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《査読論文》非営利組織会計の純資産区分に関する試論―財務的弾力性の観点から― / 佐藤 恵(千葉経済大学准教授)

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千葉経済大学准教授  佐藤 恵


キーワード:

非営利組織会計 純資産区分 財務的弾力性 財務的生存力       

非拘束 自己拘束


要 旨:

 本稿の目的は、財務的弾力性の適正表示を第一義と仮定する非営利組織会計の純資産区分 の検討にある。財務的弾力性の定義は、財務的生存力概念のストック面に萌芽が見出せるも のの、字義的には企業会計の概念書から導入されている。第一に、企業会計の財務的弾力性 の議論を参照し、非営利組織会計の文脈に照らして解釈した。財務的弾力性の評価には、資 産と純資産の両面から、資源が投下されている資産の拘束性の情報が必要視される。第二 に、近年JICPAとFASBが提案した純資産区分を検討した。とくに一時拘束区分と自己拘 束区分を画するには、純資産情報のみならず資産情報が必要であった。そして、公益法人会 計基準のように純資産と資産を対応させることで、永久拘束・一時拘束・自己拘束・非拘束 に区分され、財務的弾力性を適正に表示すると結論した。最後に、仮に当該表示方法を他の 非営利組織会計に導入するならば、法人形態ごとに異なる資産の区分のあり方を許容する必 要性に触れた。


構 成:

I  はじめに

II 財務的弾力性概念の変遷

III 財務的弾力性概念の原義

IV 純資産の拘束区分の検討

Ⅴ おわりに


Abstract

 This paper aims to examine the net asset classification requirements of nonprofit accounting for the most basic objective which assumes the proper presentation of financial flexibility. Financial flexibility definition emerged as a stock side of ʻfinancial viabilityʼ concept. However, it literally seemed to be introduced as concept frameworks for corporate accounting. First, this paper interprets the discussion about financial flexibility of corporate accounting in the context of nonprofit accounting. We need to provide the information about invested assets from both debt side and credit side if we want to assess the financial needs. Second, this paper outlines the net asset classification requirements in the proposed AICPA drafts and FASB standards update. Especially, extracting temporary class and self-restriction class need not only net asset information but also asset information, and we conclude that adding net asset classification to asset classification is the better way to present financial flexibility properly because of the four classifications such as ʻPermanentlyʼ, ʻTemporarilyʼ, ʻSelf-restrictionʼ and ʻUnrestrictedʼ. Finally, we tackle the permission of the presence of different asset classification that each organization adopts.


※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。

 

Ⅰ はじめに

 現在、日本において非営利組織会計統一化に向けた議論が高まりをみせている。統一化にあたっての主要論点の一つに純資産区分がある。 2013年に日本公認会計士協会(以下、JICPA) が公表した非営利法人委員会研究報告第25号 「非営利組織の会計枠組み構築に向けて」(以下、 JICPA報告)では、純資産を非拘束(Unrestricted)・ 一時拘束(Temporarily)・永久拘束(Permanently restricted)の三つに区分する方法が提案されて いる(Ⅴ4⑶)。当該提案は、米国財務会計基準 審議会(以下、FASB)が公表した概念書第6号 「財務諸表の構成要素」(以下、SFAC6)や基準書第117号「非営利組織の財務諸表」(以下、 SFAS117)が掲げる三区分を想起させる。  

 他方、FASB が2015年に公表した公開草案「会計基準改訂に関する提案:非営利組織(Topic 958)及びヘルスケア事業体(Topic954)、非営利組織の財務諸表表示」(以下、ED[2015])では、 現行基準が採用する三区分を棄却し、寄付者非拘束純資産(net assets without donor restriction)と 寄付者拘束純資産(net assets with donor restriction) の二区分への改訂を提案する(pars.5, 16)。これは、一般正味財産と指定正味財産という二区分を導入する日本の公益法人会計基準を髣髴させる1)。  

 揺らぐ純資産区分のありようを検討するにあたり、財務的弾力性(financial flexibility)という会計概念に着眼する。 なぜなら、それはJICPAとFASB の両提案において純資産区分の伴概念と位置付けられるからである。たとえば、JICPA 報告では、「非拘束純資産が純資産 全体に占める割合は、財務的安定性、財務的弾力性を示す指標となる」(Ⅴ4⑶②)として、純資産区分の意義が語られる。ここで「財務的弾力性とは、法人が自ら保有する資金について、 支出の金額とタイミングをどの程度自由に操作できるかという程度をいう。財務的弾力性が高いと予測不可能な支出に対応することができる。すなわち、非拘束純資産が多額の場合は、財務的弾力性が高くなる」(JICPA 報告、注69)。なお、 当該記述は、SFAS117における財務的弾力性の定義(fn.3)を平易に意訳したものである(後述)。

