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  • ≪研究ノート≫同窓会誌情報を活用した大学と卒業生間の紐帯の強さの定量分析 / 津曲達也(九州大学大学院博士後期課程)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 九州大学大学院博士後期課程 津曲達也 キーワード: 大学同窓会 紐帯の強さ アフィリエーション・ネットワーク 大学同窓会誌 会合記録 定量分析 要 旨: 大学と卒業生のつながりに関する従来の研究は定性的なものであった。本研究は、大学同窓会を媒介とした大学と卒業生のつながりを、アフィリエーション・ネットワークと紐帯の理論に基づいて定量的に明らかにすることを目的とする。会合記録に欠損がみられなかった1960年代の大学の一同窓会を分析対象とし、同窓会誌に掲載されている会合記録の参加者氏名および開催日時の情報をもとに、大学関係者と卒業生の紐帯の強さを定量的に検討した。分析の結果、大学と卒業生の間の紐帯は全体的に弱いものの、卒業生は非会員である大学関係者よりも会員である大学関係者とより強い紐帯を維持して接触していることが明らかとなった。本研究は、卒業生の大学への資金援助行動の構造を解明するための土台を提供するものである。 構 成: Ⅰ はじめに Ⅱ 大学同窓会参加者間の紐帯の強さ Ⅲ 定量分析に向けた準備 Ⅳ 大学と卒業生との紐帯の強さの定義と定量分析 Ⅴ おわりに Abstract Previous research on the connection between universities and graduates has been qualitative. The purpose of this study is to analyze quantitatively the connection between a university and its alumni by examining the university alumni association using the affiliation network and tie theory. A university alumni association of the 1960’s with few loss of meeting records was analyzed. The information regarding participant names and dates of meeting records published in the university alumni magazine was used to quantitatively analyze the strength of ties between the university and its alumni. The results showed that although the strength of ties between the university and its alumni was weak, university faculty who were members of the alumni and the alumni maintained stronger ties than university faculty who were not members of the alumni. This study provides a foundation for elucidating the structure of donation behaviors of university alumni to universities. Ⅰ はじめに 大学を取り巻く環境は大きく変化してきている。特に、少子化やグローバル化による学生獲得競争が激化していることや、国からの財政的援助が縮小されていることから、経営環境の悪化に直面する大学が増えてきている。こうした状況を受け、大学が卒業生の組織する大学同窓会に着目する動きが近年強まってきている(大川他[2012、2015、2016]、高田[2012、2014、2015])。本研究では、これまで定性的にしか考察されてこなかった大学と大学同窓会に所属する卒業生とのつながりを定量的に検討し、大学同窓会研究の発展を試みる。 天野[2000]によれば、わが国の大学同窓会は、大学創立と同時期、明治初期には卒業生の親睦を深めることを目的に結成された。この当時の大学は国によって地位を保証されていた旧帝国大学を除き、社会的地位や経営基盤が確立していない状況にあり、さらに大学の資金源は授業料のみであった。そのため、大学同窓会は大学の社会的地位や経営基盤の確立のため、資金面を中心として大学を支え、大学の成長と発展に向け、大学と密接な関係にあった。この関係は、大正7年の大学令の発令によって転機が訪れる。大学令によって当時専門学校であったどの大学にも「正規の大学」への道が開かれることになった。 「正規の大学」となるには莫大な資金が必要であった。大学同窓会の支えだけでは不十分であったため、大学は資金不足解消のため学生増加の手段をとった。学生の増加は唯一の手段ではあったが、これが大学同窓会との関係を疎遠にする原因となった。戦後、進学率の上昇、官立大学の合併を経て、大学の社会的地位や経営基盤が安定化していくと、大学同窓会は卒業生間の親睦を主とする団体へと変化していった。戦後、親睦団体としての性質を強めつつ、大学同窓会は大学との関係を希薄化させていく。 ところが、近年になって、経営環境の悪化に伴い、資金援助や在学生への学習・就職支援、地域事業への関与といった観点から、大学は卒業生やそれらが所属する大学同窓会に対して期待を高めている。こうした期待を具体化していくには大学と卒業生との間のつながりが重要であると認識されているが(喜多村[1990]、大川[2016])、大学と卒業生のつながりについての従来の研究は定性的であり(腰越他[2006]、原[2016])、そうしたつながりが資金援助等へと転換される構造やメカニズムを解明するには、定量的な観点で、大学同窓会研究を拡張させる必要がある。本研究は、大学と卒業生のつながりの実態を定量的に分析することを試みるものである。 定量分析に向け、定期発行されている大学同窓会誌に着目する。大学同窓会誌には会合記録などが掲載されており、卒業生のミクロな動きを読み取ることができる。そうした情報が、これまで組織的に活用されることはなかった。本稿では、大学同窓会誌を情報源にして、大学と卒業生のつながりの強さの計量化を行う。分析を行うには、長期にわたり大学同窓会誌に欠損がなく、会合記録が掲載されている団体である必要がある。この条件に該当する調査対象として、1960年代の早稲田大学の一同窓会を選定した。 1960年代は大学大衆化の過渡期にあり、この時代の大学同窓会は天野[2000]が指摘する親睦団体の性質を持っていた。この時期1961年から1967年に、早稲田大学は法人や卒業生等に対し20億円規模の寄付事業を計画し(早稲田学報708号)、それを達成している(早稲田学報770号、井原[2006])。現在の大学同窓会と類似の性質を持ち、大学と卒業生との関係もすでに希薄となっていた時期に、計画した募金を達成させた早稲田大学の同窓会は、卒業生による資金援助を考えていく上でのモデルケースとして興味深い調査対象である。 Ⅱ 大学同窓会参加者間の紐帯の強さ 1 定量化手法の概要 本稿では、Ⅳで述べる大学と卒業生とのつながりの強さを、大学同窓会の参加者間のつながりの強さを使って定義する。前者のつながりの強さを計算するには、後者のつながりの強さが定量的に評価できなければならない。本稿では、「紐帯の強さ(Granovetter[1973])」の概念を導入し、これを使って参加者同士のつながりの強さを定義する。紐帯の強さの計算には、大学同窓会誌に掲載された会合記録情報を活用する。ただし、紐帯の強さは、会合の参加者情報から直接的に算出することはできない。このため、本稿では、会合記録情報を、一旦アフィリエーション・ネットワーク(金光[2003];Breiger[1974])のデータに変換し、そのデータに会合開催時点の情報を加え作成したグラフ上で紐帯の強さを定義する方法を採った。以下、混乱しないところではアフィリエーション・ネット―ワークは「AN」と略記する。 2 紐帯の強さの算出方法 ⑴ ANデータの生成 アフィリエーション・ネットワークとは、社会ネットワーク分析において個人と組織の二重性、相互規定性メカニズムの解明に向けたリンケージ型モデル化(金光[2003])の1つである。本稿では、会合記録に記載される個々人の参加情報を統合することを目的としてこのモデルを採用した。ノードを個人と会合、エッジを参加と定義したANデータを生成する。 なお、会合記録からのANデータ生成には処理すべき問題がある。各々の会合記録は個別に寄稿され、それを大学同窓会誌編集者が会誌に記載している。そのため、会合記録には、記録者の文字の記載ミスから生まれる「記載のばらつき」(港他[2010])と「同姓同名問題」という問題が含まれている。「記載のばらつき」とは、例えば、同一人物であるにも関らず「齋藤太郎」「斉藤太郎」のように異なる表記で記載されているケースが該当する。本稿では、個人に関する情報の付加によって1字違い以内の氏名を同一視する港他[2010]の方法を参考にして、会合記録に含まれる2つの情報(分析対象である同窓会の会員か否か、参加した会合日時)を用いて上記問題に対処した。 ⑵ 紐帯の強さの算出 Granovetterによれば、紐帯の強さは「ともに過ごす時間量、情緒的な強度、親密さ(秘密を打ち明け合うこと)、助け合いの程度、という4次元を(おそらく線形的に)組み合わせたものである」(Granovetter[1973]大岡訳[2006]125頁)。しかしながら、多義的であるがゆえに、4次元で扱うことは理論の一貫性を損なう可能性が指摘されている(盛山[1985])。Granovetterも転職・就職情報獲得の実証研究において、紐帯の強さのカテゴリーを「接触頻度」のみ使用して定義している。本稿においても、前述したGranovetterの「時間量」の操作的定義を参考に1次元に限定し、AN上で幾何学的に紐帯の強さを定義する。紐帯の強さは、2個人が接触した時点をいつの時点で観測するかで変化する。接触した直後でそれを見れば紐帯は強いだろうし、遠い過去の接触であれば弱いものになる。したがって、本稿では、2個人が会合で接触した時点(接触時点)の情報と2個人が接触した会合数(接触回数)を勘案し、紐帯の強さを算出することにした。ANグラフを使って具体的にこのことを以下で説明する。 図表1は増田[2012]の時間の情報を組み込んだネットワーク・グラフを参考に、2個人の接触状況を幾何学的に表現したANグラフである。図表1では2個人AとBが時点t1とt2で共に会合に参加している。図表1で、Aのt1時点(以下A[t1]と記す)とB[t1]を結んだ線分と、A[t2]とB[t2]を結んだ線分の長さは等しいものとする。すなわち、どの会合も接触の程度に差はなく同等のものと仮定する。また、観測時点t3のBから対象とする接触時点t2のAへの距離を考える際、具体的にはB[t3]→B[t2]→A[t2]という経路の長さで考えるが、経路は、対象とする接触時点の会合のパスを通る最短経路で考えるものとする。 図表1 時間軸を加えたANグラフ 出典 増田[2012]図1を参考に作成 Granovetterによれば観測時点と対象とする接触時点の時間差が長くなるほど紐帯は弱くなる。したがって、紐帯の強さは観測時点(始点)と対象の接触時点(終点)とを結ぶ直線の長さLに直接的に関係するであろう。ここで、図表1において、ひとつの会合での2個人の接触の長さを1、また時間軸について観測時点と接触時点の時間差を⊿tとしたとき、Lに相当する2個人間の距離Dを次の無次元量で定義する。 ここでTは、紐帯の強さが半減する時間として定めるものである。次節で具体的な事例についての計算結果を述べるが、そこでは時間を月単位で表現している。その際、便宜的に、紐帯の強さが半減する期間を6ヶ月として、T=6と定めた。 以上より、観測時点toからみた接触時点tc(= to —⊿t)の会合を介し接触する2個人の紐帯の強さTieは と定義できる。 ここで、もう一度図表1に着目しよう。AとBは2度の会合で接触している。この時の2個人の紐帯の強さを得るためには、観測時点までの2個人の接触回数を考慮し、各接触時点で得た紐帯の強さを合計する必要がある。2個人のn回目の接触時点をtc,n(1≦n≦N)とし、観測時点to前の直近の接触時点がn = M(≦N)であるとき、2個人の紐帯の強さは個別の紐帯の強さの総和として次式で表される。 ただし、観測時点以前に接触がない場合は紐帯の強さは0と定義する。 この定義を、ANデータと連関させて任意の個人間についての紐帯の強さを求めていくことになる。ただし、ANデータには、観測時点以後のデータも含まれているため、観測時点前の2個人がともに参加している会合の情報を抽出し、定義式⑶を適用することになる。 Ⅲ 定量分析に向けた準備 1 対象とした同窓会の概要 分析対象となる大学同窓会は、分析する期間に亘って会合記録の欠損がないことが条件になる。これは、本分析手法が、会合記録情報を手掛かりにANデータを生成するためである。この理由とⅠで述べた理由等から、本稿では、1957年12月から1967年8月までの約10年間における早稲田大学の一同窓会「同窓会A」を定量分析の対象とした。 同窓会Aは卒業年が同じ卒業生によって設立された同窓会で、連続した2つの卒業年の卒業生による合同の同窓会である。同窓会Aから抽出した約10年間分の記録は、同窓会Aに所属する卒業生らの卒業後30〜40年にあたる。同窓会Aの正確な会員数は不明であるが、参考としてこの2つの卒業年の卒業生数は合計で1,505人であった。 1958年1月号から1967年8月号の「催・会合・その他」に掲載された会合記録を利用した。会合記録には、開催日時、会合の内容、参加者氏名などの情報がある。同窓会Aの対象期間における会合及び参加人数推移を図表2に示す。会合は約月1回の頻度で、計96回行われていた。総参加人数は385人であり、1回の会合における参加人数は最大97人、最小8人であった。また、1回の会合あたりの参加人数の平均は24人であった。図表2において参加人数が突出している会合は会員や同窓会に関する祝賀会である。 図表2 同窓会Aの会合および参加人数推移(1957年12月~1967年8月) 2 本分析で扱う変数の定義 『早稲田学報』には、役員名簿や会合記録などが掲載されている。役員名簿では大学の教員等情報、会合記録からは、開催日時、会合の内容、参加者氏名などの情報を読み取ることができる。本稿で用いる変数「大学関係者」「卒業生」「紐帯の強さ」は『早稲田学報』に掲載される情報を用いて次の通り定義する。 ⑴ 大学関係者  『早稲田学報』1961年1月号の「募金実行委員 学内」(32-36頁)に掲載される510人のリストを参照し、その氏名と一致する個人を「大学関係者」と定義する。該当者は32人であった。なお、大学関係者には、同窓生会員である卒業生も含まれている。このため、同窓会会員である人物を「大学関係者(会員)」、また同窓会に来賓として参加する人物を「大学関係者(来賓)」として区別した。 ① 大学関係者(会員)    『早稲田学報』の同窓会Aに関する会合記録の会合内容または出席者情報に参加者についての来賓情報が記載されており、この情報をもとに判断する。ただし、会合内容が同窓会や会員に関する祝賀会である場合、会員が来賓として扱われる場合がある。そのため、本分析では観察する96の会合において大学関係者が一度でも会員として参加が確認された場合、該当する大学関係者を大学関係者(会員)と定義する。該当者は19人であった。  ② 大学関係者(来賓)    会合記録の会合内容または出席者情報すべてに来賓情報が記載されている場合、大学関係者(来賓)と定義する。該当者は13人であった。 ⑵ 卒業生  大学関係者の条件を満たさない個人を卒業生と定義する。該当者は353人であった。 ⑶ 紐帯の強さ  個人間の紐帯の強さは前節で述べた方法により算出する。 3 抽出データの観測開始点問題 同窓会Aから約10年分抽出した会合記録のデータは、最初の会合が1957年12月14日であった。紐帯の強さを計算する際、データ開始点についての処理方法が課題となる。人々は、データの抽出開始時点前から会合には参加していたと想定される。例えば1957年12月14日を観測時点とした場合、それより前の会合の記録が欠落しているため、妥当な紐帯の強さを計算することができない。そのため、ここでは次のようにしてこの問題を回避した。 Granovetterは「年に1回以下」会う場合を紐帯の強さのもっとも弱いカテゴリーとして定義している。これを次のように解釈する。データ開始点問題に対し、1年以上会わない場合、紐帯の強さを0とみなせるとする。このように考えることで、開始点の1年後1958年12月15日の会合から観測を開始すれば、1957年12月14日前のデータが欠落している問題はおおよそ回避できる。 4 紐帯の強さの値について 本分析において、大学関係者と卒業生の紐帯の強さの観察の補助にGranovetterの「接触頻度」に基づく定義を利用する。Granovetterは、「頻繁に会う」は週2回以上、「ときどき会う」が年に2回以上かつ週2回未満、「めったに会わない」が年に1回以下と、接触頻度を3つの区分で定義している。これらの接触頻度を本稿で定義した紐帯の強さの定義式⑶で算出した値と3区分との関係を図表3に示す。 Granovetterは、紐帯の強さのカテゴリーとして、「頻繁に会う」を「強い紐帯」、「ときどき会う」と「めったに会わない」を「弱い紐帯」としている。 図表3 接触頻度区分と数値範囲 Ⅳ 大学と卒業生との紐帯の強さの定義と定量分析 大学の卒業生に対する期待として、大学への資金援助、在学生への学習・就職支援、卒業生を通じた産業・地域事業との関わりなどがある。卒業生の同窓会への参加行動がどのような水準にある時に、こうした期待に該当する行動へと転換していくのか、その構造を明らかにしていくことは興味深いことである。このため本稿では、卒業生全体ではなく、同窓会に参加する卒業生に注目し、その紐帯の強さを検討する。 以上より、本稿では、対象期間内において大学同窓会会合に参加する卒業生を対象に大学関係者との間の紐帯の強さを考え、それを定義式⑶によって計算する。そして、大学と卒業生の紐帯の強さは、観測時点で得られるその会合に参加していた大学関係者と卒業生との間の紐帯の強さの平均値として定義する。 この定義のもと、前節で述べた同窓会Aについて1958年12月から1967年8月までの大学と卒業生との紐帯の強さの推移を求めたのが図表4である。これは同窓会会合が開かれた時点を観測時点として、会合に参加した卒業生と大学関係者との間の紐帯の強さの平均値を○と■印でプロットしている。なお、○印は「大学関係者(会員)」、■印は「大学関係者(来賓)」との間の紐帯の強さの平均値を表している。参考として図表3で示したGranovetterの3区分でもっとも弱い紐帯に相当する上限値(0.28)も図表4上に点線で示した。 図表4 大学関係者と卒業生の紐帯の強さの推移(1958年12月~1967年8月) 対象とした同窓会Aでは、大学と卒業生の紐帯の強さを58時点で観測できた。この中で、紐帯の強さの最大値は1962年4月13日の2.02であり、全ての値がGranovetterの3区分定義「頻繁に会う」の下限値(28.02)を大きく下回っており、紐帯の強さは最大値2.02、最小値0の間に分布する弱い水準にあった。大学と卒業生との関係が希薄化していたと定性的には認識されていたが、その水準は、弱い紐帯とGranovetterが呼ぶカテゴリーの上限値から1桁も下の領域に分布する極めて弱い関係にあったことが本分析から明らかになった。 次に、大学関係者(会員)及び大学関係者(来賓)についてそれぞれ個別にみてみる。まず、大学関係者(会員)と卒業生の紐帯の強さは56時点で観測できた。56時点において値は最大値2.02、最小値0の区間に分布している。Granovetterの3区分「めったに会わない」の上限値である0.28を基準に観察すると、56時点中37時点が「めったに会わない」の上限値を超えていた。これより、大学関係者(会員)は「めったに会わない」の上限値を少し超えた紐帯の強さで卒業生との関係が維持されていることが明らかとなった。 続いて、大学関係者(来賓)と卒業生の紐帯の強さは5時点で観測できた。5時点全てにおいて値は0であり、これはGranovetterの3区分の「めったに会わない」の下限値と同一であった。これは、大学関係者(来賓)は各々初めてその会合に参加し、その後同窓会に訪れることはないということを意味する。すなわち、大学関係者(来賓)と卒業生は、紐帯を強くしていくような関係ではないことが明らかとなった。 Ⅴ おわりに 本稿では、大学同窓会誌に掲載される会合記録を組織的に活用して、早稲田大学の特定の同窓会を事例に、大学同窓会を媒介とする大学と卒業生の紐帯の強さの実態について定量分析を行った。その結果、大学同窓会が親睦団体であった1960年代、大学同窓会に参加した大学関係者と卒業生との紐帯の強さは、極めて弱い水準であることがわかった。弱い水準であることは、従来から関係の希薄化として定性的には指摘されてきたことであるが、弱さがどの水準であったのかを本分析によって定量的に示した。また、この分析によって、同窓会会員として参加する大学関係者は、Granovetterの定義においてもっとも弱い紐帯に分類される「めったに会わない」の上限値を少し超えた紐帯の強さで卒業生との関係を維持していること、そして、来賓として参加する大学関係者は1度きりのつながりであり、同一人物による関係の発展はみられないという事実が明らかになった。 以上、従来の同窓会研究において定性的な把握に留まっていた大学と卒業生との紐帯の強さを、本研究で定量的に示した。今後、次の発展が期待される。 卒業生に対する大学の期待のひとつは「大学への資金援助」である。本稿で分析の対象とした1960年代は早稲田大学が創立80周年記念事業として20億円規模の寄付事業を行った時期である。この時の大学同窓会は、現在同様の親睦団体として機能しており、同窓会を媒介とした大学と卒業生とのつながりは極めて弱い関係にあった。弱い関係であったにも関わらず、計画に沿った寄付が達成されている。大学同窓会を媒介とした大学と卒業生との紐帯の強さと資金援助行動とはどのような関係にあり、どのような構造を持っているのか、その解明は興味深い。本研究は、大学同窓会研究をそうした定量分析へと展開していく土台を提供するものである。 [謝辞] 日頃より研究について支援いただき、さらに本稿においても貴重な助言をいただいた九州大学大学院比較社会文化研究院三隅一人教授および非営利法人研究学会九州部会の皆さまに感謝の意を表します。また有益なコメントを頂いた査読者に感謝の意を表します。 [参考文献] 天野郁夫「大学の同窓会―歴史と展望―」、『IDE:現代の高等教育』、第41号、IDE大学協会、5-11頁、2000年。 井原徹「早稲田大学における寄付金戦略」、『IDE:現代の高等教育』、第484号、IDE大学協会、27-31頁、2006年。 大川一毅・西出順郎・山下泰弘「国立大学における『卒業生サービス』の現況と課題」、『大学論集』、第43集、広島大学、319-336頁、2012年。 大川一毅・嶌田敏行・山下泰弘・西出順郎「日本の大学における卒業生サービスの現況と課題―全国大学アンケートとヒアリング調査の結果をふまえて―」、『大学論集』、第47集、広島大学、185-200頁、2015年。 大川一毅「大学における全学同窓会組織の目的と機能―母校支援に関わる自覚的責務とその背景―」、『アルテスリベラレス』、第99号、岩手大学人文社会科学部、145-164頁、2016年。 金光淳『社会ネットワーク分析の基礎―社会的関係資本論にむけて』、勁草書房、2003年。 「寄付者芳名」、『早稲田学報』、770号、早稲田大学校友会29頁、1967年。 喜多村知之「同窓会(Alumni)の意義―アメリカの場合を中心に―」、『大学と学生』、第297号、日本学生支援機構、7-13頁、1990年。 腰越滋・池田義人「大学における同窓会組織の今日的意義―『卒業生による大学評価アンケート調査』結果などを手がかりとして―」、『東京学芸大学紀要 総合教育科学系』、第57号、東京学芸大学出版委員会、19-27頁、2006年。 高田英一「国立大学の運営における同窓会の位置づけの現状について:中期計画の記述の分析を中心に」、『大学探究:琉球大学大学評価センター・ジャーナル』、第4号、『大学探究』編集委員会、1-9頁、2012年。 高田英一「国立大学における全学同窓会の設立及び活動の実態と課題―同窓会担当理事に対するアンケート調査の結果を中心に―」、『非営利法人研究学会誌』、第16号、非営利法人研究学会、113-124頁、2014年。 高田英一「国立大学における全学同窓会の運営のあり方―部局同窓会との調整と同窓生の関心の獲得を中心に―」、『非営利法人研究学会誌』、第17号、非営利法人研究学会、121-134頁、2015年。 原裕美「戦前における私立大学校友会の役割―関西地区私立大学を中心に―」、『名古屋高等教育研究』、第16号、名古屋大学高等教育研究センター、155-175頁、2016年。 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  • ≪研究ノート≫学校法人会計基準における2つの収支計算書の役割を巡る検討 / 林 兵磨 (常葉大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 常葉大学教授  林 兵磨 キーワード: 私立大学、学校法人、学校法人会計基準、資金収支計算書、 消費収支計算書、事業活動収支計算書、基本金 要 旨: 本稿では、日本の学校法人会計基準、とりわけ当該会計基準に規定されている2つの収支計算書(資金収支計算書及び消費収支計算書)について検討を行っている。 本稿の目的は、まず学校法人会計において、なぜ2つもの収支計算書(資金収支計算書及び消費収支計算書〔現行の事業活動収支計算書〕)を必要とするかを、そして2つの収支計算書類のそれぞれの役割は何であるかを明らかにしていくことであり、その上で学校法人会計の中に「基本金制度」を導入した論理と、現在の学校法人に与えている影響について考察することにある。以下は、その概要である。 収支計算書のうち、まず資金収支計算書については、私立学校法人の学納金納入時期の 期間的ズレに対応するために、学校法人会計に半発生主義会計も取り入れたことを明らか にした。他方、消費収支計算書については、私立大学における基本財産(固定資産)の規模 拡大により、発生主義会計を適用せざるを得なくなり、それに対応するために設けられた 計算書類である。 また、非営利組織の1つである学校法人に係る会計であるにも関わらず、営利企業会計と同じ発生主義会計を採用することによって、学校法人の「永続性」担保の手段である「基本金制度」導入を可能たらしめた。それは、「基本金制度」導入のためには、発生主義会計に多く見られる「見積もり・仮定・判断」といった行為が必要となってくるからである。 そのために、学校法人会計基準は、発生主義会計の新たな別の収支計算書として、消費収支計算書まで設けた。 ところで、この「基本金制度」は、多くの私立大学の財務状況の改善に寄与したこともまた事実である。しかし、私立学校法人を取り巻く環境は、学校法人会計基準作成当時と現在では、大きく異なっている。それゆえ、学校法人会計基準の「基本金制度」は、現代の大学教育の現場においてはむしろマイナスの効果が与えている。 いずれにせよ、学校法人会計に今一番求められていることは、政策的意図を組み込むことによって複雑な体系を持った計算書類ではなく、できる限りありのままの状態を記した 計算書類を作成するようにすることである。1人でも多くの利用者が、理解可能性に優れ た計算書類により、適切な判断ができるよう導くことが肝要であるように思われる。 構 成: I  学校法人会計基準の概要 II 資金収支計算書とその役割 III 消費収支計算書の役割と基本金制度 IV 学校法人会計基準の改正を巡る問題点 Abstract In Japan, Accounting Standard of School Corporations has based on cash flow statement.  However, the statement presents only transactions are involved in cash. School corporations that own universities usually have large fixed assets. Therefore, we need another financial on the basis of accrual basis accounting system besides cash flow statement. For this reason, the accounting standard required school corporations to make new financial statement like a income statements in business accounting. According to the new financial statement, school corporations also have to make balance sheet. It presents “Kihonkin” in net assets. Although it has contributed to improve in financial conditions of schools.Several problems have been pointed out by some researchers. This system was being criticized by many scholarsin that the rules canʼt warrant credibility of accounting information. I think that “Kihonkin” should be reconsidered because it has too strong effective to protect financial conditions. There are too many universities in Japan in spite of declining birth rating.  “Kihonkin” causes some serious problems ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ 学校法人会計基準の概要 周知のように、日本における最初の学校法人会計基準は、1971年(昭和46年)に公表された。 当該会計基準は、国等から私学助成金等の補助金を受けようとする学校法人が、統一的な会計処理を行うための遵守すべき会計基準として設定されたものである。とりわけ、補助金に対する説明責任を果たすために資金収支計算書が必要とされた1)。 ところで、この学校法人会計基準は、いわゆる「演繹法」によって作成されたといわれている2)。この理由として、当該会計基準作成に携わった村山徳五郎氏は、次のように述べている。すなわち、「会計の原則が新たな展開を指向するとき、『演繹型』の発想が不可欠の用具であった3)」と。このことから学校法人会計基準は、学校法人以外の他の非営利法人に係る会計基準には見られない特徴を有していることを示唆している。その特徴とは、「基本金制度」をあげることができよう。 他方、学校法人会計基準は、上記のように特徴的な側面を有する一方、非営利組織会計で伝統的に用いられていた資金収支計算書も、依然として計算書類の1つとして位置づけている。これは「非営利組織の利益追求は社会的にタブー視され、経営業績を示す計算書(企業会計の損益計算書に相当するもの)は重視されず(あるいは不要)4)」という考え方も、依然として根強いことが理由として考えられる。 ところで、私立大学を有する学校法人(以下、「私立大学法人」という)は、会計基準設定段階から現在まで一貫して、自身を「消費経済体」であると位置づけてきた。この「消費経済体」 なる表現は、現在、私立大学法人のホームペー ジ上でもしばしば見受けられるところである。ここでいう「消費経済体」という概念は、利潤追求を目的とする営利企業を「生産経済体」と位置づけて、それと対立する概念であるとの説明がなされることが多い。ただし、このように私立大学法人のことを「消費経済体」と位置づ けるとしても、「その事業活動の遂行に不可欠の手段となるべき資産を消費しきって、法人自体の消滅を招いていいはずのものでもない5)」 との考えも謳われている。 ところで、上記「基本金制度」については、 研究者や実務家等から、その概念や会計処理方法について、学術論文等によりこれまで多くの批判を受けてきた6)。例えば、「『学校法人会計基準』にある―(中略)―基本金の内容は、学校法人の財務的な基盤確保・内部留保には寄与する反面、―(中略)― 父母・学生への学費の高負担を押しつける仕組みになっている7)」 等といった批判である。 そこで、本稿の目的は、学校法人会計基準が、「基本金制度」を設けた背景や根拠について検討していきたい。とりわけ、本稿では「基本金制度」に関連して、当該会計基準が、なぜ2つの収支計算書(「資金収支計算書」及び「事業活動収支計算書(旧:消費収支計算書)」を必要とするのか、そして2つの収支計算書の役割はそれぞれ何であるかを明らかにしつつ、「基本金制度」 について考察していきたい。 そして、この考察を通じ、学校法人会計における「基本金制度」が、制定当初(1970年代前 半)と比較して大きく変化している、現代の私立大学を取り巻く現状にどのような影響を与えているのかについて述べていきたい。 Ⅱ 資金収支計算書とその役割 学校法人会計基準に定める基本計算書類は、 記載されている基準の条文の順番から、①資金収支計算書、②消費収支計算書(現行の事業活動収支計算書)、③貸借対照表の3つである。 このうちまず、資金収支計算書は、内容的には、営利企業会計におけるキャッシュ・フロー計算書とほぼ近似しているといえるとの指摘がある8)。そして、現行の学校法人会計基準(以下、「平成27年学校法人会計基準」という)は、この資金収支計算書を次のように規定している。 「学校法人は、毎会計年度、当該会計期間の諸活動に対応するすべての収入及び支出の内容並びに当該会計年度における支払資金の収入及び支出のてん末を明らかにするため、資金収支計算を行う。」(平成27年学校法人会計基準・第6条) 上記の条文から、資金収支計算書には、目的が2つあることが分かる。すなわち、「当該会計期間の諸活動に対応するすべての収入及び支出の内容」を明らかにする目的と、「当該会計年度における支払資金の収入及び支出のてん末」を明らかにする目的の2つである。 そこで、順序は前後するが、まず先に資金収支計算書の後者の目的について説明する。ここで「支払資金の収入及び支出のてん末を明らかにする」とは、当年度中に実際に生じた収入及び支出だけ記録することを意味する。そして、このてん末は、資金収支計算書上の次期繰越支払資金として表示され、この次期繰越支払資金は、当該年度末時点の貸借対照表上における現金預金勘定の金額と一致することとなる。 次に、資金収支計算書の前者の目的について説明する。ここで「当年度の諸活動に対応す る」とは、当年度末の時点で未収分及び未払分があったしても、それらが当年度の活動に帰属するものであるならば、それらは当年度の収支計算に含まれることを意味している。さらに、 前期中にすでに行われた、当年度活動に帰属する前払分及び前受分についてもまた当年度の収支計算に含まれることを意味している。 つまり、後者の目的の方は、現金主義により達成されるのであるが、他方、前者の目的については半発生主義(つまり、営利企業でいうところの「権利確定主義」)によって達成されることになる。このように、学校法人会計基準に基づく資金収支計算書は、1 つの計算書類の中に現金主義会計及び半発生主義会計という2つの役 割を担うこととなっているのである。このため、資金の概念も2つあることになり9)、ひいては、現金預金(支払資金)の金額も一致しなくなってしまう。そこで、学校法人会計基準はこの問題を解決させるべく、資金収支計算書に「資金調整勘定」なる項目を設けて、両者の調整を図っているのである。ただ、このような仕組みを持つ資金収支計算書は、難解な構造となって いるとの指摘もある10)。 それでは、なぜこのような難解な計算構造が持ち込まれたのであろうか。その主たる原因は、他の非営利組織とは異なり、日本の私立学校に おける学生生徒等納付金(学納金)の納入時期の特性が原因となっているものと推測できる。 通常、私立学校は次年度の学生生徒等納付金の約半分の金額を、前年度中に受け入れることとなる。このように実際の現金の受け入れと活動が帰属する期間との間にずれが生じ、そしてまたその金額的にも大きい点も考慮に入れると、この期間のずれはもはや無視しえなくなってくる11)。それゆえ、「調整」が必要なのである。 このことを以下で[説例]を設けて説明を行う。 [説例] ⑴  当年度中(X 1 年度中)に、次年度の学納金 1,000,000円のうち、前期分すなわち半額分 (500,000円)を現金で受領した。 (現  金)500,000 / (前受金収入)500,000 ⑵  次に、当年度末となり、上記前受金収入は、収益ではなく非損益取引であるので、これを前受金(負債)に振り替える。 (前受金収入)500,000 / (前 受 金)500,000 ⑶  次年度(X 2 年度)になり、上記前受金を当期分の収入に振り替える。 (前期末前受金)500,000 / (学納金収入)500,000 ⑷  そして、前受金勘定(負債)を消去するための仕訳を行う。 (前 受 金)500,000 / (前期末前受金)500,00 上記一連の仕訳で登場した「前期末前受金」 こそが「資金調整勘定」に該当する。「前期末前受金」は、次年度(X2年度)において、当該年度の活動に帰属する収入であるために、 いったん資金収支計算書上に収入として計上する。しかし、実際にはX2年度中の収入ではないため(X1年度中に受領済みのため)、「資金調整勘定」によって、資金収支計算書上、今度は収入から控除するのである。 このように、資金収支計算書の構造は複雑なものとなっている。「資金調整勘定」は、以上見てきたとおりであるが、このことは会計基準設定時の昭和46年にはやむをえなかったとされ12)、 見切り発車の形でスタートしたことになる。ただし、その後、消費収支計算書及び貸借対照表に関係者が習熟し、その利用が普及するにとも なって、資金収支計算の目的は本来のものに復帰させる予定であることが、当初記されていた13)。しかし、現在においてもなお、学校法人会計基準の改正が行われつつも、未だこの課題は果たせていないままでいる。 ところで、学校法人会計基準に定められた2つの収支計算書(資金収支計算書及び消費収支計算書)の作成方法には、二系統法と一系統法の2つの方法があるとされる14)。ただし、どの方法を採用しても、作成される計算書類の内容は最終的には同じものとなろう。 このうちまず、二系統法であるが、この方法は、資金収支計算書を作成するための仕訳と、消費収支計算書を作成するための仕訳の2種類 の仕訳を同時に行う方法であり、いわゆる「一取引二仕訳」を行う方法となる。しかし、この方法は各取引が発生するごとに2つの仕訳を行わなくてはならず、この方法になじみのない者にとっては、難解な印象を与えかねないであろう。 そこで一系統法であるが、この方法は、資金収支計算書か消費収支計算書のいずれかの計算書をまず先に作成し、その後、先に作った計算書に修正を加える形で、もう一方の計算書類を作成するという方法である。このことから、この一系統法には、先にどちらの収支計算書を作成するのか、その順序の違いから、2つの方法が考えられることになる。つまり、まず先に資金収支計算書の作成を行い、その後、消費収支計算書を作成する方法(以下、「資金収支計算書ベース法」という)と、反対に、まず先に消費収支計算書の作成を行い、その後、資金収支計算書を作成する方法(以下、「消費収支計算書ベース法」という)がある15)。 このように一系統法の2つの方法のうち、 「資金収支計算書ベース法」の方が、「消費収支計算書ベース法」に比して、優れていると思われる。その理由としては、まず、現実に行われる実際の取引を基本にしているので、受け入れやすい点があげられる。換言すれば、実際の世界(リアルの世界)から出発し、リアルの世界の修正へ導くことである。また、歴史的な経緯を見ても、まず資金収支計算書が存在し、それを補完する目的で消費収支計算書が設けられた。このことを反映してか、学校法人会計基準の条文も、まず資金収支計算書から述べられている。 そして、もっとも重要な点は、先にも触れたように学校法人会計基準における資金収支計算書は、単純に現金主義によるものだけでなく、半発生主義も加味されている。これだけでも複雑な構造を有しているわけであるので、まずはこの資金収支計算書を完全に作成することが肝要であろうと思われる点にある。 そこで、「資金収支計算書ベース法」に拠った、資金収支計算書の作成手順を簡単に見ておきたい16)。まず、当期間中に実際に行われた収入及び支出取引を記録する。そしてこれらを集計して「現預金増減表」といった表をいったん作成する。次に、この「現預金増減表」に資金調整取引を示す「資金調整勘定」の記載額分だけ収入・支出額を減額する。この「資金調整勘定」は、厳密には「収入に係る資金調整取引 (資金収入調整勘定)」と「支出に係る資金調整取引(資金支出調整勘定)」の2つがある。このうち、「資金収入調整勘定」の具体例として、先にも触れた前期間中の学納金前受け、すなわち、当期間中には実際の収入はなかったものの、前年度中にその分の収入が既にあった「前期末前受金」がある。つまり、資金収支計算書上で当期中には収入がなくてもこれを計上しておき、 後で「資金収入調整勘定」でその分だけ減額し、 支払資金のてん末に合わせるのである。 このように、学校法人会計基準の資金収支計算書は複雑な構造を持つのであるが、それではなぜ、この上に消費収支計算書をさらに設ける必要があるのだろうか。次にこのことについて見ていきたい。 Ⅲ 消費収支計算書の役割と基本金制度 本章では、平成27年学校法人会計基準以前の旧学校法人会計基準に規定されていた消費収支計算書について、取り上げ検討していくこととしたい。 旧学校法人会計基準は、消費収支計算書について次のように規定していた。 「学校法人は、毎会計年度、当該会計年度の消費収入及び消費支出の内容及び均衡の状態を明らかにするため、消費収支計算を行なうものとする。」(旧学校法人会計基準・第15条) また、ここでいう消費収入について、当該旧学校法人会計基準は次のように定義している。 「消費収入は、当該会計年度の帰属収入(学校法人の負債とならない収入をいう。以下同じ。)を計算し、当該帰属収入の額から当該会計年度において― (中略)― 基本金に組み入れる額を控除して計算する」(旧学校法人会計基準・第16条第1項) ところで、この消費収入は企業会計の収益の概念と類似し、また、消費支出は企業会計の費用の概念に類似するとされる。そして、学校法人会計における消費収支計算書とは、企業会計でいう損益計算書に類似する計算書ということになる。 次に、この消費収支計算書の作成についてであるが、先に見た「資金収支計算書ベース法」 では、資金収支計算書を修正することによって行う。その上で、消費収支計算書作成のための具体的な修正項目には、次のようなものがある。すなわち、「資金収支計算の収入及び支出には、 帰属収入でない収入及びそれの返済支出、当該年度の諸活動に対応しない収入及び支出等が含まれている。資金収支計算のそれらの収入及び支出は、消費収支計算では除かれなければならないから、修正仕訳が必要となる17)」と。ここでもう一度整理すると、必要な会計処理としては、①借入金収入等の非損益取引を取り除くこと、②経過項目及び資金調整勘定を整理すること、ということになる。さらにこれらに加えて、消費収支計算書の作成上、③固定資産関連取引項目(固定資産購入に係る取引記録の修正、基本金組入処理、減価償却費の計上)に係る修正も行うことが要請される。 なお本稿では、以下において、上記③固定資産項目に係る修正ついて、以下で[説例]を交えつつ、説明を行っていきたい。 [説例] ⑴  まず、当年度中に基本金組入の原資となる収入が必要となってくる。なお、日本の私立大学法人での主たる収入は、学納金収入に依存しているため、ここでも 学納金収入 (1,000,000円)があったとする。 (現 金)1,000,000 / (学納金収入)1,000,000 ⑵  次に、同じ年度中に同額の建物(校舎等) の基本財産(固定資産)を現金で購入する。 (建物購入支出)1,000,000 / (現 金)1,000,000 ⑶  そして年度末になり、建物購入支出は、非損益性の支出であるので、これを消去し、貸借対照表上の建物勘定を表示するため、下記の仕訳を行う。 (建 物)1,000,000 / (建物購入支出)1,000,000 ⑷  また、基本金の組入れに係る仕訳が必要となってくる。なぜなら、期中取引をベースに作成する資金収支計算書には、基本金組入については何も会計処理されていないからであ る。そこで、消費収支計算書作成の目的上、基本金組入れを示すため、次のような仕訳が 必要となってくる。 (基本金組入)1,000,000 / (基本金)1,000,000 ⑸  最後に、消費支出(費用)の一項目として、上記建物に係る減価償却費を計上するため、下記の仕訳を行う(直接法の場合)。 (減価償却費)1,000,000 / (建 物)1,000,000 ところで、そもそも学校法人会計基準が、消費収支計算書を設けた背景は何であろうか。学校法人会計基準作成の検討段階ですでに、次のような見解が示されていた。「資金収支計算書は、たしかに学校法人の活動の全体(ただし一年間の)を資金的に表すはたらきにおいて優れている18)」が、それだけでは不十分であるという。なぜなら、「企業会計側では、企業における固定資産の増大と信用経済の発達によって、企業会計の技術的な進化が促されたものであることは、疑うべくもない19)」が、このことは私立大学法人においても同様である。さらには、「現在の私立学校において、施設又は設備等の増大は目を見張るばかり20)」であるとの指摘もある。消費収支計算書の設定原因は、このような実状による。 このうち、信用経済の発展に伴う部分の対応策は、先に見たとおり、資金収支計算書に「資金調整勘定」を設けることによって行った。つまり、半発生主義(権利確定主義)会計までは対処済みである。次に、学校法人に固定資産増大傾向に対処するべく、減価償却費を計上する場としての消費収支計算書が必要となってくる。つまり、消費収支計算書は、発生主義会計の部分を担うこととなるのである。このように、2つの収支計算書の間には、明確な役割分担があるといえる。 ただし、実は、消費収支計算書は、単に学校法人会計を発生主義会計に基づいて表示した、ということだけではなかった。そして、次のように展開していく。すなわち、「事業主体の永続が至上命題となり、したがって法人の財政的維持ということがその財政計画上の最大の課題となる。しかし、このようなとき、単純な収支計算は―(中略)―、有効な情報を提供することがほとんどできない。なぜなら、収支会計の最大の欠点は、その計算思考に、将来にわたる計画性と先見性の概念がはなはだ乏しい21)」と いうものである。つまり、私立学校法人財政を将来にわたって永続的に維持させることを目的とする場合、各年度における資金収支の均衡だけでは、かならずしも学校法人財政の健全性、安全性を約束するものではないのである22)。そのため新たな計算思考の導入が必要となり23)、 それこそが、学校法人会計基準が、消費収支計算書を導入した本当の理由なのである24)。そして、この目的を達成するため、消費収支計算は、 計算技術的には、企業会計の損益計算の仕組み を援用したものとなる25)。 しかし、ここであらためて学校法人会計における消費収支計算書における発生主義会計導入の効果について考察する必要があるように思える。確かに、営利企業会計では、周知の通り発生主義会計を採用しているのだが、この場合、「企業の維持あるいは企業資本の維持までは内蔵」されているかは吟味する必要があろう。企業会計には、会計公準の1つとして、確かに 「企業継続の公準」があるものの、これはあくまでも「前提」に過ぎない。 他方、学校法人会計では、「学校法人におけ る財政は、法人の永続的な維持と発展を可能にするよう26)」と述べているとおり、積極的に学校法人を永続的に維持させなければならないという強い意思が反映されている。なぜ、学校法人会計基準において、このことをどのようにして可能たらしめたのであろうか。それは、とりもなおさず、消費収支計算書が発生主義会計を導入していることが、まずもって下地となっていることが指摘されよう。言うまでもなく、発生主義会計は概ね見積もりや判断といったものが介入する余地がある。これに対して、資金収支計算書では、実際に発生した他者との、現金 のやりとりのみが対象となるので、このような役割はそぐわないであろう。 そして、これに加えてさらに重要なことは、なんと言っても「基本金制度」の導入であろう。これに関連して、学校法人会計基準制定について検討されていた当時、学校法人会計に係る3つの基本的前提(「公器性」、「永続性」、「予算制度」)が示されていた。このように、その基本的前提1つが学校法人の「永続性」であった。これは、当時の私立学校法人の財政状況は大変苦しく、これを改善させることが必要であったという事情によるところが大きい。そして、その「永続性」を担保するための対応策の1つが、「基本金制度」の導入であり、もう1つは私学助成金の投入であった。本稿ではこのうち、「基本金制度」について、以下において取り上げることとする。なお、ここでは、4種類ある 基本金(第1号基本金から第4号基本金まで)のうち、最も計上額の大きく重要性が高いと思われる第1号基本金を想定して考察を行っていく。 先にも述べたが、この「基本金制度」には、 多くの批判が寄せられてきた。それら批判点のうち、計算構造上のものを整理すると、①基本金組入額決定の恣意性、②帰属収入(当期間中の収入額から借入金等の収入額を控除した部分のことをいい、主として学納金収入)から先に基本金組入れを行うという基本金組入の先行性、③基本金組入と基本金組入対象資産に係る減価償却費の計上という二重計上、という3点に集約することができよう。ただし、この3点については、それぞれ独立して存在するのではなく、互いに関連し合っていることに留意されたい。帰属収入(学納金収入)からまず基本金組入額として、固定資産取得に要した金額分をまず先に確保する。そして、その計上額自体も私立学校法人の自主性に任されている。さらに、貸借対照表上、純資産の部に基本金として維持すべき 金額を明示することができる。そして、③毎期の減価償却費計上によって更新資金をこれまた 学納金からチャージする、という具合である。このことが「基本金制度」を通じた「永続性」 確保のスキームである。とりわけ、③の基本金 組入れと減価償却費計上の重複適用は、借入金 依存体質であった当時の私立学校法人の財政状況の改善に大きく寄与したことが窺える。また、 先に見た学費値上げは、これら計算構造のことが反映された結果として生じたものである。 ここまでのことを整理すると、次のようであ る。一般に財務諸表というと、貸借対照表と損益計算書のことを指す。ところが、これら財務諸表には、「多くの会計上の見積りや仮定や判断が入り込んでいる27)」。学校法人会計基準は、学校法人における基本財産(固定資産)の増大を契機として、企業会計で行われている発生主義会計の中に、学校法人の永続性を担保する仕組みとしての「基本金」を、組み入れることをしたのである。 次に、平成27年に改正された学校法人会計基準の問題点を指摘し、学校法人会計基準が、現在の私立大学にどのような影響を及ぼすか、また改善に向けた私見についても少し述べていきたい。 Ⅳ 学校法人会計基準の改正を巡る問題点 前節でも少し触れたが、平成27年に学校法人 会計基準の改正が行われた。大きな改正箇所としては、消費収支計算書の名称が事業活動収支計算書に改められたことがあげられる。平成27年学校法人会計基準では、事業活動収支計算書について次のように定義している。  「学校法人は、毎会計年度、当該会計年度の次に掲げる活動に対応する事業活動収入及び事業活動支出の内容を明らかにするとともに、当該会計年度において第29条及び第30条の規定により基本金に組み入れる額(以下、基本金組入額という。)を控除した当該会計年度の諸活動に対応する全ての事業活動収入及び事業活動支出の均衡の状態を明らかにするため、事業活動収支計算を行うものとする。」(平成27年学校法人会計基準・第15条) この事業活動収支計算書という計算書類は、本質的には従前の消費収支計算書と変わらないものの、表示上、学校法人の活動を、①教育活動、②教育活動以外の経常的な活動、③それ以外の活動という3つの区分に分けて表示することを指示している等の点で新しくなっている28)。 ちなみに、この平成27年の学校法人会計基準の改正は、学校法人会計基準に基づく計算書類を広く国民に分かりやすく開示するという趣旨に よるものであった。しかし、学校法人会計基準 において特徴的な計算構造の部分、つまり「基 本金制度」に関する部分等については、改正前の旧学校法人会計基準に規定されていた消費収支計算書の内容をそのまま引き継いでいるのである。 つまり、平成27年学校法人会計基準が公表さ れたときに、文部科学省は改正の意図として、 学校法人会計を「分かりやすくする」とした。この「分かりやすく」とは、計算書類上の表示について区分表示を設ける等の規定のことであった。つまり、表示部分についての改正が主であり、計算構造についての改正は行われなかった。しかし、せっかく表示部分を改正して 「分かりやすく」しても、本質的な部分つまり計算構造における必要な見直しを行った上でなくては、意味をなさなくなってしまう。 例えば、学校法人会計の計算書類に対する理解可能性を高めるというのであれば、資金収支計算書について、当期間中の実際の収入・支出のみに基づいた資金収支計算書を作成するようにする。換言すれば、「資金調整勘定」のない資金収支計算書の方が、現実のリアルな姿を描いており、計算書としてもすっきりとして、ひいては理解可能性も高まるであろう。 他方、事業活動収支計算書ついて言えば、当該計算書が損益計算書に類似しているというのであれば、現行の事業活動収支計算書における 「基本金制度」部分を見直し、より企業会計の損益計算書に近づけていくということも方法の1つであろう。 しかし、いずれにしても重要なことは、日本の現在の私立大学の実状に呼応した計算構造の見直しが必要であるということである。学校法人会計基準は、元来、設立当時の私立学校法人の危機的な財政状態を救うべく、政策的意図が強い基準内容となっていた。しかし、当時も現在も「私立大学の危機」であると叫ばれてはいるが、その本質は大きく異なっている。学校法人会計基準設定当時は、受験生の確保は困難ではなく、それゆえ、潤沢な学納金収入が得られ、そこから基本金組入を行った。このことが私立大学法人の財政状態の改善をもたらした。つまり、潤沢な学納金収入が前提となっており、入学希望者が少ないということはなかった。他方、現在は急激な少子化が進み、私立大学は飽和状 態にある。現在のこの状況下で、基本金組入れの規定を当てはめると、とにかくも学納金収入の確保をしなければならず、そのために大学入学基準を緩めなくてはならなくなってくる。このことが、高等教育現場に教育水準の維持を困難にするといった混乱をもたらしている。非営利法人の財政状態維持のために、結果として大学の本来のミッションを果たすことが難しいということであれば、それは本末転倒であるといえよう。 つまるところ、今日、学校法人会計に対して求められていることは、リアルな数字を表すよう計算書類の計算構造の見直しを伴った上で、学校法人の財務を分かりやすく、シンプルな形で情報を提供することであろう。例えば、現行の資金収支計算書を純化したものを提示することも一考の余地があろう。学校法人会計基準の役割は、社会情勢の変化と共に大きく変化している。私立学校法人の計算書類の理解可能性向上は、受験者の大学選定にも資するとも予想される。ひきつづき今後の動向に注視して、検討していきたい。 [注] 1)長谷川哲嘉「非営利会計における収支計算書 ~非営利会計混迷の原点~」『早稲田商学』 第436号、2013年6月、29頁。 2)村山徳五郎「演繹思考の会計原則」『企業会計』第23巻第1号、1971年1月、161頁。 3)前掲論文、162頁。 4)長谷川哲嘉 前掲論文、26頁。 5)高橋吉之助・村山徳五郎『学校法人会計の理論』国元書房、1968年、69頁。 6)野中郁江・梅田守彦・山口不二夫『私立大学の財務分析ができる本』大月書店、2001年、 75頁。 7)酒井治郎『会計学の基本問題』文理閣、2013 年、174頁。 8)山口善久『新訂学校法人会計と複式簿記のすべて』学校経理研究会、2007年、41頁。 9)前掲書、207頁。 10)長谷川哲嘉、前掲論文、56頁。 11)大学行政管理学会編『これならわかる!学校会計』学校経理研究会、2014年、71頁。 12)長谷川哲嘉、前掲論文、60頁。 13)前掲論文、59頁。 14)山口善久、前掲書、81頁。 15)前掲書、80頁。 16)前掲書、247頁。 17)前掲書、277頁。 18)高橋吉之助・村山徳五郎『新学校法人簿記会計入門』第一法規、1978年、97頁。 19)高橋吉之助・村山徳五郎『学校法人会計の理論』国元書房、1968年、68頁。 20)前掲書、68頁。 21)前掲書、68頁。 22)高橋吉之助・村山徳五郎『新学校法人簿記会計入門』第一法規、1978年、98頁。 23)高橋吉之助・村山徳五郎『学校法人会計の理論』国元書房、1968年、69頁。 24)高橋吉之助・村山徳五郎『新学校法人簿記会計入門』第一法規、1978年、99頁。 25)前掲書、99頁。 26)高橋吉之助・村山徳五郎『学校法人会計の理論』国元書房、1968年、43頁。 27)佐藤倫正・向伊知郎編著『ズバッとわかる会計学』同文舘出版、2014年、75頁。 28)事業活動収支計算書の表示方法を見れば、基本金組入前収支差額から基本金組入額を控除するので、基本金の組入れは後から行うかのような印象を与えるが、基本金の先行組入れは、従来と変わらず、当期の事業収入額から 先に控除する点に留意する必要がある。 [参考文献] 酒井治郎『会計学の基本問題』文理閣、2013年。 佐藤倫正・向伊知郎編著『ズバッとわかる会計学』同文館出版、2014年。 大学行政管理学会編『これならわかる!学校会計』学校経理研究会、2014年。 高橋吉之助・村山徳五郎『学校法人会計の理論』国元書房、1968年。 高橋吉之助・村山徳五郎『新学校法人簿記会計入門』第一法規、1978年。 長谷川哲嘉「非営利会計における収支計算書~非営利会計混迷の原点~」『早稲田商学』 第436号、2013年6月。 村山徳五郎「演繹思考の会計原則」『企業会計』第23巻第 1 号、1971年。 野中郁江・梅田守彦・山口不二夫『私立大学 の財務分析ができる本』大月書店、2001年。 山口善久『新訂学校法人会計と複式簿記のすべて』学校経理研究会、2007年。 (論稿提出:平成28年12月11日) (加筆修正:平成29年 7 月 4 日)

  • ≪査読付論文≫裁判外紛争解決手続における公正性と専門性―韓国における医療ADRを素材に― / 李 庸吉 (龍谷大学非常勤講師)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 龍谷大学非常勤講師  李 庸吉 キーワード: 医療ADR、韓国医療紛争調停仲裁院、鑑定、調停、紛争解決 要 旨: 韓国においては、2012年より医療被害救済のための新たな制度の導入と共に医療ADR機 関である韓国医療紛争調停仲裁院が設立された。その大きな特徴は、一機関の中に医療事 故の鑑定を行う鑑定部とその鑑定結果に基づき調停を行う調停部の双方を有していること である。また、当機関の鑑定は医療鑑定のみならず、法的判断である因果関係の判断にま で及ぶもので、世界に類を見ないユニークなものとなっている。本稿では、韓国における 紛争解決システムを紹介しつつ、紛争解決における公正性の担保と専門知導入の意義につ き検討する。 構 成: I  はじめに II いわゆる「医療紛争調停法」の導入論議と制度の概要 III 医療仲裁院の現況と実績 IV 医療仲裁院における鑑定の意義 Ⅴ おわりに Abstract In Korea, new system has been implemented to relief from damage due to medical accident since 2012. Accordingly, the Korea Medical Dispute Mediation and Arbitration Agency which is an institution to solve a medical dispute was established. The main characteristic is that one institution includes both the Examination Division that examines accidents and the Mediation Division that mediates based on the examination result. The examination by the institution covers not only medical examination but also causation as a legal evaluation, and it is exclusively unique in the world. This article considers the significance of securing fairness and implementing expert knowledge to solve a dispute while introducing the system to solve disputes in Korea. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 紛争解決において、当事者間の私的自治を目指す対話のフォーラム1 )としてのADR(Alternative Dispute Resolution:裁判外紛争解決手続)は、殊に、医療紛争の場面においては、単なる事件の収束にとどまらず、その実態的な緩和をも伴った望ましい解決という面において、その意義は決して小さくない。 韓国においては、2012年4月より、「医療事故 被害救済及び医療紛争調停等に関する法律」2 )(以下、「医療紛争調停法」)に則った新たな医療紛争解決制度が導入されたが、ここでは、5名で構成される鑑定委員会による合議制の「鑑定」とその鑑定結果に基づき、やはり5名で構成される調停委員会による「調停」(仲裁申請の場合は「仲裁」)がなされるという特徴的な手続が注目されている。 本稿においては、このユニークな紛争解決手続を紹介しつつ、公正・妥当な解決のための鑑定の意義に着目し、韓国において展開されている医療ADRを素材に検討を試みることにする。 Ⅱ いわゆる「医療紛争調停法」の導入論議と制度の概要 1  立法経緯 韓国において医療紛争が本格的な社会問題として浮上し始めたのは、1980年代以降である。 それは数の上での増加のみならず、医療被害者(患者)側は、非合法的な手段(狼藉、業務妨害等)により救済を実現しようとする行動も多くみられ、その結果、医療者は「防衛診療」へと傾斜し、ときには病院が閉鎖に追い込まれる事態もみられた3 )。 そこで、医療被害者には迅速な被害救済を、それと共に医療者側には安定的な診療環境の確保を目的として立法的な解決を図ろうと、いわゆる医療紛争調停法の導入論議とその取り組みが始まったが、結局23年もの歳月と幾多の困難を経て、2011年4月7日、無過失医療補償の内容をも盛り込んだ医療紛争調停法制定に至り、2012年4月より、これに基づいた新たな制度の出帆となり、長年の構想がようやく日の目をみることになった4 )。 2  「医療紛争調停法」の主な内容 いわゆる医療紛争調停法の主要骨子としては、 ①韓国医療紛争調停仲裁院(以下、「医療仲裁院」) の設立、②医療紛争調停委員会の設置、③医療事故鑑定団の設置、④医療事故調停手続、⑤損害賠償代払(テブル)制度、⑥無過失医療事故 (分娩事故)に対する補償、⑦刑事処罰特例制度に関する内容となるが、その詳細はすでに別稿5 ) において紹介しているため、紙幅の関係上、ここにおいては割愛する。 また、本稿における検討対象は、上記の内の ①~④に関する内容となり、⑤~⑦に関しては立ち入らない点をあらかじめお断りしておく。 Ⅲ 医療仲裁院の現況と実績 1 医療仲裁院の概要 医療仲裁院は、2012年4月8日に創設された保健福祉部(日本の厚労省に相当)傘下の医療ADR機関であるが、特殊法人の形をとる第三者性を有する機関として、公正性・専門性・迅速性の実現を目標に掲げ、患者側と医療関係者が共に満足できる客観的で公正な医療紛争の解決を目指す6 )。 その最大の特徴は、1つの機関の中に鑑定部門と調停部門の双方が入っていることである。 法曹界、医療界、学界、消費者団体などの専門担当者で構成された医療事故鑑定団(専門性・ 中立性)による鑑定と、その鑑定結果に基づいて医療紛争調停委員会(客観性・公正性)が調停・仲裁を行うことになる。 医療事故鑑定団は、団長及び50名以上100名以下の鑑定委員で構成されるが、学識と経験豊富な者の中から医療仲裁院院長が任命・委嘱しなければならない。医療紛争調停委員会もやはり50名以上100名以下の調停委員で構成される。 調停委員の定数の5分の2は、判事・検事、または弁護士資格を有する者、その5分の1は保 健医療団体または保健医療機関団体が推薦する者、さらに5分の1は、消費者権益に関する学識と経験が豊富な者で、非営利民間団体が推薦する者、最後の5分の1は大学や公認の研究機関の教授職(副教授以上)、あるいはその職にあった者で保健医療人ではない者の中から任命あるいは委嘱しなければならないことになっている。事件処理においては、各々5名で構成される分野別鑑定部、分野別調停部がおかれるが、その構成は法律で定められており7 )、【図表1】 の通りである。 図表1 医療仲裁院組織図 ※ 韓国保健福祉部資料を基に筆者作成 2 基本的な手続の流れ ⑴ 医療事故の相談業務 医療事故被害救済業務の端緒は、まず相談窓口等における相談受付から始まる。相談はすべて無料で、直接医療仲裁院への訪問はもちろんのこと、電話、郵便、ファックス、インターネットを介した相談等、あらゆる方法で相談が可能となっている。 また、ソウル駅をはじめ全国の主要都市の市庁舎等においても無料1日相談室を設け、相談サービスを提供している8 )。 医療仲裁院設立の2012年から2015年度まで受け付けた相談件数を年度毎にまとめたものが 【図表2】である。相談件数も医療仲裁院の知名度と共に着実に増加している様相がみて取れる。ここに示された数値と実際に救済手続が必要となった件数(後傾【図表4】に示された申請件数)を対比してみると、そのうちかなりの件数は相談だけで収束をみることが多いことから、 有害事象による実損害というより、コミュニ ケーション不足に起因した問題の多さを示唆するようにも感じられる。 図表2 医療仲裁院に寄せられた年度別相談件数 ※ 医療仲裁院資料を基に筆者作成 ⑵ 鑑定部・調停部の連携による手続 鑑定手続・調停手続共に5名から構成される 分野別鑑定部・調停部が手続にあたることになる。5名からなる分野別鑑定部の委員には 2名の医師と現役の検事が、また分野別調停部では、1名の医療人(大抵は医師)と現役判事が含まれていることが特徴的である。 そのようなスタイルを採用した理由としては、まず鑑定は、一種の調査でもあることから検事が含まれ、また充実した調査のため医師2名を含むという形を採用したのに対し、調停は、1つの判断をしてまとめ上げるという性格上、現役判事に入ってもらい医師(医療人)を1名おく形となっているという9 )。 調停申請は、ほとんどが医療事故被害者である患者側からなされるが、医療側からの申し立ても 5 %ほどあり、たとえば、患者側の要求が法外な場合などである10)。 調停申請がなされると、すべての事件はまず鑑定部に回され、事実調査、過失・因果関係の有無、後遺症の確認等の鑑定が原則60日以内 (必要と認められるときは1回に限り30日まで延長が可能なため、最長で90日以内)に行われる。ここでなされる医療仲裁院の鑑定の特徴は、医学鑑定にとどまらず、法的判断を伴う因果関係の鑑定をも含むことである。 次に、その鑑定結果を基に調停部では損害賠償額の算定を含め当事者双方が理解納得の上で 合意にいたることができるよう調停(仲裁)を指揮することになるが、申請から原則90日以内 (必要と認められる場合は、1回に限り30日まで延長が可能なため、最長で120日以内)の迅速な処理がなされることになっている。この手続の流れを示したものが【図表3】である。 図表3 手続の概観 ※ 韓国保健福祉部資料を基に筆者作成 3 創設後4年間の歩みと実績 設立から4年以上が経過したが、当初の予想よりも比較的安定的な運営がなされているようである。【図表4】が示す申立件数からすると、2012年度48件/月 → 2013年度109件/月 → 2014年度154件/月 → 2015年度142件/月と推移しており、現在は月平均150件前後となっている。 被申請人の応諾率は約43~45%程度で、これを高めることも課題ではあるが応諾がなければ手続開始がなされないのは1つの問題点であるとの指摘もある11)。一方、医療機関側が手続に同意しない理由については、【図表5】に示す通りである。 医療仲裁院によると、まだ発足して間もない制度だけに医療機関側としては動向を見守っている状況にあるのではないかとの分析がなされている12)。 一方、被申請人側の応諾により手続が開始されたケースにおいては、調停成立率が90%程度となっている(後掲【図表8】)。 図表4 調停・仲裁手続の申請・処理状況 ※ 医療仲裁院資料を基に筆者作成 図表5 医療機関側の不応諾理由 ※ 2016年1月26日のインタビュー及び医療仲裁院提供資料を基に筆者作成 4 新たな動き 制度上、被申請人の応諾がなければ調停手続が開始されないことが問題点として指摘されていたが、2016年5月の法改正により、死亡または 1 ヶ月以上の意識不明等の重篤な場合においては、被申請人の応諾如何にかかわらず遅滞なく手続が開始されることになった。そして、この改正法は2016年11月30日より施行されるにいたったことで、また新たな局面が展開されていくことが予想される。 Ⅳ 医療仲裁院における鑑定の意義 1 分野別鑑定部の現況と実績 【図表6】が示すように、現在、医療仲裁院の医療事故鑑定団は、鑑定1部~鑑定10部までの10の分野別鑑定部を有し、各々5人の委員による合議により鑑定が実施されるため、ピア・ レビュー(peer review)効果が働くことにより、 客観性・公正性が担保されながら、分野に応じた専門性の高い鑑定が行われている。 また、原則60日以内という比較的短期間に鑑定を終え、その結果につき鑑定書を作成することが法により求められているが、2015年度の鑑定処理期間をまとめた【図表7】によると特別なケースと思われる一部のものを除きほとんどが60日以内に鑑定がなされており、総平均日数も52.5日となっており、迅速な処理がなされていることがうかがえる。 鑑定結果につき、一方当事者が納得できない場合、再鑑定を行うことも可能であるが、インタビュー調査において聴取したところによると、実際に再鑑定となったケースは存在しなかった13)。 また、鑑定結果と調停の終局的な結果との間にも特徴的な相関関係が見られる。鑑定において「過失あり」の結果が出た事件においては、95%以上が合意に達するのに対し、「過失なし」 の鑑定結果の場合には、調停成立という点では 20~30%程度とかなり対照的な差異が存するこ ともインタビュー調査において確認された14)。 先にも若干触れたが、以下の【図表8】が示 すように調停手続に入った事件については、その約9割が調停成立の結果となっているが、そのほとんどは鑑定において「過失あり」と判断 されたものである15)。一方、「不調停決定」(調停を行わない決定)、「取下」の終局区分のものは、 鑑定において「過失なし」の場合がほとんどで、前者は両当事者間の温度差が大きく対話による 解決の可能性がまったく見られない場合になされる決定である16)。この場合においては、鑑定結果の詳細な説明と共に仮に訴訟になった場合の見通しまで説明がなされ手続終了となる。その後、当事者は訴訟へと進むことも多いようであるが、その結果、裁判所の判断も医療仲裁院の判断とまったく同じであったと当事者自らの報告により医療仲裁院にフィードバックがなさ れたケースもある17)。後者の「取下」も「過失なし」との判断に理解を示したがゆえに、それ以上「過失」をめぐって争うことなく、当事者自ら手続の取り下げを行ったことにほかならない訳で、この「不調停決定」、「取下」の部分は、調停成立という解決には至らなかったが、客観的な鑑定が、紛争の激化・長期化を招来させることなく収束に向かわせていること、つまり、 紛争の「激化防止機能」を果たしている点は明らかに指摘できる。 図表6 分野別鑑定部の現況 ※ 医療仲裁院資料を基に筆者作成 図表7 鑑定処理期間 ※ 医療仲裁院資料を基に筆者作成 図表8 調停件数と調停成立の割合 ※ 医療仲裁院資料を基に筆者作成 2  特徴的な鑑定事例の紹介 ⑴  子宮動脈塞栓術施行後、子宮が壊死した事例18) ① 事案の概要 申請人(1986年生、女性)は2008年に左卵管切除及び子宮内膜症手術、2011年妊娠21週で絨毛羊膜炎で人工妊娠中絶を受け、2013年に流産の既往がある。2014年 8 月、被申請人の病院で前置胎盤及び癒着胎盤との推定診断のもと、妊娠36週で入院し、帝王切開術で出産。術後にも子宮出血が持続したため、子宮動脈塞栓術を受けたが、バイタルが安定し特異所見もなく、抗生剤を処方され退院。1ヶ月後、喉の痛みと腹痛を訴えため、虫垂炎・感染の推定診断のもと転医勧告を受け、◯◯大学病院受診。子宮壊死による化膿性炎症で子宮摘出術、癒着剥離術を受けた。 ② 事案の争点 子宮動脈塞栓術に関する過失、経過観察上の過失有無 ③ 鑑定結果の要旨 (ア) 子宮壊死の原因 子宮壊死は、子宮動脈塞栓術による子 宮筋膜と内膜の虚血により発生した可能性が高いが、これは世界的にも19例しか報告されていない極めて稀な合併症である点、大学病院でのCT結果によれば、申請人は産褥期の急性子宮内膜炎があり、そのような場合、子宮筋層まで壊死が起こりうる点、急性炎症の症状ともみることができる点等総合すると子宮壊死の原因を子宮動脈塞栓術によると断定するのは困難と思料される。 (イ)  子宮動脈塞栓術に関する過失・経過観察上の過失 前置胎盤により出血量が多く、本件子宮動脈塞栓術を施行したのは、適切な選択と思料され、その過程に過失があるとはいえない。 診療記録には、悪寒と熱感が主訴で子宮分泌物に対する記載はなく、腹痛の有無は模糊としており、子宮壊死を疑うべき状態であったかどうかの判断は困難である。 ④ 処理結果:調停決定による調停成立 (ア)  損害賠償責任の範囲:本件事故の発生経緯と結果、特に申請人の子は本件分娩で出産した新生児1人だけで、今後、第2 の妊娠も望んでいた点、◯◯大学病院で治療を受ける前まで急性子宮内膜炎等の原因を知らないまま約2週間苦痛を受けた点等の事情を総合すれば被申請人は申請人に金400万ウォンを支払うのが妥当である。 (イ)  当事者らは、調停部より鑑定結果を含 めた医学的・法理的事項に関する説明を受けたが、結局当事者同士で合意に達することはできず、調停部は以下のように調停決定。両当事者双方の同意により調停が成立した。 「被申請人は申請人に金400万ウォンを支払い、申請人は本件治療行為に関して今後いかなる異議も提起しない。」 ⑵ 鍼施術中、心停止が発生し死亡した事例19) ① 事案の概要 背部痛を訴える患者が被申請人の韓医院を受診し、腹臥位で数カ所に鍼刺入後、抜鍼を待ちながら休息していたところ、呼吸困難、全身けいれん惹起。被申請人は救急車の手配と心肺蘇生術施行。◯◯大学病院到着後、42分間蘇生術が施されたが、回復せず、「詳細不明の心停止」で死亡にいたった。 ② 事案の争点 鍼施術及び応急処置上の過失の有無及び転送義務違反 ③ 鑑定結果の要旨 (ア) 鍼施術の適切性 背部痛に対する鍼施術後に呼吸困難、 全身けいれんが起こったもので治療のために採用した鍼施術は適切であると思料される。 (イ)  心停止発生後の応急処置及び転送措置の適切性 呼吸困難と全身けいれんを確認後速やかに心肺蘇生術を行い救急車手配と転院措置がなされており、適切と推定される。 ④  処理結果:和解による調停成立(調停調書) 当事者らは鑑定結果と争点等に関する説明を受け、患者の死亡原因につき理解したが、被申請人側から、申請人らの経済的事情等を考慮し、亡患者の葬儀代相当額を支給し和解することを望み、以下の内容で和解成立。 「被申請人は、申請人に金500万ウォンを支給し、申請人は本件診療行為に関して今後いかなる異議も申し立てないものとする。」 ⑶ 「事態の治癒」を指向した和解事例20) ① 事案の概要 患者が死亡した事案であったが、鑑定では「過失なし」という結果であった。 遺族(夫を亡くした妻)は、「鑑定結果を受け入れるが、ただし病院側は慰謝の気持ちを表明して欲しい」という意向を示した。 ② 処理結果 結局、病院側は慰謝の気持ちを患者側に 表明し、患者側は過失なしという鑑定結果を受け入れ、一切の請求は放棄するという形で和解に至った。 ③ 最後に遺族が口にした言葉 「このような形でお話しできたお陰で、心の平和が速やかに訪れることとなった。 調停長が何を目指しているかがよく理解できた」とのことであった。 ⑷ 小括 ADRにおいては、事故被害者が求める感情的葛藤への対処、再発防止策、相手方への謝罪 と誠実な対応といった裁判による解決では応答しきれないニーズに柔軟に対応できる点がつとに指摘されているが21)、上記の紹介事例はまさにこの点を明確に物語っている。そして無論それは裁判制度を前提とし、その不備を補完する形で、正義や救済の実現を図っており、ADRの理念に適う形22)で具現されているといえそうである。 3  連携調停との対比から ⑴ 連携調停とは 連携調停とは、訴訟中の案件を法院(裁判所) の調停ではなく、外部の調停機関に回付する方式の調停をいう。ある種の事件については、法院の調停よりも、非司法的な調停の方が望ましいという考えから外部の専門分野ごとの連携調停機関23)へ記録を送り45日以内に回答をもらう形で行われる。 ⑵ 通常の鑑定・調停手続との対比から 医療仲裁院では、この連携調停が2013年度から試行的に導入されているが、人員の制約などの理由から鑑定は行わず、調停手続から開始されている。鑑定を経ないだけに、調停成立に至る割合はやはり低めで、30~40%となっており24)、 鑑定を経る通常の手続によった場合が先に見たように約90%に達していることからすると、同じ機関における調停手続でありながら、その結果に明らかな差異が見られる。 この対比からも明らかなように、医療仲裁院の鑑定が紛争の早期かつ公正な解決に資することは言を俟たないであろう。さらに一言するな らば、ここにおいては、「専門的で客観的な観点から事態を評価し説明することで理解を形成していく仕組み」と、他方では「それを参照しつつも患者側、医療者側双方の情緒的なコンフリクトへのケアを提供しながら、双方が向き合える対話の場を確保していくような複合的な仕組み」25)を構築しているところにこの制度の強みがあると考える。 Ⅴ おわりに 新制度発足後すでに4年が経過したが、法院 (裁判所)も医療仲裁院の創設は歓迎しているようであり26)、医療ADRの利用の増加と共に、 2014年度からは、少額事件を中心に訴訟件数も大幅な減少へと転じている27)。現に、ADRには、簡易性、迅速性、廉価性、秘密性、専門性、宥和性といった多様なメリット28)があるが、医療仲裁院の利用度を高めるためには、公正性に対する国民の信頼を得ることが重要で、そのためには医療の各分野の専門家のさらなる確保が必要で今後の課題とされている29)。 医療といった専門性の高い分野の紛争解決において、専門知の役割は大きく、日本でも医療集中部を有する裁判所では、東京地裁におけるカンファレンス鑑定に代表されるように専門家関与の取り組みがなされている。このカンファレンス鑑定は、従前の単独書面鑑定が、医師にとって単独で評価する負担、当事者や医師仲間からの非難可能性等から、引き受け手が見つからないという問題に対応するために2003年に導入されたものである30)。 この鑑定方式は、3名の専門医が鑑定人となり、期日前に簡単な意見要旨を提出してもらった上で、鑑定期日には3名の鑑定人が相互に議論しながら適正な鑑定内容にしていくというもので、その結果は当事者の理解が得られやすく、 裁判所の心証形成も容易であるとされている31)。 それは、複数の専門家が関与することで、その専門分野における共通了解を見い出しやすいこと、問題とされる部分がどのような意味で問題といえるのかといった文脈の情報も得ることが可能となり、しかも意見の形成過程も可視化できる点32)にあろう。 したがって、医療の問題といえる部分を確認し相互了解を形成するのに資する33)という点で、 複数の専門家による合議制の鑑定の意義は大きく、公正かつ妥当な紛争解決においては重要な機能を果たすと考える。また、その鑑定結果に基づいた調停手続とそのフィードバックによる効果ということにまで考えを及ぼすと、裁判では対応できない医療被害者の情緒的な欲求に根ざした被害の物語の一部としての「真相究明」34) に対し、対話による治癒ないしは双方の距離を埋めていく「調停」手続の先行手続として「鑑定」の導入が図られた点にも大きな意義があるといえる。 [注] 1) 和田仁孝「総論―ADRの基礎知識(特集 新しいADRの世界をみる)」、『法学セミナー』、631号、日本評論社、2007年7月、19頁。 2) 立法経緯と条文訳については、李庸吉「韓国における『医療事故被害救済及び医療紛争調停等に関する法律』」、『龍谷法学』、44巻3号、 2011年12月、327頁以下。 3) 李庸吉『医療紛争の法的分析と解決システム ―韓国法からの示唆―』、晃洋書房、2016年1月、202-203頁。 4) 李庸吉、前掲注3)、203頁。 5) 李庸吉「韓国における新たな医療紛争解決制度」、『公益・一般法人』、852号、全国公益法人協会、2013年9月、39頁以下。 6) 医療仲裁院HP(https://www.k-medi.or.kr/Index. do)。 7) 「医療紛争調停法」19条‒26条。 8) 李庸吉、前掲注2)、43頁。 9) 李庸吉・平野哲郎・渡辺千原「韓国医療紛争 事情調査報告」、『龍谷法学』、47巻 4 号、 2015年 1 月、228‒229頁。 10) 2014年9月22日、医療仲裁院常任調停委員へのインタビュー調査。 11) 李庸吉、前掲注3)、225頁。 12) 2014年9月22日、医療仲裁院における意見交 換会でのインタビュー調査(本インタビューの内容については、李庸吉・平野哲郎・渡辺千原、 前掲注9)、228‒233頁)。 13) 李庸吉・平野哲郎・渡辺千原、前掲注9)、 229頁。 14) 李庸吉・平野哲郎・渡辺千原、前掲注9)、 229頁。 15) 2014年9月22日、医療仲裁院常任調停委員へのインタビュー調査。 16) 2014年9月22日、医療仲裁院常任調停委員へのインタビュー調査。 17) 2016年1月26日、医療仲裁院医療事故鑑定団 選任調査官へのインタビュー調査。 18) 한국의료분쟁조정중재원(韓国医療紛争調停仲 裁院)『2014/2015 의료분쟁 조정 중재 사례집(医療紛争調停・仲裁事例集)』、2016年4月、 361頁以下。 19) 韓国医療紛争調停仲裁院、前掲注18)、515頁以下。 20) 2016年1月26日、医療仲裁院常任調停委員、 医療事故鑑定団選任調査官、医療事故予防業務チームとの意見交換会におけるインタビュー調査。 21) 和田仁孝、前掲注1)、20頁。 22) 和田仁孝、前掲注1)、18頁。 23) たとえば、インターネットドメイン問題、知的財産権、商事、建築などの領域を専門的に取り扱う機関で、そのほとんどは公共的機関であるとのことである。 24) 2014年9月22日、医療仲裁院における意見交換会でのインタビュー調査(李庸吉・平野哲郎・渡辺千原、前掲注9)、230‒231頁)。 25) 和田仁孝「医療事故ADRのふたつのモデル と機能性」伊藤眞ほか編『民事司法の法理と 政策(下)』商事法務、2008年8月、692頁。 26) 2014年 9 月24日、ソウル中央地方法院でのインタビュー調査(李庸吉・平野哲郎・渡辺千原、 前掲注9)、238‒239頁)。 27) 李庸吉、前掲注3)、233頁。 28) 山本和彦「ADR法とは何か(特集新しいADRの世界をみる)」、『法学セミナー』、631号、日 本評論社、2007年 7 月、22頁。 29) 2014年 9 月22日、医療仲裁院における意見交 換会でのインタビュー調査(李庸吉・平野哲郎・渡辺千原、前掲注9)、233頁)。 30) 渡辺千原「裁判と科学―フォーラムとしての裁判とその手続のあり方についての一考察 ―」、『法と社会研究』、創刊第1号、2015年 12月、125頁。 31) 日本弁護士連合会ADRセンター編『医療紛 争解決とADR』弘文堂、2011年 9 月、 8 ‒ 9 頁。 32) 渡辺千原、前掲注30)、126頁。 33) 渡辺千原、前掲注30)、126頁。 34) 和田仁孝「法と共約不可能性―『被害』のナラティヴと権力性をめぐって」和田仁孝ほか編『法の観察―法と社会の批判的再構築に向けて』法律文化社、2014年7月、150頁。 [参考文献] 和田仁孝「総論―ADRの基礎知識(特集 新しいADRの世界をみる)」、『法学セミナー』、631号、日本評論社、2007年7月。 山本和彦「ADR法とは何か(特集 新しいADRの世界をみる)」、『法学セミナー』、631号、 日本評論社、2007年7月。 和田仁孝「医療事故ADRのふたつのモデルと機能性」伊藤眞ほか編『民事司法の法理と政策(下)』商事法務、2008年8月 日本弁護士連合会ADRセンター編『医療紛争解決とADR』弘文堂、2011年9月。 李庸吉「韓国における『医療事故被害救済及び医療紛争調停等に関する法律』」、『龍谷 法学』、44巻3号、2011年12月。 李庸吉「韓国における新たな医療紛争解決制 度」、『公益・一般法人』、852号、全国公益 法人協会、2013年9月。 和田仁孝「法と共約不可能性―『被害』のナラティヴと権力性をめぐって」和田仁孝ほか編『法の観察-法と社会の批判的再構築に向けて』法律文化社、2014年7月。 李庸吉=平野哲郎=渡辺千原「韓国医療紛争 事情調査報告」、『龍谷法学』、47巻4号、 2015年1月。 渡辺千原「裁判と科学―フォーラムとしての裁判とその手続のあり方についての一考察 ―」、『法と社会研究』、創刊第 1 号、2015年12月。 李庸吉『医療紛争の法的分析と解決システム ―韓国法からの示唆―』、晃洋書房、2016 年 1 月。 한국의료분쟁조정중재원(韓国医療紛争調停仲裁院)『2014/2015 의료분쟁 조정 중재 사례 집(医療紛争 調停・仲裁事例集)』、2016年4月。 (論稿提出:2016年12月5日) (加筆修正:2017年3月31日)

