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  • ≪査読付論文≫非営利組織における課税事業に対する費用移転の抑制に関する研究:公益法人制度改革による影響分析 / 夏吉裕貴(横浜市立大学大学院博士後期課程)・黒木 淳(横浜市立大学准教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 キーワード: 公益法人 公益目的事業費 課税事業 公益法人制度改革 要 旨: 本稿の目的は、非営利組織における課税事業に対する費用移転について分析することである。日本の公益法人は非課税の公益目的事業に加えて収益目的の課税事業を行うことができる。本稿は、公益法人が課税収益の圧縮を可能とする公益事業から課税事業への費用移転に焦点を当て、公益法人において公益目的事業から課税事業への費用移転行動が存在するかについて調査を行う。また、2008年度から施行された公益法人制度改革が費用移転行動にどのように影響を与えたのかについて、2009年度の旧公益法人(特例民法法人)と2018年度の公益法人の費用移転の程度を比較することで検証する。分析の結果、課税事業への費用移転行動を行う公益法人は全体の10%以下であり、さらに公益法人制度改革以後、課税事業への費用移転が減少している証拠を発見した。この結果は、わが国の公益法人ではわずかではあるが課税事業への費用移転を行う公益法人が存在するものの、公益法人制度改革は節税となる費用移転を防ぐ効果があったことを示唆している。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 公益法人制度の概要 Ⅲ 先行研究と仮説 Ⅳ リサーチ・デザイン Ⅴ サンプル選択 Ⅵ 実証結果 Ⅶ おわりに Abstract The study investigates the transfer of costs to taxable business in non-profit organizations.Japanese public interest corporations can operate taxable businesses for profit in addition to taxexemptcharitable purposes. This study focuses on the transfer of costs from public works totaxable business, which enables the public interest corporation to reduce taxable income. Inaddition, regarding how the reform of the public interest corporation system implemented from2008 affected the cost transfer behavior, the degree of cost transfer between the former publicinterest corporation (special civil law corporation) in 2009 and the public interest corporation in 2018verify by comparing. As a result of the analysis, less than 10% of public interest corporations takeaction to transfer costs to taxable businesses, and we found evidence that the transfer of costs totaxable businesses has decreased since the reform of the public interest corporation system. Thisresult suggests that although there are a small number of public interest corporations in Japan thattransfer costs to taxable businesses, the reform of the public interest corporation system waseffective in preventing the transfer of costs, which is tax-saving. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 本稿の目的は、わが国の課税事業を行う全公益法人からなる2,856法人× 2 か年(1,428の公益法人)サンプルを対象として、⑴公益社団・財団法人(以下、「公益法人」という。)が公益目的事業費を課税事業の費用として移転しているかどうか、また⑵公益法人制度改革が公益法人による課税事業への費用移転行動にどのような影響を与えたのかについて明らかにすることである。先行研究は、非営利組織が免税事業費用を過小に報告し、課税事業に配分するかについて検証しており、非営利組織の経営者が租税回避を目的とした費用移転を行っている証拠を提示している(Sansing[ 1998]、Cordes and Weisbrod[ 1998]、Yetman [2001]、Omer and Yetman [2003]、Hofmann [2007]、Omer and Yetman [2007]、Yetman and Yetman[ 2009])。 このような非営利組織による租税回避を意図した行動が指摘される背景には、政府の税収の減少や営利企業との不公平な競争等、非営利組織に対する免税制度の機能不全を引き起こすという懸念を社会にもたらすことがある。しかし、どのような規制が非営利組織による費用移転行動を防ぐかは依然として明らかではない。 本稿は、第1 に、公益法人における免税事業から課税事業に移転された費用を推定する。わが国では公益法人の課税事業について特有の規制があり、このような節税をもたらす費用移転は米国よりも小さいことを予想する。第2 に、公益法人における課税事業に対する費用移転に影響を与えた要因を調査するために、本稿は2008年の公益法人制度改革がこのような課税事業に対する費用移転を減じたかどうかを検証する。具体的には、制度改正による規制の強化によって、制度改正前に比べて改正後の公益法人では課税事業への費用移転の発生確率が低下すると予想し、課税事業への費用移転の推移を検証する。 Ⅱ 公益法人制度の概要 公益法人とは、公益の増進を図ることを目的として法人の設立理念に則って活動する民間の非課税法人であり、公益認定等委員会により公益認定を受けた法人を指す。また、本稿の分析対象には、後述する公益法人制度改正以前の旧民法下において設立された公益法人(2009年度段階では特例民法法人と称するが、本稿では一括して公益法人として定義する)を含めている。2018年12月時点では9,561の公益法人が存在しており、累積資産(事業費用)は28(4.6)兆円であり、年々増加し続けている。 公益法人制度は1898年に改正された旧民法に由来する。本来、旧民法における公益法人は公的組織の満たすことのできない多様な民間のニーズを満たすため、旧民法第34条「学術、技芸、慈善、祭祀、宗教その他の公益に関する社団又は財団であって、営利を目的としないものは、主務官庁の許可を得て、法人とすることができる」に基づき設立された法人である。しかし、旧民法第67条1 項「法人の業務は主務官庁の監督に属す」と定められるように、政府の監督のもとで業務が行われていた。すなわち、運営が政府の影響を大きく受けるという点で公的組織の公共サービスを民間から補完するという趣旨に反しており、やがて社会の多様化が進んでいくなかで、旧民法下の公益法人は多様化するニーズに対応することが困難となっていた。そこで2008年、公益法人制度改革が行われ、公益法人の認定と監督について第三者機関である公益法人認定等委員会が行い、また認定基準を公益認定基準として透明化することで、独立した民間組織としての活動が可能となった。 公益法人は、他国の非営利組織と同様に、公益目的の非課税事業と所得確保を目的とした課税事業を行うことが認められている。2018年12月の時点で、公益法人の46.4%が課税事業を行っている。公益法人の約半数が毎年、課税事業に従事しており、この比率は2014年以来一貫している。これらの課税対象となる事業は、2018年12月現在で利益に対し23.2%(所得800万円以下の場合は15%)の法人税が課せられる。 旧民法において、公益法人の課税事業は主務官庁による監督に委ねられていた。一方、現行の公益認定法は課税事業に対する費用が実質的に公益目的の非課税事業費用以下となるよう定めている。すなわち、公益目的事業比率が50%を超えることが公益認定時の要件となっている。これは、公益法人による課税事業の増加を抑制し、公益事業に焦点を当てることを目的としている。公益認定等委員会は総費用に対する事業費用の割合を監督し、基準に反する場合、公益法人から非課税ステータスをはく奪することになる。 Ⅲ 先行研究と仮説 非営利組織における租税回避を動機とした経営行動に関する研究は、多国籍企業における法人税回避の研究に基づいて展開している。多国籍企業は低い法人税率である海外子会社の立地を生かした租税回避を行っていることが懸念される。そのため、多国籍企業を対象とした租税回避に関する実証研究では、法人税の低い支店に利益をシフトするのか否かについて検証し、おおむね予想を支持する結果が提示されている(Collins et al[1998]、Gramlich et al.[2004]、Grubert and Mutti [1993]、Grubert [2003]、Harris[1993]、Klassen and Laplante[2012])。 非営利組織の文脈における租税回避を動機とした費用移転行動に関しては、非関連事業収益税(Unrelated busines income tax : UBIT)を通じて実施される。先行研究による実証結果は、非営利組織がUBITに関する支払額を減少させるために、課税事業の利益を過少報告していることを発見している(Sansing [1998]、Cordes andWeisbrod [1998]、Yetman[2001]、Omer andYetman [2003]、Hofmann [2007]、Omer andYetman [2007]、Yetman and Yetman [2009])。特に医療と教育セクターの非営利組織は平均10万ドル以上の費用を課税事業にシフトしていることが報告され、課題となっている(Yetman[2001])。また、Omer and Yetman (2007) は19%の観測値が課税事業費用をミスレポーティングし、30%もの費用を他の費用から移転していることを報告している。 わが国の公益法人は、米国IRSにおける免税団体と比べて、大学や病院などの学校法人・医療法人が運営する比較的規模の大きな非営利組織を含まないものの、多様な目的をもつ法人が存在していること、また公益目的事業や関連する課税事業の一部に対しては免税が認められていること、さらに課税事業を実施できることで共通している。しかし、公益法人の認定要件として、課税事業等の公益目的以外の事業が公益目的事業の実施に支障を及ぼさないこと、また公益目的事業費用が課税事業費用を含む総費用の50%を超える必要があることが定められており、公益法人の課税事業は制度面から抑制されているといえる。したがって、本稿では、わが国公益法人における課税事業に対する費用移転行動は米国の程度に比べて低いことを予想する。 仮説1 : 課税事業に対する費用移転が推察される公益法人は少数派である。 このような課税事業に対する費用移転という、結果としての節税行動であると推察される行動の要因に関する検証も実施している。たとえば、高い寄付金依存度(Cordes and Weisbrod[ 1998]、Yetman and Yetman[ 2009])や州の税率、監査の質、収益事業の規模、会計システムの柔軟性、検知リスク(Cordes and Weisbrod[ 1998]、Omerand Yetman[ 2003]、[2007])などが非営利組織における収益事業の規模や租税回避に動機付けられた費用移転行動と関連していることが報告されている。しかし、これらの先行研究では、非営利組織の課税事業に対する費用移転に対する規制改革の影響は調査されていない。また、多くの先行研究は米国IRSに登録された免税組織を対象としており、異なる法規制の影響は不明である。 先述したように、2008年度に施行された公益法人制度改革では、課税事業に対する規制が強化されている。第1 に、公益認定の要件として、経理的基礎をもつことが設定されており、課税事業についても公益認定等委員会が確認している。第2 に、公益認定等委員会は総費用に対するこれらの事業費用の割合を確認しており、公益法人の課税事業による費用が公益事業の費用を超える場合、公益法人から非課税ステータスをはく奪するような規制が設けられている。そこで、公益法人制度改革の課税事業に対する費用移転へのインパクトを考慮し、次の仮説を設定する。 仮説2 : 制度改正前に比べて制度改正後の公益法人では、課税事業に対する費用移転の発生確率が低下する。 Ⅳ リサーチ・デザイン 本稿では、Yetman (2001)モデルを拡張させたOmer and Yetman (2007)に基づいて課税事業に対する費用移転の程度を推定する。Yetman (2001)の提示するモデルでは回帰式によって課税事業収益の増分が費用に影響を与える程度によって、課税事業における変動費と固定費を推定するが、この値はパラメーターが小さすぎることで、課税事業への費用移転を低く見積もってしまう可能性が示されている(Omerand Yetman [2007])。そこで、本稿では、Omerand Yetman (2007)がおもに用いる次の式によって課税事業への費用移転の推定額(estimated taxable expense allocation: ETXA)を算定する。 課税事業への費用移転の推定額(ETXA)=課税事業費用-(課税事業収益 / 収益合計)×費用合計 ⑴ ETXAに関する⑴式は、収益合計に占める課税事業の割合が、費用合計と同等の配分になるという仮定に基づいている。加えて、課税事業は収益獲得を部分的にも目的とすると考えられることから、少なくとも課税事業に対する費用は少なく抑える動機が働くことを想定している。ETXAが0 よりも大きい場合、収益の割合と比べて課税事業に多く費用が配分されていることを意味し、収益額の割合で想定される課税事業費用よりも多くの費用を課税事業に割り当てていることとなる1 )。 Ⅴ サンプル選択 本稿は「公益法人information」から取得した公益法人の財務データを用いる。旧民法下における公益法人の新制度への準拠は2013年を期限としている。よって利用可能データの中で最も古い2009年から直近の2018年に存在した公益法人を用いる。また、課税事業への費用移転を検証するため、課税事業を行う公益法人に限定する。以上より、2009年から2018年に存在し、収益事業を行う1,428法人× 2 か年(2009年度・2018年度)の2,856サンプルを用いる。さらに、年度別に上下1 %の異常値、また欠損値をもつサンプルを除き、最終的に分析に用いるサンプルは2,767サンプルとなった。 Ⅵ 実証結果 1  基本統計量 下記の図表1 は、Panel Aにおいて本稿で用いる項目の基本統計を、Panel Bにおいて実際に推定された課税事業に対するETXAの基本統計を示している。 図表1 Panel Aの結果では、費用合計は収益合計を超過しているが、課税事業に関しては収益のほうが費用よりも大幅に大きいことが分かる。また、Panel BにおけるETXAはプラスであれば、収益合計に占める課税事業収益の割合と比べた場合において、費用が多く課税事業に移転されていることを示している。分析結果は、2009年度および2018年度ともに、第3 四分位の値がマイナスであり、課税事業への費用移転を行う公益法人はサンプルの25%以下であることが読み取れる。この結果は、課税事業における収益が費用よりも大きい結果と一致している。さらに、Panel Bでは、2009年度と2018年度の結果を併記している。その結果によると、2009年度のETXAに比べて2018年度のETXAの平均値が低くなっており、2018年度は2009年度に比べて課税事業への費用移転が減少したことを示している。 図表1  基本統計量 以下の図表2 は各年度のETXAのヒストグラムである。 (注) 2009年度と2018年度の費用合計に占める課税事業費用額に有意な差は無い。 図表2  ETXAのヒストグラム 図表2 の上側は2009年度のヒストグラムである。前述のように、ETXAがプラスであれば、課税事業への費用移転が行われていることを示している。図表2 は、ETXAの分布は、0 より大きい値をもつサンプルが存在していることをあらわしている。これは、2009年度において、課税事業への費用移転を行う公益法人が一定数存在していることを示唆している。 図表2 の下側は2018年度のヒストグラムである。2009年度と同様に0 より大きい値をもつサンプルが存在しており、課税事業への費用移転が行われていることを示している。さらに、2009年度と比較すると0 より大きい値をもつサンプルの数が減少しており、制度改革が公益法人の課税事業への費用移転を減少させていることを示唆している。以上の結果は、Yetman(2001)やOmer and Yetman (2007)が報告する費用移転の結果よりもはるかに小さく、仮説1が支持されたといえる2 )。 2  制度改正前後の比較 本稿は、仮説2 をテストするために、課税事業への費用移転の発生確率の制度前後での比較を行う。そこで、ETXAの値が0 より大きい場合は1 、その他の場合は0 となる課税事業への費用移転の発生をあらわすダミー変数を設定し、制度前後で平均値の比較を行う。 以下の図表3 は比較結果である。 図表3  規制前後の費用移転の発生確率の比較 2009年度の課税事業に対する費用移転を実施する確率は9.468%であり、制度改正後は0.860%と大幅に減少している。また、t検定を行った結果、t値は10.466となった(p<0.001)。すなわち、制度改正前の2009年度から制度改正後の2018年度まで、課税事業への費用移転の発生確率は有意に減少しており、仮説を支持している。以上の結果は、2008年度の制度改革により、公益法人における課税事業への費用移転が減少していることを示唆しており、仮説2 を支持している3 )。 Ⅶ おわりに 本稿は日本の公益法人データを用い、課税事業への費用移転がみられるのか否か、また公益法人制度改革が課税事業への費用移転に影響を与えたのかについて検証を行った。公益法人による課税事業への費用移転行動は、免税制度の機能不全を引き起こす懸念が存在するが、どのような規制がこのような費用移転を防ぐのかは明らかではない。そこで、本稿は2008年度の公益法人制度改革に焦点を当て、公益法人改革が費用移転行動を減少させるかについて検証を行った。 検証の結果、⑴制度前後を通じて課税事業への費用移転を行う公益法人は全体の10%以下と少数であること、⑵制度改革後に費用移転の発生確率は有意に減少するという結果を得た。これらの結果は本稿で設定した仮説を支持しており、制度改革による規制の強化が公益法人における費用移転行動を抑制していることを示唆している。 これまで公益法人制度改革では大規模な改正による影響が示唆されていたものの、実際の公益法人の経営行動に対する影響については証拠が不十分であったといえる。本稿は、課税事業への費用移転という公益法人の経営行動に着目し、わが国特有の制度下において課税事業への費用移転が抑制されているという新しい証拠を提供している。公益法人において課税事業への費用移転という、結果としての節税行動が抑制されているということは、公益法人が公益目的事業に集中しているという証左であろう。このような証拠は、公益法人の所轄庁、研究者および実務家にとって有益であると考えられ、今後の制度改革において節税に繋がる不自然な費用移転が行われないように十分に注意する必要性を示している。 [注] 1)なお、ロバストネス・チェックにおいてYetman (2001)の推定法を用いた場合においても同様の結果が得られることを確認している。 2)本研究で推定された平均値と標準偏差を用いて、Yetman( 2001)やOmer and Yetman( 2007)の平均値に対して課税事業への費用移転を1標本平均値の差の検定を実施した場合、0.1%水準以下で有意であった。 3)本稿は分かりやすく図示するために、収益合計に占める課税収益の割合に対して、課税事業費用の程度を示しており、これがプラスの割合を検定しているが、2009年度および2018年度の平均値や中央値の差の検定を実施した場合においても同様の結果が得られている。 [参考文献] Collins, J.H., Kemsley, D., Lang, M[1998]Cross-jurisdictional income shifting andearnings valuation. Journal of AccountingResearch, 36, pp.209‒229. Cordes, J., Weisbrod, B.A[1998] Differential taxation of nonprofits and the commercialization of nonprofit revenues.Journal of Policy Analysis and Management,17⑵, pp.195‒214. Gramlich, J.D., Limpaphayom, P., Rhee, S.G.[2004] Taxes, keiretsu affiliation, andincome shifting. Journal of Accounting andEconomics, 37⑵, pp.203‒228. Grubert, H., Mutti, J[1991] Taxes, tariff s andtransfer pricing in multinational corporatedecision making. Review of Economics andStatistics, 33, pp.285‒293. Grubert , H[2003] Int angibl e inc ome ,intercompany transactions, income shifting,and the choice of location. National TaxJournal, 56⑴, pp.221‒242. Harris, D.G[1993]The impact of U.S. tax lawrevision on multinational corporations’capital location and income-shiftingdecisions. Journal of Accounting Research,31, pp.111‒140. Hofmann, M.A[2007] Tax-motivated expenseshifting by tax-exempt associations. Journalof the American Taxation Association, 29⑴,pp.43‒60. Klassen, K.J., Laplante, S.K[. 2012] Are U.S.multinational corporations becoming moreaggressive income shifters? Journal ofAccounting Research, 50⑸, pp.1245‒1286. Omer, T.C., Yetman, R.J[. 2003] Near zerotaxable income reporting by nonprofitorganizations. Journal of the AmericanTaxation Association, 25⑵, pp.19‒24. Omer, T.C., Yetman , R. J[2007]Taxmisreporting and avoidance by nonprofitorganizations. Journal of the AmericanTaxation Association, 29⑴, pp.61‒86. Sansing, R[1998] The unrelated businessincome tax, cost allocation, and productiveefficiency. National Tax Journal, 51⑵,pp.291‒302. Yetman, R.J[2001] Tax-motivated expenseallocations by nonprofit organizations. TheAccounting Review, 76, pp.297‒311. Yetman,M.H.,Yetman,R.J.[2009]Determinants of nonprofits’ taxableactivities. Journal of Accounting and PublicPolicy, 28, pp.495‒509. Yetman, M.H., Yetman, R.J[. 2012] The eff ectsof governance on the accuracy of charitable expenses reported by nonprofit organizations. Contemporary AccountingResearch, 29, pp.738‒767. 黒木淳[2018]『非営利組織会計の実証分析』、中央経済社。 (論稿提出:令和2 年12月18日) (加筆修正:令和3 年4 月24日)

  • ≪査読付論文≫NPO法人による交通空白地有償運送の効率性評価 / 小熊 仁(高崎経済大学准教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 高崎経済大学准教授 小熊 仁 キーワード: 交通空白地有償運送 ボランティア運転手 DEA(Data Envelopment Analysis) 効率性 非裁量要因 要 旨: 本論文では、全国30件のNPO法人を対象に、DEAに基づいて交通空白地有償運送の効率性を評価した。分析の結果、交通空白地有償運送はNPO法人の収入規模や収益性に関わらず効率性格差が生じており、事業全体として規模を拡大し、規模の適正化を目指すことにより効率性の改善をもたらすことが明らかになった。また、NPO法人の収益性や経営資源の蓄積の程度は交通空白地有償運送の効率性と関連しているとはいえず、収益性や経営資源が比較的劣る団体であっても効率的なサービスを展開していることが分かった。 構 成: Ⅰ 本論文の問題意識と目的 Ⅱ 交通空白地有償運送と分析対象NPO法人の概要 Ⅲ DEAによる交通空白地有償運送の効率性評価 Ⅳ 分析結果 Ⅴ まとめと今後の分析課題 Abstract This paper evaluated the efficiency of Fare-paying Conveyance in Areas without PublicTransportation System based on Data Envelopment Analysis for 30 NPOs nationwide. As aresult, it was clear that those system had an efficiency gap regardless of the operating revenuescale and profitability of NPO and expanding the scale of the business and aiming for optimizationof the scale would lead to improved the efficiency. In addition, this paper showed that therelationship of the profitability and the degree of management resources was not related to theefficiency and even these relatively inferior organizations could provide efficient services. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ 本論文の問題意識と目的 わが国では人口減少やモータリゼーションの進展によって、地方の中山間地域を中心にバス路線の減便や廃止が相次いでいる。従来、このような地域に対しては地方自治体が事業者に補助金を与えるか、地方自治体のコミュニティバスに代替するという形でサービスが維持されてきた。しかし、地方自治体の財政負担の拡大に伴い、サービスの継続に困難をきたす地域もみられ、自家用車を所有しない学生や高齢者に対する交通手段の確保が問題となっている。 こうしたなか、NPO法人をはじめとする非営利組織が道路運送法第78条「自家用自動車による有償旅客運送」の例外規定(交通空白地有償運送)を活用し、公共交通機関が著しく不便な地域の住民に対し交通サービスを提供する事例が広まっている。2018年度現在、交通空白地有償運送に従事する非営利組織の数は全国で116団体に上っており、事業者や地方自治体によるサービスでは対応が困難な地域の移動手段として重要な役割を果たしている。 しかし、交通空白地有償運送は利用者が少なく収益が見込めない地域に展開し、その事業の大半はボランティア運転手の自発的な参加によって支えられている。そのため、常に採算性や人員確保のリスクがつきまとい、非営利組織が自らの力で事業を継続していくことは容易ではない。したがって、交通空白地有償運送が引き続き地域住民の移動手段としての機能を担い、これを定着させていくに当たっては、これを手掛ける非営利組織が限られた資源をもとに効率的なサービスを供給できるか否かが問われることになる。 従来、交通空白地有償運送をめぐっては愛知県豊根村の交通空白地有償運送にかかる実証実験の結果と問題点を整理した田中・佐藤(2004)、複数の先進的事例をもとに交通空白地有償運送の導入条件を考察した若菜・広田(2004)、交通空白地有償運送の歴史や事例検証からサービスの意義や課題について考察した早川(2005)、島根県飯南町における交通空白地有償運送の開設の経緯とNPO法人の活動内容を検討した加藤(2009)をはじめさまざまな研究が蓄積されてきた。しかし、先行研究の多くは個別事例を対象にサービス開始前後の経過や今後の課題について検証した研究が中心を占め、サービスの効率性に対する定量的な評価や効率性の向上に向けた改善案の提示は行われていない。この点で課題が残されている。 本論文は交通空白地有償運送の効率性を定量的に評価し、効率性の向上に向けた改善案と将来のサービス維持にかかる運営上の示唆を導出することが目的である。具体的には、「内閣府NPOホームページ」よりデータが得られた30件のNPO法人の交通空白地有償運送を対象にDEA(Data Envelopment Analysis:包絡分析法)に基づいてサービスの効率性を定量的に計測し1 )、非効率の解消に向けた改善案を提示することが目標である2 )。 Ⅱ  交通空白地有償運送と分析対象NPO法人の概要 1  交通空白地有償運送の内容 交通空白地有償運送は2006年の道路運送法改正に伴い設置された制度で、公共交通機関が著しく不便な地域においてNPO法人等が自家用車を使用し、有償で地域住民の輸送に当たるものである。2006年度の制度開始以降、交通空白地有償運送を担う非営利組織の団体数は増加傾向にあり、2018年度末現在、116団体がサービスの提供に従事している。 交通空白地有償運送は通常、非営利組織が地域住民からボランティア運転手を募り、運転手として登録された住民が利用者の予約状況に従い、非営利組織所有の自家用車(またはボランティア運転手の自家用車)を用い個別に輸送を行う3 )。利用者はあらかじめ、非営利組織の会員として入会を済ませ、利用の際には希望日時、乗車地、目的地を非営利組織に伝える。非営利組織は利用者の依頼内容に応じ最も適格な運転手を選択し輸送を依頼する。依頼を受けた運転手は指定された乗車地に配車し、利用者を目的地まで輸送する4 )。運賃は法制度上タクシーの半額以内と規定されているが、その徴収形態はさまざまで、たとえば距離別運賃や定額運賃を適用するケース、あるいは入会時の会費と併せ月、あるいは年間の利用料金を一括で徴収(料金納入後はフリー乗車可)するケース等組織によって大きく異なる。 表1  分析対象NPO法人の概要 表1 は分析対象NPO法人が手掛ける交通空白地有償運送の概要をあらわしたものである。はじめに、運行形態は定時・定路線の乗合輸送を取り扱う10団体を除きすべて予約制を採用している。そして、NPO法人への入会に当たっては会費の支払いを求める場合と求めない場合があり、前者の場合は年間1,000〜2,000円程度の会費を徴収している。一方、運賃に関しては、20団体が定額運賃を採用し、残る10団体は距離別運賃( 7 団体)、もしくは会費制による一括納入( 3 団体)を適用している。使用車両はNPO法人の所有車両を利用するケース、ボランティア運転手の車両を利用するケース、両者を併用するケース等団体別に特徴がみられる。しかし、定時・定路線の乗合輸送を扱う団体では一定の輸送キャパシティを確保する必要がある関係から、NPO法人が8 〜14人乗りの車両を調達し輸送に当たっている。最後に、ボランティア運転手数は団体別にばらつきがみられ、十分な数の運転手を調達できている団体とそうでない団体の差があらわれている。 2  分析対象NPO法人の経営概況 続いて、分析対象NPO法人の経営状況を表2 のとおり示す。分析対象NPO法人30団体のうち16団体は年間収入500万円未満の団体から構成されている。その一方で、1,000万円以上の収入を得ている団体は9 団体に上る。平均値は1,133万円、中央値は451万円で、団体ごとに収入規模に差が生じていることが分かる。全体の収入構成としては補助金が最も高い割合(44.2%)を占め、次に交通空白地有償運送以外の事業収入(38.5%)、交通空白地有償運送による事業収入(11.7%)、会費(3.7%)、その他の収入(1.1%)、寄附金(0.8%)と続く(表3 参照)。団体の収入規模別にみると、年間収入2,000万円未満の団体は補助金の比率が高く、他方で年間収入2,000万円以上の団体では、交通空白地有償運送以外の事業収入が補助金を上回る結果となっている。交通空白地有償運送による事業収入は年間収入500万円未満の団体では30.7%に上るのに対し、年間収入500〜2,000万円未満の団体は19.3%、年間収入2,000万円以上の団体は6.3%に止まり、収入規模の増加に従い交通空白地有償運送による事業収入の構成比は低くなる傾向が読み取れる。この理由は、交通空白地有償運送がもともと収益の見込めない事業であるため、補助金に加えその他の事業からの収入を得られなければ組織を維持できないからである。 表2  分析対象NPO法人の年間収入規模 表4 は、分析対象NPO法人の経常損益をあらわしたものである。これによると経常損失を計上している団体は11団体に上る。経常利益を生み出している団体は19団体に及ぶが、1 団体を除きいずれも0 〜499万円未満の範囲に止まっている。そして、表5 をもとに団体の正味財産の蓄積の程度をみると、債務超過( 0 円未満)となった団体は4 団体、500万円未満は17団体となり、多くの団体でストックが十分に蓄積されていない状況が読み取れる。しかし、収入規模の増加に伴い正味財産は蓄積される傾向にあり、たとえば年間収入2,000万円以上の団体では5 団体が1,000万円以上の財産を蓄積している。ただし、これは交通空白地有償運送以外の事業収入等から蓄積されたストックであり、採算性の乏しい交通空白地有償運送の存在が団体の収益を阻害する要因となっている可能性は否定できない。 表3  分析対象NPO法人の収入構成 表4  分析対象NPO法人の経常損益 表5  分析対象NPO法人の正味財産 Ⅲ  DEAによる交通空白地有償運送の効率性評価 1  DEAの内容と分析モデル DEAとはDMU(Decision Making Unit)と呼ばれる評価主体の入出力の比率から、最も生産的な活動を行っているDMUの集合体(=「効率的フロンティア(参照集合)」)を導き出し、フロンティアから各DMU間の相対的な距離(Slack:スラック)を計測するもので、推計に当たっては「規模に対する仮定」と「指向性の仮定」という2 つの仮定に基づいてモデルが構築される。前者は「生産規模に対し収穫一定を仮定したモデル(Constant Returns to Scale Model: CRS モデル)」と「生産規模に対し収穫逓増(逓減)を仮定したモデル(Variable Returns to Scale Model:VRS モデル)」である。後者は、出力を所与とし効率的フロンティアまでの入力の過剰を計測する「入力指向型モデル(Input-oriented Model)」と入力を所与とし効率的フロンティアまでの出力の不足を計測する「出力指向型モデル(Output-oriented Model)」である。 本論文では、各団体の交通空白地有償運送が所与の入力でどの程度の効率性を発揮しているかを評価するため、出力指向型モデルを用いて効率性の評価を行う。また、生産技術や生産規模は団体別に異なることから、VRSモデルを用いて分析を試みる。いま、Cooper, et a(l. 2007)に従い、下記のとおり出力指向型のVRSモデルを定式化する。はじめに、j 個のDMU(ここでは交通空白地有償運送)がn種類の入力(χ)によってm種類の出力(y)を生み出していると仮定する。このとき、i 番目のDMUの効率値(η*)は次の線形計画問題を解くことにより求められる。 ここで効率値η*は0 ≤η* ≤ 1の範囲であらわされ、η* = 1ならばDMU i は効率的、η* < 1ならば非効率的と判断される。DMUi の効率値η *がη* < 1となった場合、η*は効率的フロンティアから乖離しているため、次のような入力の余剰と出力の不足(スラック)が導出される。 ⑵式は効率的フロンティアからの距離を意味しており、DMUi はこの入力余剰分を削減し出力不足分を増加すれば効率的な生産活動が達成される。このことから、⑵式は改善案とも呼ばれる。 ところで、本論文の分析対象とする30件の交通空白地有償運送は、生産技術や生産規模はもちろん、輸送を取り巻く社会経済環境が事業別に大きく異なる。そして、これらの中には人口や団体の活動年数をはじめ事業独自の裁量ではコントロールできない非裁量要因が含まれており、これを除去せずに効率性を評価すると、スラックが過大(過小)に計測され、効率性の過小(過大)評価に繋がる可能性がある。 そこで、本論文ではFried, et a(l. 1999)による「多段階アプローチ」を援用する。具体的には、第1 段階において⑴式を用い分析対象NPO法人のサービス供給にかかる効率値を計測し、⑵式に基づき非効率なDMUi のスラックを導出する。第2 段階では、第1 段階において導き出されたDMUi の出力指標mのスラック(S im) を被説明変数、DMUi の出力指標m に影響を及ぼす非裁量要因(Q im ) を説明変数とし、非裁量要因がスラックに与える影響を分析する。ここでスラックはSim=≥0の値をとることから、Tobitモデルを用いて推計を行う。 αmは定数項、βm,kはパラメーター、νimは誤差項、添え字k は非裁量要因の種類である。 第3 段階では、各DMUi の出力指標の現実値(y im ) に対しTobitモデルによって推定されたパラメーター (βm,k) とDMUi の非裁量要因(Q im,k ) を用いて、次のような調整を加え、非裁量要因の影響を除いた出力指標の調整値 を求める。 なお、非裁量要因の値が大きい場合、 は負の値をとる可能性がある。そのため、本論文ではTsutsui and Tone(2007)に従い、この調整値に以下のような修正を加えた再調整値(y AAim)を使用する。この再調整値は現実値の範囲内に収まり、調整値と同じ順位になるという利点がある。 第4 段階では⑸式で導出された再調整値を利用し、再び⑴式に基づき効率値を計測する。これによって、非裁量要因を除外した効率性の評価が可能になる。 2  データ 本論文の分析で使用するデータは2018年度の30件に及ぶ交通空白地有償運送のクロスセクションデータである。はじめに、NPO法人は交通空白地有償運送の提供に必要な資本、労働、その他生産要素を投入し、利用者および収入を確保しているという前提を置く。次に、NPO法人が交通空白地有償運送に投入する入力項目として「最大提供可能座席数」、「ボランティア運転手数」、「事業支出」、出力項目として「利用者数」と「事業収入」を採用する。ここで「最大提供可能座席数」とは一輸送当たりに提供可能な最大座席数を意味し、NPO法人所有車両数とボランティア運転手車両数の合計に各車両別の乗車定員の合計(運転手を除く)を乗じた値である5 )。「ボランティア運転手数」は交通空白地有償運送の運転手として各NPO法人に登録された運転手の人数である。「事業支出」と「事業収入」は、NPO法人が交通空白地有償運送に対し投じた費用と収入を意味する6 )。つまり、本論文では資本としての「最大提供可能座席数」、労働としての「ボランティア運転手数」7 )、その他生産要素としての「事業支出」を所与とし、いかに多くの産出(「利用者数」と「事業収入」)が得られたかという技術的効率性の概念に基づき効率性を評価する。 ところで、本論文の分析対象NPO法人のうち、18団体は交通空白地有償運送以外の事業を手掛けている。このうち「NPO法人会計基準」に準拠し会計報告を行っている法人は11団体で、残りの7 団体は独自の会計基準に則り会計報告を公開している。そして、これら7 団体の会計報告には「事業収入」の金額にかかる記載はある一方で、「事業支出」の金額が掲載されていない。このため、本論文では五百竹(2017)を参考に、「事業収入」を獲得するに当たっては応分の支出が必要と判断し、交通空白地有償運送の事業収入比率を全体の事業支出に乗じることで各団体の「事業支出」を算出した。 一方、出力項目別のスラックに影響を与える非裁量要因には、交通空白地有償運送のサービスを取り巻く環境的側面に着目し、サービス開始年度から分析対象年度(2018年度)までの「活動期間」、「輸送取扱地域人口(対数)」、「市町村昼夜間人口比率」、「市町村65歳以上単身世帯率」を選択した8 )。表6 はデータの基本統計量を示したものである。 Ⅳ 分析結果 1  非裁量要因の推計結果 表7 には非裁量要因の推計結果が示されている。活動期間と輸送取扱地域人口は利用者数のスラックに対しそれぞれ1 %、10%水準で正に有意な結果となった。このことは、輸送取扱地域人口が多く、活動期間が長い団体ほど利用者数を十分に獲得できていないことを示唆している。これらの2 つの変数が想定される結果と異なった理由は、輸送取扱地域人口規模が大きい地域では、サービスに対する利用者の要望もさまざまで、地域住民のニーズに合致したサービスを提供しにくいことがあげられる。また、活動期間の長さは、通常、それが長くなるほどサービスの定着性が高まり、定期的な利用者の獲得に結びつくが、時間の経過に伴いサービスへの関心が次第に希薄になり、利用者が伸び悩む場合がある(加藤[2009])9 )。しかし、これはあくまで推測の域を出ないことから、引き続き検討を重ねていく必要がある。 他方、事業収入のスラックに対しては市町村65歳以上単身世帯率が10%水準で負に有意な結果を示した。この結果は、65歳以上単身世帯の高齢者が多い地域ほどサービスの利用機会が多く、事業収入の増加に貢献している可能性があることを意味している。なお、市町村中夜間人口比率はいずれのスラックに対しても有意な結果を示さなかった。 2  DEAによる効率値の推計結果 表8 は、DEAによる効率値の推計結果を示したものである。なお、本論文では団体別の効率性に加え、事業規模の適正状況を把握するため、別途CRSモデルによる効率値の推計を行い、VRSモデルの推計値との比に基づき「規模の効率性」も導出している10)。推計の結果、VRSモデルで最も効率的な(効率値が1 を示した)団体は13団体に上った。これに対し、効率値が最も低い団体はNPO法人絆(0.189)、NPO法人多里まちづくりサポート(0.220)、NPO法人助け合いなかさと(0.263)の順となった。全体の平均値は0.745となり、約25%の非効率が生じていることが明らかになった。 表7  非裁量要因の分析結果 表8  DEAによる分析結果 図1 収入規模と効率性の関係 図2  経常損益と効率性の関係 図3  正味財産と効率性の関係 一方、規模の効率性については規模に対して収穫一定(Constant)が6 団体、規模に対して収穫逓増(Increasing)が19団体、規模に対して収穫逓減(Decreasing)が5 団体であった。このうち、NPO法人あつたライフサポートの会(0.118)、NPO法人アイタク太田(0.304)、NPO法人春野のえがお(0.348)、NPO法人鴨庄(0.377)、NPO 法人にこにこ日土(0.958)、NPO法人むかつく(0.696)、NPO法人平島を守る会(0.549)の7 団体はVRSモデルの効率値が1 を示しているが、規模に対して収穫逓減の状態にある。このことから、これらの団体は事業規模の拡大を通し規模の適正化を目指す必要がある。平均値は0.909で、全般として適正規模を下回る状態で事業に従事していることが判明した。 図1 は団体の収入規模別にみた効率値の分布を図示したものである。効率値が0.5未満に止まった団体は8 団体存在し、このうち5 団体は年間収入500万円未満の団体であった。しかし、年間収入500万円未満の16団体のうち6 団体は効率値が1 に到達し、年間収入500〜2,000万円未満の団体や年間収入2,000万円以上団体の中にも効率値が1 に届かない団体がみられることから、団体の収入規模の大きさは交通空白地有償運送の効率性に影響を与えているわけではないことが分かる。他方、経常損益との関係についてみると、効率値が1 となった13団体のうち8 団体が経常利益0 円未満または500万円未満の団体である(図2 )。さらに、これらの団体は効率値0.8〜 1 未満に3 団体、0.5〜0.8未満に2 団体が含まれており、その一方で、経常利益500万円以上の9 団体のうち4 団体は効率値が1 に到達していない。したがって、交通空白地有償運送の効率性は団体の収益性とは関連が薄く、収益が低い団体であっても限られた資源を有効に活用し、効率的なサービスを展開していることが判明した。正味財産との関係では、0円未満6 団体、500万円未満6 団体、1,000万円以上1 団体の効率値が1 を示した(図3 )。ただし、正味財産の蓄積の程度と効率値の分布の関係には経常損益との関係と同様団体ごとにばらつきがみられ、経営資源のストックが直ちに交通空白地有償運送の効率性向上に結びついているとはいえないことが分かった。 Ⅴ まとめと今後の分析課題 本論文では、交通空白地有償運送の効率性を評価するため、内閣府NPOホームページから得られた30件のNPO法人を対象にDEAに基づいて効率値を推計した。その結果、交通空白地有償運送についてはNPO法人の収入規模や収益性等に関わらず効率性格差が生じており、事業全体として規模を拡大し、規模の適正化を目指すことが効率性の改善に結びつくことを明らかにした。また、団体の収益性や経営資源の蓄積の程度は交通空白地有償運送の効率性と関連しているとはいえず、収益性や経営資源が比較的劣る団体であっても効率的なサービスを展開していることが分かった。 