≪査読付論文≫地方創生における地域資源の戦略的活用とその成功要因 ―広島安芸高田神楽のケーススタディ―

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愛知産業大学准教授 今枝千樹

京都大学大学院教授 藤井秀樹


キーワード:

安芸高田神楽 情報の非対称性 地域資源 地方創生 シグナリング


要 旨:

 地方創生の起爆剤となりうる地域資源を開発するには、資源の戦略的な重点配分が不可欠であり、そのためには地域資源の提供者と支援者との間の情報の非対称を可能な限り緩和する必要がある。かかる問題意識にもとづいて広島安芸高田神楽のケーススタディを行い、以下の知見を得た。第1は、事情に精通したマルチプレイヤーが情報の非対称性の緩和に大きく貢献し、支援の傾斜配分を可能にしていることである。第2は、地域資源として活用可能な神楽団の選抜にあたり、競演大会での優勝実績がシグナリングとして機能していることである。第3は、神楽の5年間(2011~2014年)の経済効果は22.3億円で名目のリターンが22倍以上に達することに示されるように、神楽が地域資源として実質的に機能していることである。しかし、事情に精通した特定のマルチプレイヤーへの依存は地域資源の強みでもあるが同時に弱みでもあり、持続可能な取組みとするには人材の育成が今後の大きな課題となろう。


構 成:

Ⅰ はじめに-問題設定-

Ⅱ 研究の基礎理論

Ⅲ 研究方法の位置づけ

Ⅳ ヒアリング調査の結果

Ⅴ 調査結果の解釈

Ⅵ おわりに


Abstract

 We could make use of regional cultural resources as an accelerator of local revitalization through strategic allocation of economic supports. To make it possible, we need to reduce information asymmetry between creators of cultural resources and their supporters as much as possible. From this view point, we conducted a case study of the Hiroshima Aki-Takata Kagura (sacred music and dance). The main findings of our study are as follows. First, well-informed multiplayers in the field greatly contribute to mitigation of information asymmetry and enables strategic allocation of economic supports to high-skilled troupes. Secondly, in selecting those troupes that could perform as regional resources, their track records in the Kagura competitions play a role of “signaling” in economics sense. Third, Kagura's effect for five years (2011-2014) on the local economy was estimated at about ¥2.23 billion, and it turned out to be a nominal return of more than 22 times, that proves the Kagura actually functions as a regional resource. However, the dependence on the specific informed multiplayers would be strength and weakness at the same time in their activities, and training of their successors should be a key to sustainable good performance in the future.


※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。

Ⅰ はじめに -問題設定-

 近年、地域の伝統芸能や文化芸術(以下、本稿では「地域資源」と総称する1))が新たな注目を集めるようになった。地方創生政策(ローカル・アベノミクス2))の始動を受けて、地域資源を「地方創生の起爆剤」(内閣官房[2014])と位置づける視点や、「文化芸術資源で未来をつくる」(文化庁[2015])といった視点から、地域資源の可能性(potential)が見直され始めたことが、その背景となっている。

 地方創生の成否の重要な鍵となるのは、訪問人口・定住人口の増加である。地方創生の物的基盤となりうる経済的資源は基本的には、人に付随して移動するからである。したがって、地域資源を「地方創生の起爆剤」にするための取組みは、人を惹きつける魅力的なコンテンツとして地域資源を戦略的に活用するということに帰着する。このような視点は、地域資源をもっぱら保護・保存の対象とみる従来のそれとは異質のものといえよう。

 このような新しい取組みを成功に導く要因は何であろうか。地域資源開発の先進的事例のケーススタディを通じて、この問いにわれわれなりの回答を示すのが、本稿の目的である。


Ⅱ 研究の基礎理論

 地域資源の運営団体は一般に、商業ベースでの活動が困難である。したがって、各団体は、有形・無形の支援を外部から得ながら、その活動を維持している。すなわち、その意味で、地域資源の運営活動は、民間非営利活動としての性質を帯びている。このことを踏まえ、以下では本稿における研究の基礎理論を提示することにしたい。

 民間非営利活動に対する支援のあり方を、経済学の観点から定式化した通説的な議論として、Hansmann[1980]の「契約の失敗」論がある。その論点を要約すれば以下のようになる3)

