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英国チャリティの公益性判断基準― チャリティ登録時を中心として― / 尾上選哉(大原大学院大学准教授)

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大原大学院大学准教授 尾上選哉


キーワード:

英国チャリティ チャリティ委員会 公益性       

パブリック・ベネフィット・テスト


要 旨:

 本稿の目的は、英国における民間の公益活動をもっぱら行っている組織いわゆるチャリ ティ(charity)について、所轄庁であるチャリティ委員会(the Charity Commission)の公益性認定の判断基準について明らかにすることにある。チャリティ委員会は、日本の公益認 定等委員会のモデルになった行政機関である。そこで本稿では、まず英国において公益性 認定の判断等を行うチャリティ委員会の概要を明らかにし(Ⅱ)、そして、チャリティ委員 会がその公益性を認めるチャリティとはいかなる組織であるかを明らかにする(Ⅲ)。次い で、チャリティの定義に示される「チャリティ目的」要件の中核であるパブリック・ベネ フィット・テストの考察・検討を行う(Ⅳ)。そしてチャリティ委員会による公益性認定に 係る不服申立ての制度について若干の検討を行う(Ⅴ)。


構 成:

I  はじめに

II チャリティ委員会

III チャリティの定義

Ⅳ チャリティ目的の要件

Ⅴ チャリティ登録時に係る不服申立て制度

Ⅵ まとめ 


Abstract

 The Public Interest Commission in Japan was formed after the model of the Charity Commission that regulates registered charities in England and Wales. This paperʼs aim is to provide an overview of the registration system for charities in England and Wales in order to comprehend the ideas behind the Japanese system. This paper explores the characteristics of the Charity Commission through its governance framework, objectives and functions, and discusses the criteria for being registered as a ʻcharityʼ by the Commission by focusing on the public benefit test. It also considers the appeal system when an organization is dissatisfied with the Commissionʼs decision on the charity registration.

 

Ⅰ はじめに

 本稿の目的は、英国(イングランドおよびウェールズ)における民間の公益活動をもっぱ ら行っている組織いわゆるチャリティ(charity) について、所轄庁であるチャリティ委員会(the Charity Commission)の公益性認定の判断基準について明らかにすることにある。チャリティ委員会は、日本の公益認定等委員会のモデルになった行政機関である。英国では、一般に民間 の公益活動を行う組織をチャリティと呼ぶが、一定の要件を満たしチャリティ委員会に登録された組織が法律上の正式なチャリティである (以下、チャリティ委員会に登録されたチャリティ (registered charity)をチャリティという)。2014年9月30日現在、180,831のチャリティが存在している1)

 そこで本稿では、まず英国において公益性認定の判断等を行うチャリティ委員会の概要を明らかにし(Ⅱ)、そして、チャリティ法がチャリティをどのように定義しているかを確認する (Ⅲ)。次いで、チャリティ法上のチャリティの定義に示される「チャリティ目的」要件の中核であるパブリック・ベネフィット・テストの考察・検討を行う(Ⅳ)。そしてチャリティ委員会による公益性認定に係る不服申立ての制度について若干の検討を行う(Ⅴ)。

 なお、本稿は英国のチャリティ委員会の公益性判断の基準を取り扱い、スコットランドおよび北アイルランドにおけるチャリティは検討の範囲外としている。 


Ⅱ チャリティ委員会

 チャリティ委員会は、英国のイングランドおよびウェールズのチャリティを所轄する独立行政機関であり、そのはじまりは1853年公益信託法に拠る。チャリティ委員会の目的、責務や権限等については、現行のチャリティ法の第2部 (PART 2 THE CHARITY COMMISION AND THE OFFICIAL CUSTODIAN FOR CHARITIES)に 定められており、チャリティ委員会はその業務遂行にあたっていかなる大臣または省庁の指揮ま たは統制に服することはなく、国王に代わってチャリティ委員会の権限を行使する2)(第13条3-4項)。以下では、チャリティ法の変遷、チャリティ委員会の組織、目的、機能および責務に ついての概要を明らかにする。