  • ≪査読付論文≫公益認定取消しと公益認定制度についての再検討 / 古市雄一朗 (大原大学院大学准教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 大原大学院大学准教授  古市雄一朗 キーワード: 公益認定 認定取消し 公益性の意義 公益法人と一般法人 最適資源配分 要 旨: 公益認定の取消しは、言わば公益認定と表裏一体の関係にあり公益認定の取消しについ ての現状を整理し、その意義について検討する事で公益認定の意義やそれをチェックする 機関の果たす役割や一般法人を含めた法人制度全体について検討を行った。公益法人から 一般法人への移行についての制度を再検討する事で行政の資源配分の立場からより効率的 に公益法人の活動を推進させる事ができる可能性を指摘した。 構 成: I  はじめに II 公益認定の取消しと公益認定基準 III 公益認定取消しの事例 IV 公益認定等委員会の果たす役割と法人区分の意義について Ⅴ むすびにかえて Abstract This paper discusses that the authorization system of the public interest corporations and annual checking of their qualification will promote the efficient resource allocation for the public benefit ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 平成20年12月の公益法人制度改革による新制度移行後、公益認定を受けた法人の公益認定が取消される事例が複数発生している。現行の制度では、一般財団法人および一般社団法人(以下、一般法人)のうち、公益認定等委員会により公益認定を受けた法人が公益財団法人および公益社団法人(以下、公益法人)として認定される事になる。 公益認定を受けた公益法人には、税制上の優遇措置に加え、各種の運営上のメリットがある。 公益認定等委員会は、公益認定のみならず、その後の指導監督を行い公益認定を受けた法人としてふさわしくないと判断した場合には、法人に与えた公益認定の取消しの判断を下す事ができる。すなわち、公益認定等委員会は、公益法人を外部からチェックすることで公益法人の活動の公益性を担保し、公益活動を行うのにふさわしい組織としての資質を継続して保つうえで重要な役割を果たしていると言える。 公益認定の取消しは、言わば公益認定と表裏一体の関係にあり公益認定の取消しについての現状を整理し、その意義について検討する事で公益認定の意義やそれをチェックする機関の果たす役割、一般法人を含めた法人制度全体について検討課題を探索することができると言える。 本稿においては、公益社団法人および公益財団法人の認定等に関する法律(以下、認定法) 第29条第1項に規定される必要的取消し事由および同第2項に規定される任意的取消し事由に基づいて公益認定等委員会により公益認定取消しの判断がなされた事例を検討の対象とする。なお、法人が自ら認定取消しの申請を行った場合については、公益認定等委員会から重大な指導・勧告が行われず、法人の自主的な判断により認定取消しが行われたと考えられる場合には、本稿における検討の対象外とする1)。 まず次節において、公益認定が取消される制度上の背景とそれに関連して公益認定基準において公益法人に求められる条件について整理を行う。Ⅲにおいて、実際の公益認定の取消しが 行われた事例について検討を行う。続くⅣにおいて、公益法人に対するチェック機能の意義と一般法人を含めた制度全体の在り方について検討を行う。 Ⅱ 公益認定の取消しと公益認定基準 従来、旧民法34条を根拠とするいわゆる旧公益法人制度では、主務官庁に大きな権限が与えられ公益性の判断が裁量的に行われており、なおかつ法人格の認可と公益性の有無についてセットで判断されていた。平成20年の制度改革以降の新制度においては、公益性の判断基準がルールベースで明確にされ、公益性の有無と法人格の有無の判断も分離されるようになった。 また、公益性の判断を行うのも主務官庁から内閣府の審議会である公益認定等委員会または、都道府県の場合にはそれぞれの条例に基づいて 設けられる公益認定等審議会に代わり2)、主務官庁の規制の在り方は、裁量による事前規制からルールベースの事後チェックに重きがおかれるようになった。公益認定が行われた後、公益認定の取消しが行われる事由は以下の2つである。 ⑴ 必要的取消し事由(認定法第29条第1項) 次のいずれかに該当した場合には、公益認定は、必ず取消されなければならない。 ① 欠格事由に該当するに至ったとき3) ②  偽りその他不正の手段により公益認定、変更認定等を受けたとき ③  正当な理由無く行政庁の命令に従わないとき ④  法人から公益認定取消しの申請があったとき ⑵ 任意的取消し事由(認定法第29条第2項) 次のいずれかに該当した場合には、行政機関が公益認定を取消す事ができる。 ①  公益認定基準(認定法5条第1号から第18号)のいずれかに適合しなくなったとき   ②  認定法第14条から第26条の規定を遵守していないとき4) ③  上記のほか、法令又は法令に基づく行政機関の処分に違反したとき 任意的取消し事由については、直ちに認定取消しということではなく、まずは、法人に対して是正を求め、必要に応じ、勧告・命令という手順を踏むため実際に行政機関の処分に違反した事を理由として認定取消しが行われる場合には、必要的取消し事由の⑶を根拠に取消しが行われると考えられる(内閣府[2013]10頁)。 上記の2つの取消し事由を比べるならば、必要的取消し事由は、基本的に重大な法令違反等による取消しであるのに対して、任意的取消し事由は、公益法人が公益認定基準を満たさなくなった場合、すなわち認定法の目的に掲げられている法人の活動が公益の増進および活力ある社会の実現に資することができなくなったと判断された場合に行われるものであると言える。 認定法における公益認定の基準が示されている認定法第5条第1号から第18号の内容を整理すると以下の通りである。 第1号  公益事業を行う事を主たる事業目的とすること。 第2号  公益目的事業を行うのに必要な経理的基礎、技術的能力があること。 第3号  法人の社員、評議員、理事等の関係者に特別の利益を提供しないこと。 第4号  株式会社等への寄附等を行わないこと。 第5号 投機的な取引を行わないこと。 第6号  公益目的事業の収入がその事業に必要な適正な費用を超えないこと(収支相償)。 第7号  収益事業等が公益目的事業の実施に影響を与えないこと。 第8号  公益目的事業比率が50%以上であること(公益目的事業比率)。 第9号  遊休財産額が一定額を超えないこと (遊休財産保有制限)。 第10号  理事の関係者の理事または監事の構成比に関する制限。 第11号  他の同一団体の関係者が理事または監事に占める構成比に関する制限。 第12号  一定の規模以上の場合の会計監査人の設置。 第13号  役員の報酬等の支給基準を定めること。 第14号  社団法人において社員の資格について不当な扱いをしないこと。 第15号  他の団体の意思決定に関与する株式等の財産の保有禁止。 第16号  公益目的事業に不可欠な特定財産に関して定款で定めること。 第17号  公益認定取消し時に公益目的取得財産残高の贈与に関する取決めを定款で定めること。 第18号  清算時の残余財産の贈与に関する取決めを定款に定めること。 すなわち、重大な法令違反を行った法人が公益認定を取消されるのは、当然として重大な違反を犯していないとしても基準に照らして、公益性を有しなくなった法人は、公益認定が取消される可能性を認定法は示している。 上記の公益認定の基準について先行研究ではその内容をいくつかのグループに区分し分類を行ってきた。 江田[2012]13-19頁では、①事業の公益性の確保、②適正な運営管理の確保および③財務に関する基準の3つに区分する検討を行っている。 すなわち①「事業の公益性の確保のための基準」として1号、2号、5号、7号を挙げてお り、公益を目的とする事業を適性に実施し得る法人に該当するか否かを判断する尺度であるとしている。また②「適正な運営管理の確保」にあてはまる基準として3号、4号、10号、11号、12号、13号、14号、15号、16号、17号、18号を挙げており、これらの内容は、公益目的事業の実施を主たる目的とする法人のガバナンスに係る部分を再構築したもので具体的には一般法人に要求されているガバナンスの基準に、より厳しいガバナンスの基準が付加しているものであるとしており、公益目的事業を適性に実施できる法人の判断基準であるとしている。 ③の財務に関する基準として、6 号、8 号、9号を挙げており、これらのいわゆる財務三基準については、税制上の優遇を与える制約についての抽出基準であるとしている。 (齋藤[2009]41-44頁)では、①公益目的事業関連、②経理・情報開示関連、③自己統制関連、④その他(精算時等)の4 グループに分類している。 ①の公益目的事業関連については、公益性に直接関わる基準として1号、2号、4号、6 号、8号、9号、15号が主に当てはまり実施事業に関して不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与する事が求められ、収支相償を求めて営利競合を避ける事や公序良俗に反する事業を禁止する内容であるとしている。②の経理・情報開示関連については、2号および12号が当てはまり、 許可主義から準則主義への移行に伴い、社会全体によるモニタリング、委託された財産に関する報告義務についての内容が盛り込まれており、それは、組織が社会的に必要とされているか否かについての評価を導くとしている。③の自己統制関連については、 3号、10号、11号、13号、14号が該当し、組織の自律性が求められる事との関連で社会的必要性を否定される事のないような組織管理が求められるために必要な基準であるとしている。 また、岡村[2015a]266-269頁では、1号 から18号を1号を核としそれを補完ないし補足する関係を持つ基準の集合としての①「公益目 的事業の確保」のための基準に分類されるグループと公益目的事業法人の組織特性に関する基準の集合である②「公益目的事業法人の組織特性」の2つのグループに分類している。 すなわち①公益目的事業の確保のための基準として1号を核に2号、3号、4号、5号、6号、7号、8号、9号、10号、11号、13号、15 号、16号がそれを補完する関係にあり、②公益目的事業法人の特性に関する基準として12号、 14号、17号、18号が公益目的事業法人としての組織の特性として求められるとしている。岡村もまた6号基準の収支相償は、税優遇の適合基準であることを指摘している。 岡村[2015a]でも示されているように公益認定基準の分類に見る整理の仕方は論者によって異なっており基準間の関連についての理解が定まっていないと言える(岡村[2015a]267頁)。 本稿においては、公益認定の取消しを議論の出発点としており、任意的取消し事由として認定基準を満たさなくなった場合には、法人が公益事業を行う主体としてふさわしくないと判断され公益認定が取消されるという観点から分類を行う。そのような観点に立つならば、公益認定基準の中身は①法人の主たる事業が公益目的事業であるかの判断基準である1号、6号、7号、8号、9号、15号と②法人が公益目的事業を行う上で備えているべき資質を有しているかの判断基準である2号、3号、4号、5号、10号、11号、12号、13号、14号、16号、17号、18号の 2つのグループに分けられると言える。すなわち、公益法人が公益認定を取消される場合としては、重大な違反をした場合に加え、法人が名目的にも実質的にも公益目的を主たる事業としなくなった場合と公益事業を行うための技術や能力、ガバナンス体制を維持できなくなった時に認定が取消されると言える。先行研究および本稿における認定基準の分類をまとめると 図表1の通りである。 本稿における分類は法人の目的が公益事業であるか否かの判定基準と組織が有しているべき特性に関する判断基準の2つに注目し分類を 行っている点は岡村[2015a]に近い。しかしながら本稿においては、組織が行う主たる活動が公益目的事業ならば、1号はもちろん当然の結果として収支相償は達せられ(6号)、公益目的事業に影響を与えるほどに収益事業に比重がおかれる事も無く(7号)、公益目的事業比率や、遊休財産の保有額が一定の水準を超える事も無く(8号、9号)収益の獲得を主目的とする株式会社をコントロールするための株式の保有等は行わない(15号)と考えられるため、上記を1つの区分とした。 一方で、公益目的事業を行い公益を推進しそれに伴う恩恵を享受する組織は、それを遂行するのに必要な経理的基礎を有し(2号)、公益とは真逆の私益目的や特定利害関係者への利益提供につながる事業を行わず(3号、4号)、公益目的の推進を損なうリスクを伴う事業を行う事も無いと考えられる(5号)。また、適切なガバナンスを損ない特定の者に対する利益提供につながる可能性のある運営体制を構築しないはずである(10号、11号、13号、14号)。さらに、 アカウンタビリティの担保のために必要に応じて会計監査人を設置してチェック機能を働かせ (12号)、公益目的事業を達成するのに必要な財産を適切に運用できる経理を行う(16号)。そして、非営利性と矛盾する残余財産の分配を可能にするような定款を設ける事は無いと言える (17号、18号)。 上記の公益認定基準の区分を踏まえて、議論を整理するならば、公益認定が取消される原因としては、 タイプA: 必要的取消し事由の内容に当たる各種法令、規則の重大な違反による認 定取消し タイプB: 任意的取消し事由のうち主たる事業が公益目的と判断されなくなった事 により公益認定基準を満たさなくなった事による認定取消し タイプC: 任意的取消し事由のうち法人が公益目的事業を推進するのに必要な資質 を失った事により公益認定基準を満たさなくなった事による認定取消し の3つが少なくとも考えられると言える。 次項においては、実際の公益認定取消しの事例について上記タイプA~タイプCの、どの取消しのパターンに当てはまるかという視点を中心に実際の公益認定の取消しの事例について検討を行う。 図表1 公益認定基準の分類 Ⅲ 公益認定取消しの事例 本項においては、平成20年の新制度移行後に公益認定の取消しが行われた主な事例を挙げ、 取消しの原因についての分類を行う。また、取消しにいたる理由や経緯については、行政庁から公表された資料を基に整理を行う。なお、法人の名称等は、当時のものである。 事例① 公益社団法人全日本テコンドー協会 日付:平成26年7月1日 取消し理由: 取消しの判断が行われる前に当該法人は2度の勧告を受けている。1度目の勧告は、平成25年12月に行われ一般法人法第48条で規定されている社員の議決権についての規定に違反し、賞罰規定において社員の資格停止処分を受けた社員に対して議決権の行使を認めない規定が問題になった。すなわち社員総会における議決権の行使に関する一般法人法違反が指摘された。 2度目の勧告は平成26年4月に行われ、法人の作成する帳簿外の資金の流れが存在し、代表理事が助成金を自ら集金し、それを自己又は自己の関連会社の名義で寄付し、寄付金控除等を受けているなど、代表理事個人の財布と法人の会計区分がされておらず、公益法人に求められる経理的基礎が備わっていないという指摘が行われた。 上記の勧告の内容である、議決権の制限についての一般法人法違反と経理的基礎の改善措置が完了する前に平成26年5月15日に法人側から公益認定の取消し申請が行われ、公益認定の取消しが行われた。 前節で整理した取消し理由の分類としては、 議決権の不当な制約についての一般法人法違反については、タイプA(規則の重大な違反による認定取消し)にあてはまり、経理的基礎の不足については、タイプC(公益事業を行うのに必要な資質を有さなくなった事による認定取消し)が当てはまると言える。 事例② 公益財団法人平等院(千葉県) 日付:平成27年10月5日 取消し理由: 当該法人は、公益目的事業として「社会的弱者のための霊園の建設及び経営」を定め、公益目的事業以外の事業は行わないものとして公益認定を受けていた。その後、平成26年6月17日には、事業計画、事業報告等の書類が提出されず、報告徴収が実際された。平成27年8 月3日 には、公益目的事業である社会的弱者のための霊園の建設および経営の実施状況について、 サービスの利用者が社会的弱者であることについて審査を実施する際に用いる審査基準および審査結果について記録した書類等の提出を求める報告徴収を実施した。これらの経緯を経て平成27年8月26日には、公益目的事業の実施状況および経理的基礎の確認を行うための立入検査が実施された。 千葉県公益認定等審議会は、墓地の造営に際して特定の業者による独占販売を認めていた点や、公益目的事業である社会的弱者のための霊園建設において、社会的弱者か否かによる審査を行っていなかったこと、および適切な経理処理を行わず経理的基礎を欠いている点を問題視していた。そして、「営利事業者である石材店に独占販売権を与えることで多額の資金提供を受けることを企図していたにもかかわらず(中略)虚偽の内容の書面を提出するなどによりその事実を隠蔽し社会的弱者の存在に仮託して事業内容を偽った」として認定法第29条第1項第2号(虚偽の申請による必要的取消し)に該当するとして公益認定取消しの判断が行われた(千葉県公益認定等審議会[2015])。 この事例における取消し理由は、虚偽の内容による公益認定申請と、申請内容とかけ離れた事業の実施という事でタイプA(規則の重大な違反による認定取消し)が当てはまると言える。 事例③ 公益財団法人日本ライフ協会 日付:平成28年3月19日 取消し理由: 当該法人は、公益目的事業として高齢者のための「みまもり家族事業」を実施していた。この事業は、一人暮らしの高齢者に対する身元保証や万一の時の支援事業を行うものであるが支援事業については利用者からの預託金を原資として実施する事になっていた。その事業を公益目的事業として実施する前提として、利用者からの預託金は、弁護士等が管理する三者契約となっていたが実際には、法人が直接預託金を管理する二者契約による管理が行われるようになり資金の流用も行われるようになった。この点について平成28年1月15日には、二者契約の預託金を早急に確保するための回復計画の策定を行うよう勧告が行われた。その後、当該法人は 平成28年2月1日に大阪地方裁判所に対して民事再生手続きの申し立てを行うに至った。二者契約により集めた預託金は、法人により目的外の事業に流用され勧告後には預託金の不足額は5億円近くにのぼり、約5,000万円の債務超過に陥っていた。 公益認定等委員会は、民事再生手続きにより、 債務の肩代わりをするスポンサーが現れるか債務の減免等を受けなければ事業を継続できないような公益法人については、明確な財政基盤があるとは言えず、公益目的事業を行うのに必要な経理的基礎を有しているとは、認められないため公益認定基準を満たさなくなったとして公益認定の取消しの判断を行った。取消し理由の分類としては、タイプC(公益事業を行うのに必要な資質を有さなくなった事による認定取消し)が当てはまると言えるが、そもそも預託金を二者契約により管理するのは、公益認定の前提を無視した公益目的事業内容の不正な変更でありタイプA(規則の重大な違反による認定取消し)にも当てはまると言える。 事例④ 公益社団法人日本ポニーベースボール協会 日付:平成28年3月19日 取消し理由: 当該法人は、平成23年に「ポニーベースボー ルのルールに従って、青少年に正しい野球を普及し、かつ、その発展をはかり、野球を通じて、 日本および海外における会員相互の親善を深め、 スポーツマンシップと国際センスを持った健全な社会人の育成を目的とする」(法人HPより) として公益認定を受けたが、平成26年までの4ヵ年にわたり社団法人であるにもかかわらず、 社員総会を一度も開催していなかった。しかしながら、行政庁に対して社員総会を行っている旨の虚偽の報告を行っていた。また、開催されていない社員総会議事録および理事会議事録を偽造していた。さらに当該法人の代表理事が特定の理事の退任届けを偽造し、役員の変更について不正な登記を行っていた。 言うまでも無く一般法人法で社団法人に求められている社員総会を開催しないことは、一般法人法第36条に違反しており、認定法第29条第2項(任意的取消し事由)第3号の「法令に違反した時」に該当する。また、社員総会議事録の偽造や退任届けの偽造は、刑法第159条における私文書偽造や同157条における公正証書原本不実記載に抵触する行為である。 取消し理由の分類としては、多くの要素が関連しているがもっとも重大な問題は、各種法令違反を恒常的に繰り返していた点にあり、タイプA(規則の重大な違反による認定取消し)に当てはまると言える。 事例⑤ 公益財団法人香焼遠見霊園(長崎県) 日付:平成28年3月29日 取消し理由: 長崎市税の滞納により認定法第29条第1項による欠格事由に該当することになり、必要的取消し事由として公益認定が取消される事となった。取消し理由の分類としては、タイプA(規則の重大な違反による認定取消し)に当てはまると言える。 事例⑥ 公益財団法人日本生涯学習協議会 日付:平成28年7月22日 取消し理由: 当該法人は、公益目的事業として生涯学習講座の審査、監修および指導により健全な生涯学習の普及発展に寄与する事業を挙げていたが行政庁は、平成28年6月3日に勧告を行い公益目的事業を行うのに必要な技術的能力を早急に確立し、法令を遵守し、適切な法人運営を確立するための措置を講ずる事を求めていた。 具体的には法人が設置した監修講座の中に科学的な見地からその内容を検証する必要があるにもかかわらず、それが行われていない事や講座の内容について公益認定を受けた際の申請書に記載された方法によらず形式的又は簡易な審査によって監修講座と認めていた点が指定されている。また、資格講座の募集の過程で「内閣府」の名称を強調し、あたかも国が直接認定に関与した資格等であるかのごとく誤認させるような表示を行っていた。 上記の内容が勧告されていたにもかかわらず、 その改善が認められる前に当該法人から公益認定取消しの申請が行われ、公益認定が取消されるに至った。公益認定の取消しのタイプとしては、勧告においても指摘されているように、公益目的事業を行うのに必要な技術的能力を有していなかったという点でタイプC(公益事業を行うのに必要な資質を有さなくなった事による認定取消し)が当てはまると言える。 これまでの公益認定取消しの主な事例をまとめると図表2のようになる。 本節で見てきたように公益認定の取消し理由は、主に重大な法令違反に起因するタイプAもしくは、公益目的事業を適性に行う組織としての資質を有していない事によるタイプCによるものである。公益認定を受けてからの期間等を考えるならばタイプAまたはタイプCに分類されて、処分が行われている事例では、法人により不適切な運営が意図的に行われている可能性が高く、それを完全に防止するのは困難である。 逆に言えば公益認定の取消しという影響の大きい対応は、極めて悪質な事例に限られて適用されており本稿において取消し理由のタイプBとして分類している任意的取消し事由のうち主たる事業が公益目的と判断されなくなった事による認定取消しに当てはまる事例が無い事からも分かるように、現行の公益認定の取消しに関する制度は、公益認定の活動を過度に制限するものとはなっていないと言える。 次節においては、公益認定を行う監督機関の果たす役割と一般法人を含めた制度全体を考えた時に公益認定が取消され、公益法人から一般法人への移行が行われる意義について検討を行う。 図表2「公益認定取消しの主な事例」2016年9月末現在 Ⅳ  公益認定等委員会の果たす役割と法人区分の意義について 旧公益法人制度における法人設立の根拠法である旧民法34条では、「学術、技芸、慈善、祭祀、宗教その他の公益に関する社団又は財団であって、営利を目的としないものは、主務官庁の許可を得て、法人とすることができる。」と 定められており旧公益法人は営利を目的としない非営利性と公益性の 2 つの要件を兼ね備えている必要があった。非営利性の判断基準については、持分権者の存在の有無を中心としてその概念についての合意形成が得られていたと考え られるが、公益性の判断基準についてはその限 りではなかったと言える。そのことが、監督官庁の裁量の影響を大きく受ける許可主義による法人の設立につながったと考えられる。 社会一般の不特定多数の利益を指す公益性について、非営利法人が備えているべき公益について考えるならば、範囲を絞った形で公益の概念の整理が必要であると思われる。 例えば、齋藤[2014]29頁では、「公益法人に求められる公益は、営利法人にも政府にも出来ない領域であり、非営利法人の社会的意義は市場の失敗と政府の失敗の交叉する領域で活動することにある。」と非営利法人に求められている公益性を定義している。すなわち、利益の獲得を目的とする一般企業に任せるならば、利益を獲得する事が出来ないため社会に対して提供されなくなる事業で、なおかつ社会に必要な事業であるが政府が行うよりも民間の非営利法人に任せたほうがより効率的に事業が行うことが出来る事業を行うことに公益法人はその存在意義を見出すことが出来ると言える。このような観点に立つならば、公益法人が享受する税金の優遇措置をはじめとする各種恩典は公益法人が政府に代わり必要なサービスを提供している事により得られる特権であると言える。社会全体で見るならば、政府が資源を直接投入して事業を行うよりも、公益法人が事業を行うことでより効率的な仕方で必要なサービスを提供することができると考えられる。 上記の理解に立つならば、公益法人が公益目的事業を継続して行っているかをチェックするためのコストについても、それを法人にのみ負わせるのではなく社会全体で負担していくという考えが必要になると思われる。公益法人の活動を推進していくために法人の自律性を促す事は重要であるが例えば、規模を問わず会計監査人を設置する事を義務付けたり、常勤の職員をある程度の人数常駐させなければ対応できないようなガバナンス構造を公益法人に求めると法人が負担するコストが過大になり、本来社会が必要としている公益のサービスを提供する機会が限られる事になる。むしろ、公益認定を行う機関による指導監督が充分に行えるように必要な資源を投入する事で公益性が担保される仕組みが考えられる。その事により生じるコストは、 社会が公益法人から提供されるサービスを受益する対価と見なすことができると言える。 公益法人が提供する公益サービスの意義を、 企業に任せると提供されず、政府に任せると効率的に提供する事が難しくなる領域のサービスと捉えるならば、法人が提供するサービスが公益目的であるか否かの判断には、行政の判断が大きな役割を果たす事になる。行政が、サービスの提供の必要性を認識しながらもより効率的なサービスの提供方法があると考えた場合に、公益認定を行い公益法人にそのサービスを担うことを期待するためである5)。このように考えるならば、ある時点では公益目的になると判断 されていた事業が外部環境の変化により公益性 を失う事は充分に考えられる。例えば、過疎地域で地域住民のためのバス事業が公益認定されたとしてその後、その地域が急速に発展し民間企業がサービスを提供しても充分に利益が獲得できるような外部環境の変化があれば、企業がその市場に参入してくる事になり、市場の失敗は解消されることになる。そのような場合には、それまでバス事業を行っていた公益法人の活動はすでにその役割を終えたことになり、各種恩典の形でその法人に資源を提供する事は、不合理な資源配分になる。そのような場合には、行政の側がその法人の公益認定を取消し、一般法人として活動を継続させるという判断が合理的 であると言える6)。すなわち、前節における認定取消し分類のタイプB(主たる事業が公益目的と判断されなくなった事による認定取消し)に当てはまる認定取消しが行われることになる事が考えられる。公益認定とタイプBのような取消しが柔軟に組み合わされれば、行政は常に効率的な資源配分を求めて意思決定を行う事が可能になると言える。 しかしながら、現行の制度においては、公益法人から一般法人への移行はある種のハードラ ンディグになっている。具体的には、公益認定が取消されたときには、一般法人への移行(認定法第29条第5項、第6項)、公益目的取得財産残額の贈与(認定法第30条)、欠格事由への該当 (第6条第1号イ、第2号)により法人は5年間新たな認定を受けられなくなるといった影響を受けることになる。 現行の制度では、公益法人から一般法人への移行は、実質的には一種のパニッシュメントとしての側面を有していると解さざるを得ない。 例えば欠格事由への該当は、その事を端的に表していると言える。また、公益目的取得財産残額の贈与にしても例えば、新規に法人を設立し公益認定を受けて公益目的事業を行った法人が公益認定の取消しを受けた場合には、その時点での公益目的取得財産残額の贈与を行わなければならないが、その中身は事業開始時(公益認 定を受けた時点)に公益保有目的財産に定めた部分(言わば公益活動の原資に当たる部分)とその後の活動を通して獲得された部分(言わば果実に相当する部分)から構成されており、原則としてそれらすべてを他の公益法人又は、国に贈与しなければならない。公益活動を行うことで 内部に累積した果実部分だけでなく事業開始時の原資部分までもが贈与の対象となる事は、一度公益認定を受けてその後取消しを受けた場合には、公益認定を受ける時点での財政状態よりも不利な状態で一般法人へ移行する事を意味す ると言えるのではないか。 公益認定を受けることで一種の恩典とそれに伴う義務を法人が負うと考えた場合に、法人がその義務を果たせなくなった時には、恩典を失うのは、当然としても恩典を受ける前の状態よりも不利な財政状態にする事は検討の余地があると思われる。とりわけ、公益認定と一般法人への移行を柔軟に運用し、認定取消しを行うことを考えるならば一般法人への移行のあり方についてはさらなる検討を行う必要があると言える。 Ⅴ むすびにかえて 本稿においては、公益認定の取消しの事例についての考察と共に公益認定基準の内容について検討を行うことで、行政が公益認定を行うことの意義について検討を行った。現状においては、公益認定が取消される事例の多くは、タイプA(重大な違反による認定取消し)またはタイプC(公益目的事業を推進するのに必要な資質を失った事による認定取消し)の取消しであり、言わばその処分は当然のものといえるものばかりであった。むしろ、本稿におけるタイプB(事業が公益目的と判断されなくなった事による認定取消し)を理由とする処分が行われていないことから現行のチェック機能は法人の活動を過度に制約するものになっておらず、法人が公益活動 を推進する事を目指すうえで一定の効果を挙げていると考えられる。 行政が法人の公益認定に強い影響を与えている状況は、行政が市場の失敗と政府の失敗の交叉する領域の問題に対して非営利法人を用いて効率的に対応する手段であると解するならば、そのチェックにかかるコストや公益活動を推進するために公益法人に与えられる恩典を与える事に伴うコストは、社会が適切なサービスを受益するためのコストであると言える点を指摘した。 上記の議論を前提にするならば公益法人から一般法人への移行の在り方についてさらなる検討の余地を有していると言える。一般法人への移行においては、実質的にパニッシュメントにあたる要素が伴うが、現状に見られるタイプA やタイプCに該当するような悪質な事例への対応としては、それは理解できるとしても、外部環境の変化により法人の活動が公益性を失った場合に一般法人への移行を行う場合には、パニッシュメントの要素は与えられるべきではないと言えるが、現行の制度においては、その区分は行われていない点を指摘した。外部環境の変化により公益事業が行えなくなった法人に公益認定による恩典を与え資源を投下する事は不合理な資源配分であると言える。一般法人と公益法人の行き来をスムーズにすることで社会が必要とする公益サービスがタイムリーに提供される事が期待できる。なお、非営利組織のそもそもの存在理由は、自らが定めたミッションの達成であるがそのミッションにおいて広く多数の者に貢献する事を目的とする事と現行制度で認められる公益性が同一でないとしても、その事が各組織のミッションとして社会への貢献を掲げる事を否定する訳ではないのは、自明であり本稿における公益性判断に関する議論はあくまで行政の有限な資源を現行制度を前提とした上でより有効に用い、その結果公益活動が推進される事を期待してのものである。 ※  本研究は、科研費「租税支出効果のディスクロージャーおよび評価・分析のための会計学的研究」 [課題番号:26380640]による研究成果の一部です。 [注] 1) 公益認定等委員会から指導・監督が行われた後にその問題点の改善が認められる前に自ら公益認定の取消し申請を行ったような事例が存在するが、そのような場合は、実質的に公 益認定の取消しを受けたと考える事ができるため、公益認定の取消しを受けた事例として検討の対象とする。 2) 本稿においては、特に必要がある場合を除き公益認定を行う機関について公益認定等委員会と表現し論を進める事とする。 3) 欠格事由の例としては、以下のような点が挙げられる。 ・ 理事、監事、評議員のうちに禁固刑以上の刑に処せられた者(認定法等関連法規違反の場合には、罰金刑以上)がいる場合 ・ 定款や事業計画書の内容が法令や法令に基づく行政機関の処分に違反している ・ 事業を行うに当たり法令上必要な行政機関の許認可等を受ける事ができない。 ・国税、地方税の滞納処分が執行されている ・暴力団員等が事業活動を支配している 4) 認定法の第 2 節「公益法人の事業活動等」に当たる部分であり、公益法人が事業を行う上で遵守すべき内容に当たる 5) 本稿においては、現行制度において公益法人に対して一般法人と比べて多くの公的資源が投下されている現状を所与として検討を行っており、その理由を行政サービスの補完とい う部分に求めて検討を行っている。言うまでもなくこの事は民間が公益活動を行うことの 主体性を否定するものではない。 6) 実際にこのバス事業を続けて市場にとどまった場合には、充分な利益が創出される事から、公益認定基準の 1 つである収支相償基準が満たされない事になり、その状態が続くならば、公益認定が取消される事になると考えられる。 [参考文献] 江田寛[2012]「公益認定制度における「財務三基準」の意義」『公益・一般法人』 No.826、全国公益法人協会、13-19頁。 江田寛[2016]「公益NEWS拡大鏡 ライフ協会、認定取消へ」『公益・一般法人』 No.912、全国公益法人協会、26-29頁。 岡村勝義[2015a]「一般社団・財団法人の公益認定基準の意味 ―公益性判断基準と収支相償基準を中心として―」『商経論叢』 第50巻第2号、265-279頁。 岡村勝義[2015b]「一般社団・財団法人の公益認定基準の検討」『非営利法人研究学会 誌』 VOL.17、1-23頁。 熊谷則一[2014]「全日本テコンドー協会に対する是正勧告についての解説」『公益・ 一般法人』 No.861、全国公益法人協会、 20-25頁。 公益・一般法人編集部[2015]「公益法人NEWS 勧告への対応待たずして公益認定取消し処分」『公益・一般法人』 No.904、 全国公益法人協会、4-12頁。 公益・一般法人編集部[2016a]「公益法人NEWS 日本ライフ協会、公益認定取消し へ」『公益・一般法人』 No912、全国公益法人協会、16-24頁。 公益・一般法人編集部[2016b]「公益法人NEWS 議事録偽造で公益認定取消しへ」 『公益・一般法人』 No.913、全国公益法人協会、 6 -11頁。 公益・一般法人編集部[2016c]「公益法人NEWS 公益認定の返上、全国で相次ぐ」 『公益・一般法人』 No.916、全国公益法人協会、9頁。 公益・一般法人編集部[2016d]「公益法人NEWS 市税滞納で初の認定取消へ」『公益・一般法人』 No917、全国公益法人協会、9 頁。 齋藤真哉[2009]「非営利組織の公益性評価 ―公益認定の基準を踏まえて― 」『非営利法人研究学会誌』 VOL.11、36-47頁。 齋藤真哉[2014]「非営利法人制度の現状と課題」『非営利法人研究学会誌』 VOL.16、 23-34頁。 出口正之[2014]「全日本テコンドー協会の認定取消申請の経緯とチャレンジ・グラン トについて」『公益・一般法人』 No.870、 全国公益法人協会、15-34頁。 千葉県公益認定等審議会[2015]「勧告書 政法第1768号」 内閣府[2013]「移行後の法人の業務運営と監督について」 内閣府[2016]「公益財団法人日本生涯学習協議会に対する公益認定取消しについて」 星さとる[2013a]「初の是正勧告の内容と認定取消要件をめぐる新展開〔上〕― ガバナンス・内部統制と認定取消しのリンケージ― 」『公益・一般法人』 No.854、全国公益法人協会、33-44頁。 星さとる[2013b]「初の是正勧告の内容と認定取消要件をめぐる新展開〔下〕― ガバナンス・内部統制と認定取消しのリンケージ ― 」『公益・一般法人』 No.855、全国公益法人協会、31-41頁。 (論稿提出:平成28年11月30日) (加筆修正:平成29年 3 月31日)

  • ≪査読付論文≫社会福祉法人制度改革の背景と諸問題―社会福祉充実残額算定の問題点を中心に― / 千葉正展(独立行政法人福祉医療機構参事 )

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 独立行政法人福祉医療機構参事  千葉正展 キーワード: 社会福祉法人 財務規律 社会福祉充実残額 要 旨: 平成28年4月に改正社会福祉法が施行され、社会福祉法人制度は昭和26年に制定されて以来の初の大改革となる。社会福祉法人制度改革の詳細については、政令・省令・通知等に委ねられた部分も多く、またそれらの具体的な内容の検討に際しては理論的な根拠の付与が必要である。 そこで、本論では社会福祉法人制度改革のうち、特に「財務規律の強化」に含まれる社会福祉充実残額の算定方法について制度設計の理論的な基礎の検討及び見出された問題点と対応について検討することを目的とする。 構 成: I  問題の所在 II 社会福祉法人制度改革の概要と背景 III 充実残額の算定方法と問題点 IV 社会福祉充実残額の算定方法の改善に向けた提言 Abstract By amendment to the Social Welfare Act, Social Welfare Corporation system is being overhauled. The details of which are defined by the government/ministry ordinance and notifications. In the institutional design, it is required to examine the theoretical validity and the consistency with the applicable laws/regulations related to the social welfare services. This paper is to consider and examine the theoretical validity and the remaining issues, in the institutional design of Social Welfare Corporation system reform, focused on the calculation method of social welfare enhancement property. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ 問題の所在 平成28年4月に社会福祉法の一部を改正する法律が施行され、社会福祉法人制度は昭和26年の制定以来初となる大幅な改正がされることとなった。改正はガバナンス、ディスクロー ジャー、財務規律強化や公益的責務の法定化など多岐にわたる。 特に財務規律強化については技術的な内容が多く含まれ、なかでも今回の改革で初めて制度化される「社会福祉充実残額」(以下、充実残額 という。)の算定については、その理論的な根拠に関する研究はほとんどなく、法令等で示された算定方法の理論的な妥当性の論証が必要である。 そこで本論考では、法人制度改革に至った経緯や社会的要請から導かれる規定要因から、社会福祉充実残額の演繹モデルを設定し、これに基づき実際に法令で定められた算定方法について会計学的な論拠を示すとともに、モデルとの対比から見出された算定方法の問題点を明らかにすることを目的とする。 Ⅱ 社会福祉法人制度改革の概要と背景 1  社会福祉法人制度とは 社会福祉法人は、昭和26年に制定された社会福祉法第2条に定められる社会福祉事業(第一種社会福祉事業及び第二種社会福祉事業)を行うことを目的に社会福祉法の定めるところにより設立された法人である。さらに社会福祉法人は制度の対象とならない福祉ニーズに対応する公益事業や収益事業(社会福祉事業等にその収益 を充てることを目的とする事業)も実施することができる。社会福祉法人は憲法第25条に定める国民の生存権保障の責務を国とともに担っていく事業主体としての公共性から設立・運営に関して厳格な規制が課せられている1)。 2  社会福祉法人制度改革の概要と背景 社会福祉法人制度は、平成28年に社会福祉法等の一部を改正する法律により大きな変革が進められることとなった。その目的は、改正法案の提出理由にあるように「福祉サービスの供給体制の整備及び充実を図るため、(中略)社会福祉法人に評議員会の設置を義務付ける等社会福祉法人の管理に関する規定を整備し、社会福祉法人が社会福祉事業及び公益事業を行う場合の責務について定める等の措置を講ずる必要がある」ためだとされている。 改革の具体的な内容としては⑴経営組織のガバナンスの強化、⑵事業運営の透明性の向上、 ⑶財務規律の強化、⑷地域における公益的な取組を実施する責務、⑸行政の関与の在り方が柱となっている。 こうした改革の背景には、社会福祉法人を取り巻く経営環境の変化(措置制度から利用契約制度へ、福祉サービスへの営利企業等の参入、福祉ニーズの多様化・複雑化、制度で対応できない福祉ニーズの増大等)や国の政策(財政再建や社会保障 の持続可能性に向けたサービスの効率化、公費に基づく事業にふさわしい透明性・ガバナンス、非課税にふさわしい地域貢献等への期待等)があるが、 なかでも改革のきっかけとなったのが社会福祉法人の内部留保に対する批判であった。 財団的性格を有する社会福祉法人における内部留保については、一方で実質的配当を防ぐ体制の強化を、他方で公益的役割の発揮への積極的な活用を、それぞれ今次の改革で制度化されたということができる。 Ⅲ 充実残額の算定方法と問題点 1  充実残額算定構造を規定する要因 改正社会福祉法第55条の2に基づき、社会福祉法人は充実残額を算定し、残額がある場合には社会福祉充実計画を策定し所轄庁の承認を受けて、社会福祉充実事業を実施するとされている。 ここで充実残額算定構造を規定する要因について、今次の制度改革の背景において社会福祉法人制度に対して要請される事象及び社会福祉法人会計基準の計算構造から規範的・演繹的に検討してみたい。 ⑴ 内部留保批判への対応 厚生労働省の社会福祉法人の在り方検討会報告書[2014]では、社会福祉法人の課題の1つにいわゆる内部留保の問題を取り上げ、「他の社会福祉施設に投資されている部分は既に活用されており、残りの部分についても将来の施設の建て替え費用として合理的に説明可能な部分」があること、「社会福祉法人が自らの経営努力や様々な優遇措置によって得た原資をもとに社会福祉事業を充実したり、社会又は地域に福祉サービスとして還元したりしないのであれば、その存在意義が問われる」とした。松原 [2015]も社会福祉法人の内部留保批判について過大論と活用論を峻別したうえで、活用論として検討することの必要性を指摘している。 ⑵  制度や市場原理では満たされないニーズへの対応 厚生労働省[2014]では、既存の(制度化された)福祉サービスのみならず制度や市場原理では満たされないニーズに応えることを挙げている。内部留保の活用論としてこれをとらえると、まず制度化されたサービスについては基本的には制度的給付(報酬や措置費、補助金等)の 公的支援制度として充実が図られるべきものではあるが、近年の国等の財政状況や補助金の整理合理化なども踏まえた場合、民間活力としての社会福祉法人の主体的な対応も期待される (公的給付の補完的意義)。一方、制度や市場原理では満たされないニーズについては、制度的給付の存在がないことから、社会福祉法人の自主財源によるソーシャルワーク実践でなければ対応できないものとなる(民間主体としての固有の意義)。 いずれにしても社会福祉法人は憲法の生存権保障を担う主体として、経営の安定性・永続性を確保するための制度的な規制が存在することも踏まえる必要がある。 ⑶ 社会福祉法人会計基準の計算構造 社会福祉法人の会計については、2000年の介護保険制度施行及び社会福祉基礎構造改革に対応して、業績測定の適正化を目的に、それまでの資金収支計算から損益計算に移行し(旧社会 福祉法人会計基準)、更に2012年度から施行された新社会福祉法人会計基準を経て、2016年度からは社会福祉法人会計基準省令となった2)。これまでなされた内部留保批判は新会計基準の貸借対照表の純資産の部における次期繰越活動増 減差額及びその他の積立金についてのものであった。 ここで指摘すべき点は、こうした計算構造において社会福祉施設の再生産(建替え等の再整備)に係る資金の投下・回収の構造である。すなわち1点目は減価償却の自己金融機能を通じた投下資金の回収メカニズムを前提とするということである。回収されるのは減価償却費のうち国庫補助金等特別積立金取崩額を控除した部分、すなわち施設整備時の法人負担に係る正味の減価償却額分である。また2点目としては既往の施設整備に用いた借入金債務への返済と内部留保との関係である。借入金元金返済に当たっては減価償却費によって獲得した資金を充てた上で不足する部分は、当期活動増減差額によって充当する構造にある。当該充当に使われた部分は内部留保分であっても借方に対応する資金は存在しない。また耐用年数到来時点で回収される資金は前記1点目の正味減価償却累計額のうち借入金償還に充当された部分を控除したものになる。 ⑷ 内部留保の会計的意義 内部留保活用論を前提にすれば、充実残額の 算定に当たっては、貸方概念である内部留保のうち借方で活用可能な貨幣資本の形態をとっているものに対応した部分に調整しなければならない。具体的には、 (ⅰ)  内部留保を財源としつつ既に貨幣資本以外の形態に運用された部分は控除する。 (ⅱ)  将来施設の再生産として合理的な説明可 能な内部留保部分は控除する3)。 ⑸ 法人の再生産におけるその他の考慮事項 前記⑶で述べた投下資金の回収は、取得原価 をベースとした部分についてのみである。