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≪査読付論文≫オーケストラ団体における活動財源の構造と予測可能性に関する実証分析 / 武田紀仁(日本大学大学院博士後期課程、税理士)

更新日:6月11日

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日本大学大学院博士後期課程、税理士  武田紀仁


キーワード:

文化芸術活動の主体となる非営利組織 収入源の多様性 財務上の脆弱性

収入源の予測可能性 財務持続性


要 旨:

 文化芸術活動の主体となる非営利組織体が獲得する収入源の種類、性質、及び収入源の集 中度の指標が組織の存続見通し(短期的又は中長期的持続性)に及ぼす影響を調べるため、オーケストラ団体のサンプルを用いて、団体の属性に基づき分類したデータの時系列分析、及び 収入源の構成と持続性についての回帰分析の二つの方法により分析を行った。その結果、収入源の種類や集中度に加えて、設立経緯などの団体の属性と収入源の予測可能性の関連性を考慮して分析を行うことが有用であることがわかった。  

 文化芸術活動の主体となる非営利組織体の特徴の一つとして、文化芸術活動に由来する収入のみではその活動を維持することができず、存続のために寄付や助成金等の社会的支援に頼らざるを得ない点があげられる。このような組織ではその属性により収入構造に差異が存在し、属性と関連性のある予測可能性が高い収入源に対して依存度が高いことがデータから確認された。


構 成:

I  はじめに

II 先行研究の整理・非営利文化芸術団体に着目する意義

III 仮説の設定と分析対象

IV リサーチデザイン

Ⅴ サンプルの選択

Ⅵ 分析結果

Ⅶ おわりに


Abstract

 In order to examine the effects of type, nature, and revenue concentration index of income sources acquired by non-profit organizations engaged in cultural and artistic activities on their survival prospects(short-term, medium-term or long-term sustainability), an analysis was conducted using a sample of orchestral organizations. Two methods of analysis were employed. The first was a time series analysis of the data classified by attributes of the organizations, and the second was a regression analysis of the composition and sustainability of the sources of income. The results show the usefulness of analysis that takes into consideration the relationship between the predictability of income sources and the attributes of the organization, attributes such as establishment history, in addition to the type and revenue concentration index of income sources.  

 One characteristic of non-profit organizations engaged in cultural and artistic activities is their inability to sustain activities based solely on income from cultural and artistic activities, and their need to rely on social support such as donations and grants for their survival. The data confirmed that the income structure of such organizations differs according to their attributes, and that they are highly dependent on income sources that are related to their attributes and show a high degree of predictability.


※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。


 

Ⅰ はじめに

 オーケストラやオペラなどの文化芸術活動の主体となる非営利組織体(以下、「非営利文化芸術団体」という。)は、現代社会において重要な役割を果たしているが、財務上の脆弱性がその能力や存在を危うくしている。Baumol and Bowen[1966]やBrooks[2000]によれば、これらの団体は他の非営利組織体と比較して特に脆弱で、絶えず慢性的な財政赤字にさらされており、基金の取り崩しや出演者等に対する支払いの減額を要請することで凌いでいる状況にある。また、労働生産性の向上が構造的に望めないといった産業特性がある点も指摘されている。  

 本稿では、このような非営利文化芸術団体のうち日本のオーケストラ団体に焦点を当て、非営利文化芸術団体が獲得する活動財源の種類や性質等が組織の存続見通しに及ぼす影響について、公開されている財務情報等に基づき分析を行った。


Ⅱ 先行研究の整理・非営利文化芸術団体に着目する意義

 非営利組織体が財務上の脆弱性の問題に直面した場合、目標を達成してサービスを提供し続けることが困難になる可能性がある。そのため、非営利組織体の存在意義にも関わる共通の問題として、Tuckman and Chang[1991]により提唱された4つの指標を嚆矢として様々な検証が行われてきた1)。先行研究では、単一の収入源への依存を避け、収入源を多様化させることで、財務状況を安定させ、財政危機や資金供給の中断のリスクを減らすことができると主張されてきた。  