1 チャリティ法の変遷

 英国におけるチャリティに関する最初の法律は、1601年の公益ユース法にさかのぼる3)。この法律は「信託(当時はユースと呼んだ)の目的を具体的に列挙し、それらを『公益性のある信託』(charitable use)いわゆるチャリティとして法的効力を認めたもの」(永井[2007]44頁)であった。その後、1853年の公益信託法、1958年の公益レクリエーション法が成立し、そして1960年にチャリティ行政の円滑化を図るためにチャリティ法が成立した。チャリティ法は数次の改正を経て、2006年にチャリティの法制度を 抜本的に見直し、チャリティの多様で活発な活 動を促すための新たな法的枠組みとして、2006年チャリティ法が成立した(永井[2007]42頁)。2006年チャリティ法は、チャリティの運営に係る適切性を確保し、その効率性を高めるとともに、公的な説明責任(public accountability)をさらに強化することを主眼に置くものであった (古庄[2013]43頁)。なお2011年には、1958年の公益レクリエーション法の全部および1992年、 1993年、2006年チャリティ法の大部分を統廃合する2011年チャリティ法が制定され、現在に至っている(以下、チャリティ法という)。  

 1601年  公益ユース法 Charitable Uses Act 1601  

 1853年  公益信託法 Charitable Trust Act 1853  

 1958年  公益レクリエーション法 Recreational Charities Act 1958  

 1960年 チャリティ法 Charities Act 1960  

 1992年 チャリティ法 Charities Act 1992  

 1993年  チャリティ法 Charities Act 1993(1960年および1992年チャリティ法の統合)  

 2006年  チャリティ法 Charities Act 2006(ブレア政権下におけるチャリティ法の現代化)  

 2011年 チャリティ法 Charities Act 2011

2 チャリティ委員会の組織

⑴ 委員会の構成

 チャリティ委員会は、内務大臣の任命による議長および4名以上8名以下の委員によって構成される。委員には、⒜チャリティに関する法律、⒝チャリティの会計および財務および⒞ 様々な規模と内容のチャリティの運営および規制についての一定の知識と経験を具備していることが要求される。また、少なくとも2名の委員は、「1990年裁判所および法的サービス法」 に規定された資格4)を7年間保有していなければならない。そして、議長以外の少なくとも1名の委員はウェールズの事情に詳しく、ウェールズ議会の承認を得て任命されることとなって いる。委員の任期は1期3年であり、通算で10年を超えてはならない(図表1を参照)。

⑵ 委員会の会議

 委員会の会議は、公式な会議は年6回(少なくとも)となっており、年次公開会議(Annual Public Meeting)を事務年度終了後3ヶ月以内 (議会への決算書類および年次報告書提出前)に開催することとなっている。年次公開会議のほかに、少なくとも年2回の公開会議が開催される。

⑶ 職員および事務所

 委員会の本部はロンドンにあり、支部はリバプール(Liverpool)、トーントン(Taunton)およびウェールズのニューポート(Newport)の 3カ所にあり、専任の職員数は323名となっている5)


図表1 チャリティ委員会の概要

出所:筆者作成


3 チャリティ委員会の目的

 チャリティ法は次の5つをチャリティ委員会の目的として掲げている(第14条)。

 ①  社会的信用(the public confidence objective)                

   チャリティに対する社会の信頼と信用を高めること  

 ②  パブリック・ベネフィット(the public benefit objective)     

   パブリック・ベネフィット活動に対する認識と理解を促進すること  

 ③ 法令遵守(the compliance objective)     

   チャリティの管理・運営におけるチャリティの理事の法令遵守を促進すること  

 ④  チャリティ資源(the charitable resources objective)     

   チャリティ資源の有効活用を促進すること  

 ⑤  アカウンタビリティ(the accountability objective)

   チャリティの寄付者、受益者および一般大衆に対するアカウンタビリティを高める   こと

 チャリティ委員会の目的は、チャリティとして登録される組織を判断することではなく、登録されたチャリティがチャリティとして何をなすべきかを理解し、社会的信用を高めると同時に、社会がチャリティの行うパブリック・ベネフィット活動を適切に理解するように働きかけることにある。

