≪査読付論文≫Webサイトによる情報開示が文化芸術団体の寄付金収入に与える影響
- 非営利法人研究学会事務局
- 3月5日
- 読了時間: 33分
※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。
ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。
税理士、東北工業大学准教授 武田紀仁
キーワード:
寄付 文化芸術団体 Web開示 財務情報 非財務情報
要 旨:
文化芸術活動の主体となる非営利組織体(文化芸術団体)は、現代社会において重要な役割を果たしているが、財務上の脆弱性がその存在を危うくしている。先行研究では、単一の収入源への依存を避け、収入源を多様化させることで、財政危機や資金供給の中断のリスクを減らすことができると主張されてきた。本稿では、収入源のうち文化芸術団体が獲得する寄付金収入額とWebサイトを利用した情報開示の関係性について、寄付者の意思決定に影響を与える財務的要因に関する分析枠組みに基づき実証的に分析を行なった。分析の結果、寄付金収入額とWebサイトによる情報開示との間には正の関連性がある一方で、文化芸術団体ではその正の影響が緩和されていることがわかった。文化芸術団体に対する寄付等の間接的支援を推進するためには、安定性などに関する財務情報を提供するほかに、寄付者が意思決定するための追加的情報を提供する必要性がある。
構 成:
Ⅰ はじめに
Ⅱ 先行研究等の整理と仮説の設定
Ⅲ リサーチ・デザイン
Ⅳ 分析結果及び考察
Ⅴ 結論と課題
Abstract
Nonprofit cultural and artistic organizations, which play a central role in fostering cultural and artistic activities, are essential in contemporary society; however, they often face financial vulnerabilities that threaten sustainability. Previous studies have suggested that reducing reliance on a single income source and diversifying revenue streams can help mitigate the risks of financial crises and funding disruptions. This paper focuses on the relationship between income through donations received by cultural and artistic organizations and their online information disclosure practices. An empirical analysis was conducted using an analytical framework focused on financial factors influencing donor decision-making. Findings revealed a positive relationship between income through donations and the degree of information disclosure made on organizational websites. However, the positive effect was moderated within the specific context of cultural and artistic organizations. To encourage indirect support of cultural and artistic organizations, such as donations, it is recommended that in addition to disclosing financial data regarding stability, additional information be made available to facilitate donor decision-making processes.
※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。
Ⅰ はじめに
