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  • 非営利法人の公益性判断基準― 一般社団・財団法人と特定非営利活動法人を事例として ― / 初谷 勇 (大阪商業大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 大阪商業大学教授 初谷 勇 キーワード: 非営利法人 公益性判断 公益増進性判断 一般社団・財団法人 NPO法人 地方分権改革 要 旨: 本論では、非営利法人の公益性判断とその準拠する考え方について、一般社団・財団法 人とNPO法人とを比較検討した。非営利法人の公益性判断は二段階で捉えられる。一つは、 法人格を取得する際に受ける公益性判断である。これにより法人は法人税制上優遇される。 二つ目は、公益増進性判断である。これにより、法人への寄附者が税制上優遇される。第一の公益性判断については、一般社団・財団法人は、許可主義の廃止と準則主義の採用により行政庁による公益性の判断を受けなくなった。NPO法人は、所轄庁の公益性の判断を受けるが、判断主体の地方分権化・分散化が進み、判断基準も拡充した。第二の公益増進性判断については、一般社団・財団法人は、「民間の担う公益」を掲げる制度改革により判断主体が民間合議制機関となり、判断基準は法定・統一化された。NPO法人は、分権化により判断主体が所轄庁に一元化され、判断基準の根拠法がNPO法となり緩和が進んだ。 構 成: I  はじめに II 分析枠組み III 公益(増進)性判断主体と公益(増進)性判断基準の設定 Ⅳ 公益(増進)性判断主体と公益(増進)性判断基準の変化 Ⅴ 公益(増進)性判断主体と公益(増進)性判断基準の準拠する考え方の推移 Ⅵ おわりに:公益増進性判断基準としての条例個別指定PST Abstract This paper compared general incorporated associations, general incorporated foundations, and specified nonprofit organizations with regard to authorization of charitable status of nonprofit organizations and the background on which such authorization is based. The charitable status of nonprofit organizations is authorized in two stages. In the first stage, charitable status is authorized when a general incorporated association, general incorporated foundation, or specified nonprofit organization becomes a juridical person. This authorization entitles the juridical person to receive preferential treatment under the Corporation Tax Law. In the second stage, the improved public interest is evaluated. This evaluation entitles donors to the juridical person to receive preferential treatment under the Income Tax Law, Corporation Tax Law, and Inheritance Tax Law. In the first-stage authorization of charitable status, general incorporated associations and general incorporated foundations were exempted from the evaluation for public interest by administrative agencies when the system of permission by evaluation was replaced by a system permission based on rules. Although specified nonprofit organizations are still evaluated for utility by competent authorities, the evaluation authority has been decentralized or assigned to local governments and the evaluation criteria have been expanded. The authority to evaluate public interest improvement by general incorporated associations and general incorporated foundations in the second stage has been given to the commissioners of the Public Interest Commission selected from among private citizens following system reform advocating public interests borne by the private sector, and the evaluation criteria have been legally established and standardized. The authority to evaluate specified nonprofit organizations has been given uniformly to competent authorities through decentralization of power, and the evaluation criteria have been relaxed as such criteria have come to be governed by the NPO Law Ⅰ はじめに 本論は、非営利法人研究学会第18回大会の統一論題「非営利法人に係る公益性の判断基準」 における筆者の報告に基づく。 大会実行委員会から報告者らに示された統一 論題の発題趣旨は次のとおりであった。 「法人格の付与と公益性の認定を分離した制度設計となっている『一般社団・財団法人』 と『特定非営利活動法人』の各々の公益性判断基準には、『程度の差として理解されるも のだけではなく、根本的に公益性の捉え方が異なると思われる要素も見受けられる』こと から、『日本における公益性判断に係る思考を検討する』ことを主目的とし、その検討を 補完するために、他国の公益性の判断基準を取り上げる。」 4名の報告者のうち筆者(第二報告者)への役割期待は、この題意にも窺われるように、① (第一報告が一般社団・財団法人の側から論じられるのに対し、)特定非営利活動法人(以下「NPO法人」という。)の側からその公益性判断基準について、一般社団・財団法人の公益性判断基準との相違点を整理し、そこに見られる②「程度の差として理解されるもの」と「根本的に公益性の捉え方が異なるもの」とを区別し、③そうした「公益性判断に係る思考」を検討することにあった。 そこで、これらの検討課題に対し、筆者のNPO政策論(非営利法人政策論)の観点から、「公益(増進)性判断」と「中央・地方政府間関係」に係る二つの分析枠組みを用いて考察することとした1)。その上で、その「公益性判断に係る思考」を、認定特定非営利活動法人(以 下「認定NPO法人」という。)制度に導入された公益性判断基準であるパブリック・サポート・ テスト(PST)の出所:アメリカの非営利法人制度における「公益性判断基準に係る思考」に照らしたとき、両者の関係をどのように理解することができるのかについては第三報告に譲ることとした。 Ⅱ 分析枠組み 本論は二つの分析枠組みを用いる。第一は、 公益性判断と公益増進性判断の区別とそれらの段階的な把握である。第二は、中央・地方政府間関係における集権・分権と集中・分散の区別である。 1 公益性判断と公益増進性判断 まず、公益性判断と公益増進性判断の区別と段階的把握について述べる。 前掲の題意にいう「公益性判断」とは、一般社団・財団法人が公益認定により公益社団・財団法人となる場合やNPO法人が認定により認定NPO法人となる場合のように、寄附金税制上の優遇対象法人となる場合の「公益認定」や 「認定」に際して行われる公益性判断を包括して指していると考えられる。しかし、本論では、 従来の制度において任意団体が旧公益法人やNPO法人の法人格を取得する場合のように、法人所得課税上普通法人より優位な立場(収益事業課税)に到らせる「許可」や「認証」に際して行われてきた公益性判断を第一段階の「公益性判断」とし、さらに寄附金優遇対象法人に到らせる「公益認定」や「認定」に際して行われる公益性判断を第二段階の「公益性判断」 (以下、前者と区別するために「公益増進性判断」という。)として連続的、段階的に捉えることとしたい2)。 2 集権・分権と集中・分散 次に、中央・地方政府間関係における集権・分権と集中・分散の区別については、先行研究による分析枠組みを援用する3)。 1983年、天川晃は、中央政府と地方団体の関係を分析するモデルとして〈集権〉─〈分権〉(centralization-decentralization)軸と〈分離〉─ 〈融合〉(separation-interfusion)軸の組み合わせによる4類型を提示した。集権・分権軸は、 中央政府との関係で見た地方団体の意思決定の自律性を示し、地方団体とその住民に許された自主的な決定の範囲を狭く限定しようというのが集権型、反対にこの範囲を拡大させるのを分権型とする。一方、分離・融合軸は、中央政府と地方団体の行政機能の関係を示し、地方団体の区域内の中央政府の行政機能を誰が担うのかを問題とする。地方団体の区域内のことではあっても中央政府の機能は中央政府の機関が独自に分担するのが分離型、逆に、中央政府の機能ではあっても地方団体の区域内のことであれば地方団体がその固有の行政機能とあわせて分担するのが融合型とする4)。天川は、このモデ ルを日本の地方自治制度の位置づけに用い、明 治以降の集権・融合型が「戦後改革」を経て分権・融合型に再編されたとする(図1の①→②→③に相当)。 次いで1998年、神野直彦は、日本の行政システムを分類するモデルとして集中・分散軸と集権・分権軸の組み合わせによる4類型を提示した。それによると、政府体系を構成する各級政府が人々に提供する行政サービスの提供義務が上級政府に留保されている度合が強いほど集中的なシステム、その逆は分散的なシステムとする。また、これらの行政サービス提供義務の実質的決定権が上級政府に留保されている度合が強いほど集権的なシステム、その逆は分権的なシステムとする。神野は、このモデルを各国の行政システムの類型化に用い、日本は集権的分散システムであるとした5)(図2の①)。 西尾勝は、上記の天川モデル、神野の分類軸を援用した上で、戦後日本の地方制度の特徴点として、⑴集権的分散システム、⑵集権融合型 =地方制度、⑶「三割自治」、⑷市町村優先主義と市町村横並び平等主義を挙げている6)。西尾は、このうち⑵について、日本の行政システムを先進諸国並みのグローバル水準に近づけるために、まずは日本独特の機関委任事務制度を全面廃止し、国と自治体の融合の度合を大幅に緩和することが求められ、それが集権性の度合を大幅に緩和すること(図1の①→②に相当)にも寄与するとし7)、第一次分権改革の根底を成した考え方に言及している。 地方分権改革が20年を経て一定の進展を見せた今日、日本の特徴点に係る西尾の指摘は、我が国において、かりに集権融合型の傾向が依然強いとしても、行政サービス提供義務の各級政府間の融合の度合(上級政府に集中的か、下級政府に分散的か)を検討し、集権的分散システムから分権的分散システムへの移行(図2の①→ ②)の可否や是非を議論する必要があるという問題提起と解することができる8)。地方分権改革を、意思決定権限の集権性の緩和と、行政サービス提供義務の中央政府への集中度を緩和し自治体への分散度を高める改革として捉えるものといえよう。 本論のテーマに即して考えるならば、天川モデルにいう「集権・分権」は、非営利法人の公益(増進)性判断(行為)における自治体の意思決定の自立性の問題として、また、「融合・ 分離」は、公益(増進)性判断という行政機能の中央・地方政府間の分担関係の問題として捉えることができる。一方、神野の分類軸にいう 「集中・分散」は、非営利法人の公益(増進) 性判断(と、それを通じて創出される「公益(増進) 性を具えた非営利法人」を通じて行われる公共サービスの提供)義務が上級政府に留保される度合の問題として、また、この場合の「集権・分権」は、そうした公共サービス提供義務の実質的決定権が上級政府に留保される度合の問題として捉えることができる。 図1 集権・分権軸と融合・分離軸(天川モデル) 出所:天川[1983]に基づき、筆者作成。 図2 集権・分権軸と集中・分散軸 出所:神野[1998]、同[2002]、西尾[2007]の記述をもとに筆者作成。 Ⅲ 公益(増進)性判断主体と公益(増進)性判断基準の設定 1 従来の公益法人制度における公益(増進) 性判断主体と公益(増進)性判断基準 まず、従来の公益法人制度における公益性判断主体と公益性判断基準、また公益増進性判断主体と公益増進性判断基準を振り返る。そこでは、公益法人の設立許可及び指導監督に関する権限は主務官庁にあり(主務官庁制・許可主義)、法人の設立と「公益性判断」が各主務官庁において一体的になされ、法人格の付与と法人課税上の優遇が連動していた。その上で一定の要件に基づく厳格な「公益増進性判断」に適合した法人のみが寄附金優遇対象法人である「特定公 益増進法人」に認定されていた。 ⑴ 公益(増進)性判断主体 第一に、公益性判断主体である「主務官庁」 は、内閣の行政事務を分担管理する府省を指すが、1の都道府県の区域内に事業が限られる法人については、その権限は都道府県知事等に委任されていた9)。その後、1997年の「地方分権推進委員会第二次勧告」から第三次、第四次勧告を受け、1999年の地方分権一括法(2000年施行)に基づく地方自治法改正により機関委任事務が廃止されたことから、公益法人の設立許可に関する事務のうち都道府県知事等に委任されているものは都道府県の自治事務となった。 この間の事情を見るならば、1996年3月、「地方分権推進委員会中間報告」に「機関委任事務制度そのものを廃止する決断をすべきである」との記述が盛り込まれ、廃止後の事務区分のあり方や一つひとつの事務の分類についての検討が始められた。具体的には、同年10月以降、地方分権推進委員会は各省庁の所管法の関与の規定の見直しや、事務の区分を法定受託事務にするのか自治事務にするのかという「振り分け作業」を「グループヒアリング」により集中的に実施した。このグループヒアリングでは、「法人の設立許可」の問題も地方分権推進委員会と各省との間で争われ、「およそ法人設立の 許可は国に専属している」とする省庁の主張が、 振り分け作業の中で修正されたことが報告されている10)。 また、特定公益増進法人を認定する公益増進性判断主体も、主務官庁が財務大臣と協議の上行っていた11)。 ⑵ 公益(増進)性判断基準 第二に、公益性判断基準については、従来の制度下でも既に各主務官庁による縦割りの自由裁量による弊害が指摘されていたことを受けて、 基準の一定の統一性を確保するために、主務官 庁間の連絡調整を踏まえ、「公益法人の設立許可及び指導監督基準」(平成8年9月20日閣議決定)及び「公益法人の設立許可及び指導監督基 準の運用指針」(平成8年12月19日公益法人等の指導監督等に関する関係閣僚会議幹事会申合せ)が定められ、これらに基づいて公益性判断が行われ るようにはなっていた。 このように、従来の公益法人制度では、公益性判断主体については、当初、国への集権を基本に機関委任を通じた都道府県知事等へ分散する体制であったものから、都道府県への部分的な分権(自治事務化)・分散の体制へ移行し、公益性判断基準については統一化に向けた伏流が見られたということができる。また、公益増進性判断主体については、都道府県への法定受託事務化による分散体制にとどまり、公益増進性判断基準については主務官庁の大きな裁量が残存していた。 2 NPO法人制度における公益(増進)性判断 主体と公益(増進)性判断基準 次に、NPO法人制度における公益性判断主体と公益性判断基準、また公益増進性判断主体と公益増進性判断基準を振り返る。 1998年に民法第34条(当時)に対する特別法 として特定非営利活動促進法(以下「NPO法」 という。)が成立した。上記の公益法人の場合とパラレルに述べるならば、NPO法人の設立認証及び監督に関する権限は所轄庁にあるものとされた(所轄庁・認証主義)。法人の設立と「特 定非営利活動」該当性の判断―公益性判断―が所轄庁において一体的になされ、法人格の取得 は「人格なき社団並み」(普通法人と公益法人の中間)の限りにおいて法人課税上の優遇(収益事業課税)と連動していた。 公益法人における特定公益増進法人のような公益増進性判断を通じた寄附金優遇対象法人 (認定NPO法人)の制度は、NPO法制定後3年を 経た2001年に創設されたものの、同制度の利用はその後10年を経ても僅少にとどまった12)。 ⑴ 公益(増進)性判断主体 公益性判断主体である所轄庁は、原則として法人の所在する都道府県の知事とされ、例外的に2以上の都道府県の区域内に事務所を設置す るものは経済企画庁長官(のち内閣総理大臣)とされた(同法第9条)。また、公益増進性判断主体は国税庁長官とされた。 ⑵ 公益(増進)性判断基準 次に公益性判断基準については、認証基準が法定され(NPO法第12条第1項)、公益増進性判断基準については、租税特別措置法に規定されていた(同法第41条の18、第66条の11の2)。 このようにNPO法人制度では、公益性判断主体は、当初から都道府県への分権・分散体制が原則とされ、公益性判断基準については法定された。しかし、公益増進性判断主体や公益増進性判断基準は、別途税務当局の管轄下にあった。 Ⅳ 公益(増進)性判断主体と公益(増進)性判断基準の変化 1 新公益法人制度における公益(増進)性判断主体と公益(増進)性判断基準 2006年に成立した公益法人制度改革三法による新公益法人制度により、上記Ⅲの1で見た旧公益法人制度の主務官庁制・許可主義が廃止された。一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下「一般社団・財団法人法」という。)に より一般社団・財団法人の法人格取得は準則主義に基づくものとされたことから、従来の意味での公益性判断主体(主務官庁)や公益性判断基準(設立許可基準)は消失した。 一方、公益増進性判断主体は行政庁(内閣総理大臣又は都道府県知事)とされたが、実質的には民間有識者からなる合議制の機関の意見に基づき公益認定がなされることとなった。公益増進性判断基準が明確に公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(以下「公益認定法」という。)に法定され(同法第5条)、公益認定された法人はすべて寄附金優遇対象法人(特 定公益増進法人)となり、大幅に増加した13)。 このように、新公益法人制度では、従前の制度における公益性判断主体と公益性判断基準が消失し、公益増進性判断主体の民間化と公益増進性判断基準の法定、統一化が図られた。 2 改正NPO法に基づく公益(増進)性判断主 体と公益(増進)性判断基準 上記Ⅲの2で見たNPO法人制度は、東日本大震災の後、「新しい公共」の担い手となる NPO法人を拡充する趣旨の下に2011年6月22 日に公布された改正NPO法(2012年4月1日施行)によって大きく進化した。公益性判断主体の所轄庁のうち、2以上の都道府県に事務所を置く法人については、内閣府から主たる事務所の所在地の都道府県に、1の政令指定都市の区域のみに事務所を置く法人については、都道府県から政令指定都市に、各々所轄庁が変更された。公益増進性判断主体も国税庁長官による認定制度が廃止され、代わってNPO法の中に所轄庁(都道府県知事又は政令指定都市の長)による 「認定制度」が法定され(第三章)、公益性判断主体と一元化された。 次に、公益性判断基準については、拡充され (3種類の活動分野の追加等)、公益増進性判断基準(認定基準)については、2005、2006、2008 各年度の緩和に続き、PST基準が相対値、絶対値、条例個別指定の三つのいずれかを充足すればよいこととされる(第45条第1項1号)など、 大幅に緩和されるとともに選択肢が拡充された。 また、設立初期のNPO法人に財政基盤の脆弱な法人が多い事実から、1回限りのスタートアップ支援として、PST基準を免除した「仮認定制度」も導入された。 このように、NPO法人制度では、公益(増進)性判断主体の一元化と地方分権・分散がさらに進み、 公益(増進)性判断基準の大幅緩和が続いている。 Ⅴ 公益(増進)性判断と公益(増進) 性判断の準拠する考え方の推移 以上の推移から、「はじめに」で述べた問題関心のうち、NPO法人制度と公益法人制度の 比較からうかがえる①と②の相違点の整理とその内容(程度の差か根本的な考え方か)を検討するならば、さしあたり次のように整理すること ができる(表1参照)。 ⑴ 公益性判断 ① 公益性判断主体 公益法人制度では、公益性判断主体の 「地方分権・分散化」から主体の「消失」 に至ったのに対し、NPO法人制度では、 公益性判断主体の「地方分権・分散化」が 昂進している。 ② 公益性判断基準 公益法人制度では、公益性判断基準の 「統一化への伏流」が見られたが、やがて 基準の「消失」に至ったのに対し、NPO法人制度では、公益性判断基準が「法定」 され、さらにその「拡充」に至っている。 これらの相違は、公益法人の場合は公益性判断のよりどころとなる考え方が許可主義から準則主義へ転換したことによるもの であり、NPO法人の場合は認証主義の下 での地方分権・分散化と対象の拡充に向けた対応の深まりという「程度」の問題と捉えることができる。 表1 公益法人と特定非営利活動法人の公益性判断および公益増進性判断 出所:筆者作成 ⑵ 公益増進性判断 ① 公益増進性判断主体 公益法人制度では、公益増進性判断主体の「都道府県知事等への分散」から「都道府県知事への分散の継続と合議制機関設置による民間化」であるのに対し、NPO法人制度では、公益増進性判断主体の「(公益性判断主体である)所轄庁への一元化」が見られた。 ② 公益増進性判断基準 公益法人制度では、公益増進性判断基準 の「自由裁量」から「法定・統一化」に 至っているのに対し、NPO法人制度では、公益増進性判断基準の「根拠法の転換と基準緩和の昂進」が見られる。 以上より、本論の最初に掲げた統一論題の題意に対応させて小括するならば、一般社団・財団法人とNPO法人の各々の公益性判断のよりどころとなる考え方は、前者においては制度改革を経て、「官による公益」から「民間の担う公益」へ「根本的に公益性の捉え方が異なる」 ものとなった(転換した)。一方、後者においては、もともと「民間(市民)の担う公益」活動の器として構想されつつ、その公益性判断に (認証主義の範囲で)行政庁の一定の関与を残した制度設計がなされ、同制度とその準拠する思考は維持されている。