4 チャリティ委員会の職務

チャリティ法は、チャリティ委員会の一般的 職務として次の6つを掲げている(第15条1項)。  

 ①  組織がチャリティであるか否かの判断を行うこと  

 ②  チャリティの運営改善(better administration)を奨励し、助長すること  

 ③  チャリティの運営上の不正行為やずさんな管理を発見、調査し、救済方策または予    防策を講じること  

 ④  募金活動の認可証の発行もしくはその継続の判断を行うこと6)  

 ⑤  チャリティ委員会の機能または目的の実行に関わる活動の情報を入手、評価し、発   信すること  

 ⑥  チャリティ委員会の機能または目的の実行に関わる事項について、政府の大臣に対   して情報提供、助言、提言を行うこと

 チャリティ委員会の第1の職務は、民間の公益活動を行う組織について、その公益性の判断を行うことにあることが、チャリティ法に明記されている。また第2の職務として、チャリティのより良い運営についての奨励・助長することをチャリティ法は掲げており、第3の職務と共に、 チャリティの運営に対するチャリティ委員会の積極的な関わりが期待されている。第5の職務 には、チャリティに対する適切な行政を行うために、チャリティの登録時に係る情報収集のみならず、登録後の資格維持もしくはチャリティの資格抹消のための情報収集などが含まれる。

5 チャリティ委員会の任務

 チャリティ法は、チャリティ委員会の一般的任務として次の6つを掲げ、職務遂行における規範を示している(第16条)。  

 ①  チャリティ委員会はその職務を果たす際に、合理的に実行可能な限りにおいて、⒜   チャリティ委員会の目的に適った方法で、 かつ⒝チャリティ委員会の目的を実行する   のに最適と考えられる方法で活動しなければならない。  

 ②  チャリティ委員会はその職務を果たす際に、合理的に実行可能な限りにおいて、⒜   あらゆる形態のチャリティへの寄付、および⒝チャリティの活動への自発的な参加を   促すのに適した方法で活動しなければなら ない。  

 ③  チャリティ委員会はその職務を果たす際 に、その資源を最も効率的、効果的、かつ   経済的な使用に考慮しなければならない。  

 ④  チャリティ委員会はその職務を果たす際に、妥当である限りにおいて、規制上のベ   スト・プラクティスの原則を考慮しなけれ ばならない(規制活動は、規制対象の

  規模に見合ったものであること、説明可能であること、一貫性があること、透明性が

  あること、および 規制が必要とされるケースだけを対象とする、 という原則を含

  めて)。  

 ⑤  チャリティ委員会はその職務を果たす際に、それが妥当であるケースにおいては、   チャリティによる、もしくはまたはチャリティのために新しいアイデアを可能にする   ことが望ましいことに考慮しなければなら ない。  

 ⑥  チャリティ委員会はその職務管理において、企業における良いコーポレート・ガバ   ナンスを適用することが妥当であると考えられる時には、そのような一般に妥当と認   められた原則を考慮しなければならない。


Ⅲ チャリティの定義

1 チャリティの定義の変遷

 英国において、チャリティの定義は2006年 チャリティ法の制定まで、制定法にその定義が定められたことはなく、長い間、判例に委ねられてきた。1960年チャリティ法の制定にあたって、チャリティの定義を明確に法律上定めるべきであるとの勧告が政府とチャリティの関係を検討する委員会(ネイサン委員会)により行われたことがあったが、「判例法に基づくほうが、 社会状況の変化に沿ってチャリティの意味を柔軟に解釈できて都合がよい」と時の政府は判断を行ったのであった(永井[2007]47頁)。

 チャリティの定義は判例に委ねられてきたが、裁判所はチャリティであるか否かの判断基準として、1601年公益ユース法の前文(信託目的の具体例が列挙)を長い間、参照してきた。

​①老人・廃疾者・貧民の救済、②傷病兵の扶助、③学校施設の維持、④橋梁・港湾・ 道路・教会・堤防の修理、⑤孤児の入学・ 就職、⑥感化院の維持・援助、⑦貧困女子の結婚機会の促進、⑧労働者の救済、⑨囚人・捕虜の救済・釈放、⑩貧困の租税負担・出征費の援助(田中[1980]63頁)。