 ED[2015]もまた「寄付者拘束の有無とその性質に基づく情報は、一般に財務的弾力性およびサービス提供継続能力を含む非営利組織の財務状態について適切な理解を得るのに必要とされる」(BC95)という。なお、ほぼ同様の記 述は SFAS117(par.98)にも散見される。  

 本稿では、第一に、純資産区分の根拠として用いられる財務的弾力性概念に関する先行研究の整理を通じて、当該概念の分析視角を抽出する。第二に、得られた分析視角に照らして純資産区分を巡る議論を整理し、検討する。それを踏まえ、非営利組織会計の統一化を所与として、財務的弾力性の評価に資するストック表現について若干試論する。なお、本稿の試みは、財務的弾力性の適正表示を第一義と仮定したストック情報のありようを検討する思考実験であることに留意されたい2)


Ⅱ 財務的弾力性概念の変遷

 非営利組織会計における財務的弾力性概念の萌芽は Anthony[1978]が唱えた財務的生存力(financial viability)の定義に見出せる。Anthony [1978]は、財務的生存力をストック情報とフロー情報の両面から検討する(若林[2002]22頁、 26頁)3)。ここでストック情報に関する記述に目を向けると、「非営利組織の財務的生存力は、 支払能力や流動性という通常テストのみならず、(略―筆者)資源移動可能性(resource transferability)の程度によって示される」(Anthony[1978]p.48)。資源移動可能性とは「非営利組織が資源を多用途に利用する自由をあらわす。使途制約のある 資源の割合が高ければ、方針転換や新たなニーズへの対応が困難」(p.49)と説明される。すなわち、非拘束資源と拘束資源の割合をもって評価される資源移動可能性は、支払能力や流動性とともに財務的生存力をストック情報から評価する一指標と捉えられる。  

 とすると、資源移動可能性の定義は、資金 (資源)の拘束性表示が予測不能な支出(ニーズ) に対応する企業の能力を示すと解釈する点において、上述した財務的弾力性の定義と通底する (図表1参照)。なお、若林[2002]は、資源移動可能性を「使途の弾力性」(18頁)と意訳する。  

 財務的弾力性という用語が純資産区分の根拠として用いられたのは、SFAS117の素案として1992年に公表された公開草案「非営利組織の財務諸表」(以下、ED[1992])が、筆者の知る限りにおいて最初である。当該文書およびそれに続く SFAS117における財務的弾力性の定義の前段部分(ともに fn.3)は、企業会計の概念書「企業の財務諸表の認識と測定」(以下、 SFAC5)における財務的弾力性の定義(fn.13) とほぼ一致することから、企業会計から移植されたと解される(図表1参照)。事実、ED[1992] のたたき台として1989年に公表されたFASBコメント募集「非営利組織の財務報告:財務諸表の様式と内容」(以下、ITC[1989])では、流 動性とともに財務的弾力性という用語が SFAC5から引用されている(par.36)。図表1を用いて整理すると、現在、純資産区分の根拠として用いられる財務的弾力性は、財務的生存力のストック評価の一つである資源移動可能性と同義と措定できる(「具体的評価」網掛部参照)。しかし、当該概念は、文言上、企業会計におけ る財務的弾力性の定義と同様に説明されている (「概念説明」網掛部参照)。  

 企業会計上の財務的弾力性の定義は、1980年に FASB が公表した討議資料「資金フロー、 流動性および財務的弾力性の報告」(以下、DM [1980])における財務的弾力性に関する詳細な検討を踏まえたものである4)。当該文書は、 キャッシュ・フロー計算書の導入を念頭に、その論理的背景となる資金概念を整理したもので、従前の財務諸表体系の不備を指摘する内容を含むものである。そして、財務的弾力性の概念整理にあたってはDonaldson[1971]が提唱した財務的移動性(financial mobility)を参照した旨を記載する(DM[1980]p.107)。よって、以下、本稿では Donaldson[1971]の財務的移動性を財務的弾力性と同義に扱い論理展開していく。 なお、Donaldson[1971]は、既存のファイナンス用語たる弾力性(flexibility)に対して、新たな定義を付加した用語として財務的移動性を提唱した(pp. 7-8)。つまり、DM[1980]は、財務的移動性の概念を踏襲しつつ、当該概念をあらわす用語としては(より一般的な)財務的弾力性を採用したことになる。図表 2はFASB公表文書を中心に財務的弾力性の変遷を整理したものである。


