年度のみで捉えるのではなく、組織体の継続的な経営の安定・サービス提供のための留保(剰余)を含めて、中長期的なスパンで捉えるものとなる。そういった意味での収支バランスについて、公益法人は収支相償、学校法人は収支均衡の仕組みを備えている。本稿は、非営利組織の会計情報の開示対象者が社会一般に拡充している現状に鑑み、両法人形態におけるこれらの収支バランスの仕組みを比較検討し、収支バランスの状況を会計情報の中で明確に開示する方法について検討する。このことは、社会との相互理解のもとに、非営利組織が事業活動を一層スムーズに展開していくことにつながるのではないかと考えられる。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 公益法人における収支バランス Ⅲ 学校法人における収支バランス Ⅳ 比較考察と小括 Abstract Organizations that enjoy preferential tax treatment because they provide public services are required to balance their revenue and expense by expanding their public services if they have an earnings surplus. However, such balancing is not done each fiscal year but over a longer time span that takes into consideration both the organization’s ongoing economic stability and the reserves (surplus) available for providing services. To equalize their revenue and expense, each organization has a balancing mechanism of its own. This study first examines and compares the balancing mechanisms in these two types of corporations and then discusses methods for transparent disclosure of the situations of balancing revenue and expense in financial reports. This will help the general public better understand Not-for-Profit Organizations at a time when Not-for-Profit Organizations are being called upon to increase their disclosure of financial data, thus helping these organizations more easily expand their operations. Ⅰ はじめに 反対給付のない収益を得、税制優遇を受け、そして公益サービスを提供する非営利組織であれば、過大な内部留保は社会とのコンフリクトを生むことになる。まして、無償・低廉な価格で最大限の公益サービスを提供することを目的とする組織体においては、内部留保を生じさせるのではなく、剰余が生じるのであれば公益サービスの提供を拡充させ、収支をバランスさせることが求められる。ただし、組織体の経営の安定や継続のため、この場合の収支バランスは単年度(短期的)のみで捉えるのではなく、将来のサービス提供のための留保(剰余)を含めた、中長期的なスパンで捉えるものとなる。 本稿の問題意識は、例えば公益法人会計基準(以下、公益基準)の2004年改正の趣旨として、会計情報を「広く一般に対して報告するものとするため…」(公益法人等の指導監督等に関する関係省庁連絡会議申合せ[2004]1⑵)とされているように、非営利組織の会計情報の開示対象が「社会」へ拡充される傾向にある中1)、制度が求め、そして社会が期待する「収支バランス」の状況は、会計情報として適切に開示される必要があるのではないかということである。将来のサービス提供のための留保を区分して、それを含めた意味での収支バランスの状況を会計情報の中で明示することは、剰余が単なる内部への溜め込みではなく、中長期的に法人が行おうとしている事業のための留保(以下、本稿では「中長期的費用」)であることを表すことにつながる。このため、これを適切に開示することができれば、社会とのコンフリクトの改善に寄与し、社会との相互理解のもと事業活動を一層スムーズに展開していくことにつながるのではないかと考えられる。 本稿は、そういった前提に立ち、「中長期的費用」を含めた意味での収支バランスの仕組みを持っている公益法人と学校法人の会計を比較考察することによって、収支バランスを会計情報の中でどのように開示することができるかについて考察するものである。なお、ここでいう内部留保とはネット・フローの蓄積であり、収支バランスは資金収支ではなく、費用収益ベースで検討する2)。 内部留保や収支均衡の概念について小栗他[2015]、若林[2002]、公益法人の中長期の収支について杉山[2010]、学校法人の収支均衡について林[2017]、藤木[2014]、片山[2011]などの研究があるが、本研究は公益法人と学校法人を比較し、収支バランスをどのように開示するかという点から検討している点でこれらと異なる。 Ⅱ 公益法人における収支バランス 1 収支相償の仕組み 公益法人においては、対価を伴う公益事業について「対価の引下げ、対象の拡大等により収入、支出の均衡を図り、当該法人の健全な運営に必要な額以上の利益を生じないようにすること」(閣議決定[2006]2.⑸)と、「収支均衡」が求められており、そのための仕組みとして収支相償と遊休財産規制が制度に内包されている。収支相償は、「公益法人が利益を内部に溜めずに、公益目的事業に充てるべき財源を最大限活用して、無償・格安でサービスを提供し、受益者を広げようとするもの」(内閣府公益認定等委員会事務局[2016]p.5)であり、「公益目的事業に係る収入が適正な費用を超えないと見込まれること」(認定法第5条6号)、「その公益目的事業を行うに当たり、当該公益目的事業の実施に要する適正な費用を償う額を超える収入を得てはならない。」(同法第14条)ということである。しかしだからと言って、「『単年度で黒字を出してはならない』ということではなく…中・長期的に見て、公益目的事業に係る収入が、すべて公益目的事業に使われること」(FAQ問Ⅴ-2-③)とされている。このため、公益法人制度は均衡状況を中長期的に判断する(剰余について、特定費用準備資金や資産取得資金を設定できる)3)仕組みを具備している。 なお、遊休財産とは、「公益目的事業又は公益目的事業に必要なその他の活動に使うことが具体的に定まっていない財産」(同法第16条2項)であり、これについては一年分の公益目的事業費相当額が保有の上限とされている(FAQ問Ⅴ-4-②)。本稿では、フローの「収支バランス」の視点から検討するため、以下、収支相償について取り上げる。 収支相償の判断は、各公益事業単位によって行う第一段階と法人の公益活動全体によって行う第二段階とで行われる。 図表1は、制度設計者側の資料により収支相償の仕組みを簡潔に示したものである(内閣府公益認定等委員会事務局[2016]p.5)。ここに示されるように、収支相償は収支バランスについて、公益目的事業における収益と公益目的事業における費用を単年度における収支差額(剰余)で見るのではない。中長期的に法人が行おうとしている事業のための留保も特定費用準備資金積立額などとして、収支相償上の費用という概念で「費用」の側に組み込んだ上で中長期的な収支バランスを判断する仕組みとなっている。本稿では、この中長期的に法人が行おうとしている事業のための留保を「中長期的費用」と呼ぶ。 図表1 収支相償の例 (出典)内閣府公益認定等委員会事務局[2016]p.5を一部修正し筆者作成。 2 財務諸表等での開示 収支相償では、正味財産増減計算書における公益目的事業に係る経常費用・収益を基礎として、「中長期的費用」を加味して公益性が判断される。しかし例えば、剰余を特定資産準備資金として処理しても、その「中長期的費用」は将来の費用であるため正味財産増減計算書には費用として計上されない。 「中長期的費用」は収支バランスに関わるものであるが、正味財産増減計算書には表れない。会計的に表されるのは、まず貸借対照表の特定資産としてである。さらに、図表2のように注記表の中で、特定資産として金額の変動や財源が示される。しかし、どういった内容・計画なのかまでは明示されない。 図表2 特定資産に関する注記表 (出典)内閣府公益認定等委員会[2008]『「公益法人会計基準」の運用指針』13.⑷4、同5より筆者加筆修正。 Ⅲ 学校法人における収支バランス 1 事業活動収支計算書における収支均衡の仕組み 学校法人会計基準(以下、学法基準)では、毎会計年度の活動に対応する事業活動収入及び事業活動支出の内容を明らかにするとともに、基本金組入額を控除した当該会計年度の諸活動に対応する全ての事業活動収入及び事業活動支出の「均衡の状態」を明らかにするために事業活動収支計算を行うとされている(学法基準第15条)。基本金とは、「学校法人が、その諸活動の計画に基づき必要な資産を継続的に保持するために維持すべきものとして、その事業活動収入のうちから組み入れた金額」(同第29条)であり、第1号基本金(取得した固定資産)、第2号基本金(将来取得計画のある固定資産の取得に充てる資産)、第3号基本金(継続的に保持・運用する資産)及び第4号基本金(必要な運転資金維持に関わる額)の4つがある(同第30条)。 図表3は、事業活動収支計算書における収支バランスの仕組みについて、制度設計者の側の資料から示したものである (文部科学省高等教育局私学部参事官付[2016]p.15)。事業活動収支計算書は、教育活動収支、教育活動外収支、特別収支の3つの区分に分け(学法基準第15条)、それぞれの区分の収支バランスを表示するとともに、基本金組入前当年度収支差額(従来の帰属収支差額。以下、組入前収支差額)は毎年度の収支バランスを表示し、「当年度収支差額から翌年度収支差額」の部分では長期の収支バランスを表示する仕組みとなっている4)。 図表3 事業活動収支計算書 (出典)文部科学省[2016]p.15より筆者一部修正作成。 このように、(中)長期の収支バランスは、毎年度の収支バランスを示す組入前収支差額を算定した後に、基本金組入額を控除した額から捉えられている。このため、基本金組入額は、(中)長期的に法人が行おうとしている事業のための留保と考えられ、本稿の「中長期的費用」と捉えることが出来る5)。なお、明確な計画がないまま将来のための留保が行われることは問題であるため、第2号基本金、第3号基本金の組入は、「固定資産の取得又は基金の設定に係る基本金組入計画に従う」(学法基準第30条第2項)とされている。この点に関する問題点は後述する。 2 財務諸表等での開示 図表3からも明らかなように、「中長期的費用」と捉えられる基本金組入額は、事業活動収支計算書で表示される。また、基本金組入額に係る情報は、第2号基本金を例にとってみると貸借対照表の純資産の部の「第2号基本金」と、資産の部の特定資産の中の「第2号基本金引当資産」の中に組込まれることとなる(第七号様式)6)。 さらに、基本金組入額については、基本金の増減額として基本金明細書(図表4)に、そして当該基本金による事業内容の計画については計画表(図表5)にそれぞれ明示されて開示されるなど7)、「中長期的費用」の内容が分かる形で会計情報の中で示される仕組みとなっている。 図表4 基本金明細書 (出典)文部科学省[2015]『学校法人会計基準』第十号様式より筆者一部修正。 図表5 第2号基本金の組入れに係る計画表 注 1. 取得予定固定資産の所得見込総額を、当該摘要の欄に記載する。 2. 組入予定額及び組入額は、組入計画年度ごとに記載する。 (出典)文部科学省[2015]『学校法人会計基準』様式第一の二。 Ⅳ 比較考察と小括 これまで検討してきたように、両制度とも「中長期的費用」を含めて収支バランスの状況が捉えられているが、会計情報としての開示方法は異なっている。ここでは、非営利組織における会計情報の開示対象が「社会」へ拡充される傾向にある中、制度が求め、そして社会が期待する「収支バランス」の状況を会計情報の中で開示する必要があるのではないかという本稿の問題意識から、「収支バランスの状況」をどのように開示することができるかについて、両会計の比較を踏まえて検討する。 まず、財務諸表等での開示という意味では、学校法人では当期及び中長期の収支バランスの状況についての情報が事業活動収支計算書で明らかにされる上、「中長期的費用」である基本金組入額の状況について貸借対照表、基本金明細書そして基本金計画表で開示され、法人が将来行おうとしている事業(そのための固定資産の取得を含む)についての情報は、いわばフルスペックでの開示となっており充実したものとなっている。 ただし、その中身である基本金制度については、組入額の弾力性、第2号基本金の計画組入れの妥当性など多くの批判がなされてきた8)。前者については、組入額が必ずしも資金提供者の意思だけでは決まらず、理事会等意思決定権を持つ機関の決定により繰入れることが可能になっていること、後者については、「先行組入れ」と呼ばれるもので組入基準が徹底されていないことなどである(片山[2011]pp.37-39)。組入前収支差額はプラスであるが、それを上回る基本金組入額が組み入れられる結果、基本金組入後収支差額がマイナスになる学校法人も存在する9)。学校法人では教育の充実等を根拠として、「明らかに法人自らの意思が基本金への組入れを決する」(新日本監査法人[2016]p.233)ことになる。一方、公益法人会計における「中長期的費用」である特定費用準備資金等は、手続きとしては理事会等の決定であり内部手続きであるが、公益認定の判断に用いられるため外部の厳しいチェック機能が働いている。学校法人においても恣意性を排し、信頼性を向上させるために積立(組入れ)の手続き・計画の進捗状況の妥当性について外部が関与するガバナンスの仕組みを強化する必要がある。 また、積み立てられる額の妥当性についても課題がある。公益法人会計における特定費用準備資金等は、図表1のように公益目的事業における経常収支差額から積み立てることになる(第一段階の場合)が、学校法人における基本金組入額は差額ではなく事業活動収入から積み立てることになる上、組入前収支差額を上回る基本金への組入れも認められる(日本公認会計士協会[2014]Ⅱ2-11)。学校法人においては、長期的な学校教育の提供を確保することが重要視されるため、財政的基盤を強固なものとすることは重要であるが、恣意性により基本金組入後当年度収支差額が操作可能なものになることは、「外部報告目的の書類としてみる場合、その信頼性に重大な影響を及ぼす問題」(藤木[2014]p.50)となる。学校経営を取り巻く環境も情報開示の在り方も変化している状況に鑑み、基本金組入額の繰入の仕組みや繰入の財源についても検討される必要がある。 これまで検討してきたように、公益法人も学校法人も、組織特性から内部留保の制約、中長期的な意味での収支バランスが求められるという点は同様である。しかしながら、収支のバランスの開示方法は両者で異なる。「中長期的費用」を事業活動収支計算書等で区分表示し、収支バランスを明確に表示するなど、学校法人会計は情報開示の面からは優れていると捉えられる。とはいえ、表されている情報の内容については基本金組入額の恣意性等から、現状では信頼性の面に課題がある。このため非営利組織としての自由な活動を確保しつつ、公益法人のように外部のチェックが入るガバナンスの仕組みを考慮するなどにより、開示内容の信頼性を確保する必要がある。 反対給付のない収益を得、税制優遇を受け、そして公益サービスを提供する主体が、収支バランスの状況について、中長期的に行おうとしている事業のための留保に関して利害関係者が読みとれるかたちで明示・説明することは、社会の信頼性を得ながら公益活動を行っていくために必要なことと考えられる。 [注] 1)公益法人及び社会福祉法人は、何人(なにびと)も計算書類等を請求できる(公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(以下、認定法)第21条第4項、社会福祉法第45条の32第4項)、医療法人は、「事業報告書等(貸借対照表及び損益計算書に限る)を公告しなければならない」 (医療法第51条の3) とされている。学校法人は、在学する者その他の利害関係人から請求があった場合、貸借対照表、収支計算書等を閲覧に供するとされ(私立学校法第47条第2項)、さらに通達でホームページでの財務情報等の公表を求めている。なお、2016年度には99.8%がホームページで公表している(文部科学省高等教育局私学参事官(2017))。 2)資金収支によらないのは、ここで検討する公益法人の収支相償は正味財産増減計算書により、学校法人の収支均衡は事業活動収支計算書により判断されるものであるためである。 3)特定費用準備資金とは、将来の特定の活動の実施のために特別に支出する費用(事業費又は管理費として計上されることとなるものに限るものとし、引当金の引当対象となるものを除く。)に係る支出に充てるために保有する資金(当該資金を運用することを目的として保有する財産を含む)(認定法施行規則第18条1項)。資産取得資金とは、公益目的事業を行うために必要な収益事業等その他の業務又は活動の用に供する財産の取得又は改良に充てるために保有する資金(認定法施行規則第22条3項)。 4)組入前収支差額は、2013年の学法基準改正で新たに表記されるようになった事項である(学法基準第16号3項)。これにより、当年度の収支バランスと長期的な収支バランスの両方を把握することができるようになった。 5)この場合の意味は、収益のマイナス(組入前収支差額から基本金組入額を控除)によるバランスとなるが、将来の事業のための留保という意味では「中長期的費用」と同様と考えられるため、同じ用語を用いた。 6)2013年の学法基準改正により新たに中科目として「特定資産」が、また「第2号基本金引当資産」が設けられた(第七号様式)。 7)計画表は明細書に合わせて綴られる(「学校法人会計基準」様式第一の二但し書き)。 8)基本金の設定が恣意的に操作される問題については、林[2017]、藤木[2014]、片山[2011]などで指摘されている。 9)例えば、明治大学の事業活動収支計算書(2016年度)では、組入前収支差額は14億6,401万円であるが、基本金組入額は24億2,576万円であるため当年度収支差額はマイナス、翌年度繰越収支差額は714億1,032万円もマイナスとなっている。しかし、組入額は基本金への組入れであるため純資産の中での内訳移動に過ぎないため、結局、貸借対照表の純資産の部の合計は1,726億円となっている。 [参考文献] 小栗崇資、谷江武士、山口不二夫編著[2015]『内部留保の研究』唯学書房。 閣議決定[2006]『「公益法人の設立許可及び指導監督基準」及び「公益法人に対する検査等の委託等に関する規準」について』(平成8年9月20日、同18年8月15日一部改正) 片山覚[2011]「学校法人会計基準の現状と課題」『會計』第179巻第4号、pp.28-43。 公益法人等の指導監督等に関する関係省庁連絡会議申合せ[2004]『公益法人会計基準』。 新日本有限責任監査法人編[2016]『学校法人会計実務詳解ハンドブック』同文舘出版。 杉山学[2010]「公益法人の認定基準」『青山経営論集』第45巻第1号、pp.159-175。 内閣府公益認定等委員会事務局[2016]『収支相償について―基本的事項の整理と定期提出書類の記載―』(https://www.koeki-info.go.jp/administration/pdf/H28_No4_4.pdf)(2017/07/31アクセス)。 日本公認会計士協会[2014]学校法人委員会研究報告第15号『基本金に係る実務上の取扱いに関するQ&A』(最終改正、平成26年12月2日)。 林兵磨[2017]「学校法人会計基準を巡る検討~基本金を巡る議論を中心に~」『常葉大学経営学部紀要』第4巻第2号、pp.37-49。 藤木潤司[2014]「学校法人会計基準に基づく計算書類の特徴」『龍谷大学経営学論集』第53巻第4号、pp.37-51。 明治大学[2017]『事業活動収支計算書』(http://www.meiji.ac.jp/zaimu/ 6t5h7p00000o9nu0-att/2016keisan.pdf)(2017年9月1日アクセス)。 文部科学省高等教育局私学部参事官[2017]『平成28年度学校法人の財務情報等の公開状況に関する調査結果について(通知)』(28高私参第13号、平成29年2月24日)。 文部科学省高等教育局私学部参事官付[2016]『学校法人会計基準について』(http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2016/09/28/1377577_3.pdf)(2017/07/31アクセス)。 若林茂信[2002]「非営利組織体の主たる会計目的:財務的生存力の表示」杉山学、鈴木豊編著『非営利組織体の会計』中央経済社。 (本稿は、2017年度科学研究費補助金(基盤研究C)(研究課題番号16K0411)の研究成果の一部である。) (論稿提出:平成29年11月28日)