 また1891年にチャリティとして所得税免除が 認められるか否かが争われた裁判において判事マクノートン卿が掲げた「貧困救済」、「教育の 振興」、「宗教の振興」および「そのほか地域にとっての利益7)」の4項目の分類が、裁判所やチャリティ委員会のその後の判断に大きな影響力を持ってきたといわれている。

2 現行法上のチャリティの定義

 2006年チャリティ法による従来のチャリティ法の現代的な法的枠組みによって、チャリティの定義が制定法上におかれ、その定義を充足することによってチャリティになることができることとなった8)。現行のチャリティ法によると、 チャリティは次のように定義される(第1条1項):

 「チャリティ」とは次の組織をいう。  

 ⒜  もっぱらチャリティの目的のために設立 された組織であり、かつ  

 ⒝  チャリティに関する管轄権の行使におい て高等法院の裁判権の及ぶ範囲に存在する   組織。

 チャリティ法は「チャリティ目的」と「高等法院の裁判権」という2つの要件を示している。 前者の「チャリティ目的」要件の詳細については次節において詳しく検討するが、後者の「高等法院の裁判権」要件とは、裁判所がチャリティの管理運営や目的に関わる意思決定に対して司法上の権限を有していることを意味している。


Ⅳ チャリティ目的の要件

 チャリティの定義において問題となるのは、 ある組織を「何」をもってチャリティ目的であると判断するかである。チャリティ法は、チャリティ目的であるためには、⒜第3条1項のリストに該当し、かつ⒝パブリック・ベネフィッ ト目的(for the public benefit)であることを定めている(第2条1項)9)。以下、前者の要件を「目的記述要件」といい、後者を「パブリック・ベネフィット・テスト」ということにする。チャリティ目的の判断は図表2のように行われる。


図表 2 チャリティ目的の判断の流れ

出所:筆者作成


1 目的記述要件

 チャリティ目的であるか否かの第1要件は目的記述要件であり、チャリティ登録を受けようとする組織の目的(使命)がチャリティ法第3条1項に示される13の目的記述(下記)に該当するかの判断であり、形式的な要件であるといえる。この判断は、組織の法律上の書類(legal document)上の目的欄(objects clause)に通常記載されている記述に基づいて行われることになる。

 ⒜ 貧困の予防または救済  

 ⒝ 教育の振興  

 ⒞ 宗教の普及  

 ⒟ 健康の増進または生命の救助  

 ⒠ 市民または共同体の発展の振興  

 ⒡ 芸術、文化、文化遺産または科学の振興  

 ⒢ アマチュア・スポーツの振興  

 ⒣  人権、紛争解決または和解の促進、宗教的・人種的調和または平等・多様性の促進

 ⒤ 環境保護または改善の促進  

 ⒥  若年、高齢、不健康、障害、経済的困難 またはその他社会的弱者の救済  

 ⒦ 動物愛護の促進  

 ⒧  国の防衛、警察、消防、救助サービスま たは救急サービスの効率性の向上  

 ⒨ その他法律上認められる目的10)

2 パブリック・ベネフィット・テスト

 チャリティ目的であるか否かの第2要件は、 パブリック・ベネフィット・テストである。この要件は、チャリティ登録を受けようとする組織の目的(使命)が「パブリック・ベネフィット」に該当するか、つまりチャリティがその目的を達成するために活動を行うことが「パブリック」に「ベネフィット」をもたらすか否かの判断であり、組織の実質を判断するための要件であるといえる。第1の目的記述要件と異なり、チャリティ法はパブリック・ベネフィットの意味やパブリック・ベネフィット・テストの具体的な運用について定めておらず、チャリティ委員会にパブリック・ベネフィットの判断を委ねている(第17条)11)

 これを受けて、チャリティ委員会では、パブリック・ベネフィット・テストにかかる以下の一連のガイドラインを公表し、チャリティ委員会のパブリック・ベネフィットに対する見解を明らかにしている。

 ◇  Charity Commission [2013a] Public benefit: an overview.  