しかしながら、社会福祉法人のセーフティーネットの役割を永続的に果たしていくためには、施設整備時点と更新時点の間における以下の点についても法人の自主財源として内部留保を充て、 充実残額算定上考慮しておくことが必要である。 (ⅰ)  補助制度の縮減部分 (ⅱ)  建設物価の上昇部分 2  充実残額算定の演繹モデル 以上の規定要因を踏まえつつ、規範的に充実残額の算定モデルを検討する。 ⑴ 社会福祉法人の内部留保の運用形態 内部留保は発生時点での原初形態は貨幣資本 であるが、その後固定資産取得や負債返済に充当され資本の形態は多様化する。従って充実残額を算定するためには、貸方の内部留保のうち貨幣資本以外の形態に転化した部分については控除する必要がある。 ⑵ 固定資産に充当された部分の調整 固定資産の取得に充当された内部留保部分を特定するためには、当該固定資産に係る施設整備時点での取得価額から、同じく負債(設備資金借入金)、純資産(基本金、国庫補助金等特別積立金)の価額を控除すればよい。 ⑶ 負債返済に充当された部分の調整 設備資金借入金等の負債の返済に充当された内部留保部分を特定するためには、設備資金借入金元金償還金支出の累計額から対応資産に係る減価償却累計額及び債務返済の寄付金(第2号基本金)を控除した価額とすればよい。なお、 充実残額の算定に際しては、債務完済後も減価償却は続いてしまうことから、完済時点以降は 減価償却による資金回収分が充当されないように留意する必要がある(以下、「留保条件」とする。)。 図表1 発生源内部留保の運用形態 出典:筆者作成 ⑷ 運転資金充当部分の調整 社会福祉法人設立に当たっては、設立当初の運転資金について債務ではなく自己資金としてあらかじめ用意することが設立認可の資産要件となっている。運転資金についても以下の点で内部留保が結果として充当されることとなる。 ⒤  これまでの経済の状況を踏まえると、基本的に物価は上昇しており、現時点での必要運転資金は、法人設立時点より多くの額が必要であり、当該増分は負債による調達をしない以上、内部留保が充当されることとなる。 (ⅱ)   2 施設目以降の施設整備を行う際には、 法人設立時の要件と異なり、制度上は寄付による運転資金は求められないが、他方で原則として運転資金について負債で得た資金を充当できないため、既設の施設の内部留保が充当される。 従って、運転資金に充当された内部留保を特定するためには、現時点での事業活動支出を賄う運転資金(行政指導の通知上の取り扱いに準じて事業活動支出の3ヶ月分)から運転資金として寄付された部分である第3号基本金と運転資金の資金繰りのために例外的に行われた長期運営資金借入金により充当した部分を控除すれば良い。 以上の⑵~⑷については、会計制度が固有に有する投下資金の回収等のメカニズムを前提にした調整であり、論理的に特定できるものである。 図表2 演繹モデルの算定式(貨幣資本の形態をとる内部留保の特定) 出典:筆者作成 ⑸  充実事業に活用可能な内部留保額の算定 社会福祉法人の内部留保の額から、上記⑵~ ⑷で算定される額を控除すれば、社会福祉充実事業に充当可能な貨幣資本の形態をとる内部留保が特定されることとなる。 ⑹  その他の再生産として合理的説明ができる部分の調整 Ⅲ 1 ⑸「法人の再生産におけるその他の考慮事項」に挙げた補助制度の縮減、建設物価の上昇は、会計による資金投下・回収メカニズムの外生事象であり、演繹的に算定式を特定し、その妥当性を論証できる部分ではない。政策的な判断に属するものである。 3  演繹モデルから見た厚生労働省の算定式 厚生労働省[2016b]において、充実残額の算定式が示された(図表3)。 この厚労省の算定式と先述の演繹モデルとを対比すると以下の点が指摘できる。 図表3 厚生労働省の算定式 出典:厚生労働省[2016b] 注:算定の特例等に係る注記は削除した。 ⑴  厚生労働省の算定式(図表3 の①・②・④) と演繹モデルの算定式(図表2のⒶ)との間では結果として、同一の計算式となっている。(いずれも、純資産+設備資金借入金等対応負債-固定資産-運転資金となっている。) 厚生労働省の算定式(図表3の①・②・④) と演繹モデルの算定式(図表2のⒶ)との間では結果として、同一の計算式となっている。 (いずれも、純資産+設備資金借入金等対応負債-固定資産-運転資金となっている。) ⑵  厚生労働省の算定式においては、演繹モデ ルで指摘した「留保条件」がない。換言すれば厚生労働省の算定式においては、債務を完 済した後も減価償却の自己金融機能による留保資金が内部留保に上乗せされ続け、充実残額の中に内部留保とは性格を異にする減価償却の自己金融機能による資金留保分が混入することが見出される。 ⑶  厚生労働省の算定式では、「再生産に必要 な財産」のうち「将来の建替のために必要な費用」で、減価償却累計額に建設物価上昇率と自己資金比率を乗じている。これは前述の演繹モデルの部分で指摘した建設物価の上昇と補助制度の縮減に対応している。ただし建設物価については厚生労働省の算定式では再 生産する対象資産の取得原価分も計算に含めた上昇倍率で計算している。これに対し演繹モデルでは減価償却による自己金融機能での資金回収を前提とし、建設物価の上昇は投下資金の回収の枠外(外生要因)として、建設物価の上昇した差分だけを充実残額の計算に含める形となっている。また補助制度の縮減については厚労省の算定式では補助以外の整 備財源である自己資金の面から捉えている点が異なる。 ⑷  この⑶で上昇倍率と差分の割合という算定構造の違いについては、先に指摘した「留保条件」に係る部分の調整で相殺される可能性がある。ただし、「留保条件」で算定される額でカバーできるかどうかは、実際の法人の自己資金比率と厚生労働省の算定式で自己資金比率として「定める割合」とされるものとの関係で決まることとなる。このため建設物価や補助率の倍率・差分上昇率の算定構造の違いが、「留保条件」の取扱いの違いで悉く相殺される保証が必ずしもないという問題点が指摘される。 Ⅳ  社会福祉充実残額の算定方法の改善に向けた提言 1  社会福祉充実残額の算定式の改善 今次の社会福祉法人制度改革の財務規律の強化では、内部留保を「事業継続に必要な財産」 とそれを上回る余裕財産としての「社会福祉充実残額」とに峻別することを目的としている。 しかしながら以上の考察から厚生労働省の算定式によって算定される社会福祉充実残額は、内部留保を源泉とするもののみでなく、減価償却の自己金融機能によって回収された資金部分まで混入する可能性のある計算構造だということが明らかとなった。 この問題に対処するためには、厚生労働省の算定式について以下の点の修正を行うことが必要であると考えられる。 ⑴  厚生労働省の算定式において留保条件に係る調整を加える。 ⑵  「将来の建替のために必要な費用」における建設物価上昇率を差分の比率に改める。 以上2つを行うことにより、留保条件の問題に起因する自己資金比率による制度のバイアスが解消される。 2  社会福祉充実計画に係る残された課題 本稿では、社会福祉法人制度改革のなかで、社会福祉充実残額の算定式のあるべき姿と、厚生労働省が示した算定式との対比からその問題点と解決策を検討してきた。 本稿で取り上げた事項以外にも社会福祉充実残額の関係では次の問題点が指摘できる。 ⑴  社会福祉充実残額の算定過程において、社 会福祉施設の再生産に係る額は控除対象財産として社会福祉充実残額の枠外になっているにもかかわらず、通知上社会福祉充実残額を充てて行う社会福祉充実計画において既存の社会福祉施設の建替が含まれている。 ⑵  社会福祉充実事業は内部留保を源泉とする充実残額が財源となることから、基本的には収益のない費用のみが発生する事業となるが、こうした事態を業績計算としてどのように認識・測定すべきか検討が必要である(当期活動増減差額のラインより上で認識されるべきか、利益処分として認識されるべきなのかについての会計的性格の検討)。 これらの点も含め、今次の社会福祉法人制度改革が真に有効性の高い政策としていくためにも、社会福祉法人制度に係る更なる理論、実証を含めた研究の深化が望まれる。 [注] 1) 厚生省[1999]では「社会福祉事業法施行以前においては、(略)民法により設立された公益法人の制度によることとされていた。しかし、民法による公益法人の制度は、やや簡 略にすぎ、民間社会福祉事業の特性を活かすとともに、公共性を高めてわが国社会福祉の 向上に貢献せしめるためには、制度的に不十分な面も見受けられた。そのため、民法とは別の特別法人を確立しその組織的発展を図ろうとしたものが社会福祉法人の制度」としている。 2) 2012年度の新社会福祉法人会計基準と2016年度の会計基準省令とは基本的に内容は同じである。 3) 厚生労働省[2013]、厚生労働省[2014]、松原[2015]など [参考文献] 小栗崇資[2011]「内部留保の活用」会計理論学会2010年度スタディ・グループ最終報告『経営分析の現代的課題―内部留保を中心に―』2011年9月23日。 熊谷重勝[2001]「キャッシュフロー計算書と内部留保」『立教経済学研究』第54巻第4号2001年。 厚生省[1999]「1999年版・社会福祉法人の手びき」厚生省社会・援護局企画課監修。 厚生労働省[2013]平成24年度老人保健事業推進費等補助金(老人保健健康増進等事業) 「介護老人福祉施設等の運営及び財務状況に関する調査研究事業報告書」2013年3月。 厚生労働省[2014]社会福祉法人の在り方等に関する検討会「社会福祉法人の在り方について」2014年。 厚生労働省[2015]社会保障審議会福祉部会 「社会保障審議会福祉部会報告書~社会福祉法人制度改革について~」2015年。 厚生労働省[2016a]社会福祉法人の財務規 律の向上に係る検討会資料「控除対象財産について」2016年10月21日。 厚生労働省[2016b]「社会福祉法第55条の2の規定に基づく社会福祉充実計画の承認等について」2017年1月24日 社援発0124 第1号 社会・援護局長ほか連名通知 厚生労働省[2016c]「社会福祉法人制度改革の施行に向けた全国担当者説明会資料」 2016年11月28日 千葉正展[2006]「福祉経営論」ヘルスシステム研究所2006年。 千葉正展[2016]「事業運営の透明性の向上 ~情報開示の見直し」『月刊福祉』(第99巻 第11号)2016年10月号。 千葉正展[2017]「社会福祉法人制度改革の概要と留意点について~その3・財務規律の強化2」『介護保険情報』2017年1月号。 日本公認会計士協会[2015]「非営利組織会計検討会による報告『非営利組織の財務報告の在り方に関する論点整理』」2015年。 古都賢一[2016]「社会福祉法人制度の変遷にみる制度改革のねらい」河幹夫・菊池繁 信・宮田裕二ほか編著『社会福祉法人の地域福祉戦略』生活福祉研究機構2016年。 松原由美[2015]『介護事業と非営利組織の経営のあり方』医療文化社2015年。 湯川智美[2016]『地域公益活動実践ガイドブック』第一法規2016年。 (論稿提出:平成28年12月20日) (加筆修正:平成29年5月19日)

  • ≪査読付論文≫法人形態から見た「チャリティ・公益法人制度」の国際比較:非営利の法人制度と会計を巡っての政策人類学的比較研究 / 出口正之 (国立民族学博物館教授・総合研究大学院大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 国立民族学博物館教授・総合研究大学院大学教授  出口正之 キーワード: チャリティ、公益法人、アンプ政策、政策人類学、サイロ・エフェクト、 ニュージーランド、英国 要 旨: 本論文の目的は、政策人類学的なクリティカル・パーステクティブを提供することによって、政策研究から閉塞的思考法を取り除き、日本のアンプ政策(公益団体に対する認定政 策)の特殊性を明らかにすることにある。具体的には、イングランド&ウエールズのチャリ ティ、ニュージーランドのチャリティ及び日本の公益法人に関する政策を「アンプ政策」 として取り上げ、法人格に着目することで、会計規制、法規制を比較可能な状態に整理し、法人格との関係から規制を比較した。その結果日本の公益法人にだけは、現金主義会計を小規模法人に適用するなどの比例原則に基づく政策が存在していないこと、さらに非常に特殊な政策を採用するに当たって「サイロ・エフェクト」に基づくサイロ的思考法に陥っている可能性を指摘した。 構 成: I  はじめに II アンプ政策 III 英国の法人格から見たアンプ政策 IV NZの法人格から見たアンプ政策 Ⅴ 日本の公益法人から見たアンプ政策 Ⅵ 政策人類学的比較から導かれる結論 Abstract The aim of this paper is to eliminate bias from policy research and to examine Japanese particularity of ANP Policy (policy to authorize not-for-profit public benefit entity) by researching from critical perspectives to ANP Policy as “Anthropology of policy”. This paper took up the charity policy of England & Wales, the charity policy of New Zealand and the public interest corporation policy of Japan as ANP Policy, focused on legal personality accounting and regulations from the standpoint of incorporated nonprofit public interest entity. As result of research, only public interest corporation policy in Japan does not have a principle based on the proportionality such as applying cash-basis accounting to small scale corporations, and, the paper points out possibilities being bias as “silo effect” in adopting the very unusual policy. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 研究者は異なる法文化体系の制度を比較するときに、どこまで正確性を期すべきかという問題にいつでも直面する。例えば、「日英の公益法人比較研究」 と‶Comparative studies on Charities in UK and Japan”とを比較したとき に、当然のことながら、英国(本稿ではイングランド&ウエールズだけを対象とする)には「日本の法体系としての公益法人」は存在せず、同様に日本には「イングランド&ウエールズの法体系としてのチャリティ」は存在しない。どちらも表題として正確ではなく、どちらかの言語を 選べば、どちらかの法文化のバイアスがかかる。これらは研究の目的によっては無視できる程度に小さな差異であることもあるかもしれないが、 必ず無視できることであるという理論的根拠も 実はない。それどころか、誤解の温床となりうることでもある。 例えば、ニュージーランドの規模別会計を知った金子は「諸外国に目を転じても、規模等 に応じて区分された会計規制を行っている事例は少ない」(金子[2016]52頁)と驚きとともに、例外的な事例として紹介している。しかしながら、 ニュージーランド人の会計学者Cordery & Sim はこれとは180度異なる表現を使用し、「ほとんどの国で(例えば、イングランド、ウエールズ、スコットランド、米国)では、中小のチャリティには、 報告の免除や(発生主義というよりはむしろ)現金主義での報告が認められている」と、規模別の 会計制度の存在を世界の一般的傾向として紹介している(Cordery,C. J., & Sim, D[2014]p.80)。 日本の公益法人については、監査手法を除けば、中小規模法人に対して会計上の特段の取扱いがされていない。内閣府公益認定等委員会におかれた「公益法人の会計に関する研究会」(以下「会計研究会」という)では、中小規模法人に対する負担軽減策を主要課題としてわざわざ特掲して検討したうえで、中小規模法人に対して「線が引けない」という理由を用いて、小規模法人対策を放棄した(内閣府公益認定等委員会会計に関する研究会[2015])1)。ところが、公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(以下「公益認定法」)第5条第12号に係る会計監査人の規定については、中規模法人、小規模法人に対する対応は存在し、区分する線も存在している(出口[2016a])。 このように常識では考えられないことが起こりながら、専門家の間でこの矛盾を指摘しないのは一体なぜであろうか?これらは何らかのバ イアスを前提にしないと理解できないものではなかろうか。一つの可能性として、「金子と Cordery&Sim」の正反対の認識を見れば、日本が中小規模公益法人に対する会計上の軽減措 置をもたない例外的な国であるという認識が、 専門家の間で殆んど共有されていないからではないかと考えざるを得ない。それゆえに監査上規模別に三つに区分する線があるにもかかわらず「線が引けない」という決して理由とはなりえない説明を抵抗なく使用できるのではないだ ろうか。 人類学者は、未知の文化の中に、「外部者= 内部者」として入り込むことによって、当該文化を理解してきた。テットは、そうした視点を欠くと、「他から隔絶して活動するシステム、 プロセス、部署」としての「サイロ」の中では 思考を押し込めてしまいがちで高度専門家社会に罠が生じてしまうことを明らかにした(テット[2016])。「サイロ」とは、もともとは穀物の貯蔵庫のことであるが、窓のないサイロに入るとそのサイロ内だけの思考法に支配されるという意味で英語では使用され、日本語の「専門の蛸壺化」に近い用語である。また、Shore & Wright[1997]は、人類学的な視点を政策研究に生かす「政策人類学」というものを提案している。その本質は、内のグループにはない”Critical Perspectives”を有しているか否かであって、”Critical Perspectives”を 政策研究に取り入れることが「政策人類学」なのだと主張する2)。これは「サイロ化」する学 問に対して、学問が陥っている視野狭窄的な視点を拡大させることを意味している3)。学問が陥っている視野狭窄的な視点を本稿では「サイロ的思考法」と呼ぶと、会計議論の中のサイロ的思考法の存在を明らかにしていくことが、政策人類学的な研究の意義であるといえる。 本稿はこの立場から、イングランド&ウエー ルズ(以下英国という)4)、ニュージーランド(以下NZという)の制度を比較検討していこうとするものである。言い換えれば、各国の政策を発展段階の時間差や法・会計別個のものとして見ずに、各文化に裏打ちされた相対的なものとして、中立的に考察することを政策人類学的研究 の具体的な方法論として採用しようとするものである。というのも、後述するとおり、法人格付与の問題では、NZが、英国に先行しているからである。我々は、会計上の問題を考えるに際しても、法律の問題も英国が先行しているというようなサイロ的思考法が生じる可能性がある。また、会計に関しても「現金主義から発生主義へ」という進化論的なサイロ的思考法を一旦除去することから研究を行うこととする。 Ⅱ アンプ政策 そこで、サイロ的思考法を避けるために各国の制度に依存する用語を一旦新しい用語に置き換えてから論考を出発させたい。 世界の多くの国では、非営利組織の中のある種の組織を政策上優遇するために認定する政策を有している。本稿ではこれを「アンプ政策」(policy to authorize not-for-profit public benefit entity<ANP Policy>)と称する。この事例として英国のチャリティ制度、NZのチャリティ制度、 日本の公益法人制度を取り上げる。その場合、当局が「アンプ政策として権限付与された組織」(以下「アンプ組織」という)5)(organization equivalent to ANP Policy=OEA)であると認める公的作業をここでは、「権限付与」<Authorization>6) と呼ぶ。つまりアンプ組織(OEA)として、英国の登録チャリティ、NZの登録チャリティ、 さらに日本の公益法人を対象とする。 その場合、英国と日本のアンプ政策は極めて 大きな相違を示していることが明確にわかる。 それは「アンプ政策」について英国では法人格付与の問題を切り離していたのに対して、日本では「アンプ政策」とは結局のところ法人格と連動した政策として発展していったことである。 ところが、英国で2013年からCharitable Incorporated Organizations(以下「CIO」という。直訳すれば「慈善法人組織」。)という法人格が設けられた(古庄[2010]、Morgan[2013]、石村[2015])。 他方で、NZでは、1908年にIncorporated Society Act(1908)で、Incorporated Society(英国のCIOと対比する意味で、以下ISOという。直訳すれば「協会法人」)の法人格制度を制度化しており、英国に先立つこと100年の歴史をもつ(White [1972]、 Cordery, Carolyn J., Fowler, Carolyn J., Morgan [2016])。 日本では公益法人制度をはじめ、非営利政策は法人格に連動したため、アンプ政策において法人格に着目したうえで比較する手法はNZ及び英国の二カ国との比較も正確となる。また、 法人としての法規制及び会計規制の姿が法制度・会計制度と連動して正確に浮かび上がらせることができる。そこで、本稿では法人格付与制度(ISO、CIO、公益法人)を取り上げて、「アンプ政策」を上記三か国において比較検討していく。 Ⅲ 英国の法人格から見たアンプ政策 英国での「アンプ政策」は、公益ユース法 (1601)からの蓄積があり、一般的な法人制度よりも長い歴史を有する。もちろん、海外に雄飛し貿易を行っていた会社はあるが、それらは個別に国王から勅許状(charter)を取得していたものである(本間[1963]、武市[1975])。同様に初期のチャリティは、勅許状チャリティとし て存在したが(Luxton[2001])、その後は本質的には信託法とリンクされている。「アンプ政策」 は、1853年Charitable Trust Actから1960年 Charitable Actと整備されていく。言い換えれば、「アンプ政策」は法人制度の成立以前から、つまり、法人格そのものが存在しない「ゼロ法人格時代」から存在していたのであり、その結果として、現在においても、法人格を有しないチャリティや勅許状チャリティが存在している のである。 他方で、法人制度は、チャリティとは別個に会社(Company)7)を中心に制度化が進んでいった。会社も当初は勅許状を基本としていたが、 そのうち、勅許状無しの会社が出てきて、さらに、共同出資型の形態も現れた。つまり、当時は多くの「法人格のない会社」が存在した。ところが、会社の負債を社員が負う事態、すなわち無限責任の問題が社会問題化した。1844年には、共同出資会社(Joint Stock Companies)法ができ、イギリスに広がっていた共同出資型の会社に法人格が与えられるようになったものの、 肝心の社員の責任については無限責任のままであった。そこで、ようやく1855年になって、有限責任法(Limited Liability Act)ができ、会社の株式を所有する社員の有限責任がはっきり明記されたのである(武市[1975])。そして、翌年、 両法は統一法としての共同出資会社法となった。 さらに、1862年には、イギリスにおける「近代会社法のマグナカルタ」と称される体系的な会社法(Companies Act)が誕生した。すでに統一法の中に、「法人格の付与と有限責任」という原理は存在していたが、会社を網羅的に捉えるこの法律が以後の英国の会社法の基礎となった。このときに、「チャリティ」の法人組織として利用されるcompany limited by guarantee (「保証有限責任会社」と一般に訳される。以下「チャリティ会社」という)の規定もできたのである (Kendall&Knapp[1996])。英国における「会社」 は営利・非営利に対して中立的なものであった。 非営利組織は、会社法の枠を使用しながら、法人格の付与と有限責任を明確化させたものであって、それらは一般的にはチャリティ会社と称されている。会社法の枠内ではあるが、株式等の資本は有しない。また、剰余金分配は禁止 され、保証会社の資金はチャリティの目的にしか使用できないなどの規制がある。 こうして、チャリティに関して、法人格の必要な団体にも、「会社法を使用」することに よって法人格が付与されることができるようになったため、過去からの経緯を含め、チャリ ティの組織としては、人格を有しない団体、公益信託、チャリティ会社などが並立していたのである。 チャリティ会社の誕生によって、その後法人格の問題は、長い間、顕在化しなかったが、チャリティ会社は会社法とチャリティ法の二重の規制を受けたうえで、報告書は企業局(Companies House)とチャリティ委員会へとそれぞれ提出しなければならない煩雑なものとなっていた。 そこで、単一の規制当局を求めて、有限責任を明確にしたチャリティ専用法人格が希求されるようになり、ようやくチャリティ専門法人格としてのCIOが誕生したのである(古庄[2010]、 石村[2015]、Morgan[2013])。 その結果、以下の4つの法的カテゴリーにほとんどのチャリティが属することになった。第一に、新しいチャリティ専用法人格であるCIO。 第二に会社法の枠内のチャリティ会社。第三に信託。第四に人格を有しない団体であり、チャリティ委員会は、CIO制度の誕生によって、 CIOへの組織転換 を推奨している(Charity Commission [2016])。 CIOについては以下のような特長がある。① 有限責任であって、社員はCIOの負債を負わない、②統治文書はConstitution(定款)である。 ③登録はチャリティ委員会であり、登録すればチャリティ資格は得られる。言い換えれば、すべてのCIOはチャリティである。④ガバナンスはチャリティの理事(Trustee)による。チャリティ会社と似ているが、会社法の適用を受けない。⑤会社法の適用を受けないので、他のチャリティ資格とは異なる。⑥名称は資格を明記しない場合を除いて語尾にCIOをつけることが一 般的である。⑦CIOは常時、社員を有するが二段階の構造である。選任された理事がいる二階式と、社員すべてが理事である一階式。⑧イングランドとスコットランドでは有限会社と同様の破産に関する規制がある。スコットランドのほうが個人の破産の制度に近い(Morgan [2013] p. 4 )。 CIOの会計については表に示すとおり、CIOの粗所得によって4段階に分けられている。従来のチャリティは25万ポンドまでは、従来、報告 義務がなかったのに対して、CIOには報告を義務付けた。小規模法人は現金主義会計(Receipts and payments account)であって、確認については、 監事ではなく理事によって行うこととするなど、 チャリティの負担を考慮した形になっている。日本で英国のチャリティ会計上の報告書として、 紹介されるSORP(Statement of Recommended Practice:「実務勧告書」と一般に訳される)の完全 適用は、CIOについては、粗所得50万ポンド以上の大規模なものにだけ限定されている8)。したがって、SORPを英国のアンプ組織の「唯一の会計基準」とする捉え方は、誤解を生じさせるものである。 表1 CIO側から見た規模別会計要件 出所: Morgan[2015]:p.139を訳出。なお、粗所得£500,000でも、資産£3,260,000を超える資産があれば、監 査(Audit)が必要である(Charities Act 2011、144条⑴⒝) Ⅳ NZの法人格から見たアンプ政策 NZでは、英国の法制が適用されていた時代から、1840年のワイタンギ条約を経て、1852年のConstitution Act(憲法)を経て独自の法体系を有するようになった。法人格に関わる初めての法である会社法(1882)の成立前に、信託法 (1856)がすでに誕生し、さらに、The Charitable Funds Appropriation Act 1871(慈善基金法)によって、11種類のチャリティ目的が明文化して 規定されていた。NZには、英国同様に「ゼロ法人格時代」という時代に、「アンプ政策」は すでに存在したため、人格なき社団が「アンプ組織」として「権限付与」されていた。また、チャリティの信託法制については、会計、監査やその他の説明責任の要件が含まれていたが、 借入れについて制限がある信託ではなかった。その上、理事や社員の負債責任を有限としていなかった。この点は、実務上、多くの問題を抱え、法人として社員を有限責任とすることを認めさせるためには、チャリティは、社員の財産と組織の財産を区分する法的手段、すなわち法人格を必要とした。そこで、法人格を規定する唯一の 法律だった会社法(1882)の成立によって、法人格の取得は可能となった(White[1972];Cordery, Fowler,and Morgan[2016];OʼHalloran,McGregor -Lowndes and Simon,[2008])。 会社法設立後には、金銭目的に関連付けられないボランタリー組織に対する最初の公式の法制であるUnclassified Societies Registration Act of 1895(USRA1895:直訳すれば、未分類協会登録法)が誕生した。さらに、より適切な法人格取得への道、マネジメント、監督と解散ができることを目的として、会社法やUSRA1895の影響下にthe Incorporated Societies Act 1908(以下 「ISO法」という。直訳すれば「協会法人法」)が誕生した(White[1972])。この法律により、社員とは別個の主体としての法人としてチャリティ の設立及び登録が可能となった。また、義務を明確にした上で、法人の財産の所有を可能とするため、社団型のチャリティ専用法制としての位置づけを有するに至ったのである(New Zealand,Law Commission[2013])。これは英国が CIOとして法制化する100年も前にチャリティ専用法人格がコモンローの国で誕生したことを 意味しており、現代的な視点から見て極めて画期的である。 その内容は、社員15名以上を必要とするほか、報告書が法定化された。また、法人の収支、資産および負債、財産に影響を与えるすべての担保、手数料および有価証券を明示することが義務付けられた。また、上記の報告書は、「総会で社員に提出し承認を受けた」という証明書を必要としたが、いわゆる監事による監査証明は必要なかった。NZ Law Commissionは、Incorporated Society Act を“世界的に先導的で革新的なもの”と評価 (NZ Law Commission[2013]p.ⅳ)している9)。 また、NZでは信託や法人の規定の他に、財務報告法(1993)が定められ、チャリティのうちISOについては、かつては「セクター間中立会計」すなわち、企業会計と非営利会計の間には同じものが使用されていた。しかし、非営利会計とIFRSとの乖離が大きくなり、「コンプラ イアンス・コスト低減の観点」からチャリ ティ・セクター専用の会計へ方向転換がなされ、 財務報告法が2013年に改正された(NZ Law Commission、ニュージーランド法制委員会)。その結果、2014年4月1日より、財務報告法の改正により、すべての登録チャリティは「セクター 独自」の新基準に移行。すべての登録チャリティに報告義務が課された。従来は、小規模チャリティについて報告義務はなく、会計についての制約もなかったが、報告義務を課す代わりに、会計の経費負担が少なくて済む会計を明示したのである。  表2は法人側からそれを表したものである。 表2  ISO側から見た規模別会計要件 出所: NZ Charities Service 2016 ホームページ より訳出 チャリティに関する会計は、支出又は費用規模によって、4段階に分け、小規模法人については、現金主義である。また、企業会計が IFRSに影響を受けた分、チャリティとの乖離 が大きくなりすぎ、現在では、チャリティについては企業会計と異なる会計となっている (External Reporting Board[2015]) 。つまり、英国もNZもチャリティ組織は規模別に区分され、 その区分によって、①監査の方法、②現金主義か発生主義かなどの会計の方法が「線引き」によって区分されているのである。 Ⅴ 日本の公益法人から見たアンプ政策 日本の法人制度については大陸法、特にドイツ法の影響を受けており、民法成立時から法人概念はしっかりと存在していた。しかし、会計上の規定はほとんどなく、わずかに資産の登記義務(旧民法46条)、財産目録の作成義務(同51条)、監事についても任意設置であった(同58条)。 公益法人制度は、法人格に着目すれば、三つの時代に区分しうる。旧民法初期(1896~1949)は、公益法人に関しては、民法34条に基づく公益法人の単一法人制度時代と言ってよかった10)。 民法に公益の法人格に関する規定が存在していたので、イングランド&ウエールズやNZで見られる「会社法利用による法人格取得」は必要なかったと考えられる。 第二期としては、学校法人制度の成立を皮切りに、主務官庁別の法人制度によって、民法34条法人がガラパゴス化していった、ガラパゴス化時代(1949~2007)である。会計や報告義務については、不十分だった旧民法規定と異なり、私立学校法等の特別法の中で規定されていく一方、改正前の公益法人については、指導監督基準の中で公益法人会計基準が誕生し、あくまで 行政指導として原則適用されるという捻じれた状態が続いた。 そして、第三期として新公益法人制度が施行される公益法人制度改革(2007~)を迎え、現在に至っている。一般社団法人、または、一般財団法人という組織に「アンプ組織」としての 「権限付与」がなされ、場合によっては、行政庁により「権限付与」の取消しが法人格を有したままなされることになった。その点で、NZの制度すなわちISOという法人に対して「アンプ組織」としての「権限付与」を行う手法と酷似するようになった。 会計に関しては、公益法人会計基準が、昭和52年に公益法人監督事務連絡協議会の申合せとして設定された。その後、昭和60年の公益法人指導監督連絡会議決定による改正が行われ、長らく使用されてきた。しかし、公益法人等の指 導監督等に関する関係閣僚会議幹事会において、 会計基準の検討を行うことを申し合わせて、平成16年公益法人会計基準が誕生した。 平成16年公益法人会計基準については、受託責任会計から、情報提供会計へとその理論的枠組みを転換した(尾上[2016])と捉えられている。 また、平成16年公益法人会計基準によって、 収支計算書が廃止され、フロー型の正味財産増減計算書が使用されるようになり、現金主義会計から発生主義会計へと転換したと捉えられていることが一般的である。しかしながら、平成 16年公益法人会計基準についても、指導監督基準における原則適用であり、その拘束力は必ずしも強くはなく、2007年以降の新公益法人制度移行後においても、昭和60年公益法人会計基準や企業会計基準も使用されていた(内閣府公益 認定等委員会会計に関する研究会[2015])。 さらに新制度に合わせて改正された平成20年公益法人会計基準については、適用を強要する根拠はないものの、第1に企業会計と「財務諸表の定義」を同じくするなど企業会計に近づけた要素と、新公益法人制度に合わせて、「公益目的事業会計」、「法人会計」、「収益事業等会計」に区分した正味財産増減計算書内訳表の作成を定めるなど公益法人特有の要素が新規に誕生した。 第三期(2013-16)公益認定等委員会になってからは、「小規模法人に対する負担軽減策」を検討するために会計研究会が設置され、報告書 が出されると、アンケート結果11)から、94.1% の法人が平成20年公益法人会計基準を使用していることを理由に、平成16年会計基準を使用してもよいとするFAQを2016年 6 月30日に廃止改正し、平成20年公益法人会計基準適用の圧力をFAQのみによって強めた(FAQ問Ⅵ-4-①)。 Ⅵ 政策人類学的比較から導かれる結論 英国、NZのアンプ政策の中で、明確に出てきているのは、会計に関するコストとのバランスを考慮したアンプ組織に対する中小規模法人 政策である(Cordery and Baskerville[2007])。言い換えれば「比例原則」の考え方を反映している。この点から規模別に会計手法や報告義務の程度を区分する考え方は、企業、非営利問わずに広く採用されている。 英国においても、Charity Commission[2016] の“Charity reporting and accounting: the essentials” (CC15d)の中の1.3に見られるとおり、25万ポンド以下の粗所得のCIO(すべてチャ リティである)は現金主義が可能であり、法律 にも盛り込まれていて、IFRS(国際財務報告基準)とは無縁の世界にある。 ところが、日本で紹介される英国の事例は 「各国がIFRS導入に取り組む中で、先んじて非営利・公益組織であるチャリティにまでIFRSを反映させた英国の議論は、追随する国々に大きな示唆を与えるものと考える」(上原[2016]: 2.下線部引用者)といったように、英国のチャリティはIFRSを反映しており、かつその制度が先進的であり、後発国(日本を含むものと考えら れる)は先進的な制度を取り入れていくとする 社会進化論的なサイロ的思考法が明確に見出せる。 しかし、本稿で見た通り、NZと英国を比較しただけでも、チャリティ法人格や会計につい ては、NZですら英国に追随しておらず、IFRS からは離れている。 「英国はIFRSを反映したSORPが原則適用でかつ各国が追随する」という主張では、中小規模法人に対する政策議論にも誤ったシグナルを与えかねないだろう12)。 例えば、「平成27年度 公益法人の会計に関する諸課題の検討結果について」(内閣府公益認定等委員会会計に関する研究会2016)においても、 IFRSに対応した企業会計の変更が公益法人会計基準にも、部分適用することが提案された。それに伴ってFAQが改正されたが、小規模法人へのIFRSに伴う会計基準の変更の適用は、本稿で示した通り、少なくとも英国、NZでは事例がないし、前述の通りNZはすべての規模において企業会計とは異なる方式に切り替えている。 内閣府公益認定等委員会会計に関する研究会がこのような世界的にも類例がないような報告書を連続して出し、その点についての記載もなければ、さらに、それについての専門家から大きな反論もない点は、日本の公益法人会計議論がサイロ的思考に陥っているとしか言いようがないのではなかろうか?言い換えれば、会計規制の観点からのみ、日本と海外の大規模法人用の制度を比較するだけになり、正確な比較ができないままに、日本の政策を世界に合わせようとしながら世界から離れていく結果になっている。 本稿は、小規模法人に対する現金主義を推奨するものではないが、あたかも諸外国で現金主義が認められていないかのような主張が通ると したら、それは正していかねばなるまい。 また、日本における公益法人の職員の中央値がわずか 5 名であり(内閣府[2016])、小規模の公益法人には、報告書作成事務量が多大な負担となっている(公益財団法人公益法人協会[2015])ことから、中小規模法人政策を真剣に議論していく必要性を政策人類学の立場から見出しうるのである。 【謝辞】 本論文はJSPS科学研究費JP15K12993の助成を受けたものである。また、非営利法人研究学会関西部会(平成28年 4 月23日)、非営利法人研究学会全国大会(平成28年9月18日)に発表した際のコメントなどを参考に加筆修正したものである。また、査読者から的確なコメントを頂戴し、あわせてお礼を申し述べたい。 [注] 1) 公益法人に関する会計研究会は、小規模法人を定義することは難しいという認識を示した上で、「たとえ小規模法人であっても、同じ公益法人として認定基準を満たし、社会的な 位置づけを得ていることから、その活動への期待は、規模の大小に関わらず同じであり、 公益法人としての原則的な処理が必要であるとの結論になった」(内閣府公益認定等委員会 [2016]6 頁)としている。 2) 政策人類学の成果の一つとして、意図せざる規制の強化ないし緩和としての「クリープ現象」の存在が指摘できる(出口[2016b])。 3) 近年、この主張を取り入れた影響力のある書物として、テット[2016]の存在を指摘できる。 4) 英国において、イングランド&ウエールズとスコットランドの制度は本論文の趣旨に影響しない程度の差しかないので、本論文ではイ ングランド&ウエールズを指すにあたって英国と表現している。 5) 「アンプ政策」はもともと英国のチャリティ政策との関係から、「チャリティ同等政策」 という表記を考えていたが、平成28年4月23日の非営利法人研究学会関西部会において、「英国の用語より、中立的な表現のほうが学術的によいのではないか」という指摘を受け、「アンプ政策」に変更した。したがって、用語は本論文のオリジナルである。 6) 英国とニュージーランドではRegistrationとい う用語が使用されるが、他国へも適用可能な一般的な用語として「権限付与」<Authorization> を使用した。 7) 「会社」とはCompanyの翻訳語であり、翻訳語として成立した日本語の「会社」はイギリスにおけるCompanyと同義語ではない。少なくとも、日本語の「会社」には、非営利の組織を含む概念として認識されていないのに対して、イギリスのCompanyは非営利の組 織を含んでいる。 8) 25万ポンドから50万ポンドまでは財務活動報告書(SoFA(statement of financial activities) と 貸借対照表(balance sheet))と簡易版のSORPが適用される。なお、25万ポンド以下は現金主義に基づく収支表(receipts and payments)と財産・負債表(statement of assets and liabilities)だけでよい(Morgan[2013]pp.138-139。Charities Act(2011)133条)。なお、英国では損益計算書に基づくBalance sheetと現金主義に基づ くStatement of assets and liabilitiesは別物である。 9) 18,687のチャリティのうち、41.2%がISO、53.6% が信託、5.2%がカンパニー、残りは人格なき社団である(Cordery, Carolyn J., Fowler, Carolyn J., Morgan[2016])。 10) 法人格としては、社団法人、財団法人の2法人格であるが、セットとして公益法人という1種類としてここで扱う。 11) アンケートは平成25年7月1日から16日に実施され、平成25年6月末に、公益法人または 一般法人に移行した内閣府を行政庁とする法人で計算書類を作成済と考えられる2,429法人を対象に行われて、1,498法人から有効回答を得ている(61.7%)。そのうち、公益法人数は888法人である(公益法人協会[2015])。このアンケートにおいて、回答者の94.1%、 すなわち実数ではわずか800強の法人で国所管のみの公益法人が平成20年公益法人会計基準を使用していると答えているに過ぎない。また、小規模法人が多いと考えられる地方を行政庁とする公益法人についての調査は行っていない。 12) その際、英国のチャリティ会計がIFRSに近づいたのか、チャリティ独自路線を守ったのかについても、様々な角度からもう少し詳細な検証が必要である。 [参考文献] Charity Commission[2016] “Charity reporting and accounting: the essentials” November (CC15d). 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  • 非営利法人に対する税制の現状と課題 / 橋本俊也(税理士)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 税理士  橋本俊也 キーワード: 非営利法人税制 優遇税制 収益事業課税 みなし寄附金制度 法人税の軽減税率 寄附者に対する優遇措置 要 旨: 本稿の目的は、わが国における非営利法人に対する優遇税制の現状と問題点を把握し、 税制上の課題を検討することにある。