文化芸術活動の主体となる非営利組織体(以下、「文化芸術団体」といい、本稿では公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律別表第 2 号「文化及び芸術の振興を目的とする事業」に該当する法人を主たる分析対象とする。)は、現代社会において重要な役割を果たしているが、財務上の脆弱性がその存在を危うくしている。先行研究では、単一の収入源への依存を避け、収入源を多様化させることで、財務状況を安定させ、財政危機や資金供給の中断のリスクを減らすことができると主張されてきた。
また、多様化する収入源のうち民間による寄付行為に関しては、社会的価値観の多様化やデジタル技術の進展等が、文化芸術団体が市民とつながる方法に影響を与えている。従来の募金や振込等からふるさと納税やクラウドファンディング等の新たな寄付の形態が増え、市民に対するWebサイト等を利用した情報開示が重要性を増している。この点に鑑みれば、Webサイト等による情報開示が民間寄付に与える影響や有用性を評価することに意義があるだろう。
以上の問題意識のもと、本稿は、日本の文化芸術団体を分析の対象とし、Webサイトによる情報開示と寄付金収入額との関連性について実証的に分析を行った。
Ⅱ 先行研究等の整理と仮説の設定
1 文化芸術団体と民間寄付金をとりまく現状
非営利組織体の主要な活動財源又は財務的基盤として、一般的に、政府補助金又は民間寄付金等の反対給付を伴わない収入と自助努力により獲得した事業収入等が挙げられる。諸外国では、1980年代以降、政府の財政赤字による補助金の減少を理由として、文化芸術団体においても 民間寄付金に代表される税制を活用した間接的支援が多く取り入れられるようになった(Schuster [1999][2006])。
日本では、国家予算に占める文化予算の割合 は約0.1%程度であり、諸外国と比較して低い 水準にある(図表 1 、図表 2 )。一方、近年の民間寄付金の総額は増加傾向にあり(図表 3 )、文化芸術団体が獲得する寄付金収入額の平均値の推移をみても、増加傾向にあることがみてとれる(図表11)。
この点、文化庁の調査によれば、文化芸術振興のための寄付について、「したことはないが今後はしてみたい」と回答する寄付に関心のある層(潜在的な寄付者)が調査数の20.9%を占めている(文化庁[2022a])。また、新型コロナウ イルス感染症の影響を契機として、文化芸術団体の社会的価値等を税制優遇措置とともに訴求することにより民間寄付金を募る動き等も活発化しており、文化芸術団体における民間資金を通じた財政面の支援は改めて注目されている。
他方、寄付金を受け入れる側に着目すれば、内閣府の調査によると、調査対象となった非営利組織体の45.6%が定期的な寄付金収入が必要と回答している(内閣府[2020])。その主な理由は、「公益目的事業費用に充てるため」「法人の管理費用に充てるため」である。また、定期的な寄付金収入が必要であると回答した非営利組織体における、寄付金収入獲得のための具体的な手段は、「ホームページへの掲載」 が68.3%と最も多く、次いで「ダイレクトメール」 が37.0%であった(内閣府[2020])。
このように、文化芸術団体を含む非営利組織体が組織の活動を継続するうえで多様な財源が求められるなか、民間による寄付行為は、非営利組織体の存在に不可欠なものである。また、 寄付金を受け入れる非営利組織体にとって、市民に対するWebサイトを利用した情報開示は、 寄付金の獲得のための重要な手段として認識されている。
図表 1 文化予算と寄付額(諸外国との比較)

出所:文化庁[2011]90頁・文化庁[2022b]12~13頁を参照して筆者作成
図表 2 文化予算額の推移

出所:文化庁[2017]・文化庁[2022a]を参照して筆者作成
図表 3 個人寄付推計総額・個人会費推計総額・金銭寄付者率の推移

出所:日本ファンドレイジング協会編[2021]27頁を参照して筆者作成
2 先行研究の整理
文化や芸術が経済や財政の問題として議論されるようになったのは1960年代以降である。Baumol and Bowen[1966]やBrooks[2000a]によれば、文化領域の非営利組織体は、他の領域の非営利組織体と比較して特に脆弱で、絶えず慢性的な財政赤字にさらされており、基金の取り崩しや出演者等に対する支払いの減額を要請することで凌いでいる状況にある。また、労働生産性の向上が構造的に望めないといった産業特性がある点も指摘されている。
非営利組織体が財務上の脆弱性の問題に直面した場合、目標を達成してサービスを提供し続けることが困難になる可能性がある。そのため、非営利組織体の存在意義にも関わる共通の問題として、Tuckman and Chang[1991]により提唱された 4 つの指標を嚆矢として様々な検証が行われてきた。文化芸術領域に焦点をあてた先行研究においても、単一の収入源への依存を避け、収入源を多様化させることで、財務状況を安定させ、財政危機や資金供給の中断のリスクを減らすことができると主張されてきた(Hager[2001]等)。
