top of page

≪査読付論文≫公益財団法人・公的機関の博物館の資産と「評価」

※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。

 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。


国立民族学博物館名誉教授 出口正之
西南学院大学教授 工藤栄一郎

キーワード:

文化遺産 CACROS法 フッサール現象学 負債可能性 公正価値 
真贋の誤謬可能性 ディアクセッション 比較可能性

要 旨:

 文化遺産は未来への承継のために保存すべきものというグローバルな了解と比較可能性に資する会計情報を公表すべきという会計に関するグローバルな了解が博物館の資産において交錯する。両者がどのような関係にあるかについて、CACROS法を含むフィールド調査によって、文化遺産としての博物館の収蔵品は「将来の収益を生むもの」としての存在ではなく、「将来の支出」につながる負債可能性のあるものや、売却を規制されている資産もあり、企業会計をそのまま適用できないことが明らかになった。本研究において保存性収蔵品と売却可能性収蔵品を識別しそれぞれに適合的な会計表記や無限大資産などの概念の創出を提案する。

構 成:

Ⅰ 本研究の目的
Ⅱ CACROS法
Ⅲ 財務報告の概念フレームワークと文化遺産の会計的認識
Ⅳ CACROS調査で明らかになった博物館収蔵品の会計的評価の課題
Ⅴ 結論

Abstract
 It is generally agreed that cultural heritage should be preserved for future generations and that accounting information should be disclosed to enable comparison. These two ideas intersect in the context of museum assets. Field research applying the CACROS method revealed that museum collections, as cultural heritage, do not exist as “assets generating future revenue,” but rather may represent potential liabilities leading to “future expenditures,” or that they may be assets whose sale is regulated. As such, corporate accounting standards cannot be applied directly. This study proposes the identification of preservation-oriented collections and saleable collections, and suggests the development of appropriate accounting treatments for each, as well as the creation of concepts such as “infinite assets.”

※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。

Ⅰ 本研究の目的

 「文化遺産」(ここでは博物館で収蔵される文化財という意味において使用する)は「人類共通の遺産」であり未来においても保存すべきものであるというグローバルな合意が形成されてきている(Meskell 2015)。こうした考えにおいて、歴史的建造物を含む様々な文化遺産が博物館で保管されている。これはこうした文化遺産がある時点で存在している人類にだけにではなく将来の世代にも共有されるべきものとしての「保存の価値」を有しているというグローバルな了解であるといえる。  
 他方で、文化遺産を博物館などの組織として保存・維持するには何らかの会計処理が必要となる。現代では、説明責任として、その会計情報の有用性と正当性が常に重視されることは言うまでもない。  
 会計のグローバル化が進むにつれ、組織は外部のステークホルダーに対して「一般目的の財務報告」を提供することが求められ、組織間でパフォーマンスの「効率性」と「有効性」を測るために「比較可能性」を求める論理とそれに基づく会計基準等の設定が広まっている(日本公認会計士協会 2019 IFR 4 NPO 2023、IPSASB 2014)。この考え方は、利益を追求する企業のための会計から誕生したものであり、あらゆる資産は、将来の収益を生むものとして考えられ、そのための「活用の価値」が内包され、その大きさを測定することが求められているといってよい。ここでの「活用の価値」とは当該資産について利益を創出するために効率的に活用すべきものか売却を前提に換金可能なものと捉えるかのいずれかの前提に基づく価値評価である。売却もしないし活用もしないで保存だけをするという前提は成り立っていないといえる。注意すべきは、営利企業のために開発された会計基準が、多様な組織目的を有する非営利組織においてもその影響を及ぼしていることである。公的な博物館のための会計基準であっても例外ではない。さらに、会計基準は、営利/非営利を問わず、国際的に標準化される傾向にある。  
 このように、文化遺産は博物館に保存・保管された瞬間から、会計のグローバル化の対象にもなる。  
 つまり、文化遺産を巡っては、「保存の価値」と「活用の価値」に関するグローバルな潮流が交錯していることになる。文化遺産を何らかの形で「評価」しなければいけないときに、それは会計評価だけを意味するものではない。二つの価値観からなされる「評価」が一致していればもちろん良いのであるが、両者の価値がどのような関係にあるのかを含め、本研究は、文化遺産が博物館の所有となったときの会計情報の時系列的変遷を、フッサール現象学を取り入れた〈標本・会計交差調査法(Collection/Accounting Crossing Survey: CACROS)〉というオリジナ ルのフィールド調査の手法で明らかにすることを目的とする。