  • 非営利法人(会計)における収入の意義 / 柴 健次(関西大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 関西大学教授 柴 健次 キーワード: 非営利組織 非営利法人 収入目的組織 支出目的組織 会計は組織目的に従う 会計は経済活動に従う 要 旨: 非営利組織は理論的には支出目的組織である。その収入は手段としての財源である。一方、非営利法人は根拠法に基づく制度的存在である。そこでは、支出目的組織の性格が貫徹しない。非営利法人を論ずる場合、支出目的と収入目的が混在すると考えた方がよい。「会計は組織目的に従う」という哲学に従うなら非営利法人会計は立法趣旨に基づき理解される。 その具体として学校法人を例にとる。私立大学に適用される学校法人会計は、非営利組織の一般会計より演繹されたものではなく、学校法人の収支の非弾力性を根拠として、会計の内容を予算制度と基本金制度から拘束している。 ここでの議論から、政策的制約が加わった非営利法人は、管理の観点から見て予算重視か会計重視に分かれる。また、予算制度が優先するか会計制度が優先するかという視点も加わる。この整理から学校法人会計は「予算管理/会計制度」優先の会計といえる。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 会計哲学と組織目的 Ⅲ 学校法人会計の検討 Ⅳ 本報告における理論提言 Abstract Nonprofit Organizations are theoretically organizations that fulfill their objectives mainly through expenses. Revenues are only means for getting the necessary resources. On the other hand, Nonprofit Legal Entities are created by governing laws. Under these laws, the characteristic of being an organization that fulfills its objectives by expenses is not fully accomplished. When we discuss about Nonprofit Legal Entities, we have to think that there is a mixture of expense purposes and revenue purposes. If we follow the theory that “Accounting follows the objectives of the organization”, we consider that accounting for Nonprofit Legal Entities should be understood based on the intentions of their laws. We can take the School Legal Entities as an example. The accounting rules for School Legal Entities to be applied in a private university are not those deducted from general accounting rules for Nonprofit Organizations, but rules binding accounting contents in budget system and basic fund system, based on the non-elasticity of their revenues and expenses. From discussions here, in the case of Nonprofit Legal entities, where policy restrictions were introduced, we can distinguish two positions from management point of view: one laying importance on budget, and the other on accounting. There are also considerations of preference in the budget system or in the accounting system. Thus, we can say that accounting for School Legal Entities is an accounting giving preference to “budget management/accounting system”. Ⅰ はじめに 収入は支出に対する概念であるがその意義は支出とともにそれが置かれた会計によって変わる。この議論を進めるにあたっては本稿では収益と費用の概念を考慮しないことが賢明である。これらを同時に考慮すると意図しないにもかかわらず特定の会計に引きずられた議論になると考えられる。収益と費用を排除した議論に馴染めないかもしれないが、概念上収益が存在しない状況が理解されるメリットもある。なぜ支出に焦点を合わせないのかという疑問には支出を同時に議論すると収入の議論がおろそかになると答えておく。 次に「非営利法人(会計)」と限定して議論する目的は何か。本学会の主たる関心が非営利法人にあり、非営利組織にはあまりない状況に配慮したのである。本学会の公益法人会計研究委員会が『非営利組織会計の研究』を刊行しているが、意識的にかもしれないが非営利組織と非営利法人を明確に区別していない。そこにはメンバー間の暗黙知があるのかもしれないが読者には伝わらない。しかしながら概念上、非営利法人は非営利組織の下位概念なので、具体的な非営利法人の収入の議論は理念的な非営利組織の収入の意義とどういう関係にあるかを慎重に議論する必要がある。 Ⅱ 会計哲学と組織目的 1 2つの会計哲学 私は会計の基本的考え方は2つに収斂できると考える。この考えがいつ私の中に生まれたかは特定できないが、今や確信になっている。しかも他の論者が説明しない事柄である。第1は「会計は経済取引に従う」という会計哲学である。会計基準の統一という運動の背景にある哲学である。第2は「会計は組織目的に従う」という会計哲学である。比較可能性より優先すべき目的適合的な会計であるべきとの哲学である。 「会計は経済取引に従う」という哲学では、あらゆる組織の経済活動(取引)の共通性に関心がある。そこでは、収入と支出に特殊な意義は追求されない。政府の税収が収益だと定義しても無頓着にそれを受け入れる。そこでの収入は取引の結果としての現金の増加という事実のみが重要である。収入が当該組織にとって目的か手段かは問われない。そのため、本稿の関心の対象から外れることになる。収入は組織にとっては現金の増加であること以外の意義づけは求められないからである。 「会計は組織目的に従う」という哲学では、あらゆる組織の経済活動(取引)に共通性を求めるという本質はない。それぞれの組織が組織目的(使命、ミッション)を達成できるように会計は構築されるべきと考えることができる。営利企業会計は利益追求という組織目的に適合した会計が構築されている。そこではミッションステートメントである損益計算書が独自の意義を有している。一方、非営利組織はこのミッションステートメントを有していない。これは欠陥ではないかというのが私の意見である。しかし、ミッションの類型化に基づく個別非営利組織論、あるいは法人制度に基づく個別非営利法人論では議論が可能となる。そこで収入と支出の意義は現金の出納以上の意義を有することになる。すなわち、取引に特殊な意義が付されるので、目的に照らした収入や支出の意義が求められる。 2 2つの会計主体 営利企業中心の会計に慣れると、営利組織とそれ以外に分けたくなる。後者は非営利組織となろう。それらは政府組織とその他組織からなる。同じく、政府組織と非政府組織という分類の後者では営利組織とその他組織からなる。その他組織こそ非営利組織である。しかし、非営利組織に政府組織を含まない、非政府組織に営利組織を含まないとして、非営利組織と非政府組織が一致すると仮定しても、この非営利組織に対して「非・非営利組織」を対置させたりしない。「その他」の補集合を「その他・その他」といわないからである。にもかかわらず、「非営利組織」があたかも純粋な集合概念かのように使われている。 これでは大変わかりにくいので、生産経済主体である営利組織を収入目的組織、消費経済組織である政府組織や家計組織を支出目的組織と呼べば組織の本質に迫ることができる。この分類によると、中間組織である非営利組織は基本的に支出目的組織であるものの、収入目的が混在する可能性がある。すなわち、現存する非営利組織は混合組織であることが多い。 収入目的組織では、予算においても収入が重視される。収入はいわば目標として提示される。それゆえ目標金額を超えることが推奨される。この組織では支出は収入を下回ることが求められる。一方、支出目的組織では、予算においては支出が重要である。その支出は一般に上限として提示される。この組織では支出に対応する財源の手当てが重要になる。しかしこれは甘い。本来は調達財源の範囲内での支出が求められる。いわゆる財政の基本的論争に係る意見の相違である。この発想が収支均衡の概念を生む。 3 会計哲学と収支目的 前2項の議論を組み合わせると表1のようになる。 このような理念型において、非営利組織は基本的には政府組織に近いが、非営利組織の一部である非営利法人において収益事業が認められているとき、部分的には営利企業に近い。いわゆる混合経済になぞらえて、混合組織と呼んでもよいし、中間組織でもよい。 このように整理するとき、非営利組織の一般論は展開できないことに気付く。その理由は、各種の法律の適用を受ける非営利組織である非営利法人と、そうでない組織に共通性を求めにくいからである。法適用を受ける法人とは、法制上の保護を受けるとともに、義務を負う組織である。法人格を有しない非営利組織は結局は注目されない組織のままとなる。 表1 組織と会計 4 現実的な会計の考え方 会計制度は異なる会計哲学が調整される結果としていずれの理想からもずれると大方が感じる。ヒストリアンはビジネスが表舞台に登場するや、組織目的に従うとする会計哲学が優先し、会計は利益計算の手段として発達してきたという「事実」を主張するだろう。公認会計士はその存立基盤である複式簿記と最新の会計ルールを最優先する。しかし、会計は営利企業のみのために存在するわけではない。にもかかわらず、営利企業のための利益計算システムというモデルから非営利組織あるいは具体的には非営利法人の会計を判断しがちである。そのため、政府会計や非営利法人会計が企業会計の論理から議論される危うさがある。 そもそも組織目的の異なる会計を単純に統一できるのか。後に議論する学校法人会計は企業会計と異なる。政府会計とも異なる。他の種類の非営利法人会計と類似性が多いかというと必ずしもそうではない。しかも、同じ教育機関の会計であっても、国立大学法人会計とも異なる。こうした法人別に多様な会計が存在する状況に対して、比較可能性に欠けるという理由から統一会計をめざせという主張もありうる。この場合、法人固有の目的的会計表現よりも他の種類の法人との比較可能性が優先される。しかし、何のための比較可能性かという肝心なところが議論されない。一方、学校に関する複数の会計の統一や、病院に関する複数の会計の統一に範囲をとどめるという主張もありうる。 Ⅲ 学校法人会計の検討 1 学校法人会計の特徴 私は、学校法人における予算制度と基本金制度に素朴な疑問を感じる。学校法人の予算制度は、民間企業の予算とも異なるし、政府の予算とも異なる。利益計画の一環としての企業の予算とも異なる。財政権の付与としての政府の予算とも異なる。学校法人の予算の意義は将来収支の硬直性を理由とする順守すべき予定を意味するようである。そのことが学校経営の硬直化に通ずるのではないか。その上で、予算は作成されることが何よりも重要である、当初予算は狂えば補正すればよい、そういう安直な考えを生み出す可能性を感じる。 学校法人会計における基本金制度には一定の意義があるものの、予算と同じで、制度を守っていればよいという風潮を生む。企業会計から学校法人会計を見れば基本金制度が特殊であると見える。しかし、学校法人会計から企業会計を見ると資本金制度の特殊性が見えてくる。両方の制度から統一地方公会計を見るとその純資産が極めて脆弱であると見える。つまり組織目的に従う会計哲学の関心は純資産の扱いにフォーカスされると考えられる。とりわけ基本金制度の検討を通して会計の本質に迫ることができると考える。 2 学校法人の収支の特徴 日本会計研究学会「スタディ・グループ学校法人会計」(1968~1972)は、学校法人会計の収支の特徴を指摘したのちに、予算制度と監査、予算原則、予算監査の重要性を唱えるものである。その公表年は45年も前になるが、そこでの指摘は今日にも通じる。 「1 教育プログラムのサイクル―例えば、大学学部教育においては4年、高校・中学においては各3年―の期間は収入・支出ともに非弾力的である。(略)ゆえに、所与の教育プログラムの実施過程において、教員の教育努力を追加して投入したとしても、それによって収入の増加を実現することは不可能である。支出も、その教育プログラムの1サイクルが終了するまでは、これに必要な支出として当初計画した額を自由に変更すること、特に削減することはほとんど不可能である。」と収支の非弾力性を指摘する。 「2 また教育の成果は収入の多少を以て測定評価できないから、収入と支出との間に短期的な相関関係はほとんど見出せない」し、「3支出の上限は決定しがたく、他方、これを賄う収入は有限である」とも指摘する。 ここに指摘された3つの特徴のうち、第1の収支の非弾力性は学校に特徴的なのかもしれない。しかし、第2に指摘された成果と収入の多少に短期的な相関関係が見出しえない点と、第3に指摘された支出の上限の決定困難性に対する収入の有限性という点は、非営利組織なかでも政府組織に見出せる共通する特徴である。非営利組織でも、学校法人以外の非営利法人が収支の非弾力性という特徴を備えているかどうかは個々に見ないと一般的な見解は述べられない。それにしても、収支が弾力的な営利企業とは全く異なることは誰にでも理解できるところである。 3 学校法人会計への拘束 学校法人会計は社会福祉法人会計とともに、非営利法人会計の中で例外的位置を占めている。将来の問題として統一非営利法人会計が模索されるとして、かかる統一会計に学校法人会計を包含できるか否か微妙である。第1に、学校法人は予算の策定とその忠実な執行が強制される。そこで、学校法人会計は政府会計と近似する側面を有している。第2に、法人財産の維持拘束性という観点から基本金制度が強制される。その制度は学校財産の維持を求めるものであるが、この発想は企業会計、政府会計、そして学校法人会計以外の非営利法人会計とも異なるようである。学校法人における維持拘束性は教育サービスに不可欠な資産の維持拘束性に求められる点にその特殊性がある。それゆえ、学校法人会計における基本金制度は学校法人固有の維持拘束性として理解される。 4 学校法人の収支 学校法人は、実際に学生数が決まると将来支出がほぼ決まるということなので、将来収入もショートしないように措置される必要がある。一見、政府組織と同じように見えるが、政府予算の場合には、歳出の内容は本来的には住民の要求と財源の調整を受けて決まるものであるから可変的なのに対して、学校の場合には、年度によって支出対象を変えるということは難しい。そういう意味で、学校の場合には、予定の段階から財政は硬直的である。他方、政府の場合は、過大支出が原因で財政が硬直的になる。こうした違いを考える時、学校法人の予算は、予定収入と予定支出の性格が強くなる。 5 学校法人の予算制度の問題 学校法人において予算制度が重視される理由はその非弾力的収支構造と法人の資産に対する所有権・持分権の不存在に求められる。これに対して企業は弾力的収支構造を有し、企業の財産に対する所有権・持分権が存在するため、決算制度が重要とされる。また、予算制度を必要とする同じ理由から、学校法人の存続を確実にするため基本金制度が編み出されている。