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- 非営利法人に対する税制の現状と課題 / 橋本俊也(税理士)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 税理士 橋本俊也 キーワード: 非営利法人税制 優遇税制 収益事業課税 みなし寄附金制度 法人税の軽減税率 寄附者に対する優遇措置 要 旨: 本稿の目的は、わが国における非営利法人に対する優遇税制の現状と問題点を把握し、 税制上の課題を検討することにある。非営利法人に対する優遇税制には、「法人が行う事業 についての税制」と「法人に対する寄附についての税制」の2つがある。とりわけ、優遇税制の中でも、前者の「法人が行う事業についての税制」が問題となる。このため、本稿では「法人が行う事業についての税制」のうち収益事業課税方式、社会福祉法人への課税、 みなし寄附金の損金算入と法人税の軽減税率の適用についての問題点を明らかにし、それぞれの課題に対して検討を行った。その結果、法人の組織体制が整い、かつ財務上の透明性が確保された公益性の高い非営利法人については、法人税の納税義務を免除すべきことを提示している。 構 成: I はじめに II 非営利法人に対する優遇税制 III 非営利法人に対する税制の課題 IV 課題に対する検討 Ⅴ おわりに Abstract The aim of this paper is to consider the present condition and problem of a tax break on nonprofit organization in Japan, and examines the problem of a taxation system. The tax break for a nonprofit organization has two kinds. One is a taxation system about the work which a nonprofit organization performs. Another is a taxation system of contributions which a nonprofit organization receives. Especially an important problem is a taxation system about the work which a nonprofit organization performs. Among these, this study considered the problem about the profit business taxation to nonprofit organization, the taxation problem of a social welfare corporation, the inclusion in expenses of a deemed donation, the reduced tax rate, and performed examination to each subject. As the result, this paper suggests a nonprofit organization to which control is good order the transparency on financial statements was secured should be exempt from a taxation. Ⅰ はじめに 法人税法における非営利法人とは、公共法人、 公益法人等又は人格のない社団等をいう。このうち、公共法人は法人税法別表第1に掲げられ、 地方公共団体、国立大学法人、日本年金機構、 日本放送協会等をいい、法人税法第4条第2項の規定により、法人税の納税義務が免除されている。公共法人以外の非営利法人は原則として法人税を納める義務がある。ただし、非営利法人については、「民による公益」を担う活動を支えるために、各種の税制上の優遇措置が設けられている。 本稿では、非営利法人への課税のあり方について検討を行うために、優遇税制の現状と問題点を把握し、今後のわが国における非営利法人に対する税制の課題について考えてみたい。 Ⅱ 非営利法人に対する優遇税制 1 収益事業課税 内国法人は、法人税法第4条において法人税を納める義務があると規定されている。ただし、 当該法人のうち公益法人等又は人格のない社団等については、収益事業を営む場合に限るものとされる。収益事業とは、「販売業、製造業その他の政令で定める事業で、継続して事業場を設けて行われるものをいう。」(法人税法第2条 第13項)と定義され、政令で定める事業には、34業種が定められている(法人税法施行令5条)。 法人税法でいう公益法人等とは、法人税法別表第2に掲げられ、公益社団法人・公益財団法人、一般社団法人・一般財団法人(非営利型法人に該当するもの)、学校法人、社会福祉法人、宗教法人等の特別法に基づいて設立された法人がこれに該当する。このほか、法人の根拠法において、法人税法における公益法人等とみなすものと定められているNPO法人、管理組合法人等がこれに該当する。 公益社団法人・公益財団法人は、公益認定法上の公益目的事業として認定された事業については収益事業に該当する場合でも非課税となる。 一般社団法人・一般財団法人は公益認定を受けていない法人で、非営利型法人か非営利型法人 以外の2つに分けられる。非営利型法人には 「非営利が徹底された法人」1)と「共益的活動を目的とする法人」2)という 2 つの種類があり、 それぞれに定められた要件を満たした場合に、 法人税法上は公益法人等となる。そして、非営利型法人以外の一般社団法人・一般財団法人は普通法人となり、全ての所得に対して課税が行 われる。学校法人、社会福祉法人、宗教法人等 の特別法に基づいて設立された法人は、本来の目的事業については収益事業に該当する場合でも非課税となる。 2 みなし寄附金制度 みなし寄附金とは、収益事業から収益事業以外の事業のために支出した金額は同一法人内の資産の振替ではあるが、法人税法上その金額を他の法人への寄附金支出と同等な取引とみなし、 損金算入することができるというものである (法人税法第37条第5項)。 公益社団法人・公益財団法人に対するみなし 寄附金は、所得金額の50%または公益目的に使用した金額まで損金算入できる。これに対し、 NPO法人、人格のない社団のほか、一般社団法人・一般財団法人はたとえ「非営利型法人」 であっても、みなし寄附金制度の適用対象外となる。また、認定NPO法人、学校法人、社会福祉法人に対するみなし寄附金は、所得金額の50%または200万円のいずれか大きい金額、宗教法人に対しては、所得金額の20%まで損金算入できる。 3 軽減税率の適用 公益社団法人・公益財団法人、一般社団法人・一般財団法人、認定NPO法人、NPO法人、 人格のない社団は、普通法人と同じ税率である。 これに対し、特別法に基づいて設立された法人である学校法人、社会福祉法人、宗教法人については、所得年800万円超の部分の税率は19%と軽減税率が適用される。 4 寄附者に対する優遇措置 公益社団法人・公益財団法人、認定NPO法人、学校法人3)、社会福祉法人に対して、現金の寄附を行った場合には、寄附者はその寄附をした金額について、支払った年分の所得控除として寄附金控除の適用を受けることができる。 さらに、認定NPO法人及び運営組織及び事業活動が適正であるとともに、パブリック・サポート・テストの要件を満たしている公益社団法人・公益財団法人、学校法人、社会福祉法人に対して、現金の寄附を行った場合には、寄附者はその寄附をした金額について、支払った年分の所得控除として寄附金控除の適用又は税額控除4)の適用のいずれか有利な方式を選択することができる。 表 各非営利法人に対する優遇税制の現状 Ⅲ 非営利法人に対する税制の課題 特別法に基づいて設立された学校法人、社会福祉法人、宗教法人については、本来の目的事業については、法人税が課税されない。 このうち社会福祉法人は、社会福祉事業を行うことを目的として、社会福祉法に基づき設立された法人である。現在、少子高齢化が進む中、 障害者や高齢者などのための福祉施設や保育園などの運営主体となり、社会福祉の分野では大きな役割を果たしている。 介護保険法が平成12年4月から施行されたことに伴い、社会福祉事業が自治体の権限において提供するサービスから、利用者の契約によるサービスへと変わり、株式会社などの営利企業等が参入するなど、社会福祉法人を取り巻く環境は、大きく変化してきた。現在、在宅介護分野は75%が社会福祉法人以外の運営主体となっている。また、保育所の設置主体は、これまで市区町村あるいは社会福祉法人に限定されていたが、平成12年3月から株式会社による運営も認められることになり、株式会社が運営する保育所が大きな役割を果たしている。ところが介護事業、保育事業を行うにあたり、社会福祉法人については、前述したように法人税が課税されないが、株式会社のような営利企業はもちろんNPO法人という経営形態についても法人税が課税されていることで「税」の格差が生じている。 法人税法の基本的立場は、公益法人等において例外的に限定列挙された「収益事業」を行った場合にのみ課税することにある。つまり、非営利法人については、その営む事業が営利企業の営む事業と競合する場合、課税の公平性の観点から、その収益事業から生じた所得に対しては法人税が課税される。この考え方からすると、現在収益事業とされていない事業であっても民間企業と競合するものについては、これを随時 その範囲に追加しなければならない。これとは反対に限定列挙された「収益事業」から除外されている事業収益に対しては、それが営利事業であったとしても課税の対象とすべきでない。 さらに収益事業からの所得には、みなし寄附金の損金算入と軽減税率がともに適用されている。 みなし寄附金の損金算入を認め、その上に軽減税率が適用されることが過剰な支援であるという問題もある。 また、法人税法においては、非営利型法人の要件を満たす一般社団法人・一般財団法人は公益法人等として収益事業にのみ課税される。公益の認定を受ける場合には行政庁である内閣総理大臣又は都道府県知事に申請して承認を受け ることが必要となるが、非営利型法人に該当するかどうかの判断は、法人自身が行い、非営利型法人の要件を満たす場合でも税務署長への承認申請の届出は一切必要とされない。このため、 特段の手続きをすることなく、法人税法上の公益法人等の扱いを受けることができる。ただし、 一般社団法人・一般財団法人のうち非営利型法人の要件に該当しない事実が明らかとなった場 合には、法人税法上、普通法人に該当すること となり、全ての所得について法人税が課税され ることになる。 Ⅳ 課題に対する検討 1 収益事業課税方式 収益事業課税方式の立法趣旨は、「課税方法として個々の公益法人の事業の内容により、その事業が非常に公共性が強いときはたとえ収益事業を行っても課税せず、また公共性に乏しいときはその事業全部に課税するという方法も考えられた。しかしすべての公益法人についてその事業を精査し、公共性の強弱を判断することは事実上不可能に近いので、改正税法においてはすべての公益法人を一律に課税法人とし、その収益事業から生ずる所得に対してのみ法人税 を課税する」5)とされている。 非営利法人が収益事業を行ったとしても利益が上がらなければ問題が生じることはない。非営利法人は利益を上げることが禁止されているのではなく、剰余金の配当が禁止されることが特質である。このため、事業から得た収益を外部に流失することが可能であれば、課税問題は生じないことになる。また、本来事業のみの活動であれば、多額の剰余金が生じても問題とはならない。非営利法人が本来の公益事業を行うための収入を確保するためには、付随的に収益を目的として行う事業が許容されなければその運営が維持できない。したがって、収益事業から生じた剰余金のすべてを公益事業に充当することで課税問題から解消される。 前述したように公益社団法人・公益財団法人は、公益認定法上の公益目的事業として認定された事業は、収益事業に該当する場合でも非課税となる。つまり、公益目的事業と収益事業とが競合した場合には、公益目的事業が優先される。こうした新たな公益法人制度の創設により、 収益事業課税方式に変化をもたらした。その結果、特別法に基づいて設立された法人に対しても、この課税方式と同様に本来の目的事業と収益事業とが競合した場合は、本来の目的事業が優先されるような枠組みを築くことが必要である。 2 社会福祉法人への課税問題 社会福祉法人は、国および地方公共団体から公費助成を受けるとともに、社会福祉事業から生じた所得については法人税が課税されない。 これは、社会福祉法人が行う事業は福祉サービスを提供するために行われることが期待されるからである。社会福祉法人数は、平成2年度の13,356団体から平成24年度には19,407団体へ増加している。このうち施設経営を行っている法人数は、平成2年度の10,071団体から平成24年度には16,981団体へ大幅な伸びを示している6)。 社会福祉法人は、財源不足のため福祉サービ スを充実させることができないことを理由に公費助成の増加を要求してきたが、平成23年の社会保障審議会介護給付費分科会において、社会福祉法人が運営する特別養護老人ホーム一施設 あたり平均約3.07億円もの内部留保が存在する7)と報告された。これは、民間事業者の参入により事業の競合が生じることになり、多くの社会福祉法人も経営の効率化を進めざるを得なくなったことにある。その結果、多額の剰余金が生じたと推定される。 旧民法第34条に基づく公益法人は、その組織体制や財務会計のあり方について大幅に見直しが行われ、公益社団法人・公益財団法人と一般 社団法人・一般財団法人に再編され、税務面においても特別な措置が適用された。 社会福祉法人においても、福祉ニーズの多様化に対応していく中で、ガバナンスの確保など社会福祉法人制度の在り方が問われており、組織体制や会計報告等を整備しなければ税制面において優遇措置を受けることができない。 非営利法人に対する優遇税制の設計は、適正なガバナンスの下で行われる公益活動は国民にとって国や自治体が行う公益活動と同等に必要なものであるから、国等が行うサービスの活動とみなし、これを税制面から支援するものである。したがって、社会福祉法人がこうした支援を受けるには、より公益性の高い法人として、 公益社団法人・公益財団法人と同等以上の組織体制や財務上の透明性の確保が条件となる。その条件が整わなければ、税制面における優遇措置を受けることができない。 3 みなし寄附金の損金算入と法人税の軽減税率の適用 非営利法人が行う収益事業は、公益事業の活動財源とするためのものである。このため、収益事業の利益は公益事業に充当される限り、みなし寄附金の損金算入限度額は100%とすべきである。このため、公益性が高いと評価されている認定NPO法人、学校法人、社会福祉法人においては、公益社団法人・公益財団法人と同等に所得金額の50%または公益目的に使用した金額のいずれか大きい金額とすべきである。収益事業による所得をすべて公益事業のために使用した場合は、法人税額はゼロとなる。みなし寄附金の損金算入適用後の課税所得を構成するものについては、公益目的以外の事業に充てる ことが予定されるので、これに対する事業に軽減税率を適用する合理性はないと考えられる。 4 一般社団法人・一般財団法人に対する課税区分の届出 一般社団法人・一般財団法人は、法人が行う公益事業の有無に関わらず準則主義により設立することができる。このため、設立された後は法人税法上の公益法人等の扱いを受ける「非営利型法人」の要件を満たしているかどうかを税務当局が判断することは困難である。 非営利型の一般社団法人・一般財団法人は、「非営利性が徹底された法人」及び「共益的活動を目的とする法人」という2つのタイプに分かれており、それぞれ定められた要件が異なる。 この要件については、いくつもあるが、その判断は法人自身が行うこととされる。また、その要件のうち、一つでも該当しなくなったときには、全ての所得に法人税が課税される。本来の税務上の手続きであれば、収益事業から生じた所得のみが課税対象となる優遇税制を受けることから、その要件を満たしたことを承認する申請手続きが一般的である。したがって、法人の 設立に際し、非営利型の法人であることを明ら かにするために定款等の届出義務を課すべきである。 Ⅴ おわりに これまで行政が独占してきた公共サービスは、 経済再生に資する新たな取組みが求められることになり、自治体と民間企業等が協働した取組みも行われてきている。その結果、公共サービスに多様な提供主体が参入し、経営形態のみによって公益事業を定義することが困難になってきている。このため市場経済の変化を踏まえ、 介護事業や保育事業のように民間事業者との競合が発生している分野においては、経営形態間での課税の公平性を確保していく必要がある。 特に収益事業の範疇であっても、特定の事業者が行う場合に非課税とされている事業で民間と競合しているものについては、これまで非営利法人が果たしてきた役割も踏まえながら、法人税法上における収益事業の範囲の見直しが必要である。 さらに、わが国の非営利法人制度は、平成20年に旧民法第34条に基づく法人について改革が実施され、それに続き社会福祉法人についても平成28年社会福祉法改正により、公益性及び非営利性を確認する観点から改革が実施された。 ただし、学校法人、宗教法人等の特別法に基づいて設立された法人については、現在でも改革が行われていない。このため、特別法に基づくすべての法人制度の見直しを行い、公益性及び非営利性の基準を設けて選別をした上で、特定の事業だけを非課税にするといった見直しが必要である。 みなし寄附金制度については、法人格によりその適用の有無、さらに損金算入限度額が異 なっている。このため、法人格の異なる非営利法人間において、同じ事業で競合する場合には課税の公平性が維持できないため見直しが必要である。 また公益社団法人・公益財団法人に対するみなし寄附金は、所得金額の50%または公益目的に使用した金額まで損金算入できる。つまり、 収益事業による所得をすべて公益事業のために使用した場合は、法人税額はゼロとなる。これに対し、非営利型の一般社団法人・一般財団法人は、みなし寄附金制度の適用対象外となる。 こうした取扱いは制度としてのバランスに欠けているため見直しの余地がある。 パブリック・サポート・テスト8)は、一般市民から広範な支援を受けているかどうかを判断するための基準である。この基準を用いて、公益社団法人・公益財団法人、認定NPO法人、学校法人、社会福祉法人においては、寄附者が支払った寄附金に対して税額控除が導入されている。こうした税額控除の対象法人になるためには、所轄庁に申請し、要件を満たしている旨の証明を受けなければならない。このため税額控除の対象法人は、市民から支持されている法人である。さらに公益性の有無及び不特定多数の便益を与えているどうかを活動面からチェックするパブリック・ベネフィット・テストにお いて公益性の評価を受けた法人である。したがって、法人の組織体制が整い、かつ財務上の透明性が確保された公益性の高い非営利法人については、法人税の納税義務を免除することも考えるべきであろう。 [注] 1)非営利が徹底された法人とは、次のすべての要件に該当しなければならない。 ① 剰余金の分配を行わないことを定款に定めていること。 ② 解散したときは、残余財産を国・地方公共団体や一定の公益的な団体に贈与するこ とを定款に定めていること。 ③ 上記①及び②の定款の定めに反する行為 (上記①、②及び下記④の要件に該当して いた期間において、特定の個人又は団体に特別の利益を与えることを含む。) を行うことを決定し、又は行ったことがないこと。 ④ 各理事について、理事及びその理事の親族等である理事の合計数が、理事総数の3分の1以下であること。 2)共益的活動を目的とする法人とは、次のすべての要件に該当しなければならない。 ① 会員に共通する利益を図る活動を主たる目的としていること。 ② 定款等に会費の定めがあること。 ③ 主たる事業として収益事業を行っていないこと。 ④ 定款に特定の個人又は団体に剰余金の分配を行うことを定めていないこと。 ⑤ 解散したときにその残余財産を特定の個人又は団体に帰属させることを定款に定め ていないこと。 ⑥ 上記①から⑤まで及び下記⑦の要件に該当していた期間において、特定の個人又は 団体に特別の利益を与えることを決定し、 又は与えたことがないこと。 ⑦ 各理事について、理事とその理事の親族等である理事の合計数が、理事総数の3分の1 以下であること。 3)寄附した者に特別の利益が及ぶと認められるものは、寄附金控除の対象とならない。 4)小口寄附の場合には、税額控除を選択した方が有利となる。 5)大蔵省主税局調査課「所得税・法人税制度史草稿」昭和30年、266頁。 6)厚生労働省 平成26年8月27日 第1回社会保障審議会福祉部会資料「社会福祉法人基礎 データ集」 7)厚生労働省 平成25年5月21日 第 7 回社会 保障審議会介護給付費分科会介護事業経営調査委員会資料「特別養護老人ホームの内部留保について」 8)パブリック・サポート・テストの判定にあたっては、①相対値基準と②絶対値基準のい ずれかの基準を選択することができる。 ① 相対値基準 実績判定期間における経常収入金額のうちに寄附金等収入金額の占める割合が 5 分の1以上であることを求める基準である。 ② 絶対値基準 実績判定期間内の各事業年度中の寄附金の額の総額が3,000円以上である寄附者の数が、年平均100人以上であることを求める基準である。 ※ 平成28年1月1日より、公益法人の各事業年度の公益目的事業費用等(学校法人においては私立学校等の経営に関する事業の費用、社会福祉法人においては社 会福祉事業費用)の額の合計額が1億円 に満たない場合には、年平均の判定基準となる寄附者数が100人以上であることとする要件を、その公益目的事業費用等の額の合計額を1億円で除した数に100 を乗じた数(最低10人)以上であるとと もに、その判定基準となる寄附者に係る 寄附金額の年平均金額が30万円以上であることが要件に加えられた。 ※ 認定NPO法人については、上記の2つの基準のほかに条例個別指定(認定 NPO法人としての認定申請書の提出前日までに、事務所のある都道府県又は市区町村の条例により、個人住民税の寄附金税額控除の対象となる法人として個別に指定を受けていることを求める基準) による要件が認められている。 [参考文献] 石坂信一郎[2014]「わが国における非営利法人税制の起源」『札幌学院大学経営論集』 No.6。 武田昌輔[2000]『[新訂版]詳解公益法人課税』全国公益法人協会。 武田昌輔[2011]「総説」『日税研論集』 VOL.60。 成道秀雄[2011]「非営利型法人」『日税研論集』VOL.60。 成道秀雄[2014]「非営利法人税制の今後の課題」『税務通信』69⑵。 成道秀雄[2014]「一般社団・財団法人への移行期間を終えての税制課題」『非営利法人研究学会誌』VOL.16。 (論稿提出:平成28年11月30日)
- 非営利法人制度をめぐる諸活動とそのロジック / 吉田忠彦(近畿大学教授)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 近畿大学教授 吉田忠彦 キーワード: 非営利法人制度 公益法人改革 社会学的制度理論 構造化理論 要 旨: 日本の非営利法人制度は、公益法人制度を出発点とし、そこから分化した法人、さらに は異なる文脈からNPO法人や中間法人などが生まれ、そして民法の改定と新しい法律の制 定を伴った改革を経て、なおその全体像を模索している。こうした制度の変化に関わるア クターは多様であり、時代によって、所属する世界によって、非営利法人制度に対する解 釈やロジックが異なっている。それらを時代の流れの中で整理しながら、その分析視角と して社会学的制度理論の可能性を示した。 構 成: I はじめに II 非営利の諸法人の分化と展開 III 公益法人制度の整備と再編 IV 行政改革と公益法人 Ⅴ 公益法人制度改革とNPO法人 Ⅵ 非営利法人制度をめぐる諸活動、 アクター、ロジック Abstract In Japan, the legal framework of nonprofit corporation started as the Public Interest Corporation and the framework branched into several types such as the Private Educational Institution, the Religious Corporation, Specified Nonprofit Corporation and the Intermediate Corporation. The movement of the reform of the legal framework of nonprofit corporation is still ongoing, even now. There were various actors in the movement and each actor has each interpretation and logic of the nonprofit corporation. The purpose of this paper is to describe how the legal framework of nonprofit corporation has been constructed from the perspective of the sociological institutional theory. Ⅰ はじめに 近年、非営利法人制度をめぐって歴史的ともいえる大きな変化が続いた。特定非営利活動法人という新しい法人が生まれ、20年足らずの間に5 万を超える数となった。その後に中間法人も生まれたが、わずか 7 年ほどで姿を消してしまった。そして、110年ぶりとなる公益法人制度改革があって、一般法人が生まれた。公益認定という仕組みも生まれた。 しかし、「非営利法人制度」というひとつの制度が人びとの頭の中にイメージされ、それが追求されるという流れがあるとするならば、それをめぐる変化はなお続き、そしてそれらの変化もまた大きなものとなる可能性がある。なぜなら、この20年ばかりの間のいくつもの大きな変化にもかかわらず、「非営利法人制度」としては、なお未完と見られるからである。 しかし、本稿の目的は、未完の「非営利法人制度」がどうあるべきなのかを主張することではなく、そうした制度をめぐる活動の分析の視点を提示することである。 制度をめぐる活動に参加するのは特定のアクターに限られないこと、またそのアクターのより具体的な担当者もまた特定個人に限られないこと、そして同じ制度をめぐる活動も、それぞれのアクターによってその解釈や意図が異なるため、たとえば政府といった、ある特定のアクターの論理だけで全体としての「非営利法人制度」が整備されていくのではないという分析視角を提示する。 Ⅱ 非営利の諸法人の分化と展開 法に規定される「非営利法人」という法人は存在しない。民間で、営利を主目的としない団体を対象とするいくつかの法人格を総称して 「非営利法人」という言葉が用いられる。具体的には、一般法人法による一般社団法人、一般財団法人、それらのうち公益認定を受けた公益社団法人、公益財団法人、そしてかつての民法34条の特別法による学校法人、宗教法人、社会福祉法人、更生保護法人、特定非営利活動法人などを指す。また、本稿においては、これまで の経緯をたどりながら制度の変化や形成を分析するので、旧公益法人(社団法人、財団法人)や 中間法人なども含めて議論する。 これらの法人は、民法が公布された1896年 (明治29年)以降の110年あまりの歴史の中で、 それぞれの事情から生まれたり、姿を変えたり消したりして現在の状態になっている。 公益法人からいくつかの法人制度が分化したことや、公益法人自体の制度も改革されたことから、それらの全体としてのあり方を論じたり、 統合的な法人制度の可能性を論じる機会が増え、 「非営利法人制度」という言葉が用いられるようになったのである。 学校法人(昭和24年 私立学校法)、宗教法人 (昭和26年 宗教法人法)、社会福祉法人(昭和26年 社会福祉事業法)、そして更生保護法人(平成7年更生保護事業法)に至る4つの法人については、いずれも民法34条の特別法によるもので、 それらはあくまで民法34条が示す範囲のものであり、そこから分化していったものとみなすこ とができるだろう。そこでは、法人成りは主務官庁の許認可制で、設立後も主務官庁の指導・ 監督を受ける。そして、それらの法人は公益性 が高いものとみなされ、税法上では「公益法人 等」に一括される。 これとは異なる流れで生まれたのが、中間法人と特定非営利活動法人である。まず中間法人 (平成13年 中間法人法)は、公益を追求する団体であることを前提に、免税を始めとする税制上の優遇を受ける公益法人の中に、実態として共益型の団体も含まれており、さらにそうした非営利・非公益の団体の受け皿となる法人格が用意されていないことから設けられたものである。 したがって、公益的な分野を列挙した民法34条の枠から外れたカテゴリーであり、民法34条の特別法ではなく、民法の一般法による法人制度になる。そして税法上も公益法人等ではなく、 普通法人である。中間法人は公益法人の分化の 流れにあるものではなく、制度的な穴になって いた非営利・非公益のカテゴリーを埋めるために設けられたものである。したがって、中間法人は公益法人制度の欠陥を補うという意味では重大な意味を持つものであったといえるだろう1)。 特定非営利活動法人(平成10年 特定非営利活動促進法)もまた、民法34条の分化の流れとはまた別の意図から設けられたものである。中間法人が民法34条による公益法人を前提にし、その制度上の欠陥を補う形で設けられたものであったのに対して、特定非営利活動法人は、公益法人の否定、あるいはオルタナティブを目指すものであった。公益法人やそれに連なる諸法人の制度は、民の活動に対して官の価値基準で公益を規定し、法人格を付与し、さらにその後も指導・監督を行う。また、それらの法人に対しては、官の活動の一部が委ねられたり、補助金を与えられることもある。他方で、そうした官の基準に合わない団体については、法人格さえ付 与されないという状態があった。こうした官の民に対するパターナリズムに対して、それが本来の民、とりわけ市民活動を歪めたり、抑圧しているという批判の声が、欧米の民間非営利組織の様子が知られるにしたがって高まっていった。そして、官の判断によらない法人の設立を実現するための新たな法律が目論まれたのである。 Ⅲ 公益法人制度の整備と再編 公益法人制度をめぐる問題点は、民間の法人を営利と非営利とに区分するのではなく、営利と公益に区分したことによって、非営利・非公益型、すなわち共益型の団体を収める法人格を用意しなかったこと、法人成りを許可する主務官庁が多数存在し、それらの間で許可基準にばらつきが生じたこと、法人の許可がそのまま免税資格などの税制優遇につながり、主務官庁間の許可基準のばらつきと相まって、税に関する不公平が見られたことなどであった。 公益法人制度を前提としながらも、これらの問題点を是正しようとする一連の努力もなされていた。1971年(昭和46年)には行政管理庁が公益法人の指導監督に関する行政監察結果にもとづいて、公益法人制度改革について勧告を行い、公益法人等監督事務連絡協議会が設置された。その翌年、同協議会によって「公益法人設立許可審査基準等に関する申し合せ」が決定されている。これは主務官庁ごとに公益法人設立 許可の基準にばらつきが生じ、それによって同種の活動を行う団体でも、あるものは公益法人となり免税資格が与えられ、あるものは公益法人の許可がおりず、免税資格も、また法人格さえ得られないという不公平が生じていたこと、また免税などの税制優遇が相応しいとは思えない共益型の団体も公益法人として許可されているという事態が生じていたため、それを是正するために許可基準の統一が図られたものである。 こうした許可基準の統一を図る申し合せ等は、その後も何度か行われるが、その度ごとに基準は厳格になり、共益型の団体には許可が下りなくなるだけではなく、全般的に許可のハードルが上がっていった。また、休眠法人などが売買され、脱税の手段として悪用されるケースも見られたため、休眠法人の整理にも注意が向けられるようになっていった。 昭和60年9月に、総務庁が第2次の「公益法人等の指導監督に関する行政監察」の結果を発表し、法務省に対して中間法人制度の創設を勧告した。これは設立許可をもって免税などの税制優遇の資格が付与されるということから、そうした税制優遇に相応しくない共益型の団体は公益法人には含めないという基準が明確になるにつれて、そうした共益型の団体に対する法人格の必要性も明確になってきたからであった。法務省は総務庁の勧告を受けて、1996年(平成8年)10月に民事局内に「法人制度研究会」を 設置し、中間法人制度の検討を始め、中間まとめやパブリックコメントなどを経て、2001年 (平成13年)6月に中間法人法が成立し、翌年4月より施行された。また、それに先立って、 1998年(平成10年) 3 月に特定非営利活動促進法が成立し、同年12月より施行された。 中間法人制度によって、これまで公益法人制度の穴となっていた非営利・非公益型、つまり共益型の団体を収める法人格ができた。そして特定非営利活動法人制度によって、準則主義による法人格取得の道が開かれた。これらによって、民間のさまざまな活動の受け皿としての法人制度としては、とりあえずは整ったのである。 とはいえ、主務官庁制や税制との不分離などの根本的な課題の解決には至っていなかった。 また、公益法人の中には、共益型のものの他にも、行政と密接な関係を持つものも含まれており、そうした関係の中での不透明な既得権益などについての批判も起こっていた。 制度の体系、税制との関係、主務官庁制に象徴される官主導の体質、行政との関係など、以前からこれらの問題点を指摘してきた学者たちだけではなく、ジャーナリスト、政治家、市民活動家、そして世間一般からの批判の声も高まっていた。 このような背景の中、公益法人制度の改革が動き出し、2006年(平成18年)5月に公益法人制度改革関連三法が成立し、公益法人は、一般社団法人、一般財団法人、公益社団法人、公益財団法人に再編され、中間法人は一般法人に吸収される形で消えることになった。 Ⅳ 行政改革と公益法人 欧米においては、 1979年のイギリスでのサッチャー保守党政権、 1981年のアメリカでのレーガン共和党政権の発足を契機に、後にニュー・ パブリック・マネジメントと呼ばれる一連の大胆な行財政改革が進められた。日本はその時期にはむしろバブル景気に沸いていたが、 1990年代を迎える頃にはバブルははじけ、やはり行財政改革が国の重要な課題となっていた。 国債などによる債務はすでに400兆円にまで膨れ上がっており、さらに第二次大戦後の復興やその後の高度経済成長を支えるインフラ整備などのために国が設立してきた公社、公団などのいわゆる特殊法人の中に巨額の赤字を抱えるものがあった。とりわけ日本道路公団は、バブル崩壊後にはその赤字が20兆円を超えており、なおそれが膨らむことが予測されていた。 もちろん、国の公企業が生み出す巨額の負債が問題となったのはこの時が初めてではなく、1983年(昭和58年)には第一次行革審が設置され、三公社といわれた電電公社、国鉄、専売公社が次々に民営化されていった。しかし、その頃は国鉄の巨額の赤字が深刻で、それを中心とした三公社が問題として認識され、特殊法人や財政投融資、さらにそれを支える郵貯や簡保の問題は一般的にはあまり知られていなかった。 しかし、国鉄を分割民営化してもなお国の赤字が増え続け、さらにバブルがはじけたことで、 抜本的な行財政改革が国の最重要課題と見なされるようになったのである。 とりわけ、1996年(平成8年)1月に発足し た第一次橋本龍太郎内閣では、自民、社会、さきがけの連立与党内に行政改革プロジェクト チームが立ち上げられ、同年11月の第二次橋本内閣では行政改革会議が設置された。そこでは、 中央省庁再編などの大胆な改革の計画が打ち出された。後に橋本龍太郎は、森喜朗内閣の下で行政改革担当大臣としてそれらの計画を実行していった。 また、この行政改革会議が動き出したのと同じ時期に、後に東京都知事となる猪瀬直樹が、月刊雑誌に日本道路公団などの特殊法人やそれに連なる公益法人、そしてそれを支える財政投融資などについて、その実態をレポートする記事を連載し、世間の注目を浴びた2)。さらに、これに触発された同種の記事やテレビのドキュメント番組なども続いた3)。 そこでは、公益法人は特殊法人や認可法人などの政府系の諸法人と連なるものと認識され、民間の公益活動を担う法人という本来の姿よりも、天下りや渡りなどの受け皿か既得権益の隠れ蓑のような存在として扱われ、抜本的改革の必要性が叫ばれていた。 公益法人の中に実態として様々なタイプのものが存在していることは、早くから指摘されていた。とりわけ、森泉章による「典型的公益法人」、「特別法型公益法人」、「親睦団体型公益法人」、「行政補完型公益法人」、「業者団体型公益法人」の5つの類型化は、その後の議論にも影響を与えた。その後、行政と密着な関係を持つ公益法人は「行政委託型公益法人」と呼ばれるようになり、こうした公益法人に対する行政の関与のあり方を検討することが計画され、2001 年(平成13年)1月に内閣官房内に設置された 行政改革推進事務局の中に行政委託型公益法人等改革推進室が設けられた。 ところが、この行政委託型公益法人等改革推進室は、その初代室長となった小山裕自身が述べているように、公益法人制度の改革をミッションとしたものではなく、「公益法人に対する行政の関与の在り方の改革」、すなわち特定の公益法人に補助金や委託等・推薦等を行う行政の側の改革が目標だった4)。ジャーナリストやメディアの指摘、そしてそれを受けての世論が、特殊法人や公益法人の抜本的な改革を叫んでいるにもかかわらず、行政の側では、行政改革推進事務局という部署においてすら、それは一部の公益法人と、それと密接な関係を持つ行政の関係の持ち方の問題としてしか認識されていなかったのである。 たしかに、いくつかの悪質なケースの実態を詳細に調べあげ、「公益というタテマエで税金を支払わないまま、ビルを建て、政治家に献金 し、大量の内部留保を有している社団・財団法人は、犯罪の温床でもある」5)と、それが公益法人全体の姿であるかのように叫ぶ猪瀬の議論は乱暴といわねばならないが、橋本龍太郎や小泉純一郎などの政治家や、メディア、そして世間一般の中では、着実にそうした公益法人に対するイメージが普及し、それらの抜本的改革を望む声が高まっていたのである。 その後、この行政委託型公益法人等改革推進 室は、公益法人制度そのものの改革に着手することになる。しかし、公益法人制度の問題点はもうそれまでに何度も指摘され6)、時には悪しざまに書き立てられ、しかも改革推進室が設置される前年には、KSD事件(財団法人中小企業経営者福祉事業団を舞台にした汚職事件)まで発生しており、改革の必要性も自明になっていたように見えるが、行政内ではそうではなかったのである。小山はこの改革推進室が公益法人制度改革に取り組むようになった様子を次のように 述べている7)。 「改革の芽は、公益法人室に突如降りかかっ た『国所管の公益法人の総点検』という特命事項の遂行過程で、室メンバーの心の中に生まれたものである。そして、その小さな一歩が、実現不可能とすら言われた民法の改正と新たな公益法人制度の転換(主務官庁による設立許可制から準則主義への転換、法人格取得と公益性認定の切り離しが基本的な変更点である。)に結実した」。 世間では遅きに失した感さえあった公益法人制度改革も、国の行政の内部にいた小山たちにとっては、公益法人制度改革の芽は自分たちの心の中に生まれたもので、「官の世界では『ドン・キホーテ』としか考えられない、ある意味無謀な真似」8)だったのである。おそらくその気持ちに偽りはなく、小山の目には公益法人改革の流れはそう映っていたのであろう。 Ⅴ 公益法人制度改革とNPO法人 「官の世界では『ドン・キホーテ』としか考えられない、ある意味無謀な真似」だった公益法人改革は、「主務官庁による設立許可制から準則主義への転換、法人格取得と公益性認定の切り離しが基本的な変更点」だった。つまり、小山たちの中では非営利法人制度ではなく、あくまでも公益法人制度の改革なのであった。 この改革推進室はその後、2001年(平成13年)3月「行政委託型公益法人等改革の視点と課題」を公表するだけでなく、同時に国所管の公益法人の点検結果も公表し、さらに同年7月には「行政委託型公益法人等改革を具体化するための方針」、「公益法人制度についての問題意識 ~抜本的改革に向けて~」を出し、徐々に公益法人制度全体の改革の必要性を訴えていくようになる。 そして、2002年(平成14年)3月の「公益法人抜本的改革に向けた取り組みについて」が閣議決定され、その中ではっきりと関連制度を含め抜本的かつ体系的な見直しをするとして、その先頭にNPO法人が掲げられた。さらに同年8月の論点整理では、「現行のNPO法は民法の特別法としても独特の存在であるので、新たな基本的制度の中に発展的に解消される可能性が高いと考えられる」という見通しが示された。 つまり、単なる理念というのではなく、かなり具体的な計画として、関連制度も含めた非営利法人制度の整備として改革が進められたのである。 しかし、「公益法人制度について、関連制度 (NPO、中間法人、公益信託、税制等)を含め抜本的かつ体系的な見直しを行う」という目論見ははずれることになる。要するに、法人制度で見れば、公益法人と中間法人のみを新たな法人制度に入れて再編するという結果に終わったので ある。 このように、「抜本的かつ体系的な法人制度の見直し」としての改革が不発となった最大のポイントは、特定非営利活動法人との統合の失敗だった。それまで日本の非営利法人制度は、 公益法人をひとつの基準として、その分化と再編が行われてきた。しかし、特定非営利活動促進法(NPO法)は、それまでの民と官との関係をめぐる考え方が根本的に異なっていた。 NPO法成立に深く関わった山岡義典は、NPO 立法関係者と公益法人関係者との関係について、 次のように述べている9)。 「お互い無関心だったという感じはありますね。というかNPO立法側から言えば、当時の公益法人制度に対するアンチテーゼでもありましたから」。 NPO法成立をめぐっては、さまざまな市民活動団体、政治家などが関わった10)。そして議員立法により成立したその法律は、「公益法人制度に対するアンチテーゼ」であり、そこで形成された運動力はNPO法成立後も持続し、認定NPO法人の基準の緩和などの成果を導いた。 そして公益法人制度改革の議論が本格化した際には、NPO法人制度がそこに統合されることに反対し、それを阻止することに成功したのである。こうした運動力としては、具体的には、 「シーズ・市民活動を支える制度をつくる会」 がNPO法成立に向けての活動、その後のNPO 法人に対する税制の見直しに向けての活動の中で培ったロビイング力、全国各地にできていた NPOサポート組織やそれらのネットワークが あった11)。さわやか福祉財団の堀田力が、政府税制調査会の非営利法人課税ワーキング・グループにおける非営利法人への原則課税の原案に反発したことを発端に、それが市民活動団体全体に広がっていった形だが、その根底には従来の公益法人に対するアンチテーゼとしてのNPO法人の側の意識があったのである。それは次の山岡の言葉に端的に表れている12)。 「NPO法の側としては、自分たちで作った制度を、行政改革として悪者を排除するために作った制度に合わせる必要は毛頭ないというのはね、これはかなり多くの人の、立法に関わった人たちの意識としてはあると思います」。 Ⅵ 非営利法人制度をめぐる諸活動、 アクター、ロジック これまで確認したように、この30年ばかりの間、「非営利法人制度」をめぐって、民法の改定や新しい法律の制定などを含むさまざまな改革があった。そして、そうした改革を導いたさまざまな活動、それを行ったアクター、そしてそれらのアクターごとのロジックがあった。それらは、およそ以下の4つのタイプに分けることができるだろう。 ① 従来の公益法人制度を前提として、その制度の問題点を修正しようとする立場。 ② 非営利法人制度の体系化を目指す立場。 ③ 市民活動を支える制度を作ろうとする立場。 ④ 行政改革の立場から公益法人制度を改革することを目指す立場。 こうした観察から次のことがらが確認できる。 第一に、複数の立場があったということである。 これらのいずれの立場も、基本的に公益法人制度を改革するという方向をめざしていたが、そこには温度差や目指す方向の違いが見られた。 第二に、そこでは法人法、税制、会計などが定められ、運用されている現行の公益法人等の制度を核としながらも、そうした既存の制度それ自体ではなく、その将来的なあるべき姿がイメージされ、論じられていたということである。 第三に、同じ公益法人等の制度を論じていながら、それを見る視点、論理が異なっているということである。 そして第四に、公益法人制度を論じながら、 実際にはそれと関連する別の制度との組み合わせで論じられており、その組み合わせがそれぞれで異なっているということである。たとえば、公益法人制度と特別法法人や中間法人との組み 合わせの場合や、公益法人制度とNPOとの組み合わせ、ないしは対比の場合や、特殊法人と公益法人との組み合わせの場合などである。 制度をめぐる多様なアクターの活動とそのプロセスを分析する研究として代表的なのがゴミ缶モデルである(March et al[1976])。そこでは、 ①問題の流れ、②解の流れ、③参加者の流れ、 ④選択機会の流れが、それぞれ独立して流れ、 それらは合流して問題の解決に至る場合もあれば、問題が未解決のままでやり過ごされたり、先送りされることもあるとする。それぞれの要素は、それぞれの流れの中にあるものの、とりあえず選択機会(ゴミ缶)に投げ込まれるのである。 ゴミ缶モデルでは誰が問題解決にむけて全体の流れをまとめたりするのかが説明できないため、改良されたのが政策の窓モデルである (Kingdon [1994])。①問題の流れ、②政策の流れ、③政治の流れがある時に合流し、政策の窓が開き、その窓が、参加者とりわけ政策企業家によるアジェンダ設定や政策案推進の契機となる。 つまり、ばらばらな流れの中にある諸要素が合流する、つまり窓が開いたチャンスに、政策企業家が自らの意図に合うように、積極的にそれらをまとめ上げるとする。 さらに、改訂・政策の窓モデル(小島 2003) では、政策の窓モデルに政策形成の「場」を主体的に設定する政策アクティビストの役割が追加される。また、Lober[1997]では協働の窓モデルが提示され、協働企業家が問題の流れ、 解決策の流れ、組織のやる気の流れ、社会・政治・経済の流れの 4 つをまとめ上げるとする。 これらの一連の研究は、多様なアクターと多様な流れの存在を前提とし、問題の解決は単一のアクター、単一の流れによって決まるわけではないというより現実的な姿を描いている点で評価される。 しかし、これらの一連のモデルでは、問題、 解、参加者、機会などの流れが、それぞれ別に流れているとしているものの、それぞれのアクターが同じ解釈の制度を舞台にして活動し、同じ解釈の制度を前提にした問題、解、参加者、機会などが想定されている。さらにゴミ缶モデル以降のモデルにおいては、そこに全体の流れをコントロールする企業家やアクティビストの存在が想定されている。 非営利法人制度をめぐっては、それをどういう立場で、どう解釈するかはそれぞれのアク ターによって異なっていた。また、時期によって同じアクターでもその解釈や立場が変化した。 法的な規定がないということでは未だに青写真の状態ともいえる非営利法人制度をめぐって、 さまざまなアクターの活動によってその姿が徐々に具体的になったり、あるいはその姿の修正が生じたりした。つまり、ゴミ缶モデルなどが想定するような、すべてのアクターにとって 共通の出来上がっている制度などはないのである。 それぞれのアクターごとに解釈される制度を論じようとするのが、バーガーとルックマン (Berger=Luckmann[1967])などの社会構成主義 に影響受けた社会学的制度理論13)である。特に組織理論の分野においては、今日最も多くの研究者の関心を集めている。スコット(Scott [1995])、マイヤー=ローワン(Meyer=Rowan [1977])、ディマジオ=パウエル(DiMaggio= Powell[1983])などの初期の研究などから、その後多くの業績が積み上げられている。 この社会学的制度理論は、これらの組織理論を経由して経営学や会計学などにも導入されていったが、その過程において、関係する諸アクターたちから正当性を認められた1つの制度を前提に論じられたり、あるいはそうした制度化のプロセスが圧力となって同型化が起こると論じられたりと、この理論をミスリードした議論 が多く生まれた14)。これは環境要素の違いによって有効な組織の構造は異なるという、かつての構造的コンティンジェンシー理論と同じ論理であり、環境決定論に陥ってしまっている。もちろん、正当性が認められている(と想定する)制度と、それに関係する組織との関係について分析する研究が否定されるわけではないが、そこでは社会学的制度論が提示したインプリケーションは失われてしまっている。 社会学的制度論では、制度というものは所与として存在するのではなく、アクターやアク ターとしての組織が、それぞれが想定する制度に対して活動を行い、それによって自らの制度を再構成するという連続性で捉えられるものとされる。つまり、制度は組織によって構成され、 その構成は再構成され続けると見るのである。 これはギデンズの構造化理論(structuration theory)と同じ論理である(Giddens[1984])。つまり、エージェンシー(行為主体、組織)の構造 (制度)に対する再帰的な活動によって構造が再構成され続けるという、構造とエージェン シーとの一体的な把握である。この捉え方によって環境決定論(構造決定論)と、その反対の行為主体決定論のどちらにも陥らない説明を可能にしようとするのである。 すべての関係者から同じ姿に映る非営利法人制度など存在しなかったし、その全体像をデザインし、コントロールする単一の企業家やアク ティビストは存在しなかった。非営利法人制度 に関わろうとする関係者の活動が、非営利法人制度の形に影響を与え、その影響を受けた非営利法人制度の姿を関係者は認識し、そしてそれ に対してまた何らかの活動を非営利法人制度に向けて行う。こうした反復的な活動の連続性の 中に非営利法人制度は形を現すのである。 [注] 1)中間法人に関する論考は少ないが、初谷 [2012]ではまとまった整理がなされている。 2)文藝春秋の1996年(平成8年)11月号、12月号、1997年(平成9年)1月号の3回にわた る連載「日本国の研究」。この記事は後に単行本となり、文庫化もされた。さらに、猪瀬 氏の著作選集の第1巻に、「公益法人の研究」 を増補した新篇として納められた。この記事 の反響は大きく、第58回文藝春秋読者賞を受けた他、記事の「コピーが国会内で政党を問 わず回し読みされている」(「文庫版へのあとがき」)という状態だったという。実際、そ の後、郵政三事業や特殊法人の民営化を掲げ て総理になった小泉純一郎の要望で、行政改 革担当大臣の諮問機関として新たに設置され た行革断行評議会の委員となり、その翌年に は道路関係四公団民営化推進委員会の委員に就任した。この委員会が設置されて2年後の 2004年6月に、道路関係四公団民営化関係四法が成立し、日本道路公団等は民営化されることが決まったが、その間には公団が文藝春秋社を提訴したり、委員長はじめ委員7人中5人が途中で辞任、欠席するような状態だった。猪瀬はこれらの様子も週刊文春にコラム記事として書き続けた。 