図表1 「資源移動可能性と財務的弾力性の定義」

抜粋:Anthony[1978]p.48;JICPA 報告、注69;SFAS117, fn.3;SFAC5, par.24a, fn.3



図表2 「FASB公表文書を中心とした財務的弾力性概念の変遷」

参照:Anthony[1978]; SFAC4; SFAC6; ITC[1989]; ED[1992]; SFAS117; ED[2015]; Donaldson[1971]; DM [1980]; ED[1981]; SFAC5[1984]



Ⅲ 財務的弾力性概念の原義

 次に、財務的弾力性の原義をDonaldson [1971]と DM[1980]に求め、非営利組織会 計に照らして整理する。Donaldson[1971]は、財務的移動性の源泉となりうる資源が貸借対照表に適正に表示されないという問題を浮き彫りにする。

 財務的移動性は「一形態から他の形態へ経済的資源の変化の割合に影響を及ぼす能力、つまり一定時点における資源の組合せを決定する能力」と定義される。これは「将来において経営者の行動をサポートする可能性のある資源」 (資源の代替可能性)に注意を向かせるため、フローにも着目した概念という特徴がある。換言すれば、経営計画期間にわたる(within planning horizon)資金アウトフロー(特定の用途に転換された購買力)と資金インフロー(特定の用途から解放された購買力)の均衡を探ることで、結果的に企業の資源を特定の用途に拘束される資金と拘束されない資金に再配分する、というマネジ メントのあり方に着眼している。当然ながら、財務的移動性概念の関心は、拘束資金ではなく、非拘束資金の洗い出しにある(Donaldson[1971] pp.56-57, 60)。なお、この関心は、(図表1で示した)非営利組織会計上の財務的弾力性の定義にみる具体的評価と整合する。  

 通常、ストック計算上、資源は拘束・非拘束 の二区分で把握される。しかし、財務的移動性の源泉となりうる資源を算定するには、フローの可能性を加味した次のような三区分が必要とされる。①特定化され(specialized)、かつ、移動性(mobile)のない資源、②特定化され、かつ、移動性のある資源、③特定化されず、かつ、 移動性のある資源。ここで〈特定化〉とは、資源が利益創出目的のために特定の用途への資金が拘束されており、よって代替的用途へ転換できない状態をいう。また、〈移動性〉とは、経営計画期間内における現実的または潜在的な代替的用途への利用可能性をいう。財務的移動性に相当する資源は②と③である(Donaldson[1971] pp.64-65)。図表3(Donaldson[1971]Exhibit3B 参 照)で示すように、〈特定化〉は財務的移動性の程度をあらわし、〈移動性〉は財務的移動性の範囲を画するものである。  Donaldson[1971] は、(当時の企業会計の) 貸借対照表が〈特定化〉の程度を適正に表示しないと批判する。貸借対照表上、特定化される資産は、代替的用途への転換が容易でないため、 非流動性資産に分類される。他方、特定化されない資産は、代替的用途への資金の転換が可能であるから、流動性資産として表示される。しかし、実際には、非流動性資産のうちには、容易に代替的用途へ転換可能な資産(例えば、中古市場が確立している機械設備)が存在し、同様 に、流動性資産であっても、経営計画上容易に代替的用途へ転換できない資産(例えば、現金) が存在する(Donaldson[1971]pp.60-62)。つまり、資産形態とそれが一般に示す資金の拘束状態の不一致が、貸借対照表で財務的移動性が適正に表示されない要因とされる。  

 たとえば公益法人会計基準(注解注4)における基本財産や特定資産の区分表示および SFAS117(par.11)が要請する長期目的で拘束される現金の区分表示などを鑑みれば、非営利組織会計には資産側において〈特定化〉の程度を適正に反映する土壌が存在するといえる。また、この指摘は、流動性の表示問題とも捉えら れる。なお、Donaldson[1971]は、流動性を財務的移動性の重要な下位概念と位置付け(p.7)、DM[1980]も同様に、流動化情報が財務的弾力性の評価に有用と指摘する(par.18)。  