公益性の捉え方が変化したというよりは、公益性の判断主体の分権・分散化と判断対象の拡充に向けた判断基準の緩和 といった対応の深まりが見られるのであり、いわば「程度の差として理解されるもの」が進行しているといってよい14)。 Ⅵ おわりに:公益増進性判断基準としての条例個別指定PST 最後に、本論で述べた非営利法人の公益性判断とその準拠する考え方について、筆者が用いた分析枠組みに照らして小括しておきたい。 第一に、非営利法人の公益性判断とその準拠する考え方を明らかにする上で、一般社団・財団法人とNPO法人を比較検討するに当たり、公益性判断を包括的に捉えるのではなく、段階的に把握することにより、公益(増進)性判断 の判断主体と判断基準の設定と変化の様相はより明確に対比できたのではないかと考えられる。 第二に、地方分権改革を経て、我が国の中央地方政府間関係は、まず、従前の強い「集権融合型」から集権と融合の度合を各々緩和させた、弱い「集権融合型」へ、さらに「分権融合型」 を志向してきた。また、「集権分散型」から、「分権分散型」へ移行してきた。換言するならば、前者においては「融合」を、後者においては「分散」を基調としながら各々「分権」の度合を高めてきたということができる。本論で見た一般社団・財団法人とNPO法人に係る近年の立法や法改正による制度改革(改編)もまた、その潮流の中にあるといえる。 そうした観点から注目されるのは、2011年の改正NPO法で導入された「市民公益税制」の 中の「条例個別指定PST」である。2009年9月、「新しい公共の担い手を支える環境を税制面から支援する」ことを標榜し、「市民公益税制P T報告書」(2010年12月)における提言を経て、 平成23年度税制改正大綱に「市民公益税制」が盛り込まれた。次いで2011年6月に改正NPO法が成立するとともに、税制改正(新寄附税制)も行われたが、この新寄附税制では、所得税の税額控除制度の導入とともに、認定NPO法人の認定要件の緩和(新PST・選択制)が行われ、 ①相対値基準(寄附金等収入金額/経常収入金額≧20%)、②絶対値基準(各事業年度中の寄附金額が3,000円以上の寄附者数が、年平均100人以上)、③ 地域において活動するNPO法人等の支援(条例で個人住民税の寄附金控除対象として個別指定)が選択可能になった15)。 このうち③については、各自治体の条例個別指定により個人住民税(都道府県民税4%、市町村民税6%)の税額控除を受けられるようにす るもので(地方税法第37条の2第1項3号、4号)、3号条例指定の対象は認定NPO法人、独立行政法人、公益社団・財団法人、学校法人、社会福祉法人、更生保護法人等であり、既に全都道府県で条例が制定されている。一方、4号条例指定の対象はNPO法人であるが、これまで北海道、神奈川県、埼玉県、三重県、滋賀県、京都府、奈良県、鳥取県、大分県、熊本県等で条例が制定されている。 この条例個別指定は、本論のテーマに照らすならば、公益増進性判断主体のさらなる地域分散を促進するものであり、各自治体には、いかなるNPO法人を指定するかについて主体的な基準設定と判断力が要請される。このことは、「分権分散」の意義を踏まえるならば、自治体経営において、管内の非営利法人という組織資源の横断的活用力が求められる一例ともいえる。また、公益増進性判断基準の観点からは、同制度では各自治体における指定に係る判断基準の多様性(分岐)を許容しており、指定に当たっての判断方法等についても各団体の創意に委ねられている。このことは、所轄庁の認証主義を 基盤としつつ、所管区域における寄附文化の醸成による非営利法人の財政基盤強化や、区域内の地域課題の解決に資するNPO法人との総合的な関係性構築力が各自治体に求められているといってよい。 同制度は、公益増進性判断に係る判断主体と 判断基準の両面における新展開の契機としての 意義を有していると考えられ、その展開と全国自治体の取り組み動向が注目される。そうし問題関心に基づく市民公益税制についての考察 は、別稿に譲ることとしたい。 [注] 1) 筆者のNPO政策論の考え方については、初谷[2001b]、第1章および初谷[2012]序 章参照。 2) 筆者はかつて、公益法人法制における主務官庁による法人設立許認可を「公益性評価システム」、公益法人税制における主務官庁にる特定公益増進法人の認定を「公益増進性評 価システム」と呼び、両者を連続的に捉えて、任意団体から公益法人へ、公益法人から特定 公益増進法人への移行における政府とNPOの関係を考察した。合わせて、両システムの分析枠組みを公益法人と特定非営利活動法人にそれぞれ当てはめて比較検討している(初谷[2001b]、4.2.2(44-49頁)、4.2.3(49-53頁))。また、NPO政策の観点から、公益法人及び特定非営利活動法人の法制及び税制上見られる「行政裁量」の課題について横断的に整理し、行政学等の先行研究における「裁量論」 で提示された分析枠組みを活用しながら、具体的な「公益性」や「公益増進性」の認定事例を分析し、適切な裁量統制のあり方について検討した(初谷[2001a])。 3) 以下の先行研究の分析枠組みの整理に基づき、 筆者は地域分権の制度設計と行程管理について論じている。初谷[2014]参照。 4)天川[1983]、120-121頁。 5) 西尾[2007]、8頁。神野は、「地方政府が主として『実行』、つまり主として公共サービスを供給していれば『分散』、中央政府が主として『実行』し、公共サービスを供給していれば『集中』とすれば、日本の政府間財政関係は分散システムである。しかし、『分権』 か『集権』かのメルクマールはあくまで決定権限にある。そこで中央政府が主として決定権を持っていれば『集権』、地方政府が主として決定権を持っていると『分権』とすれば、 日本の政府間財政関係は、あくまでも集権システムである。したがって、日本の政府間財政関係は『決定』が中央政府、『実行』が地方政府という集権的分散システムと呼ぶことができる。」と述べる(神野[1998]、118、124 頁)。そして、「いま求められるのは、『集権的分散システム』を打破して『分権的分散システム』を創り出すことである。」とする。 なお、「自治体が自己決定権を持つことで」 「団体自治と住民自治を兼ね備えた真の地方自治が可能になる。その場合、『縦割り』を 特徴とする国から権限と財源を移譲して、自治体が総合的な視点からサービスを担うという意味で、『分権的分散システム』は自治体の『集権的自己決定』を特徴とする。」と指摘している(神野、金子[1999]、229-230頁)。 同旨、神野[2002]、294頁。 6) 西尾[2007]、7-18頁。なお、西尾の天川モデルに対する評価については、西尾[1990]、403-438頁(「第12章 集権と分権」(原著論文 は1987年))に詳しい。また、その集権分権理論の再構成について西尾[2007]、Ⅴ章参照。 7)同上、13頁。 8) 同上、223頁。なお、西尾が②の集権融合型 は、①の集権的分散システムが日本で形成された由来、少なくともその一つの由来を説明したものになっており、(天川モデルを改装した)自らの類型区分と神野の類型区分は相互に全く矛盾していないとするのも本文と同趣 旨と考えられる。同上、10頁。 9) 機関委任事務。その他、主務官庁の権限が国の地方支分局長に委任されている例もあった。 10) 磯部力他[2014]、23頁。大森彌は、当時、 地方分権推進委員会がこうした省庁の主張に対し、「国家とは、実体法上に言えば、国と地方公共団体で構成されるのだから、形成権的な権能について専ら国の事務ということでなくていいのだ」と反論し、振り分け作業の 中で「宗教法人と学校法人と社会福祉法人以外の設立許可は都道府県知事に権限を持たせ るという整理になったことで、従前の固定観念が打破できたのではないか」と顧みている。 11) これを主務官庁による「2度の審査」とするものとして、水野[2011]、27頁。 12) 2012年10月25日時点でも280法人(NPO法人総 数の0.60%)にとどまっていた。 13) 旧公益法人制度での公益法人24,317法人のうち、特定公益増進法人は862法人(3.5%)に 過ぎなかったが、新公益法人制度で移行申請した20,736法人のうち公益認定された法人は 9,054法人(44%)と、約10倍に増加している(内閣府資料に基づく)。 14)  このように、一般社団・財団法人では公益 性判断のよりどころとなる考え方が従前とは 「根本的に変化」したのに対し、NPO法人で は公益性判断に行政庁のー定の関与を残す制 度とその準拠する思考を維持しつつ、公益性の判断主体の分権・分散化と判断基準の緩和 を進めることにより、「程度の差として理解されるもの」が進行している。 筆者は別稿で、公益法人制度改革の指導理念として標傍された「民の担う公共」という 価値観に一般社団・財団法人の実体が追いつくようになり、さらに「新しい公共」や「共 助社会」における民間公益活動の担い手の創出、育成という政策考慮が重なっていくこと によって、一般社団・財団法人が具えるようになる正統性との比較において、NPO法人がなお独立した体系として並存し続けることにいかなる積極的な「体系」的意義や正統性 を見出すことができるかが、改めて課題とし て浮上してきていると指摘した(初谷[2015]、 197-198頁)。 その課題に答える上でも、本文で見た両者の公益性判断のよりどころとなる考え方の相 違が、両法人類型の接近や収斂、あるいは離隔や放散のいずれを促すものとなるかについ ては、引き続き観察、検討を要するものと考える。 15) 市民公益税制については、加藤[2010]、市 民公益税制PT[2010]、日本租税理論学会編 [2011]を参照。 [参考文献] 天川晃[1983]「広域行政と地方分権」『行政の転換期』(ジュリスト増刊総合特集)、120 -126頁。 磯部力、大森彌、小早川光郎、神野直彦、西尾勝、松本英昭、中川浩昭、西村清司、 (司会)山崎重孝、小川康則[2014]「巻頭座談会 地方分権の20年を振り返って②」 『地方自治』第796号(2014年3月号)、2-35頁。 加藤慶一[2010]「NPOの寄附税制の拡充について」『レファレンス』2010年8月号、 国立国会図書館調査及び立法考査局。 市民公益税制PT[2010]「市民公益税制PT報告書」(平成22年12月1日㈬)、市民公益税制 PT。 神野直彦[1998]『システム改革の政治経済学』岩波書店。 ─[2002]『財政学』有斐閣。 神野直彦、金子勝[1999]『「福祉政府」への提言』岩波書店。 西尾勝[1990]『行政学の基礎概念』東京大学出版会。 ─[2007]『地方分権改革』(行政学叢書5)、東京大学出版会。 日本租税理論学会編[2011]『市民公益税制の検討』法律文化社。 初谷勇[2001a]「NPO政策と行政裁量─公益性及び非営利性の認定をめぐって─」 『ノンプロフィット・レビュー』Vol.1 No.1、 27-39頁。 ─[2001b]『NPO政策の理論と展開』大阪大学出版会。 ─[2012]『公共マネジメントとNPO政策』ぎょうせい。 ─[2014]「第11章 地域分権の制度設計と行程選択」日本地方自治研究学会編 [2014]『地方自治の深化』清文社、189- 208頁。 ─[2015]「第7章 論点の再整理 よりよい非営利法人法体系に向けて」岡本仁宏編著『市民社会セクターの可能性─110 年ぶりの大改革の成果と課題』関西学院大学出版会、185-210頁。 水野忠恒[2011]『租税行政の制度と理論』有斐閣。 (論稿提出:平成27年1月8日)

  • 米国の非営利組織の公益性判断基準 / 金子良太 (國學院大學教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 國學院大學教授 金子良太 キーワード: 内国歳入法(IRC)第501条C項⑶ パブリック・チャリティ プライベート・ファウンデーション パブリック・サポート・テスト(PST)       Form 990 Form1023 要 旨: 米国における非営利組織の代表格である内国歳入法(IRC)第501条C項⑶に規定される 組織を中心に述べる。次に、団体として認定されるための手続や認定を受けるための基準 を紹介する。そして、それらの団体がIRSに提出する書類の種類と内容を述べる。続いて、 当該団体や寄付者に対する課税上の優遇について整理する。最後に、議論を総括し、我が 国の制度設計にあたって検討すべき点を明らかにする。 構 成: はじめに I  米国の非営利組織の概要と内国歳入法(IRC) 第501条C項⑶について II パブリック・チャリティになるための条件 III 501⒞⑶団体が提出を求められる書類 Ⅳ 501⒞⑶団体に関連する税の優遇 Ⅴ まとめと展望 Abstract In the wake of nonprofit sector, the status of NPO have attracted renewed attention. This paper discusses 501⒞⑶ tax-exempt status in the U.S.A. This study provides a better understanding about Form 1023 and Form 990. This study raises implications about how the disclosure and the regulation is carried out and the potential growth of NPOs in the coming years. はじめに 本稿では、米国の非営利組織の公益性判断基準について扱う。本稿では特に公益性の高い団体に求められる、認定申請時の書類(Form1023) や毎事業年度終了後に提出する書類(Form990) の内容について詳しく述べる。続いて、各種の課税優遇を中心に考察することとする。 Ⅰ 米国の非営利組織の概要と内国歳入法(IRC)第501条C項⑶について 1 内国歳入法(IRC)第501条C項⑶の概要 米国では、国家(連邦法)として非営利組織の統一的な法律は存在しない。各種法人格の規定は、各州の法律による。そのため、法人格の種類や取得の手続は、各州により異なる。我が国のような、公益法人等特定の法人格を取得することで課税の優遇を得られる制度にはなっていない。 各団体は、連邦税を管轄する内国歳入局(IRS; Internal Revenue Service 以下、「IRS」とする。)に、 連邦税の非課税団体としての認可を申請することができる。なお、法人格なき社団や信託 (trust)であっても、認可を申請できる。連邦法である内国歳入法(IRC;Internal Revenue Code 以下、「IRC」とする。)により、公益性が認められる組織については、各種の連邦税の優遇が受けられる。 非営利の各種団体については、主としてIRC501条に定められているが、29の種類に区分されている。それらは、非営利である点は共通するものの、公益性の高いものから共益的な 団体までさまざまである。税の優遇の内容はそ れぞれ異なる。 中でも、IRC501条⒞⑶に規定される法人(以下、「501⒞⑶団体」とする。)は、公益性が高い (charitable)と考えられる。そして、他の非営利の同人組織や業界団体などの共益組織等とは区別され、政治活動やロビー活動等も制限される分、連邦税の恩典も最も大きい。米国で、「NPO」といえば、この501⒞⑶団体を指すことも多い。以下、501⒞⑶団体を中心に述べていく。 Giving USA(2014)によれば、IRC501条⒞ に規定される団体のうちの約70%が501⒞⑶団体で、2012年末には団体数は約108万となっている。なお、この数は2008年の約128万より大幅減となっている。これは、2006年より施行されたThe Pension Protection Actの影響が大きい。これにより、宗教団体を除く多くの団体で、 年間総収入金額が25,000ドルに満たなくとも、 税務申告書(後述するForm990-EZ)の提出が義務付けられた。そして、3年連続して提出を怠った団体が認可を取消されることとなった。 これにより、一貫して増加してきた団体数が、一転して減少することとなった。 2 501⒞⑶団体の特徴と活動 501⒞⑶団体の活動目的は、慈善・宗教・教育・科学振興・文教・公衆衛生・虐待防止・スポーツ競技など多岐にわたる。公益を目的とする団体で税務上の特典が大きい分、特定の者への利益供与や不適切な活動を行った場合、懲罰的課税がある。501⒞⑶団体には、次頁表1のような特徴がある。そのうえで、501⒞⑶団体の活動として、具体的には次頁表2のような活動が挙げられる。 3 501⒞⑶団体の区分 501⒞⑶団体は、パブリック・チャリティ(以 下、「PC」とする。)とプライベート・ファウンデーション(以下、「PF」とする。)とに区分さ れる。Giving USA(2014)によれば、2012年末 現在で約90%がPCであり、PCに区分されない団体がPFとなる。PCのほうが税制上の優遇が大きい。PCとして認定されるためには、IRC509条⒜1に定められたパブリック・サポート・テスト(以下、「PST」とする。)の要件を満たすほか、いくつかの方法がある。これらの要件を満たすことは、より公益性が高いと考えられ、そうでない団体よりも税制上の優遇を大きくして いる。 PFでは、投資収益に対して1~2%課税される。また、毎年度末における資産(例えば美術館の所有する絵画など直接公益目的に必要な資産は除く)の時価に対し5%以上を翌年度に公益目的で支出しなければならない(IRC4942)とされている。また、営利企業の議決権・所有権(ownership interest)に関し、PFと不適格者(PFの理事、家族等)を合計して20%超の権利を保有してはならない(IRC4943)として、PFによる企業への影響力行使を規制している。 表1 501⒞⑶団体の特徴 出典:IRSのwebsite Tax-Exempt Status http://www.irs.gov/pub/irs-pdf/p4220.pdf (2014年10月30日アクセス)をもとに筆者作成 表2 501⒞⑶団体の活動 出典:IRSのwebsite 501⒞⑶団体について http://www.irs.gov/Charities-&-Non-Profits/Charitable-Organizations/Exempt-Purposes-InternalRevenue-Code-Section-501⒞⑶ (2014年10月30日アクセス)をもとに筆者作成 Ⅱ パブリック・チャリティになるための条件 1 パブリック・チャリティの4類型 課税の優遇の程度の大きいPCになるためには、次頁表3のような4つの類型がある。 以下では、IRSの審査が必要な次頁表3の、 ②③の2類型について述べる。 表3 PCの4類型 出典:IRC509条a項をもとに、筆者作成。 2 パブリック・サポーティッド・オーガニゼーション(IRC509⒜1) 収入の3分の1以上が一般寄付や政府・公的機関からの助成補助による団体については、広く一般から支持を得ており、広範な税制上の優遇を受けるパブリック・サポーティッド・オーガニゼーションとされる。この条件を満たしているかを、以下のPSTの算式で判断する。過去4年の平均値をもとに、次のとおり算出する。 (寄付金+助成金)/総収入 ≧ 1/3 なお、分母の総収入には、本来事業収入は含まれない。総収入に含まれるのは、主として寄付金、助成金、非関連事業収益、資産運用収入などになる。この点で、事業収入を分母に含める我が国の認定NPO法人のPSTとは異なっている。 分子に算入しうる各団体からの寄付額は、寄付総額の2%までとなっている。大口の寄付があっても、寄付総額への算入に限度を設けている。なお、分母の総収入にはそのような規定はない。つまり、大口の寄付を受けると分母の総収入は寄付額分だけ増加するが、分子には最大でも寄付総額の2%までしか算入できず、結果として算出される比率を減少させることにつながる。少数の大口寄付ではなく、多くの小口の寄付に支えられる団体ほど、数値は有利になる。 なお、政府団体等からの助成金については分子に算入する助成金額に2%の上限が適用されず、 大口の助成は、比率算定に有利に働く。IRSの個別判断ではなく、あくまで広く一般からの寄付を得られているかを基準とするところにPSTの特徴がある。 なお、以上のPST要件を満たさなくとも、パブリック・サポーティッド・オーガニゼーショ ンとして認定される方法がある。寄付等の割合が3分の1に満たない団体でも、⑴総収入の10%以上が政府機関および一般公衆からの支援によるものであること⑵継続的かつ誠実に、一般公衆、政府機関、他のパブリック・チャリ ティ等から寄付を募集したり、公益に資するプログラムを実施していること(10 percent facts and circumstances test)という条件を満たすことにより、501⒞⑶団体として認められる可能性がある。その際には、団体のガバナンス(親族や利害関係者が多く理事等に就任したりしていないか、高額な給与を得ている従業員がいないか)、会費の金額は適当か(会員となることでのメリットと比較して高額すぎることはないか)など多くの点が考慮される。さまざまな観点が総合的に考慮さ れるため、この認定については、IRSの裁量の余地があるといえる。 3 事業型パブリック・チャリティ(IRC509⒜2) 事業型パブリック・チャリティで想定されるのは、対価を受け取って公益的なサービスを提供し、かつ多くから支援を受けている団体である。事業収入が多い団体の場合、前述のPSTの算式を満たすことは難しい。そこで、代わって次の算式を満たす団体については、事業型パブリック・チャリティとして、501⒞⑶団体と認めている。算式は次のとおりで、過去4年間の平均で算出する。 (寄付金+助成金+事業収入)/総収入(事業収入を含む)≧ 1/3 前述したPSTの算式とは異なり、分母と分子双方に本来事業を含むことになる。なお、事業型パブリック・チャリティでは、投資収益や非関連事業収益は総収入の1/3を超えてはならないとされている。これは前述のパブリック・ サポーティッド・オーガニゼーションにはない規定である。 Ⅲ 501⒞⑶団体が提出を求められる書類 団体が501⒞⑶団体としての認定を受けるに当たっては、IRSにForm1023という書類を提 出する。認定を受けた後は、毎事業年度終了後、 Form990等の税務申告書を提出することが求められる。税務申告書といっても、その目的は税務当局への報告にとどまらない。会計数値のみならず活動内容やガバナンスに関する各種情報も求められ、広く一般に公開される。以下、 Form1023、 Form990の順に紹介する。 1 団体の申請に当たって提出するForm1023 501⒞⑶団体の申請にあたって、IRSに対して各団体はForm1023という書類を提出する。ここには、主として次のような項目が記載される。 表4 Form1023に記載される情報 出典:IRSのwebsite Form 1023 http://www.irs.gov/pub/irs-pdf/f1023.pdf(2014年10月30日アクセス)をもとに筆者作成 様式は、IRSのウェブサイト等で公開されている。pdfファイルで13ページ以上にわたる詳細なものである。書類の作成は小規模団体にとって過重な負担であるという声に応えて、 2014年よりこれを簡略化したForm 1023-EZが導入された。なお、過去3年の年間総収入 5万ドル未満かつ総資産25万ドル未満の団体がForm 1023-EZによる申請を利用できる。その他にも詳細な規定があり、IRSのウェブサイトでは、申請しようとする団体がForm 1023- EZを利用できるかどうかに関する質問表等も準備されている(http://www.irs.gov/pub/irs-pdf/ i1023ez.pdf)。