 ◇  Charity Commission [2013b] Public benefit: the public benefit requirement

  (PB1).

 ◇  Charity Commission [2013c] Public benefit: running a charity (PB2).  

 ◇  Charity Commission [2013d] Public benefit: reporting (PB3).

 Charity Commission [2013a] は、 チャリティの登録、運営および報告におけるパブリック・ベネフィットの概要を示している。Charity Commission [2013b] は、チャリティの登録時におけるパブリック・ベネフィット・テストについてのガイドラインである。Charity Commission [2013c] は、チャリティの管理運営におけるパブリック・ベネフィットについてのガイドラインである。Charity Commission [2013d] は、チャリティの会計および報告についてのガイドラインとなっている。  

 Charity Commission [2013b] によると、パブリック・ベネフィット・テストは「ベネ フィット」の観点と「パブリック」の観点に区分して捉えられており、パブリック・ベネ フィット・テストを充足するためには両方の観点からのテストに合格する必要がある12)

⑴ ベネフィットからの観点(目的の有益性)

 ベネフィットの観点からのテストとは、チャリティの目的が有益であるか否かの判断である。 Charity Commission [2013b] によると、ベネフィットの観点からのテストは、次の2点を充足しなければならない(5頁)。  

 ① 目的は有益なものでなければならない。  

 ②  目的から生ずる損失や犠牲が利益より大きくてはならない。  

 第1は、チャリティの目的は有益でなければならないという点である。この有益性はチャリティ委員会によって確認できるものでなければならず、個人的な見解に基づくものであってはならない。必要があれば、チャリティ登録を受けようとする組織によって、その有益性は立証される必要がある(有益性が計量されるか否かは別にして)(Charity Commission [2013b] 7頁)。  

 第2に、チャリティの目的遂行によって生ずる損失や犠牲が目的遂行による便益を超過するような目的は、チャリティ目的とはなり得ないという点である。これは、組織の目的から生ずると考えられる結果が便益を超える損失や犠牲が合理的に予想される場合には、チャリティ委員会がそのような目的を検討の対象とすることであり、このような場合の立証責任は組織の側にあることが明らかにされている(Charity Commission [2013b] 8頁)

⑵ パブリックからの観点(公の便益)

 パブリックの観点からのテストとは、チャリ ティの目的が誰に便益をもたらすのか、受益者は誰であるのかという判断である。Charity Commission [2013b] によると、パブリックの観点からのテストは、次の2点を充足しなければならない(5頁)。

 ①  目的は社会全般(the public in general)もしくは社会の相当部分(a sufficient    section of the public)に便益をもたらさなければな らない。  

 ②  目的は偶発的に生ずる私益(incidental personal benefit)以外の私益をもたらすも   のであってはならない。

 第1は、チャリティの目的遂行による便益の受益者が誰であるかという点である。ガイドラインは、便益の受益者が社会全般もしくは社会の相当部分としている(Charity Commission [2013b] 9頁)。社会全般が受益者になるということは、チャリティの目的遂行によってもたらされる便益が、特定のニーズをもつ人々に限定されないことを意味する。また、チャリティ登録を受けようとする組織の目的記述に受益者が特定されていなければ、一般に、その目的は社会全般の便益になると解される。  

 受益者が社会全般に該当しない場合には、ガイドラインは受益者が社会の相当部分でなければならないとしている。これは、社会を構成する部分(階層)うち、各々のチャリティ目的に相応しい階層が受益者となることを意味している。例えば、地理上の区域(地域レベル、国家レベル、国際レベル)の人々が受益者となる場合には、社会の相当部分に該当する。受益者が家族関係、特定企業における雇用関係、法人化されていない社団の会員である場合には、一般的に は社会の相当部分には該当しないこととされている(Charity Commission [2013b] 11頁)。社会の相当部分の便益の判断は、基本的にはケースバイケースで行われる13)。  