交通空白地有償運送を手掛ける団体の数は増加しつつあり、サービスの形態も多様化の傾向がみられる。しかしながら、交通空白地有償運送は市場が欠落した領域での事業を余儀なくされ、しかも事業の根幹はボランティア運転手の労働力によって支えられている。このことから、仮に事業の効率化が実現していたとしても、いま以上に事業領域を拡張し、効率性を維持していくことは容易ではない。人口減少や少子高齢化の進展に伴い、むしろ事業規模の縮小を迫られる可能性もある。したがって、たとえば、地理的に近接する団体間の統合や連携を通し規模の適正化や資源の共有化を目指し、これらの共同事業を対象とした支援制度の拡充などを視野に入れながら、サービスの効率化を実現していくことが望まれる。なお、事業の共有化に従い利用者のニーズを幅広く汲み取る必要も出てくることから、この場合は団体間の役割分担等についてあらかじめ当事者間で取り決めを行っておくことが必要である。 最後に、本論文には以下の課題が残されている。第1 に、本論文はデータ収集上の制約から評価対象をNPO法人に絞った。しかし、交通空白地有償運送にはNPO法人以外にもさまざまな団体が関与していることから、今後はこれらの団体を含めながら分析を試みる必要がある。第2 に、本論文は一定数の分析サンプルを確保するため、単年度ベースで評価を試みた。だが、効率値は対象年度により異なることが考えられるため、今後は複数年ベースで評価を行う必要がある。第3 に、本論文ではロジスティック回帰モデルをはじめさまざまな分析モデルを用いながら交通空白地有償運送の効率性に影響を与える要因について別途分析を試行した。ところが、いずれも係数が有意とはならず、これらの要因を解明するには至らなかった。第4 に、本論文は交通空白地有償運送の効率性に焦点を当て事業の評価を行ったが、交通空白地有償運送をはじめ地域住民の生活を支える事業を評価するに当たっては、効率性のみならず、受益者のニーズ充足度やミッションの充足度など多様な評価指標を用いながら事業の有効性を検証する必要がある。以上は今後の分析課題としたい。 [注] 1)もっとも、交通空白地有償運送のようなボランティアによる自発的な参加により支えられている事業の効率性を財務データのみに基づいて計測することは、事業そのものの実態や性格に馴染まない可能性がある。しかし、サービスを定着させ、地域住民の貴重な足として継続的な役割を果たしていくためには、ボランティア運転手をはじめとする希少な資源を用いていかに効率的なサービスを供給できるかという視点が必要不可欠である。 2)ところで、交通空白地有償運送に関わる非営利組織はNPO法人や社会福祉法人等さまざまな組織が含まれる。しかし、統一されたデータベースがなく、法人のウェブサイトでも財務データがほとんど公開されていない。このことから、本論文ではNPO法人のみを分析対象とする。なお、本論文では国土交通省自動車局「自家用有償旅客運送事例集」2020年3 月、ならびに全国移動サービスネットワーク(2010)に基づき交通空白地有償運送を担うNPO法人46団体を分析対象としてリストアップしたが、このうち16団体はすでに事業が廃止されている、あるいは、その他まちづくり等関連事業と一括して財務諸表を公開している等の理由から正確なデータを得ることができない。そのため、本論文は交通空白地有償運送のデータを直接入手することができたNPO法人30団体を対象に分析を試みることにした。 3)ここで、ボランティア運転手は第二種運転免許を所有している者、または、第一種運転免許を所有し、国が認定する講習を修了している者が担当することになっている。また、組織によって異なるが、ボランティア運転手は有償であることが多く、輸送時間、輸送距離、待機時間等に応じて謝礼を受け取ることが一般的である。 4)なお、車両については、①NPO所有車両を利用する場合、②ボランティア運転手の持ち込み車両を利用する場合、③NPO所有車両とボランティア運転手の持ち込み車両を併用する場合がある。このほか、交通空白地有償運送には予約制をとらず、特定の地域を対象に定時・定路線の乗合輸送を行うサービスが存在する。ここでは、地域住民から募られたボランティア運転手が乗合バスと同様の方式で利用者の運送に当たることもある。 5)車両数をそのまま入力変数として用いなかった理由は、NPO法人所有車両・ボランティア運転手車両の車種は軽自動車、セダン、ワゴン、マイクロバス等多岐に及び、一回当たりの輸送能力が大きく異なるためである。なお、具体的な車種名および各車両の台数・乗車定員はNPO法人の会計報告に記載されていない場合があるため、この場合は全国移動サービスネットワーク(2010)に掲載されている情報を用いて処理することにした。 6)ここでの「事業収入」には交通空白地有償運送による事業収入(運賃収入)に加え、交通空白地有償運送に対する補助金や寄附、ならびに会費が含まれている。これらを加えた理由は、非営利組織の活動目的はミッションの達成にあり、NPO法人が交通空白地有償運送に対し投じた費用からどの程度社会的支持を得ているかという成果も含め評価した方が、活動の実態と整合的に評価できると判断したからである。 7)本来、労働に関しては、ボランティア運転手の従事日数や従事時間数なども加味し分析を行った方がより実態に即した分析を行うことが可能である。しかし、これらのデータは個人情報に関わり一般的には公開されていないため、やむを得ずここではボランティア運転手数を用いた。 8)これらの変数を選択した理由は次のとおりである。第1 に「活動期間」は交通空白地有償運送のサービス開始から時間が経過するほど地域住民への定着度が高まり、利用者と事業収入の増加が期待できる。第2 に「輸送取扱地域人口」は地域別に範囲が大きく異なり、人口規模が大きいほどサービスの利用機会が高まり利用者と事業収入の増大に寄与する。第3 に「市町村昼夜間人口比率」は、昼間人口比率が多くなるとその地域では住民の外出機会が多くなり、サービスの利用機会が増加する。一方、昼間人口比率が少ない地域はもともと住民の外出機会が少なく、利用者や事業収入の増加は見込めない。第4 に、「市町村65歳以上単身世帯率」は交通空白地有償運送の利用者の多くが家族や知人の送迎を含め他者や自身による移動手段を一切所有しない高齢者が中心であるため、この比率が高い地域ほどサービスの利用機会は増大する。以上の変数は、いずれも事業とは直接関係なしに生じる非裁量要因である。 9)もともと交通空白地有償運送の輸送取扱地域は人口減少や高齢化が著しい過疎地域が中心であり、輸送取扱地域人口の規模や活動期間の長さに関わらず需要が低迷していることから、それらの要素が利用者数や事業収入のスラックに影響を与えている可能性も否定できない。このため、本論文では非裁量要因を示す変数の候補として「人口減少率」や「65歳以上人口比率」を設定し、分析を試みたがいずれも有意な値は示されなかった。この点については別途検証が必要である。 10)CRSモデルは、すべてのDMUにかかる生産技術は規模に対し収穫一定という仮定を置いて効率値を計測し、技術的効率性を推計する。一方、VRSモデルは生産規模に対し異なった収穫を仮定し技術的効率性と規模の効率性を推定する。このことから、CRSモデルの効率値とVRSモデルの効率値の比をとることによって純粋な規模の効率性を導出することができる。 [参考文献] Cooper, W.W., Seiford, L.M. & K., Tone[. 2007] DataEnvelopment Analysis-A ComprehensiveText with Models, Applications, Referencesand DEA-Solver Software, Springer. Fried, H.O., Schmidt, S. S. & S., Yaisawarng[. 1999]Incorporating the operating environment intoa nonparametric measure of technicaleffi ciency, Journal of Productivity Analysis,12⑶, pp.249-267. Tsutsui, M.& K., Tone. [2007] Separation ofuncontrollable factors and time sift effectsfrom DEA scores, GRIPS Discussion Paper,07-09, pp.1-35. 五百竹宏明[2017]「民間非営利組織の会計情報と寄附の関連性」『経営情報学部論集』、県立広島大学、第10号、27-33頁。 加藤博和[2009]「島根県飯南町における自治振興会輸送活動の制度的特徴」『米子高等専門学校研究報告』、米子工業高等専門学校(http://www.yonago-k.ac.jp/tosho/tosho/research_rep/45/pdf/06_transportation_system.pdf)。 全国移動サービスネットワーク[2010]『くらしの足を支える移動サービス入門〜過疎地有償運送に関する調査研究報告書』(https://www.fields.canpan.info/report/download?id=3567)。 田中重好・佐藤賢[2004]「過疎地域における「最後の、新しい公共交通」『運輸と経済』、財団法人運輸調査局、第64巻第6 号、41-50頁。 早川伸二[2005]「過疎地における自家用車有償運送の歴史と現状〜新しい地域コミュニティ輸送サービスの意義」『運輸と経済』、財団法人運輸調査局、第65巻第10号、83-92頁。若菜千穂・広田純一[2004]「農山村地域の生活交通サービスとしてのコミュニティ移送サービスの実態と導入の可能性」『農村計画学会誌』、農村計画学会、第23巻第23suppl号、283-288頁。 (論稿提出:令和2 年12月7 日) (加筆修正:令和3 年3 月30日)

  • ≪査読付論文≫公益法人の財務三基準に関するシステム論的理解:認定制度の趣旨と収支相償の解釈 / 久保秀雄 (京都産業大学准教授) ・出口正之 (国立民族学博物館名誉教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 キーワード: 収支相償 財務三基準 システム論 公益の増進 自律 逸脱 正の規制的クリープ現象 要 旨: 公益法人の収支相償規制については、繰り返し「緩和」したとのメッセージが内閣府から発せられているにも関わらず、逆に法令の変更を伴わないで規制が強化される「正の規制的クリープ現象」が進展していると考えられる。本稿は、なぜこのような混迷が生じるのか、パーソンズのシステム論を用いて明らかにする。システム論に準拠して捉えると、財務三基準は各基準が同型化され相互に緊密に結びついて一体化しており、一定の秩序を有するシステムとして成り立っていると認識できる。すなわち、財務三基準は公益法人が「公益の増進」という立法趣旨から逸脱したときに数値的警告を示すことで、本来の立法趣旨に適う状態に戻るよう自律を促す働きをしていると認識できる。それにも関わらず、そのような働きを看過して収支相償単独で緩和策を取ろうとすることで混迷を生じさせていると、システム論の観点からは結論付けることができる。 構 成: Ⅰ はじめに:問題の所在 Ⅱ パーソンズのシステム論 Ⅲ 財務三基準のシステム論的な解釈 Ⅳ システムとしての財務三基準 Ⅴ もたらされている混迷 Ⅵ おわりに:結論と残された課題 Abstract Although the cabinet office publishes the message of the deregulation of the “RENEC” which isone of the three financial regulations of public interest corporations (PICs), the real regulation isstrengthened without changing the law. The paper makes the reason clear to use systems theoryby Talcott Parsons. According to the systems theory by Parsons, three financial regulations canbe understood as inner system that has order, because each regulation has linked closely eachother. If a PIC shows the deviance from legislative purpose of the promotion of the public interestactivities, the system can alert the PIC numerically and the PIC can move to the legislativepurpose. The paper can conclude, theoretically, that picking only RENEC up from threeregulations leads PICs to misunderstand regulations. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに:問題の所在 公益法人の認定基準の1 つである収支相償の基準に関して、ガイドライン策定時における内閣府公益認定等委員会(以下、「委員会」という。)では大きな反対論はほとんど出なかった(内閣府公益認定等委員会[2007a][2007b][2008a][2008b][2008c][2008d])。それにも関わらず、年を追うごとに、収支相償の基準に対する批判の声が大きくなっている。しかも、そのような批判の声に対処しようと規制緩和を大きく表明しつつも、重要概念であった「短期調整金」の記載を突如何の説明もせずに削除し、かえって規制を強化する「意図せざる結果」をもたらしていると認識できる。かつて出口は、このような法令変更を伴わず徐々に規制の度合いが増える現象を「正の規制的クリープ現象」という用語を当てて詳細に検討した(出口[2016][2018])1 )。 では、なぜこのような奇妙な事態が生じているのだろうか。本稿はその答をシステム論によって解明しようとするものである。そもそも収支相償の基準は公益法人の認定基準の1 つとして認定制度を構成する重要な一要素になるので、認定制度そのものの立法趣旨と切り離して解釈するわけにはいかない。ところが、批判の声もそれに応じた弥びほうさく縫策も、収支相償の基準を認定制度の趣旨と関連付けずに個別に取り出して解釈してしまい、誤解しているのではないかと考えられる。つまり「木を見て森を見ず」という事態に陥っているように思われる。 もっとも、収支相償の基準と認定制度の趣旨とを具体的にどのように関連付けて解釈できるのかを明快に示さないと、そのような誤解の増殖を抑制するのは困難であろう。そこで本稿では、システム論という「木も森も」同時に認識することを可能にする方法を用いて、収支相償の基準が認定制度全体の趣旨とどのように関連付けられるのかを理論的に示し、もって収支相償の基準がどのように解釈できるのかを示す。すなわち、収支相償の基準という認定制度を構成する一要素を、他の構成要素(①収支相償の基準とともに「財務三基準」と呼ばれる②公益目的事業比率の基準や③遊休財産額の保有の基準)から切り離して孤立させ断片化するのではなく、同じ構成要素として相互にどのように関連しているのか明らかにしながら、収支相償の基準が他の基準とともに認定制度全体の趣旨とどのように関連しているのか明らかにする。 Ⅱ パーソンズのシステム論 システム論については複数の流派があるが、本稿が準拠するのは社会学の第一人者タルコット・パーソンズのシステム論である。パーソンズのシステム論であれば、「規範」(たとえば財務三基準や認定制度)についてだけでなく「規範からの逸脱」(たとえば正の規制的クリープ現象)まで射程に入れて、同じ枠組で分析できるからである2 )。 その主たる特徴は、研究対象Aについて理解を深めるために についても射程に入れる点にある。つまり、対象Aをそれ以外の から切り離して断片化するのではなく、双方がどのような関係にあるのか把握した上で、対象Aを理解しようとする方法になる。 したがって、対象A(たとえば財務三基準)を「部分集合」とすると、Aだけでなく (たとえば他の基準)も包含する「全体集合」(たとえば認定制度)との関係の中でAを認識できるようになる。しかも、Aの外部にある全体集合との関係を認識すると、Aの内部構造(たとえば財務三基準の内部構造)について見通しがよくなると考えるのも、パーソンズのシステム論の特徴になる。つまり、研究対象の外部も内部もバランスよく視野に入れ、さらには外部と内部を分断せず相互に関連付けて把握する認識方法となる。何であれ分断せずに関連付けて把握しようとすると、すべてがてんでバラバラでランダムだと臆断してしまわず何らかの規則性を限られた範囲であっても見出す可能性が開かれ、一定の秩序を有すシステムとして認識できるようになると考えるのである(パーソンズ[1992]234、311-313頁)。 では、そのようなパーソンズのシステム論に準拠すると、財務三基準についてどのような認識が可能になるのか。 Ⅲ 財務三基準のシステム論的な解釈 1  システムと上位システム 財務三基準とは、公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(平成18年法律第49号。以下、「認定法」という。)に定められた3 つの公益認定の基準のことを指す。これらの三基準は、ランダムに抽出されたものではなく、他にもいくつかある公益認定の基準から「財務」という指標によって区分できる有意味なまとまり(部分集合)になる。そして、これから詳述するとおり、三基準は緊密に結びついて一体化しており、一定の秩序を有すシステムを構成していると認識できる。 また、財務三基準というシステムを包含する上位システム(全体集合)は公益法人の認定制度になると把握できる。認定制度は、多数の条文が整然と配列されて成り立っているので、ランダムな集まりではなく、一定の秩序を有しシステムを構成していると認識できる。この点に関しては容易に理解できるだろう。 2  上位システムとしての認定制度 公益法人の認定制度そのものの立法趣旨は、財務三基準とは区別される規範として、認定法の第1 条に定められている。同条によれば、「公益法人を認定する制度を設けるとともに、公益法人による当該事業の適正な実施を確保するための措置等を定め」るのは、「公益の増進」と「活力ある社会の実現」を目的としているからだと規定されている。つまり、「墓守」といった公益法人のかつてのイメージとは対照的に、社会貢献のために活発に活動する「活動主義」の志向を公益法人に求めるのが現行の認定制度であると解釈できる(パーソンズ[1992]481-483頁、久保[2020]161-162頁)。 認定法 第1 条  この法律は、内外の社会経済情勢の変化に伴い、民間の団体が自発的に行う公益を目的とする事業の実施が公益の増進のために重要となっていることにかんがみ、当該事業を適正に実施し得る公益法人を認定する制度を設けるとともに、公益法人による当該事業の適正な実施を確保するための措置等を定め、もって公益の増進及び活力ある社会の実現に資することを目的とする。 3  さらに上位のシステムである組織一般に関する制度 加えて、認定制度を包含する上位システムとして、公益法人であろうとなかろうと、およそ組織であれば従う制度があると考えられる。たとえば、さまざまな文法の規範から成り立つ言語という制度は、公益法人であろうがなかろうが、さらには組織であろうがなかろうが、その社会のメンバーである限りは誰もが従う制度になる(パーソンズ[1992]223-224、230頁)。そのような制度が、組織一般に関しても存在すると、パーソンズのシステム論は考える(図表1 )。 というのも、たまたま繁華街に居合わせた群衆とは違って、組織は何らかの組織目標を達成するために組織化されているので、α「組織目標の達成に必要なリソースをどのように動員するのか」について定めた規範や、β「組織目標を達成するためにどこまでの範囲でコミットメントを求めるのか」について定めた規範などが、設けられるはずだからである。逆に、そうでない場合は組織化の程度が不十分で、いまだ任意の人々の集まりといったような状態にとどまるのだと理解できる(Parsons [1960]pp.17-22)。そして、パーソンズのシステム論に準拠して、αやβのような規範がどのように定められているのかといった観点から考察を加えると、財務三基準の内部構造について見通しがよくなり、財務三基準が一定の規則性をもって同型的に成り立っていると理解できるようになる。 図表1  財務三基準を包含する上位システム 4  財務三基準のうち公益目的事業比率について まずは、比較的分かりやすい公益目的事業比率について取り上げる。認定法の第15条で明示されているように、公益目的事業とそれ以外のものとに区分して、前者の公益目的事業、つまり公益法人が本来取り組むべき事業にかける費用が50%以上であることを要求する基準になる。 認定法 第15条  公益法人は、毎事業年度における公益目的事業比率(第1 号に掲げる額の同号から第3 号までに掲げる額の合計額に対する割合をいう。)が100分の50以上となるように公益目的事業を行わなければならない。  一  公益目的事業の実施に係る費用の額として内閣府令で定めるところにより算定される額  二  収益事業等の実施に係る費用の額として内閣府令で定めるところにより算定される額  三  当該公益法人の運営に必要な経常的経費の額として内閣府令で定めるところにより算定される額 この基準は、他の2 つの基準とともに、上位システムである公益法人の認定制度に包含されているので、認定制度そのものの趣旨と関係付けて把握すると、次のような含意があると解釈できる。すなわち、認定制度の趣旨である「公益の増進」に貢献するという組織目標を達成するために、α「必要なリソース」に関しては公益目的事業に支出する費用を、β「コミットメントの範囲」に関しては50%以上という比率を設定している。仮にその基準に抵触したら、それはリソースの配分のバランスが悪く公益活動がおろそかになっていて本来のあり方から逸脱した、問題のある状態に陥っていると判断できる。 そのような場合、公益法人であり続けようとするなら、財務上のバランスをよくするために公益目的事業に組織のリソースをもっと配分すればよい。したがって、この基準は、問題のある公益法人に対して、「公益の増進」にもっと貢献するように自らを律してリソースの配分のバランスを修正するよう促す警告サインを出す働きをすると理解できる。 5  財務三基準のうち遊休財産額の保有について 遊休財産額の保有については、認定法の第16条に規定がある。この基準は要するに、遊休財産の額が公益目的事業にかける費用の1 年分を超えないように制限をかけたものとなる。 認定法 第16条  公益法人の毎事業年度の末日における遊休財産額は、公益法人が当該事業年度に行った公益目的事業と同一の内容及び規模の公益目的事業を翌事業年度においても引き続き行うために必要な額として、当該事業年度における公益目的事業の実施に要した費用の額(その保有する資産の状況及び事業活動の態様に応じ当該費用の額に準ずるものとして内閣府令で定めるものの額を含む。)を基礎として内閣府令で定めるところにより算定した額を超えてはならない。  2  前項に規定する「遊休財産額」とは、公益法人による財産の使用若しくは管理の状況又は当該財産の性質にかんがみ、公益目的事業又は公益目的事業を行うために必要な収益事業等その他の業務若しくは活動のために現に使用されておらず、かつ、引き続きこれらのために使用されることが見込まれない財産として内閣府令で定めるものの価額の合計額をいう。 仮にその制限を超過することになったら、それは遊休財産として法人内部に余分な資産を溜め込み過ぎていて、公益活動に配分するリソースが不十分でバランスが良くない問題のある状態に陥っているのだと判断できる。そのような場合、もっと公益目的事業にリソースをさけばバランスがよくなるので、この基準もまた、問題のある公益法人に対して、「公益の増進」にもっと貢献するように自らを律し、財務上のバランスを回復するように促す警告サインのような働きをするのだと理解できる。すなわち、公益法人として確かに「公益の増進」に貢献するという、認定制度が求める組織目標の達成を後押している、と考えられる。 したがって、本基準は認定制度の制度趣旨である「公益の増進」に貢献するという組織目標を達成するために、α「必要なリソース」に関しては公益目的事業に支出する費用を、β「コミットメントの範囲」に関しては遊休財産として免除される許容範囲を設定していると理解できる。 そうとするなら、本基準は必ずしも「余裕資金をもつな」といっているわけではないと理解できる。なぜなら、「公益の増進」に繋がる公益目的事業にもっと費用をかけるよう求めているだけで、公益目的事業に費用をかけてさえいれば、その分だけ余裕資金となるような遊休財産はあってもよいからである。だから、少しでも余裕資金を減らそうとして無駄使いをする必要はないと考えられる。 6  財務三基準のうち収支相償について 最後にいよいよ収支相償の基準である。収支相償については、下掲のような悪評が寄せられている。 悪評の例(表記は原文のまま引用)  ・「この基準は学協会の法人運営の安定性、継続性を確保する上で支障をきたしている。」(池田[2019]65頁)  ・「現実には収支相償と、適切な内部留保の蓄積とを両立することは非常に困難であり、多くの公益法人において実務的な問題を生じさせている。」(馬場[2017]10頁)  ・「本会のように収益事業がない公益社団法人では、(認定法第14条)をそのまま遵守すれば、法人会計で公益事業の赤字を埋める利益を出すか、新規に収益事業を運営して利益を得るかしない限り、正味財産が僅少となり、いずれは破産する。」(佐藤[2015]497頁)  ・「このような形でしか収支相償要件を考えられなかった立案担当者の能力を疑います。もっと知恵を出せと言いたかったです。私たちのような一般人や一般法人が制度の全体像を知り、問題点を認識できないうちに現行制度が出来て運用が始まってしまったのはとても残念です。」(匿名者[2015])  ・「経営努力が仇になる問題、血の滲み出るような努力を重ね赤字を出さないことが、およそ経営にあたるものの責務であるが、首尾よく黒字が出れば咎められるという世間の常識と反対の現象」(太田[2014])  ・ 「法人が生存していくためには、それ相応の利益が事業収入に伴ってなければ、生存力を維持できないことはいうまでもないこと」(鈴木[2018]) その収支相償について、認定法は第14条で次のように規定している。 認定法 第14条  公益法人は、その公益目的事業を行うに当たり、当該公益目的事業の実施に要する適正な費用を償う額を超える収入を得てはならない。 この条文の「当該公益目的事業の実施に要する適正な費用を償う額を超える収入を得てはならない」という文言について、上掲の悪評は「費用を超える収入を得てはならない」から「費用に合わせた収入にしなければならない」、つまり「黒字はとがめられるので収支をトントンにしなければならない」といった意味で解釈していると推測される。 確かにそうした意味が読み取れるといえるのかもしれない。しかし、そのような解釈は、第14条だけを孤立させて断片化し、この条文を包含する上位システム、つまり認定制度そのものとの関係を射程に入れていないと考えられる。その結果、収支をトントンにするという収支の帳尻合わせが目的となってしまい、黒字が出ないようにわざわざ「収入を節減する」といった消極的対処を導くおそれが出てくる。もちろん、そうした消極的対処は法人の活動を抑制していることになるので、「活動主義」を志向する認定制度の趣旨に逆行し本末転倒になる。 しかし、システム論的に上位システムである認定制度の趣旨と関連付けて解釈すると、収入を節減するのではなく収入の分だけもっと費用をかけて公益目的事業を実施し、「公益の増進」に貢献することが公益法人に求められる姿勢だと理解できる。実際、ガイドラインでは、収入に見合った費用を支出していない場合に収入を節減せずに済む特定費用準備資金という「調整項目」(内閣府公益認定等委員会[2007b])が用意されている。さらに、資産取得資金などの控除対象財産であることを示す「ラベル」を貼ると収支相償上の「適正な費用」と同等の取り扱いとして認められるように配慮されており、収支相償は満たされる設計がなされている3 )。しかも、この両資金については、1 回は理由の如何を問わずに変更を認めており、また、正当な理由がある場合には何度変更することも可能であり、私有財産たる法人の財産を公益目的事業に使おうとする場合の柔軟性や法人の裁量を非常に大きく認めた制度になっている4 )。また、ラベルは財産目録にすべて示されるように制度が設計されている。 こうした設計時どおりの解釈であれば、本基準は、公益目的事業を実施する余地がまだ残されているのでもっと積極的に活動するよう、公益法人の積極的対処を導くために設けられていると理解できる。すなわち、収入が超過している場合は、その分だけ将来の公益目的事業の費用に回せるように資金にラベルを貼っておくことで、法人の内外に制度趣旨にかなっていることを宣言させるのである。 このように、公益活動が不十分でリソースの配分のバランスが悪く問題のある状態に陥ったら、もっと公益目的事業にリソースをさくようにすればバランスは回復する。だから、収支相償の基準もまた、「公益の増進」にもっと貢献するように自らを律して公益法人としてあるべきバランスを回復するように促す警告サインの働きをするのだと考えられる。したがって、公益法人としての組織目標を達成するために、α「必要なリソース」に関しては公益目的事業に支出する「適正な費用」を、β「コミットメントの範囲」に関しては収入分を設定していると理解できる。 このような理解は、他の2 つの基準に関する理解とも極めて整合的である。また、公益法人という存在をそもそも生みだしている認定制度の趣旨にも適っている。さらに、他の2 つの基準と同様に、公益法人という組織の目標を達成するために当然必要となるαやβといった規範を確かに定めていると認識できる。 7  小括 上述のとおり、財務三基準はいずれも、財務の中でとりわけ公益目的事業に支出する費用に着目して、公益法人という組織が組織目標である公益増進への貢献に必要なリソースを問題なく配分しているかどうか、つまり公益法人としてふさわしいかどうかを判別する働きを備えている。このように、上位システムと関連付けて把握すると、財務三基準が規則性をもって同型化されており、一定の秩序を有していると認識できるようになる。 Ⅳ システムとしての財務三基準 しかも、財務三基準を構成する各基準=各要素は相互に緊密に結びついて連動する関係にあり、他の要素などからは明確に区分される(つまり外部との境界が設定できる)安定的なまとまりとして構成されている。したがって、財務三基準は単に財務という観点からまとめられただけの相互に何の関係もない断片化された要素の集合などではなく、同型化されているうえに相互に結びついて一体化しており、一定の秩序を有すシステムとして成り立っていると認識できる。 実際、第3 回内閣府公益認定等委員会での公表資料は、財務三基準と公益目的取得財産残額の関係を相互依存的=システム論的に図示している(図表2 )。いい換えれば、これらの要素は互いに切り離して別個の断片としては議論できない一体化されたものとして図示されている。 さらに、特定費用準備資金に着目すれば、財務三基準が一体化していて相互に連動するシステムとなっていることがよく分かる。特定費用準備資金(や資産取得資金)は上述のとおり、いずれ公益目的事業に係る費用として支出することを示し、収支相償の基準について定めた認定法第14条の「適正な費用」に算入される。しかも、公益目的事業に係る費用として計上されるわけであるから、公益目的事業比率の基準を満たすことにも繋がる。さらに、控除対象財産として遊休財産の額からも控除されるので、遊休財産額の保有の基準を満たすことにも繋がる(認定法第16条第2 項参照)。 V もたらされている混迷 それにも関わらず、内閣府公益認定等委員会の「公益法人の会計に関する研究会」(以下、「会計研究会」という。)では、財務三基準が緊密に結びついて一体化したシステムであることや上位システムである認定制度の趣旨とどのように整合的に関連付けられるのかを十分に顧慮したかどうかを説明しないまま、議論の結果だけを公表している5 )。その結果、財務三基準が一定の秩序を有するシステムとして成り立っているにも関わらず、その秩序を無視した弥縫策(びほうさく)を無秩序に講じ、規制緩和のつもりで実際には規制強化となるような解釈変更を行う錯乱した対応に陥り、混迷をもたらしている(出口[2016][2018])。具体的に説明しよう。 特定費用準備資金はすでに述べたとおり、もっぱら収支相償の基準にだけ関係するのではなく、相互に連動して一体化している財務三基準のすべてと密接に関係している。しかも、特定費用準備資金への積立ては、公益法人の収支が黒字であろうが赤字であろうが関係なく、公益目的事業に係る「適正な費用」として法人が当然のように計上できるとの想定の下に導入された経緯があり、財務三基準によって構成されているシステムに当然のように含まれる《本来的》な要素だと理解できる。ところが、会計研究会においては、いつの間にか、法人に黒字が出て収支相償の基準を満たさない場合に利用してもよい「剰余金解消策」(いい換えれば《例外的》に許容される「特例措置」)の1 つとして、特定費用準備資金の計上についての説明が繰り返しなされている6 )。つまり、収支相償の基準に対する批判の声を踏まえて譲歩した規制緩和策として位置付けられている。 図表2  第3 回内閣府公益認定等委員会参考資料 しかし、そもそも特定費用準備資金は、黒字・赤字に関係なく公益法人が自らの判断で計上できるものである。したがって、そのような説明は譲歩しているようにみえて、実際には公益法人が特定費用準備資金を利用する方途を著しく狭め、公益法人の手を縛る規制強化の解釈変更すらもたらしている。しかも、黒字を出すことがやはり問題であるかのような印象を増幅させ、収支相償の基準に対する誤解を強化してしまうおそれまである7 )。 他方で、会計研究会では、わざわざ「将来の収支変動に備えて特定費用準備資金を積み立てることができるような緩和策」を導入するための検討がなされている。しかし、そもそも特定費用準備資金や資産取得資金は、前述のとおり、理由の如何を問わずに1 回は変更可能で、「最大限の緩和策」がとられている。いい換えれば、すべての特定費用準備資金および資産取得資金には、「将来の収支変動」に備えることが内蔵されているにも関わらず、専用の緩和策を導入しようとしており、そうでありながら、その新規の緩和策を認める具体的な要件については結論を出さずにもち越しており、公益法人に対して指導的な立場にある公益財団法人公益法人協会に無用な混乱を与えてしまった(内閣府公益認定等委員会・公益法人の会計に関する研究会[2016])8 )。 他にも、上位システムと関連付けずに認識している結果、無用な混乱をもたらしている例がある。たとえば、収支相償の基準がなぜ必要なのかを説明する際に、認定制度の趣旨とは関連付けず、公益目的事業の非課税措置との関係がもち出される場合である9 )。しかし、収支相償に関して税制との関係に配慮する必要があるのは、課税対象となる収益事業による利益が公益目的事業の収入に繰り入れられると課税対象から外れる(みなし寄附額を発生させる)ケースに限られると考えられる(出口[2018] 6 頁)。 そもそも公益法人に税制上の優遇措置が取られているのは、認定された公益目的事業の実施を積極的に促進するためである。また、収支相償の基準をはじめ財務三基準は「公益の増進」に向けて費用をかけて積極的に活動するよう促す働きをするため、収益が個人の所得に最終的に帰属することはない(=課税論拠を失っている)。だから、公益目的事業に非課税措置が取られていると理解できる(出口[2020])。こうした理解は、認定制度が活動主義を志向していることを顧慮すれば、至極当然に導かれるはずである。しかも、公益目的事業非課税とは同事業で仮に剰余金が生じた場合であっても課税しないということを意味する。つまり、剰余金が生じることは当然の前提とされている。したがって、非課税だから剰余金を生じさせてはいけないと説明するのは完全な論理破綻である。 また他にも、「公益の増進」を求める認定制度の趣旨に反するような収支相償基準の解釈を、内閣府自身が加担して拡散しているような例もある。たとえば、「収支相償」かどうかについては、「(中略)原則として各事業年度において収支が均衡することが求められる」と述べ、単年度黒字不可が原則であるかのような見方を強化している(内閣府[2019]34頁])。その結果、黒字をおそれて公益法人がやむなく活動を委縮してしまう事態に拍車をかけているのは無理からぬことだろう。 Ⅵ おわりに:結論と残された課題 パーソンズのシステム論に準拠して捉えると、財務三基準は各基準が同型化され相互に緊密に結びついて一体化したシステムとして成り立っていると認識できる。また、そのようにシステムとして捉えると、財務三基準は公益法人が公益増進への貢献という組織目標に向かって積極的に活動するよう自律を促す働きをしていると認識できる。したがって、収支相償の基準を含む財務三基準は、活動主義を志向して「公益の増進」に積極的に取り組むことを求める認定制度の立法趣旨に沿って設計されていると理解できる。 それにも関わらず、現実の運用ではそうした理解を欠いて、規制緩和のつもりで規制強化をもたらして公益法人の自律を損なったり、公益法人の不安を増幅して公益活動の萎縮を招いたりするなど、混迷をもたらしている。つまり、「公益の増進」に向けて自律を促す認定制度の趣旨から逸脱する事態を規制者側(内閣府やその他の行政庁)が招いている。 その結果、被規制者側である公益法人は、システム論に準拠すると4 つのパターン(「強迫的黙従」「撤退」「反抗」「強迫的遂行」)に分類できる逸脱へと動機付けられてしまっていると推論できる(図表3 )10)。具体的には、「強迫的黙従」のパターンであれば黒字をおそれての意図的な活動自粛、「撤退」のパターンであれば公益法人認定の返上や申請諦観、「反抗」のパターンであれば不平不満から規制者を欺く虚偽不正行為、「強迫的遂行」のパターンであれば無理をしてでも剰余金を費消しようとする年度末無駄使い、がそれぞれ該当するように思われる。この点については、今後さらに研究を進め実証できたらと考えている。 図表3  逸脱の4 パターン [謝辞] 本研究はJSPS科研費挑戦的研究(開拓)20K20280の助成を受けたものである。 [注] 1)本稿は出口[2016][2018]において展開した公益法人のいわゆる「収支相償」についての議論をさらに発展させたものである。出口[2016]においては、法改正が行われていないにも関わらず徐々に規制の度合いを変化させる現象が生じていることを指摘して、それをクリープ(creep)現象と名付けた。とりわけ、規制が強化される場合を「正の規制的クリープ」と称して、収支相償については正の規制的クリープ現象が生じていることを明らかにした。また、出口[2018]では、収支相償が正の規制的クリープ現象に陥っていると示したうえで、その要因を収支相償と他の財務基準とのむすびつきを看過した見解が流通していることに求めた。このような一連の研究成果を踏まえ、本稿は新たにパーソンズのシステム論を援用して収支相償と他の財務基準とのむすびつきを立法趣旨との関係から明確にし、収支相償に関するより適切な認識の普及に寄与することを目的とする。 2)パーソンズは、論理哲学や科学哲学の大家であるA・N・ホワイトヘッドやその影響下にあり科学史や生化学・生理学に疲労研究など諸分野で八面六臂の活躍をしたローレンス・ヘンダーソンの科学方法論に導かれて、科学的に対象をシステムとして認識できるようにするための理論を系統的に発展させた。その基盤となるのが、人間(や法人など)の行為を単に自己利益の追求という側面からだけでなく、規範との関係という側面からも理解できるようにする分析枠組になる。すなわち、経済学から社会学へと転じたパーソンズは、利益追求だけでなく、社会的にある程度は共有されている規範の影響も射程に入れた説明モデルを打ち立てた(Parsons [1937])。また、そのような規範への着目から、規制者と被規制者の関係をコントロールするような制度の働きについても、深い理解をもたらす説明モデルを発展させた(Parsons[ 1951])。 3)資金にラベルを貼るということは、会計に「ファンド会計」を入れ込むことであり、この点は非営利会計や公会計に特徴的なことである(Hay[ 1980]p.5)。 4 )「取り崩さなければならない」場合を規定した認定法の施行規則第18条第4 項の解釈としてガイドラインには次のように記されている。「資金について、止むことを得ざる理由に基づくことなく複数回、計画が変更され、実質的に同一の資金が残存し続けるような場合は、『正当な理由がないのに当該資金の目的である活動を行わない事実があった場合』(同第4 項第3 号)に該当し、資金は取崩しとなる」(ガイドライン7(. 5)③)。したがって、止むを得ない理由ではない場合であっても、一度は計画を変更できるようにしている。 5)この点を指摘したパブリックコメントに対しては「今後の参考」としている(内閣府[2015])。 6)たとえば、会計研究会は「収支相償の剰余金の解消理由としては、当期の公益目的保有財産の取得や特定費用準備資金の積立てがガイドラインに掲げられている」と示し、特定費用準備資金を「収支相償の剰余金」の解消に対する取扱いとして公益目的保有財産の取得と同列に扱っている(内閣府公益認定等委員会・公益法人の会計に関する研究会[2015]15頁)。しかし、ガイドラインでは、特定費用準備資金の積立ては「適正な費用」の中に組み込まれており、そもそも「解消」の対象としての例外的な取扱いにはなっていない。 7)たとえば、内閣府は「特定費用準備資金」について定めた認定法の施行規則第18条第3 項を厳しく解釈するようになり、同項第4 号の「積立限度額が合理的に算定されていること」の「合理的」についても基準を示すことなく判断している。具体的には、「特定費用準備資金については、 将来の特定の活動の実施のために特別に支出する費用に係る支出に充てるために保有する資金であり、その積立てのためには対象となる活動の内容及び時期が具体的に見込まれ、積立限度額が合理的に算定されることが求められている。つまり、公益法人が予期せぬ寄附金を得た場合といった予定外の収入があった場合においても、 当該収入を計画的に公益目的事業に費消することが望ましく、特定費用準備資金はまさにこのような目的を達成するための制度である」(内閣府[2019]38頁)と、ガイドラインにはない「特別に支出する費用」や「計画的に公益目的事業に費消する」といった表記がなされているように、特定費用準備資金の範囲に関して「特別」であったり「計画的」であったりと限定を付加し範囲を非常に狭めている。まさに特定費用準備資金の計上は《例外的》に許容されるに過ぎないという見方を強化しているといえるだろう。 8)公益財団法人公益法人協会は会計研究会の報告書が公表された後に、設けられたFAQに従って2 回の理事会を経て全会一致でまた監事からも異論が出ない状況で「財政基盤安定化基金」を特定費用準備資金として積み立てたが、内閣府の指導で積み立てを断念した(公益法人協会[2015a][2015b][2017])。 9)たとえば、「公益目的事業から生じた所得に対する法人税が非課税とされている点も、収支相償が厳格に求められる大きな理由であると考えられる」(馬場[2017] 5 頁)。内閣府においても「当該規律は、他の公益認定の基準とともに、公益法人に対する税制上の優遇措置の基礎となっている」(内閣府公益認定等委員会[2019]34頁)と、当初指摘のなかった財務三基準と税制の関係を主張するようになってきた。 10)4 つのパターンは、2 つの軸を交差させてできあがる4 象限によって示される。1 つ目は、規制あるいは規制者に対して「同調的か離反的か」という軸である。2 つ目は、その関わり方が「能動的か受動的か」という軸である(Parsons[ 1951]pp.256-260)。 [参考文献] 池田駿介[2019]「日本学術会議提言内容と残された検討課題」、『学術の動向』24⑸、公益財団法人日本学術協力財団、63-66頁。 岡村勝義[2015]「一般社団・財団法人の公益認定基準の検討: 公益性判断基準と財務三基準 (特集 非営利法人に係る公益性の判断基準)」、『非営利法人研究学会誌』17、非営利法人研究学会、1 -12頁。 久保秀雄[2020]「死・宗教・法 ― タルコット・パーソンズの個人主義に関する洞察」、『論究ジュリスト』34、有斐閣、159-167頁。佐藤万企夫[2015]「学会運営について思うこと」、『鋳造工学』87⑺、公益社団法人 日本鋳造工学会、496-497頁。 出口正之[2016]「“クリープ現象”としての収支相償論」、『非営利法人研究学会誌』18、非営利法人研究学会、29-38頁。 出口正之[2018]「「理念の制度」としての財務三基準の有機的連関性の中の収支相償論」、『非営利法人研究学会誌』20、非営利法人研究学会、1 -13頁。 出口正之[2020]「公益法人税制優遇のルビンの壺現象:価値的多様性と手段的多様性への干渉」、『非営利法人研究学会誌』18、非営利法人研究学会、1 -14頁。 内閣府[2015]「公益法人の会計に関する諸課題の検討状況について(最終報告書素案)」に関する御意見について。 内閣府公益認定等委員会[2007a] 第3 回公益認定等委員会議事録。 内閣府公益認定等委員会[2007b] 第19 回公益認定等委員会議事録。 内閣府公益認定等委員会[2008a] 第29回公益認定等委員会議事録。 内閣府公益認定等委員会[2008b] 第34回公益認定等委員会議事録。 内閣府公益認定等委員会[2008c] 第39回公益認定等委員会議事録。 内閣府公益認定等委員会[2008d] 第41回公益認定等委員会議事録。 内閣府公益認定等委員会[2019]「新公益法人制度10年を迎えての振り返り」報告書。 内閣府公益認定等委員会・公益法人の会計に関する研究会[2015]「公益法人の会計に関する諸課題の検討の状況について」。 内閣府公益認定等委員会・公益法人の会計に関する研究会[2016]「公益法人の会計に関する諸課題の検討の整理について」。 パーソンズ、T(田野崎昭夫監訳)[1992]『社会体系と行為理論の展開』、誠信書房。 馬場英朗[2017]「公益法人会計基準の実務的課題: 公益認定基準と健全な組織運営をめぐって」『關西大學商學論集』62⑴、關西大學商學會、1 -12頁。 藤井秀樹[2017]「非営利法人会計制度の回顧と展望-公益法人会計基準の検討を中心に-」、『非営利法人研究学会誌』19、非営利法人研究学会、1 -11頁。 Hay,L .E [1980]Accounting for 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Parsons, T.[1960]Structure and Process in Modern Societies,Free Press. 太田達男[2014]「この罪深きもの-収支相償」公益法人協会コラム http://www.kohokyo.or.jp/kohokyo-weblog/column/2014/05/post_123.html(令和2 年12月13日ダウンロード) 公益法人協会[2015a]第32回理事会議事録http://www.kohokyo.or.jp/jaco/disclosure/gijiroku/rijikai-gijiroku32_150928.pdf(令和2 年12月13日ダウンロード) 公益法人協会[2015b]第33回理事会議事録http://www.kohokyo.or.jp/jaco/disclosure/gijiroku/rijikai-gijiroku33_151209.pdf(令和2 年12月13日ダウンロード) 公益法人協会[2017]第40回理事会議事録http://www.kohokyo.or.jp/jaco/disclosure/gijiroku/rijikai-gijiroku40_170609.pdf(令和2 年12月13日ダウンロード) 鈴木勝治[2018]「収支相償という言葉」公益法人協会コラム http://www.kohokyo.or.jp/kohokyoweblog/column/2018/10/post_171.html(令和2 年12月13日ダウンロード) 匿名者[2015]:ブログ「民間公益の増進のための公益法人等・公益認定ウォッチャー」投稿コメント https://blog.canpan.info/deguchi/archive/12#comments(令和2 年12月13日ダウンロード) (論稿提出:令和2 年12月18日)