新規申請の約70%がForm1023- EZでの申請が可能となると見込まれている。 当該申請は電子申請のみで、2014年10月現在、手数料は400ドルである。 なお、従来米国では設立から年数が浅い団体であっても一定期間税優遇を認める仮認定制度 (Advanced ruling process)があった。そして、設立後5年を経たあとに別途Form8734という書類を提出して本認定が行われた。仮認定制度は我が国の認定NPO法人制度で参考とされ、NPO法の改正に当たって導入された。一方、 米国では、仮認定制度は廃止されており、設立間もない団体でも本認定を受けることができるようになった。そして、設立6年目のForm990でPSTの要件を満たすことを示せば引き続き 501⒞⑶団体としての地位を保持することができるようになった。 2 PCが毎年IRSに提出する書類の種類 PCとして地位を得た後、毎事業年度終了後にIRSに対して提出する書類は、団体の規模に よって異なる。大規模な団体であるほど、より詳細な書類が求められる。規模に応じて、提出しなければならない書類は3種類に分かれており、次のとおりである。 表5 PCが提出する書類の種類(規模別)(2014年10月現在) 出典:IRSのwebsite Form990の種別(http://www.irs.gov/Charities-&-Non-Profits/Form-990-Series-Which-FormsDo-Exempt-Organizations-File%3F-%28Filing-Phase-In%29 (2014年10月30日アクセス)をもとに、筆者作成。 なお、小規模な団体がより大規模な団体向けの書類を作成・開示することは認められる。例えば、Form 990-EZの提出が求められている 団体が、Form990 を提出したり、Form990-Nの提出が求められている団体が、Form990- EZを提出するなどである。それぞれの書類は、 各団体の会計年度終了後、5ヶ月後の15日(た とえば1月1日から12月31日までを事業年度とする団体の場合、5月15日が提出期限となる)までに提出が求められる。提出後、広く一般に公開される。 3 Form990 はじめに、比較的大規模な団体に求められ、 内容も詳細なForm990について述べる。近年その記載内容は拡充される傾向にある。とりわけ、 特に理事の報酬などガバナンスに関連する情報の充実が求められ、最近では2008年にガバナンスに関連する事項を中心に記載すべき内容が大幅に拡充され、その後もさらに開示内容を充実させていく方向にある。Form990には、次頁表6のような内容が記載される。 Form990に記載される情報は、FASBが規定する会計基準と一部異なる。例えば、FASBは 一定の条件のもとで、ボランティアの提供を受けた場合、サービスの受け入れを収益とし、その費消を費用に含めることを求めている(ASC Accounting Standards Codification 958-605-25- 10)が、Form990では、ボランティアは貨幣額に換算されず、費用や収益に影響しない。また、 FASBの基準は有価証券の時価評価を求めてい る(ASC 958-320-35-1)が、Form990ではそれは求められていない。これにより、FASB基準に基づく正味財産の残高と、Form990での正味財産の残高が異なってくることがある。 Form990では、pdfファイルで公開される様式だけでも12ページに及んでいる。そして、すべての団体が共通の様式に従うことによって、 比較可能性も担保されている。もっとも、作成には時間と専門的能力が求められるため、筆者の聞き取りによれば、多くの団体が会計事務所にForm990の作成や作成補助を依頼している。 4 Form990-EZ Form990-EZになると、Form990と比較して小規模な団体が対象となり、各種の財務情報やガバナンス情報の記載は簡略化されたものと なる。その構成は32頁表7のとおりである。 Form990-EZでは、開示情報は限定され、資産・負債・正味財産や収益・費用に関する情報についても細分化が求められない。そして、 IRSが公表する様式もpdfフォーマットで6ページ と、Form990の半分程度となっている。もっとも、 理事等の報酬の情報等、ガバナンスに関する情報は求められている。 表6 Form990の構成とその内容 出典:IRSのwebsite Form990の様式 http://www.irs.gov/pub/irs-pdf/f990.pdf (2014年10月30日アクセス) をもとに筆者作成 表7 Form990-EZへの記載事項とその内容 出典:IRSのwebsite Form 990-EZの様式 http://www.irs.gov/pub/irs-pdf/f990ez.pdf (2014年10月30日ア クセス)をもとに筆者作成 5 Form990-N Form990-Nは小規模な団体を対象とした書類であり、組織の名称、代表者名、ウェブサイトのURL、会計年度などごく簡単な記載でよい。米国連邦政府における電子化の流れに沿い、 Form990-Nは、e-postcard という電子申請のみが受付手段である。 2008年度以降、教会など一部を除きForm990 -Nの提出は必須となっており、3年連続で提出がない場合、501⒞⑶団体としての地位が取り消されることになる。 6 PFが提出するForm990-PF PFが毎事業年度終了後に提出する書類として、Form990-PF がある。次頁の表8に示す 構成となっている。PFでは、PCとは異なる情報が求められており、書類の構成が大きく異なっている。そして、Form990-PFも他のForm990と同様に一般に公開される。 PFでは、投資収益に対して課税がなされることもあり、投資額やそのリターンに関する情報が、PCを対象とするForm990と比較して詳 細に開示されていることが特徴である。これは、PFの投資活動が課税の回避につながらないよう牽制することも目的であると考えられる。 以上のとおり、501⒞⑶団体では、団体の規模、そしてPCかPFかにより書類の種類は異なる。小規模団体に配慮し複数の様式が用意されているが、いずれも広く一般に公開されていることが特徴である。 Ⅳ 501⒞⑶団体に関連する税の優遇 本章では、団体自身が享受する税の優遇、そ して団体に対する寄付者(法人・個人)が享受できる優遇について述べる。IRCは連邦税の優遇を規定した連邦法であり、州税や地方税の規定はさまざまである。ここでは、主として連邦税について述べる。 1 当該団体の法人所得税等に関する優遇 501⒞⑶団体では、PCにおいては事業からの所得及び投資収益には、連邦法人所得税等は課税されない。PFでは、投資収益に対して2% (一部は1%)の課税が行われる(IRC4940)。団体の本来の非営利目的に関連しない活動から得られた非関連事業収益(Unrelated Business Income) については、法人税が課税される。税率は通常の営利企業と同率に設定され、軽減税率は存在しない。非関連事業収益が1年間で1,000ドル以上生じた団体については、Form990-Tという書類を以上に述べたForm990とは別に提出しなければならない。 なお、連邦税の他、各州において州税・地方税においても優遇されることが多いようである。例えば、固定資産税や売上税の一部が免除される州が多い。 表8 Form990-PFの構成と内容 出典:IRSのwebsite Form990-PFの様式 http://www.irs.gov/pub/irs-pdf/f990pf.pdf (2014年10月30日ア クセス)をもとに筆者作成 2 当該団体への寄付者(個人)に対する課税の優遇 団体に対して寄付をする個人や法人に対しても、税優遇がある。寄付者が個人である場合、 連邦個人所得税及び連邦遺産税が減額される。 連邦個人所得税においては、所得控除が行われる。なお、控除が可能となるのは、個人で項目別控除(Itemized Deduction)を選択し、所得控除を申請する場合である。概算控除(Standard Deduction)の場合には対象とならない。かつては概算控除の対象者にも所得控除が認められていたことがあったが、現在では適用されない。 オバマ政権では、概算控除対象者に対する寄付控除を復活させる動きがあったものの、実現していない。ちなみに、米国民の約3割が項目別控除を採用しているが、概算控除を選択する国民の方が多い。一般的に、項目別控除を採用する個人は富裕層に属することが多い。このような富裕層からの寄付が、米国のNPO活動に大いに貢献している。 所得控除の限度額は、対象がPCかPFか、また寄付をする資産が現金か、それ以外の資産か (土地や有価証券等)によって異なる。PCに対する寄付は、PFに対する寄付よりも優遇されて いる。 PCへの現金の寄付は課税所得の最大50%の所得控除と限度額が大きく、PFへの寄付は(一部を除き)課税所得の最大30%に制限されている。現金以外の有価証券や土地等の場合、PCでは課税所得の最大30%で、PFでは(一部を除き)最大20%である。なお、自ら事業を行う事業型PFでは、控除上限額がPCに準じて設定される。 特徴的なのは、ある年度において制限を超えて寄付を行った場合、限度超過分は5年間の繰越が認められることである。ある年度に多額の、特に分割が難しい土地や建物などを寄付する際には、繰越の恩典は大きい。ちなみに、我が国では繰越は認められていない。 遺贈の場合には、PCでもPFでも、課税対象財産から100%控除でき、その分連邦贈与税及び遺産税が軽減される。遺贈は大口の寄付となる傾向があり、これが米国の寄付文化を支えている。以上に述べた連邦税の優遇がある他、州 によっては、州税や地方税でも優遇が得られることがある。 3 当該団体への寄付者(法人)に対する課税 の優遇 法人が寄付を行った場合、連邦法人所得税の計算上、所得控除が行われる。なお、控除できるのは課税所得の10%までという上限があり、 PCでもPFでも変わらない。また、個人の場合とは異なり、現金を寄付してもそれ以外の資産を寄付しても、10%の上限は変わらない。フォード財団やGM財団といった企業財団は、 企業からの寄付に資金調達の多くを依存しており、PFとなっている。法人の場合も、ある年度に上限を超える寄付を行った場合、限度超過分は5年間の繰越が認められる。また、州によっては、州税や地方税でも優遇が得られることがある。 Ⅴ まとめと展望 米国では、501⒞⑶団体が課税上優遇の大きい、公益性の高い団体として扱われている。団体として認定を受けるにあたって、PSTが重要な役割を果たしている。多くの個人の寄付に支えられている団体を、公益性の高い団体(PF) として優遇している。活動内容や活動目的が公益に資するものであっても、特定の大口寄付に頼る団体は、同等の優遇が得られない制度となっている。 米国では、我が国の公益認定にある遊休財産規制や収支相償規制と同様の規制はない。もっとも、それは米国において501⒞⑶団体の認定やその後の運用が容易であることを必ずしも意味しない。例えば、501⒞⑶団体から不当な利益を得たり、自己取引を行った場合には、懲罰的課税が行われる。そして、Form990では、会計情報だけではなく活動やガバナンスに関する情報についても、広く一般に公開されている。また、PFでは毎年保有する資産の一部を組織外に拠出することが求められる。これは、遊休財産の保有ひいては租税回避を防ぐための措置である。さらに、PFでは投資収益にも課税される。 寄付者に対する優遇を見ると、米国では所得控除のみで税額控除は選択できないのに対して、我が国では税額控除も選択できる。特に低所得者にとっては、税額控除が有利になる。さらに、米国では所得控除を受けられるのは項目別控除を選択し申告を行う納税者に限定されているのに対して、我が国ではそのような制限はない。このように、我が国における個人の寄付に関する税控除は、米国より充実している点がある。もっとも、ある年に多額の寄付を行うといった場合には、我が国では限度超過分の繰越が認められないが、米国では5年間にわたって認めら れる。 以上の通り、日米の制度は異なるが、本稿はその是非を判断することが目的ではない。我が国において、米国の実務から学ぶべき点はどこにあろうか。第一に、PCとPFの取り扱いは検討に値しよう。活動が公益目的であっても、広く一般から寄付を得るPCの条件に合う団体とそうでない団体とで、別規制となっている。 501⒞⑶団体の認定や活動に一定の自由度を確保するとともに、PFでは、租税回避の防止や税収の確保を図っている。第二に、Form990等による一般への情報開示である。大規模団体では、会計情報のみならずガバナンスや活動内容の情報開示を充実させている。小規模団体へは別様式にて配慮を行っている。PFにおいては、各種投資収益に対する情報も求められる。これらが共通の様式で開示されることで、非営利組織の活動や財務に対する一般の理解の促進につながっている。我が国においても、会計情報とそれ以外の活動・ガバナンス情報を、組織間の比較可能性を担保したうえで積極的に開示していくことが求められよう。 本論文は、科学研究費補助金平成24~26年度基盤研究C一般課題番号24530582「統一公会計基準設定に向けた国内・国際公会計基準の比較分析」の研究成果の一部である。 [参考文献] Anthony Mancuso, “How to Form a Nonprofit Organization.”,NOLO, 2013. Giving USA, “The Annual Report on Philanthropy for the Year 2013.”, 2014. Congressional Research Service, “An Overview of the Nonprofit and Charitable Sector.”, 2009. Financial Accounting Standards Board (FASB), ”Accounting for Contribution Received and Contribution Made,” Statement of Financial Accounting Standards No.116, 1993. Internal Revenue Service, “Compliance Guide for 501 ⒞⑶ Public Charities.”, 2009. Lampkin.M.L., “Automatic Revocation of Nonprofitsʼ Tax-Exempt Status.” Guidestar USA, 2010. 跡田直澄・前川聡子・末村祐子・大野謙一 「非営利セクターと寄付税制」、『フィナンシャル・レビュー』、No.65、74-92頁、 2002年。 雨宮孝子「パブリック・チャリティとパブリック・サポート─米国における公益性認定の基準─」、『公益法人』、Vol.28、No.7、 2-9頁、1999年。 雨宮孝子「NPOの法と政策─米国税制のパブリック・サポート・テストと悪用防止の中間的制裁制度─」、『三田学会雑誌』、 Vol.92、No.4、91-111頁、2000年。 岩田陽子「アメリカのNPO税制」『レファレ ンス』、No.644、30-42頁、2004年。 加藤慶一「NPOの寄付税制の拡充について」 『レファレンス』、No.715、43-64頁、2010 年。 田中弥生・馬場英朗・石田祐「新しい公共と認定NPO法人制度―パブリック・サポート・テストは寄附文化を促進するか―」、 『非営利法人研究学会誌』、Vol.13、21-30 頁、2011年。 塚谷文武「アメリカのNPO税制の構造と実態」、『立命館経済学』、vol.59、No.6、402 -416頁、2011年。 [参考ウェブサイト] Applying for 501⒞ ⑶ Tax-Exempt Status http://www.irs.gov/pub/irs-pdf/p4220.pdf ほかIRSのウェブサイト全般(2014年10月 30日最終アクセス) Urban Institute http://www.urban.org/ (2014年10月30日最終アクセス) (論稿提出:平成26年11月28日)

  • 一般社団・財団法人の公益認定基準の検討― 公益性判断基準と財務三基準 ― / 岡村勝義 (神奈川大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 神奈川大学教授  岡村勝義 キーワード: 公益認定基準 財務三基準 公益目的事業 公益性判断基準 税優遇判断基準 要 旨: 本論文の目的は、一般社団・財団法人の公益認定基準が実質的に何を判断する基準であ るのかを検討することである。18項目からなる公益認定基準を分類した上で、主要にして特徴的な次の4つの基準を検討対象にした。すなわち、それは公益目的事業に係る1号基準と財務三基準(6号・8号・9号)である。新公益法人制度は旧公益法人制度の重要部分を承継している。すなわち、公益法人になれば自動的に税優遇措置が与えられること、公益認定基準は設立・指導監督基準等の考え方を承継していることである。検討対象の4基準を制度の承継性に着目して検討した結果、1号基準は公益性判断基準という性格を持つものの、財務三基準は公益性判断基準ではなく税優遇判断基準という性格を持っているという結論を得た。 構 成: I  はじめに―問題の所在― II 公益法人制度と税制上の優遇措置 III 公益認定基準の内容と分類 Ⅳ 公益認定基準と「設立・指導監督基準等」 Ⅴ 公益認定基準における1号基準と8号基準 Ⅵ 公益認定基準における6号基準と9号基準 Ⅶ 結び―財務三基準は何を判断する基準か― Abstract The aim of this paper is to examine what is substantially judged by the standards for public interest corporation authorization. These standards are consisted of 18 criteria, four important and characteristic critera of them, first criterion and three financial criteria (sixth,eighth and nineth criteria), are examined. The important genes of the former public interest corporation system are transmitted to the new system-the preferential tax treatment and the concepts of the standards for public interest corporation permission. Considering the inheritance from the former public interest corporation system, we conclude that the first criterion is the one to judge the public interest, and three financial criteria have the function of judging to give the preferential tax treatment. Ⅰ はじめに―問題の所在― 2006年に成立した公益法人制度改革関連三法 は、2008年12月1日より施行されすでに5年を超え、新公益法人制度は定着しつつある。ここに公益法人制度改革関連三法とは、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」(以下、一般法人法、また一般社団・財団法人を一般法人という)、「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」(以下、公益認定法)および「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律及び公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(以下、整備法)を指している。 整備法によれば、特例民法法人が一般法人または公益法人に移行できる期間は5年間と定められ、当該移行期間に一般法人または公益法人に移行しない場合には、特例民法法人は原則として移行期間満了日に解散したものとみなされる。移行期間満了日である2013年11月30日では、特例民法法人24,317法人のうち約4割に相当す る9,054法人が公益法人となり、この割合は特例民法法人のうち公益事業を総支出の50%以上で実施していた法人数にほぼ匹敵している。公益法人は同時に寄附優遇税制を受ける特定公益増進法人となり、その数は制度改革前の862法人に較べ10倍以上増加している(内閣府[2014]4-5、8頁)。 一般法人の公益認定手続は次のようである。 すなわち、一般法人のうち、公益目的事業を行 う法人は行政庁に公益認定を申請し、申請を受けた行政庁は第三者機関に公益認定基準に適合するかどうかについて諮問し、当該機関の答申 に基づいて、行政庁が当該一般法人を公益法人 として認定する。ここにいう公益認定基準とは、 公益認定法が定めた、一般法人を公益法人として認定することができるか否かを判断するための基準である。 この公益認定基準は一般法人の公益性を判断するための基準であるのか。この場合、公益認定基準のすべてが公益性判断基準となるのか、それとも公益認定基準の一部が公益性判断基準となるにすぎないのか。このとき、公益性判断基準とならない公益認定基準は何を判断する基準であるのか。本論文の目的はこのような問題を検討することにある。このためには本来ならば、すべての公益認定基準を俎上に載せ検討すべきであるが、しかしここでは、公益認定基準のうち特徴的かつ主要な基準のいくつかを採り上げ、それらの基準は何を判断する基準であるのかについて検討することとする。 Ⅱ 公益法人制度と税制上の優遇措置 旧公益法人制度における民法(2006年改正前; 以下、旧民法)第34条は、「営利法人」と「公益法人」とに法人を分類し法人格を付与した。このため、非営利・非公益目的の団体は法人格のない「権利能力なき社団(財団)」となり、これが法人制度上の欠陥をなしていた(谷口 [1951]74-75頁、森泉[1977]6-8頁)。このような欠陥は、一般法人法が「営利法人」と「非営利法人」とに法人を分類し法人格を付与することになったため是正され、権利能力なき社団 (財団)に対しても法人化の道が開かれた。すなわち、一般法人法が新たに成立したことによって、法人格の取得が公益性の判断と分離され、非営利団体は準則主義によって法人格の取得ができるようになった。 旧民法上、公益法人として法人格を得るためには主務官庁の許可を要し、当該許可を得て成立した公益法人は収益事業について課税されるものの、公益事業は非課税という税制上の優遇措置を受けることができた。旧公益法人制度に おいては、法人格の取得と公益性の判断とが一体化していたために、主務官庁による公益性の判断により許可を得て法人格を取得した公益法人は、同時に税制上の優遇措置を受けることができた。したがって、旧公益法人制度においては、公益法人としての法人格の取得と税制上の優遇措置を受けることとは連動していた(ただし、特定公益増進法人としての認定取得は除く)。 主務官庁の設立許可に関する判断のために、後述するように1972年以降、設立許可審査基準 (設立後の公益法人については指導監督基準)の整備が主務官庁間で徐々に図られてきた。