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≪査読付論文≫セクター中立会計の課題と可能性 ―ニュージーランドの非営利組織会計の変遷に着目して―

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國學院大學教授 金子良太


キーワード:

プライベートセクター パブリックセクター IFRS IPSAS XRB


要 旨:

 本稿では、企業・政府・非営利組織が単一の会計基準を用いるセクター中立に着目する。NZでは2014年までセクター中立であったが、以降は企業と政府・非営利組織とで異なる会計基準を用いている。このことは、企業会計化が進む非営利組織会計の方向性の転換ではないかというのが、問題意識である。本稿では、セクター中立の意義と利害関係者の反応をIFRS導入前後で大別して考察した。特にIFRS導入後において、研究者だけでなく実務家からもセクター中立の批判が高まり、実態として機能していなかったことを示した。政府や非営利組織の会計基準設定へのかかわりや、これらに特有の事項への会計上の手当てが重要である。もっとも、新制度においてもセクターを超えた会計の整合性は維持され、大きな方向性の転換とは言えないというのが本稿の結論である。我が国でも会計基準設定方法や非営利組織特有の項目の検討の必要があるが、政府・非営利組織・企業の会計基準のより整合性な設定は引き続き推進されるべきである。


構 成:

Ⅰ はじめに

Ⅱ 問題意識とセクター中立の意義

Ⅲ NZにおけるセクター中立の展開

Ⅳ セクター中立に対する疑念と新たな会計基準

Ⅴ NZの政策転換の解釈と我が国への示唆


Abstract

 I discuss sector-neutral accounting where public and private sector share the common single set of accounting standards. In NZ, they give up maintaining sector neutrality. I compare the sector neutrality before and after NZ adopted IFRS.

 IFRS adoption seems to bring to an end sector neutrality. But the new accounting standards framework has not required significant change for the not-for-profit entities.

 We should focus on standard setting process and accounting for unique transaction. We should maintain the thought that private and public sector share the common procedure and terminology as much as possible. The findings may be useful to Japanese standard setters and researchers.


※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。

Ⅰ はじめに

 本稿の問題意識は、ニュージーランド(以下、「NZ」とする。)においてセクター中立(sector-neutral) が転換された理由と過程を検討し、これまでの議論をレビューし、我が国の非営利会計基準設定への示唆を示すことにある。非営利組織会計の企業会計化が進む中、非営利組織と企業とで同一の会計基準を用いていたNZが、非営利組織には企業と異なる会計基準を設定するに至ったことは、非営利組織会計のコンセプトの大きな転換となるのではないかというのが、本稿の問題意識である。

 本稿は、セクター中立の是非を判断するものではなく、その意義を明確にすることを目的とする。

 セクター中立とは、プライベートセクター(企業・非営利組織)、パブリックセクターを問わず単一の会計基準(single set of standards)を用いることである。「セクター中立」という用語に言及した先行研究は、我が国では川村[2010]、石坂[2017]があるものの数少ない。セクター中立を導入しながら方針を転換したのは、諸外国の中でもNZが最初であり、検討に値するものと考える。

 本稿は、次の通り構成される。第Ⅱ章では、セクター中立の意義を示し、それが採用された経緯を述べる。第Ⅲ章では、IFRS採用前と採用後のセクター中立の相違点を明らかにする。第Ⅳ章では、NZの会計基準設定機関であるXRB(External Reporting Board)等の文書をもとに、セクター中立の転換の過程と理由を明らかにする。第Ⅴ章では、それまでの考察を敷衍し、我が国への示唆を示す。

 誌面の都合上、本稿では特にセクター中立に対する疑義が生じそれを転換する点を中心に検討したい。


Ⅱ 問題意識とセクター中立の意義

1 問題意識

 かつて、政府や非営利組織の会計は複式簿記の採用を前提としておらず、収支計算を重要視していた。このため、複式簿記・発生主義会計を前提とする企業会計とは考え方においても、またその手法においても大きな相違があった。1980年代から、各国で政府・非営利組織会計に企業会計的な手法が取り入れられた。たとえば米国では、1993年に公表されたFASBの基準書第116号より非営利組織の財務諸表の発生主義、複式簿記に基づく作成や開示が基準化された。多くの国で、企業会計と政府・非営利組織会計の手法の統合が生じた。

