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≪査読付論文≫地方創生における地域資源の戦略的活用とその成功要因 ―広島安芸高田神楽のケーススタディ―

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愛知産業大学准教授 今枝千樹

京都大学大学院教授 藤井秀樹


キーワード:

安芸高田神楽 情報の非対称性 地域資源 地方創生 シグナリング


要 旨:

 地方創生の起爆剤となりうる地域資源を開発するには、資源の戦略的な重点配分が不可欠であり、そのためには地域資源の提供者と支援者との間の情報の非対称を可能な限り緩和する必要がある。かかる問題意識にもとづいて広島安芸高田神楽のケーススタディを行い、以下の知見を得た。第1は、事情に精通したマルチプレイヤーが情報の非対称性の緩和に大きく貢献し、支援の傾斜配分を可能にしていることである。第2は、地域資源として活用可能な神楽団の選抜にあたり、競演大会での優勝実績がシグナリングとして機能していることである。第3は、神楽の5年間(2011~2014年)の経済効果は22.3億円で名目のリターンが22倍以上に達することに示されるように、神楽が地域資源として実質的に機能していることである。しかし、事情に精通した特定のマルチプレイヤーへの依存は地域資源の強みでもあるが同時に弱みでもあり、持続可能な取組みとするには人材の育成が今後の大きな課題となろう。


構 成:

Ⅰ はじめに-問題設定-

Ⅱ 研究の基礎理論

Ⅲ 研究方法の位置づけ

Ⅳ ヒアリング調査の結果

Ⅴ 調査結果の解釈

Ⅵ おわりに


Abstract

 We could make use of regional cultural resources as an accelerator of local revitalization through strategic allocation of economic supports. To make it possible, we need to reduce information asymmetry between creators of cultural resources and their supporters as much as possible. From this view point, we conducted a case study of the Hiroshima Aki-Takata Kagura (sacred music and dance). The main findings of our study are as follows. First, well-informed multiplayers in the field greatly contribute to mitigation of information asymmetry and enables strategic allocation of economic supports to high-skilled troupes. Secondly, in selecting those troupes that could perform as regional resources, their track records in the Kagura competitions play a role of “signaling” in economics sense. Third, Kagura's effect for five years (2011-2014) on the local economy was estimated at about ¥2.23 billion, and it turned out to be a nominal return of more than 22 times, that proves the Kagura actually functions as a regional resource. However, the dependence on the specific informed multiplayers would be strength and weakness at the same time in their activities, and training of their successors should be a key to sustainable good performance in the future.


※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。

Ⅰ はじめに -問題設定-

 近年、地域の伝統芸能や文化芸術(以下、本稿では「地域資源」と総称する1))が新たな注目を集めるようになった。地方創生政策(ローカル・アベノミクス2))の始動を受けて、地域資源を「地方創生の起爆剤」(内閣官房[2014])と位置づける視点や、「文化芸術資源で未来をつくる」(文化庁[2015])といった視点から、地域資源の可能性(potential)が見直され始めたことが、その背景となっている。

 地方創生の成否の重要な鍵となるのは、訪問人口・定住人口の増加である。地方創生の物的基盤となりうる経済的資源は基本的には、人に付随して移動するからである。したがって、地域資源を「地方創生の起爆剤」にするための取組みは、人を惹きつける魅力的なコンテンツとして地域資源を戦略的に活用するということに帰着する。このような視点は、地域資源をもっぱら保護・保存の対象とみる従来のそれとは異質のものといえよう。

 このような新しい取組みを成功に導く要因は何であろうか。地域資源開発の先進的事例のケーススタディを通じて、この問いにわれわれなりの回答を示すのが、本稿の目的である。


Ⅱ 研究の基礎理論

 地域資源の運営団体は一般に、商業ベースでの活動が困難である。したがって、各団体は、有形・無形の支援を外部から得ながら、その活動を維持している。すなわち、その意味で、地域資源の運営活動は、民間非営利活動としての性質を帯びている。このことを踏まえ、以下では本稿における研究の基礎理論を提示することにしたい。