また、先行研究の中には、寄付者が寄付の意思決定プロセスにおいて、財務情報を重視するかどうか検証しているものがある(Hyndman [1990][1991]、Gordon and Khumawala[1999]、 Parsons[2007]等)。たとえば、Parsons[2003] は、寄付者が寄付の意思決定において最も重視するのは、非営利組織体における運営の効率性と財政的な安定性であると述べている。Weisbrod and Dominguez[1986]は、寄付者が入手可能な情報量が寄付に影響を与えることを実証している。オーストラリアにおいて慈善団体として登録される保証有限会社(CLG:companies limited by guarantee)を対象とした研究では、 会員が年次報告書における財務及び非財務情報の開示を奨励し、それが慈善団体の将来の寄付や補助金収入に影響を与えることが指摘されている(Johansson et al.[2022])。
近年では、非営利・Web開示・シグナリングの組み合わせが注目されており、効率性・有効性・信用性・説明責任といった特性についての洞察を提供できるとされている(Lee and Joseph[2013]、Blouin and Lee[2015]等)。法律で定められている以上の情報開示はシグナリングデバイスとして利用でき(Lev and Penman[1990]、 Ross[1979]等)、また、情報開示は市民に信頼を与え、非営利組織体と潜在的寄付者との間の情報の非対称性を低減し、よりタイムリーで適切な情報によって意思決定を改善できる(Parsons[2003][2007]、Saxton and Guo[2011]等)。
しかし、財務情報と寄付の関係を検証した先行研究は多くみられるが、Web開示と寄付の関係を検証した研究は限られている。たとえば、Gandia[2011]は、スペインの非営利組織体を調査し、Web開示と寄付金収入額の間に正の関係を見出した。Saxton et al.[2014]による米国を対象とした分析でも同様の相関があることがわかった。Blouin et al.[2018]は、米国の非営利組織体の情報開示の実態を調査し、自発的なWeb開示がTrussel and Parsons[2008]が示した安定性等の変数とは独立して、寄付と強い相関があることを見出した。Rossi et al.[2020]は、オンラインの財務報告書を通じて提供される情報の深度(詳細度)が、寄付者の感受性や寄付意欲に影響を与える可能性があると指摘した。
また、Saxton and Guo[2011]によるWebサイトを対象とした研究を契機として、非営利組織体が様々なソーシャルメディアを通じてどのようにアカウンタビリティを実現しているかについて調査した研究がある(Lu and Fan[2016]Belluci and Manetti[2017]、Young[2017]、Amelia and Dewi[2021]等)。
日本においても、財務情報と非営利組織体の収入源に関する先行研究等が存在するが(石田[2008]、馬場ほか[2013]、尾上・古市[2014]、高橋ほか[2017]等)、Web開示と寄付の関係性に ついて検証した研究や文化芸術団体に焦点をあてた研究は、管見する限り見当たらなかった。
3 仮説設定
Web開示と寄付の関係性について検証するため、以下の 2 つの仮説を設定する。
仮説H 1 :非営利組織体が開示する財務情報は、非営利組織体が獲得する寄付金収入額と何らかの関連性を有している。
仮説H 2 :文化芸術団体におけるWebサイトによる情報開示の有無は、文化芸術団体が獲得する寄付金収入額と関連性を有している。
Webサイトで開示される情報には、財務情報と非財務情報の両方が含まれる。そのため、 Web開示と寄付金収入額との関連性を検証する際に、財務情報と寄付金収入額との関連性についても確認する必要があると考えられる。
この点、財務情報と寄付金収入額との関連性について、日本の先行研究では、2013年又は2014年のデータを用いて分析を行っているものがあるが、後述するように2013年又は2014年のデータは移行法人や欠損データが多いため、分析結果の頑健性について疑問がある。また、寄付金収入額については、社会的又は経済的状況による影響も予想されるため、複数年のデータを用いた検証が有用であると考えられる。
そのため本稿では、欠損データ等が少ない近年のデータを複数年度用いて、まず仮説H 1 について検証を行ったうえで、次に仮説H 2 について検証を行う。なお、本稿における主要な関心は、仮説H 2 におけるWeb開示の有無と寄付金収入額の関連性についての検証であるため、仮説H 1 の検証については、財務情報と寄付金収入額との関連性の確認にとどめている。
Ⅲ リサーチ・デザイン
1 Trussel and Parsons[2008]モデル