 Anthony[1989]等において、企業会計と非営利組織会計の異質性よりも同質性がより主張されるようになってきた。同一の取引に対して同様の会計処理・開示を求める、取引中立(transaction-neutral)の考えを具現化したものが、セクター中立になる。

 我が国の非営利組織では、企業会計と整合的な会計基準の設定が利用者の理解可能性や組織間の比較可能性を向上させ、いたずらに異なる基準を設定することが望ましくないことについては概ね同意が得られていよう。しかし、企業と非営利組織とで完全に共通な会計基準を設定することは想定されていない。JICPA[2013] では、非営利組織間の共通的な会計枠組みを指向しているが、企業や政府と共通の会計基準は検討していない。また、政府・政府系組織と民間非営利組織の会計を共通化することは、検討されていない。

 これに対しNZでは、単一の会計基準があらゆる組織に適用されていた。しかし、NZではこの方針を転換し、企業と政府・非営利組織とで異なる基準を適用することになった。NZでは政府・非営利組織会計で大きな変化を20年ほどの間に経験している。本稿ではまず、セクター中立のメリットとデメリットについて議論を敷衍したい。


2 セクター中立のメリットとデメリット

 ここでは、セクター中立のメリットとデメリットとして考えられることを示す。セクター中立の利点として、Newberry[2001]等により、財務諸表利用者の理解可能性の向上が挙げられている。財務諸表利用者にとっては、単一の会計基準により財務情報の理解が促進される。また、異なるセクター間の比較可能性の向上も挙げられる。例えば、民間非営利病院と公立病院、公立大学と私立大学といった場合には、同一の会計基準であれば比較可能性が向上しよう。

 基準設定のコストも重要である。基準設定には多くの専門的知見や労力が必要であり、単一の基準によりコストを低減させ、基準の品質を向上させることが可能となると考えられる。また、異なる会計処理や開示が規定されるという基準間での不整合がなくなる。

 財務諸表作成者の立場から見ても、会計基準の理解可能性が高まること、会計ソフト等が共通となることによりコスト低減が期待できる。会計専門家の知見が、セクターを越えて移動可能となる。また、会計基準の施行時期にずれが生じることもないので、新基準へ対応するためのソフトの導入や各種の研修にかかるコストも軽減される。また、公的組織が民間企業の株式を保有し連結財務諸表を作成する場合は、同様の会計基準を用いることで、財務諸表の作成コスト低減が期待される。例えば我が国の省庁別財務書類では独立行政法人や民間企業を連結するが、それぞれ異なる会計基準を用いている。このため、連結に当たって会計処理を一部修正する必要が生じる(財務省「省庁別財務書類の作成基準」第9章3.⑶)。

 企業の運営手法を政府に導入するNPM (New Public Management) の考えが1990年代から盛んになると、政府部門に企業会計的な手法を導入することは自然なこととなった。Barton[2005] によれば、NZやオーストラリアにおける発生主義会計の導入は、政府部門の運営の改革にともなって開始された。そして、両国が先駆けてセクター中立を取り入れた。

 次に、デメリットについて述べる。単一の会計基準を設定しようとしても、企業・政府・非営利組織の利害が一致しないと調整にコストと時間がかかる。例えばNZのセクター中立の有形固定資産に関する会計基準では、3回公開草案が出されるにいたった。これは、非現金生成資産を規定するにあたって多くの意見が出たことも一因である。もっとも、Bradbury and Baskerville[2007]は、このような慎重な審議が会計基準の有用性や信頼性を高める要因となったと結論付けている。