  • ≪論文≫地方自治体の内部統制の現状と課題― パブリック・ガバナンスの充実強化に向けて― / 石川恵子(日本大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 日本大学教授 石川恵子 キーワード: 地方自治体 内部統制 パブリック・ガバナンス 人口減少化 持続可能性地方自治法 人手不足 議員の成り手不足 要 旨: 本稿は、地方自治体の内部統制の現状と課題を地方自治体の内部統制に影響を及ぼす2つの事象に注目して考察している。本稿が注目する2 つの事象とは、⑴人口減少化に伴う職員の人手不足と業務量の増加、⑵小規模な市町村における議員の成り手不足と小規模団体が抱える特有の問題である。これらの事象は地方自治体の内部統制の脆弱化を招くことを懸念させるものである。 はじめに、2 つの事象が地方自治体の内部統制・ガバナンスにどのような影響を及ぼすかについて、事例を紹介して考察している。次に、地方自治体における内部統制の整備・運用の制度導入を考察している。地方自治体では2020年4 月より地方自治法に依拠した内部統制の整備・運用が開始されている。最後に、滋賀県湖南市における内部統制の整備・運用の事例を紹介して、人手不足に伴うリスクに対応した内部統制のあり方を示している。これらの考察結果に基づいて、今後の地方自治体のパブリック・ガバナンスの充実強化に向けた展望を示している。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 地方自治体の内部統制・ガバナンスに影響を及ぼす2 つの事象 Ⅲ 地方自治法の内部統制の整備・運用の導入と実務上の現状と課題 Ⅳ 湖南市の内部統制の整備・運用の事例 Ⅴ 考察結果 Abstract This paper considers the current status and issues of local government internal control, focusingon two events that affect local government internal control. The two events that this paper focuseson are ⑴ labor shortages and increased workloads due to the declining population, ⑵ shortages ofparliamentarians in small municipalities, and the unique problems faced by small organizations.These events raise concerns that the internal control of local governments will be weakened.First, this paper introduces examples and consider how the two events affect the internal controland governance of local governments. Next, this paper considers the introduction of internalcontrol systems of local governments. Local governments have started to develop and operateinternal controls based on the Local Autonomy Law in April 2020. Finally, this paper introduces anexample of the maintenance and operation of internal control in Konan City, Shiga Prefecture, andshow how internal control should be in response to risks associated with labor shortages. Based onthe results of these considerations, the outlook for the enhancement and strengthening of publicgovernance of local governments in the future is shown. Ⅰ はじめに 本稿は、地方自治体の内部統制の現状と課題について地方自治体の内部統制に影響を及ぼしている2 つの事象に注目して考察する。 本稿が地方自治体の内部統制に影響を及ぼす事象として注目するのは、⑴人口減少化に伴い顕在化している職員の人手不足と業務量の増加である。そして、もう1 つは⑵小規模団体における議員の成り手不足と組織特有の問題である。 こうした事象に注目する理由は、地方自治体の内部統制の脆弱化を招くことを懸念させること、ひいてはガバナンスの充実強化への妨げとなることにある。近時、こうした事象を背景に、職員の異動時に伴う業務の引継ぎを確実に行うことが厳しい状況を招いており、過重労働に至った事例や、繁忙期に未払いが発生するなど内部統制が有効に機能しなかった事例が散見された。こうした事例に共通するのは、人手が足りていた頃であれば、内部統制上の課題が露呈しなかったことである。 上述した問題意識に基づいて、はじめに、2つの事象⑴職員の人手不足と業務量の増加、そして⑵小規模団体における議員の成り手不足と組織特有の問題を背景に、地方自治体の内部統制およびガバナンスにどのような影響を及ぼしているか、事例を示して考察する。 次に地方自治体の内部統制の整備・運用の制度導入に照らし合わせて、実務上の現状と課題を考察する。2017年に地方自治法が改正され、47都道府県と20政令市の首長に対して、内部統制の整備・運用の義務を課した。そして、2020年4 月より内部統制の整備・運用の制度が施行された。なお、20政令市以外のすべての市町村は、努力義務団体として位置付けられている。 最後に、滋賀県湖南市の内部統制の整備・運用の事例を紹介して、人手不足に伴うリスクに対応した内部統制のあり方を示したい。滋賀県湖南市は一般市であり、内部統制の整備・運用については努力義務とされている。湖南市の内部統制の構築における特筆すべき点は、原課の職員が作成した業務手順書を内部統制のインフラとしてリスクを可視化していることである。業務手順書をインフラとした内部統制の構築は、人手不足に伴い顕在化しているリスクに対応するものであり、内部統制の脆弱化に歯止めをかけることが期待される。 これらの考察結果に基づいて、今後の地方自治体のパブリック・ガバナンスの充実強化に向けた展望を示したい。 Ⅱ  地方自治体の内部統制・ガバナンスに影響を及ぼす2 つの事象 1  職員の人手不足と業務量の増加-引継ぎのリスクの顕在化 地方自治体の職員の人手不足と業務量の増加は、内部統制の脆弱化を招く事象の1 つである。業務量の増加については、2020年度以降、新型コロナウイルスへの対応と重なり、1 人当たりの業務量が確実に増えている傾向もあることから、とりわけ内部統制への影響について注視していく必要があろう。 こうした事象を背景に、内部統制の脆弱化を示すものとして、職員が業務を確実に引き継ぐことができなかったことから生じる引継ぎのリスクが顕在化している1 )。また、業務の繁忙期に給与未払いリスクも発生している2 )。 もとより、地方自治体の組織では、毎年4 月に人事異動がある。人事異動に当たっては、前任者から後任者に対して確実にかつ迅速に業務の引継ぎが行われる必要がある。とりわけ、地方自治体の業務の特性は、国の所轄官庁が策定している法令およびガイドラインを遵守して行われていることから、業務の引継ぎは正確かつ着実に行われる必要もある。 ところが、近時、職員の業務の引継ぎのリスクが顕在化している。これに関連して、大分県庁の職員が過重労働の末、亡くなられていた事例、北海道標津町の職員が過重労働の末、亡くなられていた事例がある。以下、それぞれの事例の概要について要約する。それぞれの事例に共通しているのは、異動時の業務の引継ぎのあり方に問題があったことである。 ① 大分県庁の事例3 ) 大分県庁の事例では、2018年6 月に福祉保健企画課の職員が亡くなられていたことが明らかにされた。2018年4 月に当該職員は福祉保健企画課に配属され、予算・決算の資料の作成業務に携わっていた。 当時、前任者である職員は県外に異動しており、当該職員は十分な引継ぎがなされていないことが明らかにされた。さらに、当該職員が決算業務に携わったことが、これまでなかったことも明らかにされた。 ② 北海道標津町の事例4 ) 北海道標津町の事例では、2019年7 月に商工観光課の職員が亡くなられていた。2019年4 月に当該職員は商工観光課に配属された。当該職員の業務は、北方領土の啓発目的のために全国から集まってくる修学旅行生の受け入れ業務であった。北海道標津町の周辺地域は北方領土の1 つ、国後島から20㎞の距離に位置している。 そして、当時、当該職員は、元上司から十分な引継ぎを受けることなく、業務を行っていたこと、その業務量は1 人では完了できないものであったことが明らかにされた。当時の引継ぎ資料には、「後日、個別に引き継ぐことにしたい」という記述が多く示されていた。 これらの事例に共通している問題の所在は、異動時の業務の引継ぎのあり方として、後任者が前任者から業務を確実に引き継いでいなかったことである。すでに述べたとおり、業務の引継ぎに当たっては、確実かつ迅速に行われることが求められる。 こうした事例が増えつつあるのは、人手不足と業務量の増加にあるが、これまでの引継ぎのあり方としては、職員が口伝により前例踏襲で行われていたことがある。これは標津町の引継ぎ資料に「後日、個別に引き継ぐことにしたい」という文言からも明白である。 これまで人手が足りていた頃であれば、こうした引継ぎ方法は確実で効率的な側面もあり、職場環境にも余裕があったことから、周囲のサポートも得られることができたであろう。もとより、口伝による引継ぎが行われる理由は、多くの地方自治体では、業務が可視化されていないことがある。従前、地方自治体の職員には専門性が求められるといわれる所以でもある。 もっとも、地方自治体の組織の持続可能性、そして職員の働き方を見据えるのであれば、従前のような口伝による引継ぎ方法は、おのずと限界が来るのは明白である。業務を確実に引き継ぎ、将来の職員の働き方を配慮するのであれば、業務を可視化し、かつこれを標準的な仕様で共通化していくことが求められる。とはいえ、現状では、各課で属人的にマニュアル等が整備されている状況がある。 2  小規模団体における議員の成り手不足と組織特有の問題-ガバナンスに与える影響 ⑴ 議員の成り手不足 人手不足がガバナンスに与える影響のもう1つの側面は、過疎化が進む小規模団体で議員の成り手不足の問題にみられる。小規模な市町村では、議員の高齢化が進んでおり、成り手不足が深刻化している。 現行の地方自治体の制度では、議員は地方自治体のガバナンスを担う主体としての役割がある。このガバナンスを担う主体が不足することは、現行の地方自治体の制度に与える影響、ひいては地域住民のサービスに与える影響は大きいといえる。 以下では、議員の高齢化と成り手不足を示す事例について高知県大川村と群馬県昭和村の事例の概要を要約する。 ① 町村総会の検討の事例-高知県大川村5 ) 高知県大川村の人口は約400人程度で、離島を除き、日本では最も人口が少ない村である。大川村では2017年に、議会に代わり住民で構成する「町村総会」を設置することについての検討を開始した。「町村総会」とは、住民が直接議案を審議する総会である6 )。町村総会の検討を開始するに至った背景には、議員の高齢化と成り手不足があった。 2017年当時、大川村の議員定数は6 名で、現職の6 名の議員のうち3 名が77〜79歳という高齢者であった。当時懸念されたことは、次の選挙までに立候補者が定数に満たなかった場合には、再選挙が求められることである。公職選挙法は、議員の欠員が定数の6 分の1 を超えた場合には、再選挙を行うことを定めている7 )。仮に大川村で、議員定数6 名に対して立候補者が4 名であった場合には、再選挙となる。 検討の結果、大川村では町村総会の設置は回避されたが、新たな世代の議員の成り手を確保することが課題であることが明らかにされた。 ② 議員の定員割れによる再選挙の実施-群馬県昭和村の事例8 ) 群馬県昭和村は、人口が7,000名程度の村である。昭和村の事例は、議員の成り手不足により、再選挙が実際に行われた事例である。 2018年当時、昭和村の議員定数は12名であり、立候補したのは9 名(現職7 名・新人2 名)であった。昭和村の場合、立候補者が10名あれば、再選挙が避けられた。 上述したように、小規模な市町村では議員の成り手不足が深刻化している。議員はガバナンスの主体でもあることから、成り手不足を解消していく必要がある。また、小規模な市町村では監査委員の識見委員の成り手不足も深刻である9 )。 ⑵ 小規模団体における組織特有の問題 小規模団体には、ガバナンスに影響を及ぼすもう1 つの側面として、小規模団体における組織特有の問題がある。 小規模団体の組織の特性は、職員数が極めて少人数であり、職場環境と住環境が近いことである。とりわけ、過疎化が進んでいる市町村であれば、この傾向が強まるであろう。 そして、小規模団体における組織特有の問題とは、小規模団体にはこのような特性があるがゆえに、業務が1 人に偏りやすく、チェック機能が有効に機能しない状況を招きやすい10)。すなわち、分担によるチェック機能が形骸化しやすく、内部けん制機能が有効に機能しない状況を招きやすい。 これを示す事例として、東京都青ヶ島村の事例がある。以下では、青ヶ島村の事例の概要を要約する。 ③ 内部けん制機能が機能しなかった事例-東京都青ヶ島村の事例11) 東京都青ヶ島村は、離島の1 つであり、人口が200人弱で、最も人口が少ない村である。 2018年5 月、元総務課長が3 年間にわたり、44件の不適正な事務処理の契約を行っていたことが明らかにされた。当該不適正な事務処理のもとでは、見積書・契約書を作成していない、あるいは、理由を明確にせずに随意契約が行われていた。 その総額は2 億2 千万円であった。その内訳には、東京都の交付金が9,500万円、国の交付金・補助金4,500万円が含まれていた。 当時、青ヶ島村には副村長が存在しておらず、元総務課長が行った業務に対する決裁業務は元総務課長が1 人で行っていた。すなわち、分担によるチェック機能が行われておらず、事実上、内部けん制機能が有効に機能していない状況があった。 青ヶ島村の事例のように、小規模市町村では、職員数が極めて少ない。このため、内部けん制機能を強化し、いかにガバナンスを機能させていくかという課題もある。 Ⅲ  地方自治法の内部統制の整備・運用の導入と実務上の現状と課題 冒頭で述べたとおり、2017年に地方自治法が改正され、47都道府県と20政令市には内部統制の整備・運用の義務が課せられた。 地方自治体における内部統制およびガバナンスに係る諸規定を設けているのは地方自治法である。もっとも、地方自治法は、「内部統制」あるいは「ガバナンス」という用語を使用した規定を設けていない。その代わりに、地方自治法は地方自治体の手続に係る諸規定を設けており、地方自治法およびこれに関連するガイドラインを遵守することで、地方自治体の内部統制の強化あるいはガバナンスの向上に繋げている。 内部統制の整備・運用について義務を課している条文は、地方自治法第150条である。総務省は、2019年3 月に地方自治法第150条の解釈指針である「地方公共団体における内部統制制度の導入・実施ガイドライン(以下、「ガイドライン」という。)」を公表した12)。ガイドラインは地方自治体の内部統制の制度導入および実施に当たって参考となる基本的な枠組みや要点を示している。 以下では、地方自治体における⑴内部統制の制度導入の背景、地方自治法および関連するガイドラインが示す⑵内部統制の整備・運用の仕組み、そして⑶内部統制の対象となるリスクについて整理する。これらを整理したうえで、地方自治法が求める内部統制の制度に照らし合わせて、内部統制に係る実務上の現状と課題を考察する。 1  内部統制の制度導入の背景 地方自治体の内部統制の整備・運用の導入が議論された契機は、2010年ごろに地方自治体で行われていた不適正な経理処理の影響がある13)。不適正な経理処理とは、地方自治法を誤った解釈をして、経理処理されていた契約事務等の手続である。 ここでいう地方自治法の誤った解釈とは、会計年度内に予算を使い切らなければ、来年度予算が減額されるという意識が働いたことである。このため、たとえば、年度末に予算をいったん業者に預けて、翌年度に、これを使えるような経理処理が行われていた。これが「預け」と呼称される経理処理である。 周知のとおり、地方自治体の会計は単年度会計主義で行われている。すなわち、予算については、翌年度末までに妥当な事務手続によって、当該予算を消化することが義務付けられている。これが地方自治法の誤った解釈の動機付けとなった。 当該問題については、会計検査院が2008〜2010年度にかけて都道府県と政令市を対象に調査を実施した14)。調査結果では、ほとんどの地方自治体において、不適正な経理処理が行われていたことが明らかにされた。 不適正な経理処理が顕在化した後、総務省の地方公共団体における内部統制の整備・運用に関する検討会において、地方自治体の内部統制が議論された15)。その後、第31次地方制度調査会の議論を経て「人口減少社会に的確に対応する地方行政体制及びガバナンスのあり方に関する答申」が公表された。こうした議論を経て2017年に地方自治法が改正され、地方自治体の首長に対して内部統制の整備・運用の義務が課せられた。 2  内部統制の整備・運用の仕組み 地方自治体の内部統制の整備・運用の仕組みは、年間を通じて、以下の流れで進められる。 ①  担任する事務について必要な内部統制の体制を整備する16)。 ②  内部統制の体制に係る基本方針を作成し、公表する17)。 ③  内部統制推進部局を設け、内部統制の推進を行う。 ④  内部統制評価部局を設け、内部統制評価報告書を作成する18)。 ⑤  監査委員が内部統制評価報告書を審査する19)。 ⑥  内部統制評価報告書と審査報告書を議会に提出し、公表する20)。 (図表1 )は、年間を通じた地方自治体の内部統制の整備・運用の流れを示している。 地方自治体の内部統制の整備・運用の仕組みのモデルとされたのは、会社法が大会社に対して義務付けている内部統制の考え方と金融商品取引法が上場会社に対して義務付けている内部統制の整備・運用の仕組みである。 民間企業の内部統制の整備・運用の責任者は経営者にある。地方自治法は、地方自治体の内部統制の整備・運用の責任者が、首長にあることを明文化している。 また、上場企業に義務付けられた内部統制の仕組みは、経営者が内部統制の有効性を評価し、内部統制報告書を作成すること、そして内部統制報告書を外部の監査人が監査することからなる。地方自治体の内部統制の構築においても、首長が内部統制の有効性を評価し、内部統制評価報告書を作成し、監査委員が当該内部統制評価報告書を審査するという仕組みを義務付けた。 また、民間企業では上場企業という比較的大規模な組織で内部統制の整備・運用の仕組みの構築が義務付けられている。地方自治法は、47都道府県・20政令市という比較的大規模な組織に対して義務付けている。もとより、こうした内部統制の整備・運用の仕組みを構築するためには、相当な予算が必要であり、これに係る人材育成も必要となる。それゆえ、比較的小規模の市町村に地方自治法が意図する仕組みを強制することは現実的ではないという状況もある。 3  内部統制の対象となるリスク 地方自治法が内部統制の整備・運用の対象としているリスクとは、担任する事務から生じるリスクである。 これには⑴財務に関する事務その他総務省令で定める事務手続21)(以下、「財務事務手続」という。)から生じるリスク、そして⑵財務に関する事務以外の事務で管理および執行が法令に適合し、かつ、適正に行われていることを特に確保する必要がある事務手続22)(以下、「その他の事務手続」という。)から生じるリスクがある。 ⑴ 財務事務手続から生じるリスク 財務事務手続から生じるリスクは、内部統制の整備・運用を義務付けられたすべての地方自治体に対応が求められるリスクである。 もとより、財務事務手続とは、現金取引に係わる事務手続である。具体的には、地方自治法第9 章で定められている財務事務全般の事務である。地方自治法第9 章は、予算・収入・支出・決算・契約・現金および有価証券の出納と保管・時効・財産に係わる事務に係る諸規定を設けている。 財務事務手続から生じるリスクの具体例は、既に述べた不適正な経理処理から派生するリスクが該当する。また、事務手続から生じる未払い、未収、過払い等のリスクも該当する。これらの財務事務手続から生じるリスクに対しては、地方自治法が既に会計管理者、および監査委員による統制を設けている。 ⑵  その他の事務手続から生じるリスク その他の事務手続から生じるリスクとは、現金取引を伴わない事務手続から生じるリスクである。具体的には、原課の職員が携わる所管業務の事務手続から生じるリスクが該当している。たとえば、これには、地域住民の情報漏洩のリスクがある。また、すでに述べた引継ぎのリスクもこれに該当する。 地方自治法は当該リスクについては、首長が必要と認識した場合を除いて任意での対応を求めている。 もっとも、その他の事務手続から生じるリスクは、任意での対応とはいえ、多くの地方自治体が、その対応を検討し、対応している状況もある。とりわけ、情報漏洩に係るリスクに対しては、義務を課せられた地方自治体では取り組んでいる状況がある。 すでに述べたとおり、地方自治体の内部統制の整備・運用の仕組みは金融商品取引法の上場企業の内部統制の整備・運用の仕組みをモデルとしている。ただし、その対象となるリスクの考え方は、民間企業とは異なっている。上場企業は、財務諸表に重大な影響を及ぼすリスクへの対応に限定されている。 これに対して、地方自治体の内部統制の整備・運用の仕組みで対象となるのは、任意ではあるが、財務事務手続以外から派生するリスクも範疇としている。この点は民間企業の内部統制の整備・運用の仕組みとは相違する点である。 4  内部統制の制度に対する実務上の現状と課題 ここで、地方自治法が求める内部統制の制度に照らし合わせて、実務上、いかなる現状と課題があるかを⑴人手不足と業務量の増加、そして⑵小規模団体における議員の成り手不足・小規模団体の特有の問題に関連付けてまとめたい。 第1 に、職員の人手不足と業務量の増加による引継ぎのリスクへの対応である。 地方自治法の制度上、対象となるリスクは、原則として、現金の取引に係る財務事務手続から生じるリスクである。一方で、その他の事務手続から生じるリスクについては任意とされた。引継ぎのリスクは、むしろ後者のリスクに該当している。 現状では、財務事務手続から生じるリスクについては、すでに、会計管理者および監査委員による統制がある。また、財務事務手続については、業務の流れが可視化され、それに伴うリスクも可視化されやすい状況がある。 一方で、その他の事務手続から生じるリスクについては、各課の統制に任されている。そして、所管業務に係る業務については、可視化されていない状況がある。これは、大分県庁の事例・北海道標津町の事例をとりあげ、示したとおりである。引継ぎのリスクに対応していくためには、業務手順書等を使用して、可視化することが必要になる。 第2 に、小規模団体における議員の成り手不足と小規模団体の特有の問題への対応についてである。 地方自治法の内部統制の整備・運用の義務は、都道府県と政令市に課し、それ以外の市町村には、努力義務とした。これは、地方自治法が求める内部統制の整備・運用の仕組みの構築には、予算と人材が必要になるため、こうした対応が小規模市町村では厳しい状況があることによる。 もっとも、小規模市町村であっても、内部統制あるいは内部けん制機能を強化することは、必須といえる。その理由は、たとえ、小規模な市町村であっても、原課の職員が扱う金額は大きいこと、そして利害関係者は地域住民あるいは国民という広範囲に及ぶことによる。重要性が高い金額を職員が扱っていることについては、東京都青ヶ島村の事例で示したとおりである。 とはいえ、その一方で内部けん制機能の強化については、小規模な市町村では、議員の成り手不足もあり、ガバナンス主体が不足している。これについては高知県大川村・群馬県昭和村の事例で示したとおりである。 上述したとおり、地方自治法が求める内部統制の制度に対して、実務上の現状と課題は2 つの側面から整理することができる。 それは、⑴地方自治法の内部統制の整備・運用は、その対応が任意とされているリスクがあり、これには、所管業務に係る引継ぎのリスクも含まれることである。そして、当該リスクは、事務手続の流れが可視化されていない状況がある。 また、⑵地方自治法は、小規模団体に対して、内部統制の整備・運用の仕組みの構築を求めていないとはいえ、内部統制の機能強化・ガバナンスの向上は不可欠であることである。というのも、たとえ小規模市町村であっても地域住民あるいは国民に対する影響が大きいからである。 Ⅳ  湖南市の内部統制の整備・運用の事例 本稿は、上述した内部統制の課題の1 つである引継ぎのリスクに対応した事例として、滋賀県湖南市の内部統制の整備・運用の事例に注目する23)。湖南市は、人口が5 万人程度の比較的小規模な一般市であり、地方自治法が求める内部統制の仕組みの構築は、努力義務団体として位置付けられている。 2019年に湖南市では、地方自治法とガイドラインに依拠して内部統制の仕組みを構築し、内部統制の整備・運用を開始した。湖南市の内部統制が対象としているリスクは、地方自治法が任意としている所管課の事務手続から派生するリスクを含めている。そして、むしろ、当該リスクを主たるリスクとして洗い出し、これをチェックしている。 当該事例で特筆すべき点は、⑴内部統制の整備において、所管課の業務に係る業務手順書をインフラとして、これに基づいてリスクの洗い出しを行っていること、そして⑵内部統制の運用に当たっては、定期的に当該業務手順書とリスクの見直しを行っていることである。 湖南市の内部統制に注目する理由は、内部統制の機能強化に向けて2 つのリスクの抑制効果が期待されることである。それは、引継ぎのリスクを抑制すること、そして法令の解釈を誤らせないことである。実際、2019年度の内部統制の評価報告書には、この2 つのリスクの抑制効果が報告された24)。 ⑴ 湖南市における内部統制の整備 湖南市の内部統制の整備・運用を所管しているのは総合政策部の業務監察室である。業務監察室は、内部統制の整備・運用と各所管課が作成し、見直しをする業務手順書およびリスク評価シートのとりまとめをしている。 上述したように、湖南市の内部統制の整備で特筆すべきは、所管課が作成した業務手順書を使用して、リスクの洗い出しを行っていることである。(図表2 )は湖南市の業務手順書を示している25)。 もとより、湖南市の業務手順書は2019年の内部統制の整備・運用の開始に向けて作成されたものではない。2002年11月にISO9001の認証取得したことに始まる。ISO9001の認証では、業務の現状と課題を把握するために、業務の可視化が必要になる。そこで作成されたのが業務手順書であった。 その後、2008年11月に、ISO9001の認証更新をやめたが、業務手順書は「業務手順の改善」ツールとして位置付けられ、継続して作成され、ホームページ上に公表され続けた。ホームページ上に公表され続けた理由は、地域住民に対する説明責任にあった。 ⑵ 湖南市における内部統制の運用 湖南市の内部統制の運用において特筆すべきは、原課の職員が定期的に業務手順書の見直しと、リスクの見直しを行っていることである。すなわち、湖南市では、所管業務に携わる原課の職員が年に2 回( 4 月と10月)、業務手順書の見直しと併せてリスクの洗い出しと見直しを行っている。 業務手順書とリスクの見直しに原課の職員が携わることの効果は、内部統制の運用が、他人事ではなく、自分事であるという自発性を誘発することにある。 (『湖南市内部統制ハンドブック』より抜粋26)) Ⅴ 考察結果 本稿は、⑴職員の人手不足と業務量の増加、そして⑵議員の成り手不足と組織特有の問題が内部統制およびガバナンスにいかなる影響を及ぼしているかを事例により明らかにしたうえで、地方自治法が示す内部統制の整備・運用に照らして、実務上の内部統制の現状と課題について考察した。 最後に、本稿の考察結果を踏まえたうえで、パブリック・ガバナンスの充実強化に向けた今後の展望をまとめたい。 職員の人手不足と業務量の増加は、職員の異動時の引継ぎのリスクを招いている。もとより、業務の引継ぎは確実かつ十分に行うことが求められる。また、地方自治体の職員の業務の特性上、法令を遵守することが求められることから、法令の解釈を誤らないための人材育成も必要である。 その1 つの展望として、湖南市の事例を示した。湖南市では、内部統制の整備・運用に当たり、組織内の業務を全庁的に可視化し、定期的かつ継続的な業務の見直しを行っている。これは、引継ぎのリスクを抑制し、法令を誤って解釈することを低減するための有効な内部統制のあり方である。 一方で、小規模な市町村における議員の成り手不足と組織特有の問題が、ガバナンスの充実強化の妨げとなることを示した。もとより、たとえ小規模な市町村であっても、扱っている金額が大きいことから地域住民または国民への影響度に鑑みる必要がある。 ただし、小規模な市町村には、地方自治法に依拠した内部統制の構築が人材面・予算面で厳しい状況がある。すなわち、小規模団体では、規模の大きい団体と同様の方法、すなわち法律に依拠した方法でガバナンスを強化することは現実的ではない状況がある。これに関連して、高知県大川村では、若手議員の育成が必要であることを打ち出している。小規模団体のガバナンスの強化には、人材育成といった各団体の自助力が不可欠である。そのうえで、必要に応じて法的な拘束力が求められよう。 (付記)本稿は、非営利法人研究学会第24回全国大会の統一論題報告に加筆修正したものである。 [注] 1)総務省のガイドラインでも当該リスクをあげている。総務省・地方公共団体における内部統制・監査に関する研究会『地方公共団体における内部統制制度の導入・実施ガイドライン』2019年3 月。 2)これに関連して、神奈川県藤沢市の保育課において、繁忙時期と重なり、未払い金が発生していたことが明らかにされた。朝日新聞[朝刊]2018年11月24日。 3)大分県職員の事例については以下の新聞記事を参照されたい。朝日新聞[朝刊]2019年6月5 日。 4)北海道標津町の事例については以下の新聞記事を参照されたい。朝日新聞[朝刊]2020年1 月10日 5)高知県大川村の事例については、以下の新聞記事を参照されたい。朝日新聞[朝刊]2020年5 月5 日。 6)地方自治法第94条は、町村は条例により選挙権を有する者の総会を設けることを認める条文を設けている。 7)公職選挙法第34条・第110条。 8)群馬県昭和村の事例については以下の新聞記事を参照されたい。読売新聞[朝刊]2018年11月21日。 9)小規模な市町村の識見の監査委員の成り手不足については、以下の拙稿を参照されたい。石川恵子「小規模な市町村に対応した内部統制と監査のあり方-静岡県「監査事務の共同化」の検討事例からの考察」『地方財務』No.769、2018年7 月、85-98頁。 10)監査論においては、こうした状況を「不正のトライアングル」と呼称している。不正のトライアングルについては、以下の拙著を参照されたい。石川恵子『地方自治体の内部統制-少子高齢化と新たなリスクへの対応』中央経済社、2017年11月、103-106頁。 11)東京都青ヶ島村の事例については以下の新聞記事を参照されたい。朝日新聞[夕刊]2018年5 月30日。 12)総務省・地方公共団体における内部統制・監査に関する研究会『地方公共団体における内部統制制度の導入・実施ガイドライン』前掲。 13)不適正な経理処理については、以下の拙著を参照されたい。石川恵子『地方自治体の内部統制-少子高齢化と新たなリスクへの対応』中央経済社、2017年11月、109-116頁。吉見宏編著石川恵子「第10章地方自治体の不適正な経理処理」『会計不正事例と監査』、2018年8 月、185-198頁。 14)会計検査院『都道府県及び政令指定都市における国庫補助金に係わる事務費等の不適正な経理処理等の事態、発生の背景及び再発防止策についての報告書」、2010年12月。 15)総務省地方公共団体における内部統制の整備・運用に関する検討会『地方公共団体における内部統制制度の導入に関する報告書』、2014年3 月。 16)地方自治法第150条第1 項。 17)地方自治法第150条第3 項。 18)地方自治法第150条第4 項。 19)地方自治法第150条第5 項。 20)地方自治法第150条第6 項。 21)地方自治法第150条第1 項第1 号。 22)地方自治法第150条第1 項第2 号。 23)湖南市の事例については、以下の拙稿を参照されたい。石川恵子「持続可能な組織づくりの視点から内部統制の構築を考える-滋賀県湖南市の内部統制の事例」『地方財務』No.795、2020年9 月、51-65頁。 24)湖南市総合政策部業務観察室『令和元年度(2019年度)湖南市内部統制評価報告書』、2020年5 月。 25)湖南市の業務手順書については、湖南市のホームページを参照されたい。https://www.city.shiga-konan.lg.jp/soshiki/sogo_seisaku/jinji/tougou/20097.htm(l 最終閲覧日:2020年12月12日) 26)湖南市総合政策部業務監察室『湖南市内部統制ハンドブック』、2019年10月。 (論稿提出:令和2 年12月18日)

  • ≪論文≫社会福祉法人のガバナンスの現状と課題― ガバナンス・コードを視野に― / 吉田初恵(関西福祉科学大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 関西福祉科学大学教授 吉田初恵 キーワード: 社会福祉法人のガバナンス ガバナンス・コード 社会福祉法人制度改革 ステークホルダー・ガバナンス 対話 要 旨: 2017年4 月、社会福祉法人制度改革がガバナンス強化を主眼に施行された。しかしながら、拙速に形を整えた社会福祉法人のガバナンスは形式化し、実態として機能していない法人が少なからず見受けられる。社会福祉法人には、なぜガバナンスの強化が必要なのかを理解することが求められる。行政主導の形式的なガバナンスから実効性のある自主的なガバナンスをいかに構築するのかが、社会福祉法人のこれからの課題である。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ  コーポレートガバナンスと社会福祉法人のガバナンス Ⅲ 社会福祉法人制度改革の経緯とポイント Ⅳ 社会福祉法人のガバナンスの現状と問題・課題 Ⅴ 社会福祉法人のガバナンス・コード Ⅵ 結び Abstract In April 2017,social welfare corporation system reform was implemented with a focus onstrengthening governance. However, the governance of social welfare corporations that havebeen hurriedly shaped is formalized, as a matter of fact, many corporations are not functioning.Social welfare corporations need to understand why governance needs to be strengthened. Thefuture issue for social welfare corporations is how to build their effective and voluntarygovernance beyond formal governance led by the government. Ⅰ はじめに 社会福祉法人は公益性と非営利性を併せもち、市場の失敗、政府の失敗を補完するミッションに基づいた社会福祉事業を行う法人である。したがって、ガバナンスとアカウンタビリティによって社会的な信頼を高め、社会福祉法人の存在価値を高めることが求められる。 だが、実際には、法人を私物化している理事長や理事が散見され、また、不正や不祥事などの問題もあり、社会福祉法人の存在意義が問われている。 このような現状を踏まえ、2017年4 月、ガバナンス強化を主眼にして、事業運営の透明性の向上、財務規律の強化等を柱に社会福祉法人制度改革が施行された。しかしながら、ガバナンス強化の重要性を理解していない社会福祉法人が社会福祉法人制度改革の施行に合わせて、拙速に形を整えたガバナンスは、実態として機能していない。社会福祉法人の存在意義、信頼性のためには、ガバナンスが必要であることを社会福祉法人自体が認識し、行政主導の形式的なガバナンスから一歩踏み込んで、実効性のあるガバナンスをいかに構築するのかが、社会福祉法人のこれからの課題である。 本稿は、まず、社会福祉法人の特徴とガバナンスについて概説し、社会福祉法人のガバナンス強化を中心とした社会福祉法人制度改革に至る経緯を述べ、制度改革以降の社会福祉法人のガバナンスの現状を検討し、問題点と課題を整理する。 最後に社会福祉法人がガバナンスを強化することによって、効率性、有効性、有用性を担保し、社会から信頼される組織になり得るための試みとして、ガバナンス・コードの策定について若干の考察を加える。 Ⅱ  コーポレートガバナンスと社会福祉法人のガバナンス 営利法人、非営利法人を問わず、経営組織にはガバナンスが求められており、株式会社には、会社法改正により、コーポレートガバナンスについての規律が強化されている。日本経済団体連合会は、「我が国におけるコーポレートガバナンス制度のあり方について」の中で、コーポレートガバナンスを強化することによって、不正行為を防止するとともに、競争力・収益力を向上させ、長期的な企業価値の増大に向けて、企業経営の仕組みをいかに構築するのかという問題を論じている1 )。一般論として、株式会社では、出資者である株主が所有権者であり、経営者を監視している。いわゆるプリンシパル・エージェント問題である。プリンシパルである株主がエージェントである経営者をモニタリングすることによってモラルハザードを防ぐ仕組みがコーポレートガバナンスである。 株式会社におけるプリンシパル・エージェント問題を中心としたエージェンシー理論とは、プリンシパルはエージェントの提供するサービスや行動について、限られた情報しかないため(情報の非対称性[asymmetric information])、エージェントの行動が制約されない限り、エージェントは自己利益で行動する傾向が極めて高いと想定している。プリンシパルが意思決定権の一部を委譲することから、エージェントが利己的行動と機会主義的行動をする余地が生まれることになる。エージェントの機会主義的行動を抑制し、情報の非対称性を最小化するため、権限委譲の構造とそれに合致するモニタリングシステムとインセンティブシステムを設計することが組織内のガバナンス構造の設計にとって本質的に重要となる2 )。 株式会社と同様に社会福祉法人にもプリンシパル・エージェント問題がある。しかしながら、社会福祉法人は非営利法人であることから株式会社のガバナンスと仕組みが異なってくる。 社会福祉法人は資産を寄付することによる「所有権なき法人」であり、設立者がその出資金の所有権を喪失することが大きな特徴となっている。出資持分が存在しないため、事業を源泉とする利益配当がなく(分配禁止の拘束)、また残余財産処分権もなく、原則国庫に帰属する。 分配禁止の拘束は、社会福祉法人と理事長への規律としてのガバナンスにはプラスに作用するが、理事長の過剰な報酬や私的流用などを監視し統制することはできないし、分配禁止の拘束だけでは、不正行為をする理事長を排除することは容易ではない。 所有権者が存在しないこと自体が組織の私有性を否定していることを意味することから、一応は株式会社よりも潜在的な信頼性を保証していることにはなるが、社会福祉法人は利潤の最大化ではなく、別のミッションを目的に行動しているため、目的が利益追求に収斂しないだけに、理事長の裁量範囲はより拡大するおそれがある3 )。 また、所有権があることによるガバナンスが社会福祉法人には機能しないことで、結局はステークホルダーと理事長との関係が逆転して理事長支配の傾向が生じる。その結果、利益の内部化が行われるために、過剰報酬・自己取引・内部補助・偽装などのモラルハザードが発生する4 )。 税の優遇や補助金を享受している社会福祉法人は、公益性・社会貢献度の観点からそれに見合った正当性(legitimacy)が必要であり、それに対応する社会福祉法人のガバナンスを構築しなければならない。 社会福祉法人は所有権者がいないので、ガバナンス主権者が誰であるかが重要である。社会福祉法人は社会の多様なステークホルダーに認知されなければ存続できないという理由からマルチステークホルダーがガバナンスの主権者であるとするのが妥当であろう。 しかしながら、社会福祉法人の理事長と利用者および地域社会等のステークホルダーとの間で情報の非対称性が大きいこと、社会福祉法人が提供するサービスのコスト負担者(納税者や社会保険の被保険者)と受益者が異なることなどから、ガバナンスを機能させることは難しい5 )。 Ⅲ  社会福祉法人制度改革の経緯とポイント 1  社会福祉法人制度改革の経緯 散見される社会福祉法人の不正や不祥事は、一部の不届き者の問題ではなく、先述したように、プリンシパル・エージェント問題によるモラルハザードも関係している。 介護保険制度の創設により、福祉サービスの仕組みが措置制度から利用契約制度へと移行した。そのため、利益至上主義の偽装された社会福祉法人が参入してきたが、モニタリング(監視・牽制)するガバナンスが法的に規定されていなかったことが理事長や理事のモラルハザードの素地になった。 また、一部の社会福祉法人の内部留保問題、不祥事などがマスメディアで報道され、社会福祉法人に対する国民の不信感が強まったのである。このような社会的機運の高まりもあり、社会福祉法人のガバナンス強化が求められるようになった。 2  社会福祉法人制度改革のポイント 社会福祉法人の内部環境・外部環境の変化によって、社会福祉法人のあり方が問われるようになり、平成29(2017)年4 月に社会福祉法人制度改革が施行されるに至った。社会福祉法人制度改革は、社会福祉法人が公益財団法人と同等以上の公益性・非営利性を有する公益法人であることから、2008年の公益法人制度改革が参考にされている。理事・評議員の相互の牽制関係を中心に据えた公益法人制度改革と同じく、社会福祉法人制度改革も「経営組織のガバナンスの強化」を中心に制度改革が行われた。この制度改革は、昭和26(1951)年3 月に社会福祉法が成立し、社会福祉法人が創設されて以来の大改正になった。今回の改革の5 つの柱は次の 通りである6 )。 ① 経営組織のガバナンスの強化:理事・理事長に対する牽制機能の発揮、議決機関としての評議員会を必置、一定規模以上の法人への会計監査人の導入等 ② 事業運営の透明性の向上:財務諸表の公表等について法律上明記 ③ 財務規律の強化:適正かつ公正な支出管理の確保、いわゆる内部留保の明確化 ④ 地域における公益的な取り組みを実施する責務:社会福祉法人の本旨に従い他の主体では困難な福祉ニーズへの対応を求める ⑤ 行政の関与のあり方:所轄庁による指導監督の機能強化 この改正で、すべての社会福祉法人において評議員会設置が義務化され、保育所や介護施設を運営している法人も評議員会を設置しなければならなくなった。 評議員会・評議員が経営組織のガバナンスの要を担うようになり、重要な機関として位置付けられたことから、評議員の人選について、十分に検討する必要が出てきた。ガバナンス強化のために、評議員・理事・監事等の役員は、それぞれ兼職禁止になり、親族その他特殊関係者が役員等に選任されることへの制限が設けられた。 Ⅳ  社会福祉法人のガバナンスの現状と問題・課題 社会福祉法人制度改革施行後の社会福祉法人の現状と問題・課題について述べる。 1  評議員・評議員会 社会福祉法人の理事長・理事が利用者の利益を損ね、自己利益を追求する行動を監視・牽制する役割を担っているのが評議員であるが、新たに任命された評議員は、期待されるような機能を果たしているのだろうか。評議員会の設置は、形式的に法令遵守されているものの、親族ではない地元の名士、その法人にそれほどコミットしていない有識者による評議員会は、理事長や理事のラバースタンプ(傀儡)になっている。 拙速に形を整えた社会福祉法人のガバナンスは形骸化していき、実態として機能していないことになりかねない。そうなれば、利用者・家族、地域住民などステークホルダーの信頼は失われてしまう。理事長や理事会に対して、評議員会にいかに独立性をもたせるのかが課題である。 2  理事長のオーナーシップ 理事長は所有権者ではないが、重要な意思決定を独占し、実質的なオーナーとなっている場合がある。理事長一族が法人を私物化し、世襲制で社会福祉法人を経営していることがある。社会福祉法人は議決機関と執行機関とが未分化であった歴史が長く、法人運営に関する意思決定権限は、理事長をはじめとする理事会に集中している。理事長のオーナー的経営では、ガバナンスを改善するインセンティブは働きにくい。 特に理事長等の特定の立場にある者が、理事、評議員、監事の各機関構成員の選解任に実質的な影響力を行使できるような場合や役員の独立性に問題がある場合、ガバナンスは無力化する可能性が高い。理事長のオーナーシップが社会福祉法人の最大の問題である。ガバナンスの強化と共に、理事長・理事会はビジョン、価値観に基づき、自分たちの義務を理解し、社会福祉法人の最善の利益のために戦略的リーダーシップを発揮し、客観的に決定を下す行動規範をもつことが課題である7 )。 3  監査機能 所轄庁による指導監査や立入検査は、社会福祉法人が法令等によって遵守が求められる事項に関しての運営状況を確認する等の形で実施され、コンプライアンスを担保するための重要な手段となっている一方で、形式要件が重視されやすいという実状がある。公益を一部代理する「行政」の指導監査の質の強化、標準化が課題である。 監事には、理事の職務執行を監査し、理事が作成した財務書類等を監査することが求められるが、改革以後も監事監査が形骸化しているという問題がある。一定の独立性を担保する必要がある。監査時間が極めて限られていること、無報酬または報酬水準が非常に低いことなども問題である。監事の独立性と報酬水準の適正化が課題である。 4  情報開示 厚労省の資料では、平成31(2019)年3 月時点で計算書類に不整合のある法人数(都道府県別)は、3 月末見込みで230法人、計算書類等をシステムに登録していない法人数(都道府県別)は、3 月末見込みで127法人であった8 )。この結果が示すように、一部の社会福祉法人は計算書類等の作成自体にも問題があるケースがみられる。正確な財務管理の必要がない、いわゆるどんぶり勘定で法人を経営していたことが露呈されたかっこうだ。 