決算よりも予算を重視すること、所有権・持分権なき組織の存続を図るために基本金制度を設けることに特徴があるがゆえに現行の学校法人会計が存在しているという立場に立つとしても、なお学校法人会計には検討すべき課題が存する。 予算の重要性が高まるほど決算の意義が薄れる。予算が絶対的であるとき、決算は予算執行の確認作業の意味しかない。予算が遵守目標であるとき、予算と決算の差異分析が正当化の観点から意味を持つ。予算が動機付け数値であるとき、予算と決算の差異分析は業績評価の観点から意味を持つ。いずれの場合であっても、当初予算を補正することは認められることなのかもしれない。しかしながら補正の基準があいまいであると浪費をもたらし予算による行動規制が機能しなくなる。予算が絶対的であるときに補正が弾力的だと実質的に予算統制が機能しなくなる。予算が目標であるとき補正が弾力的だと実質的に目標管理が機能しなくなる。予算が動機付けの場合、補正が弾力的だと、経営の士気をそぐ可能性もある。 学校ではその収支の拘束性ゆえに予算が絶対的であることを認めるにしても、その「立法趣旨」が理解されない形式主義が横行する。すなわち、予算の通りに間違いなく執行するか、予算に反しても執行を認めるかの判断を持たなければならない。予算に反しても予算の趣旨に合致している支出を、事務レベルにおいて認めないという「予算に対する誤った理解」が見受けられる。 6 学校法人の基本金制度の問題 学校法人会計の基本金制度は営利企業の資本金制度との対比で理解されることが多い。両者の共通性は法人財産への維持拘束性である。相違点はその維持拘束の方法にある。学校法人においては具体的な教育施設等を維持拘束すべく、純資産の側において、教育施設等の金額を基本金として設ける方法を採る。一方、企業会計においては、払込資本等で示される抽象的な維持拘束額を、純資産の側において、資本金を設ける方法を採る。ここでは、具体的な資産を維持拘束するわけではない。ちなみに、新地方公会計では、資産負債差額としての純資産額が算定されたのち、事後的に(簿外で)固定資産等形成分と余剰分(不足分)を示す方法を採用している。すなわち、基本金制度も資本金制度も採用していないのである。 学校法人には出資(所有権)がないので、事業収入の中から維持拘束すべき金額を造成するのである。すなわち、基本金は稼得利益の資本化額を示す。この発想からすれば、所有権なき企業を作ることができる。すなわち借入金等で事業投資の財源を確保し、毎期の純利益の一部を資本金に振り替える方法である。別の方法によると、当期純利益の計算に先立ち、総収益から一定金額を資本金に振り替えたのち、振替金控除後の総収益から利益計算を行う方法である。後者は学校法人の基本金会計の仕組みに相当する。 企業会計を一般的だとみれば、学校法人会計の特殊性が見えてくる。資本制度を有する会社会計から学校法人を見れば、基本金は疑似的出資とみなしうる。しかも維持拘束すべき資産等があって初めて、疑似出資たる金額を事業収入から控除して基本金に組み込むのである。この疑似資本たる基本金は維持すべき金額を示しているが、その背景に出資者はいない。そこで、学校法人の理事者が出資なき法人の維持すべき金額たる基本金を管理するのである。 このように純資産は多義的である。それは純資産の会計処理にこそ、組織目的が反映されるからである。しかも、純資産の構成要素に維持拘束すべき金額を勘定として設定しても良いし、しなくても良い。営利企業における資本金勘定の場合、その増加要因と減少原因を資本金に代替する科目として設定し、純利益を算定したのちに資本金に加減する。学校法人における基本金勘定の場合、基本金の増加(組み入れ)原因と減少(取り崩し)原因を勘定として設定しない。地方公共団体の純資産の場合、資本金や基本金に相当する科目を設定しないままに、純資産の増減原因を勘定で示すことはできる。 多義的な会計制度あるいは多義的な純資産制度に直面するとき、安直に統一化を主張する方法もあろう。その際の殺し文句が「比較可能性」である。何ゆえに比較可能でなければならないかが明らかにならないから「安直」なのである。その証拠に会計における最高規範は比較可能性かと問えば否定されるであろう。比較可能性より優先する価値(真実かつ公正なる概観であったり、意思決定有用性であったりする)がある。 Ⅳ 本報告における理論提言 学校法人における予算制度と基本金制度(を含む会計制度)を考えてきた結果、制度だけでは多義的状況を把握しきれないことに気づいた。そこで、管理という補助線を設ければよいと気づく。その組み合わせが表2のとおりである。 表2 管理と制度 予算制度と会計制度は異なる制度であるが、両者の要請を同時に満たせない可能性がある。統一的な地方公会計では、会計は予算制度に対する補完制度だと解釈することで決着がついた。これは制度面では、予算制度優先である。これに対して、営利企業における予算の意義を認めるものの、予算通りの決算を求められていない。そこでは、実際の経営活動を反映した会計が重要になる。以上に対して、非営利組織、非営利法人はいかなる位置にあるかの議論が重要である。 他方、管理の面においても予算を重視するのか、会計を重視するのかが問われる。日々の活動が予算の観点から事前に評価されるのか、日々の活動が会計的事実として把握され、それが事後的に評価対象になるかは大きな違いである。 予算制度重視と会計管理重視は矛盾するのではないかという疑念も起きよう。しかし予算は細部にわたり事前に決まっているわけではないので、予算制度を守りつつも、勘定科目間の振替や、内部組織横断的に予算を提供しあう慣行により、予算管理を事実上形骸化させ、会計管理を優先するというのも現実である。 以上のように考えると、4つのタイプのいずれにも非営利法人が位置する。非営利法人では学校法人と社会福祉法人がタイプBと考えられる一方、公益法人とNPO法人はタイプCと考えられる。我々が検討してきた学校法人はタイプBであるから、予算管理と会計制度が矛盾なく機能する方法が模索されればよいというタイプである。 いよいよ理論的検討の暫定的結論を述べる必要がある。理論的で一般論に終始する非営利組織にとっての収入は当該組織の目的に照らして手段であるから、当該組織は収入目的組織であり、その収入は財源措置等の手段的収入であるといえる。他方、非営利法人にとっての収入はその意義が十分に検討されていないと思う。軽減税率は住民から当該法人への寄付の意義があるがその合意が形成されているか、政府等からの補助金は収益なのか収入なのか、支出目的組織なのに収益事業が認められている場合には当該収入は収入目的組織の収入として認識されているか、など検討されているかなど問題は多岐に及ぶ。 以上、大会準備委員会の求めに応じて、会員に対して問題の所在に関する抽象的議論に終始したが、これらを継続的に検討していくことが本学会に与えられた任務であると思う。 [参考文献] 柴健次[2012]「非営利組織に関する会計研究のフレームワーク」『京都大学経済論叢』第186巻、第1号。 日本会計研究学会[1972]『予算制度と監査・予算原則・予算監査』。 非営利法人研究学会[2017]『非営利組織会計の研究』公益法人会計研究会。 堀田和宏[2012]『非営利組織の理論と今日的課題』公益情報サービス。 (論稿提出:平成29年11月24日)

  • ≪査読付論文≫決定プロセスの構造化理論:京都市市民活動総合センターの設立プロセスを事例として / 吉田忠彦(近畿大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 近畿大学教授 吉田忠彦 キーワード: 市民活動支援センター 構造化理論 ゴミ箱モデル 社会学的制度理論 要 旨: 京都市市民活動総合センターは、最初の構想から12年を経て設立された。しかし、もともとの構想は市民の芸術活動や文化活動の支援を目的としたものであった。それが市長の交代、阪神淡路大震災とその後のボランティアブーム、NPOブーム、新市長の下での市民参加の重視など、いくつかのイベントや背景の変化によって、センターの名称やコンセプトを変化させた。またその変化は、センター計画に関わるアクターにも影響を与えた。このような計画とそれに関与するアクターの両者の相互作用と相互変化を説明するために、ゴミ箱モデルと構造化理論を検討する。そして構造化理論の応用モデルを提示する。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 京都市市民活動総合センターの概要 Ⅲ 京都市における市民活動支援センターの構想の流れ Ⅳ 考察―理論の検討と応用― Ⅴ おわりに Abstract The Support Center for Civic Activities in Kyoto was established, 12 years after conforming the initial concept. But it differed from the first concept that aimed at supporting art and cultural activities by the Kyoto City citizens. Names and concepts of the Center were changed several times, which were triggered by replacement of a mayor, a big earthquake, a NPO boom, a considering of civic participation etc. And also those changes affected actors who concerned planning of the center. I suggest some limits of the Garbage Can Model and the Structuration Theory through analysis of this case. I present a revised model of the Structuration Theory in conclusion. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 京都市市民活動総合センターは、この種の施設が全国的に普及していた時期に設立され、設置形式も市が設置しNPO支援組織に委託するといういわゆる公設民営方式を採っており、制度化の流れに乗ったものと見ることができる。しかし、設立に至るプロセスを詳細に観察すると、単なる模倣的同型化の結果として片付けられない多様な経緯と意図の交錯があった。 京都市では、阪神・淡路大震災の翌年に市長が交代したこともあり、市民活動支援センターの計画が急ピッチで進められた。しかし、市民活動センターのコンセプトは必ずしも固まったものがあったわけではなく、震災の前に提示されていた最初の構想は、その後に震災、市民参加、ボランティア、まちづくりといったいくつかの要因やそれに関わるアクターの活動によって何段階かの変遷を経ながら、また近接するセンターとの棲み分けの論理を模索しながら固められていった。 このセンターの設立プロセスについては、すでに別の機会に詳細な記述を行っているが1)、本稿においては、このセンターの名称やコンセプトがどのように修正されていったかを中心に再構成し、ゴミ箱モデルおよび構造化理論による分析の限界を指摘する。そして、その限界を克服するひとつの試みとして構造化理論の応用モデルを提示する。 Ⅱ 京都市市民活動総合センターの概要2) 京都市市民活動総合センターは、市民活動支援のための施設として2003年(平成15年)6月に京都市が設置したものである。このセンターは、小学校の跡地に建てられた地下2階地上5階建てのひと・まち交流館京都の2階フロアーの約半分の面積の650㎡の中に、大小の会議室、印刷室、ライブラリー、スモールオフィス、情報コーナー、ロッカー、メールボックス、自由スペースなどを備えた施設であり、誰もが自由に利用できる。来館者数は年間約10万人で、その他に電話での応対が年間で約3万件、講座やイベントも実施されている。 管理運営はオープン以来、特定非営利活動法人きょうとNPOセンターが担っている。初年度の予算は人件費も併せて8,100万円であった。平成28年度では5,940万円となっており、予算こそ徐々に少なくなってはいるものの、公設民営の市民活動支援施設としては日本で最大級のものである。 ひと・まち交流館京都は、まちづくりや福祉などの市民活動にかかわる諸施設が合築された複合施設であり、この市民活動総合センターに加えて、福祉ボランティアセンター、長寿すこやかセンター、そして景観・まちづくりセンターの合計4つの京都市のセンターが入るほか、京都市社会福祉協議会(社会福祉法人)、京都福祉サービス協会(社会福祉法人)、京都市老人福祉施設協会(一般社団法人)、京都市老人クラブ連合会(一般社団法人)、京都ボランティア協会(一般社団法人)などの福祉系の団体の事務所や、菊浜老人短期入所施設(京都市社会福祉協議会が管理運営)なども入っている。共用部分については京都市社会福祉協議会が管理団体となっている。 Ⅲ 京都市における市民活動支援センターの構想の流れ 1 後発となった市民活動支援センター計画 公設民営の市民活動支援センターのモデルといわれる仙台市市民活動サポートセンターが設立されたのが1999年であり3)、それから遅れること4年、京都市もまた公募によって地元のNPO支援組織から管理運営団体を選び、公設民営で支援センターを設置した。その間には主要な都市の多くで市民活動支援センターの設置が進められており、京都市のセンターも、会議室、印刷室、ライブラリー、スモールオフィス、情報コーナー、ロッカー、メールボックス、自由スペースなどを備え、他市の多くの支援センターと同様の仕様となっていた。 また、このセンターの仕様を検討する委員会では、仙台市市民活動サポートセンターの管理運営を担うせんだい・みやぎNPOセンターの理事のひとりが委員長を務めた。 このような経緯を見るかぎりでは、京都市市民活動総合センターは仙台市のセンターをモデルとして全国各地で急速に設置されていった公設民営の市民活動支援施設の普及の流れに乗った事例のひとつに見える。また、社会学的制度理論でいうところの模倣的同型化が京都市市民活動総合センターを生み出したという見方もできるかもしれない。しかし、後述するように、関係者への聞き取りや京都市の関係資料の分析から明らかになったことは、他市での市民活動支援施設の設置の流れがプレッシャーになって京都市での施設の計画が始まり、その仕様も同型化の圧力にしたがったというのではなく、その元となった構想は仙台市の施設が生まれる前からすでにあったということであり、さらにその構想が何度かの変質を経たこと、そしてその変質にはさまざまな要素が関係しているということであった。 2 最初の構想 最初の構想は、仙台市のセンターが設置されるよりも8年も前の1991年(平成3年)にすでに生まれていた。1989年(平成元年)に市長に就任した田邊朋之は、元は京都府医師会長も務めた医師であった。そうしたバックグランドもあって田邊は健康都市構想を打ち出した。その構想は懇談会によって1991年(平成3年)に「京都市健康都市構想(提言)」としてまとめられた(京都市[1992])。その構想においては5つの重点施策があげられ、その中のひとつである「創造を続ける暮らしづくり」のシンボル事業として市民創造活動センター創設の計画が明記された。これがそれから12年後に京都市市民活動総合センターとして実現する施設の最初の構想であった。 しかし、市民創造活動センターのコンセプトは、市民学芸員の登録制度などを盛り込んだ生涯学習やボランティア活動などを支援するセンターというものであり、市民の余暇活動や生涯学習としての芸術活動や文化活動の支援がイメージされていた。それは、後に全国に普及するようなボランティアやNPOの活動の支援を行う市民活動センターとはかなり趣の異なるものであった。文字通り、市民の創造活動の支援センターが構想されていたのである。 3 阪神・淡路大震災と市長交代 田邊市長による健康都市構想の下で構想された市民創造活動センター設立計画は、1993年(平成5年)にまとめられた新京都市基本計画「平成の京(みやこ)づくり」にも引継がれたが、具体的な実施計画がまだまとまらない中4)、1995年(平成7年)の1月に阪神・淡路大震災が起こった。この震災が日本の社会に与えた影響は大きく、京都市でも災害支援やボランティアが大きなテーマになっていった。 さらに、この頃に田邊市長が体調を崩し、1996年(平成8年)の1月には任期途中で市長を辞任することとなった。その翌月に桝本賴兼が新しい市長となり、新市政のアクションプランの中にボランティアセンターの整備があげられた(京都市[1996b])。ここで市民創造活動センターの構想は、市民の文化・レクリエーション活動の支援からボランティア支援へとその重点が移っていき、名称もいつの間にかボランティアセンターとなっていた。 新市政のアクションプランにおいては、高齢者を対象とする市民すこやかセンターとボランティアセンターの整備は、どちらもアクションプランの「ひとが元気」のカテゴリーの中にあることや、福祉分野であるということから、2つのセンターの一体的整備を前提とする基本構想策定が、京都市ボランティアセンター・京都市市民すこやかセンター(仮称)基本構想策定委員会に諮問され、1998年(平成10年)1月にその答申である「ボランティア活動推進のための基本方針」が出された(京都市[1998])。 4 ボランティアセンターの棲み分け 1995年の震災の直後に多くのボランティアが被災地に駆けつけたことで、政府はボランティア支援の法律を計画したが、市民活動団体側からボランティアを支援するよりもその受け皿となる団体の設立や法人化のための法の整備が必要であるという声があがり、NPO法へと方向が転換し、それは1998年(平成10年)に特定非営利活動促進法として実現した5)。 震災の前からすでにNPOについての関心は高まっていたとはいえ、その法制度が実現するまでに至ったのは、やはり震災の与えたインパクトの大きさによるものだった。震災の翌年には日本NPOセンターが設立され、仙台、横浜、鎌倉、大阪、神戸、広島などでもNPOの支援組織が設立されていった6)。また、都道府県では特定非営利活動法人の認証事務が行政の仕事に加わった。都道府県に限らず、自治体ではNPOをはじめとする市民活動の支援が必要であることが認識されていった。 京都市では1996年(平成8年)10月に設置され、1997年(平成9年)3月まで行われた市民活動推進懇談会の提言、元気な京都づくりアドバイザー会議の意見、ボランティア活動等市民活動推進調査報告などを踏まえ、基本方針とほぼ同じタイミングで「京都市ボランティア活動総合支援センター(仮称)の基本構想について」の答申が出された(京都市[1997d])。ボランティアを中心としながらも、「従来の領域ではとらえられない活動の支援」、「地域や各領域の活動をネットワークし、交流する仕組みづくり」など、市民活動全般にわたっての支援の方向性が示されたのである。そして、センターの仮称の中に「総合」という言葉が加わったのである。 