 民間非営利活動に対する支援のあり方を、経済学の観点から定式化した通説的な議論として、Hansmann[1980]の「契約の失敗」論がある。その論点を要約すれば以下のようになる3)

 公共サービス4)の主な特徴は、サービスコストの負担者とサービスの需要者が異なる点にある。このために、コスト負担者(支援者)の所得移転(支援金が支援者の意思通りに使用されること)の期待確率はつねに100%を下回る。サービスの取引契約のこうした欠陥(契約の失敗)は、コスト負担者の潜在的な予算集合を縮小させるので、彼らが経済合理的に行動する限り、サービスの縮小均衡的な減少が生じることになる。しかし、サービスの提供を、非分配制約(nondistribution constraint)を課された非営利組織に委ねるならば、サービス提供主体内部での支援金の利己的分配という事態は回避できるので、その限りにおいてコスト負担者たちは所得移転について一定の保証を得ることになる。

 以上から理解されるように、Hansmann[1980]の「契約の失敗」論は、非営利組織における非分配制約の意義を、契約理論(エージェンシー理論)の観点から敷衍したものとなっている。本稿では、非営利組織と支援者の間に存在する情報の非対称性(支援金が支援者の意思通りに使用される期待確率の決定要因。以下、たんに「情報の非対称性」という)が、支援者による支援のあり方を左右するという点に着目したい5)。なお、以下で支援という場合、それは広い意味での支援を意味し、活動の場や機会を提供するなどの非金銭的な側面支援の他、出演料等の対価性を帯びた資金の支払いも含むものとする。

 地域資源を魅力的なコンテンツとして戦略的に活用するためには、支援を傾斜配分することが避けて通れない。支援のための潜在的予算集合に一定の限界が存在する以上、それは当然のことといえよう。支援を傾斜配分するには、情報の非対称性を可能な限り小さくする必要がある。情報の非対称性が小さければ、どの非営利活動に傾斜配分するべきかを事前に識別することが容易になるからである。逆に情報の非対称性が大きい場合、支援は画一的(広く浅く)にならざるをえない6)

 保護・保存を目的とした行政的支援は多くの場合、そのような状況下でなされる。以上の議論を整理すると、図表1のようになる。


図表1 情報の非対称性と支援のパターン

(筆者作成)


 以上を要するに、地域資源の質を差し当たりの与件としたうえで7)、支援のあり方に焦点を当てた場合、地域資源を魅力的なコンテンツとして戦略的に活用することの成否は主として、情報の非対称性をいかに緩和できるかにかかっているということができるのである。本稿では、このような理論的視点から、ケーススタディを行っていくことにする。


Ⅲ 研究方法の位置づけ

 本研究では、ケーススタディという研究方法を採用する。この節では、当該研究方法の学術的な位置づけを明らかにしておきたい。

 ケーススタディは、文字通り個別事例の研究であるために、その知見については普遍化が難しい。反証にもとづいて一般法則に接近するという論理実証主義の厳格な立場からすれば、それは疑似科学的方法とみなされる可能性もある。しかし、澤邉他[2008](3頁)によれば、ケーススタディは、以下のような事象を研究調査する際に有用とされる。

① 定量化できない様々な変数を包含した複雑で動学的な事象

② 稀にしか生じないような多数の活動から構成された事象

③ コンテキストとの相互作用から重要な影響を受ける事象

 つまり、事例の個別具体性とそのコンテキストを重視する点にケーススタディの主要な特徴があるのであって、突出した(先進的)ケースを研究対象に選ぶことで、「平均化されると埋もれて見えなくなってしまうような重要な問題を抽出し、問題意識を喚起すること」(澤邉他[2008]、5頁)が可能となる点に、ケーススタディの固有の利点があるとされるのである。総じて、既存の概念や理論からの演繹によって観察予測を描くことが困難な社会事象の研究において、かかる研究方法はとりわけ有用といえる。