3)1997年(平成9年)6月20日に放送されたNHKスペシャル「官のピラミッドは崩せる か」においては、猪瀬の「日本国の研究」で俎上に乗せられた日本道路公団と財団法人道路施設協会、そしてそこから随意契約で仕事を受ける公団ファミリーの企業の様子が、やはり猪瀬と同じ論調で紹介された。猪瀬自身もテレビのニュース番組や雑誌の対談などに度々登場し、当時厚生大臣だった小泉純一郎、小泉政権で郵政民営化担当大臣も務めることになる竹中平蔵とも対談などをしている。 4)「公益法人制度そのものの改革は、公益法人室の本来の使命ではなかったし、その時点では誰も考えていなかった」小山 裕[2009]、 116頁。 5)猪瀬直樹[2001]、238頁。 6)森泉章や田中實などの先駆的な研究だけでなく、昭和61年(1986年)3月には、橋本徹 (関西学院大学教授)、古田精司(慶應義塾大学教授)、本間正明(大阪大学教授)、関 成一(国際文化教育文化交流財団事務局長)、 佐野善之(サントリー文化財団専務理事)をメンバーとする公益法人税制研究会が、「公益法人をめぐる税制改正に関する提言」を発 表している。そこでは後の公益法人改革の論点はほとんど提示されており、さらにそれを 上回る提案がなされている。また、同時期に、 林修三(元内閣法制局長官)、宮崎清文(元総理府総務副長官)、田中實(慶應義塾大学教授)、森泉章(青山学院大学教授)など団体法の研究者グループによる公益活動研究会 も、「公益法人及び公益信託に関する基本法の必要性について」という提言を行っている。 7)、8)小山 裕[2009]、116頁。 9)山岡義典[2013]「公益法人の世界、民間非営利の世界⑶」『公益法人』、2013年5号、34頁。 10)NPO法成立をめぐるプロセスについては、 谷勝宏[2003]、小島廣光[2003]、初谷勇 [2001]などいくつかの研究で詳細に分析されている。 11)2003年(平成15年)1月にNPOサポートセ ンター連絡会全国会議が公益法人制度改革に対しての声明文を採択し、翌2月にはそれを 修正し、行政改革担当大臣に申し入れを提出した。また、シーズも同じ 2 月に公益法人制 度改革に関する意見書を発表した。これらと 連鎖して、各地のこれについての集会が NPOサポート組織を中心にして開催された。 この「申し入れ」やNPOサポートセンター 連絡会の動きについては、NPOサポートセンター連絡会[2003]に詳しい。 12)山岡義典[2013]「公益法人の世界、民間非営利の世界⑶」『公益法人』、2013年5号、37 頁。 13)新制度理論、新制度派組織論、制度派組織論などとも呼ばれるが、ウェバー、バーガー、 セルズニックなどの社会学者の理論をベースにしていることから、ここでは社会学的制度理論と呼ぶ。 14)社会学的制度理論のミスリードと研究動向については、松嶋登他[2015]を参照のこと。 [参考文献] 猪瀬直樹[2001]『構造改革とはなにか―新篇日本国の研究』、小学館。 NPOサポートセンター連絡会[2003](山岸秀雄・菅原敏夫・浜辺哲也編)『NPO・公 益法人改革の罠 -市民社会への提言』、第一書林。 岡本仁宏編著[2015]『市民社会セクターの可能性』、関西学院大学出版会。 小山 裕[2009]「公益法人制度改革前史・序章 : 改革はこう始まった」『嘉悦大学研究 論集』51⑶、115-131頁。 小島廣光[2003]『政策形成とNPO法 ―問題,政策,そして政治』、有斐閣。 小島廣光[2014]「公益法人制度改革における参加者の行動」『札幌学院大学経営論集』 No.6、31-96頁。 谷 勝宏[2003]『議員立法の実証研究』、信山社。 初谷 勇[2001]『NPO政策の理論と展開』、 大阪大学出版会。 初谷 勇[2012]『公共マネジメントとNPO政策』、ぎょうせい。 松嶋 登・早坂 啓・ホームズ聡子・浦野充洋 [2015]「反省する制度派組織論の行方 ― 制度的企業家から制度ロジックへ」、桑田 耕太郎・松嶋 登・高橋勅徳編『制度的企 業家』、ナカニシヤ出版。 森泉 章[1977]『公益法人の研究』、勁草書房。 森泉 章[1982]『公益法人の現状と理論』、 勁草書房。 山岡義典[2013]「公益法人の世界、民間非 営利の世界⑴、⑵、⑶」『公益法人』2013 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- 非営利法人会計制度の回顧と展望― 公益法人会計基準の検討を中心に ― / 藤井秀樹 (京都大学教授)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 京都大学教授 藤井秀樹 キーワード: FASB 一取引二仕訳 公益法人会計基準 財産目録 資産負債アプローチ 実物資本観 要 旨: 戦後の非営利法人会計制度は、非営利法人の組織特性を基底に据えながらも、情報利用 のあり方に規定される形で、漸次的な進化を遂げてきた。その緩やかな展開方向として、 資金収支計算中心の体系から正味財産増減計算中心の体系への移行が観察される。ただし、 その移行は、たんなる企業会計方式の導入にとどまるものではなく、将来の企業会計方式 の先取りと評すべき側面も伴っていた。情報の一般利用の進展いかんが、基準のあり方(企 業会計方式のさらなる導入や基準統一化の是非および可能性)を左右することになるであろう。 構 成: I はじめに II 制度の形成過程とその特徴 III 現行制度の比較検討 IV 基準の計算構造の検討 Ⅴ おわりに Abstract In Japan, since the end of the World War II, accounting for not-for-profit entities (NFPs) has been evolved progressively in line with usersʼ needs for information, while keeping some proper practices that stem from specificities of their organizational characters. We can observe a transit from cash-flow to accrual bases as a whole picture of system change in accounting. This transit is characterized not only by catching up business accounting, but also by anticipating update of business accounting standards. The general usersʼ deeds for information will determine standards setting in the future, i.e., how far standard-setters should implant business accounting rules in NFPs, and/or whether they should unify the standards which are currently different from each other types of NFPs Ⅰ はじめに 非営利法人会計制度の形成過程を回顧し、その今後のあり方を展望することが、本稿の課題 である。個別論点について多少なりとも立ち 入った検討を行うさいには、公益法人会計基準を取り上げる。当該基準が、上記の課題を遂行するうえで恰好の検討素材を提供するものとなっているからである。また、わが国の非営利法人会計制度の特徴を浮き彫りにするための参照対象として、アメリカの事例にも、必要に応じて言及する。 Ⅱ 制度の形成過程とその特徴 この節では、わが国における非営利法人会計制度の特徴を、通時的(歴史的)な側面から明らかにしていきたい。図表1は、わが国におけ る主要な非営利法人会計制度の形成過程を要約したものである。以下、図表1によりながら、 検討を進めていく。 図表1 非営利法人会計制度の形成過程 1 第1期―原初的制度の形成― わが国では戦後、補助金行政とのリンケージを軸に、行政利用を前提にした基準設定が先行する形で、非営利法人会計基準の開発が進められた。「〔非営利法人の設立・運営においては〕 所轄官庁による認可主義が大きなウエイトを占 め、〔会計制度の形成にあたっては〕それらの許認可、監督等の行政目的が優先」(日本公認会計士協会近畿会[2000]5 頁)されたからであった。 補助金行政とのリンケージが最も強い社会福祉法人会計の制度整備(社会福祉法人会計要領の公表)が嚆矢となり、学校法人会計基準(旧基準)の設定がそれに続いた。さらにその後、公益法人会計基準(1977年基準)、病院会計準則、 公益法人会計基準(1985年基準)が公表された。 「『公益法人会計基準』の改正(1985年基準の公表 ―引用者)がここに成ったことによって、一応、 非営利法人における会計基準が出揃った感じとなり、非営利法人会計の世界は大きな転機を迎えるに至った」(藤井[1985] 7 頁)とされる1)。 以上から理解されるように、戦後もっぱら官庁主導で基準設定が進み、1980年代半ばに主要会計制度の原型が完成した。原初的制度の形成によって特徴づけられる戦後から1980年代半ばまでを、制度形成の第1期と見なすことができるであろう。 2 第2期―基準のアップデート― 2000年代に入ると行財政改革(とりわけ2001 ~2006年の「聖域なき構造改革」)の一環として、 民間非営利活動の効率的な運営を目指した制度の抜本的な見直しが進められることになった。 その見直しを受ける形で、各種会計基準のアッ プデートがほぼ時を同じくして実施された。図表1に見られるように、直近の約10年間(2004~2015年)に、各種会計基準の改訂が集中している。 一連の基準改訂において観察される最も大きな特徴は、従来の資金収支計算中心の体系を維持したケースと、正味財産増減計算中心の体系に移行したケースの、二極化が生じたことである。社会福祉法人会計基準と学校法人会計基準が前者のケースに属し、公益法人会計基準、医療法人会計基準、NPO法人会計基準が後者のケースに属する。 いずれのケースに属するにせよ、第1期にお いて形成された原初的制度を、経済社会の新しい変化をふまえてアップデートしたという点においては、一連の基準改訂は軌を一にしている。 基準のかかるアップデートによって特徴づけられる直近の約10年間を、制度形成の第2期と見なすことができるであろう。ちなみに、図表1で取り上げた主要現行制度はいずれも、第2期に形成されたものである。 3 アメリカ基準との比較検討 以上の過程を通じて形成されたわが国の主要会計制度の特徴を、アメリカ基準(FAS)と比較することによって、さらに一歩踏み込んだ形で浮き彫りにしておきたい。日米の基準間に観察される主たる相違は、次の2点である。 第1は、アメリカ基準は領域横断的な統一基 準として設定されているのに対して、日本基準は法人形態別基準として設定されていることである。わが国では統一基準の必要性がこれまで繰り返し叫ばれてきたにも拘わらず(宮内 [1984];斎藤[1985];日本公認会計士協会近畿会 [2000]等)、その作業に進展は見られず、現在に至るもなお法人形態別基準の併存状態が続いている。 アメリカで統一基準の開発が可能となってい る背景要因の1つとして、基準設定が民間の独立団体であるFASBに一元化されていることを指摘することができるであろう2)。FASBの基準設定は、資源提供者への情報提供機能を重視 した考え方(意思決定有用性アプローチdecision- usefulness approach)に依拠して進められている3)。 つまり、アメリカでは情報の行政利用は基準設定上の制約要因となっておらず4)、その限りで情報の領域横断的な比較可能性を重視した基準設定が可能となっているのである。意思決定有用性アプローチの影響は、わが国においても一部の基準(たとえば公益法人会計基準やNPO法人 会計基準等)において観察されるが、非営利法人会計制度全体に浸透するには至っていない。 わが国では、基準の早期設定を導いた情報の行政利用(Ⅱ節1参照)が、基準統一化の局面で はそれを阻害する要因として作用しているのである。 第2は、アメリカでは個別の会計処理等(たとえば「減価償却の認識」や「寄付の会計」等)に限定した基準の開発が進められているのに対して(この方式を便宜的に「個別基準アプローチ」と 呼ぶ)、わが国では特定の法人について包括的な会計原則や会計処理等を定めた基準(たとえば「公益法人会計基準」や「社会福祉法人会計基準」 等)の開発が進められていることである(この方式を便宜的に「包括基準アプローチ」と呼ぶ)。 報告主体の経済的実態に関する情報を資源提供者に提供することを基本目的とする点で企業会計と非営利会計は共通しており、したがって両者は同一の基準に拠るのが原則であって、非営利法人に固有の取引や事象に限って個別の基準を用意すれば事足りるというのが、個別基準アプローチの基本的な考え方である。これに対して、非営利会計の独自性と体系性を相対的に重視するのが、包括基準アプローチである5)。 こうしたアプローチの相違が生じた理由は、必ずしも明らかではない6)。ちなみに、基準統一化にあたっての論点整理を行った日本公認会計士協会[2015](第3.14項)では、包括基準アプローチの採用が提唱されている。 Ⅲ 現行制度の比較検討 この節では、図表1で取り上げた主要会計制度の特徴を、共時的(領域横断的)な側面から明らかにしていきたい。図表2は、各会計制度を形成する現行基準を比較対照したものである。図表2から理解される当該各制度の特徴を整理 すると、以下のようになる。 第1は、医療法人会計基準7)とNPO法人会計 基準を除くと、主務官庁ないしその付置団体等が設定主体となっており、従来の官庁主導の基準設定方式が基本的に踏襲されていることである。このことは、既述のように、制度形成においては情報の行政利用が現在もなお支配的な要因であり続けていることを物語っているが、逆にいえば、わが国では未だ一般利用者の情報ニーズがアメリカにおけるほどには成熟していないということを示唆していると解釈することも可能であろう。 第2は、基準の強制力が法人形態ごとに異なっていることである。ごく大づかみにいえば、 補助金行政とのリンケージが相対的に強い社会福祉法人会計基準と学校法人会計基準は強制力を持ち、そのリンケージが相対的に弱い公益法人会計基準8)、医療法人会計基準、NPO法人会計基準は任意適用(原則適用)とされている。 第3は、基準のアップデートにおいて資金収支計算書を財務諸表から除外する傾向が観察されるなかで、強制力を有する社会福祉法人会計基準と学校法人会計基準は、資金収支計算書を財務諸表の 1 つとして維持していることである。 このことは、情報の行政利用が資金収支計算書と密接な関係にあることを示している9)。 第4は、企業会計では1974年の商法改正に よって廃止された財産目録10)が、2008年公益法人会計基準11)と学校法人会計基準を除く4基準 で、財務諸表の1つとして維持されていることである。このことは、資産・負債の実在性を表示する財産目録が、情報の主たる利用者が行政か一般かという問題を超えた固有の情報価値を有していること、そしてまたそのような認識が制度設計者に広く共有されていることを示唆している(Ⅳ節3参照)。 Ⅱ節での検討もふまえつつ、以上の知見を再整理すれば、わが国における現行制度の特徴は以下のようにまとめることができるであろう。わが国の現行制度は、非営利法人の組織特性に規定された、その意味で超歴史的・領域横断的 な特徴を一部に残しながらも(たとえば財産目録の維持)、想定された主たる情報利用のあり方 (とりわけ補助金行政とのリンケージの強弱)の相違を反映して基準の強制力や財務諸表の体系に相違を生み出している。そうした全体状況のもとで、制度変化の緩やかな方向として、資金収支計算中心の体系から正味財産増減計算中心の体系への移行が観察される。次節では、以上の 諸点を念頭に置きながら、基準の具体的な計算構造の検討を行うことにしたい。 図表2 非営利法人会計制度の比較 Ⅳ 基準の計算構造の検討 この節では、非営利法人会計の計算構造上の諸特徴を、公益法人会計基準を事例として取り上げ、検討する。当該基準は、資金収支計算中心の体系(1985年基準)から正味財産増減計算中心の体系(2004年基準・2008年基準、以下「新基準」と総称する12))への移行を他に先駆けて経験した事例であるため、非営利法人会計の計算構造の変化とその諸特徴を明らかにするうえで恰好の検討素材を提供するものとなっている。 1 設例による計算構造の概観 以下では、次の設例によりながら検討を進める13)。 ⑴ 1985年基準にもとづく財務諸表の作成 設例の一連の取引について、1985年基準で規定された処理規則にもとづいて仕訳を行うと、図表3のようになる14)。1985年基準では、収支計算書の作成が義務づけられていたために、複合取引(資金資産と非資金資産・負債の交換取引) について、⑴資金資産の増減額(収支計算書に収容)と、⑵収入・支出の戻し額(ストック式の正味財産増減計算書15)に収容)を、別途に記録する必要があった。この記帳は一般に、「一取引 二仕訳」と呼ばれていた。図表3の仕訳では、 ③⑥⑦が、それに該当する。 この仕訳にもとづき、1985年基準が求める主要財務諸表(主要計算書類)を作成すると、図表4 のようになる。収支計算書では、当期に発生した収入と支出が勘定科目ごとに総額で表示される。その結果明らかにされる当期収支差額650が、正味財産増減計算書に振り替えられ、 同計算書において当期正味財産増加額1,450が表示される。当該増加額1,450は、貸借対照表で表示される正味財産1,450と一致する16)。また、 収支計算書で表示される次期繰越収支差額650は、貸借対照表で表示される現金650と一致する。以上のような形で、3つの財務諸表は連携(articulate)している17)。 図表3 1985年基準による仕訳 図表4 1985年基準にもとづく財務諸表 ⑵ 新基準にもとづく財務諸表の作成 設例の一連の取引について、新基準で規定された処理規則にもとづいて仕訳を行うと、複合取引に関する「一取引二仕訳」は解消することになる。他の仕訳に変更はないので、複合取引に係る③⑥⑦の仕訳のみを示すと、図表5のようになる。 この仕訳にもとづき、新基準が求める主要財務諸表を作成すると、図表6のようになる。貸借対照表で表示される正味財産合計1,450と、正味財産増減計算書で表示される正味財産期末残高1,450は一致する。貸借対照表と正味財産増減計算書の連携関係に着目すれば、その基本構造は企業会計における貸借対照表と損益及び包括利益計算書のそれと同一といえる。 図表5 新基準による仕訳(複合取引の仕訳のみ) 図表6 2008年基準にもとづく財務諸表 2 1985年基準と新基準の比較検討 1985年基準で作成が求められていた収支計算書は、今日の企業会計でいう直接法による キャッシュ・フロー計算書と同じ構造を備えた報告書であり(藤井[2011]53頁)、これを貸借対照表と連携させるために必要とされたのが、 既述の一取引二仕訳であった。しかし当該会計処理とそれに依拠して作成される財務諸表については「理解が難しい」(越尾[2005]24頁)との批判が、かねてよりなされてきた18)。 新基準は、収支計算書を「内部的な管理・統制(ガバナンス)目的の書類」(加古[2005a]19 頁)と位置づけ、財務諸表から除外した。これによって、財務諸表の体系は、貸借対照表とフロー式の正味財産増減計算書19)を基本とするものに改編され、一取引二仕訳は不要となった。これが、計算構造の観点から見た場合の、資金収支計算中心の体系から正味財産増減計算中心の体系への移行の核心である。新基準ではさらに、アメリカ基準(FAS117)を範として、正味財産の部の拘束別区分表示も導入された20)。以上の基準改訂により、⑴財務諸表の簡素化、⑵ 効率性に係る情報の提供21)、⑶受託責任の明確化、⑷財務内容の透明化が、図られたとされる (越尾[2005]27-28頁)。 3 新基準と企業会計基準の比較検討 新基準で導入された正味財産増減計算書の一般正味財産増減の部で表示される当期一般正味財産増減額(図表6では当期一般正味財産増加額450)は、「企業会計でいうところの当期純利益に相当するもの」(加古[2005a]21頁)となる22)。 そして、当該増減額と当期指定正味財産増減額 (図表6では当期指定正味財産増加額1,000)の合計額(図表6では1,450)は、企業会計でいう包括利益に相当するものとなる23)。 わが国に包括利益計算書(企業会計基準第25号) が導入されたのは2010年であったが24)、公益法人においてはそれに先立つ2004年に、包括利益に相当する会計情報を表示する財務諸表が導入されたのであった。こうした制度改訂が企業会計に先行した背景事情として、非営利法人会計の基底にある実物資本観と、近年の企業会計基 準の開発を指導する会計観である資産負債アプローチ25)の親和性(より踏み込んでいえば「融合」) を指摘することができるであろう。 実物資本観とは、実体資本維持説とも呼ばれ、「回収・維持すべき資本を(中略)、経営を構成する物財そのものとみる考え方」(中野[2007] 598頁)をいう。ミッションの達成に係るサービスを継続的に提供することを存在理由とする非営利法人においては一般に、維持すべきは、 貨幣資本(貸方資本)ではなく、サービスの提供を物理的に支える実物資本(借方資本)とする思考が働くことになる26)。かかる思考は、会 計的認識・測定において資産の実在性を重視する点で、資産負債アプローチと基本的立場を同じくしている。このことが、上記の親和性(ないし「融合」)の基盤をなす。そしてまた、制度設計における実物資本観の作用は、わが国における多くの非営利法人会計制度が現在もなお財産目録を維持している理由を説明するものともなる(Ⅲ節参照)。 とりあえずここでは、わが国における非営利法人会計制度が、企業会計方式の導入(資金収支計算中心の体系から正味財産増減計算中心の体系への移行)を基調としながらも、一部で将来の企業会計方式(財務諸表における包括利益の開示) を先取りする形で進化を遂げてきたことを確認しておきたい。後者の現象は、企業会計と非営利会計の新たな接近を示唆している27)。 Ⅴ おわりに 戦後の非営利法人会計制度は、非営利法人の組織特性を基底に据えながらも、情報利用のあり方に規定される形で、漸次的な進化を遂げてきた。その緩やかな展開方向として、資金収支計算中心の体系から正味財産増減計算中心の体系への移行が観察される。ただし、その移行は、たんなる企業会計方式の導入にとどまるものではなく、将来の企業会計方式の先取りと評すべき側面も伴っていた28)。情報の一般利用の進展いかんが、基準のあり方(企業会計方式のさらなる導入や基準統一化の是非および可能性)を左右することになるであろう。 [注] 1)公益法人会計基準の設定・整備が遅れたのは、 公益法人の活動領域が多岐にわたり、関係省庁間の意見調整が難航したからであった(藤井[1985] 7 頁)。 2)基準設定がFASBに一元化されているということは、統一基準の設定に対する一般的承認 (general acceptance)の結果と考えるべきかもしれない。かかる理解による場合、なぜ アメリカではそのような一般的承認を形成することが可能であったかが、次に問われるべ き問題となろう。その検討は本稿の課題を超えたものとなるので、別の機会に譲りたい。 ちなみに、わが国の企業会計基準委員会 (ASBJ)はFASBをモデルとして設立された基準設定団体であるが、現在のところ非営利 法人会計基準の開発はASBJの審議事項とされていない。 3)意思決定有用性アプローチの理論的含意については、差し当たり藤井[1997](第3 章)を参照されたい。 4)FASB概念書では、基準開発にあたっては、「必要とする〔個別的な〕情報を非営利組織から入手することができない外部情報利用 者」を想定し、規制機関はそうした利用者か ら除外するとされている(FASB[1980] par.10)。FASBは、このような想定にもとづく財務報告を、「一般目的外部財務報告」 (general purpose external financial reporting)と呼んでいる。つまり、FASBの基準設定において情報の行政利用は想定され ていないのである。 5)ただし、包括基準アプローチにおいても、 リース会計基準や減損会計基準等の準用は想 定されている。このことから明らかなように、 当該アプローチは必ずしも自己完結的な基準設定を目指すものではない。 6)こうしたアプローチの相違は、考え方においては程度の相違といえるが、基準のあり方には大きな影響を及ぼす。 7)医療法人会計基準の設定主体は、四病院団体協議会(構成団体は、一般社団法人日本医療法人協会、公益社団法人日本精神病院協会、 一般社団法人日本病院会、公益社団法人全日本病院協会)であるが、当該基準は厚生労働省医政局長通知(2014年3月19日)でオーソ ライズされている。 8)江田[2011]( 5 頁)では、2004年基準は強制適用、2008年基準は任意適用とする解釈が示されている。 9)ただし、資金収支計算書の様式は会計基準ごとに異なっており、長谷川[2014](ⅱ頁) によれば、そのことが「非営利会計の混迷の原点」をなすとされている。 10)より正確にいえば、当該改正により、商業帳簿および株式会社の計算に関する規定から財産目録に関する規定が削除された。 11)2008年基準においては、財産目録は、財務諸表からは除外されたが、作成すべき書類としては維持されている(2008年基準第1の1)。 12)2008年基準は、2004年基準の考え方を基本的に踏襲し、新公益法人制度に対応させるためにマイナーチェンジを図ったものである(江田[2011]3頁)。計算構造の点で、2004年基準と2008年基準の間に差異はない。 13)この設例は、加古[2005a](21頁)による。 ただし、検討の便宜上、一部を改作している。 14)1985年基準にもとづく会計処理の詳細については、藤井[2011]を参照されたい。 15)1985年基準で原則様式とされた正味財産増減計算書では、資産・負債の増減にもとづいて正味財産増減額を把握する方式が採用されたために、当該計算書は「ストック式」と称された(内閣総理大臣官房管理室編[1985]44 -45頁)。 16)この一致は、設例において当期首に当該法人が設立されたこと(すなわち前期繰越正味財産額ゼロ)を想定しているためである。もし、当期首に前期繰越正味財産額があった場合には、当該財産額と当期正味財産増加額の合計額が、貸借対照表で正味財産として表示されることになる。 17)収支計算書では直接法による資金計算が、正味財産増減計算書では間接法による資金計算が、それぞれ示されている。この点の詳細については、藤井[2011](53頁)を参照されたい。 18)一取引二仕訳の簿記理論上の問題点については、若林[1997](276頁);泉[2002](7-8頁);藤井[2011](53-55頁)を参照されたい。 19)新基準の正味財産増減計算書では、収益・費用の差額によって正味財産増減額を把握する方式(企業会計における損益計算書と同様の方式)が採用されているために、1985年基準で原則様式とされた正味財産増減計算書と対比する場合には、その特徴を表す呼称として 「フロー式」が用いられている。 20)正味財産(純資産)の拘束別区分表示の特徴および考え方については、日本公認会計士協会[2016](第2.4 ~ 2.14項); 日野[2016] (第3~4章)を参照されたい。なお、2016年8月に、新基準のモデルとされたアメリカ基準の改訂が実施され、従来の 3 区分は 2 区分に変更された。この問題については、 Cohn[2016]; 金子[2016]; 日野[2016] (補章)を参照されたい。 21)新基準における効率性の考え方については、 加古[2005b](33頁)を参照されたい。 22)ただし、非営利法人には持分(資本)が存在しないことから、当期一般正味財産増減額が 「当期純利益に相当するもの」となることが、 計算構造上、保証されているわけではない。 この点については、藤井[2016]での検討を参照されたい。 23)このことは、2004年基準のモデルとされたFAS117の財務諸表様式で表示される当期純資産増加額が包括利益を表示するものであることからも(Northcutt[1995]pp.54-55)、容易に理解されるところである。 24)その他の包括利益を間接表示する株主資本等変動計算書(企業会計基準第6号)は2005年に導入されているが、その点を考慮しても、 公益法人会計制度が、企業会計制度に先行して包括利益情報の開示を導入したことに変わりはない。 25)資産負債アプローチの詳細については、差し当たり藤井[2014]を参照されたい。 26)これに対して、Anthony [1978](pp.48-49) のいう「財務的生存力」(financial viability)は、ソフト・マネー(使途制約のない資金)による内部留保力を問題にしたも のとなっている。 27)この点については、藤井[2016]での検討を参照されたい。 28)やや図式的に整理すれば、戦後の非営利法人会計制度の進化は、①固有性の維持(財務諸表としての財産目録の維持、一部の法人では資金収支計算書の維持)、②企業会計方式の導入(資金収支計算中心の体系から正味財産増減計算中心の体系への移行)、③企業会計 方式の先取り(財務諸表における包括利益情報の実質的開示)という3つの局面から構成されていたといえるであろう。ただし、それぞれの特徴には、例外が存在する。そうした 例外の存在は、法人形態別基準の併存の産物であり、したがってそれ自体、当該制度の特徴をなすものと評することができるかもしれない。 [引用文献] Anthony, R.N.[1978], Financial Accounting in Nonbusiness Organizations: An Explanatory Study of Conceptual Issues, FASB Special Report, FASB. 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[1995], “Observations on Professor Anthony’s Commentary,” Accounting Horizons, Vol.9, No.2, pp.54-55. 石崎忠司、木下照嶽、堀井照重編著[1995] 『政府・非営利企業会計』創成社。 泉 宏之[2002]「非営利組織体の簿記」杉山学、鈴木豊編著『非営利組織体の会計』 中央経済社、 3 -12頁。 江田 寛[2011]『公益法人会計基準の解説 ―平成20年基準版―』全国公益法人協会。 加古宜士[2005a]「新公益法人会計基準の特徴と課題」『企業会計』第57巻第2号、18 -23頁。 ――――[2005b]「公益法人会計基準の改訂と新しい財務諸表体系の特徴」『非営利法人研究学会誌』Vol.7、29-35頁。 金子良太[2016]「米国FASBの非営利組織会計改革プロジェクトと我が国への影響」 『公益・一般法人』No.908、34-45頁。 越尾 淳[2005]「検討の経緯と今後の課題」 『企業会計』第57巻第2号、24-31頁。 斎藤力夫[1985]「非営利法人会計における一般基準の必要性について」『会計ジャー ナル』第17巻第13号、19-26頁。 佐藤倫正[2011]「資金勘定組織の現代的意義」『日本簿記学会年報』第26号、28-36 頁。 内閣総理大臣官房管理室編[1985]『新公益法人会計基準の解説』財団法人公益法人協 会。 中野 勲[2007]「実体資本」神戸大学会計学研究室編『会計学辞典』第 6 版、同文舘、 598頁。 日本公認会計士協会[2013]『非営利組織の会計枠組み構築に向けて』非営利法人委員 会研究報告第25号。 ――――[2015]『非営利組織の財務報告の在り方に関する論点整理』非営利組織会計検討会による報告。 ――――[2016]『非営利組織会計基準開発 に向けた個別論点整理―反対給付のない収益の認識―』公開草案。 日本公認会計士協会近畿会[2000]『非営利法人統一会計基準についての報告書』公益 会計委員会。 長谷川哲嘉[2014]『非営利会計における収支計算書―その意義を問う―』国元書房。 日野修造[2016]『非営利組織体財務報告論 ―財務的生存力情報の開示と資金調達―』 中央経済社。 藤井豊三[1985]「大きな転機を迎えた非営利法人会計」『会計ジャーナル』第17巻第 13号、6-9頁。 藤井秀樹[1997]『現代企業会計論―会計観 の転換と取得原価主義会計の可能性―』森 山書店。 ――――[2011]「資金会計と複式簿記」『日本簿記学会年報』第26号、48-57頁。 ――――[2014]「資産負債アプローチ」平松一夫、辻山栄子責任編集『会計基準のコ ンバージェンス』中央経済社、153-176頁。 ――――[2016]「純資産包括利益の計算構造に関する再検討」『財務会計研究』第10 号、1-20頁。 宮内 忍[1984]「非営利法人会計における一般基準の必要性について」『会計ジャー ナル』第16巻第10号、26-32頁。 若林茂信[1997]『アメリカの非営利法人会計基準―日本の非営利法人会計への教訓 ―』高文堂出版社。 (論稿提出:平成28年11月30日)
- ≪論文≫非営利組織におけるクラウドファンディングやファンドレイジング費の会計的課題
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 國學院大學教授 金子良太 キーワード: ファンドレイジング費 クラウドファンディング ミッション FASB 要 旨: 本稿では、非営利組織において寄付による資金調達、とりわけクラウドファンディングが 活発となる中で、ファンドレイジング費の会計的課題を検討し、わが国の非営利組織会計基 準への示唆を示す。非営利組織に特有のファンドレイジング費の会計的課題は、いまだ未解 決であるというのが本稿の問題意識である。 米国では長年にわたって、ファンドレイジング費はプログラム費用や管理費とは区分され てきた。これに対してわが国では、ファンドレイジング費を事業費や管理費とは別に区分計 上せず、多くは事業費に含められてきた。 クラウドファンディングは資金調達の一手段であって従来の寄付と共通する点が多いが、 支払手数料等の取扱いをめぐっては会計上の課題をより浮かび上がらせる。クラウドファン ディングを利用する寄付者の情報ニーズに着目し、プロジェクトごとの報告の必要性やクラ ウドファンディングのウェブサイト運営企業の情報開示の必要性を提示する。 構 成: I はじめに II ファンドレイジングとクラウドファンディングの意義 III クラウドファンディングの会計とファンドレイジング費 IV クラウドファンディングの隆盛に伴う会計上の課題 Ⅴ まとめと展望 Abstract I will discuss accounting for crowdfunding fundraising expenses. This paper examines accounting issues associatedwith fundraising costs and provides suggestions for non-profit accounting standards in Japan as fundraising throughdonations, especially crowdfunding, becomes popular with non-profit organizations. Focusing on the information needs of funders who use crowdfunding, I will present issues such as the necessity ofreporting for each project and the necessity of information disclosure by companies operating crowdfunding websites. Ⅰ はじめに 本稿の問題意識は、非営利組織において寄付による資金調達、とりわけクラウドファンディング(以下「CF」)が活発となる中で、ファンドレイジング費の会計的課題を検討し、これまでの議論をレビューし、わが国の非営利会計基準設定への示唆を示すことにある。寄付等を得る手段は個別訪問、街頭での呼びかけ、イベント開催時での寄付の呼びかけ、CFなど多様であるが、近年盛んとなっているCFがファンドレイジング費を巡る課題をより可視化している。また、CFによる資金提供者の情報ニーズに着目する。 CFとは、インターネット等を通じて、不特定多数から資金を調達する手段である。購入型 (特定の商品の対価として)・投資型(特定の事業 に対する投資として)・寄付型(特定の事業に対する寄付として)に大別される。営利企業でも非営利組織でも行われるが、非営利組織では、とりわけ社会的意義の高いプロジェクトに対して寄付をする寄付型CFが重要である。 本稿は、次の通り構成される。第2章では、 CFの意義を示し、それらの特徴を述べる。第3章では、CFの会計処理について、ファンドレイジング費に着目して述べる。第4章では、 CFの進展に伴う会計上の課題を明示する。第5章では、これまでの議論をまとめ、今後の展望を示す。 Ⅱ ファンドレイジングとクラウドファンディングの意義 1 寄付型CFの概要 非営利組織において、寄付は非常に重要なファンドレイジングの手段であることは言うま でもない。寄付を集めるには多くの方法があるが、近年はCFが注目されている。 寄付型CFの代表的な例を図表1に示すと、次の通りとなる。 寄付型CFにおいては、非営利組織のウェブサイトで行うこともあれば、外部のCFサイト を使用することも多い。特に、中小規模組織においては自身の知名度が低くウェブサイトへの訪問が少ないこと、またCFに対するノウハウが限定的なこともあって、専門のCFサイトを利用することが多い。 CFサイトの利用にあたっては、手数料が生 じることが一般的である。手数料はサイトによっても、またサイト運営会社の提供するサービス内容によっても異なる。単に集金やウェブ サイトへの掲載を代行するだけのものから、 CFの企画や広報にいたるコンサルティングまで多岐にわたる。なお、代表的なCFサイトにおいては、寄付額から差し引かれる手数料は寄付額の10%以上にのぼり、このほか寄付額にかかわらず一定の手数料が徴収されることもある。手数料の内訳は様々であるが、CFサイトの利用手数料やクレジットカード等の決済手数料が課されることが一般的である。このほか、一定の手数料を利用者(寄付者)側に課すサイトもある。サービスの内容が様々であり、手数料は安いほどよいというわけではないが、手数 料部分については非営利組織が使用できない資源となり、寄付者の観点からは手数料に配慮が必要である。 図表1 寄付型クラウドファンディング 2 寄付型CFのメリットとデメリット 本稿で検討する寄付型CFについては、従来の伝統的な街頭募金や戸別訪問、電話やダイレクトメール(DM)での寄付の呼びかけと比較した場合にメリットとデメリットとがある。寄付型CFのメリットをあげると、次の点がある。 第一に、熱心な支持者を有する宗教組織、全国的に知名度の高い組織でなくても、事業や ミッションに対する「共感」を手掛かりにした資源調達が可能となり、組織の収益源泉を確保できる。これまでの寄付では、人的・地域的な結びつき等が不可欠で、そうでない組織は一般的には寄付を集めるのが難しかった。CFでは、 知名度の高くない組織でもプロジェクトへの共感等を手掛かりに、大規模な資金調達が可能となった事例がみられる。 第二に、これまでも組織とかかわりを持たなかった層(地域・年代)からの寄付が期待できる。 人的・地域的なつながりを重視した寄付は、どうしても高年齢層に偏りがちになる。若年層は、インターネットの利用時間は多く、社会的な貢献に対する意識も高い傾向にあり、寄付型CFは有効な手段となりうる。 第三に、戸別訪問・街頭での呼びかけやDM等に依存するよりも、ファンドレイジング費を安くできる可能性がある。街頭での呼びかけ等は人件費、交通費等が多くかかるし、DMには配送コストがかかるので、寄付型CFは送料や人件費を抑え、受取寄付金に対するファンドレイジング費の比率を下げることができる可能性がある。 いっぽう、寄付型CFにはデメリットも挙げられる。 第一に、寄付型CFのほとんどは非営利組織が行う特定のプロジェクトに対する寄付となるため、組織の財政基盤を確立するような資金調達や、プロジェクトを限定しない形での資金調達は難しい。また、特定のプロジェクト以外への資金の使用が認められず、組織の自由な意思決定により資源を利用することができないことが多い。 第二に、寄付型CFでは人々からの共感が得やすいプロジェクトに寄付が集まる結果、非営利組織がそれらのプロジェクトの遂行で手一杯となり、ミッションを達成するために本来すべきプロジェクトが優先されない傾向が生じることがある。非営利組織の活動は多岐にわたるが、どうしても人々の関心のひきやすい分野とそうでない分野とがあり、CFを通じてプロジェクトは多くの人々の共感を得て資金を集めやすいプロジェクトになってしまう。このことは、寄付型CFが中長期的な組織ミッションの達成につながらない可能性を示している。 第三に、CFにかかるファンドレイジング費が高くつく可能性がある。CFのメリットとし てファンドレイジング費が安くなる可能性については前述したが、むしろ高くなる可能性もある。その理由として、CFサイトを運営する企業から課される手数料率が必ずしも低くないことがあげられる。また、CFでは多くのプロジェクトの中からサイト訪問者が寄付先を選ぶこととなり、自身のプロジェクトを目立たせることが不可欠となる。人々の興味をひく取り組みに追加的な費用がかかったり、寄付者に対して返礼品等を準備する事例もある。この結果、CFサイトを通じたファンドレイジングの総合的な費用が高くなる可能性がある。 以上の通り、寄付型CFにはメリットとデメリットとがあるが、これらを前提としたうえで、次章では会計に焦点を絞って議論を進めていく。 Ⅲ クラウドファンディングの会計とファンドレイジング費 1 寄付型CFの会計 ここでは、非営利組織がCFにより寄付を受け入れた時点の会計処理を示す。CFによって 受け入れた寄付は、受取寄付金として処理され、各種の手数料を差し引いて非営利組織に入金されることとなる。この仕訳を示せば、次のとおりである。 (借)現 金 預 金 ×× (貸)受取寄付金 ×× 支払手数料 ×× 借方の支払手数料と貸方の受取寄付金については、収益・費用のどの区分に記載されるのであろうか。 最初に、貸方の受取寄付金について検討する。寄付型CFの多くは特定のプロジェクトに対する寄付となり、わが国の公益法人会計基準に基づくと、当該受取寄付金は寄付者による使途の指定のある指定正味財産の増加となろう。もっとも、寄付型CFにおける使途の指定の方法には多様性があり、使途の指定の範囲が組織の活動分野全般にわたるなど幅広く、資金の使用において組織の裁量の余地が大きいものの場合には、一般正味財産の増加とすることも考えられる。また少額の寄付もあるので、金額的重要性の観点からそれらを一般正味財産の増加として処理することも考えられる。 次に、借方の支払手数料の費用区分について検討する。費用の分類として、わが国の公益法人会計基準やNPO法人会計基準では、費用を事業費と管理費とに大別している。ファンドレイジングにより生じる費用の区分を考える上では、ファンドレイジング活動の目的や費用の性質について検討する必要がある。次節で、これらの費用の区分について詳細に検討する。 2 ファンドレイジング費を他の費用と区分する必要性 ファンドレイジングにかかる費用は、ファンドレイジング費と称される。ファンドレイジング費につき詳細に規定する米国FASBのASC (Accounting Standards Codification)958-720-45-7では、ファンドレイジング費を、寄付を集めるための活動から生じる費用としている。ちなみに企業会計では、ファンドレイジング費という区分は存在せず、非営利組織会計に特有のものとなる。 寄付を集めるための活動の性質について検討する。寄付を集めるための活動は、それ自体が 非営利組織のミッションを達成するための事業ではない。たとえば、難民の支援活動を行う団体において、支援活動を行うための寄付の募集は、難民支援にかかるミッション達成に直接かかわるものではない。ミッションを達成するための活動費用とそのための資源の調達にかかる費用とを区分することで、組織の活動内容や成果をミッションとの関連でより適切にとらえることができるであろう。そう考えれば、ファンドレイジング費は事業活動に伴って発生する事業費とは区分することで組織の活動内容をより適切に理解することができる。 次に、収益の表示と対比したファンドレイジング費の表示について検討する。非営利組織の収益は、事業収益等の(企業でも行われる)交換取引から得られる部分と、非営利組織独自の取引である寄付等の収益を区分表示する。非営利組織の収益源泉を明確に表示することは重要である。寄付を獲得するためには、各種広報や様々なイベントの開催など様々な費用がかかる。事業収益と寄付等の収益とが区分表示されているのと同じように、費用についても事業にかかった事業費と寄付を獲得するために生じたファンドレイジング費とを区分することで、非営利組織の事業の性質がより明確になる。また、受取寄付金とファンドレイジング費が示されることで、受取寄付金に対するファンドレイジング費の比率も明確になる。とりわけ寄付に活動資金の多くを依存する組織にとって、寄付の獲得が活動の発展や組織の存続にとって重要である。資源を提供する寄付者にとっては、寄付の使途だけではなくファンドレイジング費にも高い関心を有する。また、組織は寄付を集めるために様々な手段をとるが、これに伴ってファン ドレイジング費用も多額となることがある。金 額的重要性の観点からも、区分開示の必要性が認められよう。 また、寄付者がファンドレイジング費に関心を有するのには、次のような理由もある。ファンドレイジング費が増加すると、寄付金額を一定とすれば、その分事業に投下される費用が減少する。寄付者は、提供した資源のより多くが事業に費やされることを望むだろう。一方非営利組織にとっては、ファンドレイジング費を上回る資源の流入がもたらされる限り、多くのファンドレイジング費がかかっても寄付を集め る動機がある。多くの資源の獲得を目指す非営利組織と、寄付を事業に使用することを望む寄付者の利害は必ずしも一致しない。このような 状況の下で寄付者は、組織が寄付者の期待通りに行動するよう、ファンドレイジング費を監視する必要がある。この目的からは、ファンドレ イジング費を他の費用と区分することが必要である。 以上より、寄付者に対しての情報提供を重視する観点から、ファンドレイジング活動の特質や重要性を考慮して寄付を集めるためのファンドレイジング費を他の費用と区分する必要性を示した。 もっとも、前述した通りわが国においては ファンドレイジング費を事業費・管理費いずれかに区分することとなっている。寄付型CFの手数料は、特定のプロジェクトと関連付ける寄付によって生じるものであるため、事業費の内訳区分として表示されることが多い。例えば国境なき医師団日本の活動計算書においても、ファンドレイジングにかかる費用は「募金活動費」として他とは区分表示されているものの、事業費の区分に含められている。また、他の多くの組織ではファンドレイジング費を単独で区分表示していない。次節では、ファンドレイジング費の区分計上を行う際の障害となるジョイ ント・コストについて検討する。 3 ジョイント・コストのファンドレイジング費への配分 ファンドレイジング費用は、形態別にみれば人件費・家賃・広告宣伝費・支払手数料など多様な形態を有している。また、あるイベントの一環として合わせて寄付の募集が行われることも多く、ファンドレイジングの活動と本来の事業活動との線引きが明確でないことも多い。事務所では様々な目的の活動で、家賃・光熱費・ 通信費等が発生する。また1人の職員が事業、ファンドレイジング、各種の管理業務を担当することもある。このため、目的別の費用区分を行うに当たっては、複数の目的にかかわって発生する事業費や人件費、家賃等のジョイント・ コストを事業費、管理費、ファンドレイジング 費等に区分する必要が生じる。 このようなジョイント・コストの配分について、FASBの公表するASC 958-720-45-2Aでは、プログラムや他の支援活動の実施や監督にかかる費用は、それぞれの費用区分に適切に配分することを求めている。たとえば、ITにかかる費用は一般管理(経理や人事等)、ファンドレイジングやプログラム活動にも便益をもたらしている。それゆえ、費用は直接便益を受ける機能へ配分される。区分を適切に行うためには、ジョ イント・コストの適切な配分基準を確立することが不可欠となる。 米国公認会計士協会(AICPA)は、1998年11月にStatement of Position(SOP)98-2「ファンドレイジングを行う非営利組織、政府系組織の活動費用の会計」を公表した。特にジョイント・ コストの配分の基準を明確にすることがSOP98-2の趣旨である。非営利組織の活動のうち特定の要件を満たしたものをプログラムまたは一般管理費用とし、それ以外をファンドレイジング費とする。本報告書の適用対象は民間非営利組織だけではなく、(州・地方政府の会計基準を規定する)GASBの公表する会計基準を適用する政府系組織も含まれ、組織形態を問わずファンドレイジング費の配分について規定する ものとなっている。 SOP98-2公表前の実務では、ジョイント・コストは、事業費に多くを配分する実務が一般的であった。この結果、ファンドレイジング費に実態より少ない費用しか配分されない懸念があった。SOP98-2では、事業及び一般管理に配分できる費用を列挙したうえで、それ以外はファンドレイジング費とすることで、より多くの金額が適切にファンドレイジング費に配分されることが意図されている。 SOP98-2では大別して目的、対象、内容の3つの基準を示した(pars.8-11)。プログラム活動の目的はミッションの達成に直接つながるもので、寄付者(または潜在的な寄付者)ではなくサービスの受益者を対象とし、対象者や受益の内容が明確であることが必要である。ジョイント・ コストは、これらに合致する場合には事業費とすることができるが、そうでない場合、管理費またはファンドレイジング費となる。そのうえで、ジョイント・コストについては、コストが発生したイベントの類型、コストの配分方法を 示す表や記述、1期間の総額や各項目への配分割合、コストの配分方法に関する補足情報等の開示が求められる(par.18)。このような開示を通じたファンドレイジング費の開示の適正化 が意図されていたが、実際の意図通りに開示されたのか、次節で述べる。 4 ファンドレイジング費を適切に計上・開示することの難しさ 非営利組織には、ファンドレイジング費を低く見せようとする動機がある。ファンドレイジング費が高いことは、寄付者の寄付の動機を弱めたり、理事者に対する批判を生む可能性があるからである。このことを実証した米国の先行研究もある。たとえば、Jones and Roberts [2006]、Krishnan et al.[2006]、Keating et al.[2008]は、非営利組織がジョイント・コス トをファンドレイジング費ではなく事業費に配分する傾向があることを実証した。また、 Keating et al.[2008]では、調査サンプルの12%は事業費に過大にジョイント・コストを配分していると結論付けた。Tinkelman[2006] では、実態は異なる場合があるにもかかわらずファンドレイジング費は毎年安定的に推移していることから、費用を一定に保つ組織の行動を示す証拠を示している。 このように、ファンドレイジング費は区分開示が望ましいものの、ジョイント・コストの配分の難しさや非営利組織におけるファンドレイジング費を少なく開示したい動機からその配分に恣意性が介入し、現実には区分開示を通じた適切な情報提供が難しいという問題点がある。