 また、Hansmann[1980]は、非営利組織体を主として事業活動に由来する料金に依存している場合(商業型)と、寄付に依存している場合(寄付型)の2つのタイプに分類した。その後の研究では、この2つのタイプの非営利組織体は非常に異なる状況で活動していることが Froelich[1999]等により論じられている。  

 さらに、収入源の種類や性質に基づいた予測可能性についても研究が蓄積されている。例えば、行政からの補助金は安定性が高いが資金使途の制限があり、民間からの支援は組織の正当性を最もよく表す財源であるが、不安定で活動や運営に対して資金提供者からの影響を強く受ける等の問題がある(Froelich[1999])。また、 助成金収入は支給期間中において高い予測可能性がある一方、支給期間外において不確実性がある。活動収入は変動するが予測可能であり、 非営利組織体のコントロール下にある(Kingston and Bolton[2004])。

 特に、非営利文化芸術団体に焦点を当てることは、Hager[2000]が非営利文化芸術団体と他の非営利組織体の失敗の違いを指摘すること により正当化されている。さらに、先行研究における批判の一つは、Tuchman and Changモデルの4つの指標は財務上の脆弱性を予測することができないというものであったが、Hager [2001]は当該指標の非営利文化芸術団体への適用可能性を検証し、その結果、その予測能力 はセクターにより異なることを明らかにした。  

 また、Tuchman and Changモデルの4つの指標のうち、収入源の集中度と管理費比率の2つの変数の有用性が、Tevel et al.[2015]によるイスラエルの舞台芸術に関する非営利組織体の検証の中で示されている。加えて、純資産が安定性や持続性を分析する際の無視できない指標として示されている2)。  

 他方、従来、日本では文化芸術活動に対する公的支援や文化政策のあり方に関する議論が中心であり、非営利文化芸術団体の活動財源に関する研究は限定的であった3)。特に、収入源の種類や性質が非営利文化芸術団体の存続見通し (短期的持続性や中長期的持続性)に影響するかどうかを検討した研究は、管見するに見当たら なかった。  

 この点、日本芸能実演家団体協議会[2016] の調査によれば、このような研究が少ない理由として、⑴小規模な任意団体が多いことや、⑵ 法人格が多様で営利と非営利の両方があり、⑶ ほとんど情報開示がされていなかったためとの指摘がなされている。また同調査では、オーケ ストラ団体を設立・発足の経緯や運営・支援の状況等から4つの属性に分類し(図表1)、団体の属性ごとの傾向を把握することの重要性も指摘されている。その理由は、オーケストラ団体の属性により収入源の構造の内容に相違がみられることに加え、地域性をはじめとした個々の環境の相違もあるためである。  

 以上のことから、非営利組織体が獲得する活動財源と非営利組織体の存続見通しとの関係性について、文化芸術活動の主体となる日本の非 営利組織体に焦点を当てて分析を行うことには意義があると考える。その際、先行研究に基づけば、団体の属性を考慮して分析を行うことが重要であろう。


図表1 オーケストラ団体の属性分類


Ⅲ 仮説の設定と分析対象

 そこで本稿では、先行研究に基づいて以下のような仮説を設定し、非営利文化芸術団体の獲得する収入源の種類や性質が、団体の存続見通し(短期的持続性・中長期的持続性)にどのように影響するかを検証することを目的とする。加えて、団体属性による収入源の差異の存在を明らかにし、それが団体の存続見通しに及ぼす影響についても分析を行う。


仮説①:非営利文化芸術団体の収入源の構造や傾向は、収入源の種類や性質だけでなく、団体の属性に起因する要素による影響がある。


仮説②:非営利文化芸術団体は財務上の脆弱性を低下させ、持続性を高めるために収入源を多様化させる傾向がある。


本稿では、非営利文化芸術団体のうち、オーケストラ団体を分析対象として取り上げる。また、非営利文化芸術団体の法人格は公益社団・ 財団法人、一般社団・財団法人、NPO法人等と様々であるが、公益法人を分析の対象として設定した。その理由は、⑴後述する「日本のプロフェッショナル・オーケストラ年鑑」に記載 の正会員・準会員オーケストラのデータを分析に活用することができるため、⑵公益法人以外の団体では本稿における分析に必要な情報の開示がされていないものが多いためである。