非営利法人に対する優遇税制には、「法人が行う事業 についての税制」と「法人に対する寄附についての税制」の2つがある。とりわけ、優遇税制の中でも、前者の「法人が行う事業についての税制」が問題となる。このため、本稿では「法人が行う事業についての税制」のうち収益事業課税方式、社会福祉法人への課税、 みなし寄附金の損金算入と法人税の軽減税率の適用についての問題点を明らかにし、それぞれの課題に対して検討を行った。その結果、法人の組織体制が整い、かつ財務上の透明性が確保された公益性の高い非営利法人については、法人税の納税義務を免除すべきことを提示している。 構 成: I  はじめに II 非営利法人に対する優遇税制 III 非営利法人に対する税制の課題 IV 課題に対する検討 Ⅴ おわりに Abstract The aim of this paper is to consider the present condition and problem of a tax break on nonprofit organization in Japan, and examines the problem of a taxation system. The tax break for a nonprofit organization has two kinds. One is a taxation system about the work which a nonprofit organization performs. Another is a taxation system of contributions which a nonprofit organization receives. Especially an important problem is a taxation system about the work which a nonprofit organization performs. Among these, this study considered the problem about the profit business taxation to nonprofit organization, the taxation problem of a social welfare corporation, the inclusion in expenses of a deemed donation, the reduced tax rate, and performed examination to each subject. As the result, this paper suggests a nonprofit organization to which control is good order the transparency on financial statements was secured should be exempt from a taxation. Ⅰ はじめに 法人税法における非営利法人とは、公共法人、 公益法人等又は人格のない社団等をいう。このうち、公共法人は法人税法別表第1に掲げられ、 地方公共団体、国立大学法人、日本年金機構、 日本放送協会等をいい、法人税法第4条第2項の規定により、法人税の納税義務が免除されている。公共法人以外の非営利法人は原則として法人税を納める義務がある。ただし、非営利法人については、「民による公益」を担う活動を支えるために、各種の税制上の優遇措置が設けられている。 本稿では、非営利法人への課税のあり方について検討を行うために、優遇税制の現状と問題点を把握し、今後のわが国における非営利法人に対する税制の課題について考えてみたい。 Ⅱ 非営利法人に対する優遇税制 1  収益事業課税 内国法人は、法人税法第4条において法人税を納める義務があると規定されている。ただし、 当該法人のうち公益法人等又は人格のない社団等については、収益事業を営む場合に限るものとされる。収益事業とは、「販売業、製造業その他の政令で定める事業で、継続して事業場を設けて行われるものをいう。」(法人税法第2条 第13項)と定義され、政令で定める事業には、34業種が定められている(法人税法施行令5条)。 法人税法でいう公益法人等とは、法人税法別表第2に掲げられ、公益社団法人・公益財団法人、一般社団法人・一般財団法人(非営利型法人に該当するもの)、学校法人、社会福祉法人、宗教法人等の特別法に基づいて設立された法人がこれに該当する。このほか、法人の根拠法において、法人税法における公益法人等とみなすものと定められているNPO法人、管理組合法人等がこれに該当する。 公益社団法人・公益財団法人は、公益認定法上の公益目的事業として認定された事業については収益事業に該当する場合でも非課税となる。 一般社団法人・一般財団法人は公益認定を受けていない法人で、非営利型法人か非営利型法人 以外の2つに分けられる。非営利型法人には 「非営利が徹底された法人」1)と「共益的活動を目的とする法人」2)という 2 つの種類があり、 それぞれに定められた要件を満たした場合に、 法人税法上は公益法人等となる。そして、非営利型法人以外の一般社団法人・一般財団法人は普通法人となり、全ての所得に対して課税が行 われる。学校法人、社会福祉法人、宗教法人等 の特別法に基づいて設立された法人は、本来の目的事業については収益事業に該当する場合でも非課税となる。 2  みなし寄附金制度 みなし寄附金とは、収益事業から収益事業以外の事業のために支出した金額は同一法人内の資産の振替ではあるが、法人税法上その金額を他の法人への寄附金支出と同等な取引とみなし、 損金算入することができるというものである (法人税法第37条第5項)。 公益社団法人・公益財団法人に対するみなし 寄附金は、所得金額の50%または公益目的に使用した金額まで損金算入できる。これに対し、 NPO法人、人格のない社団のほか、一般社団法人・一般財団法人はたとえ「非営利型法人」 であっても、みなし寄附金制度の適用対象外となる。また、認定NPO法人、学校法人、社会福祉法人に対するみなし寄附金は、所得金額の50%または200万円のいずれか大きい金額、宗教法人に対しては、所得金額の20%まで損金算入できる。 3  軽減税率の適用 公益社団法人・公益財団法人、一般社団法人・一般財団法人、認定NPO法人、NPO法人、 人格のない社団は、普通法人と同じ税率である。 これに対し、特別法に基づいて設立された法人である学校法人、社会福祉法人、宗教法人については、所得年800万円超の部分の税率は19%と軽減税率が適用される。 4 寄附者に対する優遇措置 公益社団法人・公益財団法人、認定NPO法人、学校法人3)、社会福祉法人に対して、現金の寄附を行った場合には、寄附者はその寄附をした金額について、支払った年分の所得控除として寄附金控除の適用を受けることができる。 さらに、認定NPO法人及び運営組織及び事業活動が適正であるとともに、パブリック・サポート・テストの要件を満たしている公益社団法人・公益財団法人、学校法人、社会福祉法人に対して、現金の寄附を行った場合には、寄附者はその寄附をした金額について、支払った年分の所得控除として寄附金控除の適用又は税額控除4)の適用のいずれか有利な方式を選択することができる。 表 各非営利法人に対する優遇税制の現状 Ⅲ 非営利法人に対する税制の課題 特別法に基づいて設立された学校法人、社会福祉法人、宗教法人については、本来の目的事業については、法人税が課税されない。 このうち社会福祉法人は、社会福祉事業を行うことを目的として、社会福祉法に基づき設立された法人である。現在、少子高齢化が進む中、 障害者や高齢者などのための福祉施設や保育園などの運営主体となり、社会福祉の分野では大きな役割を果たしている。 介護保険法が平成12年4月から施行されたことに伴い、社会福祉事業が自治体の権限において提供するサービスから、利用者の契約によるサービスへと変わり、株式会社などの営利企業等が参入するなど、社会福祉法人を取り巻く環境は、大きく変化してきた。現在、在宅介護分野は75%が社会福祉法人以外の運営主体となっている。また、保育所の設置主体は、これまで市区町村あるいは社会福祉法人に限定されていたが、平成12年3月から株式会社による運営も認められることになり、株式会社が運営する保育所が大きな役割を果たしている。ところが介護事業、保育事業を行うにあたり、社会福祉法人については、前述したように法人税が課税されないが、株式会社のような営利企業はもちろんNPO法人という経営形態についても法人税が課税されていることで「税」の格差が生じている。 法人税法の基本的立場は、公益法人等において例外的に限定列挙された「収益事業」を行った場合にのみ課税することにある。つまり、非営利法人については、その営む事業が営利企業の営む事業と競合する場合、課税の公平性の観点から、その収益事業から生じた所得に対しては法人税が課税される。この考え方からすると、現在収益事業とされていない事業であっても民間企業と競合するものについては、これを随時 その範囲に追加しなければならない。これとは反対に限定列挙された「収益事業」から除外されている事業収益に対しては、それが営利事業であったとしても課税の対象とすべきでない。 さらに収益事業からの所得には、みなし寄附金の損金算入と軽減税率がともに適用されている。 みなし寄附金の損金算入を認め、その上に軽減税率が適用されることが過剰な支援であるという問題もある。 また、法人税法においては、非営利型法人の要件を満たす一般社団法人・一般財団法人は公益法人等として収益事業にのみ課税される。公益の認定を受ける場合には行政庁である内閣総理大臣又は都道府県知事に申請して承認を受け ることが必要となるが、非営利型法人に該当するかどうかの判断は、法人自身が行い、非営利型法人の要件を満たす場合でも税務署長への承認申請の届出は一切必要とされない。このため、 特段の手続きをすることなく、法人税法上の公益法人等の扱いを受けることができる。ただし、 一般社団法人・一般財団法人のうち非営利型法人の要件に該当しない事実が明らかとなった場 合には、法人税法上、普通法人に該当すること となり、全ての所得について法人税が課税され ることになる。 Ⅳ 課題に対する検討 1  収益事業課税方式 収益事業課税方式の立法趣旨は、「課税方法として個々の公益法人の事業の内容により、その事業が非常に公共性が強いときはたとえ収益事業を行っても課税せず、また公共性に乏しいときはその事業全部に課税するという方法も考えられた。しかしすべての公益法人についてその事業を精査し、公共性の強弱を判断することは事実上不可能に近いので、改正税法においてはすべての公益法人を一律に課税法人とし、その収益事業から生ずる所得に対してのみ法人税 を課税する」5)とされている。 非営利法人が収益事業を行ったとしても利益が上がらなければ問題が生じることはない。非営利法人は利益を上げることが禁止されているのではなく、剰余金の配当が禁止されることが特質である。このため、事業から得た収益を外部に流失することが可能であれば、課税問題は生じないことになる。また、本来事業のみの活動であれば、多額の剰余金が生じても問題とはならない。非営利法人が本来の公益事業を行うための収入を確保するためには、付随的に収益を目的として行う事業が許容されなければその運営が維持できない。したがって、収益事業から生じた剰余金のすべてを公益事業に充当することで課税問題から解消される。 前述したように公益社団法人・公益財団法人は、公益認定法上の公益目的事業として認定された事業は、収益事業に該当する場合でも非課税となる。つまり、公益目的事業と収益事業とが競合した場合には、公益目的事業が優先される。こうした新たな公益法人制度の創設により、 収益事業課税方式に変化をもたらした。その結果、特別法に基づいて設立された法人に対しても、この課税方式と同様に本来の目的事業と収益事業とが競合した場合は、本来の目的事業が優先されるような枠組みを築くことが必要である。 2  社会福祉法人への課税問題 社会福祉法人は、国および地方公共団体から公費助成を受けるとともに、社会福祉事業から生じた所得については法人税が課税されない。 これは、社会福祉法人が行う事業は福祉サービスを提供するために行われることが期待されるからである。社会福祉法人数は、平成2年度の13,356団体から平成24年度には19,407団体へ増加している。このうち施設経営を行っている法人数は、平成2年度の10,071団体から平成24年度には16,981団体へ大幅な伸びを示している6)。 社会福祉法人は、財源不足のため福祉サービ スを充実させることができないことを理由に公費助成の増加を要求してきたが、平成23年の社会保障審議会介護給付費分科会において、社会福祉法人が運営する特別養護老人ホーム一施設 あたり平均約3.07億円もの内部留保が存在する7)と報告された。これは、民間事業者の参入により事業の競合が生じることになり、多くの社会福祉法人も経営の効率化を進めざるを得なくなったことにある。その結果、多額の剰余金が生じたと推定される。 旧民法第34条に基づく公益法人は、その組織体制や財務会計のあり方について大幅に見直しが行われ、公益社団法人・公益財団法人と一般 社団法人・一般財団法人に再編され、税務面においても特別な措置が適用された。 社会福祉法人においても、福祉ニーズの多様化に対応していく中で、ガバナンスの確保など社会福祉法人制度の在り方が問われており、組織体制や会計報告等を整備しなければ税制面において優遇措置を受けることができない。 非営利法人に対する優遇税制の設計は、適正なガバナンスの下で行われる公益活動は国民にとって国や自治体が行う公益活動と同等に必要なものであるから、国等が行うサービスの活動とみなし、これを税制面から支援するものである。したがって、社会福祉法人がこうした支援を受けるには、より公益性の高い法人として、 公益社団法人・公益財団法人と同等以上の組織体制や財務上の透明性の確保が条件となる。その条件が整わなければ、税制面における優遇措置を受けることができない。 3  みなし寄附金の損金算入と法人税の軽減税率の適用 非営利法人が行う収益事業は、公益事業の活動財源とするためのものである。このため、収益事業の利益は公益事業に充当される限り、みなし寄附金の損金算入限度額は100%とすべきである。このため、公益性が高いと評価されている認定NPO法人、学校法人、社会福祉法人においては、公益社団法人・公益財団法人と同等に所得金額の50%または公益目的に使用した金額のいずれか大きい金額とすべきである。収益事業による所得をすべて公益事業のために使用した場合は、法人税額はゼロとなる。みなし寄附金の損金算入適用後の課税所得を構成するものについては、公益目的以外の事業に充てる ことが予定されるので、これに対する事業に軽減税率を適用する合理性はないと考えられる。 4  一般社団法人・一般財団法人に対する課税区分の届出 一般社団法人・一般財団法人は、法人が行う公益事業の有無に関わらず準則主義により設立することができる。このため、設立された後は法人税法上の公益法人等の扱いを受ける「非営利型法人」の要件を満たしているかどうかを税務当局が判断することは困難である。 非営利型の一般社団法人・一般財団法人は、「非営利性が徹底された法人」及び「共益的活動を目的とする法人」という2つのタイプに分かれており、それぞれ定められた要件が異なる。 この要件については、いくつもあるが、その判断は法人自身が行うこととされる。また、その要件のうち、一つでも該当しなくなったときには、全ての所得に法人税が課税される。本来の税務上の手続きであれば、収益事業から生じた所得のみが課税対象となる優遇税制を受けることから、その要件を満たしたことを承認する申請手続きが一般的である。したがって、法人の 設立に際し、非営利型の法人であることを明ら かにするために定款等の届出義務を課すべきである。 Ⅴ おわりに これまで行政が独占してきた公共サービスは、 経済再生に資する新たな取組みが求められることになり、自治体と民間企業等が協働した取組みも行われてきている。その結果、公共サービスに多様な提供主体が参入し、経営形態のみによって公益事業を定義することが困難になってきている。このため市場経済の変化を踏まえ、 介護事業や保育事業のように民間事業者との競合が発生している分野においては、経営形態間での課税の公平性を確保していく必要がある。 特に収益事業の範疇であっても、特定の事業者が行う場合に非課税とされている事業で民間と競合しているものについては、これまで非営利法人が果たしてきた役割も踏まえながら、法人税法上における収益事業の範囲の見直しが必要である。 さらに、わが国の非営利法人制度は、平成20年に旧民法第34条に基づく法人について改革が実施され、それに続き社会福祉法人についても平成28年社会福祉法改正により、公益性及び非営利性を確認する観点から改革が実施された。 ただし、学校法人、宗教法人等の特別法に基づいて設立された法人については、現在でも改革が行われていない。このため、特別法に基づくすべての法人制度の見直しを行い、公益性及び非営利性の基準を設けて選別をした上で、特定の事業だけを非課税にするといった見直しが必要である。 みなし寄附金制度については、法人格によりその適用の有無、さらに損金算入限度額が異 なっている。このため、法人格の異なる非営利法人間において、同じ事業で競合する場合には課税の公平性が維持できないため見直しが必要である。 また公益社団法人・公益財団法人に対するみなし寄附金は、所得金額の50%または公益目的に使用した金額まで損金算入できる。つまり、 収益事業による所得をすべて公益事業のために使用した場合は、法人税額はゼロとなる。これに対し、非営利型の一般社団法人・一般財団法人は、みなし寄附金制度の適用対象外となる。 こうした取扱いは制度としてのバランスに欠けているため見直しの余地がある。 パブリック・サポート・テスト8)は、一般市民から広範な支援を受けているかどうかを判断するための基準である。この基準を用いて、公益社団法人・公益財団法人、認定NPO法人、学校法人、社会福祉法人においては、寄附者が支払った寄附金に対して税額控除が導入されている。こうした税額控除の対象法人になるためには、所轄庁に申請し、要件を満たしている旨の証明を受けなければならない。このため税額控除の対象法人は、市民から支持されている法人である。さらに公益性の有無及び不特定多数の便益を与えているどうかを活動面からチェックするパブリック・ベネフィット・テストにお いて公益性の評価を受けた法人である。したがって、法人の組織体制が整い、かつ財務上の透明性が確保された公益性の高い非営利法人については、法人税の納税義務を免除することも考えるべきであろう。 [注] 1)非営利が徹底された法人とは、次のすべての要件に該当しなければならない。 ①  剰余金の分配を行わないことを定款に定めていること。 ②  解散したときは、残余財産を国・地方公共団体や一定の公益的な団体に贈与するこ とを定款に定めていること。 ③  上記①及び②の定款の定めに反する行為 (上記①、②及び下記④の要件に該当して いた期間において、特定の個人又は団体に特別の利益を与えることを含む。) を行うことを決定し、又は行ったことがないこと。 ④  各理事について、理事及びその理事の親族等である理事の合計数が、理事総数の3分の1以下であること。 2)共益的活動を目的とする法人とは、次のすべての要件に該当しなければならない。 ①  会員に共通する利益を図る活動を主たる目的としていること。 ② 定款等に会費の定めがあること。 ③  主たる事業として収益事業を行っていないこと。 ④  定款に特定の個人又は団体に剰余金の分配を行うことを定めていないこと。 ⑤  解散したときにその残余財産を特定の個人又は団体に帰属させることを定款に定め ていないこと。 ⑥  上記①から⑤まで及び下記⑦の要件に該当していた期間において、特定の個人又は 団体に特別の利益を与えることを決定し、 又は与えたことがないこと。 ⑦  各理事について、理事とその理事の親族等である理事の合計数が、理事総数の3分の1 以下であること。 3)寄附した者に特別の利益が及ぶと認められるものは、寄附金控除の対象とならない。 4)小口寄附の場合には、税額控除を選択した方が有利となる。 5)大蔵省主税局調査課「所得税・法人税制度史草稿」昭和30年、266頁。 6)厚生労働省 平成26年8月27日 第1回社会保障審議会福祉部会資料「社会福祉法人基礎 データ集」 7)厚生労働省 平成25年5月21日 第 7 回社会 保障審議会介護給付費分科会介護事業経営調査委員会資料「特別養護老人ホームの内部留保について」 8)パブリック・サポート・テストの判定にあたっては、①相対値基準と②絶対値基準のい ずれかの基準を選択することができる。 ① 相対値基準 実績判定期間における経常収入金額のうちに寄附金等収入金額の占める割合が 5 分の1以上であることを求める基準である。 ② 絶対値基準 実績判定期間内の各事業年度中の寄附金の額の総額が3,000円以上である寄附者の数が、年平均100人以上であることを求める基準である。 ※  平成28年1月1日より、公益法人の各事業年度の公益目的事業費用等(学校法人においては私立学校等の経営に関する事業の費用、社会福祉法人においては社 会福祉事業費用)の額の合計額が1億円 に満たない場合には、年平均の判定基準となる寄附者数が100人以上であることとする要件を、その公益目的事業費用等の額の合計額を1億円で除した数に100 を乗じた数(最低10人)以上であるとと もに、その判定基準となる寄附者に係る 寄附金額の年平均金額が30万円以上であることが要件に加えられた。 ※  認定NPO法人については、上記の2つの基準のほかに条例個別指定(認定 NPO法人としての認定申請書の提出前日までに、事務所のある都道府県又は市区町村の条例により、個人住民税の寄附金税額控除の対象となる法人として個別に指定を受けていることを求める基準) による要件が認められている。 [参考文献] 石坂信一郎[2014]「わが国における非営利法人税制の起源」『札幌学院大学経営論集』 No.6。 武田昌輔[2000]『[新訂版]詳解公益法人課税』全国公益法人協会。 武田昌輔[2011]「総説」『日税研論集』 VOL.60。 成道秀雄[2011]「非営利型法人」『日税研論集』VOL.60。 成道秀雄[2014]「非営利法人税制の今後の課題」『税務通信』69⑵。 成道秀雄[2014]「一般社団・財団法人への移行期間を終えての税制課題」『非営利法人研究学会誌』VOL.16。 (論稿提出:平成28年11月30日)

  • 非営利法人制度をめぐる諸活動とそのロジック / 吉田忠彦(近畿大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 近畿大学教授  吉田忠彦 キーワード: 非営利法人制度 公益法人改革 社会学的制度理論 構造化理論 要 旨: 日本の非営利法人制度は、公益法人制度を出発点とし、そこから分化した法人、さらに は異なる文脈からNPO法人や中間法人などが生まれ、そして民法の改定と新しい法律の制 定を伴った改革を経て、なおその全体像を模索している。こうした制度の変化に関わるア クターは多様であり、時代によって、所属する世界によって、非営利法人制度に対する解 釈やロジックが異なっている。それらを時代の流れの中で整理しながら、その分析視角と して社会学的制度理論の可能性を示した。 構 成: I  はじめに II 非営利の諸法人の分化と展開 III 公益法人制度の整備と再編 IV 行政改革と公益法人 Ⅴ 公益法人制度改革とNPO法人 Ⅵ 非営利法人制度をめぐる諸活動、 アクター、ロジック Abstract In Japan, the legal framework of nonprofit corporation started as the Public Interest Corporation and the framework branched into several types such as the Private Educational Institution, the Religious Corporation, Specified Nonprofit Corporation and the Intermediate Corporation. The movement of the reform of the legal framework of nonprofit corporation is still ongoing, even now. There were various actors in the movement and each actor has each interpretation and logic of the nonprofit corporation. The purpose of this paper is to describe how the legal framework of nonprofit corporation has been constructed from the perspective of the sociological institutional theory. Ⅰ はじめに 近年、非営利法人制度をめぐって歴史的ともいえる大きな変化が続いた。特定非営利活動法人という新しい法人が生まれ、20年足らずの間に5 万を超える数となった。その後に中間法人も生まれたが、わずか 7 年ほどで姿を消してしまった。そして、110年ぶりとなる公益法人制度改革があって、一般法人が生まれた。公益認定という仕組みも生まれた。 しかし、「非営利法人制度」というひとつの制度が人びとの頭の中にイメージされ、それが追求されるという流れがあるとするならば、それをめぐる変化はなお続き、そしてそれらの変化もまた大きなものとなる可能性がある。なぜなら、この20年ばかりの間のいくつもの大きな変化にもかかわらず、「非営利法人制度」としては、なお未完と見られるからである。 しかし、本稿の目的は、未完の「非営利法人制度」がどうあるべきなのかを主張することではなく、そうした制度をめぐる活動の分析の視点を提示することである。 制度をめぐる活動に参加するのは特定のアクターに限られないこと、またそのアクターのより具体的な担当者もまた特定個人に限られないこと、そして同じ制度をめぐる活動も、それぞれのアクターによってその解釈や意図が異なるため、たとえば政府といった、ある特定のアクターの論理だけで全体としての「非営利法人制度」が整備されていくのではないという分析視角を提示する。 Ⅱ 非営利の諸法人の分化と展開 法に規定される「非営利法人」という法人は存在しない。民間で、営利を主目的としない団体を対象とするいくつかの法人格を総称して 「非営利法人」という言葉が用いられる。具体的には、一般法人法による一般社団法人、一般財団法人、それらのうち公益認定を受けた公益社団法人、公益財団法人、そしてかつての民法34条の特別法による学校法人、宗教法人、社会福祉法人、更生保護法人、特定非営利活動法人などを指す。また、本稿においては、これまで の経緯をたどりながら制度の変化や形成を分析するので、旧公益法人(社団法人、財団法人)や 中間法人なども含めて議論する。 これらの法人は、民法が公布された1896年 (明治29年)以降の110年あまりの歴史の中で、 それぞれの事情から生まれたり、姿を変えたり消したりして現在の状態になっている。 公益法人からいくつかの法人制度が分化したことや、公益法人自体の制度も改革されたことから、それらの全体としてのあり方を論じたり、 統合的な法人制度の可能性を論じる機会が増え、 「非営利法人制度」という言葉が用いられるようになったのである。 学校法人(昭和24年 私立学校法)、宗教法人 (昭和26年 宗教法人法)、社会福祉法人(昭和26年 社会福祉事業法)、そして更生保護法人(平成7年更生保護事業法)に至る4つの法人については、いずれも民法34条の特別法によるもので、 それらはあくまで民法34条が示す範囲のものであり、そこから分化していったものとみなすこ とができるだろう。そこでは、法人成りは主務官庁の許認可制で、設立後も主務官庁の指導・ 監督を受ける。そして、それらの法人は公益性 が高いものとみなされ、税法上では「公益法人 等」に一括される。 これとは異なる流れで生まれたのが、中間法人と特定非営利活動法人である。まず中間法人 (平成13年 中間法人法)は、公益を追求する団体であることを前提に、免税を始めとする税制上の優遇を受ける公益法人の中に、実態として共益型の団体も含まれており、さらにそうした非営利・非公益の団体の受け皿となる法人格が用意されていないことから設けられたものである。 したがって、公益的な分野を列挙した民法34条の枠から外れたカテゴリーであり、民法34条の特別法ではなく、民法の一般法による法人制度になる。そして税法上も公益法人等ではなく、 普通法人である。中間法人は公益法人の分化の 流れにあるものではなく、制度的な穴になって いた非営利・非公益のカテゴリーを埋めるために設けられたものである。したがって、中間法人は公益法人制度の欠陥を補うという意味では重大な意味を持つものであったといえるだろう1)。 特定非営利活動法人(平成10年 特定非営利活動促進法)もまた、民法34条の分化の流れとはまた別の意図から設けられたものである。中間法人が民法34条による公益法人を前提にし、その制度上の欠陥を補う形で設けられたものであったのに対して、特定非営利活動法人は、公益法人の否定、あるいはオルタナティブを目指すものであった。公益法人やそれに連なる諸法人の制度は、民の活動に対して官の価値基準で公益を規定し、法人格を付与し、さらにその後も指導・監督を行う。また、それらの法人に対しては、官の活動の一部が委ねられたり、補助金を与えられることもある。他方で、そうした官の基準に合わない団体については、法人格さえ付 与されないという状態があった。こうした官の民に対するパターナリズムに対して、それが本来の民、とりわけ市民活動を歪めたり、抑圧しているという批判の声が、欧米の民間非営利組織の様子が知られるにしたがって高まっていった。そして、官の判断によらない法人の設立を実現するための新たな法律が目論まれたのである。 Ⅲ 公益法人制度の整備と再編 公益法人制度をめぐる問題点は、民間の法人を営利と非営利とに区分するのではなく、営利と公益に区分したことによって、非営利・非公益型、すなわち共益型の団体を収める法人格を用意しなかったこと、法人成りを許可する主務官庁が多数存在し、それらの間で許可基準にばらつきが生じたこと、法人の許可がそのまま免税資格などの税制優遇につながり、主務官庁間の許可基準のばらつきと相まって、税に関する不公平が見られたことなどであった。 公益法人制度を前提としながらも、これらの問題点を是正しようとする一連の努力もなされていた。1971年(昭和46年)には行政管理庁が公益法人の指導監督に関する行政監察結果にもとづいて、公益法人制度改革について勧告を行い、公益法人等監督事務連絡協議会が設置された。その翌年、同協議会によって「公益法人設立許可審査基準等に関する申し合せ」が決定されている。これは主務官庁ごとに公益法人設立 許可の基準にばらつきが生じ、それによって同種の活動を行う団体でも、あるものは公益法人となり免税資格が与えられ、あるものは公益法人の許可がおりず、免税資格も、また法人格さえ得られないという不公平が生じていたこと、また免税などの税制優遇が相応しいとは思えない共益型の団体も公益法人として許可されているという事態が生じていたため、それを是正するために許可基準の統一が図られたものである。 こうした許可基準の統一を図る申し合せ等は、その後も何度か行われるが、その度ごとに基準は厳格になり、共益型の団体には許可が下りなくなるだけではなく、全般的に許可のハードルが上がっていった。また、休眠法人などが売買され、脱税の手段として悪用されるケースも見られたため、休眠法人の整理にも注意が向けられるようになっていった。 昭和60年9月に、総務庁が第2次の「公益法人等の指導監督に関する行政監察」の結果を発表し、法務省に対して中間法人制度の創設を勧告した。これは設立許可をもって免税などの税制優遇の資格が付与されるということから、そうした税制優遇に相応しくない共益型の団体は公益法人には含めないという基準が明確になるにつれて、そうした共益型の団体に対する法人格の必要性も明確になってきたからであった。法務省は総務庁の勧告を受けて、1996年(平成8年)10月に民事局内に「法人制度研究会」を 設置し、中間法人制度の検討を始め、中間まとめやパブリックコメントなどを経て、2001年 (平成13年)6月に中間法人法が成立し、翌年4月より施行された。また、それに先立って、 1998年(平成10年) 3 月に特定非営利活動促進法が成立し、同年12月より施行された。 中間法人制度によって、これまで公益法人制度の穴となっていた非営利・非公益型、つまり共益型の団体を収める法人格ができた。そして特定非営利活動法人制度によって、準則主義による法人格取得の道が開かれた。これらによって、民間のさまざまな活動の受け皿としての法人制度としては、とりあえずは整ったのである。 とはいえ、主務官庁制や税制との不分離などの根本的な課題の解決には至っていなかった。 また、公益法人の中には、共益型のものの他にも、行政と密接な関係を持つものも含まれており、そうした関係の中での不透明な既得権益などについての批判も起こっていた。 制度の体系、税制との関係、主務官庁制に象徴される官主導の体質、行政との関係など、以前からこれらの問題点を指摘してきた学者たちだけではなく、ジャーナリスト、政治家、市民活動家、そして世間一般からの批判の声も高まっていた。 このような背景の中、公益法人制度の改革が動き出し、2006年(平成18年)5月に公益法人制度改革関連三法が成立し、公益法人は、一般社団法人、一般財団法人、公益社団法人、公益財団法人に再編され、中間法人は一般法人に吸収される形で消えることになった。 Ⅳ 行政改革と公益法人 欧米においては、 1979年のイギリスでのサッチャー保守党政権、 1981年のアメリカでのレーガン共和党政権の発足を契機に、後にニュー・ パブリック・マネジメントと呼ばれる一連の大胆な行財政改革が進められた。日本はその時期にはむしろバブル景気に沸いていたが、 1990年代を迎える頃にはバブルははじけ、やはり行財政改革が国の重要な課題となっていた。 国債などによる債務はすでに400兆円にまで膨れ上がっており、さらに第二次大戦後の復興やその後の高度経済成長を支えるインフラ整備などのために国が設立してきた公社、公団などのいわゆる特殊法人の中に巨額の赤字を抱えるものがあった。とりわけ日本道路公団は、バブル崩壊後にはその赤字が20兆円を超えており、なおそれが膨らむことが予測されていた。 もちろん、国の公企業が生み出す巨額の負債が問題となったのはこの時が初めてではなく、1983年(昭和58年)には第一次行革審が設置され、三公社といわれた電電公社、国鉄、専売公社が次々に民営化されていった。しかし、その頃は国鉄の巨額の赤字が深刻で、それを中心とした三公社が問題として認識され、特殊法人や財政投融資、さらにそれを支える郵貯や簡保の問題は一般的にはあまり知られていなかった。 しかし、国鉄を分割民営化してもなお国の赤字が増え続け、さらにバブルがはじけたことで、 抜本的な行財政改革が国の最重要課題と見なされるようになったのである。 とりわけ、1996年(平成8年)1月に発足し た第一次橋本龍太郎内閣では、自民、社会、さきがけの連立与党内に行政改革プロジェクト チームが立ち上げられ、同年11月の第二次橋本内閣では行政改革会議が設置された。そこでは、 中央省庁再編などの大胆な改革の計画が打ち出された。後に橋本龍太郎は、森喜朗内閣の下で行政改革担当大臣としてそれらの計画を実行していった。 また、この行政改革会議が動き出したのと同じ時期に、後に東京都知事となる猪瀬直樹が、月刊雑誌に日本道路公団などの特殊法人やそれに連なる公益法人、そしてそれを支える財政投融資などについて、その実態をレポートする記事を連載し、世間の注目を浴びた2)。さらに、これに触発された同種の記事やテレビのドキュメント番組なども続いた3)。 そこでは、公益法人は特殊法人や認可法人などの政府系の諸法人と連なるものと認識され、民間の公益活動を担う法人という本来の姿よりも、天下りや渡りなどの受け皿か既得権益の隠れ蓑のような存在として扱われ、抜本的改革の必要性が叫ばれていた。 公益法人の中に実態として様々なタイプのものが存在していることは、早くから指摘されていた。とりわけ、森泉章による「典型的公益法人」、「特別法型公益法人」、「親睦団体型公益法人」、「行政補完型公益法人」、「業者団体型公益法人」の5つの類型化は、その後の議論にも影響を与えた。その後、行政と密着な関係を持つ公益法人は「行政委託型公益法人」と呼ばれるようになり、こうした公益法人に対する行政の関与のあり方を検討することが計画され、2001 年(平成13年)1月に内閣官房内に設置された 行政改革推進事務局の中に行政委託型公益法人等改革推進室が設けられた。 ところが、この行政委託型公益法人等改革推進室は、その初代室長となった小山裕自身が述べているように、公益法人制度の改革をミッションとしたものではなく、「公益法人に対する行政の関与の在り方の改革」、すなわち特定の公益法人に補助金や委託等・推薦等を行う行政の側の改革が目標だった4)。ジャーナリストやメディアの指摘、そしてそれを受けての世論が、特殊法人や公益法人の抜本的な改革を叫んでいるにもかかわらず、行政の側では、行政改革推進事務局という部署においてすら、それは一部の公益法人と、それと密接な関係を持つ行政の関係の持ち方の問題としてしか認識されていなかったのである。 たしかに、いくつかの悪質なケースの実態を詳細に調べあげ、「公益というタテマエで税金を支払わないまま、ビルを建て、政治家に献金 し、大量の内部留保を有している社団・財団法人は、犯罪の温床でもある」5)と、それが公益法人全体の姿であるかのように叫ぶ猪瀬の議論は乱暴といわねばならないが、橋本龍太郎や小泉純一郎などの政治家や、メディア、そして世間一般の中では、着実にそうした公益法人に対するイメージが普及し、それらの抜本的改革を望む声が高まっていたのである。 その後、この行政委託型公益法人等改革推進 室は、公益法人制度そのものの改革に着手することになる。しかし、公益法人制度の問題点はもうそれまでに何度も指摘され6)、時には悪しざまに書き立てられ、しかも改革推進室が設置される前年には、KSD事件(財団法人中小企業経営者福祉事業団を舞台にした汚職事件)まで発生しており、改革の必要性も自明になっていたように見えるが、行政内ではそうではなかったのである。小山はこの改革推進室が公益法人制度改革に取り組むようになった様子を次のように 述べている7)。 「改革の芽は、公益法人室に突如降りかかっ た『国所管の公益法人の総点検』という特命事項の遂行過程で、室メンバーの心の中に生まれたものである。そして、その小さな一歩が、実現不可能とすら言われた民法の改正と新たな公益法人制度の転換(主務官庁による設立許可制から準則主義への転換、法人格取得と公益性認定の切り離しが基本的な変更点である。)に結実した」。 世間では遅きに失した感さえあった公益法人制度改革も、国の行政の内部にいた小山たちにとっては、公益法人制度改革の芽は自分たちの心の中に生まれたもので、「官の世界では『ドン・キホーテ』としか考えられない、ある意味無謀な真似」8)だったのである。おそらくその気持ちに偽りはなく、小山の目には公益法人改革の流れはそう映っていたのであろう。 Ⅴ 公益法人制度改革とNPO法人 「官の世界では『ドン・キホーテ』としか考えられない、ある意味無謀な真似」だった公益法人改革は、「主務官庁による設立許可制から準則主義への転換、法人格取得と公益性認定の切り離しが基本的な変更点」だった。つまり、小山たちの中では非営利法人制度ではなく、あくまでも公益法人制度の改革なのであった。 この改革推進室はその後、2001年(平成13年)3月「行政委託型公益法人等改革の視点と課題」を公表するだけでなく、同時に国所管の公益法人の点検結果も公表し、さらに同年7月には「行政委託型公益法人等改革を具体化するための方針」、「公益法人制度についての問題意識 ~抜本的改革に向けて~」を出し、徐々に公益法人制度全体の改革の必要性を訴えていくようになる。 そして、2002年(平成14年)3月の「公益法人抜本的改革に向けた取り組みについて」が閣議決定され、その中ではっきりと関連制度を含め抜本的かつ体系的な見直しをするとして、その先頭にNPO法人が掲げられた。さらに同年8月の論点整理では、「現行のNPO法は民法の特別法としても独特の存在であるので、新たな基本的制度の中に発展的に解消される可能性が高いと考えられる」という見通しが示された。 つまり、単なる理念というのではなく、かなり具体的な計画として、関連制度も含めた非営利法人制度の整備として改革が進められたのである。 しかし、「公益法人制度について、関連制度 (NPO、中間法人、公益信託、税制等)を含め抜本的かつ体系的な見直しを行う」という目論見ははずれることになる。要するに、法人制度で見れば、公益法人と中間法人のみを新たな法人制度に入れて再編するという結果に終わったので ある。 このように、「抜本的かつ体系的な法人制度の見直し」としての改革が不発となった最大のポイントは、特定非営利活動法人との統合の失敗だった。それまで日本の非営利法人制度は、 公益法人をひとつの基準として、その分化と再編が行われてきた。しかし、特定非営利活動促進法(NPO法)は、それまでの民と官との関係をめぐる考え方が根本的に異なっていた。 NPO法成立に深く関わった山岡義典は、NPO 立法関係者と公益法人関係者との関係について、 次のように述べている9)。 「お互い無関心だったという感じはありますね。というかNPO立法側から言えば、当時の公益法人制度に対するアンチテーゼでもありましたから」。 NPO法成立をめぐっては、さまざまな市民活動団体、政治家などが関わった10)。そして議員立法により成立したその法律は、「公益法人制度に対するアンチテーゼ」であり、そこで形成された運動力はNPO法成立後も持続し、認定NPO法人の基準の緩和などの成果を導いた。 そして公益法人制度改革の議論が本格化した際には、NPO法人制度がそこに統合されることに反対し、それを阻止することに成功したのである。こうした運動力としては、具体的には、 「シーズ・市民活動を支える制度をつくる会」 がNPO法成立に向けての活動、その後のNPO 法人に対する税制の見直しに向けての活動の中で培ったロビイング力、全国各地にできていた NPOサポート組織やそれらのネットワークが あった11)。さわやか福祉財団の堀田力が、政府税制調査会の非営利法人課税ワーキング・グループにおける非営利法人への原則課税の原案に反発したことを発端に、それが市民活動団体全体に広がっていった形だが、その根底には従来の公益法人に対するアンチテーゼとしてのNPO法人の側の意識があったのである。それは次の山岡の言葉に端的に表れている12)。 「NPO法の側としては、自分たちで作った制度を、行政改革として悪者を排除するために作った制度に合わせる必要は毛頭ないというのはね、これはかなり多くの人の、立法に関わった人たちの意識としてはあると思います」。 Ⅵ  非営利法人制度をめぐる諸活動、 アクター、ロジック これまで確認したように、この30年ばかりの間、「非営利法人制度」をめぐって、民法の改定や新しい法律の制定などを含むさまざまな改革があった。そして、そうした改革を導いたさまざまな活動、それを行ったアクター、そしてそれらのアクターごとのロジックがあった。それらは、およそ以下の4つのタイプに分けることができるだろう。 ①  従来の公益法人制度を前提として、その制度の問題点を修正しようとする立場。 ② 非営利法人制度の体系化を目指す立場。 ③  市民活動を支える制度を作ろうとする立場。 ④  行政改革の立場から公益法人制度を改革することを目指す立場。 こうした観察から次のことがらが確認できる。 第一に、複数の立場があったということである。 これらのいずれの立場も、基本的に公益法人制度を改革するという方向をめざしていたが、そこには温度差や目指す方向の違いが見られた。 第二に、そこでは法人法、税制、会計などが定められ、運用されている現行の公益法人等の制度を核としながらも、そうした既存の制度それ自体ではなく、その将来的なあるべき姿がイメージされ、論じられていたということである。 第三に、同じ公益法人等の制度を論じていながら、それを見る視点、論理が異なっているということである。 そして第四に、公益法人制度を論じながら、 実際にはそれと関連する別の制度との組み合わせで論じられており、その組み合わせがそれぞれで異なっているということである。たとえば、公益法人制度と特別法法人や中間法人との組み 合わせの場合や、公益法人制度とNPOとの組み合わせ、ないしは対比の場合や、特殊法人と公益法人との組み合わせの場合などである。 