このことは、ファンドレイジング費の区分開示を行う障害となっている。これまでの議論を前提としたうえで、次節では寄付型CFにおけるファンドレイジング費の特徴について考察する。 Ⅳ クラウドファンディングの隆盛に伴う会計上の課題 1 寄付型CFにおけるファンドレイジング費の特徴 寄付型CFにおいて発生するファンドレイジング費の主なものとしては、前述した通りCFサイト運営業者への支払手数料があげられる。 この手数料は、他の目的をあわせ持つジョイント・コストではなく、CFサイトにおける寄付に対して直接生じるファンドレイジング費である。寄付型CFの手数料については、ファンドレイジング費であることが明確であり、費用配分をめぐる恣意性の介入する余地も少ない。このことは、寄付型CFにおいてはファンドレイ ジング費の計上が相対的に容易であることを意味する。 CFが盛んになることは、ファンドレイジング費の区分開示の必要性を再認識させる。寄付型CFの隆盛をきっかけに、CFを包含したファ ンドレイジング活動全体にかかる会計基準等の整備が求められる。 2 寄付型CFの支援者の情報ニーズ 非営利組織会計において、寄付等を通じた資源提供者は財務報告の重要な利用者として位置づけられる。寄付型CFを通じた資源提供者は、他の寄付者と情報ニーズが異なる点はないのだろうか。 寄付型CFは、特定の事業に対して、目標額を示して資金を募集することが一般的である。このような事業に共感して寄付する支援者は、自らが寄付した特定の事業に対する興味関心をより多く有する。しかし、組織や事業に対する情報入手の手段は、地域的、人的つながりがない分、限定的となる。多くの寄付型CFの支援者は小口の支援者であるので、組織に対して個別に資金の使途報告を求められる立場にない。現在の非営利組織会計では、一般目的財務報告では原則として組織全体の情報開示が求められ、寄付の使途に関する報告は限定的である。寄付型CFの寄付者に対して、CFによる寄付の使途を示す実績報告は一部で行われているものの、その様式や内容も統一されているものではなく、活動実績報告は活動内容の報告がメインで金額の開示は限定的である。現行の一般目的財務報告において開示される情報が、寄付型CFの寄付者の情報ニーズと合致するか、検証していく必要がある。 3 寄付型CFサイトにおける情報開示の必要性 寄付型CFにおいては、非営利組織ではなく寄付を仲介する役割を果たすウェブサイトの運営業者の情報開示も重要である。寄付金から手数料が差し引かれて非営利組織に送金されることを考えれば、寄付者が直接ウェブサイト運営業者に手数料を支払うわけではないにしても、寄付者であるサイト利用者に対して手数料を明確に開示していくことが求められよう。手数料が明示されているウェブサイトも存在するものの、すべてで統一的に開示されているわけではない。手数料等の開示を通じて、寄付者が手数料を考慮したウェブサイトの選択を行うことで、業者間の競争、ひいては手数料の低下が促されることは、非営利組織が受領する資源の増加にもつながる。 また、CFを行う非営利組織の会計情報、これまで当該組織が行ったCFの実績報告等がCF を行う際に重要な情報となる。一部の組織においてはこれらの情報をCFサイト上で公開しているものの、その開示内容は様々であり、必ずしもCFを行う際に開示が求められているわけではない。これらの情報開示により、非営利組織が行う事業だけではなく、組織の財政状態や運営状況、これまでのCFの実績を考慮した寄付先の選択が可能になる。 寄付型CFは時間軸が短く、また少額の寄付においては組織の財務情報に関するニーズは必ずしも高くない。一方で、非営利組織が今後継続的に支援を受けていくためには、非営利組織と支援者の間の関係構築は不可欠で、適切な情報開示が望まれる。CFにおける非営利組織間の競争が、「共感」を求めることはもちろん会計報告や成果報告が重視される形で進展すれば、より効率的な資金の流れが促進されるので はないか。 Ⅴ まとめと展望 本稿では、最初に寄付型CFの特徴、メリットとデメリットについて説明した。続いて、非営利組織における寄付型CFの受入時の会計処理と、ファンドレイジング費の意義と区分について述べた。次に、ファンドレイジング費をめぐる問題点や先行研究を示し、ファンドレイジング費の区分の理論と実態の乖離を示した。そのうえで、寄付型CFの支払手数料は直接費で、事業費や管理費とは区分して示すことが容易でありファンドレイジング費として区計上すべきであることを主張した。最後に、寄付型CFの利用者のニーズに着目し、現行会計基準の求める組織全体の財務報告を超えた、CFのウェブサイトを運営する企業における手数料等の開示、またCFにおける非営利組織自身の情報開示の必要性を示した。 わが国では寄付を受け入れている非営利組織は限定的で、また特定の寄付者へ依存することも多く、寄付を募集することでかかるファンドレイジング費自体になじみが薄い。もっとも、今後、CFを行う団体の増加も予想される。寄付文化の醸成という意味でも、非営利組織における各種の情報開示はもちろん、それを支える 基盤となるようなCFサイトにおける各種の情報開示やファンドレイジング費の明確化が必要である。CFに関する手数料の開示、ファンドレイジング費の明確化等がわが国の寄付文化の醸成、ひいては非営利組織の発展につながることを願い、本稿を締めくくりたい。 (付記)本稿は、非営利法人研究学会第26回全国大会統一論題報告に加筆修正したもる。科学研究費補助金基盤研究(C)課題番号 19K02021による研究成果の一部である。 [参考文献] 五百竹宏明[2022]「クラウドファンディング における寄付者の意思決定プロセスに関する 研究」『北陸大学紀要』第52号、27-35頁。 NPO法人会計基準協議会[2017]『NPO法人会 計基準』。 NPO法人会計基準協議会[2019]『認定 NPO 法人に対する寄付金の会計処理に関する調査 報告書』。 金子良太[2017]「ファンドレイジングと会計 上の区分開示をめぐる動向:米国の事例を中 心に」『公益・一般法人』第938号、54-67頁。 内閣府公益認定等委員会[2008]『公益法人会 計基準』。 原尚美[2022]『税理士のためのクラウドファ ンディングの実務』第一法規。 日野修造[2016]『非営利組織体財務報告論』 中央経済社。 AICPA.[1998], Statement of Position 98-2 Accounting for costs of activities of Not-forprofit organizations and state and local governmental entities that include fundraising. FASB.[2016], Accounting Standards Update No.2016-14 “Not-for-Profit Entities(Topic 958)” Jones C.L. and Roberts A.A.[2006], Management of financial information in charitable organizations: The case of joint-cost allocations, The Accounting Review, 81, pp.159- 178. Keating E.K., Parsons L.M., and .Roberts A.A. [2008], Misreporting fundraising: How do nonprofit organizations account for telemarketing campaigns? The Accounting Review, 83⑵, pp.417-446. Krishnan R., Yetman M.H. and Yetman R.J. [2006], Expense misreporting in nonprofit organizations, The Accounting Review, 81⑵, pp.399-420. Tinkelman D.[2006], The Decision-Usefulness of Nonprofit Fundraising Ratios: Some Contrary Evidence, Journal of Accounting, Au︲ diting and Finance, 21⑷, pp.441-462. (論稿提出:令和4年12月20日)
- ≪論文≫成果の可視化と非営利活動のミッション―PFS・SIB・休眠預金等活用・社会的投資などの視点から―
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 関西大学教授 馬場英朗 キーワード: 成果連動型民間委託契約 インパクト評価 EBPM イノベーション インパクト・ウォッシング 利害関係者価値 要 旨: 近年、成果連動型民間委託契約や休眠預金等活用など、社会的インパクト評価等による成 果の可視化を前提とする財源が増えている。成果を可視化することは資金提供者へのアカウ ンタビリティとして重要であるが、安易な成果が強調されるとミッションが歪められ、非営 利が果たすべき社会変革への意識が損なわれるという批判もある。特に、委託や助成では成 果を達成するプロセスを仮定して成果指標を設定することが求められており、目先の成果に 囚われてしまう危険性もあるが、株主利益から利害関係者利益へというSDGsの流れのなか で社会的投資が広がりつつあり、非営利活動においても資金提供者利益から利害関係者利益 へと意思決定の基盤をゲーム・チェンジさせる契機とも考えられる。PFS等による成果の可 視化を適切に機能させるために、多様な意見やノウハウを取り入れながら合理性のある成果 指標などを設定するための合意形成の仕組みが期待される。 構 成: I はじめに II 成果連動型民間委託契約における成果の可視化 III 休眠預金等活用における成果の可視化 IV 成果の可視化がミッションに与える影響 Ⅴ 社会的投資市場の推進とミッション Ⅵ 今後の展望と課題 Abstract Financial resources for nonprofits based on performance visualization by social impact measurement have increased. These include Pay for Success contracts and utilization of funds related to dormant deposits. Performance visualization is important for accountability to funders, but there has been criticism that emphasizing easy results distorts the mission of the nonprofit and undermines awareness of social change. In particular, performance-based commissions and subsidies are often required to set performance indicators based on the assumption of processes to reach the intended results; therefore, the risk of obsession with short-term results might exist. However, in the trend of SDGs, social investment is spreading, and this can be considered an opportunity for a change in the orientation of decision-making for nonprofit activities from the funder’s interest to the stakeholder’s interest. In order to rationalize performance visualization, a consensus-building scheme should be established to synthesize diverse opinions and know-how Ⅰ はじめに 非営利組織の財源は従来から、人々からの支援としての寄付や、自律した財源としての事業収益が注目されてきたが、財務情報のみでは活動の成果が伝わりにくく、財源を拡大することが容易ではないというジレンマがあった。それに対して、近年では成果を重視する助成や委託、あるいはストーリーによって共感を得るクラウドファンディングなど、非営利活動が生み出した成果を可視化することによって、支払いを受ける根拠とみなす成果指向にもとづいた財源が拡大している。 ただし、非営利活動が生み出す成果を過度に単純化することは、非営利のビジネス化を招くという批判もある。EBPM(証拠にもとづく政策立案)などの世界的な広がりをみると、成果の可視化に取り組むことは不可避とも考えられるが、その一方では多様性や地域性を尊重すべきという揺り戻しも生じている。また、現場団体のなかにも、成果の可視化に対して積極的に取り組む団体と、成果は簡単に説明できるものではないと考える慎重な団体とに二極化している状況も見受けられる。 成果の可視化に取り組むべきかどうかは、資金提供者などの期待も考慮しながら、個々の団体が判断することではあるが、成果の可視化を性急に求めるような圧力が常態化すると、非営利活動のミッションが歪められるという警戒感も根強く存在する。その一方で、わが国の非営利セクターでは成果の可視化とミッションとの関係性について、十分に議論が深められていないままに様々な実践が導入されている。 そこで本研究では、成果連動型民間委託契約やその一類型であるソーシャル・インパクト・ ボンド、あるいは休眠預金等活用に導入されている社会的インパクト評価などを概観することにより、成果指向型のプログラムに積極的に取り組む団体と、懐疑的な団体による主張を整理するとともに、成果の可視化が非営利活動のミッションにどのような影響を与えているかを考察する。さらには、政府が推し進めようとしている社会的投資市場の育成などの動向も踏まえて、投融資における成果とミッションのあり方についても検討を加える。 Ⅱ 成果連動型民間委託契約における 成果の可視化 成果連動型民間委託契約(Pay for Success: PFS)とは、「解決を目指す行政課題、事業目標に対応した成果指標をアウトカムとして設定し、地方公共団体等が当該行政課題の解決のためにその事業を民間事業者に委託等した際に支払う額等が、当該成果指標値の改善状況に連動する事業方式」(内閣府[2021]2頁)である。 もともとイギリスではPbR(Payment by Results)という仕組みがあり、官民あるいは営利・ 非営利を問わず、より良いサービスを提供できる主体が公共サービスを担うべきという考え方のもと(HM Government[2011]p.9)、民間事業者が生み出した財政削減額の範囲内で、当該事業に対して報酬を支払うことができるという公共調達スキームが導入されていた。そして、 PbRの一類型として、民間投資家から調達した資金を用いて公共サービスを実施し、一定水準の成果が達成されると行政から元利金が支払われるというソーシャル・インパクト・ボンド (SIB)が、2010年にイギリスで初めて導入されて世界各国へと広がった1)。その後、アメリカではSIBを含めて、成果に応じて報酬が支払われる公共調達のことをPFSと称するようになり、日本でも2021年に内閣府がPFSの共通的ガイドラインを公表している。 PFSと従来型の委託事業を比較すると、図表1に示したような相違点がある。従来型の委託事業では、事前に定められた仕様に従って事業を実施することが求められており、そのために必要なコスト等が見積もられて、成果にかかわらず定額の支払いが行われる。それに対して、 PFSでは事業目標とそれに対応した成果指標が設けられているが、成果を達成するためにどのようなアプローチを選択するかは民間事業者に委ねられており、そのために必要となるコスト等を事前に見積もることが難しい。そこで、コスト等ではなく成果にもとづいて支払いを行うことにより、民間事業者の創意工夫やイノベーショ ンを誘発し、社会課題を解決するための新しいアプローチを生み出すことが企図されている。 海外ではPFSは、短期受刑者の再犯防止やホームレス支援、問題を抱える若者への教育あ るいは就労支援、児童保護や養子縁組、医療福祉や健康増進など、幅広い分野に活用されている。それに対して、日本ではパイロット事業の段階であり、内閣府による2020年度から3年間のアクションプランでは医療・健康、介護、再犯防止が重点分野とされてきたことから、図表2に示すように医薬・介護に係る事業にPFSが集中している2)。また、短期あるいは単年度の事業も多く、予算規模も小さいことから、事業目標の代理となる合理的な成果指標を設定し、検証に必要なデータを十分に集めることが難しいという課題もある。 したがって、PFSに関するこれらの課題を考慮すると、本来的に目標とすべき成果指標が適切に設定されず、定量的あるいは定性的な評価を行うために形式的な指標が設定されるリスクは常に存在する。国際的にみても、公共サービスの成果を測定するインパクト評価の手法はいまだ定まっていないため、成果指向に対する関心が高まり、新しく参入する事業者が増えるにつれて、実態のともなわない成果が強調される インパクト・ウォッシングの危険性が高まるという指摘がなされている(OECD[2019]p.236)3)。 さらには、首長あるいは行政職員のなかにおいても、PFSが低コストでより高い成果をあげる成果主義として認識されている場合がある4)。 しかしながら、PFSを単なる成果報酬と混同するならば、失敗を恐れるあまり成果が達成されたと見せかける形だけの成果指標が設定されるなど、従来から指摘されてきたいわゆる「行政 の無謬性」を脱却できない恐れが生じる。成果指向に対して慎重な姿勢をとっている団体は、このように形骸化した評価が横行することにより、非営利活動のミッションがないがしろにされるリスクを危惧しているものと考えられる。 図表1 成果連動型民間委託契約(PFS)と従来型委託 図表2 日本における成果連動型民間委託契約(PFS)事業 Ⅲ 休眠預金等活用における成果の可視化 2018年に「民間公益活動を促進するための休眠預金等に係る資金の活用に関する法律」(休眠預金等活用法)が施行され、10年以上取引がない休眠預金を原資として、2019年度から社会課題の解決や民間公益活動に対する助成が行わ れている。図表3に示すように、休眠預金等は預金保険機構に移管された後、指定活用団体が各地の資金分配団体に助成を行い、さらに資金分配団体から民間公益活動を実施する実行団体へと助成が行われる5)。 休眠預金等活用は、国民の預金等を原資としていることから、そのプロセスの透明性や適正性を確保し、社会的な成果を明らかにして国民の信頼性を担保するために、社会的インパクト評価を実施することが定められている6)。そして、成果をしっかりと説明することにより、従来型の助成のように人件費や設備関係といった事業資金について、事前に使途を決めて拘束するのではなく、現場団体がなるべく柔軟に活用できるようにすることが企図されてる。 社会的インパクト評価を実施する際には、事前に達成すべき成果を明示したうえで、イン プットからアウトプット、さらにはアウトカムに至る情報を体系的に収集し、ロジック・モデル等にもとづいて相互に接続することが求められている(内閣府[2018]27頁)。図表4は内閣府のパイロット調査によって、若年無業者の就労支援事業に係るロジック・モデルと社会的インパクトが端的に図式化されたものであるが、 就労に課題を抱える若者に対して相談やインターンシップ、中間的就労などのプログラムを 実施することにより(インプット⇒アウトプット)、外出機会が増えて引きこもりが解消し、 自己肯定感が向上し(初期的アウトカム)、就職活動をスタートして就労が決定し(中間的アウトカム)、企業や地域社会の担い手になる(長期的アウトカム)というロジックにもとづいて、 成果指標を設定して変化の流れとその社会的価値を測定している。 社会的インパクト評価は、「単に就労を何人達成したか」という最終成果のみを重視する成果主義ではなく、事業目標に応じた成果指標を設定し、長期的なアウトカムだけではなく、初期的あるいは中間的なアウトカムも丁寧に測定することが意図されている。したがって、社会的インパクト評価は必ずしも非営利活動のミッションを損なうものではなく、むしろミッションから成果への流れを一般にもわかりやすく説明することをねらいとしている。 ただし、休眠預金等活用における社会的インパクト評価はパイロット事業として実施されている段階であり、予算規模が小さい、実施期間が短い、必要なデータ(エビデンス)が得られないなどの技術的課題も多く残されている。そのため、成果を測定しやすい分野あるいは対象者に事業が偏るのではないか、アウトカムではなくアウトプットの測定にとどまっているのではないか、といった疑念を非営利セクターや一般社会から向けられることもある状況となっており、評価の妥当性に対する多方面からの検証が待たれるところである7)。 図表3 休眠預金等活用の流れ 図表4 ロジック・モデルと社会的インパクト Ⅳ 成果の可視化がミッションに与え る影響 いわゆる成果主義は最終成果に着目し、それに応じて成果報酬が支払われるのに対して、 PFSや休眠預金等活用では事業目標から最終成果に至るまでのロジックを想定し、途中段階での成果指標を設定することにより、最終成果の前段階にある初期的あるいは中間的な成果に対しても支払いを行ったり、事業が生み出した成果と認めたりすることを可能にしている。したがって、その際に実施される社会的インパクト評価等が適切に機能していれば、成果指向によるこれらのスキームがミッションに悪影響を与えることはなく、むしろ多様な成果を社会に対して丁寧にアピールすることにつながると考えられる。 しかしながら、実際には「適正な成果指標やその評価方法、支払条件の設定、契約手続についての情報等が少ない」(内閣府[2020]3頁) ことから、成果を変化として測定し、社会に生み出された中長期的な影響を見える化するという、本来的な意味での社会的インパクト評価が実施できているプログラムはまだ限られている。そのため、不十分な評価方法を採用することによってインパクト・ウォッシングが引き起こされたり、データや能力の不足によって評価の形骸化が生じたりする恐れがある。 もしこのように不適切な評価が広がれば、安直で見栄えのよい成果が強調されて、非営利活動のミッションが歪められる危険性がある。そのため、諸外国では評価の専門スキルを有するインパクト・オフィサー等を雇用あるいは契約し、評価対象の事業とは独立した立場から成果を検証させたり、外部評価機関を導入したりするといった工夫もなされている。 しかしながら、将来的に極端な成果指向が進むと、小規模な活動や地域における地道な活動、当事者性が強い活動が排除されたり、「より困難な状況下にある、成果を『見せにくい』当事者が放置される」(現場視点で休眠預金を考える会 [2018]3頁)といった状況が起こったりする懸念も考えられる8)。この点について、休眠預金等活用は助成であることから、子どもや若者への支援、就労や社会的孤立の解消、地域活性化など、比較的に幅広い分野が採択されているのに対して、公共調達であるPFSでは成果に応じた支払いを検証するために、より厳密なインパクト評価が求められることから、現状では医療・介護に集中しており、適用分野や対象者を拡大することが今後の課題となっている。 イギリスでは、ニュー・パブリック・マネジ メント(NPM)のもとで公共サービス市場の民間開放が進んだ結果、全国的・国際的な大企業あるいは大規模NPOが事業を占有し、地域の社会的企業やチャリティ団体を排除しているという批判が起こった。そのため、2013年に公共 サービス(社会的価値)法が施行され、さらに 2018年からはこの法令のもとで政府の公共調達に社会的価値評価を導入するように求めることにより、経済性だけではない多様な価値を公共調達に反映させ、非営利活動のミッションについても尊重するように配慮がなされている9)。 Ⅴ 社会的投資市場の推進とミッション 政府は「骨太の方針2022」(内閣府[2022]) において、「新しい資本主義が目指す民間の力を活用した社会課題解決に向けた取組や多様性に富んだ包摂社会の実現、一極集中から多極化した社会をつくり地域を活性化する改革の方向性を示す」(同1頁)として、「従来の『リスク』、『リターン』に加えて『インパクト』を測定し、『課題解決』を資本主義におけるもう一つの評価尺度としていく必要がある」(同12頁)と述べている。そして、ソーシャル・セクターの発展を支援するために、社会的インパクト投資資金を呼び込むことを提言しており、その方策としてSIBや休眠預金等活用が位置づけられている。 日本ではPFSのうちでも、外部の民間資金を導入するSIBについてはあまり導入が進んでおらず、また休眠預金等の活用は助成のみが行われており、欧米諸国と比べて社会的投資市場がまだ形成できていない状況にある。そのため、政府は「休眠預金等活用法施行5年後の見直しに際し、これまでの取組について評価を行い、出資や貸付けの在り方、手法等の検討を進め、 本年度中に結論を得る」(同12頁)という方針を示し、休眠預金等を社会的投資市場の育成に向けた呼び水とすることを期待している。 それに対して、海外ではインパクト投資を含めた社会的投資市場が拡大しているが、必ずしも上述したような社会的インパクト評価を前提としているわけではない。イギリスでは社会的投資市場を推進するために休眠預金等が投融資に活用されているが、資金が有効に活用されたことを丁寧に説明するように求められる助成とは異なり、資金の返還を受けられる投融資では (社会的なものを含む)リターンが成果指標となる。ただし、このような社会的リターンの追求が広まることに対して、「社会課題」に対する取り組みは進展するとしても、非営利組織が本来もっていた「社会変革」への意識が薄れるのではないかという懸念が実践家などからも表明されている10)。しかしながら、欧州を中心とした社会的投資の広がりはSDGsの文脈のなかで、株主利益あるいは資金提供者利益から利害関係者利益へと意思決定の前提を転換させるゲーム・チェンジとしての側面を有しており、正しい理解が広がれば非営利活動のミッションを社会に浸透させる契機となる可能性もあると思料する11)。 Ⅵ 今後の展望と課題 過去に筆者がPFSや休眠預金等活用、あるいは社会的インパクト投資に取り組む国内外の団体にヒアリングしたところでは、これらの事業によって非営利活動のミッションが損なわれたという話はほとんど聞かれず、むしろ成果指向の考え方が組織内外におけるミッションの浸透に寄与している、という意見が多く聞かれた。 したがって、成果の可視化はミッションを必ずしも棄損するものではないが、成果指向に肯定的な団体と否定的な団体との間で、ミッションの捉え方やレベル感に違いがあるようにも感じられる。すなわち、目の前にある社会課題の解決にひとつひとつ取り組むことがミッションの実現につながるという考え方と、より大きな視点で社会変革を意識しながら事業に取り組まないとミッションを見失ってしまうという考え方である。特に、事業目標(ターゲット)の上位に位置する政策目的(ゴール)を忘れないようにしなければ、目先の成果に囚われて成果指標を達成すればよいという意識に陥りがちになるため、常に上位にあるミッションへと立ち返りながら事業を遂行することが重要になると考えられる。 また、わが国では制度面やコスト面から実現が難しいところであるが、馬場[2020]において指摘したように、イギリスでは競争的対話 (competitive dialogue)などの制度を用いて、行政および複数の事業者、受益者、地域住民など、幅広い利害関係者が参加して、PFS事業のスキームや評価方法を事前に議論し、入札仕様に 反映するという仕組みがとられているケースがある。日本では事業形成に先立ち、想定される事業者などに内々でヒアリング等が行われることも多いが、多様な意見やノウハウを取り入れながら合理性のある成果指標を設定するためには、参加機会が公平に与えられた透明性のある合意形成の仕組みも必要になると考えられる12) 。 (付記)本稿は非営利法人研究学会第26回全国大会の統一論題報告に加筆修正したものである。本稿はJSPS科研費22K01804による研究成果の一部である。 [注] 1)イギリスやアメリカにおけるSIBの導入経緯や仕組みについては、塚本・金子[2016]に詳しく説明されている。 2)このアクションプランでは、「重点3分野でのPFS事業を実施した地方公共団体等の数」 がPFS普及促進のメルクマールとされており (内閣府[2020]7頁)、図表2に示した37件のPFS事業うち29件(78.4%)が医療・健康、介護、再犯防止の分野によって占められている。 3)インパクト・ウォッシングとは、成果を過大に見せたり、本来目的とするインパクトがないのに成果が出たと見せかけたりすることであり、例えば、成果の出やすい対象者を抽出 すること(cream-skimming)、都合のよい成果を強調すること(cherry-picking)、成果が出たと誤認させる報告を行うこと(gaming of results)などが懸念されている(OECD[2019] p.88)。 4)PSFは本来、イノベーションや創意工夫を誘発することにより、社会課題の新しい解決方法を探ることがねらいとなるが、日本経済新聞[ウェブサイト]にも「事業の成果に応じ て行政側が報酬を払う」ことにより、「地方自治体の限られた財源の中で、行政サービス の質を維持・向上させる手法として近年注目されている」と紹介されるなど、効率化やコ スト削減を目指す従来型委託の延長線上で捉えられる傾向が根強くある。ただし、内閣府 [2019]2頁によれば、実際にPFSに取り組む地方自治体ではPFS導入のねらいを「行政 コストの削減が見込まれる」(50.0%)や「より高い成果の創出が期待される」(55.9%)だけでなく、「社会的課題を解決する新たな手法を把握・実証できる」(55.9%)と回答しており、現場レベルではPFSの趣旨がある程度は浸透している。 5)休眠預金等として移管された後も財産権が消滅するわけではなく、預貯金者は取引を行っていた金融機関で残高を引き出すことが可能である。休眠預金等活用およびその社会的イ ンパクト評価の仕組みについては、馬場ほか [2022]を参照されたい。 6)内閣府[2016]2頁によれば、社会的インパ クトとは「短期、長期の変化を含め、当該事業や活動の結果として生じた社会的、環境的なアウトカム」であり、それらのアウトカムを「変化」として定量的・定性的に測定することが社会的インパクト評価になる。 7)休眠預金等活用における社会的インパクト評価は自己評価を基礎とするが、実行団体が 行った評価を資金分配団体が、資金分配団体が行った評価を指定活用団体が、それぞれ点 検・検証する役割を担っている。また、諸外国ではGovernment Outcomes Lab(オックス フォード大学) やGovernment Performance Lab(ハーバード大学)など、大学等の研究機関が評価の事例収集や検証に大きく貢献している。 8)アメリカではEBPMのもとで「データ万能主義に陥り、数字がないと政策が作れないというジレンマが生じている」(NIKKEI STYLE [ウェブサイト])という指摘もあり、厳密な成果指標を求めすぎると、データを取りやすい事業や対象者にPFSが集中するということ が起こりうる。 9)原田[2019]55-56頁によれば、バーミンガム市における社会的価値評価の例として、地元雇用、地元からの購入、コミュニティのパートナー、よき雇用主、環境と持続可能性、倫理的調達、社会イノベーションの促進という7項目が設けられており、価格40%・品質 45%・社会的価値15%といったウェイト付けで入札が行われている。 10)例えば、大久保[2018]7頁では、「今、事業型NPOは事業の開発や収益の拡大などが注目され、『見える化』する数字での成果を出してはいるものの、ではその課題を改善す るための市民による社会変革への活動をしているのかといえば、その視点がない団体が結 構多いのではないか、と日頃の団体支援を通じて感じています」と指摘されている。 11)利害関係者利益を財務諸表に取り込む試みとして、ハーバードビジネススクールが提唱するインパクト加重会計が関心を集めつつある。インパクト加重会計では、製品(数量・ 期間・アクセス・質・選択性・環境・リサイクル)、 雇用(賃金・キャリア・機会・健康・多様性・ロケーション)、環境(水・排出物)に関する正と負のインパクトが一定のフレームワークにもとづいて金銭換算されている(Impact Economy Foundation[2022])。 12)現状における取り組みとしては、内閣府が官民連携プラットフォームのワーキング・グループを設置し、特定テーマや特定地域におけるPFS活用に向けた意見交換や勉強会を開 催している。例えば、富山市などでは行政と民間事業者がオープンに参加できる場を設け て、PFSに適した事業内容や評価方法について意見を交わしている。 [参考文献] 馬場英朗[2020]「コレクティブ・インパクトを推進する公共調達手法としての競争的対 話」、『公共経営とアカウンタビリティ』、第 1巻第1号、12-23頁。 馬場英朗・青木孝弘・今野純太郎[2022]「休眠預金等の投融資への活用に関する考察―社会的投資ホールセール銀行の役割と社会的インパクト評価」、『関西大学商学論集』、第67 巻第2号、17-30頁。 現場視点で休眠預金を考える会[2018]「休眠預金等に係る資金の活用に関する意見」。 原田晃樹[2019]「公共調達・契約における社会的価値評価―社会的インパクト評価の実際とサード・セクターの持続可能性の視点から」、『自治総研』、通巻493号、35-71頁。 HM Government[2011]“Open Public Services White Paper”. Impact Economy Foundation[2022]“Impact-Weighted Accounts Framework (Public consultation version)”. 内閣府[2016]「社会的インパクト評価の推進に向けて―社会的課題解決に向けた社会的インパクト評価の基本的概念と今後の対応策について」、社会的インパクト評価検討ワーキ ング・グループ。 内閣府[2017]「社会的インパクト評価の実践による人材育成・組織運営力強化調査 最終 報告書〈別冊2〉認定特定非営利活動法人Switch インパクトレポート」、認定NPO法人 Switch。 内閣府[2018]「休眠預金等交付金に係る資金の活用に関する基本方針」、内閣総理大臣決定、平成30年3月30日。 内閣府[2019]「成果連動型民間委託契約に係るアンケート調査の結果について」、政策統括官(経済社会システム担当)内閣官房 日本経 済再生総合事務局、平成31年4月25日。 内閣府[2020]「成果連動型民間委託契約方式の推進に関するアクションプラン」成果連動型民間委託契約方式の推進に関する関係府省庁連絡会議決定、令和2年3月27日。 内閣府[2021]「成果連動型民間委託契約方式 (PFS:Pay For Success)共通的ガイドライン」、 成果連動型事業推進室。 内閣府[2022]「経済財政運営と改革の基本方針2022 新しい資本主義へ―課題解決を成長 のエンジンに変え、持続可能な経済を実現」、 閣議決定、令和4年6月7日。 内閣府[ウェブサイト]「成果連動型民間委託契約方式(PFS:Pay For Success)ポータルサイト」、https://www8.cao.go.jp/pfs/pfstoha.html(2022/10/10)。 日本経済新聞[ウェブサイト]「松江市、『成果連動型の民間委託』の導入研究へ覚書(2022年 7月22日)」、https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC2173E0R20C22A7000000 (2022/10/14)。 NIKKEI STYLE[ウェブサイト]「鎌倉市37歳教育長UCLAで知ったデータ重視の落とし穴(2022年 1月31日)」、https://style.nikkei.com/article/DGXZQOLM18AKA0Y2A110C2000000 (2022/10/14)。 OECD[2019]“Social Impact Investment 2019: the Impact Imperative for Sustainable Development”. 大久保朝江[2018]「この20年で市民意識は醸成してきたのか」、『月刊杜の伝言板ゆるる』、 vol.250、6-7頁。 塚本一郎・金子郁容編著[2016]『ソーシャルインパクト・ボンドとは何か―ファイナンスによる社会イノベーションの可能性』、ミネルヴァ書房。 (論稿提出:令和4年10月15日)
- ≪論文≫非営利組織の財政基盤の確立―ミッションへの共感醸成の重要性―
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 明治大学教授 石津寿惠 キーワード: ミッション 行政委託 社会的企業 資金調達 社会福祉 要 旨: 非営利組織の経営状況が厳しさを増す中、財源確保は益々重要である。主な財源である事 業収益と、増加が見込まれる寄付金を巡っては、公益サービス提供形態、提供組織などにお いて多様化が進んできている。こういった状況下で非営利組織が埋没せず、非営利としての 存在意義を発揚し続けるためには、組織体自体がミッションを常に再確認しながら事業活動 を行うこと、ミッションに社会からの共感を得ることが必要である。そのためには具体的な 個々の活動とミッションをストーリー性をもって情報発信していくこと、情報の提示のみな らず社会との対話を通じて共感を得ていくことが重要である。 構 成: I はじめに II 経営状況と財源の現状る意義 III 公益サービスに関する提供形態、提供組織、財源獲得方法の多様化 IV ミッションへの共感の醸成―議論からのインプリケーション Ⅴ 小括 Abstract As NPOs face increasingly difficult business conditions, securing financial resources is becoming increasingly important. NPOs face ever greater complexity in their main sources of funding; namely, business income and donations, which are expected to increase. This complexity includes diversification of how and by whom public services are delivered. Under these circumstances, to remain relevant as a non-profit and avoid falling into oblivion, the NPO itself must constantly reaffirm its mission in the course of conducting its business activities while gaining empathy from the public for its mission. To this end, it is important for the NPO to use storytelling to disseminate information on its particular activities and mission, and to gain empathy through dialogue with the public rather than by simply presenting information Ⅰ はじめに COVIT-19感染症は、経済・健康・雇用面は勿論のこと、孤独や不安といった心の問題を含めた多方面に影響を与え、「誰も取り残されない支援」を求める社会意識を招来するようになった。 さらに、厚生労働省が発表した「新しい生活様式の実践例」では人との接触を8割減らす10のポイントが示されるなど(厚生労働省[2022])、これまでの人間関係の在り方は大きく変化してきている。このような生活環境の複雑化・凋落傾向、 またさらには自然災害・紛争の頻発などによる 様々な社会ニーズに対応する非営利組織への期待は益々大きくなってきている。しかしその一方、 法人形態、成り立ち、活動分野、規模などが多様なため一概に言えないものの、非営利組織の経営状況は厳しさを増している。 ドラッカーは、非営利組織は一人ひとりの人 と社会を変える存在であるとし、「考えるべきはミッションは何か」であり、まず初めにすべきことはミッションを考え抜くことだとする (Drucker[1990]3-5頁、上田訳[2007]2-3頁)。 ミッションは非営利組織の存在の根源と言えるものである(島田[2009]46頁)。 非営利組織がミッションの達成を目指してその活動を維持・発展させていくためには、財政基盤を確保することが不可欠である。本稿は、第26回全国大会統一論題「非営利組織の財政基盤の確立へ向けて―ミッション達成と両立する取り組み―」に関し1)、まず、議論の前提とな る非営利組織の経営状況、公益サービスの提供 形態や提供組織等の多様化の現状を概観する。 その後、統一論題報告・討論からのインプリケーションとして、ミッションの達成を旨とする非営利組織がその存在意義を一層示し、社会の共感・支持を得ることによってその財政基盤を確立させる方向性に関して展望する。 Ⅱ 経営状況と財源の現状 1 経営状況の現状 非営利組織の経営状況に関して、特定非営利活動法人(以下、NPO法人)、公益法人、社会福祉法人について見ると、ほぼ一貫して悪化してきている。その概要を法人形態別に見ると下記のようである2)。 ⑴ NPO法人(認証法人、認定法人)の概況3) まず、2020年度における特定非営利活動の事業に係る収支差額(経常収益-経常費用)を中央値で見ると前回調査(2017年度)の1/3程度に減 少し、認証法人では0.0万円、認定法人でも23.1 万円と厳しい経営状況である(内閣府[2018b]24 頁、同[2021b]24頁)。 また、経常収益について見ると、500万円以下の法人は、認定法人では18%であるのに対して、認証法人では54.8%と半数以上である上、0円の法人も10.3%存在する。他方、認定法人では経常収益が1億円超の法人が17.8%となり、その割合も増加(2015年度13.2%)している(内閣府[2016b]18頁、同[2021b]25頁)。 概して認証法人の方が認定法人より経営状況が厳しく、また認定法人は法人間での経営状況の差が広がっていると考えられる。 ⑵ 公益法人の概況 2021年における公益目的事業の収支状況(公益目的事業収入と同費用)を見ると、前年に比べて公益目的事業収入は5.0%減少する一方、同費用 は1.2%増加しており、経営が厳しい傾向にあることがわかる。特に、公益目的事業収入が無い法人は23.1%(20年は20.0%)に及ぶなど、組織体 としての継続性が危ぶまれかねない法人が増加している(内閣府[2021a]28頁、同[2022]28頁)。 ⑶ 社会福祉法人の概況 社会福祉分野の主要な担い手である社会福祉 法人について独立行政法人医療福祉機構の調査により経営状況を概観すると下記のようである。 サービス活動増減差額率(サービス活動収益対サービス活動増減差額比率)については、2016年度の3.9%からほぼ一貫して悪化しており2021年度には2.5%に低下している。また、赤字法人の割合は2016年度の23.2%からほぼ一貫して高くなり2021年度には31.3%に及ぶなど厳しい状況の法人が増えている。なお、途中の2020年度においてはサービス活動増減差額比率、赤字法人割合とも若干好転したが、これはCOVIT-19感染症への対応のための介護報酬の特例加算などの影響と考えられる。特例加算は時限的なものであるため2021年度には再び悪化傾向に戻っている(独立行政法人医療福祉機構[2023]1頁)。 2 財源の現状 非営利組織は営利組織と異なり、ほとんどの場合、発生するコストを利用者から回収するのではなく、様々なステークホルダーから資源を集めてサービスを提供している。法人形態別の収入構造と、近年増加傾向がみられる寄付の状況について概観すると下記のようである。 ⑴ 収入構造 ① NPO法人 特定非営利活動事業収益を財源別構造で見ると、従来から認証法人、認定法人ともに財源比率が最も高いのは事業収益である。しかし構成割合の状況は両法人で違いがみられる。 図表1は2020年度における両法人の財源別収入状況である。まず、認定法人(図表1の下) で最も割合が大きいのは事業収益で37.9%である。しかし、その割合は減少してきている(2015年度67.3%)。一方、2番目に割合が大きい寄付金(32.2%)は従来より割合を高めてきている (2015年度9.7%)。 認証法人(図表1の上)については、事業収 益の割合が83.1%と突出して大きく、これは従来と変わりない。一方、寄付金は2.4%と僅かである。寄付金が0円の法人割合は60.1%を占めており、その割合が増加(2015年度40.5%)していることから、寄付が得られる法人とそうでない法人とが分かれてきていると考えられる(内閣府[2016b]20、22頁、同[2021b]26、27頁)。 図表1 特定非営利活動事業における経常収益の収入源別収入の内訳 ② 公益法人 内閣府調査では法人の財源別全体構造が示されていない。ここでは収入項目別に示されている寄付金の状況についてのみ概観する。まず寄付金収入の状況としては中央値では2015年以来、1百万円から3百万円程度で推移しているが、いずれの年度でも半数程度の法人における寄付金は0円となっている(内閣府[2016a]27頁、同[2018a]27頁、同[2020a]26頁、同[2021a]26 頁、同[2022]26頁)。 2021年については寄付金0円の公益法人は48.1%である。これを法人種類別にみると公益 財団法人が40.5%であるのに対して、公益社団法人では58.1%となり、特に寄付金0円の公益社団法人のうち89.6%が都道府県所管公益社団法人となるなど寄付金収入が得られる法人には偏りがある。逆に、寄付金額が1億円以上になる公益法人は3.2%存在し、このうちの67.4%が内閣府所管の公益財団法人となっており、法人種類により格差があることがわかる(内閣府 [2022]26頁)。 なお、収益事業を行っている法人割合は2021年において46.8%であり従来とそれほど変動はない。これを法人種類別にみると都道府県所管の公益社団法人が最も高く55.3%、逆に最も低いのは内閣府所管の公益財団法人で28.4%となっており、先の寄付の状況と逆の傾向にあることがわかる(内閣府[2022]32頁)。 ③ 社会福祉事業 社会福祉領域における財源別収入状況が示されている厚生労働省の「介護事業経営概況調査」 によれば、例えば調査回答数が最も多い介護老人福祉施設における2021年度の収支差率は1.3% (収入には「新型コロナ感染症関連の補助金収入」を含む)に過ぎずギリギリの経営であることがわかる。総収入に占める割合が最も大きいのは介護料収入で77.7%、次いで保険外の利用料21.6%、補助金収入0.6%となっている(厚生労働省老健局老人保健課[2023]3頁)。介護事業については3年に一度の介護報酬改定によるコントロールがあるため経年変化は抑制的であり、またCOVIT-19感染症の影響下においては、「新型コロナ感染症関連の補助金収入」が経営を下支えしたと考えられる。 ⑵ 寄付の状況 日本における2020年の寄付の状況を概観すると、個人寄付額については1兆2,126億円(うち ふるさと納税6,725億円)で、10年前(2010年)の約2.5倍、寄付者数については4,352万人で、同1.2倍である(日本ファンドレイジング協会[2021] 10、11頁)。この間、2011年の東日本大震災時に人数・金額とも急増した後、いったん落ち込んだが、ふるさと納税導入の影響もあり持ち直し、2020年にはさらに増加した。これはCOVIT-19感染症による社会連帯意識の高揚等などによると考えられる。 個人寄付総額の名目GDPに占める割合を諸外国と比較すると、2020年に米国は1.55%、英国0.26%(半年分)に対して、日本は0.23%にとどまるなど寄付額はいまだ限定的であるものの (日本ファンドレイジング協会[2021]28頁)、様々な災害の頻発が連帯意識を強め、日本でも寄付意識が高揚してきたと考えられる。 なお、法人寄付については2019年の寄付額は 6,729億円で、10年前(2009年)の1.2倍であるが、 寄付社数は29万法人で、同34.1%もの減少となっている。この間、福島や熊本の地震や相次ぐ豪雨など自然災害の影響もあり、2016年に寄付額を大きく増やした(総額1兆1,229億円)のち減少し(日本ファンドレイジング協会[2021]10、 11頁)、2019年はCOVIT-19感染症による経営難 が寄付額・法人数とも減少させたと推察される。 また、寄付の受け皿(寄付先)を見ると共同募 金(37.2%)、日本赤十字社(29.5%)、町内会・自治会(28.9%)が高く、民間非営利組織である公益法人は20.0%、NPO法人は12.4%、社会福祉法人は7.8%と低くなっている(複数回答)(内閣府[2020b] 20頁)4)。 例えば2020年度におけるNPO法人の寄付受入れのための取組について見ると、「特に取り組んでいることはない」とするのは認定法人では6.8%であるが、認証法人では7割程度にのぼっている(内閣府[2021b]38頁)。寄付の受け皿として非営利組織の認知度を高めていくことは重要と考えられ、そのための取組を進めることが不可欠と言える。 Ⅲ 公益サービスに関する提供形態、 提供組織、財源獲得方法の多様化 事業収益は非営利組織の財源として大きな部分を占めている5)。しかしながら、特定の財源に頼らず多様な財源を持つことについて、例えば平田([2012]66頁)は、特定の財源への経済的依存度を高めるとその特定の利害関係者の影響力が強くなり、組織のガバナンスや自律性を低下させる危険性を生むとし、田中([2011] 125頁)も、単一の収入源への依存はリスクが大きいため財源の分散が重要であり、収入構成比が低い寄付等の比率を高めて事業収入とのバランスをとる必要があるとする。さらに小田切 ([2017]7頁)も実証研究の結果として事業収入に依存するほどミッション・ドリフトが起こりやすく、逆に民間セクターからの寄付や会費・ 助成金はミッション・ドリフトと結びつきにくいとしている6)。 多様な財源の確保は、非営利組織の自律性を確保する上からも、また、多様な財源を持つことが様々なステークホルダーからの支持を得ている証左となることからも重要と考えられる。 以下では、財源の多様化を進める当たっての近年の環境変化として、「サービス提供形態の多様化」に関して、現在主要な財源となっている事業収益のうち行政委託等について、「サービス提供組織の多様化」に関してソーシャル・エンタープライズ(社会的企業)について、さらに、「財源獲得方法の多様化」に関して今後増加が期待される寄付金の新しい手法としてのクラウドファンディング(crowd funding,以下CF)について、という3つの点から検討する。 