 次に、〈移動性〉に関して考察すべく次の具体例を参照する。DM[1980]によると、企業が代替的用途に活用可能な資金を得るには、収益を獲得するか、それ以外の資金源泉に依拠する必要がある。それ以外の資金源泉には、企業の外的源泉と内的源泉が存在する。外的源泉の具体例としては「予定される資金提供」や「潜在的な資金提供」(追加的な借入や増資等)、内的源泉の具体例としては「非営業資産や分離可能資産の流動化」および「計画された営業活動や投資活動の変更」に伴う資金フローの増加(留保)が挙げられる。これらは財務的弾力性の源泉と位置付けられる(par.252)。  

 非営利組織会計に引き寄せて考えると、財務的弾力性の外的源泉の具体例は「追加的な借入、 寄付、私募債の発行」になろう。しかし、かような将来情報は会計数値で表現できない。これが財務諸表を用いた財務的弾力性評価の限界に相当する5)。他方、財務的弾力性の内的源泉の具体例は「基本財産以外の資産の売却」や「事業の変更」に伴う資金フローの増加、と解釈されよう。会計数値が示しうるのは、かような内的な資源の移動性に関する情報である。すなわち、現在拘束されている資源を(売却や再投資のために)いったん拘束解除する可能性を示唆する情報である。しかし、非営利組織では、拘束解除が寄付者などの組織の外部の意思に基づく場合がある。それを踏まえると、非営利組織のストック情報から財務的弾力性の内的源泉を探るには、次の二つの情報が必要である。一つは、拘束解除の可能性を推測するのに役立ちうる資産(借方)側の情報であり、もう一つは、 拘束解除の主体にかかわる純資産(貸方)側の情報である。図表4は以上を整理したものである。


図表3 「ストック情報にみる財務的移動性の源泉」

参照:Donaldson[1971]pp.64-65, Exhibit3B



図表4 「非営利組織における財務的弾力性の源泉の特性および情報源」

参照:Donaldson[1971]pp.60-65; DM[1980]par.252



Ⅳ 純資産の拘束区分の検討

 前節の検討を所与として、JICPA 報告と ED2015の両提案をたたき台に純資産の拘束区 分の特徴を整理し、さらに近年改正された公益法人会計基準と照らし合わせて検討する。最後に、財務的弾力性の評価に資する純資産の拘束区分について若干試論する。

1 純資産の拘束区分にみる財務的弾力性の反映

⑴ 一時拘束区分の識別

 JICPA は、2015年に公表した「非営利組織の財務報告の在り方に関する論点整理」(以下、 JICPA論点)において、使途制約のある資源6) を「費用的支出や償却性資産の形で利用(費消)されるものとして指定され、利用に応じて拘束が解除されることが予定された資源」(以下、一 時拘束資源)と「資源提供者との合意や法規制 に基づき、永久に保持することが要請される資源」(以下、永久拘束資源)に分類し( 8 .6 項)、「組織の継続的活動能力を表す観点からは、資源拘束の時間軸の違いを貸借対照表上明らかにするため」(8 .8 項、傍点―筆者)、各々の資源を区分する方法を提案している。  

 ここで一時拘束と永久拘束を識別する資源の拘束解除の有無に着目すると、それは、資金が投下(拘束)された資産の性質(償却性や費用性 など)に依存する。たとえば、寄贈された土地や文化資産は永久拘束資源に、特定の事業で費消される寄付や助成金または補助金は一時拘束資源に分類される(JICPA 論点、8 .6 項参照)。つまり、資産(借方)側の情報に基づいて一時拘束と永久拘束の区分がきまる7)。なお、ここ で例として挙げた一時拘束資源は、目的拘束 (SFAC6, par.99)に相当する。  

 次に、一時拘束と非拘束の識別に目を転ずる。 非拘束資源には、経営計画上、容易に代替的用途に利用できない資金、たとえば特定の事業に費消する予定の手許現金などが含まれる。こうした資源は、資産の側において、特定の事業に対して提供される寄付や助成金(一時拘束資源) と区別されない。なぜなら、両者は資産形態を同じくし、ともに拘束解除を予定するからである。ITC[1989]は、特定の事業に対して提供 された寄付を例にとり、その資産形態が組織にとって予期せぬ損失補填の誘因となりうると指摘する。その上で、当該資産の代替可能性、ひいては組織の流動性を適正に表示するために、 資産側に拘束区分を適用する代替案を検討している(pars.66-72)。  