 また、利害の調整の結果できた会計基準は、結果として各セクターの特徴を十分に反映できない可能性がある。利益獲得を目的としない組織では、財務諸表の構成要素の定義も企業とは異なる可能性がある。また、資産といっても企業ではその経済的便益に着目するのに対して、政府・非営利組織では経済的便益に限定されずサービス提供能力も含む。共通の資産の定義を用いることは、財務諸表の信頼性や理解可能性に悪影響を及ぼす可能性がある。

 以上、メリットとデメリットを見てきた。セクター中立は概念的には基準設定コストや財務諸表の作成コストを下げ利用者の財務諸表の理解を促進しうるものの、それぞれのセクターのニーズが異なること等から多くの問題が生じる可能性もある。次に、NZのセクター中立からそれを断念するに至るまで、どのような課題が生じたのかを詳しく見ていきたい。


Ⅲ NZにおけるセクター中立の展開

1 NZの政府・非営利組織会計の変遷と現在の会計制度の概要

 NZの会計基準制定に関する先行研究としては、石坂[2017]が挙げられるが、ここではセクター中立直前から現在に至るまでの流れを簡略化して示す。政府・非営利組織の財務報告はセクター中立を導入以来の20年で大きく変化しており、その概略を図示すると次のとおりである。


図表1 セクター中立成立以来のNZの会計の変遷


 その経過については、以下に順を追って述べるが、2018年現在のNZの会計の大枠を示せば以下のとおりである。なお、詳細には組織の規模は4段階に区分されるが、本稿はセクター中立の検討を行うものであることから、簡略化して示す。


図表2 現在のNZの会計制度の概要

(出典) XRB[2015]をもとに筆者作成


 以下では、セクター中立以前から現在に至るまでのNZの会計の変遷を、時系列でより詳細に検討する。


2 セクター中立以前のNZの政府・非営利組織の会計

 1980年頃までは、政府では、他国同様資金収支に焦点を当てた会計を採用しており、多くの民間非営利組織も同様であった。政府や民間非営利組織に、企業会計の基準は適用されておらず、会計実務は多様であった。1980年代に入って、NZの会計基準設定機関の中にパブリックセクターの会計に関する小委員会が設けられ、検討がはじめられた。1984年に、パブリックセクター会計基準PSAS (Public Sector Accounting Standard)第1号「サービス企業の一般会計原則」が公表され、広く意見募集が行われた。その後も会計基準開発が続けられ、1980年代終わりには多くの基準を有するに至った。会計基準は企業会計基準を参考に作成されたが、それとは別個に設定されていた。

 NZの財政危機や政権交代等をきっかけに1989年に成立したPublic Finance Act (公的財政法)は、政府と政府系機関で発生主義会計を導入することを求めた。発生主義会計は、単に外部報告目的の会計制度の変化にとどまらず、政府の運営・管理方法の変更も含めたより広範な財政管理システムの一部分として位置づけられた。


3 NZ国内基準によるセクター中立

 NZにセクター中立会計が採用されたのは、1993年に入ってからである。当時の会計基準設定機関であるFRSB(Financial Reporting Standards Board;財務報告基準審議会)は、NZのすべての主体に適用される単一の会計基準を設定した。同一の取引には同一の会計処理を行い、会計基準を共有することは問題ないと考えられた。企業会計の制度変更も含めた新たな法律である1993年のThe Financial Reporting Act(財務報告法)により、現在のXRBの前身であるASRB (Accounting Standards Review Board;会計基準委員会) が設立された。ASRBは、FRSBが設定した会計基準を精査し、適用を承認する役割を果たした。会計基準の設定と適用を承認する機関は分離されており、双方の協力が不可欠であった。会計基準は、FRS(Financial Reporting Standards ;財務会計基準)と称された。これが、セクター中立の会計基準として知られるようになった。当時、会計基準はNZ国内でのみで適用され、IPSAS(国際公会計基準)のようなパブリックセクターに適用される国際的な会計基準もなかった。そして、会計基準設定には、企業・政府・民間非営利組織が参加した。NZの会計基準は、これらの異なるセクターの様々な利用者ニーズを考慮し、用いられる用語も、様々な特性を考慮して決定されていた。