1 公的サービス提供形態の多様化―行政委託等 財政悪化への対応、急速な民営化への揺り戻し(振り子・周期現象)、社会問題解決への民間知識・技術導入の必要性などを背景として、行政サービス提供形態の多様化が図られてきている(山本[2009]28-29頁)。その形態には、従来より民営化、民間委託、独立行政法人化が、そして官民のパートナーシップに基づくPPP (Public Private Partnership)として指定管理者制度、包括的民間委託、PFI(Private Finance Initiative)、さらにはPFS(成果連動型民間委託契約方式、Pay For Success)などの形態も出現するなど7)、地方公共団体におけるサービス提供形態・契約のパターンは今後一層多様化する可能性がある。 従来より民間非営利組織にとって、国・地方公共団体の事業を受託する利点としては、委託金の安定的確保による継続的発展の可能性、地域での評判を高めることによる新たな資金源への接近機会の増加、行政との知見の共有による組織運営の改善などが挙げられると同時に、その自律性喪失等が問題とされてきた(村田[2009] 22-23頁)。また、行政委託は金額規模が大きいため財政難に苦慮する非営利組織にとって重要な収入源になることからそこに活動が集中してしまい、新たなアイディアによる社会問題の解決というイノベーション力が枯渇する懸念も指摘されてきた(田中[2006]46-49頁)。さらに、官のかかわるサービスには他の地方公共団体の動向を参考に行うなど同質性が希求される側面もある(田尾他[2009]207-212頁)。そうであればこれに加わった場合、民としての活動の制約につながる可能性も生じ得る。 このように、財源という意味からも行政委託は非営利組織にとって重要だが、その委託方法について、従来の行政の下請け的な委託については非営利組織の自律性に影響を与えるとの危惧も示されてきた。しかしながら近年、官民(公共、民間、サード・セクター)の関係はパートナーシップという位置づけにシフトしてきており、「各セクターの有機的でかつ効果的なコミットメントが行われれば、公共サービスの特質と各セクターの特性との最適ミックスを実現するメカニズムが機能する」(小林[2012]9-10頁) と考えられる。多様な主体の協働によるシナ ジー効果が発揮されることにより、ニーズに合った、あるいはニーズを掘り起こした質のよいサービスを提供することが期待される。 村田([2021]53頁)は社会福祉領域に限定した言及ではあるが、PPPについても「これまで以上に公的機関と社会福祉法人の境界をあいまいにすると同時に、市場原理が導入された社会福祉法人経営は企業化を加速化させ、セクター境界を曖昧にし、またセクター内部の多様化をもたらす要素をはらんでいる」とも懸念している。パートナーシップが促進される過程にあって、事業を受託するに際して非営利組織が非営利としての自律性をいかに維持して事業を推進し、その存在意義をいかに発揚していくかは依然大きな課題のひとつと考えられる。 2 公益サービス提供組織の多様化―ソーシャ ル・エンタープライズ 近年、多様化した社会的課題に対してセクターを超えたコラボレーションによって取組む スタイルが試みられており、様々なスタイルで取組む事業体はソーシャル・エンタープライズ (社会的企業)と総称されている(谷本[2020] 181-183頁)。図表2はソーシャル・サービスを提供するソーシャル・エンタープライズの組織形態について示している。 図表2のように、ソーシャル・エンタープライズの形態は、まず非営利組織と営利組織に分けられ、その間に中間組織が存在する。営利組織については株式会社として運営される社会志向型企業と、一般企業で社会的課題に取り組むものなどが存在する(谷本[2020]184-185頁)。 平田([2012]61-65頁)は、営利企業によるCSR 活動もこの中に位置づけて、ソーシャル・エンタープライズについて、純粋非営利と純粋営利のそれぞれの要件が様々な割合で混合したものだとしている8)。また例えば、ソーシャル・サー ビスへの支援策を見ると、経済産業省ではその成長に向けた環境整備策の1つとして、間接金融(融資)や寄付・助成などの充実といった資金調達を挙げているが、その支援対象を特定の 組織形態に絞っているわけではない(経済産業省[2011]1頁)。つまりソーシャル・サービス の提供において、外部ステークホルダーの視点からは、営利・非営利の境界は区別されない傾向も見られる。 こういった状況下では、例えば事業の受託・ 実施プロセスにおいて、非営利組織はマーケティング手法に長けた営利企業との競争に晒される中、非営利本来の役割とずれが生じる方向に進む可能性もありえる。さらにこれが非営利組織における収益事業の拡大につながる場合、 本来のミッションがブレたり、アイデンティティが変質したりすることが起こる懸念も生じる(谷本[2020]192頁)。非営利組織には、非営利として他の組織形態と差別化し、組織のアイデンティティを維持・発展させながらいかに活動を推進していくかが一層問われることになる。 図表2 ソーシャル・エンタープライズの組織形態 3 財源獲得方法の多様化―寄付の新たな動きクラウドファンディング 先に見たように、個人寄付を中心として寄付額は増加傾向にあるものの、その受け皿(受入先)として公益法人等の民間非営利組織の割合は高くない。 ここでは、寄付獲得方法の多様化という側面から、寄付の手段の中でも額の増加・活用の活発化が期待されるCFについて概観する。CFとは、一般に、新規・成長企業等と資金提供者をインターネット経由で結び付け、多数の資金提供者(=crowd〔群衆〕)から少額ずつ資金を集める仕組みとされる(内閣府消費者委員会[2014]1頁注1)。このCFの認知度は、英米では7割であるのに対して日本では5割とまだそれほど高くない(総務省[2019]137-138頁)。しかしながら、CFを活用する認定法人は2020年度で 14.4%(2015年度8.8%)に増加してきており(内閣府[2016b]30頁、 同[2021b]38頁)、 また、 2021年度の日本国内CFの市場規模は1,642兆円にも上っている(矢野経済研究所[2022])。CFは、 近年におけるソーシャルメディアを利用する生活様式の普及と相まって、今後寄付の新しい手段として規模を拡大する可能性がある。 CFは、資金を募る側(プログラム起案者・実行者)と資金提供者(支援者)とをつなぐ仲介事業者のプラットフォームにより運営される場合が多い。一般に資金を募る側は個人・組織形態 (営利・非営利)といった制限はない。例えば日本における最大の仲介業者とされるCAMPFIRE(案件数66,000件、支援額610億円)9)の募集プ ログラムを見ても、資金を募る側の組織形態についての記載は見当たらない。そうであれば資金提供者は提供プログラム選択の意思決定に当たって、資金を募る側の組織形態の情報に接しえない。したがって、現状では資金提供の意思決定の際に非営利性ということがプライオリ ティとして認識されないまま、営利企業をはじめとする他の様々な組織形態・個人と競合する と考えられる。さらに、インターネット利用の手軽さから、規模が大きく案件内容が豊富な海外のファンド仲介業者(例えば米国のKickstarter、成功案件231,047件、支援資金総額64億1171万ド ル)10)は世界中から支援を集めていることから、 今後、CFを通じた資金調達は海外との競合関係に晒される可能性もある。 内閣府調査によれば、「寄付をした理由」として「社会の役に立ちたいと思ったから」が最も多く59.8%となっており、寄付者の社会貢献意識が強いことがわかる(内閣府[2020b]22頁)。新たな財源確保としてのCFのポテンシャルを勘案すれば、非営利組織が非営利性の意義やミッションを情報発信・共有して支援を獲得していくことは財源確保にとって有用と考えられる。 Ⅳ ミッションへの共感の醸成―議論 からのインプリケーション― 公益サービスにおける提供形態、提供組織、及び財源獲得方法の多様化は、サービス需要者にとっては様々な組織からそれぞれの強みを生かしたサービス供給を受けることにつながり、また、寄付額の増加が期待されるため社会にとっての意義も大きいと考えられる。 他方こういった多様化は、非営利組織にとっては他の法人形態との境界を曖昧にしたり(千葉[2022]14頁)、また、財源確保の必要性等から資金集めが容易な事業を優先させることにもつながりかねず(金子[2022]21頁)、非営利としてのミッション達成に向けた活動に負の影響が生じる可能性も懸念される。また、非営利組織自体が、自己の役割・立場を明確に維持し続けなければ、他の組織形態と競合する中で、その存在が埋没してしまう危険性もあり得る。 このような状況の中で、営利企業のように出資による財源調達ができない非営利組織が、財源を確保し活動を促進させていくためには、自律性を確保し、非営利としての存在意義についての社会的理解を高め、ミッションへの社会からの共感を醸成することが必要だと考えられる。ここでは、統一論題報告・討論で行われた 「ミッション達成と両立する財政基盤の確立に向けた取り組み」の議論の中から「共感を得るための情報開示」について内容面と情報共有方法の面から検討する。 1 ストーリー性を意識した報告の発信 事業委託やCFによる活動は、資金提供者の意向による言わばひも付きの財源であるため、各事業やプログラムの「事後報告」による説明責任の遂行が必要になる。しかしこのことが、結果として当該法人全体の活動を短期的、ミクロ的視点に終始させてしまい、ミッションへの意識を薄くさせるのであれば問題である。 馬場([2022]32頁)は、事業目標の上位となる政策目的が浸透しなければ、目先の成果に囚われて「成果指標を達成しさえすればよい」との意識が働くことにより、結局ミッションが棄損する恐れがあることを指摘している。また、千葉([2022]9頁)は、民間社会事業の重要なミッションを「制度では未対応のニーズに対して先駆的・開拓的に援助実践を行うこと」と説明する。しかしながら社会福祉事業の実情は、社会福祉法制度と措置制度を両輪として発展する過程で、活動の中心が公的財源の付く制度的事業に集中し、その報告は年次的進行管理・目標達成に重点が置かれる傾向にある11)。 非営利組織の情報開示は活動・プログラムの 成果について、単年度の進行管理を束にした「事後報告」にとどめるのでは不十分である。非営利組織は、ミッション達成のために社会ニーズの変化に対応した弾力的視点で活動を行っていくことに重要な存在意義が認められる。このため、ミッションと個々の活動・プログラムとをストーリー性をもって結び付けた「成果報告」 をすることにより、自分たちの活動の振り返りを通じた継続的ミッション回帰を図るとともに、ステークホルダーに「ミッションを実現するための非営利組織」という存在意義を示すことが必要である。 このストーリー性の重視という視点は、企業が取り入れるようになってきた統合報告が「各要素が企業戦略の全体の中でどう位置付けられ、相互にどのように関係があるかをnarrative(ストーリー)として有機的に伝えていくことが価値創造プロセスの実効的な開示に不可欠」(貝沼他[2019]98頁)と捉えていることと軌を一にする方向であり、営利組織とは異なるミッションを持つ非営利組織としての意義を明確に示すことにつながる有用な方法と考えられる。 2 対話によるミッションへの理解の促進 馬場([2022]25-26頁)によれば、(パートナーシップにおいて)「英国では多様なステークホルダーの合意形成を通じてミッションを反映させる機会がある」とのことであり、また、透明性を確保する合意形成の仕組みには多様なステークホルダーを巻き込んだ対話型スキームの導入が必要とされる(同32頁)。金子([2022]3頁)はCFをストーリーにより共感を得る手法と位置づけ、活動の可視化が求められるとしている。CFのプログラム成立・活動の実施には、プログラム作成・提示のプロセスの中で社会ニーズ・ 関心をいかに取り込み、共感を得るかが重要であるため、ステークホルダーとの意見交換・対話が重要と考えられる。 また現在、地域福祉が推進されている中で、 社会福祉法人の地域における公益的取組の内容としては「地域関係者とのネットワークづくり」が25.6%、「ニーズ把握のためのサロン活動」が 10.2%を占めるなど、ここでもステークホルダー との交流に重きが置かれていることがわかる (千葉[2022]19頁)。 現在確かに、資金受取者である非営利組織はHPなどを通じて活動等の紹介を行っており、 情報発信がなされている12)。しかし共感を得るためには、「自分たちの思いはコレ、こんなことをやっています。賛同する人は支援してください」というように自分たちの立場を主張する姿勢のみではなく、「こんなことやっています、 どうでしょうか」とステークホルダーの意見も聞く機会を設け、また、資金提供者の方も「こ ういうことはどうでしょう。こういう事業であれば寄付をしたい」という意思の発言ができる 対話の機会を設けることが有用ではないかと考えられる。 企業においてもスチュワードシップ・コードの浸透など投資家との対話が重視されてきているが13)、非営利組織においてもそれと同様の方向を進めることは有用と考えられる。資金提供者が単に「結果の開示としての情報」に基づいて意思決定するのみではなく、結果までのプロセスや、更には中・長期的な方向性について対話することにより相互の歩み寄りが叶い、ミッションへの理解・関心が深まり、ステークホルダーからの共感に結び付けることができる。多くの人々からその活動を理解・信頼されるようミッションを伝え、対話により共感を得て、非営利組織活動に対する正統性を確保していくプロセスを構築していくことは、財政基盤の確立に資するものと考えられる。 Ⅴ 小括 非営利組織の経営状況は厳しさを増してきている。非営利組織は、営利企業と異なり出資により財源が得られるわけではなく、またサービスの提供に伴うコストについて、ほとんどの場合利用者から得ているわけでもない。多様なステークホルダーから資源を得て公益サービスの提供を行っている。 本稿では、公益サービスに関する提供形態、提供組織、財源獲得方法の多様化といった環境変化の中で、経営状況の厳しい非営利組織が財政基盤を確立するためには、非営利としての意義を明確に示し他の法人形態と差別化すること、そして社会からミッションへの共感を得ることが重要であるとした。そしてそのためにストーリーを意識した報告と、対話によるミッション理解の醸成が必要ではないかということを考察した。 ソーシャル・サービスの提供における営利と非営利の境界はソーシャル・エンタープライズという括りの中で今後一層あいまいになる可能性もある。しかし例えば、公益法人では公益認定等委員会という公益性に関する外部の目があり14)、またNPO法人は社員10名以上で議決権は一人1票であることなどから、営利組織よりも組織の意義や活動を振り返る機会があるなど、ミッションの堅持がなされやすい体制と言える。また、配当を行わないため経営状況がひっ迫する状況下でも逆に活動の継続性が期待できる面がある。また、非営利組織は社会に対して公益サービスを提供していくが、利益を求めるものではないため、利用者とサービスの売手と買手という関係を超えた協働関係を構築することが可能である。非営利組織の意義やミッションへの理解(活動理解)を深め、一層「共感を呼ぶ」組織体となれば、継続的な支援の輪が広がり、財政基盤の確立につながると考えられる。 ここでは、「ミッション達成と両立する財政基盤の確立に向けた取り組み」について「共感を得るための情報開示」の視点から検討したが、 財政基盤の確立には一層多角的な検討が必要である。 また、公益サービスを取り巻く様々な多様化が進む中で、非営利であることの優位性についてはさらに精緻に分析する必要がある。これらについては今後の課題としたい。 [注] 1)第26回全国大会統一論題「非営利組織の財政基盤の確立へ向けて―ミッション達成と両立する取り組み」においては、以下の3報告が行われた。「成果の可視化と非営利のミッショ ン―PFS・SIB・休眠預金等活用・社会的投資などの視点から」(馬場英朗氏)、「非営利組織におけるクラウドファンディングやファンドレイジング費用の会計的課題」(金子良太氏)、「非営利組織における経営基盤の強化と法人間の連携―社会福祉法人のミッションと社会福祉連携推進法人の動向等に着目して」 (千葉正展氏)。 2)NPO法人、公益法人、社会福祉法人の経営状況について、2023年3月1日における最新 版の公的調査(参考資料参照)までに基づいて概観した。調査によって行われた調査年度 (頻度)や調査項目が異なる部分があるため、すべての項目について3法人を比較した記載 とはなっていない。 3)本稿では、認定や特例認定を受けていない NPO法人を認証法人、認定・特例認定を受 けているNPO法人を認定法人と記す。 4)ふるさと納税による都道府県・市町村の受入 れは12.8%(内閣府[2020b]20頁)。 5)例えばNPO法人の事業収入は「保険・医療・ 福祉の増進」活動をする法人では自己事業収入(保険収入)割合が、それ以外の活動をする法人では受託事業収入割合が最も高くなっ ている(常勤有給職員1人当たり人件費が300万円超の法人に対する調査)(内閣府[2014]18頁)。 6)ミッション・ドリフト(mission drift)とは、「組織の資源や活動が、その組織の公式的な目的からそれること」である(小田切[2017]1頁)。 なお小田切([2017]8頁)は、過度な財源多様化については資金提供者の増加による調整などにより、最終的にミッションを曖昧にする側面があるとも推察している。 7)PPPについては国土交通省HP https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/kanminrenkei/1-1.html#:~: text=PPP、PFSについては内閣府HP https://www8.cao.go.jp/pfs/index.html参照。 8)さらに横山([2012]81頁)は、企業の収益事業におけるNPOとのパートナーシップは企業主導型の協働、企業の収益事業外におけるNPOとのパートナーシップはNPO主導型のソーシャル・サービスにおける協働が主となると分類している。 9)CAMPFIREのHPによる。https://camp-fire.jp/stats https://www.kickstarter.com/(2022年 12月1日アクセス)。クラウドファンディングには購入型、寄付型、金融型などの種類があるがここでは全体の金額が示されている。 10)KickstarterのHPによる。https://www.kickstarter.com/(2022年12月1日アクセス)。 11)なお、2016年度改正改正社会福祉法において、 これまでの制度的事業中心から「社会福祉法人の本旨から導かれる本来の役割を明確化するため」、各法人が創意工夫を凝らした取組を行う方向が示されるようになった(千葉 [2022]18頁)。 12)NPO法人では認定法人の93.7%、認証法人の 57.2%がHPやブログで活動内容について情報発信をしている(内閣府[2021b]15頁)。 13)金融庁においては、2014年にスチュワードシップ・コードが策定され(スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会[2020])、2018年には「投資家と企業の対話ガイドライン」 が策定(2021年改訂)されている(金融庁[2021])。 14)齋藤([2014]30-31頁)は、新公益法人制度の発足に関して、法人が自らのミッションを 再確認・再検討する良い機会であると評価している。 [参考文献] 貝沼直之、浜田宰編著[2019]『統合報告で伝える価値創造ストーリー』、商事法務。 金子良太[2022]「非営利組織におけるクラウドファンディングやファンドレイジング費の会計的課題」(非営利法人研究学会第26回全国大会統一論題資料)。 金融庁[2021]『投資家と企業の対話ガイドライン』。 経済産業省[2011]『ソーシャルビジネス推進研究会報告書概要』。 厚生労働省『新しい生活様式の実践例』https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00116.html(2022年12月10日アクセス) 厚生労働省老健局老人保健課[2023]『令和4年度介護事業経営概況調査結果(案)』。 小田切康彦[2017]「サードセクター組織におけるミッション・ドリフトの発生要因」、 『RIETI Discussion Paper Series 17-J068』、独立行政法人経済産業研究所。 小林麻理[2012]「非営利セクターとのパートナーシップによる公共サービスの提供」、『非営利法人研究学会誌』、第14巻、1-14頁。 国土交通省HP https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/kanminrenkei/1-1.html#:~:text=PPP 齋藤真哉[2014]「非営利法人制度の現状と課題」、『非営利法人研究学会誌』、第16巻、23- 34頁。 島田恒[2009]『[新版]非営利組織のマネジメント』、東洋経済新報社。 スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会[2020]『「責任ある機関投資家」の諸原則《日本版スチュワードシップ・コード》』。 総務省[2019]『情報通信白書 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- ≪査読付論文≫オーケストラ団体における活動財源の構造と予測可能性に関する実証分析 / 武田紀仁(日本大学大学院博士後期課程、税理士)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 日本大学大学院博士後期課程、税理士 武田紀仁 キーワード: 文化芸術活動の主体となる非営利組織 収入源の多様性 財務上の脆弱性 収入源の予測可能性 財務持続性 要 旨: 文化芸術活動の主体となる非営利組織体が獲得する収入源の種類、性質、及び収入源の集 中度の指標が組織の存続見通し(短期的又は中長期的持続性)に及ぼす影響を調べるため、オーケストラ団体のサンプルを用いて、団体の属性に基づき分類したデータの時系列分析、及び 収入源の構成と持続性についての回帰分析の二つの方法により分析を行った。その結果、収入源の種類や集中度に加えて、設立経緯などの団体の属性と収入源の予測可能性の関連性を考慮して分析を行うことが有用であることがわかった。 文化芸術活動の主体となる非営利組織体の特徴の一つとして、文化芸術活動に由来する収入のみではその活動を維持することができず、存続のために寄付や助成金等の社会的支援に頼らざるを得ない点があげられる。このような組織ではその属性により収入構造に差異が存在し、属性と関連性のある予測可能性が高い収入源に対して依存度が高いことがデータから確認された。 構 成: I はじめに II 先行研究の整理・非営利文化芸術団体に着目する意義 III 仮説の設定と分析対象 IV リサーチデザイン Ⅴ サンプルの選択 Ⅵ 分析結果 Ⅶ おわりに Abstract In order to examine the effects of type, nature, and revenue concentration index of income sources acquired by non-profit organizations engaged in cultural and artistic activities on their survival prospects(short-term, medium-term or long-term sustainability), an analysis was conducted using a sample of orchestral organizations. Two methods of analysis were employed. The first was a time series analysis of the data classified by attributes of the organizations, and the second was a regression analysis of the composition and sustainability of the sources of income. The results show the usefulness of analysis that takes into consideration the relationship between the predictability of income sources and the attributes of the organization, attributes such as establishment history, in addition to the type and revenue concentration index of income sources. One characteristic of non-profit organizations engaged in cultural and artistic activities is their inability to sustain activities based solely on income from cultural and artistic activities, and their need to rely on social support such as donations and grants for their survival. The data confirmed that the income structure of such organizations differs according to their attributes, and that they are highly dependent on income sources that are related to their attributes and show a high degree of predictability. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに オーケストラやオペラなどの文化芸術活動の主体となる非営利組織体(以下、「非営利文化芸術団体」という。)は、現代社会において重要な役割を果たしているが、財務上の脆弱性がその能力や存在を危うくしている。Baumol and Bowen[1966]やBrooks[2000]によれば、これらの団体は他の非営利組織体と比較して特に脆弱で、絶えず慢性的な財政赤字にさらされており、基金の取り崩しや出演者等に対する支払いの減額を要請することで凌いでいる状況にある。また、労働生産性の向上が構造的に望めないといった産業特性がある点も指摘されている。 本稿では、このような非営利文化芸術団体のうち日本のオーケストラ団体に焦点を当て、非営利文化芸術団体が獲得する活動財源の種類や性質等が組織の存続見通しに及ぼす影響について、公開されている財務情報等に基づき分析を行った。 Ⅱ 先行研究の整理・非営利文化芸術団体に着目する意義 非営利組織体が財務上の脆弱性の問題に直面した場合、目標を達成してサービスを提供し続けることが困難になる可能性がある。そのため、非営利組織体の存在意義にも関わる共通の問題として、Tuckman and Chang[1991]により提唱された4つの指標を嚆矢として様々な検証が行われてきた1)。先行研究では、単一の収入源への依存を避け、収入源を多様化させることで、財務状況を安定させ、財政危機や資金供給の中断のリスクを減らすことができると主張されてきた。 また、Hansmann[1980]は、非営利組織体を主として事業活動に由来する料金に依存している場合(商業型)と、寄付に依存している場合(寄付型)の2つのタイプに分類した。その後の研究では、この2つのタイプの非営利組織体は非常に異なる状況で活動していることが Froelich[1999]等により論じられている。 さらに、収入源の種類や性質に基づいた予測可能性についても研究が蓄積されている。例えば、行政からの補助金は安定性が高いが資金使途の制限があり、民間からの支援は組織の正当性を最もよく表す財源であるが、不安定で活動や運営に対して資金提供者からの影響を強く受ける等の問題がある(Froelich[1999])。また、 助成金収入は支給期間中において高い予測可能性がある一方、支給期間外において不確実性がある。活動収入は変動するが予測可能であり、 非営利組織体のコントロール下にある(Kingston and Bolton[2004])。 特に、非営利文化芸術団体に焦点を当てることは、Hager[2000]が非営利文化芸術団体と他の非営利組織体の失敗の違いを指摘すること により正当化されている。さらに、先行研究における批判の一つは、Tuchman and Changモデルの4つの指標は財務上の脆弱性を予測することができないというものであったが、Hager [2001]は当該指標の非営利文化芸術団体への適用可能性を検証し、その結果、その予測能力 はセクターにより異なることを明らかにした。 また、Tuchman and Changモデルの4つの指標のうち、収入源の集中度と管理費比率の2つの変数の有用性が、Tevel et al.[2015]によるイスラエルの舞台芸術に関する非営利組織体の検証の中で示されている。加えて、純資産が安定性や持続性を分析する際の無視できない指標として示されている2)。 他方、従来、日本では文化芸術活動に対する公的支援や文化政策のあり方に関する議論が中心であり、非営利文化芸術団体の活動財源に関する研究は限定的であった3)。特に、収入源の種類や性質が非営利文化芸術団体の存続見通し (短期的持続性や中長期的持続性)に影響するかどうかを検討した研究は、管見するに見当たら なかった。 この点、日本芸能実演家団体協議会[2016] の調査によれば、このような研究が少ない理由として、⑴小規模な任意団体が多いことや、⑵ 法人格が多様で営利と非営利の両方があり、⑶ ほとんど情報開示がされていなかったためとの指摘がなされている。また同調査では、オーケ ストラ団体を設立・発足の経緯や運営・支援の状況等から4つの属性に分類し(図表1)、団体の属性ごとの傾向を把握することの重要性も指摘されている。その理由は、オーケストラ団体の属性により収入源の構造の内容に相違がみられることに加え、地域性をはじめとした個々の環境の相違もあるためである。 以上のことから、非営利組織体が獲得する活動財源と非営利組織体の存続見通しとの関係性について、文化芸術活動の主体となる日本の非 営利組織体に焦点を当てて分析を行うことには意義があると考える。その際、先行研究に基づけば、団体の属性を考慮して分析を行うことが重要であろう。 図表1 オーケストラ団体の属性分類 Ⅲ 仮説の設定と分析対象 そこで本稿では、先行研究に基づいて以下のような仮説を設定し、非営利文化芸術団体の獲得する収入源の種類や性質が、団体の存続見通し(短期的持続性・中長期的持続性)にどのように影響するかを検証することを目的とする。加えて、団体属性による収入源の差異の存在を明らかにし、それが団体の存続見通しに及ぼす影響についても分析を行う。 仮説①:非営利文化芸術団体の収入源の構造や傾向は、収入源の種類や性質だけでなく、団体の属性に起因する要素による影響がある。 仮説②:非営利文化芸術団体は財務上の脆弱性を低下させ、持続性を高めるために収入源を多様化させる傾向がある。 本稿では、非営利文化芸術団体のうち、オーケストラ団体を分析対象として取り上げる。また、非営利文化芸術団体の法人格は公益社団・ 財団法人、一般社団・財団法人、NPO法人等と様々であるが、公益法人を分析の対象として設定した。その理由は、⑴後述する「日本のプロフェッショナル・オーケストラ年鑑」に記載 の正会員・準会員オーケストラのデータを分析に活用することができるため、⑵公益法人以外の団体では本稿における分析に必要な情報の開示がされていないものが多いためである。 Ⅳ リサーチデザイン 仮説の検証には、オーケストラ団体の属性に基づき分類されたデータの分析(分析①)と、オーケストラ団体のパネルデータを用いた回帰分析(分析②)の2つの方法を用いた。 分析①では、日本芸能実演家団体協議会 [2016]において示された4つの属性分類方法 (図表1)に倣ってデータの分類を行い、当該データの傾向分析と時系列分析を行った。 分析②では、日本のNPO法人の収入源の構成と財源多様性に関する先行研究である馬場ほか[2010]に倣い、短期的持続性・中長期的持続性と収入源の構成の関係性について回帰分析を行った。推定モデルは以下の⑴式と⑵式を用いた。被説明変数及び説明変数は図表2で示すように定義する。 LN_EXit=α0+α1SUB_Nit+α2CONCENit+α3X_Rit +α4OTHERS_Rit+α5MUSICIANS_ Nit+α6OFFICERS_Nit+α(CONCEN 7 it *REGIONit)+ϵit …⑴ NAit=β0+β1SUB_Nit+β2CONCENit+β3X_Rit +β4OTHERS_Rit+β5MUSICIANS_Nit+ β6OFFICERS_Nit+β(CONCEN 7 it* REGIONit)+μit …⑵ 短期的持続性とは、組織が継続的な活動を遂行する能力を、中長期的持続性とは、正味財産を蓄積し、将来的な組織の存続を確保する能力を指す。⑴式では短期的持続性の代理変数として経常費用の対数(LN_EXit)を、⑵式では中 長期的持続性の代理変数として正味財産・収入 比率(NAit)を被説明変数に用いた。 さらに、活動財源の使途の拘束性の観点からも分析を行うため、⑵式の正味財産・収入比率 (NAit)を正味財産全体(NA_ALLit)、資金提供者からの使途の拘束性のない一般正味財産 (NA_NRit)、使途の拘束性のある指定正味財産 (NA_Rit)に分けて分析を行った。 ⑴式及び⑵式の説明変数(X_Rit)については、 オーケストラ団体の主たる活動である演奏活動に由来する収入比率(ORCHESTRA_Rit)と社会的支援による収入比率(SOCIAL_Rit)に分けて分析を行った。さらに、社会的支援による収入比率については、会費や個人からの寄付金・ 募金等の民間支援(PRIVATE_Rit)、文化庁の基金等の政府の公的支援(ARTFUNDS_Rit)、助成金等の地方自治体の公的支援(LOCAL_Rit)、 民間助成団体の支援(PFUNDS_Rit)に分けて分析を行った。 収入源の集中度(CONCENit)は、各収入を経常収益で除して2乗した値の合計であり、 ハーフィンダール・ハーシュマン指数を用いて算出する。先行研究に基づく場合、推定モデルによる分析結果において、当該係数の符号は負となることが予想される4)。 Ⅴ サンプルの選択 分析①に用いるデータは、内閣府による「公益法人の概況及び公益認定等委員会の活動報 告」のデータ、日本オーケストラ連盟による「日本のプロフェッショナル・オーケストラ年鑑」 に記載の正会員・準会員オーケストラのデータ、 及び各オーケストラ団体がWEBサイト等で公開している財務諸表を参照して集計したものである。8年間分で193データ(データの内訳については図表7を参照)となった。 分析②に用いるデータは、回帰分析を行ううえで正確性を期するため、分析①に用いるデータから、欠損値をもつサンプル、年の途中で一般社団法人やNPO法人等から公益法人になった団体のサンプル、及び地方一体型に該当する団体のサンプルを除外した5)。これらのスクリーニング要件を課した結果、分析②の推定に 用いるサンプルは8年間分で134データ(データの内訳については図表7を参照)となった。図表2には分析に用いる変数の記述統計量を、図表3には相関マトリックスを示している6)。 図表2 変数の定義と記述統計量 図表3 相関マトリックス Ⅵ 分析結果 1 団体の属性と収入構成の関係性 分析①の結果を用いて仮説①の検証を行う。 分析①の結果を図表4と図表5に示す。図表4は属性分類ごとの収入源の構成割合と収入源の 集中度の集計結果である。図表5は各収入源の金額の平均値の傾向(a1・a2)と各収入源の属性分類ごとのボラティリティ(属性分類ごとの各収入金額の標準偏差)の8年間の推移である(b ~f)。 まず、各収入源の平均値の傾向に着目すると、 演奏収入や社会的支援収入は、全体として減少傾向にあることが得られた(図表5(a1))。また、 社会的支援収入のうち民間支援や地方自治体からの支援も全体としてゆるやかな減少傾向にあ る(図表5(a2))。 次に、属性ごとの収入源の構成割合に着目すると、団体の属性によって、構成割合の高い特定の財源が存在することが得られた(図表4)。 自主型は演奏収入が年間収入の73.2%を占めているが、社会的支援の割合は年間収入の21.0% にとどまっている。自主型以外の属性では、社会的支援の割合が年間収入の49.4~63.7%を占めている。そのうち地方型は地方自治体からの支援が年間収入の32.1%を占めており、特定型では民間支援が年間収入に占める割合は24.3%、助成団体からの支援が年間収入に占める割合は15.5%と高い値を示している。 この団体属性と特定の財源の関係性についての分析は先行研究でも示されており、本稿においても先行研究と異なる年のデータを用いて再確認することができた。さらに本稿では、以下のように、収入源の集中度の指標及び各収入源の属性分類ごとのボラティリティにも着目して分析を行った。 各収入源の属性分類ごとのボラティリティに着目すると、演奏収入や民間支援は団体属性による差が大きく、また変動が大きい傾向にあることが得られた(図表5⒝⒞)。政府や地方自治体からの支援は地方一体型を除いて安定的な傾向があるが(図表5⒟⒠)、政府からの支援が年間収入に占める割合は3.8~8.0%にとどまっている(図表4)。助成団体からの支援は安定性のある財源だが(図表5⒡)、特定型以外で獲得し ている団体は限定的である(図表4)。 また、同じ収入源であっても、安定的に獲得できる傾向にある収入源かどうか、すなわち収入源の予測可能性が高いかどうかは、団体の属性により異なる傾向にあるが、各収入源の中でも地方自治体からの支援は全体的に予測可能性が高いことが観察できる。 さらに、収入源の集中度の指標に着目すると、 その値は0.36~0.60であり(図表4)、財源が集中している傾向はみられない。 これらは以下のように考察できる。オーケストラ団体はそれぞれの設立経緯や運営状況等の属性により収入源の構造に差異が存在しており、属性の性質に合致した予測可能性の高い特定の財源を主軸として資金調達を行っている。 これは仮説①と整合的であり、団体の属性を考慮して分析を行うことの重要性を確認することができた。しかし、留意すべきは、分析①の方法では、特定の財源に集中する傾向にあるのか、それとも財源を多様化させる傾向にあるのかについて、収入源の集中度の指標からは観察できないという点である。そこで以下の分析②では、 分析①で示された団体の属性や収入源の予測可能性を考慮したうえで、収入源の種類や収入源の集中度等が組織の存続見通し(短期的又は中長期的持続性)に及ぼす影響を調べた。 図表4 オーケストラ団体の収入源の構成 図表5 オーケストラ団体の収入源の推移 2 収入源の集中度が持続性に及ぼす影響 以下では、分析②の結果を用いて仮説②の検証を行う。分析②の推定結果を図表6に示す。 各説明変数が短期的持続性に与える影響をパネルSに、中長期的持続性に与える影響をパネルLに示している。なお、パネルL_Aではオーケ ストラ団体の主たる活動である演奏活動に由来する収入比率(ORCHESTRA_Rit)が中長期的持続性に与える影響を、パネルL_Bでは社会的支援による収入比率(SOCIAL_Rit)が中長期的持続性に与える影響を、パネルL_Cでは社会的支援による収入の内訳に着目し、会費や個人からの寄付金・募金等の民間支援(PRIVATE_ Rit)、文化庁の基金等の政府の公的支援(ARTFUNDS_Rit)、助成金等の地方自治体の公的支援 (LOCAL_Rit)、及び民間助成団体の支援 (PFUNDS_Rit)の各収入比率が中長期的持続性に与える影響を示している。また、パネルLでは活動財源の使途の拘束性の観点からも分析を行うため、正味財産全体(NA_ALLit)、資金提供者からの使途の拘束性のない一般正味財産 (NA_NRit)、及び使途の拘束性のある指定正味財産(NA_Rit)の3つの視点から分析を行った。 この推定にあたり、事前分析として固定効果を推定したところ、分析②に用いるサンプルを構成する団体間で固定効果が存在することが確認された。分析結果1においても固定効果の存在が明らかである。そこで、各団体固有の効果をコントロールするため、固定効果(fixed effect)モデルを用いて推定を行った。 まず、収入源の集中度(CONCENit)に着目すると、短期的・中長期的持続性に対して統計的に有意な結果が得られなかった。そのため、 仮説②の検証に関し、収入源を多様化させることで団体が持続性を高めているかどうかは判然としない。 ここで分析結果1において示された団体の属性に関する分析結果を踏まえ、収入源の集中度 (CONCENit)と地方型ダミー(REGIONit)の交差項の係数に着目すると、中長期的持続性に対して当該係数は統計的に有意な正の値が得られ た。これは、中長期的な持続性を高めるためには、地方型の属性に該当する団体が特定の財源 (分析結果1からは地方自治体からの支援と推定される)に、集中して依存することが有効に作用しうること示しており、先行研究(馬場ほか [2010]等)とは逆の結果となった。 図表6 回帰分析の結果:収入構成が短期的・中長期的持続性に及ぼす影響 図表7 分析①・分析②に用いたデータの内訳 3 収入源の種類や性質が持続性に及ぼす影響 演奏収入比率(ORCHESTRA_Rit)は、短期的持続性に対して統計的に正に有意な値が得られた。これは、オーケストラ団体が活動を遂行し、支出規模を拡大して短期的持続性を高めるためには、演奏収入比率を増大させることが有効に作用しうることを示唆している。逆に、地方自治体の公的支援収入比率(LOCAL_Rit)は、 短期的持続性に対して統計的に負に有意な値が得られた。 他方、演奏収入比率は中長期的持続性に対しては統計的に負に有意な値が得られた。逆に、 社会的支援による収入比率(SOCIAL_Rit)は統計的に正に有意であり、このうち地方自治体の公的支援収入比率は、統計的に正に有意な値が得られた。 使途の拘束性に着目した場合、社会的支援による収入比率は、指定正味財産・収入比率(NA_ Rit)に対して統計的に正に有意であり、演奏収入比率は負に有意な値が得られた。 これらは以下のように考察できる。オーケストラ団体は、その主たる活動である演奏活動に由来する収入のみではその活動を維持することはできず、社会的な支援により中長期的な活動の持続性を維持している。特に、予測可能性が高い収入源と考えられる(分析結果1)地方自治体からの支援を取り崩すことで団体の活動に よる赤字を補填している。このことは、前述の Baumol and Bowen[1966]やBrooks[2000] の指摘と整合的である。留意すべきは、社会的な支援は使途の拘束性のある正味財産の蓄積に対して有効に作用しうるという点であると考えられる。この点については、Ⅶ(おわりに)で述べる。 4 頑健性分析 主分析にて示された推定結果の頑健性について検討する。主分析では2013年から2020年の8年間における分析を行なったが、計測期間を5 年間(2016年から2020年)に変更しても主分析の結果が維持されるかどうかを確認した。この分析は、政府や助成団体等による一時的な支援や海外公演等の特定目的の支援の影響を一定程度 排除するためである。 分析結果は図にはしていないが、次の点が確認された。⑴分析結果2及び3の推定結果に関して、下記⑵以外の主分析の推定結果と5年間の推定結果は同様に統計的に有意な水準にあることが確認され、下記⑵以外の主分析の推定結 果は維持されることが確認された。⑵パネル L_Cの推定結果において、民間支援収入比率 (PRIVATE_Rit)、政府の公的支援収入比率 (ARTFUNDS_Rit)、民間助成団体の支援収入比率(PFUNDS_Rit)については、5年間の推定結果では統計的に有意な水準にないことが確認された。これは、前述の影響が排除されたためと考えられる。またこの結果は、民間支援が中長期的持続性に対して統計的に有意であるとする主分析の結果が、計測期間によっては頑健でない可能性も示唆している。 他方、地方自治体の公的支援収入比率(LO︲ CAL_Rit)の正味財産全体(NA_ALLit)に関する分析結果は、計測期間を変更した場合でも統計的に有意な水準であることが確認された。すなわち、分析結果1で示唆された地方自治体の支援の予測可能性の高さに基づく分析結果2及び3は、頑健性分析においても維持される7)。 5 考察:非営利文化芸術団体の特徴と収入源の予測可能性 分析結果1~4から、以下のように考察できる。収入源の集中度の指標が、短期的・中長期的持続性に及ぼす影響ついて統計的に有意な結果とならなかったのは、以下の理由によると考えられる。オーケストラ団体は、演奏活動に由来する収入のみではその活動を維持することができないという特徴を有しているため、社会的な支援に頼らざるを得ない。しかし、オーケストラ団体が獲得可能な社会的支援は、団体の設立経緯等の属性によっては、変動性がある・一 時的である・金額が少ない等の理由で収入源の 予測可能性が低いものが存在する。そのため、 オーケストラ団体は、演奏活動による収入源を主とし、社会的支援については収入源を分散することにより、結果的に資金調達の多様化を追求しているのではないかと考えられる。 また、中長期的持続性を高めるうえで収入源への集中度を高めることが特定の属性では有効に作用し得るという、先行研究とは異なる結果となったのは、以下の理由によると考えられる。 オーケストラ団体にとって、社会的な支援の中でも予測可能性の高い収入源である地方自治体からの公的支援は、中長期的持続性を高めるうえで有効に作用する可能性のある収入源として 機能している。特に、地方型はこの予測可能性が高い収入源の構成割合が高い傾向にあるため、収入源の集中度に関して統計的に有意な結果となったのではないかと考えられる。これらは、 前述のFroelich[1999] やKingston and Bolton[2004]の指摘と整合的であるが、本稿では、オーケストラ団体にとって、そのうち地方自治体からの支援の予測可能性と依存度が高いことが確認された。 このように、団体の属性と収入構造の関連性を分析することにより、団体の属性により収入構造に差異が存在することを確認するとともに、オーケストラ団体は団体の属性と関連性のある予測可能性の高い財源に対して依存度が高い傾向があるという結果が得られた。このことが非営利文化芸術団体の経営構造や存続見通しに影響を与える重要な要素である可能性が高いことが示唆される。そのため、非営利文化芸術 団体の財務分析を行ううえでは、収入源の集中度だけでなく、団体の属性と収入源の予測可能性の関連性を考慮することが有用であると考えられる。 Ⅶ おわりに 本稿では、オーケストラ団体のサンプルを用いて、非営利文化芸術団体の収入源の種類、性質、及び集中度等が団体の持続性に及ぼす影響を調べた。 本稿の成果の一つ目は、Baumol and Bowen [1966]等が指摘する非営利文化芸術団体の特徴が、日本のオーケストラ団体にとっても経験的妥当性を有していることがデータから確認された点である。Tuckman and Chang[1991]等の財務上の脆弱性と収入源の多様化に関する論拠はデータからは確認されなかったが、この結果は、寄付等の社会的支援に頼ることを前提とする非営利文化芸術団体の収入構造の特徴や、 団体の属性と収入源の予測可能性の関連性を加味して分析することの重要性を示唆している。 本稿の成果のもう一つは、純資産の拘束性に着目して分析を行なった点である。社会的な支援の存在は、オーケストラ団体の中長期的な持続性を高めるうえで重要であるが、それは使途指定のある純資産の蓄積に対して有効に作用しうるのであって、オーケストラ団体は、潜在的なリスクに対応するために使途指定のない純資 産を蓄積しているわけではない。本稿の分析結果で示されたように、オーケストラ団体は、その主たる活動に由来する収入のみではその活動を維持できず、社会的な支援を取り崩すことで団体の活動による赤字を補填しているという特徴がある。そのため、社会的支援に起因する純 資産の蓄積は、団体の活動の継続や団体の存続を脅かすような潜在的なリスクに備えるためには有効とはいえない可能性が示唆される。 また、本稿では、地方自治体からの公的支援がオーケストラ団体にとって予測可能性が高い現状にあることがデータから確認されたが、このような行政からの支援は財政難から多くを期待できなくなっている。近年における行政からの支援からインパクト投資に至る経緯や、収入源の多様化の議論に鑑みた民間支援の重要性の高まりから8)、多様な財源及び多様な事業体を活用した社会的課題の解決の枠組みへの延伸は事実であるとしても、報告主体である活動の担い手にとっての財務情報の限界・役割に関する検討、そして活動を支える側に対する情報開示のあり方に関する検討は、今後の課題として残されていると考える。 なお、本稿における分析では、前述のとおり、 データの入手が限られていたため少数のサンプルに基づいており、非営利文化芸術団体のすべ ての組織を網羅しているわけではない。また、 公益法人に限定して分析を行っており、オーケストラ団体の主たる活動に着目して分析を行うため地方一体型オーケストラについては分析の対象から外している。この特定の団体を超えた一般化については、今後の研究で検討する必要がある。 [注] 1)例えば、Greenlee and Trussel[2000]、Hager [2001]、Trussel[2002]、Keating et al. [2005]、Green et al.[2021]等がある。 2)本稿の事前分析では、管理費のデータを確認することのできるオーケストラ団体の89データを用いて推定を行なっているが、管理費比率に関して統計的に有意な結果を確認するこ とはできず、サンプル数も少ないため本稿の考察の対象から外している。 3)日本のオーケストラとオペラを対象としたBaumol and Bowen[1966]に類似した経済 学的研究としては、Kurabayashi and Matsuda[1988]がある。 4)Rは全収入源の合計値、nは分類した収入源の数、rは各収入とすると、以下の式で算出 される。CONCEN=(r1 /R)2 +(r2 /R)2 +…+(rn /R)2 =Σn i=1(ri /R)2 (i=1, 2,…, n) 2+(r2 /R)2 +…+(rn /R)2 =Σn i=1(ri /R)2 (i=1, 2, …, n)こ れは、1以下の正の値をとり、1に近いほど単独の収入源に集中していることを示す。2乗 することにより情報として変質していると考えられるため、他の収入比率と同時に説明変数に加えて推定を行った。 5)地方一体型に分類されるオーケストラ団体に は、地方自治体によって設立され公共ホールの運営を行っている財団法人の多くが該当していた。ホール運営事業や他の文化芸術事業 とオーケストラ運営事業が区分できないものが多かったため、分析対象から除外した。 6)ここで、図表3からいくつかの変数間に高い相関が観察されており、推定において多重共線性の問題が懸念される。各推定において VIF(Variance Inflation Factor)を算出したと ころ、一般に多重共線性が懸念される水準である10を下回っていた。分析②では多重共線 性が重大な問題にならないと考えられるため、これらの変数を同時に含めて推定を行っている。 