Ⅳ リサーチデザイン

 仮説の検証には、オーケストラ団体の属性に基づき分類されたデータの分析(分析①)と、オーケストラ団体のパネルデータを用いた回帰分析(分析②)の2つの方法を用いた。

 分析①では、日本芸能実演家団体協議会 [2016]において示された4つの属性分類方法 (図表1)に倣ってデータの分類を行い、当該データの傾向分析と時系列分析を行った。  分析②では、日本のNPO法人の収入源の構成と財源多様性に関する先行研究である馬場ほか[2010]に倣い、短期的持続性・中長期的持続性と収入源の構成の関係性について回帰分析を行った。推定モデルは以下の⑴式と⑵式を用いた。被説明変数及び説明変数は図表2で示すように定義する。


LN_EXit=α0+α1SUB_Nit+α2CONCENit+α3X_Rit +α4OTHERS_Rit+α5MUSICIANS_ Nit+α6OFFICERS_Nit+α(CONCEN 7 it *REGIONit)+ϵit

…⑴

NAit=β0+β1SUB_Nit+β2CONCENit+β3X_Rit +β4OTHERS_Rit+β5MUSICIANS_Nit+ β6OFFICERS_Nit+β(CONCEN 7 it* REGIONit)+μit

…⑵


 短期的持続性とは、組織が継続的な活動を遂行する能力を、中長期的持続性とは、正味財産を蓄積し、将来的な組織の存続を確保する能力を指す。⑴式では短期的持続性の代理変数として経常費用の対数(LN_EXit)を、⑵式では中 長期的持続性の代理変数として正味財産・収入 比率(NAit)を被説明変数に用いた。  

 さらに、活動財源の使途の拘束性の観点からも分析を行うため、⑵式の正味財産・収入比率 (NAit)を正味財産全体(NA_ALLit)、資金提供者からの使途の拘束性のない一般正味財産 (NA_NRit)、使途の拘束性のある指定正味財産 (NA_Rit)に分けて分析を行った。

 ⑴式及び⑵式の説明変数(X_Rit)については、 オーケストラ団体の主たる活動である演奏活動に由来する収入比率(ORCHESTRA_Rit)と社会的支援による収入比率(SOCIAL_Rit)に分けて分析を行った。さらに、社会的支援による収入比率については、会費や個人からの寄付金・ 募金等の民間支援(PRIVATE_Rit)、文化庁の基金等の政府の公的支援(ARTFUNDS_Rit)、助成金等の地方自治体の公的支援(LOCAL_Rit)、 民間助成団体の支援(PFUNDS_Rit)に分けて分析を行った。  

 収入源の集中度(CONCENit)は、各収入を経常収益で除して2乗した値の合計であり、 ハーフィンダール・ハーシュマン指数を用いて算出する。先行研究に基づく場合、推定モデルによる分析結果において、当該係数の符号は負となることが予想される4)


Ⅴ サンプルの選択

 分析①に用いるデータは、内閣府による「公益法人の概況及び公益認定等委員会の活動報 告」のデータ、日本オーケストラ連盟による「日本のプロフェッショナル・オーケストラ年鑑」 に記載の正会員・準会員オーケストラのデータ、 及び各オーケストラ団体がWEBサイト等で公開している財務諸表を参照して集計したものである。8年間分で193データ(データの内訳については図表7を参照)となった。  

 分析②に用いるデータは、回帰分析を行ううえで正確性を期するため、分析①に用いるデータから、欠損値をもつサンプル、年の途中で一般社団法人やNPO法人等から公益法人になった団体のサンプル、及び地方一体型に該当する団体のサンプルを除外した5)。これらのスクリーニング要件を課した結果、分析②の推定に 用いるサンプルは8年間分で134データ(データの内訳については図表7を参照)となった。図表2には分析に用いる変数の記述統計量を、図表3には相関マトリックスを示している6)


図表2 変数の定義と記述統計量


図表3 相関マトリックス


Ⅵ 分析結果

1 団体の属性と収入構成の関係性

 分析①の結果を用いて仮説①の検証を行う。 分析①の結果を図表4図表5に示す。図表4は属性分類ごとの収入源の構成割合と収入源の 集中度の集計結果である。図表5は各収入源の金額の平均値の傾向(a1・a2)と各収入源の属性分類ごとのボラティリティ(属性分類ごとの各収入金額の標準偏差)の8年間の推移である(b ~f)。  