このような設立許可審査基準は、内容が曖昧であるが故に主務官庁の裁量が入り込む余地があるものの、許可権限を有する主務官庁における公益法人認定基準という性格を持っていた。このため、公益性の曖昧な団体が公益法人として設立許可を受けている、また公益性の判断が主務官庁の裁量に委ねられ不明確であるなどという批判や、 主務官庁と公益法人との癒着が生じやすいという批判が行われた(森泉[1977]3-5頁、大内 [2010])。しかし、このような批判等にみられる、設立許可等を行う主務官庁制の問題は、新たにつくられた公益認定法によって、非営利法人が 「一般法人」と「公益法人」とに分類され、また公益法人になるための公益認定における公益性の判断が主務官庁ではなく第三者機関に委ねられることになったため、解消されることになった。 公益認定法によって公益認定された公益法人は、その行う収益事業等について課税されるものの、公益目的事業について非課税であるという税制上の優遇措置を受けることができるので、この点では、旧公益法人の場合と変わらない。 公益法人になれば税制上の優遇措置を受けることができるということは、公益認定基準に適合 して公益認定を受けることと税制上の優遇措置を受けることとは連動しているということであ る(ただし、個人からの寄附金に対する税額控除制度の適用は除く)1)。 収益事業が法人税法施行令に掲げる34種に該当する事業であっても、当該収益事業が公益目的事業に該当すると第三者機関によって判断されれば、当該収益事業は非課税扱いとなる。このことと、みなし寄附金制度や特定公益増進法人としての寄附金優遇措置の適用を勘案すれば、 公益認定と税制上の優遇措置との連動性は、旧公益法人制度の場合に較べて強化されているとさえ考えられる(塩野[2009]33頁、原[2011]43- 51頁)。これからすれば、公益認定基準は実質的には、税制上の優遇措置のすべてではないとしても、主要な税優遇措置を受けるための基準という性格を持っている(江田[2012]13-19頁)。 Ⅲ 公益認定基準の内容と分類 公益認定基準は、公益認定法第5条各号に定められた全18号の総称である。公益法人になるための認定を受けるためには、これら18号から成る基準のすべてを充足しなければならない (以下、各号の基準を1号基準、2号基準のように呼 ぶ)。公益認定基準の分類にはいくつかあるが、 分類の仕方は論者によって異なる。したがって、公益認定基準間の関係についての理解に定まったものがあるわけではない2)。このため、公益認定基準間の関連づけについてのここでの理解を示すこととする。 公益認定基準を内容に着目して分類すれば、 それは2つに大別できる。その1つは、公益目的事業に係る1号基準を核にして、それを補完ないし補足する関係を持つ基準の集合であり、 これをまとめて「公益目的事業の実施の確保」ということにする。もう1つは、公益法人としての組織特性に関係する基準の集合であり、これを「公益法人としての組織特性」ということにする3)。 公益目的事業の実施の確保のための中心的な基準は1号基準である。1号基準は、公益目的事業を行い、当該事業が法人の主たる目的であることを定める。公益目的事業を行うとする場合、行う事業が公益性を有しているかどうかを判断する必要があるから、1号基準は事業の公益性を判断する基準となる。また公益性があると判断された公益目的事業が法人の主たる目的であるためには、当該事業は法人の事業の過半を占めるべきであるから、それを具体的に定める8号基準(公益目的事業比率)は1号基準の補完基準といえる。 法人の事業として公益目的事業のほかに収益事業等を行っている場合、収益事業等が公益目的事業の実施に支障を及ぼすべきでなく(7号)、また他の団体の意思決定に関与できる株式等を保有し、それを通じて収益事業等の割合を実質的に高める(15号)ことは公益目的事業比率の潜脱になろう。したがって、収益事業等を公益目的事業よりも大きくさせないよう制限をかける7号・15号基準は1号基準の補完基準となる。 公益目的事業を継続的に実施していくためには、実施可能な技術や専門的な人材・設備等が確保され、また財政基盤を明確にし財産管理や会計記録等が適正でなければならず(2号)、さらに公益目的事業に不可欠な特定財産も維持されなければならない(16号)。また将来の公益目的事業を円滑に継続させるためには、一定範囲の財産の内部留保が必要である(9号:遊休財産保有制限)。2号・9号・16号基準は公益目的事業を継続させそれを実効あるものにするために必要となるから、これらの基準も1号基 準の補完基準となる。 他方において、行うべき公益目的事業を実質的に骨抜きにしてしまうような事業や行為等を禁止する規定がある。公益目的事業を実施する上で、社会的信用を失墜させるような投機的な取引を行う事業等は行うべきでなく(5号)、 当該法人の関係者等または営利事業を営む者等に対して特別な利益や優遇を供与すべきではない(3・4号)。また、同一親族等および他の団体の関係者が理事または監事の3分の1を超え、その結果、特定の者の利益を実質的に代表させることになってはならず(10・11号)、ましてや 役員の報酬を不当に高く支給することによって、 実質的な財産分配を行うことは非営利性の潜脱となる(13号)。公益目的事業は収入余剰の獲得が目的ではなく、したがって実費弁償で行われるべき事業であることからすれば、収支相償が求められる(6号:収支相償)。これらの基準、 すなわち3号・4号・5号・6号・10号・11 号・13号基準も1号基準の補完基準ということができる。 公益法人としての組織特性に関する基準には、 次のようなものがある。一般社団法人の社員の資格得喪や議決権について不当な扱いをしてはならず(14号)、また情報開示の適正性を担保するために、一定の条件を満たす場合には会計監査人が設置されなければならない(12号)。さらに公益認定取消し等の場合、公益目的取得財産残額を類似公益法人等に贈与する定款規定 (17号)や、清算の場合における残余財産を類似公益法人等に帰属させる定款規定を置くことが求められる(18号)。これらの基準、すなわち12号・14号・17号・18号基準は、公益法人としての組織そのものの特性によって要求されるものである。 ここでは、公益目的事業の実施の確保として分類される公益認定基準のうち、その中核といえる1号基準と、財務三基準といわれる6号基準、8号基準および9号基準を俎上に載せ検討することとする。 Ⅳ 公益認定基準と「設立・指導監督基準等」 旧公益法人制度における公益法人の設立許可について、主務官庁間で審査基準を統一化する試みが行われ、徐々に審査基準の明確性は高まった。またそれに続いて、設立許可後の公益法人の運営に関する指導監督のための基準も整備されていった。このような基準の整備は、公益法人の不祥事件が起きるたびに行政監察を行い、その勧告を受けて行われてきた4)。 その嚆矢は1972年の「公益法人設立許可審査基準等に関する申合せ」であり、これは1971年の行政監察において各府省庁に共通する統一的な審査基準の作成を求めた勧告に基づいている。その後、公益法人の不祥事件によって業務運営上の問題が顕在化し、1985年の行政監察に基づく勧告によって、統一的な指導監督基準の作成が求められたので、翌1986年に「公益法人の運営に関する指導監督基準について」が申合わされた。しかし、依然、不適切な事業運営を行っている公益法人が存在したため、行政監察により基準について可能な限り具体化・明確化した 運用マニュアルの作成が求められた。このため、1993年に「公益法人設立許可審査基準等に関する申合せ解説」と「公益法人の運営に関する指導監督基準解説及び取扱指針」からなる運用マ ニュアルである「公益法人の設立及び指導監督基準の運用について」が申合わされた。 しかし、公益法人の不祥事件は後を絶たず、 このために主務官庁の指導監督等のあり方に多くの批判が寄せられたので、それを背景に与党行革プロジェクトチームの提言が提出され、それを踏まえてそれまでの基準と運用マニュアルを統合した「公益法人の設立許可及び指導監督基準」が1996年に閣議決定され、また「公益法人の設立許可及び指導監督基準の運用指針」が申合わされた。この基準と運用指針はその後何回か改正され、最終改正は2006年に行われた (以下、基準と運用指針を「設立・指導監督基準等」と呼び、基準等からの引用は2006年最終改正のものから行うこととする)。 このように、1970年代の初頭から始まった、公益法人に対する設立許可審査および適正な運営管理のための指導監督の基準等の整備は、1990年代末に一応の完成をみる。公益法人制度関連三法施行前では、設立・指導監督基準等が主務官庁にとって依拠すべき公益法人設立許可基準および行政指導・監督基準であった。 2000年に入ってから公益法人制度の抜本的改革の動きが急速に進捗した。2003年に「公益法人制度の抜本的改革に関する基本方針」が閣議決定され、翌2004年に公益法人制度改革に関する有識者会議報告書が公表され、それを受けて 「今後の行政改革の方針」が閣議決定された。この閣議決定では、公益性を有する非営利法人を判断する要件について、設立・指導監督基準等「を踏まえつつ、法人の目的、事業及び規律の面から、できる限り裁量の余地の少ない明確なものとする」とされた(閣議決定[2004]7、 別紙3、3⑵)5)。この閣議決定に従って公益認定法上の公益認定基準が策定されてきたはずであるから、公益認定基準は設立・指導監督基準等の考え方を承継していることになる。このことは事実、旧公益法人制度からの移行期間が終了した時点での内閣府の、次のような記述でも 明示されている。すなわち、「公益認定の基準は、従来の指導監督基準(閣議決定)等を基に …規定され…透明性が確保されており、内容面でも厳しくなったわけでは」ない(内閣府[2014] 7頁)。 設立・指導監督基準等の考え方が公益認定法上の公益認定基準に承継されているとすれば、 検討対象としての1号基準、6号基準、8号基 準および9号基準について、設立・指導監督基準等の考え方がどのように承継されているか (場合によっては、どのように修正して承継されてい るか)を含めて、その内容を検討することが必要になる。 Ⅴ 公益認定基準における1号基準と8号基準 1 1号基準における承継性と独自性 公益認定基準としての1号基準は、公益目的事業の実施を主たる目的としなければならないと定める。法人の行う事業が当該基準に定める公益目的事業に当たるかどうかの判断は、当該事業について公益性があるか否かを判断することに他ならない。ここに公益目的事業とは、「学術、技芸、慈善その他の公益に関する別表各号に掲げる種類の事業」(以下、別表列挙条項) であって、かつ「不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与する」事業(以下、不特定多数条項)である(認定法2条4号)。したがって、1号基準は公益目的事業のこの定義を介して、公益性判断基準としての機能を果たすことになる。 公益認定法の別表には、公益に関する23事業が掲げられる(実質的には22事業)。これに対し、設立・指導監督基準等では、「公益法人の行う 公益活動は、教育、芸術、環境保護、福祉、国際関係など極めて多岐にわたっている」(2事業、 指針⑴)と例示されるのみで、それらは特定化され別表列挙されているわけではない。したがって、公益認定基準では、設立・指導監督基準等上の公益事業の例示を承継しつつも、公益目的事業の定義を介して公益事業そのものが特定化され明確にされたことになる。別表列挙条項は、特定非営利活動促進法(NPO法)における特定非営利活動に関する別表列挙と税法上の特定公益増進法人認定要件としての37類型の業務の規定(旧法人税法施行令77条3号)が参考にされたと考えられる。なぜなら、NPO法上の特定非営利活動は「不特定かつ多数のものの利益の増進に寄与することを目的とする」活動とされ、また公益法人は同時に「公益の増進に著しく寄与する」業務を行う特定公益増進法人とされているからである。 公益目的事業であるためには、別表列挙事業でなければならないばかりでなく、不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与する事業でなければならない。後者の不特定多数条項は、NPO法上の特定非営利活動の定義においてすでに定められ、さらに設立・指導監督基準等においても「公益性の一応の定義として『不特定多数の者の利益』と規定」(基準1目的、指針⑴)されている。したがって、公益目的事業の要件として規定される不特定多数条項は設立・指導監督基準等の考え方を承継しているということができ、また不特定多数条項は事業の公益性を判断するための要件(基準)をなしている。 設立・指導監督基準等では、「積極的に不特定多数の者の利益の実現を目的とする」ことが公益性のメルクマールとされているのに対して、公益認定法では「不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与する」ことが公益性の判断基準をなしている。この2つの公益性のメルクマールの実質は微妙に異なる。なぜなら、設立・指導監督基準等においては積極的に不特定多数の者の利益を実現することが求められるのに対して、公益認定法では結果的に不特定多数の者の利益の増進に寄与すればよいからである。すなわち、公益認定法上の不特定多数条項については、不特定多数の者の利益について因果関係が間接的になることが許容されると解釈できることにな る(入山[2009]9頁)。ここにいわゆる「間接的公益」という問題が生じる(齋藤[2009]38- 39頁、神奈川県公益認定等審議会[2012])。 設立・指導監督基準等の考え方との違いを強調すれば、公益認定法上の不特定多数条項は、このような間接的公益を容認し公益目的事業の範囲を拡大していると解釈することも可能であろう。しかし、このような解釈を行うならば、 共益的事業の多くが結果として公益目的事業として認められてしまい、事業の公益性と共益性の境界がますます曖昧になる。このため、共益的事業等の目的が不特定多数の者の利益を意図していること、また事業に参加できる機会が一般に開かれていること等を間接的公益の判断基準とすることもある(神奈川県公益認定等審議会 [2012])。このような間接的公益についての判断基準は、設立・指導監督基準等の考え方である「積極的に不特定多数の者の利益の実現を目的とする」(下線は引用者)ことを実質的に受け継いでいるということができる。 2 8号基準における承継性と独自性 1号基準は公益目的事業が主たる目的であることを求めるので、これは法人全体の費用のうち、公益目的事業に要する費用の比率が50%以上であることを求める8号基準(公益目的事業比率)と密接に関係する。というのは、8号基 準の充足によって、法人は公益目的事業を主たる目的とすると判断されることになるからである(ガイドラインⅠ-1)。設立・指導監督基準等では、公益法人が本来行うべき「事業の規模は、可能な限り総支出額の2分の1以上である」(基準2事業⑴)ようにし、これを満たしえない場合には「事業を拡大(又は、このような事業以外への支出を削減)するように指導する必要がある」(基準2事業、指針⑶)としている。これは「収益事業の支出規模は…可能な限り総支出額の2分の1以下にとどめること」(基準2事 業⑹)と平仄が合っている。 8号基準は、設立・指導監督基準等のこのような内容を承継しつつ、公益目的事業比率の計算を明確にしている。他方において、8号基準は自己所有地の使用や融資に関するみなし費用、 無償の役務提供等に関する費用および特定費用準備資金の積立額の比率計算への算入を新たに認めることによって要件を実質的に緩和してい る。これは、公益目的事業比率を充足しうる法人の範囲拡大を意図したものと解することがで きる。 財務三基準の1つである8号基準は1号基準の補完基準たる位置を占めているものの、公益性を判断するための基準とはいえない。なぜなら、公益目的事業比率が50%未満だからといって不特定多数条項を満たしていないとはいえないからである。このことから、8号基準が公益認定基準とされることについては、別の目的ないし理由があるのではないかという疑問が生じることになる。 Ⅵ 公益認定基準における6号基準と9号基準 1 6号基準における承継性と独自性 6号基準は「その行う公益目的事業について、 当該公益目的事業に係る収入がその実施に要する適正な費用を超えないと見込まれるものであること」(5条6号)と規定される。公益目的事業は不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与すべきであり、このため、その事業の実施にあたって「動員可能な資源を最大限に活用し、無償または低廉な対価を設定することなどにより受益者の範囲を可能な限り拡大することが求められる」ので、「当該公益目的事業の実施に要する適正な費用を償う額を超える収入を得てはならない」とするものである(新公益法人制度研 究会[2006]204頁)。このように6号基準は「実費弁償」を求める。この基準は「収支相償」と いわれ、財務三基準の1つである。 6号基準における収支相償は2段階に分けて行われる。第1段階では、公益目的事業単位で特に事業に関連づけられる収入(経常収益)と支出(経常費用)の比較を行い、収入余剰が生じる場合、当該余剰額は当該事業に係る特定費用準備資金の積立額として整理される。すなわち、収入余剰相当額を特定費用準備資金として積立てることによって、それを将来の公益目的事業の費用に充てるならば、第1段階における 収支相償は満たされる。 第2段階では、第1段階の収支と、特定の事業と関係づけられない公益目的事業の収入(その他の経常収益)と支出(その他の経常費用)を合計して公益活動全体の収支の比較を行う。このとき収入余剰が生じる場合には、当該余剰額相当の公益資産取得資金への繰入れや当期の公益目的保有財産の取得に充てることが求められる。これについては、第1段階の収入余剰額の扱いと同じように、第2段階の収入余剰額を公益資産取得資金に繰り入れたり、当期の公益目的保有財産の取得に充てるならば、収支相償が満たされるとされる。しかし、このような状況にない場合には、翌年度に事業の拡大等により当該余剰額と同額程度の損失になるようにすることが求められる(ガイドラインⅠ-5)。公益目的事業のみの事業を行っている法人の場合には、このような段階を経て公益目的事業の収支相償 が判定される。 これに対して、収益事業等を兼業している場合には、収益事業等の利益の50%は公益目的事業財産に必ず繰り入れなければならず、繰り入れた利益額は収支相償の第2段階における公益目的事業の収入に含められる。収益事業の利益の繰入額を含む収入が支出を超過する場合、収入余剰額について前述のような公益資産取得資金への繰入れや当期の公益目的保有財産の取得に充てる処理が求められる。収益事業等の利益については、当該利益の50%を超えて公益目的事業財産に繰り入れることも認められている。この場合には、収支相償の第2段階において公益資産取得資金の積立・取崩や公益目的保有財産の当期取得支出・売却収入等の調整計算を行ったうえで、支出超過額に相当する額が収益事業等の利益の50%を超えて100%を限度にして繰り入れられる。 設立・指導監督基準等では、次のようなことが示されている。すなわち、公益活動は会費収入や基本財産運用収入等によって賄われるべきであるが、社会経済情勢の変化等によりこれらの収入のみでは公益事業を継続して行うことが困難な場合があるから、公益事業の受益者に対して事業の費用の負担を求めることもやむを得ない。しかし、「受益者に対して対価を求める場合であっても、その事業の収入、支出は均衡 することが望まし」い。しかも、公益事業で利益が生じている場合には、「対価を引下げ、受益対象の拡大等を図ることにより、収入、支出の均衡を図らねばならない」としている(基準 2事業⑸指針⑴⑵⑶)。これに明らかなように、設立・指導監督基準等は、公益事業の収支均衡すなわち収支相償を図ることを求めているので、 公益認定基準における6号基準はそれを承継していることになる。 収益事業について、設立・指導監督基準等は次のように位置づける。すなわち、「法人の健全な運営を維持し、十分な公益活動を行うための収入も確保する必要があり」、「この収入を 確保する一つの方法として、収益事業を行うことが考えられる。」(基準2事業⑹指針⑴)「収益事業を行うことが認められるのは、あくまで公益目的を実現するための手段であるから」、「収益事業からの利益は…公益事業のために積極的 に用いる必要があり、公益事業のために使用する額は可能な限り2分の1以上とする必要がある。」(基準2事業⑹指針⑷③)公益認定基準における6号基準の収益事業等の利益の50%の繰入れまたは50%超の繰入れは、設立・指導監督基準等の考え方を承継し、それをより明確にしていることがわかる。 6号基準の収支相償と設立・指導監督基準等の収支均衡とは同じものに見えるが、それらは実質的に同一のものと考えることができるのか。 答えは否である。設立・指導監督基準等では、公益事業において収支の均衡を図ることは望ましいものの、公益事業について「当該法人の健全な運営に必要な額」の利益(収入余剰額)を 保有することが認められる(基準2事業⑸)。これに対して、6号基準は、公益目的事業において収入余剰が生じる場合、当該収入余剰額を、特定の目的のない、内部留保になりうるような曖昧な形の「健全な運営に必要な額」とせずに、将来の公益目的事業に対して確実に使用(再投下)させるようにしている。すなわち、6号基準には、公益目的事業からは当該公益目的事業に拘束されない自由選択性の資金を収入余剰額という形で創出させないという考え方が明確に存在している。設立・指導監督基準等における 「健全な運営に必要な額」の内部留保に関することは、公益認定基準では、次に述べる9号基準で取り扱われていると考えられる。 6号基準は8号基準と同様に、1号基準の補完基準たる位置を占めているものの、公益性を判断するための基準とはいえない。なぜなら、公益目的事業からの収入余剰額を自由選択性の資金として保有したとしても、不特定多数条項を満たしていないとはいえないからである。このことから、6号基準が公益認定基準とされることについては、8号基準と同様に別の目的ないし理由があるのではないかという疑問が生じる。 2 9号基準における承継性と独自性 9号基準は、遊休財産額が一定額を超えてはならないとするものであり、これは遊休財産保有制限といわれ、財務三基準の1つである。ここに遊休財産額とは、公益目的事業等の用に供していない財産額であり、それは純資産額から基金および控除対象資産(公益目的保有財産や資産取得資金等の具体的な使途が定められている財産) を控除して計算される。このようにして計算された遊休財産額は、公益目的事業を翌事業年度も引き続き行うために必要な額、すなわち1年分の公益目的事業費相当額を上限として保有することが認められる。遊休財産額に対してこのような制限を課すのは、公益認定の対象となる法人は公益目的事業を実施することが期待されているので、公益目的事業とは関係のない財産の過大な蓄積は財産の死蔵につながり、資金拠出者である寄付者等の意思にも反するからである(新公益法人制度研究会[2006]206頁)。したがって、遊休財産額はあくまで公益目的事業のために速やかに使用されることを前提にして認められていると考えられる。 設立・指導監督基準等では、「物価水準や金利等の社会経済情勢の変化や、会員数の増減等の法人に関する状況の変化等を考慮すると、公益事業を適切、継続的に行うためには、ある程度のいわゆる『内部留保』を有することは必要である」としている(基準2事業⑸、基準5財務 及び会計⑺指針⑴)。当該内部留保の額は、貸借対照表上の純資産額から一定項目の金額を控除して計算するので(基準5財務及び会計⑺指針⑶)、この計算方法は9号基準に承継されていること になる。 