Trussel and Parsons[2008]は、非営利組織体において寄付者の意思決定に影響を与えている財務的要因の分析枠組みについて明らかにした。Trussel and Parsons[2008]は、寄付者の意思決定に関する先行研究から抽出した様々な説明変数を用いて因子分析を行った結果、説明変数が 4 つの要素で構成されていることを示した。4 つ の構成要素とは、組織におけるプログラムへの資源配分の効率性(efficiency)、組織の財務的安定性(stability)、寄付者が入手可能な情報量(information)、組織の評判(reputation)である(図表 4 )。
第一に、効率性(efficiency)は、非営利組織体が利用可能な資源を組織のミッションに向ける度合いである。先行研究では、非営利組織体のミッションの達成を支援するため、寄付者の主な関心事はプログラムに充てられる経費の割合にある(Parsons[2003])と主張されてきた。
第二に、安定性(stability)は、非営利組織体が経営資源の減少に直面した場合に事業を継続できる能力である。寄付者は、非営利組織体が効率的に機能していることを知ることに加えて、その組織が将来も運営を継続できるかどうかを知りたがっている(Parsons[2003])。
第三に、入手可能な情報量(infomation)について、寄付者は、寄付を行うための適切な情報があれば、非営利組織体に寄付を行う可能性があることが示唆されている(Hansmann[1980]、 Gordon et al.[1999])。財務報告書等により、寄付がミッション達成のために適切に使用されていることを保証することができる。また、非営利組織体が組織とその運営に関する情報を提供することで、潜在的な寄付者に対して広告と同様の働きをする。寄付者が入手可能な情報量を直接測定することは困難であるが、いくつかの代理変数が提案されている(Trussel and Parsons[2008])。
第四に、寄付者は非営利組織体のアウトプットを評価することが困難であるため、組織の評判(reputation)に部分的に依存する必要がある。組織の評判(reputation)の代理変数としては、 組織の活動年数等がある。
非営利組織体の透明性と財務情報の開示は、非営利組織体がステークホルダーに対して信頼性を示すことを可能にし、それゆえに社会における正統性(legitimacy)の基盤であると考えられているが(Saxton et al.[2012])、透明性と財務情報の開示だけでは信頼を促すには十分ではない。信頼性の決定要因に透明性と評判が含まれていること(Furneaux and Wymer[2015])、非営利組織体の信頼性にアカウンタビリティと透明性が影響していること(Farwell et al.[2019]、Wymer et al.[2021])が指摘されている。この点、Ghoorah et al.[2021]は、財務情報の開示と非営利組織体の評判に対する寄付者の認識との間に有意な関連性があること、及び非営利組織の評判に対する寄付者の認識と非営利組織体の信頼性の間に有意な関連性があることを示しており、非営利組織体の情報開示が、評判ひいては信頼性の認知に与える影響を介して、寄付者の非営利組織体に対する寄付意欲を高めることを指摘している。
図表 4 寄付者の意思決定に影響を与える非営利組織体の財務的要因

出所:Trussel and Parsons[2008]を参照して筆者作成
2 実証モデル
Trussel and Parsons[2008]が提供したフレームワークに依拠し、五百竹[2017]、高橋ほか[2017]等の先行研究を参考として、仮説を検証するための実証モデル(回帰式)を設定する(式 1 )。被説明変数及び説明変数は、図表 5 で示すように定義する。
なお、会計年度(t)の被説明変数に対応する説明変数及びコントロール変数は、InfoとPurposeを除き前会計年度(t-1)の数値を使用している。これは、寄付者は進行期の財務情報を入手することができず、進行期の前会計年度の財務情報に基づいて寄付の意思決定をしていると考えられるためである。
被説明変数Donは、非営利組織体の寄付金収入額である。非営利組織体の事業規模が寄付金収入額に与える影響を調整するため、公益目的事業費で除して標準化を行っている。分析対象のサンプルが寄付金収入額ゼロ円(Don= 0 )である非営利組織体を多く含むデータであり1)、 Donが下限値のある打ち切りデータである点を考慮して、本稿ではトービットモデルによる推定を行う。
説明変数は、Trussel and Parsons[2008]が提供したフレームワークに基づく、効率性、安定性、入手可能な情報、及び評判に関する説明変数である。
Efficiencyは、効率性に関する指標であり、非営利組織体が利用可能な資源を組織のミッ ションに向ける度合いとして、公益目的事業比率を用いている。効率性の指標が高い非営利組織体ほど、より多くの寄付金を集めやすいという先行研究(Weisbrod and Dominguez[1986]、Trussel and Parsons[2008])に基づくならば、係数β1は正の数値が予想される。