社会福祉法人が信頼性のある情報開示によって組織の透明性を高めることで、ステークホルダーは法人への理解を深め、資源を提供する際の意思決定や組織の状況の監視ができ得る。 税の優遇、補助金などの交付もあり、行政への情報開示によるアカウンタビリティは欠かせないが、行政に対する情報提供に偏っているため、受益者や地域住民などステークホルダーをより重視した情報開示システムの運用が今後の課題である。そのために、会計知識のない多くのステークホルダーに対して、必要な情報を正確に分かりやすく、アクセスしやすく開示することが求められる。 また、サービスの質などの非財務情報の開示が求められる。しかし、サービスの質を評価する指標や基準が定まっていないこともあって、サービスの質などの非財務情報は適切に開示されていない。 第三者評価機関のような情報仲介者の存在も重要である。利用者やその家族が財務諸表等の開示情報を十分に理解することが難しいため、専門性と中立性の担保された第三者評価機関による解釈が施された格付けやその他の評価情報が、サービスを利用する組織を決定する際の材料として、容易く利用できる情報開示システムの導入が課題である。 社会福祉法人がどのように社会福祉事業活動をしているのか(プロセス)、社会福祉事業をどのように達成しているのか(アウトカム)をモニタリングできる、そして、それを推し量ることができる情報開示がこれからの課題である。組織運営の透明性を高めるためにステークホルダーが望む適切なアカウンタビリティをすることが重要である9 )。 5  法人規模 ① 小規模法人 保育所等の1 法人1 施設のような小規模法人にとって、社会福祉法人制度改革のガバナンスは費用面で難しいといわれている。しかし、規模が小さい法人ほど、理事長一族のオーナー的経営の法人が多く、理事長一族のモラルハザードが生じている実態がある。社会福祉法人は比較的小規模な法人であることが多いため、小規模な法人で役職員に同族者が多い場合は、理事者または同族の役職員がガバナンスを無効化することによって、評議員の牽制機能が有効に機能しないおそれがある。理事や評議員の責任を追及する場合の公益通報者の保護が必要である。 ② 大規模法人 大規模組織の傘下組織の入れ子型ガバナンスについて、入れ子構造の下では、小規模組織のガバナンスは、より大きな法人の下部組織として位置付けられるため、小規模組織のガバナンスに関わるステークホルダーの利益を損なう可能性がある10)。 ③ 社会福祉法人の連携組織 社会福祉連携推進法人は、社会福祉法人やNPO法人などの非営利法人を社員とした組織で、その社員間の共同による事業を推進することを目的としている。たとえば、社員が共同で人材等の採用・育成を行ったり、自然災害時などで各社員の利用者の安全を共同で確保する際のプラットフォームになるのが社会福祉連携推進法人である。厚生労働省は、このような連携を支援するために「小規模法人のネットワーク化による協働推進事業」などを行っている。しかしながら、小規模法人の業務風土を無視して、発言力のある法人の意向だけで進められるなどの入れ子ガバナンスの問題がある11)。 Ⅴ 社会福祉法人のガバナンス・コード ガバナンス強化というと、規律重視の側面が強調されるが、ガバナンス・コードは経営の規律維持だけでなく、ステークホルダーからの信頼確保を通じた企業の持続的な成長も意図している。また、コーポレートガバナンス原則の起源となったイギリスのキャドバリー委員会報告書「コーポレートガバナンスの財務的側面」31では、コーポレートガバナンスとは、「thesystem by which companies are directed andcontrolled(企業を方向付け、監督するシステム)」として定義されている。 1  ガバナンス・コード 社会福祉法人のガバナンス・コードは、現段階では策定されていないことから、わが国のコーポレートガバナンス・コードおよびイギリスの医療サービスの提供主体であるNHS(National Health Service: 国民保健サービス)Foundation Trusts(FTs)のガバナンス・コードを参考にして、社会福祉法人のガバナンス・コードを検討する12)。 2015年6 月より施行されたわが国のコーポレートガバナンス・コードは、金融庁と東京証券取引所が策定した上場企業を対象とする行動指針・規範である。 基本原則1 :株主の権利・平等性の確保 基本原則2 : 株主以外のステークホルダー(利害関係者)との適切な協働 基本原則3 :適切な情報開示と透明性の確保 基本原則4 :取締役会等の責務 基本原則5 :株主との対話の促進 以上の5 つの基本原則で構成されている13)。 コーポレートガバナンスでは、「ガバナンスの主体は誰か」すなわち組織の統治主体が問題となる。企業の統治主体についても、株主主権論、従業員主権論、経営者主権論、ステークホルダー主権論、などいろいろな見解があるが、わが国のコーポレートガバナンス・コードでは、基本原則1 で「株主の権利・平等性の確保」を、基本原則2 で「株主以外のステークホルダーとの適切な協働」を掲げているように、株主の権利保護を中心として捉えつつ、ステークホルダーの権利・立場を尊重するアプローチを採っている。 2  イギリスNHSファウンデーション・トラスト(FTs)のガバナンス・コード イギリスでは、「NHSファウンデーション・トラスト(FTs)」を中心に、ガバナンス強化が進められてきた。FTsにおいては、患者や従業員をメンバーとするステークホルダーを基軸としたガバナンスとなっている。ガバナンス・コードその他のガイドラインが整備され、ガバナンスに参加する者が、その役割や取るべき行動についての理解を得やすい工夫がなされている14)。 2006年にNHS法において、医療サービスの供給主体であるNHSファウンデーション・トラスト(FTs)の「The NHS Foundation TrustCode of Governance(NHS FTs ガバナンス・コード)」が策定された。企業向けに策定された「The UK Corporate Governance Code(英国版コーポレートガバナンス・コード)」を基礎に開発されており、企業向けコードと同様に「Complyor explain(遵守せよ、さもなければ、説明せよ。)」方式に基づいている。 また、このガバナンス・コードに対する遵守状況については、年次報告書の中で開示することが求められている。FTsのガバナンス・コードは、1 章:リーダーシップ、2 章:有効性、3 章:説明責任、4 章:報酬、5 章:ステークホルダーの5 章から構成されている。 3  社会福祉法人のガバナンス・コードの検討 FTsのガバナンス・コードとわが国のコーポレートガバナンス・コードを参考に社会福祉法人のガバナンス・コードを検討すると、サービス供給の担い手(専門スタッフ等)のガバナンス参画がガバナンス向上の前提条件になる。 受益者(利用者・家族など)、資源提供者、従業員組織(労働組合等)、行政等のステークホルダーのニーズを代表する者が評議員会の構成員になり、ガバナンスに参画することが重要である。また、ステークホルダーによる組織運営・監督への直接的な参画を図る方法以外に、ステークホルダーのニーズ、期待および懸念を確認するとともに、ステークホルダーに対して組織の考え方を説明し、必要に応じてステークホルダー間の対立する利害を調整するための方法として、ステークホルダーとの対話を深めることが考えられる。このようなステークホルダーとの建設的な目的をもった対話は、ステークホルダー・エンゲージメントと呼ばれる15)。 公益を担保するには、マルチステークホルダー・ガバナンスが必須である。マルチステークホルダーとのガバナンスプロセスは、対話⇒討議⇒協働(協働ガバナンス)になり、このサイクルを繰り返すことによって、社会福祉法人とステークホルダー同士の結び付きを強めることができる。 ステークホルダーを基軸とした協働ガバナンスはステークホルダーのニーズを反映し、社会福祉法人をモニタリングすることができる。ステークホルダーとの対話により、社会福祉法人への社会的信頼も高まり、社会福祉法人の社会的存在意義を高めることができる。 マルチステークホルダーとの対話・協働により、地域社会が社会福祉法人に何を期待しているのかが分かってくる。これにより、地域社会のニーズに基づいた社会福祉事業および公益事業の策定ができる。社会福祉法人による「地域における公益的な取り組み」を具現化することができる。 Ⅵ 結び エージェンシー理論によるガバナンスやマルチステークホルダーとの協働によるガバナンスなど、社会福祉法人のいくつかのガバナンスを示したが、必ずしもマルチステークホルダー・ガバナンスがどの法人にも合致するわけではない。法人の発展段階、歴史、規模などによって、それぞれに最適なガバナンスがある。エージェンシー理論によるガバナンスとマルチステークホルダー・ガバナンスを組み合わせて最適なガバナンスを構築することが考えられる。 特に、専門スタッフ等をステークホルダーとして、ガバナンスに参画できるようにすることで、社会福祉法人は透明性のある健全な経営ができる。そうすることで、専門スタッフのモラールも上がり、経営効率のアップと利用者により良いサービスができるようになる。利用者・受益者の満足(customer satisfaction)を充足させたことに対する専門スタッフの満足(employee satisfaction) が内発的動機(intrinsicmotivation)になって組織は持続し発展する。 [引用文献] 1)関川芳孝[2015]「社会福祉法人に求められる新たなガバナンスのあり方」、第4 回:情報開示によるガバナンス改善、福祉医療経営情報、WAMNET。https://www.int.wam.go.jp/sec/com/content/wamnet/pcpub/top/fukushiiryokeiei/syakaifukushi /syakaifukushi004.htm(l 最終閲覧2018.8)。 2)堀田和宏[2012]『非営利組織の理論と今日的課題』丸善出版、621-623頁。 3)堀田[2012]『前掲書』、716頁。 4)堀田[2012]『前掲書』、717頁。 5)日本公認会計士協会[2017]『持続可能な社会保障システムと支える非営利組織のガバナンスの在り方に関する検討会』非営利法人委員会研究報告第31号、29頁。https://jicpa.or.jp/specialized_field/files/ 2 -13-31- 2 -20170125.pdf(最終閲覧2018.8)。 6)厚生労働省[2015]『社会保障審議会福祉部会報告書〜社会福祉法人制度改革について〜 』。https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-12004000-Shakaiengokyoku-Shakai-Fukushikibanka/0000050269_1.pd(f 最終閲覧2020.6)。 7)Welcome to GOV.UK[2017]Section A:Leadership A.1 The role of the board ofdirectors, NHS foundation trusts: Code ofGovernance ,pp.16-17. https://www.gov.uk/(最終閲覧2020.8)。 8)厚生労働省[2019]『社会福祉法人の事業展開等に関する検討会(第1 回)―参考資料1― 』、9 頁。https://www.mhlw.go.jp/content/12000000/000502768.pd(f 最 終 閲 覧2020.9)。 9)堀田[2012]『前掲書』、874頁。 10)井上真[2007]「森林ガバナンスにおける入れ子構造の両義性―インドネシア東カリマンタン州の事例より―」、『公共研究』 第4 巻第3 号、千葉大学、16頁。 11)厚生労働省[2019]『社会福祉法人の事業展開等に関する検討会―報告書―』。 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_04399.htm(l 最終閲覧2020.9)。 12)Stephen Hay, Managing Director. [2014] TheNHS Foundation Trust Code of GovernanceUpdated July 2014. Monitor making thehealth sector work for patients. https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/327068/CodeofGovernanceJuly2014.pdf(最終閲覧2020.7) 13)金融庁[2018]『スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議―コーポレートガバナンス・コードの改訂と投資家と企業の対話ガイドラインの策定について―』。https://www.fsa.go.jp/news/30/singi/20180326-1.htm(l 最終閲覧2018/ 9 /03)。 14)日本公認会計士協会[2017]『前掲書』、44頁。 15)堀田[2012]『前掲書』、866頁。 [参考文献] Richard P.Chait, William P.Ryan and BarbaraE. Taylor. [2005]Governance as LeadershipReframing the Work of Nonprofit BoardsBoardSource,Inc. 山本未生/一般社団法人WIT訳[2020]『非営利組織のガバナンス―3 つのモードを使いこなす理事会―』、英治出版。 Stephen Hay, Managing Director. [2014] TheNHS Foundation Trust Code of Governance Updated July 2014. Monitor making thehealth sector work for patients. https://assets. publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/ file/327068/CodeofGovernanceJuly2014.pdf Welcome to GOV.UK[2017] “Section A:Leadership A.1 The role of the board ofdirectors ,”NHS foundation trusts: Code ofGovernance ,pp.16-17. https://www.gov.uk/ 宇都隆一[2015]「社会福祉法人におけるガバナンス強化とは」社会動向レポート、みずほ情報総研レポートvol.10。https://www.mizuho-ir.co.jp/publication/report/mhir/pdf/mhir10.pd(f 最終閲覧2020.8)。 金融庁[2018]「コーポレートガバナンス・コードの改訂と投資家と企業の対話ガイドラインの策定について」スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議。https://www.fsa.go.jp/news/30/singi/20180326-1.html (最終閲覧2020.8)。 厚生労働省[2013]「社会福祉法人のガバナンスについてー法人の組織の在り方、透明性の確保等についてー」、第3 回社会福祉法人の在り方等に関する検討会資料。https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-hakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/0000030246.pdf (最終閲覧2020.8)。 厚生労働省[2013]「社会福祉法人の大規模化・協働化等について」、第4 回社会福祉法人の在り方等に関する検討会資料。https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/0000032453.pdf (最終閲覧2020.8)。 厚生労働省[2014]「社会福祉法人制度の在り方について」、社会福祉法人の在り方等に関する検討会。https://www.mhlw.go.jp/fi le/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/0000050215.pdf(最終閲覧2020.8)。 厚生労働省[2015]「社会保障審議会福祉部会報告書〜社会福祉法人制度改革について〜」。h t t p s : / / w w w . m h l w . g o . j p / f i l e / 0 4 -Houdouhappyou-12004000-Shakaiengokyoku-Shakai-Fukushikibanka/0000050269_1.pdf(最終閲覧2020.6)。 厚生労働省[2019]「社会福祉法人の事業展開等に関する検討会―報告書」。https://www.mhlw.go.jp/content/12004000/000577210.pdf(最終閲覧2020.8)。 佐藤真久[2018]「異質性の協働と マルチステークホルダー・プロセス 〜組織・個人の強みを活かして 相互補完・連携することの意義」、JAICAワークショップ地域と世界をつなぐSDGs。https://www.jica.go.jp/mobile/hiroba/news/notice/2017/jhqv8b000000vm4r-att/jhqv8b000000w35a.pdf( 最終閲覧2020.7)鈴木勝治[2020]『「公益法人ガバナンス・コード」の解説』、公益法人協会。 関川芳孝[2015]「社会福祉法人に求められる新たなガバナンスのあり方」、第4回:情報開示によるガバナンス改善、福祉医療経営情報、WAMNET。https://www.int.wam.go.jp/sec/com/content/wamnet/pcpub/top/f u k u s h i i r y o k e i e i / s y a k a i f u k u s h i /syakaifukushi004.htm(l 最終閲覧2018.8)。 日本公認会計士協会[2017]「持続可能な社会保障システムと支える非営利組織のガバナンスの在り方に関する検討会」、非営利法人委員会研究報告第31号。https://jicpa.or.jp/specialized_field/files/2-13-31-2-20170125.pdf(最終閲覧2018.8)。 日本公認会計士協会[2017.4]「社会福祉法人の計算書類に関する監査上の取扱い及び監査報告書の文例」非営利法人委員会実務指針第40号。https://www.city.izumo.shimane.jp/www/contents/1369009634589/files/kansahoukoku-bunrei.pd(f 最終閲覧2018.9)。 堀田和宏[2012]『非営利組織の理論と今日的課題』、丸善出版。 みずほ情報総研株式会社[2014]「特別養護老人ホーム等を経営する社会福祉法人のガバナンスの強化方策に関する調査研究事業報告書」、平成25年度老人保健事業推進費等補助金老人保健健康増進等事業。https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/topics/dl/130705-2/2-32.pdf。 源由理子[2013]「協働のガバナンスが、社会課題を解決する。」社会・ライフ、Meiji.net。https://www.meiji.net/life/vol06_yurikominamoto(最終閲覧2020.8)。 (論稿提出:令和3 年1 月27日)

  • ≪査読付論文≫同一説と相違説:非営利会計の本質を考える国内外の議論の視点 / 出口正之(国立民族学博物館名誉教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 国立民族学博物館名誉教授 出口正之 キーワード:同一説 相違説 現金主義 発生主義 ハイブリッド型 国際非営利会計基準 IFR4NPO 要 旨 本稿は、非営利組織の会計を考える「起点」において、企業会計との関係で2 つの立場が存在していることを明らかにしている。それは「同一説」と「相違説」である。「同一説」とは企業と非営利組織の会計は資金の流れは共通しているのだから、基本的には企業会計と非営利会計とは同一であり、相違する部分を考慮すればよいという立場である。他方で「相違説」とは企業と非営利組織は、目的や行動原理が異なるものであり、会計も原則的には異なっているものという点を出発点とする立場である。両者は、出発点の相違であり、本来ならば、どちらの起点からでも同じ結論に導けるはずだが、考察のプロセスまで束縛しているならば、最初の立場の違いがそのまま主張の違いとなって十分に議論がかみ合わなくなる可能性がある。この点を国内の議論と、今まさに非営利会計の国際基準の議論が進行しているIFR4NPOを事例に検討したものである。 構 成 Ⅰ はじめに Ⅱ わが国の非営利会計の濫立の起点 Ⅲ 同一説/相違説の分岐のメルクマール Ⅳ  「国際非営利会計基準」(IFR4NPO)策定議論の起点 Ⅴ IFR4NPOの構成と同一説 Ⅵ 結論 Abstract This paper reveals that there are two starting positions for considering about not-for-profitaccounting in relation to business accounting: the "identical theory" and the "different theory."The identical theory holds that the accounting of enterprises and not-for-profit organizationsshare the same flow of funds or money, so basically it is the same business accounting as not-forprofitaccounting, and it is only possible to consider the different parts.On the other hand, a "difference" is a starting position that begins with the fact that a shareholdingcompany and a not-for-profit organization have different objectives and principles ofaction, and that accounting is, in principle, different.The two differ in their starting points. Therefore, they should lead to the same conclusion fromboth points of origin. However, if they are constrained to the process of consideration, thendifferences in their initial positions may become directly different in their assertions, making themless sufficiently discussion.This is a case study of a domestic discussion and the ongoing discussion of internationalstandards for not-for-profit accounting, IFR4NPO. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 学術においてある事象を考察する場合、同異を考えることは基本中の基本であろう。他方で、会計基準を議論するような実務的な場面でこうした根本原理の議論が省かれることも往々にしてある。しかし、学術の役割として常に根本原理に立ち返りその論理を検証していくことが必要と考える。 非営利会計と企業会計とに異なる部分と同じ部分が存在することについて、異を唱える人はいない。しかし、非営利会計と企業会計を同一である点を起点として考察するのか、相違しているものとして考察するのかについては、いささかアプローチが異なる。ここでは前者の立場を「同一説」と呼ぶ1 )。収益や費用、あるいは資産や負債は法人の種類によって変わることはないから、非営利会計も企業会計と大筋同じとみて構わないとする立場である2 )。この立場に立てば、企業会計と同一であると考える部分について検証を要しない3 )。したがって、「企業会計と異なるのではないか」という指摘があったときに、即座に「同じである」と主張することもあり得る。 他方で、非営利会計と企業会計との相違点を起点として考察する立場を「相違説」と呼ぶ4 )。この立場であれば、企業会計と同一とみえる部分についても常に検証を要する。後者は時間を要する主張ではあるが、「企業会計と異なるのではないか」と指摘があったときに、即座に「同じである」とは回答はできない。 また、柴健次のように、哲学に着目する考え方もある。柴は2 つの会計哲学があり、1つは「会計は経済取引に従う」というものであり、他は「会計は組織目的に従う」というものであると主張する(柴[2012][2018])。前者に立てば非営利会計は一般論として議論が可能であるし、後者に立てば、個別論が必要なこととなる。 柴の指摘は学術上極めて重要である。ある事象から導かれた理論は常に特殊論として存在し、その特殊論が一般性を有するかどうかについては常に検証が必要だからである。会計学が組織としては極めて特殊な企業から発展していった一般会計学である以上、その理論の汎用性については学術としては重大な関心を寄せる必要がある。 同一説と相違説については、純理論的に考えれば、あらゆる事象に考察を及ぼすことで起点をどちらにしても本来は同じ結論に導けるはずであるが、広く支持されているBourdieuの仮説によれば、人は「ハビトゥス」(habitus)と呼ばれる慣習的な認識システムによって物事を思考してしまう(Bourdieu[1977])。このような形で起点の相違が思考プロセスまで制約してしまうと5 )、起点の相違がそのまま結論の相違に繋がってしまうことになる。柴が「哲学」といういい方をしているのは、議論として2 つの哲学が交わらないからであろう。同一説と相違説については、そこまでアプリオリに哲学といい切れないところがあるにせよ、思考プロセスまで制約することになれば、非営利会計に関する理論対立は、論理の世界ではなく、立場の世界にとどまることになるだろう6 )。実際に、立場だけを表明しているだけでは永遠に学術の議論とはなり得ないことにも注意が必要である。 本稿では、非営利会計に関する国内外の議論を検討しながら、起点の相違があっても同じ結論に導き得るのか、立場の相違にとどまってしまうのかを明らかにしていきたい。併せて、国内では十分に紹介がされていない非営利会計の国際標準化問題についてもこの点を明らかにしていきたい。 Ⅱ わが国の非営利会計の濫立の起点 わが国においては、非営利の法人制度が主務官庁による公益法人制度から、戦後の特別法に基づく学校法人等への分岐があり、その会計も主務官庁別に指導を受けており、統一的なものが当初から存在していなかった。この状況を打破しようとしたのは番場嘉一郎であり、「相違説」に基づく昭和52年の公益法人会計基準を策定後、各方面からの指摘を受け、昭和60年公益法人会計基準(以下、「番場資金収支会計」という。)として完成させた(出口[2021])。 番場は自らこの会計基準を非営利組織に汎用的なものとして位置付けており7 )、さらに「現金」をもとにした資金収支会計と貸借対照表を連動させる画期的な方法を創案した。 番場にとって不運だったのは、この大発明が公益法人の実務の中だけでとどまり、学術の世界で十分な評価を受けていなかったことであろう。 「番場資金収支会計」の特徴は、以下のとおりである。 第1 に、現金主義を基調としながら法人自身が、「資金」の範囲を自ら定義し、一部については、減価償却、未払金、未収金、預り金などを発生主義として取り入れることが可能であった(番場[1978]、番場・新井[1986])。いわば、現金・発生ハイブリッド型(modifi ed cash-base)であったことである。いうなれば、使用する組織が自由にカスタマイズすることができる反面、他方で「比較可能性」では大きな難点となる。 第2 に、現金主義を基調としながら、複式簿記を採用していた点である(番場[1978]、番場・新井[1986])。 第3 に、fund accountingおよびprojectaccountingを含めていたという点である8 )。資金収支会計であり、たとえば、特別会計として助成金の使途報告書と収支計算書とを一致させることができる点は大きな利点である。 第4 に、「剰余金」という用語を採用せずに、「次期繰越収支差額」という用語を用いることで、一種の長期的な収支相償の考え方を取り入れ、非営利組織のボトムラインの意味を明確にさせたことである(番場[1978]、番場・新井[1986])。 第5 に、資金収支会計と貸借対照表を整合させることに成功した点である。これは、国際水準の大発明といってよいものと考える。他方で、借入金が生じた場合や固定資産の取得時などに、「一取引二仕訳」を行う必要がある(番場[1978]、番場・新井[1986])。この「一取引二仕訳」は、後に番場資金収支会計基準の大きな欠点という象徴的なレッテルが貼られ、企業会計にはない作業が必要となっていた。この点は、「同一説」論者から格好の批判の的となった9 )。 以上のような特徴から、番場資金収支会計基準は前世紀末には幅広く公益法人に取り入れられていた。さらに、学校法人会計、社会福祉法人会計も、番場資金収支会計基準をもとに、各法律の要件が加味されており、前世紀末の段階で日本の非営利会計は、資金収支会計とそのグループという点で統一が取れていたのである。 藤井秀樹は日本における非営利会計の変遷を第一期と第二期とに分け、第一期は官庁主導の「原初的形態」として、第二期の「基準のアップデート」とに分けている(藤井[2017])。これは正統な会計学の標準的な見方であろう。第一期と第二期を画するのが平成16(2004)年公益法人会計基準である。同会計基準については策定の中心となっていた加古宜士が企業と公益法人の活動には経済的な差異はなく、「同一の経済事象には同一の会計処理方法を適用する」(加古[2005]23頁)との「同一説」の考え方を表明した10)。「公益法人会計基準については、昭和52年に公益法人監督事務連絡協議会において申し合わせた後、昭和60年に公益法人指導監督連絡会議決定による改正を経て、公益法人が計算書類等を作成するための基準として定着し、今日に至っている。(中略)企業会計や公会計の分野においても、国際的な調和の観点等から、会計基準の新設・改訂等が行われている」ことを理由に強引に変更が行われることになった(公益法人等の指導監督等に関する関係閣僚幹事会申合せ[2002] 1 頁。下線部筆者加筆)。その結果、「平成16年公益法人会計基準」として、資金収支会計から損益計算会計へと大転換が行われた。これは定着しているものをわざわざ企業会計の改訂などに合わせたことを意味している。平成16年公益法人会計基準では改訂の理由として「企業会計の国際的調和」をあげているのであり、これも典型的な「同一説」に則った変更であることを示している。同基準はそれまでの番場資金収支会計基準をベースに議論したというよりも、米国のFinancial AccountingStandards Board(以下、「FASB」という。)の影響を非常に強く受けている11)。 この転換について当事者は、以下のとおり説明している。「なぜ企業会計を採用するのか」という質問に対して「基本的な発想は、冒頭から話題になっているように、国民向けの財務諸表を作るという立場です。では国民にとってわかりやすい財務諸表とはどういうものかという問題ですが、とりあえず現行の公益法人会計を所与とせずに考えた場合には、多くの方々が企業会計で作成している貸借対照表、損益計算書に慣れている。一般の国民にとってみれば、企業のほうに慣れ親しんでいるであろうから、公益法人会計についても、そちらの目から見た方がわかりやすいのではないか、と考えました。」(公益法人協会[2003] 8 頁。下線部筆者加筆)12)。当時、2 万余りの公益法人のほとんどが採用し、「定着し、今日に至っている」と認めたうえで、歴史的経路を無視して、「現行の方法を所与とせず」というのは議論を放棄しているのに等しいといえる。さらに、「一般の国民にとってみれば、企業のほうに慣れ親しんでいるであろうから、公益法人会計についても、そちらの目から見た方がわかりやすいのではないか」というのは、「定着し、今日に至っている」公益法人の会計実務担当者というマイノリティを切り捨て、企業社会にいるマジョリティによる一種の同化政策ではないかと指摘することができる13)。 “Generally Accepted”という会計の基本的な考え方からいうと、公益法人一般に定着していたものを急激に変更したことになる。いやそうではなく、社会一般に受け入れられているのは企業会計だから、企業会計こそ“GenerallyAccepted”だとするのは「同一説」の態度の表明以外の何物でもない。 その結果、「非営利会計の混迷」(長谷川[2012])14)などの議論が盛んになって、非営利会計の不統一が会計関係者、会計研究者の耳目を集めることになった。一部分だけ企業会計の考え方を取り入れることで、「一般の国民にとってみれば、企業のほうに慣れ親しんでいるであろうから、公益法人会計についても、そちらの目から見た方がわかりやすいのではないか」という平成16年会計基準の目論見は果たして成功したのであろうか?それともかえって混迷の度を深めたのか、しっかりとした検証が必要であろう。 また、平成20(2008)年公益法人会計基準は公益法人制度改革の影響を受けて、平成16年公益会計基準よりも公益認定法に関連する箇所が多くなるとともに、財務諸表の定義を変更するなど企業会計への接近をより明確にした(齋藤[2014]、尾上[2014][2020]、Onoe[2017])。設定者である公益認定等委員会の議論ですら、委員のほとんどが企業会計に近付けることに対して異議を唱えていた(内閣府公益認定等委員会[2008]第33回議事録)のであり、十分な「議論の交流」が行われていたとはいい難かった。さらに公益法人会計基準の変化は社会福祉法人会計や医療法人会計にも影響を与えていった15)。 こうした事態を受け、濫立する非営利会計の状態に対して日本公認会計士協会はモデル会計基準を発表した。これほど濫立してくると、モデル会計基準を策定しようとする動きを低く評価すべきではない。しかし、「財務報告の基礎概念、認識及び測定に関する個別論点の検討に当たっては、非営利組織の財務報告目的及び組織特性の反映を基軸としつつ、企業会計との整合性を考慮した。したがって、財務報告目的や組織特性の相違による影響がない場合においては、企業会計との同様の認識及び測定方法を採用している」(日本公認会計士協会[2019]12頁)と相違に配慮しつつも、相違による影響の有無を検討することなく「相違による影響がない場合」(日本公認会計士協会[2019]10頁)16)を企業会計に合わせるという「同一説」の典型的な論理パターンを表明していることにも、学術的には留意が必要である。 以上のとおり、日本の非営利の会計基準は世界的にも例がないほど濫立しているが、その議論において、もともと汎用的な非営利会計基準としてつくられた番場資金収支会計基準をあっさり放棄した結果、「同一説」と「相違説」が十分に議論を交錯させたとはいい難い形で非営利会計の分化が鮮明化し、さらに標準化を目指そうとしていたことは否めない。このまま議論が進んでも立場の相違が解消されないままに、統一を目指そうとすればするほど、多くの会計基準を結果的に濫立させかねないだろう17)。 Ⅲ  同一説/相違説の分岐のメルクマール 基本的に、同一説と相違説については、「コインの表と裏」であるはずなので、簡単には分類できないのではないかとも考えられるかもしれない。そこで両者を明確に分ける分岐点として、改訂のプロセスに注目したい。 企業会計の改定に伴い、平成20年公益法人会計基準に対する解釈変更を行う場合に、「内閣府公益法人の会計に関する研究会」(以下、「会計研究会」という。)が使用する手法は、たとえば「賃貸等不動産の時価等の開示に関する会計基準」については、「賃貸収益又はキャピタル・ゲインの獲得を目的として保有されている『賃貸等不動産』について、その概要、時価の期中における主な変動、期末における時価の算定方法、 損益等を注記することとしている。公益法人の賃貸等不動産の時価等に関する注記を本基準によることに支障はなく、また、準拠すべき他の方法もみられないことから、本基準は、公益法人にも適用されるべきである。」(内閣府公益認定等委員会会計に関する研究会[2016] 9 頁。下線部筆者加筆)という論理が展開されている。新しい基準を平成20年会計基準に採用する際に、変更した場合のデメリットの有無で採用を決定している。これは、同一説ゆえに可能な論理である。他方で、通常のステイタス・クオの論理からいえば、制度の解釈変更は、「現状を維持することのデメリット」の有無が決定要因となる。したがって、改訂するときには「現状ではこれこれの問題が生じておりないしは生じる可能性があり、変更することによってその問題が解決する」というところまでの説明が必要となってくる。なぜならば、ルールの変更は必ず現場に混乱をもたらすからである18)。また、会計研究会が議事録も公開せずに、一般との対話する機会も設けていない点は、極めて異例のことである。その結果、「同一説」と「相違説」は立場の違いに終始して、起点が異なることだけで議論が交わるということがない時代になっている。 会計目的の「同一説」に立脚した場合、「一般目的」、「外部のステークホルダー」、「わかりやすい会計」、「効率性」、「意思決定有用性」「情報利用者」の等の言説が繰り返し主張されるが、「同一説」に立脚している以上、かかる点が企業の場合と非営利の場合について同じか否かについての基礎的な論証が省かれる傾向にある。たとえば、「一般目的」といいながら、企業会計は投資家や金融機関をキー・ステークホルダー(Arens&Brouthers[2001])として、そのための時価評価重視の会計になっているのではないか。それは果たして、株主の存在しない非営利組織、借入金が存在しない非営利組織に対しても時価評価を重視する会計が「一般目的」といえるのかといった点の議論が決定的に不足しているのである。他方で、繰り返される論理としては会計顧問や監査側の要請、つまり、いろんな種類の会計基準があれば、監査する側など会計実務専門家が困るではないかという主張であり、この種の主張が随所に現れている19)。 Ⅳ  「国際非営利会計基準」20)(IFR4NPO)策定議論の起点 企業会計の国際基準である国際財務報告基準(International Financial Reporting Standards: IFRS)、国際的な公会計の基準である国際公会計基準(International Public Sector Accounting Standards:IPSAS)などが国際的な会計基準として存在している。非営利会計については国ベースの会計基準は存在しているが、国際的な会計基準は存在していない。この点については長年の議論が積み重ねられてきた。2012年に国際会計基準委員会(International Accounting Standards Board: IASB)と国際公共部門会計基準委員会(InternationalPublic Sector Accounting Standards Board:IPSASB)の代表者、および3 つの英国の主要な会計専門家とチャリティ委員会の上級メンバーとの会議が行われた(CCAB[2014])。 その後、2014年、英国とアイルランドの会計機関の共同プラットフォームConsultativeCommittee of Accountancy Body(CCAB)21)は、非営利組織(NPO)のための国際会計基準の必要性に関する独立した委託研究を実施した。 実に179か国でNPOの報告に関与した605人に調査を行ったが、その回答者の72%が「NPOの会計処理に国際基準を設けることは有用」とし、企業会計や公会計とは異なる「国際会計基準」への期待を表明したのである(CCAB[2014])。 この結果を受けて、IASBも非営利組織の透明な財務報告要件の必要性の支持を表明した。 2017年にはCIPFA(英国勅許公共財務会計協会)のWebサイトに国際的な非営利の報告プラットフォームが立ち上がった。IFRSをはじめとする国際的会計標準設定者は非営利セクターに概念的な枠組みを提供しておらず(Laughlin[2008]、Valentinov[2011]、 Ryan et a[l. 2014])、企業会計と公会計からの援用に終始していた(Crawford eta[l. 2018])からである。 CCABでは、明確な相違説の立場から、非営利法人会計の他の会計との相違を15点も列挙し、その相違説に基づいて非営利会計の国際基準の議論の誕生が主張された(Ashford [2007]、CCAB[ 2014]、 MANGO[ 2015])。 その後、2019年7 月11日にワシントンDCで1,000人を超える非営利団体の専門家が参加したカンファレンスで、正式にInternationalFinancial Reporting for Non Profit Organizations、IFR4NPOが立ち上がったのである。事務局はCIPFAと国際NGOであるHumentumが務めている(IFR4NPO[2020])。 相違の15点とは以下のとおりである(Davies andMaddock[s 2012]、CCAB[2014]、Breen et a[l. 2018])22)。 【所有権】①法人形態②所有権と残余財産③株式の譲渡可能性④マネジメントと制御⑤議決権の形態⑥株式無しの連携 【受益者】⑦ビジネスモデルと責任[入るを量りて出と為すVS利潤最大化]⑧推定的債務に対する考え方⑨割引の目的 【社会的目的】⑩非経済活動と地域社会との結合⑪キャッシュフローと資産活用⑫ボランティア⑬社会課題と税制優遇 【資金調達】⑭ビジネスモデルと利益(多様性VS単一性)⑮非交換取引 また、CCABの調査によれば、現行の非営利会計については現金主義が24%、ハイブリッドが8 %、発生主義が68%となっている(CCAB[2014] 7 頁)。この点も実はハイブリッドを含めて現金主義が「まだ」32%もあるのか、という立場と、32%も現金主義を採用しているのに、国単位の「会計基準」は発生主義ばかりなのはなぜなのかという立場がある。 日本の議論との関係でいえば、UK Charityのうち 現金主義を使用しているものは実に80%近くに及んでいる(CCAB[2014]36頁)。 Ⅴ IFR4NPOの構成と同一説 IFR4NPOの特徴としては、議論のプロセスがオープンでかつ各層の意見を取り入れていることである。これは、日本のNPO法人会計基準の議論の方法とよく似ている。基本的な方向性を決めているこれまで国際会計基準の策定に関わった会計士の専門家チーム(TAG)と、現場の意見を反映させるチーム(PAG)と、助成機関の立場から意見をいう(DRG)と、さらに全体のガバナンスをチェックする運営グループ(Steering Group)が現在構成されている(IFR4NPO)。日本からはPAGに筆者が、DRGには機関として日本財団が参加している。情報を公開しながら議論しているところが、新しい手法であろう。 国内ですら非営利の会計が濫立している日本の非営利会計は世界の中でも異様であるが、ある意味でさまざまな問題が顕在化しており、また、多くの異なる経験を有する日本が貢献できる余地は潜在的には小さくないはずである。 現行案では「国際基準」を作るのだから、「既存の国際基準をベースに」と堂々と「同一説」が展開されている。一方、PAGでは実務の観点からさまざまな問題を提出し、たとえば発生主義を前提とすることにも反対意見が出されている23)。スコットランドの非営利会計基準は現金ベースであり、イングランドとウエールズのチャリティ委員会は現金主義を許容している。その中で発生主義から議論を開始することは「現金主義を議論することは『部屋の中の象』(重要な問題なのに誰も触れてはいけないという意味の英語の慣用句)なのか」という指摘も出されている(PAG[2020])。 国際的な議論は「相違説」で出発しながら、「同一説」の主張により議論が屈折しているものの、「同一説」論者もすべての質問に丁寧に答えようとする努力が垣間みえる。IFR4NPOにおいて実際の草案を記載しているのはTAGチームであり、その影響力はPAGは到底及ばないが、最終的な結論がどのように帰着しても、「同一説」と「相違説」は相互に意見を交わしながら進んでいる。 Ⅵ 結論 非営利会計の議論が企業会計と「同じ/違う」という二律背反的な一種のイデオロギー論争になりかねない。言い換えれば、非営利会計の議論は、 同一説起点→同一説による思考プロセス→同一説による結論、 相違説起点→相違説による思考プロセス→相違説による結論、 となりかねずに、両起点は交流することなく、起点の立場の違いがそのまま結論の違いとなってしまいかねない。そこで非営利会計の建設的な議論に「同一説/相違説」をもち出すことによって、対立する理由を明らかにすること繋がり、ひいては「議論を交流」させる上で有効と考える。 立場だけで同一説に固執すると、相違説からのグレイゾーンに対する疑問に丁寧に答えるのではなく、蓋をしてしまう可能性がある。他方で、「相違説」の疑問にすべて回答を与えていくと膨大な時間と膨大な費用をかけることになる。「基準設定に関わるコストも無視できない課題」(金子[2018]54頁)という主張もあることも現実論として無視できない24)。その点で実務における結論と学術における結論とは分けなければならないだろう。IFR4NPOの議論では、実際に「国際基準を使ってもらわなければ意味がない」という実利を繰り返し主張しているが、現実的に法令上の取り扱いが各国で異なっている非営利の会計基準は国際的なものができあがったとしても、各国にどこまで普及するのかは未知数である。むしろ、議論そのものがCCABの相違説から出発していることを思えば、このプロジェクトにできるだけ多くの方が参加することで、「同一説/相違説」の溝の存在を周知し、それを乗り越える議論の交流を実施することこそ重要と考える。 [謝辞] 本研究は科研費挑戦的研究(開拓)20K20280の支援を受けている。また査読者から大変貴重なご指摘を受けた。ここに厚く謝意を表したい。 [注] 1)筆者が「同一説」「相違説」の用語を初めて使ったのは、2019年10月5 日の大阪会計研究会においてである。その後、同年10月8 日にブログ「会計関係者の論理矛盾を剥ぐ ― その1 」において公表し、出口[2021]で用語として使用している。 2)現在の主流の会計学者は企業会計と非営利会計との相違点は意識しつつも、この立場に立っているのではないかと考える(たとえば、加古[2005]、古市[2010])とりわけ、利害関係者、一般目的、財務的継続能力、意思決定有用性などについて、同一説がとられることが多い。また、Anthony[1978]を根拠に、非営利会計と企業会計とは変わることがないと日本で主張されることが多いが、Anthonyが主張したのはoperating performanceの点であり、非営利会計のうち同一のものと相違するものとを区別し、同一の部分だけを企業会計と変わることがないと主張しているにすぎない。