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非営利組織会計と企業会計の統一的表示基準 / 宮本幸平(神戸学院大学教授)

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神戸学院大学教授 宮本幸平


キーワード:

企業会計との統一化 表示基準の類型化 目標仮説検証       

拘束/活動フローの2区分  1計算書方式


要 旨:

 本考察は、企業会計との統一化を指向した非営利組織会計の表示基準措定を目途とする。 まず諸非営利組織会計の表示基準の相違点が明らかにされ、これに基づいて3つの類型に峻 別される。次に、各類型に内在する問題点を明らかにしながら、妥当な表示基準の目標仮説 が設定される。即ちそれは、当期業績フローと拘束的フローの2区分とし、貸借対照表と連 携させるものである。そして、IASBにおける同様の2区分表示の議論を援用しながら、目標仮説の表示基準が、企業会計のそれと整合したものであるかの考察が図られる。


構 成:

I  はじめに―考察の問題意識―

II 非営利諸法人の財務諸表表示基準と相違点

III わが国諸非営利組会計における表示基準の類型化

IV 非営利組織会計の基本目的を達成する統一表示 基準の目標仮説設定

Ⅴ 非営利組織会計と企業会計の表示基準の整合化

Ⅵ おわりに―考察の結論―


Abstract

 This consideration aims to set of NPO accounting display standards that was directed to the unification of the corporate accounting. First of all, differences of display standards of various NPO accounting are revealed, and thereafter it can be divided into three categories. Then, the target hypothesis which is reasonable display is set while reveal problems underlying in each category. The hypothesis that includes two sections of the restrictive flow and fiscal performance flow is intended to linkage with a balance sheet. And while incorporated the discussion of two statements approach in the IASB, consideration of whether the standards are consistent with the corporate accounting is performed.


 

Ⅰ はじめに ―考察の問題意識―

 わが国は、中央政府の財政赤字累計が現在 1,000兆円を超え、先進国で最も厳しい状況に ある。これを是正していくためには、公共サー ビスの民間委託を推進して歳出削減を図る必要がある。そのための一手段として、非営利組織への補助金・寄附金の提供が有効となり得る。  

 そして、政府からの資金提供が非営利組織に行われる場合、適切な会計情報の開示による説明責任の達成が要請される。しかし現在わが国の非営利組織会計制度では、公益法人、社会福祉法人、NPO 法人、学校法人など各々により会計基準が設定されている。そのため、情報利用者による会計情報の横断的理解と意思決定が困難な状況となっている1 ) 。したがって、広く一般に妥当と認められた知識で理解可能となる会計基準が必要となり、この点では企業会計の 制度・理論の知識が、今日広く共有され得るも のと判断できる。  

 本稿はこうした現況に鑑み、企業会計との統一化を指向した非営利組織会計の表示基準措定を目途に考察を進める。まず非営利組織会計の各表示基準を概観して相違点を明らかにし(第Ⅱ節)、これに基づいて表示基準の類型化を図る(第Ⅲ節)。そして各類型に内在する問題点を顕在化して妥当な表示基準の目標仮説を設定し(第Ⅳ節)、当該仮説が企業会計と整合的であるかの考察および結論導出を行う(第Ⅴ節)。


Ⅱ 非営利諸法人の財務諸表表示基準と相違点

 本節では、企業会計との統一化を指向した非営利組織会計の表示基準を措定するために、まず、法人間に見られる財務諸表の表示基準の相違点を明らかにする。

1 フロー計算書の表示基準の相違点

 わが国の非営利組織会計基準が規定するフロー計算書の表示区分は、表1のとおりである。大区分の相違点として、拘束的項目/当期活動項目に区分表示するタイプと、本業的項目/本業外的項目/特別的項目に区分表示するタイプに峻別される。公益法人会計の正味財産増減計算書は前者に分類でき、一般正味財産増減の部と指定正味財産増減の部に区分表示される。そしてこれは、拘束性の有無に基づいた区分である。他方、社会福祉法人会計および学校法人会計のフロー計算書は後者に分類でき、経常増減額(本業活動増減および本業活動外増減)と特別増減額に区分される。同様にNPO 法人会計では、経常損益と経常外損益に区分される。即ちこれら3法人の基準では、経常性の有無に基づいた区分設定がなされている。  

