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尚美学園大学教授 越智信仁
キーワード:
社会関係資本 コレクティブ・インパクト 地域社会益法人 認証 情報の非対称性 非営利株式会社
要 旨:
本稿の目的は、市民を起点とした地方創生を横軸に社会的事業体の相互補完的な連携を促し、ハイブリッド型の非営利株式会社の社会性をも担保する制度インフラとして、「地域社会益法人」認証の活用可能性を考察することにある。認証付与は自治体の条例に基づき、税制優遇等とリンクした制度提供者側の論理からではなく、社会的事業体のブランディングによる情報の非対称性緩和(社会的認知向上)を通じて、認証を得た「地域社会益法人」の資金調達円滑化等に貢献していく視点から論じられるべきであろう。コミュニティ内の人的・組織的資源や自然資本、社会関係資本を活用し住民の暮らし易さ(well-being)を引き上げるうえで、非営利株式会社を含む社会的事業体それぞれが水平的なパートナーシップ関係を構築する必要があり、その際、「地域社会益法人」は、地域の課題解決に向けたコレクティブ・インパクトを促す核となることが期待される。
構 成:
Ⅰ はじめに
Ⅱ 地方創生問題を考える視座
Ⅲ 「地域社会益法人」認証の制度インフラ整備
Ⅳ おわりに
Abstract
The purpose of this paper is to consider the possibility of utilization of “community benefit corporation” accreditation as an institutional infrastructure to promote mutually complementary collaboration between social-purpose organizations based on a horizontal axis of regional revitalization originating from citizens, and also to ensure the social nature of hybrid non-profit corporations. Based on municipal ordinances, accreditation should be discussed grounded not in the logic of the system-provider side, linked to preferential tax treatment etc., but from the viewpoint of contributing to facilitation of the procurement of funds by “community benefit corporations” through the alleviation of information asymmetry (social cognition enhancement) by branding of social-purpose organizations. In order to raise the comfort (well-being) of residents by utilizing human and organizational resources, natural capital and social capital in the community, each social-purpose organization, including non-profit corporations, needs to build horizontal partnerships, and it is expected that the “community benefit corporation” will be the core of promoting a collective impact towards the resolution of regional issues.
※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。
Ⅰ はじめに
地方の深刻な人口減少問題を提起した「増田レポート」(日本創成会議[2014])では全自治体の半数に消滅可能性があるとしつつ、地方中核拠点都市化による財政負担軽減、あるいは労働生産性の向上による地域経済底上げ策に論及したほか、政府の「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」(2014年)でも地方創生に向けて成長力重視の展望が描かれている。もとより経済成長が地域の問題を緩和する有用な処方箋の一つであることを否定するつもりはないが、生活要件との関連や土着性の強い地域(に住む人々)の問題を考えるうえでは、GDP的発想に基づく労働生産性向上だけでカバーし切れない非市場的課題を多く有しており、そうした領域を包摂していく総合的な視座が不可欠と考えられる。