7)なお、地方自治体からの支援(LOCAL_Rit) については、8年間の推定結果では一般正味財産(NA_NRit)に対して統計的に正に有意、 5年間の推計結果では指定正味財産(NA_ Rit)に対して統計的に正に有意と異なる結果となった。計測期間によっては推定結果が頑健でない可能性が示唆されるため、両期間の分析結果で統計的に有意な結果となった正味財産全体(NA_ALLit)に対する結果のみを考察範囲として採択する。 8)この点、従来、文化芸術団体に対する支援に関しては、文化芸術活動に対する公的支援のあり方や文化政策のあり方に関する議論が中心であった。文化芸術団体に対する支援に関 して、日本とアメリカ等の諸外国の背景の違いも指摘されており、日本では政府や地方自 治体が文化芸術団体の主要な資金提供者であるが、アメリカでは租税優遇措置を前提条件 として民間資金により支えられており、芸術家や芸術団体と民間支援者を結びつけるため の触媒としての政府の役割についても指摘されている。詳しくは片山[2006]等を参照。 [引用文献] Baumol, W.J. and Bowen, W.G. [1966] Performing Arts―The Economic Dilemma: A Study of Problems common to Theater, Opera, Music, and Dance, Twentieth Century Fund. (池上惇・渡辺守章監訳[1994]『舞台芸術―芸術と経済のジレンマ』、芸団協出版部) Brooks, A.C. [2000] The “Income Gap” and the Health of Arts Nonprofits. Nonprofit Man︲ agement & Leadership 10, no. 3: 271-286. Froelich, K.A. [1999] Diversification of revenue strategies: Evolving resource dependence in nonprofit organizations. Nonprofit and volun︲ tary sector quarterly, 28(3), 246-268. Green, E., Ritchie, F., Bradley, P., & Parry, G. [2021] Financial resilience, income dependence and organizational survival in UK charities. VOLUNTAS: International Jour︲ nal of Voluntary and Nonprofit Organiza︲ tions, 1-17. Greenlee, J.S., & Trussel, J.M. [2000] Predicting the financial vulnerability of charitable organizations. Nonprofit management and leader︲ ship, 11(2), 199-210. Hager, M.A. [2000] The Survivability Factor: Research on the Closure of Nonprofit Arts Organizations. 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- ≪査読付論文≫クライシス下における信用保証協会の役割―中小企業支援に着目して― / 櫛部幸子(大阪学院大学准教授)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 大阪学院大学准教授 櫛部幸子 キーワード: 中小企業支援 クライシス デフォルト 信用保証協会 信用補完制度 緊急保証制度 特別保証制度 要 旨: 本稿では、信用保証協会が、中小企業融資においてどのような役割を果たす非営利法人で あるかを説明する。そのうえで、公的資金を基礎とする信用保証協会にデフォルトが生じる ことの是非、そもそも信用保証協会のミッションは何であるのか、クライシス下においてど のような視点をもとに保証判断をするべきなのかを検討する。クライシス下においても、救 うべき企業(事業の継続性が望める企業)に保証を行うことが重要であり、さらなる会計情報等の提出を求め、事業の継続性に関する適切な判断を行い、保証承諾をしていくことが重要であることを述べる。 構 成: I はじめに II 信用保証協会 III クライシス下における信用保証協会の対応事例:阪神・淡路大震災(1995年1月17日) IV クライシス下における信用保証協会の対応事例:東日本大震災(2011年3月11日) Ⅴ 信用保証協会がクライシス下で果たす役割 Ⅵ おわりに Abstract This paper explains the role the Credit Guarantee Association can play in loans to SMEs as a non-profit organization. In addition, it also examines whether loan default is acceptable to the Credit Guarantee Association, which is based on public funds, the mission of the Credit Guarantee Association, and from what perspective judgments regarding credit guarantees should be made in crises. In crises, it is important that SMEs can expect business sustainability through guarantees; therefore, this paper also discusses the importance of requesting further accounting information and making appropriate decisions for business sustainability as well as accepting warranties. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 本稿の目的は、信用保証協会がどのような非営利法人であり、信用補完制度という業務を通じ中小企業の資金繰り支援においてどのような役割を果たしているのかを明らかにすることである。更に、各地域の信用保証協会(全国51協会)の財政状態が、利用者であるその地域の中小企業の信用保証に直接的な影響を与えることを指摘する。 各信用保証協会は、法律・制度・規制の枠内で、「どこまで会計情報を重視するか」・「どこまで定性的な要因を考慮に入れるか」などの一定の裁量権を有し、保証判断を行っている。災害や感染症、天変地異などを原因として引き起こされる経済的危機であるクライシスの下では、この裁量の余地が、平常時より大きくなることが予想される。そこで、信用保証協会の財政状態に顕著に影響を与えたクライシスの事例として阪神・淡路大震災と、財政状態に緩やかな影響を与えるに止まったクライシスの事例として東日本大震災を取り上げ、これらのクライシス下において実施された信用保証制度の違いや、保証判断の際の会計情報の活用度合いの違いが、後のデフォルト発生率に違いを生じさせる結果となったことを明らかにする。そこで、これらをふまえて信用保証協会がクライシス下で果たすべき役割とは何であるかを改めて検討する。 Ⅱ 信用保証協会 1 信用保証協会の主な業務とその業務を支える法律 信用保証協会の主な業務は、信用保証と信用保険である。これにより信用補完制度を実行している。信用補完制度とは、中小企業者等、金融機関、信用保証協会の三者から成り立つ「信用保証制度」と信用保証協会が中小企業金融公庫(日本政策金融公庫)に対して再保険を行う「信用保険制度」の総称である1)。信用保証については信用保証協会法に基づき、信用保険については中小企業信用保険法・包括保証保険約款に基づき業務が行われている。また各信用保証協会(全国51協会)は、業務方法書・定款に基づき業務を行っている2)。 信用補完制度の仕組みを示したものが以下の図表1である。信用補完制度は、「中小企業が金融機関等で融資を受ける際の信用保証を行うことにより、中小企業の資金調達を円滑にすること」を目的とした制度である。中小企業者が順調に返済できた場合には問題は生じないが、 返済できない場合、信用保証協会が代位弁済を行う(図表1の⑥)3)。この代位弁済については、 2007年以降責任共有制度4)が導入され、基本的には貸倒れた金額の8割を信用保証協会が代位弁済することとなっている(2割は金融機関が負担する)。また信用保証協会が代位弁済を行った金額の約7割は、中小企業金融公庫より保険金として信用保証協会に支払われる(図表1の ⑧)。これは信用保証協会が中小企業金融公庫と保険契約を結んでいるからである。なお代位弁済金額の約3割は、求償権として貸倒れをした中小企業者に返済を求めることとなる(図表1の⑦)。しかし回収が困難である場合には、 期末に求償権を償却し、実質、信用保証協会の損失となる。信用保証協会は、公的基金を基礎 とした非営利法人であり、最終的にはこれらの損失は税金で補填されることとなる。 また、信用保証協会の保証制度は大きく4種類に分類することができる。1つ目は全国的制度であり、国が主導する全国共通の制度として創設され、保険法上も個別に保険種が定められている保証制度である。2つ目は地公体制度として、地公体が独自の要件を付して行う保証制度である(主に損失補償や保証料の援助)。3つ目に金融機関との提携保証制度、4つ目に協会独自制度(全国の51協会それぞれが独自の保証制度を打ち出すことが出来る)があり、協会独自制度には特定の融資を対象とした保証料が割安な制度もある5)。 図表1 信用補完制度の仕組み 出典:江口[2005]、11頁、図表1-1に筆者加筆 2 保証承諾の限度額と保証協会の財政状態 各地域の信用保証協会は、上述の信用補完制度に基づき、法律・制度・規制の中で個々の判断をし、保証承諾を行っている。これは、一定の規制の中で、各信用保証協会が個々に判断する裁量の余地があることを意味し、保証承諾の可否の決定は各信用保証協会の個々の判断に依存していることを意味している。 また各信用保証協会が保証承諾できる金額の上限は、その信用保証協会の財政状態に依存している。 ある信用保証協会の例であるが、定款に以下の内容が記されている。定款第2章・業務(保証債務の最高限度)第7条では「保証債務額の最高限度は、基本財産の合計額の15倍とする。信用保証総額は、保証債務の総額に10分の3.5を乗じて得た額とする」とあり、定款第3章・資産及び会計(基本財産)第8条では、「毎事業年度の収支差額の剰余は、その100分の50の範囲内で収支差額変動準備金として繰り入れること ができる。繰り入れ後の差額は基本財産の増加とする」とあり、実際には、毎事業年度の収支差額の50%の範囲内で、信用保証の裏付けとして基本財産に積み立てることが要請されてい る。ここから代位弁済が多く発生し、求償権を償却すると、収支差額金の額にマイナスの影響が生じ、最終的には基本財産の額に影響を与え、 信用保証(保証承諾)に影響が生じる。つまり、代位弁済を多く出してしまうと、その地域の信用保証協会は保証承諾の上限金額を下げざるを得なくなり、中小企業の資金調達に困難が生じることとなる。例えば基本財産が156億円ある信用保証協会は、156億円×15÷3.5/10=最高限度額6,686億円となり、この金額までの信用保証(保証承諾)が可能であるが、基本財産の金額が少ない信用保証協会では、保証承諾金額 の上限は当然低くなる6)。ここから、各信用保証協会の個々の保証承諾の判断が、結果としてその地域の中小企業の資金調達に直接的な影響を与えることがわかる。 3 信用保証協会のミッション 信用保証協会事業の基本理念として、「事業の維持・創造・発展に努める中小企業に対し公的機関として、その将来性と経営手腕を適正に評価することにより、信用を創造し、信用保証を通じて、金融の円滑化に努める(信用保証協会事業の基本理念一部抜粋)7)」と記されている。 これは経営努力をし、継続が望める中小企業に対し、金融機関での借り入れの際に信用保証を行うことにより、資金調達の円滑化を促すということを意味している。 クライシス下では保証申込件数が急増し、信用保証協会は限られた時間内で緊急に保証の判断を強いられることとなる。保証判断に裁量の余地を有する信用保証協会の業務において、クライシス下ではこの裁量の余地が平常時より大きくなり、保証判断の重要性がより高まることが予想される。つまりクライシス下における信用保証協会の保証判断は、「適切な保証判断を行うことにより、資金(税金)のバラマキではなく、救うべき企業(事業の維持・創造・発展に努める中小企業)を救う」・「中小企業をむやみに延命させるのではなく、資金調達の支援をすることにより救うべき企業を救う」ことが、平常時より強く求められることとなる。 Ⅲ クライシス下における信用保証協会の対応事例:阪神・淡路大震災 (1995年1月17日) 1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災において、中小企業支援を行った信用保証協会の保証制度やデフォルトの発生率について説明する。 1 兵庫県信用保証協会の阪神・淡路大震災時の取り組み 兵庫県信用保証協会は、被災した中小企業に対する信用保証限度額を拡充するため、中小企業信用保険法における普通保険と無担保保険についての限度額の別枠化を実施し(最大2億 3,500万円)、無担保・無保証人保険の拡充を行った8)。さらに、大震災発生直後の1995年2月から8月までの7ヵ月の間、被災中小企業者の事業復旧に必要な資金を保証する「災害復旧融資」 にも積極的に取組み、47,011件、5,421億7,900万円の保証承諾を実施した9)。また、神戸市は災害復旧融資を利用する中小企業等に対し、信用保証料を負担する措置をいち早くとった10)。 2 兵庫県信用保証協会における保証承諾金額と代位弁済率の推移 図表2は兵庫県信用保証協会における保証承諾金額・代位弁済率(代位弁済率=代位弁済額÷ 保証債務残高×100)の推移を示したものである。 これによると、1975年頃より代位弁済率が増加しはじめ1980年代前半に高い代位弁済率を示している。これは、オイルショック(第一次 1973年、第二次1979年)によりクライシスが生じた影響であると考えられる。 更に1995年に阪神・淡路大震災が発生し、その後代位弁済率は急激に増えている。しかし1998年に増加がゆるやかになり、再度翌年から急激に増加している。これは、1998年に行われた中小企業金融安定化特別保証制度(以下、特別保証制度とする)が影響し、代位弁済の増加に歯止めがかかったものの、その後すぐに急激に増加し、結果として阪神・淡路大震災の影響を受けていた兵庫県信用保証協会にさらなる追い打ちをかけたものと考えられる。 大震災から約15年後(2009年12月末)においても、兵庫県信用保証協会の『信用保証トピックス(平成22年1月)』によれば、「災害復旧融資」 の保証債務残高は残り、代位弁済を行う状況が続いていることが明らかとなっている。2009年12月末の『災害復旧融資』の保証債務残高は 2,041件、145億5,000万円となり、代位弁済の累計は6,772件、519億1,300万円となっている11)。 図表2 保証承諾金額・代位弁済率の推移(単位:千円・%) 出典:兵庫県信用保証協会[2019b]をもとに筆者作成 3 特別保証制度(1998年10月1日~2001年 3月31日12)) 阪神・淡路大震災の3年後に特別保証制度が実施された。これは、中小企業を中心とした「貸し渋り」問題の解消のために創設された制度である。国は、この特別保証制度の実施に当たり、 2,000億円を都道府県等に交付し、都道府県等は、これを各信用保証協会に出捐した。信用保証協会は、この出捐金を既存の基金と区別して金融安定化特別基金として積み立て13)、これを取り崩す形で、基本財産を補填している14)。この制度は、設計当初より「高い事故率」・「ある程度デフォルトが生じること」が予想されている中で実施された可能性が高いと考えられる。 この実施により、兵庫県の信用保証協会は一時的ではあるが、代位弁済率を減少させている。 4 特別保証制度の問題点と利点 特別保証制度は適用要件のハードルが下げられている。緊急保証制度が信用保証を提供する際に信用保証協会が一定の審査を行うのに対し、特別保証制度は、ネガティブリスト15)を採用し、ネガティブリストに該当する場合以外は、 原則として信用保証の提供を認めていた16)。このようなことから特別保証制度には、保証判断が早く行われ、即効性が高く、急激な中小企業の倒産を防ぐことができ、スローランディングさせる効果があった。しかし、これにより赤字に転ずる信用保証協会が増加した17)。特別保証制度は、適用業種の限定もなく、幅広く多くの中小企業を救うという点では効果があったが、長くデフォルトが続く原因の一つとなったともいえよう。 Ⅳ クライシス下における信用保証協会の対応事例:東日本大震災(2011 年3月11日) 2011年3月11日に発生した東日本大震災において、中小企業支援を行った信用保証協会の保証制度やデフォルトの発生率について説明する。 東日本大震災時の信用保証では、緊急保証制度(セーフティネット5号)が採用された。このセーフティネット5号の適用要件には会計情報 (売上高)や個別の対話をもとにした経営者の資質の判断、業種の限定などがある18)。 東日本大震災に関わった各信用保証協会の代位弁済率(代位弁済率=代位弁済額÷保証債務残高 ×100)を示したものが以下の図表3であるが、 代位弁済の発生率が非常に低いことがわかる。 ここから、東日本大震災の際の保証判断は、時間がかかったとの反省点はあるものの、デフォ ルトを回避する点においては、おおむね成果を出しているものといえよう。 これには、緊急保証制度を採用し、保証判断に売上高の情報を組み込む(会計情報を組み込む) ことが功を奏したと考えられる。信用保証協会 は基本的には、「運転資金」・「設備投資」・「その他」に対する3区分に対し保証を行うが、東日本大震災の緊急保証では「運転資金に対する保証」が98%を超えている。つまり売上が急激に落ちている企業が対象であった。また保証期 間が最長10年(3割が借換え)であるが、3年後の借り換えの際には事業計画書の提出が要件となるなど事業の継続性が問われ、売上高のような定量的な観点だけでなく、経営者の人柄など定性的な要件も保証の際の判断材料となった。このことから保証判断に時間はかかったものの、デフォルト回避については一定の成果を 出した19)と信用保証協会も認めている。阪神・ 淡路大震災と比較し、「原発への補償金などの 特別な手当が支給されている」ことや「事業を再開せず廃業をしている可能性が高い」、「保証 期間が最大10年間であり、今後影響が出る」ことも可能性としてはあるが、会計情報を用いた 保証判断や、CRD20)を用いたスコアリングによ る保証判断21)が一定の成果を出していると考えられる。 図表3 東日本大震災における信用保証協会の代位弁済率(単位:%) 出典:中小企業庁[2012]・[2015]・[2018]・[2020]・[2021a]をもとに筆者作成 Ⅴ 信用保証協会がクライシス下で果たす役割 特別保証制度と緊急保証制度では、適用対象 となる中小企業の業種の限定の有無、保証判断の際の会計情報の利用の有無やネガティブリス トの採用の有無などの違いがある。これにより、結果として、デフォルト発生率には大きな違いがあったと考えられる。両者は共に貸し渋りを緩和する効果があるが、緊急保証制度は、企業の信用リスクに対するモニタリングを行い、企業の継続性の判断を行っているため、信用リスクの高い企業を延命させないことによって市場の効率性を維持するという効果を有している。 内田衡純氏22)は、「国の財政状況が悪化していく中で、特別保証制度を再実施することには十分な検討が求められる」とし、特別保証制度の実施については慎重な意見を述べており、緊急保証制度の採用を促している23)。現状では、特別保証制度から緊急保証制度への転換が行われており、今回の新型コロナウイルス対応保証で は緊急保証制度が採用されている。 信用保証協会は公的資金を基礎とし、信用保証を行う非営利法人である。そもそも公的資金を用いて社会的弱者である中小企業を支援するという考えに立てば、デフォルト回避が必ずしも重要な視点ではないかもしれない。しかし、 信用保証協会のミッションは、中小企業に資金提供すること自体ではなく、不測の事態等で一時的に資金ショートしてしまう中小企業を資金面で支援することでその事業の継続を図ることである。デフォルトが生じた際には、結果的に税金を財源とする資金投入が行われるため、信用保証協会は国民や住民に対しても責任を有することとなる。そこで、どの程度まで中小企業を支援するのか、どのレベルまでの中小企業を支援するのかの線引きが重要であるといえよう。つまり信用保証協会が、事業の継続性に対する適切な判断を行い、保証承諾をしていくことが重要であると考える。 そもそも信用保証協会のミッションは、「事業の維持・創造・発展に努める中小企業に対し公的機関として、その将来性と経営手案を適正に評価すること」により「信用を創造し、信用保証を通じて、金融の円滑化に努める」ことである。クライシス下において限りある資源を効率的に配分するには、何らかの制度や仕組みが必要であり、会計はその重要な要素である。公平・中立・簡素な制度設計が望まれるが、本来、 救うべきではない企業(事業の継続性が望めない企業)に融資・保証を行うのは本末転倒である。 今後さらなる会計情報の提出を求め、事業の継続性に対する適切な判断を行い、保証承諾をしていくことが、信用保証協会がクライシス下で果たす役割であるといえよう。 Ⅵ おわりに 信用保証協会は、一定の法規・制度・規制の中で、保証判断を行い、中小企業の資金調達を 支援する役割を担っている。この役割の中には裁量の余地があり、クライシス下ではこの裁量の余地が平常時より大きくなる傾向にある。過去の2つのクライシスの事例から、制度上の差異によりデフォルトの発生率に差異が生じることが明らかとなったが、同時に与えられた裁量の余地の中で、各信用保証協会が最善の対応をしようとしていたことも明らかとなっている。 また両制度の比較から、デフォルト回避には、 積極的な会計情報を利用した保証判断が重要であることも明らかとなった。 中小企業に関する施策の新しい動きとして、 以下が挙げられる。まずは、1999年に中小企業基本法が改正され、従来の「中小企業は社会的弱者」という取扱いから、自助を前提とする取扱いにシフトしている(中小企業基本法 第1章 総則(中小企業者の努力等)第7条)。これは、今までは二重構造論・下請制度など、中小企業の社会的に弱い立場が問題視されていたが、今後は中小企業者自身が経営努力をし、自助(中小企業者の自主的な努力・支援を前提とする考え)を していくという考えにシフトしていることを意味している。ここから、資金調達面においても、自力での継続性のある中小企業に対し会計情報の開示を要請する形での施策が必要であると考える。 またこれは、2013年に経営者保証に関するガ イドラインが策定されたことからもいえよう。 経営者保証に関するガイドラインは、個人保証に依存しながら無理な経営を続ける中小企業に対し、ある程度早い段階で(損失が少ない段階で) の事業の清算を促すものであり、無理な延命をさせないという意図から策定されている。 さらに金融検査マニュアルが2019年に廃止されているが、これは「今後の融資判断においては、 金融機関がそれぞれの個性・特性に即して行うべきであり、中小企業の過去の実績だけでなく、 個別の対話等を通じて把握した中小企業の将来を見据えた融資を行うべきである」との方針から行われたものである。そうなれば、中小企業者には金融機関と対等に話せる対話力や会計知識が当然必要となってくる。経営者自身・中小企業者自身の努力が求められているのである。 今後もクライシスが起こりうる可能性はある。クライシス下において、信用保証協会は、 より積極的に中小企業の会計情報を活用し、経営努力を続ける事業継続性のある中小企業に対し保証判断を行うことが重要であると考える。 [謝辞] 本稿は、JSPS科研費 JP21K01830 基盤研究 ⒞の助成を受けたものである。 本稿の執筆にあたり、甲南大学名誉教授 河﨑照行先生、鹿児島県立短期大学教授 宗田健一先生にご指導・ご示唆をいただきました。ここに記し感謝申し上げます。 [注] 1)一般社団法人全国信用保証協会連合会 [2020]、5頁。 2)鹿児島県信用保証協会提供資料2020年。 3)これを信用保証協会では事故が発生したという。 4)責任共有制度は、信用保証協会と金融機関が適切な責任共有を図ることにより、両者が連携して中小企業者に適切な支援を行うことを目的としている。責任共有制度には「部分保 証方式」と「負担金方式」の2つの方式がある(一般社団法人 全国信用保証協会連合会[2020]、 9頁)。 5)中小企業庁[2004]、5頁。 6)CRDとはCredit Risk Databaseの略であり、 中小企業の財務データを集めたデータベースである。信用保証協会の平常時の保証判断は、 CRDの値と実際の中小企業の財務諸表を比較したスコアリングに加え、中小企業特性などを総合的に検討し行なわれている。 7)一般社団法人 全国信用保証協会連合会 [2020]、序文。 8)河上[2016]、26頁。 9)兵庫県信用保証協会[2010]。 10)内閣府[2008]。 11)兵庫県信用保証協会[2010]。 12)当初2000年3月31日までの予定であったが、 金融経済環境の激変への適応、円滑化を図るため、2001年3月末まで1年間延長している (会計検査院[2006])。 13)会計検査院[1999]。 14)兵庫県信用保証協会[2018]、55頁。 15)ネガティブリストの内容は以下である。次の事由に該当する場合は、保証対象としないこととする。①破産、和議、会社更生、会社整理等法的整理手続き中、私的整理手続き中であり、事業継続見込みが立たない場合②手形・ 小切手に関して不渡りがある場合及び取引停止処分を受けている場合③信用保証協会に求償権債務が残っている者及び代位弁済が見込まれる場合④粉飾決算や融通手形操作を行っている場合⑤多額な高利借入れを利用してい て、早期解消が見込めない場合⑥税金を滞納し、完納の見込みが立たないような企業の場 合⑦法人の商号、本社、業種、代表者を頻繁に変更している場合⑧前回保証資金が合理的 理由なく使途目的に反して流用された場合⑨ 暴力的不法行為者等が申し込む場合、または、 申込みに際し、いわゆる金融斡旋屋等の第三者が介入する場合⑩業績が極端に悪化し大幅債務超過の状態に陥っており、事業好転が望めず事業継続が危ぶまれる場合。 16)経済産業委員会調査室 内田[2010]、161頁。 17)会計検査院[2003]。「表13 協会及び事業団における事業収支の推移」によると、全国の信用保証協会が実施する信用保証事業に係る 収支の2001年度は1088億円マイナスの収支差額、2002年度は610億円マイナスの収支差額となっている。 18)セーフティネット5号の適用要件は以下である。①~③のいずれかの要件に当てはまる中小企業者であって、事業所の所在地を管轄する市町村長又は特別区長の認定を受けたも の。①指定業種に属する事業を行っており、 最近3か月間の平均売上高等が前年同期比マ イナス3%以上減少している中小企業者②指 定業種に属する事業を行っており、製品等原 価のうち20%以上を占める原油等の仕入価格が上昇しているにもかかわらず、製品等価格 に転嫁できていない中小企業者③指定業種に 属する事業を行っており、最近3か月間(算 出困難な場合は直近決算期)の平均売上総利益率又は平均営業利益率が前年同期比マイナス 3%以上低下している中小企業者。 19)江口[2009]、17-21頁。 20)CRDは、信用保証協会の適切な保証判断ために作成されたデータベースであり、全国信用保証協会連合会・牧野洋一会長の依頼によりCRD協会(CRD作成機関)が設立された。 (CRD協会[2001]。) 21)2001年に中小企業の財務データを収集・管理し、客観的に金融機関が融資判断をできるように、CRD協 会が創設された。 よって、 CRDを用いてのスコアリングは、2001年以 降行われている(CRD協会[2001])。つまり、 阪神・淡路大震災が発生した当時、CRDを用いたスコアリングはまだ存在していない。 しかし、東日本大震災時においては、CRD を用いたスコアリングがすでに普及していた と考えられる。 22)経済産業省経済産業委員会調査室。 23)経済産業省経済産業委員会調査室 内田 [2010]、166-167頁。 [参考文献] 家森信善・相澤朋子[2016]「東日本大震災か らの復興期の中小企業金融―震災後5年の経 験から浮かび上がる課題―」『商工金融』 2016年5月号、2016年5月、5-20頁。 一般財団法人 アジア太平洋研究所 地域金融 研究会[2011]『地域金融研究会報告書―関西地域金融の現状と課題―』2011年12月、1 -121頁。 一般社団法人 全国信用保証協会連合会[2020] 『日本の信用保証制度 2020年』。https://www.zenshinhoren.or.jp/document/jp_Credit_Guarantee_System_in_Japan_2020.pdf 江口浩一郎[1998]「代弁率上昇に国の財政補填策を[特集 中小企業を襲う信用収縮]」『週 刊 金融財政事情』1998年12月21日号、1998 年12月、26-28頁。 江口浩一郎[1999a]「『中小企業金融安定化特別保証制度』導入の経緯と制度創設[特集 中小企業金融安定化特別保証制度への取り組み]」『信用保証』第98号、1999年3月、7- 15頁。 江口浩一郎[1999b]「中小企業金融安定化特別保証制度の概要」『リージョナルバンキン グ 』第49巻第1号、1999年1月、22-27頁。 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- ≪査読付論文≫NPO支援組織と制度ロジック変化―アリスセンターのケース― / 吉田忠彦(近畿大学教授)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 近畿大学教授 吉田忠彦 キーワード: アリスセンター NPO支援組織 制度ロジック 中間支援組織 サポートセンター 制度的複雑性 要 旨: NPO支援組織がどのように発生し、どのようにひとつの制度として普及していったのか、 そして組織はその制度とどのように向い合うのかを、NPO支援組織の先駆的存在といわれるアリスセンターを事例として分析する。アリスセンターは市民運動のロジックを土台としながら、NPOや中間支援組織の制度のロジックを選択的に取り込みながら事業を選択した。 このケースを制度理論や制度ロジックという概念を用いて分析する。 構 成: I はじめに II 分析対象と方法 III 事例の分析 IV ディスカッション Ⅴ まとめ Abstract This study analyzes how NPO support organizations emerge, how they spread as an institution, and how organizations interact with this institution, using the ALICE Center, which is considered a pioneer of NPO support organizations, as a case study. The ALICE Center bases its selection of projects on the logic of the civic movement, while selectively incorporating the institutional logics of the NPOs and intermediary support organizations. This case was analyzed using the concepts of institutional theory and institutional logic. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 日本においては1995年に発生した阪神・淡路大震災を契機として、特定非営利活動促進法の成立をはじめとした日本独自のNPOの制度化が進展した。日本でNPOという場合、それは文字通りの非営利組織(NPO:Nonprofit Organization)全体を指すのではなく、公益法人をはじめとした既存の非営利法人とは区別された新しい概念としてのNPOを指している。公益法人等の既存の非営利法人制度は、主務官庁による許認可や指導監督など官のコントロールが強く、市民の自発的な活動の受け皿となるどころ か、むしろ足かせにさえなっていると指摘されていた。こうした認識の下に、市民の自発的な活動の受け皿となるような柔軟な制度を築くという共通の目的のもとに、さまざまな分野の団体や個人が関与し、阪神・淡路大震災の発生から3年を経てNPO法は成立したのである。 こうした日本独自のNPOの構築を目指した活動は、NPO法成立だけに向けられたわけで はない。それに先立って「シーズ・市民活動を 支える制度をつくる会」といったアドボカシー活動団体が発足したり、サポートセンター、中間支援組織などと呼ばれるNPOの支援組織の設立なども進められた。特に支援組織については、「日本NPOセンター」、「NPOサポートセンター」、「NPO事業サポートセンター」などの全国をカバーする、いわゆるナショナルセンターと同時に、都市部を中心に各地で地域の支援組織の設立が、NPO法成立前後に相次いだ。 さらにNPO法人の設立が進むにつれて、自治体による地域の市民活動を支援するための施設の設置も普及していった。このような支援施設をNPO支援組織に管理・運営させる公設民営方式が、まだ市民活動支援のノウハウの蓄積が薄かった自治体、支援事業の場や財源の確保が難しいNPO支援組織の双方にとって好都合であったため、都市部を中心に急速に普及していった。そしてまたこの自治体による支援施設の設置が、各地のNPO支援組織の設立とその存続を支えることになった。やがてNPO法人や市民活動を支援する組織は、「サポートセンター」という呼び名から「中間支援組織」という呼び名が一般的になっていった。 本稿においては、このようなNPO支援組織がどのように発生し、どのようにひとつの制度として普及していったのか、そして組織はその制度とどのように向い合うのかを分析するために、NPO支援組織の先駆的存在といわれるアリスセンターを事例として取り上げ、組織論における制度理論や制度ロジックという概念を用いて分析する。 Ⅱ 分析対象と方法 1 まちづくり情報センターかながわ(アリスセンター) 本研究で分析する対象は、日本独自のNPO およびそれらを支援する組織の制度化と、その制度化の中で自らのアイデンティティや事業を模索した「まちづくり情報センターかながわ(通称・アリスセンター)」(以後アリスセンター)である。 アリスセンターを分析対象とする理由は、それが日本におけるNPOサポートセンター、中間支援組織の先駆的存在と目されており、以後に設立されるNPO支援組織に影響を及ぼし、 その制度化の源泉の1つとなったと考えられるからである。日本において「NPO」や「中間支援組織」という言葉や概念が生まれる前から活動していたアリスセンターは、自身が日本独自のNPOやNPO支援組織の制度化の源泉となる一方で、その制度化の流れと向かい合いながら、自らのアイデンティティと事業を探索したのである。 NPO支援組織は「サポートセンター」、「NPO 支援センター」、「中間支援組織」というような名称のゆれが生じているだけではなく、法人格、 事業内容、設備、従事者の資格など、その具体的実態についても多様かつ曖昧で、明確に定義することは難しい。実際、NPO支援組織に関する唯一の公的調査報告書である内閣府の 『NPO支援組織レポート2002』においても、「多元的社会における共生と協働という目標に向かって、地域社会とNPOの変化やニーズを把握し、人材、資金、情報などの資源提供者とNPOの仲立ちをしたり、また、広義の意味では各種サービスの需要と供給をコーディネートする組織」と定義されているものの1)、その調査対象となっているものにはボランティアセンター、市の生活情報センター、さらには日本 NPO学会というようなものなどさまざまな団体が含まれている2)。 より実態に則したものとしては、日本NPOセンターが全国の支援センターをリストする際にあげた、①(個人ではなく)NPOの組織支援を主としている、②NPOの組織相談に対応できるスタッフが常勤している、③分野を限定せ ずに支援をしている、という3項目からなる基準がある。日本NPOセンターでは、この基準に従ってホームページに団体をリストしているが3)、1988年設立のアリスセンターはその中で最も早く設立されたものとなっている。 2 分析の方法 本研究では、いかにして制度化が進み、その中で組織がその流れに対してどのような対応や相互作用を行うかを分析する。そのため、日本独自のNPOやNPO支援組織の制度化の流れの中における特定の組織の行動を長期的に観察する。 具体的な調査方法としては、まず第1にドキュメンツ分析を行った。アリスセンターが活 動を開始した1987年から約10年にわたって刊行した機関紙『らびっと通信』250号分、その後を引き継いで刊行された機関誌『たあとる通信』 40号分、その他アリスセンターや関係者によって刊行された報告書や雑誌記事等のドキュメンツを収集し、分析した。 そして第2に、歴代の事務局長や理事などの関係者へのインタビューである。これは2001年より2021年までの20年間に約10名の関係者を対象に断続的に行った。ひとりあたりおおよそ2 時間程度のインタビューを2回から3回行った。また、直接の関係者ではないもののアリス センターと重要なかかわりがあった人物に対してもインタビューを行った。 さらに、アリスセンターの事務所を訪問したり、アリスセンターの主催する研究会、アリスセンターのスタッフが登壇するパネルディスカッションなどにも参加し、観察を行った。 これらの調査によって得られた情報から、アリスセンターに関する詳細な年表を作成した。 また、その設立の背景から現在に至るまでのモ ノグラフを作成した4)。この年表とモノグラフは、インタビュー対象者によるチェックを受け、 事実関係の確認を行った。 インタビューは事前に質問項目を送付した上で行ったが、話題が広がることをコントロール はせずに、ほぼオープンエンドでインタビュー対象者が自由に話すことを重視した5)。 Ⅲ 事例の分析 1 アリスセンター設立の背景と経緯 アリスセンターは1988年に設立された。そのきっかけは、長洲一二神奈川県知事を囲む会において、生活クラブ生協神奈川の理事長だった横田克己が神奈川県における市民活動の情報センターの必要性をスピーチの中で訴えたところ、かつて飛鳥田一雄横浜市長の右腕として活躍した鳴海正泰と、建築家で後にアリスセン ターの代表となる緒方昭義とが反応し、その実現に向けて3人が動き出したことにある。緒形は建築事務所を構える一方、学生時代から市民運動に関わり、生活クラブの他にも米軍基地住宅建設に反対する池子の森の活動や、逗子市の 市長選挙などにも関わっていた。 アリスセンターと言う通称は、設立の中心となり設立後は代表となった緒形がまちづくり情報センターかながわという団体の英文名として、 「Center for Alternative Live Intelligible Community & Environment」としたものを、最初の2文字を省いた頭字語が偶然「ALICE」となったことによる。この英文名は最初の団体パンフレット6)には最初の「Center」が「Base」と変 えられ、「もうひとつの、いきいきとした、わかりやすい地域社会と環境づくりのための基地」 という訳が付けられている。これが緒形たち設立者が目指した団体の姿と考えてよいだろう。 1980年代にはこの「もうひとつの(Alternative)」がキーワードのひとつとなっていた7)。 それはかつてのカウンターカルチャーのなごりでもあったし、政党や労働組合などに先導されたかつての運動から生活者目線での運動へのシフトも意味していた。とりわけ神奈川県では米軍基地があり、それに対する運動がさかんだったり、神奈川県、横浜市、藤沢市など革新自治体が多かった。さらに、生協を中心にした生活クラブの活動も活発だった。1986年にチェルノブイリ原発事故が起こったことも反原発運動などの市民活動を活発化させていた。 一方、従来の運動やボランティア活動から新しい展開を目指す動きも現れはじめていた。とりわけ1984年に翻訳刊行されたリップナック= スタンプスの『ネットワーキング』は、そうした新しい展開を模索していた人びとを触発し、 各地で多様な市民活動のゆるやかなつながりを目指す活動が起こった8)。 アリスセンターの設立発起人には緖形、鳴海、 横田の他に青木雨彦(評論家)、いいだもも(評論家)、須見正昭(平和運動家)、横山桂次(中央大教授)、服部孝子(横浜消費者の会)、又木京子(神奈川ネットワーク運動)といった市民運動に関係する者が多かった。 また、運営委員にはやはり緖形、鳴海、横田 の3人、そして岩崎容子(鎌倉市議)、上林得郎 (神奈川県自治研センター)、佐野充(日本大学)、 嶋田昌子(中区女性フォーラム)、服部孝子(横浜市消費者の会)、安田八十五(筑波大学)、柳谷あき子(藤沢市議)、渡部允(ジャーナリスト)、関一郎(弁護士)らが就いた。緒形はその代表となった。 2 スタート時の事業の模索 緖形、鳴海、横田の3人を中心にアリスセンター設立計画は動き出し、横田は生活クラブ生協からスタッフがアリスセンターに出向するという形でその人件費を負担した。横田はその後は直接的にはアリスセンターの運営に具体的には関与はせず、緖形、鳴海が中心となってアリスセンターの運営を支えた。 スタート時のスタッフは専従1名、アルバイト2名だった。事務所は緒形の建築事務所と同じ建物の同じ階に置かれた。スタッフ3名の人件費は生活クラブ生協から、事務所の賃貸料は会費から賄われた。いずれにしても、アリスセンターはスタート時より固定的な事務所と常駐する複数のスタッフを備えた団体だったのである。 運営委員会を中心にして設定されたアリスセンターの目的は、次の3点にまとめられた9)。 ① 今日の社会のあり方に疑問を持ち、新しい生き方や社会を創ろうと考えている人々が相互に交流する場をつくります。 ② 広く資料や情報を収集・ストックし、様々な創造的行動のための知識べースとして活用します。 ③ 蓄積された情報や部分の合意をもとに、問題を新しい視点から提起し、解決するための具体的なプログラムを研究・開発します。 この3点は、後には①情報交換の拠点(市民活動の情報センター)、②支援センター、③シンクタンクという形に整理された。 3人のスタッフは学生時代に選挙の応援活動 や自由ラジオ10)などの経験はあったものの、いずれも30代前半から20代の若者で、本格的な活 動の経験はなかった。それに、そもそも他に類似の団体がなく、具体的な事業の内容は決まっていなかった。この時の様子を最初の事務局長だった土屋真美子は次のように述べている11)。 「あまりにも漠然としたこの目的の前に、 スタッフは何を具体的にして良いのやら理解できず、大変悩んだ。とりあえず取り組 めそうなのは①の情報交換の拠点である。 まずは情報を集めて発信しようと、「らびっと通信」という情報誌を「月2回」のペースで発行することにした」。 また、スタート時のもう一つの事業として「ワンダーランド・神奈川」と名づけられたパソコン通信ホスト事業が行われた。まだインター ネットがなかったこの時代では、パソコン通信は新しい通信手段として注目を集めていた。このパソコン通信の事業は、むしろ情報センターとしてのアリスセンターの中心的なものとして スタート時から開始されたが、2、3年のうちに事業は低迷し、まもなく終了となった12)。 3 情報サービスの転回 3人のスタッフは、設立時の構想の内の「① 情報交換の拠点(市民活動の情報センター)」を最初の目標とし、その具体的事業として情報誌の発行を行った。これはスタッフが神奈川県内の市民団体やそのイベントなどに出向いて情報を集め、それを紹介するといったものだった。 しかし、その情報サービスのあり方については、 開始から数年で大きな転回が行われた。スタッフが苦労して集めた市民団体の情報は、一体何のためのものだったのかを再検討せねばならない事態が起こっていたからである。 それは、アリスセンターへの問い合わせの多くが市民団体からではなく、行政、マスコミ、 コンサルからのものだったということである。 この当時のことを土屋は次のように振り返っている13)。 「ただ、この時期あたりからスタッフは妙なことに気づきはじめてもいた。相談や間 い合わせは徐々に増えてきたのだが、その多くが行政やマスコミからの問い合わせな のである。たしかにアリスセンターは認知されはじめ、市民からの情報の提供は多く なっていたので、らびっと通信の情報欄は 充実してきていたが、具体的な市民団体からの相談よりもマスコミや行政からの問い合わせの方が圧倒的に多い。「本来、市民 活動のための情報センターなのに、なぜか?」と自答して出た結論は、現在アリスセンターで取り扱っている情報は、市民として発信したい情報ではあるが、自分たちが欲しい情報ではないのかもしれない、ということだった」。 ここで、自分たちが何のために情報センター を作ろうとしていたのかを問い直し、「市民活動の情報」ではなく「市民活動のための情報」 を提供するという転回をしたのである。これについてスタッフだった川崎は以下のように振り返っている14)。 「すでにある情報やノウハウを行き交わせるだけでは、市民活動にとってそれほど有 益なセンターとはならないということがわかってきた。市民活動にとって本当に有益 なのは、多くの市民団体がもっていない情報やノウハウであり、そうした情報やノウ ハウを蓄積し、提供することが必要なのだと考えるようになった」。 市民活動にとって有益な情報やノウハウを提供することをあらためて考えながら、スタッフたちは具体的事業をさらに模索していった。 4 事業の探索と深化 月2回の機関紙の発行はその後も続けられたが、そこでは市民活動団体によるイベントのアナウンス、掲示板としてのパートと、市民活動に関係するトピックの特集記事のパートとの2部構成となった。 そして、市民活動の事務局を担うという事業が新たに加えられた。これはアリスセンターが常設の事務所とスタッフを抱えていたことで引き受けることになったものだったが、それによってさまざまな関係者や団体のネットワークのハブとしての役割を担うことになり、アリスセンターは神奈川県の市民活動の中での存在感を高めることになった。1990年には「アースデイかながわ連絡会」の事務局を担い、そこから 『地球を救う127の方法』というリーフレットを発行することになったが、チェルノブイリの原発事故がまだ記憶に新しい中でこのリーフレットは評判となり、8万5千部も発行することになった。その後、1992年に「ファイバー・ リサイクル・ネットワーク」の事務局を担い、 古着のリユース事業は定期開催されることになった。 同じ時期にはじめられたもう1つの事業が委託調査だった。初めて受託した調査は、あき缶処理協会から受けた「商店街における廃棄物処理の実態調査」だった。アリスセンターが環境問題に関わっていたことから依頼があったものである。調査といってもポイ捨てあき缶の数を数えるというものだったが、これが委託調査を事業とするきっかけとなった。そして横浜市などから委託調査を受けるようになり、アリスセンターを支える重要な収入となっていった。またこの時期にはトヨタ財団から助成を受け、「市民活動マネジメント」に関する調査や講座を行ったりもしている。 これまでの情報センターとしての活動の蓄積、それによって築いたネットワークを活かし たシンクタンク的な事業が、アリスセンターの中で徐々に大きくなっていったのである。そして、特に行政からの委託事業について、法人格がないことがネックとなることがあり、それを解消するために有限会社の「アリス研究所」が 設立された。これは委託事業を受けるための形式的な会社であり、緒形と初代事務局長だった土屋が代表という形であったが、内部の実態としてはその業務もこれまでのアリスセンターのスタッフでまかなわれた。 アリスセンターが積極的に委託事業を引き受けることに対して、市民運動の世界で指導者的立場にあった須田春海から忠告を受けたが、事務局長だった土屋は「他に方法がない」と反論したという15)。いわゆる市民運動は、抗議活動やビラ配布などのアドホックな活動を中心とし、常設の事務所やスタッフを置くことはなかったが、アリスセンターはそうではなく、それらを備えたセンターであることがそもそもの設立の目的だったのである。とはいえ、生活クラブからの人件費負担もいつまで続くかわからず、事務局長だった土屋は、事務所とスタッフを抱えるアリスセンターを維持することに腐心していたのである。当時のことを土屋は次のように振り返っている16)。 「生活クラブ生協のスポンサーは6年間続いたが、基本的には人件費のみで「活動費 は自分で稼げ」という方法だった。それゆえ、会費をつのったり、業を行って活動費 をひねり出すのが要求され、スタッフは月末には預金通帳をながめて青くなる、とい うまさに自転車操業状態だったが、結果的にはこれによって自立のノウハウが蓄積さ れ、活動の基盤が確立できたのである」。 これがアリスセンターの事業探索の一方の動機であり、また事業を深化させる動機でもあったのである。設立者たちから引き継いだ市民運動の精神をコアにしながらも、維持費の確保が必要な体勢による必要性から、従来の市民運動の組織とは異なる事業展開が模索されたのである。本体はあくまでも任意団体としながら、行政からの委託事業を受けるための有限会社を併設したのもその結果だったのである。 5 NPO法の影響 1995年の1月に発生した阪神・淡路大震災は、 多大な被害と社会へのインパクトをもたらした。行政機能が麻痺する一方で140万人ともいわれるボランティアによって被災地支援が行われ、それは「ボランティア元年」と評された。 公益法人をはじめとする既存の非営利法人制度の問題点は以前から指摘されていたが、具体的な法人制度改革に向けての動きはこの阪神・淡路大震災をきっかけとした。 そして1998年に成立した特定非営利活動促進法(NPO法)はアリスセンターにもいくつかの大きな影響を及ぼした。まず第1に、アリスセ ンターが新しいNPOのサポートセンターの先駆的存在として認知され、全国的に注目されるようになったことである。NPO法成立に向けての動きの中で、一方では新しいNPOの設立やネットワークづくりを支援するセンターの設立が増えていった。1996年の11月に設立された 日本NPOセンターをはじめとして、1996年には市民フォーラム21(4月)、シンフォニー(4 月)、NPOサポートセンター(4月、NPO推進フォー ラムが改称)、CS神戸(10月)、大阪NPOセンター (11月)などが、翌年の1997年にはNPO政策研 究所(5月)、広島NPOセンター(9月)、せん だい・みやぎNPOセンター(11月)などが設立され、その後も都市部を中心に続々と支援センターが設立されていった。1998年12月にNPO法が施行されるよりも前からNPO法人設立急増を見据えて、各地でそれを支援する体制作りが進んだのである。 それらのNPO支援センターのナショナルセンターと目されていた日本NPOセンターが、 設立して間もなく発行した機関紙の準備号で、 アリスセンターは裏面一面のスペースを使って紹介された17)。