 ちなみに、ケーススタディに依拠した研究は、国内外の管理会計の領域では今日さかんに行われている(澤邉他[2008])。また研究方法としてのケーススタディは、民俗学や人類学等の領域で採用される参与観察とも、問題意識の点で共通性が高いといえる。

 以上のような学術的位置づけを有するケーススタディは、地域資源を「地方創生の起爆剤」として戦略的に活用するうえでの成功要因を明らかにするという本研究の目的に適合的な研究方法となる8)。かかる研究方法上の観点と判断にもとづき、次節以下では地域資源開発の先進的事例におけるヒアリング調査を通して、本研究に係る作業を進めていきたい。


Ⅳ ヒアリング調査の結果

 この節では、ヒアリング調査の結果を、主要な論点ごとに整理して報告する。ヒアリング調査のための訪問先は、桑田天使神楽団である。広島安芸高田神楽9)(以下、「神楽」という)は島根県出雲流神楽に起源を持つ伝統的な地域芸能であり、安芸高田市では、神楽を活用した地域活性化の取組みが早くから、行政を巻き込む形で実施されてきた。桑田天使神楽団は、同市内に22ある神楽団の1つである。


1 訪問先のプロファイル

 図表2は、訪問先である桑田天使神楽団のプロファイルをまとめたものである。正確な設立年は不明であるが、同神楽団に関する文政2年(1812年)の記録が残っており、したがって、少なくともそれ以前に設立されたものと考えられる。調査時点(2019年3月1日)の団員数は22人である。

 主たる活動目的は、神楽の演舞である。公演は月3回(年40回弱)を目途としているが、年60回を超えたこともある。桑田八幡神社で毎秋(9月最終日曜日又は10月第1日曜日)、同神楽団が奉納する「桑田神楽の神降し」は、1954年に広島県無形民俗文化財の指定を受けている。


図表2 訪問先のプロファイル

(筆者作成)


2 事情に精通したマルチプレイヤーの存在

 ヒアリング回答者の1人である松田祐生氏は同神楽団副団長であるが、同団の演舞者でもあり、また団運営者としても活動している。他方、松田氏の本職は、安芸高田市商工観光課観光振興係長である。市内22団体で構成される安芸高田市神楽協議会の事務局が市の商工観光課に置かれており、実質的には松田氏がその実務を担当している。松田氏は、神楽団の活動に従事するのはプライベートな時間に限定し、演舞に係る報酬は一切受領しないなど公私の線引きには不断に留意しつつ、かつまた利益相反の問題にも目配りしながら、地域資源としての安芸高田神楽の長期的発展を見すえたマルチプレイヤーとして活動している。その結果、神楽に関する様々な情報が、松田氏に集中することになる。


3 地域資源として活用可能な神楽団の選抜

 安芸高田市には神楽団が既述のように22あるが、地域資源として活用可能な団は限られている。同市が県外公演としてとくに力を入れている東京公演は2019年に9回目を迎えるが、同公演で演舞できるのは、一定レベル以上の技量をもつ5~6団体ほどである。近所の神社で舞っているだけの団体では難しいとされる。県内各地や島根県もあわせて年20数回の競演大会があるが、そこで優勝実績がある団体の中から東京公演の出演団体を選抜している。

 桑田天使神楽団は、そうした競技大会で何回か優勝しているので、選抜の有力候補となる。選抜される神楽団は、八岐大蛇を8匹出せるとか(そのためには最低でも13人の団員が必要とされる)、年間30~40回の公演をやっているところになる。公演実績が多いと経済的にも豊かになり、自ずと団員も増えるというように、よい循環になる。

 競演大会などでの実績や演舞の評判が口コミで広がり、神楽団への公演依頼や神楽の知名度向上に繋がっている。それを裏づけるトピックとして、NHK番組での中継・放映、パリ・コレ(Paris Collection)での招待演舞、雑誌での記事掲載等をあげることができる(図表3参照)。