地方の問題を総合的に捉えるには、労働生産性のみならずトータルの暮らし易さとして、コミュニティ内における生活の質ないし幸福感(well-being)を如何に高めていけるかといった社会生産性1)の視点が欠かせない。地域内資源の有効活用による社会生産性の向上には、行政のみならず多くの地域主体が協働によるコレクティブ・インパクト(Kania and Kramer[2011])を地域に生み出す活動を進める必要がある。そうした活動の基礎となるのがコミュニティに内在する絆としての社会関係資本(Social Capital)であり、それを資源として活動する社会的事業体であろう。なお、ここで「社会的事業体」とは、慈善団体から、収益性事業を営む社会的企業2)まで射程に入れた概念として用いている(表1参照)。
表1 社会的ミッションを有する事業のタイプ
出所:EVPA [2015] p.58、Nicholls and Emerson [2015] p.5を基礎として著者作成。
本稿の目的は、社会的事業体の相互補完的な連携を促すとともに、ハイブリッド型の非営利株式会社の社会性をも担保する仕組みを考えることにある。以下では、まず、暮らし易さ(well-being)の改善に向けたコレクティブ・インパクトを促す社会的事業体の役割について、欧州の事例を日本的文脈の下で参照する。次に、そこで得られた示唆をベースに、「地域社会益法人」認証の活用可能性について考察を進める。ここでの「認証」は、税制優遇等と結び付いた要件確認制度(公益認定法における認定、特定非営利活動促進法における認証)とは異なり、広く社会的事業体の活動を利用者目線で水平的に認知・評価する制度インフラであって、むしろ情報の非対称性を緩和する意味でのブランドイメージ創出が主眼である。地方自治体の「認証」付与を通じて、既存の社会的事業体の枠内に法的形態や組織目的の多様性を超えて共通のラベルで括られた協働空間を作り出すとともに、出資の受け入れが可能な非営利株式会社の社会性をも担保することが可能と考えられる。
Ⅱ 地方創生問題を考える視座
Dasgupta[2001]は、市場財から得られる効用のみならず、健康や教育、個人が享受する権利、幸福感などを含む幅広い概念として福祉(well-being)を捉えたうえで、人間の福祉水準の持続的発展に向け、社会に存在する様々な資本の世代間維持を持続可能な発展の要件とする「資本アプローチ」という枠組みを提示した。資本アプローチは経済学の資本理論を自然資本や社会関係資本等にまで拡張したものであり、世代を通じた福祉の維持、すなわち持続可能性の評価に向けた「新たな国富」の考え方として、「富の会計(wealth accounting)」というマクロ社会会計の理論的支柱となっている。well-beingとしての「住み易さ」の見える化(富の会計)は、所得だけでない非金銭的な(GDPにはカウントされない)もう一つの価値を共有する取り組みであり、広い意味での社会生産性を高めていくうえでも有益な視座を提供する。
地域の活性化というのは古くて新しい問題であり、1985年には当時の自治省が「地域活性化センター」を設立し地域振興を推進した後も、2003年には金融庁が「リレーションシップ・バンキング」を打ち出したほか、2005年に創設された独立行政法人中小企業基盤整備機構も地域イノベーションを目的にしていた。翻って、地方創生論を掛け声倒れにしないために今求められているのは、上からではなく下からの地域活性化策であろう。中央政府による旗振りもさることながら、基礎自治体レベルでのボトムアップの取り組みが求められており、その際には、地域内のコレクティブ・インパクトを促す社会的事業体や、そのバックグラウンドとなる社会関係資本が重要な役割を果たすと考えられる。
欧州では前世紀後半以降、フランス等大陸諸国を中心に社会的経済を理念とする運動が拡大していく中にあって、民間非営利セクター(サードセクター)の独自の機能が認められ、国家、営利組織とのベストミックスのあり方も模索されてきた。そこでは、サードセクターの存在感を高めながら、地域社会の活性化に向けて、自治体を含め何らかの形で地域住民に貢献している全ての組織間の協働が強化されてきた(富沢[2008]45-59頁)。同様にイギリスでも、労働党政権下のローカル・パートナーシップにおける地域協働政策にも後押しされ、市民参加を主体にした新しい経済の担い手の育成政策が進行し、地域コミュニティにおける多元主義的なネットワーク形成が促進されてきた(塚本[2007]1頁)。