Ⅱ CACROS法

 CACROS法は本研究のために生み出されたオリジナルの研究手法である。次の二つの特徴を有する。  
 フィールドワークを基本とする方法論である。第一の特徴は、フッサール現象学の影響を受けた方法論であるという点である。現在、最先端科学の分野では、フッサール現象学の手法を再解釈して経験科学に適用する「経験的現象学的方法(Empirical Phenomenological Method, EPM)」が提唱され、その理論的基盤を述べている(Mortari et al. 2023)。現象学的方法が占める重要性を強調し、あらゆる人間・社会科学分野で、経験の理解や信頼性の高い分析のため現象学が再活用され始めてきている、学問のブレークスルーを生み出すうえで有力な方法論と言える。フッサール現象学の「事象そのものへ」(Zu den Sachen selbst)という立ち位置は、先入観や理論的前提を「一旦括弧に入れ」(これを「エポケー」という)て、意識に直接現れる経験や現象そのものをありのままに記述しようとする態度である。あらゆる学問が過去からの積み上げによって成り立っており、思考方法がおのずとその延長線上のバイアスに制約されているから、この手法によってそれを一旦解き放つ ことで学問のブレークスルーが起きやすいと考えられている(Mortari et al. 2023)。すでに法学においては、日本でも、法の本質直観の分析に現象学の可能性が論じられている(宮田 2024)。  
 非営利会計については、企業会計の考え方を前提にしたその延長上で語られているが、 CACROS法とは、企業会計の考え方を一旦括弧に入れた「エポケー」を使った方法論である。  
 CACROS法の第二の特徴はフィールドワークの手法にある。フィールドワークは研究者が実際に現地へ赴き、観察、調査、インタビューなどを行い、生のデータや情報を収集する研究手法である。人類学をはじめ多くの学問で採用されている。例えば、人類学でのフィールドワークは、フィールドに入って「ラポール」と呼ばれる信頼関係を築き、実施されるために、原則として一人で行われる。他方で、自然科学のフィールドワークは、相手方は自然であり、多面的な調査を必要とすることが多く、複数名で実施されることが多い。   CACROS法は文系の フィールドワークでありながら、博物館学者と会計学者が複数人で博物館に同時に入り込む学際的なフィールドワークである。公益財団法人や公的機関の博物館は、会計上のことについては極めてセンシティブであり、実施に当たっては「ラポール」が必要である。  
 非営利組織の会計については、さまざまな議論が行われている(Crawford et al. 2018、McConville & Cordery 2018、Breen et al. 2018)。しかし、基本的なスタンスは企業会計を前提として思考 の外延的な拡大方法が採用されている。組織に は資金のフローと財産のストックがあり、その点は企業であっても非営利組織であっても同じであるから、組織の目的やミッションを問わずにその基礎を営利企業のための会計に置くことは問題ないという考え方である。他方で、営利企業の会計と非営利の会計、例えば公益法人の会計とは根本的に考え方が異なるので、異なるものであって当然であるという考え方から出発する立場もある(出口・藤井[2019]、番場[1978]、 番場・新井[1986])。  
 CACROS法とは、非営利組織1)である博物館の収蔵庫の現場をフィールドとし、博物館学者と会計学者がフィールドワークを行い、収蔵されている文化遺産の「保存の価値」と「活用の価値」を考えようとするものである2)