図表3 広島安芸高田神楽の知名度向上を示すトピック

(安芸高田市[2019])


4 湯治村の開村と定期公演

 東京公演と並んで、神楽を活用した地域活性化の取組みとして注目されるのが、神楽門前湯治村の整備と同村における神楽公演の定期開催である。

 神楽門前湯治村は、神楽専用施設(後述参照)、温泉、宿泊施設を併設した湯治村である。旧美土里町が1998年に開村した湯治村を、2004年の市町村合併時に同町から安芸高田市が引き継いで、開業した。現在は、第3セクターの株式会社神楽門前湯治村10)が指定管理者として同村の管理運営に当たっている。

 神楽門前湯治村には、全国では他に例のない2千人収容の神楽専用ドーム「神楽ドーム」及び100人収容の神楽小劇場「かむくら座」が併設されている。神楽ドームでは、日本各地で神楽を継承する高校生が集い、日ごろの練習の成果を発表する「神楽甲子園」(主催は広島県、安芸高田市、同市教育委員会等)をはじめ、種々の神楽大会が開催されている。2018年に開催された第7回神楽甲子園には16校が参加し、2日間で約3千人が来場した。同村では、こうした取組みと並行して、神楽ドーム及びかむくら座を会場として、年間150日(金曜夜、土曜夜、日曜昼)の神楽定期公演が開催されている。

 神楽定期公演では、市内22の全神楽団に順番で演舞の依頼がなされる。つまり、実績のある神楽団を選抜して当該各神楽団に演舞の機会を優先配分する東京公演とは異なり、神楽定期公演では全神楽団に演舞の機会がほぼ均等に与えられることになるのである。こうした取組みは、支援の傾斜配分を補完し、支援のあり方を全体としてバランスの取れたものとする効果を結果としてもたらす。換言すれば、安芸高田市では、地域資源の戦略的活用と並行して、地域資源の保護・保存に繋がる支援もなされているのである。ちなみに、神楽門前湯治村の運営・管理に充てられている同市の予算は、年間約750万円とされている。


5 神楽の地域資源としての経済効果

 安芸高田市が神楽の経済効果を推計している。推計の対象とされた神楽団は同市において地域資源として活用された神楽団であり、桑田天使神楽団以外の神楽団も含まれている。それによると、2011年から2014年までの5年間の効果額は約22.3億円であった。同期間に同市が神楽関連の取組みに支出(投資)したトータルの金額は約1億円であったので、名目で22倍以上の経済効果(リターン)を得た計算になる。投資額をはるかに超えるリターンをもたらしたという意味で、神楽は文字通り「経済的資源」としての機能を果たしてきたといえる。ただし、そのリターンは、資源の保有者である神楽団の所得にならないことから、経済学でいう外部性(externality)11)を構成するものとなっている。神楽の外部性は、様々な形で地域住民の所得となり、地域社会に還元されてきたのである。こうした外部性の還元が地方創生の経済的基盤を形成することになる。

 安芸高田市の推計の明細を整理すると、以下の通りである(図表4参照)。多くの仮定や見積りを交えた推計値ではあるが、明確な反証が存在しない限り、当該推計値を安芸高田市が得た神楽の経済価値の目安と見なすことができるであろう。


図表4 広島安芸高田神楽の経済効果の推計額

(安芸高田市[2019])


●定住者の増加とその経済効果 

 2011年から2014年までの5年間に、68人が神楽団に入団した。そのうち、定住者が32人である。定住者のうち、他所から移住してきた団員が6人、神楽をしていなかったならば間違いなく安芸高田市外に転出したであろう団員が26人である。1人当たり家計所得309万円にリーサス12)地域経済循環率72.5%を乗じ、その5年分として3.6億円を、地域経済循環額として計算している。また、交付税相当額は、1人当たり交付額20.2万円に定住者32名を乗じ、その5年分として0.3億円と計算している。