制度をめぐる多様なアクターの活動とそのプロセスを分析する研究として代表的なのがゴミ缶モデルである(March et al[1976])。そこでは、 ①問題の流れ、②解の流れ、③参加者の流れ、 ④選択機会の流れが、それぞれ独立して流れ、 それらは合流して問題の解決に至る場合もあれば、問題が未解決のままでやり過ごされたり、先送りされることもあるとする。それぞれの要素は、それぞれの流れの中にあるものの、とりあえず選択機会(ゴミ缶)に投げ込まれるのである。 ゴミ缶モデルでは誰が問題解決にむけて全体の流れをまとめたりするのかが説明できないため、改良されたのが政策の窓モデルである (Kingdon [1994])。①問題の流れ、②政策の流れ、③政治の流れがある時に合流し、政策の窓が開き、その窓が、参加者とりわけ政策企業家によるアジェンダ設定や政策案推進の契機となる。 つまり、ばらばらな流れの中にある諸要素が合流する、つまり窓が開いたチャンスに、政策企業家が自らの意図に合うように、積極的にそれらをまとめ上げるとする。 さらに、改訂・政策の窓モデル(小島 2003) では、政策の窓モデルに政策形成の「場」を主体的に設定する政策アクティビストの役割が追加される。また、Lober[1997]では協働の窓モデルが提示され、協働企業家が問題の流れ、 解決策の流れ、組織のやる気の流れ、社会・政治・経済の流れの 4 つをまとめ上げるとする。 これらの一連の研究は、多様なアクターと多様な流れの存在を前提とし、問題の解決は単一のアクター、単一の流れによって決まるわけではないというより現実的な姿を描いている点で評価される。 しかし、これらの一連のモデルでは、問題、 解、参加者、機会などの流れが、それぞれ別に流れているとしているものの、それぞれのアクターが同じ解釈の制度を舞台にして活動し、同じ解釈の制度を前提にした問題、解、参加者、機会などが想定されている。さらにゴミ缶モデル以降のモデルにおいては、そこに全体の流れをコントロールする企業家やアクティビストの存在が想定されている。 非営利法人制度をめぐっては、それをどういう立場で、どう解釈するかはそれぞれのアク ターによって異なっていた。また、時期によって同じアクターでもその解釈や立場が変化した。 法的な規定がないということでは未だに青写真の状態ともいえる非営利法人制度をめぐって、 さまざまなアクターの活動によってその姿が徐々に具体的になったり、あるいはその姿の修正が生じたりした。つまり、ゴミ缶モデルなどが想定するような、すべてのアクターにとって 共通の出来上がっている制度などはないのである。 それぞれのアクターごとに解釈される制度を論じようとするのが、バーガーとルックマン (Berger=Luckmann[1967])などの社会構成主義 に影響受けた社会学的制度理論13)である。特に組織理論の分野においては、今日最も多くの研究者の関心を集めている。スコット(Scott [1995])、マイヤー=ローワン(Meyer=Rowan [1977])、ディマジオ=パウエル(DiMaggio= Powell[1983])などの初期の研究などから、その後多くの業績が積み上げられている。 この社会学的制度理論は、これらの組織理論を経由して経営学や会計学などにも導入されていったが、その過程において、関係する諸アクターたちから正当性を認められた1つの制度を前提に論じられたり、あるいはそうした制度化のプロセスが圧力となって同型化が起こると論じられたりと、この理論をミスリードした議論 が多く生まれた14)。これは環境要素の違いによって有効な組織の構造は異なるという、かつての構造的コンティンジェンシー理論と同じ論理であり、環境決定論に陥ってしまっている。もちろん、正当性が認められている(と想定する)制度と、それに関係する組織との関係について分析する研究が否定されるわけではないが、そこでは社会学的制度論が提示したインプリケーションは失われてしまっている。 社会学的制度論では、制度というものは所与として存在するのではなく、アクターやアク ターとしての組織が、それぞれが想定する制度に対して活動を行い、それによって自らの制度を再構成するという連続性で捉えられるものとされる。つまり、制度は組織によって構成され、 その構成は再構成され続けると見るのである。 これはギデンズの構造化理論(structuration theory)と同じ論理である(Giddens[1984])。つまり、エージェンシー(行為主体、組織)の構造 (制度)に対する再帰的な活動によって構造が再構成され続けるという、構造とエージェン シーとの一体的な把握である。この捉え方によって環境決定論(構造決定論)と、その反対の行為主体決定論のどちらにも陥らない説明を可能にしようとするのである。 すべての関係者から同じ姿に映る非営利法人制度など存在しなかったし、その全体像をデザインし、コントロールする単一の企業家やアク ティビストは存在しなかった。非営利法人制度 に関わろうとする関係者の活動が、非営利法人制度の形に影響を与え、その影響を受けた非営利法人制度の姿を関係者は認識し、そしてそれ に対してまた何らかの活動を非営利法人制度に向けて行う。こうした反復的な活動の連続性の 中に非営利法人制度は形を現すのである。 [注] 1)中間法人に関する論考は少ないが、初谷 [2012]ではまとまった整理がなされている。 2)文藝春秋の1996年(平成8年)11月号、12月号、1997年(平成9年)1月号の3回にわた る連載「日本国の研究」。この記事は後に単行本となり、文庫化もされた。さらに、猪瀬 氏の著作選集の第1巻に、「公益法人の研究」 を増補した新篇として納められた。この記事 の反響は大きく、第58回文藝春秋読者賞を受けた他、記事の「コピーが国会内で政党を問 わず回し読みされている」(「文庫版へのあとがき」)という状態だったという。実際、そ の後、郵政三事業や特殊法人の民営化を掲げ て総理になった小泉純一郎の要望で、行政改 革担当大臣の諮問機関として新たに設置され た行革断行評議会の委員となり、その翌年に は道路関係四公団民営化推進委員会の委員に就任した。この委員会が設置されて2年後の 2004年6月に、道路関係四公団民営化関係四法が成立し、日本道路公団等は民営化されることが決まったが、その間には公団が文藝春秋社を提訴したり、委員長はじめ委員7人中5人が途中で辞任、欠席するような状態だった。猪瀬はこれらの様子も週刊文春にコラム記事として書き続けた。 3)1997年(平成9年)6月20日に放送されたNHKスペシャル「官のピラミッドは崩せる か」においては、猪瀬の「日本国の研究」で俎上に乗せられた日本道路公団と財団法人道路施設協会、そしてそこから随意契約で仕事を受ける公団ファミリーの企業の様子が、やはり猪瀬と同じ論調で紹介された。猪瀬自身もテレビのニュース番組や雑誌の対談などに度々登場し、当時厚生大臣だった小泉純一郎、小泉政権で郵政民営化担当大臣も務めることになる竹中平蔵とも対談などをしている。 4)「公益法人制度そのものの改革は、公益法人室の本来の使命ではなかったし、その時点では誰も考えていなかった」小山 裕[2009]、 116頁。 5)猪瀬直樹[2001]、238頁。 6)森泉章や田中實などの先駆的な研究だけでなく、昭和61年(1986年)3月には、橋本徹 (関西学院大学教授)、古田精司(慶應義塾大学教授)、本間正明(大阪大学教授)、関 成一(国際文化教育文化交流財団事務局長)、 佐野善之(サントリー文化財団専務理事)をメンバーとする公益法人税制研究会が、「公益法人をめぐる税制改正に関する提言」を発 表している。そこでは後の公益法人改革の論点はほとんど提示されており、さらにそれを 上回る提案がなされている。また、同時期に、 林修三(元内閣法制局長官)、宮崎清文(元総理府総務副長官)、田中實(慶應義塾大学教授)、森泉章(青山学院大学教授)など団体法の研究者グループによる公益活動研究会 も、「公益法人及び公益信託に関する基本法の必要性について」という提言を行っている。 7)、8)小山 裕[2009]、116頁。 9)山岡義典[2013]「公益法人の世界、民間非営利の世界⑶」『公益法人』、2013年5号、34頁。 10)NPO法成立をめぐるプロセスについては、 谷勝宏[2003]、小島廣光[2003]、初谷勇 [2001]などいくつかの研究で詳細に分析されている。 11)2003年(平成15年)1月にNPOサポートセ ンター連絡会全国会議が公益法人制度改革に対しての声明文を採択し、翌2月にはそれを 修正し、行政改革担当大臣に申し入れを提出した。また、シーズも同じ 2 月に公益法人制 度改革に関する意見書を発表した。これらと 連鎖して、各地のこれについての集会が NPOサポート組織を中心にして開催された。 この「申し入れ」やNPOサポートセンター 連絡会の動きについては、NPOサポートセンター連絡会[2003]に詳しい。 12)山岡義典[2013]「公益法人の世界、民間非営利の世界⑶」『公益法人』、2013年5号、37 頁。 13)新制度理論、新制度派組織論、制度派組織論などとも呼ばれるが、ウェバー、バーガー、 セルズニックなどの社会学者の理論をベースにしていることから、ここでは社会学的制度理論と呼ぶ。 14)社会学的制度理論のミスリードと研究動向については、松嶋登他[2015]を参照のこと。 [参考文献] 猪瀬直樹[2001]『構造改革とはなにか―新篇日本国の研究』、小学館。 NPOサポートセンター連絡会[2003](山岸秀雄・菅原敏夫・浜辺哲也編)『NPO・公 益法人改革の罠 -市民社会への提言』、第一書林。 岡本仁宏編著[2015]『市民社会セクターの可能性』、関西学院大学出版会。 小山 裕[2009]「公益法人制度改革前史・序章 : 改革はこう始まった」『嘉悦大学研究 論集』51⑶、115-131頁。 小島廣光[2003]『政策形成とNPO法 ―問題,政策,そして政治』、有斐閣。 小島廣光[2014]「公益法人制度改革における参加者の行動」『札幌学院大学経営論集』 No.6、31-96頁。 谷 勝宏[2003]『議員立法の実証研究』、信山社。 初谷 勇[2001]『NPO政策の理論と展開』、 大阪大学出版会。 初谷 勇[2012]『公共マネジメントとNPO政策』、ぎょうせい。 松嶋 登・早坂 啓・ホームズ聡子・浦野充洋 [2015]「反省する制度派組織論の行方 ― 制度的企業家から制度ロジックへ」、桑田 耕太郎・松嶋 登・高橋勅徳編『制度的企 業家』、ナカニシヤ出版。 森泉 章[1977]『公益法人の研究』、勁草書房。 森泉 章[1982]『公益法人の現状と理論』、 勁草書房。 山岡義典[2013]「公益法人の世界、民間非 営利の世界⑴、⑵、⑶」『公益法人』2013 年3号、4号、5号。 Berger, P. L.,and T. Luckmann [1967]The Social Construction of Reality. Doubleday &Company. (山口節郎訳(1977)『現実の社会的構成』、新曜社。) DiMaggio, P. J.and W. W. Powell, [1983] “The Iron Cage Revisited: Institutional Isomorphism and Collective Rationality in Organizational Fields,” American Sociological Review, 48:147-160. Giddens,A. [1984]The Constitution of Society : Outline of the Theory of Structuration, Polity Press.(門田健一訳 (2015)『社会の構成』、勁草書房。) Kingdon, J. W. [1994]“Agendas, Ideas, and Policy Change,”in L. C. Dodd, and C. Jillson,(eds.), New Perspectives on American Policies, Wash, pp. 215-229. Lober, D. J. [1997]“Explaining the Formation of Business-Environmentalist Collaborations: Collaborative Windows and the Paper Task Force,” Policy Sciences, 30, pp. 1-24. March,J. G. and J. P. Olsen [1976]Ambi- guity and Choice in Organizations, Universitetsforlaget,Bergen (Norway). (遠田雄志・アリソン・ユング訳(1986) 『組織におけるあいまいさと決定』、有斐閣。) Meyer, J.and Rowan,B. [1977]“lnstitutionalized Organizations ; Formal Structure as Myth and Ceremony,” American Journal of Sociology,Vol.83,No.2, pp.340-363. Scott, W.R. [1995]Institutions and Organizations. Sage.(河野昭三・板橋慶明訳(1998) 『制度と組織』、税務経理協会。) (論稿提出:平成28年12月14日)

  • 《研究ノート》収益事業課税に関する裁判例を踏まえた法人税法上の収益事業と課税要件の問題整理 / 永島公孝 (税理士)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 税理士  永島公孝 キーワード: 収益事業課税 課税の公平 名古屋ペット葬祭訴訟 要 旨: 公益法人等(公益財団法人、公益社団法人、一般財団法人、学校法人、宗教法人、社会福 祉法人、特定非営利活動法人、特例民法法人等)に対する収益事業課税は、法人税法2条13号及び法人税法2条7号で定められ「原則非課税」となっている。課税される収益事業については、法人税法施行令5条において具体的に34業種が挙げられている。しかし、現状では政令への委任及び通達において拡大解釈ともとれる運用がなされ、実態は「原則課税」に 近い状況となってしまっていることが懸念される。本論は近年で公益法人等の収益事業課税 に関する最も重要な判決である「名古屋ペット葬祭訴訟判決」などを検証し、行政による 「拡大解釈」の実態を明らかにし、現在の収益事業課税の判定について問題提起を行い、論 点を浮かび上がらせることにより今後必要とされる課税要件への提言を試みた。 構 成: I  曖昧な収益事業の基準 II 公益法人等の裁判例の分析 III 今後、拡大解釈が危惧される課税要件 Abstract Profit business taxation to Nonprofit Organizations for the Benefit of the Public is set by article 2(xiii)and 2(vii)of corporation tax law. They are set as “principle tax exemption”. 34 business categories are mentioned specifically in article 5 of Order for Enforcement of the Corporation Tax Act about Profit-making business. But itʼs practical use near a broad interpretation in commission to a government ordinance and a notification by the current state. There is fear that the reality has been the situation near “principle taxation” This paper inspects the “Nagoya pet suit judgment of funerals” which is the most important judgment about the profit business taxation for Nonprofit Organizations for the Benefit of the Public mainly and makes the reality of the “broad interpretation” by administration clear. And This study raises an issue of judgment of the present profit business taxation and tries proposal to tax requisition which will be needed from now on. Ⅰ 曖昧な収益事業の基準 1 法による「収益事業」の規定 公益法人等1)が行う事業が収益事業か否かと いう課税庁の判定は、法人の財政への影響が大きく、組織の存続を左右する。また、現実の法人が行う事業は多種多様であり、そのうえ、時代によって「公」の概念が大きく変わっているため、課税庁の収益事業の判定にはかなりの慎重さが求められる。 しかし、現状の法規定では収益事業とは何を指すのかについては、曖昧なものとなっていると言わざるを得ない。 そこで、まず初めに収益事業課税に関する法人税法等の規定を確認しておく。 法人税法2条13号においては、収益事業について、「販売業、製造業その他の政令で定める事業で、継続して事業場を設けて行われるものをいう。」とされている。また、同7条では 「内国法人である公益法人等又は人格のない社団等の各事業年度の所得のうち収益事業から生じた所得以外の所得については、第5条(内国 法人の課税の所得の範囲)の規定にかかわらず、 各事業年度の所得に対する法人税を課さない。」 とされている。 法人税法施行令(以下、「法令」という。)5条 では、34業種を課税対象として挙げているが、 具体的な内容については、34番目の「労働者派遣業」が明確なものとして示されているのみで、 それ以外の業種は、さらに法人税基本通達15-1-1から同15- 1 -72及び同15-2 -1から 同15-2-14によって解釈することとされている。実際には、法人税基本通達を参照し、課税庁の担当官が「収益事業」に該当するか否かを判断している。 冒頭でも述べたが、公益法人等の事業は様々である。そのため、現場では、課税する側がそれを収益事業か否か判断する場合に法解釈の幅が生じてしまい、担当官の間で混乱が生じている面も指摘されている。そこで本稿では、現在、この課税要件についてどのような解釈がなされているのかについて、近年の収益事業課税に関する裁判例を基に整理していきたい。 2 「収益事業」について争われた裁判事例 公益法人等の収益事業課税に関する裁判例は僅少である。この背景には、所管官庁の指導により税務調査の結果報告を行う傾向があること、 新聞報道によるバッシングを避ける傾向があることが考えられる。加えて、税務訴訟は異議申立・審査請求という行政手続を経て裁判に臨むために、日数がかかることなど、かなりの負担を強いられる。その結果、課税庁と当該法人の間で妥協点をさぐり修正申告を行い、訴訟を行わないことがほとんどなのである。 しかし、このように裁判事例が少ないからこそ、公益法人等の課税判断にひとつ一つの訴訟が大きな影響を与えているともいえるだろう。 本稿では、公益法人等の租税判例研究において最も大きな意味を持つとされている、宗教法人醫王山慈妙院が原告となった訴訟2)(以下、「名古屋ペット葬祭訴訟」という。)を中心に分析していく。 Ⅱ 公益法人等の裁判例の分析 1 名古屋ペット葬祭訴訟のもつ意味 名古屋ペット葬祭訴訟が、公益法人等の租税判例研究において大きな意味を持っているのは、この訴訟の「判決」がほぼ唯一先例として尊重され、やがて確立した解釈として一般に承認される「判例」とされる可能性があるからだ。 名古屋ペット葬祭訴訟の前にも公益法人等の 収益事業を巡る訴訟はあったが、それはみな「判例」には至っていない。 この名古屋ペット葬祭訴訟の特異性をみるため、一例として、千葉県流山市における特定非営利活動法人さわやか福祉の会流山ユー・アイ ネットが原告となり起こした訴訟3)(以下、「流山訴訟」という。)を先に挙げてみたい。千葉地裁の判決文における事実の概要は以下のものである。 原告は、千葉県流山市に事務所を持つ 「さわやか福祉の会流山ユー・アイネット」(特定非営利活動法人代表米山孝平氏)です。原告の前身は、平成7年6月に権利能力なき社団として設立されました。その後、平成11年4月に千葉県知事から 特定非営利活動促進法10条所定の認証を受け、同法2条2項所定の特定非営利活 動法人(NPO法人)となりました。この法人は法人税法7条所定の内国公益法人に当たります。また、原告は、それ以前から行っている「ふれあい事業」の他、平成12年2月より流山市から受託事業を、さらに同年4月からは介護保険事業を行っています。    裁判の対象となった法人税の確定申告では、松戸税務署の指導により、当初、「介護保険事業」、「流山市委託事業」、「ふれあい事業」を収益事業に該当しているとして法人税の申告で対象合算しました。平成13年5月29日、所得金額を1,184万6,001円とし、納付すべき税額を291万1,800円とする確定申告をし、納税をしました。なお原告、被告は、介護保険事業、受託事業が法人税法2条13号所 定の収益事業に該当していることについ ては、争っていません。    しかし、その後、平成13年7月3日、 原告は、「ふれあい事業」は、法人税の対象となる法人税法2条13号所定の収益事業には該当しないとして、松戸税務署長に対して、所得金額709万1,791円、納付すべき税額を155万8,000円とする、納税した税額を取り戻すための減額更正の請求を行いました。    これに対し、松戸税務署長は、平成13年12月11日、「ふれあい事業」は、収益事業の請負業に当たるとして、所得金1,018万6,046円、納付すべき税額を241万3,800円とする更正処分を行いました。    原告はこれを不服として平成13年12月28日、被告に対して、本件更正処分に対し、異議申立てをしましたが、平成14年4月5日付で、原告の異議申立てを棄却する旨の決定がでたため、同月30日、国税不服審判所長に対して、審査請求をし、その裁決が出る前の平成14年8月8日、千葉地方裁判所に本件訴訟を提起しました。すなわち、「ふれあい事業」は、法人税法7条、2条13号所定の収益事業に 該当しないにもかかわらず、それに該当するとして同事業から生じた所得に対して法人税を課税した被告の処分は違法で あるとして、争うこととしたのです4) この流山訴訟では、被告である課税庁は、課税の根拠を営利企業等との事業競合と、請負 業・周旋業の解釈等を争点に挙げている。それに対し、特定非営利活動法人である原告は、有償ボランティア活動が収益事業ではないとする2つの意義、つまり、①公的介護保険制度が提供できない家事支援であること、また②活動する人々の動機は、経済的利益ではなく、困っている高齢者の役に立ちたい、あるいは寂しい高齢者とふれあうことによって幸せになって欲しいというものであることを主張している。千葉地裁の判決では、争点の中心である「ふれあい事業」が請負業に該当するかについて以下のように判断した。 当該事業は、原告が、会員に対し、ふれあい切符という利用券を販売することにより、一定のサービスを受ける権利を与え、利用会員は、その行使を原告に依頼し、協力会員は原告の管理の下で指示事項に従って役務提供を行い、これに対し、時間に応じた現金と等価の利用券 (1時間当たり800円相当)が支払われ、1時間当たり600円の協力会員への支払い という精算がなされる結果、1時間当たり200円相当のふれあい切符が原告に利益として残るものである事になる。そうすると、当該事業は、一定の役務を提供 して対価の支払いを受けるものであって、 法人税法施行令5条1項10号にいう請負業(事務処理の委託を受ける業を含む。)に該当する5)。 上記のように、この判決は、法令5条1項10号の請負業についての判断の解釈であり、役務提供と対価の支払いの受入れを判断基準としているため、この裁判は、争点についてだけ具体的解決を判断するのみの性質しか持っていない。 つまり、裁判所の判決は「収益事業とはなにか」という総括的なものにはなっていない。 このようなことから、名古屋のペット葬祭訴訟の注目すべき点は、収益事業そのものの解釈を示したことにある。 2 名古屋ペット葬祭訴訟 名古屋ペット葬祭訴訟は、宗教法人が行っている死亡した動物の引取り、読経、埋葬等の一連の行為について、収益事業の該当性が争点と なった。前述した流山訴訟の判決では、課税する業種に限られた当て嵌めでしかなかったが、 名古屋ペット葬祭訴訟では、一連の行為についていくつもの業種を当て嵌めていくにあたり、 総括的な収益事業の判断根拠が必要となった。 名古屋地裁の判決における「事実の概要」は、 以下のものとなっている。 宗教法人である原告は、昭和58年ころ からペット葬祭業を行っており、宗教法 人醫王山慈妙院動物霊園の名称で、境内にペット用の火葬場、墓地、納骨堂等を 設置し、引取りのための自動車を数台保有して、死亡したペットの引取り、葬儀、 火葬、埋蔵、納骨、法要等を行っているほか、本件ペット葬祭業のあらましを写真入りで説明したパンフレットを発行し、ホームページを開設するなどして、その周知に努めています。宗教法人醫王山慈 妙院によるペットの葬儀及び火葬は、ペット専用の葬式場において、人間用祭壇を用いて僧侶が読経した後、死体を火葬に付するというものであるところ、前記パンフレット及びホームページには、その料金について、動物の重さ等と火葬方法との組合せにより8,000円から5万円の範囲で金額を定めた表が「料金表」 等の表題のもとに掲載されています。この表は、原告の代表役員が、同様の事業を行う有限会社の料金表を参考にして作成しています。また、前記ホームページには、「上記は一式全てを含む費用です (引取り、お迎え費用等は別)」との記載があります。なお、宗教法人醫王山慈妙院 によるペットの葬祭を希望する者が原告の自動車でペットの死体を引き取ってもらうときには、3,000円の支払いを求められています6)。 この裁判で課税庁は、収益事業判断基準として 2 つのものを挙げている。ひとつめが当該事業と一般事業者が行っている事業との類似性の 有無・程度、2つめが、当該事業で提供されるサービス・物品等の性質・態様等の諸般の事情を国民の社会的文化的意識を基礎とする社会通念に照らし、課税の公平性という制度趣旨を勘 案するということだ。判決では以下のように名古屋地方裁判所が被告側の主張を認める形となった。 法人税法上の特掲事業該当性は、当事者が当該行為に宗教的意義を見いだし、 あるいはその外形を取ることによって直ちに否定されるべきものではなく、これを取り巻く具体的諸事情をも総合的に考慮し、一般事業者の類似事業と比較しつつ、社会通念に従って、財貨移転が任意になされる性質のものか否かを判断して 決せられるべきものである。しかるところ、原告のペット葬祭業は、(中略)「料金表」ないし「供養料」の表題の下に、3 種類の葬儀内容と動物の重さの組み合わせに応じた確定金額から成る表を定め、ホームページにも同様の表を明示的に掲載していること、ペット葬祭依頼者のほとんどが、あらかじめホームページなどを通じ、あるいは依頼時に同表を示されるなどして同表の存在を認識し、実際にも同表に記載された金員を支払っていたこと、ペット葬祭を実施する民間業者が 多数存在しており、その料金システムは 原告のものと極めて類似していることな どに照らせば、原告のペット葬祭業においては、依頼者は、原告がその支払う金員に対応する葬祭行為をするものと期待し、原告も、その提供する葬祭行為に対応する金員が支払われるものと期待しているというべきであるから、依頼者の支払う金員が任意のものであるとは到底解されず、両者の間に対価関係を肯認するのが相当である7)。 そして、控訴審である名古屋高等裁判所の判決もまた控訴人の請求を認めず、原判決の判断は正当であると判断した。さらに、その後の上告審である最高裁の判決でも控訴人の請求を棄却しているが、その宗教法人の代理人の上告受理申立理由について、以下のように判断している。 本件ペット葬祭業は、外形的に見ると、請負業、倉庫業及び物品販売業並びにその性質上これらの事業に付随して行われる行為の形態を有するものと認められる。法人税法が、公益法人等の所得のうち収益事業から生じた所得について、同種の事業を行うその他の内国法人との競争条件の平等を図り、課税の公平を確保するなどの観点からこれを課税の対象としていることにかんがみれば、宗教法人の行う上記のような形態を有する事業が法人 税法施行令5条1項10号の請負業等に該当するか否かについては、事業に伴う財貨の移転が役務等の対価の支払いとして行われる性質のものか、それとも役務等の対価でなく喜捨等の性格を有するものか、また、当該事業が宗教法人以外の法人の一般的に行う事業と競合するものか否か等の観点を踏まえた上で、当該事業の目的、内容、態様等の諸事情を社会通念に照らして総合的に検討して判断するのが相当である8) 。 ※下線については後述する ここで、最高裁は4つの収益事業該当性の判断基準を挙げていることが分かる。 まずひとつ目は、外形的にみて、請負業等の事業に付随行為となるかということ。つぎに、 収益事業から生じた所得について、競争条件の平等・課税の公平の確保をする観点から判断するということ。3つ目は、当該事業が宗教法人以外の一般的に行う事業等と競合するものか否かの観点から判断するということ。さいごに、実社会において、収益事業として位置付けられるか否かを当該事業の目的、内容、態様等の諸 事情を社会通念に照らして総合的に判断することとしている。このように、初めて最高裁の判決によって、総括的な収益事業の判定に関する法解釈が示されたのである。 3 名古屋ペット葬祭訴訟判決の影響 この最高裁の判決は、その後の公益法人等の収益事業課税に関する判決で引用されている。それは、北海道の石狩市において、法人税の収益事業の物品販売業、不動産貸付業にあたるかを争う訴訟である。この訴訟の「事実の概要」 は、以下のとおりである。 原告は、昭和55年4月23日に設立された宗教法人であり、北海道石狩市内に主たる事務所を置き、霊園を経営しています。本件霊園の使用を申し込む者(以下は、「使用者」という。)は、「申込書」と題する書面(以下「本件申込書」という。)の裏面に記載された使用規定に定められた内容に同意した上で、本件申込書により本件霊園の使用等を原告に対して申込み、永代使用料等を納付して、本件霊園 の「墳墓所」の永代使用及び霊園施設の随時利用の権利を取得するとなっています。使用者は、使用規定に基づいて「墳墓所」の永代使用及び霊園施設の随時使用の権利を取得するために負担する金銭並びに霊園の維持管理に要する管理料を支払います9)。 ここでは、墓地の墓石・カロート(遺骨を納めるために墓石の下に設置されるコンクリ-ト製の設置物)の代金が永代使用料に含まれていたことが争点となった。東京地方裁判所平成24年1月24日判決は以下のものとして、原告である宗教法人は敗訴している。 公益法人等が行う収益事業が、当該公益法人等の本来の目的の一部をなし、あるいは本来の目的と密接に関連するものであっても、そのことから直ちに当該事業から生じた収益が非課税となるものではなく、当該事業に伴う財貨の移転が役務等の対価の支払として行われる性質のものか、それとも喜捨等の性格を有するものか、また、当該事業が宗教法人以外の法人の一般的に行う事業と競合するものか否か等の観点を踏まえた上で、当該事業の目的、内容、態様等の諸事情を社会通念に照らして総合的に判断するのが 相当である10)。 ここで注目すべきことは、上記に付した下線の箇所は、その前に引用した名古屋ペット葬祭訴訟の最高裁判決の下線部を引用したものとなっていることである。しかし、このことをして、名古屋ペット葬祭訴訟の最高裁判決が「公益法人等をめぐる収益事業該当性」の「判例」 となると考えても良いだろうか。 これについて筆者は、公益法人等ではなく、そのなかの宗教法人が行う事業についての収益事業該当性に限定するべきと考える。なぜなら、名古屋の宗教法人ペット葬祭訴訟の最高裁判決、北海道の宗教法人の東京地裁判決の2つの判決をみていくと、両判決ともに檀家以外の者が支払った会館利用料を巡っては席貸業の認定をし、そして、その後の宗教法人の国税不服審判所平成25年1月22日裁決11)でもふたつの判決と同様 に「対価」と「喜捨」の基準を採用している。これらの理由により、「対価」と「喜捨」の基準は、宗教法人の収益事業該当性のみの判断基準とすべきである。 名古屋ペット葬祭訴訟における最高裁判決が 示した「対価」と「喜捨」の基準は、宗教法人以外の公益法人等の事例の「公益法人等の収益 事業該当性の基準」とまではならないと結論付けることができる。 Ⅲ 今後、拡大解釈が危惧される課税要件 ここまで収益事業の判決内容をいくつか見てきたが、現状では、それぞれの紛争解決を目的としており、一義的にはとらえにくいため、公益法人等全体として一般化することは難しい。しかし最後に、ここまで裁判事例を検証したなかで、今後、収益事業の判断に関して危惧される2つの点を指摘して本稿を締めくくりたい。 まずひとつ目の指摘は、流山訴訟の千葉地裁の判決における、法人税法7条の公益法人等の所得のうち収益事業から生じた所得を課税対象 としている趣旨についてである。これは以下のようになっている。 公益法人等が、営利法人等と同様に営利事業を営んでこれと競合する場合に、 この所得について非課税とすると課税の公平が失われることから、これを是正することにある12)。 公益法人等は、本質的に公益を目的としてい るはずであり、一般的な営利法人と同様の課税を行うことが適当ではないため、この判決では、法人税法 7 条の収益事業課税の意義について、非課税とすると、競合している営利法人等との課税の公平が失われるため、競合の状況を是正することにあるとしている。 しかし、ここで判然としないのは、この競合の状況は誰がどう解釈しているのか、ということである。そのように考えると、民間業者が少ない場合は競合をどのように判断するのかと いったように具体的な要件を規定しないことに は、「収益事業」の概念は曖昧となり、競合・ 課税の公平を斟酌することにより収益事業が課税庁によって、意図的に拡大解釈されることにつながることが危惧される。 次の指摘は、収益事業の範囲を定める法人税法施行令5条1項の解釈についてである。同千葉地裁判決においては、以下のようにある。 法人税法2条13号は、同法にいう「収益事業」を、「販売業、製造業その他の政令で定める事業で、継続して事業場を設けて営まれるものをいう。」と定めて、 販売業、製造業以外については、具体的な収益事業の範囲の定めを政令に委任しているが、前記のとおり公益法人等の収益事業の範囲の定めを政令に委任した趣旨は、公益法人等の事業実態や営利法人等との事業の競合関係が、社会状況や経済情勢の変化に伴って変化することに鑑みて、その変化に対応して機動的かつ適切に収益事業の範囲を定め、課税上の公平の維持を図ることにあると解されるから、同号の委任を受けて、収益事業の範囲を定める法人税法施行令5条1項の解釈をするにあたっては、このような法人税法7条及び2条13号の趣旨をも斟酌して、その文言を合理的に解釈すべきである13)。 つまり、法人税法7条及び同2条13号の趣旨をも考慮して、その文言を合理的に解釈することとされている。この一方で、名古屋ペット葬祭訴訟の最高裁の判決では、以下のようになっている。 法人税法施行令5条1項10号の請負業等に該当するか否かについては、事業に伴う財貨の移転が役務等の対価の旨派生として行われる性質のものか、それとも役務等の対価でなく、喜捨等の性格を有するものか、また、当該事業が収益法人以外の法人の一般的に行う事業と競合するものか否か等の観点を踏まえた上で、当該事業の目的、内容、態様等の諸事情を社会通念に照らして総合的に検討して 判断するのが相当である14)。 ここでは、①事業に伴う財貨の移転が役務等の対価として支払われるもの(対価性、喜捨性)、 ②その事業が宗教法人以外の法人の一般的に行う事業と競合するもの、が要件とされている。 ①については、同判決で「本件ペット葬祭業においては、原告の提供する役務等に対して料金 表等により一定の金額が定められ、依頼者がその金額を支払っているものとみられる。したがって、これらに伴う金員の移転は、原告の提供する役務等の対価の支払として行われる性質のものとみるのが相当であ」るとして、最高裁は、料金表等により一定の金額設定がされてい ることで対価性があると認定している。請負業の範囲に事務処理委託が含まれていることで課税範囲が広がっているが、そのうえに対価の要件を持ち出している。このことは、他の寶松院 に関する訴訟15)、帝京大学に関する訴訟16)でも 「対価」という言葉が使われている。しかし、「対価」の意味の統一的な解釈はなく、もとも と「対価」の用語は課税要件には含まれてはい ない。 以上の2点については、現状、「収益事業」 の判断について、法的な根拠としては曖昧なままで見方によっては拡大解釈しているようにみえる。このような現状では、課税庁が恣意的に収益事業を判断することも許容することになり、結果的に自由な公益活動を阻害してしまっているといえる。今後、公益法人等の裁判事例や議論が積み重ねられ、法人の活動に即した法的整備が進むことが求められている。 [注] 1)ここで対象となっているのは、公益法人等と人格のない社団等(法人税法第7条)である。この公益法人等は、法人税法第 2 条第6号にある「別表第二に掲げる法人」をいい、それは、一般財団法人(非営利型法人に該当する もの)(以下、「非営利型法人」という)、一 般社団法人(非営利型法人 に該当するもの)、 公益財団法人、公益社団法人、学校法人、宗 教法人、社会福祉法人、特定非営利活動法人、 特例民法法人 等がある。 2)名古屋地裁平成17年3月24日判決(TAINS Z888-0975)、名古屋高裁平成18年3月7日判決(同控訴審)、最高裁平成20年8月12日 判決(上告審)。 3)千葉地裁平成16年4月2日判決、東京高裁平 成16年11月17日判決(『税務通信』2896号)。 4)千葉地裁平成16年4月2日判決(『訟務月報』 (法務省大臣官房訟務部)51巻5号、2000頁)。 5)同上。 6)名古屋地裁平成17年3月24日判決。 7)同上。 8)最高裁平成20年8月12日判決。 9)東京地裁平成24年1月24日判決。 10)同上。 11)国税不服審判所平成25年1月22日裁決 (TAINS J90- 5-14)。 12)千葉地裁平成16年4月2日判決。 13)同上。 14)最高裁平成20年8月12日判決。 15)東京地裁平成15年5月15日判決、東京高裁平成16年3月30日判決。製薬会社から学校法 人への寄附金、治験等に係る役務提供の対価をめぐる事件。原告は、医学部、附属病院、 薬学部等を擁する学校法人である。学校法人は、製薬会社からの委託に基づいて、治験、 委託研究を行っていた。製薬会社から受領した金員を、製薬会社等との寄附の合意に基づ き、寄附金として認識していた。これに対し、課税庁は、寄附金のなかに治験等に係る役務 提供の対価として支払われた金員が存在しているとして課税処分を行った。 16)東京地裁平成7年1月27日判決、東京高裁 平成7年10月19日判決。宗教法人寶松院にお ける譲渡承諾料が収益事業に係る収入か非収益事業に係る収入なのかが争点となった。 [参考文献] 雨宮孝子「公益法人課税をめぐる改革論の行方と展望」『税理』、日本税理士会連合会、 2003 石村耕冶『宗教法人の税務調査対応ハンドブック 宗教法人税制と法制の解説を含め て』、清文社、2012 上松公雄「宗教法人が営む事業が収益事業に 該当するとされた旨を例」『税務事例』 vol.38、財経詳報社、2006 金子 宏『租税法[第12版]』弘文堂、2007 齋藤真哉「非営利法人課税の総合的検討 非営利法人課税研究特別委員会最終報告 第3 章 原則課税制度と原則非課税制度の検討」『税務会計研究』第16号、税務会計研究学会、2005 品川芳宣「公益法人等に対する課税の現状と課題」『税経通信』、税務経理協会、1996 忠岡 博「判例研究 宗教法人が行うペットの葬祭の収益事業該当性」『税法学』№554、 日本税法学会、2005 田中 治「公益法人制度改革の問題点-租税法の視点からみて」『大阪府立大学無為罪研究』第50巻第1号、2004 田中 治/忠岡博「判例分析ファイルその62 有償ボランティアに対する法人課税の是非」『税経通信』、税務経理協会、2005 田中 治「宗教法人のペット葬祭業の収益事業解答性」『税務事例』vol.43、財経詳報社、 2011.5 田中義一「公益法人等が行う「請負業」に生じがちな問題」『税理』日本税理士会連合 会、2004.10 出口正之「収益事業課税試論―イコールフッテング論を巡って―」『公益・一般法人』 No.871 2014.6 知原信良「非営利組織の課税問題」『ジュリスト』、有斐閣、2004 中田ちず子「実務家のための新公益法人の移行手続と会計・税務」『税務研究会』、2008 成道秀雄「非営利法人課税研究特別委員会最終報告 第2章 現行規定の問題点とその検討』非営利法人課税の総合的検討」『税 務会計研究』第16号、2005 藤谷武史「非営利公益法人の所得課税」『ジュリスト』、有斐閣、2004.4 藤谷武史「非営利公益団体課税の機能的分析 ⑴~⑷」『國家學會雑誌』第117巻、第118 巻、2005 堀田 力「流山訴訟が問うNPO・公益法人 課税の根拠とあり方」『T & A master : Tax & accounting』95号、ロータス21、2004. 12 三木義一「宗教法人によるペット供養の非収益事業性」『立命館法学』第298号、2004.6 三木義一「収益事業における「請負業」の意義」『税務 Q&A 』 6 月号、税務研究会、 2004 和田八束『日本の税制』有斐閣、1990 渡辺 充「有償ボランティア活動と NPO 法人の収益事業課税」『税務事例』Vol.37、 財経詳報社、2005 (論稿提出:平成27年11月30日) (加筆修正:平成28年 3 月30日)