Ⅲ 財務報告の概念フレームワークと文化遺産の会計的認識

 次に、このような特徴を持つCACROS法を使用し、既存の会計上の概念フレームワークを概観した後、博物館の「資産」の捉え方を検討する。  
 会計上の資産とは、財務報告書である貸借対照表に「資産」として計上される項目のことを言う。どのようなものを「資産」として計上するかについては、「概念フレームワーク」に示された要件を満たすことが求められる。「概念フレームワーク」は会計の基礎となる考え方の前提や概念を体系化したもので、会計基準等の基盤を提供するものであり、これにもとづいて個別の会計基準は設定される。したがって、「概念フレームワーク」は会計基準の憲法のようなものにあたるという解釈がされることも多い。  
 「概念フレームワーク」に基づいた会計基準設定の手法は、1980年代のアメリカの財務会計基準委員会(Financial Accounting Standards Board)から始まったが、その後、世界的に一般化している。国際会計基準審議会(International Accounting Standards Board: IASB)は、その前身である国際会計基準委員会(International Accounting Standards Committee)のときの1989 年に最初の「財務報告に関する概念フレームワーク」を公表し、その後、現在の組織となってから2010年に、そして2018年に改訂版を公表している。日本においても、企業会計基準委員会(ASBJ)によって「財務会計の概念フレームワーク(討議資料)」が2006年に公表されている。  
 注意すべきは、会計基準設定の基礎として位置づけられる概念フレームワークが、営利企業以外の組織のための会計基準等の設定にも影響を与えていることである。たとえば、公的組織のための財務報告基準を策定する機関である国際公会計基準審議会(International Public Sector Accounting Standards Board: IPSASB)は、2014 年にその概念フレームワークを公表した。IPSASBの概念フレームワークから演繹される会計基準は、公立の博物館が収蔵する文化遺産などの会計的認識について議論を引き起こしている(Ferri, et al. 2021 Carnegie, et al. 2022, Carnegie and Kudo 2023)。  
 本稿での主題である文化遺産の会計評価の制度的基礎を確認するため、まずは、営利企業の財務報告のために作成されたIASBの概念フレームワークと、IPSASBによる公的組織の財務報告のための概念フレームワークそれぞれにおいて規定されている資産概念について見ていくこととする。  
 まず、営利企業のための会計基準の設定主体であるIASBの概念フレームワークにおいて、 資産は次のように定義されている。

過去の事象の結果として企業が支配している現在の経済的資源   
a present economic resource controlled by the entity as a result of past events

 ここにおける経済的資源とは経済的便益を生み出す潜在能力を有する権利を意味するとされている。  
 経済的便益を生み出す潜在能力を有する「権利」とは、具体的には、現金や財またはサービスを受け取る権利、経済的資源を他者と有利な条件で交換する権利、それに、特定の不確実な将来事象が生じた場合に経済的資源を他者が移転する義務から便益を得る権利など、「他者の義務に対応する権利」と、有形固定資産または棚卸資産などの物理的実体に対する権利や知的財産を使用する権利などの「他者の義務に対応しない権利」からなる。  
 また、経済的便益を生み出す「潜在能力」については、それが存在するためには、当該資源が経済的便益を生み出すことが確実である必要はなく、可能性が高いことさえ必要ないと言う。必要なのは、権利がすでに存在していて、少なくとも 1 つの状況において、それが他のすべての者に利用可能な経済的便益を超える経済的便益を企業のために生み出すであろうということであるとされる。仮に、経済的便益を生み出す蓋然性が低くても、権利は経済的資源の定義を満たす可能性があり、したがって資産となる可能性があると言う。  
 これら資産の定義を満たした場合、貸借対照表に計上される際には何らかの貨幣的評価がなされる。このように、貨幣的に数量化するプロセスを測定といい、IASB概念フレームワークは次のような資産にとっての測定基礎をあげている。  
 歴史的原価とは、すくなくとも部分的にではあるが、取引価格から計算された金額のことである。したがって取引以後の価値の変動は、減損などを除いて反映されることはない(表 1 )。なお、市場取引以外の取引で取得した資産に関しては、当初認識時に現在価値がみなし原価として使用されることがある。現在価値とは、測定日の条件を反映した金額である。このため、前回の測定日以降の様々な条件の変更を反映することとなる。資産にかかる現在価値には、公正価値、使用価値、それに現在原価がある。まず、公正価値とは、測定日における市場参加者間の秩序ある取引において、資産を売却する際に受け取る価格である。一般に時価という場合、その多くはこの公正価値を意味する。次に、使用価値とは、資産の使用及び最終的な処分から見込まれるキャッシュ・フロー(あるいは他の経済的資源)の現在価値である。最後に、現在原価とは、測定日において同種の資産を取得するのに要する原価(取引コストを含む)のことで、「再調達原価」に近似するものである。  
 次に、政府組織など公的部門の会計基準設定主体である国際公会計基準審議会(IPSASB)の「概念フレームワーク」(2023年改訂)における資産の定義は以下のようになっている。

過去の事象の結果として公的組織が支配している現在の資源   
a resource presently controlled by the entity as a result of past events