●観光客数の増加とその経済効果 

 2010年に約125万人だった観光客数は、2015年には約170万人に増加した。5年間の累計では、中部以東からの観光客が約9万人、その他県外からの観光客が約88万人、それぞれ増加している。それによる5年間の地域経済波及額は、96.8万人に1人当たり観光消費額1,321円を乗じて、12.8億円と推計している。


●プロモーションによるPR効果 

 NHK「鶴瓶の家族に乾杯」(2011年)、NHK「ひるブラ」(2013年)などでの放映、新聞等での掲載(中国新聞をはじめとする新聞、神楽甲子園出場校の地元紙、各種雑誌等)による広告換算額を、5.6億円(テレビ4.6億円、新聞等1.0億円)と推計している。

 以上に見るような地域資源の経済効果の推計報告は、アメリカにおいて非営利組織の業績評価報告として開発された「サービス提供の努力と成果に関する報告」(Service Efforts and Accomplishments Report,SEA報告)と共通した性質を有するものと評することができる。ちなみに、SEA報告とは、サービス提供に費やされた努力とそれによって達成された成果を、物量情報やナラティブ情報も交えて包括的に報告することを目的としたものである13)


Ⅴ 調査結果の解釈

 この節では、本調査から得られた主要な知見とその含意を明らかにしていきたい。

 第1は、事情に精通したマルチプレイヤーが、情報の非対称性の緩和に大きく貢献し、支援の傾斜配分を可能にしていることである。松田氏がそうしたマルチプレイヤーの代表的存在となっている。既述のように、松田氏は、安芸高田市商工観光課に勤務する傍ら、安芸高田市神楽協議会の事務局員を務め、さらに桑田天使神楽団の活動にも副団長及び演舞者として参加している。情報の仲介者として、松田氏は理想的な存在となっている。

 第2は、地域資源として活用可能な神楽団の選抜に当たって、競演大会での優勝実績が重視されていることである。具体的には、競演大会で優勝した実績のある神楽団が、東京公演の出演団体として選抜されている。このことは、優勝実績が、神楽団の技量に関するシグナリング(signaling)14)の機能を果たしていることを示している。松田氏らが持つ私的情報は、こうした実績情報と相互補完的に利用されている。情報のこうした利用は、情報の非対称性の緩和が支援の傾斜配分につながる典型的な具体例を提供している。

 第3は、神楽が地域資源として、実質的に機能していることである。Ⅳ節5で報告したように、 神楽の5年間(2011~2014年)の経済効果は22.3億円であり、名目のリターンは22倍以上に達する。それは、画一的な(広く浅くの)支援であれば達成できなかった成果といえるであろう。地域の伝統芸能や文化芸術に対する支援というと、保護・保存を想起する向きが現在なお根強い。もちろんそのような支援の必要性は依然として存在し、安芸高田市でもそうした性質を持つ支援がげんに一部でなされているが(たとえば神楽門前湯治村の定期公演では全神楽団に演舞の機会が等しく与えられている)、地域資源を「地方創生の起爆剤」として活用するという文脈においては、支援の傾斜配分が避けて通れない課題となるのである。

 その意味で、安芸高田市の支援窓口が、生涯学習課(文化財係)ではなく、商工観光課であることは興味深い。一般論としていえば、前者においては限られた予算が文化財の保護・保存関連の施策に画一的に広く浅く配分されるのに対して、後者においては相対的に潤沢な予算が地域資源の活用に係る施策に戦略的に傾斜配分される傾向がある15)

 しかし、今後に向けた課題も散見される。就中重要と思われるのは、地域資源としての神楽の活用を持続可能な取組みとするには、事情に精通した後継者の育成が避けて通れない課題になるということである。現時点では、松田氏(及びその周辺の少数の関係者)が、地域資源としての神楽を支えるマルチプレイヤーとして、理想的な活動を行っている。それは同神楽の強みであるが、弱みにもなりうる。なぜならば、松田氏らと同等レベルのマルチプレイヤーとして活動する能力と技量を備えた後継者を系統的に育成できなければ、現在のような取組みの維持・発展は期待できないからである。特定少数に依存した理想は不安定であり、それを支える人材が枯渇したときに霧消する。この点は、広島安芸高田神楽が抱える課題の性質を示すものとして特に強調しておきたい。