Anthonyの議論は典型的な非営利会計の特質による会計の区分の主張であり、企業会計と同一の部分と非営利会計特有の部分とを分離しろという主張である。したがって、Anthonyが日本においてはやや曲解されているのではないかと思うが、その後のAnthony[1995]による非常に強いFASB批判の論点をみると、Anthonyを引き合いに出して企業会計と非営利会計は基本的には同一であると主張することには慎重であるべきだ。とりわけ、この点については藤井[2008]に詳しい。 3)同一説/相違説というのは議論の起点のことをいうだけであり、極端なことをいえば、相違説を出発点として相違点をすべて検証した結果、仮に「非営利独自の会計は必要はなく、企業会計だけでよい」という結論があった場合、相違説はそのことを否定するものではない。言い換えれば、非営利セクターの会計基準はセクター中立であって当然という考え方やOne size fits allの考え方で、単一の会計基準が望ましいという主張そのものをすべて排除するものではない。本稿の関心はこうした考え方が何の検証もなされない場合が存在することである。セクター中立会計については金子[2018]が紹介している。 4)以下のような論者の主張は、「相違説」に基づくものとして捉える。「公益法人は公益を目的としている法人であり、したがって営利法人とは基本的にその目的を異にしている」(番場[1975] 3 頁)、「公益法人会計基準は、企業会計に適用されている会計基準に非常に類似してきたように思われるが、果たしてこれでよいのであろか。………非営利の会計の色彩が失われてきているのではないだろうか。失われたものが必ず不必要なものとは言い切れないのではないだろうか。」(興津[2009]182頁)「非営利法人には資本主に該当する存在がない。企業会計をそのまま非営利法人に適用するのは、誰の立場で会計をするかという会計主体論のレベルでミスマッチを起こしている。会計主体論を明確にしないまま改訂がなされたのではないか。」(佐藤倫正[2013]1 頁)なお、佐藤のこの一文は、資金収支会計を番場が採用した合理的理由と平成16年会計基準の改定に対する疑問が本稿とほぼ同じスタンスで記載されている。 5)ここでいう「思考のプロセス」とは、相違説に立てば、「同じであること」と認識してしまうことに対して本当に「同じか」について立証の必要が出てくるのに対して、同一説に立てば「異なること」に対して立証の必要が出てくることになる。たとえば、「同一説」に立てば、企業も非営利組織も「同じ」効率性を求めることになるから、両者の「効率性」の相違について考察の対象から外すという思考プロセスを「ハビトゥス」として辿ることになる。他方で、「相違説」に立てば、企業と非営利組織の「効率性」について同じものかどうかについて立証の必要が生じる。コロナ患者を受け入れた病院と受け入れない病院とでは、医師や看護師の「効率性」はコロナ患者を受け入れた場合には受け入れない場合より遥かに低下すると考えられる。このような事象を考えるのか、考えないのかという「思考プロセス」に影響を与えるということをここでは述べている。同様に、「継続組織の前提」を、たとえばナホトカ号の重油流出事故(1997年)での重油の回収のための現地の非営利の組織における「継続組織の前提」について考察するのかしないのかということにも影響を与えるだろう。利潤を追求する企業の場合には、組織は手段でしかなく、利潤を追求するために継続企業を前提とすることは、ミッションとの関係で矛盾が生じないが、ナホトカ号の重油流出事故の回収作業を目的とした組織の場合には、ミッションの達成には、組織そのものの終焉が内包されているため、「継続組織を前提」とすることは、重油が回収されないということを前提としなければならないからである。このことは企業を前提とした「会計公準」が非営利組織には当てはまらない可能性を示唆する。同様に、「一般目的」、「比較可能性」、「外部のステークホルダー」、「わかりやすい会計」、「意思決定有用性」、「情報利用者」といった企業会計では疑問の余地のない概念について、企業と非営利組織とで同じか否かを考察するのかしないのかというプロセスが両起点の間では異なってくる。 さらに、「基準の改訂」の場面では、両説は決定的に異なってくる。この点は本文のⅢ同一説/相違説の分岐のメルクマールに記載した。 6)非営利の世界には貨幣を媒介にしない贈与等の財・サービスの提供が数多く存在する。「同一説」に立てば、贈与であっても貨幣価値に換算する「測定」の会計処理だけを問題にすればよい。たとえば、コメの寄贈があったときに、そのコメの公正価値等による「測定」でコメを貨幣換算して10万円の寄付があったという会計処理を考察する。その場合にはそれを認識するかどうかを含めて「測定」方法だけが議論となり得る。他方で、企業とは異なることを前提とする「相違説」に立てば、すべてのものが貨幣換算可能なのかという「会計公準」そのものから思考の対象となり得る。たとえば弥生時代の土器の破片に数粒付着した炭化したコメを出土先から土器ごと寄贈を受けた非営利組織は、そのコメに対する貨幣測定の「方法」ばかりではなく「意義」をも考察しなければならなくなるだろう。とりわけ、寄付を受けた時点における公正価値など分かりようがないのである。仮に、実際に市場で取引がされれば「取得価格」は自動的に決まるが、市場で取引がされておらず今後も取引が想定されない贈与の世界では、「市場価格」は空想でしかない財も存在するのである。 7 )「この公益法人会計基準は、 民法の定めによって設立された公益法人(いわゆる民法法人)にのみこれを適用することを建前としているが、他の法律の定めによって設立された公益法人で特に会計、経理に係る別段の会計基準が存在していないものがあって、当該法人が個々に会計基準を作成しようとする場合には、この『公益法人会計基準』の内容が良い参考として利用されうる。そのように考えることができる」(番場[1978]11頁)と、総理府内閣総理大臣官房管理室の解説を引用する形であるが、法令上の制約がないその他の非営利組織の会計基準としても用いられる汎用性を意識していた。さらに、「もしも将来、公益法人に対するより詳細な会計法規が制定されることありとすれば、またその法規の改正がなされることありとすれば、この公益法人会計基準ないしその改正基準が十分に尊重されて然るべきものである」(番場[1984]48頁)とまで述べ、自らの番場資金収支会計の汎用性に自信をみせていた。 8)Fund accountingについて、番場自身も「資金収支会計」と訳したことから(番場[1974])、「資金収支会計」が一般的である。ただ、fund accountingについては、非営利に特有の会計として、会計の中に基金別に「ラベル」を貼付する意味もあり[平成16年公益法人会計基準議論] では、この意味でのfundaccountingで使用されている。支出まで含めた場合にはほぼproject accountingに近い意味でも用いられ、特別会計という方に近い場合もある。(Blazek[1996]) 9)この点は、通常の企業会計でも決算仕訳を含め、1 つの取引に対して複数の仕訳が生じることがあり、単なる「慣れ」の問題である(出口[2021])。 10)これは「同一説宣言」とも呼ぶべきものである。 11)FASBの非営利組織についての議論の経緯は池田[2007]、金子[2016]などが丁寧な論考を行っている。 12)この座談会では典型的にあらわれているが、「なぜ企業会計を採用するのか」の問いに対して、「既存の会計基準を所与としない場合には」と前提を置くことで、議論が交流しておらず、立場の違いを説明しているに過ぎない。現金ベースの家計簿を使用している人を含め「一般国民は企業会計の方がわかりやすい」という一方的主張は理由の説明とはなっていない。こうした、あたかも議論したようで立場の違いを表明しているに過ぎないことを本稿では「議論の交流を欠いている状態」とし、たとえば、番場嘉一郎ほどの泰斗が「尊重されてしかるべきもの」(番場[1984]48頁)とまでいい切った番場収支計算書をどういう理由から損益計算書に変更し、仮にその場合のデメリット・メリットなどが十分議論されることを「議論の交流」と呼ぶ。この立場に立てば、番場収支資金会計から発生主義会計への変化は劇的すぎるわりに、「議論の交流」が行われていたとはいい難い。 また、NPO法人会計基準についても、6割のNPOが現金主義会計を使用していたにも関わらず、発生主義会計が導入された。 13)出口[2021]は自文化中心主義を意味するエスノセントリズムを援用してビジネスセントリズムという用語で説明した。 14)奇しくもAnthony[1995]の論文の日本語訳と同じになっている。また、出口は日本の状況を法人法を含めてガラパゴス化と指摘した(出口[2015])。 15)NPO法人会計基準は、NPO法の制定を受けて、同一説に基づき、NPO法人会計基準協議会が結成され、議論を公開しながら「NPO法人会計基準」が完成した。公益法人会計基準改訂の影響は直接受けていない。NPO法人会計策定の関係者は、策定の議論に入る前に、米国で「同一説」の説明を聞いて、「同一説」で議論を開始したことを回顧している(NPO法人会計基準協議会[2020])。 16)この部分を論理的に分解すれば、「(企業と非営利組織との相違)があったとしても、(企業会計を使用することに)影響がない場合」には「企業会計に合わせる」ということであり、「影響がない」ということに対しての立証の必要が生じるのが「相違説」、生じないのが「同一説」である。 17)たとえば非営利分野に関する新しい法律である、民間公益活動を促進するための休眠預金等に係る資金の活用に関する法律(平成28年法律第101号)では、「第26条第3 項指定活用団体は、第1 項の認可を受けたときは、遅滞なく、その事業計画及び収支予算を公表しなければならない。同第4 項指定活用団体は、毎事業年度経過後3 月以内に、その事業年度の事業報告書、貸借対照表、収支決算書及び財産目録を作成し、内閣総理大臣に提出するとともに、これを公表しなければならない。」とされ、収支予算書と収支決算書の作成が義務付けられ、同時に貸借対照表も義務付けられている。収支予算書は内閣総理大臣の認可が必要であり、収支決算書はそれに整合する必要がある。これらを整合し得る会計基準は番場資金収支会計基準だけである。 18)「ルールの変更は現場に混乱をもたらす」というのは普遍則である。他方で、企業会計の変更についてのみ認知している公認会計士の立場に立てば、企業会計の変更がそのまま他の会計に適用をされない場合には、「公認会計士の現場」に混乱をもたらせることになる。言い換えると、同一説と相違説は公益法人の現場と公認会計士の現場との立場の違いを鮮明にしているともいえる。 19)たとえば以下のような発言である。「企業会計の勉強をして公認会計士になったのはいいけれども非営利の世界にはなかなか足を踏み込めないというような捉え方をしていた方もいます。そういう意味では、今回の基準は、かなり参入障壁を低める効果があるのではないかと思います。」(公益法人協会[2003] 8 頁) 20)直訳すれば、「非営利組織のための財務報告会計」であるが、議論の実際は「財務報告会計」にすべきか否かまで議論されていることから、「国際非営利会計基準」の訳語を当てている。また、このプロジェクト全体に「財務報告」の名称を当てることが同一説/相違説議論にバイアスを与えることにも配慮した。 21)イングランドおよびウエールズ勅許会計士協会(ICAEW)、勅許公認会計士会(ACCA)、スコットランド勅許会計士協会(ICAS)、英国勅許公共財務会計協会(CIPFA)および公認会計士アイルランド(Chartered AccountantsIreland)の5 団体を傘下にもつ公認会計士の団体。 22)CCABには16とあるが、15しか出ておらず、校正ミスと考えられる。 23)現金主義を支持する最も有力な主張は、非営利組織にとって最も重要なステークホルダーである寄付者、助成機関は、寄付や助成金の支出明細を求めており、それは現金ベースで記載する必要があり、外部への提出書類と組織全体の財務諸表を一致する観点から主張される。また、寄付者等が複数いた場合に、1つの支出を両方の寄付者へ報告する“DoubleAccounting Fraud”(二重会計不正)が発生しやすく、これを防止するには、収入と支出の対応しやすい現金ベースの方がよいというものである。 24)金子[2018]はニュージーランドの非営利会計の変遷からわが国の非営利会計にも触れてこの点を指摘した。実際にTAGチームは、時間制約を理由としてあげて、既存国際会計基準のどれが1 番適用可能かという観点から議論した。 [参考文献] 池田享誉[2007]『非営利組織会計概念形成論 ― FASB概念フレームワークを中心に ―』、森山書店。 NPO法人会計基準協議会[2020] 「NPO法人会計基準策定10周年記念行事〜歴史秘話 基準誕生の頃の話を聴く夕べ〜」。http://www.npokaikeikijun.jp/event/10th-aniv-event/( 令和2 年12月10日ダウンロード) 興津裕康[2009]「企業会計と非営利の会計 ― 財務会計研究からみた非営利会計を考える ― 」『非営利法人研究学会誌』第11巻、173-184頁。 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  • ≪研究ノート≫同窓会誌情報を活用した大学と卒業生間の紐帯の強さの定量分析 / 津曲達也(九州大学大学院博士後期課程)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 九州大学大学院博士後期課程 津曲達也 キーワード: 大学同窓会 紐帯の強さ アフィリエーション・ネットワーク 大学同窓会誌 会合記録 定量分析 要 旨: 大学と卒業生のつながりに関する従来の研究は定性的なものであった。本研究は、大学同窓会を媒介とした大学と卒業生のつながりを、アフィリエーション・ネットワークと紐帯の理論に基づいて定量的に明らかにすることを目的とする。会合記録に欠損がみられなかった1960年代の大学の一同窓会を分析対象とし、同窓会誌に掲載されている会合記録の参加者氏名および開催日時の情報をもとに、大学関係者と卒業生の紐帯の強さを定量的に検討した。分析の結果、大学と卒業生の間の紐帯は全体的に弱いものの、卒業生は非会員である大学関係者よりも会員である大学関係者とより強い紐帯を維持して接触していることが明らかとなった。本研究は、卒業生の大学への資金援助行動の構造を解明するための土台を提供するものである。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 大学同窓会参加者間の紐帯の強さ Ⅲ 定量分析に向けた準備 Ⅳ 大学と卒業生との紐帯の強さの定義と定量分析 Ⅴ おわりに Abstract Previous research on the connection between universities and graduates has been qualitative. The purpose of this study is to analyze quantitatively the connection between a university and its alumni by examining the university alumni association using the affiliation network and tie theory. A university alumni association of the 1960’s with few loss of meeting records was analyzed. The information regarding participant names and dates of meeting records published in the university alumni magazine was used to quantitatively analyze the strength of ties between the university and its alumni. The results showed that although the strength of ties between the university and its alumni was weak, university faculty who were members of the alumni and the alumni maintained stronger ties than university faculty who were not members of the alumni. This study provides a foundation for elucidating the structure of donation behaviors of university alumni to universities. Ⅰ はじめに 大学を取り巻く環境は大きく変化してきている。特に、少子化やグローバル化による学生獲得競争が激化していることや、国からの財政的援助が縮小されていることから、経営環境の悪化に直面する大学が増えてきている。こうした状況を受け、大学が卒業生の組織する大学同窓会に着目する動きが近年強まってきている(大川他[2012、2015、2016]、高田[2012、2014、2015])。本研究では、これまで定性的にしか考察されてこなかった大学と大学同窓会に所属する卒業生とのつながりを定量的に検討し、大学同窓会研究の発展を試みる。 天野[2000]によれば、わが国の大学同窓会は、大学創立と同時期、明治初期には卒業生の親睦を深めることを目的に結成された。この当時の大学は国によって地位を保証されていた旧帝国大学を除き、社会的地位や経営基盤が確立していない状況にあり、さらに大学の資金源は授業料のみであった。そのため、大学同窓会は大学の社会的地位や経営基盤の確立のため、資金面を中心として大学を支え、大学の成長と発展に向け、大学と密接な関係にあった。この関係は、大正7年の大学令の発令によって転機が訪れる。大学令によって当時専門学校であったどの大学にも「正規の大学」への道が開かれることになった。 「正規の大学」となるには莫大な資金が必要であった。大学同窓会の支えだけでは不十分であったため、大学は資金不足解消のため学生増加の手段をとった。学生の増加は唯一の手段ではあったが、これが大学同窓会との関係を疎遠にする原因となった。戦後、進学率の上昇、官立大学の合併を経て、大学の社会的地位や経営基盤が安定化していくと、大学同窓会は卒業生間の親睦を主とする団体へと変化していった。戦後、親睦団体としての性質を強めつつ、大学同窓会は大学との関係を希薄化させていく。 ところが、近年になって、経営環境の悪化に伴い、資金援助や在学生への学習・就職支援、地域事業への関与といった観点から、大学は卒業生やそれらが所属する大学同窓会に対して期待を高めている。こうした期待を具体化していくには大学と卒業生との間のつながりが重要であると認識されているが(喜多村[1990]、大川[2016])、大学と卒業生のつながりについての従来の研究は定性的であり(腰越他[2006]、原[2016])、そうしたつながりが資金援助等へと転換される構造やメカニズムを解明するには、定量的な観点で、大学同窓会研究を拡張させる必要がある。本研究は、大学と卒業生のつながりの実態を定量的に分析することを試みるものである。 定量分析に向け、定期発行されている大学同窓会誌に着目する。大学同窓会誌には会合記録などが掲載されており、卒業生のミクロな動きを読み取ることができる。そうした情報が、これまで組織的に活用されることはなかった。本稿では、大学同窓会誌を情報源にして、大学と卒業生のつながりの強さの計量化を行う。分析を行うには、長期にわたり大学同窓会誌に欠損がなく、会合記録が掲載されている団体である必要がある。この条件に該当する調査対象として、1960年代の早稲田大学の一同窓会を選定した。 1960年代は大学大衆化の過渡期にあり、この時代の大学同窓会は天野[2000]が指摘する親睦団体の性質を持っていた。この時期1961年から1967年に、早稲田大学は法人や卒業生等に対し20億円規模の寄付事業を計画し(早稲田学報708号)、それを達成している(早稲田学報770号、井原[2006])。現在の大学同窓会と類似の性質を持ち、大学と卒業生との関係もすでに希薄となっていた時期に、計画した募金を達成させた早稲田大学の同窓会は、卒業生による資金援助を考えていく上でのモデルケースとして興味深い調査対象である。 Ⅱ 大学同窓会参加者間の紐帯の強さ 1 定量化手法の概要 本稿では、Ⅳで述べる大学と卒業生とのつながりの強さを、大学同窓会の参加者間のつながりの強さを使って定義する。前者のつながりの強さを計算するには、後者のつながりの強さが定量的に評価できなければならない。本稿では、「紐帯の強さ(Granovetter[1973])」の概念を導入し、これを使って参加者同士のつながりの強さを定義する。紐帯の強さの計算には、大学同窓会誌に掲載された会合記録情報を活用する。ただし、紐帯の強さは、会合の参加者情報から直接的に算出することはできない。このため、本稿では、会合記録情報を、一旦アフィリエーション・ネットワーク(金光[2003];Breiger[1974])のデータに変換し、そのデータに会合開催時点の情報を加え作成したグラフ上で紐帯の強さを定義する方法を採った。以下、混乱しないところではアフィリエーション・ネット―ワークは「AN」と略記する。 2 紐帯の強さの算出方法 ⑴ ANデータの生成 アフィリエーション・ネットワークとは、社会ネットワーク分析において個人と組織の二重性、相互規定性メカニズムの解明に向けたリンケージ型モデル化(金光[2003])の1つである。本稿では、会合記録に記載される個々人の参加情報を統合することを目的としてこのモデルを採用した。ノードを個人と会合、エッジを参加と定義したANデータを生成する。 なお、会合記録からのANデータ生成には処理すべき問題がある。各々の会合記録は個別に寄稿され、それを大学同窓会誌編集者が会誌に記載している。そのため、会合記録には、記録者の文字の記載ミスから生まれる「記載のばらつき」(港他[2010])と「同姓同名問題」という問題が含まれている。「記載のばらつき」とは、例えば、同一人物であるにも関らず「齋藤太郎」「斉藤太郎」のように異なる表記で記載されているケースが該当する。本稿では、個人に関する情報の付加によって1字違い以内の氏名を同一視する港他[2010]の方法を参考にして、会合記録に含まれる2つの情報(分析対象である同窓会の会員か否か、参加した会合日時)を用いて上記問題に対処した。 ⑵ 紐帯の強さの算出 Granovetterによれば、紐帯の強さは「ともに過ごす時間量、情緒的な強度、親密さ(秘密を打ち明け合うこと)、助け合いの程度、という4次元を(おそらく線形的に)組み合わせたものである」(Granovetter[1973]大岡訳[2006]125頁)。しかしながら、多義的であるがゆえに、4次元で扱うことは理論の一貫性を損なう可能性が指摘されている(盛山[1985])。Granovetterも転職・就職情報獲得の実証研究において、紐帯の強さのカテゴリーを「接触頻度」のみ使用して定義している。本稿においても、前述したGranovetterの「時間量」の操作的定義を参考に1次元に限定し、AN上で幾何学的に紐帯の強さを定義する。紐帯の強さは、2個人が接触した時点をいつの時点で観測するかで変化する。接触した直後でそれを見れば紐帯は強いだろうし、遠い過去の接触であれば弱いものになる。したがって、本稿では、2個人が会合で接触した時点(接触時点)の情報と2個人が接触した会合数(接触回数)を勘案し、紐帯の強さを算出することにした。ANグラフを使って具体的にこのことを以下で説明する。 図表1は増田[2012]の時間の情報を組み込んだネットワーク・グラフを参考に、2個人の接触状況を幾何学的に表現したANグラフである。図表1では2個人AとBが時点t1とt2で共に会合に参加している。図表1で、Aのt1時点(以下A[t1]と記す)とB[t1]を結んだ線分と、A[t2]とB[t2]を結んだ線分の長さは等しいものとする。すなわち、どの会合も接触の程度に差はなく同等のものと仮定する。また、観測時点t3のBから対象とする接触時点t2のAへの距離を考える際、具体的にはB[t3]→B[t2]→A[t2]という経路の長さで考えるが、経路は、対象とする接触時点の会合のパスを通る最短経路で考えるものとする。 図表1 時間軸を加えたANグラフ 出典 増田[2012]図1を参考に作成 Granovetterによれば観測時点と対象とする接触時点の時間差が長くなるほど紐帯は弱くなる。したがって、紐帯の強さは観測時点(始点)と対象の接触時点(終点)とを結ぶ直線の長さLに直接的に関係するであろう。ここで、図表1において、ひとつの会合での2個人の接触の長さを1、また時間軸について観測時点と接触時点の時間差を⊿tとしたとき、Lに相当する2個人間の距離Dを次の無次元量で定義する。 ここでTは、紐帯の強さが半減する時間として定めるものである。次節で具体的な事例についての計算結果を述べるが、そこでは時間を月単位で表現している。その際、便宜的に、紐帯の強さが半減する期間を6ヶ月として、T=6と定めた。 以上より、観測時点toからみた接触時点tc(= to —⊿t)の会合を介し接触する2個人の紐帯の強さTieは と定義できる。 ここで、もう一度図表1に着目しよう。AとBは2度の会合で接触している。この時の2個人の紐帯の強さを得るためには、観測時点までの2個人の接触回数を考慮し、各接触時点で得た紐帯の強さを合計する必要がある。2個人のn回目の接触時点をtc,n(1≦n≦N)とし、観測時点to前の直近の接触時点がn = M(≦N)であるとき、2個人の紐帯の強さは個別の紐帯の強さの総和として次式で表される。 ただし、観測時点以前に接触がない場合は紐帯の強さは0と定義する。 この定義を、ANデータと連関させて任意の個人間についての紐帯の強さを求めていくことになる。ただし、ANデータには、観測時点以後のデータも含まれているため、観測時点前の2個人がともに参加している会合の情報を抽出し、定義式⑶を適用することになる。 Ⅲ 定量分析に向けた準備 1 対象とした同窓会の概要 分析対象となる大学同窓会は、分析する期間に亘って会合記録の欠損がないことが条件になる。これは、本分析手法が、会合記録情報を手掛かりにANデータを生成するためである。この理由とⅠで述べた理由等から、本稿では、1957年12月から1967年8月までの約10年間における早稲田大学の一同窓会「同窓会A」を定量分析の対象とした。 同窓会Aは卒業年が同じ卒業生によって設立された同窓会で、連続した2つの卒業年の卒業生による合同の同窓会である。同窓会Aから抽出した約10年間分の記録は、同窓会Aに所属する卒業生らの卒業後30〜40年にあたる。同窓会Aの正確な会員数は不明であるが、参考としてこの2つの卒業年の卒業生数は合計で1,505人であった。 1958年1月号から1967年8月号の「催・会合・その他」に掲載された会合記録を利用した。会合記録には、開催日時、会合の内容、参加者氏名などの情報がある。同窓会Aの対象期間における会合及び参加人数推移を図表2に示す。会合は約月1回の頻度で、計96回行われていた。総参加人数は385人であり、1回の会合における参加人数は最大97人、最小8人であった。また、1回の会合あたりの参加人数の平均は24人であった。図表2において参加人数が突出している会合は会員や同窓会に関する祝賀会である。 図表2 同窓会Aの会合および参加人数推移(1957年12月~1967年8月) 2 本分析で扱う変数の定義 『早稲田学報』には、役員名簿や会合記録などが掲載されている。役員名簿では大学の教員等情報、会合記録からは、開催日時、会合の内容、参加者氏名などの情報を読み取ることができる。本稿で用いる変数「大学関係者」「卒業生」「紐帯の強さ」は『早稲田学報』に掲載される情報を用いて次の通り定義する。 ⑴ 大学関係者  『早稲田学報』1961年1月号の「募金実行委員 学内」(32-36頁)に掲載される510人のリストを参照し、その氏名と一致する個人を「大学関係者」と定義する。該当者は32人であった。なお、大学関係者には、同窓生会員である卒業生も含まれている。このため、同窓会会員である人物を「大学関係者(会員)」、また同窓会に来賓として参加する人物を「大学関係者(来賓)」として区別した。 ① 大学関係者(会員)    『早稲田学報』の同窓会Aに関する会合記録の会合内容または出席者情報に参加者についての来賓情報が記載されており、この情報をもとに判断する。ただし、会合内容が同窓会や会員に関する祝賀会である場合、会員が来賓として扱われる場合がある。そのため、本分析では観察する96の会合において大学関係者が一度でも会員として参加が確認された場合、該当する大学関係者を大学関係者(会員)と定義する。該当者は19人であった。  ② 大学関係者(来賓)    会合記録の会合内容または出席者情報すべてに来賓情報が記載されている場合、大学関係者(来賓)と定義する。該当者は13人であった。 ⑵ 卒業生  大学関係者の条件を満たさない個人を卒業生と定義する。該当者は353人であった。 ⑶ 紐帯の強さ  個人間の紐帯の強さは前節で述べた方法により算出する。 3 抽出データの観測開始点問題 同窓会Aから約10年分抽出した会合記録のデータは、最初の会合が1957年12月14日であった。紐帯の強さを計算する際、データ開始点についての処理方法が課題となる。人々は、データの抽出開始時点前から会合には参加していたと想定される。例えば1957年12月14日を観測時点とした場合、それより前の会合の記録が欠落しているため、妥当な紐帯の強さを計算することができない。そのため、ここでは次のようにしてこの問題を回避した。 Granovetterは「年に1回以下」会う場合を紐帯の強さのもっとも弱いカテゴリーとして定義している。これを次のように解釈する。データ開始点問題に対し、1年以上会わない場合、紐帯の強さを0とみなせるとする。このように考えることで、開始点の1年後1958年12月15日の会合から観測を開始すれば、1957年12月14日前のデータが欠落している問題はおおよそ回避できる。 4 紐帯の強さの値について 本分析において、大学関係者と卒業生の紐帯の強さの観察の補助にGranovetterの「接触頻度」に基づく定義を利用する。Granovetterは、「頻繁に会う」は週2回以上、「ときどき会う」が年に2回以上かつ週2回未満、「めったに会わない」が年に1回以下と、接触頻度を3つの区分で定義している。これらの接触頻度を本稿で定義した紐帯の強さの定義式⑶で算出した値と3区分との関係を図表3に示す。 Granovetterは、紐帯の強さのカテゴリーとして、「頻繁に会う」を「強い紐帯」、「ときどき会う」と「めったに会わない」を「弱い紐帯」としている。 図表3 接触頻度区分と数値範囲 Ⅳ 大学と卒業生との紐帯の強さの定義と定量分析 大学の卒業生に対する期待として、大学への資金援助、在学生への学習・就職支援、卒業生を通じた産業・地域事業との関わりなどがある。卒業生の同窓会への参加行動がどのような水準にある時に、こうした期待に該当する行動へと転換していくのか、その構造を明らかにしていくことは興味深いことである。このため本稿では、卒業生全体ではなく、同窓会に参加する卒業生に注目し、その紐帯の強さを検討する。 以上より、本稿では、対象期間内において大学同窓会会合に参加する卒業生を対象に大学関係者との間の紐帯の強さを考え、それを定義式⑶によって計算する。そして、大学と卒業生の紐帯の強さは、観測時点で得られるその会合に参加していた大学関係者と卒業生との間の紐帯の強さの平均値として定義する。 この定義のもと、前節で述べた同窓会Aについて1958年12月から1967年8月までの大学と卒業生との紐帯の強さの推移を求めたのが図表4である。これは同窓会会合が開かれた時点を観測時点として、会合に参加した卒業生と大学関係者との間の紐帯の強さの平均値を○と■印でプロットしている。なお、○印は「大学関係者(会員)」、■印は「大学関係者(来賓)」との間の紐帯の強さの平均値を表している。参考として図表3で示したGranovetterの3区分でもっとも弱い紐帯に相当する上限値(0.28)も図表4上に点線で示した。 図表4 大学関係者と卒業生の紐帯の強さの推移(1958年12月~1967年8月) 対象とした同窓会Aでは、大学と卒業生の紐帯の強さを58時点で観測できた。この中で、紐帯の強さの最大値は1962年4月13日の2.02であり、全ての値がGranovetterの3区分定義「頻繁に会う」の下限値(28.02)を大きく下回っており、紐帯の強さは最大値2.02、最小値0の間に分布する弱い水準にあった。大学と卒業生との関係が希薄化していたと定性的には認識されていたが、その水準は、弱い紐帯とGranovetterが呼ぶカテゴリーの上限値から1桁も下の領域に分布する極めて弱い関係にあったことが本分析から明らかになった。 次に、大学関係者(会員)及び大学関係者(来賓)についてそれぞれ個別にみてみる。まず、大学関係者(会員)と卒業生の紐帯の強さは56時点で観測できた。56時点において値は最大値2.02、最小値0の区間に分布している。Granovetterの3区分「めったに会わない」の上限値である0.28を基準に観察すると、56時点中37時点が「めったに会わない」の上限値を超えていた。これより、大学関係者(会員)は「めったに会わない」の上限値を少し超えた紐帯の強さで卒業生との関係が維持されていることが明らかとなった。 続いて、大学関係者(来賓)と卒業生の紐帯の強さは5時点で観測できた。5時点全てにおいて値は0であり、これはGranovetterの3区分の「めったに会わない」の下限値と同一であった。これは、大学関係者(来賓)は各々初めてその会合に参加し、その後同窓会に訪れることはないということを意味する。すなわち、大学関係者(来賓)と卒業生は、紐帯を強くしていくような関係ではないことが明らかとなった。 Ⅴ おわりに 本稿では、大学同窓会誌に掲載される会合記録を組織的に活用して、早稲田大学の特定の同窓会を事例に、大学同窓会を媒介とする大学と卒業生の紐帯の強さの実態について定量分析を行った。その結果、大学同窓会が親睦団体であった1960年代、大学同窓会に参加した大学関係者と卒業生との紐帯の強さは、極めて弱い水準であることがわかった。弱い水準であることは、従来から関係の希薄化として定性的には指摘されてきたことであるが、弱さがどの水準であったのかを本分析によって定量的に示した。また、この分析によって、同窓会会員として参加する大学関係者は、Granovetterの定義においてもっとも弱い紐帯に分類される「めったに会わない」の上限値を少し超えた紐帯の強さで卒業生との関係を維持していること、そして、来賓として参加する大学関係者は1度きりのつながりであり、同一人物による関係の発展はみられないという事実が明らかになった。 以上、従来の同窓会研究において定性的な把握に留まっていた大学と卒業生との紐帯の強さを、本研究で定量的に示した。今後、次の発展が期待される。 卒業生に対する大学の期待のひとつは「大学への資金援助」である。本稿で分析の対象とした1960年代は早稲田大学が創立80周年記念事業として20億円規模の寄付事業を行った時期である。この時の大学同窓会は、現在同様の親睦団体として機能しており、同窓会を媒介とした大学と卒業生とのつながりは極めて弱い関係にあった。弱い関係であったにも関わらず、計画に沿った寄付が達成されている。大学同窓会を媒介とした大学と卒業生との紐帯の強さと資金援助行動とはどのような関係にあり、どのような構造を持っているのか、その解明は興味深い。本研究は、大学同窓会研究をそうした定量分析へと展開していく土台を提供するものである。 [謝辞] 日頃より研究について支援いただき、さらに本稿においても貴重な助言をいただいた九州大学大学院比較社会文化研究院三隅一人教授および非営利法人研究学会九州部会の皆さまに感謝の意を表します。また有益なコメントを頂いた査読者に感謝の意を表します。 [参考文献] 天野郁夫「大学の同窓会―歴史と展望―」、『IDE:現代の高等教育』、第41号、IDE大学協会、5-11頁、2000年。 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  • ≪査読付論文≫地方創生に資する「地域社会益法人」認証を巡る考察 ―情報の非対称性を緩和する視点から― / 越智信仁(尚美学園大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 尚美学園大学教授 越智信仁 キーワード: 社会関係資本 コレクティブ・インパクト 地域社会益法人 認証 情報の非対称性 非営利株式会社 要 旨: 本稿の目的は、市民を起点とした地方創生を横軸に社会的事業体の相互補完的な連携を促し、ハイブリッド型の非営利株式会社の社会性をも担保する制度インフラとして、「地域社会益法人」認証の活用可能性を考察することにある。認証付与は自治体の条例に基づき、税制優遇等とリンクした制度提供者側の論理からではなく、社会的事業体のブランディングによる情報の非対称性緩和(社会的認知向上)を通じて、認証を得た「地域社会益法人」の資金調達円滑化等に貢献していく視点から論じられるべきであろう。コミュニティ内の人的・組織的資源や自然資本、社会関係資本を活用し住民の暮らし易さ(well-being)を引き上げるうえで、非営利株式会社を含む社会的事業体それぞれが水平的なパートナーシップ関係を構築する必要があり、その際、「地域社会益法人」は、地域の課題解決に向けたコレクティブ・インパクトを促す核となることが期待される。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 地方創生問題を考える視座 Ⅲ 「地域社会益法人」認証の制度インフラ整備 Ⅳ おわりに Abstract The purpose of this paper is to consider the possibility of utilization of “community benefit corporation” accreditation as an institutional infrastructure to promote mutually complementary collaboration between social-purpose organizations based on a horizontal axis of regional revitalization originating from citizens, and also to ensure the social nature of hybrid non-profit corporations. Based on municipal ordinances, accreditation should be discussed grounded not in the logic of the system-provider side, linked to preferential tax treatment etc., but from the viewpoint of contributing to facilitation of the procurement of funds by “community benefit corporations” through the alleviation of information asymmetry (social cognition enhancement) by branding of social-purpose organizations. In order to raise the comfort (well-being) of residents by utilizing human and organizational resources, natural capital and social capital in the community, each social-purpose organization, including non-profit corporations, needs to build horizontal partnerships, and it is expected that the “community benefit corporation” will be the core of promoting a collective impact towards the resolution of regional issues. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 地方の深刻な人口減少問題を提起した「増田レポート」(日本創成会議[2014])では全自治体の半数に消滅可能性があるとしつつ、地方中核拠点都市化による財政負担軽減、あるいは労働生産性の向上による地域経済底上げ策に論及したほか、政府の「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」(2014年)でも地方創生に向けて成長力重視の展望が描かれている。もとより経済成長が地域の問題を緩和する有用な処方箋の一つであることを否定するつもりはないが、生活要件との関連や土着性の強い地域(に住む人々)の問題を考えるうえでは、GDP的発想に基づく労働生産性向上だけでカバーし切れない非市場的課題を多く有しており、そうした領域を包摂していく総合的な視座が不可欠と考えられる。 地方の問題を総合的に捉えるには、労働生産性のみならずトータルの暮らし易さとして、コミュニティ内における生活の質ないし幸福感(well-being)を如何に高めていけるかといった社会生産性1)の視点が欠かせない。地域内資源の有効活用による社会生産性の向上には、行政のみならず多くの地域主体が協働によるコレクティブ・インパクト(Kania and Kramer[2011])を地域に生み出す活動を進める必要がある。そうした活動の基礎となるのがコミュニティに内在する絆としての社会関係資本(Social Capital)であり、それを資源として活動する社会的事業体であろう。なお、ここで「社会的事業体」とは、慈善団体から、収益性事業を営む社会的企業2)まで射程に入れた概念として用いている(表1参照)。 表1 社会的ミッションを有する事業のタイプ 出所:EVPA [2015] p.58、Nicholls and Emerson [2015] p.5を基礎として著者作成。 本稿の目的は、社会的事業体の相互補完的な連携を促すとともに、ハイブリッド型の非営利株式会社の社会性をも担保する仕組みを考えることにある。以下では、まず、暮らし易さ(well-being)の改善に向けたコレクティブ・インパクトを促す社会的事業体の役割について、欧州の事例を日本的文脈の下で参照する。次に、そこで得られた示唆をベースに、「地域社会益法人」認証の活用可能性について考察を進める。ここでの「認証」は、税制優遇等と結び付いた要件確認制度(公益認定法における認定、特定非営利活動促進法における認証)とは異なり、広く社会的事業体の活動を利用者目線で水平的に認知・評価する制度インフラであって、むしろ情報の非対称性を緩和する意味でのブランドイメージ創出が主眼である。地方自治体の「認証」付与を通じて、既存の社会的事業体の枠内に法的形態や組織目的の多様性を超えて共通のラベルで括られた協働空間を作り出すとともに、出資の受け入れが可能な非営利株式会社の社会性をも担保することが可能と考えられる。 Ⅱ 地方創生問題を考える視座 Dasgupta[2001]は、市場財から得られる効用のみならず、健康や教育、個人が享受する権利、幸福感などを含む幅広い概念として福祉(well-being)を捉えたうえで、人間の福祉水準の持続的発展に向け、社会に存在する様々な資本の世代間維持を持続可能な発展の要件とする「資本アプローチ」という枠組みを提示した。資本アプローチは経済学の資本理論を自然資本や社会関係資本等にまで拡張したものであり、世代を通じた福祉の維持、すなわち持続可能性の評価に向けた「新たな国富」の考え方として、「富の会計(wealth accounting)」というマクロ社会会計の理論的支柱となっている。well-beingとしての「住み易さ」の見える化(富の会計)は、所得だけでない非金銭的な(GDPにはカウントされない)もう一つの価値を共有する取り組みであり、広い意味での社会生産性を高めていくうえでも有益な視座を提供する。 地域の活性化というのは古くて新しい問題であり、1985年には当時の自治省が「地域活性化センター」を設立し地域振興を推進した後も、2003年には金融庁が「リレーションシップ・バンキング」を打ち出したほか、2005年に創設された独立行政法人中小企業基盤整備機構も地域イノベーションを目的にしていた。翻って、地方創生論を掛け声倒れにしないために今求められているのは、上からではなく下からの地域活性化策であろう。中央政府による旗振りもさることながら、基礎自治体レベルでのボトムアップの取り組みが求められており、その際には、地域内のコレクティブ・インパクトを促す社会的事業体や、そのバックグラウンドとなる社会関係資本が重要な役割を果たすと考えられる。 欧州では前世紀後半以降、フランス等大陸諸国を中心に社会的経済を理念とする運動が拡大していく中にあって、民間非営利セクター(サードセクター)の独自の機能が認められ、国家、営利組織とのベストミックスのあり方も模索されてきた。そこでは、サードセクターの存在感を高めながら、地域社会の活性化に向けて、自治体を含め何らかの形で地域住民に貢献している全ての組織間の協働が強化されてきた(富沢[2008]45-59頁)。同様にイギリスでも、労働党政権下のローカル・パートナーシップにおける地域協働政策にも後押しされ、市民参加を主体にした新しい経済の担い手の育成政策が進行し、地域コミュニティにおける多元主義的なネットワーク形成が促進されてきた(塚本[2007]1頁)。 欧州のサードセクターは市民社会の多元的価値を体現する存在であり、非市場的な要素であるコミュニティが擁する価値を相互扶助や協働によって実現していくうえでの核となった。サードセクターは、その国の文化的・政治的・経済的背景や歴史的に形成された地域の自立性・独自性に応じて多様であり得るが、欧州での発展を促した社会的背景は、日本が直面している地域課題とも重なり合う部分が少なくない。ただ、わが国のサードセクターは統一的な非営利制度基盤を有しないため、広く知られているように法人類型の多様化という非営利法人のガラパゴス化を招来している(出口[2015]159頁)。地域の課題解決に向けて各組織の機能連携をより強めていく観点からは、市民目線での所管官庁の壁を越えた非営利法人制度(法)の再編・統合論も理念的・演繹的には想起され得るが、各制度の歴史的な経路依存性を斟酌すれば目下の現実的な選択肢とはなり難い。むしろ法的再編が難しくとも各組織の特性を生かしながら、地方創生の軸で横断的に機能的な連携を図る視点が重要になる。 そこで求められるのは、非営利部門における各専門組織分化の意義を認めつつも、各非営利組織の論理・文化・価値基準を前提にした地域課題へのアプローチではなく、住民の目線で課題オリエンテッドに各組織を適応させていく協働姿勢である。各非営利主体は住民サービス提供主体という意味では共通のプラットフォームを有しており、住民には法的組織形態の違い云々は関係なくて、どのようなサービス(社会価値)を提供可能かが重要なのであるから、各非営利主体の特性を有機的に連環させ、コレクティブ・インパクトの創出が求められる。そうした中で、もう一つのガラパゴス問題である協同組合(農協、生協等)の内外連携・体系化も進める必要があろう。 Ⅲ 「地域社会益法人」認証の制度インフラ整備 1 社会的事業体の連携促進 近年、市民主役条例による行政サービス改革(鯖江市)や、行政がNPO活動への参加と協力を促す条例(神戸市)、あるいは投資型クラウドファンディングを活用した地方創生事業(北洋銀行と西胆振の6自治体)など、地元の人の気づきを重視した各自治体独自の取り組みも増えてきている。