 公共サービス4)の主な特徴は、サービスコストの負担者とサービスの需要者が異なる点にある。このために、コスト負担者(支援者)の所得移転(支援金が支援者の意思通りに使用されること)の期待確率はつねに100%を下回る。サービスの取引契約のこうした欠陥(契約の失敗)は、コスト負担者の潜在的な予算集合を縮小させるので、彼らが経済合理的に行動する限り、サービスの縮小均衡的な減少が生じることになる。しかし、サービスの提供を、非分配制約(nondistribution constraint)を課された非営利組織に委ねるならば、サービス提供主体内部での支援金の利己的分配という事態は回避できるので、その限りにおいてコスト負担者たちは所得移転について一定の保証を得ることになる。

 以上から理解されるように、Hansmann[1980]の「契約の失敗」論は、非営利組織における非分配制約の意義を、契約理論(エージェンシー理論)の観点から敷衍したものとなっている。本稿では、非営利組織と支援者の間に存在する情報の非対称性(支援金が支援者の意思通りに使用される期待確率の決定要因。以下、たんに「情報の非対称性」という)が、支援者による支援のあり方を左右するという点に着目したい5)。なお、以下で支援という場合、それは広い意味での支援を意味し、活動の場や機会を提供するなどの非金銭的な側面支援の他、出演料等の対価性を帯びた資金の支払いも含むものとする。

 地域資源を魅力的なコンテンツとして戦略的に活用するためには、支援を傾斜配分することが避けて通れない。支援のための潜在的予算集合に一定の限界が存在する以上、それは当然のことといえよう。支援を傾斜配分するには、情報の非対称性を可能な限り小さくする必要がある。情報の非対称性が小さければ、どの非営利活動に傾斜配分するべきかを事前に識別することが容易になるからである。逆に情報の非対称性が大きい場合、支援は画一的(広く浅く)にならざるをえない6)

 保護・保存を目的とした行政的支援は多くの場合、そのような状況下でなされる。以上の議論を整理すると、図表1のようになる。


図表1 情報の非対称性と支援のパターン

(筆者作成)


 以上を要するに、地域資源の質を差し当たりの与件としたうえで7)、支援のあり方に焦点を当てた場合、地域資源を魅力的なコンテンツとして戦略的に活用することの成否は主として、情報の非対称性をいかに緩和できるかにかかっているということができるのである。本稿では、このような理論的視点から、ケーススタディを行っていくことにする。


Ⅲ 研究方法の位置づけ

 本研究では、ケーススタディという研究方法を採用する。この節では、当該研究方法の学術的な位置づけを明らかにしておきたい。

 ケーススタディは、文字通り個別事例の研究であるために、その知見については普遍化が難しい。反証にもとづいて一般法則に接近するという論理実証主義の厳格な立場からすれば、それは疑似科学的方法とみなされる可能性もある。しかし、澤邉他[2008](3頁)によれば、ケーススタディは、以下のような事象を研究調査する際に有用とされる。

① 定量化できない様々な変数を包含した複雑で動学的な事象

② 稀にしか生じないような多数の活動から構成された事象

③ コンテキストとの相互作用から重要な影響を受ける事象

 つまり、事例の個別具体性とそのコンテキストを重視する点にケーススタディの主要な特徴があるのであって、突出した(先進的)ケースを研究対象に選ぶことで、「平均化されると埋もれて見えなくなってしまうような重要な問題を抽出し、問題意識を喚起すること」(澤邉他[2008]、5頁)が可能となる点に、ケーススタディの固有の利点があるとされるのである。総じて、既存の概念や理論からの演繹によって観察予測を描くことが困難な社会事象の研究において、かかる研究方法はとりわけ有用といえる。

 ちなみに、ケーススタディに依拠した研究は、国内外の管理会計の領域では今日さかんに行われている(澤邉他[2008])。また研究方法としてのケーススタディは、民俗学や人類学等の領域で採用される参与観察とも、問題意識の点で共通性が高いといえる。

 以上のような学術的位置づけを有するケーススタディは、地域資源を「地方創生の起爆剤」として戦略的に活用するうえでの成功要因を明らかにするという本研究の目的に適合的な研究方法となる8)。かかる研究方法上の観点と判断にもとづき、次節以下では地域資源開発の先進的事例におけるヒアリング調査を通して、本研究に係る作業を進めていきたい。


Ⅳ ヒアリング調査の結果

 この節では、ヒアリング調査の結果を、主要な論点ごとに整理して報告する。ヒアリング調査のための訪問先は、桑田天使神楽団である。広島安芸高田神楽9)(以下、「神楽」という)は島根県出雲流神楽に起源を持つ伝統的な地域芸能であり、安芸高田市では、神楽を活用した地域活性化の取組みが早くから、行政を巻き込む形で実施されてきた。桑田天使神楽団は、同市内に22ある神楽団の1つである。