 次に内訳項目の重要な相違点として、基本金組入額につき社会福祉法人会計では「特別増減の部」の要素として表示され、学校法人会計で は「当年度収支差額」からの控除項目として表示されている。

 つまり、社会福祉法人会計では基本金組入額が稼得収益から控除されるのに対し、学校法人会計では当期の収支差額から基本金を控除する表示構造である。他方、公益法人会計では、基本金への組入項目につき、指定正味財産増減の部の「当期指定正味財産増減額」がその役割を果たすものである。  

 さらに、着目すべき別の相違点として、公益法人会計では、指定正味財産増減の部に表示される拘束的収入に対し、拘束が解除された価額や減価償却額費に対応する価額を一般正味財産増減の部に振替えるため、当該項目が指定正味財産増減の部に設定されている。


表1 非営利組織会計フロー計算書の表示基準(表示区分)


2  貸借対照表の表示基準の相違点

 わが国の非営利組織会計基準が規定する貸借対照表の表示区分は、表2のとおりである。特徴に挙げられる第一点目は、学校法人会計において、基本金が純資産の部の主たる表示項目とされることである。教育研究活動に利用される校地・校舎等の健全維持のために、当該財源の累計価額である基本金が最重要の表示要素となる。また、社会福祉法人会計では、フロー計算書から組入れられた基本金および国庫補助金等特別積立金が、純資産の部において表示される。  

 二つ目の特徴点は、公益法人会計において、 寄附者等によりその使途に制約が課された資産等を指定正味財産とし、それ以外の一般正味財産と区分して表示することである。即ち、施設・設備に対する寄附金・補助金など、資金提供者が使途を拘束するインフローの残高が表示され、その下位に国庫補助金・地方公共団体補助金・寄附金が表示される。


表2 非営利組織会計貸借対照表の表示基準(表示区分)


Ⅲ わが国諸非営利組会計における表示基準の類型化

 次に本節では、以上で明らかとなった諸表示基準の差異を斟酌しつつ、フロー計算書およびこれと連携する貸借対照表の表示基準の類型化を図る。これにより、現行の各基準に内在する問題点の顕在化が図られる。そして、如何なる表示基準とすれば企業会計との統一化のうえで妥当となるか、その考察へと段階を進めることができる。

1 当期活動フロー/拘束的フローの2区分とする表示基準

 類型化が可能な表示基準の一つは、インフローを拘束度合によって区分し、貸借対照表と 連携させる様式である。当該類型に含まれる公益法人会計基準では、正味財産増減計算書において、指定正味財産増減の部と一般正味財産増減の部に最大区分され、各々が貸借対照表/正味財産の部と連携する。  

 こうした表示基準により達成される会計の基本目的として、フロー計算書上段に表示される当期活動項目により、用役提供努力および成果の査定が可能となる。次に下段に表示される拘束的フロー項目により、次年度以降に拘束・維持される資源価額の当期増減額が明らかとなる。そしてボトムラインに設定される当期純資産増減額により、財務的生存力に対する当期の貢献度合が査定できる。  

 かかる表示基準と同様の形式をとるものとして、純利益とその他の包括利益を最大区分とする、国際会計基準審議会(IASB)の基準がある。当期純利益は活動業績を示すもので当期一般正味財産増減額と同等であり、その他の包括利益は純利益以外の純資産増加額を示すもので当期指定正味財産増減額と同等である。