 まず、各収入源の平均値の傾向に着目すると、 演奏収入や社会的支援収入は、全体として減少傾向にあることが得られた(図表5(a1))。また、 社会的支援収入のうち民間支援や地方自治体からの支援も全体としてゆるやかな減少傾向にあ る(図表5(a2))。

 次に、属性ごとの収入源の構成割合に着目すると、団体の属性によって、構成割合の高い特定の財源が存在することが得られた(図表4)。 自主型は演奏収入が年間収入の73.2%を占めているが、社会的支援の割合は年間収入の21.0% にとどまっている。自主型以外の属性では、社会的支援の割合が年間収入の49.4~63.7%を占めている。そのうち地方型は地方自治体からの支援が年間収入の32.1%を占めており、特定型では民間支援が年間収入に占める割合は24.3%、助成団体からの支援が年間収入に占める割合は15.5%と高い値を示している。  

 この団体属性と特定の財源の関係性についての分析は先行研究でも示されており、本稿においても先行研究と異なる年のデータを用いて再確認することができた。さらに本稿では、以下のように、収入源の集中度の指標及び各収入源の属性分類ごとのボラティリティにも着目して分析を行った。  

 各収入源の属性分類ごとのボラティリティに着目すると、演奏収入や民間支援は団体属性による差が大きく、また変動が大きい傾向にあることが得られた(図表5⒝⒞)。政府や地方自治体からの支援は地方一体型を除いて安定的な傾向があるが(図表5⒟⒠)、政府からの支援が年間収入に占める割合は3.8~8.0%にとどまっている(図表4)。助成団体からの支援は安定性のある財源だが(図表5⒡)、特定型以外で獲得し ている団体は限定的である(図表4)。  

 また、同じ収入源であっても、安定的に獲得できる傾向にある収入源かどうか、すなわち収入源の予測可能性が高いかどうかは、団体の属性により異なる傾向にあるが、各収入源の中でも地方自治体からの支援は全体的に予測可能性が高いことが観察できる。  

 さらに、収入源の集中度の指標に着目すると、 その値は0.36~0.60であり(図表4)、財源が集中している傾向はみられない。  

 これらは以下のように考察できる。オーケストラ団体はそれぞれの設立経緯や運営状況等の属性により収入源の構造に差異が存在しており、属性の性質に合致した予測可能性の高い特定の財源を主軸として資金調達を行っている。 これは仮説①と整合的であり、団体の属性を考慮して分析を行うことの重要性を確認することができた。しかし、留意すべきは、分析①の方法では、特定の財源に集中する傾向にあるのか、それとも財源を多様化させる傾向にあるのかについて、収入源の集中度の指標からは観察できないという点である。そこで以下の分析②では、 分析①で示された団体の属性や収入源の予測可能性を考慮したうえで、収入源の種類や収入源の集中度等が組織の存続見通し(短期的又は中長期的持続性)に及ぼす影響を調べた。


図表4 オーケストラ団体の収入源の構成


図表5 オーケストラ団体の収入源の推移


2 収入源の集中度が持続性に及ぼす影響

 以下では、分析②の結果を用いて仮説②の検証を行う。分析②の推定結果を図表6に示す。 各説明変数が短期的持続性に与える影響をパネルSに、中長期的持続性に与える影響をパネルLに示している。なお、パネルL_Aではオーケ ストラ団体の主たる活動である演奏活動に由来する収入比率(ORCHESTRA_Rit)が中長期的持続性に与える影響を、パネルL_Bでは社会的支援による収入比率(SOCIAL_Rit)が中長期的持続性に与える影響を、パネルL_Cでは社会的支援による収入の内訳に着目し、会費や個人からの寄付金・募金等の民間支援(PRIVATE_ Rit)、文化庁の基金等の政府の公的支援(ARTFUNDS_Rit)、助成金等の地方自治体の公的支援 (LOCAL_Rit)、及び民間助成団体の支援 (PFUNDS_Rit)の各収入比率が中長期的持続性に与える影響を示している。また、パネルLでは活動財源の使途の拘束性の観点からも分析を行うため、正味財産全体(NA_ALLit)、資金提供者からの使途の拘束性のない一般正味財産 (NA_NRit)、及び使途の拘束性のある指定正味財産(NA_Rit)の3つの視点から分析を行った。  