NetassetsとDebitratioは、安定性に関する説明変数である。Netassetsは、正味財産残高を公益目的事業費で除したものであり、算出された数値は仮に非営利組織体の収入がまったくなかった場合における現状の公益目的事業を維持可能な年数を意味する。Netassetsは自己資本の充実度を示しており、先行研究においては、自己資本の充実度を肯定的に捉える見解(Trussel and Greenlee[2004])と、非営利組織体がプログラムに使用すべき財源を過剰留保しているとして否定的に捉える見解(Mardus[2004])がある。そのため、係数β2の予測値は不明である。Debitratioは、総資産残高に占める負債残高の比率であり、継続企業における安定性の指標に類似する指標(Parsons[2003])である。Debi︲ tratioは、高いほど財務的な安定性を欠くことになるため、寄付者が財務的に安定している非営利組織体を肯定的に捉えるならば、係数β3は負の数値が予想される。
Infoは入手可能な情報に関する指標であり、寄付者が受け取る情報量の代理変数として、非営利組織体がWebサイトで財務情報の開示を行っているなら「 1 」、行っていないなら「 0 」の値をとるダミー変数を用いた。Webサイトによる開示が寄付者の意思決定プロセスにおいて有用性があるという先行研究に依拠すれば、係数β4は統計的に有意に正の値を示すと考えられる。
Kaihiは評判に関する指標であり、会費収入額を公益目的事業費で除した数値を用いてい る。この点、非営利組織体が受け取った寄付金以外の収入源を公表した場合、寄付者はいくつかの反応を示す可能性がある。たとえば、公的補助金等の増加により、寄付者は寄付の必要性が低くなったと認識し、自らの寄付を差し控える可能性がある(Payne[1998])。逆に、政府等による非営利組織体の承認として、組織の信頼性を高めるシグナルとなるかもしれない(Okten and Weisbrod[2000])。サービスや医療等の領域におけるいくつかの先行研究ではクラウディング・アウト効果を見出している(Schiff[1990]、 Payne[1998]、Brooks[2000b]、Hungerman[2005] 等)が、実証的な結論には至っていない。したがって、係数β5の予測値は不明である。
日本の非営利組織体に特有の要因が寄付金収入額に及ぼす影響を制御するため、先行研究に依拠して、Trussel and Parsons[2008]モデルにいくつかのコントロール変数を追加した。 Idleは遊休財産額を公益目的事業費で除した指標である。遊休財産額は、公益目的事業又は収益事業その他の業務若しくは活動のために現に使用されておらず、かつ、引き続きこれらのために使用されることが見込まれない財産の合計額であり、実質的には目的や使途の定めがないまま保有している財産の額である。また、公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(以下、「公益認定法」という。)第 5 条 9 号では、遊休財産を公益目的事業の実施に係る費用の 1 年分を超えて保有してはならないと規定されている。したがって、寄付者は過剰な資金留保に否定的であると考えられ、係数β6は負の数値が予想される。
Purposeは、公益目的事業の種類をコントロールするための種類別ダミー変数であり、公 益目的事業23業種に該当するならそれぞれ「 1 」 の値をとる。分析対象のサンプルには公益目的事業第23号に該当する法人がなかったため、Purpose 1 ~22の22個の変数を実証モデルに追加した。
(式 1 )実証モデル

図表 5 変数の定義

出所:筆者作成
3 サンプル選択、記述統計量および相関係数
分析に用いるデータは、内閣府掲載のWebサイトである公益法人informationから入手した。データの入手期間は、分析時点(2024年 8 月)で分析に必要な財務データの入手が可能である 2013年度から2022年度までの10年間としたが、このうち2013年度及び2014年度は移行法人や欠損データが多いため、分析の対象外とした。結果として、分析対象期間は2015年度から2022年度までの 8 年間となり、データ総数は合計76,416 件であった(データの内訳については図表 6 参照)。
式 1 を推定するためのサンプルは、以下の条件をすべて満たす非営利組織体から構成される。① 3 月決算法人である2)、②公益目的事業 比率が100%を超えない法人である3)、③決算月数が12カ月である。回帰分析を行ううえで正確性を期するため、欠損値をもつサンプルを除外した。さらに、説明変数及びコントロール変数それぞれについて、絶対値が標準偏差の 5 倍を超えるサンプルを外れ値として除外した。