 一見してわかるように、IPSASBの概念フレームワークにおける資産の定義は、IASBの 資産の定義とほぼ同一である。異なるのは、 IASBが「経済的資源(economic resource)」としているのに対して、IPSASBはたんに「資源 (resource)」としており「経済的(economic)」 という文言がない。ただし、資源については、「サービス提供能力もしくは経済的便益(economic benefits)を生み出す能力のいずれかに対する権利、またはその両方に対する権利」であると、ここで「経済的」という形容詞でその実質を規定している。つまり、資源とは本質的に経済的な性格を有するものであり、サービス提供能力を伴った権利もまた資源であると理解しているからである。  
 また、「権利」と「サービス提供能力もしくは経済的便益」について、サブセクションを設けてそれぞれの意味内容を説明するなど、 IASB概念フレームワークにおける資産の定義 とかなり近似したものとなっている。  
 資産の測定について、IPSASBの概念フレームワークは次のように規定している。まず、測定は、その時点によって「当初測定(initial measurement)」と「事後測定(subsequent measurement)」の 2 つに区分される。当初測定は、原則として取引価格で測定し、取引価格が入手できない場合などには例外的に「みなし原価(deemed cost)」を使用するとしている。貸借対照表は決算日において作成されるので、資産の会計的評価は、当然ながら、事後測定となる。測定について、IPSASB概念フレームワークは IASBに比べると、より精密に規定している。すなわち、事後測定について、以下のような「測定モデル⇨測定基礎⇨測定技法」の 3 階層からなる「事後測定のフレームワーク」を新たに定めている。  
 資産についての測定モデルは「歴史的原価モデル」と「現在価値モデル」に大別されて定義されている(表 2 )。まず、歴史的原価は、「資産の取得、建設または開発時に、その取得、建設、または開発のために支払われた対価に取引コストを加算したもの」とされる。「現在価値 モデル」は、資産に適用される測定基礎として、「現在操業価値(Current Operating Value)」と「公正価値(Fair Value)」に識別される。現在操業価値とは、「測定日における資産の残存サービス提供能力に対して主体が支払うであろう金額」とされ、公正価値は「測定日における市場参加者間の秩序ある取引において、資産を売却するために受け取るであろう価格」を意味する。 IASBの概念フレームワークには存在しない「現在操業価値」は、IPSASBが取り組む文化遺産に対する会計的測定をめぐる議論の到達点であるが、2024年末現在において、なおその概念の適用に関する議論は継続中であると言う。  このように、博物館が収蔵する文化遺産に強い影響を与える可能性のあるIPSASBの概念フ レームワークにおける資産概念、つまり資産の認識と測定は、営利企業の財務報告のための基準の基礎であるIASBの概念フレームワークと極めて近似していることがわかった。  
 それでは、現行の日本における博物館等の収蔵品つまり文化遺産の会計的認識と測定はどのような制度に従って運用されているかを見ていこう。  
 現在の日本において博物館を設置する主体は 多様である。具体的には、東京国立博物館・京 都国立博物館・奈良国立博物館等から構成される国立文化財機構や国立科学博物館は独立行政法人、国立大学が運営する博物館は国立大学法人、私立大学等によるものは学校法人、それに公益法人や宗教法人、また、地方自治体によって運営されるものなどである。これら多様な主体にはそれぞれに独自の会計基準等が設定されていることがほとんどである。したがって、博物館の収蔵品等を会計的に認識するためにはこれら会計基準等に従う必要がある。  
 これらの会計基準等は、文化財などを含む博物館の収蔵品会計的認識と測定のプロセスについて、そのほとんどにおいて、それぞれの会計基準のなかで規定されている「資産」の概念から出発している。つまり、財務報告の媒体である貸借対照表に計上されるにあたって資産としてどのような要件を備えるべきかに照らして、それらに合致するものは、ある意味で、無批判に資産計上される手続きとなっているのである (表 3 )。公益法人、独立行政法人、地方自治体などは、いうまでもなく、組織運営のためにさまざまな資産を保有している。しかしながら、それらが運営する博物館などにおいて収蔵される文化財等は、その他の資産と同一視することが適当であるかについては議論の余地があるかもしれない。