設立・指導監督基準等では、内部留保の水準は「過去の収入の変動等を考慮しつつ、社会経済情勢の変化等が生じた場合であっても、当該法人が実施している公益事業を、当面支障なく実施できる程度にとどめる」(基準5財務及び会 計⑺指針⑵)べきであるとしているので、遊休財産保有額は公益目的事業を翌事業年度も引き続き行うために必要な額(1年分の公益目的事業費相当額)を超えてはならないとする9号基準 は、設立・指導監督基準等の考え方を承継し、より明確にしている。また設立・指導監督基準等では、「その(内部留保の…引用者)水準は… 原則として、一事業年度における事業費、管理費及び当該法人が実施する事業に不可欠な固定 資産取得費…の合計額の30%程度以下であることが望ましい」(基準5財務及び会計⑺指針⑵)としているのに対して、9号基準は遊休財産保有額と公益目的事業との関係づけを明確にし、管理費に係る遊休財産は認めないので、この点で、 設立・指導監督基準等の考え方の修正を行って いる。 財務三基準の1つである9号基準も1号基準の補完基準たる位置を占めているものの、公益性を判断するための基準とはいえない。なぜなら、遊休財産保有制限を超えて財産を内部留保したとしても、それによって不特定多数条項を満たしていないとはいえないからである。このことから、9号基準が公益認定基準とされることについては、6号および8号基準と同様に別の目的ないし理由があるのではないかという疑問が生じる。 Ⅶ  結び―財務三基準は何を判断する基準か― 公益認定基準に対する多くの批判は6号基準 (収支相償)に向けられる。例えば、収支相償は官庁予算主義の考え方によって単年度をベース にしているとする批判がある(入山[2009]10 頁)。単年度ベースで収支相償を判定することについては、複数年度の収支状況を対象に収支相償への適合性を判定することを求める要望もある(内閣府公益認定等委員会[2014]4頁)。このような要望等は主に小規模法人に関係しているが、例えば次のようなものがある。すなわち、「単年度では偶発的事象により収支相償を満たせない場合」がある、「複数年度の実績で判定することが合理的である」、また「収支を相償させるために無駄な支出を行うなどモラルハザードが生じる」等がある(内閣府公益認定等委員会・公益法人の会計に関する委員会[2014]4⑴)。 これらの批判や要望の基礎には、「事業遂行上収支の相償を要求されたのでは、どんな事業も継続できない」(堀田[2011] 34頁)から、公益目的事業からの収入余剰は、将来の公益目的事業のために特に使途を定めない資金として保有が許容されてもよいのではないかという考え方があると考えられる。なぜなら、例えば次の ような要望があるからである。すなわち、「特に内容を限定せず公益目的事業費に充てる財産 としての財政安定化資金を設けることができれば、災害等の不測の事態の際の公益事業のニー ズにも対応でき、また剰余金の発生を抑制するための無駄な消費を防止する効果もある」(内閣府公益認定等委員会・公益法人の会計に関する委 員会[2014]4⑴)。 不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与する公益目的事業を継続的に実施し、さらに当該事業を拡大して実施できるようにするためには、 当該事業によって収入余剰が発生する場合、それを将来の公益目的事業に向けて積極的に活用することが求められる。その活用としては、将来の公益目的事業の特定の計画のもとに使途目的を制約して資金を効果的に使用することが考えられるし、また災害等の不測の事態における公益事業のニーズ等に対応するために使途を限定しない任意の資金留保(例えば「財政安定化資 金」)を図っておくことも考えられる。これからすれば、公益目的事業による収入余剰の一部 を資金使途を限定しない自由選択性の資金の形で留保することは、それが過大にならない限り、 公益目的事業の継続的かつ拡大的な実施にとってむしろ必要なことであり、事業の公益性の判断に影響を及ぼすものではないと考えられる。 6号基準は、将来への公益目的事業の継続や拡大のために、公益目的事業からの収入余剰の発生を認めている。しかし、そこでの収入余剰額は、将来の特定の事業費等に特別に支出するための積立額(特定費用準備資金)や公益目的保有財産の取得・改良に充てるための保有資金額 (公益資産取得資金)等の形態で保有し、資金の使途を限定し計画的に将来の公益目的事業に投下することが求められる。すなわち、将来の公益目的事業に投下されるとしても、資金使途を限定しない自由選択性の資金の留保は認めていない。公益目的事業による収入余剰額を、使途を限定しない自由選択性の資金の形態で保有することを認めない6号基準には、公益性の判断とは別の目的や論理が潜在しているのでないか。 それを考える手がかりは、公益認定基準と税制上の優遇措置との連動性にある。既述のように、収益事業が法人税法施行令に掲げる34種に該当する事業であっても、当該収益事業が公益目的事業に該当すると第三者機関によって判断されれば、当該収益事業は非課税扱いとなる。 また公益法人にはみなし寄附金制度が適用され、さらに公益法人に対しては特定公益増進法人としての寄附金優遇措置が適用される。これらの 税制上の優遇措置が適用されるのは、収支相償基準によって、公益目的事業について「収支差額が恒常的には生じ得ない収支構造が制度上確保されている」からである(原[2011] 44頁)。 公益目的事業は本来、公益目的財産を最大限に活用し、無償または低廉な対価を設定することによって受益者の範囲を可能な限り拡大し、不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与することが求められる。したがって、そこでは公益目的事業によって恒常的に収入余剰が生じることはなく、たとえ収入余剰が発生したとしても、それは将来の公益目的事業の継続または拡大のために確実かつ計画的に消費されることが予定されている。換言すれば、公益目的事業とは恒常的に収入余剰を発生させることのない事業であるとする論理が収支相償によって担保されるので、その結果として税優遇措置が適用されることになる。このような論理が収支相償を求め る6号基準に潜在していると考えられるので、 6号基準は税優遇を判断するための基準としての性格を持っていると結論づけることができる。 公益認定基準と税優遇措置との連動性に着目すれば、公益目的事業よりも収益事業等の割合が大きい法人は外形的に剰余獲得等を目的とする営利法人等に接近することになるから、そのような法人にはそもそも税優遇措置を適用する余地はない。したがって、公益目的事業に要する費用の比率が50%以上であることを求める8号基準は、公益目的事業が法人の過半を占める主要事業であることを外形的に担保することになるので、それは6号基準と相俟って税優遇判断基準としての性格を持つことになる。 収支相償を公益目的事業に対して厳格に求めると、法人の財務基盤に余裕がなくなり、不測の事態に十分な対応ができず、公益目的事業の継続に支障をきたすおそれがあるため、遊休財産の保有が認められる。しかし、9号基準は遊休財産の保有に一定の制限をかける。これについて、例えば「単年度において諸事情により公益目的事業費が低くなってしまうこと」や、会費納入時期が年度末近くである場合、「期末時点において一時的に資金が多くなること」などの理由から、遊休財産の保有制限を緩和できな いかという要望がある(内閣府公益認定等委員会・公益法人の会計に関する委員会[2014]4⑴)。 公益目的事業を主要事業とする法人では、公益目的事業とは関係のない財産を蓄積し増大することが目的とされるわけではなく、不測の事態等に対処し公益目的事業を継続させるために、それに充てることができる財産を保有することが必要とされているにすぎない。公益認定基準と税優遇措置との連動性に着目すれば、公益目的事業とは関係のない過大な遊休財産の保有は剰余を獲得し剰余財産の増大を図る営利法人等 に接近することになるので、そのような法人に対して税優遇措置を講じる必要はない。9号基準が遊休財産の保有を1年分の公益目的事業費相当額に限定するのは、遊休財産は公益目的事業のために速やかに使用されることを前提に、過大な遊休財産を保有させないようにしているからである。したがって9号基準は、公益目的事業とは関係のない遊休財産を過大に保有して いないことを担保することになるので、6号基準および8号基準とともに、税優遇判断基準としての性格を持つことになる。 6号基準、8号基準および9号基準は、公益認定基準の中でも特に財務三基準と呼ばれる。 財務三基準は、公益性判断基準である1号基準を補完する基準であるものの、公益性判断基準そのものではなく、それは税制上の優遇措置が受けられるかどうかを判断する税優遇判断基準であると結論づけられる。 [注] 1) 個人からの寄附金に対する税額控除制度にいては、例えば初谷[2014]を参照。 2) 3)公益認定基準の分類が一様でないことは、例えば次の文献を比較対照するとわかる。新公益法人制度研究会[2006]199-200頁、齋藤[2009]43頁、江田[2012]14-15頁。2分類のうち公益目的事業の実施の確保による分類は、細分類することが可能である。しかし、本論文ではそのような細分類は行ってい ない。 4) 設立・指導監督基準等の形成過程の記述は、 岡村[2000]1-3頁によっている。 5) 設立・指導監督基準等を承継することは、 「有識者会議報告書」[2004]14頁でも述べられている。 [参考文献] 公益法人制度改革に関する有識者会議[2004] 『報告書』行政改革推進事務局。 新公益法人制度研究会[2006]『一問一答 公益法人関連三法』商事法務。 森泉 章[1977]『公益法人の研究』勁草書房。 入山 映[2009]「公益法人制度改革、私はこう評価する―問題点とさらなる改革への処方箋―」『NPOジャーナル』第24巻、6-13頁。 江田 寛[2012]「公益認定制度における 『財務三基準』の意義」『公益・一般法人』 第826号、13-19頁。 大内俊身[2010]「非営利法人制度の現状と課題」(レジュメ)非営利法人研究学会第14回全国大会(2010年9月25日)(キ ー ノートスピーチ)。 岡村勝義[2000]「公益法人の情報公開制度 ―非営利組織の会計研究の手掛かりとして ―」『経済貿易研究』第26号、1-17頁。  閣議決定[2004]「今後の行政改革の方針」、 別紙3「公益法人制度改革の基本的枠組み」(平成16年12月24日)。 神奈川県公益認定等審議会[2012]「公益性と共益性の限界事例についての考え方―公益目的事業としての研修等の考え方―」 (平成24年5月11日)。 内閣府公益認定等委員会[2013]「公益認定等に関する運用について(公益認定等ガイドライン)」(平成25年1月23日改正)。 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  • 《研究ノート》収益事業課税に関する裁判例を踏まえた法人税法上の収益事業と課税要件の問題整理 / 永島公孝 (税理士)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 税理士  永島公孝 キーワード: 収益事業課税 課税の公平 名古屋ペット葬祭訴訟 要 旨: 公益法人等(公益財団法人、公益社団法人、一般財団法人、学校法人、宗教法人、社会福 祉法人、特定非営利活動法人、特例民法法人等)に対する収益事業課税は、法人税法2条13号及び法人税法2条7号で定められ「原則非課税」となっている。課税される収益事業については、法人税法施行令5条において具体的に34業種が挙げられている。しかし、現状では政令への委任及び通達において拡大解釈ともとれる運用がなされ、実態は「原則課税」に 近い状況となってしまっていることが懸念される。本論は近年で公益法人等の収益事業課税 に関する最も重要な判決である「名古屋ペット葬祭訴訟判決」などを検証し、行政による 「拡大解釈」の実態を明らかにし、現在の収益事業課税の判定について問題提起を行い、論 点を浮かび上がらせることにより今後必要とされる課税要件への提言を試みた。 構 成: I  曖昧な収益事業の基準 II 公益法人等の裁判例の分析 III 今後、拡大解釈が危惧される課税要件 Abstract Profit business taxation to Nonprofit Organizations for the Benefit of the Public is set by article 2(xiii)and 2(vii)of corporation tax law. They are set as “principle tax exemption”. 34 business categories are mentioned specifically in article 5 of Order for Enforcement of the Corporation Tax Act about Profit-making business. But itʼs practical use near a broad interpretation in commission to a government ordinance and a notification by the current state. There is fear that the reality has been the situation near “principle taxation” This paper inspects the “Nagoya pet suit judgment of funerals” which is the most important judgment about the profit business taxation for Nonprofit Organizations for the Benefit of the Public mainly and makes the reality of the “broad interpretation” by administration clear. And This study raises an issue of judgment of the present profit business taxation and tries proposal to tax requisition which will be needed from now on. Ⅰ 曖昧な収益事業の基準 1 法による「収益事業」の規定 公益法人等1)が行う事業が収益事業か否かと いう課税庁の判定は、法人の財政への影響が大きく、組織の存続を左右する。また、現実の法人が行う事業は多種多様であり、そのうえ、時代によって「公」の概念が大きく変わっているため、課税庁の収益事業の判定にはかなりの慎重さが求められる。 しかし、現状の法規定では収益事業とは何を指すのかについては、曖昧なものとなっていると言わざるを得ない。 そこで、まず初めに収益事業課税に関する法人税法等の規定を確認しておく。 法人税法2条13号においては、収益事業について、「販売業、製造業その他の政令で定める事業で、継続して事業場を設けて行われるものをいう。」とされている。また、同7条では 「内国法人である公益法人等又は人格のない社団等の各事業年度の所得のうち収益事業から生じた所得以外の所得については、第5条(内国 法人の課税の所得の範囲)の規定にかかわらず、 各事業年度の所得に対する法人税を課さない。」 とされている。 法人税法施行令(以下、「法令」という。)5条 では、34業種を課税対象として挙げているが、 具体的な内容については、34番目の「労働者派遣業」が明確なものとして示されているのみで、 それ以外の業種は、さらに法人税基本通達15-1-1から同15- 1 -72及び同15-2 -1から 同15-2-14によって解釈することとされている。実際には、法人税基本通達を参照し、課税庁の担当官が「収益事業」に該当するか否かを判断している。 冒頭でも述べたが、公益法人等の事業は様々である。そのため、現場では、課税する側がそれを収益事業か否か判断する場合に法解釈の幅が生じてしまい、担当官の間で混乱が生じている面も指摘されている。そこで本稿では、現在、この課税要件についてどのような解釈がなされているのかについて、近年の収益事業課税に関する裁判例を基に整理していきたい。 2 「収益事業」について争われた裁判事例 公益法人等の収益事業課税に関する裁判例は僅少である。この背景には、所管官庁の指導により税務調査の結果報告を行う傾向があること、 新聞報道によるバッシングを避ける傾向があることが考えられる。加えて、税務訴訟は異議申立・審査請求という行政手続を経て裁判に臨むために、日数がかかることなど、かなりの負担を強いられる。その結果、課税庁と当該法人の間で妥協点をさぐり修正申告を行い、訴訟を行わないことがほとんどなのである。 しかし、このように裁判事例が少ないからこそ、公益法人等の課税判断にひとつ一つの訴訟が大きな影響を与えているともいえるだろう。 本稿では、公益法人等の租税判例研究において最も大きな意味を持つとされている、宗教法人醫王山慈妙院が原告となった訴訟2)(以下、「名古屋ペット葬祭訴訟」という。)を中心に分析していく。 Ⅱ 公益法人等の裁判例の分析 1 名古屋ペット葬祭訴訟のもつ意味 名古屋ペット葬祭訴訟が、公益法人等の租税判例研究において大きな意味を持っているのは、この訴訟の「判決」がほぼ唯一先例として尊重され、やがて確立した解釈として一般に承認される「判例」とされる可能性があるからだ。 名古屋ペット葬祭訴訟の前にも公益法人等の 収益事業を巡る訴訟はあったが、それはみな「判例」には至っていない。 この名古屋ペット葬祭訴訟の特異性をみるため、一例として、千葉県流山市における特定非営利活動法人さわやか福祉の会流山ユー・アイ ネットが原告となり起こした訴訟3)(以下、「流山訴訟」という。)を先に挙げてみたい。千葉地裁の判決文における事実の概要は以下のものである。 原告は、千葉県流山市に事務所を持つ 「さわやか福祉の会流山ユー・アイネット」(特定非営利活動法人代表米山孝平氏)です。原告の前身は、平成7年6月に権利能力なき社団として設立されました。その後、平成11年4月に千葉県知事から 特定非営利活動促進法10条所定の認証を受け、同法2条2項所定の特定非営利活 動法人(NPO法人)となりました。この法人は法人税法7条所定の内国公益法人に当たります。また、原告は、それ以前から行っている「ふれあい事業」の他、平成12年2月より流山市から受託事業を、さらに同年4月からは介護保険事業を行っています。    裁判の対象となった法人税の確定申告では、松戸税務署の指導により、当初、「介護保険事業」、「流山市委託事業」、「ふれあい事業」を収益事業に該当しているとして法人税の申告で対象合算しました。平成13年5月29日、所得金額を1,184万6,001円とし、納付すべき税額を291万1,800円とする確定申告をし、納税をしました。なお原告、被告は、介護保険事業、受託事業が法人税法2条13号所 定の収益事業に該当していることについ ては、争っていません。    しかし、その後、平成13年7月3日、 原告は、「ふれあい事業」は、法人税の対象となる法人税法2条13号所定の収益事業には該当しないとして、松戸税務署長に対して、所得金額709万1,791円、納付すべき税額を155万8,000円とする、納税した税額を取り戻すための減額更正の請求を行いました。    これに対し、松戸税務署長は、平成13年12月11日、「ふれあい事業」は、収益事業の請負業に当たるとして、所得金1,018万6,046円、納付すべき税額を241万3,800円とする更正処分を行いました。    原告はこれを不服として平成13年12月28日、被告に対して、本件更正処分に対し、異議申立てをしましたが、平成14年4月5日付で、原告の異議申立てを棄却する旨の決定がでたため、同月30日、国税不服審判所長に対して、審査請求をし、その裁決が出る前の平成14年8月8日、千葉地方裁判所に本件訴訟を提起しました。すなわち、「ふれあい事業」は、法人税法7条、2条13号所定の収益事業に 該当しないにもかかわらず、それに該当するとして同事業から生じた所得に対して法人税を課税した被告の処分は違法で あるとして、争うこととしたのです4) この流山訴訟では、被告である課税庁は、課税の根拠を営利企業等との事業競合と、請負 業・周旋業の解釈等を争点に挙げている。それに対し、特定非営利活動法人である原告は、有償ボランティア活動が収益事業ではないとする2つの意義、つまり、①公的介護保険制度が提供できない家事支援であること、また②活動する人々の動機は、経済的利益ではなく、困っている高齢者の役に立ちたい、あるいは寂しい高齢者とふれあうことによって幸せになって欲しいというものであることを主張している。千葉地裁の判決では、争点の中心である「ふれあい事業」が請負業に該当するかについて以下のように判断した。 当該事業は、原告が、会員に対し、ふれあい切符という利用券を販売することにより、一定のサービスを受ける権利を与え、利用会員は、その行使を原告に依頼し、協力会員は原告の管理の下で指示事項に従って役務提供を行い、これに対し、時間に応じた現金と等価の利用券 (1時間当たり800円相当)が支払われ、1時間当たり600円の協力会員への支払い という精算がなされる結果、1時間当たり200円相当のふれあい切符が原告に利益として残るものである事になる。そうすると、当該事業は、一定の役務を提供 して対価の支払いを受けるものであって、 法人税法施行令5条1項10号にいう請負業(事務処理の委託を受ける業を含む。)に該当する5)。 上記のように、この判決は、法令5条1項10号の請負業についての判断の解釈であり、役務提供と対価の支払いの受入れを判断基準としているため、この裁判は、争点についてだけ具体的解決を判断するのみの性質しか持っていない。 つまり、裁判所の判決は「収益事業とはなにか」という総括的なものにはなっていない。 このようなことから、名古屋のペット葬祭訴訟の注目すべき点は、収益事業そのものの解釈を示したことにある。 2 名古屋ペット葬祭訴訟 名古屋ペット葬祭訴訟は、宗教法人が行っている死亡した動物の引取り、読経、埋葬等の一連の行為について、収益事業の該当性が争点と なった。前述した流山訴訟の判決では、課税する業種に限られた当て嵌めでしかなかったが、 名古屋ペット葬祭訴訟では、一連の行為についていくつもの業種を当て嵌めていくにあたり、 総括的な収益事業の判断根拠が必要となった。 名古屋地裁の判決における「事実の概要」は、 以下のものとなっている。 宗教法人である原告は、昭和58年ころ からペット葬祭業を行っており、宗教法 人醫王山慈妙院動物霊園の名称で、境内にペット用の火葬場、墓地、納骨堂等を 設置し、引取りのための自動車を数台保有して、死亡したペットの引取り、葬儀、 火葬、埋蔵、納骨、法要等を行っているほか、本件ペット葬祭業のあらましを写真入りで説明したパンフレットを発行し、ホームページを開設するなどして、その周知に努めています。宗教法人醫王山慈 妙院によるペットの葬儀及び火葬は、ペット専用の葬式場において、人間用祭壇を用いて僧侶が読経した後、死体を火葬に付するというものであるところ、前記パンフレット及びホームページには、その料金について、動物の重さ等と火葬方法との組合せにより8,000円から5万円の範囲で金額を定めた表が「料金表」 等の表題のもとに掲載されています。この表は、原告の代表役員が、同様の事業を行う有限会社の料金表を参考にして作成しています。また、前記ホームページには、「上記は一式全てを含む費用です (引取り、お迎え費用等は別)」との記載があります。なお、宗教法人醫王山慈妙院 によるペットの葬祭を希望する者が原告の自動車でペットの死体を引き取ってもらうときには、3,000円の支払いを求められています6)。 この裁判で課税庁は、収益事業判断基準として 2 つのものを挙げている。