 この推定にあたり、事前分析として固定効果を推定したところ、分析②に用いるサンプルを構成する団体間で固定効果が存在することが確認された。分析結果1においても固定効果の存在が明らかである。そこで、各団体固有の効果をコントロールするため、固定効果(fixed effect)モデルを用いて推定を行った。  

 まず、収入源の集中度(CONCENit)に着目すると、短期的・中長期的持続性に対して統計的に有意な結果が得られなかった。そのため、 仮説②の検証に関し、収入源を多様化させることで団体が持続性を高めているかどうかは判然としない。  

 ここで分析結果1において示された団体の属性に関する分析結果を踏まえ、収入源の集中度 (CONCENit)と地方型ダミー(REGIONit)の交差項の係数に着目すると、中長期的持続性に対して当該係数は統計的に有意な正の値が得られ た。これは、中長期的な持続性を高めるためには、地方型の属性に該当する団体が特定の財源 (分析結果1からは地方自治体からの支援と推定される)に、集中して依存することが有効に作用しうること示しており、先行研究(馬場ほか [2010]等)とは逆の結果となった。


図表6 回帰分析の結果:収入構成が短期的・中長期的持続性に及ぼす影響


図表7 分析①・分析②に用いたデータの内訳


3 収入源の種類や性質が持続性に及ぼす影響

 演奏収入比率(ORCHESTRA_Rit)は、短期的持続性に対して統計的に正に有意な値が得られた。これは、オーケストラ団体が活動を遂行し、支出規模を拡大して短期的持続性を高めるためには、演奏収入比率を増大させることが有効に作用しうることを示唆している。逆に、地方自治体の公的支援収入比率(LOCAL_Rit)は、 短期的持続性に対して統計的に負に有意な値が得られた。  

 他方、演奏収入比率は中長期的持続性に対しては統計的に負に有意な値が得られた。逆に、 社会的支援による収入比率(SOCIAL_Rit)は統計的に正に有意であり、このうち地方自治体の公的支援収入比率は、統計的に正に有意な値が得られた。  

 使途の拘束性に着目した場合、社会的支援による収入比率は、指定正味財産・収入比率(NA_ Rit)に対して統計的に正に有意であり、演奏収入比率は負に有意な値が得られた。

 これらは以下のように考察できる。オーケストラ団体は、その主たる活動である演奏活動に由来する収入のみではその活動を維持することはできず、社会的な支援により中長期的な活動の持続性を維持している。特に、予測可能性が高い収入源と考えられる(分析結果1)地方自治体からの支援を取り崩すことで団体の活動に よる赤字を補填している。このことは、前述の Baumol and Bowen[1966]やBrooks[2000] の指摘と整合的である。留意すべきは、社会的な支援は使途の拘束性のある正味財産の蓄積に対して有効に作用しうるという点であると考えられる。この点については、Ⅶ(おわりに)で述べる。

4 頑健性分析

 主分析にて示された推定結果の頑健性について検討する。主分析では2013年から2020年の8年間における分析を行なったが、計測期間を5 年間(2016年から2020年)に変更しても主分析の結果が維持されるかどうかを確認した。この分析は、政府や助成団体等による一時的な支援や海外公演等の特定目的の支援の影響を一定程度 排除するためである。  

 分析結果は図にはしていないが、次の点が確認された。⑴分析結果2及び3の推定結果に関して、下記⑵以外の主分析の推定結果と5年間の推定結果は同様に統計的に有意な水準にあることが確認され、下記⑵以外の主分析の推定結 果は維持されることが確認された。⑵パネル L_Cの推定結果において、民間支援収入比率 (PRIVATE_Rit)、政府の公的支援収入比率 (ARTFUNDS_Rit)、民間助成団体の支援収入比率(PFUNDS_Rit)については、5年間の推定結果では統計的に有意な水準にないことが確認された。これは、前述の影響が排除されたためと考えられる。またこの結果は、民間支援が中長期的持続性に対して統計的に有意であるとする主分析の結果が、計測期間によっては頑健でない可能性も示唆している。  