それと同時に、従来型のボランティアについては福祉分野を中心とするものであるということ、これまで京都市社会福祉協議会がボランティア・コーディネートの中心的な役割を果たしてきたこと、またその京都市社会福祉協議会が自前でボランティアセンターを設立していたということがあり7)、独立した福祉分野のボランティアセンターの設立が計画されることになった。つまり、ボランティアセンターは、従来の福祉を中心とする福祉ボランティアセンターと、分野を限定しないボランティア総合支援センターとに分けられたのである。 図1 京都市市民活動総合センター設立までの流れ 5 行政改革と市民参加推進 市民活動支援センター設立のプロセスに影響を及ぼしたもうひとつの流れが、市行政内部の市民参加推進の動きである。 1996年(平成8年)2月に市長に就任した桝本は、就任後間もなく行政改革や市民参加を検討するためのプロジェクトチームを発足させた。市民参加検討プロジェクトチームと名づけられたこのチームには各部署の中堅、若手が20名ほど集い、 8ヶ月ほどの期間中に40回以上の会議や調査を実施した(京都市[1997c])。しかも、それらのほとんどがこれまでの会議のやり方とはまったく異なるワークショップ形式で行われた。チームをひっぱるメンバーの一部は、それまでに多くの観光客で賑わう嵐山の公衆トイレの改築にあたって、住民や有志の建築専門家などが参加するワークショップ形式でこの計画を進め、このやり方に手ごたえを得ていた8)。そしてプロジェクトチームの報告書では、ワークショップを手法とした市民参加による公共施設づくりが提言され、その具体的モデル事業の1つとしてボランティアセンターの整備計画があげられた。また、そのコアメンバーは景観・まちづくりセンターの計画にも関わり、その中にワークショップルームを設置することを盛り込んだ。 このプロジェクトチームが終了すると新たに市民参加推進プロジェクトチームがスタートし、4つのテーマに分かれて活動が行われた。その1つが市民活動支援センター整備となった。そして4つのテーマの内この市民活動支援センター整備計画と共同学習提案事業は、プロジェクトチームと同じ総合企画局の中に新たに正式な室として設けられたパートナーシップ推進室によって実現に向けての具体的作業を進められることになった。以後このパートナーシップ推進室が、市民活動総合センターの設立とその後を担当することになった(京都市[2000])。 要するに、ボランティアセンターやその後の市民活動支援センターの整備計画は、行政改革の1つの方法としての市民参加方式による実践の場でもあったのである。 6 場所をめぐる流れ 2003年に菊浜小学校跡地に新しく建設された、ひと・まち交流館京都に4つのセンターをはじめとしてまちづくりや福祉に関わるさまざまな施設や団体が収まることになったが、最初からその計画があったわけではない。各施設をめぐる状況やそれに関わる庁内部署、委員会、団体などのそれぞれの事情や対応があってのことであった。 そもそも菊浜小学校をはじめとする京都市内の小学校の統廃合計画がまずあって、それに伴って跡地の利用方法を検討する審議会が、4つのセンターの計画よりも先に立ち上がっていたのである。京都市都心部小学校跡地活用審議会が設置されたのは1993年(平成5年)で、その前の年には菊浜小学校は廃校となっており、その跡地をどうするかは廃校が検討され始めた時点ですでに課題となっていたわけである。小学校跡地活用審議会はその後も継続されるが、この期では菊浜小学校を含む合計6つの小学校跡地の利用方法が検討された(京都市[1994])。 一方では、京都市社会福祉協議会も公設のボランティアセンターの必要性を訴えると同時に、自らの新しいオフィスの場所を模索していた。1978年に設立されていた中央老人福祉センターも施設の老朽化が進んでおり、改築するか新しい場所に移転するかが検討されていた。さらに、1997年(平成9年)に京都市が全額出捐して設立された財団法人である京都市景観・まちづくりセンターも、その施設予定地の計画が変更され、新たな場所を模索していた(京都市[1997b])。 最終的に、廃校となった6つの小学校の跡地は、基本的には既存の建物を活かす形で改修し、新たな利用の道が模索され、幼稚園、幼児教育センター、芸術センター、学校歴史博物館、高齢者総合福祉施設などとして利用されることになった。その中で菊浜小学校跡地だけはそこに新たな建物を建て、福祉やまちづくり関係がまとめられることになったのである。 7 センターの仕様をめぐる調整 福祉ボランティアセンターとボランティア総合支援センターとに区分けされた後、1998年(平成10年)1月に出された基本構想策定委員会の「京都市ボランティア活動総合支援センター(仮称)の基本構想について(答申)」では、さらに後者については総合支援センターあるいは市民活動センターという名称が提言された(京都市[1998])。 その後は、新たに設けられたパートナーシップ推進室がその具体的計画策定を担当することになり、1999年(平成11年)9月に市民参加推進懇話会が設置され、2001年(平成11年)3月には「市民参加の推進に関する提言」が出された。それを受けて計画が作られ、2003年(平成15年)8月には市民参加推進条例が施行された。また、センターの仕様を固めるために、2001年(平成13年)7月に市民活動推進協議会が設置された(京都市[2001b])。 市民活動推進協議会はその年の12月に「市民活動支援センター(仮称)の管理運営方針について」をまとめ、さらに平成15年3月に「京都市市民活動総合センターの管理運営体制等について」をとりまとめた。それは平成15年6月の京都市市民活動総合センター開館のわずか3ヵ月前であった。これらの検討はぎりぎりまで行われたのである。 公設民営の市民活動支援センターのモデルとなった仙台市のせんだい・みやぎNPOセンターの理事が、偶然に京都市内の大学に赴任してきたのでこの協議会の座長を務めることになった。また、この協議会によって公募の上で管理委託を受けることになったきょうとNPOセンターのリーダーも、仙台市のセンターをすでに視察していた9)。しかし、仙台市のセンターが安易に模倣されたわけではなかった。「管理運営方針」をまとめるために5回のプレワーキング、5回のワーキング、1回のワークショップ、3回の協議会が行われ、さらにその後にも「管理運営体制等」をまとめるために6回の協議会、16回のワーキング等、そして1回のワークショップが行われた。協議会のメンバーにはまだ20代の若者が数名迎えられ、ワークショップを交えて活発な議論が行われた10)。 最終的には仙台方式と呼ばれるような、市民委員を交えた懇話会、検討委員会を経て、市民活動支援団体を中心に公募して管理運営を委託するという形になり、設備などの具体的な仕様も仙台市やもうひとつの先行事例とされていた神奈川県の県民活動サポートセンターを参考にしたものとなったが、はじめからそれらを盲目的に模倣したのではなく、こうした濃密な検討の末のことなのであった。 Ⅳ 考察―理論の検討と応用― 1 ゴミ箱モデルのロジック 京都市市民活動総合センターの設立は、さまざまな要素とアクターが絡んだ複雑なものであった。センターの名称やコンセプトの変遷そしてそれに関連する事がらを整理したのが図2である。これらの観察から、次の諸点を指摘することができる。 ① センターの名称とコンセプトは、実際の設置までに何度か変化した。 ② 震災をきっかけにしたボランティアや市民活動の支援センターの必要性の声の高まりに対応して、すでにあった市民創造活動センターの計画が転用された。 ③ ボランティアからNPOや市民活動へと社会の注目や認識が変化するのに合わせて、福祉系のボランティアセンターと、市民活動の総合的な支援センターという区分けが行われ、2つのセンターの棲み分けのロジックとなった。 ④ 市長をはじめとする庁内における行政改革や市民参加への重視が、センター設立を促すまた別の要因となった。 ⑤ 先に存在していた小学校跡地利用の問題が、センター設置場所についての解となった。 ⑥ センターの仕様や管理委託をめぐっては膨大な時間をかけた検討がなされた。 ここでの決定のプロセスは、まず構想が描かれ、次にそれを具体化するための実施計画が立てられ、そしてそれに従って執行がなされるという、いわば経営計画論や経営戦略論が説くような整然としたものではなかった。最初の構想は状況の変化によって別の構想に読み替えられ、さらにそこに別の意図が付け加えられたり、再定義されたりした。また、問題や課題が知覚されて解を探したというよりは、解は別のところで先に存在していた。 このような現実の決定プロセスの様子を記述するモデルとして代表的なものが、Cohen, March and Olsen[1972=1992]のゴミ箱モデルである。そこでは選択機会、参加者、問題、解はそれぞれ別々に流れており、それらが結びついて1つの決定としてまとまるのは、ほとんど偶然と見なされる。ゴミ箱とは選択機会を見立てたもので、そこに参加者、問題、解が無秩序に投げ込まれる。また、ゴミ箱である選択機会自体もいくつかのものが流れており、あるゴミ箱に投げ込まれた問題や解などが、改めて別のゴミ箱に投げられたりする。そして、決定のスタイルも問題の「解決」だけではなく、問題の「見過ごし」や別の選択機会への「飛ばし」が含まれる。 図2 センター計画の変遷 2 ゴミ箱モデルの限界 しかし、ゴミ箱モデルは確かに現実の複雑な決定プロセスをよりリアルに記述することはできるものの、Marchら自身が後に指摘するように、一時的調和に焦点を置く還元論となっている11)。つまり、さまざまなアクターや事象が絡み合って全体としての決定や政策が形成されるというロジックは、全体は個別のものの集合であり、したがって全体は個別のものに還元できるというものである。また、それぞれ独立的に流れている選択機会、参加者、問題、解が結びつくのはタイミングの問題、すなわちそれらの要素の同時的存在性によるということは、その決定が外部で独立的に形成される要素に依存するということになる。つまり、組織の政策や意思決定が外的なものに依存するという環境決定論となっているのである。 さらに、ゴミ箱モデルは外部の観察者からの視点による記述論であり、実践に向けての含意は薄い。この点からゴミ箱モデルの修正を試みたのがKingdon[2011=2017]の政策の窓モデルであり、さらにその改訂を試みたのが小島らの一連の研究である(小島廣光[2003]、小島廣光、平本健太[2011])。これらの研究に共通するアイデアは、諸要素の同時的存在性だけではなく、そのタイミングをとらえて自らの意図に合うように働きかけをするアントレプレナー(あるいはアクティビスト)の役割を組み込もうとする点である。政策の窓が開く時に、自らの意図にとって有利となるように、自らのリソースを投入してアジェンダを押し上げていくキーパーソンが、実際のケースでも観察できるというのである。Kingdon[2011=2017]では、そうしたアントレプレナーの資質などについても論じられている12)。 これは経営学にとっては馴染みやすい議論であろう。しかし、特別な資質を持つアントレプレナーを持ち出してみても、その特別な資質や駆使するリソースは外部において先に保有されていることになっているため、あいかわらず還元論であり、環境決定論なのである。どのようにしてそのアントレプレナーは出現するのか。つまり、ある特定の参加者がいかにしてパワーをはじめとするリソースを獲得し、諸要素を知覚し、それらに働きかけるかが説明されていない。ただそれらのことができるアントレプレナーというものが存在しているということにして、その存在に決定プロセスにおける秩序形成の説明を委ねているのである。そこでは、制度的企業家のアイデアを導入して混乱した社会学的制度理論における「埋め込まれたエージェンシーのパラドクス」と同じ問題が生じている13)。 3 構成主義的視角から構造化理論へ 実際にゴミ箱モデルにもとづいて京都市のセンターのケースの分析を試みようとすると、関係すると思われるアクターや事象を、選択機会、参加者、問題、解に振り分けるのが簡単なことではないことが判明する。 それはこれらの分析要素が明確に定義されたものではないこと、とりわけどの視点に立つものなのかが不明瞭であることによる。例えば、本ケースの場合では、震災後に急浮上したボランティアセンター計画は、市にとっては新たな課題あるいは問題であったが、以前からボランティアセンターを構想していた社会福祉協議会にとっては選択機会を得た形となった。あるいは、市長交代で宙ぶらりんになっていた市民創造活動センター計画の担当者にとっては、ボランティアセンター計画は新たに登場した解か選択機会となった。逆に、新たなボランティアセンター計画の担当者になった者にとっては、市民創造活動センター構想はすでに存在していた解と見なすことができたのである。 要するに、ボランティアセンターに対する解釈や意図は、アクターによって異なっていたのである。それぞれのアクターは、自己の中でそれぞれのボランティアセンターを構成していたのである。そのために、ボランティアセンターひとつを取ってみても、それを簡単に選択機会、参加者、問題、解に振り分けることができないのである。これらの要素を振り分けるためには、ゴミ箱のプロセスを観察する者、対象(あるいは目標)とされる事業、そして観察の時期が特定されなければならない。 さらに重要なことは、このケースにおけるセンターは、それ自体がアクターの活動や選択機会、解との関わり合いの中で名称やコンセプトが何度も変化したことである。つまり、センターに対するアクターの解釈や意図が異なるだけでなく、その対象であるセンター自体がそれらの解釈や意図からの影響を受けて変化し、名称まで変わっていったのである。それぞれの解釈や意図にもとづく各アクターによる活動によってセンターが名称やコンセプトを変化させると、今度は各アクターがその変化したセンターに対する解釈や意図を構成し直す。そしてそれにもとづいて、またセンターに関わる活動を行う、ということが繰り返されていたのである。 このような視点は、制度とアクターとの関係として社会学的制度理論や、構造とエージェンシー(行為者)との関係としてGiddensの構造化理論で採られるものである。ここでの構造とは、再帰的に組織化される規則と資源、あるいは変換関係の集合と理解される14)。人間の行為にとって外在的な構造が人間の行為を拘束する源泉となるという見方や、逆に構造はさまざまな人間の行為の集合とする見方、あるいは人間の主観が世界を構成するという見方のいずれも採らず、構造と行為者とを継続的な再帰的関係にあるものとして捉えようとする見方である。 4 構造化理論の限界 社会構造や制度を、構造とエージェンシーとの継続的な再帰的関係から捉える構造化理論は、客観主義と主観主義のどちらにも立たないため、この両者のいずれかに立つ従来の理論の限界を克服するとGiddensは主張する15)。たしかに、何度かの名称やコンセプトの変化を経ながらできたこのセンターの設置プロセスは、アクターの活動とそれを受けて変更されていったセンターの計画との再帰的関係として捉えることができるだろう。 しかし、構造化理論によってこのケースが十分に説明できるわけではない。このケースに限らず現実の決定プロセスには多様なアクターや要素が関係するが、構造化理論ではそれらをエージェンシーとして一括するか、個々のエージェンシーと構造との個別の関係しか描かない。 例えばこのケースの場合、阪神・淡路大震災の影響は非常に大きく、また田邊市長の体調不良による市長交代の影響もあった。これらは偶然の要素であり、かつエージェンシー側からの影響は受けていない。構造とエージェンシーとの継続的な再帰的関係を扱う構造化理論では、偶然の要素や予期していなかった要素に影響されるプロセスは対象としない。あくまでも構造あるいは制度とそれと相互作用を繰り返すエージェンシーとの関係で描かれる世界なのである。構造とエージェンシーとのシーケンシャルな相互作用によって全体の変化を説明するということでは、構造化理論はインクリメンタリズムのメカニズムを説明する理論と見ることもできるだろう。 要するに、経営学において外部環境という言葉で一括されてきた外部の諸要素の中には、エージェンシー(アクター)と相互作用を繰り返すものと、断続的に発生し、エージェンシー(アクター)に対して一方的に影響を与えるものとがあるということである。また、エージェンシー(アクター)は一方的に影響を受けざるを得ない諸要素に対しても、反応すべきものを選択したり、独自のフレームによってそれの意味を解釈したりして、自己にとっての環境を構成するのである。 5 構造化理論の応用 このケースをより的確に説明するには、センターとアクターとの相互作用に加えて、それらに一方的に影響を与えるイベントや背景の要素を組み込むことが必要である。 それらのイベント・背景はアクターにとっては外部要素であり、アクターはその影響を受けるが、アクターの側から影響を与えることはない。また、アクターはイベント・背景をそのまま受け取るのではなく、選別したり解釈したりする。さらに、アクターはあらゆる外部要素をもれなく知覚することはできず、知覚すべきものを探索し、選別している。そうしたアクターの活動は、解釈フレームに基づいて行われる。これは外部要素の内の知覚すべきもののレーダーとなり、分析したり解釈すべきものを選別するフィルターとなり、知覚した要素を解釈するデコーダーとなるものである。アクターは、解釈フレームを通じて外部要素を探索、選別、そして解釈しながら行うべき活動を定め、同時に解釈フレームを再構成する。 アクターの活動によって変化した対象計画は、アクターに解釈フレームを通じて受け取られ、アクターはこの対象計画の変化と次の外部要素とを取り込みながら解釈フレームを再構成し、そしてまたその再構成されたフレームに基づいてまた対象計画に対する活動を行うのである。 以上のモデルを、このセンター設立プロセスのケースに当てはめて示したのが図3である。アクターである京都市は、「健康都市構想」を柱とした解釈フレームから環境を読み取り、その具体的施策として市民創造活動センターの構想を立てた。しかしその構想は、阪神・淡路大震災という断続的で一方的な外部環境の影響で京都市の解釈フレームが変化し、ボランティアセンターに読み替えられた。このボランティアセンターの計画がある程度公式的なものとして表出されると、それに対する他のアクターなどの反応などが起こり、今度はその公式化された計画がそのアクターにとっての読み取るべき環境となる。その時点での解釈フレームはすでにボランティアセンターに関する状況の変化などによって変化しており、その変化したフレームに基づいて次の計画(ボランティア総合支援センター)が提示される。 図3 構造化理論の応用モデル 連続的な再帰的関係だけではなく、そこにアクターや計画などからの影響は受けずにそれらに一方的に影響を及ぼす外部要素が断続的に発生するプロセスを組み込んでいるのがこのモデルの特徴である。より厳密には、一方的にアクターに影響を及ぼす外部環境でも、それを知覚するかどうか、どう解釈するかはアクター側の活動となるので、抽象度を高めれば、エージェンシーと構造との構造化プロセスと見なすこともできるかもしれないが、個別のアクターや計画を分析することを目的とする場合には、再帰的関係の認識レベルを中範囲に定め、アクターと相互作用する要素と一方的に影響を及ぼすだけの要素とを区分し、分析することが重要となるだろう。 