また、日本NPOセンターによる 毎年のイベントとなるNPOフォーラムの第1回目の現地事務局としてアリスセンターが選ば れた。こうしてアリスセンターは全国的に知られるようになり、スタッフはさまざまなフォーラムやセミナーに登壇したり、他の団体から相談を受けるようになった。 NPO法の影響の第2は、アリスセンターの事業の競合者の出現をもたらしたことである。 NPO法成立によってNPO法人設立が増加することが確実となり、それに対応するための体制作りの必要性から、その参照先としてアリスセンターは全国的な注目を浴びるようになったが、支援体制づくりは民間だけではなく、行政の方でも進められた。都道府県ではNPOの認証事務を行う部署が設置され、そこでは単に認証の手続きだけではなくその支援事業の必要性も認知されたのである。行政によるNPO支援は、そのための施設を設置するという形で進行した。その初期において全国的に大きなインパ クトを与えたのが、神奈川県による「かながわ県民活動サポートセンター」だった18)。それは、 その後もそれを凌駕する施設が現れないほどの規模を有するものであった。また、会議室や作業設備などを市民に提供する施設ではあったが、そうしたハード面だけにとどまらず、徐々に支援のプログラムを備えていくことになった。この県民活動サポートセンターの出現は、 全国の自治体による支援センター設置の動きを刺激した。もちろん、神奈川県下の自治体にも大きな影響を及ぼし、表1のように続々と行政による市民活動センターの設置が進んだのである。これらの行政が設立する支援センターは、 市民活動支援というプログラムにおいてアリスセンターの事業と競合したばかりではなく、さらにそのセンターの運営をいわゆる中間支援組 織と呼ばれる組織に委託で(その後には指定管理者として)任せるようになり、アリスセンターの行う事業と競合するNPO支援組織を増加、 成長させることになったのである。 さらに第3として、アリスセンター自体の NPO法人化に関わる事がらがある。アリスセ ンターは法人格を持たない任意団体として10年にわたって活動してきたが、NPO法成立に向けた運動にも参加し、NPO法が成立したのを受けてすぐに法人化した。その際に、これまで設立以来10年にわたってアリスセンターを支え てきた運営委員会のメンバーから一新されたメンバーによる理事会が組まれた。アリスセンターの顔だった緒形だけが理事長として1期だけ残り、他はこれまでよりずっと若いメンバーが理事となった。さらに役員の任期は2年とされ、その再任は1度だけとされた。緒形については最初の1期だけ理事長を務め、その後任には緒形より40歳も若い大学助手の饗庭伸が就くことになった。NPO法人化に伴って定められたこの2年2期までという役員任期は、その後 アリスセンターの役員の顔ぶれを4年ごとに入れ替えていくことになるのである。 表1 神奈川県内の公設市民活動支援施設の設立 6 低迷とその後 公益法人をはじめとする既存の非営利法人は、主務官庁の許可主義や設立後の指導監督など、官によるコントロールが強く、また税制優遇資格との不分離性などがあり、それとは異なる市民が主体の法人制度を作ることがNPO法を作るのにコミットした市民団体側の目的だった。それが既存の非営利法人とは切り離された日本独自のNPOを生み出した。そうした市民主導のNPOを先導する存在としてNPO支援組織の重要性が指摘され、そしてその先駆的存在としてアリスセンターは全国的に注目されることになった。 しかし、知名度が高まる一方でその足元は崩れはじめていた。市民活動を支援する活動の必要性は広く認知され、行政による支援施設が続々と設置され、支援組織も増加し、そのキャパシティも高まっていった。とりわけアリスセンターの活動の地元である神奈川県、横浜市においては、革新自治体であった時期が長かったこともあり、それらの施設や組織が揃っていくスピードは速かった。それらが行う事業は、これまでアリスセンターが探索し、軌道に乗せつつあったものと同じだったのである。それどころか、行政の施設はスペースや資金などの面においてアリスセンターより豊富であり、多くの利用者を集めていた。そしてその施設の管理・ 運営の仕事を受託した支援組織も同時に成長していった。 ところが、行政による支援施設やそれを管理・ 運営する支援組織が増加し、成長していく中で、 その方向性がアリスセンターの目指すものとは微妙なズレを見せるようになっていった。新しいNPOの世界では、積極的に行政との協働が進められ、かつての市民運動のように行政に対して抗議したり、要望を突きつけるというような活動は避けられるようになっていたのである。また、行政の設置した施設で行われる市民 活動やそれを管理運営する支援組織の事業も、自ずと行政の枠組みの中でのものに制限される傾向が見られるようになっていったのである19)。この点について、川崎は次のように述べ ている20)。 「行政の委託事業としての市民活動・NPO支援では、NPOの政策提案、特に政治的に争点となるような取り組みを支援することは難しい。民設民営の中間支援組織であれば、政治的 な争点に関わる問題に取り組むNPO、例えば原発のない社会をめざすNPOや自然保全のために開発計画に反対するNPOなどにも、組織として賛同して行動をともにすることもできる。 NPOが新たな法律や条例の制定などをめざす場合、民設民営の中間支援組織であれば、ともに国会や自治体議会に働きかけるような活動もできる。しかし、公設公営や公設民営の市民活動支援施設の事業の一環としてはそこまでは路み込めない。政治的な争点に対して中立であること、そして設置した自治体の政策から逸脱しないことが求められる」 行政と対立することがあるのも常識だった市民運動の精神を受け継いだアリスセンターで は、こうした流れを批判的にとらえ、行政の設置した支援施設の管理運営の事業には手をあげなかったのである。その一方では、後発の支援組織がその仕事を得て、組織としての経営基盤を安定させていった。 そしてアリスセンターでは、収入の柱だった行政からの委託事業の減少に直面していた。アリスセンターが設立された1988年ごろはバブル景気のピークであり、行政においても財政的な余裕があり、さまざまな社会課題への取り組みや市民活動への支援など多様な取り組みがなされ、その中のいくぶんかがアリスセンターへの委託事業となっていた。しかし、バブル経済崩壊がはじまり、行政の財政も引き締められて いったのである。 こうした状況の中で、2001年3月には初代事務局長だった土屋がアリスセンターを去った。 土屋がアリスを去った理由は、アリス内部の事情やトラブルによるものではなく、新しい 「NPO」や「NPO支援」の流れに対する違和感からのものだった。土屋は日本における新しい「NPO」が隆盛しはじめ、その中での自分たちのヘゲモニーを期そうとする人びとに対して違和感を覚えた。それにもかかわらず、これからの新しい「NPO」界を引っ張っていこうという人たちの輪の中に、アリスがむしろその先輩格として巻き込まれてしまっており、言いようのない居心地の悪さを感じ、もうアリスを辞めるしかないと思ったという21)。 そして、土屋とともに初期からのスタッフで2代目の事務局長だった川崎も、2006年に家庭の事情などによってアリスセンターを去った。 その後任には公募によって国際機関で働いていた藤枝香織が選ばれた。役員の方は、NPO法人になった際に作られた定款で任期が2年2期までとされていたために、法人化前のアリスセ ンターの関係者は誰もいなくなっていた。もちろん、役員任期後も会員としてアリスを支える者が多かったが、かつての運営委員会でもアリスの事業が軌道に乗ってからは、現場スタッフの提示する事業計画のほとんど承認機関になっていたし22)、初期からの関係者はすでにかなりの年配になっていた。さらに、この任期の制限によって適任者が枯渇し、神奈川県在住の役員 がほとんどいなくなり、理事会も東京で行われるようになっていた23)。会員の数も初期からの人的なつながりが希薄化する中で徐々に減っていった。 厳しい状況の中で事務局長に就任した藤枝 は、『たあとる通信』の発行も続け、委託事業も受託していたものの、徐々に活動は低迷し、 やがてアリスセンターの解散を検討するようになった。そして、その時点での役員たちと解散 の方向を取り決めた。しかし、先代の事務局長だった川崎にその件を相談したところ、これまでのアリスセンターの役員、会員などの関係者 の意向を聞くべきであるとの示唆を受け、ちょうどアリスセンター設立の25周年の時期にも重なっていたために、これまでの活動の総括と今 後のことを検討する機会として25周年記念集会と、『たあとる通信』でのその特集を組むことになった24)。この25周年の事業を企画する段階で、藤枝はアリスセンターを離れ、川崎やかつての理事であった内海宏、菅原敏夫、鈴木健一などが役員となり、心機一転が図られることになり現在に至っている。 Ⅳ ディスカッション 1 発見事象 以上、アリスセンターの設立とその事業展開を時系列的に記述することによって発見された事象は以下のようなものである。 ① アリスセンター設立を構想したメンバーたちは市民運動との関わりが強く、その精神がアリスセンターの基本的な価値、理念となっていた。 ② 設立時には具体的事業はまだ決まっておらず、設立されてからスタッフによって事業が探索された。また、事業の探索はその後も継続された。 ③ 情報をめぐる事業は、「市民活動の情報」 から「市民活動のための情報」へという転回があった。 ④ 「NPO」、「サポートセンター」、「中間支援組織」などの言葉や概念は、アリスセンターが事業を探索し、実行した後から出てきた。 ⑤ アリスセンターは「NPO」、「サポートセ ンター」、「中間支援組織」などの言葉や概念が社会的に一般化することを利用しようとした。しかし一方で、その流れに対して疑問を持っていた。 ⑥ 自らの基本的な価値や理念を「市民運動」 に置き、それは事業や団体の位置づけが変わっても変わることがなかった。 2 考察 本稿の問題意識は、NPO支援組織がどのように発生し、どのようにひとつの制度として普及していったのか、そして組織はその制度とどのように向い合うのかということである。 ここでいう制度とは、諸組織間や組織フィー ルドで形成される認知的な標準様式、そしてそれによってもたらされる形式やシステムなどを指す。組織はどのように行動したり、その構造を変化させていくのかを説明するのに、合理性を追求するため、あるいは環境に適応するためと説明されてきたが、合理性の追求や環境への適応という組織の行動をより正確に、現実的に説明するために導入されたのが制度という概念だった。 組織は合理性を追求しようとするが、どういう行動をとることが合理性につながるかが評価しにくい場合、あいまいな場合には「正当性」 を追求する。合理性と組織の実際の活動との関係性が不明確な場合、両者の関係が緩やかなも のにされたり(ルースカップリング)、直接的な関係づけが放棄(ディ・カップリング)されたりする。そして組織で実際に行われている活動が合理的なものであると正当化(神話化)される。 こうした正当性という文化的、認知的側面が組織の構造や行動を規定するというのが制度という概念を導入した説明である。 この制度を概念とした理論は多くの研究者の関心を集め、さまざまな議論が展開されている。その中でも、この制度がどのようにして形成さ れるのかについては多くの議論が展開された。 DiMaggio and Powell(1983)による同型化という概念はその中心概念となっていた。諸組織は正当性を追求するために、正当性があると見なされた組織の活動や形態を採用(模倣)する。 これによって諸組織の同型化が生じる。さらにその諸組織の同型化は個々の組織に圧力となり、同型化の流れが強化される。このようなプロセスによって諸組織間や組織フィールドで形成される認知的な標準様式、そしてそれによっ てもたらされる形式やシステムなどが制度を形成するというものである25)。 しかし、同型化しながら制度が形成されるという説明だけではその制度の最初の発生や変化が説明できないことから、それを説明する概念として注目されるようになったのが制度ロジックであった。これは制度というものはワンピー スなものではなく、組織や組織フィールドにいる人びとの認知的なものであり、そこにはそれを認知したり、正当性を認める価値や信念や規範といったものがいくつか混合された状態で存在するというものである。こうした制度を形成するものが制度ロジックである。Thorntonらは制度ロジックを「社会的に構築された、歴史的な文化的シンボルと物質的実践のパターンから得られる、さまざまな価値、信念、規範、関心、アイデンティティ」と定義している26)。また、Greenwoodらは「組織の現実をどのように解釈するか、何が適切な行動を構成するか、 どのように成功するかを規定する包括的な原則のセットである。言い換えれば、ロジックは、 社会的状況をどのように解釈し、機能させるかについてのガイドラインを提供するものである」27)としている。 本稿で取り上げたケースにおいては、「NPO」、「中間支援組織」を制度ロジックとして捉えることができるだろう。もちろん、「NPO」については実際にNPO法という法律制度となっているが、それを条文から構成された法制度として見るだけでは「NPO」を十分 には論じられない。諸活動の結果として成立、 施行されたNPO法は、既存の非営利法人制度の改革の流れの中で捉えなければ、その意味は説明できないのである。なぜ日本において長く民間の公益活動を担ってきた公益法人などと区別して「NPO」が論じられ、別の法人制度が作られたかを説明するには、公益法人制度の歴史的経緯、阪神・淡路大震災をきっかけとした NPO法成立に向けた運動などが踏まえられていなければならないのである。そういう意味で 「NPO」は、NPO法人制度を中心とした制度を形成する価値、信念、規範、関心、アイデンティティである制度ロジックと見なすことが必要なのである。 また、中間支援組織についても、明確な定義がなされないままにNPOを支援するNPOとして、さらには現場組織を支援する組織全般を指す用語として一般化しているが、「NPO」の中でも特別なポジションにある存在として制度ロジックとなっている。「中間支援組織」は、地域の市民活動のまとめ役、世話役、代弁者として位置づけられ、また行政側からは市民活動の窓口、境界連結者、公民連携のパートナーと見なされる。さらには、公民連携の物理的な形としての公設民営の市民活動支援施設の管理運営者であることが標準的な姿となっている。 アリスセンターをめぐる制度ロジックとしては、さらにその初期における「市民運動」も加える必要がある。「市民運動」、「NPO」、「中間 支援組織」という制度ロジックは、大きく見るならば「市民活動」、「NPO」あるいは「民間」 という一つの制度ロジックとして捉えることもできるだろう。しかし、このケースで確認できたことは、アリスセンターという組織はこの3つの制度ロジックの流れを識別しながら事業を探索し、自らのアイデンティティを確認してい たということである。こうした組織の行動を説明するためには、ここではこれらを異なる制度 ロジックとして捉えることが重要である。 表2は「市民運動」、「NPO」、「中間支援組織」 という3つの制度ロジックの特性の違いを整理したものである。それぞれの実際の組織や活動は多様であるが、ここでは特性の違いを分かりやすくするために典型的なものを想定して整理している。 これらの3つの制度ロジックとアリスセン ターとの関係を整理しておこう。まず、アリスセンターは市民運動のロジックの中に身を置いていた横田、緒形、鳴海らによって構想された。そのベースには、学生運動、基地反対住民運動、 生活クラブ、神奈川ネットワーク、革新自治体があり、その中にあったロジックの構成要素は行政との対抗、生活者主権、反保守などである。 そしてこれらがアリスセンターの基層を成した。 しかし、アリスセンターはこの市民運動のロジックをそのまま受け継いだわけではなかっ た。常駐の事務所と専従スタッフを備えるというこれまでの運動体とは異なる要素をその出発点から持っていたために、この態勢を維持するという、いわば組織としての慣性が事業の探索という行動を導いた。また、この組織の慣性が市民運動のロジックとのコンフリクトを生み、 スタッフはその葛藤の中で具体的事業を探索し、その意味付けを行っていた。 やがて「NPO」というこれまでの市民運動やそのあり方をリニューアルする制度が形成されはじめ、その社会的なインパクトを自分たち の活動にとっての追い風として積極的に取り入れた。しかし、NPOのロジックの中には市民運動のロジックと対立するものもあり、アリスセンターのスタッフたちは自分たちのアイデン ティティとして市民運動のロジックを残しながら、「NPO」の制度に乗る(利用する)という行動をとった。 こうした制度やそのロジックの選択的利用 は、「中間支援組織」の制度化の中でも行われた。 外部から「中間支援組織」のパイオニアと目され、自らもそのようにふるまいながら、その中の主流となっていた公設民営の支援センターの管理運営事業には乗ることはなかった。「中間支援組織」の制度化の中で、各地の主だった中間支援組織が行政設置の支援センターの管理運営事業を受けることでその存続基盤を安定させていたが、アリスセンターではその基層としての、「市民運動」のロジックからはそれは受け入れられなかったのである。 アリスセンターのその後の低迷の原因のひとつは、この行政設置の支援センターの管理運営事業を選択しなかったことにあるといってよいだろう。しかし、「市民運動」のロジックをその基本的価値としている組織としては、むしろ行政設置の支援センターの管理運営事業を選択して、それによって行政による制約に縛られるような状態になってしまうことこそが自らの存在意義の喪失となるのである。 表2 各制度ロジックの特性 出所:Thornton et.al. 2008などを参考に筆者作成 Ⅴ まとめ 本稿においては、中間支援組織のパイオニアとされるアリスセンターの設立前から今日に至るまでの行動を「市民運動」、「NPO」、「中間支援組織」などの制度ロジックとの関係の中から分析した。日本において「NPO」、「中間支援組織」という言葉や概念が生まれるより前から事業を行っていたアリスセンターが、それらのパイオニアとして社会的に認知されながら、 その制度化の流れを解釈し、その制度化を利用したり、逆に翻弄される様子を記述することができた。 制度と組織との関係を分析するには、ある時点の姿だけを切り取ったスナップショット的な分析では限界があり、ある程度の時間的な幅の中での変化を観察する必要がある。歴史的制度論という方法が提示されるのもこのためである。本研究では、具体的ケースについて30年余りにわたる期間の分析ができた。またそれは、 阪神・淡路大震災やNPO法成立という歴史的なイベントを経過して制度化が生じた期間であった。この期間において日本独自のNPOや中間支援組織の制度化が起こったのである。そうした複数の制度の流れの中にありながら、アリスセンターという組織は時には自らがその参照先となりながら、それらの中のロジックを使い分けていたケースを示した点に本研究の意義があると思われる。 一方、課題も残されている。まず、本稿において制度あるいは制度ロジックとして識別した 「市民運動」、「NPO」、「中間支援組織」が、 それぞれ制度あるいは制度ロジックとして扱われることが妥当である説明が十分とはいえない。そもそも社会学的制度論とか新制度理論といわれる諸研究での「制度」という概念は認知的側面を重視するため、何をもって制度として規定されるのかが明確ではない。逆にいえば、 そうした解釈の余地があったり、認知の差がありうるからこそ、それをめぐっての組織ごとの行動の違いや制度の変化が説明できるのである。また、そうした制度はそれに関わる諸組織や組織フィールドとの相互作用の中で変化し続ける。したがって、制度それ自体を厳密に捕捉するということ自体が困難なのである。しかし、 明文化されたルール、同型化した組織の数、発生したイベント数、メディア掲載頻度などを測定して、ある程度は制度というものを推定するということは可能だろう。あるいは、ディスコース分析や計量テキスト分析などによって関係する人びとが認識する制度やロジックを定量的に把握することも今後は必要と思われる。 [謝辞] 本稿を作成するにあたり多くの方にインタビューに応じていただいたり、資料を提供いた だいた。とりわけアリスセンターの事務担当理事だった故鈴木健一氏にはそれらの調整をいただいた。記して感謝したい。本研究はJSPS科研費、 18K01781、20K01871、20K01844、21K01665、 22K01739の助成を受けたものである。 [インタビューリスト] 土屋真美子(初代事務局長)、川崎あや(2代目 事務局長)、藤枝香織(3代目事務局長)、饗庭伸(2 代目理事長)、内海宏(現理事長)、鈴木健一(故人・ 元理事)、菅原敏夫(理事)、早坂毅(元監事)、 横田克巳(生活クラブ生協神奈川元理事長)、山岡義典(日本NPOセンター顧問)、椎野修平(元かながわ県民サポートセンター部長)、藤井敦史(立教大学教授・元アルバイトスタッフ) [注] 1)内閣府国民生活局(2002)、3ページ。 2)前掲書、「アンケート調査送付先一覧」、146-149ページ。 3)日本NPOセンターHP「NPO支援センター一 覧」、2021年12月17日確認 https://www.jnpoc.ne.jp/?page_id=757 4)アリスセンターの設立の背景から設立後の初期についてのモノグラムは一部公刊済みである(吉田2021、吉田2022)。またその後についても、後編として公刊予定である。 5)インタビュー対象者が自由に話すことで、事前には予期していなかった新たな情報が得られる可能性があること、そしてインタビュー する側のストーリーの展開に対象者が合わせてしまうことを防ぐためである。 6)アリスセンターの最初のパンフレット(1988 年) 7)リップナック=スタンプス(1984)においては「もうひとつのアメリカ」が論じられ、 1985年には日本各地のオルタナティブ運動の現場を紹介する『もうひとつの日本地図』が 刊行された。アリスセンターの創設者のひと りである横田克巳も『オルタナティブ市民社 会宣言 ―もうひとつの「社会」主義―』(1989) という著書を出している。 8)当時、JYVAの発行する雑誌『グラスルーツ』 の編集をしていた播磨靖夫などが中心となって「ネットワーキング研究会」が発足し、これが1989年に「日本ネットワーカーズ会議」 となった。また、仙台市では後に「せんだい・ みやぎNPOセンター」を立ち上げる加藤哲夫らが地域の団体のアルマナックである『セ ンダードマップ』を刊行した。 9)アリスセンターの最初のパンフレット(1988 年) 10)小出力による自主FM放送の運動で、「ミニ FM」とよばれることもあった。「自由ラジオ」 という言葉は粉川哲夫が提唱したといわれて いる。参考、粉川(1983)。 11)土屋(1999)、84-85ページ 12)パソコン通信は注目されていたもののこの当時はまだパソコンの普及もそれほどではなくまた通信コストも高く利用者も限られていた。 13)土屋(1999)、86ページ 14)川崎(2004)、30ページ。 15)土屋(2013)、28ページ。 16)土屋(1999)、84ページ 17)日本NPOセンター(1997)、「訪ねてみました情報拠点」 18)かながわ県民活動サポートセンターの設立の経緯については、吉田(2020)を参照のこと。 19)たとえば「さいたま市市民活動サポートセンター」では、政治的な活動を行う市民団体がセンターの利用登録団体であることに市議会議員が異議を唱え、このセンターは指定管理者制度から市の直営となった。 20)川崎(2020)、52-53ページ。 21)土屋真美子へのインタビュー。2021年8月22 日、Zoomでのオンライン。 22)土屋インタビュー、同上。 23)早坂毅へのインタビュー。2019年6月17日、 於:早坂毅税理士事務所(横浜市) 24)『たあとる通信』のアリスセンター25周年記念特集号は、37号(2013年4月)から40号(2013 年7月)まで毎月刊行された。 25)DiMaggio and Powell(1983)では同型化のパターンとして模倣的同型化の他に強制的同型化、規範的同型化を説明している。 26)Thornton, Ocasio and Lounsbury(2012), p.2 27)Greenwood et.al.(2011), p.318 [参考文献] DiMaggio, P.J. and W. W. Powell,(1991)“The Iron Cage Revisited: Institutional Isomorphism and Collective Rationality in Organizational Fields,” American Sociological Re︲ view, Vol.48, 1983, pp.147-160. in Powell W. W. and P.J, DiMaggio ed., 63-82. Greenwood, R., M. Raynard, F. Kodeih, E. R. Micelotta, & M. Lounsbury,(2011)“Institutional Complexity and Organizational Responses”, Academy of Management Annals, 5⑴, pp.317-371. 川崎あや「市民社会へ ―個人はどうあるべきか」財団法人まちづくり市民財団編 『まちづくりと市民参加Ⅳ』2002年12月、34- 40ページ 川崎あや『NPOは何を変えてきたか』有信堂、 2020年5月 粉川哲夫編『これが「自由ラジオ」だ』晶文社、 1983年7月 Lipnack,J. and J.Stamps,(1982)Networking: The First Report and Directory, Doubleday & Company,N.Y.,.(J・リップナック/J・スタ ンプス『ネットワーキング』(正村公宏監修、社会開発統計研究所訳)プレジデント社 1984年5月) 内閣府国民生活局編『NPO支援組織レポート 2002』2002年8月日本NPOセンター『NPOのひろば』創刊準備号、 1997年3月 Thornton, P.H., and W. Ocasio,(2008)“Institutional logics,” The Sage Handbook of Organi︲ zational Institutionalism, pp.99-128. Thornton, P.H., W. Ocasio and M. Lounsbury, (2012)The Institutional Logics Perspective: A New Approach to Culture, Structure and Process. Oxford: Oxford University Press. 土屋真美子「神奈川の市民活動の変化に応じて変わってきたアリスセンター」『造景』 No.19、1999年2月84-88ページ 土屋真美子「協働の25年 ~協働はもう過去の話か?」『たあとる通信』39号2013年6月、 28-32ページ 野草社:「80年代」編集部編『もうひとつの日本地図』野草社、1984年10月 横田克巳『オルタナティブ市民社会宣言 ―もうひとつの「社会」主義―』現代の理論社、 1989年3月 横田克巳『愚かな国の、しなやか市民』ほんの木、2002年6月 吉田忠彦「市民活動支援をめぐる施設、組織、 政策」『非営利法人研究学会誌』22号、2020年8月、57-73ページ。 吉田忠彦「アリスセンターの設立と事業展開 ―中間支援組織の解体のために―(上)」 『商経学叢』67巻3号、2021年3月、121- 138ページ。 吉田忠彦「アリスセンターの設立と事業展開 ―中間支援組織の解体のために―(中)」 『商経学叢』68巻3号、2022年3月、407- 440ページ。 論稿提出:令和3年12月21日 加筆修正:令和4年4月9日
- 非営利組織会計における資本と収益の検討から新時代の企業会計へ―営利・非営利会計の共通性の探求・アンソニーの提言を受けて― / 日野修造(中村学園大学教授)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 中村学園大学教授 日野修造 キーワード: FASB JICPA SDGs SFAC第4号 SFAC第6号 概念・モデル基準 学校法人会計基準 サービス提供可能資源正味残高増減額 社会・贈与資本 活動計算書 資本と収益の区別 収支差額 純利益の測定 要 旨: 資本と収益の区別問題は、営利企業の会計で議論されてきた。本稿は、この議論を非営利 組織会計の分野に適用し検討している。そしてその結果を、企業会計に振り戻して検討し、 脱炭素化社会の実現を目指す新時代の企業会計について考察している。 統一論題報告では、非営利組織会計においても資本と収益の区別と純利益(収支差額)の 測定が重要であることを明らかにした。そして、非営利組織会計のあるべき純資産の区分に ついて提言を行った。本稿では、統一論題報告に更に新たな論点を付加し、企業会計にまで 発展させた検討を行っている。 構 成: I はじめに II FASBの純資産概念とアンソニーの提言 III 非営利組織の純利益(収支差額)と純資産の区分 IV 企業会計への展開 Ⅴ おわりに Abstract The issue of distinguishing between capital and income has been discussed in corporate accounting. This paper applies this discussion to the field of not-for-profit accounting. The results are then reviewed by looking back on corporate accounting, and the new era of corporate accounting aiming for the realization of a decarbonized society is considered. The report on the unified thesis clarified the importance of distinguishing between capital and income and measuring net income(balance)even in not-for-profit accounting. The authors then offered a proposal concerning the classification of net assets in not-for-profit accounting. In this paper, we considered adding new issues to the unified thesis report and developing it into corporate accounting. Ⅰ はじめに 2021年9月に非営利法人研究学会第25回全国大会が実施され、統一論題は「非営利法人の理念と制度」であった。本稿は、同大会統一論題 報告を基に加筆・修正を行ったものである。報告は、主にそれまでの研究を踏まえて、特に日野[2021b]と日野[2022a](掲載決定は2021年8月)に基づいて問題提起を行った。 本稿は、第1章から第3章で構成されている。 そのうちの第1章および第2章が学会報告に基づく内容である。続く第3章は、非営利組織会計が中心であった大会での議論を、企業会計にまで広げて検討している。報告では、アンソニー の提言を受けて非営利組織会計においても資本と収益の区別と純利益(収支差額)の測定が重要であることを明らかにした。そして、非営利 組織会計のあるべき純資産の区分について私見を述べた。また、この純資産概念は企業会計に まで拡張させる可能性を秘めていると論じた。ただし報告は、企業会計への展開可能性を示唆したところまでであった。したがって、ここに第3章を新たに加筆し、企業会計まで発展させて検討を行っている。 資本と収益の区別問題は、営利企業の会計で議論されてきた。本稿ではこの議論を非営利組織会計の分野に適用し検討する。そしてその結果を、企業会計に振り戻して検討し、脱炭素化社会の実現を目指す新時代の企業会計について考察するものである。 Ⅱ FASBの純資産概念とアンソニー の提言 本章では、まず第1節で非営利組織会計において主流となっている純資産概念について、特に純資産の区分に焦点を当てて検討を行う。次いで第2節で、その主流となっている概念に対して批判的な見解を示しているロバート N.アンソニー(以下、アンソニーと略称する)の批判と提言について検討を行う。 1 純資産概念 ⑴ アンソニー報告書とFASB概念の関係性 アメリカの財務会計基準審議会(以下、FASB と略称する)は、非営利組織会計概念フレームワーク作成に先立ち、ハーバード・ビジネス・ スクールのアンソニー教授に非営利組織会計の現状調査を依頼している。そして、アンソニー は、その調査結果を報告書としてまとめている (Anthony[1978]:以下、アンソニー報告書と略称する)。 この報告書を基点としてFASBは非営利組織会計概念フレームワークを作成することになる。アンソニー報告書の公表が1978年で、 FASBが公表した最初の非営利組織会計概念フレームワークが2年後の1980年である。それは、財務会計概念フレームワーク第4号『非営利組織の財務報告の基本目的』(以下、SFAC第4号と略称する)として公表された。そしてその5年後の1985年に、財務会計概念フレームワーク 第6号『財務諸表の構成要素』(以下、SFAC第 6号と略称する)が公表された。これは同じく 財務諸表の構成要素について記されていた第3号が、営利企業のみを対象としたものであったため、それを非営利組織まで拡張したステートメントである。 このようにアメリカにおける非営利組織会計概念フレームワーク作成プロジェクトは、アンソニー報告書(1978年)を基点として、SFAC 第4号(1980年)そしてSFAC第6号へと継続した。 ⑵ FASB概念書・基準書の区分 ① FASB旧基準の純資産 上述のような経緯を辿ってFASBは非営利組織の純資産を「非拘束純資産」、「一時拘束純資産」および「永久拘束純資産」に区分する会計概念を導出している。非拘束純資産はサービス提供のためであれば組織体の自由意思で消費・ 支出できる資源である。一時拘束純資産とは、 拘束が一時的なもので、建物や設備を取得するという使途の拘束がある寄付金や、特定のプロ ジェクトに支出が限定された寄付金などである。そして、永久拘束純資産とは永久に維持すべき資産に相当するもので、例えば組織設立の際に、土地や設備等に投下され基盤となった投入額や、博物館などに寄付された美術品などの芸術作品などである。 ② FASB現行基準の純資産 上述のように当初は3区分であった純資産 を、FASBは2016年8月に「拘束がない純資産」 と「拘束がある純資産」の2区分に改訂している。拘束がない純資産は非拘束純資産と同じであるが、拘束がある純資産は一時拘束と永久拘束とが一つにまとめられている。永久と一時の区別が難しく、複雑であることなどが理由であった。 このFASBの改定純資産は、我が国の公益法 人会計基準の純資産区分とほぼ同じになっている。実のところ公益法人会計基準も中間報告の段階では、FASBの旧基準と同じで、非拘束・ 一時拘束・永久拘束の3区分とする案が示されていた。 ③ JICPA概念・モデル基準の純資産 次に我が国に目を移す。日本公認会計士協会 (以下、JICPAと略称する)は2019年7月に『非営利組織の財務報告の検討~財務報告の基礎概念・モデル会計基準の提案~』およびその附属資料1・2(JICPA[2019a-c]:以下、概念・モデ ル基準と略称する)を公表している。JICPAの概念・モデル基準では、純資産を「基盤純資産」、 「使途拘束純資産」および「非拘束純資産」に 区分している。FASBの旧基準で示されていた区分に近い形式である。 いずれにしても、非営利組織会計における純資産の区分は、資源提供者の提供資源に対する使途の拘束に従って区分することが有用であるとする考えが主流であると考えられる。 2 アンソニー概念 ⑴ FASB分類と慣習的分類 アンソニーはFASB分類について、「FASBの分類は営業上の流入と資本流入という慣習的分類と一致するものではなく、FASB分類は慣習 的分類と調和させることはできない」(Anthony [1989], p.55)と述べている。そして、アンソニー は、「FASB『類型』と慣習的な『営業』と『資本』 の分類との間に1項目に対する1項目の一致があるとしたら、実際に有用であろう」(Anthony [1989], p.56)と述べている。 特にアンソニーは、一時拘束純資産の問題点を指摘している。非拘束純資産は拘束がないため、サービスの提供において、自由に消費・支出できる。そして、永久拘束純資産はそのような消費や支出ができない。ところが一時拘束純資産には、設備等の取得に限定された寄付と特定のプロジェクトに支出するための寄付が存在することを指摘している。つまり、支出する時点で考えると、前者は資本的支出に該当し、後者は収益的支出に該当するとして、FASBの拘束概念には問題があることをアンソニーは指摘している1)。 ⑵ 概念ステートメント第4号と第6号について さらにアンソニーは、FASBはSFAC第4号 (1980年)で、「財務報告は、活動に関係している資源フローと関係していない資源フローとを区別しなければならない」(FASB [1980], par.49; 平松・広瀬[2002]、p.182)と述べている。またアンソニーは、資源提供者は、「一期間中の組織体の純資源の変動をより完全に理解するために、組織体の基本財産や施設の変動についての情報を必要としている」ことが述べられていたことを指摘している(Anthony [1089], pp.53-54)。 そして、第4号の5年後の1985年に公表された「概念ステートメント第6号では営業に関係する資源フローと関係していない資源フローの区別について何も述べていない」(Anthony [1989], p.54)と指摘している。 この指摘の根底には、非営利組織においても純利益の測定が重要であるというアンソニーの信念がある。アンソニーは「会計の最も重要な業務は純利益を測定し、損益計算書でそれを報告することである」(Anthony [1989], p.30)と述べている。 1978年のアンソニー報告書公表の直後の1980年に公表されたSFAC第4号は、アンソニーの影響を強く受けているが、その5年後の第6号はアンソニーの影響が薄れたと考えられる。それはFASBの概念フレームワークは資産負債アプローチであるが、アンソニーのアプローチは収益費用アプローチであることから、相容れないものがあったからだと推察される。水面下にあった相容れないアプローチの相違が、5年の歳月を経て表面化したと考えられる。 またアンソニーは、基本財産について、「組織体は法的にそのような贈与の元金を営業活動に運用できないが、元金の利息から利益を得ることができる」(Anthony [1989], p.58)と述べている。つまり前者は維持・拘束すべきものであるが、後者はサービスの提供に消費・支出することが可能であるということである。そして、 アンソニーは、FASB概念ではすべての寄付(贈与)が純資産の変動という概念の下で、収益と解釈されてしまうと指摘している。 Ⅲ 非営利組織の純利益(収支差額)と純資産の区分 本章では、まず第1節でアンソニーの提言を受けて、未だ明確にされていない非営利組織の純利益にメスを入れる。非営利組織が多額の純利益(収支差額)を計上すると、サービスの提供を疎かにし、私腹を肥やしていると批判される。果たしてそうであろうか。まずはこの問題について検討を行い、非営利組織が稼得する純利益(収支差額)は、将来のサービス提供可能資源の獲得であることを明らかにする。次いで第2節で、非営利組織会計において資本と収益を区別し、純利益(収支差額)を正しく測定するための会計を開発する糸口が企業会計原則の贈与剰余金にあるとして、黒澤[1950]、高松 [1956b]、山下[1968]といった先人の論考 を辿り検討を行う2)。 1 非営利組織の純利益(サービス提供可能財源)と提供すべき情報 ⑴ 資本・収益の区別と維持(拘束)すべき資源・サービス提供可能資源の区別 アンソニーの提言を整理すると、次のようになると考えられる。FASBの非営利組織会計概念は,資本と収益の区別ができていない([Anthony 1989], p.55)。換言すると、資本相当額として維持・拘束すべき純資産と、サービス提供に消費・支出が可能な資産に相当する純資産を峻別すべきという提言だと考えられる。 またアンソニーは、非営利組織も営利企業と同様に純利益は重要であると主張(Anthony [1989], p.48)している。この提言も、企業会計で配当可能利益の計算が重要視されるように、 非営利組織会計においてもサービス提供可能資源正味残高増減額の計算が重要であるとの提言であると考えられる。 ⑵ 純利益測定の意義と特徴 日野[2021a]・[2021b]ては、認定NPO法人の純損益(収支差額)について、10年間(2009年度~2018年度)の推移を調査している3)。そこでは、調査したほとんどすべての組織が、純利益と純損失の繰り返しであるという結果か出ている。つまり、赤字を出しても非営利組織が継続できるのは、利益を上げた年度の余剰を赤字年度に支出しているからだと考えられる。そのように考えると非営利組織の純利益とは、サービス提供可能資源正味残高の増減額といえると考えられる4)。 ⑶ 純資産の区分と提供すべき情報 純利益(収支差額)、すなわちサービス提供可能資源正味残高増減額をマイナスにならないように確保する根拠を得るために、ここで、非営利組織会計が提供すべき情報について確認をしておく。 非営利組織会計が提供すべき情報は、日野 [2018]・[2021b]などの検討により、アメリカでは①サービス提供継続能力、②財務的弾力性、③受託責任、④財務業績の4項目であることを明らかにしている。また、これら4項目をJICPAの提供すべき情報に照らしてみても、ほとんど同じであることも明らかにしている。 JICPAは、①継続的活動能力、②資源提供目的との整合性、および③組織活動の3つを挙げている。①はサービス提供継続能力に、②は受託責任に、そして③は財務業績に該当すると考えられる。③について補足すると、組織活動は非財務情報として提供される側面があるが、会計として提供する情報という視点で考えると、 それは財務業績になると考えられる。 このように、提供すべき情報は4つの項目になると考えられる5)。 ⑷ 純利益測定の意義と特徴 次いで、純利益の獲得、すなわちサービス提供可能資源正味残高の増加がこれら4つの提供情報評価に及ぼす影響について考えてみる6)。 業績評価は、①サービス提供継続能力、②財務的弾力性、③受託責任、および④財務業績の観点から行う。まず純利益の獲得で財務業績を測ると仮定すると、純利益すなわちサービス提供可能資源正味残高増加額を確保すると、それだけ資源が増えるので①サービス提供継続能力 が上昇する。また、この財源には拘束がないので、財務的弾力性も向上する。受託責任とは関係はないが、4つの内の3つの評価と深く関わりを持つことになる。 ここで、課題として純利益の獲得を良しとする判断の根拠を更に検討する必要があると考えられる。また、受託責任評価の問題も残る。まず純利益の獲得、すなわちサービス提供可能資源正味残高が増加した場合については、サービ ス提供資源処分計算書を作成するなどして、将来の利益還元計画を開示すべきことを日野 [2021a]・日野[2021b]第4章などで提案している(次章の図表7を参照)。そこでは蓄えた利益を将来において社会に還元することを約束した財務書類を開示することで、受託責任を果たすことができることを述べている。また日野 [2021a・b]では、獲得した純利益の帰属先についても検討し、それが法的に見て国家や社会 のものであることを明らかにしている。つまり、 稼得した純利益(収支差額)は、国や社会から受託したサービス提供可能な資源であり、国や社会に対する受託責任を有する資源であることを明らかにしている7)。 これまでの検討で明らかになったように、純利益(正確には収支差額の黒字)、すなわちサービス提供可能資源正味残高増減額を計算するためには、資本と収益を区別すべきというアンソニーの提言を、非営利組織会計にも取り入れる必要があると考えられる。また、そもそもアンソニーの会計概念は営利・非営利共通の会計概念である8)。そこで、アンソニーの提言を取り入れ解決するための糸口が、企業会計原則にあ ると考えた。企業会計原則には営利・非営利に 共通する会計志向が存在する。それは贈与剰余金に対する会計志向である。したがって次節で、 企業会計原則で考えられていた贈与剰余金について、検討を行う9)。 2 企業会計原則の贈与剰余金 ⑴ 投下資本 かつて企業会計原則が会計の拠り所であった時代に、黒澤教授は、企業の投下資本(黒澤 [1950]、p.730;藤井[2019]、p.274)には、払込資本、評価替剰余金、贈与剰余金の3つがあると述べられていた。しかし、非営利組織には、所有者がいないため払込資本は存在しない。また、非営利組織はサービスを提供する組織であるため、評価替剰余金を認識したとしても,それは実現していないので、サービスの提供に用いることも組織の基盤を支える資源とも考えられない。すると、この中では贈与剰余金(受贈資本)が,非営利組織会計の分野では特に注目される投下資本だと考えられる。 ⑵ 持分の本質と主体持分 また、貸借対照表の貸方をすべて持分とするという考え方がある。高松教授は「誰が投資したものであるか,を明らかにするのが『持分』 問題なのである」(高松[1959b]、p.47)と述べられている。そして、「持分のなかには、いかなる利害者集団にも直接にただちに帰属しない部分がある」(高松[1959b]、p.54)と述べられ ている。結果それは、「『企業体持分』あるいは主体持分である」(高松[1959b]、p.54)と指摘されている。 さらに高松教授は、贈与剰余金について「本 来は利害者集団から企業体になされた投資であるが、利害者集団はこの投資に対する請求権を 放棄してしまっているので、すべて企業体に帰属するにいたった部分であるということができる」(高松[1959b]、p.57)と述べられている。そして、企業体持分は「資本取引から生ずる企業体持分と、留保利益からなる企業体持分とに大別することができる」(高松[1959b]、p.54) と指摘されている。 これら企業体持分に関連して、山下教授は「第 三持分として考えることが許される」(山下 [1968]、p.199)と述べられている。山下教授は、 「企業財産に対する伝統的な持分としての債権者持分と株主持分とから明確に区別され,いわゆる債権者持分でもなく、そうかといって株主持分としても認識されず、その中間要因として 企業自体、従業員、国家持分という 「第三持分関係」 の成立が認識される」(山下[1968]、p.199) と述べられている。 これらは非営利組織へ提供される設備等に関する寄付や補助金にも適用できる考えであると思われる。これらの寄付や補助金のほとんどが組織の基盤を支えるためのものである。少なくともサービス提供のために消費・支出すること が予定されていない資源だといえる。これらは企業会計でいえば、資本取引から生じた剰余金と考えられる。 ⑶ JICPA概念・モデル基準の純資産概念 そこで、我が国の非営利組織への流入資源について考えてみる。ここでは、JICPAの概念・ モデル基準と公益法人会計基準に記されている流入資源について確認する。まずJICPAから行 う10)。 流入資源には、基盤純資産・使途拘束純資産・ 非拘束純資産を増大させる資源流入がある。基盤純資産には、法令上,純資産の区分保持が定められているものが相当する。そして、使途拘束純資産には、特定目的のための支出が前提である寄付・補助金等で、固定資産の取得に限定されたものなどが、これに相当する。また、特定のサービス提供プログラムに限定されたものもある。前者は、企業会計原則がいう贈与剰余金に相当すると考えられ、後者はサービス提供可能な資源に相当すると考えられる。残る非拘束純資産は使命を果たすために自ら使途を決定できる資源に相当するので、サービス提供可能な資源ということになる。 ⑷ 公益法人会計基準の純資産概念 次に公益法人会計基準の流入資源を確認する。固定資産には、基本財産・特定資産があり、 それは、組織の維持・継続の基盤となるもので, 設立時の寄付行為や定款で基本財産と定めた土地・建物とされている。また、特定目的のため の預金・有価証券等が記されている。特定目的とは、建物・土地、あるいは特定のサービス提供プログラムのために使用するという目的である。前者が贈与剰余金相当で、後者がサービス提供可能資源相当ということになる。 このように、非営利組織には企業会計原則において資本相当と考えられる資源の流入と、収益相当と考えられる資源の流入があることが確認できる。 ⑸ 非営利組織の流入資源 JICPA概念・モデル基準および公益法人会計基準、いずれも贈与剰余金に相当する資源が流入していることを踏まえての基準設定となっている。ただし、受託責任の観点から、目的と拘束がない贈与に留意する必要があることを踏まえた上での基準設定となっている。 これまでの検討から、非営利組織会計における純資産概念は、図表2に示すようになると考えられる。まず非営利組織の純資産は、「基盤純資産」、「贈与純資産」、「その他の純資産」に区分され、さらに、それぞれの区分ごとに、拘束と非拘束に細区分されると考えられる。このように区分すれば、拘束性による区分を除くと、 企業会計と共通の純資産概念が形成される可能性があると考えられる。次章で、この点について検討を行うことにする。 図表1 非営利組織の業績評価 出典:日野[2021a]図表2より 図表2 非営利組織の純資産の構造 出典:日野[2022]図表5を加筆修正し、筆者作成 Ⅳ 企業会計への展開 本章では、まず第1節で、今世界が脱炭素化社会の実現に向けて動き出している様子を概観する。そして、それに伴って企業目的が変容しつつあることを確認する。次いで第2節で、そのような脱炭素化社会を目指す新時代の会計について考察し、提言を行う。 1 脱炭素化社会と企業目的の変容 ⑴ カーボンニュートラルとSDGs 2020年10月、菅義偉首相(当時)は所信表明 演説において「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」と宣言した。それは、『2050年カーボンニュートラル』の実現を目指すというものである。続いて、経済産業省(資源エネルギー庁)が、温室効果ガスの排出実質ゼロ(カーボンニュートラル)を目標に掲げた。現在、我が国は脱炭素化社会の実現へと舵を取っている。 今なお、コロナの収束は見えてこない中、世界各国は危機を克服するための取り組みを必死で行っている。SDGsもそんな世界の危機克服のための取り組みの1つである。 SDGsとは「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)の略である。2015年9月に国際連合が採択した「持続可能な開発のための2030アジェンダ」で示された目標である。具体的には、「貧困をなくそう」、「すべての人に健康と福祉を」、「住み続けられる町作り」、「景気変動に具体的な対策を」などである11)。 日本政府はこの国連の目標を受けて、2016年5月に「持続可能な国際目標推進本部」を設置した。そして、SDGsへの取り組みの推進を図る政策を採っている。 ⑵ 企業目的の変容 SDGs採択の後、2015年12月の国連のパリ会議 (「国連気候変動枠組条約締約国会議・通称COP)で、 気候変動に対するパリ協定が締結された。