Ⅵ おわりに

 以上によって、先進的事例のケーススタディを通じて、地域資源を「地方創生の起爆剤」として活用する新しい取組みを成功に導く要因を明らかにするという本稿の目的は、おおむね達成されたと思われる。

 一言でいえば、その不可欠の成功要因は、地域資源の事情に精通したマルチプレイヤーの存在である。そうしたマルチプレイヤーが情報の非対称性を緩和する情報仲介者として活動しており、そのことが支援の効率的な傾斜配分を可能にしている。そしてその結果、地域資源の活用を通じた経済効果の創出に成功している。そうであればこそ、次世代のマルチプレイヤーを演じうる人材の系統的な育成が、地域資源開発の維持・発展を図るうえで焦眉の課題となるのである。

 ただし、本稿で得た知見と解釈はあくまでも、Ⅱ節で提示した基礎理論にもとづくケーススタディの結果を示すものである。前提とする基礎理論が異なる場合、本稿とは異なる知見と解釈がもたらされる可能性がある。そのことを最後に指摘し本稿のむすびとしたい。


[謝辞]

 本稿の執筆に当たり、源田佳史先生(公認会計士)、小林麻理先生(早稲田大学教授)、佐久間義浩先生(東北学院大学教授)、森美智代先生(熊本県立大学教授)から有益なコメントを頂戴した。記して謝意を表したい。ただし、ありうべき誤謬等は筆者の責に帰するものである。本稿は、平成28~31年度科学研究費補助金基盤研究(C)(課題番号16K03985)による研究成果の一部である。


[注]

1)地域の伝統芸能の総称として「地域資源」(regional resource)という用語を用いるのは、日本地域資源開発経営学会(http://rrdsj.net/regulations_of_a_society.html)での議論及び用語法によるものである。経営学の観点から地域資源を「開発」の対象とみる同学会の研究動向から、本稿は多くの示唆を得ている。

2)「ローカル・アベノミクス」とは、第2次安倍晋三内閣がデフレからの脱却を目指して掲げた経済政策(アベノミクス)の1つである「成長戦略」の第2弾の政策をいう。2014年6月24日に閣議決定された経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針)の中で、「ローカル・アベノミクス」という用語が用いられている(内閣府[2014])。

  自民党[2014]によれば、日本の経済構造は、世界で戦う大企業が中心の「グローバル経済圏」と地域に密着した中小企業が中心の「ローカル経済圏」の2つから成り立っており、当初のアベノミクスはグローバル経済圏に焦点を当て、そこでの活況がローカル経済圏に波及する効果を期待するものであったとされる。しかし、生産拠点の海外移転などの影響もあり、アベノミクス効果が中小企業に十分に浸透しなかったことから、成長戦略の第2弾として、ローカル経済圏を直接のターゲットに設定し、地域経済の好循環を目指す新成長戦略(ローカル・アベノミクス)が据えられたとされる。

  ローカル・アベノミクスによる地域経済の好循環の鍵となるのは、各地域独自の魅力を持つ「地域資源」(農林水産品、観光資源、技術、伝統・文化など)の持続的な発展と当該資源を再生産する仕組みの構築とされている(自民党[2014])。

3)Hansmann[1980]の所説については、松元[2014]において詳細な紹介がなされている。非営利組織におけるエージェンシー問題については、Steinberg[2010]も参照されたい。

4)Hansmann[1980]では、「公共財」(public good)という用語が使用されているが、それは経済学での一般的な用語法とはやや異なる。用語上の無用の混乱を避けるために、ここでは「公共サービス」という用語に置き換えている。

5)以下の議論は、情報の経済学を確立したとされるAkerlof[1970]の議論を援用したものである。情報の経済学の基本的論理構成や学術的意義については、須田[2000];藤井[2017]を参照されたい。