Ⅴ おわりに 本稿においては、京都市市民活動総合センターが設立されるまでのプロセスを分析し、それをゴミ箱モデル、構造化理論で説明することの限界を明らかにし、そして構造化理論の応用モデルを提示した。 もともと構造化理論は、社会構造と行為者との関係を捉えようとする社会学の理論であり、よりマクロ的で抽象的なものであった。しかし、構造とエージェンシーとの関係を説明するロジックは、制度とエージェンシー、制度と組織、事業計画とアクターなどにも適用することができる。実際、社会学的制度理論は制度とエージェンシーによる構造化理論といってもよいだろう。Giddensの構造化理論がマクロな社会を射程にしているものであるのに対して、社会学的制度理論は制度という中範囲のものを射程にしているもので、本稿での分析はそれよりさらに小さな範囲の分析である。これはさらに集団と個人といったミクロモデルにも展開可能だろう。 しかし、すでに指摘したとおり、二者間での相互作用による変化だけでは現実は十分には説明できず、従来の経営学や組織論が指摘してきた外部要素による影響や、アクター間の相互作用なども組み込まねばならないだろう。本稿においてはその試みのひとつを提示したが、まだ十分なものではない。とりわけ、複数のアクターの存在を記述しながら、それらのアクターのそれぞれの計画との相互作用や、アクター間の関係についてはモデルに組み込めていない。 しかし、やみくもに要素を加えたり、モデルを複雑化することも望ましいことではないだろう。決定プロセスのケース分析として古典となっているAllison[1971=1977]は、キューバ・ミサイル危機の際のアメリカ政府の意思決定プロセスを、3つの異なるモデルによって記述したが、それはそれら3つのモデルの優劣を論じたのではなく、どの立場あるいは目的から描くかでストーリーの世界観が異なることを示したのである。Bobrow and Dryzek[1987=2000]も、分析の準拠フレームにはさまざまなものがあることを指摘し、それらをどう選択するべきかの視点を提示しようとしている。現実をどれだけうまく記述できるかを問うといっても、うまく記述しているかどうかを判断する基準の中にすでに何らかの目的が前提となっている。その目的を錨として、そこから遠く離れないようにして現実を記述し、理論を構築することが重要だろう。 [謝辞] 2名の匿名査読者より貴重なコメントをいただいた。記して感謝したい。本研究はJSPS科研費15K11978、16K03833、17K03911、18K01781の助成を受けたものである。 [注] 1)吉田忠彦[2016]においては、このセンターの設立プロセスに関わった京都市の関係者、委員会の関係者、センターの管理運営を担うNPO関係者などへのインタビューやドキュメンツの分析などから、センター設立のプロセスを詳細に記述した。また、そのドラフトは京都市の複数の関係者のチェックを受け、事実関係の確認を行った。なお、筆者はこのセンターの評価委員を務めているが、分析対象の期間には関わっていない。また、委員の立場によって知りえた情報は利用せず、公表されている文書およびインタビューによって得られた情報のみによって記述を行っている。 2)本節の記述については、京都市市民活動総合センターのホームページ、同センターの利用者案内パンフレット、そして同センターおよびひと・まち交流館京都での現地視察に基づいている。 京都市市民活動総合センターのホームページ http://shimin.hitomachi-kyoto.jp/index.html(2018年3月23日確認) 3)せんだい・みやぎNPOセンター[2004]、9頁。 4)「平成の京づくり」の実施計画の報告(京都市[1996a])の中では、「共に生きる地域社会の形成」(6頁)、「生涯学習の推進」(18頁)において市民創造活動センター創設が挙げられているが、いずれも「基本構想策定調整中」とされている。 5)特定非営利活動促進法の成立プロセスについては、初谷勇[2001]、小島廣光[2003]、谷勝宏[2003]などで詳細に記述、分析されている。 6)1996年の10月にコミュニティ・サポートセンター神戸、11月には大阪NPOセンターと日本NPOセンターが設立され、1997年9月に広島NPOセンター、11月にせんだい・みやぎNPOセンターが設立された。これらの経緯については吉田忠彦[2007]参照のこと。 7)京都市社会福祉協議会は、1989年(平成元年)7月に京都市ボランティア情報センターを設置し、震災のあった1995年(平成7年)から区のボランティアセンター事業を開始した。そして1997年(平成9年)には全区でのボランティアセンターの設置を完了させた。京都市社会福祉協議会[2013]、10-13頁。 8)林 建志氏(京都市文化市民局・地域自治推進室長)へのインタビュー(於:京都市市役所、2014年8月20日)、および林 建志[1998]、56-57頁。 9)新川達郎氏(同志社大学教授、せんだい・みやぎNPOセンター理事)へのインタビュー(於:同志社大学、2002年6月11日)。および、深尾昌峰氏(龍谷大学准教授、当時のきょうとNPOセンター事務局長)へのインタビュー(於:龍谷大学、2014年6月16日)。 10)牧村雅史氏(京都市文化市民局・地域自治推進室・市民活動支援課長)へのインタビュー(於:京都市市民活動総合センター、2014年8月1日)。 11)March, J. G. and Olsen, J. P.[1989], pp.8-9. (遠田訳[1994]、12頁)。 12)Kingdon[2011], Ch8, pp.165-195.(笠訳[2017]、第8章、221-260頁)。 13)「埋め込まれたエージェンシーのパラドクス」とは、社会学的制度理論が徐々に経営学的組織論の中に取り込まれていく中で、ひとたび制度化が進めば組織はそれに拘束され、それに適応するしかなくなるという見方が定着していったが、それではその制度が変えられたり、作り出されることが説明できなくなるというパラドクスである。松嶋登、高橋勅徳[2015]、5-29頁。 14)Giddens[1984], p.25.(門田訳[2016]、52頁)。 15)Giddens[1984], Introduction, xiii-xxxvii.(門田訳[2016]、序章、1-26頁)。 [参考文献] Allison, G. T.[1971]Essence of Decisions : Explaining Cuban Missile Crisis, Little, Brown & Company.(宮里政玄(訳)『決定の本質―キューバ・ミサイル危機の分析』中央公論新社、1977年)。 Bobrow, Davis B. and Dryzek, John S.[1987]Policy Analysis by Design. University of Pittsburgh Press.(重森臣広(訳)『デザイン思考の政策分析』昭和堂、2000年)。 Cohen, M. D., March J. G. and Olsen, J. P.[1972]A Garbage Can Model of Organizational Choice, Administrative Science Quarterly, 17, pp.1-25.(土屋守章、遠田雄志(訳)『あいまいマネジメント』日刊工業新聞、1992年、第6章、邦訳161-219頁)。 Giddens, A.[1984]Constitution of Society, Polity Press.(門田健一(訳)『社会の構成』勁草書房、2016年)。 Kingdon, J. 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  • ≪査読付論文≫セクター中立会計の課題と可能性 ―ニュージーランドの非営利組織会計の変遷に着目して― / 金子良太(國學院大學教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 國學院大學教授 金子良太 キーワード: プライベートセクター パブリックセクター IFRS IPSAS XRB 要 旨: 本稿では、企業・政府・非営利組織が単一の会計基準を用いるセクター中立に着目する。NZでは2014年までセクター中立であったが、以降は企業と政府・非営利組織とで異なる会計基準を用いている。このことは、企業会計化が進む非営利組織会計の方向性の転換ではないかというのが、問題意識である。本稿では、セクター中立の意義と利害関係者の反応をIFRS導入前後で大別して考察した。特にIFRS導入後において、研究者だけでなく実務家からもセクター中立の批判が高まり、実態として機能していなかったことを示した。政府や非営利組織の会計基準設定へのかかわりや、これらに特有の事項への会計上の手当てが重要である。もっとも、新制度においてもセクターを超えた会計の整合性は維持され、大きな方向性の転換とは言えないというのが本稿の結論である。我が国でも会計基準設定方法や非営利組織特有の項目の検討の必要があるが、政府・非営利組織・企業の会計基準のより整合性な設定は引き続き推進されるべきである。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 問題意識とセクター中立の意義 Ⅲ NZにおけるセクター中立の展開 Ⅳ セクター中立に対する疑念と新たな会計基準 Ⅴ NZの政策転換の解釈と我が国への示唆 Abstract I discuss sector-neutral accounting where public and private sector share the common single set of accounting standards. In NZ, they give up maintaining sector neutrality. I compare the sector neutrality before and after NZ adopted IFRS. IFRS adoption seems to bring to an end sector neutrality. But the new accounting standards framework has not required significant change for the not-for-profit entities. We should focus on standard setting process and accounting for unique transaction. We should maintain the thought that private and public sector share the common procedure and terminology as much as possible. The findings may be useful to Japanese standard setters and researchers. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 本稿の問題意識は、ニュージーランド(以下、「NZ」とする。)においてセクター中立(sector-neutral) が転換された理由と過程を検討し、これまでの議論をレビューし、我が国の非営利会計基準設定への示唆を示すことにある。非営利組織会計の企業会計化が進む中、非営利組織と企業とで同一の会計基準を用いていたNZが、非営利組織には企業と異なる会計基準を設定するに至ったことは、非営利組織会計のコンセプトの大きな転換となるのではないかというのが、本稿の問題意識である。 本稿は、セクター中立の是非を判断するものではなく、その意義を明確にすることを目的とする。 セクター中立とは、プライベートセクター(企業・非営利組織)、パブリックセクターを問わず単一の会計基準(single set of standards)を用いることである。「セクター中立」という用語に言及した先行研究は、我が国では川村[2010]、石坂[2017]があるものの数少ない。セクター中立を導入しながら方針を転換したのは、諸外国の中でもNZが最初であり、検討に値するものと考える。 本稿は、次の通り構成される。第Ⅱ章では、セクター中立の意義を示し、それが採用された経緯を述べる。第Ⅲ章では、IFRS採用前と採用後のセクター中立の相違点を明らかにする。第Ⅳ章では、NZの会計基準設定機関であるXRB(External Reporting Board)等の文書をもとに、セクター中立の転換の過程と理由を明らかにする。第Ⅴ章では、それまでの考察を敷衍し、我が国への示唆を示す。 誌面の都合上、本稿では特にセクター中立に対する疑義が生じそれを転換する点を中心に検討したい。 Ⅱ 問題意識とセクター中立の意義 1 問題意識 かつて、政府や非営利組織の会計は複式簿記の採用を前提としておらず、収支計算を重要視していた。このため、複式簿記・発生主義会計を前提とする企業会計とは考え方においても、またその手法においても大きな相違があった。1980年代から、各国で政府・非営利組織会計に企業会計的な手法が取り入れられた。たとえば米国では、1993年に公表されたFASBの基準書第116号より非営利組織の財務諸表の発生主義、複式簿記に基づく作成や開示が基準化された。多くの国で、企業会計と政府・非営利組織会計の手法の統合が生じた。 Anthony[1989]等において、企業会計と非営利組織会計の異質性よりも同質性がより主張されるようになってきた。同一の取引に対して同様の会計処理・開示を求める、取引中立(transaction-neutral)の考えを具現化したものが、セクター中立になる。 我が国の非営利組織では、企業会計と整合的な会計基準の設定が利用者の理解可能性や組織間の比較可能性を向上させ、いたずらに異なる基準を設定することが望ましくないことについては概ね同意が得られていよう。しかし、企業と非営利組織とで完全に共通な会計基準を設定することは想定されていない。JICPA[2013] では、非営利組織間の共通的な会計枠組みを指向しているが、企業や政府と共通の会計基準は検討していない。また、政府・政府系組織と民間非営利組織の会計を共通化することは、検討されていない。 これに対しNZでは、単一の会計基準があらゆる組織に適用されていた。しかし、NZではこの方針を転換し、企業と政府・非営利組織とで異なる基準を適用することになった。NZでは政府・非営利組織会計で大きな変化を20年ほどの間に経験している。本稿ではまず、セクター中立のメリットとデメリットについて議論を敷衍したい。 2 セクター中立のメリットとデメリット ここでは、セクター中立のメリットとデメリットとして考えられることを示す。セクター中立の利点として、Newberry[2001]等により、財務諸表利用者の理解可能性の向上が挙げられている。財務諸表利用者にとっては、単一の会計基準により財務情報の理解が促進される。また、異なるセクター間の比較可能性の向上も挙げられる。例えば、民間非営利病院と公立病院、公立大学と私立大学といった場合には、同一の会計基準であれば比較可能性が向上しよう。 基準設定のコストも重要である。基準設定には多くの専門的知見や労力が必要であり、単一の基準によりコストを低減させ、基準の品質を向上させることが可能となると考えられる。また、異なる会計処理や開示が規定されるという基準間での不整合がなくなる。 財務諸表作成者の立場から見ても、会計基準の理解可能性が高まること、会計ソフト等が共通となることによりコスト低減が期待できる。会計専門家の知見が、セクターを越えて移動可能となる。また、会計基準の施行時期にずれが生じることもないので、新基準へ対応するためのソフトの導入や各種の研修にかかるコストも軽減される。また、公的組織が民間企業の株式を保有し連結財務諸表を作成する場合は、同様の会計基準を用いることで、財務諸表の作成コスト低減が期待される。例えば我が国の省庁別財務書類では独立行政法人や民間企業を連結するが、それぞれ異なる会計基準を用いている。このため、連結に当たって会計処理を一部修正する必要が生じる(財務省「省庁別財務書類の作成基準」第9章3.⑶)。 企業の運営手法を政府に導入するNPM (New Public Management) の考えが1990年代から盛んになると、政府部門に企業会計的な手法を導入することは自然なこととなった。Barton[2005] によれば、NZやオーストラリアにおける発生主義会計の導入は、政府部門の運営の改革にともなって開始された。そして、両国が先駆けてセクター中立を取り入れた。 次に、デメリットについて述べる。単一の会計基準を設定しようとしても、企業・政府・非営利組織の利害が一致しないと調整にコストと時間がかかる。例えばNZのセクター中立の有形固定資産に関する会計基準では、3回公開草案が出されるにいたった。これは、非現金生成資産を規定するにあたって多くの意見が出たことも一因である。もっとも、Bradbury and Baskerville[2007]は、このような慎重な審議が会計基準の有用性や信頼性を高める要因となったと結論付けている。 また、利害の調整の結果できた会計基準は、結果として各セクターの特徴を十分に反映できない可能性がある。利益獲得を目的としない組織では、財務諸表の構成要素の定義も企業とは異なる可能性がある。また、資産といっても企業ではその経済的便益に着目するのに対して、政府・非営利組織では経済的便益に限定されずサービス提供能力も含む。共通の資産の定義を用いることは、財務諸表の信頼性や理解可能性に悪影響を及ぼす可能性がある。 以上、メリットとデメリットを見てきた。セクター中立は概念的には基準設定コストや財務諸表の作成コストを下げ利用者の財務諸表の理解を促進しうるものの、それぞれのセクターのニーズが異なること等から多くの問題が生じる可能性もある。次に、NZのセクター中立からそれを断念するに至るまで、どのような課題が生じたのかを詳しく見ていきたい。 Ⅲ NZにおけるセクター中立の展開 1 NZの政府・非営利組織会計の変遷と現在の会計制度の概要 NZの会計基準制定に関する先行研究としては、石坂[2017]が挙げられるが、ここではセクター中立直前から現在に至るまでの流れを簡略化して示す。政府・非営利組織の財務報告はセクター中立を導入以来の20年で大きく変化しており、その概略を図示すると次のとおりである。 図表1 セクター中立成立以来のNZの会計の変遷 その経過については、以下に順を追って述べるが、2018年現在のNZの会計の大枠を示せば以下のとおりである。なお、詳細には組織の規模は4段階に区分されるが、本稿はセクター中立の検討を行うものであることから、簡略化して示す。 図表2 現在のNZの会計制度の概要 (出典) XRB[2015]をもとに筆者作成 以下では、セクター中立以前から現在に至るまでのNZの会計の変遷を、時系列でより詳細に検討する。 2 セクター中立以前のNZの政府・非営利組織の会計 1980年頃までは、政府では、他国同様資金収支に焦点を当てた会計を採用しており、多くの民間非営利組織も同様であった。