また、横浜市市民協働条例(2012年改正)や岡山市協働のまちづくり条例(2016年改正)など、社会的事業体と行政が協働で行う事業の進め方等について、新たな制度規範を定める動きも広がりつつある。そこでは、法人格を問わず広く地域課題の解決に向けた公益的取り組みを行う個人・団体を対象に、人的支援や情報・施設提供等の支援にとどまらず、行政との協働事業には助成金の交付(横浜市)や施設使用料の減免(岡山市)といった財政支援措置も行われている。ただ、こうした財源措置を伴う支援は単年度主義という時限性があるうえ、行政以外の多様な主体間の協働の促進には必ずしも直結しない。 こうした中にあって、コミュニティビジネス等の事業活動を通じて「地域社会益」を追求する社会的事業体を対象に、自治体レベルでの「地域社会益法人」認証を付与する制度インフラが構築できれば、税制優遇等の特典とリンクしなくても、認証を受けた「地域社会益法人」が社会的認知度を高めて、コミュニティビジネスの趣旨に賛同する投資家や住民からの資金調達等を促す契機として役立てられ得る。ここでコミュニティビジネスとは、社会的課題の解決を目指すソーシャルビジネスのうち、活動領域や解決すべき社会的課題について一定の地理的範囲が存在し、地域の資源を活用して地域再生を目指す事業であり、その担い手には、NPO法人、社団・財団、社会福祉法人のほか、各種協同組合も想定され得る。 伝統的に欧州では、社会的経済の担い手は、協同組合、共済組合等が中心となってきたが、共益にせよ公益にせよ私益ではないのであるから、当該共益の構成員を拡大し広くその地域社会の利益の増進にも資する目的と構成できるのであれば、「地域社会(共通)益」として両者をことさらに区分する必要はないとも言える。実際、買い物弱者に商品を配達する活動主体にはNPO法人のみならず生協もあるほか、大規模自然災害に対する救援活動や再建支援活動はNPO法人だけでなく各種協同組合によっても継続的に取り組まれており、現場のニーズから考えれば法的形態の差異は相対化する。「地域社会益」という観点に立てば、共益の追求という協同組合の枠内であっても、コミュニティの普遍的利益にも貢献可能であり、そうした観点からの議論の深化と実践が求められよう。 多様な社会的事業体から構成され得る「地域社会益法人」は、地域内協働の核としても位置付けられる。地域サービスを提供する各主体の置かれた状況に応じて直面する課題や対応策も多種多様であり、これらを一律に検討することは適切でないことに鑑みれば、住民に一番近い基礎自治体が条例によって認証していくことを基本とし3)、住民移送事業など近隣の基礎自治体にも広域に関係するのであれば、周辺自治体の広域連携ないし広域自治体関与の仕組みも考えられよう。その際、経営形態のみによって「地域社会益法人」を定義することは困難であり、認証と法人格とは連動しない形で、地域課題の横軸で法人横断的な認証付与基準とする必要がある。例えば、後述する英国CIC(Community Interest Company)のコミュニティ利益テストは、合理的な人(reasonable person)が、その活動についてコミュニティの利益のために遂行されるかという緩やかな包括的観点から判断される。わが国においても「地域社会益」の大枠としての要件(設立目的、活動内容、その活動の受益者等)を共有しながらも、具体的な運用は個別自治体の実情を反映し得る仕組みとする方向性が適当であろう。 こうした新しい認証が、税額控除等の効果ともリンクする場合には、当然に既存の関連法制との整合性を確保する必要があり、その際の認定基準についても、他の制度との一貫性のある制度設計が求められるが、本稿で論じている「認証」は、「情報の非対称性」の緩和機能がメインであり、市民へのブランドイメージ創出効果を通じて社会的認知度を向上させていく取り組みとして位置付けられる。例えばNPO法人は特定非営利活動として、まちづくりや中山間地振興などのほか「条例で定める活動」を含めれば地域事業主体としても汎用性はあるが、パブリック・サポート・テストをクリアする先は全体の数パーセント未満の状態が続く中、税制特典の付与とは別の観点から、事業活動の地域社会への貢献をブランディングするようなシグナルを別途設定する意義があると考えられる。 「地域社会益法人」認証は、各社会的事業体の様々な根拠法の下での法人格をそのままに、地域社会益等の要件に基づいて認証を行う制度であり、自らの利益や資産を活用して地域社会の問題解決(地域社会益)のための事業に取り組む主体のブランドとして機能する。当該制度を自治体の条例によって推進するとしても、各自治体の初動を後押しする意味では、国がガイドライン等により基本的フレームワークを示すことも有用と考えられる。そのフレームワークは、地域社会の利益に向けた事業収益の再投資を確実にさせる認証要件として、後述する非営利株式会社をも包摂し得る観点から、①地域社会益目的の認定とその追求に関する固定化(ミッションロック)、②ガバナンス面での利益・資産分配制約(アセットロック)の設定が基盤になろう。他方で、法人格の付与ではないため認証付与後のモニタリングによる制度の安定性維持が課題となり、③活動成果としての地域社会益報告書(仮称、原則年1回)等を踏まえた要件検証も必要となる。 具体的な認証基準を考えるうえでは、イギリスの「社会的企業マーク(Social Enterprise Mark)」認証基準が参考になる。Social Enterprise Markとは、The Social Enterprise Mark Companyによって運営されている認証制度で、同社自身もCICに基づく民間の社会的企業である。このマークは、法人格にかかわらず一定の要件をクリアすれば任意に取得可能である。その認証基準には、①社会・環境に関わる目的、②独自の定款及びガバナンス、③50%以上の事業収入、④50%以上の利益を社会・環境目的に再投資、⑤清算時には残余財産を社会・環境目的に提供などの要件が定められている。マークの取得によって直接的な優遇策はなく、むしろ社会的企業のブランドを構築し社会的な認知を高めることが目的となっている(中島[2015]212頁)。 NPO法人や一般社団法人等は、一般にビジネスを行う主体ではなくボランティア団体としての認識にとどまることも少なくなく、資金提供者、消費者、受益者、従業員等から地域を支えるサービスを提供する事業主体であるとの信頼を得て、資金調達や人材募集等に役立てるうえでも「認証」による公示効果は有用であろう。さらに「認証」がガバナンス面も含めて一つの差別化をもたらす地域内ブランドとしての機能を果たすことになれば、各種取引費用を引き下げる効果(高橋[2016a]286頁)だけでなく、法人格の違いを超えた同じ「地域社会益法人」として組織間の相互理解・連携を促進するプラットフォーム創出効果への期待も大きい。すなわち、既存の社会的事業体の枠内に法的形態や組織目的の多様性を越えて、地域内の共通ラベルで括られた協働空間を作り出すとともに、同一認証ラベルの下での統一性とその経済的な重要性を地域社会に可視化することにも貢献可能と考えられるのである4)。 2 非営利株式会社の社会性担保 ⑴ 欧米におけるハイブリッド型法人の認証制度 欧州では1990年代以降、イタリア、フランス、イギリス等において、コミュニティ利益という概念によるコミュニティビジネスの新しい担い手の育成政策が進行し、営利を目的としない収益性事業を営むハイブリッド型法人(図1参照)の育成に向けた方針や枠組みを設ける動きが進展した(European Commission [2015] p.50)。その活動形態に関する取決めとして、イタリアの社会的協同組合(1991年)や、先述したイギリスのコミュニティ利益会社(CIC、2005年)の例が有名であるが、それ以外にも、ポルトガル(1997年)、スペイン(1999年)、フランス(2001年)などでも同様の取り組みがみられた(European Commission [2015] pp.52-54)。 図1 ハイブリッド型法人の3要素 出所:European Commission [2015] p.10を基礎とする。 ハイブリッド型法人であるCICが導入される以前のイギリスにおいて、従来の伝統的チャリティには株式・社債などの発行が認められず、資金調達面で限界があった。CICは、営利法人をコミュニティ創生活動の担い手として育成する趣旨で設けられた制度であり、チャリティと同様に法人格ではなく、独立行政機関が一定の要件の下に認めた一種の資格(ステータスないしブランド)である。CICには税制優遇、優先入札等はなく、情報公開による社会的信用力の向上が唯一のメリットであり(G8社会的インパクト投資タスクフォース[2015]37頁)、これにより一般の人達や資金提供者が信頼を置くことのできる強力なアイデンティティを獲得可能となった。 CICは、利益を地域の社会的課題の解決に向けて投下することを目的とし、資産と利益は地域の利益に還元されることが求められており、コミュニティ・インタレスト・テストによるコミュニティ利益増進目的の固定や、収益の再投資のための配当・資産処分制限(利益の35%が配当上限、払込価格が残余財産分配の上限)を伴う。他方で、起業家として取締役になりながら報酬をうけて事業を運営することができ、社会的活動を行うという社会的認知の下に収益活動を行い、株式の発行も可能であるほか、一定の配当が認められるのでチャリティよりも幅広い投資家から支援を受けることができる。また、チャリティは広範な税務メリットを付与されていることに伴い厳格な規制が適用されるのに対し、CICは規制を受けないことも事業者のインセンティブとなっている。 CICの設立には地域別の偏りもみられ、チャリティの市場化を推進するイングランド主導の新制度がスコットランド等の風土には馴染まず敬遠されている可能性(白石[2015]154-155頁)も指摘されるなど、市場化の側面に否定的な見方がある一方で、CIC監督局年報によれば現在までに1万を超える団体が認証を受けて存続しており、制度を創設してから増加傾向を維持しているほか、CIC監督局のホームページ5)にはCICの成功事例も多数紹介されるなど、一定の社会的意義は果たしているように窺われる。ただ、ハイブリッドの制度であるが故に、株式投資の魅力を減殺しているとの批判が2014年10月からの配当上限規制緩和につながっており、社会目的の下で相対的に低い水準の経済的リターンを甘受する投資家を如何に増やしていけるが今後の課題となっている(高橋[2016b]53-54頁)。 この間、米国では、社会的目的を掲げる営利型企業に対して、民間団体であるB-Labによる社会性の認証の仕組みが、ハイブリッド型企業法制の導入に先立って行われた。すなわち、2006年以降、B-Labによって環境や社会性等に配慮した事業活動を行う主体に対する認証の仕組みが創設された後、この認証制度の考え方と整合的な形で、2010年以降、ベネフィット・コーポレーションという法人制度が米国内の各州で制定された。法律制定により、取締役が株主の利益実現以外の目的を考慮しても責任追及を受けないという点は、社会的な利益の実現を志す取締役にとって強い保護となったが、CICと同様に税務上の優遇措置はなく(寄附者についても同様)、そこではブランドイメージ向上による資金調達面でのメリットが指摘されている(経済産業省[2016b]5頁)。 ⑵ わが国における非営利株式会社の活用可能性 欧米での動きを眺め、わが国でも、営利・非営利の枠を超え新たな発想で社会課題の解決にチャレンジする「ローカル・マネジメント法人(仮称)」を求める声が高まり、2016年4月に「地域を支えるサービス事業主体のあり方に関する研究会」が公表した検討結果(経済産業省[2016a])では、事業主体の社会性をどのように制度的に確保すべきか(どのような基準で社会性を担保するか、その判断主体は誰か、行政は関与すべきか)といった論点や、事業主体を機能させ、その利用を促進する社会全体の仕組みのあり方の観点も含め、「スピード感を持ってさらに検討を深化させていくことが必要である」とされ、現在に至っている。 わが国では、収支相償を原則とする公益法人制度では一定のストックを形成しつつ活動のインパクトを高めることは難しく、NPO法人も出資を受けられないため会費や寄附などに資金調達の手段が限られ、地方の広範な事業(生活密着型のサービス分野として、小売、鉄道、バス、保育園、宿泊、ガソリンスタンド、介護等)を行うには財務的基盤が脆弱である。このため、事業の持続可能性を高めるためビジネスの手法をより採り入れた組織運営可能な法人形態の創設も議論されてきたわけであるが、この点については、株式会社において定款自治の下で分配等制約を任意に選択し、設立時に作成する定款の「第5章 計算」項目に、剰余金を株主に配当せず地域社会益を拡大再生産する目的で支出することを明示すれば、エクイティ投資が可能な非営利目的のハイブリッド型株式会社6)の設立も可能であろう(内田[2009]68、71頁)。 非営利株式会社における利益処分や残余財産分配請求権のあり方については、基本的には法人の選択(定款)となる。あくまで会社法の株式会社制度の下では、普通株式において利益配当及び残余財産分配を全面的に禁止すること(非営利法人と同様の扱い)は、会社法第105条第2項との関係で難しく、むしろ出資者へのリターンを一定程度確保しておくことは投資インセンティブ設計のうえでも必要な措置であろう。また、残余財産分配請求権についても、出資額の払い戻しを下限として、残りを自治体や公共団体に寄附するなどの定款に応じた選択を認める余地はあろう。他方で、全株主の理解や協力を得る必要性に加え、離反した株主が会社法第105条に基づいて剰余金配当を要求し訴訟で争う可能性、外部者にとって個別法人の定款を逐一確認しなければならない煩雑性、さらには定款による担保を基にして法人への出資や寄附等を呼び込むことの脆弱性などを想定すると、現状のままでは非営利株式会社一般を制度的に担保するには弱い面もある(経済産業省[2016a]9-11頁)。 しかし、先述した自治体による「地域社会益法人」認証付与の制度インフラとリンクさせることによって、非営利株式会社の社会性(定款によるミッションロックやアセットロック)を担保し、使い勝手を向上させることが可能ではなかろうか。そこでは、株主変動等によって定款に不同意の株主が現れたり、さらに定款変更等が行われた場合には認証が取り消される仕組みにしておけば、社会性やその公示性等は担保可能である。当該企業にとって「地域のため」というのが一種の商品性として自社の競争力に繋がる一方で、認証取り消しによるブランドイメージの喪失は一種のサンクションとして地域内のレピュテーションにも影響するので、ハイブリッド型コミュニティビジネス継続の組織内求心力としても機能し得ると考えられる。また、認証を獲得するために組織内議論が深められ、「認証」申請に至る過程で社会的事業体としての組織内コンセンサスが高まる効果も大きいとみられる。 これまでの社会的課題解決(住民生活支援サービス事業)のビジネス主体に関する議論では、出資緩和や税制優遇(減税)等による事業展開支援といった制度提供者目線の議論に傾きがちであり、むしろ制度を活用する側の現場目線を取り入れる必要があるのではなかろうか。現場ニーズとしては、自らの社会的事業に対する社会的認知・信頼の獲得・向上が日々の業務運営においては切実な問題であり7)、こうした問題意識から「スピード感をもった検討」を行うのであれば、本問題を税制優遇等とリンクさせた「新たな法人格創設」として捉えるよりも、社会的信任の獲得を主眼に、相対的に制度的障壁の少ない「新たな認証付与」のあり方としてアプローチしていくのが現実的と考えられる。その際、認証付与のあり方として、地域毎に異なる課題に個別的に対応する意味では、先述したように法律によらず条例によることが実践的と考えられる。 社会目的を有しながら株式会社形態を選択するのは、事業経営の経験がある起業家には馴染み易い組織形態であろうし、事業規模の拡大を目指して柔軟で多様な資金調達の選択肢を確保できるからでもあろう。利他的な社会起業家が、社会的利益を追求する活動の質が外部から確認することが難しいことに由来する「契約の失敗」に対応する結果として、柔軟な事業展開が行い難い非営利法人形態を選択せざるを得なくなるとすれば、こうした情報の非対称性は認証付与により回避可能となる。同時に、通常の投資とは異なる投資対象であるとのブランドを確立できれば、取引費用の削減にもつながるほか、社会的動機を持つ起業家の数自体を拡大することにもつながる(高橋[2016a]296-297頁)。 ハイブリッド型法人の抱える本来的な課題として、貨幣価値で測られる経済的利得のみならず、社会価値の実現を自己の非経済的な福祉(well-being)と考える一般投資家を如何に集められるかが鍵となる。わが国においてハイブリッド型の非営利株式会社に対する投資需要は未知数ではあるものの、既にコミュニティビジネスへの資金提供として、クラウドファンディングを含む市民ファイナンス形態でのFSV(Financing Shared Value)とも称すべき動きが、個人レベルでは徐々に広がりつつあるように窺われる。寄附には二の足を踏むが出資なら市場平均と同等のリターンでなくとも、社会的利益(地域社会益)のために相対的に低いリターンでも甘受する地域住民等からの資金の受け皿として、非営利株式会社にも一定の存在価値があり、その社会性とその公示性を担保する制度インフラとして認証付与の意義が認められるのである。 Ⅳ おわりに 本稿では、市民を起点とした地方創生を横軸に社会的事業体の相互補完的な連携を促し、ハイブリッド型の非営利株式会社の社会性をも担保する制度インフラとして、「地域社会益法人」認証の活用可能性を考察した。そこでの認証付与は自治体の条例に基づき、税制優遇等とリンクした制度提供者側の論理からではなく、社会的事業体のブランディングによる情報の非対称性緩和(社会的認知向上)を通じて、認証を得た「地域社会益法人」の資金調達円滑化等に貢献していく視点からの立論であった。コミュニティ内の人的・組織的資源や自然資本、社会関係資本を活用し住民の暮らし易さ(well-being)を引き上げるうえで、非営利株式会社を含む社会的事業体それぞれが水平的なパートナーシップ関係を構築する必要があり、その際、「地域社会益法人」は、地域の課題解決に向けたコレクティブ・インパクトを促す核となることが期待される。 [注] 1)地域社会を構成する人々にとっての経済的利得にとどまらず、well-being(利害関係者が生活の変化を通じて経験する社会的価値)の改善度合いまで射程に入れた概念である。その定量化は困難を伴うが、近年では「社会的インパクト評価」を通じて社会的価値を見える化する動きが、英米を中心に広がりをみせている。 2)社会的企業という用語は論者によって多義的に用いられているが(藤井[2013]2頁)、本稿では法人格の差異は問わず、ビジネスの手法を活用した社会的価値と財務的価値の混合リターン追求を組織目的とし、非営利ないし少なくとも一定の分配制約の下で社会的インパクトを優先する事業体と位置付けている。したがって、分配制約を伴う非営利株式会社も含む一方で、純然たる営利企業のCSRないしCSV活動は社会的企業活動からは除かれる(図1)。 3)後述するように米国では民間団体であるB-Labによる社会性の認証の仕組みが法制導入に先立って行われたが、わが国において民間の非営利組織の事業活動を積極的に認知・評価するような土壌が必ずしも十分に醸成されていないとすれば、まずは行政が公正性への信認を背景に先鞭をつける意義は大きいと考えられる。そのうえで制度の定着状況を見極めつつ、官(自治体)による認証の判断が民間の多様で柔軟な活動を制限してしまうことのないよう、民間有識者による合議制機関など官に代わって判断する仕組みを取り入れていく方向性も望まれよう。 4)こうした理念を特定分野(医療)で推し進めた画期的な制度創設として、2017年度からスタートした「地域医療連携推進法人制度」が大いに注目される。そこでは、地域内の複数医療機関やその他の非営利法人が連携し、ホールディング・カンパニーである「地域医療連携推進法人」の下で一体的な運営を行うことにより地域医療・包括ケアの充実を推進するとともに、地方創生にもつなげ得る。本稿で論じている「地域社会益法人」認証は、こうした制度枠組みに比べればよりソフトな事実上の連携を模索したものであるが、自治体関与の下に複数の地域社会益法人間で統一的な連携推進方針を共有しつつ、情報の共通・一元化や役割分担を図るとともに、中長期的視点からの共同研修や人材キャリアパスの構築等にもつなげていくことが望まれる。 5)https://www.gov.uk/government/collections/community-interest-companies-case-studies 6)実際、「PLUS SOCIAL」(龍谷ソーラーパークの事業運営)、「非営利株式会社ビッグ・エス インターナショナル」(日独の交流)、「非営利型株式会社Polaris」(地域の中で多様な働き方を実現するための仕組みづくり)、「非営利株式会社PTA」(PTA・自治会・商店街・学生団体・地域活性化のサポート)、「非営利株式会社じょんから」(黒石で観光案内・お土産品販売等)、「プラットフォームサービス株式会社」(千代田区まちづくり)、「よりよく生きるプロジェクト」(障害者福祉)、「ユニコの森」(医療)などの設立例がみられる。 7)各種研究会・学会等でのNPO法人従事者等との意見交換のほか、地方自治体へのフィールド調査等を通じて、社会的信任の獲得に優先順位の高いニーズが窺えた。 [参考文献] 内田千秋[2009]「会社法としての一般社団(財団)法人法」藤岡康宏編著『民法理論と企業法制』日本評論社、59-79頁。 経済産業省[2016a]「地域を支えるサービス事業主体のあり方について」(地域を支えるサービス事業主体のあり方に関する研究会報告書)。 経済産業省[2016b]「地域を支えるサービス事業主体のあり方に関する研究会報告書について」(地域の課題解決のための地域運営組織に関する有識者会議第3回参考資料2)。 G8社会的インパクト投資タスクフォース・国内諮問委員会[2015]「社会的インパクト投資の拡大に向けた提言書」。 白石喜春[2015]「統計からみたチャリティの動向」公益法人協会編『英国チャリティ―その変容と日本への示唆』弘文堂、137-156頁。 高橋真弓[2016a]「営利法人形態による社会的企業の法的課題⑴―英米におけるハイブリッド型法人の検討と日本法への示唆」、『一橋法学』第15巻第2号、237-288頁。 高橋真弓[2016b]「営利法人形態による社会的企業の法的課題⑵―英米におけるハイブリッド型法人の検討と日本法への示唆」、『一橋法学』第15巻第3号、19-73頁。 塚本一郎[2007]「福祉国家再編と労働党政権のパートナーシップ政策―多元主義と制度化のジレンマ」塚本一郎・柳澤敏勝・山岸秀雄編著『イギリス非営利セクターの挑戦―NPO・政府の戦略的パートナーシップ』ミネルヴァ書房、1-23頁。 出口正之[2015]「制度統合の可能性と問題―ガラパゴス化とグローバル化」岡本仁宏編著『市民社会セクターの可能性―110年ぶりの大改革の成果と課題』関西学院大学出版会、157-183頁。 富沢賢治[2008]「市場統合と社会統合―社会的経済論を中心に」中川雄一郎・柳沢敏勝・内山哲朗編著『非営利・協同システムの展開』日本経済評論社、42-63頁。 中川雄一郎[2005]『社会的企業とコミュニティの再生―イギリスでの試みに学ぶ』大月書店。 中島智人[2015]「社会的企業とチャリティ」公益法人協会編『英国チャリティ―その変容と日本への示唆』弘文堂、204-218頁。 藤井敦史[2013]「ハイブリッド組織としての社会的企業」藤井敦史・原田晃樹・大高研道編著『闘う社会的企業―コミュニティ・エンパワーメントの担い手』勁草書房、1-19頁。 Dasgupta, Partha [2001] Human Well-Being and the Natural Environment, Oxford University Press. (植田和弘訳[2007]『サステナビリティの経済学―人間の福祉と自然環境』岩波書店)。 European Commission[2015]A Map of Social Enterprises and Their Eco-systems in Europe. EVPA [2015] A Practical Guide to Venture Philanthropy and Social Impact Investment. Kania, John and Mark Kramer[2011]Collective Impact, Stanford Social Innovation Review, Winter, pp.35-41. Nicholls, Alex, and Jed Emerson [2015] “Social Finance : Capitalizing Social Impact,” Nicholls, Alex, Rob Paton, and Jed Emerson (eds.), Social Finance, Oxford University Press, pp.1-41. Porter, Michael and Mark Kramer [2011], Creating Shared Value, Harvard Business Review, January-February, pp.62-77. (編集部訳[2012]「共通価値の戦略」『DIAMONDハーバード・ビジネスレビュー』6月号、8-31頁)。 (付記) 本稿はJSPS科研費(基盤C、課題番号16K03996)の助成を受けた研究成果の一部である。 論稿提出:平成29年 9 月12日 加筆修正:平成30年 3 月15日

  • ≪査読付論文≫セクター中立会計の課題と可能性 ―ニュージーランドの非営利組織会計の変遷に着目して― / 金子良太(國學院大學教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 國學院大學教授 金子良太 キーワード: プライベートセクター パブリックセクター IFRS IPSAS XRB 要 旨: 本稿では、企業・政府・非営利組織が単一の会計基準を用いるセクター中立に着目する。NZでは2014年までセクター中立であったが、以降は企業と政府・非営利組織とで異なる会計基準を用いている。このことは、企業会計化が進む非営利組織会計の方向性の転換ではないかというのが、問題意識である。本稿では、セクター中立の意義と利害関係者の反応をIFRS導入前後で大別して考察した。特にIFRS導入後において、研究者だけでなく実務家からもセクター中立の批判が高まり、実態として機能していなかったことを示した。政府や非営利組織の会計基準設定へのかかわりや、これらに特有の事項への会計上の手当てが重要である。もっとも、新制度においてもセクターを超えた会計の整合性は維持され、大きな方向性の転換とは言えないというのが本稿の結論である。我が国でも会計基準設定方法や非営利組織特有の項目の検討の必要があるが、政府・非営利組織・企業の会計基準のより整合性な設定は引き続き推進されるべきである。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 問題意識とセクター中立の意義 Ⅲ NZにおけるセクター中立の展開 Ⅳ セクター中立に対する疑念と新たな会計基準 Ⅴ NZの政策転換の解釈と我が国への示唆 Abstract I discuss sector-neutral accounting where public and private sector share the common single set of accounting standards. In NZ, they give up maintaining sector neutrality. I compare the sector neutrality before and after NZ adopted IFRS. IFRS adoption seems to bring to an end sector neutrality. But the new accounting standards framework has not required significant change for the not-for-profit entities. We should focus on standard setting process and accounting for unique transaction. We should maintain the thought that private and public sector share the common procedure and terminology as much as possible. The findings may be useful to Japanese standard setters and researchers. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 本稿の問題意識は、ニュージーランド(以下、「NZ」とする。)においてセクター中立(sector-neutral) が転換された理由と過程を検討し、これまでの議論をレビューし、我が国の非営利会計基準設定への示唆を示すことにある。非営利組織会計の企業会計化が進む中、非営利組織と企業とで同一の会計基準を用いていたNZが、非営利組織には企業と異なる会計基準を設定するに至ったことは、非営利組織会計のコンセプトの大きな転換となるのではないかというのが、本稿の問題意識である。 本稿は、セクター中立の是非を判断するものではなく、その意義を明確にすることを目的とする。 セクター中立とは、プライベートセクター(企業・非営利組織)、パブリックセクターを問わず単一の会計基準(single set of standards)を用いることである。「セクター中立」という用語に言及した先行研究は、我が国では川村[2010]、石坂[2017]があるものの数少ない。セクター中立を導入しながら方針を転換したのは、諸外国の中でもNZが最初であり、検討に値するものと考える。 本稿は、次の通り構成される。第Ⅱ章では、セクター中立の意義を示し、それが採用された経緯を述べる。第Ⅲ章では、IFRS採用前と採用後のセクター中立の相違点を明らかにする。第Ⅳ章では、NZの会計基準設定機関であるXRB(External Reporting Board)等の文書をもとに、セクター中立の転換の過程と理由を明らかにする。第Ⅴ章では、それまでの考察を敷衍し、我が国への示唆を示す。 誌面の都合上、本稿では特にセクター中立に対する疑義が生じそれを転換する点を中心に検討したい。 Ⅱ 問題意識とセクター中立の意義 1 問題意識 かつて、政府や非営利組織の会計は複式簿記の採用を前提としておらず、収支計算を重要視していた。このため、複式簿記・発生主義会計を前提とする企業会計とは考え方においても、またその手法においても大きな相違があった。1980年代から、各国で政府・非営利組織会計に企業会計的な手法が取り入れられた。たとえば米国では、1993年に公表されたFASBの基準書第116号より非営利組織の財務諸表の発生主義、複式簿記に基づく作成や開示が基準化された。多くの国で、企業会計と政府・非営利組織会計の手法の統合が生じた。 Anthony[1989]等において、企業会計と非営利組織会計の異質性よりも同質性がより主張されるようになってきた。同一の取引に対して同様の会計処理・開示を求める、取引中立(transaction-neutral)の考えを具現化したものが、セクター中立になる。 我が国の非営利組織では、企業会計と整合的な会計基準の設定が利用者の理解可能性や組織間の比較可能性を向上させ、いたずらに異なる基準を設定することが望ましくないことについては概ね同意が得られていよう。しかし、企業と非営利組織とで完全に共通な会計基準を設定することは想定されていない。JICPA[2013] では、非営利組織間の共通的な会計枠組みを指向しているが、企業や政府と共通の会計基準は検討していない。また、政府・政府系組織と民間非営利組織の会計を共通化することは、検討されていない。 これに対しNZでは、単一の会計基準があらゆる組織に適用されていた。しかし、NZではこの方針を転換し、企業と政府・非営利組織とで異なる基準を適用することになった。NZでは政府・非営利組織会計で大きな変化を20年ほどの間に経験している。本稿ではまず、セクター中立のメリットとデメリットについて議論を敷衍したい。 2 セクター中立のメリットとデメリット ここでは、セクター中立のメリットとデメリットとして考えられることを示す。セクター中立の利点として、Newberry[2001]等により、財務諸表利用者の理解可能性の向上が挙げられている。財務諸表利用者にとっては、単一の会計基準により財務情報の理解が促進される。また、異なるセクター間の比較可能性の向上も挙げられる。例えば、民間非営利病院と公立病院、公立大学と私立大学といった場合には、同一の会計基準であれば比較可能性が向上しよう。 基準設定のコストも重要である。基準設定には多くの専門的知見や労力が必要であり、単一の基準によりコストを低減させ、基準の品質を向上させることが可能となると考えられる。また、異なる会計処理や開示が規定されるという基準間での不整合がなくなる。 財務諸表作成者の立場から見ても、会計基準の理解可能性が高まること、会計ソフト等が共通となることによりコスト低減が期待できる。会計専門家の知見が、セクターを越えて移動可能となる。また、会計基準の施行時期にずれが生じることもないので、新基準へ対応するためのソフトの導入や各種の研修にかかるコストも軽減される。また、公的組織が民間企業の株式を保有し連結財務諸表を作成する場合は、同様の会計基準を用いることで、財務諸表の作成コスト低減が期待される。例えば我が国の省庁別財務書類では独立行政法人や民間企業を連結するが、それぞれ異なる会計基準を用いている。このため、連結に当たって会計処理を一部修正する必要が生じる(財務省「省庁別財務書類の作成基準」第9章3.⑶)。 企業の運営手法を政府に導入するNPM (New Public Management) の考えが1990年代から盛んになると、政府部門に企業会計的な手法を導入することは自然なこととなった。Barton[2005] によれば、NZやオーストラリアにおける発生主義会計の導入は、政府部門の運営の改革にともなって開始された。そして、両国が先駆けてセクター中立を取り入れた。 次に、デメリットについて述べる。単一の会計基準を設定しようとしても、企業・政府・非営利組織の利害が一致しないと調整にコストと時間がかかる。例えばNZのセクター中立の有形固定資産に関する会計基準では、3回公開草案が出されるにいたった。これは、非現金生成資産を規定するにあたって多くの意見が出たことも一因である。もっとも、Bradbury and Baskerville[2007]は、このような慎重な審議が会計基準の有用性や信頼性を高める要因となったと結論付けている。 また、利害の調整の結果できた会計基準は、結果として各セクターの特徴を十分に反映できない可能性がある。利益獲得を目的としない組織では、財務諸表の構成要素の定義も企業とは異なる可能性がある。また、資産といっても企業ではその経済的便益に着目するのに対して、政府・非営利組織では経済的便益に限定されずサービス提供能力も含む。共通の資産の定義を用いることは、財務諸表の信頼性や理解可能性に悪影響を及ぼす可能性がある。 以上、メリットとデメリットを見てきた。セクター中立は概念的には基準設定コストや財務諸表の作成コストを下げ利用者の財務諸表の理解を促進しうるものの、それぞれのセクターのニーズが異なること等から多くの問題が生じる可能性もある。次に、NZのセクター中立からそれを断念するに至るまで、どのような課題が生じたのかを詳しく見ていきたい。 Ⅲ NZにおけるセクター中立の展開 1 NZの政府・非営利組織会計の変遷と現在の会計制度の概要 NZの会計基準制定に関する先行研究としては、石坂[2017]が挙げられるが、ここではセクター中立直前から現在に至るまでの流れを簡略化して示す。政府・非営利組織の財務報告はセクター中立を導入以来の20年で大きく変化しており、その概略を図示すると次のとおりである。 図表1 セクター中立成立以来のNZの会計の変遷 その経過については、以下に順を追って述べるが、2018年現在のNZの会計の大枠を示せば以下のとおりである。なお、詳細には組織の規模は4段階に区分されるが、本稿はセクター中立の検討を行うものであることから、簡略化して示す。 図表2 現在のNZの会計制度の概要 (出典) XRB[2015]をもとに筆者作成 以下では、セクター中立以前から現在に至るまでのNZの会計の変遷を、時系列でより詳細に検討する。 2 セクター中立以前のNZの政府・非営利組織の会計 1980年頃までは、政府では、他国同様資金収支に焦点を当てた会計を採用しており、多くの民間非営利組織も同様であった。政府や民間非営利組織に、企業会計の基準は適用されておらず、会計実務は多様であった。1980年代に入って、NZの会計基準設定機関の中にパブリックセクターの会計に関する小委員会が設けられ、検討がはじめられた。1984年に、パブリックセクター会計基準PSAS (Public Sector Accounting Standard)第1号「サービス企業の一般会計原則」が公表され、広く意見募集が行われた。その後も会計基準開発が続けられ、1980年代終わりには多くの基準を有するに至った。会計基準は企業会計基準を参考に作成されたが、それとは別個に設定されていた。 NZの財政危機や政権交代等をきっかけに1989年に成立したPublic Finance Act (公的財政法)は、政府と政府系機関で発生主義会計を導入することを求めた。発生主義会計は、単に外部報告目的の会計制度の変化にとどまらず、政府の運営・管理方法の変更も含めたより広範な財政管理システムの一部分として位置づけられた。 3 NZ国内基準によるセクター中立 NZにセクター中立会計が採用されたのは、1993年に入ってからである。当時の会計基準設定機関であるFRSB(Financial Reporting Standards Board;財務報告基準審議会)は、NZのすべての主体に適用される単一の会計基準を設定した。同一の取引には同一の会計処理を行い、会計基準を共有することは問題ないと考えられた。企業会計の制度変更も含めた新たな法律である1993年のThe Financial Reporting Act(財務報告法)により、現在のXRBの前身であるASRB (Accounting Standards Review Board;会計基準委員会) が設立された。ASRBは、FRSBが設定した会計基準を精査し、適用を承認する役割を果たした。会計基準の設定と適用を承認する機関は分離されており、双方の協力が不可欠であった。会計基準は、FRS(Financial Reporting Standards ;財務会計基準)と称された。これが、セクター中立の会計基準として知られるようになった。当時、会計基準はNZ国内でのみで適用され、IPSAS(国際公会計基準)のようなパブリックセクターに適用される国際的な会計基準もなかった。そして、会計基準設定には、企業・政府・民間非営利組織が参加した。NZの会計基準は、これらの異なるセクターの様々な利用者ニーズを考慮し、用いられる用語も、様々な特性を考慮して決定されていた。 Brady[2009]に述べられているように、当時は企業会計を政府や非営利組織に適用するのではなく、すべてに適用できる会計基準を開発することに主眼が置かれていた(2.16)。たとえば、「経済的便益」に関連して、この用語は正のキャッシュインフローをもたらす資産に用いられ、営利を目的としない組織には適切でないため「サービスポテンシャル(用益潜在性)」という用語が用いられた(2.6)。「サービスポテンシャル」は、組織目的に従って財やサービスを提供する能力を含み、「経済的便益」のみに限定されない。 もっとも、Bradbury and Baskerville[2007] によれば、会計基準の公開草案は民間主導で政府や非営利組織からの意見は限定的であった。また、Ellwood and Newberry[2007]は、同じ用語に政府、非営利組織と企業とでは異なる解釈がなされていたと指摘している。 4 IFRS適用後のセクター中立をめぐる動き 1997年には、NZの会計基準はAASB(Australian Accounting Standards Board;オーストラリア会計基準審議会) または当時のIASC(International Accounting Standards Board;国際会計基準委員会)により公表された基準を基礎とすることとなった。NZとオーストラリアとの関係は重要で、会計に限らず1990年代から両国の規制の差異をなくす取り組みがなされた。例えば、会計専門家である勅許会計士制度も両国で共通となっている。2000年代に入ると、より国際的な基準の導入が求められた。 2002年には、オーストラリアで2005年からの国際会計基準(IFRS)の適用が勧告された。NZでも、上場企業に2007年からIFRSの適用が義務付けられた。その結果従来のNZ国内基準は効力を有しなくなり、政府や非営利組織も2007年よりNZ版IFRSを適用することとなった。NZ版IFRSはNZの法律等に基づき修正がなされているが、IFRSとほぼ同様の基準となっている。 以上より、NZにおけるセクター中立会計は二段階に大別される。第一段階では、NZ国内の企業と政府・非営利組織のニーズを踏まえてNZ国内の会計基準設定主体により作成された会計基準を適用した。第二段階では、IASB(後のIASC) により作成されたIFRSに基づく会計基準をNZのすべての部門に適用した。セクター中立であっても、適用される会計基準が大きく異なることに留意する必要があろう。 Ⅳ セクター中立に対する疑念と新たな会計基準 1 セクター中立に対する利害関係者の疑念の広がりとその後の動き IFRSは資本市場で資金調達を行う営利企業が前提とされ、政府や非営利組織への適用を意図していない。しかし、ASRBはNZ版IFRSを、セクターを問わずすべての組織に適用することを決定した。セクター中立の状況に対して疑念が大きくなったのは、NZ版IFRS採用後である。XRB[2012]によれば、特に資本市場にアクセスしない組織から大きな懸念が寄せられた(par.69)。国内基準と異なり、IFRSではNZの政府や非営利組織の利用者ニーズや特有の財務報告の目的は考慮されない。また、IFRSは認識や測定のより詳細な規定を有し、財務諸表作成にコストのかかる方法を採用している。そこで、NZの政府や非営利組織にIFRSを適用することにより生じるコストや、そもそもIFRSを適用することが適切かをめぐって大きな議論が生じた。 さらには、XRB[2012]によれば、IFRSに大幅な修正加筆を行った場合、それはIFRSとして認められない懸念もあり、FRSBはIFRSに大幅な修正を行うことに及び腰になっていた。FRSBには政府や非営利組織を代表する委員が3人しかおらず、多数は企業会計により関心の深いメンバーであった。 このような状況を受け、2008年よりASRBはセクター中立の問題点について検討し、無視できないほどの問題が生じていると結論付けた。2009年10月にASRBは、営利を目的としない組織の一般目的財務報告の新たなフレームワークの提案を明らかにした。 ASRB[2009]は、国際的にセクター中立が採用されておらず、NZ独自の会計基準を設定するコストがベネフィットに見合わないという仮定の下で、2つの選択肢を挙げている。第一は、これまで通りNZ版IFRSを単一の会計基準として使用し続ける。そのうえで、すべてのセクターの利用者のニーズに合致するよう、一部修正や補足を行う。第二は、特定のセクターに適合する、別々の会計基準を採用する。具体的には、民間企業にはIFRSを適用し、パブリックセクターではIPSASを適用し、IPSASを民間非営利組織の基礎とする。 2010年にASRBは、セクター中立を維持するか否かについて寄せられた意見を検討した。その結果、単一の会計基準では利用者のニーズに対応できないと結論付けた。2011年11月には、ASRBがXRBに改組され、単一の会計基準を用いる方針を断念したうえで、具体的な基準につき検討することとなった。 NZの会計検査院長官も、NZ版IFRS採用後の政府や非営利組織の会計に対し大きな懸念を示した。その後も懸念が解消されなかったため、会計検査院からASRBに派遣していた委員を引き揚げている。NZの経済開発省(MED)[2009]とASRB[2009]も、財務会計規定の修正に関する討議書を公表した。 なお、実態に着目すれば、Bradbury and van Zijl[2007]は、NZ版IFRS適用後においてセクター中立は機能していなかったと指摘している。これは、政府や非営利組織の多くがこれに従わず、NZ版IFRSでは政府や非営利組織に特有の課題に関する言及や用語の修正がなされていたことが根拠となっている。具体的には、非資金生成資産・無償で取得した固定資産・政府補助金といった項目について言及や修正が加えられていた。 民間非営利組織でNZ版IFRSを適用するには難しい点もあり、運用に当たってはNZICA(NZの勅許会計士協会)のワーキンググループが2007年に公表した「非営利組織の財務報告ガイド (Not-for-Profit Financial Reporting Guide)」が利用されていた。さらに、中小規模の非営利組織において会計基準は順守されていなかった。多くの非営利組織は監査を受けず、会計基準適用に際しての強制力は十分ではなかった。Bradbury and van Zijl[2007]は、中小規模組織ではセクター中立を導入する以前の会計基準がよく用いられていたと指摘する。 IFRS導入前は、NZの多様な利害関係者を考慮して会計基準を設定することができた。しかし、IFRSは政府や非営利組織を対象としていない。それらに特有の事情を考慮せず、意見反映も難しい会計基準を適用し続けることは困難であったといえよう。 2 会計理論から見たセクター中立に対する懸念 先行論文においては、セクター中立の会計基準に対する肯定意見は見当たらず、懸念が多く述べられている。そこで、その内容を示していきたい。 Robb and Newberry[2007]は、政府における分権に着目して、次の2点からセクター中立を批判する。第一は、企業会計の導入は民主主義による統制という基本的な憲法理念を破壊する。政府では、国により違いはあるものの、司法・議会・行政がそれぞれ権力を有し独立している。企業会計は中央集権的な制度を前提とし、権力の分散がない。企業会計と同様の制度を導入することは、これらの違いを無視し、現行の民主主義制度に対する挑戦であるとする。第二は、連結会計は、権力の分散という制度上の要請をくつがえすものである。政府においては経済的便益のみを目的としない多様な関係が構築されている。このため、企業会計の支配概念をそのまま適用すると不都合が生じる。企業会計における連結会計は、親会社が子会社を連結することにより作成される。政府では各部門の自立性が法律で保障されているケースがあり、財政当局がすべての部門を連結するというのは、権力の分散という事実を無視することとなってしまう。 Sinclair and Bolt[2013]は、非営利組織で頻繁に行われる固定資産の寄付やファンド会計等につき明確な指針がない点を特に問題視している。Barton[2005]では、資産の定義の違いに着目し、これらの差異は無視できないほど大きいとしている。特に政府や非営利組織では「商業資産」と「社会・環境資産」があり、前者は企業会計とほぼ同様であるが、後者は現在および将来世代の利益のために保持され売却されることがない資産としてその重要性を強調している。会計の基礎たる資産概念に違いがあるにもかかわらず両者を単一の会計基準で扱うことにより、政府・非営利部門の会計の有用性は失われてしまうとする。 Brady[2009]では財務諸表の用語、パブリックセクターの統合においてパーチェス法を用いること、パブリックセクターの範囲について明確な指針がないことを問題点として指摘している。