 この例は、組織の外部の意思の有無により区分する純資産(貸方)側の情報の必要性を示すものである。かような資源は、その拘束を解除 する主体(組織外部または内部)に基づき、代替 的用途への利用可能性が判断される。図表5は 以上を整理したものである。一時拘束資源は、 資産側の情報をもって永久拘束資源と識別され、 純資産側の情報をもって非拘束資源と識別される。すると、結果的に財務的弾力性(財務的移 動性)の源泉の範囲から、一時拘束純資産相当額が除かれることとなる(図表 3 ・ 5 参照)。


図表5 「JICPA 報告における純資産の区分」

参照:JICPA 報告,V4(3)


⑵ 自己拘束区分の識別

 本稿の冒頭で触れたように、FASB は、現行基準の三区分を棄却して、寄付者による拘束の有無に基づく二区分を暫定的に提案している。その理由の一つとして、非拘束純資産の区分に契約・法律・その他による拘束が含まれない (without contractual, legal, or any type of restriction)と利用者が誤解することで、組織の財務的弾力性と流動性の評価を見誤る点に言及している。したがって、(現行基準の)非拘束純資産と(提案された)寄付者非拘束純資産の両者は、用語が異なるだけで、定義の内容は同一である(ED[2015]BC25)。

 ここで、その他による拘束とは、理事会など組織の内部による拘束、すなわち自己拘束を含む。FASB では、予期しない損失に備える任意積立金は、寄付者非拘束純資産に含められる。または、理事会指定純資産(board-designated net assets)という項目による内訳表示も認められる(ED[2015]par.10)。図表6は当該内訳表示をあらわしたものである(ED[2015]par.18参照)。

 「理事会指定純資産は、将来の計画、投資、 偶発事象、固定資産の取得や建設およびその他用途に充てられる」(ED[2015]par.5)ことから、資産側の情報をもって現在拘束状態にあることがわかる。この意味において、理事会指定純資産と無指定(Undesignated)の識別は、資産側の情報を反映したものといえる。そして両者の区別は、財務的弾力性(財務的移動性)の程度の違い(図表 3 の②③参照)を適正に反映すると評価される。なお、図表6に示すように、 FASB は、現行基準の一時拘束(Temporarily) に相当する区分を、目的拘束(Purpose restricted) と時間拘束(For periods after 20X1)にさらに区分する方法を例示する(ED[2015]Example1)。 時間拘束に相当する資金は、一定期間を過ぎれ ば非拘束資金となるため、財務的弾力性部分に該当すると考える。


図表6 「FASB[2015]における純資産の代替的区分」

参照:ED[2015]Example1


2 純資産と資産の対応の有用性 ―資産区分の重要性―

 しかし、FASB が純資産区分を改訂する最たる理由として「永久拘束区分と一時拘束区分を合わせることで複雑さを軽減する」(ED2015, BC25)と述べることからも明らかなように、図表6の区分はあくまで代替的方法に留まる。そこで、我が国の公益法人会計基準に目を転ずると、図表6の区分と近似した正味財産(純資産に相当する。)の区分表示が要請されていること に気づく。図表7は、公益法人会計基準(第2貸借対照表2)における正味財産の区分を図式化したものである。  

 周知のとおり、寄付者等による使途制約の有無で識別される指定正味財産と一般正味財産の区分には、それぞれ「基本財産からの充当額」 と「特定資産からの充当額」という資産の区分に対応した内訳が表示される。ここで基本財産とは「定款において基本財産と定められた資産」であり、拘束の解除を想定していない資産といえる。他方、特定資産とは「特定の目的のために使途、保有又は運用方法等に制約がある資産」であり、ある時期に拘束の解除を予定する資産と捉えられる(公益法人会計基準第2貸借 対照表2、注解注4)。  