 Brady[2009]に述べられているように、当時は企業会計を政府や非営利組織に適用するのではなく、すべてに適用できる会計基準を開発することに主眼が置かれていた(2.16)。たとえば、「経済的便益」に関連して、この用語は正のキャッシュインフローをもたらす資産に用いられ、営利を目的としない組織には適切でないため「サービスポテンシャル(用益潜在性)」という用語が用いられた(2.6)。「サービスポテンシャル」は、組織目的に従って財やサービスを提供する能力を含み、「経済的便益」のみに限定されない。

 もっとも、Bradbury and Baskerville[2007] によれば、会計基準の公開草案は民間主導で政府や非営利組織からの意見は限定的であった。また、Ellwood and Newberry[2007]は、同じ用語に政府、非営利組織と企業とでは異なる解釈がなされていたと指摘している。


4 IFRS適用後のセクター中立をめぐる動き

 1997年には、NZの会計基準はAASB(Australian Accounting Standards Board;オーストラリア会計基準審議会) または当時のIASC(International Accounting Standards Board;国際会計基準委員会)により公表された基準を基礎とすることとなった。NZとオーストラリアとの関係は重要で、会計に限らず1990年代から両国の規制の差異をなくす取り組みがなされた。例えば、会計専門家である勅許会計士制度も両国で共通となっている。2000年代に入ると、より国際的な基準の導入が求められた。

 2002年には、オーストラリアで2005年からの国際会計基準(IFRS)の適用が勧告された。NZでも、上場企業に2007年からIFRSの適用が義務付けられた。その結果従来のNZ国内基準は効力を有しなくなり、政府や非営利組織も2007年よりNZ版IFRSを適用することとなった。NZ版IFRSはNZの法律等に基づき修正がなされているが、IFRSとほぼ同様の基準となっている。

 以上より、NZにおけるセクター中立会計は二段階に大別される。第一段階では、NZ国内の企業と政府・非営利組織のニーズを踏まえてNZ国内の会計基準設定主体により作成された会計基準を適用した。第二段階では、IASB(後のIASC) により作成されたIFRSに基づく会計基準をNZのすべての部門に適用した。セクター中立であっても、適用される会計基準が大きく異なることに留意する必要があろう。


Ⅳ セクター中立に対する疑念と新たな会計基準

1 セクター中立に対する利害関係者の疑念の広がりとその後の動き

 IFRSは資本市場で資金調達を行う営利企業が前提とされ、政府や非営利組織への適用を意図していない。しかし、ASRBはNZ版IFRSを、セクターを問わずすべての組織に適用することを決定した。セクター中立の状況に対して疑念が大きくなったのは、NZ版IFRS採用後である。XRB[2012]によれば、特に資本市場にアクセスしない組織から大きな懸念が寄せられた(par.69)。国内基準と異なり、IFRSではNZの政府や非営利組織の利用者ニーズや特有の財務報告の目的は考慮されない。また、IFRSは認識や測定のより詳細な規定を有し、財務諸表作成にコストのかかる方法を採用している。そこで、NZの政府や非営利組織にIFRSを適用することにより生じるコストや、そもそもIFRSを適用することが適切かをめぐって大きな議論が生じた。

 さらには、XRB[2012]によれば、IFRSに大幅な修正加筆を行った場合、それはIFRSとして認められない懸念もあり、FRSBはIFRSに大幅な修正を行うことに及び腰になっていた。FRSBには政府や非営利組織を代表する委員が3人しかおらず、多数は企業会計により関心の深いメンバーであった。

 このような状況を受け、2008年よりASRBはセクター中立の問題点について検討し、無視できないほどの問題が生じていると結論付けた。2009年10月にASRBは、営利を目的としない組織の一般目的財務報告の新たなフレームワークの提案を明らかにした。