 他方、地方自治体の公的支援収入比率(LO︲ CAL_Rit)の正味財産全体(NA_ALLit)に関する分析結果は、計測期間を変更した場合でも統計的に有意な水準であることが確認された。すなわち、分析結果1で示唆された地方自治体の支援の予測可能性の高さに基づく分析結果2及び3は、頑健性分析においても維持される7)

5 考察:非営利文化芸術団体の特徴と収入源の予測可能性

 分析結果1~4から、以下のように考察できる。収入源の集中度の指標が、短期的・中長期的持続性に及ぼす影響ついて統計的に有意な結果とならなかったのは、以下の理由によると考えられる。オーケストラ団体は、演奏活動に由来する収入のみではその活動を維持することができないという特徴を有しているため、社会的な支援に頼らざるを得ない。しかし、オーケストラ団体が獲得可能な社会的支援は、団体の設立経緯等の属性によっては、変動性がある・一 時的である・金額が少ない等の理由で収入源の 予測可能性が低いものが存在する。そのため、 オーケストラ団体は、演奏活動による収入源を主とし、社会的支援については収入源を分散することにより、結果的に資金調達の多様化を追求しているのではないかと考えられる。  

 また、中長期的持続性を高めるうえで収入源への集中度を高めることが特定の属性では有効に作用し得るという、先行研究とは異なる結果となったのは、以下の理由によると考えられる。 オーケストラ団体にとって、社会的な支援の中でも予測可能性の高い収入源である地方自治体からの公的支援は、中長期的持続性を高めるうえで有効に作用する可能性のある収入源として 機能している。特に、地方型はこの予測可能性が高い収入源の構成割合が高い傾向にあるため、収入源の集中度に関して統計的に有意な結果となったのではないかと考えられる。これらは、 前述のFroelich[1999] やKingston and Bolton[2004]の指摘と整合的であるが、本稿では、オーケストラ団体にとって、そのうち地方自治体からの支援の予測可能性と依存度が高いことが確認された。  

 このように、団体の属性と収入構造の関連性を分析することにより、団体の属性により収入構造に差異が存在することを確認するとともに、オーケストラ団体は団体の属性と関連性のある予測可能性の高い財源に対して依存度が高い傾向があるという結果が得られた。このことが非営利文化芸術団体の経営構造や存続見通しに影響を与える重要な要素である可能性が高いことが示唆される。そのため、非営利文化芸術 団体の財務分析を行ううえでは、収入源の集中度だけでなく、団体の属性と収入源の予測可能性の関連性を考慮することが有用であると考えられる。


Ⅶ おわりに

 本稿では、オーケストラ団体のサンプルを用いて、非営利文化芸術団体の収入源の種類、性質、及び集中度等が団体の持続性に及ぼす影響を調べた。  

 本稿の成果の一つ目は、Baumol and Bowen [1966]等が指摘する非営利文化芸術団体の特徴が、日本のオーケストラ団体にとっても経験的妥当性を有していることがデータから確認された点である。Tuckman and Chang[1991]等の財務上の脆弱性と収入源の多様化に関する論拠はデータからは確認されなかったが、この結果は、寄付等の社会的支援に頼ることを前提とする非営利文化芸術団体の収入構造の特徴や、 団体の属性と収入源の予測可能性の関連性を加味して分析することの重要性を示唆している。  

 本稿の成果のもう一つは、純資産の拘束性に着目して分析を行なった点である。社会的な支援の存在は、オーケストラ団体の中長期的な持続性を高めるうえで重要であるが、それは使途指定のある純資産の蓄積に対して有効に作用しうるのであって、オーケストラ団体は、潜在的なリスクに対応するために使途指定のない純資 産を蓄積しているわけではない。本稿の分析結果で示されたように、オーケストラ団体は、その主たる活動に由来する収入のみではその活動を維持できず、社会的な支援を取り崩すことで団体の活動による赤字を補填しているという特徴がある。そのため、社会的支援に起因する純 資産の蓄積は、団体の活動の継続や団体の存続を脅かすような潜在的なリスクに備えるためには有効とはいえない可能性が示唆される。  