欧州のサードセクターは市民社会の多元的価値を体現する存在であり、非市場的な要素であるコミュニティが擁する価値を相互扶助や協働によって実現していくうえでの核となった。サードセクターは、その国の文化的・政治的・経済的背景や歴史的に形成された地域の自立性・独自性に応じて多様であり得るが、欧州での発展を促した社会的背景は、日本が直面している地域課題とも重なり合う部分が少なくない。ただ、わが国のサードセクターは統一的な非営利制度基盤を有しないため、広く知られているように法人類型の多様化という非営利法人のガラパゴス化を招来している(出口[2015]159頁)。地域の課題解決に向けて各組織の機能連携をより強めていく観点からは、市民目線での所管官庁の壁を越えた非営利法人制度(法)の再編・統合論も理念的・演繹的には想起され得るが、各制度の歴史的な経路依存性を斟酌すれば目下の現実的な選択肢とはなり難い。むしろ法的再編が難しくとも各組織の特性を生かしながら、地方創生の軸で横断的に機能的な連携を図る視点が重要になる。
そこで求められるのは、非営利部門における各専門組織分化の意義を認めつつも、各非営利組織の論理・文化・価値基準を前提にした地域課題へのアプローチではなく、住民の目線で課題オリエンテッドに各組織を適応させていく協働姿勢である。各非営利主体は住民サービス提供主体という意味では共通のプラットフォームを有しており、住民には法的組織形態の違い云々は関係なくて、どのようなサービス(社会価値)を提供可能かが重要なのであるから、各非営利主体の特性を有機的に連環させ、コレクティブ・インパクトの創出が求められる。そうした中で、もう一つのガラパゴス問題である協同組合(農協、生協等)の内外連携・体系化も進める必要があろう。
Ⅲ 「地域社会益法人」認証の制度インフラ整備
1 社会的事業体の連携促進
近年、市民主役条例による行政サービス改革(鯖江市)や、行政がNPO活動への参加と協力を促す条例(神戸市)、あるいは投資型クラウドファンディングを活用した地方創生事業(北洋銀行と西胆振の6自治体)など、地元の人の気づきを重視した各自治体独自の取り組みも増えてきている。また、横浜市市民協働条例(2012年改正)や岡山市協働のまちづくり条例(2016年改正)など、社会的事業体と行政が協働で行う事業の進め方等について、新たな制度規範を定める動きも広がりつつある。そこでは、法人格を問わず広く地域課題の解決に向けた公益的取り組みを行う個人・団体を対象に、人的支援や情報・施設提供等の支援にとどまらず、行政との協働事業には助成金の交付(横浜市)や施設使用料の減免(岡山市)といった財政支援措置も行われている。ただ、こうした財源措置を伴う支援は単年度主義という時限性があるうえ、行政以外の多様な主体間の協働の促進には必ずしも直結しない。
こうした中にあって、コミュニティビジネス等の事業活動を通じて「地域社会益」を追求する社会的事業体を対象に、自治体レベルでの「地域社会益法人」認証を付与する制度インフラが構築できれば、税制優遇等の特典とリンクしなくても、認証を受けた「地域社会益法人」が社会的認知度を高めて、コミュニティビジネスの趣旨に賛同する投資家や住民からの資金調達等を促す契機として役立てられ得る。ここでコミュニティビジネスとは、社会的課題の解決を目指すソーシャルビジネスのうち、活動領域や解決すべき社会的課題について一定の地理的範囲が存在し、地域の資源を活用して地域再生を目指す事業であり、その担い手には、NPO法人、社団・財団、社会福祉法人のほか、各種協同組合も想定され得る。
伝統的に欧州では、社会的経済の担い手は、協同組合、共済組合等が中心となってきたが、共益にせよ公益にせよ私益ではないのであるから、当該共益の構成員を拡大し広くその地域社会の利益の増進にも資する目的と構成できるのであれば、「地域社会(共通)益」として両者をことさらに区分する必要はないとも言える。実際、買い物弱者に商品を配達する活動主体にはNPO法人のみならず生協もあるほか、大規模自然災害に対する救援活動や再建支援活動はNPO法人だけでなく各種協同組合によっても継続的に取り組まれており、現場のニーズから考えれば法的形態の差異は相対化する。「地域社会益」という観点に立てば、共益の追求という協同組合の枠内であっても、コミュニティの普遍的利益にも貢献可能であり、そうした観点からの議論の深化と実践が求められよう。