表 1  歴史的原価と現在価値
出所:IASB 2018, pars. 6.4-6.22に基づき筆者 作成

表 2  測定モデル・測定基礎・測定技法
出所:IPSASB 2023, pars.7.25-7.64に基づき筆者作成

表 3  各会計基準と資産の定義と文化財の評価
出所:筆者作成


Ⅳ CACROS調査で明らかになった博物館収蔵品の会計的評価の課題

1  資産性と負債可能性

 博物館は、一般的には展示室と収蔵庫から構成される。例えば、小規模博物館において収蔵庫を有しないものもある。他方で、博物館C(表 4 参照)のように、展示品が約 1 万2000点にすぎないのに対して、収蔵される全資料は34万 5 千点にもなり、展示率(展示品数÷全収蔵品数× 100)は、わずかに3.5%にしかすぎず、展示が目的というよりも、巨大な倉庫としての機能が大きいと言える博物館なのである。  
 博物館Cに対するCACROS調査の結果からすると、次のような観点が浮かび上がった。第一に、博物館の収蔵品を資産として会計的に認識・測定する意味は何かという点である。企業の資産とは将来収益を生み出すための経済的資源として企業は支配している。それに対して、博物館の膨大な収蔵品の多くからは、将来的な収益ではなく、保存・管理のための支出が確実に予想される。収蔵品によっては、温度や湿度管理が必要である。また、収蔵品に付着した害虫や微生物を駆除するために、定期的に、化学物質、低酸素状態、あるいは二酸化炭素をつかう「燻蒸」作業を行う必要がある。また、博物館Cは、書籍も所有しているが、酸性紙の書籍の劣化を抑えることも重要な課題となっている。  
 また、博物館Cではないが、美術品も長い時間をかけると色が褪せてしまい、名画にとっては保存の価値を失わない形での修復作業が必要であり、これにも膨大な支出が将来発生することになる。  
 こうした博物館の収蔵品の特質から考えれば、例えば、Mautz(1981; 1988)によって、人類にとっての宝物は「維持のために将来の支出を要する」としてすでに指摘済みであるように、将来の収益を生み出す資産というよりは、将来の支出が確実に見込まれる負債としての側面の方がはるかに強い。これをここでは「文化遺産の負債可能性」と呼ぶことにしたい。

表 4  本研究における訪問博物館の備忘価格
出所:筆者作成

2  取得価格と公正価値及び真贋の誤謬可能性

 博物館には、個人や企業が収集した品をまとまって寄贈することがある。その場合に、現行の平成20年公益法人会計基準では、「資産の貸借対照表価額は、原則として、当該資産の取得価額を基礎として計上しなければならない。交換、受贈等によって取得した資産の取得価額は、その取得時における公正な評価額とする」となっている。  
 言い換えれば、コレクションの寄贈は「受贈」であるから、「公正な評価」をしなければならないが、博物館が購入したわけではないものの、寄付者が購入したもので購入価格が分かっているものについては、当該購入価格が付与されることが一般的である。  
 しかし、本研究調査で明らかになったことは、博物館F(表 4 参照)において、コレクションをしていた寄付者が数多くの贋作を売りつけられていたことが判明した。当該寄付者が収集した段階では、専門家の関与がなかったり、間違いを防ぐためのプロセスがとられていなかったりしていたこともあり、かなりの美術品が業者の言いなりで贋作を高価格で購入しているケースがあった。こうした場合の「価格」とはいったい何なのかといった問題が存在する。博物館Fでは専門家からなる委員会を設置して、収蔵品の再評価をしている。  
このような真贋の誤謬可能性について、どのように考えるのかという視点が出てきた。