政府や民間非営利組織に、企業会計の基準は適用されておらず、会計実務は多様であった。1980年代に入って、NZの会計基準設定機関の中にパブリックセクターの会計に関する小委員会が設けられ、検討がはじめられた。1984年に、パブリックセクター会計基準PSAS (Public Sector Accounting Standard)第1号「サービス企業の一般会計原則」が公表され、広く意見募集が行われた。その後も会計基準開発が続けられ、1980年代終わりには多くの基準を有するに至った。会計基準は企業会計基準を参考に作成されたが、それとは別個に設定されていた。 NZの財政危機や政権交代等をきっかけに1989年に成立したPublic Finance Act (公的財政法)は、政府と政府系機関で発生主義会計を導入することを求めた。発生主義会計は、単に外部報告目的の会計制度の変化にとどまらず、政府の運営・管理方法の変更も含めたより広範な財政管理システムの一部分として位置づけられた。 3 NZ国内基準によるセクター中立 NZにセクター中立会計が採用されたのは、1993年に入ってからである。当時の会計基準設定機関であるFRSB(Financial Reporting Standards Board;財務報告基準審議会)は、NZのすべての主体に適用される単一の会計基準を設定した。同一の取引には同一の会計処理を行い、会計基準を共有することは問題ないと考えられた。企業会計の制度変更も含めた新たな法律である1993年のThe Financial Reporting Act(財務報告法)により、現在のXRBの前身であるASRB (Accounting Standards Review Board;会計基準委員会) が設立された。ASRBは、FRSBが設定した会計基準を精査し、適用を承認する役割を果たした。会計基準の設定と適用を承認する機関は分離されており、双方の協力が不可欠であった。会計基準は、FRS(Financial Reporting Standards ;財務会計基準)と称された。これが、セクター中立の会計基準として知られるようになった。当時、会計基準はNZ国内でのみで適用され、IPSAS(国際公会計基準)のようなパブリックセクターに適用される国際的な会計基準もなかった。そして、会計基準設定には、企業・政府・民間非営利組織が参加した。NZの会計基準は、これらの異なるセクターの様々な利用者ニーズを考慮し、用いられる用語も、様々な特性を考慮して決定されていた。 Brady[2009]に述べられているように、当時は企業会計を政府や非営利組織に適用するのではなく、すべてに適用できる会計基準を開発することに主眼が置かれていた(2.16)。たとえば、「経済的便益」に関連して、この用語は正のキャッシュインフローをもたらす資産に用いられ、営利を目的としない組織には適切でないため「サービスポテンシャル(用益潜在性)」という用語が用いられた(2.6)。「サービスポテンシャル」は、組織目的に従って財やサービスを提供する能力を含み、「経済的便益」のみに限定されない。 もっとも、Bradbury and Baskerville[2007] によれば、会計基準の公開草案は民間主導で政府や非営利組織からの意見は限定的であった。また、Ellwood and Newberry[2007]は、同じ用語に政府、非営利組織と企業とでは異なる解釈がなされていたと指摘している。 4 IFRS適用後のセクター中立をめぐる動き 1997年には、NZの会計基準はAASB(Australian Accounting Standards Board;オーストラリア会計基準審議会) または当時のIASC(International Accounting Standards Board;国際会計基準委員会)により公表された基準を基礎とすることとなった。NZとオーストラリアとの関係は重要で、会計に限らず1990年代から両国の規制の差異をなくす取り組みがなされた。例えば、会計専門家である勅許会計士制度も両国で共通となっている。2000年代に入ると、より国際的な基準の導入が求められた。 2002年には、オーストラリアで2005年からの国際会計基準(IFRS)の適用が勧告された。NZでも、上場企業に2007年からIFRSの適用が義務付けられた。その結果従来のNZ国内基準は効力を有しなくなり、政府や非営利組織も2007年よりNZ版IFRSを適用することとなった。NZ版IFRSはNZの法律等に基づき修正がなされているが、IFRSとほぼ同様の基準となっている。 以上より、NZにおけるセクター中立会計は二段階に大別される。第一段階では、NZ国内の企業と政府・非営利組織のニーズを踏まえてNZ国内の会計基準設定主体により作成された会計基準を適用した。第二段階では、IASB(後のIASC) により作成されたIFRSに基づく会計基準をNZのすべての部門に適用した。セクター中立であっても、適用される会計基準が大きく異なることに留意する必要があろう。 Ⅳ セクター中立に対する疑念と新たな会計基準 1 セクター中立に対する利害関係者の疑念の広がりとその後の動き IFRSは資本市場で資金調達を行う営利企業が前提とされ、政府や非営利組織への適用を意図していない。しかし、ASRBはNZ版IFRSを、セクターを問わずすべての組織に適用することを決定した。セクター中立の状況に対して疑念が大きくなったのは、NZ版IFRS採用後である。XRB[2012]によれば、特に資本市場にアクセスしない組織から大きな懸念が寄せられた(par.69)。国内基準と異なり、IFRSではNZの政府や非営利組織の利用者ニーズや特有の財務報告の目的は考慮されない。また、IFRSは認識や測定のより詳細な規定を有し、財務諸表作成にコストのかかる方法を採用している。そこで、NZの政府や非営利組織にIFRSを適用することにより生じるコストや、そもそもIFRSを適用することが適切かをめぐって大きな議論が生じた。 さらには、XRB[2012]によれば、IFRSに大幅な修正加筆を行った場合、それはIFRSとして認められない懸念もあり、FRSBはIFRSに大幅な修正を行うことに及び腰になっていた。FRSBには政府や非営利組織を代表する委員が3人しかおらず、多数は企業会計により関心の深いメンバーであった。 このような状況を受け、2008年よりASRBはセクター中立の問題点について検討し、無視できないほどの問題が生じていると結論付けた。2009年10月にASRBは、営利を目的としない組織の一般目的財務報告の新たなフレームワークの提案を明らかにした。 ASRB[2009]は、国際的にセクター中立が採用されておらず、NZ独自の会計基準を設定するコストがベネフィットに見合わないという仮定の下で、2つの選択肢を挙げている。第一は、これまで通りNZ版IFRSを単一の会計基準として使用し続ける。そのうえで、すべてのセクターの利用者のニーズに合致するよう、一部修正や補足を行う。第二は、特定のセクターに適合する、別々の会計基準を採用する。具体的には、民間企業にはIFRSを適用し、パブリックセクターではIPSASを適用し、IPSASを民間非営利組織の基礎とする。 2010年にASRBは、セクター中立を維持するか否かについて寄せられた意見を検討した。その結果、単一の会計基準では利用者のニーズに対応できないと結論付けた。2011年11月には、ASRBがXRBに改組され、単一の会計基準を用いる方針を断念したうえで、具体的な基準につき検討することとなった。 NZの会計検査院長官も、NZ版IFRS採用後の政府や非営利組織の会計に対し大きな懸念を示した。その後も懸念が解消されなかったため、会計検査院からASRBに派遣していた委員を引き揚げている。NZの経済開発省(MED)[2009]とASRB[2009]も、財務会計規定の修正に関する討議書を公表した。 なお、実態に着目すれば、Bradbury and van Zijl[2007]は、NZ版IFRS適用後においてセクター中立は機能していなかったと指摘している。これは、政府や非営利組織の多くがこれに従わず、NZ版IFRSでは政府や非営利組織に特有の課題に関する言及や用語の修正がなされていたことが根拠となっている。具体的には、非資金生成資産・無償で取得した固定資産・政府補助金といった項目について言及や修正が加えられていた。 民間非営利組織でNZ版IFRSを適用するには難しい点もあり、運用に当たってはNZICA(NZの勅許会計士協会)のワーキンググループが2007年に公表した「非営利組織の財務報告ガイド (Not-for-Profit Financial Reporting Guide)」が利用されていた。さらに、中小規模の非営利組織において会計基準は順守されていなかった。多くの非営利組織は監査を受けず、会計基準適用に際しての強制力は十分ではなかった。Bradbury and van Zijl[2007]は、中小規模組織ではセクター中立を導入する以前の会計基準がよく用いられていたと指摘する。 IFRS導入前は、NZの多様な利害関係者を考慮して会計基準を設定することができた。しかし、IFRSは政府や非営利組織を対象としていない。それらに特有の事情を考慮せず、意見反映も難しい会計基準を適用し続けることは困難であったといえよう。 2 会計理論から見たセクター中立に対する懸念 先行論文においては、セクター中立の会計基準に対する肯定意見は見当たらず、懸念が多く述べられている。そこで、その内容を示していきたい。 Robb and Newberry[2007]は、政府における分権に着目して、次の2点からセクター中立を批判する。第一は、企業会計の導入は民主主義による統制という基本的な憲法理念を破壊する。政府では、国により違いはあるものの、司法・議会・行政がそれぞれ権力を有し独立している。企業会計は中央集権的な制度を前提とし、権力の分散がない。企業会計と同様の制度を導入することは、これらの違いを無視し、現行の民主主義制度に対する挑戦であるとする。第二は、連結会計は、権力の分散という制度上の要請をくつがえすものである。政府においては経済的便益のみを目的としない多様な関係が構築されている。このため、企業会計の支配概念をそのまま適用すると不都合が生じる。企業会計における連結会計は、親会社が子会社を連結することにより作成される。政府では各部門の自立性が法律で保障されているケースがあり、財政当局がすべての部門を連結するというのは、権力の分散という事実を無視することとなってしまう。 Sinclair and Bolt[2013]は、非営利組織で頻繁に行われる固定資産の寄付やファンド会計等につき明確な指針がない点を特に問題視している。Barton[2005]では、資産の定義の違いに着目し、これらの差異は無視できないほど大きいとしている。特に政府や非営利組織では「商業資産」と「社会・環境資産」があり、前者は企業会計とほぼ同様であるが、後者は現在および将来世代の利益のために保持され売却されることがない資産としてその重要性を強調している。会計の基礎たる資産概念に違いがあるにもかかわらず両者を単一の会計基準で扱うことにより、政府・非営利部門の会計の有用性は失われてしまうとする。 Brady[2009]では財務諸表の用語、パブリックセクターの統合においてパーチェス法を用いること、パブリックセクターの範囲について明確な指針がないことを問題点として指摘している。また、税、コンセッション、非交換取引(政府による補助金や各種保証など)といった特有の取引に対する言及がないことも懸念している。Bradbury and van Zijl[2007]では、IFRS適用前にあった多くの指針が、IFRS採用後消滅したことが指摘されている。 3 政府・非営利組織の会計基準に求められる条件 このような懸念に対応して、政府・非営利組織会計が備えるべき条件とはどのようなものだろうか。XRB[2012]では、セクター中立の会計基準を採用するにあたって確保すべき条件として、以下を挙げている(2.17)。 ⑴ 「経済的便益」だけでなく、「サービスポテンシャル」といったセクターを問わない用語を用いること。 ⑵ 異なるセクターの様々な状況を反映する例を示すこと。 ⑶ IFRSが言及しない政府や非営利組織に対する規定を追加すること。 ⑷ 社会保障債務といった、パブリックセクター特有の基準を開発すること。 ⑸ NZ特有の事項に関する会計基準を維持すること。 Brady[2009]は、前述の懸念に対応して、政府・非営利組織会計の方向性として4つの選択肢を示している。 ⑴ IFRSを基礎に、政府や非営利組織に適合するように修正する。   企業会計の知識が援用できる一方で、状況に合わせて修正するコストは大きくなる。IFRSは大規模企業を前提としているので、これに中小規模の組織や政府・非営利組織に合わせた修正をした場合、修正は膨大になる。また、IFRSは常に変化していくので、これに対応する修正を続けていく必要があり、作業は膨大なものとなる。 ⑵ IPSASを適用する。   パブリックセクターを対象とする会計基準なので、政府に特有の事象に対応しやすいが、民間非営利組織へ適用する際には不適合な用語等がある。また、国際機関により設定される会計基準であり、NZ特有の事情を考慮していない。 ⑶ IPSASをNZの状況に合わせて加筆修正する。   NZの状況に適合した、また、政府と民間非営利組織双方を考慮した高品質の会計基準を設定できる一方で、IPSASの修正に伴うコストが生じる。 ⑷ NZ独自の政府・非営利組織の会計基準を設定する。 NZの状況を最も考慮した会計基準が設定できる可能性があるが、基準設定コストが4つの選択肢で最も大きくなる。会計基準が国際的に信任を得られるかどうかは、未知数である。企業会計と大きくかい離する可能性もあり、専門的知識の転用が難しくなる。 NZでは⑶を採用し、IPSASを基礎として政府・非営利組織会計が適用されることとなった。IPSASが適切であると判断した理由の1つは、財務諸表利用者の想定である。IPSAS第1号では、財務諸表利用者として、サービス利用者等にも言及し(par.3)、IFRSが想定する財務諸表利用者とは異なる企業会計よりも幅広い利用者を想定している。政府系組織は、サービスを提供するために資源を調達する。それゆえ、経営者や資源の提供者だけではなくサービス利用者にも焦点を当てている。IFRSが将来の経済的便益に着目するのに加えて、IPSASはサービスポテンシャルにも着目している(par.11)。 IPSASは従来会計基準が整備されていない点もあったが、現在では概念フレームワークも承認され、大きく進展した。このことから、従来よりもIPSAS適用の条件が整ってきたといえよう。そして、政府・非営利組織双方がIFRSの適用を断念するという大きな政策転換が行われたのである。 もっとも、パブリックセクターへの適用を前提としたIPSASを民間非営利組織に適用することには問題がある。そこで、民間非営利組織ではIPSASを一部修正して適用することとなった。もっとも、IPSASの適用には異論があり、Sinclair and Bolt[2013]は、XRBは反対意見を十分に議論しておらず、報告書の記述も不十分であると批判する。 Ⅴ NZの政策転換の解釈と我が国への示唆 本稿では、NZの事例をもとに、セクター中立の意義を考察した。次にセクター中立をIFRS導入前後で大別して、利害関係者や研究者の反応を調査した。 NZ国内基準適用時には、(反対意見はあったものの)セクター中立が維持され、その後IFRSを基礎としたセクター中立へと移行した。IFRSは民間企業への適用を前提とし、NZ特有の事情や政府・非営利組織会計の特徴は考慮されない。政府や非営利組織へのIFRS適用の疑念が広がる中で、会計基準の内容だけでなく基準設定プロセスの問題点も明らかになった。機能する会計基準を設定するには、非営利組織の基準設定への参加や会計基準への意見反映が不可欠になる。非営利組織のニーズを反映しないIFRSでは、政府・非営利組織としては別の会計基準を設定せざるを得ない。IFRSの全面適用が、NZの政府や非営利組織会計が企業会計とは異なる道を歩むようになった政策転換の主要因と理解できる。 もっとも、このことが政府・非営利組織会計にもたらす影響は、限定的である可能性が高い。IFRSに代わって適用されるIPSASは、特定の事項を除いてIFRSと同一の会計処理や用語を用いる。NZでは今後も企業会計と一定の整合性を維持しながら、政府・非営利組織に特有の事項について手当てしていくこととなろう。 非営利組織の会計について、企業会計を取り入れるのか、それとも非営利組織独自の会計基準を設定するのか、我が国ではたびたび議論になる。NZの経験から言えることは、それらは決して二者択一ではなく、企業会計と協調しながらも政府・非営利組織独自の項目については適切な対応を行っていくことの必要性である。そこでは、企業会計とは異なる項目がどのような点かについての、認識の共有が必要であろう。 基準設定にかけるコストも無視できない課題である。我が国はNZと比較すれば人口も経済規模も大きいものの、公益法人、社会福祉法人、学校法人等の非営利組織が個別に基準設定を行うことは、会計基準の整合性の問題だけではなく基準設定コストも無視できないだろう。 NZでは政府系組織と民間非営利組織の会計基準は、ともにIPSASを基本とすることで、一部で異なる点はあるものの整合性が確保されている。この意味で、パブリックセクターであるかプライベートセクターであるかは、会計にわずかな違いしかもたらさない。この点で、セクター中立政策は完全に転換されてとまでは言えず、セクターを問わない会計基準設定の枠組みは、一定程度維持されているのである。これに対して、我が国では国・地方公共団体と非営利組織とでは全く別個の会計基準が設定されている。もっとも、営利を目的としていないそれらの組織の会計には共通点も多い。非営利組織の統一的な会計にとどまらず、政府と非営利組織の会計基準の整合性も求められよう。 本稿はセクター中立に焦点を当てたため、NZの組織規模別の会計基準、非営利組織にIPSASを適用する意義や問題点について十分言及できなかった。また、諸外国に目を転じれば、オーストラリア等はセクター中立を維持している。これらの諸外国との比較も重要となろう。そして、NZの新たな会計制度についてより詳細に検討するには、実際の財務諸表が開示されて数年を経る必要があろう。今後、別稿にて検討したい。 [参考文献] 石坂信一郎「ニュージーランドにおける会計基準の適用区分の整理」『国際会計研究学会研究グループ 営利・非営利組織の財務報告モデルの研究 最終報告書』、2017年9月、223~248頁 川村義則「公会計の概念フレームワークの再検討 ―公的主体のフロー報告への示唆―」『会計検査研究』第41号、2010年3月、13~34頁 日本公認会計士協会(JICPA)『非営利組織の会計枠組み構築に向けて』、2013年6月 古市峰子 「国際会計士連盟による国際公会計基準(IPSAS)の策定プロジェクトについて」『金融研究』第22巻第1号、2003年3月、77~112頁 AASB(Australian Accounting Standards Board)[2006]Sector Neutral Accounting 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(付記) 本稿は、平成29年度國學院大學特別推進研究助成金及び科学研究費補助金基盤研究C課題番号16K04013による研究成果の一部である。 論稿提出:平成29年11月30日 加筆修正:平成30年 3 月21日