多様な社会的事業体から構成され得る「地域社会益法人」は、地域内協働の核としても位置付けられる。地域サービスを提供する各主体の置かれた状況に応じて直面する課題や対応策も多種多様であり、これらを一律に検討することは適切でないことに鑑みれば、住民に一番近い基礎自治体が条例によって認証していくことを基本とし3)、住民移送事業など近隣の基礎自治体にも広域に関係するのであれば、周辺自治体の広域連携ないし広域自治体関与の仕組みも考えられよう。その際、経営形態のみによって「地域社会益法人」を定義することは困難であり、認証と法人格とは連動しない形で、地域課題の横軸で法人横断的な認証付与基準とする必要がある。例えば、後述する英国CIC(Community Interest Company)のコミュニティ利益テストは、合理的な人(reasonable person)が、その活動についてコミュニティの利益のために遂行されるかという緩やかな包括的観点から判断される。わが国においても「地域社会益」の大枠としての要件(設立目的、活動内容、その活動の受益者等)を共有しながらも、具体的な運用は個別自治体の実情を反映し得る仕組みとする方向性が適当であろう。
こうした新しい認証が、税額控除等の効果ともリンクする場合には、当然に既存の関連法制との整合性を確保する必要があり、その際の認定基準についても、他の制度との一貫性のある制度設計が求められるが、本稿で論じている「認証」は、「情報の非対称性」の緩和機能がメインであり、市民へのブランドイメージ創出効果を通じて社会的認知度を向上させていく取り組みとして位置付けられる。例えばNPO法人は特定非営利活動として、まちづくりや中山間地振興などのほか「条例で定める活動」を含めれば地域事業主体としても汎用性はあるが、パブリック・サポート・テストをクリアする先は全体の数パーセント未満の状態が続く中、税制特典の付与とは別の観点から、事業活動の地域社会への貢献をブランディングするようなシグナルを別途設定する意義があると考えられる。
「地域社会益法人」認証は、各社会的事業体の様々な根拠法の下での法人格をそのままに、地域社会益等の要件に基づいて認証を行う制度であり、自らの利益や資産を活用して地域社会の問題解決(地域社会益)のための事業に取り組む主体のブランドとして機能する。当該制度を自治体の条例によって推進するとしても、各自治体の初動を後押しする意味では、国がガイドライン等により基本的フレームワークを示すことも有用と考えられる。そのフレームワークは、地域社会の利益に向けた事業収益の再投資を確実にさせる認証要件として、後述する非営利株式会社をも包摂し得る観点から、①地域社会益目的の認定とその追求に関する固定化(ミッションロック)、②ガバナンス面での利益・資産分配制約(アセットロック)の設定が基盤になろう。他方で、法人格の付与ではないため認証付与後のモニタリングによる制度の安定性維持が課題となり、③活動成果としての地域社会益報告書(仮称、原則年1回)等を踏まえた要件検証も必要となる。
具体的な認証基準を考えるうえでは、イギリスの「社会的企業マーク(Social Enterprise Mark)」認証基準が参考になる。Social Enterprise Markとは、The Social Enterprise Mark Companyによって運営されている認証制度で、同社自身もCICに基づく民間の社会的企業である。このマークは、法人格にかかわらず一定の要件をクリアすれば任意に取得可能である。その認証基準には、①社会・環境に関わる目的、②独自の定款及びガバナンス、③50%以上の事業収入、④50%以上の利益を社会・環境目的に再投資、⑤清算時には残余財産を社会・環境目的に提供などの要件が定められている。マークの取得によって直接的な優遇策はなく、むしろ社会的企業のブランドを構築し社会的な認知を高めることが目的となっている(中島[2015]212頁)。
NPO法人や一般社団法人等は、一般にビジネスを行う主体ではなくボランティア団体としての認識にとどまることも少なくなく、資金提供者、消費者、受益者、従業員等から地域を支えるサービスを提供する事業主体であるとの信頼を得て、資金調達や人材募集等に役立てるうえでも「認証」による公示効果は有用であろう。さらに「認証」がガバナンス面も含めて一つの差別化をもたらす地域内ブランドとしての機能を果たすことになれば、各種取引費用を引き下げる効果(高橋[2016a]286頁)だけでなく、法人格の違いを超えた同じ「地域社会益法人」として組織間の相互理解・連携を促進するプラットフォーム創出効果への期待も大きい。すなわち、既存の社会的事業体の枠内に法的形態や組織目的の多様性を越えて、地域内の共通ラベルで括られた協働空間を作り出すとともに、同一認証ラベルの下での統一性とその経済的な重要性を地域社会に可視化することにも貢献可能と考えられるのである4)。
2 非営利株式会社の社会性担保
⑴ 欧米におけるハイブリッド型法人の認証制度