また、 2019年8月にアメリカの経営者団体ビジネス・ ラウンドテーブル(以下、BRと略称する)が、「企業の目的に関する声明」と題する公開書簡を発表した(https://www.dhbr.net/articles/-/6147)。 BRの声明では、「企業が説明責任を負う相手は、 顧客、従業員、サプライヤー、コミュニティ、 株主の5者であり、株主はその一つにすぎない」 と述べられている12)。 1970年にフリードマンが、『ニューヨーク・ タイムズ』紙で、「企業の社会的責任は利益を増やすことにある」と断言してから約50年、世 界の状況は大きく変化している。BRの声明は、 この世界観に反論しているのである13)。 2 営利・非営利共通概念 ⑴ 新たな純資産概念 今日、SDGsやカーボンニュートラルを目指すといった新時代を迎え、資本主義のあり方が問われている。これまで企業会計は、所有者の利益を計算するという会計観(所有主観)に傾注していた感がある。今後は、企業会計の分野においても所有主観ではなく、エンティティ観に基づいた会計観が見直される可能性がある。 利益剰余金を株主だけの請求権とする株主持分に区分するのではなく、新たに会社持分を設定し、内部留保(利益剰余金)をステークホルダーや社会のために活用(佐藤[2014]、小栗[2021]) する仕組みが必要とされる時代が到来していると思えてならない。それは、純資産を①払込資本、②社会・贈与資本、③利益剰余金に区分する新たな会計観である。 前章末で、図表2として純資産の区分を提案した。それは非営利組織会計における純資産の区分は、基盤純資産・贈与純資産・その他の純資産とする提案である。この区分案を企業会計に置き換えると、図表3に示すように、それぞれ資本金(払込資本)・社会・贈与資本・その他の純資産となる。この内の社会・贈与資本とその他の純資産が主体持分14)(会社持分)となる。 主体持分とは、株主とは切り離して、企業が自らの意思でステークホルダーや社会のために活用できる持分である。したがって、これらの資源の用途については、国や社会に対して受託責任を果たす義務を、営利・非営利組織は有することになる。 図表3 非営利組織会計の純資産と企業会計の純資産対応表 ⑵ 非営利組織の社会還元計画 前述のように日野[2021b]では、非営利組織の活動計算書末尾で社会還元計画を追記する提案を行っている(日野[2021b]、p.206)。図表4の通りである。 図表4では、非営利組織の活動計算書で、営業活動と営業外活動に区別した損益計算が実行され、前者の非拘束列で計算された純資産の変動額50万円のうちの45万円に拘束を課した様子が示されている。そして、そこで修正されたボトムラインの金額が、貸借対照表の各純資産区分へと転記される構造が示されている。 この社会還元計画は、企業のSDGsやカーボンニュートラル実現への取り組みとして計画することも可能であると考えられる。図表4の財務諸表を企業会計まで拡張させることによって、脱炭素化社会を目指す新時代の企業会計制度の構築が可能となると考えられる。この点については第4項で検討するとして、次項で学校法人会計について見ておきたい。学校法人会計にも同様の手掛かりを見出することができる。 図表4 社会還元計画を加味した修正活動計算書 出典:日野[2021b]、p.206より 3 学校法人会計基準からの示唆 ⑴ 学校法人会計における基本金組入 学校法人会計において活動計算書(損益計算書)は図表5に示すように、教育活動・教育外活動・特別活動に区分して、それぞれ収支差額が計算される。そして、基本金組入前収支差額が明らかにされる。さらに、この基本金組入前収支差額から各基本金へと組入が行われる(学校法人会計基準第五号様式)。 また、ボトムラインの当期収支差額は、貸借対照表の純資産の部における翌年度繰越収支差額へ振り替えられる。これは企業会計において、 損益計算書で算出された当期純利益が貸借対照表の繰越利益剰余金へ振り替えられるのと同じ計算構造である。「利益」と「収支差額」と呼称は異なるが、サービス提供可能な資源という意味では同じである。 このように学校法人会計では、将来において社会に還元するための資源として、各基本金が確保されていると解釈できる。 図表5 学校法人会計基準の収支計算 出所:学校法人会計基準 第五号様式より筆者作成 ⑵ 貸借対照表との関係性 事業活動収支計算書における基本金組入額・ 取崩額は、図表6に示すように貸借対照表の各基本金へ転記される。基本金については、脚注を見ていただきたい15)。 このように、事業活動収支計算書で示された基本金組入額・取崩額は、貸借借対照表の純資産の該当する基本金に加減される。そこで、注目していただきたいのが、借方側に例示している「第2号基本金引当特定資産」16)である。貸方側と借方側との紐付けが行われている。 学校法人会計基準では、基本金組入額と特定資産の紐付けがある。この問題についてJICPAは、「本検討では、情報利用者のニーズを満たす観点から重要な情報に限定して情報提供することに主眼を置くため、純資産の拘束別区分表 示と拘束の対象となる資産との紐付けは求めないと結論付けた」(JICPA [2019a], p.21)と述べ ている。しかし、学校法人会計は、自らが基本金として拘束しているため、受託責任・社会的責任から考えると、組み入れた基本金と特定資産の紐付けは必要であると考えられる。学校法人には、これらの特定資産を管理・運用する受託責任・社会的責任がある。その責任を、借方側で見える形で開示することに大きな意義があると考えられる。 これらの各基本金を筆者提案の純資産区分に対応させると、図表7のようになると考えられる。 図表6 学校法人会計基準の貸借対照表 図表7 純資産・基本金対応表 出典:日野[2022b]図表7より 4 企業会計への展開 第2・3項で検討した会計処理や財務報告は、非営利組織が獲得した収支差額(サービス提供可能資源正味残高増加額)を、将来のサービス提供可能な資源として、組織自らが拘束し、その資源を将来社会に還元する会計だといえる。その仕組みは、収支差額を活動計算書(収支計算書) で計算・開示し、その残高を目的に応じて貸借対照表の純資産に加減する。そして、貸借対照表の借方では目的に応じて特定資産項目を設けて開示するという仕組みである。 この仕組みを脱炭素化社会を目指す新時代の企業会計に応用することができると考えられ る。その計算・開示構造は図表8の通りである。 図表8の計算構造と開示の仕組みは、次の通りである。 損益計算書で計算された税引前当期利益から、法人税が控除される前に、社会・贈与資本 組入として、環境対策のための資源が控除される。そしてそれは、貸借対照表の社会・贈与資本に加えられる。さらに貸借対照表の借方側では、「地域・環境資産」17)などの名称で、目的に応じて、他の資産とは区別して開示する。 我が国が2050年までにカーボンニュートラルを実現するためには、それなりの財源措置と企業意識の変革が必要である。そのための方策として、図表8では、税引前当期純利益から社会・ 贈与資本組入額を控除した残額を課税所得として法人税を課すようにしている。こうすることにより、企業努力を誘発し、脱炭素化社会へ向けた企業の取り組みをへと向かわせることが期待できると考えられる。 そして、組み入れられた資源は、貸借対照表上で社会・贈与資本として開示され、同時に借方側で「地域・環境資産」などの名称を用いて開示される。小栗[2021]では、脱炭素化社会を目指すこれからの会計はステークホルダーのための会計を志向する必要があるとして、前述のように、利益剰余金を株主だけに請求権を認める株主持分に区分するのではなく、新たに会社持分を設置し、環境対策を講じる時代に来ていることが述べられている。また、小栗[2021] では、そのための基盤となる資産を貸借対照表上で表示する必要があるとして、「地域・環境資産」などの名称で、地域社会や環境保全のための投資(設備投資等)を計上することが提案されている(小栗[2021]、p.21)。 ただし、このような計算構造や財務報告を実現させるためには、法制度や会計制度の変革を伴うなど障壁は多いと考えられる。また、社会・ 贈与資本組入が利益操作や脱税などに利用されない仕組みも構築しなければならないであろう。さらには、「地域・環境資産」組入額に一定の制限を課すことも必要であろう。例えば、 「税引前当期純利益のX%を超えない額とする」 などの措置が考えられる18)。 図表8 新時代の会計処理・財務諸表 出所:筆者作成 Ⅴ おわりに 今、SDGsやカーボンニュートラルといった 新時代の資本主義のあり方が問われている。これまで企業会計は、所有者の利益を計算するという会計観(所有主観)に傾注していた感がある。 今後は、企業会計の分野においても、エンティティ観に基づいた会計観が見直される可能性がある。その際にもし、本稿で検討したような新しい記録と計算構造に基づく財務報告手法が受け入れられたとすれば、営利・非営利共通の会計概念や財務報告手法の開発が可能となるであ ろう。 具体的には、非営利組織会計における純資産 を「基盤純資産」、「贈与純資産」および「その他の純資産」とすることが受け入れられ、かつ、 企業会計をも取り込むためには、基盤純資産が 「払込資本」、贈与純資産が「社会・贈与資本」、 そして、その他の純資産が「利益剰余金を含む その他の純資産」へと転換することが受け入れられる必要がある。また、「贈与・社会資本組入」 と「地域・環境資産」などの計上も受け入れられなければならい。そして、法制度・会計制度 の見直しを行うことになるであろう。本稿では、 これら障壁を取り除くための検討までには至っていない。これらは、今後の課題である。 [注] 1)本項で述べているアンソニーの主張や提言は、日野[2016]第2章・日野[2019]・日野[2021b]第5章などで詳細に検討している。 2)企業会計原則の贈与剰余金については、日野 [2022a]でより詳細に検討を行っているので、 参照していただきたい。 3)日野[2021a]・日野[2021b]第4章で検討を行っている。データはまず、福岡市が管轄する認定NPO法人の中で、認定が最も古いものから50の組織を取り上げた。そして、そ の中から更に単純無作為に20の組織を抽出し、最大の純利益相当額と、最大の純損失相当額との差額を計算した。そして、その差額を降順にソートし、中間層の5団体をグラフ化している。規模が異なるので、20団体すべてを一つの折れ線グラフで示すことは出来ないためである。これは20団体のどの層で抽出しても、ほぼ同じ形状を示す。つまり、収支差額のプラスとマイナスを繰り返す折れ線グラフとなっている。 4)解釈など詳細については、日野[2021a]・日野[2021b]第4章を参照していただきたい。 5)非営利組織会計が提供すべき情報については 日野[2018]・日野[2021b]で詳細に検討を行っているので、参照していただきたい。 6)非営利組織会計における利益測定の意義については、日野[2018]・日野[2021b]で詳細に検討を行っているので、参照していただ きたい。 7)法人が解散した場合の財産の帰属先について検討を行った。根拠法として特定非営利活動促進法の第32条、一般社団法人及び一般財団 法人に関する法律の第139条、医療法人法第 56条を確認した。いずれも解散した場合の財産は、国又は地方公共団体、あるいは他の非 営利法人に帰属するようになっている。したがって、非営利組織の財産は国や社会のもの であると結論づけた。 8)アンソニー概念が営利非営利に共通する概念であることについては、日野[2021b]第3章を参照していただきたい。 9)第2節での検討は、日野[2022a]第4節での検討に基づくものである。日野[2022a] では更に詳細なる検討を行っているので、参照していただきたい。 10)同様の検討は日野[2022]では、より詳細に検討を行っているので、参照していただきたい。 11)SDGsについては、日野[2021a]、pp.1-2において、我が国の取り組みも含めて述べているので、参照していただきたい。 12)「企業の目的に関する声明」 https://www.businessroundtable.org/ business-roundtable-redefines-the-purpose-ofa-corporation-to-promote-an-economy-thatserves-all-americans 13)Business Roundtable[2019]Business Roundtable Redefines the Purpose of a Corporation to Promote ‘An Economy That Serves All Americans’ (https://www.businessroundtable.org/ business-roundtable-redefines-the-purpose-of-acorporation-to-promote-an-economy-that-serves-all-americans) 14)主体持分とは、アンソニー会計概念(Anthony [1984])で述べられているもので、株主持分が株主に帰属するように、主体持分は企業または組織それ自体に帰属するというものである。 15)第1号基本金……組織活動の基盤となる資源 ・設立当初に取得した固定資産の額 ・新たな学校の設置、若しくは学校規模の拡大 ・教育の充実向上のために取得した固定資産の額 第2号基本金……将来取得する固定資産に備える資源 ・新たな学校の設置資金として充当 ・学校規模の拡大・教育の充実向上のために将来取得する固定資産への充当額 第3号基本金……基金に相当する資源 ・基金として継続的に保持し、かつ、運用する金銭その他の資産の額 第4号基本金……恒常的に保持すべき資源 ・経営を継続するために日常的に必要な支払い準備資金の額(文部科学大臣の定め) (学校法人会計基準第30条第1号~4号より) 16)特定資産については「第〇号基本金引当特定資産」、「〇〇引当特定資産」として、それぞれの目的に応じて、計上されている。 17)「地域・環境資産」とは、小栗[2021]、p.21 で述べられている名称を借用している。この名称については、目的とする環境対策等に応じて様々な名称が考えられる。 18)ここでX%としたのは、何%が適切であるかの議論を行ってないからである。組入制限については、今後の課題である。 [引用および参考文献] 小栗崇資[2021]「SDGs・ステークホルダー資 本主義と新たな会計」『会計理論学会年報』 第35号、pp.20-22。 黒澤清[1950]『会計学』改訂増補版,千倉書房。 佐藤倫正[2014]「会計が促す新資本主義―資金 会計のイノベーション―」『愛知学院大学論叢 商学研究』第54巻第2・3号、pp.165-196。 高松和男[1959a]「企業体理論と持分概念」『會計』第75巻第1号、pp.54-69。 高松和男[1959b]「資本の本質とその分類―企業体理論と持分概念―」『會計』第76巻第3号、 pp.45-60。 日本公認会計士協会[2019a]『非営利組織の財務報告の検討~財務報告の基礎概念・モデル 会計基準の提案~』。 日本公認会計士協会[2019b]『付属資料1非営利組織における財務報告の基礎概念』。 日本公認会計士協会[2019c]『付属資料2 非営利組織のモデル会計基準』。 日野修造[2016]『非営利組織体財務報告論― 財務的生存力情報の開示と資金調達』中央経済社。 日野修造[2018]「FASB非営利組織会計基準における純資産の区分変更と情報価値」『公会計研究』第19巻第1号、pp.22-40。 日野修造[2019]「非営利組織会計における利 益測定法の検討―アンソニー概念とFASB概 念を融合した2段階分類法の提案―」『流通 科学研究』第19巻1号、pp.55-70。 日野修造[2020]「JICPA非営利組織会計基礎 概念・モデル基準の検討」『流通科学研究』 第20巻第1号、pp.53-62。 日野修造[2021a]「非営利組織における利益測定の意義」『経済論叢』194巻第4号 藤井秀樹教授退職記念号、pp.31-50。 日野修造[2021b]『非営利組織会計の基礎概念―利益測定の計算構造と財務報告―』中央経済社。 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- 非営利団体は、今、どこにいるのか―市民社会論の視角から― / 岡本仁宏(関西学院大学教授 )
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 関西学院大学教授 岡本仁宏 キーワード: 市民社会 非営利法人 NPO SNS 世紀転換期非営利法人制度改革 要 旨: 世紀転換期非営利法人制度改革の次に来るべき21世紀非営利法人制度改革の課題を明らかにするためには、非営利組織の歴史社会的な状況の確認が必要である。本稿は、市民社会論の視角からこの確認を行う。まず、市民社会とは何かについて、実証的・叙述的把握と規範的把握とを確認し、この規範内容が強制力から自由な平等な市民による社会であることを示す。さらに市民社会の、組織と象徴との二領域把握を示す。その上で、今なぜ市民社会論かについて、H・ミンツバーグによるネオリベラリズム批判と長期的な近代史的視点からの確認を行い、国家及び営利組織に対する非営利組織の持つ重要性を強調する。次に、現在の IT革命に伴う社会変容のもとで新しい非営利組織・公論領域の可能性について、Facebook グループの事例をもとに検討する。来るべき改革において、市民社会の人類史的な方向性を 確認しつつ、新しい社会変容への創造的適応を行うべきことを主張する。 構 成: I 問題提起:私たちはどこにいるのだろうか? II 市民社会論の視角から III 巨大な社会変容のなかで IV むすび Abstract In order to clarify the challenges of 21st century non-profit corporate system reform that follows the non-profit corporate system reform at the turn of the century, it is necessary to understand the historical and social significance of the non-profit sector. We considered this situation from the perspective of civil society theory. First, we confirm empirical and descriptive understanding, and normative understanding of what civil society is, and that the content of this norm is a society of equal citizens free from coercive force. We argue that civil society consists of two spheres, of symbols and of organizations. To understand the importance of non-profit organizations to the state and for-profit organizations, especially now, we consider H. Mintzberg’s criticism of neoliberalism and lessons from a long-term modern historical perspective. We then examine the possibility of new non-profit organizations using the Internet under the significant social transformation caused by the current IT revolution based on the case of the author’s Facebook group. In the coming reforms of the non-profit corporation system, it is necessary to recognize the direction of civil society in human history and the importance of creative adaptation to the new social transformation. Ⅰ 問題提起:私たちはどこにいるのだろうか? 「我々はどこから来たのか我々は何者か我々はどこへ行くのか」(ポール・ゴーギャン、1897- 98)という問いは、非営利法人研究に携わる我々にとっても、重要である。もちろん、神ならぬ我々に、歴史の深奥の秘密を開示することが不可能であることは重々承知である。そのうえで、一つの試論として、我々の現在を位置づけてみたい、というのが、本稿の目的である。 このような問題関心は、基本的に、二つの焦点から形成されている。 1 「世紀転換期非営利法人制度改革」ののち、 「21世紀非営利法人制度改革」を展望するために 第一は、「世紀転換期非営利法人制度改革」 ののちに、「21世紀非営利法人制度改革」を展望するとすれば、それはどのような性格を持つ べきものなのか、という問いである。我々は、すでにいくつかの小論においてこの問題提起を行ってきた1)。煩をいとわず、この点を確認しておこう。 日本の非営利法人制度は三つの変革期を経てきて現在に至った。 第一に、明治期法人制度創出期である。1987 年(明治29年)交付、89年(同31年施行)の民法によって、第33条で法人格付与の立法主義が確認され、第34条で非営利の法人格として、財団法人及び社団法人の制度が作られさらに一連の監督規定が施行された。 ただし、非営利法人制度にとって最重要領域の一つである、宗教関係については、同法施行と同時に民法施行法第28条によって「民法中法人ニ閃スル規定ハ当分ノ内神社寺院嗣字亙ヒ仏堂ニハ之ヲ適用セス」とされて除外された。 第二に、敗戦期から戦後体制樹立期である。敗戦直後には、ポツダム勅令の一つである宗教法人令(1945年)によって、宗教団体令によって上記の宗教団体法が排除されることが、この口火を切ることになった。さらに、民法特別法 によって、一連の特定領域の法人制度が作られていく。すなわち、私立学校法(1947年)による学校法人、医療法(1949年)による医療法人、 社会福祉事業法(1951年)による社会福祉法人、さらに宗教法人法(1951年)による宗教法人等である。 新しい憲法体制のもとで、第89条の「公の支配に属さない」団体への公金支出禁止規定や同条及び第20条の政教分離及び信教の自由規定、 第25条生存権規定、第23条の学問の自由、26条の教育権規定などの影響もあり、法人制度全般において、戦後体制が形作られた。ただし、明治民法の非営利法人制度自体は維持されたままであった。 第三に、世紀転換期である。1996年の宗教法人法改正を先駆としつつ、決定的な変換が1998 年の特定非営利活動促進法による特定非営利活動法人の導入、さらに中間法人法、そして「110 年ぶりの大改革」と言われた公益法人制度改革三法の制定及び民法改正、および関連法改正は決定的変換であった。この時期には、社会福祉法人制度、学校法人制度、医療法人制度の改正も行われており、単に財団法人・社団法人制度のみならず、主要な非営利法人制度全体への大きな改革が行われた。 これらの諸改革期それぞれの意義については、本稿で繰り返す必要はないであろう。しかし、これら三つの時期の巨大な改革を経て、我々は、どのような場におり、さらにもしこれら改革の成果と課題を踏まえて、新たに21世紀非営利法人制度改革を展望するとき、我々はどのような現状認識と方向感覚をもって、進むべきであろうか。 2 市民社会論の視角から もちろん、この問題に立ち向かうときに、世紀転換期非営利法人制度改革の総括を行い、そこから「残された課題」を引き出すことが必要である。例えば、日本の戦後の公益法人制度に特有な縦割り型法人制度の問題の克服も、検討課題の一つであり得る2)。監督制度の改革や、 残された法人格についての改革、さらに非営利公益団体への社会的信用性や財務力の向上も重要課題であろう。公益法人や非営利組織が直面する具体的な課題を解決するために、次の改革を構想することは重要である。 しかし、あえて、我々は、より広い国際的な視野、およびより広い歴史的な視野から、問題を位置づけたい。つまり、非営利組織やその研究において、どのような俯瞰的構図のもとに改革課題を導き出すべきか、という点を考えたい のである。上述の日本における法人制度の歴史を見ても、明治維新、敗戦、そして新しい情報 通信革命による地球的規模での変容への組み込み等、国際的な文脈の影響は明らかである。そこで、筆者の専門性からも3)、主に、西洋政治 思想史の文脈の中で、我々がどのような位置に あるのかを確認することにしたい。 鍵となる言葉は、「市民社会(civil society)」 である。以下本稿では、市民社会論の視角からどのように現在を位置づけることができるかに ついて、節を改めて議論していくことにしよう。 Ⅱ 市民社会論の視角から 1 市民社会の把握 ⑴ 実証的把握のこころみ 市民社会を把握するためには、明確に概念を定義すること、そしてその概念に基づいて実体がどのようになっているかを把握することが必要である。 概念史は、思想史の特有の学問領域として研究蓄積がある。西洋政治思想史における市民社会概念についての歴史については、我々は別稿ですでに検討したことを踏まえ4)、次節において瞥見する。論の進行上、次節を先回りすることになるが、本節では、上述拙稿において「現代的な市民社会概念」として提示した概念を前提として、論を進めることとしよう。すなわち、 それは、営利セクターと政府セクターとに対するものとしての、非営利セクター、サードセクターなどと呼ばれている領域である。 この把握は、実証的な国際比較研究として 1990年代から行われてきた主要な非営利組織調査の対象と一致している。いくつかの事例を確認しよう。 例えば、国際的なNGO組織や活動家による連合体であるCIVICUS(https://www.civicus.org/) は、持続的に市民社会の状態を把握する努力を 行ってきた。それは、New Civic Atlas(1997) から始まり、civil society index(2000-2010)/ State of Civil Society Report(2014-2020)へと 展開している。非営利組織の把握としては、 index事業の方に重点があったが、費用や発展途上国でのデータの限界からこのプロジェクトは終了した。しかし、Helmut Anheier, Director of the Centre for Civil Society at the London School of Economics(LSE), Hauser Center for Nonprofit Organizations at Harvard Universityとも共同し、UNDPなどの資金を得て実施されたこの事業は、市民社会領域を把握するという点で、重要な成果を残している5)。 また、もちろん、Lester M. SalamonらのGlobal Civil Societyプロジェクト6)は、学会においてもスタンダードな把握として、その調査対象の枠組みが多くの教科書などでも利用されてきていることは、周知のところであろう。また、London School of Economics and Political Science のGlobal Civil Society Yearbook(2001-2012) の取り組みも重要である。 これらの取り組みは、非営利組織の比較研究、 特に社会的な重要性についての研究として発展させられたと同時に、市民社会論として、自由な市民活動の領域を総体として把握し、その状態を権威主義国家による抑圧との関係において 測定し確保しようとする社会運動としても展開した。 このうち、非営利組織論に限って言えば、現在でも、例えばイギリスの非営利公益組織の中央組織であるNCVO(National Council for Voluntary Organisations)によるUK Civil Society Al-manac 2021の内容や日本でのいくつかの研究書においても、継続した非営利組織の包括的把握の努力が行われている。ここで「包括的」と いうのは、特定の法人格を対象とするのではなく、一つの社会における非営利組織を総体として把握する努力が進展しているということである。UK Civil Society Almanac 2021では、 税制優遇を受ける非営利公益団体に対する独立規制機関であるチャリティコミッションによるデータをベースとしつつも、それのみならず、 広範囲な団体のデータを用いつつ、全体としての非営利公益団体の領域を把握しようとしている8)。例えば、組織類型についていえば、表1のような団体を把握しようとする努力が見られる。これらのほかにも生活時間統計などによるボランティア活動の把握を含め、非営利社会活動の領域を、ボランタリーセクターとして照らし出そうとしている。 日本では、セクター団体が総括的な非営利組織領域の研究に踏み出すには至っていない。しかし、すでに研究としては、セクター全体を把握するための努力が始まっている。例えば、経済産業研究所の後房雄を代表とした研究プロジェクトによる一連のサードセクター調査9)がある。筆者も参加したこの調査事業の成果は、 総計19本のRIETIディスカッション・ペーパー と、それらの一部をもとにした後房雄・坂本治也編『現代日本の市民社会:サードセクター調査による実証分析』法律文化社、2019年、が出版されている。 この研究では、表2に示されているように、 宗教法人は含まれていないが、協同組合や同労組合から、一般社団法人・一般財団法人、公益社団法人・公益財団法人や特定非営利活動法人、 さらに学校法人・社会福祉法人、さらには医療法人関係に至るまで総括的な「サードセクター」 を対象としている。 表1 団体数 出典:UK Civil Society Almanac 2021 以上のように、営利セクターと政府セクターに対する非営利セクターを全体として把握しようとする試みは、90年代以後、着々と展開している。 ⑵ 市民社会とは ① 一般的な用法から:3セクター論:叙述的・ 規範的用法 このような実証把握の背景にあるのは、最初に述べたように、営利セクターと政府セクター との対比において、社会を三つのセクターとし てとらえる3セクター論である(図1)。あるいは、社会福祉領域では有名なペストフの福祉 トライアングルを用いれば、国家(公共機関) と市場(民間企業)とに対比されるコミュニティ(世帯・家族等)、を除いた領域としてのボランタリーな非営利組織の領域・アソシエーションの領域である10)。 このような把握は、基本的には現代社会の領域を区分して非営利組織の活動する社会領域を際立たせようとするものである。この領域の把握は、叙述的意味、つまりこの社会領域を記述するための概念である。 他方、日本の多くの中間支援組織などの設立趣意書等には、単に市民社会を叙述的に表現するのではなく、むしろあるべき社会像を示すものとしての規範的な概念が見られる。この点については、すでに別稿で、事例を含めて確認したところであるが11)、一部の事例を挙げれば、 例えば下記のようなものがある。 わたしたちが目標としている社会は、多様性と個人の自律性のある市民社会です。公 正で透明な開かれた市民社会です(日本NPOセンター設立趣旨) 日本NPOセンターは、新しい市民社会の実現に寄与することを理念とし、分野や地 域を越えた民間非営利組織(NPO)の活動基盤の強化と、それらと企業および政府地方公共団体とのパートナーシップの確立を図ることを目的とする(日本NPOセンター定款) 誰もが住み良い豊かな社会の実現のために、 市民自身の手による新しい社会のしくみ創りをめざし、起業型エヌピーオーの育成・ 発展にとりくむことを中心としつつ、エヌピーオー活動のさらなる推進を図り、市民社会の醸成に寄与すること(わかやまNPOセンター) 私たちが望む社会は、力あるものを中心とした社会ではなく、生活者の価値と発想を 基盤とした、多様性と個人の自律性のある市民社会であり、参加と協働の道が人々に 開かれた公正で透明な社会です。…新しい市民社会づくり(せんだい・みやぎNPOセンター) これらの概念の用法は、まさに現代日本において確認できるものである。 表2 後・坂本編2019における対象団体 *C列の合計値は、端数のため、12,500とならない 出典:後・坂本編2019、16頁。 図1 社会の3セクター構成図 ② 規範内容としての平等性:暴力と貨幣のコントロール このような内容は、現代日本においてのみならず、西洋政治思想史における市民社会概念の深い伝統と共通する内容がある。したがって、 単に一時的な流行のようなものではない。 古代ギリシャにおいて、都市共同体の外部に ある暴力の世界に対比された文明化された社会としてのポリス以来、延々と、例えば、ジョン・ ロックの『統治二論』におけるcivilsocietyやcivilgovernmentに、さらにA・ファーガソン からF・ヘーゲルに至るまで、西洋政治思想史の中で継承されてきた理念と連続性がある12)。 その内容は、第一には、平等な市民がおりなす自発的社会・政治秩序として、権力関係や上下関係を排除する、第二に、暴力的・あるいは強制的な抑圧や紛争解決を排除する、ことである。 後者は、暗殺前に犬養毅が言ったとされるよう に、「問答無用」ではなく「話せばわかる」社会関係の維持である。そこでは、civility(礼儀でありかつ市民性)が通用し、紛争や問題の、主に言語による解決が可能である。 そして、この実現のために、第一に、社会から暴力を排除し、国家機構に独占させつつそれをコントロールするという手法が生み出された13)。そして、第二に、市場における交換関係のような本来的対等性も、貨幣所有量による強制性を持つようになることが認識されるにしたがって、飽くことなき貨幣追及の傾向性、つまり貨幣の物神性への警戒とそこからの離脱の社会的制度化が模索されてきた14)。 以上のような市民社会の叙述的・価値的概念は、もちろん実証研究においては、相互に明確に区別される必要があるが、概念の内包・外延を議論する際には、不可欠な相補性を持つ。つまり、一定の価値的理念を前提としつつ、その実体的表現として叙述的な概念の範囲が切り取られるのである。 ③ 市民社会論の二つの対象:組織と象徴 このような歴史的遺産を継承する現代市民社会概念は、その主要な内容として、先に述べた3セクター論として、特にNPO論、非営利組織論の文脈においては重要である。しかし、念のために付言すれば、現代市民社会論の対象は、 二つの領域を区別する必要がある。すなわち、 その一つは、上記の組織論的把握であるが、他方、コミュニケーション論や象徴論の文脈での把握も重要であって見逃すことはできない。かつて政治学者の石田雄は、現代政治分析において、「組織と象徴」という枠組みを用いている。 この把握も、市民社会の二領域把握と共通する15)。 実際、現代市民社会論の古典として頻繁に上 げられるJ・ハーバーマスの『公共性の構造転換』16)は、公共性(Öffentlichkeit、公共圏、public sphere)に関する研究であり、公論=世論(public opinion)の世界がどのように変容してきたかに関する歴史研究である17)。この文脈で、I・カ ントは、「『啓蒙とは何か』の中で理性使用を「私的使用」と「公共的使用」に区別し、前者を国家制度の論理と分析し、後者を市民の論理と位置づけた上で、後者によって前者を「批判」して制度を改革してゆくプロセスを「啓蒙」と呼んだ18)。ここでの公論における理性使用の空間こそが、ハーバーマスが公共圏としてその歴史的分析の対象としたものである。市民社会論は、この伝統を継承するコミュニケーション論・メディア論関係での論説も多く、非営利組織論との間で十分な交流がないままになっている。 これら二つの概念領域、つまり、組織と象徴、 集団と公論の二つの領域については、実は、古典的にも重要な社会領域であるとされていたことを確認できる。 例えば、皮肉にも、絶対王政や主権の理論家として不動の地位をしめるホッブズは、コモンウェルス=国家=リヴァイアサンの重要な内部的敵対者たる「腸虫」「蛔虫」として、「組合」 や「都市」、「争論する自由」を挙げる19)。反対に、トクヴィルは市民社会論の古典として名高い 『アメリカの民主主義』において、「新聞と結社ASSOCIATIONS」を枢要な問題として論ずる20)。 現代においても、この二領域を市民社会の基本的構造把握として確認することは決定的に重要だろう。 2 なぜ今市民社会なのか? ところで、非営利組織論を含む市民社会論は、なぜ我々の現在地を把握するために重要なのか、その点について、ここでは二つの視点から、 確認しておきたい。一つは、ミンツバーグの指摘であり、もう一つは、より長期的な歴史的把握としての重要性である。 ⑴ Henry Mintzbergの問題提起 H・ミンツバーグは、1939年生れ、カナダのマギル大学クレグホーン寄付講座教授である。 経営思想界のアカデミー賞と言われる“Thinkers 50”(世界で最も影響力のある経営思想家)で3人目となる「生涯功績賞」(Lifetime Achievement Award)を受賞し、Harvard Business Reviewで2回にわたってマッキンゼー論文賞を 受賞するという輝かしい経歴を持っている。 日本では、彼のビジネススクール批判やマネ ジメント論は有名だが、その彼が、非営利セクターに対する重要な擁護論を展開していることは、それほど知られていないようである21)。 彼も、3セクター論を展開する。政府セクター、私的セクター、多元セクター(plural sector)の3セクター論である。彼によれば、「多元セクターを構成するのは、政府や投資家によって所有されていないすべての団体である。 そのなかには、メンバーによって所有されている団体もあれば、誰によっても所有されていな い団体もある。協同組合、NGO(NPO)(財団、 クラブ、シンクタンク、運動型NGO、事業型NGO等)、 労働組合、宗教団体、大学や病院等。社会運動 や社会事業のような正式の組織体ではないものもある」、という。つまり、多元セクターとは、非営利組織はもちろん、ヨーロッパ型のサードセクターに入れられるすべての組織が入ること になる。 彼によれば、冷戦体制の崩壊以後、資本主義が勝利したとして、「市場が国家をできるだけ排除することがよい、という思想」、いわゆる ネオリベラリズムの主張が展開した。しかし、 「政府に不信感を持つことと、バランスの取れた社会を築くために必要な政府の役割を否定することの間には、決定的な違いがある」。「今日のアメリカでは、社会主義(socialism)が忌み嫌われる言葉になったことで、あたかも社会的な(social)もの全般が悪であるかのような印象が生まれている」。それによって、「えげつない」 (crass)企業社会が跋扈し、外部性を無視した経営によって社会全体のバランスが大きく崩れているとする。「経済学理論の二つの大きな礎石---コストを負担できるなら、なんでも消費してよいという考え方と、外部性の害を他人に押し付けても良いという考え方---の下の地中で、 実際に何が起きているのかを直視した方がよい」。「そもそも資本主義とは、私たちにモノと サービスを提供するための民間企業の設立と資金調達を可能にする仕組みを表現する言葉だった。それがどうして人間が目指すべき最大の目的であるかのように考えられるようになったのか」、「資本主義は私たちに奉仕するために考案されたものだったはずだ。それなのに、どうし て多くの人が資本主義に奉仕する羽目になって いるのか」と問いかけるのである。彼の批判は辛辣である。 この状況に対する彼の対案は、「政府セクター、私的セクター、多元セクター」のバラン スを取り戻すこと、である。三つのセクターは、 政府セクターは「融通が利かない」(crude)であり、私的セクターは「えげつない」、そして 多元セクターは「閉ざされている」(closed)傾向があるとし、このバランスの回復こそが対案 となる22)。「多元セクター」は、政府セクターの市民性(citizenship)、私的セクターの所有性 (ownership)に対して、communityshipを規範として持っている。コミュニティ性を担う多元 セクターは、他のセクターにも重要な影響を与 えるべきだと彼は主張する23)。多元セクターを 構成する、所有者がいない、あるいはメンバー によって所有されている団体は、私有財産に基づく社会から、「シェアエコノミーや共有財産、 無所有の領域の開拓(NPOは、典型的)」へ進むための重要な役割を担うことが期待されるのである。 このように、ミンツバーグは、現代資本主義 に対する厳しい批判を行い、そのうえで、政府と並んで、あるいはそれ以上に、「多元セクター」 (本稿で言えば、サードセクター、非営利セクター、 あるいは市民社会セクター)の役割を強調するのである。 市民社会セクターの重要性が、指導的な経営学者から、冷戦後のネオリベラリズムに対して明確に主張されていることに注目すべきだろう。 ⑵ より長期の視点から もう少し長期の観点から、市民社会セクターの意義を考えたい。 現在、我々の社会は、経済も政治も芸術も宗教も、その他、それぞれの多様な社会領域も、 独自の領域として機能分化し、それぞれの組織が担い、固有の実践・価値領域を形成している。 しかし、このような社会の機能分化は、近代社会の形成期以前では、十分には展開することは なかった。むしろ、政治権力を持つものは、経済的に富を持ち、宗教的・倫理的に高貴であり、 美しい生活を体現する存在であった。国王や貴族などの身分制度の上位に立つものは、これらすべてを一体的に所有し、他方、下位に位置づけられるものは、全社会的共同体組織のなかで、 あらゆる価値において低位に位置づけられる存在であった。 現在は、市場は独自の運動法則を持ち、政治や倫理と原則的に独立の領域であると考えられている。しかし、かつて福沢諭吉がその自伝の中で嘆いたように24)江戸時代には、経済とは、 経世済民、つまり「世の中を治め、人民の苦しみを救うこと」25)であって。経済領域が独自の運動法則を持つことを前提としておらず、倫理や政治と切り離せず、幕府の政治的支配のもとに服するべきものであった。近代における社会領域の分化は、このような政治的・倫理的支配からの解放という点でも、それぞれの領域における更なる分化・分業の進行による巨大な生産力の解放という点でも、また、人間の自由の獲得という点でも、大きな社会的進歩であったことは明らかである。 しかし、現状においては、人々の共同・協働の営みである社会から生み出され、豊かさを実現するために役立つ道具としての企業メカニズムは、ミンツバーグが言うように巨大な支配的力を持つようになっている。他方では、ミンツバーグの議論では、アメリカでの政府の役割の衰退が注目されているとはいえ、世界的に見れ ば、抑圧的な政府権力による非民主主義的支配の克服も重要な課題であることも明らかであろ う26)。 本来、政府自体も、近代における中心的正統性は、社会契約論的構成に基づく。例えば、日本国憲法においてもその論理が採られているように、人民が、自らの自然権を社会契約論的に政府に「信託」27)するのである。つまり、この意味では、人々に固有に属するもの(固有権 property)、つまりは人身の自由や私有財産を守るための道具として、政府が建てられているとされている。 つまり、株式会社制度にせよ、主権国家制度にせよ、人々の協働の一環であるものが道具的に相対的に自立している領域として作られたメカニズムである。しかし、それぞれの機能を担っていた道具としての組織体が、その存在自体を目的としてかつ社会的な物質性を備えた存在として実体化して、それらを生み出した人々に対してしばしば抑圧的なものとして立ち現れている。このようなメカニズムを、哲学ではしばしば「疎外」という言葉で表現する。つまり、自らが生み出したものが、実体化し自らを抑圧するものになってしまう、というメカニズムである。 宗教も宗教における神も、何らかの意味で人間が生み出したものであるが、それはいつの間にか人間を抑圧する存在として立ち現れることが ある。同様のメカニズムを、我々は、政府や市場や企業においても見ることができるだろう。 もしそうであれば、非営利セクターの正当性 論も異なった根拠が可能であろう。つまり、人々の基本的な原型としての協働の姿をもっともよく表現している市民社会セクターは、しばしば企業ができない、政府ができないものを担う存在として否定的に位置づけられる。しかし、むしろ人間の基本的な協働である市民社会セクターが生み出した、国家と企業という二つの道具を、使える範囲において、我々市民社会が使っているに過ぎないと理解することもできる。 以上、ミンツバーグ、及びより長期の近代以後の歴史過程における市民社会概念の意義について言及した。このような市民社会の歴史的役 割を踏まえ、21世紀において、非営利法人制度改革はどのようであるべきかが今一度考察されるべきであろう。 他方、現在我々は、巨大な社会変容のただなかにある。この社会変容の動向を確認しておくことが、改革課題の探索のためには必要である。この点を次節において、見てみることにしたい。 Ⅲ 巨大な社会変容のなかで 1 グーテンベルクの銀河系」から「チューリングの宇宙」へ 周知のように、現在、インターネット技術や AI技術の革命的進化によって、我々の社会には、巨大な変容がもたらされている。この変容 は、グーテンベルク革命以来のチューリング革命とでも言ってよいものである28)。グーテンベルク革命、つまり活版印刷技術がもたらした社会変容の巨大さを歴史的に振り返ると、聖書の 出版、宗教改革、近代官僚制の成立、読書大衆の出現、新聞や政治パンフレットなどの公論社会の形成、市民革命など、つまりは近代社会をもたらしたあらゆる社会変容と関係を持っている29)。我々が直面し現在立ち会っているのは、 その水準の変容であって、近世社会に生きた人々がその行く末を予想できなかったように、 我々もこの変容の帰結を見通すことは不可能な水準での変容であろう。決して単に情報収集や 伝達の道具が便利になる、というようなことではない。人間の「知」の形、人間の社会の形、 否、あえて言えば人間そのものが大きく変容する現場に立ち会っているといってよい。M/・ マクルーハンも言うように、メディアを使うこ とによって、思わぬ形で人間自体が変容していくのである。この変容は、あまりの奥深さに、 言葉を失う水準と言ってもよいだろう。 このことを前提にして、我々の歴史から引き継がれた市民社会のコンセプトをどのように継承し発展させていくのか、を意識したい。もちろん、「社会」30)や人間そのものの姿形が変容するのであれば、非営利組織はもちろん、組織そのものも変容していかざるを得ない。当然、我々の学会で対象とする非営利組織の変容の行く末についても、容易に見通すことはできない。 したがって、第一に、観察することで、端緒的動向を把握することと、第二に、変わらないものへの視点をもつこと、第三に、我々が、どのような新しい世界を形成するかという主体的視点を持つこと、が求められるのではないか。 本稿では、このうち第二の点について、「市民社会」というコンセプトの継承と維持・発展の重要性について、強調してきたところである。 2 社会的孤立と人のつながりの新しい形態 このような認識にたって、非営利組織の動向を見れば、非常に多様な変容やそれに対する社会的実験が行われていることが分かる。クラウドファンディングの利用やSNSの利用による組織化や広報、さらにzoomやYouTubeなどのメディアツールを使った働き方、教育やアソシエーションの持ち方なども広がっている。 本稿では、一つの些細な事例ではあるが、筆者が創設し現在も運営に携わっているFacebookグループについて、ごく簡単に言及してみたい。 ⑴ 「新型コロナのインパクトを受け、大学教員は何をすべきか、何をしたいかについて知恵と情報を共有するグループ」https://www.facebook.com/groups/146940180042907 本グループは、2020年3月30日にFacebook上での呼びかけから始まった。最初の呼びかけは次のようなものである。 3月30日 グループ立ち上げ グループ情報 「新型コロナウイルス感染症で、大学の休講・休校が続いています。この状況への対処について、ボヤキや情報、取り組み、ノウハウ、大学ごとの違いなどを共有するためのグループです。大学教員中心ですが、 職員や学生の方、さらには大学教育に関心 を持つあらゆる方々を歓迎いたします。」 その後、2020年9月22日にグループの趣旨目的を以下のように改訂し、現在に至っている。 新型コロナウイルス感染症は、大学の授業 やその他業務に大きな困難をもたらしまし た。さらにこの事態が大学に引き起こす中 長期的な影響も見過ごせません。その対応 のために、所属や専門を越えて、ボヤキや情報、取り組み、ノウハウ、経験などの知 を共有するためのグループです。大学教員中心ですが、職員や学生の方、さらには大 学教育に関心を持つあらゆる方々を歓迎いたします。 2021年11月24日前の参加者メンバーの推移 は、図2に示される。現状で、2万500人のメンバー数、アクティブメンバー数(投稿・閲覧 などの総数)が1日約5,000人前後の規模である。 日本語であるが、58か国からの参加者がある。 類型投稿数は7,471、コメントが55,539、リアクションが597,404にのぼる。「日本で初めての分野領域を超える大学教員コミュニティ」とも称されるグループとなった。 このグループで議論されてきたことの中心は、遠隔授業を余儀なくされた教員の情報交換 である。授業でのzoomやgoogleアプリ、Microsoftアプリ、カメラ、音響機器、などの使い 方についての情報、応答性の増大や成績評価などの授業方法が活発に意見交換された。また、 感染防止策、学生生活支援、入試、研究環境、大学の情報環境インフラやセキュリティや、内外の大学や大学政策の動向、さらには、9月入学問題、学術会議問題のような研究者・研究者コミュニティと政府行政の関係にわたる問題、それぞれの大学での大学運営・授業運営に関するイベント情報などの投稿もある。 現状では、投稿数は、かなり少なくなっている。当初の遠隔授業に直面した時期の活発な情報交換などの必要性は減少している。ただし、 基礎的な使い方をクリアしたうえでの授業方法についての投稿は持続している。また、学校法人のガバナンス改革問題など大学政策に関する情報も提供されている。 このグループの機能は、表3に示すように多様である。特に、単に技術的な情報交換だけでなく、状況の共有や共感の場として機能したことが、孤独な状況の中で遠隔授業を準備し取り組んだ大学教員にとって、バーチャルな連帯性を作り上げたことが重要である。知識が豊富なものが一方的に教えるというわけでなく、同じ悩みを抱えたものが、ある方法を試してうまくいったり失敗したりしたことを報告しあう場であったことが、共感を生み出したように思われる。 メンバーには会費はなく自由参加であるが、 友人による紹介以外は、参加承認を必要とした。 スパム投稿や目的と関係のないセールス投稿、 特定の政治信条からの攻撃的投稿や、新型コロナウイルスに関するフェイク情報の投稿、さらに感情的で攻撃的な投稿、個人や学生情報の開示につながるような投稿については、管理者側で注意喚起や削除、メンバーの参加規制を行うことが必要であった。 そこで、ボランティア運営メンバーを募り、 20人弱のモデレータグループを形成し、持続的にグループの状況を把握し対応するようにした。遠隔のみのグループであることから、海外からのモデレータ参加を含めて、すべて遠隔での事業となった。 参加申請の承認や、問題のある投稿について の参加者からの報告への対処などが、日常的には重要である。