1 訪問先のプロファイル

 図表2は、訪問先である桑田天使神楽団のプロファイルをまとめたものである。正確な設立年は不明であるが、同神楽団に関する文政2年(1812年)の記録が残っており、したがって、少なくともそれ以前に設立されたものと考えられる。調査時点(2019年3月1日)の団員数は22人である。

 主たる活動目的は、神楽の演舞である。公演は月3回(年40回弱)を目途としているが、年60回を超えたこともある。桑田八幡神社で毎秋(9月最終日曜日又は10月第1日曜日)、同神楽団が奉納する「桑田神楽の神降し」は、1954年に広島県無形民俗文化財の指定を受けている。


図表2 訪問先のプロファイル

(筆者作成)


2 事情に精通したマルチプレイヤーの存在

 ヒアリング回答者の1人である松田祐生氏は同神楽団副団長であるが、同団の演舞者でもあり、また団運営者としても活動している。他方、松田氏の本職は、安芸高田市商工観光課観光振興係長である。市内22団体で構成される安芸高田市神楽協議会の事務局が市の商工観光課に置かれており、実質的には松田氏がその実務を担当している。松田氏は、神楽団の活動に従事するのはプライベートな時間に限定し、演舞に係る報酬は一切受領しないなど公私の線引きには不断に留意しつつ、かつまた利益相反の問題にも目配りしながら、地域資源としての安芸高田神楽の長期的発展を見すえたマルチプレイヤーとして活動している。その結果、神楽に関する様々な情報が、松田氏に集中することになる。


3 地域資源として活用可能な神楽団の選抜

 安芸高田市には神楽団が既述のように22あるが、地域資源として活用可能な団は限られている。同市が県外公演としてとくに力を入れている東京公演は2019年に9回目を迎えるが、同公演で演舞できるのは、一定レベル以上の技量をもつ5~6団体ほどである。近所の神社で舞っているだけの団体では難しいとされる。県内各地や島根県もあわせて年20数回の競演大会があるが、そこで優勝実績がある団体の中から東京公演の出演団体を選抜している。

 桑田天使神楽団は、そうした競技大会で何回か優勝しているので、選抜の有力候補となる。選抜される神楽団は、八岐大蛇を8匹出せるとか(そのためには最低でも13人の団員が必要とされる)、年間30~40回の公演をやっているところになる。公演実績が多いと経済的にも豊かになり、自ずと団員も増えるというように、よい循環になる。

 競演大会などでの実績や演舞の評判が口コミで広がり、神楽団への公演依頼や神楽の知名度向上に繋がっている。それを裏づけるトピックとして、NHK番組での中継・放映、パリ・コレ(Paris Collection)での招待演舞、雑誌での記事掲載等をあげることができる(図表3参照)。


図表3 広島安芸高田神楽の知名度向上を示すトピック

(安芸高田市[2019])


4 湯治村の開村と定期公演

 東京公演と並んで、神楽を活用した地域活性化の取組みとして注目されるのが、神楽門前湯治村の整備と同村における神楽公演の定期開催である。

 神楽門前湯治村は、神楽専用施設(後述参照)、温泉、宿泊施設を併設した湯治村である。旧美土里町が1998年に開村した湯治村を、2004年の市町村合併時に同町から安芸高田市が引き継いで、開業した。現在は、第3セクターの株式会社神楽門前湯治村10)が指定管理者として同村の管理運営に当たっている。

 神楽門前湯治村には、全国では他に例のない2千人収容の神楽専用ドーム「神楽ドーム」及び100人収容の神楽小劇場「かむくら座」が併設されている。神楽ドームでは、日本各地で神楽を継承する高校生が集い、日ごろの練習の成果を発表する「神楽甲子園」(主催は広島県、安芸高田市、同市教育委員会等)をはじめ、種々の神楽大会が開催されている。2018年に開催された第7回神楽甲子園には16校が参加し、2日間で約3千人が来場した。同村では、こうした取組みと並行して、神楽ドーム及びかむくら座を会場として、年間150日(金曜夜、土曜夜、日曜昼)の神楽定期公演が開催されている。