2 本業/本業外/特別の3区分とする表示基準

 類型化ができる別の表示基準は、インフローを本業的項目/本業外的項目/特別的項目の3区分とし、さらに貸借対照表へ組入れる項目が表示される様式である。社会福祉法人会計基準では、サービス活動増減、サービス活動外増減、特別増減に最大区分され、学校法人会計も同様に、教育活動収支、教育活動外収支、特別収支に3 区分される。また上からの 2区分については、小計として経常増減差額が表示される。そして貸借対照表/純資産の部への組入額が表示され差引かれた後、ボトムラインにおいて当期活動増減額(学校法人会計では基本金組入前当年度収支差額)が表示される。  

 こうした表示基準により達成される会計の基本目的として、各区分の表示要素により、用役提供努力・成果の査定が可能となる。そしてボトムラインには、繰越増減額が設定されて(ただし基本金等組入後の価額)、財務的生存力に対する当期の貢献度合を査定することができる。  

 そして企業会計では、わが国の損益計算書における営業・営業外・特別の3区分が、本類型と近似した様式である。また、当該計算書では 営業損益と営業外損益が合計されて経常損益が表示されるが、同様に社会福祉法人会計では経常増減差額、学校法人会計では経常収支差額が表示される。

3 インフロー/アウトフローの2区分とする表示基準

 類型化ができる表示基準の第3番目は、フロー計算書において、インフローとアウトフ ローの2区分とする表示基準である。  

 当該表示により達成される会計の基本目的として、ボトムラインの当期純資産変動額が財務的生存力に対する当期の貢献度合を査定する指標となる。またアウトフローが一括表示されるため、用役提供努力の査定が他の2類型と比べて容易となる。他方で、活動業績のボトムラインが表示されないこと、企業会計/損益計算書との近似性が無いことがデメリットとなる。  

 これと近似する表示様式として、国際公会計基準審議会(IPSASB)の規定では、インフローの区分において、経常的な活動によって生じるインフローと長期的な活動の遂行に作用するインフローが表示される。またアウトフローの区分においても、インフローと同様に峻別表示される。そして、最終ボトムラインには当期純資産変動額が表示され、これが貸借対照表/純資産の部/次期繰越活動増減差額と連携する。


Ⅳ 非営利組織会計の基本目的を達成する統一表示基準の目標仮説設定

 以上により、諸非営利組織会計のフロー計算 書および貸借対照表の表示基準が3タイプに類型化された。そこで、企業会計との統一化を指向した非営利組織会計の統一表示基準を措定するため、会計の「基本目的」達成の観点から妥当と考えられる類型を選択し、当該類型を表示基準の目標仮説とする。

1 本業・本業外・特別収支の3区分とする表示基準の問題点

 上述のとおり、社会福祉法人および学校法人会計のフロー計算書は、企業会計/損益計算書の3区分(営業損益・営業外損益・特別損益)と近似した様式である。  

 当該表示基準に内在する問題点は、特別収入の区分において、資産売却差益と施設整備寄附金・補助金とが同時に表示されることである。 即ちここでは、当期の活動業績となるフローと将来に拘束されるフローとが混在表示される。本業・本業外・特別収支の3区分は、経常性の有無により峻別されるものであり、固定資産売却益が特別収支に表示されることに問題はない。しかし施設整備寄附金・補助金は、毎期経常的に生じる拘束的フローであり、本業に係る増減の部に表示されるべき項目である。即ちここでは、拘束性がありかつ経常性を具備する寄附金・補助金収入が特別収支の区分に表示される。他方でこれを本業収支の区分に含めると、当期活動フローとの混在が生じることになる。  

 また本区分の別の問題として、活動成果の一部価額が貸借対照表に組入れられるため、ボトムラインにおいて、財務生存力に対する当期貢献度合の査定能力が減衰する。即ち基本金などが組み入れられた後の残存価額には、当該査定機能の希薄化が生じるのである。

2 イン/アウトフローの2区分とする表示の問題点

 この表示基準は、すべてのインフロー、即ち当期活動インフローと拘束的インフローを一括表示し、同様にすべてのアウトフローを一括表示する様式である。会計の基本目的である用役提供努力の査定においては、アウトフローを一括表示する当該様式が有用となる。これに対し当期活動アウトフローと拘束的アウトフローの間に拘束的インフローが入れば、用役提供努力の全体像が捉えにくくなる。  