しかし、特に医学的・疫学的な知識が必要な、ワクチン接種関係や感染の危険性、感染予防方法についての議論などはエキサイトすることもあり、問題解決については、小さいとはいえ、2万人を超える参加者にとっての公論の場を維持するために慎重で丁寧な対応が必要であった。このような場合、モデレータ での議論は、深慮を得るための熟議の場として大変重要である。もちろん、グループの運営は、 NPO論における知見に基づいて、特定のミッションを持った参加型NPOとしての位置づけを前提として行った。 図2 グループメンバー推移 表3 グループの機能 ⑵ この実践の社会的意味:本稿の文脈において このような場の機能、社会的意味、そして可能性については、多様な引き出し方が可能である。すでに本グループの実践については、『アエラ』や『論座』31)、『毎日新聞』などのメディアや、大学コンソーシアム京都第26回FDフォー ラムや日本図書館協会大学図書館部会大学図書館シンポジウムなどの大学教育関係での紹介が行われてきた。さらに、日本キャリア教育学会、 質的心理学会、日本心理学会32)など、研究集会での報告や情報掲載論文が学会誌にアップされるなど、複数の文脈で注目がなされている。紙幅の都合上、これらについて詳しく触れること はできない。そこで、本稿の文脈上、一点に絞って社会的意義について、触れておきたい。 すなわち、市民社会におけるSNSの可能性についてである。 ① 市民社会の基盤としての小公論の場による重層的公論の形成 周知のように、多くのSNS空間に関する危惧が発信されている。最近では、インスタグラムについての若い世代についての悪影響がメディアを騒がしており、その規制が取りざたされている。しかし、以前から、①公論において、 SNSが、echo chamber効果、蛸壺化等と表現されるように、社会的・政治的分断を促進する、 ②怒りや情動的な表現が早急に伝わり、ヘイトスピーチが蔓延する、③フェイク情報の拡散の場として、不正確な流言飛語をばら撒く場となる、④特にそれが政治利用をされる場合、外国からの干渉、カスタマイズされた特定顧客への情報の意図的な操作が行われる、⑤多様なネッ ト空間での活動を集めることによる個人のプライバシーの侵害や人格の操作などの危険がある、などという点がこれまで指摘されてきている。つまり、否定的情報には事欠かない。これらは、すべて深刻かつ重要な問題である。 しかし、これらの議論が重要であるのは、逆に非常に便利で生活に欠かせないメディアとして、SNSが存在していることを示している。我々の時代の公論は、SNSなくしては成り立たない。 そして、危険性の指摘と同様、その可能性をいかに発掘し引き出し発展させていくか、という点での議論も重要である。 A・トクヴィルやJ・デューイからR・パット ナムまで、民主主義の基盤として結社や集団の必要性に着目した論者には事欠かない。我々が先に見た市民社会論の二つの領域、つまり結社領域と言説・公論領域とを併せ考えれば、マスメディアのような公論領域の健全な発展のためには、相対的に小さな、NPOのように特定目的を持った多数の公論の広場が存在することの意義がもっと注目されていい。つまり、大きな 規模の民主主義の維持発展のために、小規模の自発的結社が重要であるように、大規模な公論や世論を健全に維持発展させるためには、小規模な公論の場が必要なのである。それは地域メディアでもあるし、ミニコミや、会員制組織の ニューズレター等でもよいが単に、執行部や編集部の見解が伝えられるだけでなく、市民がその場において公論の場を作る可能性が開かれるべきであろう。このツールとして、SNSは非常に有用なものである。 マスメディアによって作られてきた「公論」 は、市民自らによる発信と相互討論などの言説からなる多様な広場の形成を含みこんだ、重層的な公論空間になっていく必要がある。SNSにおいては、LINEグループ、Facebookグループ、 Twitterフォロワーグループのような多様な公論の場が、いかに育まれていくかが重要である。 当然、「メディアリテラシー」の教育は、従来のメディアの受診者としてのメディア情報への警戒と読み解きに重点を置いた教育ばかりではなく、「発信者」としての市民の役割を踏まえた議論が意識的になされる必要がある。地球規模でのネット発信の無制限性の前に怯むことのないように、様々な基盤となる多様なグループ での議論や情報交換、情動的な共感の交流等によるリテラシーの涵養が重要だろう。 このような場の実験場の一つとして、上記のグループの実践は一つの意味を持ちえたのではないか。 ② SNSの特性としてのフロー性と、アーカ イブ化への連携 ところで、SNSでの公論についての特性は踏まえておく必要がある。 同時進行的に起こる混乱・困惑や、新しい世界の驚きや発見の共有は、知の創造にとって不可欠である。また、ともに問題に関与し苦闘するものの間での共感、つまり“愚痴”やしんどい出来事の発露と寄り添い、よい経験や獲得した知恵や努力への賞賛などは、不可欠なものである。公論は、単に無機質な情報交換ではなくて、苦しみや叫び、喜びや怒りの表現のコンタクトの場でもあるからである。 このようにSNS情報は、基本的には情報が流れていく場である。このことは、その限界にもなる。検索機能を用いたりすることによって、流れていった情報をログから引き出すことが可能であるとしても、典型的に言えば図書館やアーカイブのように整理されて見出しがつけられ、保存され蓄積されていくことは前提とされていない。本グループにおいても、7千以上の投稿と5千以上の5万5千以上のコメントがあるが、これらについて、投稿トピックやタグ付け機能による整理の手がかりを用いているとはいえ、決して体系的に知識を得るためには便利とは言えない。効率的に素早く知識を得るためには体系的整理と教育とが有利であるが、記録から情報を体系化・組織化するためには独自のインフラや工夫が必要である。この点では、上記Facebookグループの技術基盤の限界があったといえよう。つまり、知が流れていくのである。 適切な投稿情報の分類やそれらのアーカイブ的整理は、知のフローに対するストックとして 別の媒体によって担われる必要がある。共時的に知を交流し、体系化以前の知や経験を交流する場としてのSNSに対して、通時的に知を蓄積し、分類体系化して提供する機能としてのアーカイブが必要なのである。つまり、データベー スや図書館の機能である33)。典型的には、 Wikipediaのようなネットでの知のアーカイブ化があるし、岡本真氏のwikiのプラットフォー ムを使ったsaveMLAKプロジェクトのような図書館などの公共施設支援に関するネット上での情報交換と情報蓄積、さらに同氏のARGのような、アーカイブとしての図書と市民参加との架橋の試みなどの事例もある34)。上記のFB グループではその点での連携は非常に不十分であった。しかし、視野を広げれば、多様な形で、知のフローとストックとが、相互にネットコミュニケーションやデータベースによって繋がれていきつつある。 今後どのような可能性が開かれていくかは、 定かではない。他にも、SNSのような緩いコミュニケーションネットワークが、固い結社的・組織的結合とどのような関係を持つのか、融合し組織変容を招く可能性も含めて今後の可能性も注視していく必要があるだろう。SNSの可能性 は、新しい市民社会のインフラとしてまだ開拓され尽くしてはおらず、弊害の是正のための制度整備と同時に新しい可能性の探求が求められるところである。以上、一つの事例からの考察に過ぎないところであるが、手掛かりを得るための素材として提供したい。 本節では、現在の非営利組織の新しい情報環境の中での展開の一つの試みを紹介し、その意義と特性について考察した。 IV むすび 21世紀非営利法人制度改革は、時代の変容に合わせて行われる必要がある。 しかし、本稿では、あえて、非営利組織の現在を、歴史的な市民社会論の視点からの位置づけを行い、さらに「チューリング革命」とでもいえる現代の巨大な社会変容のなかで、我々が非営利組織の変容に備えるべきこと、さらにその展開の可能性について示唆した。 もちろん、具体的な法人制度の改革提案につなげるためには、法人制度論としての具体的な展開が必要なことは当然である。しかし、同時 に、制度運用における具体的な問題点のインクレメンタルな改革の検討においても、大きな視点での方向性についての感覚を持つことは不可欠であるように思われる。 非営利組織が、市民社会の歴史的概念遺産を継承し、平等かつ暴力と貨幣による強制性を排除した自由な社会領域を担う存在として、市民の自己表現を進め、政府や企業の道具性を明示できるような枢要な存在となることができるだろうか。新しく展開している巨大な社会変容に対して、ネットでの情報コミュニケーションを 基盤とした新しい非営利組織の形態に、非営利組織・法人は対応できるのだろうか。これらの課題を意識化すると、我々は、市民社会論の歴史的概念遺産を、新しい社会変容に展開すべき接点・に立っているのではないか、という仮説も許容されるのではないか。本稿を、一つの問 題提起的試論として受け止めていただければ幸いである。 付記:なお、本稿のもととなった報告機会を アレンジし、当日の司会をしていただき、従来非営利法人研究学会では異質の報告を許容してくださった、柴健次先生に、また当日の会において報告をともにし、かつ議論に参加された会員諸氏に深く感謝するところである。(2021年12 月17日脱稿) [注] 1)岡本仁宏「『21世紀非営利法人制度改革』の ために」『公益法人』公益法人協会、2021年 2月21日号、同「NPOの20年、未完の世紀 転換期非営利法人制度改革と学会の課題」 『ニ ュ ー ズ レ タ ー』71、 日本NPO学会、 2019年9月3日、同「公益法人制度改革は何をもたらしたか:『世紀転換期非営利法人制 度改革』という視点から」『公益・一般法人』977、2018年12月1日、16-23頁。また、岡本仁宏編著『市民社会セクターの可能性: 110年ぶりの大改革の成果と課題』関西学院 大学出版会、2015年、における公益法人制度 改革の位置づけさらに、岡本仁宏「法制度」 「宗教」坂本治也編『市民社会論』法律文化 社、2017所収、の整理も参照されたい。 2)この点については、前掲岡本編『市民社会セクターの可能性』を参照。 3)筆者は、NPO/NGO論とともに、西洋政治思想史を専門領域としている。 4)「市民社会」古賀啓太編『政治概念の歴史的展開』第1巻、晃洋書房、2004。 5)Wolfgang Dörner and Regina A. List(eds), Civil Society, Conflict and Violence: Insights from the CIVICUS Civil Society Index Proj︲ ect (CIVICUS Global Study of Civil Society Series), Bloomsbury Academic, 2012 2021 年11月7日確認。 6)Lester M. Salamon, S. and Wojciech Sokolowski(eds), Global Civil Society: Dimensions of the Nonprofit Sector, Johns Hopkins Univ Inst for Policy, 1999 7) 2021年11月7日確認。 8)データについては、下記から入手可能。 https://beta.ncvo.org.uk/documents/117/uk_civil_society_almanac_2021_data_tables. xlsx なお、このリンクが張られているのは下記である。 https://beta.ncvo.org.uk/ncvo-publications/ uk-civil-society-almanac-2021/about/how-toget-more-almanac-data/ 9)「官民関係の自由主義的改革とサードセクターの再構築に関する調査研究」(2015年5月18日〜 2018年3月31日)、「官民関係の自由主義的改革 とサードセクターの再構築に関する調査研究」(2013年11月5日〜2015年3月31日)、「日本におけるサードセクターの経営実態と公共サービ ス改革に関する調査研究」(2011年8月30日〜 2013年3月31日)、「日本におけるサードセクター の全体像とその経営実態に関する調査研究」 (2010年5月24日〜2011年3月31日)。に一覧がある(2021年12月11日確認)。それぞれの調査研究のリンク先には総計19本の RIETIディスカッション・ペーパー掲載されている。 10)V・ペストフ、藤田暁男他訳『福祉社会と市民民主主義―協同組合と社会的企業の役割』 日本経済新聞社、2000。 11)岡本仁宏「市民社会におけるNPOの位置」『季刊家計経済研究』2004 WINTER No.61、公 益財団法人家計経済研究所、特に、14-16頁。 12)前掲「市民社会」は、この西洋政治思想史に おける展開を追ったものである。ロック的な近代市民社会論の文脈では、市民社会概念には統治権力の組織が含まれるのだが、専制政府は、市民政府(civil government)でも市民社会(civil society)でもありえないとされる (219頁)。 13)岡本仁宏「市民社会論と主権国家:暴力のコントロール」『法と政治』61⑴、関西学院大学法政学会、2010年7月。 14)実は鋳造貨幣が発明された古代以来受け継が れてきている。岡本仁宏「序章 政治主体に ついての仮説的整理」岡本仁宏編著『新しい 政治主体像を求めて―市民社会・ナショナリ ズム・グローバリズム』紀伊国屋書房、 2014:Richard Seaford, Money and the Greek Mind: Homer, Philosophy, Tragedy, Cambridge University Press, 2004を参照。 なお、もちろん、アリストテレスにおける貨幣及び蓄財術への批判はよく知られている (『政治学』第1巻9章荒木勝訳『岡山大学法学会 雑誌』第50巻第2号(2001年3月)384-387頁)。 15)石田雄『現代政治の組織と象徴―戦後史への政治学的接近』みすず書房、1978年。 16)細谷貞雄・山田正行訳『公共性の構造転換 ――市民社会の一カテゴリーについての探 究』未來社、1973年〔新版〕未來社、1994。 周知のように、第二版の序文(1990年)にお いて、市民社会概念について、マルクス的なブルジョワ社会(bürgerliche Gesellschaft)概 念からの拡張を行っている。 17)より広い「世論」に関する概念史研究として、 岡本仁宏「世論(輿論・公論)」『政治概念の 歴史的展開――概念史から見た政治思想史第 6巻』晃洋書房、2013。 18)加藤泰史「思想の言葉:公共と批判」『思想』 岩波書店、2019年3月号。もちろん、I・カント『永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3 編』光文社古典新訳文庫、2006。 19)「《ある都市が大き過ぎず、組合corporations が多過ぎること》コモン-ウェルスの、もう 一つの弱点は、一都市の不適当な大きさであって、それがそれ自身の範囲から、一大軍隊の成員と費用とを供給しうる場合である。 組合が非常に多いこともそうであって、それらはいわば、大きなコモン-ウェルスの腹の なかの、多くの小コモン-ウェルスであり、 自然人の内臓のなかの腸虫のようなものである」。/「《主権的権力に対して争論する自由》 それに付け加えうることは、政治的深慮(ポ リティカル・プルーデンス)をもつと称する人びとが、絶対権力に対して争論する自由であ る。それは大部分、人民のくずのなかでそだてられるのではあるが、しかも虚偽の学説によって活気づけられるのであり、つねに諸基本法に干渉してコモン-ウェルスの妨げと なっているのである。それは、医師が蛔虫とよぶ腸虫に似ている」(トマス・ホッブズ、水田洋訳『リヴァイアサン(一)』岩波文庫、第2巻 254頁)。 20)「政党が勝利ために用いる二つの大きな武器は、新聞と結社ASSOCIATIONSである。」 第1巻(下)21頁/「民主的な国民にあっては、 市民は誰もが独立し、同時に無力である。一人ではほとんどなにをなす力もなく、誰一人として仲間を強制して自分に協力させることはできそうにない。彼らはだから、自由に助け合う術を学ばぬ限り、誰もが無力に陥る。…日常生活の中で結社を作る習慣を獲得 しないとすれば、文明それ自体が危機に瀕する。私人が単独で大事をなす力を失って、共同でこれを行う能力を身につけないような人民は、やがて野蛮に戻るであろう。」第2巻 (上)190-1頁/「民主的諸国において、 結社の学は母なる学である。他のあらゆる学の進歩はその進歩に依存している。/人間社 会を律する法の中で、他のあらゆる法以上に厳密で明確に思われる一つの法がある。人々 が文明状態にとどまり、あるいは文明に達するためには、境遇の平等の増大に応じて、結 社を結ぶ技術が発展し、完成されねばならな い。」同195頁/「結社と新聞の間にはだから ある必然的連関が存在する。すなわち、新聞は結社をつくり、結社がまた新聞をつくるの である。」同198頁 アレクシス・ドトクヴィル(Alexis de Tocqueville、1805-1859)、松本礼二訳『アメリカ のデモクラシー』1下、岩波文庫、2005、同 2上、2008。 21)以下の議論は、ヘンリー・ミンツバーグ『私たちはどこまで資本主義に従うのか』ダイヤ モ ン ド 社、2015(Henry Mintzberg, Rebalanc︲ ing Society: Radical Renewal Beyond Left, Right, and Center, Berrett-Koehler Publishers, 2015)、 に基づく。他に彼のウェブサイトhttps:// mintzberg.org/やMintzberg, Henry. “Time for the plural sector“, Stanford Social Inno︲ vation Review, Summer 2015を参照。 22)非営利組織の研究において、パットナムも、ソーシャルキャピタル論における(bridging に対する)bondingな類型への両義的な評価を行っていることは周知のところである。しか し、ミンツバーグの議論では、bridgingな非 営利組織への評価は十分にされていないように見える。強固で拘束性の強い近代以前の共同体の伝統が希薄なアメリカにおける議論の一般的特性を反映していると言えるだろう。 23)「【インタビュー】コミュニティシップ:社会を変える第3の力:マネジメントの危機を超えて」『DIAMOND ハーバード・ビジネス・ レビュー』ダイヤモンド社、2013年7月号。 24)福澤諭吉『新訂 福翁自伝』岩波文庫、1978。 25)『広辞苑』第6版、岩波書店、2008。 26)例えば、定評ある分類であるEIUの2020年版 インデックスによれば、民主主義体制として は、「欠陥のある民主主義体制」を含めても、 44.9%の国々である。つまり、過半数の国は、 権威主義な体制である。Economist Intelligence Unit(EIU), Democracy Index 2020, The Economist Intelligence Unit Limited. (https://www.eiu.com/n/campaigns/democracyindex-2020/)2021年12月12日確認。 27)この政府に対する市民の「信託」という論理 は、周知のようにロックの『市民政府二論』 において展開されたものである。日本国憲法前文、「そもそも国政は国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、 その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」。 28)和久井孝太郎「Web2.0時代のコミュニケー ションとWebブランデング戦略そして未来~ 『グーテンベルグの銀河系』から『チューリン グの宇宙』へ~」(報告書)(https://www.jagat. or.jp/past_archives/story/10948.html)2021年9月 5日確認。 29)この時期の社会変容については、西洋史全般に及ぶが、J・ハーバーマス、細谷貞雄。山田正行訳『公共性の構造転換』未來社、第2版、1994、と、マーシャル・マクルーハン森常治訳『グーテンベルクの銀河系――活字人 間の形成』(みすず書房、1986)だけを挙げておこう。また、現在の人間の変容については、 ユヴァル・ノア・ハラリの一連の著作、特に、 『ホモ・デウス』『21レッスンズ』等のほかに、 メアリアン・ウルフ、太田直子訳『デジタル で読む脳×紙の本で読む脳:「深い読み」が できるバイリテラシー脳を育てる』インターシフト、2020、ジェイミー バートレット、 秋山勝訳『操られる民主主義:デジタル・ テクノロジーはいかにして社会を破壊する か』草思社、2018などが参考になる。 30)「社会」“society”という観念(言葉)、あるいは日本語での「社会」という言葉自体が歴史的な形成物である。それは、それ以前の「社会」において、その実体的存在性が希薄だったことを意味している。 31)例えば、樫村愛子「コロナ禍の大学、教員コミュニティが映す現実:Facebookに2万人、 オンラインの情報と知恵を共有」『論座』 2020年06月30日(https://webronza.asahi.com/ national/articles/2020062500006.html)2021年12 月11日確認。 32)小澤伊久美、蒲生諒太、話題提供、カルダー 淑子、原田奈穂子、岡本仁宏、平川秀幸「オンラインで広がる現場と私たちのアクチュア リティ―新しい時代の公共圏をつくるコミュニケーション―」日本質的心理学会第18回大会、2021年10月24日、岡本仁宏「市民社会論研究者としての研究・研究指導と実践」日本キャリア教育学会近畿地区部会第1回研究会、 2021年8月1日(及び『日本キャリア教育学会 ニューズレター2021年度・春号』2021年4月30日) 日本キャリア教育学会情報委員会(http:// jssce.wdc-jp.com/wp-content/uploads/2021spring. pdf)2021年12月11日確認。三田地真実「コロ ナ禍での心理学者の果たすべき役割とは何 か?」『心理学研究』公益社団法人日本心理学 会、2021/11/30(https://doi.org/10.4992/ jjpsy.92.20406)2021年12月11日確認。 33)この文脈での報告、「Facebookグループによる2万人を超える大学教員の相互協力交流の広場から」2020年度大学図書館シンポジウム 「オンライン授業における図書館の役割」報告(日本図書館協会大学図書館部会、国公私立大 学図書館協力委員会、国立大学図書館協会東京地 区共催)、2021年1月22日、記録として、『大 学図書館研究』118号(2021.8)、2117-1- 7頁。 34)Wikipediaは、アメリカ連邦所得税法501⒞⑶ 団体であるWikimedia Foundation, Inc.によっ て運営されている。その運営については、重 要な批判があるがここでは取り上げない。 (https://savemlak.jp/)2021年12月11日確認。 (論稿提出:2021年12月17日) 追記:ウクライナに対するロシアの侵略戦争の勃発は、国家による暴力がいかに市民の生活を破壊するかを赤裸々に示している。ロシア国内における「公論の自由」の領域が、今回の事態の勃発のはるか以前から暗殺や法的抑圧にさらされていたこと、さらにNGOに対して規制法が施行され「組織活動の自由」の領域も抑圧されていたこと、が注意されるべきである。戦争勃発後に、ロシアではさらなる抑圧が強化されたことも報道されている。権威主義的な国家の暴力に対して、市民社会の抑制が死活的に重要であることを改めて示した。 非営利組織、とりわけ公益的な非営利組織が 自由にそれぞれのミッションを目指して活動すること、そのための市民社会領域(civil sphere, civic space)が維持されることは、インターネット空間の出現による新しい状況のもとでも、一層擁護され獲得されなければいけないことを示したともいえる。非営利法人研究学会の営みも、このような「市民社会」という歴史的プロジェクトの重要な一環を占めている。 (2022年4月18日)
- ≪査読付研究ノート≫大阪市の孤立死の現状と2 地域における孤立死対策の比較 / 小川寛子 (京都産業大学大学院博士後期課程)
PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 京都産業大学大学院博士後期課程 小川寛子 キーワード: 社会的孤立 孤立死 組織間協働 森之宮スマートエイジング 西成特区構想 要 旨: 近年、社会が大きく変化し、共生社会の核となる地域コミュニティが希薄化し、コミュニティの維持が困難となってきている。また、独居者が増え、孤立死も増加の傾向にある。本論においては、孤立死の状況について死亡者の生活や発見の状況から高リスク者の要因を明らかにした。次に孤立死対策の事例を検討し、組織間協働の必要性を考察する。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 大阪市の孤立死の現状 Ⅲ 2 つの地域に対する孤立死対策事例 Ⅳ 2 地域における対策の比較 Ⅴ おわりに Abstract In recent years, society has changed significantly, with local communities that are central to acohesive society becoming tenuous and communities becoming harder to maintain. More peopleare living alone and the amount of people dying is increasing. This paper discusses the situationaround people dying alone, uncovering the factors behind people who are at higher risk of doingso based on their lifestyles, and the situation at the time of discovery of the deceased. Next,consider cases of the isolated death countermeasures and consider the need for the collaborationbetween organizations. ※ 本研究ノートは学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに わが国では、近年急速に高齢化が進み、65歳以上の者の割合が、1950年には5 %に満たなかったが、その後高齢化率は上昇を続け2019年には28.4% 1 )に達している。一方で出生率は低下を続け、社会の担い手である現役世代の人口が減少すると見込まれている。1950年では1 人の65歳以上に対して12.1人の現役世代(15〜64歳)がいたのに対して、2015年では2.3人、2065年では1.3人の現役世代の比率になると予想されている。現役世代の減少は、今後の医療や介護の担い手不足にも繋がり、必要な医療や介護のケアが受けられなくなる可能性も考えられる。 また、近年家族のあり様も大きく変化し、1980年では65歳以上の者がいる世帯構成の中で3 世代同居の割合が全体の約半数を占めていたが、2018年には夫婦のみの世帯と単独世帯を合わせて約6 割近くとなっており、高齢者の1 人暮らしの割合が大きくなってきている。生涯独身者の数も増えてきており、全世帯に占める独居世帯の割合は、男性13.3 %、女性21.1 % となっている2 )。 少子高齢化や独居世帯の増加などの問題と相まって、支え合いの補完的役割を担ってきた隣組的地域コミュニティについても、役員の高齢化や人との関係性の希薄化などによりコミュニティの維持も難しくなってきている。人との関係性が希薄になるにつれ、社会的孤立や孤立死の問題も顕在化し、大きな社会問題となっている。 本論では、大阪市内の孤立死の現状を把握し、孤立死の要因は何かについて明らかにするとともに、孤立死対策に実際に取り組んでいる事例について比較検討を進めていく。 Ⅱ 孤立死の現状 孤立死対策を考察するうえにおいて、まずは実態把握を行うことが重要となってくる。現状では孤立死の定義自体はあいまいである3 )が、本論では、東京都監察医務院4 )が孤独死の定義としている「自宅で死亡し、警察が検視などで関与した独居者」に準じ、集計を行った。 1 大阪市の孤立死の現状 孤立死の実態把握の基本資料として、筆者が解剖助手として勤務する大阪府監察医事務所では、大阪市内で発生した異状死の検案を行っている。大阪府監察医事務所5 )で検案を実施した2017年の死体検案書と検案要請書6 )を、孤立死研究のため閲覧し集計を行った。 検案総数4,551人中独居自宅死亡者は約半数の2,323人であった(図表1 )。また、独居自宅死亡者の約51%のうち1,167人が2 日以上経過し発見される状況であった。 図表1 2017年大阪府監察医事務所検案結果 図表2 では、独居自宅死亡者の性別や年齢、収入などの状況とともに、発見に至った経緯と発見者について集計を行った。 集計の結果、男性の前期高齢者、年金や生活保護受給者、集合住宅居住者、外部との関係が薄い人に、独居自宅死亡者数が多くなる傾向がみられ、孤立死のリスクが高いと考えられる。また、介護サービスの利用者は、発見までの時間が短いことがみて取れた。 図表2 - 1 独居自宅死亡者生活状況一覧(2017年1 〜12月分) 図表2 - 2 独居自宅死亡者発見状況一覧(2017年隔月分) 図表2 - 3 独居自宅死亡者の年齢分布一覧(2017年1 〜12月) 次に、大阪市23区別孤立死発生状況について集計を行った。 大阪市内の居住区ごとの集計では、発生数において西成区が特筆して高くなっていた。西成区以外においても大阪市の平均と比較し、独居自宅死亡率の割合が高い区や中長期発見率が高い区などもみられ、地域ごとの偏在も大きく、地域性を加味した対策が必要といえる(図表3 )。 図表3 独居自宅死亡者居住区別発生数一覧 2 孤立死の対策 孤立死の要因としては、地域性や性別、年齢、生活様態など種々な要素が複雑に関係しており、孤立死軽減にむけて1 つの要因を取り除けば解決できるわけではなく、複合的な対策が必要となってくる。孤立死問題への複合的な対策の必要性について、小辻らは「重層的な問題があるがゆえに、解決策も重層的でなければ、難しいといえる。人によっては、地域住民との交流があれば孤立状態を解消できるものもいれば、病気が解消できれば孤立状態を解消できるものもいれば、金銭にゆとりができれば孤立状態が解消できるものもいる。よって、行政、地域、家族、本人などが孤立解消に向け一致団結していかなければ根本的な解決は難しいといえる。」(小辻ほか[2011])とし、様々な立場においての団結すなわち協力し問題に取り組むことが必要だとしている。 多様な立場の複数の組織が協力し団結するとき、対策を講じる行政や地域等がどのような対策が必要としているかについて新田は次のように分類を行っている。 新田(2013)は、孤独死(孤立死)対策について、社会的孤立と死という2 つの問題状況と予防と早期発見という2 段階の対策のねらいをもとに、図表4 のようなマトリックスを提示している。この分類からも分かるように、孤立死対策には様々な事業や取り組みが必要であり、行政や企業や地域団体さらには地域住民単独では目標を達成できない。その意味でも、地域で活動している多様な組織が一致団結しながら協働することが必要である。 本研究ノートでは、死後早期発見を目指すことで、「(D)死体(遺体)が放置されないようにする対策」に注目する。こうした孤立死対策(D)を実現するためには、社会的孤立に陥っている人の何が課題であるかを話し合いながら解決策を講じる場の設定(C)から必要な対策(A・B)に繋げることが必要になる(図表5 )。こうした過程においては、行政レベルや民間レベルの対応や地域社会全体での協力が必要となってくる。地域社会全体での組織間の協働関係の構築が孤立死軽減にむけての取り組みになっていく。 図表4 実践的視点からの「孤独死(孤立死)」対策の概要 図表5 孤立死対策アプローチ 次章では、多様な組織や団体が協働関係を構築し、孤立死についての対策を行っている西成区あいりん地区と城東区森之宮地区の事例について分析する。 2 つの地域の孤立死対策の比較のための分析視点として、本論文では組織間協働化の議論を参考にしたい。組織間協働については、これまで多くの研究が蓄積されてきた。たとえば小島・平本(2011)は、戦略的協働を「NPO、政府、企業という3 つの異なるセクターに属する参加者が、単一もしくは2 つのセクターの参加者だけでは生み出すことが不可能な新しい概念や方法を生成・実行することで、多元的な社会的価値を創造するプロセス」と定義し、協働システムの曖昧性、参加者の参入・退出の容易さ、パワーの分散、偶然性の影響力などの特徴を提示しながら、単一組織と比較して難しい過程であることを指摘している。戦略的協働の議論に関係する先行研究としてゴミ箱モデル、政策の窓モデル、組織的知識創造のモデル、協働促進・抑制要因モデル、協働形成モデルを紹介している。 また後藤(2013)は、戦略的協働とパートナーシップは、1 )複数主体によるプロセスと捉えていること、2 )個々の主体のみでは不十分であること、3 )個々の主体が同一立場や認識に基づいていないことなどの共通点があると指摘している。こうした点を踏まえ、本論文では孤立死対策を複数主体の組織間協働と捉え、さらにプロセスとしての協働化を強調し、以下の3 つの段階を経て進んでいくと仮定する(佐々木[2009])。3 つの段階とは、解決すべき課題は何か、さらに直面する問題は何かについての組織間で共通認識をする課題の明確化段階、組織間の協働行為の理想的状態すなわちコンセプト創造・ビジョン設定を行う目標の明確化段階、そして組織間の協働を維持・発展させるため、他の組織からの支援や支持をもとにシステムや機構を創り上げる実行と評価の段階である。次章のケースはこのプロセスとしての組織間協働化の考えをもとに考える。 Ⅲ 2 つの地域における孤立死対策事例 西成区あいりん地区と城東区森之宮地区は共に大きなプロジェクトが進行しており、そのプロジェクトの1 つとして孤立死対策が実施されている。 両地域とも集合住宅が中心の地域であるが、直面する地域事情は大きく異なっている。 1 城東区森之宮地区(スマートエイジング・シティ構想) 城東区の森之宮地区は、大阪城公園に隣接した市内中心部に位置している。砲兵工廠跡地に面開発市街地団地として1967年に森之宮UR第1 団地高層棟5 棟が建築された。1978年に第2団地が建築され1 つの町を形成していたが、高齢化が深刻化するなか、様々な課題を有するようになってきた。2014年には問題の解決を目指し大阪府市医療戦略会議のスマートエイジング・シティのモデル地区として指定された。大阪市の調査報告書9 )は、この地域の問題点として「戦後、日本の面的住宅開発の先進事例となる団地中心のまちづくりが進められた。現在、同団地には2,700戸約5,000人が居住しているが、少子・高齢化が急速に進み、高齢者のみの世帯の急増に伴う孤立化や若年層の減少に伴う地域活動の担い手の固定化・高齢化の進行など深刻な課題を有している」と指摘している。 城東区の高齢化率が21.8%であるのに対し森之宮地区は27.6%と大きく上回り、単独高齢者世帯も城東区が12.1%であるのに対して、森之宮地区は17.6%となっている。集合住宅の単独高齢者は、孤立死の危険性が高いと考えられる。 ⑴ 孤立死の現状 森之宮地区の自宅独居死亡者は、2017年は区内比率約4 %とあまり多くないが、孤立死対策の必要性が認識された2012年時点に、自宅独居死亡者数が増え、区内比率約8 %であった。独居自宅死亡者が増え、孤立死予防にむけて居住者の意識の高まりなどもあり、行政も対策を講じるようになってきた(図表6 )。 図表6 森之宮地区自宅死亡者経年比較 ⑵ 対策に向けての過程 城東区の森之宮地区のスマートエイジング・シティの取り組みは、城東区役所主導のもと、UR西日本、森之宮病院の3 者協定をもとに様々な団体が協力し現在も進められている。 3 つのステージ区分をもとに孤立死対策の事業展開の推移について住民インタビュー等10)を参考にまとめたのが図表7 である。城東区役所11)主導のもと対策のための会議体が形成され当初デザインされたプログラムをもとにUR西日本が住民サービスの拡充を行っている。さらに、森之宮病院12)は高齢者医療の充実とともに、隠れたニーズの掘り起し調査なども行っている。 図表8 は図表5 の孤立死対策アプローチをもとに森之宮地区の孤立死対策を整理したものである。UR西日本の居住者サービスや森之宮病院の利用者サービスは充実してきているが、課題としてあげられてきた住民の関係性の希薄化や地域活動の担い手不足の解消までには至っていない13)。 図表7 森之宮地区の対策経過図 図表8 孤立死対策アプローチ 2 西成区あいりん地区(西成特区構想) あいりん地区は、西成区の北東部に位置する地区で、高齢化率、生活保護受給率、男性単独居住者割合が高い町になっている。高度成長期は、日本各地から仕事を求めて集まる「労働者のまち」であり、1960年代のピーク時には簡易宿泊所が立ち並び、日雇い労働者が2 万人を超える人口密集地であった。あいりん地区は地名ではなく、JR西日本関西本線・環状線、南海本線・高野線等に囲まれた三角形の地区であり、萩之茶屋1 〜 3 丁目およびその周辺を指している。万国博覧会(1970年)の開催やバブル好景気時などには好況を呈し、多数の労働者が集まる地域であったが、バブル崩壊後の長引く不況などにより仕事が激減し、仕事に就けない労働者が路上生活を余儀なくされた。1998年の大阪市の調査によれば、野宿者が8,660人に上り、あいりん地区だけでも1,000人を超えた。2002年「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」の施行などにより、働くことが困難な高齢労働者は生活保護を受給し、定住することができるようになった。このような背景のもと、あいりん地区は「労働者のまち」から「福祉のまち」14)へと変容していった。 ⑴ 孤立死の現状 あいりん地区内の萩之茶屋1 〜 3 丁目の独居自宅死亡者についてのデータは図表9 のとおりである。この地域は簡易宿泊所や転用アパートが林立し、居住者の男女比は男性91%と極端に男性単身者が多く住む町である。 萩之茶屋地区は高リスク男性独居者が多く居住し15)図表9 からも分かるように孤立死も多く発生している。高い高齢化率、環境の悪化、治安の問題など課題が山積する地区16)でもあり、危機感をもった地域の住人や支援団体が、安心して住める町を目指す話し合いの場や取り組みがスタートしていった。 図表9 2017年萩之茶屋1〜3丁目検案データ ⑵ 対策に向けての過程 あいりん地区の取り組み経過は、1999年にまちの課題に対し問題意識をもったあいりん地区にかかわる人たちが集まりスタートした。また同年、バラバラに行動していた活動団体が支援活動の一元化を目指し、NPO法人釜ヶ崎支援機構を立ち上げ、ホームレスや日雇い労働者の支援活動を始めた。これをスタートとし、図表10に示すような様々な取り組みが始まっていくことになる。 図表10 あいりん地区の対策経過図 2012年橋下市長誕生後示された「西成特区構想」18)により行政が参画し、大きく事業が発展していった。白波瀬(2019)は「西成特区構想は行政が主導するトップダウン型の再開発プロジェクトのように思えるが、実際には地域住民や支援団体などで構成されたボトムアップ型のまちづくりと密接な関係を有しながら今日まで展開してきた」と指摘しているが、特区構想以前に多様な課題に取り組んでいた諸団体がこの構想を下支えしていたといえる。ありむら(2019)も「『あいりん地域まちづくり会議』をはじめとする話し合いの仕組みをつくり、あきれるほどに粘り強く、丁寧に議論を重ね、しかも絶対反対派もメンバーに入れながら、進めていく」と述べており、この「あいりん地域まちづくり会議」で示されたビジョンをもとに事業が実行され新たに第2 期特区構想のステージに向かっている。 図表11に示した孤立死対策アプローチは、現在あいりん地区で実施されている事業であるが、地区の課題を共有する場から生れたNPOや各種団体の共同体が、行政からの委託を受けながら事業を行っている。 図表11 孤立死対策アプローチ あいりん地区特有ともいえる、生活保護受給者の自立、高齢男性の孤立化など、孤立死に繋がる問題への取り組みは喫緊の課題であり、行政と5 つのNPOの協働で社会的孤立予防のための「ひと花センター」が開所された。行政が高リスク者に対し「ひと花センター」に紹介し、各NPO法人が役割に応じたプログラムを提供している。 話し合いの場から始まったサポーティブハウスでは、孤立化しがちな独居高齢者に対し、服薬サポートや介護サポートや日々の見守りを行っており、身体の異常への気づきや死亡後の早期発見に至るケースも見受けられる。対象者が多く、絶対的な孤立死の減少までは至ってはいないが、早期発見が増えていくことが期待できる取り組みである。 Ⅳ 2 地域における対策の比較 大阪市の城東区森之宮地区は年金高齢者が多く居住する集合住宅主体の地域であり、西成区あいりん地区は生活保護受給の単身高齢者が居住する地域である。地域事情が違うことで、孤立死の数や質も大きく違っている。共通する点は、あいりん地区は特区構想、森之宮地区はスマートエイジング・シティ構想のモデル地域で、どちらも行政の強力な推進のもと行われていることである。 西成区あいりん地区は、プロジェクトが進行する以前より、孤立死問題をはじめ困難な課題を抱えており、関係者や団体が問題を共有し話し合う場が作られ、そうした場が西成特区構想提示後の行政とともに問題解決の事業主体となっている。多様な主体が行政へ提案し、行政は提案された事業を委託事業として再提案する形など、ボトムアップの行政提案型ともいえる形式で進行している。一方城東区森之宮地区は、孤立死について一部住民が認識している程度であったが、行政がUR西日本と地域病院である森之宮病院と3 者協定を締結した後、孤立死対策がスタートしている。そして締結で示された青写真にそって事業が実施されるトップダウンの行政主導型で進められている。トップダウン型は事業を迅速に進めることができるが、住民間の連携や当事者意識は薄れてきている。現在も事業は進行中であるが、社会状況が大きく変化するなか、住民のニーズをすばやく感知し対策に繋げるボトムアップ型の協働が求められている。 図表12 2 地域の取り組み比較 Ⅴ おわりに 大阪市内の孤立死の全体的特徴としては、男性の後期高齢者が最も多く、親族や知人や職場の繋がりが薄い人の発見が遅い傾向にある。そして、訪問介護などサービス受給者が早期発見に繋がっている。また調査対象にした西成区あいりん地区と城東区森之宮地区は、それぞれ地域環境や生活状況が異なっているが、ともに行政参画のもと多様な団体の協働による孤立死対策が進められている。 西成区あいりん地区は、地区内の孤立死課題について複数団体の話し合いの場が自然発生的に形成され、問題意識の共有から意見集約そして課題解決を行うNPO法人の誕生へと繋がっている。これを基盤にして西成特区構想を梃子に多くの地域諸団体が参加することで大規模な協働体制に進化している。 一方森之宮地区は、一部住民の間で孤立死課題についての問題意識が共有された段階で、行政主導のスマートエイジング・シティ構想が示され、他団体との協働による公式会議体が組織され、行政プランに沿った取り組みが進められている。 両地域とも高齢化が進み、孤立死数が増加傾向にあり対策が必要であるという認識があった。しかし森之宮地区は行政主導のトップダウン型対策が取られてきたことから、自治会など地域団体の繋がりづくりやふれあい活動への参加者の固定化など住民間の問題意識の共有は低調である。一方あいりん地区は、特区構想以前の会議体が中心となり、プロジェクト参画から行政提案そして委託事業という関係が形成されている。支援が必要な人に接し、ニーズを拾い上げ、行政に伝えるボトムアップ型システムが形成されている。 孤立死問題には複雑多様な要素が関係し、複数の団体や組織の協働が不可欠である。そして孤立死の発生要因である社会的孤立状況にある人を支援に繋げるためには、ニーズを把握しトップに届けるボトムアップ型取り組みと、行政がスピーディに仕組みを策定し対策に繋げるトップダウン型取り組みの両方が必要である。あいりん地区と森之宮地区はともに行政プロジェクトのもと対策が進められているが、地区外で孤立死の発生が少ないわけではなく、城東区の世帯数が多い公営住宅でも孤立死が発生している。西成区も地区外で孤立死が多く発生している。 (2017年検案結果より) ・西成区内独居自宅死亡者数447人に対して、萩之茶屋1 〜 3 丁目は126人であった。 ・城東区内独居自宅死亡者数96人に対して、森之宮1 〜 2 丁目は4 名であった。 プロジェクトモデル事業を地区外に広げながら、大阪市全体の孤立死対策に繋げる取り組みにするためには、孤立死対策の効果の可視化も必要である。 孤立死解消のための協働システムをどのようにデザインし、そうした協働システムを地区外にどのように伝播させていくかが今後の課題でもある。 [注] 1)令和2 年高齢社会白書を参考。https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2020/zenbun/pdf/1s1s_01.pdf(2021年5 月27日閲覧) 2 )令和元年高齢社会白書より。https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2019/html/gaiyou/s1_1.html(2020年12月15日閲覧) 3)定義について、新田は孤独死の定義は一様ではないとし、「何を問題としてとらえるかによって、その内実は異なってくる」(新田、[2013])と述べている。 4)東京都監察医務院ホームページ平成22年度第19回公開講座資料「東京都23区における孤独死の実態」 緒言より抜粋。https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/kansatsu/kouza.files/19-kodokushinojittai.pdf(2021年6月10日閲覧) 5)大阪府監察医事務所ホームページより「大阪府監察医事務所では、大阪市内における異状死体(原因が明らかでない感染症や不慮の事故などで亡くなられた方々のご遺体)の検案及び解剖を行うとともに、検案・解剖を行っても死因が判明しない場合には必要な諸検査を施行し、亡くなられた方の死因を究明する業務を実施しています」。http://www.pref.osaka.lg.jp/kansatsui/( 2021年6 月10日閲覧) 6)死体検案書(死亡診断書)…監察医が検案を行い、死因を特定し作成する。 検案要請書…異状死の届け出があった場合、監察医に検案を要請する際、警察が作成する。 7)図表2 - 2 発見状況一覧詳細(発見者) 8)図表2 - 2 発見状況一覧詳細(発見のきっかけ) 9)大阪市ホームページ『スマート・エイジングシティの具体化に向けた調査結果とりまとめ』より。https://www.city.osaka.lg.jp/seisakukikakushitsu/page/0000342428.htm(l 2020年12月15日閲覧) 10)2020年7 月17日UR森之宮団地集会所において孤立死対策を自発的に取り組む住民代表に聞き取り調査を行った。 11)城東区役所ホームページスマート・エイジングシティについてのお知らせ。https://www.city.osaka.lg.jp/joto/page/0000332185.htm(l 2020年12月15日閲覧) 12)森之宮病院ホームページ大阪市城東区・UR都市機構と森之宮地域のまちづくり協定提携のお知らせ。https://www.omichikai.or.jp/morinomiya_h/news/201511111(2020年12月15日閲覧) 13)住民代表への聞き取り調査によれば、「自治町会加入者は約30%程度から増えていないなど、関心は低い。」「孤立死対策としては今後、UR実施の見守りセンサーへの加入を勧めていきたい」「現役世代は共働きが多く、協力を得にくい」など、まだ地域活動の担い手不足などの解消までには至っていないと推察できた。 14)白波瀬(2017)「貧困と地域」より引用。 「バブル崩壊以降、あいりん地区は『労働者の町』から『福祉の町』へと変容したと決まり文句のように語られるようになった」。 15)萩之茶屋の人口9,665人 男性8,984人 世帯数9,198世帯(平成27年町別人口世帯数)。https://www.city.osaka.lg.jp/nishinari/cmsfiles/contents/0000342/342350/choumoku271001.pdf(2021年6 月10日閲覧) 萩之茶屋の人口に対する世帯数から、独居者が多く住むことがみて取れ、男性の比率も大きい。 16)山積みする問題…西成特区構想担当特別顧問の鈴木亘は著書で以下のように記している。 「西成区、とりわけ、あいりん地域が抱えている諸問題は、言うまでもなく深刻な状況にある。様々な治安問題、高い結核罹患率の問題、ゴミの不法投棄や立ち小便などにみられるモラルの問題、生活保護受給者の急増とそれに伴う不正受給や不適切な消費の問題、生活保護受給者の健康・医療問題や孤立化、野宿生活者や高齢の日雇労働者等の貧困不安的居住者層の存在、野宿生活者のテントや小屋掛けがあって住民が利用できない公園、減少の一途をたどる児童数、子どもの貧困問題(後略)まさに問題山積みといえる」。 17)2019年10月31日西成区萩之茶屋まち歩き講習会に参加し、講師のありむら氏にインタビューを行った。 18)西成区役所ホームページ西成特区構想プロジェクトに特区構想の詳細を掲載。https://www.city.osaka.lg.jp/nishinari/category/3480-3-0-0-0-0-0-0-0-0.html(2020年12月15日閲覧) [参考文献] ありむら潜[2019]「いまの釜ヶ崎をみるには120年のスパンで」『市政研究』(204号)、大阪市政調査会、2019年7 月31日発行、6 -16頁。 小島廣光・平本健太[2011]『戦略的協働の本質―NPO,政府,企業の価値創造』有斐閣、2011年5 月25日出版。 小辻寿基[2011]「高齢者社会孤立問題の分析視座」『Core Ethics』Vol.32、109-119頁。 後藤祐一[2013]『戦略的協働の経営』白桃書房、2013年4 月16日出版。 佐々木利廣[2019]『組織間コラボレーション』ナカニシヤ出版、2009年11月30日出版。 白波瀬達也他[2019]「特集 西成特区、釜ヶ崎、未来へのまちづくり」『市政研究』(204号)2019年7 月31日発行、6 -64頁。 白波瀬達也[2017]『貧困と地域―あいりん地区から見る高齢化と孤立死』中公新書、2017年2 月25日発行。 白波瀬達也[2019]「西成特区構想にかかわる議論経過―まちづくりビジョン有識者提言にいたるまで―」『市政研究』(204号)、2019年7 月31日発行、18-29頁。 鈴木亘[2013]『脱貧困のまちづくり『西成特区構想』の挑戦』明石書店、2013年7 月25日出版。 新田雅子[2013]「『孤独死』あるいは『孤立死』に関する福祉社会学的考察―実践のために―」『札幌学院大学文学会紀要』(93)、105-125頁。 (論稿提出:令和2 年12月18日) (加筆修正:令和3 年6 月20日)