3  情報遅滞可能性

 たとえば、歴史的遺物が発見され博物館に寄贈されると、それは博物館の所有物となる。その時点で、会計上の考え方では、収蔵品にその時点での価値が付与されなければならない。しかし、収蔵品には学術的に意味のある名称が付与される必要がある。さらに、発見された年代や場所を特定し、学術的な情報を含めると、名称を含めた学術情報の付与には数か月から数年かかることもある。こうした情報のない収蔵品には、本質的に価値がない。つまり、博物館の収蔵品が博物館の所有物となった瞬間から意味を持たせようとしてもかなりの期間の「暫定的な期間」が存在する。これを「グレーゾーン期間」と呼ぶことにしよう。そうすると、実際に会計情報が付与されるまでの「グレーゾーン期間」を会計学的にどう考えるのかといった問題も生じる。このことはすべての寄贈品について言えることであり、情報遅滞可能性ということができる。本研究調査から明らかになったことは、購入したものも含めれば、価格情報が付加される方が時間的に早く、学術情報が付加されるのは最後の段階であるが、モノによっては名称そのものが最後に付加されるため、完璧な会計情報として計上されるのは、博物館が当該収蔵品を取得後、数年を有することもある。博物館Cでは、近年においては、寄贈者が税制優遇を受けるための寄贈額の決定を外部の委員による専門家委員会で行っているというが、過去のものについてはそこまで対応が取れていない。  
 また、特定のコレクションについては会計上の目的外で資産の評価が求められる場合がある。例えば、他の博物館に作品を貸し出す際の保険金額の算出などである。しかし、これらは特定の目的のために使用されており、博物館は文化遺産の価値を測ることの一般的な目的ではなく、特定の目的のためにのみ必要な状況が誕生している。そして、これらの価格が帳簿価格と一致するとは限らない。言い換えれば、このような特殊目的価値は、「保存の価値」でもなく「会計価値」でもない。

4  不可欠特定財産とディアクセッション

 博物館の収蔵品は社会から受託しているだけであって、博物館の所有物ではないという考え方が博物館学にはあって、だからその保管・取り扱いには細心の注意(法的には「善管注意義務」となるだろう)が必要であるという考え方である。しかし、実態としては収蔵品を博物館が所有しているために、いわゆる「ディアクセッショ ン(deaccession)」(収蔵品処分)が行われている。「ディアクセッション」については、倫理的に避けるべきだという考え方がある。「ディアクセッション」が規制されている場合と、全く自由な場合とがある。この点からも博物館の収蔵品は少なくとも「保存性収蔵品」と「売却可能性収蔵品」の二種類が存在することが明らかである。これらは会計にどのような影響があるかという問題も浮かび上がってくる。  
 日本においては、公益法人の博物館には処分に制限のかかる「不可欠特定財産」3)という概念がある。これは、公益目的事業を行うために不可欠な特定の財産で、その旨ならびにその維持および処分の制限について、必要な事項を定款で定めている財産のことである。具体的には美術館における美術品などがある。  
 以上のことを勘案すると、博物館には、保存することが期待されている収蔵品(保存性収蔵品)とディアクセッションの対象となりうる収蔵品(売却可能性収蔵品)が混在していることがわかる。  
 そこで、債券に満期保有目的の債券と、それ以外の債券の取り扱いを変えているように、博物館の収蔵品についても、ディアクセッションの対象に完全に自由となる収蔵品がありえるのか、仮にありえた場合には、「公正な評価額」による資産評価は会計的に必要とされるだろうが、そもそもディアクセッションの対象にはなりえない収蔵品については、「公正な評価額」による資産評価をしなければならないという論理は出てこないであろうし、保存に関わる将来の費用が明確に想定されている場合には、そもそも「資産」なのか「負債」なのかという、Mautz的課題が浮かび上がってくることが明らかになった。

5  備忘価格の跳梁

 本研究調査で明らかになったことは調査対象博物館は贋作の価格表示を掲載していた博物館Fを除き、寄贈された収蔵品に対して全ての博物館は「備忘価格」を用いていることである。すべてを備忘価格にしているわけではないにしろ、「備忘価格」を使わざるを得ない。備忘価格は、もともと、実質的に経済的価値を失った資産に対して付されたものである。具体的には、減価償却処理を終えたけれども実在し続けている資産を帳簿の上でも存在させ管理するための便宜的な手続きや、ハイパーインフレによって価値が甚だしく下落した有価証券などに対して適用されたものある。  
 本来このような状況で使用された備忘価格であるが、例えば、「統一的な基準による地方公会計マニュアル」においては、「遺跡から大量に出土した物等、資産価値の把握が困難な場合に、地方公共団体の判断により備忘価額 1 円とすることも考えられます」と、会計的評価が不能な場合に備忘価格を付すことを容認する会計基準等もある。本調査からわかることは、「公正な評価額」で全てを評価できている博物館は一つもないということである。実はこの点で「比較可能性」という考え方はすでに維持できなくなっている。  
 文化遺産に備忘価格による評価を多用せざるを得ない現実は、それが非償却性資産であるからだという理由から適切だと言いがたいだけでなく、そもそも、文化遺産を会計的に認識すべきか、すなわち、貨幣的評価をするべきかという議論にも通じる論点である(Carnegie and Kudo 2023)。