 第2は、私益(personal benefit)はチャリティの目的遂行により生ずる偶発的なもの、本来は意図しない副産物でなければならないという点で ある。ここでいう私益には、経済的(貨幣性)便益のみならず、宿泊や食事、交通手段等の供与などの非経済的便益、理事者のサービス提供に対するお礼としての謝礼やギフト等も含まれる14)


Ⅴ チャリティ登録時に係る不服申立て制度

1 審判所への上訴

 チャリティ登録が認められず、チャリティ委員会の決定を不服として申立てる行政上の手続きは、従来は高等法院(High Court)に上訴するしか方法がなかった。しかし、2006年チャリティ法によりチャリティ審判所(Charity Tribunal)が創設され、迅速かつ低コスト(原則、無料)でチャリティ委員会の決定に対して不服申立てを行うことができるようになった。なお、 2007年に審判所制度の大改革が行われ、現在では第一次審判所(一般規制部)(the First-tier Tribunal (General Regulatory Chamber))に申立てを行うこととなっている15)。第一次審判所での決定に不服がある場合には、上位審判所(租税・ 大法官部)(the Upper Tribunal (Tax and Chancery Chamber))に上訴することが可能となっている。 審判所は二審制を採用しており、上位審判所の決定においても不服がある場合に高等法院に対して上訴することが可能となっている。

2 チャリティ委員会への決定見直しの請求

 また、チャリティ委員会の決定を不服とする場合には、チャリティ委員会に対して決定の見直し(decision review)を直接請求することができる16)。この見直しの手続きでは、当初の決定に関与しなかった者、通常は当初の決定者の上官がこれを担当し、審議を行うことになる。この見直しの審議の結果、この決定に対してなお不服がある場合には、上述の第一次審判所に上訴することができる。


Ⅵ まとめ

 以上、本稿では日本の公益認定等委員会のモデルとなった英国のチャリティ委員会について、 民間公益組織がチャリティとして登録されるためのチャリティ委員会の判断基準について考察・検討を行った。その結果、次の点が明らかとなった。第1に、チャリティ法はチャリティを定義するにあたって、民間公益組織が行う様々な活動ではなく、その目的を重視しているという点である。例えば、目的記述要件において民間公益組織の目的を形式的に確認し、さら にパブリック・ベネフィット・テストのベネフィットの観点からのテストにおいて、当該組織の目的の有益性を実質的に判断しているので ある。  

 第2に、英国における民間公益組織の公益性 (パブリック・ベネフィット)の判断において、 チャリティ委員会に広範な権限が付与されてい るという点である。パブリック・ベネフィット・テストにおいて、様々な要件における立証責任はすべて民間公益組織が負うこととなっており、それらの情報を基にして、案件ごとにケース・バイ・ケースでチャリティ委員会がチャリティ登録の判断を行うのである。また登録時のみならず、チャリティ登録後においても、 チャリティ委員会はチャリティの運営に対して積極的な関わりをもつこととなっているのである(チャリティ委員会の機能②③⑤を参照)17)。  

 第3に、チャリティ委員会の決定に対する救済プロセスが存在している点である。民間公益組織の公益性の判断においてチャリティ委員会が広範な権限を有しているのに対して、その決定を不服とする場合に、高等法院への上訴以外に、第一次審判所および上位審判所への上訴、ならびにチャリティ委員会への決定見直しの請求という様々な段階における救済プロセスが確保されており、行政機関であるチャリティ委員会の決定の恣意性や不透明性が排除される仕組みが整備されているのである。


[注]

1) チャリティ委員会ホームページを参照。http://apps.charitycommission.gov.uk/Showcharity/RegisterOfCharities/SectorData/SectorOverview.aspx (2014年11月27日アクセス)

2) ただし、チャリティ委員会の支出については財務省(the Treasury)の管理を受ける(チャリティ法第13条5項⒝)。

3) 英国のチャリティの法制度の経緯については、永井 [2007] および網倉 [2008] が詳しい。

4) 法廷弁護士(barrister)もしくは事務弁護士 (solicitor)の資格を意味している。

5) 職員数は2008年には約600名であったが、2010年は約400名となり、5年間で半減している。職員数は下記をもとにしている。https://www.gov.uk/government/organisations/charitycommission/about (2014年11月27日アクセス)