 ただしデメリットとして、当期活動のインフローとアウトフローが分離して表示されるため、当該差額による活動業績の査定が達成できない。 一般に、活動業績のフロー計算書ではインとアウトの差額が情報利用者の意思決定の対象となる。ところが本表示では、当期の活動業績を表す差額が表示されないことになる。   

 また、企業会計の表示基準との近似性において、イン/アウトフローの2区分表示は、資金収支計算の要請から様式が形成された政府会計 /歳入歳出計算書と同様であり、企業会計との表示基準統一化を目途とする場合には、他の表示類型に劣る要素となる。

3 基本目的を達成する統一的表示基準の目標仮説

 以上により、本業・本業外・特別収支の3区分とする表示基準、およびイン・アウトフローの2区分とする表示基準につき、統一的表示基準として必ずしも妥当といえない論拠が示された。これに対して、残る公益法人会計の様式によれば、以下のような優位性が確認できる。

  • アウトフローの殆どは一般正味財産増減の部において表示されるため2) 、用役提供努力の査定が、社会福祉・学校法人会計基準(本業・本業外・特別の3区分)よりも容易である。

  • 社会福祉・学校法人会計では、貸借対照表へ拘束的フローが組入れられるため、ボトムラインにおいて財務的生存力への貢献度合査定ができない。公益法人会計基準では、フロー計算書のボトムラインに貸借対照表組入額が含まれている。

  • 公益法人会計基準における2つのボトムライ ンは、当期活動業績とそれ以外の区分であり、 IASB が規定する「純損益及びその他の包括利益計算書」と近似した区分である3)

 こうして、明らかとなった公益法人会計基準の利点を勘案し、これをベンチマークとすれば、 非営利組織会計の統一表示基準措定を図ることができる。会計研究における結論導出においては、問題点に対する「当為」とその「根拠」の提示が重視され、当該妥当性を示すためにまず目標仮説が設定される(徳賀[2012a]、1 頁)。 即ち、設定された目標仮説に当為が含意される。 そして、当為の根拠について規範演繹的に考察することで4)、必然的な目標仮説正否の結論が導き出される。  

 そこで本考察においては、公益法人会計基準をベンチマークとする非営利組織会計表示基準の統一化を指向した表示基準について、当為が含まれた次のような目標仮説が設定できる。


 (目標仮説)フロー計算書において、当期業績 フローおよび拘束的フローの2区分とし、各合計額を貸借対照表/純資産の部と連携させて表示することにより、非営利組織会計の基本目的を達成しかつ企業会計との近似性を備えた表示基準とすることができる。


Ⅴ 非営利組織会計と企業会計の表示基準の整合化

 以上により、企業会計との統一化を達成する表示基準の目標仮説として、IASB の規定と近似した2区分表示するとする案が示された。本節では、当該仮説(その基底に「当為」と根拠が存在する)の妥当性につき、規範演繹的考察によって検証を行う(本節では、引用のみの注釈については文中にカッコ書きで記している)。

1 非営利組織会計/フロー計算書における2区分化の妥当性

 本目標仮説は、非営利組織会計の基本目的を達成しかつ企業会計との表示の統一化を指向するために、当期業績フローと拘束的フローの2区分表示が妥当とする。これは、わが国の公益法人会計基準に近似する内容であり5)、当該表示基準によって財務的生存力維持に対する当期の貢献度合の査定、および用役提供努力・成果査定の基本目的を達成することができる。  

 R.N.Anthonyによれば、非営利組織における収益と費用の差額は、活動業績を端的に表す指標となり得る(Anthony[1989], p.31)。ただし当該差額に伏在する問題として、拘束的インフローを含めなければ僅少価額となるケースが起こり得る。つまり、次期に繰延べられるフローについても財務的生存力維持に資する価額となるため、2つの区分を同時に表示しなければ、当該査定が達成できないと考えるべきである。  