6  無限大資産

 また、現実を直視した時に、博物館には、「比較してはならない資産」がある。  
 世界の宗教は様々であり、それぞれに神がおり、それぞれに崇高なものである。この崇高なものに関する御物に対して、「Aという神の御物が100という価値で、Bという神の御物が120」というような価値を付けることは、宗教戦争を誘発しかねない。  
 すでにオーストラリアでは似たような現象が生じている(Ferri, et al. 2021)。  
 このような資産は、評価が不可能だからという理由で価格設定ができないということではない。神のものであり将来売却の可能性もないのであれば、そもそも価格を付すべきではない。評価をすることが比較可能性に基づくものであれば、まさにフッサール現象学的に言えば、比較するという事象そのこと自体を見た時に、比較してはならないことに容易に気が付くであろう。その評価禁止性に基づき、会計的測定をしてはならないものであると考える。それでもあえて財務諸表に掲載し、何らかの価格を表記するとするなら、「無限大資産」(Infinity Assets」)という呼称で、会計的測定を回避することが必要である。  
 無限大資産については、固定資産台帳や財産目録には「∞」で表記することを提案したい。

Ⅴ 結論

 世界的に保存しなければいけない文化遺産を博物館が所有するときに、現象学とフィールドワークを組み合わせたCACROS法によって再検討すると、企業会計というバイアスのかかった論考とは異なる上記の様々な観点が浮かび上がってきた。公益法人会計基準の「交換、受贈等によって取得した資産の取得価額は、その取得時における公正な評価額とする」という点はこうした論考を経ることなく、定められた結果、現場においては、全く遵守されておらず、遵守させることも不可能に近い。遵守させるには、「公正な評価額」の定義を企業会計と異なるものとするか、会計基準そのものを書き換える必要がある。博物館にとって、債券が満期保有目的債券か否かという以上に、保存用資産なのか売価可能な資産なのかという点を区分することの方が極めて重大である。企業会計の考え方を安易に持ち込むことは「ビジネスセントリズム」(出口・藤井 2021)になりかねず、博物館の機能、目的にそって、フッサール現象学の「事象そのものへ」という立ち位置に立ち返って、公益法人会計基準等やIPSASBの再検討を加えることが必要と考えられる4)

[謝辞]  
 本研究は 科研費基盤研究(B)23K22019の助成を受けて実施した。また、本研究は、尾上選哉(日本大学・会計学)、五月女賢司(大阪国際大学・博物館学)、藤井秀樹(金沢学院大学・会計学)、栗原祐司(国立科学博物館)各氏にも有益な助言を頂戴した。ここに謝意を表したい。

[注]
1)本稿で「非営利組織」というときは、企業会計との対比を考えているので、国公立の博物館も含めて言う。非営利法人で博物館を所有するのはほとんどが公益財団法人であるの で、タイトルでは公益財団法人と公的機関の博物館としている。
2)CACROS調査の実施にあたっては博物館側の協力が必要であり、収蔵庫を含む研究者が見たい箇所を全て見せてもらえるフィールドワークを「完全な形でのCACROS調査」と呼ぶことにする。また、「ラポール」のもと 研究者の望むものをほとんど見せてもらえた 場合を「本研究調査」として区別している。「完全な形でCACROS調査」が可能だったのは 1 博物館のみである。CACROSには強く賛同いただけるものの、収蔵庫を見せたり、公開資料以外の会計情報を提示させたりすることには多くの博物館の協力は得られなかった。そこで本稿では、「完全なCACROS調査」、「本研究調査」と呼び、両調査のCACROS法によって本報告を実施した。
3)不可欠特定財産とは、法人の目的、事業と密接不可分な関係にあり、当該法人が保有、使用することに意義がある特定の財産をさす。 例えば、一定の目的の下に収集、展示され、再収集が困難な美術館の美術品、歴史的文化的価値があり、再生不可能な建造物等が該当する。公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(平成18年法律第49号)第5条 19号
4)現在、検討されているIFR 4 NPOによる国際非営利会計基準(the International Non-Profit Accounting Standard(INPAS))についても同様のことが指摘できる。