  • 非営利法人会計制度の回顧と展望― 公益法人会計基準の検討を中心に ― / 藤井秀樹 (京都大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 京都大学教授  藤井秀樹 キーワード: FASB 一取引二仕訳 公益法人会計基準 財産目録 資産負債アプローチ 実物資本観 要 旨: 戦後の非営利法人会計制度は、非営利法人の組織特性を基底に据えながらも、情報利用 のあり方に規定される形で、漸次的な進化を遂げてきた。その緩やかな展開方向として、 資金収支計算中心の体系から正味財産増減計算中心の体系への移行が観察される。ただし、 その移行は、たんなる企業会計方式の導入にとどまるものではなく、将来の企業会計方式 の先取りと評すべき側面も伴っていた。情報の一般利用の進展いかんが、基準のあり方(企 業会計方式のさらなる導入や基準統一化の是非および可能性)を左右することになるであろう。 構 成: I  はじめに II 制度の形成過程とその特徴 III 現行制度の比較検討 IV 基準の計算構造の検討 Ⅴ おわりに Abstract In Japan, since the end of the World War II, accounting for not-for-profit entities (NFPs) has been evolved progressively in line with usersʼ needs for information, while keeping some proper practices that stem from specificities of their organizational characters. We can observe a transit from cash-flow to accrual bases as a whole picture of system change in accounting. This transit is characterized not only by catching up business accounting, but also by anticipating update of business accounting standards. The general usersʼ deeds for information will determine standards setting in the future, i.e., how far standard-setters should implant business accounting rules in NFPs, and/or whether they should unify the standards which are currently different from each other types of NFPs Ⅰ はじめに 非営利法人会計制度の形成過程を回顧し、その今後のあり方を展望することが、本稿の課題 である。個別論点について多少なりとも立ち 入った検討を行うさいには、公益法人会計基準を取り上げる。当該基準が、上記の課題を遂行するうえで恰好の検討素材を提供するものとなっているからである。また、わが国の非営利法人会計制度の特徴を浮き彫りにするための参照対象として、アメリカの事例にも、必要に応じて言及する。 Ⅱ 制度の形成過程とその特徴 この節では、わが国における非営利法人会計制度の特徴を、通時的(歴史的)な側面から明らかにしていきたい。図表1は、わが国におけ る主要な非営利法人会計制度の形成過程を要約したものである。以下、図表1によりながら、 検討を進めていく。 図表1 非営利法人会計制度の形成過程 1  第1期―原初的制度の形成― わが国では戦後、補助金行政とのリンケージを軸に、行政利用を前提にした基準設定が先行する形で、非営利法人会計基準の開発が進められた。「〔非営利法人の設立・運営においては〕 所轄官庁による認可主義が大きなウエイトを占 め、〔会計制度の形成にあたっては〕それらの許認可、監督等の行政目的が優先」(日本公認会計士協会近畿会[2000]5 頁)されたからであった。 補助金行政とのリンケージが最も強い社会福祉法人会計の制度整備(社会福祉法人会計要領の公表)が嚆矢となり、学校法人会計基準(旧基準)の設定がそれに続いた。さらにその後、公益法人会計基準(1977年基準)、病院会計準則、 公益法人会計基準(1985年基準)が公表された。 「『公益法人会計基準』の改正(1985年基準の公表 ―引用者)がここに成ったことによって、一応、 非営利法人における会計基準が出揃った感じとなり、非営利法人会計の世界は大きな転機を迎えるに至った」(藤井[1985] 7 頁)とされる1)。 以上から理解されるように、戦後もっぱら官庁主導で基準設定が進み、1980年代半ばに主要会計制度の原型が完成した。原初的制度の形成によって特徴づけられる戦後から1980年代半ばまでを、制度形成の第1期と見なすことができるであろう。 2  第2期―基準のアップデート― 2000年代に入ると行財政改革(とりわけ2001 ~2006年の「聖域なき構造改革」)の一環として、 民間非営利活動の効率的な運営を目指した制度の抜本的な見直しが進められることになった。 その見直しを受ける形で、各種会計基準のアッ プデートがほぼ時を同じくして実施された。図表1に見られるように、直近の約10年間(2004~2015年)に、各種会計基準の改訂が集中している。 一連の基準改訂において観察される最も大きな特徴は、従来の資金収支計算中心の体系を維持したケースと、正味財産増減計算中心の体系に移行したケースの、二極化が生じたことである。社会福祉法人会計基準と学校法人会計基準が前者のケースに属し、公益法人会計基準、医療法人会計基準、NPO法人会計基準が後者のケースに属する。 いずれのケースに属するにせよ、第1期にお いて形成された原初的制度を、経済社会の新しい変化をふまえてアップデートしたという点においては、一連の基準改訂は軌を一にしている。 基準のかかるアップデートによって特徴づけられる直近の約10年間を、制度形成の第2期と見なすことができるであろう。ちなみに、図表1で取り上げた主要現行制度はいずれも、第2期に形成されたものである。 3  アメリカ基準との比較検討 以上の過程を通じて形成されたわが国の主要会計制度の特徴を、アメリカ基準(FAS)と比較することによって、さらに一歩踏み込んだ形で浮き彫りにしておきたい。日米の基準間に観察される主たる相違は、次の2点である。 第1は、アメリカ基準は領域横断的な統一基 準として設定されているのに対して、日本基準は法人形態別基準として設定されていることである。わが国では統一基準の必要性がこれまで繰り返し叫ばれてきたにも拘わらず(宮内 [1984];斎藤[1985];日本公認会計士協会近畿会 [2000]等)、その作業に進展は見られず、現在に至るもなお法人形態別基準の併存状態が続いている。 アメリカで統一基準の開発が可能となってい る背景要因の1つとして、基準設定が民間の独立団体であるFASBに一元化されていることを指摘することができるであろう2)。FASBの基準設定は、資源提供者への情報提供機能を重視 した考え方(意思決定有用性アプローチdecision- usefulness approach)に依拠して進められている3)。 つまり、アメリカでは情報の行政利用は基準設定上の制約要因となっておらず4)、その限りで情報の領域横断的な比較可能性を重視した基準設定が可能となっているのである。意思決定有用性アプローチの影響は、わが国においても一部の基準(たとえば公益法人会計基準やNPO法人 会計基準等)において観察されるが、非営利法人会計制度全体に浸透するには至っていない。 わが国では、基準の早期設定を導いた情報の行政利用(Ⅱ節1参照)が、基準統一化の局面で はそれを阻害する要因として作用しているのである。 第2は、アメリカでは個別の会計処理等(たとえば「減価償却の認識」や「寄付の会計」等)に限定した基準の開発が進められているのに対して(この方式を便宜的に「個別基準アプローチ」と 呼ぶ)、わが国では特定の法人について包括的な会計原則や会計処理等を定めた基準(たとえば「公益法人会計基準」や「社会福祉法人会計基準」 等)の開発が進められていることである(この方式を便宜的に「包括基準アプローチ」と呼ぶ)。 報告主体の経済的実態に関する情報を資源提供者に提供することを基本目的とする点で企業会計と非営利会計は共通しており、したがって両者は同一の基準に拠るのが原則であって、非営利法人に固有の取引や事象に限って個別の基準を用意すれば事足りるというのが、個別基準アプローチの基本的な考え方である。これに対して、非営利会計の独自性と体系性を相対的に重視するのが、包括基準アプローチである5)。 こうしたアプローチの相違が生じた理由は、必ずしも明らかではない6)。ちなみに、基準統一化にあたっての論点整理を行った日本公認会計士協会[2015](第3.14項)では、包括基準アプローチの採用が提唱されている。 Ⅲ 現行制度の比較検討 この節では、図表1で取り上げた主要会計制度の特徴を、共時的(領域横断的)な側面から明らかにしていきたい。図表2は、各会計制度を形成する現行基準を比較対照したものである。図表2から理解される当該各制度の特徴を整理 すると、以下のようになる。 第1は、医療法人会計基準7)とNPO法人会計 基準を除くと、主務官庁ないしその付置団体等が設定主体となっており、従来の官庁主導の基準設定方式が基本的に踏襲されていることである。このことは、既述のように、制度形成においては情報の行政利用が現在もなお支配的な要因であり続けていることを物語っているが、逆にいえば、わが国では未だ一般利用者の情報ニーズがアメリカにおけるほどには成熟していないということを示唆していると解釈することも可能であろう。 第2は、基準の強制力が法人形態ごとに異なっていることである。ごく大づかみにいえば、 補助金行政とのリンケージが相対的に強い社会福祉法人会計基準と学校法人会計基準は強制力を持ち、そのリンケージが相対的に弱い公益法人会計基準8)、医療法人会計基準、NPO法人会計基準は任意適用(原則適用)とされている。 第3は、基準のアップデートにおいて資金収支計算書を財務諸表から除外する傾向が観察されるなかで、強制力を有する社会福祉法人会計基準と学校法人会計基準は、資金収支計算書を財務諸表の 1 つとして維持していることである。 このことは、情報の行政利用が資金収支計算書と密接な関係にあることを示している9)。  第4は、企業会計では1974年の商法改正に よって廃止された財産目録10)が、2008年公益法人会計基準11)と学校法人会計基準を除く4基準 で、財務諸表の1つとして維持されていることである。このことは、資産・負債の実在性を表示する財産目録が、情報の主たる利用者が行政か一般かという問題を超えた固有の情報価値を有していること、そしてまたそのような認識が制度設計者に広く共有されていることを示唆している(Ⅳ節3参照)。 Ⅱ節での検討もふまえつつ、以上の知見を再整理すれば、わが国における現行制度の特徴は以下のようにまとめることができるであろう。わが国の現行制度は、非営利法人の組織特性に規定された、その意味で超歴史的・領域横断的 な特徴を一部に残しながらも(たとえば財産目録の維持)、想定された主たる情報利用のあり方 (とりわけ補助金行政とのリンケージの強弱)の相違を反映して基準の強制力や財務諸表の体系に相違を生み出している。そうした全体状況のもとで、制度変化の緩やかな方向として、資金収支計算中心の体系から正味財産増減計算中心の体系への移行が観察される。次節では、以上の 諸点を念頭に置きながら、基準の具体的な計算構造の検討を行うことにしたい。 図表2 非営利法人会計制度の比較 Ⅳ 基準の計算構造の検討 この節では、非営利法人会計の計算構造上の諸特徴を、公益法人会計基準を事例として取り上げ、検討する。当該基準は、資金収支計算中心の体系(1985年基準)から正味財産増減計算中心の体系(2004年基準・2008年基準、以下「新基準」と総称する12))への移行を他に先駆けて経験した事例であるため、非営利法人会計の計算構造の変化とその諸特徴を明らかにするうえで恰好の検討素材を提供するものとなっている。 1  設例による計算構造の概観 以下では、次の設例によりながら検討を進める13)。 ⑴ 1985年基準にもとづく財務諸表の作成 設例の一連の取引について、1985年基準で規定された処理規則にもとづいて仕訳を行うと、図表3のようになる14)。1985年基準では、収支計算書の作成が義務づけられていたために、複合取引(資金資産と非資金資産・負債の交換取引) について、⑴資金資産の増減額(収支計算書に収容)と、⑵収入・支出の戻し額(ストック式の正味財産増減計算書15)に収容)を、別途に記録する必要があった。この記帳は一般に、「一取引 二仕訳」と呼ばれていた。図表3の仕訳では、 ③⑥⑦が、それに該当する。 この仕訳にもとづき、1985年基準が求める主要財務諸表(主要計算書類)を作成すると、図表4 のようになる。収支計算書では、当期に発生した収入と支出が勘定科目ごとに総額で表示される。その結果明らかにされる当期収支差額650が、正味財産増減計算書に振り替えられ、 同計算書において当期正味財産増加額1,450が表示される。当該増加額1,450は、貸借対照表で表示される正味財産1,450と一致する16)。また、 収支計算書で表示される次期繰越収支差額650は、貸借対照表で表示される現金650と一致する。以上のような形で、3つの財務諸表は連携(articulate)している17)。 図表3  1985年基準による仕訳 図表4 1985年基準にもとづく財務諸表 ⑵ 新基準にもとづく財務諸表の作成 設例の一連の取引について、新基準で規定された処理規則にもとづいて仕訳を行うと、複合取引に関する「一取引二仕訳」は解消することになる。他の仕訳に変更はないので、複合取引に係る③⑥⑦の仕訳のみを示すと、図表5のようになる。 この仕訳にもとづき、新基準が求める主要財務諸表を作成すると、図表6のようになる。貸借対照表で表示される正味財産合計1,450と、正味財産増減計算書で表示される正味財産期末残高1,450は一致する。貸借対照表と正味財産増減計算書の連携関係に着目すれば、その基本構造は企業会計における貸借対照表と損益及び包括利益計算書のそれと同一といえる。 図表5 新基準による仕訳(複合取引の仕訳のみ) 図表6  2008年基準にもとづく財務諸表 2  1985年基準と新基準の比較検討 1985年基準で作成が求められていた収支計算書は、今日の企業会計でいう直接法による キャッシュ・フロー計算書と同じ構造を備えた報告書であり(藤井[2011]53頁)、これを貸借対照表と連携させるために必要とされたのが、 既述の一取引二仕訳であった。しかし当該会計処理とそれに依拠して作成される財務諸表については「理解が難しい」(越尾[2005]24頁)との批判が、かねてよりなされてきた18)。 新基準は、収支計算書を「内部的な管理・統制(ガバナンス)目的の書類」(加古[2005a]19 頁)と位置づけ、財務諸表から除外した。これによって、財務諸表の体系は、貸借対照表とフロー式の正味財産増減計算書19)を基本とするものに改編され、一取引二仕訳は不要となった。これが、計算構造の観点から見た場合の、資金収支計算中心の体系から正味財産増減計算中心の体系への移行の核心である。新基準ではさらに、アメリカ基準(FAS117)を範として、正味財産の部の拘束別区分表示も導入された20)。以上の基準改訂により、⑴財務諸表の簡素化、⑵ 効率性に係る情報の提供21)、⑶受託責任の明確化、⑷財務内容の透明化が、図られたとされる (越尾[2005]27-28頁)。 3  新基準と企業会計基準の比較検討 新基準で導入された正味財産増減計算書の一般正味財産増減の部で表示される当期一般正味財産増減額(図表6では当期一般正味財産増加額450)は、「企業会計でいうところの当期純利益に相当するもの」(加古[2005a]21頁)となる22)。 そして、当該増減額と当期指定正味財産増減額 (図表6では当期指定正味財産増加額1,000)の合計額(図表6では1,450)は、企業会計でいう包括利益に相当するものとなる23)。 わが国に包括利益計算書(企業会計基準第25号) が導入されたのは2010年であったが24)、公益法人においてはそれに先立つ2004年に、包括利益に相当する会計情報を表示する財務諸表が導入されたのであった。こうした制度改訂が企業会計に先行した背景事情として、非営利法人会計の基底にある実物資本観と、近年の企業会計基 準の開発を指導する会計観である資産負債アプローチ25)の親和性(より踏み込んでいえば「融合」) を指摘することができるであろう。 実物資本観とは、実体資本維持説とも呼ばれ、「回収・維持すべき資本を(中略)、経営を構成する物財そのものとみる考え方」(中野[2007] 598頁)をいう。ミッションの達成に係るサービスを継続的に提供することを存在理由とする非営利法人においては一般に、維持すべきは、 貨幣資本(貸方資本)ではなく、サービスの提供を物理的に支える実物資本(借方資本)とする思考が働くことになる26)。かかる思考は、会 計的認識・測定において資産の実在性を重視する点で、資産負債アプローチと基本的立場を同じくしている。このことが、上記の親和性(ないし「融合」)の基盤をなす。そしてまた、制度設計における実物資本観の作用は、わが国における多くの非営利法人会計制度が現在もなお財産目録を維持している理由を説明するものともなる(Ⅲ節参照)。 とりあえずここでは、わが国における非営利法人会計制度が、企業会計方式の導入(資金収支計算中心の体系から正味財産増減計算中心の体系への移行)を基調としながらも、一部で将来の企業会計方式(財務諸表における包括利益の開示) を先取りする形で進化を遂げてきたことを確認しておきたい。後者の現象は、企業会計と非営利会計の新たな接近を示唆している27)。 Ⅴ おわりに 戦後の非営利法人会計制度は、非営利法人の組織特性を基底に据えながらも、情報利用のあり方に規定される形で、漸次的な進化を遂げてきた。その緩やかな展開方向として、資金収支計算中心の体系から正味財産増減計算中心の体系への移行が観察される。ただし、その移行は、たんなる企業会計方式の導入にとどまるものではなく、将来の企業会計方式の先取りと評すべき側面も伴っていた28)。情報の一般利用の進展いかんが、基準のあり方(企業会計方式のさらなる導入や基準統一化の是非および可能性)を左右することになるであろう。 [注] 1)公益法人会計基準の設定・整備が遅れたのは、 公益法人の活動領域が多岐にわたり、関係省庁間の意見調整が難航したからであった(藤井[1985] 7 頁)。 2)基準設定がFASBに一元化されているということは、統一基準の設定に対する一般的承認 (general acceptance)の結果と考えるべきかもしれない。かかる理解による場合、なぜ アメリカではそのような一般的承認を形成することが可能であったかが、次に問われるべ き問題となろう。その検討は本稿の課題を超えたものとなるので、別の機会に譲りたい。 ちなみに、わが国の企業会計基準委員会 (ASBJ)はFASBをモデルとして設立された基準設定団体であるが、現在のところ非営利 法人会計基準の開発はASBJの審議事項とされていない。 3)意思決定有用性アプローチの理論的含意については、差し当たり藤井[1997](第3 章)を参照されたい。 4)FASB概念書では、基準開発にあたっては、「必要とする〔個別的な〕情報を非営利組織から入手することができない外部情報利用 者」を想定し、規制機関はそうした利用者か ら除外するとされている(FASB[1980] par.10)。FASBは、このような想定にもとづく財務報告を、「一般目的外部財務報告」 (general purpose external financial reporting)と呼んでいる。つまり、FASBの基準設定において情報の行政利用は想定され ていないのである。 5)ただし、包括基準アプローチにおいても、 リース会計基準や減損会計基準等の準用は想 定されている。このことから明らかなように、 当該アプローチは必ずしも自己完結的な基準設定を目指すものではない。 6)こうしたアプローチの相違は、考え方においては程度の相違といえるが、基準のあり方には大きな影響を及ぼす。 7)医療法人会計基準の設定主体は、四病院団体協議会(構成団体は、一般社団法人日本医療法人協会、公益社団法人日本精神病院協会、 一般社団法人日本病院会、公益社団法人全日本病院協会)であるが、当該基準は厚生労働省医政局長通知(2014年3月19日)でオーソ ライズされている。 8)江田[2011]( 5 頁)では、2004年基準は強制適用、2008年基準は任意適用とする解釈が示されている。 9)ただし、資金収支計算書の様式は会計基準ごとに異なっており、長谷川[2014](ⅱ頁) によれば、そのことが「非営利会計の混迷の原点」をなすとされている。 10)より正確にいえば、当該改正により、商業帳簿および株式会社の計算に関する規定から財産目録に関する規定が削除された。 11)2008年基準においては、財産目録は、財務諸表からは除外されたが、作成すべき書類としては維持されている(2008年基準第1の1)。 12)2008年基準は、2004年基準の考え方を基本的に踏襲し、新公益法人制度に対応させるためにマイナーチェンジを図ったものである(江田[2011]3頁)。計算構造の点で、2004年基準と2008年基準の間に差異はない。 13)この設例は、加古[2005a](21頁)による。 ただし、検討の便宜上、一部を改作している。 14)1985年基準にもとづく会計処理の詳細については、藤井[2011]を参照されたい。 15)1985年基準で原則様式とされた正味財産増減計算書では、資産・負債の増減にもとづいて正味財産増減額を把握する方式が採用されたために、当該計算書は「ストック式」と称された(内閣総理大臣官房管理室編[1985]44 -45頁)。 16)この一致は、設例において当期首に当該法人が設立されたこと(すなわち前期繰越正味財産額ゼロ)を想定しているためである。もし、当期首に前期繰越正味財産額があった場合には、当該財産額と当期正味財産増加額の合計額が、貸借対照表で正味財産として表示されることになる。 17)収支計算書では直接法による資金計算が、正味財産増減計算書では間接法による資金計算が、それぞれ示されている。この点の詳細については、藤井[2011](53頁)を参照されたい。 18)一取引二仕訳の簿記理論上の問題点については、若林[1997](276頁);泉[2002](7-8頁);藤井[2011](53-55頁)を参照されたい。 19)新基準の正味財産増減計算書では、収益・費用の差額によって正味財産増減額を把握する方式(企業会計における損益計算書と同様の方式)が採用されているために、1985年基準で原則様式とされた正味財産増減計算書と対比する場合には、その特徴を表す呼称として 「フロー式」が用いられている。 20)正味財産(純資産)の拘束別区分表示の特徴および考え方については、日本公認会計士協会[2016](第2.4 ~ 2.14項); 日野[2016] (第3~4章)を参照されたい。なお、2016年8月に、新基準のモデルとされたアメリカ基準の改訂が実施され、従来の 3 区分は 2 区分に変更された。この問題については、 Cohn[2016]; 金子[2016]; 日野[2016] (補章)を参照されたい。 21)新基準における効率性の考え方については、 加古[2005b](33頁)を参照されたい。 22)ただし、非営利法人には持分(資本)が存在しないことから、当期一般正味財産増減額が 「当期純利益に相当するもの」となることが、 計算構造上、保証されているわけではない。 この点については、藤井[2016]での検討を参照されたい。 23)このことは、2004年基準のモデルとされたFAS117の財務諸表様式で表示される当期純資産増加額が包括利益を表示するものであることからも(Northcutt[1995]pp.54-55)、容易に理解されるところである。 24)その他の包括利益を間接表示する株主資本等変動計算書(企業会計基準第6号)は2005年に導入されているが、その点を考慮しても、 公益法人会計制度が、企業会計制度に先行して包括利益情報の開示を導入したことに変わりはない。 25)資産負債アプローチの詳細については、差し当たり藤井[2014]を参照されたい。 26)これに対して、Anthony [1978](pp.48-49) のいう「財務的生存力」(financial viability)は、ソフト・マネー(使途制約のない資金)による内部留保力を問題にしたも のとなっている。 27)この点については、藤井[2016]での検討を参照されたい。 28)やや図式的に整理すれば、戦後の非営利法人会計制度の進化は、①固有性の維持(財務諸表としての財産目録の維持、一部の法人では資金収支計算書の維持)、②企業会計方式の導入(資金収支計算中心の体系から正味財産増減計算中心の体系への移行)、③企業会計 方式の先取り(財務諸表における包括利益情報の実質的開示)という3つの局面から構成されていたといえるであろう。ただし、それぞれの特徴には、例外が存在する。そうした 例外の存在は、法人形態別基準の併存の産物であり、したがってそれ自体、当該制度の特徴をなすものと評することができるかもしれない。 [引用文献] Anthony, R.N.[1978], Financial Accounting in Nonbusiness Organizations: An Explanatory Study of Conceptual Issues, FASB Special Report, FASB. 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[1995], “Observations on Professor Anthony’s Commentary,” Accounting Horizons, Vol.9, No.2, pp.54-55. 石崎忠司、木下照嶽、堀井照重編著[1995] 『政府・非営利企業会計』創成社。 泉 宏之[2002]「非営利組織体の簿記」杉山学、鈴木豊編著『非営利組織体の会計』 中央経済社、 3 -12頁。 江田 寛[2011]『公益法人会計基準の解説 ―平成20年基準版―』全国公益法人協会。  加古宜士[2005a]「新公益法人会計基準の特徴と課題」『企業会計』第57巻第2号、18 -23頁。 ――――[2005b]「公益法人会計基準の改訂と新しい財務諸表体系の特徴」『非営利法人研究学会誌』Vol.7、29-35頁。  金子良太[2016]「米国FASBの非営利組織会計改革プロジェクトと我が国への影響」 『公益・一般法人』No.908、34-45頁。 越尾 淳[2005]「検討の経緯と今後の課題」 『企業会計』第57巻第2号、24-31頁。  斎藤力夫[1985]「非営利法人会計における一般基準の必要性について」『会計ジャー ナル』第17巻第13号、19-26頁。 佐藤倫正[2011]「資金勘定組織の現代的意義」『日本簿記学会年報』第26号、28-36 頁。 内閣総理大臣官房管理室編[1985]『新公益法人会計基準の解説』財団法人公益法人協 会。 中野 勲[2007]「実体資本」神戸大学会計学研究室編『会計学辞典』第 6 版、同文舘、 598頁。 日本公認会計士協会[2013]『非営利組織の会計枠組み構築に向けて』非営利法人委員 会研究報告第25号。 ――――[2015]『非営利組織の財務報告の在り方に関する論点整理』非営利組織会計検討会による報告。 ――――[2016]『非営利組織会計基準開発 に向けた個別論点整理―反対給付のない収益の認識―』公開草案。 日本公認会計士協会近畿会[2000]『非営利法人統一会計基準についての報告書』公益 会計委員会。 長谷川哲嘉[2014]『非営利会計における収支計算書―その意義を問う―』国元書房。  日野修造[2016]『非営利組織体財務報告論 ―財務的生存力情報の開示と資金調達―』 中央経済社。 藤井豊三[1985]「大きな転機を迎えた非営利法人会計」『会計ジャーナル』第17巻第 13号、6-9頁。 藤井秀樹[1997]『現代企業会計論―会計観 の転換と取得原価主義会計の可能性―』森 山書店。 ――――[2011]「資金会計と複式簿記」『日本簿記学会年報』第26号、48-57頁。 ――――[2014]「資産負債アプローチ」平松一夫、辻山栄子責任編集『会計基準のコ ンバージェンス』中央経済社、153-176頁。 ――――[2016]「純資産包括利益の計算構造に関する再検討」『財務会計研究』第10 号、1-20頁。 宮内 忍[1984]「非営利法人会計における一般基準の必要性について」『会計ジャー ナル』第16巻第10号、26-32頁。 若林茂信[1997]『アメリカの非営利法人会計基準―日本の非営利法人会計への教訓 ―』高文堂出版社。 (論稿提出:平成28年11月30日)

  • 《査読論文》“クリープ現象” としての収支相償論 / 出口正之 (国立民族学博物館教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 国立民族学博物館教授  出口正之 キーワード: 収支相償 公益法人 クリープ現象 短期の特定費用準備資金 政策人類学 要 旨: 本稿は公益法人制度の中でも評判の悪い規制である「収支相償」を例にとりあげることに よって、「意図せざる政策上の小さな変動」が起こり得ることを「クリープ現象」という新概念によって明らかにしている。「制度設計」期間と「公益認定等委員会公益法人の会計に関する研究会」の活動の期間における、議事録、報告書などの公表資料を検討することによってその間の変化を探った。その結果、「収支相償」については、両期間の間に、公益目的事業の収入をすべて適正な費用として賄う「厳格非流用制約」から、黒字忌避論としての「非黒字制約」へと規制が変化する「正の規制的クリープ」現象が観察し得ることを明らかにした。 構 成: I  はじめに II T0期間と Tp 期間の摂動 III 認定法上の「収支相償」という用語の誕生 IV クリープ現象 Ⅴ 「短期の特定費用準備資金」概念の消滅 Ⅵ 結論 Abstract This paper takes an example of “RENEC”(the revenue pertaining to a program for public interest purposes is expected not to exceed the amount compensating the reasonable cost for its operation)as regulation to the Public Interest Corporations, and shows the new approach to the policy studies. This research develops the new concepts “Creep Phenomena” that mean unintentional creeping change of the policy. The research was conducted by methods to compare to intension at period during initial stage of the reform and period during active time of the official accounting research group of the Public Interest Corporation Commission through public documents including minutes and reports. The regulation as “RENEC”, originally, means all the revenue must be compensated as “the reasonable cost”. “RENEC” was shifted from “strict misappropriation constraint” to the regulation of “balance of between revenues and expenses”, according to the report in 2015. Therefore process between 2007 and 2015 shows the “positive regulatory creep”. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 本稿の目的は、「収支相償」に関する意図せざる解釈の変容が生じたことを明らかにし、文化や言葉の力によって政策が揺れ動き得るということを示そうとするものである。それは政策研究の場で非人格的に扱われていた政策執行集団が人間である以上、政策に関してある幅を有しながらその時々に変化していることを客観的に示そうとする試みである。本研究は実際の政策の執行から生まれた成果であり、その手法は 「政策人類学」という新しい方法論による1)。 本稿における収支相償とは、公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(平成18年6月2日法律第49号。以下、認定法という。)5条6号「その行う公益目的事業について、当該公益目的事業に係る収入がその実施に要する適正な費用を償う額を超えないと見込まれるものであること」及び同14条「公益法人は、その公 益目的事業を行うにあたり、当該公益目的事業の実施に要する適正な費用を償う額を超える収入を得てはならない」の略称として使用する。 認定法の公式的な法令解釈である「公益認定 等に関する運用について」(公益認定等ガイドライン平成20年4月)は、公表直後に、一部修正が検討され、修正案とともに2008年9月5日にパブリックコメントに付された(公益認定等委員会 事務局[2008b])2)。 本稿では、認定法の成立(2006年6月2日)か らガイドラインの制度設計に一貫性が見られる 2008年9月5日の当該パブリックコメント募集時期までを、「制度設計時」(T0期間)と呼ぶ。 このT0期間からの政策の「摂動」3)を追うこと にしたい。従来、ウェーバーなどでは官僚制は非人格的な結び付きによる合理的な組織として理解されてきたが、ここでは政策人類学的な立場から、官僚制は人間の集団である以上、合理的な意図を持ったインプットが非合理的なアウトプットを生むことも当然の前提としておく。 そのうえで、T0期間と一定期間を置いた後 の政策上の摂動を比較したい。具体的には内閣府の考え方が公表資料で明確にされた期間すなわち「公益法人の会計に関する研究会」(以下 「会計研究会」という)が設置されたとき(2013年7月12日)から、『公益法人の会計に関する諸課題の検討状況について』の報告書が出されFAQが改正されるまで(2015年3月31日)の期間をTp期間として、T0とTpの間の言説の相違点を取り上げた4)。 Ⅱ T0期間とTp期間の摂動 例えば、T0期間では、認定法5条6号の趣旨については「公益目的事業は、不特定かつ多 数の者の利益の増進に寄与すべきものです。そこで公益目的事業の遂行にあたっては、動員可能な資源を最大限に活用し、無償又は低廉な対価を設定することなどにより受益者の範囲を可能な限り拡大することが求められます。 そのため公益目的事業を行うにあたり、当該公益目的事業の実施に要する適正な費用を償う額を超える収入を得てはならないものであることを認定基準として設けることとしたものです」(新公益法人研究会[2006]204頁)と説明されていた。この点について公益認定等委員会では、「『収支相償を厳格に適用すると公益目的事業の継続性について非常に危ぶまれる』という意見があった訳ですが、法律上は収入が費用を超えないと明確に書いている訳ですけれども、当然、事業については年度によって収支が変動することを踏まえて、特定の費用に充てるための準備資金や実物資産の取得に充てるための資産取得資金を活用してもらうことによって、中長期的に均衡すればいいという仕組みを用意することで、事業の継続性については、そういう仕組みを活用することによって確保できるので はないかということであります」(公益認定等委員会2007第34回議事録。下線部引用者。)と公益目的事業の黒字を想定した事業の継続性に基づいた制度設計を行っている。 これに対して、Tp期間では、「一般に公益目的事業は、事業年度を単位として実施されるものであることから、費用と収入のバランスを示す、認定法第14条に規定される『適正な費用を 償う額を超える収入を得てはならない』という収支相償の判断も、事業年度単位で行うことが原則となる。しかしながら、法人側からは、『単年度では偶発的事象により収支相償を満たせない場合があり、複数年度判定する必要がある』といった意見もあり、検討を行った」(公益認定等委員会・公益法人の会計に関する研究会[2015]13頁)とある。原則論として「費用と収入のバランス」つまり、単年度で均衡するものという認識が示されている。また、法人側の意見に対応する形で緩和策を検討したという立場を表明している。 収支相償に対する民間側の反応は悲惨ですらある。公益法人の多くの声を代弁してきたと思われる公益法人協会では「決算期を迎えて、黒字が出そうな公益法人は多かれ少なかれ、この問題に頭を悩ましている。公法協への問い合わせも多い。収支相償規制は、どう考えても実に問題が多い。第一に(中略)。第二に、経営努力が仇になる問題、血の滲み出るような努力を重ね赤字を出さないことが、およそ経営にあたるもの責務であるが、首尾よく黒字が出れば咎められるという世間の常識と反対の現象。第三に、単年度で結果が問われること、過去の赤字体質を脱却して、ようやくある年度に黒字が出た場合でも、その黒字が出た年度だけを見て違反とされる」(太田[2014]。下線部引用者) つまり、収支相償の制度があたかも常識はず れの「子供っぽい戯画」(マリノフスキー[1967] 79頁)であるかのように受け止められている。 この時点では明確に「黒字は咎められる」という認識が蔓延したといえる。これを「収支相償」の黒字忌避論、「非黒字制約」と呼んでおこう。 つまり、二期間の間に、「適正な費用」以外には償わせないという含意から「黒字を咎める」という含意に「摂動」が生じたといえる。 III 認定法上の「収支相償」という用語の誕生 本稿はかかる事態がなぜ生じたのかを明らかにしていくが、その前に「収支相償」とはいかなる用語なのかを検討してみよう。2007年4月27日第5回公益認定等委員会時には「実費弁償」の用語が「公益目的事業に係る収入がその実施に要する適正な費用を超えない」という意味で使用されたが、委員から「実費弁償」という税法上の用語を使用することについての疑義が出され、同年10月5日の第19回公益認定等委員会で初めて「収支相償」の用語が登場した。もちろん、ここでは認定法上の意味を表し、一般用語でも会計用語でもない法律用語として使用されている。 ところで「収支相償」という用語は、それほど一般的ではないにしろ、これまでも使用されてきた例がある。これを検討してみたところ、以下の三つの用法が認められる。第一は、赤字体質からの脱却という意味での〈収支相償〉(認定法上の「収支相償」と区別するため、他の用法は〈収支相償〉と表現する)である。〈収支相償う〉という動詞形の場合も多く、明治時代から 用いられている(例えば荒幡克己[1998])など)。 ここでは赤字が否定的な含意であって、「非赤字制約」と言ってよい。第二は、規制産業のミクロ経済学(利潤最大化あるいは売上げ最大化などの制約条件下の最大化を解くモデルを使用する学問として)での制約条件としての〈収支相償〉が 使用されている(例えば浜田浩児[2000]。ここでは「非営利制約」と呼ぶ5)。これは最大化を求めるに あたっての制約条件であり、良し悪しの価値観は入り込まない。第三には、「収支均衡」という意味での 〈収支相償〉。(例えば多木誠一郎[2004])など。)。 収支のマイナスプラスに対しては中立的な評価をしており、ここでは「中立的均衡制約」と呼んでおきたい。  実際のT0期間での意味はどのようなものだったのだろうか。制度設計者は次のように説 明する。「(事務局)『適正な費用を償う額』の 意義です。認定法上の費用概念はいろいろなところで用いられておりますが、公益目的事業比率の計算等においては基本的には損益計算書の経常費用を基礎としていることにならい、ここにおきましても損益計算書の経常費用の部における公益目的事業費を基礎としたいということです。 ただし、公益目的事業比率や遊休財産額の規制等におきまして、その費用については当該公益目的事業に係る特定費用準備資金、これは将来の特定の活動の実施に充てるために特別に法人において管理して積み立てた資金は費用額に繰り入れるという調整項目を設けていますが、その調整項目として繰り入れた額も適正な費用に含めたいと思います。 また、この『適正な』という意味は、無駄なとか、不相当な支出をしていないということでもありますので、謝金、礼金、人件費等で不相当に高い支出が見られる場合には、適正な費用とは認められないものとして扱いたいと考えております。」(第19回公益認定等委員会議事録。下線部引用者。)つまりT0期間における認定法上の「収支相償」は、バランスという意味はなく公益目的事業の「適正な費用に償いさせよ」と いう制約である。それをここでは「厳格非流用制約」6)と呼んでおこう。 文化面を重視する本稿の研究態度からいえば、〈収支相償〉という用語自体が、「収支バランス」を想起させ、それ自身が新たな意味を創出する可能性のある用語だと考えられることに留意しておきたい。 IV クリープ現象 法令が変更されることがなく、かつ法解釈が意図的に変更されることもなく、徐々に摂動していく現象の存在を仮定し、それをここでは「クリープ現象」と名付ける。 コンプライアンス重視から、法令以上の自主規制を企業自身が課すことを Compliance Creep(Johnson[2009])ということがある。例えば、「李下に冠を正さず」=「羹に懲りて鱠を吹く」 ことから、民間側が法令以上に自主規制していくことをコンプライアンス・クリープという(出口[2015a])。 この点は同様に行政側でも起こり得ることで あることにも留意が必要である。そこで、行政側が規制するにあたって、徐々に規制の度合いを変化させることを regulatory creep(規制的クリープ)と名付け、その場合、規制が強化される場合を positive regulatory creep(正の規制的クリープ)、逆に徐々に緩和される場合をnegative regulatory creep(負の規制的 クリ ープまたは 規制緩和的クリープ)とここでは名付けよう(図1)。 こうした新概念を用いながら、本稿では「収支相償」の政策において、クリープ現象の存在を立証していきたい。 図1 クリープ現象 出所:筆者作成 既にみたとおり「収支相償」が「厳格非流用制約」から「非黒字制約」に変化したものとすると、そこには黒字を表現する用語が存在している筈である。それが「剰余金」であるが、「剰余金」はTp期には以下の3点の意味で使用されている。 ① 「収入費用差額」  公益目的事業費の収入から費用を控除した余り。これはガイドラインにはないが、Tp期間において内閣府は盛んに用いている7)。 ② ガイドライン上の「剰余金」 収支相償の「収入」から「適正な費用」を 控除した余り(=内閣府への公式の報告書類の中の別表 A (1)の一番下※第二段階における剰余金の扱い。これはガイドラインと同じ意義で用いられている)。1とは特定費用準備資金への積立額を含むか含まないかの大きな違いがある。 ③ 「残余金」 2の「剰余金」からさらに資産取得資金繰入額、当期の公益目的保有財産の取得費を控 除した後の残余で、「このような状況にない場合は翌年度に翌年度の事業拡大等により同額程度の損失となるようにする。」(ガイドライン)。ここでは「残余金」と呼ぶ。 ガイドラインでは残余金が生じた場合であっても「事業の性質上特に必要がある場合には、 個別の事情について案件毎に判断する。また、この収支相償の判定により、著しく収入が超過し、その超過する収入の解消が図られていないと判断される時は報告を求め、必要に応じ更なる対応を検討する」となっており、「非黒字制約」は出てこないし、ガイドライン上はそれが直ちに「収支相償」に違反するとは明記していない。繰り返しになるが、ガイドラインが主張するのは「適正な費用」ではない支出をすることによる収支相償の逸脱である。 かかるクリープ現象が生じたことについては、 各種の痕跡が存在している。例えば、事業報告書の別表 A (1)では、経常収益計の欄に「前年度に6欄がプラスの事業がある場合には当該剰余金の額を加算してください」と付記されている(図2)。もしこの額を本当に加算すべきであるのならば、「独立した欄」が設けられるべきものであるが、経常収益と関係ないものを別途計算して記載しなければならない表が作成されているということは、「クリープ現象」の証拠の一つであるし、加算しなければならない根拠は法令及びガイドライン上は見当たらず、FAQ問V-2- 5 (内閣府公益認定等委員会事務局[2008d])の中にかろうじて見出せる。 図2 ガイドラインと異なる別表A(1) 出所:内閣府「事業報告等提出書類一式」(平成22年3月31日更新)より引用。なお、丸枠は引用者。 さらに同じく別表A (1)表ではガイドラインを引用した形で、「その剰余相当額を公益目的保有財産に係る資産取得、改良に充てるための資金に繰り入れたり、公益目的保有財産の取得に充てたりするか(前半部)、翌年度の事業拡大を行うことにより同額程度の損失となるようにしなければなりません(後半部)」(「前半部」・「後半部」の用語は引用者が挿入)とあるが、ガイドラインでは、前半部は「本基準は満たされたものとして扱う」とされている。また、後半部についても、「事業の性質上特に必要がある場合には、個別の事情について案件毎に判断する。」となっており、収支相償を満たす場合もあることを示唆している。 別表A (1)表は収支相償の基準を満たしているのか満たしていないのかが直接反映されていない。  ところが、Tp期になると、前半部と後半部の差異がなくなる。「収支相償を満たしているか満たしていないか」という法令上の基準ではなく、定義の曖昧な「剰余金」が重要用語として突出し、「剰余金の解消計画」が前面に出ることで「剰余金を1年で解消するのか2年で解消するのか」という処理が前面に出るというクリープ現象を生じさせている。そのうえで「1年で解消すること」を「2年で解消すること」 に緩和したという提案を行っている。これらをまとめると表のようになる。 図3 第二段階における剰余金の前半部と後半部 出所:内閣府「事業報告等提出書類一式」(平成22年3月31日更新)より引用。なお、下線部及びは(前半部)、 (後半部)の文字挿入は引用者。 表 第二段階における剰余金の扱いの認識の相違点 出所:筆者作成 V 「短期の特定費用準備資金」概念の消滅 それでは「クリープ現象」が生じた要因について、「政策人類学」という立場から検討していこう。その一つとして「短期の特定費用準備資金」というT0期間の概念を挙げてみたい。公益認定等委員会におけるこの説明は以下のとおりである。「(事務局)お手元の資料1で、認定法関係の『ガイドライン』の追加について御説明を申し上げます。