 したがって、目標仮説の2区分のうち当期業 績フロー区分において、用役提供努力・成果の査定が可能となるものの、当該ボトムラインの機能については、財務的生存力維持の目安を提供することに止まる。非営利組織会計の基本目的を達成するには、当期業績フローと拘束的フローの2区分を同時に表示することが妥当と判断される。

2 企業会計における「2計算書方式」適用の議論

 こうした、当期業績フローのボトムライン表示の是非の問題点につき、これと関連した議論が企業会計においても展開された経緯がある。 それは、IASBやわが国企業会計基準委員会における、ツーステートメント・アプローチ(以下、2計算書方式)とワンステートメント・アプローチ(以下、1計算書方式)の選択の議論である。当該議論の焦点は、当期業績フローとそれ以外とを如何にして表示するかにあるため、その考察プロセスと導出結論を参酌すれば、本考察における2区分表示計算書の妥当性検証(即ち目標仮説の検証)が可能となる。  

 周知のとおり、IASB における企業会計の制度設計は、資産負債アプローチを前提に進められ、ここから演繹的に基準設定されたフロー計算書は、損益項目を「純利益」の区分、公正価値で評価された資産・負債の未実現損益項目を「その他の包括利益」の区分に表示する。そして、当該表示基準設定においては、まず1計算 書方式への一本化が検討され、しかし純利益と包括利益を区別する2計算書方式を選好する関係者が多かったことから、両者の選択が認められた経緯がある6)。  

 またわが国でも、企業会計基準委員会における平成22年会計基準の公開草案に対するコメントのなかで、1計算書方式において包括利益が強調され過ぎることへの懸念から、純利益と包括利益が区分される2計算書方式を支持する多数の意見が表明されている(企業会計基準委員会 [2012]、10頁)。しかし他方で、一覧性、明瞭性、理解可能性等の点で1計算書方式を支持する意見も存在した。そこで委員会は、いずれの計算書方式によっても包括利益の内訳内容は同様であることから、選択制によって比較可能性は損なわれないと判断した。  

 以上のように、企業会計の表示基準設計においては、包括利益一元化(業績報告書からの純利益の排除)が推進されながらも、ボトムラインである包括利益が強調され過ぎること、および当該計算書における表示区分・項目の議論が十分でないことを事由に、当該一元化が回避されている(藤井[2007]、148-153頁)。即ち IASB では、既存の財務諸表体系を基本的に維持したまま、その他の包括利益の構成項目と包括利益 を表示する包括利益計算書を追加する形で、基準準拠の業績報告書が設定されたわけである (藤井[2007]、153頁)。

3 IASB の議論の非営利組織会計への適用

 以上に説明されたIASBにおける純利益とその他の包括利益の表示に係る議論は、本考察における統一的表示基準の目標仮説(当期業績フローと拘束的フローの2区分化)の検証において、 援用が可能と考えられる。いずれも、当期業績フローとそれ以外との区分表示において生じる問題が考察焦点となるためである。  

 IASB の議論では、新たに設定されたその他の包括利益の区分がもたらすインパクトが議論の中心である。そこで、当該議論における結論導出の論拠を明らかにできれば、これを本考察の目標仮説検証に援用できる。即ち、非営利組織会計の統一的表示基準の当為(ここでは目標仮説)に対し、IASBが示した論拠を援用して検証を行えば、規範演繹的な結論導出が可能となるのである。  

 上記のとおりIASBが導出した結論である「選択方式」採用の論拠の要諦は、1計算書方 式導入による包括利益強調化の回避にある。そこで当該論拠を非営利組織会計における2区分表示適用の問題に援用すると、ここでは、当期 業績フローのボトムラインの強調化が懸念事項となる。現行の諸非営利組織会計では、ボトムラインに表示される当期純資産変動額が重視されるため、1計算書方式によって当期業績を示すボトムラインが新たに追加されると、そこに焦点が集まる懸念が新たに生じる。  