また、税、コンセッション、非交換取引(政府による補助金や各種保証など)といった特有の取引に対する言及がないことも懸念している。Bradbury and van Zijl[2007]では、IFRS適用前にあった多くの指針が、IFRS採用後消滅したことが指摘されている。 3 政府・非営利組織の会計基準に求められる条件 このような懸念に対応して、政府・非営利組織会計が備えるべき条件とはどのようなものだろうか。XRB[2012]では、セクター中立の会計基準を採用するにあたって確保すべき条件として、以下を挙げている(2.17)。 ⑴ 「経済的便益」だけでなく、「サービスポテンシャル」といったセクターを問わない用語を用いること。 ⑵ 異なるセクターの様々な状況を反映する例を示すこと。 ⑶ IFRSが言及しない政府や非営利組織に対する規定を追加すること。 ⑷ 社会保障債務といった、パブリックセクター特有の基準を開発すること。 ⑸ NZ特有の事項に関する会計基準を維持すること。 Brady[2009]は、前述の懸念に対応して、政府・非営利組織会計の方向性として4つの選択肢を示している。 ⑴ IFRSを基礎に、政府や非営利組織に適合するように修正する。   企業会計の知識が援用できる一方で、状況に合わせて修正するコストは大きくなる。IFRSは大規模企業を前提としているので、これに中小規模の組織や政府・非営利組織に合わせた修正をした場合、修正は膨大になる。また、IFRSは常に変化していくので、これに対応する修正を続けていく必要があり、作業は膨大なものとなる。 ⑵ IPSASを適用する。   パブリックセクターを対象とする会計基準なので、政府に特有の事象に対応しやすいが、民間非営利組織へ適用する際には不適合な用語等がある。また、国際機関により設定される会計基準であり、NZ特有の事情を考慮していない。 ⑶ IPSASをNZの状況に合わせて加筆修正する。   NZの状況に適合した、また、政府と民間非営利組織双方を考慮した高品質の会計基準を設定できる一方で、IPSASの修正に伴うコストが生じる。 ⑷ NZ独自の政府・非営利組織の会計基準を設定する。 NZの状況を最も考慮した会計基準が設定できる可能性があるが、基準設定コストが4つの選択肢で最も大きくなる。会計基準が国際的に信任を得られるかどうかは、未知数である。企業会計と大きくかい離する可能性もあり、専門的知識の転用が難しくなる。 NZでは⑶を採用し、IPSASを基礎として政府・非営利組織会計が適用されることとなった。IPSASが適切であると判断した理由の1つは、財務諸表利用者の想定である。IPSAS第1号では、財務諸表利用者として、サービス利用者等にも言及し(par.3)、IFRSが想定する財務諸表利用者とは異なる企業会計よりも幅広い利用者を想定している。政府系組織は、サービスを提供するために資源を調達する。それゆえ、経営者や資源の提供者だけではなくサービス利用者にも焦点を当てている。IFRSが将来の経済的便益に着目するのに加えて、IPSASはサービスポテンシャルにも着目している(par.11)。 IPSASは従来会計基準が整備されていない点もあったが、現在では概念フレームワークも承認され、大きく進展した。このことから、従来よりもIPSAS適用の条件が整ってきたといえよう。そして、政府・非営利組織双方がIFRSの適用を断念するという大きな政策転換が行われたのである。 もっとも、パブリックセクターへの適用を前提としたIPSASを民間非営利組織に適用することには問題がある。そこで、民間非営利組織ではIPSASを一部修正して適用することとなった。もっとも、IPSASの適用には異論があり、Sinclair and Bolt[2013]は、XRBは反対意見を十分に議論しておらず、報告書の記述も不十分であると批判する。 Ⅴ NZの政策転換の解釈と我が国への示唆 本稿では、NZの事例をもとに、セクター中立の意義を考察した。次にセクター中立をIFRS導入前後で大別して、利害関係者や研究者の反応を調査した。 NZ国内基準適用時には、(反対意見はあったものの)セクター中立が維持され、その後IFRSを基礎としたセクター中立へと移行した。IFRSは民間企業への適用を前提とし、NZ特有の事情や政府・非営利組織会計の特徴は考慮されない。政府や非営利組織へのIFRS適用の疑念が広がる中で、会計基準の内容だけでなく基準設定プロセスの問題点も明らかになった。機能する会計基準を設定するには、非営利組織の基準設定への参加や会計基準への意見反映が不可欠になる。非営利組織のニーズを反映しないIFRSでは、政府・非営利組織としては別の会計基準を設定せざるを得ない。IFRSの全面適用が、NZの政府や非営利組織会計が企業会計とは異なる道を歩むようになった政策転換の主要因と理解できる。 もっとも、このことが政府・非営利組織会計にもたらす影響は、限定的である可能性が高い。IFRSに代わって適用されるIPSASは、特定の事項を除いてIFRSと同一の会計処理や用語を用いる。NZでは今後も企業会計と一定の整合性を維持しながら、政府・非営利組織に特有の事項について手当てしていくこととなろう。 非営利組織の会計について、企業会計を取り入れるのか、それとも非営利組織独自の会計基準を設定するのか、我が国ではたびたび議論になる。NZの経験から言えることは、それらは決して二者択一ではなく、企業会計と協調しながらも政府・非営利組織独自の項目については適切な対応を行っていくことの必要性である。そこでは、企業会計とは異なる項目がどのような点かについての、認識の共有が必要であろう。 基準設定にかけるコストも無視できない課題である。我が国はNZと比較すれば人口も経済規模も大きいものの、公益法人、社会福祉法人、学校法人等の非営利組織が個別に基準設定を行うことは、会計基準の整合性の問題だけではなく基準設定コストも無視できないだろう。 NZでは政府系組織と民間非営利組織の会計基準は、ともにIPSASを基本とすることで、一部で異なる点はあるものの整合性が確保されている。この意味で、パブリックセクターであるかプライベートセクターであるかは、会計にわずかな違いしかもたらさない。この点で、セクター中立政策は完全に転換されてとまでは言えず、セクターを問わない会計基準設定の枠組みは、一定程度維持されているのである。これに対して、我が国では国・地方公共団体と非営利組織とでは全く別個の会計基準が設定されている。もっとも、営利を目的としていないそれらの組織の会計には共通点も多い。非営利組織の統一的な会計にとどまらず、政府と非営利組織の会計基準の整合性も求められよう。 本稿はセクター中立に焦点を当てたため、NZの組織規模別の会計基準、非営利組織にIPSASを適用する意義や問題点について十分言及できなかった。また、諸外国に目を転じれば、オーストラリア等はセクター中立を維持している。これらの諸外国との比較も重要となろう。そして、NZの新たな会計制度についてより詳細に検討するには、実際の財務諸表が開示されて数年を経る必要があろう。今後、別稿にて検討したい。 [参考文献] 石坂信一郎「ニュージーランドにおける会計基準の適用区分の整理」『国際会計研究学会研究グループ 営利・非営利組織の財務報告モデルの研究 最終報告書』、2017年9月、223~248頁 川村義則「公会計の概念フレームワークの再検討 ―公的主体のフロー報告への示唆―」『会計検査研究』第41号、2010年3月、13~34頁 日本公認会計士協会(JICPA)『非営利組織の会計枠組み構築に向けて』、2013年6月 古市峰子 「国際会計士連盟による国際公会計基準(IPSAS)の策定プロジェクトについて」『金融研究』第22巻第1号、2003年3月、77~112頁 AASB(Australian Accounting Standards Board)[2006]Sector Neutral Accounting 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(付記) 本稿は、平成29年度國學院大學特別推進研究助成金及び科学研究費補助金基盤研究C課題番号16K04013による研究成果の一部である。 論稿提出:平成29年11月30日 加筆修正:平成30年 3 月21日

  • ≪査読付論文≫決定プロセスの構造化理論:京都市市民活動総合センターの設立プロセスを事例として / 吉田忠彦(近畿大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 近畿大学教授 吉田忠彦 キーワード: 市民活動支援センター 構造化理論 ゴミ箱モデル 社会学的制度理論 要 旨: 京都市市民活動総合センターは、最初の構想から12年を経て設立された。しかし、もともとの構想は市民の芸術活動や文化活動の支援を目的としたものであった。それが市長の交代、阪神淡路大震災とその後のボランティアブーム、NPOブーム、新市長の下での市民参加の重視など、いくつかのイベントや背景の変化によって、センターの名称やコンセプトを変化させた。またその変化は、センター計画に関わるアクターにも影響を与えた。このような計画とそれに関与するアクターの両者の相互作用と相互変化を説明するために、ゴミ箱モデルと構造化理論を検討する。そして構造化理論の応用モデルを提示する。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 京都市市民活動総合センターの概要 Ⅲ 京都市における市民活動支援センターの構想の流れ Ⅳ 考察―理論の検討と応用― Ⅴ おわりに Abstract The Support Center for Civic Activities in Kyoto was established, 12 years after conforming the initial concept. But it differed from the first concept that aimed at supporting art and cultural activities by the Kyoto City citizens. Names and concepts of the Center were changed several times, which were triggered by replacement of a mayor, a big earthquake, a NPO boom, a considering of civic participation etc. And also those changes affected actors who concerned planning of the center. I suggest some limits of the Garbage Can Model and the Structuration Theory through analysis of this case. I present a revised model of the Structuration Theory in conclusion. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 京都市市民活動総合センターは、この種の施設が全国的に普及していた時期に設立され、設置形式も市が設置しNPO支援組織に委託するといういわゆる公設民営方式を採っており、制度化の流れに乗ったものと見ることができる。しかし、設立に至るプロセスを詳細に観察すると、単なる模倣的同型化の結果として片付けられない多様な経緯と意図の交錯があった。 京都市では、阪神・淡路大震災の翌年に市長が交代したこともあり、市民活動支援センターの計画が急ピッチで進められた。しかし、市民活動センターのコンセプトは必ずしも固まったものがあったわけではなく、震災の前に提示されていた最初の構想は、その後に震災、市民参加、ボランティア、まちづくりといったいくつかの要因やそれに関わるアクターの活動によって何段階かの変遷を経ながら、また近接するセンターとの棲み分けの論理を模索しながら固められていった。 このセンターの設立プロセスについては、すでに別の機会に詳細な記述を行っているが1)、本稿においては、このセンターの名称やコンセプトがどのように修正されていったかを中心に再構成し、ゴミ箱モデルおよび構造化理論による分析の限界を指摘する。そして、その限界を克服するひとつの試みとして構造化理論の応用モデルを提示する。 Ⅱ 京都市市民活動総合センターの概要2) 京都市市民活動総合センターは、市民活動支援のための施設として2003年(平成15年)6月に京都市が設置したものである。このセンターは、小学校の跡地に建てられた地下2階地上5階建てのひと・まち交流館京都の2階フロアーの約半分の面積の650㎡の中に、大小の会議室、印刷室、ライブラリー、スモールオフィス、情報コーナー、ロッカー、メールボックス、自由スペースなどを備えた施設であり、誰もが自由に利用できる。来館者数は年間約10万人で、その他に電話での応対が年間で約3万件、講座やイベントも実施されている。 管理運営はオープン以来、特定非営利活動法人きょうとNPOセンターが担っている。初年度の予算は人件費も併せて8,100万円であった。平成28年度では5,940万円となっており、予算こそ徐々に少なくなってはいるものの、公設民営の市民活動支援施設としては日本で最大級のものである。 ひと・まち交流館京都は、まちづくりや福祉などの市民活動にかかわる諸施設が合築された複合施設であり、この市民活動総合センターに加えて、福祉ボランティアセンター、長寿すこやかセンター、そして景観・まちづくりセンターの合計4つの京都市のセンターが入るほか、京都市社会福祉協議会(社会福祉法人)、京都福祉サービス協会(社会福祉法人)、京都市老人福祉施設協会(一般社団法人)、京都市老人クラブ連合会(一般社団法人)、京都ボランティア協会(一般社団法人)などの福祉系の団体の事務所や、菊浜老人短期入所施設(京都市社会福祉協議会が管理運営)なども入っている。共用部分については京都市社会福祉協議会が管理団体となっている。 Ⅲ 京都市における市民活動支援センターの構想の流れ 1 後発となった市民活動支援センター計画 公設民営の市民活動支援センターのモデルといわれる仙台市市民活動サポートセンターが設立されたのが1999年であり3)、それから遅れること4年、京都市もまた公募によって地元のNPO支援組織から管理運営団体を選び、公設民営で支援センターを設置した。その間には主要な都市の多くで市民活動支援センターの設置が進められており、京都市のセンターも、会議室、印刷室、ライブラリー、スモールオフィス、情報コーナー、ロッカー、メールボックス、自由スペースなどを備え、他市の多くの支援センターと同様の仕様となっていた。 また、このセンターの仕様を検討する委員会では、仙台市市民活動サポートセンターの管理運営を担うせんだい・みやぎNPOセンターの理事のひとりが委員長を務めた。 このような経緯を見るかぎりでは、京都市市民活動総合センターは仙台市のセンターをモデルとして全国各地で急速に設置されていった公設民営の市民活動支援施設の普及の流れに乗った事例のひとつに見える。また、社会学的制度理論でいうところの模倣的同型化が京都市市民活動総合センターを生み出したという見方もできるかもしれない。しかし、後述するように、関係者への聞き取りや京都市の関係資料の分析から明らかになったことは、他市での市民活動支援施設の設置の流れがプレッシャーになって京都市での施設の計画が始まり、その仕様も同型化の圧力にしたがったというのではなく、その元となった構想は仙台市の施設が生まれる前からすでにあったということであり、さらにその構想が何度かの変質を経たこと、そしてその変質にはさまざまな要素が関係しているということであった。 2 最初の構想 最初の構想は、仙台市のセンターが設置されるよりも8年も前の1991年(平成3年)にすでに生まれていた。1989年(平成元年)に市長に就任した田邊朋之は、元は京都府医師会長も務めた医師であった。そうしたバックグランドもあって田邊は健康都市構想を打ち出した。その構想は懇談会によって1991年(平成3年)に「京都市健康都市構想(提言)」としてまとめられた(京都市[1992])。その構想においては5つの重点施策があげられ、その中のひとつである「創造を続ける暮らしづくり」のシンボル事業として市民創造活動センター創設の計画が明記された。これがそれから12年後に京都市市民活動総合センターとして実現する施設の最初の構想であった。 しかし、市民創造活動センターのコンセプトは、市民学芸員の登録制度などを盛り込んだ生涯学習やボランティア活動などを支援するセンターというものであり、市民の余暇活動や生涯学習としての芸術活動や文化活動の支援がイメージされていた。それは、後に全国に普及するようなボランティアやNPOの活動の支援を行う市民活動センターとはかなり趣の異なるものであった。文字通り、市民の創造活動の支援センターが構想されていたのである。 3 阪神・淡路大震災と市長交代 田邊市長による健康都市構想の下で構想された市民創造活動センター設立計画は、1993年(平成5年)にまとめられた新京都市基本計画「平成の京(みやこ)づくり」にも引継がれたが、具体的な実施計画がまだまとまらない中4)、1995年(平成7年)の1月に阪神・淡路大震災が起こった。この震災が日本の社会に与えた影響は大きく、京都市でも災害支援やボランティアが大きなテーマになっていった。 さらに、この頃に田邊市長が体調を崩し、1996年(平成8年)の1月には任期途中で市長を辞任することとなった。その翌月に桝本賴兼が新しい市長となり、新市政のアクションプランの中にボランティアセンターの整備があげられた(京都市[1996b])。ここで市民創造活動センターの構想は、市民の文化・レクリエーション活動の支援からボランティア支援へとその重点が移っていき、名称もいつの間にかボランティアセンターとなっていた。 新市政のアクションプランにおいては、高齢者を対象とする市民すこやかセンターとボランティアセンターの整備は、どちらもアクションプランの「ひとが元気」のカテゴリーの中にあることや、福祉分野であるということから、2つのセンターの一体的整備を前提とする基本構想策定が、京都市ボランティアセンター・京都市市民すこやかセンター(仮称)基本構想策定委員会に諮問され、1998年(平成10年)1月にその答申である「ボランティア活動推進のための基本方針」が出された(京都市[1998])。 4 ボランティアセンターの棲み分け 1995年の震災の直後に多くのボランティアが被災地に駆けつけたことで、政府はボランティア支援の法律を計画したが、市民活動団体側からボランティアを支援するよりもその受け皿となる団体の設立や法人化のための法の整備が必要であるという声があがり、NPO法へと方向が転換し、それは1998年(平成10年)に特定非営利活動促進法として実現した5)。 震災の前からすでにNPOについての関心は高まっていたとはいえ、その法制度が実現するまでに至ったのは、やはり震災の与えたインパクトの大きさによるものだった。震災の翌年には日本NPOセンターが設立され、仙台、横浜、鎌倉、大阪、神戸、広島などでもNPOの支援組織が設立されていった6)。また、都道府県では特定非営利活動法人の認証事務が行政の仕事に加わった。都道府県に限らず、自治体ではNPOをはじめとする市民活動の支援が必要であることが認識されていった。 京都市では1996年(平成8年)10月に設置され、1997年(平成9年)3月まで行われた市民活動推進懇談会の提言、元気な京都づくりアドバイザー会議の意見、ボランティア活動等市民活動推進調査報告などを踏まえ、基本方針とほぼ同じタイミングで「京都市ボランティア活動総合支援センター(仮称)の基本構想について」の答申が出された(京都市[1997d])。ボランティアを中心としながらも、「従来の領域ではとらえられない活動の支援」、「地域や各領域の活動をネットワークし、交流する仕組みづくり」など、市民活動全般にわたっての支援の方向性が示されたのである。そして、センターの仮称の中に「総合」という言葉が加わったのである。 それと同時に、従来型のボランティアについては福祉分野を中心とするものであるということ、これまで京都市社会福祉協議会がボランティア・コーディネートの中心的な役割を果たしてきたこと、またその京都市社会福祉協議会が自前でボランティアセンターを設立していたということがあり7)、独立した福祉分野のボランティアセンターの設立が計画されることになった。つまり、ボランティアセンターは、従来の福祉を中心とする福祉ボランティアセンターと、分野を限定しないボランティア総合支援センターとに分けられたのである。 図1 京都市市民活動総合センター設立までの流れ 5 行政改革と市民参加推進 市民活動支援センター設立のプロセスに影響を及ぼしたもうひとつの流れが、市行政内部の市民参加推進の動きである。 1996年(平成8年)2月に市長に就任した桝本は、就任後間もなく行政改革や市民参加を検討するためのプロジェクトチームを発足させた。市民参加検討プロジェクトチームと名づけられたこのチームには各部署の中堅、若手が20名ほど集い、 8ヶ月ほどの期間中に40回以上の会議や調査を実施した(京都市[1997c])。しかも、それらのほとんどがこれまでの会議のやり方とはまったく異なるワークショップ形式で行われた。チームをひっぱるメンバーの一部は、それまでに多くの観光客で賑わう嵐山の公衆トイレの改築にあたって、住民や有志の建築専門家などが参加するワークショップ形式でこの計画を進め、このやり方に手ごたえを得ていた8)。そしてプロジェクトチームの報告書では、ワークショップを手法とした市民参加による公共施設づくりが提言され、その具体的モデル事業の1つとしてボランティアセンターの整備計画があげられた。また、そのコアメンバーは景観・まちづくりセンターの計画にも関わり、その中にワークショップルームを設置することを盛り込んだ。 このプロジェクトチームが終了すると新たに市民参加推進プロジェクトチームがスタートし、4つのテーマに分かれて活動が行われた。その1つが市民活動支援センター整備となった。そして4つのテーマの内この市民活動支援センター整備計画と共同学習提案事業は、プロジェクトチームと同じ総合企画局の中に新たに正式な室として設けられたパートナーシップ推進室によって実現に向けての具体的作業を進められることになった。以後このパートナーシップ推進室が、市民活動総合センターの設立とその後を担当することになった(京都市[2000])。 要するに、ボランティアセンターやその後の市民活動支援センターの整備計画は、行政改革の1つの方法としての市民参加方式による実践の場でもあったのである。 6 場所をめぐる流れ 2003年に菊浜小学校跡地に新しく建設された、ひと・まち交流館京都に4つのセンターをはじめとしてまちづくりや福祉に関わるさまざまな施設や団体が収まることになったが、最初からその計画があったわけではない。各施設をめぐる状況やそれに関わる庁内部署、委員会、団体などのそれぞれの事情や対応があってのことであった。 そもそも菊浜小学校をはじめとする京都市内の小学校の統廃合計画がまずあって、それに伴って跡地の利用方法を検討する審議会が、4つのセンターの計画よりも先に立ち上がっていたのである。京都市都心部小学校跡地活用審議会が設置されたのは1993年(平成5年)で、その前の年には菊浜小学校は廃校となっており、その跡地をどうするかは廃校が検討され始めた時点ですでに課題となっていたわけである。小学校跡地活用審議会はその後も継続されるが、この期では菊浜小学校を含む合計6つの小学校跡地の利用方法が検討された(京都市[1994])。 一方では、京都市社会福祉協議会も公設のボランティアセンターの必要性を訴えると同時に、自らの新しいオフィスの場所を模索していた。1978年に設立されていた中央老人福祉センターも施設の老朽化が進んでおり、改築するか新しい場所に移転するかが検討されていた。さらに、1997年(平成9年)に京都市が全額出捐して設立された財団法人である京都市景観・まちづくりセンターも、その施設予定地の計画が変更され、新たな場所を模索していた(京都市[1997b])。 最終的に、廃校となった6つの小学校の跡地は、基本的には既存の建物を活かす形で改修し、新たな利用の道が模索され、幼稚園、幼児教育センター、芸術センター、学校歴史博物館、高齢者総合福祉施設などとして利用されることになった。その中で菊浜小学校跡地だけはそこに新たな建物を建て、福祉やまちづくり関係がまとめられることになったのである。 7 センターの仕様をめぐる調整 福祉ボランティアセンターとボランティア総合支援センターとに区分けされた後、1998年(平成10年)1月に出された基本構想策定委員会の「京都市ボランティア活動総合支援センター(仮称)の基本構想について(答申)」では、さらに後者については総合支援センターあるいは市民活動センターという名称が提言された(京都市[1998])。 その後は、新たに設けられたパートナーシップ推進室がその具体的計画策定を担当することになり、1999年(平成11年)9月に市民参加推進懇話会が設置され、2001年(平成11年)3月には「市民参加の推進に関する提言」が出された。それを受けて計画が作られ、2003年(平成15年)8月には市民参加推進条例が施行された。また、センターの仕様を固めるために、2001年(平成13年)7月に市民活動推進協議会が設置された(京都市[2001b])。 市民活動推進協議会はその年の12月に「市民活動支援センター(仮称)の管理運営方針について」をまとめ、さらに平成15年3月に「京都市市民活動総合センターの管理運営体制等について」をとりまとめた。それは平成15年6月の京都市市民活動総合センター開館のわずか3ヵ月前であった。これらの検討はぎりぎりまで行われたのである。 公設民営の市民活動支援センターのモデルとなった仙台市のせんだい・みやぎNPOセンターの理事が、偶然に京都市内の大学に赴任してきたのでこの協議会の座長を務めることになった。また、この協議会によって公募の上で管理委託を受けることになったきょうとNPOセンターのリーダーも、仙台市のセンターをすでに視察していた9)。しかし、仙台市のセンターが安易に模倣されたわけではなかった。「管理運営方針」をまとめるために5回のプレワーキング、5回のワーキング、1回のワークショップ、3回の協議会が行われ、さらにその後にも「管理運営体制等」をまとめるために6回の協議会、16回のワーキング等、そして1回のワークショップが行われた。協議会のメンバーにはまだ20代の若者が数名迎えられ、ワークショップを交えて活発な議論が行われた10)。 最終的には仙台方式と呼ばれるような、市民委員を交えた懇話会、検討委員会を経て、市民活動支援団体を中心に公募して管理運営を委託するという形になり、設備などの具体的な仕様も仙台市やもうひとつの先行事例とされていた神奈川県の県民活動サポートセンターを参考にしたものとなったが、はじめからそれらを盲目的に模倣したのではなく、こうした濃密な検討の末のことなのであった。 Ⅳ 考察―理論の検討と応用― 1 ゴミ箱モデルのロジック 京都市市民活動総合センターの設立は、さまざまな要素とアクターが絡んだ複雑なものであった。センターの名称やコンセプトの変遷そしてそれに関連する事がらを整理したのが図2である。これらの観察から、次の諸点を指摘することができる。 ① センターの名称とコンセプトは、実際の設置までに何度か変化した。 ② 震災をきっかけにしたボランティアや市民活動の支援センターの必要性の声の高まりに対応して、すでにあった市民創造活動センターの計画が転用された。 ③ ボランティアからNPOや市民活動へと社会の注目や認識が変化するのに合わせて、福祉系のボランティアセンターと、市民活動の総合的な支援センターという区分けが行われ、2つのセンターの棲み分けのロジックとなった。 ④ 市長をはじめとする庁内における行政改革や市民参加への重視が、センター設立を促すまた別の要因となった。 ⑤ 先に存在していた小学校跡地利用の問題が、センター設置場所についての解となった。 ⑥ センターの仕様や管理委託をめぐっては膨大な時間をかけた検討がなされた。 ここでの決定のプロセスは、まず構想が描かれ、次にそれを具体化するための実施計画が立てられ、そしてそれに従って執行がなされるという、いわば経営計画論や経営戦略論が説くような整然としたものではなかった。最初の構想は状況の変化によって別の構想に読み替えられ、さらにそこに別の意図が付け加えられたり、再定義されたりした。また、問題や課題が知覚されて解を探したというよりは、解は別のところで先に存在していた。 このような現実の決定プロセスの様子を記述するモデルとして代表的なものが、Cohen, March and Olsen[1972=1992]のゴミ箱モデルである。そこでは選択機会、参加者、問題、解はそれぞれ別々に流れており、それらが結びついて1つの決定としてまとまるのは、ほとんど偶然と見なされる。ゴミ箱とは選択機会を見立てたもので、そこに参加者、問題、解が無秩序に投げ込まれる。また、ゴミ箱である選択機会自体もいくつかのものが流れており、あるゴミ箱に投げ込まれた問題や解などが、改めて別のゴミ箱に投げられたりする。そして、決定のスタイルも問題の「解決」だけではなく、問題の「見過ごし」や別の選択機会への「飛ばし」が含まれる。 図2 センター計画の変遷 2 ゴミ箱モデルの限界 しかし、ゴミ箱モデルは確かに現実の複雑な決定プロセスをよりリアルに記述することはできるものの、Marchら自身が後に指摘するように、一時的調和に焦点を置く還元論となっている11)。つまり、さまざまなアクターや事象が絡み合って全体としての決定や政策が形成されるというロジックは、全体は個別のものの集合であり、したがって全体は個別のものに還元できるというものである。また、それぞれ独立的に流れている選択機会、参加者、問題、解が結びつくのはタイミングの問題、すなわちそれらの要素の同時的存在性によるということは、その決定が外部で独立的に形成される要素に依存するということになる。つまり、組織の政策や意思決定が外的なものに依存するという環境決定論となっているのである。 さらに、ゴミ箱モデルは外部の観察者からの視点による記述論であり、実践に向けての含意は薄い。この点からゴミ箱モデルの修正を試みたのがKingdon[2011=2017]の政策の窓モデルであり、さらにその改訂を試みたのが小島らの一連の研究である(小島廣光[2003]、小島廣光、平本健太[2011])。これらの研究に共通するアイデアは、諸要素の同時的存在性だけではなく、そのタイミングをとらえて自らの意図に合うように働きかけをするアントレプレナー(あるいはアクティビスト)の役割を組み込もうとする点である。政策の窓が開く時に、自らの意図にとって有利となるように、自らのリソースを投入してアジェンダを押し上げていくキーパーソンが、実際のケースでも観察できるというのである。Kingdon[2011=2017]では、そうしたアントレプレナーの資質などについても論じられている12)。 これは経営学にとっては馴染みやすい議論であろう。しかし、特別な資質を持つアントレプレナーを持ち出してみても、その特別な資質や駆使するリソースは外部において先に保有されていることになっているため、あいかわらず還元論であり、環境決定論なのである。どのようにしてそのアントレプレナーは出現するのか。つまり、ある特定の参加者がいかにしてパワーをはじめとするリソースを獲得し、諸要素を知覚し、それらに働きかけるかが説明されていない。ただそれらのことができるアントレプレナーというものが存在しているということにして、その存在に決定プロセスにおける秩序形成の説明を委ねているのである。そこでは、制度的企業家のアイデアを導入して混乱した社会学的制度理論における「埋め込まれたエージェンシーのパラドクス」と同じ問題が生じている13)。 3 構成主義的視角から構造化理論へ 実際にゴミ箱モデルにもとづいて京都市のセンターのケースの分析を試みようとすると、関係すると思われるアクターや事象を、選択機会、参加者、問題、解に振り分けるのが簡単なことではないことが判明する。 それはこれらの分析要素が明確に定義されたものではないこと、とりわけどの視点に立つものなのかが不明瞭であることによる。例えば、本ケースの場合では、震災後に急浮上したボランティアセンター計画は、市にとっては新たな課題あるいは問題であったが、以前からボランティアセンターを構想していた社会福祉協議会にとっては選択機会を得た形となった。あるいは、市長交代で宙ぶらりんになっていた市民創造活動センター計画の担当者にとっては、ボランティアセンター計画は新たに登場した解か選択機会となった。逆に、新たなボランティアセンター計画の担当者になった者にとっては、市民創造活動センター構想はすでに存在していた解と見なすことができたのである。 要するに、ボランティアセンターに対する解釈や意図は、アクターによって異なっていたのである。それぞれのアクターは、自己の中でそれぞれのボランティアセンターを構成していたのである。そのために、ボランティアセンターひとつを取ってみても、それを簡単に選択機会、参加者、問題、解に振り分けることができないのである。これらの要素を振り分けるためには、ゴミ箱のプロセスを観察する者、対象(あるいは目標)とされる事業、そして観察の時期が特定されなければならない。 さらに重要なことは、このケースにおけるセンターは、それ自体がアクターの活動や選択機会、解との関わり合いの中で名称やコンセプトが何度も変化したことである。つまり、センターに対するアクターの解釈や意図が異なるだけでなく、その対象であるセンター自体がそれらの解釈や意図からの影響を受けて変化し、名称まで変わっていったのである。それぞれの解釈や意図にもとづく各アクターによる活動によってセンターが名称やコンセプトを変化させると、今度は各アクターがその変化したセンターに対する解釈や意図を構成し直す。そしてそれにもとづいて、またセンターに関わる活動を行う、ということが繰り返されていたのである。 このような視点は、制度とアクターとの関係として社会学的制度理論や、構造とエージェンシー(行為者)との関係としてGiddensの構造化理論で採られるものである。ここでの構造とは、再帰的に組織化される規則と資源、あるいは変換関係の集合と理解される14)。人間の行為にとって外在的な構造が人間の行為を拘束する源泉となるという見方や、逆に構造はさまざまな人間の行為の集合とする見方、あるいは人間の主観が世界を構成するという見方のいずれも採らず、構造と行為者とを継続的な再帰的関係にあるものとして捉えようとする見方である。 4 構造化理論の限界 社会構造や制度を、構造とエージェンシーとの継続的な再帰的関係から捉える構造化理論は、客観主義と主観主義のどちらにも立たないため、この両者のいずれかに立つ従来の理論の限界を克服するとGiddensは主張する15)。たしかに、何度かの名称やコンセプトの変化を経ながらできたこのセンターの設置プロセスは、アクターの活動とそれを受けて変更されていったセンターの計画との再帰的関係として捉えることができるだろう。 しかし、構造化理論によってこのケースが十分に説明できるわけではない。このケースに限らず現実の決定プロセスには多様なアクターや要素が関係するが、構造化理論ではそれらをエージェンシーとして一括するか、個々のエージェンシーと構造との個別の関係しか描かない。 例えばこのケースの場合、阪神・淡路大震災の影響は非常に大きく、また田邊市長の体調不良による市長交代の影響もあった。これらは偶然の要素であり、かつエージェンシー側からの影響は受けていない。構造とエージェンシーとの継続的な再帰的関係を扱う構造化理論では、偶然の要素や予期していなかった要素に影響されるプロセスは対象としない。あくまでも構造あるいは制度とそれと相互作用を繰り返すエージェンシーとの関係で描かれる世界なのである。構造とエージェンシーとのシーケンシャルな相互作用によって全体の変化を説明するということでは、構造化理論はインクリメンタリズムのメカニズムを説明する理論と見ることもできるだろう。 要するに、経営学において外部環境という言葉で一括されてきた外部の諸要素の中には、エージェンシー(アクター)と相互作用を繰り返すものと、断続的に発生し、エージェンシー(アクター)に対して一方的に影響を与えるものとがあるということである。また、エージェンシー(アクター)は一方的に影響を受けざるを得ない諸要素に対しても、反応すべきものを選択したり、独自のフレームによってそれの意味を解釈したりして、自己にとっての環境を構成するのである。 5 構造化理論の応用 このケースをより的確に説明するには、センターとアクターとの相互作用に加えて、それらに一方的に影響を与えるイベントや背景の要素を組み込むことが必要である。 それらのイベント・背景はアクターにとっては外部要素であり、アクターはその影響を受けるが、アクターの側から影響を与えることはない。また、アクターはイベント・背景をそのまま受け取るのではなく、選別したり解釈したりする。さらに、アクターはあらゆる外部要素をもれなく知覚することはできず、知覚すべきものを探索し、選別している。そうしたアクターの活動は、解釈フレームに基づいて行われる。これは外部要素の内の知覚すべきもののレーダーとなり、分析したり解釈すべきものを選別するフィルターとなり、知覚した要素を解釈するデコーダーとなるものである。アクターは、解釈フレームを通じて外部要素を探索、選別、そして解釈しながら行うべき活動を定め、同時に解釈フレームを再構成する。 アクターの活動によって変化した対象計画は、アクターに解釈フレームを通じて受け取られ、アクターはこの対象計画の変化と次の外部要素とを取り込みながら解釈フレームを再構成し、そしてまたその再構成されたフレームに基づいてまた対象計画に対する活動を行うのである。 以上のモデルを、このセンター設立プロセスのケースに当てはめて示したのが図3である。アクターである京都市は、「健康都市構想」を柱とした解釈フレームから環境を読み取り、その具体的施策として市民創造活動センターの構想を立てた。しかしその構想は、阪神・淡路大震災という断続的で一方的な外部環境の影響で京都市の解釈フレームが変化し、ボランティアセンターに読み替えられた。このボランティアセンターの計画がある程度公式的なものとして表出されると、それに対する他のアクターなどの反応などが起こり、今度はその公式化された計画がそのアクターにとっての読み取るべき環境となる。その時点での解釈フレームはすでにボランティアセンターに関する状況の変化などによって変化しており、その変化したフレームに基づいて次の計画(ボランティア総合支援センター)が提示される。 図3 構造化理論の応用モデル 連続的な再帰的関係だけではなく、そこにアクターや計画などからの影響は受けずにそれらに一方的に影響を及ぼす外部要素が断続的に発生するプロセスを組み込んでいるのがこのモデルの特徴である。より厳密には、一方的にアクターに影響を及ぼす外部環境でも、それを知覚するかどうか、どう解釈するかはアクター側の活動となるので、抽象度を高めれば、エージェンシーと構造との構造化プロセスと見なすこともできるかもしれないが、個別のアクターや計画を分析することを目的とする場合には、再帰的関係の認識レベルを中範囲に定め、アクターと相互作用する要素と一方的に影響を及ぼすだけの要素とを区分し、分析することが重要となるだろう。 Ⅴ おわりに 本稿においては、京都市市民活動総合センターが設立されるまでのプロセスを分析し、それをゴミ箱モデル、構造化理論で説明することの限界を明らかにし、そして構造化理論の応用モデルを提示した。 もともと構造化理論は、社会構造と行為者との関係を捉えようとする社会学の理論であり、よりマクロ的で抽象的なものであった。しかし、構造とエージェンシーとの関係を説明するロジックは、制度とエージェンシー、制度と組織、事業計画とアクターなどにも適用することができる。実際、社会学的制度理論は制度とエージェンシーによる構造化理論といってもよいだろう。Giddensの構造化理論がマクロな社会を射程にしているものであるのに対して、社会学的制度理論は制度という中範囲のものを射程にしているもので、本稿での分析はそれよりさらに小さな範囲の分析である。これはさらに集団と個人といったミクロモデルにも展開可能だろう。 しかし、すでに指摘したとおり、二者間での相互作用による変化だけでは現実は十分には説明できず、従来の経営学や組織論が指摘してきた外部要素による影響や、アクター間の相互作用なども組み込まねばならないだろう。本稿においてはその試みのひとつを提示したが、まだ十分なものではない。とりわけ、複数のアクターの存在を記述しながら、それらのアクターのそれぞれの計画との相互作用や、アクター間の関係についてはモデルに組み込めていない。 しかし、やみくもに要素を加えたり、モデルを複雑化することも望ましいことではないだろう。決定プロセスのケース分析として古典となっているAllison[1971=1977]は、キューバ・ミサイル危機の際のアメリカ政府の意思決定プロセスを、3つの異なるモデルによって記述したが、それはそれら3つのモデルの優劣を論じたのではなく、どの立場あるいは目的から描くかでストーリーの世界観が異なることを示したのである。Bobrow and Dryzek[1987=2000]も、分析の準拠フレームにはさまざまなものがあることを指摘し、それらをどう選択するべきかの視点を提示しようとしている。現実をどれだけうまく記述できるかを問うといっても、うまく記述しているかどうかを判断する基準の中にすでに何らかの目的が前提となっている。その目的を錨として、そこから遠く離れないようにして現実を記述し、理論を構築することが重要だろう。 [謝辞] 2名の匿名査読者より貴重なコメントをいただいた。記して感謝したい。本研究はJSPS科研費15K11978、16K03833、17K03911、18K01781の助成を受けたものである。 [注] 1)吉田忠彦[2016]においては、このセンターの設立プロセスに関わった京都市の関係者、委員会の関係者、センターの管理運営を担うNPO関係者などへのインタビューやドキュメンツの分析などから、センター設立のプロセスを詳細に記述した。また、そのドラフトは京都市の複数の関係者のチェックを受け、事実関係の確認を行った。なお、筆者はこのセンターの評価委員を務めているが、分析対象の期間には関わっていない。また、委員の立場によって知りえた情報は利用せず、公表されている文書およびインタビューによって得られた情報のみによって記述を行っている。 2)本節の記述については、京都市市民活動総合センターのホームページ、同センターの利用者案内パンフレット、そして同センターおよびひと・まち交流館京都での現地視察に基づいている。 京都市市民活動総合センターのホームページ http://shimin.hitomachi-kyoto.jp/index.html(2018年3月23日確認) 3)せんだい・みやぎNPOセンター[2004]、9頁。 4)「平成の京づくり」の実施計画の報告(京都市[1996a])の中では、「共に生きる地域社会の形成」(6頁)、「生涯学習の推進」(18頁)において市民創造活動センター創設が挙げられているが、いずれも「基本構想策定調整中」とされている。 5)特定非営利活動促進法の成立プロセスについては、初谷勇[2001]、小島廣光[2003]、谷勝宏[2003]などで詳細に記述、分析されている。 6)1996年の10月にコミュニティ・サポートセンター神戸、11月には大阪NPOセンターと日本NPOセンターが設立され、1997年9月に広島NPOセンター、11月にせんだい・みやぎNPOセンターが設立された。これらの経緯については吉田忠彦[2007]参照のこと。 7)京都市社会福祉協議会は、1989年(平成元年)7月に京都市ボランティア情報センターを設置し、震災のあった1995年(平成7年)から区のボランティアセンター事業を開始した。そして1997年(平成9年)には全区でのボランティアセンターの設置を完了させた。京都市社会福祉協議会[2013]、10-13頁。 8)林 建志氏(京都市文化市民局・地域自治推進室長)へのインタビュー(於:京都市市役所、2014年8月20日)、および林 建志[1998]、56-57頁。 9)新川達郎氏(同志社大学教授、せんだい・みやぎNPOセンター理事)へのインタビュー(於:同志社大学、2002年6月11日)。および、深尾昌峰氏(龍谷大学准教授、当時のきょうとNPOセンター事務局長)へのインタビュー(於:龍谷大学、2014年6月16日)。 10)牧村雅史氏(京都市文化市民局・地域自治推進室・市民活動支援課長)へのインタビュー(於:京都市市民活動総合センター、2014年8月1日)。 11)March, J. G. and Olsen, J. P.[1989], pp.8-9. (遠田訳[1994]、12頁)。 12)Kingdon[2011], Ch8, pp.165-195.(笠訳[2017]、第8章、221-260頁)。 13)「埋め込まれたエージェンシーのパラドクス」とは、社会学的制度理論が徐々に経営学的組織論の中に取り込まれていく中で、ひとたび制度化が進めば組織はそれに拘束され、それに適応するしかなくなるという見方が定着していったが、それではその制度が変えられたり、作り出されることが説明できなくなるというパラドクスである。松嶋登、高橋勅徳[2015]、5-29頁。 14)Giddens[1984], p.25.(門田訳[2016]、52頁)。 15)Giddens[1984], Introduction, xiii-xxxvii.(門田訳[2016]、序章、1-26頁)。 [参考文献] Allison, G. T.[1971]Essence of Decisions : Explaining Cuban Missile Crisis, Little, Brown & Company.(宮里政玄(訳)『決定の本質―キューバ・ミサイル危機の分析』中央公論新社、1977年)。 Bobrow, Davis B. and Dryzek, John S.[1987]Policy Analysis by Design. University of Pittsburgh Press.(重森臣広(訳)『デザイン思考の政策分析』昭和堂、2000年)。 Cohen, M. D., March J. G. and Olsen, J. P.[1972]A Garbage Can Model of Organizational Choice, Administrative Science Quarterly, 17, pp.1-25.(土屋守章、遠田雄志(訳)『あいまいマネジメント』日刊工業新聞、1992年、第6章、邦訳161-219頁)。 Giddens, A.[1984]Constitution of Society, Polity Press.(門田健一(訳)『社会の構成』勁草書房、2016年)。 Kingdon, J. W.[2011]Agendas, Alternatives, and Public Policies, update edition, with an epilogue on health care, 2nd ed. Pearson Education.(笠 京子(訳)『アジェンダ・選択肢・公共政策』勁草書房、2017年)。 小島廣光[2003]『政策形成とNPO法:問題,政策,そして政治』有斐閣。 小島廣光、平本健太編著[2011]『戦略的協働の本質』有斐閣。 京都市[1992]企画調整局活性化推進室計画課「いきいききょうと:京都市健康都市構想」、平成4年2月。 京都市[1994]「都心部における小学校跡地の活用についての基本方針」、平成6年8月。 京都市[1996a]企画調整局文化の京推進室「平成の京づくり市政報告<新京都市基本計画の進捗状況>」、平成8年1月。 京都市[1996b]企画調整局文化の京推進室「もっと元気に・京都アクションプラン」、平成8年12月。 京都市[1997a]総合企画局政策企画室「もっと元気に・京都アクションプラン 年次計画書」、平成9年3月。 京都市[1997b]「(仮称)京都市景観・まちづくりセンター実現化調査―報告書―」、平成9年3月。 京都市[1997c]総務局総務部行政改革課「市民参加検討プロジェクトチーム報告書:市民参加先進都市をめざして」、平成9年7月。 京都市[1997d]京都市ボランティアセンター・京都市市民すこやかセンター(仮称)基本構想策定委員会「京都市ボランティアセンター・京都市市民すこやかセンター(仮称)基本構想について(答申)」、平成9年10月。 京都市[1998]ボランティア活動総合支援センター(仮称)の基本構想策定委員会「京都市ボランティア活動総合支援センター(仮称)の基本構想について(答申)」、平成10年1月。 京都市[2000]市民参加推進プロジェクト活動報告書編集委員会「市民参加推進プロジェクト活動報告書」、平成12年春。 京都市[2001a]「京都新世紀市政改革大綱―21世紀にふさわしい自治体運営と財政健全化に向けて―」、平成12年3月。 京都市[2001b]市民活動推進協議会「第1回会議摘録」、平成13年7月13日。 京都市社会福祉協議会[2013]『京都市社会福祉協議会60周年誌』、社会福祉法人 京都市社会福祉協議会。 March, J. G. and Olsen, J. P.[1989]Rediscovering Institutions, London : Macmillan.(遠田雄志(訳)『やわらかな制度』日刊工業新聞社、1994年)。 せんだい・みやぎNPOセンター[2004]『仙台市市民活動サポートセンター5年の軌跡 市民協働 仙台スタイル』せんだい・みやぎNPOセンター。 谷 勝宏[2003]『議員立法の実証研究』信山社。 初谷 勇[2001]『NPO政策の理論と展開』大阪大学出版会。 林 建志[1998]「行政改善事例紹介 市民参加先進都市を目指す・京都市の取組―市民参加検討プロジェクトチーム報告書を中心に―」『季刊行政管理研究』、第82号、55-62頁。 松嶋 登、高橋勅徳[2015]「制度的企業家のディスコース―埋め込まれたエージェンシーのパラドクスの超克―」桑田耕太郎、松嶋 登、高橋勅徳編著[2015]『制度的起業家』ナカニシヤ出版、第1章、5-29頁。 吉田忠彦[2007]「日本NPOセンター誕生まで」日本NPOセンター編[2007]『市民社会創造の10年―支援組織の視点から―』ぎょうせい、134-167頁。 吉田忠彦[2016]「京都市における市民活動センター設置をめぐるコンセプト構成プロセス」『政策科学』第23巻第3号、137-157頁。 論稿提出:平成29年12月29日 加筆修正:平成30年 6月14日