欧州では1990年代以降、イタリア、フランス、イギリス等において、コミュニティ利益という概念によるコミュニティビジネスの新しい担い手の育成政策が進行し、営利を目的としない収益性事業を営むハイブリッド型法人(図1参照)の育成に向けた方針や枠組みを設ける動きが進展した(European Commission [2015] p.50)。その活動形態に関する取決めとして、イタリアの社会的協同組合(1991年)や、先述したイギリスのコミュニティ利益会社(CIC、2005年)の例が有名であるが、それ以外にも、ポルトガル(1997年)、スペイン(1999年)、フランス(2001年)などでも同様の取り組みがみられた(European Commission [2015] pp.52-54)。
図1 ハイブリッド型法人の3要素
出所:European Commission [2015] p.10を基礎とする。
ハイブリッド型法人であるCICが導入される以前のイギリスにおいて、従来の伝統的チャリティには株式・社債などの発行が認められず、資金調達面で限界があった。CICは、営利法人をコミュニティ創生活動の担い手として育成する趣旨で設けられた制度であり、チャリティと同様に法人格ではなく、独立行政機関が一定の要件の下に認めた一種の資格(ステータスないしブランド)である。CICには税制優遇、優先入札等はなく、情報公開による社会的信用力の向上が唯一のメリットであり(G8社会的インパクト投資タスクフォース[2015]37頁)、これにより一般の人達や資金提供者が信頼を置くことのできる強力なアイデンティティを獲得可能となった。
CICは、利益を地域の社会的課題の解決に向けて投下することを目的とし、資産と利益は地域の利益に還元されることが求められており、コミュニティ・インタレスト・テストによるコミュニティ利益増進目的の固定や、収益の再投資のための配当・資産処分制限(利益の35%が配当上限、払込価格が残余財産分配の上限)を伴う。他方で、起業家として取締役になりながら報酬をうけて事業を運営することができ、社会的活動を行うという社会的認知の下に収益活動を行い、株式の発行も可能であるほか、一定の配当が認められるのでチャリティよりも幅広い投資家から支援を受けることができる。また、チャリティは広範な税務メリットを付与されていることに伴い厳格な規制が適用されるのに対し、CICは規制を受けないことも事業者のインセンティブとなっている。
CICの設立には地域別の偏りもみられ、チャリティの市場化を推進するイングランド主導の新制度がスコットランド等の風土には馴染まず敬遠されている可能性(白石[2015]154-155頁)も指摘されるなど、市場化の側面に否定的な見方がある一方で、CIC監督局年報によれば現在までに1万を超える団体が認証を受けて存続しており、制度を創設してから増加傾向を維持しているほか、CIC監督局のホームページ5)にはCICの成功事例も多数紹介されるなど、一定の社会的意義は果たしているように窺われる。ただ、ハイブリッドの制度であるが故に、株式投資の魅力を減殺しているとの批判が2014年10月からの配当上限規制緩和につながっており、社会目的の下で相対的に低い水準の経済的リターンを甘受する投資家を如何に増やしていけるが今後の課題となっている(高橋[2016b]53-54頁)。
この間、米国では、社会的目的を掲げる営利型企業に対して、民間団体であるB-Labによる社会性の認証の仕組みが、ハイブリッド型企業法制の導入に先立って行われた。すなわち、2006年以降、B-Labによって環境や社会性等に配慮した事業活動を行う主体に対する認証の仕組みが創設された後、この認証制度の考え方と整合的な形で、2010年以降、ベネフィット・コーポレーションという法人制度が米国内の各州で制定された。法律制定により、取締役が株主の利益実現以外の目的を考慮しても責任追及を受けないという点は、社会的な利益の実現を志す取締役にとって強い保護となったが、CICと同様に税務上の優遇措置はなく(寄附者についても同様)、そこではブランドイメージ向上による資金調達面でのメリットが指摘されている(経済産業省[2016b]5頁)。
⑵ わが国における非営利株式会社の活用可能性
欧米での動きを眺め、わが国でも、営利・非営利の枠を超え新たな発想で社会課題の解決にチャレンジする「ローカル・マネジメント法人(仮称)」を求める声が高まり、2016年4月に「地域を支えるサービス事業主体のあり方に関する研究会」が公表した検討結果(経済産業省[2016a])では、事業主体の社会性をどのように制度的に確保すべきか(どのような基準で社会性を担保するか、その判断主体は誰か、行政は関与すべきか)といった論点や、事業主体を機能させ、その利用を促進する社会全体の仕組みのあり方の観点も含め、「スピード感を持ってさらに検討を深化させていくことが必要である」とされ、現在に至っている。