ひとつめが当該事業と一般事業者が行っている事業との類似性の 有無・程度、2つめが、当該事業で提供されるサービス・物品等の性質・態様等の諸般の事情を国民の社会的文化的意識を基礎とする社会通念に照らし、課税の公平性という制度趣旨を勘 案するということだ。判決では以下のように名古屋地方裁判所が被告側の主張を認める形となった。 法人税法上の特掲事業該当性は、当事者が当該行為に宗教的意義を見いだし、 あるいはその外形を取ることによって直ちに否定されるべきものではなく、これを取り巻く具体的諸事情をも総合的に考慮し、一般事業者の類似事業と比較しつつ、社会通念に従って、財貨移転が任意になされる性質のものか否かを判断して 決せられるべきものである。しかるところ、原告のペット葬祭業は、(中略)「料金表」ないし「供養料」の表題の下に、3 種類の葬儀内容と動物の重さの組み合わせに応じた確定金額から成る表を定め、ホームページにも同様の表を明示的に掲載していること、ペット葬祭依頼者のほとんどが、あらかじめホームページなどを通じ、あるいは依頼時に同表を示されるなどして同表の存在を認識し、実際にも同表に記載された金員を支払っていたこと、ペット葬祭を実施する民間業者が 多数存在しており、その料金システムは 原告のものと極めて類似していることな どに照らせば、原告のペット葬祭業においては、依頼者は、原告がその支払う金員に対応する葬祭行為をするものと期待し、原告も、その提供する葬祭行為に対応する金員が支払われるものと期待しているというべきであるから、依頼者の支払う金員が任意のものであるとは到底解されず、両者の間に対価関係を肯認するのが相当である7)。 そして、控訴審である名古屋高等裁判所の判決もまた控訴人の請求を認めず、原判決の判断は正当であると判断した。さらに、その後の上告審である最高裁の判決でも控訴人の請求を棄却しているが、その宗教法人の代理人の上告受理申立理由について、以下のように判断している。 本件ペット葬祭業は、外形的に見ると、請負業、倉庫業及び物品販売業並びにその性質上これらの事業に付随して行われる行為の形態を有するものと認められる。法人税法が、公益法人等の所得のうち収益事業から生じた所得について、同種の事業を行うその他の内国法人との競争条件の平等を図り、課税の公平を確保するなどの観点からこれを課税の対象としていることにかんがみれば、宗教法人の行う上記のような形態を有する事業が法人 税法施行令5条1項10号の請負業等に該当するか否かについては、事業に伴う財貨の移転が役務等の対価の支払いとして行われる性質のものか、それとも役務等の対価でなく喜捨等の性格を有するものか、また、当該事業が宗教法人以外の法人の一般的に行う事業と競合するものか否か等の観点を踏まえた上で、当該事業の目的、内容、態様等の諸事情を社会通念に照らして総合的に検討して判断するのが相当である8) 。 ※下線については後述する ここで、最高裁は4つの収益事業該当性の判断基準を挙げていることが分かる。 まずひとつ目は、外形的にみて、請負業等の事業に付随行為となるかということ。つぎに、 収益事業から生じた所得について、競争条件の平等・課税の公平の確保をする観点から判断するということ。3つ目は、当該事業が宗教法人以外の一般的に行う事業等と競合するものか否かの観点から判断するということ。さいごに、実社会において、収益事業として位置付けられるか否かを当該事業の目的、内容、態様等の諸 事情を社会通念に照らして総合的に判断することとしている。このように、初めて最高裁の判決によって、総括的な収益事業の判定に関する法解釈が示されたのである。 3 名古屋ペット葬祭訴訟判決の影響 この最高裁の判決は、その後の公益法人等の収益事業課税に関する判決で引用されている。それは、北海道の石狩市において、法人税の収益事業の物品販売業、不動産貸付業にあたるかを争う訴訟である。この訴訟の「事実の概要」 は、以下のとおりである。 原告は、昭和55年4月23日に設立された宗教法人であり、北海道石狩市内に主たる事務所を置き、霊園を経営しています。本件霊園の使用を申し込む者(以下は、「使用者」という。)は、「申込書」と題する書面(以下「本件申込書」という。)の裏面に記載された使用規定に定められた内容に同意した上で、本件申込書により本件霊園の使用等を原告に対して申込み、永代使用料等を納付して、本件霊園 の「墳墓所」の永代使用及び霊園施設の随時利用の権利を取得するとなっています。使用者は、使用規定に基づいて「墳墓所」の永代使用及び霊園施設の随時使用の権利を取得するために負担する金銭並びに霊園の維持管理に要する管理料を支払います9)。 ここでは、墓地の墓石・カロート(遺骨を納めるために墓石の下に設置されるコンクリ-ト製の設置物)の代金が永代使用料に含まれていたことが争点となった。東京地方裁判所平成24年1月24日判決は以下のものとして、原告である宗教法人は敗訴している。 公益法人等が行う収益事業が、当該公益法人等の本来の目的の一部をなし、あるいは本来の目的と密接に関連するものであっても、そのことから直ちに当該事業から生じた収益が非課税となるものではなく、当該事業に伴う財貨の移転が役務等の対価の支払として行われる性質のものか、それとも喜捨等の性格を有するものか、また、当該事業が宗教法人以外の法人の一般的に行う事業と競合するものか否か等の観点を踏まえた上で、当該事業の目的、内容、態様等の諸事情を社会通念に照らして総合的に判断するのが 相当である10)。 ここで注目すべきことは、上記に付した下線の箇所は、その前に引用した名古屋ペット葬祭訴訟の最高裁判決の下線部を引用したものとなっていることである。しかし、このことをして、名古屋ペット葬祭訴訟の最高裁判決が「公益法人等をめぐる収益事業該当性」の「判例」 となると考えても良いだろうか。 これについて筆者は、公益法人等ではなく、そのなかの宗教法人が行う事業についての収益事業該当性に限定するべきと考える。なぜなら、名古屋の宗教法人ペット葬祭訴訟の最高裁判決、北海道の宗教法人の東京地裁判決の2つの判決をみていくと、両判決ともに檀家以外の者が支払った会館利用料を巡っては席貸業の認定をし、そして、その後の宗教法人の国税不服審判所平成25年1月22日裁決11)でもふたつの判決と同様 に「対価」と「喜捨」の基準を採用している。これらの理由により、「対価」と「喜捨」の基準は、宗教法人の収益事業該当性のみの判断基準とすべきである。 名古屋ペット葬祭訴訟における最高裁判決が 示した「対価」と「喜捨」の基準は、宗教法人以外の公益法人等の事例の「公益法人等の収益 事業該当性の基準」とまではならないと結論付けることができる。 Ⅲ 今後、拡大解釈が危惧される課税要件 ここまで収益事業の判決内容をいくつか見てきたが、現状では、それぞれの紛争解決を目的としており、一義的にはとらえにくいため、公益法人等全体として一般化することは難しい。しかし最後に、ここまで裁判事例を検証したなかで、今後、収益事業の判断に関して危惧される2つの点を指摘して本稿を締めくくりたい。 まずひとつ目の指摘は、流山訴訟の千葉地裁の判決における、法人税法7条の公益法人等の所得のうち収益事業から生じた所得を課税対象 としている趣旨についてである。これは以下のようになっている。 公益法人等が、営利法人等と同様に営利事業を営んでこれと競合する場合に、 この所得について非課税とすると課税の公平が失われることから、これを是正することにある12)。 公益法人等は、本質的に公益を目的としてい るはずであり、一般的な営利法人と同様の課税を行うことが適当ではないため、この判決では、法人税法 7 条の収益事業課税の意義について、非課税とすると、競合している営利法人等との課税の公平が失われるため、競合の状況を是正することにあるとしている。 しかし、ここで判然としないのは、この競合の状況は誰がどう解釈しているのか、ということである。そのように考えると、民間業者が少ない場合は競合をどのように判断するのかと いったように具体的な要件を規定しないことに は、「収益事業」の概念は曖昧となり、競合・ 課税の公平を斟酌することにより収益事業が課税庁によって、意図的に拡大解釈されることにつながることが危惧される。 次の指摘は、収益事業の範囲を定める法人税法施行令5条1項の解釈についてである。同千葉地裁判決においては、以下のようにある。 法人税法2条13号は、同法にいう「収益事業」を、「販売業、製造業その他の政令で定める事業で、継続して事業場を設けて営まれるものをいう。」と定めて、 販売業、製造業以外については、具体的な収益事業の範囲の定めを政令に委任しているが、前記のとおり公益法人等の収益事業の範囲の定めを政令に委任した趣旨は、公益法人等の事業実態や営利法人等との事業の競合関係が、社会状況や経済情勢の変化に伴って変化することに鑑みて、その変化に対応して機動的かつ適切に収益事業の範囲を定め、課税上の公平の維持を図ることにあると解されるから、同号の委任を受けて、収益事業の範囲を定める法人税法施行令5条1項の解釈をするにあたっては、このような法人税法7条及び2条13号の趣旨をも斟酌して、その文言を合理的に解釈すべきである13)。 つまり、法人税法7条及び同2条13号の趣旨をも考慮して、その文言を合理的に解釈することとされている。この一方で、名古屋ペット葬祭訴訟の最高裁の判決では、以下のようになっている。 法人税法施行令5条1項10号の請負業等に該当するか否かについては、事業に伴う財貨の移転が役務等の対価の旨派生として行われる性質のものか、それとも役務等の対価でなく、喜捨等の性格を有するものか、また、当該事業が収益法人以外の法人の一般的に行う事業と競合するものか否か等の観点を踏まえた上で、当該事業の目的、内容、態様等の諸事情を社会通念に照らして総合的に検討して 判断するのが相当である14)。 ここでは、①事業に伴う財貨の移転が役務等の対価として支払われるもの(対価性、喜捨性)、 ②その事業が宗教法人以外の法人の一般的に行う事業と競合するもの、が要件とされている。 ①については、同判決で「本件ペット葬祭業においては、原告の提供する役務等に対して料金 表等により一定の金額が定められ、依頼者がその金額を支払っているものとみられる。したがって、これらに伴う金員の移転は、原告の提供する役務等の対価の支払として行われる性質のものとみるのが相当であ」るとして、最高裁は、料金表等により一定の金額設定がされてい ることで対価性があると認定している。請負業の範囲に事務処理委託が含まれていることで課税範囲が広がっているが、そのうえに対価の要件を持ち出している。このことは、他の寶松院 に関する訴訟15)、帝京大学に関する訴訟16)でも 「対価」という言葉が使われている。しかし、「対価」の意味の統一的な解釈はなく、もとも と「対価」の用語は課税要件には含まれてはい ない。 以上の2点については、現状、「収益事業」 の判断について、法的な根拠としては曖昧なままで見方によっては拡大解釈しているようにみえる。このような現状では、課税庁が恣意的に収益事業を判断することも許容することになり、結果的に自由な公益活動を阻害してしまっているといえる。今後、公益法人等の裁判事例や議論が積み重ねられ、法人の活動に即した法的整備が進むことが求められている。 [注] 1)ここで対象となっているのは、公益法人等と人格のない社団等(法人税法第7条)である。この公益法人等は、法人税法第 2 条第6号にある「別表第二に掲げる法人」をいい、それは、一般財団法人(非営利型法人に該当する もの)(以下、「非営利型法人」という)、一 般社団法人(非営利型法人 に該当するもの)、 公益財団法人、公益社団法人、学校法人、宗 教法人、社会福祉法人、特定非営利活動法人、 特例民法法人 等がある。 2)名古屋地裁平成17年3月24日判決(TAINS Z888-0975)、名古屋高裁平成18年3月7日判決(同控訴審)、最高裁平成20年8月12日 判決(上告審)。 3)千葉地裁平成16年4月2日判決、東京高裁平 成16年11月17日判決(『税務通信』2896号)。 4)千葉地裁平成16年4月2日判決(『訟務月報』 (法務省大臣官房訟務部)51巻5号、2000頁)。 5)同上。 6)名古屋地裁平成17年3月24日判決。 7)同上。 8)最高裁平成20年8月12日判決。 9)東京地裁平成24年1月24日判決。 10)同上。 11)国税不服審判所平成25年1月22日裁決 (TAINS J90- 5-14)。 12)千葉地裁平成16年4月2日判決。 13)同上。 14)最高裁平成20年8月12日判決。 15)東京地裁平成15年5月15日判決、東京高裁平成16年3月30日判決。製薬会社から学校法 人への寄附金、治験等に係る役務提供の対価をめぐる事件。原告は、医学部、附属病院、 薬学部等を擁する学校法人である。学校法人は、製薬会社からの委託に基づいて、治験、 委託研究を行っていた。製薬会社から受領した金員を、製薬会社等との寄附の合意に基づ き、寄附金として認識していた。これに対し、課税庁は、寄附金のなかに治験等に係る役務 提供の対価として支払われた金員が存在しているとして課税処分を行った。 16)東京地裁平成7年1月27日判決、東京高裁 平成7年10月19日判決。宗教法人寶松院にお ける譲渡承諾料が収益事業に係る収入か非収益事業に係る収入なのかが争点となった。 [参考文献] 雨宮孝子「公益法人課税をめぐる改革論の行方と展望」『税理』、日本税理士会連合会、 2003 石村耕冶『宗教法人の税務調査対応ハンドブック 宗教法人税制と法制の解説を含め て』、清文社、2012 上松公雄「宗教法人が営む事業が収益事業に 該当するとされた旨を例」『税務事例』 vol.38、財経詳報社、2006 金子 宏『租税法[第12版]』弘文堂、2007 齋藤真哉「非営利法人課税の総合的検討 非営利法人課税研究特別委員会最終報告 第3 章 原則課税制度と原則非課税制度の検討」『税務会計研究』第16号、税務会計研究学会、2005 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  • 《査読論文》“クリープ現象” としての収支相償論 / 出口正之 (国立民族学博物館教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 国立民族学博物館教授  出口正之 キーワード: 収支相償 公益法人 クリープ現象 短期の特定費用準備資金 政策人類学 要 旨: 本稿は公益法人制度の中でも評判の悪い規制である「収支相償」を例にとりあげることに よって、「意図せざる政策上の小さな変動」が起こり得ることを「クリープ現象」という新概念によって明らかにしている。「制度設計」期間と「公益認定等委員会公益法人の会計に関する研究会」の活動の期間における、議事録、報告書などの公表資料を検討することによってその間の変化を探った。その結果、「収支相償」については、両期間の間に、公益目的事業の収入をすべて適正な費用として賄う「厳格非流用制約」から、黒字忌避論としての「非黒字制約」へと規制が変化する「正の規制的クリープ」現象が観察し得ることを明らかにした。 構 成: I  はじめに II T0期間と Tp 期間の摂動 III 認定法上の「収支相償」という用語の誕生 IV クリープ現象 Ⅴ 「短期の特定費用準備資金」概念の消滅 Ⅵ 結論 Abstract This paper takes an example of “RENEC”(the revenue pertaining to a program for public interest purposes is expected not to exceed the amount compensating the reasonable cost for its operation)as regulation to the Public Interest Corporations, and shows the new approach to the policy studies. This research develops the new concepts “Creep Phenomena” that mean unintentional creeping change of the policy. The research was conducted by methods to compare to intension at period during initial stage of the reform and period during active time of the official accounting research group of the Public Interest Corporation Commission through public documents including minutes and reports. The regulation as “RENEC”, originally, means all the revenue must be compensated as “the reasonable cost”. “RENEC” was shifted from “strict misappropriation constraint” to the regulation of “balance of between revenues and expenses”, according to the report in 2015. Therefore process between 2007 and 2015 shows the “positive regulatory creep”. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 本稿の目的は、「収支相償」に関する意図せざる解釈の変容が生じたことを明らかにし、文化や言葉の力によって政策が揺れ動き得るということを示そうとするものである。それは政策研究の場で非人格的に扱われていた政策執行集団が人間である以上、政策に関してある幅を有しながらその時々に変化していることを客観的に示そうとする試みである。本研究は実際の政策の執行から生まれた成果であり、その手法は 「政策人類学」という新しい方法論による1)。 本稿における収支相償とは、公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(平成18年6月2日法律第49号。以下、認定法という。)5条6号「その行う公益目的事業について、当該公益目的事業に係る収入がその実施に要する適正な費用を償う額を超えないと見込まれるものであること」及び同14条「公益法人は、その公 益目的事業を行うにあたり、当該公益目的事業の実施に要する適正な費用を償う額を超える収入を得てはならない」の略称として使用する。 認定法の公式的な法令解釈である「公益認定 等に関する運用について」(公益認定等ガイドライン平成20年4月)は、公表直後に、一部修正が検討され、修正案とともに2008年9月5日にパブリックコメントに付された(公益認定等委員会 事務局[2008b])2)。 本稿では、認定法の成立(2006年6月2日)か らガイドラインの制度設計に一貫性が見られる 2008年9月5日の当該パブリックコメント募集時期までを、「制度設計時」(T0期間)と呼ぶ。 このT0期間からの政策の「摂動」3)を追うこと にしたい。従来、ウェーバーなどでは官僚制は非人格的な結び付きによる合理的な組織として理解されてきたが、ここでは政策人類学的な立場から、官僚制は人間の集団である以上、合理的な意図を持ったインプットが非合理的なアウトプットを生むことも当然の前提としておく。 そのうえで、T0期間と一定期間を置いた後 の政策上の摂動を比較したい。具体的には内閣府の考え方が公表資料で明確にされた期間すなわち「公益法人の会計に関する研究会」(以下 「会計研究会」という)が設置されたとき(2013年7月12日)から、『公益法人の会計に関する諸課題の検討状況について』の報告書が出されFAQが改正されるまで(2015年3月31日)の期間をTp期間として、T0とTpの間の言説の相違点を取り上げた4)。 Ⅱ T0期間とTp期間の摂動 例えば、T0期間では、認定法5条6号の趣旨については「公益目的事業は、不特定かつ多 数の者の利益の増進に寄与すべきものです。そこで公益目的事業の遂行にあたっては、動員可能な資源を最大限に活用し、無償又は低廉な対価を設定することなどにより受益者の範囲を可能な限り拡大することが求められます。 そのため公益目的事業を行うにあたり、当該公益目的事業の実施に要する適正な費用を償う額を超える収入を得てはならないものであることを認定基準として設けることとしたものです」(新公益法人研究会[2006]204頁)と説明されていた。この点について公益認定等委員会では、「『収支相償を厳格に適用すると公益目的事業の継続性について非常に危ぶまれる』という意見があった訳ですが、法律上は収入が費用を超えないと明確に書いている訳ですけれども、当然、事業については年度によって収支が変動することを踏まえて、特定の費用に充てるための準備資金や実物資産の取得に充てるための資産取得資金を活用してもらうことによって、中長期的に均衡すればいいという仕組みを用意することで、事業の継続性については、そういう仕組みを活用することによって確保できるので はないかということであります」(公益認定等委員会2007第34回議事録。下線部引用者。)と公益目的事業の黒字を想定した事業の継続性に基づいた制度設計を行っている。 これに対して、Tp期間では、「一般に公益目的事業は、事業年度を単位として実施されるものであることから、費用と収入のバランスを示す、認定法第14条に規定される『適正な費用を 償う額を超える収入を得てはならない』という収支相償の判断も、事業年度単位で行うことが原則となる。しかしながら、法人側からは、『単年度では偶発的事象により収支相償を満たせない場合があり、複数年度判定する必要がある』といった意見もあり、検討を行った」(公益認定等委員会・公益法人の会計に関する研究会[2015]13頁)とある。原則論として「費用と収入のバランス」つまり、単年度で均衡するものという認識が示されている。また、法人側の意見に対応する形で緩和策を検討したという立場を表明している。 収支相償に対する民間側の反応は悲惨ですらある。公益法人の多くの声を代弁してきたと思われる公益法人協会では「決算期を迎えて、黒字が出そうな公益法人は多かれ少なかれ、この問題に頭を悩ましている。公法協への問い合わせも多い。収支相償規制は、どう考えても実に問題が多い。第一に(中略)。第二に、経営努力が仇になる問題、血の滲み出るような努力を重ね赤字を出さないことが、およそ経営にあたるもの責務であるが、首尾よく黒字が出れば咎められるという世間の常識と反対の現象。第三に、単年度で結果が問われること、過去の赤字体質を脱却して、ようやくある年度に黒字が出た場合でも、その黒字が出た年度だけを見て違反とされる」(太田[2014]。下線部引用者) つまり、収支相償の制度があたかも常識はず れの「子供っぽい戯画」(マリノフスキー[1967] 79頁)であるかのように受け止められている。 この時点では明確に「黒字は咎められる」という認識が蔓延したといえる。これを「収支相償」の黒字忌避論、「非黒字制約」と呼んでおこう。 つまり、二期間の間に、「適正な費用」以外には償わせないという含意から「黒字を咎める」という含意に「摂動」が生じたといえる。 III 認定法上の「収支相償」という用語の誕生 本稿はかかる事態がなぜ生じたのかを明らかにしていくが、その前に「収支相償」とはいかなる用語なのかを検討してみよう。2007年4月27日第5回公益認定等委員会時には「実費弁償」の用語が「公益目的事業に係る収入がその実施に要する適正な費用を超えない」という意味で使用されたが、委員から「実費弁償」という税法上の用語を使用することについての疑義が出され、同年10月5日の第19回公益認定等委員会で初めて「収支相償」の用語が登場した。