 ASRB[2009]は、国際的にセクター中立が採用されておらず、NZ独自の会計基準を設定するコストがベネフィットに見合わないという仮定の下で、2つの選択肢を挙げている。第一は、これまで通りNZ版IFRSを単一の会計基準として使用し続ける。そのうえで、すべてのセクターの利用者のニーズに合致するよう、一部修正や補足を行う。第二は、特定のセクターに適合する、別々の会計基準を採用する。具体的には、民間企業にはIFRSを適用し、パブリックセクターではIPSASを適用し、IPSASを民間非営利組織の基礎とする。

 2010年にASRBは、セクター中立を維持するか否かについて寄せられた意見を検討した。その結果、単一の会計基準では利用者のニーズに対応できないと結論付けた。2011年11月には、ASRBがXRBに改組され、単一の会計基準を用いる方針を断念したうえで、具体的な基準につき検討することとなった。

 NZの会計検査院長官も、NZ版IFRS採用後の政府や非営利組織の会計に対し大きな懸念を示した。その後も懸念が解消されなかったため、会計検査院からASRBに派遣していた委員を引き揚げている。NZの経済開発省(MED)[2009]とASRB[2009]も、財務会計規定の修正に関する討議書を公表した。

 なお、実態に着目すれば、Bradbury and van Zijl[2007]は、NZ版IFRS適用後においてセクター中立は機能していなかったと指摘している。これは、政府や非営利組織の多くがこれに従わず、NZ版IFRSでは政府や非営利組織に特有の課題に関する言及や用語の修正がなされていたことが根拠となっている。具体的には、非資金生成資産・無償で取得した固定資産・政府補助金といった項目について言及や修正が加えられていた。

 民間非営利組織でNZ版IFRSを適用するには難しい点もあり、運用に当たってはNZICA(NZの勅許会計士協会)のワーキンググループが2007年に公表した「非営利組織の財務報告ガイド (Not-for-Profit Financial Reporting Guide)」が利用されていた。さらに、中小規模の非営利組織において会計基準は順守されていなかった。多くの非営利組織は監査を受けず、会計基準適用に際しての強制力は十分ではなかった。Bradbury and van Zijl[2007]は、中小規模組織ではセクター中立を導入する以前の会計基準がよく用いられていたと指摘する。

 IFRS導入前は、NZの多様な利害関係者を考慮して会計基準を設定することができた。しかし、IFRSは政府や非営利組織を対象としていない。それらに特有の事情を考慮せず、意見反映も難しい会計基準を適用し続けることは困難であったといえよう。


2 会計理論から見たセクター中立に対する懸念

 先行論文においては、セクター中立の会計基準に対する肯定意見は見当たらず、懸念が多く述べられている。そこで、その内容を示していきたい。

 Robb and Newberry[2007]は、政府における分権に着目して、次の2点からセクター中立を批判する。第一は、企業会計の導入は民主主義による統制という基本的な憲法理念を破壊する。政府では、国により違いはあるものの、司法・議会・行政がそれぞれ権力を有し独立している。企業会計は中央集権的な制度を前提とし、権力の分散がない。企業会計と同様の制度を導入することは、これらの違いを無視し、現行の民主主義制度に対する挑戦であるとする。第二は、連結会計は、権力の分散という制度上の要請をくつがえすものである。政府においては経済的便益のみを目的としない多様な関係が構築されている。このため、企業会計の支配概念をそのまま適用すると不都合が生じる。企業会計における連結会計は、親会社が子会社を連結することにより作成される。政府では各部門の自立性が法律で保障されているケースがあり、財政当局がすべての部門を連結するというのは、権力の分散という事実を無視することとなってしまう。