これらのスクリーニング要件を課した結果、分析に用いるサンプル数は 8 年間で67,680サンプルとなった(データの内訳については図表 6 を 参照)。図表 7 には変数の記述統計量を、図表 8 には相関マトリックスを示している4)。
ここで、図表 8 からいくつかの変数間に高い相関が観察されており、推定において多重共線性の問題が懸念される。各推定においてVIF(Variance Inflation Factor)を算出したところ、 一般に多重共線性が懸念される水準である10を下回っていた。したがって、多重共線性が重大な問題にならないと考えられるため、これらの 変数を同時に含めて推定を行っている。
図表 6 主分析に用いたデータの内訳

出所:筆者作成
図表 7 記述統計量

出所:筆者作成
図表 8 相関マトリックス

出所:筆者作成
Ⅳ 分析結果及び考察
1 トービットモデルによる実証結果及び Web開示率の状況
式 1 を用いて回帰分析を行った推定結果を図表 9 のPanel_Aに、 式 1にダミー変数Purpose 2 (公益目的事業第 2 号「文化及び芸術の振興を目的とする事業」に該当する場合は「 1 」、それ以外の場合は「 0 」をとる種類別ダミー変数)とInfo又はKaihiの交差項(Purpose 2 *Info、Purpose 2 *Kaihi)を追加して回帰分析を行った推定結果を図表 9 のPanel_Bに示す。
なお、2015年度から2022年度のそれぞれの推定結果において、概ね同様の傾向が観察された。その意味では、推定結果の頑健性はある程度確保されたと考えられる。
また、推定にあたり事前分析として、Webサイトによる情報開示の状況について時系列分析を行った結果を図表10に示す。この結果から、Webサイトによる情報開示の状況は毎年 向上しており、データ総数の85.4%~91.1%がWebサイトを通じて情報開示を行っていることがわかる。加えて、文化芸術団体はWebサイトを通じた情報開示率が全体と比較して高いことがみてとれる。
図表 9 推定結果

出所:筆者作成
図表10 Webサイトによる開示率

出所:筆者作成
2 寄付金収入額と財務情報との関係性
以下、図表 9 Panel_Aの分析結果を用いて仮説H 1 の検証を行う。
まず、Efficiencyの推定結果は、2015年度を除き統計的に有意な結果とはならず、効率性に関する指標と寄付金収入額の関係性は観察されなかった。また、2015年度の推計結果におけるEfficiencyの係数β1の符号は、予想に反して負であった。
次に、安定性の指標について、DebitratioとNetassetsは異なる結果となった。すべての分析対象期間においてDebitratioは統計的に負の有意値が得られた一方で、Netassetsは2017年度と2020年度を除き統計的に有意な結果とならなかった。
これらの結果から、次のような解釈が可能であろう。すなわち、寄付金収入額と財務情報の間には何らかの関係性があり、寄付者が寄付を行うにあたり非営利組織体の安定性に関する財務情報を意思決定に用いている可能性がある。
他方、Idleの推定結果はまちまちであり、2015年度、2016年度、2019年度及び2020年度の 4 年間の分析対象期間は統計的に正に有意な結果となった一方で、2017年、2018年、2021年及び2022年の 4 年間の分析対象期間は統計的に有意な結果とならなかった。したがって、寄付金収入額と遊休財産額の関係性について、結論づけることは困難である。しかし、Idleについて統計的な有意値が得られた場合の係数β6の符号が正であることから、遊休財産について過剰な留保とならない限り、寄付者は一定程度肯定的に捉えていると推察される。
評判に関する指標であるKaihiは、すべての分析対象期間において、統計的に負の有意値が得られた。この結果は、寄付金以外の収入額(会費)に関する情報が、寄付金収入額をクラウディング・アウトする可能性を示唆するものである。
このように、仮説H 1の検証を通じて、財務情報と寄付金収入額との間には何らかの関係性があり、寄付者が寄付を行うにあたり非営利組織体の安定性に関する財務情報を意思決定に用いている可能性があることが確認できた。しかし、これらの結果の解釈については、以下の理由から結論づけることは困難である。資金調達費等の内容、組織の特徴及び状況、事業の種類及び運営状況、又はその他の可能性を考慮した追加的検証をふまえた判断が必要であり、今後の課題として残されている。
まず、効率性に関する指標について、高橋ほか[2017]等によれば、資金調達費の影響が指摘されている5)。一方、資金調達費やマーケティング費に関連する項目は、非営利組織体の財務情報開示において一般的な定義がなく曖昧であるため、効率性が誤って報告される可能性があることも指摘されている(Krishnan et al.[2006]、 Gregory and Howard[2009]、Ghoorah[2018])。 資金調達費の金額は公表されていないため、本稿では資金調達費に関する分析を行っていない。効率性に関する指標については、資金調達費等の内容及び金額をふまえた追加的検証が必要である。