(中略)第1段階の事業ごとに収支を見る場合には、収入が費用を超過した場合の処理方法として、特定費用準備資金の1つの変形バージョンで、翌年度にその事業に充てるという、短期の特定費用準備資金として経理することも可能なことを『ガイドライン』で明らかにしようということであります。」(公益認定等委員会2008b 第36回議事録) ところが、ここでT0期間から次の段階T1期間へ移ると、早くもクリープ現象が始まっている。T1期間である2008年11月27日の公益認定等委員会では「(事務局)『短期の特定費用準備資金』が混乱を生じて、わかりにくいというご意見8)を頂きました。わかりにくいという意見を頂きましたことを踏まえまして、『短期の特定費用準備資金』という用語を『短期調整額』という言葉に改めることとしたいと考えております。併せまして、この『短期調整額』が流動資産の範囲内で計上することができるものであるということ、また、この『短期調整額』というのは、短期、すなわち1年以内でございますので、翌年度の事業費に確実に費消していただく必要があるということ、したがって、連年計上はできないということを明確にするために、文章につき所要の調整を加えることとしたいと考えているものであります。」という提案に変わる(公益認定等委員会[2008c]第40回議事録。下線部及び注は引用者)。しかし、「(大内委員)収支相償の原則の運用はフレキシブルにやりますよというメッセージなんですよ。それだけのことなんです。それだけのことと言っては語弊がありますけれどもね。 それをまた、なお書きで作って、今度は、2年目からは絶対だめですなんて、こういうフレキシブルな原則をまた今度は縛ろうとするのは、自己撞着に陥っているというか、2年目でも収入がたまたま多かったということはあるかもしれないのだから、それは、運用の基準としては、2年目からは絶対だめですなんて、そんな基準をあらかじめ作っておく意味もないわけです」(第40回公益認定等委員会議事録)という発言に象徴されるとおり、単に用語を変更するという提案だけであるのに、1年という従前にはなかった説明に公益認定等委員会委員は誰一人納得していなかった。詳細に検討すれば、提案はパブリックコメントの質問に答えるのではなく、質問を生じさせる「特定費用準備資金」の用語を回避し、「短期調整金」の用語に変えたうえで、「短期」は流動資産だから1年以内であるという法令上の議論にもならないような理由しか説明していない。「収支相償上フレキシブルに行う」メッセージとしての「短期の特定費用準備資金」は「特定費用準備資金」という用語を使用することにより認定法5条6号だけではなく、同5条8号の遊休財産規制からも外れるという誤解が生じることが問題視された。 そこで、同法5条6号との関係のみにおいて、効果があることを示したものが「短期調整金」という用語であった。言い換えると政策上の含意として、「短期調整金」と提案された「短期の特定費用準備資金」とは何ら変わるところがないというものである。この間の経緯を残しておく必要から、公益認定等委員会で検討されたガイドライン追加案及び平成20年4 月期間でホームページに掲載したFAQ等においては、「『短期の特定費用準備資金』との用語を用いてこの剰余金の取扱いを説明していましたが、『本来の特定費用準備資金』との要件や経理方法について誤解が生じるとの指摘があったことを踏まえ、上記のように整理し説明を改めました」(旧FAQ問V-2-5)9)とFAQに記載をすることでこの間の混乱を避けようとしていた。 しかしながら、収支相償に関してだけいえば、「短期の特定費用準備資金」という表記ははるかにわかりやすい。「短期の特定費用準備資金」 として積み立てれば、「適正な費用」の中に入り(剰余金ではなくなり)、取り崩したときには、「収入」に加算される。「短期の特定費用準備資金」のクリープ現象が図2にみるような別表 A ⑴を生み出した。別表A ⑴との関係でいえ ば、特定費用準備資金の欄に記載していけばよいわけである。 ところが、収支相償上は「短期の特定費用準備資金」と同等の意義として「短期調整金」として残存していたにもかかわらずに、(Tp)期 になって、会計研究会の「剰余金」解消計画の1年延長が突如として出現した。言い換えれば、2年間しか「剰余金」を認めないという、規制強化に変化してしまった。さらに収支相償上は 「短期の特定費用準備資金」と同義であるとされていた「短期調整金」については FAQ 上からも、少なくとも公表資料からは議論した形跡 がないままに削除され、(Tp)期に、完全に「短期の特定費用準備資金」の概念が消えてしまったのである。とりわけ、クリープ現象としてこれが特筆されるのは、会計研究会が緩和策を検討した結果として、むしろ T0期の規制緩和の中心部分が、変更されている点である。これこそは「意図せざる政策変更」といえるだろう。 Ⅵ 結論 以上のとおり、「収支相償」には、「厳格非流用制約」から「非黒字制約」への「正の規制的クリープ」(positive regulatory creep)が観察し得るといえる。一つには〈収支相償〉という用語自体が持つ語感からくる「バランス」への暗黙的な先入観から生じるクリープ現象が認めら れた。さらに「短期」という会計用語への反応がクリープ現象として観察された。 以上のとおり、政策を政策人類学という立場から詳細に見ていくことによって、ウェーバー が「非人格的」と称した官僚制の中にも、人間集団としての合意形成の不可避的な変化が認められ。「クリープ現象」という新しい概念が政策研究の中で有用であることを結論としたい。 [注] 1)「政策」をフィールドとして捉える立場。例えば、Shore,& Wright[1997]、出口[2015a] を参照。 2)2008年9月5日「公益認定等ガイドラインの 追加について(案)に関する御意見募集」案件番号095081090。それ以前に、同年3月1日「公益認定等に関する運用について(公益 認定等ガイドライン)」案件番号095080290が 存在する(内閣府公益認定等委員会事務局 [2008a])。 3)「摂動」とは物理学用語で、理論的にはあるルールに従うが実際には付加的な小さな力を受けてルール通りにいかないことをいう。例えば、惑星の運動はケプラーの法則に従うが、 実際には、他の惑星の等の引力の影響を受けて小さなずれが生じる。これを摂動という。同様に、理論的には立法府が作った法令に基づいて非人格的な行政府が執行すれば、同じ結果になるはずであるが、人間集団としての知識の影響などを加味してそれがずれている ものとして「摂動」という用語を一旦ここでは使用する。 4)本論文はこうした摂動が生じることの是非を問うものではなく、現象として期間中のどこかで変化が生じたことを中立的に述べることを目的としている。したがって、どの時点で 変化が生じたかという点よりも変化の事実認識に重点をおいているため、期間については、 T0とTpを原則として扱い、両者の間の期間については、公表資料が少ないために原則として分析の対象とはしない。しかし、便宜上、T0の終了時から筆者が内閣府公益認定等委員会委員であった2013年3月31日までを便宜上T1期間、それ以降でTp開始までの期間をT2期間とし、筆者の当事者としての期間である T1で生じたことが明確である点についてはその事実を明らかにした。 5)こうしたモデルは海外の文献では非常に多く、 “nonprofit constraint” の用語が使用されている。例えば、Gale, D., & Hellwig, M.[1985] など。 6)認定法18条で公益目的事業財産は公益目的事業にしか使えないという「非流用制約」が存在するので、さらに不相当に高い謝金、礼金、 人件費等の支出を適正な費用から外すという意味において「厳格」という用語を付加した。 7)例えば、会計研究会の最終報告書についてのパブリックコメント回答で内閣府は「ガイドラインⅠ. 5 ⑷剰余金の扱いその他においては、剰余金の定義を記載しているものではな いと考えます。剰余金は、収入を費用が上回 る場合の、上回った額を指すものと考えられ ます。そのため、特定費用準備資金の積み立ては、剰余金の解消理由の一つであると考え ています」とはっきり主張している(内閣府公益認定等委員会事務局[2015])。これはガイドラインや議事録の記述と大きく異なる。 詳しくは出口[2015b])を参照。 8)パブリックコメントでの質問は以下の通りである。「本来の特定費用準備資金の要件は満たさなくて良いのか?特に資金の区分管理の要件はどのように満たすことができるのか? 貸借対照表や財産目録ではどのように表示するのか?現預金等の等とは何を示すのか?期 末日において『収入が費用を上回る金額』が 実際の現預金等よりも多い場合は、どのよう に取り扱うのか? 公益目的事業比率及び遊休財産の保有上限額の計算において、短期の特定費準備資金も 含まれるのか?を明確にしていただきたいと考えます。」(内閣府公益認定等委員会事務局 [2008c]) 9)会計研究会の報告書の後の2015年4月のFAQの改正で、何の説明もなく、この部分は削除され、短期調整金も短期の特定費用準備資金もなくなってしまっている。これもクリープ現象の一つである。 [参考文献] 荒幡克己[1998]明治期の藍の土地利用方式。 『農林業問題研究』、34.1: 33-40頁。 ウェーバー、マックス著 阿閉吉男、脇圭 平訳[1987]『官僚制』恒星社厚生閣。 太田達男2014「この罪深きもの―収支相償」 公法協 E-mail 通信 No.173、2014。 公益認定等委員会[2008]『公益認定等に関する運用について(公益認定等ガイドライ ン)ガイドライン平成20年4月』。 公益認定等委員会[2007a]第 5 回議事録。 公益認定等委員会[2007b]第19回議事録。 公益認定等委員会[2008a]第34回議事録。 公益認定等委員会[2008b]第36回議事録。 公益認定等委員会[2008c]第40回議事録。 公益認定等委員会・公益法人の会計に関する 研究会[2015]「公益法人の会計に関する諸課題の検討状況について」。 新公益法人研究会[2006]『一問一答公益法 人改革三法』商事法務。 多木誠一郎[2004]「協同組合と株式会社― 協同組合法の商法準拠は株式会社への道 か」。『協同組合研究誌にじ』Vol.608、11- 22頁。 出口正之[2015a]「公益法人制度の昭和改革 と平成改革における組織転換の研究」『非 営利法人研究学会誌 VOL.17』非営利法人 研究学会。 出口正之[2015b]「収支相償と適正な費用の範囲」『公益・一般法人』2015年7月1日号(896)、全国公益法人協会、34-42頁。 内閣府公益認定等委員会事務局[2008a]「公益認定等に関する運用について(公益認定等ガイドライン)案に関するご意見募集」 案件番号095080290。 内閣府公益認定等委員会事務局[2008b]「公益認定等ガイドラインの追加について(案) に関する御意見募集」案件番号095081090。 内閣府公益認定等委員会事務局[2008c]「公益認定等ガイドラインの追加について(案) に関する意見募集の結果について」案件番号095081090。 内閣府公益認定等委員会事務局[2008d]旧FAQ 問 V - 2 -⑤。 内閣府公益認定等委員会事務局[2015]「『公益法人の会計に関する諸課題の検討状況に ついて(最終報告書素案)』に関する御意見について(御意見の取りまとめ)」。 浜田浩児[2000]「非営利団体、自治体による社会福祉サービス供給の経済厚生上の意 義」『生活経済学研究』15、 2 。103-118頁。 マリノフスキー[1967]『西太平洋の遠洋航海者』中央公論社、78頁。 Gale, D., & Hellwig, M.[1985]“Incentive compatible debt contracts: The one-period problem”. 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  • 《査読論文》非営利組織会計の純資産区分に関する試論―財務的弾力性の観点から― / 佐藤 恵(千葉経済大学准教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 千葉経済大学准教授  佐藤 恵 キーワード: 非営利組織会計 純資産区分 財務的弾力性 財務的生存力 非拘束 自己拘束 要 旨: 本稿の目的は、財務的弾力性の適正表示を第一義と仮定する非営利組織会計の純資産区分 の検討にある。財務的弾力性の定義は、財務的生存力概念のストック面に萌芽が見出せるも のの、字義的には企業会計の概念書から導入されている。第一に、企業会計の財務的弾力性 の議論を参照し、非営利組織会計の文脈に照らして解釈した。財務的弾力性の評価には、資 産と純資産の両面から、資源が投下されている資産の拘束性の情報が必要視される。第二 に、近年JICPAとFASBが提案した純資産区分を検討した。とくに一時拘束区分と自己拘 束区分を画するには、純資産情報のみならず資産情報が必要であった。そして、公益法人会 計基準のように純資産と資産を対応させることで、永久拘束・一時拘束・自己拘束・非拘束 に区分され、財務的弾力性を適正に表示すると結論した。最後に、仮に当該表示方法を他の 非営利組織会計に導入するならば、法人形態ごとに異なる資産の区分のあり方を許容する必 要性に触れた。 構 成: I  はじめに II 財務的弾力性概念の変遷 III 財務的弾力性概念の原義 IV 純資産の拘束区分の検討 Ⅴ おわりに Abstract This paper aims to examine the net asset classification requirements of nonprofit accounting for the most basic objective which assumes the proper presentation of financial flexibility. Financial flexibility definition emerged as a stock side of ʻfinancial viabilityʼ concept. However, it literally seemed to be introduced as concept frameworks for corporate accounting. First, this paper interprets the discussion about financial flexibility of corporate accounting in the context of nonprofit accounting. We need to provide the information about invested assets from both debt side and credit side if we want to assess the financial needs. Second, this paper outlines the net asset classification requirements in the proposed AICPA drafts and FASB standards update. Especially, extracting temporary class and self-restriction class need not only net asset information but also asset information, and we conclude that adding net asset classification to asset classification is the better way to present financial flexibility properly because of the four classifications such as ʻPermanentlyʼ, ʻTemporarilyʼ, ʻSelf-restrictionʼ and ʻUnrestrictedʼ. Finally, we tackle the permission of the presence of different asset classification that each organization adopts. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 現在、日本において非営利組織会計統一化に向けた議論が高まりをみせている。統一化にあたっての主要論点の一つに純資産区分がある。 2013年に日本公認会計士協会(以下、JICPA) が公表した非営利法人委員会研究報告第25号 「非営利組織の会計枠組み構築に向けて」(以下、 JICPA報告)では、純資産を非拘束(Unrestricted)・ 一時拘束(Temporarily)・永久拘束(Permanently restricted)の三つに区分する方法が提案されて いる(Ⅴ4⑶)。当該提案は、米国財務会計基準 審議会(以下、FASB)が公表した概念書第6号 「財務諸表の構成要素」(以下、SFAC6)や基準書第117号「非営利組織の財務諸表」(以下、 SFAS117)が掲げる三区分を想起させる。 他方、FASB が2015年に公表した公開草案「会計基準改訂に関する提案:非営利組織(Topic 958)及びヘルスケア事業体(Topic954)、非営利組織の財務諸表表示」(以下、ED[2015])では、 現行基準が採用する三区分を棄却し、寄付者非拘束純資産(net assets without donor restriction)と 寄付者拘束純資産(net assets with donor restriction) の二区分への改訂を提案する(pars.5, 16)。これは、一般正味財産と指定正味財産という二区分を導入する日本の公益法人会計基準を髣髴させる1)。 揺らぐ純資産区分のありようを検討するにあたり、財務的弾力性(financial flexibility)という会計概念に着眼する。 なぜなら、それはJICPAとFASB の両提案において純資産区分の伴概念と位置付けられるからである。たとえば、JICPA 報告では、「非拘束純資産が純資産 全体に占める割合は、財務的安定性、財務的弾力性を示す指標となる」(Ⅴ4⑶②)として、純資産区分の意義が語られる。ここで「財務的弾力性とは、法人が自ら保有する資金について、 支出の金額とタイミングをどの程度自由に操作できるかという程度をいう。財務的弾力性が高いと予測不可能な支出に対応することができる。すなわち、非拘束純資産が多額の場合は、財務的弾力性が高くなる」(JICPA 報告、注69)。なお、 当該記述は、SFAS117における財務的弾力性の定義(fn.3)を平易に意訳したものである(後述)。 ED[2015]もまた「寄付者拘束の有無とその性質に基づく情報は、一般に財務的弾力性およびサービス提供継続能力を含む非営利組織の財務状態について適切な理解を得るのに必要とされる」(BC95)という。なお、ほぼ同様の記 述は SFAS117(par.98)にも散見される。 本稿では、第一に、純資産区分の根拠として用いられる財務的弾力性概念に関する先行研究の整理を通じて、当該概念の分析視角を抽出する。第二に、得られた分析視角に照らして純資産区分を巡る議論を整理し、検討する。それを踏まえ、非営利組織会計の統一化を所与として、財務的弾力性の評価に資するストック表現について若干試論する。なお、本稿の試みは、財務的弾力性の適正表示を第一義と仮定したストック情報のありようを検討する思考実験であることに留意されたい2)。 Ⅱ 財務的弾力性概念の変遷 非営利組織会計における財務的弾力性概念の萌芽は Anthony[1978]が唱えた財務的生存力(financial viability)の定義に見出せる。Anthony [1978]は、財務的生存力をストック情報とフロー情報の両面から検討する(若林[2002]22頁、 26頁)3)。ここでストック情報に関する記述に目を向けると、「非営利組織の財務的生存力は、 支払能力や流動性という通常テストのみならず、(略―筆者)資源移動可能性(resource transferability)の程度によって示される」(Anthony[1978]p.48)。資源移動可能性とは「非営利組織が資源を多用途に利用する自由をあらわす。使途制約のある 資源の割合が高ければ、方針転換や新たなニーズへの対応が困難」(p.49)と説明される。すなわち、非拘束資源と拘束資源の割合をもって評価される資源移動可能性は、支払能力や流動性とともに財務的生存力をストック情報から評価する一指標と捉えられる。 とすると、資源移動可能性の定義は、資金 (資源)の拘束性表示が予測不能な支出(ニーズ) に対応する企業の能力を示すと解釈する点において、上述した財務的弾力性の定義と通底する (図表1参照)。なお、若林[2002]は、資源移動可能性を「使途の弾力性」(18頁)と意訳する。 財務的弾力性という用語が純資産区分の根拠として用いられたのは、SFAS117の素案として1992年に公表された公開草案「非営利組織の財務諸表」(以下、ED[1992])が、筆者の知る限りにおいて最初である。当該文書およびそれに続く SFAS117における財務的弾力性の定義の前段部分(ともに fn.3)は、企業会計の概念書「企業の財務諸表の認識と測定」(以下、 SFAC5)における財務的弾力性の定義(fn.13) とほぼ一致することから、企業会計から移植されたと解される(図表1参照)。事実、ED[1992] のたたき台として1989年に公表されたFASBコメント募集「非営利組織の財務報告:財務諸表の様式と内容」(以下、ITC[1989])では、流 動性とともに財務的弾力性という用語が SFAC5から引用されている(par.36)。図表1を用いて整理すると、現在、純資産区分の根拠として用いられる財務的弾力性は、財務的生存力のストック評価の一つである資源移動可能性と同義と措定できる(「具体的評価」網掛部参照)。しかし、当該概念は、文言上、企業会計におけ る財務的弾力性の定義と同様に説明されている (「概念説明」網掛部参照)。 企業会計上の財務的弾力性の定義は、1980年に FASB が公表した討議資料「資金フロー、 流動性および財務的弾力性の報告」(以下、DM [1980])における財務的弾力性に関する詳細な検討を踏まえたものである4)。当該文書は、 キャッシュ・フロー計算書の導入を念頭に、その論理的背景となる資金概念を整理したもので、従前の財務諸表体系の不備を指摘する内容を含むものである。そして、財務的弾力性の概念整理にあたってはDonaldson[1971]が提唱した財務的移動性(financial mobility)を参照した旨を記載する(DM[1980]p.107)。よって、以下、本稿では Donaldson[1971]の財務的移動性を財務的弾力性と同義に扱い論理展開していく。 なお、Donaldson[1971]は、既存のファイナンス用語たる弾力性(flexibility)に対して、新たな定義を付加した用語として財務的移動性を提唱した(pp. 7-8)。つまり、DM[1980]は、財務的移動性の概念を踏襲しつつ、当該概念をあらわす用語としては(より一般的な)財務的弾力性を採用したことになる。図表 2はFASB公表文書を中心に財務的弾力性の変遷を整理したものである。 図表1 「資源移動可能性と財務的弾力性の定義」 抜粋:Anthony[1978]p.48;JICPA 報告、注69;SFAS117, fn.3;SFAC5, par.24a, fn.3 図表2 「FASB公表文書を中心とした財務的弾力性概念の変遷」 参照:Anthony[1978]; SFAC4; SFAC6; ITC[1989]; ED[1992]; SFAS117; ED[2015]; Donaldson[1971]; DM [1980]; ED[1981]; SFAC5[1984] Ⅲ 財務的弾力性概念の原義 次に、財務的弾力性の原義をDonaldson [1971]と DM[1980]に求め、非営利組織会 計に照らして整理する。Donaldson[1971]は、財務的移動性の源泉となりうる資源が貸借対照表に適正に表示されないという問題を浮き彫りにする。 財務的移動性は「一形態から他の形態へ経済的資源の変化の割合に影響を及ぼす能力、つまり一定時点における資源の組合せを決定する能力」と定義される。これは「将来において経営者の行動をサポートする可能性のある資源」 (資源の代替可能性)に注意を向かせるため、フローにも着目した概念という特徴がある。換言すれば、経営計画期間にわたる(within planning horizon)資金アウトフロー(特定の用途に転換された購買力)と資金インフロー(特定の用途から解放された購買力)の均衡を探ることで、結果的に企業の資源を特定の用途に拘束される資金と拘束されない資金に再配分する、というマネジ メントのあり方に着眼している。当然ながら、財務的移動性概念の関心は、拘束資金ではなく、非拘束資金の洗い出しにある(Donaldson[1971] pp.56-57, 60)。なお、この関心は、(図表1で示した)非営利組織会計上の財務的弾力性の定義にみる具体的評価と整合する。 通常、ストック計算上、資源は拘束・非拘束 の二区分で把握される。しかし、財務的移動性の源泉となりうる資源を算定するには、フローの可能性を加味した次のような三区分が必要とされる。①特定化され(specialized)、かつ、移動性(mobile)のない資源、②特定化され、かつ、移動性のある資源、③特定化されず、かつ、 移動性のある資源。ここで〈特定化〉とは、資源が利益創出目的のために特定の用途への資金が拘束されており、よって代替的用途へ転換できない状態をいう。また、〈移動性〉とは、経営計画期間内における現実的または潜在的な代替的用途への利用可能性をいう。財務的移動性に相当する資源は②と③である(Donaldson[1971] pp.64-65)。図表3(Donaldson[1971]Exhibit3B 参 照)で示すように、〈特定化〉は財務的移動性の程度をあらわし、〈移動性〉は財務的移動性の範囲を画するものである。  Donaldson[1971] は、(当時の企業会計の) 貸借対照表が〈特定化〉の程度を適正に表示しないと批判する。貸借対照表上、特定化される資産は、代替的用途への転換が容易でないため、 非流動性資産に分類される。他方、特定化されない資産は、代替的用途への資金の転換が可能であるから、流動性資産として表示される。しかし、実際には、非流動性資産のうちには、容易に代替的用途へ転換可能な資産(例えば、中古市場が確立している機械設備)が存在し、同様 に、流動性資産であっても、経営計画上容易に代替的用途へ転換できない資産(例えば、現金) が存在する(Donaldson[1971]pp.60-62)。つまり、資産形態とそれが一般に示す資金の拘束状態の不一致が、貸借対照表で財務的移動性が適正に表示されない要因とされる。 たとえば公益法人会計基準(注解注4)における基本財産や特定資産の区分表示および SFAS117(par.11)が要請する長期目的で拘束される現金の区分表示などを鑑みれば、非営利組織会計には資産側において〈特定化〉の程度を適正に反映する土壌が存在するといえる。また、この指摘は、流動性の表示問題とも捉えら れる。なお、Donaldson[1971]は、流動性を財務的移動性の重要な下位概念と位置付け(p.7)、DM[1980]も同様に、流動化情報が財務的弾力性の評価に有用と指摘する(par.18)。 次に、〈移動性〉に関して考察すべく次の具体例を参照する。DM[1980]によると、企業が代替的用途に活用可能な資金を得るには、収益を獲得するか、それ以外の資金源泉に依拠する必要がある。それ以外の資金源泉には、企業の外的源泉と内的源泉が存在する。外的源泉の具体例としては「予定される資金提供」や「潜在的な資金提供」(追加的な借入や増資等)、内的源泉の具体例としては「非営業資産や分離可能資産の流動化」および「計画された営業活動や投資活動の変更」に伴う資金フローの増加(留保)が挙げられる。これらは財務的弾力性の源泉と位置付けられる(par.252)。 非営利組織会計に引き寄せて考えると、財務的弾力性の外的源泉の具体例は「追加的な借入、 寄付、私募債の発行」になろう。しかし、かような将来情報は会計数値で表現できない。これが財務諸表を用いた財務的弾力性評価の限界に相当する5)。他方、財務的弾力性の内的源泉の具体例は「基本財産以外の資産の売却」や「事業の変更」に伴う資金フローの増加、と解釈されよう。会計数値が示しうるのは、かような内的な資源の移動性に関する情報である。すなわち、現在拘束されている資源を(売却や再投資のために)いったん拘束解除する可能性を示唆する情報である。しかし、非営利組織では、拘束解除が寄付者などの組織の外部の意思に基づく場合がある。それを踏まえると、非営利組織のストック情報から財務的弾力性の内的源泉を探るには、次の二つの情報が必要である。一つは、拘束解除の可能性を推測するのに役立ちうる資産(借方)側の情報であり、もう一つは、 拘束解除の主体にかかわる純資産(貸方)側の情報である。図表4は以上を整理したものである。 図表3 「ストック情報にみる財務的移動性の源泉」 参照:Donaldson[1971]pp.64-65, Exhibit3B 図表4 「非営利組織における財務的弾力性の源泉の特性および情報源」 参照:Donaldson[1971]pp.60-65; DM[1980]par.252 Ⅳ 純資産の拘束区分の検討 前節の検討を所与として、JICPA 報告と ED2015の両提案をたたき台に純資産の拘束区 分の特徴を整理し、さらに近年改正された公益法人会計基準と照らし合わせて検討する。最後に、財務的弾力性の評価に資する純資産の拘束区分について若干試論する。 1 純資産の拘束区分にみる財務的弾力性の反映 ⑴ 一時拘束区分の識別 JICPA は、2015年に公表した「非営利組織の財務報告の在り方に関する論点整理」(以下、 JICPA論点)において、使途制約のある資源6) を「費用的支出や償却性資産の形で利用(費消)されるものとして指定され、利用に応じて拘束が解除されることが予定された資源」(以下、一 時拘束資源)と「資源提供者との合意や法規制 に基づき、永久に保持することが要請される資源」(以下、永久拘束資源)に分類し( 8 .6 項)、「組織の継続的活動能力を表す観点からは、資源拘束の時間軸の違いを貸借対照表上明らかにするため」(8 .8 項、傍点―筆者)、各々の資源を区分する方法を提案している。 ここで一時拘束と永久拘束を識別する資源の拘束解除の有無に着目すると、それは、資金が投下(拘束)された資産の性質(償却性や費用性 など)に依存する。たとえば、寄贈された土地や文化資産は永久拘束資源に、特定の事業で費消される寄付や助成金または補助金は一時拘束資源に分類される(JICPA 論点、8 .6 項参照)。つまり、資産(借方)側の情報に基づいて一時拘束と永久拘束の区分がきまる7)。なお、ここ で例として挙げた一時拘束資源は、目的拘束 (SFAC6, par.99)に相当する。 次に、一時拘束と非拘束の識別に目を転ずる。 非拘束資源には、経営計画上、容易に代替的用途に利用できない資金、たとえば特定の事業に費消する予定の手許現金などが含まれる。こうした資源は、資産の側において、特定の事業に対して提供される寄付や助成金(一時拘束資源) と区別されない。なぜなら、両者は資産形態を同じくし、ともに拘束解除を予定するからである。ITC[1989]は、特定の事業に対して提供 された寄付を例にとり、その資産形態が組織にとって予期せぬ損失補填の誘因となりうると指摘する。その上で、当該資産の代替可能性、ひいては組織の流動性を適正に表示するために、 資産側に拘束区分を適用する代替案を検討している(pars.66-72)。 この例は、組織の外部の意思の有無により区分する純資産(貸方)側の情報の必要性を示すものである。かような資源は、その拘束を解除 する主体(組織外部または内部)に基づき、代替 的用途への利用可能性が判断される。図表5は 以上を整理したものである。一時拘束資源は、 資産側の情報をもって永久拘束資源と識別され、 純資産側の情報をもって非拘束資源と識別される。すると、結果的に財務的弾力性(財務的移 動性)の源泉の範囲から、一時拘束純資産相当額が除かれることとなる(図表 3 ・ 5 参照)。 図表5 「JICPA 報告における純資産の区分」 参照:JICPA 報告,V4(3) ⑵ 自己拘束区分の識別 本稿の冒頭で触れたように、FASB は、現行基準の三区分を棄却して、寄付者による拘束の有無に基づく二区分を暫定的に提案している。その理由の一つとして、非拘束純資産の区分に契約・法律・その他による拘束が含まれない (without contractual, legal, or any type of restriction)と利用者が誤解することで、組織の財務的弾力性と流動性の評価を見誤る点に言及している。したがって、(現行基準の)非拘束純資産と(提案された)寄付者非拘束純資産の両者は、用語が異なるだけで、定義の内容は同一である(ED[2015]BC25)。 ここで、その他による拘束とは、理事会など組織の内部による拘束、すなわち自己拘束を含む。FASB では、予期しない損失に備える任意積立金は、寄付者非拘束純資産に含められる。または、理事会指定純資産(board-designated net assets)という項目による内訳表示も認められる(ED[2015]par.10)。図表6は当該内訳表示をあらわしたものである(ED[2015]par.18参照)。 「理事会指定純資産は、将来の計画、投資、 偶発事象、固定資産の取得や建設およびその他用途に充てられる」(ED[2015]par.5)ことから、資産側の情報をもって現在拘束状態にあることがわかる。この意味において、理事会指定純資産と無指定(Undesignated)の識別は、資産側の情報を反映したものといえる。そして両者の区別は、財務的弾力性(財務的移動性)の程度の違い(図表 3 の②③参照)を適正に反映すると評価される。なお、図表6に示すように、 FASB は、現行基準の一時拘束(Temporarily) に相当する区分を、目的拘束(Purpose restricted) と時間拘束(For periods after 20X1)にさらに区分する方法を例示する(ED[2015]Example1)。 時間拘束に相当する資金は、一定期間を過ぎれ ば非拘束資金となるため、財務的弾力性部分に該当すると考える。 図表6 「FASB[2015]における純資産の代替的区分」 参照:ED[2015]Example1 2 純資産と資産の対応の有用性 ―資産区分の重要性― しかし、FASB が純資産区分を改訂する最たる理由として「永久拘束区分と一時拘束区分を合わせることで複雑さを軽減する」(ED2015, BC25)と述べることからも明らかなように、図表6の区分はあくまで代替的方法に留まる。そこで、我が国の公益法人会計基準に目を転ずると、図表6の区分と近似した正味財産(純資産に相当する。)の区分表示が要請されていること に気づく。図表7は、公益法人会計基準(第2貸借対照表2)における正味財産の区分を図式化したものである。 周知のとおり、寄付者等による使途制約の有無で識別される指定正味財産と一般正味財産の区分には、それぞれ「基本財産からの充当額」 と「特定資産からの充当額」という資産の区分に対応した内訳が表示される。ここで基本財産とは「定款において基本財産と定められた資産」であり、拘束の解除を想定していない資産といえる。他方、特定資産とは「特定の目的のために使途、保有又は運用方法等に制約がある資産」であり、ある時期に拘束の解除を予定する資産と捉えられる(公益法人会計基準第2貸借 対照表2、注解注4)。 指定正味財産における資産区分に基づく内訳表示は、JICPA報告における永久拘束純資産 と一時拘束純資産の区分と同様である(図表5参照)。これは、前述のとおり、永久拘束と一時拘束を区分する判断が、結局のところ資産の情報(拘束解除の時期)に基づくことと整合する8)。また、一般正味財産における資産区分に基づく内訳表示は、FASB改定案における寄付者非拘束純資産の内訳表示(自己拘束と非拘束の資金を識別)と同様である(図表 6参照)。これも前述のとおり、非拘束純資産から理事会拘束純資産を抜き出す判断が、結局のところ資産の情報(現在の拘束状態)に基づくことと整合する。 岡村教授[2010]は、正味財産と資産の対応 (二重分類)の真の意義を自己拘束の識別に見出している(60頁)。 財務的弾力性の源泉の範囲に着目すると、正味財産と資産の対応によって、一般正味財産のうちに、拘束解除を予定しない資金(基本財産)の存在が示されることで、より適正に当該範囲を画することができる(図表7参照)。 最後に試論として公益法人会計基準の計算構造の敷衍性を若干検討する。当該基準では、純資産(正味財産)と資産を対応させることで、実質的に永久拘束・一時拘束・自己拘束・非拘束の4つに区分される(図表7参照)。仮に、他の非営利組織会計に当該構造をあてはめてみると、純資産に内書きされる資産項目が法人形態ごとに大きく異なることとなり、比較可能性が担保されないと懸念されるかもしれない。とくに法人形態によっては自己拘束や一時拘束の区分が複雑化すると考えられる。しかし、「特定の財貨・用役への拘束資金性を認識する範囲については、(略―筆者)それぞれの企業によって異なるのが当然であり、また、同一企業におい ても環境の変化などによって異なりうるものと思われる。また、短期的にみれば、拘束資金性が認識されるものであっても、長期的にみれば、それがある時点で自由選択性資金として認識されることもありうるはずである」(森田[1973] 39頁)9)。このように解することで、仮に法人形態ごとに異質な資産の区分との対応表示が許容 されるならば、拘束性(流動性)を適正に反映する資産区分のあり方を再検討する必要があ る10)。 なお、資産の区分との対応表示は、基金会計を想起させるかもしれない。ITC([1989] pars.63-64)は、貸借対照表への基金区分の導入を棄却した理由の一つとして、資産が基金目的以外に代替利用されないとの誤解を与え、資源移動可能性(transferability of resources)、すなわち財務的弾力性を適正に評価しないと指摘する。これは、資産側において適正な拘束性(流動性)の表現が求められることの証左と考える。 図表7 「公益法人会計基準における正味財産の区分」 参照:公益法人会計基準第2 Ⅴ おわりに 本稿では、ストック情報における財務的弾力性の適正表示を検討するという思考実験を試みた。まず、純資産区分の伴概念とされる財務的弾力性概念の変遷を追った。財務的弾力性は、 Anthony(1978)が掲げた財務的生存力概念のストック表現にその萌芽が見出せるものの、直接的には企業会計の概念書から移植されたものと推知された。次に、企業会計における財務的弾力性の議論を辿り、非営利組織会計の文脈に照らした解釈を試みた。非営利組織の財務的弾力性の評価には、現在および将来の代替的用途への利用可能性に関する情報が必要視される。具体的には、資産側の情報として、資源が投下されている資産の拘束状態(流動性)および拘束解除の時期が求められ、純資産側の情報として、拘束を解除する主体が明示される必要があると整理した。それを踏まえ、近年JICPAとFASBが提案したそれぞれの純資産区分を検討し、実質的には、純資産情報のみならず資産情報を参照することで、とくに一時拘束区分と自己拘束区分を画することが判明した。最後に、公益法人会計基準のように純資産の区分と資産の区分を対応させることで、永久拘束・一時拘 束・自己拘束・非拘束の四区分が表示でき、さらに自己拘束を二区分することで、財務的弾力性の範囲と程度をより忠実に反映すると言及した。また、仮に当該表示方法を他の非営利組織会計に導入するならば、法人形態ごとに異なる 資産の区分のあり方をある程度許容する必要性に触れた。 本稿では、ストック情報を前提とした財務的弾力性の評価に焦点をあてた。しかし、財務的弾力性概念がフローの可能性を反映しようとする視点を有することに鑑みれば、フロー情報を用いた評価の検討が今後の課題として残されている。 企業会計では、概念書の開発を通じて、財務的弾力性評価の必要性は長きにわたり議論されてきたものの、いまだ具体的な評価方法は確立されていない11)。他方、非営利組織会計においては、簡素な文章ではあるものの、会計諸基準で財務的弾力性の評価方法が語られている。この異同が含意するところは、非営利組織会計の統一化、ひいては非営利組織会計と企業会計の統一化を議論する上で、何らかの手掛かりとなるかもしれない。 [注] 1)但し、基金を設定した場合、純資産は三区分 で表示される(公益法人会計基準注解 5 )。 2)岡村教授[2015]は、公益法人会計基準の財務三基準について「公益性判断基準そのものではなく、(略―筆者)税優遇判断基準である」(11頁)と述べられる。本稿では、財務的弾力性概念を分析視角とするため、当該基準に触れないことを申し添える。この点に関しては別稿を期したい。 3)先行研究では、Anthony[1978]におけるフロー計算に関する記述(pp.86-90)等を受け、財務的生存力を資本維持概念に置換して解釈されていることが多い(たとえば、若林[2002] 26頁)。他方、本稿は、ストック計算に関する記述を考察の起点として、財務的生存力と財務的弾力性の関係性に言及している。なお、同様の関係性に受託責任の観点を加え分析しておられる先行研究として日野教授[2009] [2003]が挙げられる。 4)FASB は、DM[1980]に関する公聴会の内容を受け、1981年にExposure Draft「企業 の利益、キャッシュ・フローと財政状態の報告」を公表し、財務報告の評価に有用な会計 概念の一つとして財務的弾力性を挙げて説明する(pars.25-28, 61, 106-111)。当該文書は SFAC5の素案に相当することから、SFAC5 の財務的弾力性は、DM[1980]を参照した ものと考えられる。 5)「企業の支払能力の維持は、その体質によるところが大きい。ヒースはこれを財務的弾力性(financial flexibility)と呼んでいる(略―筆者)。貸借対照表を見たところでは財政状態がよくなくても、いざというときに資金を調 達できれば、支払不能にならないからである。しかしそういう能力は会計数値としてどこにも出てこない」(中村[1997]315-316頁)。なお、Heath は、Donaldson[1971]を契機として、1978年に出版した『財務報告と支払能力の評価』で財務的弾力性概念を論述する。 6)JICPA は、法規制による拘束資源を、寄付者など資源提供者と同様、組織の外部要因に 基づく拘束資源と捉えて拘束純資産に区分する(JICPA 論点、8.12項)。なお、FASB では、 後述のとおり、契約・法律による拘束資源を 非拘束資源と看做している。 7)金子教授([2010]20-21頁)は、一時拘束と 永久拘束を区分する意義として、組織運営に不可欠な財産に対応して財産的基礎を構成する正味財産(純資産)を、他の正味財産と区分して表示する点を指摘される。 8)岡村教授[2010]は「指定正味財産対象資産は基本財産又は特定資産に掲げられ、永久 にあるいは特定目的が遂行されるまでの間、維 持すべき財産とされる」(59頁,傍点―筆者)と述べられる。 9)この知見は、「貨幣資本概念」(を前提とする名目資本概念と実質資本概念)と「物的資本概念」(を基礎とする実体資本維持説)の真の対立点が、「貨幣」と「物」という異質な資本概念ではなく、貨幣としての資本の拘束の範囲、 すなわち、拘束資金性および自由選択資金性の認識範囲についての見解の違いにある、との考察から導かれている(森田[1973]32-33 頁)。藤井教授[2010]は、公益法人会計基準における、正味財産と対応する基本財産・ 特定資産が、実物資本観(実体資本維持説)を前提とすると指摘されている(30-31頁)。 10)齋藤教授[2011]は、受託責任の明確化および組織のサービスの種類や水準の評価に資するとして、資産側の情報を重視される。そして、使途制約の有無による資産(借方)の 区分を基礎として、負債と純資産(貸方)を区分しない表示方法を提案されている(10- 13頁)。 11)国際会計基準審議会(以下、IASB)と FASB が共同作業した財務諸表の表示プロジェクトでは、2008年10月の公表文書において流動性および財務的弾力性評価の検討を基本目的の一つに掲げていた。しかし、2010年7月の公 表文書では、当該目的は除外された(小西 [2013]61-62頁)。また、現在進行中の IASBとFASBによるリース会計共同プロジェク トでは、提案されている使用権モデルの説明概念として財務的弾力性の記述が見受けられ るところである(佐藤[2013]21-22頁)。 [参考文献] Anthony, R. 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