 指定正味財産における資産区分に基づく内訳表示は、JICPA報告における永久拘束純資産 と一時拘束純資産の区分と同様である(図表5参照)。これは、前述のとおり、永久拘束と一時拘束を区分する判断が、結局のところ資産の情報(拘束解除の時期)に基づくことと整合する8)。また、一般正味財産における資産区分に基づく内訳表示は、FASB改定案における寄付者非拘束純資産の内訳表示(自己拘束と非拘束の資金を識別)と同様である(図表 6参照)。これも前述のとおり、非拘束純資産から理事会拘束純資産を抜き出す判断が、結局のところ資産の情報(現在の拘束状態)に基づくことと整合する。 岡村教授[2010]は、正味財産と資産の対応 (二重分類)の真の意義を自己拘束の識別に見出している(60頁)。  

 財務的弾力性の源泉の範囲に着目すると、正味財産と資産の対応によって、一般正味財産のうちに、拘束解除を予定しない資金(基本財産)の存在が示されることで、より適正に当該範囲を画することができる(図表7参照)。  

 最後に試論として公益法人会計基準の計算構造の敷衍性を若干検討する。当該基準では、純資産(正味財産)と資産を対応させることで、実質的に永久拘束・一時拘束・自己拘束・非拘束の4つに区分される(図表7参照)。仮に、他の非営利組織会計に当該構造をあてはめてみると、純資産に内書きされる資産項目が法人形態ごとに大きく異なることとなり、比較可能性が担保されないと懸念されるかもしれない。とくに法人形態によっては自己拘束や一時拘束の区分が複雑化すると考えられる。しかし、「特定の財貨・用役への拘束資金性を認識する範囲については、(略―筆者)それぞれの企業によって異なるのが当然であり、また、同一企業におい ても環境の変化などによって異なりうるものと思われる。また、短期的にみれば、拘束資金性が認識されるものであっても、長期的にみれば、それがある時点で自由選択性資金として認識されることもありうるはずである」(森田[1973] 39頁)9)。このように解することで、仮に法人形態ごとに異質な資産の区分との対応表示が許容 されるならば、拘束性(流動性)を適正に反映する資産区分のあり方を再検討する必要があ る10)。  

 なお、資産の区分との対応表示は、基金会計を想起させるかもしれない。ITC([1989] pars.63-64)は、貸借対照表への基金区分の導入を棄却した理由の一つとして、資産が基金目的以外に代替利用されないとの誤解を与え、資源移動可能性(transferability of resources)、すなわち財務的弾力性を適正に評価しないと指摘する。これは、資産側において適正な拘束性(流動性)の表現が求められることの証左と考える。


図表7 「公益法人会計基準における正味財産の区分」

参照:公益法人会計基準第2


Ⅴ おわりに

 本稿では、ストック情報における財務的弾力性の適正表示を検討するという思考実験を試みた。まず、純資産区分の伴概念とされる財務的弾力性概念の変遷を追った。財務的弾力性は、 Anthony(1978)が掲げた財務的生存力概念のストック表現にその萌芽が見出せるものの、直接的には企業会計の概念書から移植されたものと推知された。次に、企業会計における財務的弾力性の議論を辿り、非営利組織会計の文脈に照らした解釈を試みた。非営利組織の財務的弾力性の評価には、現在および将来の代替的用途への利用可能性に関する情報が必要視される。具体的には、資産側の情報として、資源が投下されている資産の拘束状態(流動性)および拘束解除の時期が求められ、純資産側の情報として、拘束を解除する主体が明示される必要があると整理した。それを踏まえ、近年JICPAとFASBが提案したそれぞれの純資産区分を検討し、実質的には、純資産情報のみならず資産情報を参照することで、とくに一時拘束区分と自己拘束区分を画することが判明した。最後に、公益法人会計基準のように純資産の区分と資産の区分を対応させることで、永久拘束・一時拘 束・自己拘束・非拘束の四区分が表示でき、さらに自己拘束を二区分することで、財務的弾力性の範囲と程度をより忠実に反映すると言及した。また、仮に当該表示方法を他の非営利組織会計に導入するならば、法人形態ごとに異なる 資産の区分のあり方をある程度許容する必要性に触れた。  

 本稿では、ストック情報を前提とした財務的弾力性の評価に焦点をあてた。しかし、財務的弾力性概念がフローの可能性を反映しようとする視点を有することに鑑みれば、フロー情報を用いた評価の検討が今後の課題として残されている。  

 企業会計では、概念書の開発を通じて、財務的弾力性評価の必要性は長きにわたり議論されてきたものの、いまだ具体的な評価方法は確立されていない11)。他方、非営利組織会計においては、簡素な文章ではあるものの、会計諸基準で財務的弾力性の評価方法が語られている。この異同が含意するところは、非営利組織会計の統一化、ひいては非営利組織会計と企業会計の統一化を議論する上で、何らかの手掛かりとなるかもしれない。