わが国では、収支相償を原則とする公益法人制度では一定のストックを形成しつつ活動のインパクトを高めることは難しく、NPO法人も出資を受けられないため会費や寄附などに資金調達の手段が限られ、地方の広範な事業(生活密着型のサービス分野として、小売、鉄道、バス、保育園、宿泊、ガソリンスタンド、介護等)を行うには財務的基盤が脆弱である。このため、事業の持続可能性を高めるためビジネスの手法をより採り入れた組織運営可能な法人形態の創設も議論されてきたわけであるが、この点については、株式会社において定款自治の下で分配等制約を任意に選択し、設立時に作成する定款の「第5章 計算」項目に、剰余金を株主に配当せず地域社会益を拡大再生産する目的で支出することを明示すれば、エクイティ投資が可能な非営利目的のハイブリッド型株式会社6)の設立も可能であろう(内田[2009]68、71頁)。
非営利株式会社における利益処分や残余財産分配請求権のあり方については、基本的には法人の選択(定款)となる。あくまで会社法の株式会社制度の下では、普通株式において利益配当及び残余財産分配を全面的に禁止すること(非営利法人と同様の扱い)は、会社法第105条第2項との関係で難しく、むしろ出資者へのリターンを一定程度確保しておくことは投資インセンティブ設計のうえでも必要な措置であろう。また、残余財産分配請求権についても、出資額の払い戻しを下限として、残りを自治体や公共団体に寄附するなどの定款に応じた選択を認める余地はあろう。他方で、全株主の理解や協力を得る必要性に加え、離反した株主が会社法第105条に基づいて剰余金配当を要求し訴訟で争う可能性、外部者にとって個別法人の定款を逐一確認しなければならない煩雑性、さらには定款による担保を基にして法人への出資や寄附等を呼び込むことの脆弱性などを想定すると、現状のままでは非営利株式会社一般を制度的に担保するには弱い面もある(経済産業省[2016a]9-11頁)。
しかし、先述した自治体による「地域社会益法人」認証付与の制度インフラとリンクさせることによって、非営利株式会社の社会性(定款によるミッションロックやアセットロック)を担保し、使い勝手を向上させることが可能ではなかろうか。そこでは、株主変動等によって定款に不同意の株主が現れたり、さらに定款変更等が行われた場合には認証が取り消される仕組みにしておけば、社会性やその公示性等は担保可能である。当該企業にとって「地域のため」というのが一種の商品性として自社の競争力に繋がる一方で、認証取り消しによるブランドイメージの喪失は一種のサンクションとして地域内のレピュテーションにも影響するので、ハイブリッド型コミュニティビジネス継続の組織内求心力としても機能し得ると考えられる。また、認証を獲得するために組織内議論が深められ、「認証」申請に至る過程で社会的事業体としての組織内コンセンサスが高まる効果も大きいとみられる。
これまでの社会的課題解決(住民生活支援サービス事業)のビジネス主体に関する議論では、出資緩和や税制優遇(減税)等による事業展開支援といった制度提供者目線の議論に傾きがちであり、むしろ制度を活用する側の現場目線を取り入れる必要があるのではなかろうか。現場ニーズとしては、自らの社会的事業に対する社会的認知・信頼の獲得・向上が日々の業務運営においては切実な問題であり7)、こうした問題意識から「スピード感をもった検討」を行うのであれば、本問題を税制優遇等とリンクさせた「新たな法人格創設」として捉えるよりも、社会的信任の獲得を主眼に、相対的に制度的障壁の少ない「新たな認証付与」のあり方としてアプローチしていくのが現実的と考えられる。その際、認証付与のあり方として、地域毎に異なる課題に個別的に対応する意味では、先述したように法律によらず条例によることが実践的と考えられる。
社会目的を有しながら株式会社形態を選択するのは、事業経営の経験がある起業家には馴染み易い組織形態であろうし、事業規模の拡大を目指して柔軟で多様な資金調達の選択肢を確保できるからでもあろう。利他的な社会起業家が、社会的利益を追求する活動の質が外部から確認することが難しいことに由来する「契約の失敗」に対応する結果として、柔軟な事業展開が行い難い非営利法人形態を選択せざるを得なくなるとすれば、こうした情報の非対称性は認証付与により回避可能となる。同時に、通常の投資とは異なる投資対象であるとのブランドを確立できれば、取引費用の削減にもつながるほか、社会的動機を持つ起業家の数自体を拡大することにもつながる(高橋[2016a]296-297頁)。
ハイブリッド型法人の抱える本来的な課題として、貨幣価値で測られる経済的利得のみならず、社会価値の実現を自己の非経済的な福祉(well-being)と考える一般投資家を如何に集められるかが鍵となる。わが国においてハイブリッド型の非営利株式会社に対する投資需要は未知数ではあるものの、既にコミュニティビジネスへの資金提供として、クラウドファンディングを含む市民ファイナンス形態でのFSV(Financing Shared Value)とも称すべき動きが、個人レベルでは徐々に広がりつつあるように窺われる。寄附には二の足を踏むが出資なら市場平均と同等のリターンでなくとも、社会的利益(地域社会益)のために相対的に低いリターンでも甘受する地域住民等からの資金の受け皿として、非営利株式会社にも一定の存在価値があり、その社会性とその公示性を担保する制度インフラとして認証付与の意義が認められるのである。