[参考文献]
 出口正之・藤井秀樹編[2021]『会計学と人類学のトランスフォーマティブ研究』、清水文堂書房。
 日本公認会計士協会[2019]「非営利組織における財務報告の検討〜財務報告の基礎概念・ モデル会計基準の提案〜」、https://jicpa.or.jp/specialized_field/files/0-0-0-2a-20190718_2.pdf (2020年12月10日ダウンロード)。
 番場嘉一郎監修[1978]『詳説 公益法人会計基準:理論と実務』、公益法人協会。
 番場嘉一郎・新井清光(編著)[1986]『公益法人会計』、中央経済社。
 宮田賢人[2024]「法への現象学的アプローチの課題と可能性:法哲学者の観点から」、『現象学と社会科学』 7(1),37-50.
 Breen, O.B., Cordery, C., Crawford, L., & Morgan, G.G.[2018]“Should NPOs follow international standards for financial reporting? A multinational study of views,” VOLUNTAS: International Journal of Voluntary and Non︲ profit Organizations, 29(6), 1330-1346.
 Carnegie, G.D., Ferry, P., Parker, L.D., Sidaway, S.I.L. & Tsahuridu, E.E.[2022]“Accounting as Technical, Social and Moral Practice: The Monetary Valuation of Public Cultural, Heritage and Scientific Collections in Financial Reports,” Australian Accounting Review, 32 (4), 460-472, doi: 10.1111/auar.12371.
 Carnegie, G.D. & Kudo, E.[2023]“Whither monetary values of public cultural, heritage and scientific collections for financial reporting purposes”, Journal of Public Budgeting, Accounting & Financial Management, 35(2), 192-197. https://doi.org/10.1108/JPBAFM05-2022-0092
 Crawford, L., Morgan, G.G., & Cordery, C.J. [2018]“Accountability and not-for‐profit organisations: Implications for developing international financial reporting standards,” Financial Accountability & Management, 34 (2), 181-205.
 Ferri, P., Sidaway, S.I., & Carnegie, G.D.[2021] “The paradox of accounting for cultural heritage: A longitudinal study on the financial reporting of heritage assets of major Australian public cultural institutions(1992- 2019),” Accounting, Auditing & Accountability Journal, 34(4), 983-1012.
 IFR 4 NPO[2023]International Non-Profit Accounting Guidance, https://www.ifr4npo.org/exposure-draft-2/.
 IPSASB[2014]The Conceptual Framework for General Purpose Financial Reporting by Public Sector Entities, https://www.ipsasb.org/publications/conceptual-frameworkgeneral-purpose-financial-reporting-publicsector-entities-3.
 IPSASB[2023]The Conceptual Framework for General Purpose Financial Reporting by Public Sector Entities, https://ifacweb.blob.core.windows.net/publicfiles/2023-12/IPSASB-Public-Sector-ConceptualFramework2023%20-%20Updated%2012-19-23_Secure.pdf.
 Mautz, R.K.[1981]“Financial reporting: should government emulate business? The chairman of GASBOC recommends probing the significant differences between these entities,” Journal of Accountancy, 152(2), 53- 60.
 Mautz, R.K.[1988]“Monuments, mistakes and opportunities,” Accounting Horizons, 2(2), 123-128.
 McConville, D., & Cordery, C.[2018]“Charity performance reporting, regulatory approaches and standard-setting,” Journal of Accounting and Public Policy, 37(4), 300-314.
 Meskell, L.[2015]“Transacting UNESCO World Heritage: gifts and exchanges on a global stage,” Social Anthropology/Anthropologie Sociale, 23(1), 3 -21.
 Mortari, L., Valbusa, F., Ubbiali, M., & Bombieri, R.[2023]“The empirical phenomenological method: Theoretical foundation and research applications,” Social Sciences, 12(7), 413, https://doi.org/10.3390/socsci12070413.

論稿提出:令和 6 年12月27日
加筆修正:令和 7 年 5 月19日

コメント


公益社団法人 非営利法人研究学会
〒101-0052 東京都千代田区神田小川町3-6-1 栄信ビル9階
お問い合わせ:office(あっとまーく)npobp.or.jp

  • Facebook Clean Grey
  • Twitter Clean Grey
  • LinkedIn Clean Grey

Copyright(C) 2017, Association for Research on NPOBP, All rights reserved

bottom of page