  • ≪査読付論文≫地方創生に資する「地域社会益法人」認証を巡る考察 ―情報の非対称性を緩和する視点から― / 越智信仁(尚美学園大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 尚美学園大学教授 越智信仁 キーワード: 社会関係資本 コレクティブ・インパクト 地域社会益法人 認証 情報の非対称性 非営利株式会社 要 旨: 本稿の目的は、市民を起点とした地方創生を横軸に社会的事業体の相互補完的な連携を促し、ハイブリッド型の非営利株式会社の社会性をも担保する制度インフラとして、「地域社会益法人」認証の活用可能性を考察することにある。認証付与は自治体の条例に基づき、税制優遇等とリンクした制度提供者側の論理からではなく、社会的事業体のブランディングによる情報の非対称性緩和(社会的認知向上)を通じて、認証を得た「地域社会益法人」の資金調達円滑化等に貢献していく視点から論じられるべきであろう。コミュニティ内の人的・組織的資源や自然資本、社会関係資本を活用し住民の暮らし易さ(well-being)を引き上げるうえで、非営利株式会社を含む社会的事業体それぞれが水平的なパートナーシップ関係を構築する必要があり、その際、「地域社会益法人」は、地域の課題解決に向けたコレクティブ・インパクトを促す核となることが期待される。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 地方創生問題を考える視座 Ⅲ 「地域社会益法人」認証の制度インフラ整備 Ⅳ おわりに Abstract The purpose of this paper is to consider the possibility of utilization of “community benefit corporation” accreditation as an institutional infrastructure to promote mutually complementary collaboration between social-purpose organizations based on a horizontal axis of regional revitalization originating from citizens, and also to ensure the social nature of hybrid non-profit corporations. Based on municipal ordinances, accreditation should be discussed grounded not in the logic of the system-provider side, linked to preferential tax treatment etc., but from the viewpoint of contributing to facilitation of the procurement of funds by “community benefit corporations” through the alleviation of information asymmetry (social cognition enhancement) by branding of social-purpose organizations. In order to raise the comfort (well-being) of residents by utilizing human and organizational resources, natural capital and social capital in the community, each social-purpose organization, including non-profit corporations, needs to build horizontal partnerships, and it is expected that the “community benefit corporation” will be the core of promoting a collective impact towards the resolution of regional issues. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 地方の深刻な人口減少問題を提起した「増田レポート」(日本創成会議[2014])では全自治体の半数に消滅可能性があるとしつつ、地方中核拠点都市化による財政負担軽減、あるいは労働生産性の向上による地域経済底上げ策に論及したほか、政府の「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」(2014年)でも地方創生に向けて成長力重視の展望が描かれている。もとより経済成長が地域の問題を緩和する有用な処方箋の一つであることを否定するつもりはないが、生活要件との関連や土着性の強い地域(に住む人々)の問題を考えるうえでは、GDP的発想に基づく労働生産性向上だけでカバーし切れない非市場的課題を多く有しており、そうした領域を包摂していく総合的な視座が不可欠と考えられる。 地方の問題を総合的に捉えるには、労働生産性のみならずトータルの暮らし易さとして、コミュニティ内における生活の質ないし幸福感(well-being)を如何に高めていけるかといった社会生産性1)の視点が欠かせない。地域内資源の有効活用による社会生産性の向上には、行政のみならず多くの地域主体が協働によるコレクティブ・インパクト(Kania and Kramer[2011])を地域に生み出す活動を進める必要がある。そうした活動の基礎となるのがコミュニティに内在する絆としての社会関係資本(Social Capital)であり、それを資源として活動する社会的事業体であろう。なお、ここで「社会的事業体」とは、慈善団体から、収益性事業を営む社会的企業2)まで射程に入れた概念として用いている(表1参照)。 表1 社会的ミッションを有する事業のタイプ 出所:EVPA [2015] p.58、Nicholls and Emerson [2015] p.5を基礎として著者作成。 本稿の目的は、社会的事業体の相互補完的な連携を促すとともに、ハイブリッド型の非営利株式会社の社会性をも担保する仕組みを考えることにある。以下では、まず、暮らし易さ(well-being)の改善に向けたコレクティブ・インパクトを促す社会的事業体の役割について、欧州の事例を日本的文脈の下で参照する。次に、そこで得られた示唆をベースに、「地域社会益法人」認証の活用可能性について考察を進める。ここでの「認証」は、税制優遇等と結び付いた要件確認制度(公益認定法における認定、特定非営利活動促進法における認証)とは異なり、広く社会的事業体の活動を利用者目線で水平的に認知・評価する制度インフラであって、むしろ情報の非対称性を緩和する意味でのブランドイメージ創出が主眼である。地方自治体の「認証」付与を通じて、既存の社会的事業体の枠内に法的形態や組織目的の多様性を超えて共通のラベルで括られた協働空間を作り出すとともに、出資の受け入れが可能な非営利株式会社の社会性をも担保することが可能と考えられる。 Ⅱ 地方創生問題を考える視座 Dasgupta[2001]は、市場財から得られる効用のみならず、健康や教育、個人が享受する権利、幸福感などを含む幅広い概念として福祉(well-being)を捉えたうえで、人間の福祉水準の持続的発展に向け、社会に存在する様々な資本の世代間維持を持続可能な発展の要件とする「資本アプローチ」という枠組みを提示した。資本アプローチは経済学の資本理論を自然資本や社会関係資本等にまで拡張したものであり、世代を通じた福祉の維持、すなわち持続可能性の評価に向けた「新たな国富」の考え方として、「富の会計(wealth accounting)」というマクロ社会会計の理論的支柱となっている。well-beingとしての「住み易さ」の見える化(富の会計)は、所得だけでない非金銭的な(GDPにはカウントされない)もう一つの価値を共有する取り組みであり、広い意味での社会生産性を高めていくうえでも有益な視座を提供する。 地域の活性化というのは古くて新しい問題であり、1985年には当時の自治省が「地域活性化センター」を設立し地域振興を推進した後も、2003年には金融庁が「リレーションシップ・バンキング」を打ち出したほか、2005年に創設された独立行政法人中小企業基盤整備機構も地域イノベーションを目的にしていた。翻って、地方創生論を掛け声倒れにしないために今求められているのは、上からではなく下からの地域活性化策であろう。中央政府による旗振りもさることながら、基礎自治体レベルでのボトムアップの取り組みが求められており、その際には、地域内のコレクティブ・インパクトを促す社会的事業体や、そのバックグラウンドとなる社会関係資本が重要な役割を果たすと考えられる。 欧州では前世紀後半以降、フランス等大陸諸国を中心に社会的経済を理念とする運動が拡大していく中にあって、民間非営利セクター(サードセクター)の独自の機能が認められ、国家、営利組織とのベストミックスのあり方も模索されてきた。そこでは、サードセクターの存在感を高めながら、地域社会の活性化に向けて、自治体を含め何らかの形で地域住民に貢献している全ての組織間の協働が強化されてきた(富沢[2008]45-59頁)。同様にイギリスでも、労働党政権下のローカル・パートナーシップにおける地域協働政策にも後押しされ、市民参加を主体にした新しい経済の担い手の育成政策が進行し、地域コミュニティにおける多元主義的なネットワーク形成が促進されてきた(塚本[2007]1頁)。 欧州のサードセクターは市民社会の多元的価値を体現する存在であり、非市場的な要素であるコミュニティが擁する価値を相互扶助や協働によって実現していくうえでの核となった。サードセクターは、その国の文化的・政治的・経済的背景や歴史的に形成された地域の自立性・独自性に応じて多様であり得るが、欧州での発展を促した社会的背景は、日本が直面している地域課題とも重なり合う部分が少なくない。ただ、わが国のサードセクターは統一的な非営利制度基盤を有しないため、広く知られているように法人類型の多様化という非営利法人のガラパゴス化を招来している(出口[2015]159頁)。地域の課題解決に向けて各組織の機能連携をより強めていく観点からは、市民目線での所管官庁の壁を越えた非営利法人制度(法)の再編・統合論も理念的・演繹的には想起され得るが、各制度の歴史的な経路依存性を斟酌すれば目下の現実的な選択肢とはなり難い。むしろ法的再編が難しくとも各組織の特性を生かしながら、地方創生の軸で横断的に機能的な連携を図る視点が重要になる。 そこで求められるのは、非営利部門における各専門組織分化の意義を認めつつも、各非営利組織の論理・文化・価値基準を前提にした地域課題へのアプローチではなく、住民の目線で課題オリエンテッドに各組織を適応させていく協働姿勢である。各非営利主体は住民サービス提供主体という意味では共通のプラットフォームを有しており、住民には法的組織形態の違い云々は関係なくて、どのようなサービス(社会価値)を提供可能かが重要なのであるから、各非営利主体の特性を有機的に連環させ、コレクティブ・インパクトの創出が求められる。そうした中で、もう一つのガラパゴス問題である協同組合(農協、生協等)の内外連携・体系化も進める必要があろう。 Ⅲ 「地域社会益法人」認証の制度インフラ整備 1 社会的事業体の連携促進 近年、市民主役条例による行政サービス改革(鯖江市)や、行政がNPO活動への参加と協力を促す条例(神戸市)、あるいは投資型クラウドファンディングを活用した地方創生事業(北洋銀行と西胆振の6自治体)など、地元の人の気づきを重視した各自治体独自の取り組みも増えてきている。また、横浜市市民協働条例(2012年改正)や岡山市協働のまちづくり条例(2016年改正)など、社会的事業体と行政が協働で行う事業の進め方等について、新たな制度規範を定める動きも広がりつつある。そこでは、法人格を問わず広く地域課題の解決に向けた公益的取り組みを行う個人・団体を対象に、人的支援や情報・施設提供等の支援にとどまらず、行政との協働事業には助成金の交付(横浜市)や施設使用料の減免(岡山市)といった財政支援措置も行われている。ただ、こうした財源措置を伴う支援は単年度主義という時限性があるうえ、行政以外の多様な主体間の協働の促進には必ずしも直結しない。 こうした中にあって、コミュニティビジネス等の事業活動を通じて「地域社会益」を追求する社会的事業体を対象に、自治体レベルでの「地域社会益法人」認証を付与する制度インフラが構築できれば、税制優遇等の特典とリンクしなくても、認証を受けた「地域社会益法人」が社会的認知度を高めて、コミュニティビジネスの趣旨に賛同する投資家や住民からの資金調達等を促す契機として役立てられ得る。ここでコミュニティビジネスとは、社会的課題の解決を目指すソーシャルビジネスのうち、活動領域や解決すべき社会的課題について一定の地理的範囲が存在し、地域の資源を活用して地域再生を目指す事業であり、その担い手には、NPO法人、社団・財団、社会福祉法人のほか、各種協同組合も想定され得る。 伝統的に欧州では、社会的経済の担い手は、協同組合、共済組合等が中心となってきたが、共益にせよ公益にせよ私益ではないのであるから、当該共益の構成員を拡大し広くその地域社会の利益の増進にも資する目的と構成できるのであれば、「地域社会(共通)益」として両者をことさらに区分する必要はないとも言える。実際、買い物弱者に商品を配達する活動主体にはNPO法人のみならず生協もあるほか、大規模自然災害に対する救援活動や再建支援活動はNPO法人だけでなく各種協同組合によっても継続的に取り組まれており、現場のニーズから考えれば法的形態の差異は相対化する。「地域社会益」という観点に立てば、共益の追求という協同組合の枠内であっても、コミュニティの普遍的利益にも貢献可能であり、そうした観点からの議論の深化と実践が求められよう。 多様な社会的事業体から構成され得る「地域社会益法人」は、地域内協働の核としても位置付けられる。地域サービスを提供する各主体の置かれた状況に応じて直面する課題や対応策も多種多様であり、これらを一律に検討することは適切でないことに鑑みれば、住民に一番近い基礎自治体が条例によって認証していくことを基本とし3)、住民移送事業など近隣の基礎自治体にも広域に関係するのであれば、周辺自治体の広域連携ないし広域自治体関与の仕組みも考えられよう。その際、経営形態のみによって「地域社会益法人」を定義することは困難であり、認証と法人格とは連動しない形で、地域課題の横軸で法人横断的な認証付与基準とする必要がある。例えば、後述する英国CIC(Community Interest Company)のコミュニティ利益テストは、合理的な人(reasonable person)が、その活動についてコミュニティの利益のために遂行されるかという緩やかな包括的観点から判断される。わが国においても「地域社会益」の大枠としての要件(設立目的、活動内容、その活動の受益者等)を共有しながらも、具体的な運用は個別自治体の実情を反映し得る仕組みとする方向性が適当であろう。 こうした新しい認証が、税額控除等の効果ともリンクする場合には、当然に既存の関連法制との整合性を確保する必要があり、その際の認定基準についても、他の制度との一貫性のある制度設計が求められるが、本稿で論じている「認証」は、「情報の非対称性」の緩和機能がメインであり、市民へのブランドイメージ創出効果を通じて社会的認知度を向上させていく取り組みとして位置付けられる。例えばNPO法人は特定非営利活動として、まちづくりや中山間地振興などのほか「条例で定める活動」を含めれば地域事業主体としても汎用性はあるが、パブリック・サポート・テストをクリアする先は全体の数パーセント未満の状態が続く中、税制特典の付与とは別の観点から、事業活動の地域社会への貢献をブランディングするようなシグナルを別途設定する意義があると考えられる。 「地域社会益法人」認証は、各社会的事業体の様々な根拠法の下での法人格をそのままに、地域社会益等の要件に基づいて認証を行う制度であり、自らの利益や資産を活用して地域社会の問題解決(地域社会益)のための事業に取り組む主体のブランドとして機能する。当該制度を自治体の条例によって推進するとしても、各自治体の初動を後押しする意味では、国がガイドライン等により基本的フレームワークを示すことも有用と考えられる。そのフレームワークは、地域社会の利益に向けた事業収益の再投資を確実にさせる認証要件として、後述する非営利株式会社をも包摂し得る観点から、①地域社会益目的の認定とその追求に関する固定化(ミッションロック)、②ガバナンス面での利益・資産分配制約(アセットロック)の設定が基盤になろう。他方で、法人格の付与ではないため認証付与後のモニタリングによる制度の安定性維持が課題となり、③活動成果としての地域社会益報告書(仮称、原則年1回)等を踏まえた要件検証も必要となる。 具体的な認証基準を考えるうえでは、イギリスの「社会的企業マーク(Social Enterprise Mark)」認証基準が参考になる。Social Enterprise Markとは、The Social Enterprise Mark Companyによって運営されている認証制度で、同社自身もCICに基づく民間の社会的企業である。このマークは、法人格にかかわらず一定の要件をクリアすれば任意に取得可能である。その認証基準には、①社会・環境に関わる目的、②独自の定款及びガバナンス、③50%以上の事業収入、④50%以上の利益を社会・環境目的に再投資、⑤清算時には残余財産を社会・環境目的に提供などの要件が定められている。マークの取得によって直接的な優遇策はなく、むしろ社会的企業のブランドを構築し社会的な認知を高めることが目的となっている(中島[2015]212頁)。 NPO法人や一般社団法人等は、一般にビジネスを行う主体ではなくボランティア団体としての認識にとどまることも少なくなく、資金提供者、消費者、受益者、従業員等から地域を支えるサービスを提供する事業主体であるとの信頼を得て、資金調達や人材募集等に役立てるうえでも「認証」による公示効果は有用であろう。さらに「認証」がガバナンス面も含めて一つの差別化をもたらす地域内ブランドとしての機能を果たすことになれば、各種取引費用を引き下げる効果(高橋[2016a]286頁)だけでなく、法人格の違いを超えた同じ「地域社会益法人」として組織間の相互理解・連携を促進するプラットフォーム創出効果への期待も大きい。