[注]

1)但し、基金を設定した場合、純資産は三区分 で表示される(公益法人会計基準注解 5 )。

2)岡村教授[2015]は、公益法人会計基準の財務三基準について「公益性判断基準そのものではなく、(略―筆者)税優遇判断基準である」(11頁)と述べられる。本稿では、財務的弾力性概念を分析視角とするため、当該基準に触れないことを申し添える。この点に関しては別稿を期したい。

3)先行研究では、Anthony[1978]におけるフロー計算に関する記述(pp.86-90)等を受け、財務的生存力を資本維持概念に置換して解釈されていることが多い(たとえば、若林[2002] 26頁)。他方、本稿は、ストック計算に関する記述を考察の起点として、財務的生存力と財務的弾力性の関係性に言及している。なお、同様の関係性に受託責任の観点を加え分析しておられる先行研究として日野教授[2009] [2003]が挙げられる。

4)FASB は、DM[1980]に関する公聴会の内容を受け、1981年にExposure Draft「企業 の利益、キャッシュ・フローと財政状態の報告」を公表し、財務報告の評価に有用な会計 概念の一つとして財務的弾力性を挙げて説明する(pars.25-28, 61, 106-111)。当該文書は SFAC5の素案に相当することから、SFAC5 の財務的弾力性は、DM[1980]を参照した ものと考えられる。

5)「企業の支払能力の維持は、その体質によるところが大きい。ヒースはこれを財務的弾力性(financial flexibility)と呼んでいる(略―筆者)。貸借対照表を見たところでは財政状態がよくなくても、いざというときに資金を調 達できれば、支払不能にならないからである。しかしそういう能力は会計数値としてどこにも出てこない」(中村[1997]315-316頁)。なお、Heath は、Donaldson[1971]を契機として、1978年に出版した『財務報告と支払能力の評価』で財務的弾力性概念を論述する。

6)JICPA は、法規制による拘束資源を、寄付者など資源提供者と同様、組織の外部要因に 基づく拘束資源と捉えて拘束純資産に区分する(JICPA 論点、8.12項)。なお、FASB では、 後述のとおり、契約・法律による拘束資源を 非拘束資源と看做している。

7)金子教授([2010]20-21頁)は、一時拘束と 永久拘束を区分する意義として、組織運営に不可欠な財産に対応して財産的基礎を構成する正味財産(純資産)を、他の正味財産と区分して表示する点を指摘される。

8)岡村教授[2010]は「指定正味財産対象資産は基本財産又は特定資産に掲げられ、永久 にあるいは特定目的が遂行されるまでの間、維 持すべき財産とされる」(59頁,傍点―筆者)と述べられる。

9)この知見は、「貨幣資本概念」(を前提とする名目資本概念と実質資本概念)と「物的資本概念」(を基礎とする実体資本維持説)の真の対立点が、「貨幣」と「物」という異質な資本概念ではなく、貨幣としての資本の拘束の範囲、 すなわち、拘束資金性および自由選択資金性の認識範囲についての見解の違いにある、との考察から導かれている(森田[1973]32-33 頁)。藤井教授[2010]は、公益法人会計基準における、正味財産と対応する基本財産・ 特定資産が、実物資本観(実体資本維持説)を前提とすると指摘されている(30-31頁)。

10)齋藤教授[2011]は、受託責任の明確化および組織のサービスの種類や水準の評価に資するとして、資産側の情報を重視される。そして、使途制約の有無による資産(借方)の 区分を基礎として、負債と純資産(貸方)を区分しない表示方法を提案されている(10- 13頁)。

11)国際会計基準審議会(以下、IASB)と FASB が共同作業した財務諸表の表示プロジェクトでは、2008年10月の公表文書において流動性および財務的弾力性評価の検討を基本目的の一つに掲げていた。しかし、2010年7月の公 表文書では、当該目的は除外された(小西 [2013]61-62頁)。また、現在進行中の IASBとFASBによるリース会計共同プロジェク トでは、提案されている使用権モデルの説明概念として財務的弾力性の記述が見受けられ るところである(佐藤[2013]21-22頁)。


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(論稿提出:平成27年11月30日)

(加筆修正:平成28年 5 月30日)


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