次に、Trussel and Parsons[2008]が提供したフレームワークに依拠し、米国を対象とした分析を行ったBlouin et al.[2018]は、効率性に関する指標と寄付金収入額との間に正の関連性があることを報告しているが、加えて各組織の特徴又は状況の影響についても指摘している。すなわち、効率性が高い組織は、従業員数や資産が少なく、若い組織である傾向があり、資金調達に多くのコストを費やしているが寄付をより効率的に獲得することでコストとのバランスをとっている可能性がある等を述べている。
さらに、Blouin et al.[2018]は、負債に関連する指標と寄付金収入額の間に関連性があることを報告しているが、効率性に関する指標と同様に、各組織の特徴又は状況の影響についても指摘している。すなわち、長年にわたって活動している組織は、すでに定着した運営を行っており、従業員数が多く、資産やレバレッジが大きい組織である傾向があり、すでに十分な資金があるため寄付による資金調達が優先されない可能性がある等を述べている。効率性及び安定性に関する指標については、組織の特徴又は状況をふまえた追加的検証が必要である。
また、評判に関する指標について、寄付金以外の収入額によるクラウディング・アウト効果は、文化芸術領域の非営利組織体において、文化芸術の種類や団体の運営状況に大きな違いがあることが指摘されており、文化芸術領域の非営利組織体が受け取った寄付金以外の財源を公表した場合の寄付者の反応に関しては、さまざまな実証結果が得られている(Borgonovi[2006]、 Brooks[1999][2000b][2000c]、Hughes and Luksetich[1999]等)。これらの先行研究が指摘するように、文化芸術団体におけるクラウディン グ・アウトについての一般化は難しく、文化芸術の種類や運営状況等を考慮に入れて、個別に 検証する必要がある。
3 寄付金収入額とWeb開示との関係性
以下、図表 9 Panel_A及びPanel_Bの推定結果を用いて仮説H 2 の検証を行う。まず、Panel_Aの推定結果によれば、すべての分析対象期間において、Infoは統計的に正の有意値が得られた。この結果は、Webサイトによる情報開示が、財務情報とは独立して、寄付の意思決定プロセスにおいて有用性があることを示唆している。
一方、Panel_BにおけるInfoとPurpose 2 の交差項の推定結果によれば、文化芸術団体においては、Webサイトによる情報開示が寄付金収入額に与える正の影響が、文化芸術団体以外の非営利組織体と比較して緩和される傾向があることが観察された(2016年度と2017年度を除く)。この結果は、安定性等の財務情報を所与としても、文化芸術団体において、寄付者が寄付を行うための十分な情報をWebサイトで提供できていない可能性を示唆している。なぜなら、Webサイトでは財務情報と非財務情報の両方が開示される可能性があるが、このうち法定開示事項としての報告される情報については、文化芸術団体とそれ以外の非営利組織体とでは、形式的な情報内容に大きな差異がないと考えられるためである。前述のように、データ総数の 85.4%~91.1%がWebサイトを通じて情報開示を行っている状況や、内閣府の調査(内閣府 [2020])において、非営利組織体が寄付金獲得のために「ホームページへの掲載」を主要な手段として挙げていることに鑑みれば、文化芸術団体が寄付金収入を獲得するためには、財務情報や事業報告等の法定開示事項を開示するだけでなく、寄付者が寄付の意思決定を行ううえで有用な情報について、Webサイトを通じて追加的に提供する必要性が惹起される。
なお、この結果の原因について、文化芸術団体が獲得する寄付金収入額の水準が文化芸術団体以外の非営利組織体に比べて低い可能性が考えられる。この点、寄付金収入額及びDonの平均値の推移(図表11)によれば、文化芸術団体が獲得する寄付金収入額の水準は、文化芸術団体以外の非営利組織体を上回っていることがみてとれる。そのため、この結果について、寄付金収入額の水準を原因とすることは困難である6)。
また、この結果の原因について、文化芸術団体におけるクラウディング・アウト効果が、文化芸術団体以外の非営利組織体と比較して大きい可能性が考えられる。この点、KaihiとPurpose 2 の交差項に関する推計結果は、統計的に有意な水準になかった。この結果は、文化芸術団体と文化芸術団体以外の 2 つのグループにおける寄付金収入額と会費収入額の関係性に差がないことを意味している。したがって、この結果について、文化芸術団体におけるクラウディング・アウト効果を原因とすることは困難である。
図表11 寄付金収入額及び被説明変数の推移




コメント