 また、本稿では、地方自治体からの公的支援がオーケストラ団体にとって予測可能性が高い現状にあることがデータから確認されたが、このような行政からの支援は財政難から多くを期待できなくなっている。近年における行政からの支援からインパクト投資に至る経緯や、収入源の多様化の議論に鑑みた民間支援の重要性の高まりから8)、多様な財源及び多様な事業体を活用した社会的課題の解決の枠組みへの延伸は事実であるとしても、報告主体である活動の担い手にとっての財務情報の限界・役割に関する検討、そして活動を支える側に対する情報開示のあり方に関する検討は、今後の課題として残されていると考える。

 なお、本稿における分析では、前述のとおり、 データの入手が限られていたため少数のサンプルに基づいており、非営利文化芸術団体のすべ ての組織を網羅しているわけではない。また、 公益法人に限定して分析を行っており、オーケストラ団体の主たる活動に着目して分析を行うため地方一体型オーケストラについては分析の対象から外している。この特定の団体を超えた一般化については、今後の研究で検討する必要がある。


[注]

1)例えば、Greenlee and Trussel[2000]、Hager [2001]、Trussel[2002]、Keating et al. [2005]、Green et al.[2021]等がある。

2)本稿の事前分析では、管理費のデータを確認することのできるオーケストラ団体の89データを用いて推定を行なっているが、管理費比率に関して統計的に有意な結果を確認するこ とはできず、サンプル数も少ないため本稿の考察の対象から外している。

3)日本のオーケストラとオペラを対象としたBaumol and Bowen[1966]に類似した経済 学的研究としては、Kurabayashi and Matsuda[1988]がある。

4)Rは全収入源の合計値、nは分類した収入源の数、rは各収入とすると、以下の式で算出 される。CONCEN=(r1 /R)2 +(r2 /R)2 +…+(rn /R)2 =Σn i=1(ri /R)2 (i=1, 2,…, n) 2+(r2 /R)2 +…+(rn /R)2 =Σn i=1(ri /R)2 (i=1, 2, …, n)こ れは、1以下の正の値をとり、1に近いほど単独の収入源に集中していることを示す。2乗 することにより情報として変質していると考えられるため、他の収入比率と同時に説明変数に加えて推定を行った。

5)地方一体型に分類されるオーケストラ団体に は、地方自治体によって設立され公共ホールの運営を行っている財団法人の多くが該当していた。ホール運営事業や他の文化芸術事業 とオーケストラ運営事業が区分できないものが多かったため、分析対象から除外した。

6)ここで、図表3からいくつかの変数間に高い相関が観察されており、推定において多重共線性の問題が懸念される。各推定において VIF(Variance Inflation Factor)を算出したと ころ、一般に多重共線性が懸念される水準である10を下回っていた。分析②では多重共線 性が重大な問題にならないと考えられるため、これらの変数を同時に含めて推定を行っている。

7)なお、地方自治体からの支援(LOCAL_Rit) については、8年間の推定結果では一般正味財産(NA_NRit)に対して統計的に正に有意、 5年間の推計結果では指定正味財産(NA_ Rit)に対して統計的に正に有意と異なる結果となった。計測期間によっては推定結果が頑健でない可能性が示唆されるため、両期間の分析結果で統計的に有意な結果となった正味財産全体(NA_ALLit)に対する結果のみを考察範囲として採択する。

8)この点、従来、文化芸術団体に対する支援に関しては、文化芸術活動に対する公的支援のあり方や文化政策のあり方に関する議論が中心であった。文化芸術団体に対する支援に関 して、日本とアメリカ等の諸外国の背景の違いも指摘されており、日本では政府や地方自 治体が文化芸術団体の主要な資金提供者であるが、アメリカでは租税優遇措置を前提条件 として民間資金により支えられており、芸術家や芸術団体と民間支援者を結びつけるため の触媒としての政府の役割についても指摘されている。詳しくは片山[2006]等を参照。


[引用文献]

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論稿提出:令和3年12月7日

加筆修正:令和4年4月8日


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