 神楽定期公演では、市内22の全神楽団に順番で演舞の依頼がなされる。つまり、実績のある神楽団を選抜して当該各神楽団に演舞の機会を優先配分する東京公演とは異なり、神楽定期公演では全神楽団に演舞の機会がほぼ均等に与えられることになるのである。こうした取組みは、支援の傾斜配分を補完し、支援のあり方を全体としてバランスの取れたものとする効果を結果としてもたらす。換言すれば、安芸高田市では、地域資源の戦略的活用と並行して、地域資源の保護・保存に繋がる支援もなされているのである。ちなみに、神楽門前湯治村の運営・管理に充てられている同市の予算は、年間約750万円とされている。


5 神楽の地域資源としての経済効果

 安芸高田市が神楽の経済効果を推計している。推計の対象とされた神楽団は同市において地域資源として活用された神楽団であり、桑田天使神楽団以外の神楽団も含まれている。それによると、2011年から2014年までの5年間の効果額は約22.3億円であった。同期間に同市が神楽関連の取組みに支出(投資)したトータルの金額は約1億円であったので、名目で22倍以上の経済効果(リターン)を得た計算になる。投資額をはるかに超えるリターンをもたらしたという意味で、神楽は文字通り「経済的資源」としての機能を果たしてきたといえる。ただし、そのリターンは、資源の保有者である神楽団の所得にならないことから、経済学でいう外部性(externality)11)を構成するものとなっている。神楽の外部性は、様々な形で地域住民の所得となり、地域社会に還元されてきたのである。こうした外部性の還元が地方創生の経済的基盤を形成することになる。

 安芸高田市の推計の明細を整理すると、以下の通りである(図表4参照)。多くの仮定や見積りを交えた推計値ではあるが、明確な反証が存在しない限り、当該推計値を安芸高田市が得た神楽の経済価値の目安と見なすことができるであろう。


図表4 広島安芸高田神楽の経済効果の推計額

(安芸高田市[2019])


●定住者の増加とその経済効果 

 2011年から2014年までの5年間に、68人が神楽団に入団した。そのうち、定住者が32人である。定住者のうち、他所から移住してきた団員が6人、神楽をしていなかったならば間違いなく安芸高田市外に転出したであろう団員が26人である。1人当たり家計所得309万円にリーサス12)地域経済循環率72.5%を乗じ、その5年分として3.6億円を、地域経済循環額として計算している。また、交付税相当額は、1人当たり交付額20.2万円に定住者32名を乗じ、その5年分として0.3億円と計算している。


●観光客数の増加とその経済効果 

 2010年に約125万人だった観光客数は、2015年には約170万人に増加した。5年間の累計では、中部以東からの観光客が約9万人、その他県外からの観光客が約88万人、それぞれ増加している。それによる5年間の地域経済波及額は、96.8万人に1人当たり観光消費額1,321円を乗じて、12.8億円と推計している。


●プロモーションによるPR効果 

 NHK「鶴瓶の家族に乾杯」(2011年)、NHK「ひるブラ」(2013年)などでの放映、新聞等での掲載(中国新聞をはじめとする新聞、神楽甲子園出場校の地元紙、各種雑誌等)による広告換算額を、5.6億円(テレビ4.6億円、新聞等1.0億円)と推計している。

 以上に見るような地域資源の経済効果の推計報告は、アメリカにおいて非営利組織の業績評価報告として開発された「サービス提供の努力と成果に関する報告」(Service Efforts and Accomplishments Report,SEA報告)と共通した性質を有するものと評することができる。ちなみに、SEA報告とは、サービス提供に費やされた努力とそれによって達成された成果を、物量情報やナラティブ情報も交えて包括的に報告することを目的としたものである13)


Ⅴ 調査結果の解釈

 この節では、本調査から得られた主要な知見とその含意を明らかにしていきたい。

 第1は、事情に精通したマルチプレイヤーが、情報の非対称性の緩和に大きく貢献し、支援の傾斜配分を可能にしていることである。松田氏がそうしたマルチプレイヤーの代表的存在となっている。既述のように、松田氏は、安芸高田市商工観光課に勤務する傍ら、安芸高田市神楽協議会の事務局員を務め、さらに桑田天使神楽団の活動にも副団長及び演舞者として参加している。情報の仲介者として、松田氏は理想的な存在となっている。

 第2は、地域資源として活用可能な神楽団の選抜に当たって、競演大会での優勝実績が重視されていることである。具体的には、競演大会で優勝した実績のある神楽団が、東京公演の出演団体として選抜されている。このことは、優勝実績が、神楽団の技量に関するシグナリング(signaling)14)の機能を果たしていることを示している。松田