 しかし他方で、2計算書方式を採用した場合には、別の問題が顕在化する。非営利組織は利益獲得を第一義としないため、当期業績インフ ローが僅少額となる可能性が企業会計と比べて高い。そのため、2計算書のうち一方である当期活動フローの計算書のボトムラインにおいて、財務的生存力の査定機能が備わらない事態が起こり得る。拘束的フローの総額が当該計算書に反映されないためである。これに対し1計算書 方式によれば、その下段に寄附金・補助金などの拘束的フローが表示され、財務的生存力の査定が可能となる。  

 以上より、1計算書方式を導入すると、追加ボトムラインへの注目度の移行が懸念事項となる。他方、2計算書方式とすれば、当期活動フローの計算書のボトムラインが少額となり、財務的生存力査定に資する情報となりにくい。さらに、意思決定有用性の観点からは二次的と見られる活動業績のボトムラインが、強調化懸念の対象となる。したがって、1計算書、2計算書のいずれを選択しても、問題が回避されないことになる。

4 非営利組織会計表示基準における1計算書方式の妥当性

 以上のように、目標仮説で示された2つのフ ロー区分を1計算書方式で表示すれば、既存の当期純資産変動額よりも、新たに設定された当期業績フローのボトムラインの強調化が懸念事項となる。他方で2計算書方式とすると、当期業績フローの計算書において、財務的生存力査定が達成されない可能性がある。  

 ここで、IASBにおける計算書方式選択の議論に立ち戻ると、問題の根源は純利益とその他の包括利益の異質性にあり、情報利用者の意思決定の混乱を避けるために2計算書方式が案出されたと考えられる。ただし、包括利益表示の強調化への懸念に対しては、包括利益が「最終ボトムライン」であることに留意すべきである。即ち、従前は純利益がボトムラインであったところに、新たな会計観(資産負債アプローチ)に基づく価額が最終ボトムラインとして表示されるため、そのインパクトが大きかったと推察できる。  

 これに対し、本考察の目標仮説から導出されるフロー計算書では、当期業績フローおよびボトムラインが上段に表示される。そして最もインパクトがある最終ボトムラインには、従来どおり財務的生存力の査定に資する当期純資産増減額が表示される。したがって、IASB が規定 する1計算書方式との比較において、新たなボ トムラインが設定される影響は僅少と判断できる。むしろ当該区分の表示により、用役提供努力と成果が対応的に表示され、活動業績の査定が容易に達成されるメリットが新たに生じる。  

 さらには拘束的インフローについても、2計算書方式を前提に個別の計算書に表示する意義に乏しいと判断できる。なぜなら寄附金・補助金は、使途制約が含まれる場合でも、法的権利が出資者から組織に移転する点で、企業会計の払込資本および負債とは本質が異なる。即ちこれらは、活動コストと間接的に対応する、収益的性質を具備した純資産増加額と見ることができる7)。したがって、当期業績フローと使途制約がある寄附金・補助金には同質性が存在し、そのため1計算書方式として一体化表示することが可能と判断される。  

 以上に示された論拠により、上段に当期業績 フローが表示され、下段に拘束的フローが表示されて、最終ボトムラインに当期純資産増減額 が表示される1計算書方式の表示基準が、非営利組織会計において妥当とする結論が導き出さ れる。即ち、フロー計算書において当期業績フローと拘束的フローの2区分表示とし、各ボトムラインを貸借対照表/純資産の部と連携させる。これにより、企業会計の財務諸表表示基準 (ここではIASBが規定する基準)との統一化を指向し、かつ非営利組織会計の基本目的を達成するような、財務諸表表示基準が措定される。