6)Akerlof[1970]の議論に従えば、このような場合、エージェント(支援対象となる非営利団体)が提供する財の平均的な質を反映した単一価格(支援額)を、プリンシパル(支援者)は支払うことになる。

7)本稿の検討課題には、検討対象となる地域資源が一定の質を備えていることが含意されている。換言すれば、一定の質を備えた地域資源を戦略的に活用するための条件を経済学的視点から考察することが、本稿の主目的をなしている。わが国においては、一定の質を備えた地域資源は各地域に少なからず存在するものの、その戦略的活用の成功例が現在なお非常に限られていることが、かかる問題意識の社会的背景をなしている。

8)澤邉他[2008]の議論を援用すれば、安芸高田神楽は「パラダイム的ケース」として特徴づけることができるであろう。パラダイム的ケースの研究は、「新しい理論の価値を実例を通じて説得的に伝えようとする場合に有用である」(澤邉他[2008]、11頁)とされる。

9)安芸高田市では、神楽のプロモーションにおいて、「ひろしま安芸高田神楽」というブランド名が用いられている。この点については、松田[2016]を参照されたい。つまり、「ひろしま安芸高田神楽」はブランド名であり、「広島安芸高田神楽」は一般名詞である。本稿でも、両者をこのように区別したうえで、使用している。

10)安芸高田市が同社株式の100%を所有しているが、同市では同社は第3セクターとして位置づけられている。

11)経済学において、外部性とは、ある経済主体の行動が他の経済主体の効用関数や生産関数に物的変数として直接入ることをいう(伊東編[2004]、94頁)。たとえば、ある地域に鉄道が建設されると、沿線の利便性が飛躍的に高まり、地価が上昇する。与件に変化がなければ、その便益は鉄道会社の所得とはならず、沿線事業者(不動産業者など)の所得となる。

12)リーサスとは、地方創生の様々な取組みを情報面から支援するために、経済産業省と内閣官房(まち・ひと・しごと創生本部事務局)が2015年4月より提供を開始した地域経済分析システム(Regional Economy (and) Society Analyzing System:RESAS)をいう。詳細については、内閣官房[2019];RESAS[2019]を参照されたい。

13)SEA報告の詳細については、今枝[2003]を参照されたい。

14)情報の経済学において、シグナリングとは、私的情報を自発的に開示することによって自分の提供する財が良質であることを買い手に知ってもらうことをいう(Watts, R.L. and J.L. Zimmerman[1986], pp.165-166;藤井[2017]、28頁)。

15)岐阜県の東濃地方には、伝統的な地域芸能である地歌舞伎の保存会が多数存在しており、安芸高田市と非常に類似した形で、地歌舞伎を活用した地域活性化の取組みがなされている。地歌舞伎保存会と行政(岐阜県や中津川市)の間で、種々の支援活動を行う「岐阜自慢ジカブキプロジェクト」(任意団体)に対し、我々は2016年11月14日にインタビューを行った。

  同プロジェクト会長の市川氏によれば、地歌舞伎は中津川市にとって重要な地域資源として位置づけられており、潤沢な予算が配分されているが、このような状況は、2014年に中津川市における地歌舞伎関連の窓口が、文化振興課から観光課に移ったことが、ターニングポイントになっているという。文化行政においては、公演の出場機会を保存会に均等に与えるといった「平等性」を重視するとともに、活動を維持できそうにない(活動実績のない)保存会を手当てしようとするが、観光行政となるとこれとは対照的に、海外公演などについて、活動実績のある保存会に依頼し、出演機会を与えるという形でかかる保存会を支援する。窓口の移行は、予算の配分を一変し、中津川市における地歌舞伎の位置づけにおける一番大きな転換点となったという。以上については、今枝・藤井[2020]を参照されたい。

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論稿提出:令和元年11月28日

加筆修正:令和 2 年 3 月30日




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