6) チャリティの行う募金活動は、①街頭募金 (公の場での募金活動)と②戸別訪問による 募金活動に区分されるが、どちらの募金活動も法律による規制の対象であった(免許制)。 しかし、それぞれの募金活動が異なる法律の規制を受け、また免許を発行する行政主体も 異なっているなどの問題があったため、現行のチャリティ法はチャリティ委員会にその権限を集約している。

7) 「そのほか地域にとっての利益」とは、判例によると①動物の保護、②レクリエーションの促進、③国および地方の防衛、④スポーツの振興、⑤地域共同社会の向上、⑥公共施設 その他とされている。

8) チャリティの定義の明文化により、従来行われていたマクノートン卿の4項目分類における「貧困救済」「教育の振興」「宗教の振興」 に対する公益性の推定は廃止された。

9) チャリティ目的の2要件に明らかに該当しないものとしてあげられるのは、①自助、②利潤分配、③政治活動である(永井 [2007] 48 頁)。

10) 「その他法律上認められる目的」については、 コモン・ローの考え方に従うものであり、時代の変化の中で、新しいタイプのチャリティ目的が認められることを可能にするものであると解されている(網倉 [2008] 64頁)。

11) チャリティ法がパブリック・ベネフィットについて規定しなかった理由について、永井 [2007] は「公益性の内容を政治的争点にしてはならないとの政府の考えにより……」と 述べている(76頁)。

12) パブリック・ベネフィット・テストを充足するためには、原則、「ベネフィット」と「パブリック」の両方の観点のテストを合格しなければならないが、チャリティ目的が「貧困救済(場合によっては予防)」の場合には、 「ベネフィット」の観点からのテストのみでパブリック・ベネフィット・テストの充足が判断される(Charity Commission [2013b] 15頁)。

13) なお、平等化法(Equality Act)は、チャリ ティは年齢、障害、性別、性的志向、性転換 (gender reassignment)、結婚および同性婚、 妊娠および出産、民族や国籍、宗教や信仰に関わる人々に便益を供することを認めている。

14) Charity Commission (n.d.) Examples of personal benefit. https://www.gov.uk/government/publications/examples-of-personal-benefit (2014/11/27アクセス)

15) 第一次審判所に上訴するためには、チャリティ委員会の決定から42日以内に上訴のため の申請書を提出しなければならない。第一次審判所では30週間以内で結論をくだすことを 目標としている(Charity Commission [2013e] 3頁)。

16) チャリティ委員会の決定後、3ヶ月以内に見直しの請求をしなければならない。

17) 本稿では言及していないが、チャリティ法第5部にはチャリティ委員会の権限が定められており、不正のおそれのあるチャリティへの立入検査、質問権限、書類の提出等を求める ことができる調査権限が付与されている(例えば46条、52条、53条)。


[引用文献および主要な参考文献]

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古庄修[2012b]「英国における財務報告制度の将来と非営利組織―統一会計基準の設定に向けた検討課題―」『公益・一般法人』 第830号、21‒29頁。  

古庄修[2013]「英国チャリティ法改正と年次報告書開示制度―公益性報告の制度的枠組みを中心として―」『会計プロフェッション(青山学院大学)』第8号、43‒57頁。  

文化庁[2008]『海外の宗教事情に関する調査報告書』文化庁。  

文化庁[2010]『海外の宗教事情に関する調査報告書 資料編1 イギリス宗教関係法令集』文化庁。  

松葉邦敏[2003]「英国チャリティ制度の最近の動向とわが国公益法人制度改革への示唆―特に公益性を中心として」『月刊公益法人』34巻10号、12‒21頁。  

松葉邦敏[2004]「第8章 非営利団体と非課税制度」『新公益法人会計基準』税務経理協会、127‒158頁。  

松嶋隆弘[2009]「イギリスのチャリティ法 制―法人形態を中心に―」『日本大学法学部創設120周年記念論文集(第1巻)』、193‒ 209頁。

(論稿提出:平成26年11月28日)

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