Ⅵ おわりに ―考察の結論―

 以上のとおり本考察では、企業会計との統一化を勘案した非営利組織会計の統一的表示基準につき、目標仮説の設定と規範演繹的考察が行われ、当該仮説が妥当であると結論付けられた。即ち、フロー計算書(1計算書方式)において当期業績フローおよび拘束的フローの 2区分表示とし、各合計額を貸借対照表/純資産の部と連携させることにより、非営利組織会計の基本目的を達成しかつ企業会計との近似性を備えたが表示基準とすることができる。

 措定された表示基準は、活動業績のフローとそれ以外のフローを峻別する点から、IASB が規定する表示基準と同様の様式である。当該様式によれば、企業会計に倣い、資産負債アプローチと収益費用アプローチとが混合した測定基準が非営利組織会計に採り入られた場合でも、確定した諸勘定を計算書に誘導することができる。即ち、企業会計をベンチマークとして測定基準および表示基準が調整されれば、諸勘定を当期業績フローと拘束的フローの2区分の計算書に誘導・表示することができる。こうして、企業会計と非営利組織会計の統一化が達成されることになる。


[注]

1)詳細については、日本公認会計士協会[2013]、1頁参照。

2)「指定正味財産増減の部」に表示されるアウトフローは、基本財産評価損、特定資産評価損などに限定される。したがって「一般正味財産増減の部」のみにおいて用役提供努力の 査定がおおむね可能となる。

3)R.N.Anthony は、株主持分に焦点を当てた企業会計の概念フレームワークとの脈絡を保ちつつ非営利組織会計の規定を設定するのは容易でないとしながら、他方では持分維持の成 功可否の情報が共通の焦点と考える (Anthony[1984]・佐藤訳[1989]、117頁)。

4)会計研究では、目標仮説から経験に頼らず特定の理論から演繹的な推論のみで論理的に必然的な結論に到達しようとする規範演繹的研究と、目標仮説と帰納的に観察された事実と の乖離の大きさを指摘してその解決策を提示する規範帰納的研究の、いずれかによって必 然的な結論が導出される(徳賀[2012b]、 144頁)。

5)藤井[2010]では、基準統一化において、情報提供・市場規律主導型の会計基準として再設計されるべきと考え、FASB基準(SFAS116S および FAS117)、およびこれを援用したわが国の公益法人会計基準をモデルとした統一化を提案する(藤井[2010]、29-32頁)。

6)IASB がこうした措置に至ったのは、単一の業績報告書の導入を放棄したからではなく、当該方針に対する懸念や慎重論に配慮したことによる。こうした経緯の詳細は、藤井 [2007]、149-152頁参照。

7)藤井[2004]では、非営利組織における寄附金収入の収益性をめぐるAnthony と FASB の論争が分析され、FASB が資産負債アプローチに立脚し、これを包括利益と捉えていることが説明されている(藤井[2004]、99 -100頁)。


[参考文献]

Anthony, R.N.[1984], Future Direction for Financial Accounting, Dow Jones-Irwin, 佐藤倫正訳[1989]『アンソニー財務会計 論』白桃書房。

――――[1989], Should Business and Nonbusiness Accounting Be Different ?, Harvard Business School Press.

企業会計基準委員会[2012]「企業会計基準第25号 包括利益の表示に関する会計基準」企業会計基準委員会。

徳賀芳弘[2012a]「規範的会計研究の方法と貢献」、日本会計研究学会第71回全国大会 統一論題報告資料。

――――[2012b]「会計基準における混合会計モデルの検討」『金融研究 /2012.7』。

日本公認会計士協会[2013]「非営利組織の会計枠組み構築に向けて」非営利法人委員会研究報告第25号。

藤井秀樹[2004]「アメリカにおける非営利組織会計基準の構造と問題点- R.N. アンソニーの所説を手がかりとして-」『商経 学叢』第50巻第 3 号。

――――[2007]『制度変化の会計学―会計 基準のコンバージェンスを見すえて―』中央経済社。

――――[2010]「非営利法人会計における会計基準統一化の可能性」『非営利法人研 究学会誌』VOL.12。

(論稿提出:平成27年11月28日)







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