 Sinclair and Bolt[2013]は、非営利組織で頻繁に行われる固定資産の寄付やファンド会計等につき明確な指針がない点を特に問題視している。Barton[2005]では、資産の定義の違いに着目し、これらの差異は無視できないほど大きいとしている。特に政府や非営利組織では「商業資産」と「社会・環境資産」があり、前者は企業会計とほぼ同様であるが、後者は現在および将来世代の利益のために保持され売却されることがない資産としてその重要性を強調している。会計の基礎たる資産概念に違いがあるにもかかわらず両者を単一の会計基準で扱うことにより、政府・非営利部門の会計の有用性は失われてしまうとする。

 Brady[2009]では財務諸表の用語、パブリックセクターの統合においてパーチェス法を用いること、パブリックセクターの範囲について明確な指針がないことを問題点として指摘している。また、税、コンセッション、非交換取引(政府による補助金や各種保証など)といった特有の取引に対する言及がないことも懸念している。Bradbury and van Zijl[2007]では、IFRS適用前にあった多くの指針が、IFRS採用後消滅したことが指摘されている。


3 政府・非営利組織の会計基準に求められる条件

 このような懸念に対応して、政府・非営利組織会計が備えるべき条件とはどのようなものだろうか。XRB[2012]では、セクター中立の会計基準を採用するにあたって確保すべき条件として、以下を挙げている(2.17)。

⑴ 「経済的便益」だけでなく、「サービスポテンシャル」といったセクターを問わない用語を用いること。

⑵ 異なるセクターの様々な状況を反映する例を示すこと。

⑶ IFRSが言及しない政府や非営利組織に対する規定を追加すること。

⑷ 社会保障債務といった、パブリックセクター特有の基準を開発すること。

⑸ NZ特有の事項に関する会計基準を維持すること。

 Brady[2009]は、前述の懸念に対応して、政府・非営利組織会計の方向性として4つの選択肢を示している。

⑴ IFRSを基礎に、政府や非営利組織に適合するように修正する。
  企業会計の知識が援用できる一方で、状況に合わせて修正するコストは大きくなる。IFRSは大規模企業を前提としているので、これに中小規模の組織や政府・非営利組織に合わせた修正をした場合、修正は膨大になる。また、IFRSは常に変化していくので、これに対応する修正を続けていく必要があり、作業は膨大なものとなる。
⑵ IPSASを適用する。
  パブリックセクターを対象とする会計基準なので、政府に特有の事象に対応しやすいが、民間非営利組織へ適用する際には不適合な用語等がある。また、国際機関により設定される会計基準であり、NZ特有の事情を考慮していない。
⑶ IPSASNZの状況に合わせて加筆修正する。
  NZの状況に適合した、また、政府と民間非営利組織双方を考慮した高品質の会計基準を設定できる一方で、IPSASの修正に伴うコストが生じる。
⑷ NZ独自の政府・非営利組織の会計基準を設定する。

  NZの状況を最も考慮した会計基準が設定できる可能性があるが、基準設定コストが4つの選択肢で最も大きくなる。会計基準が国際的に信任を得られるかどうかは、未知数である。企業会計と大きくかい離する可能性もあり、専門的知識の転用が難しくなる。

 NZでは⑶を採用し、IPSASを基礎として政府・非営利組織会計が適用されることとなった。IPSASが適切であると判断した理由の1つは、財務諸表利用者の想定である。IPSAS第1号では、財務諸表利用者として、サービス利用者等にも言及し(par.3)、IFRSが想定する財務諸表利用者とは異なる企業会計よりも幅広い利用者を想定している。政府系組織は、サービスを提供するために資源を調達する。それゆえ、経営者や資源の提供者だけではなくサービス利用者にも焦点を当てている。IFRSが将来の経済的便益に着目するのに加えて、IPSASはサービスポテンシャルにも着目している(par.11)。

 IPSASは従来会計基準が整備されていない点もあったが、現在では概念フレームワークも承認され、大きく進展した。このことから、従来よりもIPSAS適用の条件が整ってきたといえよう。そして、政府・非営利組織双方がIFRSの適用を断念するという大きな政策転換が行われたのである。