Ⅳ おわりに
本稿では、市民を起点とした地方創生を横軸に社会的事業体の相互補完的な連携を促し、ハイブリッド型の非営利株式会社の社会性をも担保する制度インフラとして、「地域社会益法人」認証の活用可能性を考察した。そこでの認証付与は自治体の条例に基づき、税制優遇等とリンクした制度提供者側の論理からではなく、社会的事業体のブランディングによる情報の非対称性緩和(社会的認知向上)を通じて、認証を得た「地域社会益法人」の資金調達円滑化等に貢献していく視点からの立論であった。コミュニティ内の人的・組織的資源や自然資本、社会関係資本を活用し住民の暮らし易さ(well-being)を引き上げるうえで、非営利株式会社を含む社会的事業体それぞれが水平的なパートナーシップ関係を構築する必要があり、その際、「地域社会益法人」は、地域の課題解決に向けたコレクティブ・インパクトを促す核となることが期待される。
[注]
1)地域社会を構成する人々にとっての経済的利得にとどまらず、well-being(利害関係者が生活の変化を通じて経験する社会的価値)の改善度合いまで射程に入れた概念である。その定量化は困難を伴うが、近年では「社会的インパクト評価」を通じて社会的価値を見える化する動きが、英米を中心に広がりをみせている。
2)社会的企業という用語は論者によって多義的に用いられているが(藤井[2013]2頁)、本稿では法人格の差異は問わず、ビジネスの手法を活用した社会的価値と財務的価値の混合リターン追求を組織目的とし、非営利ないし少なくとも一定の分配制約の下で社会的インパクトを優先する事業体と位置付けている。したがって、分配制約を伴う非営利株式会社も含む一方で、純然たる営利企業のCSRないしCSV活動は社会的企業活動からは除かれる(図1)。
3)後述するように米国では民間団体であるB-Labによる社会性の認証の仕組みが法制導入に先立って行われたが、わが国において民間の非営利組織の事業活動を積極的に認知・評価するような土壌が必ずしも十分に醸成されていないとすれば、まずは行政が公正性への信認を背景に先鞭をつける意義は大きいと考えられる。そのうえで制度の定着状況を見極めつつ、官(自治体)による認証の判断が民間の多様で柔軟な活動を制限してしまうことのないよう、民間有識者による合議制機関など官に代わって判断する仕組みを取り入れていく方向性も望まれよう。
4)こうした理念を特定分野(医療)で推し進めた画期的な制度創設として、2017年度からスタートした「地域医療連携推進法人制度」が大いに注目される。そこでは、地域内の複数医療機関やその他の非営利法人が連携し、ホールディング・カンパニーである「地域医療連携推進法人」の下で一体的な運営を行うことにより地域医療・包括ケアの充実を推進するとともに、地方創生にもつなげ得る。本稿で論じている「地域社会益法人」認証は、こうした制度枠組みに比べればよりソフトな事実上の連携を模索したものであるが、自治体関与の下に複数の地域社会益法人間で統一的な連携推進方針を共有しつつ、情報の共通・一元化や役割分担を図るとともに、中長期的視点からの共同研修や人材キャリアパスの構築等にもつなげていくことが望まれる。
6)実際、「PLUS SOCIAL」(龍谷ソーラーパークの事業運営)、「非営利株式会社ビッグ・エス インターナショナル」(日独の交流)、「非営利型株式会社Polaris」(地域の中で多様な働き方を実現するための仕組みづくり)、「非営利株式会社PTA」(PTA・自治会・商店街・学生団体・地域活性化のサポート)、「非営利株式会社じょんから」(黒石で観光案内・お土産品販売等)、「プラットフォームサービス株式会社」(千代田区まちづくり)、「よりよく生きるプロジェクト」(障害者福祉)、「ユニコの森」(医療)などの設立例がみられる。
7)各種研究会・学会等でのNPO法人従事者等との意見交換のほか、地方自治体へのフィールド調査等を通じて、社会的信任の獲得に優先順位の高いニーズが窺えた。
[参考文献]
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(付記)
本稿はJSPS科研費(基盤C、課題番号16K03996)の助成を受けた研究成果の一部である。
論稿提出:平成29年 9 月12日
加筆修正:平成30年 3 月15日
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