  • 非営利組織の内部留保 ― 公益法人、学校法人の収支バランスの視点から ― / 石津寿惠(明治大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 明治大学教授 石津寿惠 キーワード: 非営利組織 内部留保 収支均衡 収支相償 公益法人会計 学校法人会計 要 旨: 税制優遇を受け、公益サービスを提供する組織体においては、剰余が生じるのであれば公益サービスの提供を拡充させ、収支をバランスさせることが求められる。ただし、この場合の収支バランスは単年度のみで捉えるのではなく、組織体の継続的な経営の安定・サービス提供のための留保(剰余)を含めて、中長期的なスパンで捉えるものとなる。そういった意味での収支バランスについて、公益法人は収支相償、学校法人は収支均衡の仕組みを備えている。本稿は、非営利組織の会計情報の開示対象者が社会一般に拡充している現状に鑑み、両法人形態におけるこれらの収支バランスの仕組みを比較検討し、収支バランスの状況を会計情報の中で明確に開示する方法について検討する。このことは、社会との相互理解のもとに、非営利組織が事業活動を一層スムーズに展開していくことにつながるのではないかと考えられる。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 公益法人における収支バランス Ⅲ 学校法人における収支バランス Ⅳ 比較考察と小括 Abstract Organizations that enjoy preferential tax treatment because they provide public services are required to balance their revenue and expense by expanding their public services if they have an earnings surplus. However, such balancing is not done each fiscal year but over a longer time span that takes into consideration both the organization’s ongoing economic stability and the reserves (surplus) available for providing services. To equalize their revenue and expense, each organization has a balancing mechanism of its own. This study first examines and compares the balancing mechanisms in these two types of corporations and then discusses methods for transparent disclosure of the situations of balancing revenue and expense in financial reports. This will help the general public better understand Not-for-Profit Organizations at a time when Not-for-Profit Organizations are being called upon to increase their disclosure of financial data, thus helping these organizations more easily expand their operations. Ⅰ はじめに 反対給付のない収益を得、税制優遇を受け、そして公益サービスを提供する非営利組織であれば、過大な内部留保は社会とのコンフリクトを生むことになる。まして、無償・低廉な価格で最大限の公益サービスを提供することを目的とする組織体においては、内部留保を生じさせるのではなく、剰余が生じるのであれば公益サービスの提供を拡充させ、収支をバランスさせることが求められる。ただし、組織体の経営の安定や継続のため、この場合の収支バランスは単年度(短期的)のみで捉えるのではなく、将来のサービス提供のための留保(剰余)を含めた、中長期的なスパンで捉えるものとなる。 本稿の問題意識は、例えば公益法人会計基準(以下、公益基準)の2004年改正の趣旨として、会計情報を「広く一般に対して報告するものとするため…」(公益法人等の指導監督等に関する関係省庁連絡会議申合せ[2004]1⑵)とされているように、非営利組織の会計情報の開示対象が「社会」へ拡充される傾向にある中1)、制度が求め、そして社会が期待する「収支バランス」の状況は、会計情報として適切に開示される必要があるのではないかということである。将来のサービス提供のための留保を区分して、それを含めた意味での収支バランスの状況を会計情報の中で明示することは、剰余が単なる内部への溜め込みではなく、中長期的に法人が行おうとしている事業のための留保(以下、本稿では「中長期的費用」)であることを表すことにつながる。このため、これを適切に開示することができれば、社会とのコンフリクトの改善に寄与し、社会との相互理解のもと事業活動を一層スムーズに展開していくことにつながるのではないかと考えられる。 本稿は、そういった前提に立ち、「中長期的費用」を含めた意味での収支バランスの仕組みを持っている公益法人と学校法人の会計を比較考察することによって、収支バランスを会計情報の中でどのように開示することができるかについて考察するものである。なお、ここでいう内部留保とはネット・フローの蓄積であり、収支バランスは資金収支ではなく、費用収益ベースで検討する2)。 内部留保や収支均衡の概念について小栗他[2015]、若林[2002]、公益法人の中長期の収支について杉山[2010]、学校法人の収支均衡について林[2017]、藤木[2014]、片山[2011]などの研究があるが、本研究は公益法人と学校法人を比較し、収支バランスをどのように開示するかという点から検討している点でこれらと異なる。 Ⅱ 公益法人における収支バランス 1 収支相償の仕組み 公益法人においては、対価を伴う公益事業について「対価の引下げ、対象の拡大等により収入、支出の均衡を図り、当該法人の健全な運営に必要な額以上の利益を生じないようにすること」(閣議決定[2006]2.⑸)と、「収支均衡」が求められており、そのための仕組みとして収支相償と遊休財産規制が制度に内包されている。収支相償は、「公益法人が利益を内部に溜めずに、公益目的事業に充てるべき財源を最大限活用して、無償・格安でサービスを提供し、受益者を広げようとするもの」(内閣府公益認定等委員会事務局[2016]p.5)であり、「公益目的事業に係る収入が適正な費用を超えないと見込まれること」(認定法第5条6号)、「その公益目的事業を行うに当たり、当該公益目的事業の実施に要する適正な費用を償う額を超える収入を得てはならない。」(同法第14条)ということである。しかしだからと言って、「『単年度で黒字を出してはならない』ということではなく…中・長期的に見て、公益目的事業に係る収入が、すべて公益目的事業に使われること」(FAQ問Ⅴ-2-③)とされている。このため、公益法人制度は均衡状況を中長期的に判断する(剰余について、特定費用準備資金や資産取得資金を設定できる)3)仕組みを具備している。 なお、遊休財産とは、「公益目的事業又は公益目的事業に必要なその他の活動に使うことが具体的に定まっていない財産」(同法第16条2項)であり、これについては一年分の公益目的事業費相当額が保有の上限とされている(FAQ問Ⅴ-4-②)。本稿では、フローの「収支バランス」の視点から検討するため、以下、収支相償について取り上げる。 収支相償の判断は、各公益事業単位によって行う第一段階と法人の公益活動全体によって行う第二段階とで行われる。 図表1は、制度設計者側の資料により収支相償の仕組みを簡潔に示したものである(内閣府公益認定等委員会事務局[2016]p.5)。ここに示されるように、収支相償は収支バランスについて、公益目的事業における収益と公益目的事業における費用を単年度における収支差額(剰余)で見るのではない。中長期的に法人が行おうとしている事業のための留保も特定費用準備資金積立額などとして、収支相償上の費用という概念で「費用」の側に組み込んだ上で中長期的な収支バランスを判断する仕組みとなっている。本稿では、この中長期的に法人が行おうとしている事業のための留保を「中長期的費用」と呼ぶ。 図表1 収支相償の例 (出典)内閣府公益認定等委員会事務局[2016]p.5を一部修正し筆者作成。 2 財務諸表等での開示 収支相償では、正味財産増減計算書における公益目的事業に係る経常費用・収益を基礎として、「中長期的費用」を加味して公益性が判断される。しかし例えば、剰余を特定資産準備資金として処理しても、その「中長期的費用」は将来の費用であるため正味財産増減計算書には費用として計上されない。 「中長期的費用」は収支バランスに関わるものであるが、正味財産増減計算書には表れない。会計的に表されるのは、まず貸借対照表の特定資産としてである。さらに、図表2のように注記表の中で、特定資産として金額の変動や財源が示される。しかし、どういった内容・計画なのかまでは明示されない。 図表2 特定資産に関する注記表 (出典)内閣府公益認定等委員会[2008]『「公益法人会計基準」の運用指針』13.⑷4、同5より筆者加筆修正。 Ⅲ 学校法人における収支バランス 1 事業活動収支計算書における収支均衡の仕組み 学校法人会計基準(以下、学法基準)では、毎会計年度の活動に対応する事業活動収入及び事業活動支出の内容を明らかにするとともに、基本金組入額を控除した当該会計年度の諸活動に対応する全ての事業活動収入及び事業活動支出の「均衡の状態」を明らかにするために事業活動収支計算を行うとされている(学法基準第15条)。基本金とは、「学校法人が、その諸活動の計画に基づき必要な資産を継続的に保持するために維持すべきものとして、その事業活動収入のうちから組み入れた金額」(同第29条)であり、第1号基本金(取得した固定資産)、第2号基本金(将来取得計画のある固定資産の取得に充てる資産)、第3号基本金(継続的に保持・運用する資産)及び第4号基本金(必要な運転資金維持に関わる額)の4つがある(同第30条)。 図表3は、事業活動収支計算書における収支バランスの仕組みについて、制度設計者の側の資料から示したものである (文部科学省高等教育局私学部参事官付[2016]p.15)。事業活動収支計算書は、教育活動収支、教育活動外収支、特別収支の3つの区分に分け(学法基準第15条)、それぞれの区分の収支バランスを表示するとともに、基本金組入前当年度収支差額(従来の帰属収支差額。以下、組入前収支差額)は毎年度の収支バランスを表示し、「当年度収支差額から翌年度収支差額」の部分では長期の収支バランスを表示する仕組みとなっている4)。 図表3 事業活動収支計算書 (出典)文部科学省[2016]p.15より筆者一部修正作成。 このように、(中)長期の収支バランスは、毎年度の収支バランスを示す組入前収支差額を算定した後に、基本金組入額を控除した額から捉えられている。このため、基本金組入額は、(中)長期的に法人が行おうとしている事業のための留保と考えられ、本稿の「中長期的費用」と捉えることが出来る5)。なお、明確な計画がないまま将来のための留保が行われることは問題であるため、第2号基本金、第3号基本金の組入は、「固定資産の取得又は基金の設定に係る基本金組入計画に従う」(学法基準第30条第2項)とされている。この点に関する問題点は後述する。 2 財務諸表等での開示 図表3からも明らかなように、「中長期的費用」と捉えられる基本金組入額は、事業活動収支計算書で表示される。また、基本金組入額に係る情報は、第2号基本金を例にとってみると貸借対照表の純資産の部の「第2号基本金」と、資産の部の特定資産の中の「第2号基本金引当資産」の中に組込まれることとなる(第七号様式)6)。 さらに、基本金組入額については、基本金の増減額として基本金明細書(図表4)に、そして当該基本金による事業内容の計画については計画表(図表5)にそれぞれ明示されて開示されるなど7)、「中長期的費用」の内容が分かる形で会計情報の中で示される仕組みとなっている。 図表4 基本金明細書 (出典)文部科学省[2015]『学校法人会計基準』第十号様式より筆者一部修正。 図表5 第2号基本金の組入れに係る計画表 注 1. 取得予定固定資産の所得見込総額を、当該摘要の欄に記載する。 2. 組入予定額及び組入額は、組入計画年度ごとに記載する。 (出典)文部科学省[2015]『学校法人会計基準』様式第一の二。 Ⅳ 比較考察と小括 これまで検討してきたように、両制度とも「中長期的費用」を含めて収支バランスの状況が捉えられているが、会計情報としての開示方法は異なっている。ここでは、非営利組織における会計情報の開示対象が「社会」へ拡充される傾向にある中、制度が求め、そして社会が期待する「収支バランス」の状況を会計情報の中で開示する必要があるのではないかという本稿の問題意識から、「収支バランスの状況」をどのように開示することができるかについて、両会計の比較を踏まえて検討する。 まず、財務諸表等での開示という意味では、学校法人では当期及び中長期の収支バランスの状況についての情報が事業活動収支計算書で明らかにされる上、「中長期的費用」である基本金組入額の状況について貸借対照表、基本金明細書そして基本金計画表で開示され、法人が将来行おうとしている事業(そのための固定資産の取得を含む)についての情報は、いわばフルスペックでの開示となっており充実したものとなっている。 ただし、その中身である基本金制度については、組入額の弾力性、第2号基本金の計画組入れの妥当性など多くの批判がなされてきた8)。前者については、組入額が必ずしも資金提供者の意思だけでは決まらず、理事会等意思決定権を持つ機関の決定により繰入れることが可能になっていること、後者については、「先行組入れ」と呼ばれるもので組入基準が徹底されていないことなどである(片山[2011]pp.37-39)。組入前収支差額はプラスであるが、それを上回る基本金組入額が組み入れられる結果、基本金組入後収支差額がマイナスになる学校法人も存在する9)。学校法人では教育の充実等を根拠として、「明らかに法人自らの意思が基本金への組入れを決する」(新日本監査法人[2016]p.233)ことになる。一方、公益法人会計における「中長期的費用」である特定費用準備資金等は、手続きとしては理事会等の決定であり内部手続きであるが、公益認定の判断に用いられるため外部の厳しいチェック機能が働いている。学校法人においても恣意性を排し、信頼性を向上させるために積立(組入れ)の手続き・計画の進捗状況の妥当性について外部が関与するガバナンスの仕組みを強化する必要がある。 また、積み立てられる額の妥当性についても課題がある。公益法人会計における特定費用準備資金等は、図表1のように公益目的事業における経常収支差額から積み立てることになる(第一段階の場合)が、学校法人における基本金組入額は差額ではなく事業活動収入から積み立てることになる上、組入前収支差額を上回る基本金への組入れも認められる(日本公認会計士協会[2014]Ⅱ2-11)。学校法人においては、長期的な学校教育の提供を確保することが重要視されるため、財政的基盤を強固なものとすることは重要であるが、恣意性により基本金組入後当年度収支差額が操作可能なものになることは、「外部報告目的の書類としてみる場合、その信頼性に重大な影響を及ぼす問題」(藤木[2014]p.50)となる。学校経営を取り巻く環境も情報開示の在り方も変化している状況に鑑み、基本金組入額の繰入の仕組みや繰入の財源についても検討される必要がある。 これまで検討してきたように、公益法人も学校法人も、組織特性から内部留保の制約、中長期的な意味での収支バランスが求められるという点は同様である。しかしながら、収支のバランスの開示方法は両者で異なる。「中長期的費用」を事業活動収支計算書等で区分表示し、収支バランスを明確に表示するなど、学校法人会計は情報開示の面からは優れていると捉えられる。とはいえ、表されている情報の内容については基本金組入額の恣意性等から、現状では信頼性の面に課題がある。このため非営利組織としての自由な活動を確保しつつ、公益法人のように外部のチェックが入るガバナンスの仕組みを考慮するなどにより、開示内容の信頼性を確保する必要がある。 反対給付のない収益を得、税制優遇を受け、そして公益サービスを提供する主体が、収支バランスの状況について、中長期的に行おうとしている事業のための留保に関して利害関係者が読みとれるかたちで明示・説明することは、社会の信頼性を得ながら公益活動を行っていくために必要なことと考えられる。 [注] 1)公益法人及び社会福祉法人は、何人(なにびと)も計算書類等を請求できる(公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(以下、認定法)第21条第4項、社会福祉法第45条の32第4項)、医療法人は、「事業報告書等(貸借対照表及び損益計算書に限る)を公告しなければならない」 (医療法第51条の3) とされている。学校法人は、在学する者その他の利害関係人から請求があった場合、貸借対照表、収支計算書等を閲覧に供するとされ(私立学校法第47条第2項)、さらに通達でホームページでの財務情報等の公表を求めている。なお、2016年度には99.8%がホームページで公表している(文部科学省高等教育局私学参事官(2017))。 2)資金収支によらないのは、ここで検討する公益法人の収支相償は正味財産増減計算書により、学校法人の収支均衡は事業活動収支計算書により判断されるものであるためである。 3)特定費用準備資金とは、将来の特定の活動の実施のために特別に支出する費用(事業費又は管理費として計上されることとなるものに限るものとし、引当金の引当対象となるものを除く。)に係る支出に充てるために保有する資金(当該資金を運用することを目的として保有する財産を含む)(認定法施行規則第18条1項)。資産取得資金とは、公益目的事業を行うために必要な収益事業等その他の業務又は活動の用に供する財産の取得又は改良に充てるために保有する資金(認定法施行規則第22条3項)。 4)組入前収支差額は、2013年の学法基準改正で新たに表記されるようになった事項である(学法基準第16号3項)。これにより、当年度の収支バランスと長期的な収支バランスの両方を把握することができるようになった。 5)この場合の意味は、収益のマイナス(組入前収支差額から基本金組入額を控除)によるバランスとなるが、将来の事業のための留保という意味では「中長期的費用」と同様と考えられるため、同じ用語を用いた。 6)2013年の学法基準改正により新たに中科目として「特定資産」が、また「第2号基本金引当資産」が設けられた(第七号様式)。 7)計画表は明細書に合わせて綴られる(「学校法人会計基準」様式第一の二但し書き)。 8)基本金の設定が恣意的に操作される問題については、林[2017]、藤木[2014]、片山[2011]などで指摘されている。 9)例えば、明治大学の事業活動収支計算書(2016年度)では、組入前収支差額は14億6,401万円であるが、基本金組入額は24億2,576万円であるため当年度収支差額はマイナス、翌年度繰越収支差額は714億1,032万円もマイナスとなっている。しかし、組入額は基本金への組入れであるため純資産の中での内訳移動に過ぎないため、結局、貸借対照表の純資産の部の合計は1,726億円となっている。 [参考文献] 小栗崇資、谷江武士、山口不二夫編著[2015]『内部留保の研究』唯学書房。 閣議決定[2006]『「公益法人の設立許可及び指導監督基準」及び「公益法人に対する検査等の委託等に関する規準」について』(平成8年9月20日、同18年8月15日一部改正) 片山覚[2011]「学校法人会計基準の現状と課題」『會計』第179巻第4号、pp.28-43。 公益法人等の指導監督等に関する関係省庁連絡会議申合せ[2004]『公益法人会計基準』。 新日本有限責任監査法人編[2016]『学校法人会計実務詳解ハンドブック』同文舘出版。 杉山学[2010]「公益法人の認定基準」『青山経営論集』第45巻第1号、pp.159-175。 内閣府公益認定等委員会事務局[2016]『収支相償について―基本的事項の整理と定期提出書類の記載―』(https://www.koeki-info.go.jp/administration/pdf/H28_No4_4.pdf)(2017/07/31アクセス)。 日本公認会計士協会[2014]学校法人委員会研究報告第15号『基本金に係る実務上の取扱いに関するQ&A』(最終改正、平成26年12月2日)。 林兵磨[2017]「学校法人会計基準を巡る検討~基本金を巡る議論を中心に~」『常葉大学経営学部紀要』第4巻第2号、pp.37-49。 藤木潤司[2014]「学校法人会計基準に基づく計算書類の特徴」『龍谷大学経営学論集』第53巻第4号、pp.37-51。 明治大学[2017]『事業活動収支計算書』(http://www.meiji.ac.jp/zaimu/ 6t5h7p00000o9nu0-att/2016keisan.pdf)(2017年9月1日アクセス)。 文部科学省高等教育局私学部参事官[2017]『平成28年度学校法人の財務情報等の公開状況に関する調査結果について(通知)』(28高私参第13号、平成29年2月24日)。 文部科学省高等教育局私学部参事官付[2016]『学校法人会計基準について』(http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2016/09/28/1377577_3.pdf)(2017/07/31アクセス)。 若林茂信[2002]「非営利組織体の主たる会計目的:財務的生存力の表示」杉山学、鈴木豊編著『非営利組織体の会計』中央経済社。 (本稿は、2017年度科学研究費補助金(基盤研究C)(研究課題番号16K0411)の研究成果の一部である。) (論稿提出:平成29年11月28日)

  • 非営利法人(会計)における収入の意義 / 柴 健次(関西大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 関西大学教授 柴 健次 キーワード: 非営利組織 非営利法人 収入目的組織 支出目的組織 会計は組織目的に従う 会計は経済活動に従う 要 旨: 非営利組織は理論的には支出目的組織である。その収入は手段としての財源である。一方、非営利法人は根拠法に基づく制度的存在である。そこでは、支出目的組織の性格が貫徹しない。非営利法人を論ずる場合、支出目的と収入目的が混在すると考えた方がよい。「会計は組織目的に従う」という哲学に従うなら非営利法人会計は立法趣旨に基づき理解される。 その具体として学校法人を例にとる。私立大学に適用される学校法人会計は、非営利組織の一般会計より演繹されたものではなく、学校法人の収支の非弾力性を根拠として、会計の内容を予算制度と基本金制度から拘束している。 ここでの議論から、政策的制約が加わった非営利法人は、管理の観点から見て予算重視か会計重視に分かれる。また、予算制度が優先するか会計制度が優先するかという視点も加わる。この整理から学校法人会計は「予算管理/会計制度」優先の会計といえる。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 会計哲学と組織目的 Ⅲ 学校法人会計の検討 Ⅳ 本報告における理論提言 Abstract Nonprofit Organizations are theoretically organizations that fulfill their objectives mainly through expenses. Revenues are only means for getting the necessary resources. On the other hand, Nonprofit Legal Entities are created by governing laws. Under these laws, the characteristic of being an organization that fulfills its objectives by expenses is not fully accomplished. When we discuss about Nonprofit Legal Entities, we have to think that there is a mixture of expense purposes and revenue purposes. If we follow the theory that “Accounting follows the objectives of the organization”, we consider that accounting for Nonprofit Legal Entities should be understood based on the intentions of their laws. We can take the School Legal Entities as an example. The accounting rules for School Legal Entities to be applied in a private university are not those deducted from general accounting rules for Nonprofit Organizations, but rules binding accounting contents in budget system and basic fund system, based on the non-elasticity of their revenues and expenses. From discussions here, in the case of Nonprofit Legal entities, where policy restrictions were introduced, we can distinguish two positions from management point of view: one laying importance on budget, and the other on accounting. There are also considerations of preference in the budget system or in the accounting system. Thus, we can say that accounting for School Legal Entities is an accounting giving preference to “budget management/accounting system”. Ⅰ はじめに 収入は支出に対する概念であるがその意義は支出とともにそれが置かれた会計によって変わる。この議論を進めるにあたっては本稿では収益と費用の概念を考慮しないことが賢明である。これらを同時に考慮すると意図しないにもかかわらず特定の会計に引きずられた議論になると考えられる。収益と費用を排除した議論に馴染めないかもしれないが、概念上収益が存在しない状況が理解されるメリットもある。なぜ支出に焦点を合わせないのかという疑問には支出を同時に議論すると収入の議論がおろそかになると答えておく。 次に「非営利法人(会計)」と限定して議論する目的は何か。本学会の主たる関心が非営利法人にあり、非営利組織にはあまりない状況に配慮したのである。本学会の公益法人会計研究委員会が『非営利組織会計の研究』を刊行しているが、意識的にかもしれないが非営利組織と非営利法人を明確に区別していない。そこにはメンバー間の暗黙知があるのかもしれないが読者には伝わらない。しかしながら概念上、非営利法人は非営利組織の下位概念なので、具体的な非営利法人の収入の議論は理念的な非営利組織の収入の意義とどういう関係にあるかを慎重に議論する必要がある。 Ⅱ 会計哲学と組織目的 1 2つの会計哲学 私は会計の基本的考え方は2つに収斂できると考える。この考えがいつ私の中に生まれたかは特定できないが、今や確信になっている。しかも他の論者が説明しない事柄である。第1は「会計は経済取引に従う」という会計哲学である。会計基準の統一という運動の背景にある哲学である。第2は「会計は組織目的に従う」という会計哲学である。比較可能性より優先すべき目的適合的な会計であるべきとの哲学である。 「会計は経済取引に従う」という哲学では、あらゆる組織の経済活動(取引)の共通性に関心がある。そこでは、収入と支出に特殊な意義は追求されない。政府の税収が収益だと定義しても無頓着にそれを受け入れる。そこでの収入は取引の結果としての現金の増加という事実のみが重要である。収入が当該組織にとって目的か手段かは問われない。そのため、本稿の関心の対象から外れることになる。収入は組織にとっては現金の増加であること以外の意義づけは求められないからである。 「会計は組織目的に従う」という哲学では、あらゆる組織の経済活動(取引)に共通性を求めるという本質はない。それぞれの組織が組織目的(使命、ミッション)を達成できるように会計は構築されるべきと考えることができる。営利企業会計は利益追求という組織目的に適合した会計が構築されている。そこではミッションステートメントである損益計算書が独自の意義を有している。一方、非営利組織はこのミッションステートメントを有していない。これは欠陥ではないかというのが私の意見である。しかし、ミッションの類型化に基づく個別非営利組織論、あるいは法人制度に基づく個別非営利法人論では議論が可能となる。そこで収入と支出の意義は現金の出納以上の意義を有することになる。すなわち、取引に特殊な意義が付されるので、目的に照らした収入や支出の意義が求められる。 2 2つの会計主体 営利企業中心の会計に慣れると、営利組織とそれ以外に分けたくなる。後者は非営利組織となろう。それらは政府組織とその他組織からなる。同じく、政府組織と非政府組織という分類の後者では営利組織とその他組織からなる。その他組織こそ非営利組織である。しかし、非営利組織に政府組織を含まない、非政府組織に営利組織を含まないとして、非営利組織と非政府組織が一致すると仮定しても、この非営利組織に対して「非・非営利組織」を対置させたりしない。「その他」の補集合を「その他・その他」といわないからである。にもかかわらず、「非営利組織」があたかも純粋な集合概念かのように使われている。 これでは大変わかりにくいので、生産経済主体である営利組織を収入目的組織、消費経済組織である政府組織や家計組織を支出目的組織と呼べば組織の本質に迫ることができる。この分類によると、中間組織である非営利組織は基本的に支出目的組織であるものの、収入目的が混在する可能性がある。すなわち、現存する非営利組織は混合組織であることが多い。 収入目的組織では、予算においても収入が重視される。収入はいわば目標として提示される。それゆえ目標金額を超えることが推奨される。この組織では支出は収入を下回ることが求められる。一方、支出目的組織では、予算においては支出が重要である。その支出は一般に上限として提示される。この組織では支出に対応する財源の手当てが重要になる。しかしこれは甘い。本来は調達財源の範囲内での支出が求められる。いわゆる財政の基本的論争に係る意見の相違である。この発想が収支均衡の概念を生む。 3 会計哲学と収支目的 前2項の議論を組み合わせると表1のようになる。 このような理念型において、非営利組織は基本的には政府組織に近いが、非営利組織の一部である非営利法人において収益事業が認められているとき、部分的には営利企業に近い。いわゆる混合経済になぞらえて、混合組織と呼んでもよいし、中間組織でもよい。 このように整理するとき、非営利組織の一般論は展開できないことに気付く。その理由は、各種の法律の適用を受ける非営利組織である非営利法人と、そうでない組織に共通性を求めにくいからである。法適用を受ける法人とは、法制上の保護を受けるとともに、義務を負う組織である。法人格を有しない非営利組織は結局は注目されない組織のままとなる。 表1 組織と会計 4 現実的な会計の考え方 会計制度は異なる会計哲学が調整される結果としていずれの理想からもずれると大方が感じる。ヒストリアンはビジネスが表舞台に登場するや、組織目的に従うとする会計哲学が優先し、会計は利益計算の手段として発達してきたという「事実」を主張するだろう。公認会計士はその存立基盤である複式簿記と最新の会計ルールを最優先する。しかし、会計は営利企業のみのために存在するわけではない。にもかかわらず、営利企業のための利益計算システムというモデルから非営利組織あるいは具体的には非営利法人の会計を判断しがちである。そのため、政府会計や非営利法人会計が企業会計の論理から議論される危うさがある。 そもそも組織目的の異なる会計を単純に統一できるのか。後に議論する学校法人会計は企業会計と異なる。政府会計とも異なる。他の種類の非営利法人会計と類似性が多いかというと必ずしもそうではない。しかも、同じ教育機関の会計であっても、国立大学法人会計とも異なる。こうした法人別に多様な会計が存在する状況に対して、比較可能性に欠けるという理由から統一会計をめざせという主張もありうる。この場合、法人固有の目的的会計表現よりも他の種類の法人との比較可能性が優先される。しかし、何のための比較可能性かという肝心なところが議論されない。一方、学校に関する複数の会計の統一や、病院に関する複数の会計の統一に範囲をとどめるという主張もありうる。 Ⅲ 学校法人会計の検討 1 学校法人会計の特徴 私は、学校法人における予算制度と基本金制度に素朴な疑問を感じる。学校法人の予算制度は、民間企業の予算とも異なるし、政府の予算とも異なる。利益計画の一環としての企業の予算とも異なる。財政権の付与としての政府の予算とも異なる。学校法人の予算の意義は将来収支の硬直性を理由とする順守すべき予定を意味するようである。そのことが学校経営の硬直化に通ずるのではないか。その上で、予算は作成されることが何よりも重要である、当初予算は狂えば補正すればよい、そういう安直な考えを生み出す可能性を感じる。 学校法人会計における基本金制度には一定の意義があるものの、予算と同じで、制度を守っていればよいという風潮を生む。企業会計から学校法人会計を見れば基本金制度が特殊であると見える。しかし、学校法人会計から企業会計を見ると資本金制度の特殊性が見えてくる。両方の制度から統一地方公会計を見るとその純資産が極めて脆弱であると見える。つまり組織目的に従う会計哲学の関心は純資産の扱いにフォーカスされると考えられる。とりわけ基本金制度の検討を通して会計の本質に迫ることができると考える。 2 学校法人の収支の特徴 日本会計研究学会「スタディ・グループ学校法人会計」(1968~1972)は、学校法人会計の収支の特徴を指摘したのちに、予算制度と監査、予算原則、予算監査の重要性を唱えるものである。その公表年は45年も前になるが、そこでの指摘は今日にも通じる。 「1 教育プログラムのサイクル―例えば、大学学部教育においては4年、高校・中学においては各3年―の期間は収入・支出ともに非弾力的である。(略)ゆえに、所与の教育プログラムの実施過程において、教員の教育努力を追加して投入したとしても、それによって収入の増加を実現することは不可能である。支出も、その教育プログラムの1サイクルが終了するまでは、これに必要な支出として当初計画した額を自由に変更すること、特に削減することはほとんど不可能である。」と収支の非弾力性を指摘する。 「2 また教育の成果は収入の多少を以て測定評価できないから、収入と支出との間に短期的な相関関係はほとんど見出せない」し、「3支出の上限は決定しがたく、他方、これを賄う収入は有限である」とも指摘する。 ここに指摘された3つの特徴のうち、第1の収支の非弾力性は学校に特徴的なのかもしれない。しかし、第2に指摘された成果と収入の多少に短期的な相関関係が見出しえない点と、第3に指摘された支出の上限の決定困難性に対する収入の有限性という点は、非営利組織なかでも政府組織に見出せる共通する特徴である。非営利組織でも、学校法人以外の非営利法人が収支の非弾力性という特徴を備えているかどうかは個々に見ないと一般的な見解は述べられない。それにしても、収支が弾力的な営利企業とは全く異なることは誰にでも理解できるところである。 3 学校法人会計への拘束 学校法人会計は社会福祉法人会計とともに、非営利法人会計の中で例外的位置を占めている。将来の問題として統一非営利法人会計が模索されるとして、かかる統一会計に学校法人会計を包含できるか否か微妙である。第1に、学校法人は予算の策定とその忠実な執行が強制される。そこで、学校法人会計は政府会計と近似する側面を有している。第2に、法人財産の維持拘束性という観点から基本金制度が強制される。その制度は学校財産の維持を求めるものであるが、この発想は企業会計、政府会計、そして学校法人会計以外の非営利法人会計とも異なるようである。学校法人における維持拘束性は教育サービスに不可欠な資産の維持拘束性に求められる点にその特殊性がある。それゆえ、学校法人会計における基本金制度は学校法人固有の維持拘束性として理解される。 4 学校法人の収支 学校法人は、実際に学生数が決まると将来支出がほぼ決まるということなので、将来収入もショートしないように措置される必要がある。一見、政府組織と同じように見えるが、政府予算の場合には、歳出の内容は本来的には住民の要求と財源の調整を受けて決まるものであるから可変的なのに対して、学校の場合には、年度によって支出対象を変えるということは難しい。そういう意味で、学校の場合には、予定の段階から財政は硬直的である。他方、政府の場合は、過大支出が原因で財政が硬直的になる。こうした違いを考える時、学校法人の予算は、予定収入と予定支出の性格が強くなる。 5 学校法人の予算制度の問題 学校法人において予算制度が重視される理由はその非弾力的収支構造と法人の資産に対する所有権・持分権の不存在に求められる。これに対して企業は弾力的収支構造を有し、企業の財産に対する所有権・持分権が存在するため、決算制度が重要とされる。また、予算制度を必要とする同じ理由から、学校法人の存続を確実にするため基本金制度が編み出されている。決算よりも予算を重視すること、所有権・持分権なき組織の存続を図るために基本金制度を設けることに特徴があるがゆえに現行の学校法人会計が存在しているという立場に立つとしても、なお学校法人会計には検討すべき課題が存する。 予算の重要性が高まるほど決算の意義が薄れる。予算が絶対的であるとき、決算は予算執行の確認作業の意味しかない。予算が遵守目標であるとき、予算と決算の差異分析が正当化の観点から意味を持つ。予算が動機付け数値であるとき、予算と決算の差異分析は業績評価の観点から意味を持つ。いずれの場合であっても、当初予算を補正することは認められることなのかもしれない。しかしながら補正の基準があいまいであると浪費をもたらし予算による行動規制が機能しなくなる。予算が絶対的であるときに補正が弾力的だと実質的に予算統制が機能しなくなる。予算が目標であるとき補正が弾力的だと実質的に目標管理が機能しなくなる。予算が動機付けの場合、補正が弾力的だと、経営の士気をそぐ可能性もある。 学校ではその収支の拘束性ゆえに予算が絶対的であることを認めるにしても、その「立法趣旨」が理解されない形式主義が横行する。すなわち、予算の通りに間違いなく執行するか、予算に反しても執行を認めるかの判断を持たなければならない。予算に反しても予算の趣旨に合致している支出を、事務レベルにおいて認めないという「予算に対する誤った理解」が見受けられる。 6 学校法人の基本金制度の問題 学校法人会計の基本金制度は営利企業の資本金制度との対比で理解されることが多い。両者の共通性は法人財産への維持拘束性である。相違点はその維持拘束の方法にある。学校法人においては具体的な教育施設等を維持拘束すべく、純資産の側において、教育施設等の金額を基本金として設ける方法を採る。一方、企業会計においては、払込資本等で示される抽象的な維持拘束額を、純資産の側において、資本金を設ける方法を採る。ここでは、具体的な資産を維持拘束するわけではない。ちなみに、新地方公会計では、資産負債差額としての純資産額が算定されたのち、事後的に(簿外で)固定資産等形成分と余剰分(不足分)を示す方法を採用している。すなわち、基本金制度も資本金制度も採用していないのである。 学校法人には出資(所有権)がないので、事業収入の中から維持拘束すべき金額を造成するのである。すなわち、基本金は稼得利益の資本化額を示す。この発想からすれば、所有権なき企業を作ることができる。すなわち借入金等で事業投資の財源を確保し、毎期の純利益の一部を資本金に振り替える方法である。別の方法によると、当期純利益の計算に先立ち、総収益から一定金額を資本金に振り替えたのち、振替金控除後の総収益から利益計算を行う方法である。後者は学校法人の基本金会計の仕組みに相当する。 企業会計を一般的だとみれば、学校法人会計の特殊性が見えてくる。資本制度を有する会社会計から学校法人を見れば、基本金は疑似的出資とみなしうる。しかも維持拘束すべき資産等があって初めて、疑似出資たる金額を事業収入から控除して基本金に組み込むのである。この疑似資本たる基本金は維持すべき金額を示しているが、その背景に出資者はいない。そこで、学校法人の理事者が出資なき法人の維持すべき金額たる基本金を管理するのである。 このように純資産は多義的である。それは純資産の会計処理にこそ、組織目的が反映されるからである。しかも、純資産の構成要素に維持拘束すべき金額を勘定として設定しても良いし、しなくても良い。営利企業における資本金勘定の場合、その増加要因と減少原因を資本金に代替する科目として設定し、純利益を算定したのちに資本金に加減する。学校法人における基本金勘定の場合、基本金の増加(組み入れ)原因と減少(取り崩し)原因を勘定として設定しない。地方公共団体の純資産の場合、資本金や基本金に相当する科目を設定しないままに、純資産の増減原因を勘定で示すことはできる。 多義的な会計制度あるいは多義的な純資産制度に直面するとき、安直に統一化を主張する方法もあろう。その際の殺し文句が「比較可能性」である。何ゆえに比較可能でなければならないかが明らかにならないから「安直」なのである。その証拠に会計における最高規範は比較可能性かと問えば否定されるであろう。比較可能性より優先する価値(真実かつ公正なる概観であったり、意思決定有用性であったりする)がある。 Ⅳ 本報告における理論提言 学校法人における予算制度と基本金制度(を含む会計制度)を考えてきた結果、制度だけでは多義的状況を把握しきれないことに気づいた。そこで、管理という補助線を設ければよいと気づく。その組み合わせが表2のとおりである。 表2 管理と制度 予算制度と会計制度は異なる制度であるが、両者の要請を同時に満たせない可能性がある。統一的な地方公会計では、会計は予算制度に対する補完制度だと解釈することで決着がついた。これは制度面では、予算制度優先である。これに対して、営利企業における予算の意義を認めるものの、予算通りの決算を求められていない。そこでは、実際の経営活動を反映した会計が重要になる。以上に対して、非営利組織、非営利法人はいかなる位置にあるかの議論が重要である。 他方、管理の面においても予算を重視するのか、会計を重視するのかが問われる。日々の活動が予算の観点から事前に評価されるのか、日々の活動が会計的事実として把握され、それが事後的に評価対象になるかは大きな違いである。 予算制度重視と会計管理重視は矛盾するのではないかという疑念も起きよう。しかし予算は細部にわたり事前に決まっているわけではないので、予算制度を守りつつも、勘定科目間の振替や、内部組織横断的に予算を提供しあう慣行により、予算管理を事実上形骸化させ、会計管理を優先するというのも現実である。 以上のように考えると、4つのタイプのいずれにも非営利法人が位置する。非営利法人では学校法人と社会福祉法人がタイプBと考えられる一方、公益法人とNPO法人はタイプCと考えられる。我々が検討してきた学校法人はタイプBであるから、予算管理と会計制度が矛盾なく機能する方法が模索されればよいというタイプである。 いよいよ理論的検討の暫定的結論を述べる必要がある。理論的で一般論に終始する非営利組織にとっての収入は当該組織の目的に照らして手段であるから、当該組織は収入目的組織であり、その収入は財源措置等の手段的収入であるといえる。他方、非営利法人にとっての収入はその意義が十分に検討されていないと思う。軽減税率は住民から当該法人への寄付の意義があるがその合意が形成されているか、政府等からの補助金は収益なのか収入なのか、支出目的組織なのに収益事業が認められている場合には当該収入は収入目的組織の収入として認識されているか、など検討されているかなど問題は多岐に及ぶ。 以上、大会準備委員会の求めに応じて、会員に対して問題の所在に関する抽象的議論に終始したが、これらを継続的に検討していくことが本学会に与えられた任務であると思う。 [参考文献] 柴健次[2012]「非営利組織に関する会計研究のフレームワーク」『京都大学経済論叢』第186巻、第1号。 日本会計研究学会[1972]『予算制度と監査・予算原則・予算監査』。 非営利法人研究学会[2017]『非営利組織会計の研究』公益法人会計研究会。 堀田和宏[2012]『非営利組織の理論と今日的課題』公益情報サービス。 (論稿提出:平成29年11月24日)

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