すなわち、既存の社会的事業体の枠内に法的形態や組織目的の多様性を越えて、地域内の共通ラベルで括られた協働空間を作り出すとともに、同一認証ラベルの下での統一性とその経済的な重要性を地域社会に可視化することにも貢献可能と考えられるのである4)。 2 非営利株式会社の社会性担保 ⑴ 欧米におけるハイブリッド型法人の認証制度 欧州では1990年代以降、イタリア、フランス、イギリス等において、コミュニティ利益という概念によるコミュニティビジネスの新しい担い手の育成政策が進行し、営利を目的としない収益性事業を営むハイブリッド型法人(図1参照)の育成に向けた方針や枠組みを設ける動きが進展した(European Commission [2015] p.50)。その活動形態に関する取決めとして、イタリアの社会的協同組合(1991年)や、先述したイギリスのコミュニティ利益会社(CIC、2005年)の例が有名であるが、それ以外にも、ポルトガル(1997年)、スペイン(1999年)、フランス(2001年)などでも同様の取り組みがみられた(European Commission [2015] pp.52-54)。 図1 ハイブリッド型法人の3要素 出所:European Commission [2015] p.10を基礎とする。 ハイブリッド型法人であるCICが導入される以前のイギリスにおいて、従来の伝統的チャリティには株式・社債などの発行が認められず、資金調達面で限界があった。CICは、営利法人をコミュニティ創生活動の担い手として育成する趣旨で設けられた制度であり、チャリティと同様に法人格ではなく、独立行政機関が一定の要件の下に認めた一種の資格(ステータスないしブランド)である。CICには税制優遇、優先入札等はなく、情報公開による社会的信用力の向上が唯一のメリットであり(G8社会的インパクト投資タスクフォース[2015]37頁)、これにより一般の人達や資金提供者が信頼を置くことのできる強力なアイデンティティを獲得可能となった。 CICは、利益を地域の社会的課題の解決に向けて投下することを目的とし、資産と利益は地域の利益に還元されることが求められており、コミュニティ・インタレスト・テストによるコミュニティ利益増進目的の固定や、収益の再投資のための配当・資産処分制限(利益の35%が配当上限、払込価格が残余財産分配の上限)を伴う。他方で、起業家として取締役になりながら報酬をうけて事業を運営することができ、社会的活動を行うという社会的認知の下に収益活動を行い、株式の発行も可能であるほか、一定の配当が認められるのでチャリティよりも幅広い投資家から支援を受けることができる。また、チャリティは広範な税務メリットを付与されていることに伴い厳格な規制が適用されるのに対し、CICは規制を受けないことも事業者のインセンティブとなっている。 CICの設立には地域別の偏りもみられ、チャリティの市場化を推進するイングランド主導の新制度がスコットランド等の風土には馴染まず敬遠されている可能性(白石[2015]154-155頁)も指摘されるなど、市場化の側面に否定的な見方がある一方で、CIC監督局年報によれば現在までに1万を超える団体が認証を受けて存続しており、制度を創設してから増加傾向を維持しているほか、CIC監督局のホームページ5)にはCICの成功事例も多数紹介されるなど、一定の社会的意義は果たしているように窺われる。ただ、ハイブリッドの制度であるが故に、株式投資の魅力を減殺しているとの批判が2014年10月からの配当上限規制緩和につながっており、社会目的の下で相対的に低い水準の経済的リターンを甘受する投資家を如何に増やしていけるが今後の課題となっている(高橋[2016b]53-54頁)。 この間、米国では、社会的目的を掲げる営利型企業に対して、民間団体であるB-Labによる社会性の認証の仕組みが、ハイブリッド型企業法制の導入に先立って行われた。すなわち、2006年以降、B-Labによって環境や社会性等に配慮した事業活動を行う主体に対する認証の仕組みが創設された後、この認証制度の考え方と整合的な形で、2010年以降、ベネフィット・コーポレーションという法人制度が米国内の各州で制定された。法律制定により、取締役が株主の利益実現以外の目的を考慮しても責任追及を受けないという点は、社会的な利益の実現を志す取締役にとって強い保護となったが、CICと同様に税務上の優遇措置はなく(寄附者についても同様)、そこではブランドイメージ向上による資金調達面でのメリットが指摘されている(経済産業省[2016b]5頁)。 ⑵ わが国における非営利株式会社の活用可能性 欧米での動きを眺め、わが国でも、営利・非営利の枠を超え新たな発想で社会課題の解決にチャレンジする「ローカル・マネジメント法人(仮称)」を求める声が高まり、2016年4月に「地域を支えるサービス事業主体のあり方に関する研究会」が公表した検討結果(経済産業省[2016a])では、事業主体の社会性をどのように制度的に確保すべきか(どのような基準で社会性を担保するか、その判断主体は誰か、行政は関与すべきか)といった論点や、事業主体を機能させ、その利用を促進する社会全体の仕組みのあり方の観点も含め、「スピード感を持ってさらに検討を深化させていくことが必要である」とされ、現在に至っている。 わが国では、収支相償を原則とする公益法人制度では一定のストックを形成しつつ活動のインパクトを高めることは難しく、NPO法人も出資を受けられないため会費や寄附などに資金調達の手段が限られ、地方の広範な事業(生活密着型のサービス分野として、小売、鉄道、バス、保育園、宿泊、ガソリンスタンド、介護等)を行うには財務的基盤が脆弱である。このため、事業の持続可能性を高めるためビジネスの手法をより採り入れた組織運営可能な法人形態の創設も議論されてきたわけであるが、この点については、株式会社において定款自治の下で分配等制約を任意に選択し、設立時に作成する定款の「第5章 計算」項目に、剰余金を株主に配当せず地域社会益を拡大再生産する目的で支出することを明示すれば、エクイティ投資が可能な非営利目的のハイブリッド型株式会社6)の設立も可能であろう(内田[2009]68、71頁)。 非営利株式会社における利益処分や残余財産分配請求権のあり方については、基本的には法人の選択(定款)となる。あくまで会社法の株式会社制度の下では、普通株式において利益配当及び残余財産分配を全面的に禁止すること(非営利法人と同様の扱い)は、会社法第105条第2項との関係で難しく、むしろ出資者へのリターンを一定程度確保しておくことは投資インセンティブ設計のうえでも必要な措置であろう。また、残余財産分配請求権についても、出資額の払い戻しを下限として、残りを自治体や公共団体に寄附するなどの定款に応じた選択を認める余地はあろう。他方で、全株主の理解や協力を得る必要性に加え、離反した株主が会社法第105条に基づいて剰余金配当を要求し訴訟で争う可能性、外部者にとって個別法人の定款を逐一確認しなければならない煩雑性、さらには定款による担保を基にして法人への出資や寄附等を呼び込むことの脆弱性などを想定すると、現状のままでは非営利株式会社一般を制度的に担保するには弱い面もある(経済産業省[2016a]9-11頁)。 しかし、先述した自治体による「地域社会益法人」認証付与の制度インフラとリンクさせることによって、非営利株式会社の社会性(定款によるミッションロックやアセットロック)を担保し、使い勝手を向上させることが可能ではなかろうか。そこでは、株主変動等によって定款に不同意の株主が現れたり、さらに定款変更等が行われた場合には認証が取り消される仕組みにしておけば、社会性やその公示性等は担保可能である。当該企業にとって「地域のため」というのが一種の商品性として自社の競争力に繋がる一方で、認証取り消しによるブランドイメージの喪失は一種のサンクションとして地域内のレピュテーションにも影響するので、ハイブリッド型コミュニティビジネス継続の組織内求心力としても機能し得ると考えられる。また、認証を獲得するために組織内議論が深められ、「認証」申請に至る過程で社会的事業体としての組織内コンセンサスが高まる効果も大きいとみられる。 これまでの社会的課題解決(住民生活支援サービス事業)のビジネス主体に関する議論では、出資緩和や税制優遇(減税)等による事業展開支援といった制度提供者目線の議論に傾きがちであり、むしろ制度を活用する側の現場目線を取り入れる必要があるのではなかろうか。現場ニーズとしては、自らの社会的事業に対する社会的認知・信頼の獲得・向上が日々の業務運営においては切実な問題であり7)、こうした問題意識から「スピード感をもった検討」を行うのであれば、本問題を税制優遇等とリンクさせた「新たな法人格創設」として捉えるよりも、社会的信任の獲得を主眼に、相対的に制度的障壁の少ない「新たな認証付与」のあり方としてアプローチしていくのが現実的と考えられる。その際、認証付与のあり方として、地域毎に異なる課題に個別的に対応する意味では、先述したように法律によらず条例によることが実践的と考えられる。 社会目的を有しながら株式会社形態を選択するのは、事業経営の経験がある起業家には馴染み易い組織形態であろうし、事業規模の拡大を目指して柔軟で多様な資金調達の選択肢を確保できるからでもあろう。利他的な社会起業家が、社会的利益を追求する活動の質が外部から確認することが難しいことに由来する「契約の失敗」に対応する結果として、柔軟な事業展開が行い難い非営利法人形態を選択せざるを得なくなるとすれば、こうした情報の非対称性は認証付与により回避可能となる。同時に、通常の投資とは異なる投資対象であるとのブランドを確立できれば、取引費用の削減にもつながるほか、社会的動機を持つ起業家の数自体を拡大することにもつながる(高橋[2016a]296-297頁)。 ハイブリッド型法人の抱える本来的な課題として、貨幣価値で測られる経済的利得のみならず、社会価値の実現を自己の非経済的な福祉(well-being)と考える一般投資家を如何に集められるかが鍵となる。わが国においてハイブリッド型の非営利株式会社に対する投資需要は未知数ではあるものの、既にコミュニティビジネスへの資金提供として、クラウドファンディングを含む市民ファイナンス形態でのFSV(Financing Shared Value)とも称すべき動きが、個人レベルでは徐々に広がりつつあるように窺われる。寄附には二の足を踏むが出資なら市場平均と同等のリターンでなくとも、社会的利益(地域社会益)のために相対的に低いリターンでも甘受する地域住民等からの資金の受け皿として、非営利株式会社にも一定の存在価値があり、その社会性とその公示性を担保する制度インフラとして認証付与の意義が認められるのである。 Ⅳ おわりに 本稿では、市民を起点とした地方創生を横軸に社会的事業体の相互補完的な連携を促し、ハイブリッド型の非営利株式会社の社会性をも担保する制度インフラとして、「地域社会益法人」認証の活用可能性を考察した。そこでの認証付与は自治体の条例に基づき、税制優遇等とリンクした制度提供者側の論理からではなく、社会的事業体のブランディングによる情報の非対称性緩和(社会的認知向上)を通じて、認証を得た「地域社会益法人」の資金調達円滑化等に貢献していく視点からの立論であった。コミュニティ内の人的・組織的資源や自然資本、社会関係資本を活用し住民の暮らし易さ(well-being)を引き上げるうえで、非営利株式会社を含む社会的事業体それぞれが水平的なパートナーシップ関係を構築する必要があり、その際、「地域社会益法人」は、地域の課題解決に向けたコレクティブ・インパクトを促す核となることが期待される。 [注] 1)地域社会を構成する人々にとっての経済的利得にとどまらず、well-being(利害関係者が生活の変化を通じて経験する社会的価値)の改善度合いまで射程に入れた概念である。その定量化は困難を伴うが、近年では「社会的インパクト評価」を通じて社会的価値を見える化する動きが、英米を中心に広がりをみせている。 2)社会的企業という用語は論者によって多義的に用いられているが(藤井[2013]2頁)、本稿では法人格の差異は問わず、ビジネスの手法を活用した社会的価値と財務的価値の混合リターン追求を組織目的とし、非営利ないし少なくとも一定の分配制約の下で社会的インパクトを優先する事業体と位置付けている。したがって、分配制約を伴う非営利株式会社も含む一方で、純然たる営利企業のCSRないしCSV活動は社会的企業活動からは除かれる(図1)。 3)後述するように米国では民間団体であるB-Labによる社会性の認証の仕組みが法制導入に先立って行われたが、わが国において民間の非営利組織の事業活動を積極的に認知・評価するような土壌が必ずしも十分に醸成されていないとすれば、まずは行政が公正性への信認を背景に先鞭をつける意義は大きいと考えられる。そのうえで制度の定着状況を見極めつつ、官(自治体)による認証の判断が民間の多様で柔軟な活動を制限してしまうことのないよう、民間有識者による合議制機関など官に代わって判断する仕組みを取り入れていく方向性も望まれよう。 4)こうした理念を特定分野(医療)で推し進めた画期的な制度創設として、2017年度からスタートした「地域医療連携推進法人制度」が大いに注目される。そこでは、地域内の複数医療機関やその他の非営利法人が連携し、ホールディング・カンパニーである「地域医療連携推進法人」の下で一体的な運営を行うことにより地域医療・包括ケアの充実を推進するとともに、地方創生にもつなげ得る。本稿で論じている「地域社会益法人」認証は、こうした制度枠組みに比べればよりソフトな事実上の連携を模索したものであるが、自治体関与の下に複数の地域社会益法人間で統一的な連携推進方針を共有しつつ、情報の共通・一元化や役割分担を図るとともに、中長期的視点からの共同研修や人材キャリアパスの構築等にもつなげていくことが望まれる。 5)https://www.gov.uk/government/collections/community-interest-companies-case-studies 6)実際、「PLUS SOCIAL」(龍谷ソーラーパークの事業運営)、「非営利株式会社ビッグ・エス インターナショナル」(日独の交流)、「非営利型株式会社Polaris」(地域の中で多様な働き方を実現するための仕組みづくり)、「非営利株式会社PTA」(PTA・自治会・商店街・学生団体・地域活性化のサポート)、「非営利株式会社じょんから」(黒石で観光案内・お土産品販売等)、「プラットフォームサービス株式会社」(千代田区まちづくり)、「よりよく生きるプロジェクト」(障害者福祉)、「ユニコの森」(医療)などの設立例がみられる。 7)各種研究会・学会等でのNPO法人従事者等との意見交換のほか、地方自治体へのフィールド調査等を通じて、社会的信任の獲得に優先順位の高いニーズが窺えた。 [参考文献] 内田千秋[2009]「会社法としての一般社団(財団)法人法」藤岡康宏編著『民法理論と企業法制』日本評論社、59-79頁。 経済産業省[2016a]「地域を支えるサービス事業主体のあり方について」(地域を支えるサービス事業主体のあり方に関する研究会報告書)。 経済産業省[2016b]「地域を支えるサービス事業主体のあり方に関する研究会報告書について」(地域の課題解決のための地域運営組織に関する有識者会議第3回参考資料2)。 G8社会的インパクト投資タスクフォース・国内諮問委員会[2015]「社会的インパクト投資の拡大に向けた提言書」。 白石喜春[2015]「統計からみたチャリティの動向」公益法人協会編『英国チャリティ―その変容と日本への示唆』弘文堂、137-156頁。 高橋真弓[2016a]「営利法人形態による社会的企業の法的課題⑴―英米におけるハイブリッド型法人の検討と日本法への示唆」、『一橋法学』第15巻第2号、237-288頁。 高橋真弓[2016b]「営利法人形態による社会的企業の法的課題⑵―英米におけるハイブリッド型法人の検討と日本法への示唆」、『一橋法学』第15巻第3号、19-73頁。 塚本一郎[2007]「福祉国家再編と労働党政権のパートナーシップ政策―多元主義と制度化のジレンマ」塚本一郎・柳澤敏勝・山岸秀雄編著『イギリス非営利セクターの挑戦―NPO・政府の戦略的パートナーシップ』ミネルヴァ書房、1-23頁。 出口正之[2015]「制度統合の可能性と問題―ガラパゴス化とグローバル化」岡本仁宏編著『市民社会セクターの可能性―110年ぶりの大改革の成果と課題』関西学院大学出版会、157-183頁。 富沢賢治[2008]「市場統合と社会統合―社会的経済論を中心に」中川雄一郎・柳沢敏勝・内山哲朗編著『非営利・協同システムの展開』日本経済評論社、42-63頁。 中川雄一郎[2005]『社会的企業とコミュニティの再生―イギリスでの試みに学ぶ』大月書店。 中島智人[2015]「社会的企業とチャリティ」公益法人協会編『英国チャリティ―その変容と日本への示唆』弘文堂、204-218頁。 藤井敦史[2013]「ハイブリッド組織としての社会的企業」藤井敦史・原田晃樹・大高研道編著『闘う社会的企業―コミュニティ・エンパワーメントの担い手』勁草書房、1-19頁。 Dasgupta, Partha [2001] Human Well-Being and the Natural Environment, Oxford University Press. (植田和弘訳[2007]『サステナビリティの経済学―人間の福祉と自然環境』岩波書店)。 European Commission[2015]A Map of Social Enterprises and Their Eco-systems in Europe. EVPA [2015] A Practical Guide to Venture Philanthropy and Social Impact Investment. Kania, John and Mark Kramer[2011]Collective Impact, Stanford Social Innovation Review, Winter, pp.35-41. Nicholls, Alex, and Jed Emerson [2015] “Social Finance : Capitalizing Social Impact,” Nicholls, Alex, Rob Paton, and Jed Emerson (eds.), Social Finance, Oxford University Press, pp.1-41. Porter, Michael and Mark Kramer [2011], Creating Shared Value, Harvard Business Review, January-February, pp.62-77. (編集部訳[2012]「共通価値の戦略」『DIAMONDハーバード・ビジネスレビュー』6月号、8-31頁)。 (付記) 本稿はJSPS科研費(基盤C、課題番号16K03996)の助成を受けた研究成果の一部である。 論稿提出:平成29年 9 月12日 加筆修正:平成30年 3 月15日

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