 もっとも、パブリックセクターへの適用を前提としたIPSASを民間非営利組織に適用することには問題がある。そこで、民間非営利組織ではIPSASを一部修正して適用することとなった。もっとも、IPSASの適用には異論があり、Sinclair and Bolt[2013]は、XRBは反対意見を十分に議論しておらず、報告書の記述も不十分であると批判する。


Ⅴ NZの政策転換の解釈と我が国への示唆

 本稿では、NZの事例をもとに、セクター中立の意義を考察した。次にセクター中立をIFRS導入前後で大別して、利害関係者や研究者の反応を調査した。

 NZ国内基準適用時には、(反対意見はあったものの)セクター中立が維持され、その後IFRSを基礎としたセクター中立へと移行した。IFRSは民間企業への適用を前提とし、NZ特有の事情や政府・非営利組織会計の特徴は考慮されない。政府や非営利組織へのIFRS適用の疑念が広がる中で、会計基準の内容だけでなく基準設定プロセスの問題点も明らかになった。機能する会計基準を設定するには、非営利組織の基準設定への参加や会計基準への意見反映が不可欠になる。非営利組織のニーズを反映しないIFRSでは、政府・非営利組織としては別の会計基準を設定せざるを得ない。IFRSの全面適用が、NZの政府や非営利組織会計が企業会計とは異なる道を歩むようになった政策転換の主要因と理解できる。

 もっとも、このことが政府・非営利組織会計にもたらす影響は、限定的である可能性が高い。IFRSに代わって適用されるIPSASは、特定の事項を除いてIFRSと同一の会計処理や用語を用いる。NZでは今後も企業会計と一定の整合性を維持しながら、政府・非営利組織に特有の事項について手当てしていくこととなろう。

 非営利組織の会計について、企業会計を取り入れるのか、それとも非営利組織独自の会計基準を設定するのか、我が国ではたびたび議論になる。NZの経験から言えることは、それらは決して二者択一ではなく、企業会計と協調しながらも政府・非営利組織独自の項目については適切な対応を行っていくことの必要性である。そこでは、企業会計とは異なる項目がどのような点かについての、認識の共有が必要であろう。

 基準設定にかけるコストも無視できない課題である。我が国はNZと比較すれば人口も経済規模も大きいものの、公益法人、社会福祉法人、学校法人等の非営利組織が個別に基準設定を行うことは、会計基準の整合性の問題だけではなく基準設定コストも無視できないだろう。

 NZでは政府系組織と民間非営利組織の会計基準は、ともにIPSASを基本とすることで、一部で異なる点はあるものの整合性が確保されている。この意味で、パブリックセクターであるかプライベートセクターであるかは、会計にわずかな違いしかもたらさない。この点で、セクター中立政策は完全に転換されてとまでは言えず、セクターを問わない会計基準設定の枠組みは、一定程度維持されているのである。これに対して、我が国では国・地方公共団体と非営利組織とでは全く別個の会計基準が設定されている。もっとも、営利を目的としていないそれらの組織の会計には共通点も多い。非営利組織の統一的な会計にとどまらず、政府と非営利組織の会計基準の整合性も求められよう。

 本稿はセクター中立に焦点を当てたため、NZの組織規模別の会計基準、非営利組織にIPSASを適用する意義や問題点について十分言及できなかった。また、諸外国に目を転じれば、オーストラリア等はセクター中立を維持している。これらの諸外国との比較も重要となろう。そして、NZの新たな会計制度についてより詳細に検討するには、実際の財務諸表が開示されて数年を経る必要があろう。今後、別稿にて検討したい。

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(付記)

本稿は、平成29年度國學院大學特別推進研究助成金及び科学研究費補助金基盤研究C課題番号16K04013による研究成果の一部である。

論稿提出:平成29年11月30日

加筆修正:平成30年 3 月21日



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