もちろん、ここでは認定法上の意味を表し、一般用語でも会計用語でもない法律用語として使用されている。 ところで「収支相償」という用語は、それほど一般的ではないにしろ、これまでも使用されてきた例がある。これを検討してみたところ、以下の三つの用法が認められる。第一は、赤字体質からの脱却という意味での〈収支相償〉(認定法上の「収支相償」と区別するため、他の用法は〈収支相償〉と表現する)である。〈収支相償う〉という動詞形の場合も多く、明治時代から 用いられている(例えば荒幡克己[1998])など)。 ここでは赤字が否定的な含意であって、「非赤字制約」と言ってよい。第二は、規制産業のミクロ経済学(利潤最大化あるいは売上げ最大化などの制約条件下の最大化を解くモデルを使用する学問として)での制約条件としての〈収支相償〉が 使用されている(例えば浜田浩児[2000]。ここでは「非営利制約」と呼ぶ5)。これは最大化を求めるに あたっての制約条件であり、良し悪しの価値観は入り込まない。第三には、「収支均衡」という意味での 〈収支相償〉。(例えば多木誠一郎[2004])など。)。 収支のマイナスプラスに対しては中立的な評価をしており、ここでは「中立的均衡制約」と呼んでおきたい。  実際のT0期間での意味はどのようなものだったのだろうか。制度設計者は次のように説 明する。「(事務局)『適正な費用を償う額』の 意義です。認定法上の費用概念はいろいろなところで用いられておりますが、公益目的事業比率の計算等においては基本的には損益計算書の経常費用を基礎としていることにならい、ここにおきましても損益計算書の経常費用の部における公益目的事業費を基礎としたいということです。 ただし、公益目的事業比率や遊休財産額の規制等におきまして、その費用については当該公益目的事業に係る特定費用準備資金、これは将来の特定の活動の実施に充てるために特別に法人において管理して積み立てた資金は費用額に繰り入れるという調整項目を設けていますが、その調整項目として繰り入れた額も適正な費用に含めたいと思います。 また、この『適正な』という意味は、無駄なとか、不相当な支出をしていないということでもありますので、謝金、礼金、人件費等で不相当に高い支出が見られる場合には、適正な費用とは認められないものとして扱いたいと考えております。」(第19回公益認定等委員会議事録。下線部引用者。)つまりT0期間における認定法上の「収支相償」は、バランスという意味はなく公益目的事業の「適正な費用に償いさせよ」と いう制約である。それをここでは「厳格非流用制約」6)と呼んでおこう。 文化面を重視する本稿の研究態度からいえば、〈収支相償〉という用語自体が、「収支バランス」を想起させ、それ自身が新たな意味を創出する可能性のある用語だと考えられることに留意しておきたい。 IV クリープ現象 法令が変更されることがなく、かつ法解釈が意図的に変更されることもなく、徐々に摂動していく現象の存在を仮定し、それをここでは「クリープ現象」と名付ける。 コンプライアンス重視から、法令以上の自主規制を企業自身が課すことを Compliance Creep(Johnson[2009])ということがある。例えば、「李下に冠を正さず」=「羹に懲りて鱠を吹く」 ことから、民間側が法令以上に自主規制していくことをコンプライアンス・クリープという(出口[2015a])。 この点は同様に行政側でも起こり得ることで あることにも留意が必要である。そこで、行政側が規制するにあたって、徐々に規制の度合いを変化させることを regulatory creep(規制的クリープ)と名付け、その場合、規制が強化される場合を positive regulatory creep(正の規制的クリープ)、逆に徐々に緩和される場合をnegative regulatory creep(負の規制的 クリ ープまたは 規制緩和的クリープ)とここでは名付けよう(図1)。 こうした新概念を用いながら、本稿では「収支相償」の政策において、クリープ現象の存在を立証していきたい。 図1 クリープ現象 出所:筆者作成 既にみたとおり「収支相償」が「厳格非流用制約」から「非黒字制約」に変化したものとすると、そこには黒字を表現する用語が存在している筈である。それが「剰余金」であるが、「剰余金」はTp期には以下の3点の意味で使用されている。 ① 「収入費用差額」  公益目的事業費の収入から費用を控除した余り。これはガイドラインにはないが、Tp期間において内閣府は盛んに用いている7)。 ② ガイドライン上の「剰余金」 収支相償の「収入」から「適正な費用」を 控除した余り(=内閣府への公式の報告書類の中の別表 A (1)の一番下※第二段階における剰余金の扱い。これはガイドラインと同じ意義で用いられている)。1とは特定費用準備資金への積立額を含むか含まないかの大きな違いがある。 ③ 「残余金」 2の「剰余金」からさらに資産取得資金繰入額、当期の公益目的保有財産の取得費を控 除した後の残余で、「このような状況にない場合は翌年度に翌年度の事業拡大等により同額程度の損失となるようにする。」(ガイドライン)。ここでは「残余金」と呼ぶ。 ガイドラインでは残余金が生じた場合であっても「事業の性質上特に必要がある場合には、 個別の事情について案件毎に判断する。また、この収支相償の判定により、著しく収入が超過し、その超過する収入の解消が図られていないと判断される時は報告を求め、必要に応じ更なる対応を検討する」となっており、「非黒字制約」は出てこないし、ガイドライン上はそれが直ちに「収支相償」に違反するとは明記していない。繰り返しになるが、ガイドラインが主張するのは「適正な費用」ではない支出をすることによる収支相償の逸脱である。 かかるクリープ現象が生じたことについては、 各種の痕跡が存在している。例えば、事業報告書の別表 A (1)では、経常収益計の欄に「前年度に6欄がプラスの事業がある場合には当該剰余金の額を加算してください」と付記されている(図2)。もしこの額を本当に加算すべきであるのならば、「独立した欄」が設けられるべきものであるが、経常収益と関係ないものを別途計算して記載しなければならない表が作成されているということは、「クリープ現象」の証拠の一つであるし、加算しなければならない根拠は法令及びガイドライン上は見当たらず、FAQ問V-2- 5 (内閣府公益認定等委員会事務局[2008d])の中にかろうじて見出せる。 図2 ガイドラインと異なる別表A(1) 出所:内閣府「事業報告等提出書類一式」(平成22年3月31日更新)より引用。なお、丸枠は引用者。 さらに同じく別表A (1)表ではガイドラインを引用した形で、「その剰余相当額を公益目的保有財産に係る資産取得、改良に充てるための資金に繰り入れたり、公益目的保有財産の取得に充てたりするか(前半部)、翌年度の事業拡大を行うことにより同額程度の損失となるようにしなければなりません(後半部)」(「前半部」・「後半部」の用語は引用者が挿入)とあるが、ガイドラインでは、前半部は「本基準は満たされたものとして扱う」とされている。また、後半部についても、「事業の性質上特に必要がある場合には、個別の事情について案件毎に判断する。」となっており、収支相償を満たす場合もあることを示唆している。 別表A (1)表は収支相償の基準を満たしているのか満たしていないのかが直接反映されていない。  ところが、Tp期になると、前半部と後半部の差異がなくなる。「収支相償を満たしているか満たしていないか」という法令上の基準ではなく、定義の曖昧な「剰余金」が重要用語として突出し、「剰余金の解消計画」が前面に出ることで「剰余金を1年で解消するのか2年で解消するのか」という処理が前面に出るというクリープ現象を生じさせている。そのうえで「1年で解消すること」を「2年で解消すること」 に緩和したという提案を行っている。これらをまとめると表のようになる。 図3 第二段階における剰余金の前半部と後半部 出所:内閣府「事業報告等提出書類一式」(平成22年3月31日更新)より引用。なお、下線部及びは(前半部)、 (後半部)の文字挿入は引用者。 表 第二段階における剰余金の扱いの認識の相違点 出所:筆者作成 V 「短期の特定費用準備資金」概念の消滅 それでは「クリープ現象」が生じた要因について、「政策人類学」という立場から検討していこう。その一つとして「短期の特定費用準備資金」というT0期間の概念を挙げてみたい。公益認定等委員会におけるこの説明は以下のとおりである。「(事務局)お手元の資料1で、認定法関係の『ガイドライン』の追加について御説明を申し上げます。(中略)第1段階の事業ごとに収支を見る場合には、収入が費用を超過した場合の処理方法として、特定費用準備資金の1つの変形バージョンで、翌年度にその事業に充てるという、短期の特定費用準備資金として経理することも可能なことを『ガイドライン』で明らかにしようということであります。」(公益認定等委員会2008b 第36回議事録) ところが、ここでT0期間から次の段階T1期間へ移ると、早くもクリープ現象が始まっている。T1期間である2008年11月27日の公益認定等委員会では「(事務局)『短期の特定費用準備資金』が混乱を生じて、わかりにくいというご意見8)を頂きました。わかりにくいという意見を頂きましたことを踏まえまして、『短期の特定費用準備資金』という用語を『短期調整額』という言葉に改めることとしたいと考えております。併せまして、この『短期調整額』が流動資産の範囲内で計上することができるものであるということ、また、この『短期調整額』というのは、短期、すなわち1年以内でございますので、翌年度の事業費に確実に費消していただく必要があるということ、したがって、連年計上はできないということを明確にするために、文章につき所要の調整を加えることとしたいと考えているものであります。」という提案に変わる(公益認定等委員会[2008c]第40回議事録。下線部及び注は引用者)。しかし、「(大内委員)収支相償の原則の運用はフレキシブルにやりますよというメッセージなんですよ。それだけのことなんです。それだけのことと言っては語弊がありますけれどもね。 それをまた、なお書きで作って、今度は、2年目からは絶対だめですなんて、こういうフレキシブルな原則をまた今度は縛ろうとするのは、自己撞着に陥っているというか、2年目でも収入がたまたま多かったということはあるかもしれないのだから、それは、運用の基準としては、2年目からは絶対だめですなんて、そんな基準をあらかじめ作っておく意味もないわけです」(第40回公益認定等委員会議事録)という発言に象徴されるとおり、単に用語を変更するという提案だけであるのに、1年という従前にはなかった説明に公益認定等委員会委員は誰一人納得していなかった。詳細に検討すれば、提案はパブリックコメントの質問に答えるのではなく、質問を生じさせる「特定費用準備資金」の用語を回避し、「短期調整金」の用語に変えたうえで、「短期」は流動資産だから1年以内であるという法令上の議論にもならないような理由しか説明していない。「収支相償上フレキシブルに行う」メッセージとしての「短期の特定費用準備資金」は「特定費用準備資金」という用語を使用することにより認定法5条6号だけではなく、同5条8号の遊休財産規制からも外れるという誤解が生じることが問題視された。 そこで、同法5条6号との関係のみにおいて、効果があることを示したものが「短期調整金」という用語であった。言い換えると政策上の含意として、「短期調整金」と提案された「短期の特定費用準備資金」とは何ら変わるところがないというものである。この間の経緯を残しておく必要から、公益認定等委員会で検討されたガイドライン追加案及び平成20年4 月期間でホームページに掲載したFAQ等においては、「『短期の特定費用準備資金』との用語を用いてこの剰余金の取扱いを説明していましたが、『本来の特定費用準備資金』との要件や経理方法について誤解が生じるとの指摘があったことを踏まえ、上記のように整理し説明を改めました」(旧FAQ問V-2-5)9)とFAQに記載をすることでこの間の混乱を避けようとしていた。 しかしながら、収支相償に関してだけいえば、「短期の特定費用準備資金」という表記ははるかにわかりやすい。「短期の特定費用準備資金」 として積み立てれば、「適正な費用」の中に入り(剰余金ではなくなり)、取り崩したときには、「収入」に加算される。「短期の特定費用準備資金」のクリープ現象が図2にみるような別表 A ⑴を生み出した。別表A ⑴との関係でいえ ば、特定費用準備資金の欄に記載していけばよいわけである。 ところが、収支相償上は「短期の特定費用準備資金」と同等の意義として「短期調整金」として残存していたにもかかわらずに、(Tp)期 になって、会計研究会の「剰余金」解消計画の1年延長が突如として出現した。言い換えれば、2年間しか「剰余金」を認めないという、規制強化に変化してしまった。さらに収支相償上は 「短期の特定費用準備資金」と同義であるとされていた「短期調整金」については FAQ 上からも、少なくとも公表資料からは議論した形跡 がないままに削除され、(Tp)期に、完全に「短期の特定費用準備資金」の概念が消えてしまったのである。とりわけ、クリープ現象としてこれが特筆されるのは、会計研究会が緩和策を検討した結果として、むしろ T0期の規制緩和の中心部分が、変更されている点である。これこそは「意図せざる政策変更」といえるだろう。 Ⅵ 結論 以上のとおり、「収支相償」には、「厳格非流用制約」から「非黒字制約」への「正の規制的クリープ」(positive regulatory creep)が観察し得るといえる。一つには〈収支相償〉という用語自体が持つ語感からくる「バランス」への暗黙的な先入観から生じるクリープ現象が認めら れた。さらに「短期」という会計用語への反応がクリープ現象として観察された。 以上のとおり、政策を政策人類学という立場から詳細に見ていくことによって、ウェーバー が「非人格的」と称した官僚制の中にも、人間集団としての合意形成の不可避的な変化が認められ。「クリープ現象」という新しい概念が政策研究の中で有用であることを結論としたい。 [注] 1)「政策」をフィールドとして捉える立場。例えば、Shore,& Wright[1997]、出口[2015a] を参照。 2)2008年9月5日「公益認定等ガイドラインの 追加について(案)に関する御意見募集」案件番号095081090。それ以前に、同年3月1日「公益認定等に関する運用について(公益 認定等ガイドライン)」案件番号095080290が 存在する(内閣府公益認定等委員会事務局 [2008a])。 3)「摂動」とは物理学用語で、理論的にはあるルールに従うが実際には付加的な小さな力を受けてルール通りにいかないことをいう。例えば、惑星の運動はケプラーの法則に従うが、 実際には、他の惑星の等の引力の影響を受けて小さなずれが生じる。これを摂動という。同様に、理論的には立法府が作った法令に基づいて非人格的な行政府が執行すれば、同じ結果になるはずであるが、人間集団としての知識の影響などを加味してそれがずれている ものとして「摂動」という用語を一旦ここでは使用する。 4)本論文はこうした摂動が生じることの是非を問うものではなく、現象として期間中のどこかで変化が生じたことを中立的に述べることを目的としている。したがって、どの時点で 変化が生じたかという点よりも変化の事実認識に重点をおいているため、期間については、 T0とTpを原則として扱い、両者の間の期間については、公表資料が少ないために原則として分析の対象とはしない。しかし、便宜上、T0の終了時から筆者が内閣府公益認定等委員会委員であった2013年3月31日までを便宜上T1期間、それ以降でTp開始までの期間をT2期間とし、筆者の当事者としての期間である T1で生じたことが明確である点についてはその事実を明らかにした。 5)こうしたモデルは海外の文献では非常に多く、 “nonprofit constraint” の用語が使用されている。例えば、Gale, D., & Hellwig, M.[1985] など。 6)認定法18条で公益目的事業財産は公益目的事業にしか使えないという「非流用制約」が存在するので、さらに不相当に高い謝金、礼金、 人件費等の支出を適正な費用から外すという意味において「厳格」という用語を付加した。 7)例えば、会計研究会の最終報告書についてのパブリックコメント回答で内閣府は「ガイドラインⅠ. 5 ⑷剰余金の扱いその他においては、剰余金の定義を記載しているものではな いと考えます。剰余金は、収入を費用が上回 る場合の、上回った額を指すものと考えられ ます。そのため、特定費用準備資金の積み立ては、剰余金の解消理由の一つであると考え ています」とはっきり主張している(内閣府公益認定等委員会事務局[2015])。これはガイドラインや議事録の記述と大きく異なる。 詳しくは出口[2015b])を参照。 8)パブリックコメントでの質問は以下の通りである。「本来の特定費用準備資金の要件は満たさなくて良いのか?特に資金の区分管理の要件はどのように満たすことができるのか? 貸借対照表や財産目録ではどのように表示するのか?現預金等の等とは何を示すのか?期 末日において『収入が費用を上回る金額』が 実際の現預金等よりも多い場合は、どのよう に取り扱うのか? 公益目的事業比率及び遊休財産の保有上限額の計算において、短期の特定費準備資金も 含まれるのか?を明確にしていただきたいと考えます。」(内閣府公益認定等委員会事務局 [2008c]) 9)会計研究会の報告書の後の2015年4月のFAQの改正で、何の説明もなく、この部分は削除され、短期調整金も短期の特定費用準備資金もなくなってしまっている。これもクリープ現象の一つである。 [参考文献] 荒幡克己[1998]明治期の藍の土地利用方式。 『農林業問題研究』、34.1: 33-40頁。 ウェーバー、マックス著 阿閉吉男、脇圭 平訳[1987]『官僚制』恒星社厚生閣。 太田達男2014「この罪深きもの―収支相償」 公法協 E-mail 通信 No.173、2014。 公益認定等委員会[2008]『公益認定等に関する運用について(公益認定等ガイドライ ン)ガイドライン平成20年4月』。 公益認定等委員会[2007a]第 5 回議事録。 公益認定等委員会[2007b]第19回議事録。 公益認定等委員会[2008a]第34回議事録。 公益認定等委員会[2008b]第36回議事録。 公益認定等委員会[2008c]第40回議事録。 公益認定等委員会・公益法人の会計に関する 研究会[2015]「公益法人の会計に関する諸課題の検討状況について」。 新公益法人研究会[2006]『一問一答公益法 人改革三法』商事法務。 多木誠一郎[2004]「協同組合と株式会社― 協同組合法の商法準拠は株式会社への道 か」。『協同組合研究誌にじ』Vol.608、11- 22頁。 出口正之[2015a]「公益法人制度の昭和改革 と平成改革における組織転換の研究」『非 営利法人研究学会誌 VOL.17』非営利法人 研究学会。 出口正之[2015b]「収支相償と適正な費用の範囲」『公益・一般法人』2015年7月1日号(896)、全国公益法人協会、34-42頁。 内閣府公益認定等委員会事務局[2008a]「公益認定等に関する運用について(公益認定等ガイドライン)案に関するご意見募集」 案件番号095080290。 内閣府公益認定等委員会事務局[2008b]「公益認定等ガイドラインの追加について(案) に関する御意見募集」案件番号095081090。 内閣府公益認定等委員会事務局[2008c]「公益認定等ガイドラインの追加について(案) に関する意見募集の結果について」案件番号095081090。 内閣府公益認定等委員会事務局[2008d]旧FAQ 問 V - 2 -⑤。 内閣府公益認定等委員会事務局[2015]「『公益法人の会計に関する諸課題の検討状況に ついて(最終報告書素案)』に関する御意見について(御意見の取りまとめ)」。 浜田浩児[2000]「非営利団体、自治体による社会福祉サービス供給の経済厚生上の意 義」『生活経済学研究』15、 2 。103-118頁。 マリノフスキー[1967]『西太平洋の遠洋航海者』中央公論社、78頁。 Gale, D., & Hellwig, M.[1985]“Incentive compatible debt contracts: The one-period problem”. 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  • 《査読論文》非営利組織会計の純資産区分に関する試論―財務的弾力性の観点から― / 佐藤 恵(千葉経済大学准教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 千葉経済大学准教授  佐藤 恵 キーワード: 非営利組織会計 純資産区分 財務的弾力性 財務的生存力 非拘束 自己拘束 要 旨: 本稿の目的は、財務的弾力性の適正表示を第一義と仮定する非営利組織会計の純資産区分 の検討にある。財務的弾力性の定義は、財務的生存力概念のストック面に萌芽が見出せるも のの、字義的には企業会計の概念書から導入されている。第一に、企業会計の財務的弾力性 の議論を参照し、非営利組織会計の文脈に照らして解釈した。財務的弾力性の評価には、資 産と純資産の両面から、資源が投下されている資産の拘束性の情報が必要視される。第二 に、近年JICPAとFASBが提案した純資産区分を検討した。とくに一時拘束区分と自己拘 束区分を画するには、純資産情報のみならず資産情報が必要であった。そして、公益法人会 計基準のように純資産と資産を対応させることで、永久拘束・一時拘束・自己拘束・非拘束 に区分され、財務的弾力性を適正に表示すると結論した。最後に、仮に当該表示方法を他の 非営利組織会計に導入するならば、法人形態ごとに異なる資産の区分のあり方を許容する必 要性に触れた。 構 成: I  はじめに II 財務的弾力性概念の変遷 III 財務的弾力性概念の原義 IV 純資産の拘束区分の検討 Ⅴ おわりに Abstract This paper aims to examine the net asset classification requirements of nonprofit accounting for the most basic objective which assumes the proper presentation of financial flexibility. Financial flexibility definition emerged as a stock side of ʻfinancial viabilityʼ concept. However, it literally seemed to be introduced as concept frameworks for corporate accounting. First, this paper interprets the discussion about financial flexibility of corporate accounting in the context of nonprofit accounting. We need to provide the information about invested assets from both debt side and credit side if we want to assess the financial needs. Second, this paper outlines the net asset classification requirements in the proposed AICPA drafts and FASB standards update. Especially, extracting temporary class and self-restriction class need not only net asset information but also asset information, and we conclude that adding net asset classification to asset classification is the better way to present financial flexibility properly because of the four classifications such as ʻPermanentlyʼ, ʻTemporarilyʼ, ʻSelf-restrictionʼ and ʻUnrestrictedʼ. Finally, we tackle the permission of the presence of different asset classification that each organization adopts. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 現在、日本において非営利組織会計統一化に向けた議論が高まりをみせている。統一化にあたっての主要論点の一つに純資産区分がある。 2013年に日本公認会計士協会(以下、JICPA) が公表した非営利法人委員会研究報告第25号 「非営利組織の会計枠組み構築に向けて」(以下、 JICPA報告)では、純資産を非拘束(Unrestricted)・ 一時拘束(Temporarily)・永久拘束(Permanently restricted)の三つに区分する方法が提案されて いる(Ⅴ4⑶)。当該提案は、米国財務会計基準 審議会(以下、FASB)が公表した概念書第6号 「財務諸表の構成要素」(以下、SFAC6)や基準書第117号「非営利組織の財務諸表」(以下、 SFAS117)が掲げる三区分を想起させる。 他方、FASB が2015年に公表した公開草案「会計基準改訂に関する提案:非営利組織(Topic 958)及びヘルスケア事業体(Topic954)、非営利組織の財務諸表表示」(以下、ED[2015])では、 現行基準が採用する三区分を棄却し、寄付者非拘束純資産(net assets without donor restriction)と 寄付者拘束純資産(net assets with donor restriction) の二区分への改訂を提案する(pars.5, 16)。これは、一般正味財産と指定正味財産という二区分を導入する日本の公益法人会計基準を髣髴させる1)。 揺らぐ純資産区分のありようを検討するにあたり、財務的弾力性(financial flexibility)という会計概念に着眼する。 なぜなら、それはJICPAとFASB の両提案において純資産区分の伴概念と位置付けられるからである。たとえば、JICPA 報告では、「非拘束純資産が純資産 全体に占める割合は、財務的安定性、財務的弾力性を示す指標となる」(Ⅴ4⑶②)として、純資産区分の意義が語られる。ここで「財務的弾力性とは、法人が自ら保有する資金について、 支出の金額とタイミングをどの程度自由に操作できるかという程度をいう。財務的弾力性が高いと予測不可能な支出に対応することができる。すなわち、非拘束純資産が多額の場合は、財務的弾力性が高くなる」(JICPA 報告、注69)。なお、 当該記述は、SFAS117における財務的弾力性の定義(fn.3)を平易に意訳したものである(後述)。 ED[2015]もまた「寄付者拘束の有無とその性質に基づく情報は、一般に財務的弾力性およびサービス提供継続能力を含む非営利組織の財務状態について適切な理解を得るのに必要とされる」(BC95)という。なお、ほぼ同様の記 述は SFAS117(par.98)にも散見される。 本稿では、第一に、純資産区分の根拠として用いられる財務的弾力性概念に関する先行研究の整理を通じて、当該概念の分析視角を抽出する。第二に、得られた分析視角に照らして純資産区分を巡る議論を整理し、検討する。それを踏まえ、非営利組織会計の統一化を所与として、財務的弾力性の評価に資するストック表現について若干試論する。なお、本稿の試みは、財務的弾力性の適正表示を第一義と仮定したストック情報のありようを検討する思考実験であることに留意されたい2)。 Ⅱ 財務的弾力性概念の変遷 非営利組織会計における財務的弾力性概念の萌芽は Anthony[1978]が唱えた財務的生存力(financial viability)の定義に見出せる。Anthony [1978]は、財務的生存力をストック情報とフロー情報の両面から検討する(若林[2002]22頁、 26頁)3)。ここでストック情報に関する記述に目を向けると、「非営利組織の財務的生存力は、 支払能力や流動性という通常テストのみならず、(略―筆者)資源移動可能性(resource transferability)の程度によって示される」(Anthony[1978]p.48)。資源移動可能性とは「非営利組織が資源を多用途に利用する自由をあらわす。使途制約のある 資源の割合が高ければ、方針転換や新たなニーズへの対応が困難」(p.49)と説明される。すなわち、非拘束資源と拘束資源の割合をもって評価される資源移動可能性は、支払能力や流動性とともに財務的生存力をストック情報から評価する一指標と捉えられる。 とすると、資源移動可能性の定義は、資金 (資源)の拘束性表示が予測不能な支出(ニーズ) に対応する企業の能力を示すと解釈する点において、上述した財務的弾力性の定義と通底する (図表1参照)。なお、若林[2002]は、資源移動可能性を「使途の弾力性」(18頁)と意訳する。 財務的弾力性という用語が純資産区分の根拠として用いられたのは、SFAS117の素案として1992年に公表された公開草案「非営利組織の財務諸表」(以下、ED[1992])が、筆者の知る限りにおいて最初である。当該文書およびそれに続く SFAS117における財務的弾力性の定義の前段部分(ともに fn.3)は、企業会計の概念書「企業の財務諸表の認識と測定」(以下、 SFAC5)における財務的弾力性の定義(fn.13) とほぼ一致することから、企業会計から移植されたと解される(図表1参照)。事実、ED[1992] のたたき台として1989年に公表されたFASBコメント募集「非営利組織の財務報告:財務諸表の様式と内容」(以下、ITC[1989])では、流 動性とともに財務的弾力性という用語が SFAC5から引用されている(par.36)。図表1を用いて整理すると、現在、純資産区分の根拠として用いられる財務的弾力性は、財務的生存力のストック評価の一つである資源移動可能性と同義と措定できる(「具体的評価」網掛部参照)。しかし、当該概念は、文言上、企業会計におけ る財務的弾力性の定義と同様に説明されている (「概念説明」網掛部参照)。 企業会計上の財務的弾力性の定義は、1980年に FASB が公表した討議資料「資金フロー、 流動性および財務的弾力性の報告」(以下、DM [1980])における財務的弾力性に関する詳細な検討を踏まえたものである4)。当該文書は、 キャッシュ・フロー計算書の導入を念頭に、その論理的背景となる資金概念を整理したもので、従前の財務諸表体系の不備を指摘する内容を含むものである。そして、財務的弾力性の概念整理にあたってはDonaldson[1971]が提唱した財務的移動性(financial mobility)を参照した旨を記載する(DM[1980]p.107)。よって、以下、本稿では Donaldson[1971]の財務的移動性を財務的弾力性と同義に扱い論理展開していく。 なお、Donaldson[1971]は、既存のファイナンス用語たる弾力性(flexibility)に対して、新たな定義を付加した用語として財務的移動性を提唱した(pp. 7-8)。つまり、DM[1980]は、財務的移動性の概念を踏襲しつつ、当該概念をあらわす用語としては(より一般的な)財務的弾力性を採用したことになる。図表 2はFASB公表文書を中心に財務的弾力性の変遷を整理したものである。 図表1 「資源移動可能性と財務的弾力性の定義」 抜粋:Anthony[1978]p.48;JICPA 報告、注69;SFAS117, fn.3;SFAC5, par.24a, fn.3 図表2 「FASB公表文書を中心とした財務的弾力性概念の変遷」 参照:Anthony[1978]; SFAC4; SFAC6; ITC[1989]; ED[1992]; SFAS117; ED[2015]; Donaldson[1971]; DM [1980]; ED[1981]; SFAC5[1984] Ⅲ 財務的弾力性概念の原義 次に、財務的弾力性の原義をDonaldson [1971]と DM[1980]に求め、非営利組織会 計に照らして整理する。Donaldson[1971]は、財務的移動性の源泉となりうる資源が貸借対照表に適正に表示されないという問題を浮き彫りにする。 財務的移動性は「一形態から他の形態へ経済的資源の変化の割合に影響を及ぼす能力、つまり一定時点における資源の組合せを決定する能力」と定義される。これは「将来において経営者の行動をサポートする可能性のある資源」 (資源の代替可能性)に注意を向かせるため、フローにも着目した概念という特徴がある。換言すれば、経営計画期間にわたる(within planning horizon)資金アウトフロー(特定の用途に転換された購買力)と資金インフロー(特定の用途から解放された購買力)の均衡を探ることで、結果的に企業の資源を特定の用途に拘束される資金と拘束されない資金に再配分する、というマネジ メントのあり方に着眼している。当然ながら、財務的移動性概念の関心は、拘束資金ではなく、非拘束資金の洗い出しにある(Donaldson[1971] pp.56-57, 60)。なお、この関心は、(図表1で示した)非営利組織会計上の財務的弾力性の定義にみる具体的評価と整合する。 通常、ストック計算上、資源は拘束・非拘束 の二区分で把握される。しかし、財務的移動性の源泉となりうる資源を算定するには、フローの可能性を加味した次のような三区分が必要とされる。①特定化され(specialized)、かつ、移動性(mobile)のない資源、②特定化され、かつ、移動性のある資源、③特定化されず、かつ、 移動性のある資源。ここで〈特定化〉とは、資源が利益創出目的のために特定の用途への資金が拘束されており、よって代替的用途へ転換できない状態をいう。また、〈移動性〉とは、経営計画期間内における現実的または潜在的な代替的用途への利用可能性をいう。財務的移動性に相当する資源は②と③である(Donaldson[1971] pp.64-65)。図表3(Donaldson[1971]Exhibit3B 参 照)で示すように、〈特定化〉は財務的移動性の程度をあらわし、〈移動性〉は財務的移動性の範囲を画するものである。  Donaldson[1971] は、(当時の企業会計の) 貸借対照表が〈特定化〉の程度を適正に表示しないと批判する。貸借対照表上、特定化される資産は、代替的用途への転換が容易でないため、 非流動性資産に分類される。他方、特定化されない資産は、代替的用途への資金の転換が可能であるから、流動性資産として表示される。しかし、実際には、非流動性資産のうちには、容易に代替的用途へ転換可能な資産(例えば、中古市場が確立している機械設備)が存在し、同様 に、流動性資産であっても、経営計画上容易に代替的用途へ転換できない資産(例えば、現金) が存在する(Donaldson[1971]pp.60-62)。つまり、資産形態とそれが一般に示す資金の拘束状態の不一致が、貸借対照表で財務的移動性が適正に表示されない要因とされる。 たとえば公益法人会計基準(注解注4)における基本財産や特定資産の区分表示および SFAS117(par.11)が要請する長期目的で拘束される現金の区分表示などを鑑みれば、非営利組織会計には資産側において〈特定化〉の程度を適正に反映する土壌が存在するといえる。また、この指摘は、流動性の表示問題とも捉えら れる。なお、Donaldson[1971]は、流動性を財務的移動性の重要な下位概念と位置付け(p.7)、DM[1980]も同様に、流動化情報が財務的弾力性の評価に有用と指摘する(par.18)。 次に、〈移動性〉に関して考察すべく次の具体例を参照する。DM[1980]によると、企業が代替的用途に活用可能な資金を得るには、収益を獲得するか、それ以外の資金源泉に依拠する必要がある。それ以外の資金源泉には、企業の外的源泉と内的源泉が存在する。外的源泉の具体例としては「予定される資金提供」や「潜在的な資金提供」(追加的な借入や増資等)、内的源泉の具体例としては「非営業資産や分離可能資産の流動化」および「計画された営業活動や投資活動の変更」に伴う資金フローの増加(留保)が挙げられる。これらは財務的弾力性の源泉と位置付けられる(par.252)。 非営利組織会計に引き寄せて考えると、財務的弾力性の外的源泉の具体例は「追加的な借入、 寄付、私募債の発行」になろう。しかし、かような将来情報は会計数値で表現できない。これが財務諸表を用いた財務的弾力性評価の限界に相当する5)。他方、財務的弾力性の内的源泉の具体例は「基本財産以外の資産の売却」や「事業の変更」に伴う資金フローの増加、と解釈されよう。会計数値が示しうるのは、かような内的な資源の移動性に関する情報である。すなわち、現在拘束されている資源を(売却や再投資のために)いったん拘束解除する可能性を示唆する情報である。しかし、非営利組織では、拘束解除が寄付者などの組織の外部の意思に基づく場合がある。それを踏まえると、非営利組織のストック情報から財務的弾力性の内的源泉を探るには、次の二つの情報が必要である。一つは、拘束解除の可能性を推測するのに役立ちうる資産(借方)側の情報であり、もう一つは、 拘束解除の主体にかかわる純資産(貸方)側の情報である。図表4は以上を整理したものである。 図表3 「ストック情報にみる財務的移動性の源泉」 参照:Donaldson[1971]pp.64-65, Exhibit3B 図表4 「非営利組織における財務的弾力性の源泉の特性および情報源」 参照:Donaldson[1971]pp.60-65; DM[1980]par.252 Ⅳ 純資産の拘束区分の検討 前節の検討を所与として、JICPA 報告と ED2015の両提案をたたき台に純資産の拘束区 分の特徴を整理し、さらに近年改正された公益法人会計基準と照らし合わせて検討する。最後に、財務的弾力性の評価に資する純資産の拘束区分について若干試論する。 1 純資産の拘束区分にみる財務的弾力性の反映 ⑴ 一時拘束区分の識別 JICPA は、2015年に公表した「非営利組織の財務報告の在り方に関する論点整理」(以下、 JICPA論点)において、使途制約のある資源6) を「費用的支出や償却性資産の形で利用(費消)されるものとして指定され、利用に応じて拘束が解除されることが予定された資源」(以下、一 時拘束資源)と「資源提供者との合意や法規制 に基づき、永久に保持することが要請される資源」(以下、永久拘束資源)に分類し( 8 .6 項)、「組織の継続的活動能力を表す観点からは、資源拘束の時間軸の違いを貸借対照表上明らかにするため」(8 .8 項、傍点―筆者)、各々の資源を区分する方法を提案している。 ここで一時拘束と永久拘束を識別する資源の拘束解除の有無に着目すると、それは、資金が投下(拘束)された資産の性質(償却性や費用性 など)に依存する。たとえば、寄贈された土地や文化資産は永久拘束資源に、特定の事業で費消される寄付や助成金または補助金は一時拘束資源に分類される(JICPA 論点、8 .6 項参照)。つまり、資産(借方)側の情報に基づいて一時拘束と永久拘束の区分がきまる7)。なお、ここ で例として挙げた一時拘束資源は、目的拘束 (SFAC6, par.99)に相当する。 次に、一時拘束と非拘束の識別に目を転ずる。 非拘束資源には、経営計画上、容易に代替的用途に利用できない資金、たとえば特定の事業に費消する予定の手許現金などが含まれる。こうした資源は、資産の側において、特定の事業に対して提供される寄付や助成金(一時拘束資源) と区別されない。なぜなら、両者は資産形態を同じくし、ともに拘束解除を予定するからである。ITC[1989]は、特定の事業に対して提供 された寄付を例にとり、その資産形態が組織にとって予期せぬ損失補填の誘因となりうると指摘する。その上で、当該資産の代替可能性、ひいては組織の流動性を適正に表示するために、 資産側に拘束区分を適用する代替案を検討している(pars.66-72)。 この例は、組織の外部の意思の有無により区分する純資産(貸方)側の情報の必要性を示すものである。かような資源は、その拘束を解除 する主体(組織外部または内部)に基づき、代替 的用途への利用可能性が判断される。図表5は 以上を整理したものである。一時拘束資源は、 資産側の情報をもって永久拘束資源と識別され、 純資産側の情報をもって非拘束資源と識別される。すると、結果的に財務的弾力性(財務的移 動性)の源泉の範囲から、一時拘束純資産相当額が除かれることとなる(図表 3 ・ 5 参照)。 図表5 「JICPA 報告における純資産の区分」 参照:JICPA 報告,V4(3) ⑵ 自己拘束区分の識別 本稿の冒頭で触れたように、FASB は、現行基準の三区分を棄却して、寄付者による拘束の有無に基づく二区分を暫定的に提案している。その理由の一つとして、非拘束純資産の区分に契約・法律・その他による拘束が含まれない (without contractual, legal, or any type of restriction)と利用者が誤解することで、組織の財務的弾力性と流動性の評価を見誤る点に言及している。したがって、(現行基準の)非拘束純資産と(提案された)寄付者非拘束純資産の両者は、用語が異なるだけで、定義の内容は同一である(ED[2015]BC25)。 ここで、その他による拘束とは、理事会など組織の内部による拘束、すなわち自己拘束を含む。FASB では、予期しない損失に備える任意積立金は、寄付者非拘束純資産に含められる。または、理事会指定純資産(board-designated net assets)という項目による内訳表示も認められる(ED[2015]par.10)。図表6は当該内訳表示をあらわしたものである(ED[2015]par.18参照)。 「理事会指定純資産は、将来の計画、投資、 偶発事象、固定資産の取得や建設およびその他用途に充てられる」(ED[2015]par.5)ことから、資産側の情報をもって現在拘束状態にあることがわかる。この意味において、理事会指定純資産と無指定(Undesignated)の識別は、資産側の情報を反映したものといえる。そして両者の区別は、財務的弾力性(財務的移動性)の程度の違い(図表 3 の②③参照)を適正に反映すると評価される。なお、図表6に示すように、 FASB は、現行基準の一時拘束(Temporarily) に相当する区分を、目的拘束(Purpose restricted) と時間拘束(For periods after 20X1)にさらに区分する方法を例示する(ED[2015]Example1)。 時間拘束に相当する資金は、一定期間を過ぎれ ば非拘束資金となるため、財務的弾力性部分に該当すると考える。 図表6 「FASB[2015]における純資産の代替的区分」 参照:ED[2015]Example1 2 純資産と資産の対応の有用性 ―資産区分の重要性― しかし、FASB が純資産区分を改訂する最たる理由として「永久拘束区分と一時拘束区分を合わせることで複雑さを軽減する」(ED2015, BC25)と述べることからも明らかなように、図表6の区分はあくまで代替的方法に留まる。そこで、我が国の公益法人会計基準に目を転ずると、図表6の区分と近似した正味財産(純資産に相当する。)の区分表示が要請されていること に気づく。図表7は、公益法人会計基準(第2貸借対照表2)における正味財産の区分を図式化したものである。 周知のとおり、寄付者等による使途制約の有無で識別される指定正味財産と一般正味財産の区分には、それぞれ「基本財産からの充当額」 と「特定資産からの充当額」という資産の区分に対応した内訳が表示される。ここで基本財産とは「定款において基本財産と定められた資産」であり、拘束の解除を想定していない資産といえる。他方、特定資産とは「特定の目的のために使途、保有又は運用方法等に制約がある資産」であり、ある時期に拘束の解除を予定する資産と捉えられる(公益法人会計基準第2貸借 対照表2、注解注4)。 指定正味財産における資産区分に基づく内訳表示は、JICPA報告における永久拘束純資産 と一時拘束純資産の区分と同様である(図表5参照)。これは、前述のとおり、永久拘束と一時拘束を区分する判断が、結局のところ資産の情報(拘束解除の時期)に基づくことと整合する8)。また、一般正味財産における資産区分に基づく内訳表示は、FASB改定案における寄付者非拘束純資産の内訳表示(自己拘束と非拘束の資金を識別)と同様である(図表 6参照)。これも前述のとおり、非拘束純資産から理事会拘束純資産を抜き出す判断が、結局のところ資産の情報(現在の拘束状態)に基づくことと整合する。 岡村教授[2010]は、正味財産と資産の対応 (二重分類)の真の意義を自己拘束の識別に見出している(60頁)。 財務的弾力性の源泉の範囲に着目すると、正味財産と資産の対応によって、一般正味財産のうちに、拘束解除を予定しない資金(基本財産)の存在が示されることで、より適正に当該範囲を画することができる(図表7参照)。 最後に試論として公益法人会計基準の計算構造の敷衍性を若干検討する。当該基準では、純資産(正味財産)と資産を対応させることで、実質的に永久拘束・一時拘束・自己拘束・非拘束の4つに区分される(図表7参照)。仮に、他の非営利組織会計に当該構造をあてはめてみると、純資産に内書きされる資産項目が法人形態ごとに大きく異なることとなり、比較可能性が担保されないと懸念されるかもしれない。とくに法人形態によっては自己拘束や一時拘束の区分が複雑化すると考えられる。しかし、「特定の財貨・用役への拘束資金性を認識する範囲については、(略―筆者)それぞれの企業によって異なるのが当然であり、また、同一企業におい ても環境の変化などによって異なりうるものと思われる。また、短期的にみれば、拘束資金性が認識されるものであっても、長期的にみれば、それがある時点で自由選択性資金として認識されることもありうるはずである」(森田[1973] 39頁)9)。このように解することで、仮に法人形態ごとに異質な資産の区分との対応表示が許容 されるならば、拘束性(流動性)を適正に反映する資産区分のあり方を再検討する必要があ る10)。 なお、資産の区分との対応表示は、基金会計を想起させるかもしれない。ITC([1989] pars.63-64)は、貸借対照表への基金区分の導入を棄却した理由の一つとして、資産が基金目的以外に代替利用されないとの誤解を与え、資源移動可能性(transferability of resources)、すなわち財務的弾力性を適正に評価しないと指摘する。これは、資産側において適正な拘束性(流動性)の表現が求められることの証左と考える。 図表7 「公益法人会計基準における正味財産の区分」 参照:公益法人会計基準第2 Ⅴ おわりに 本稿では、ストック情報における財務的弾力性の適正表示を検討するという思考実験を試みた。まず、純資産区分の伴概念とされる財務的弾力性概念の変遷を追った。財務的弾力性は、 Anthony(1978)が掲げた財務的生存力概念のストック表現にその萌芽が見出せるものの、直接的には企業会計の概念書から移植されたものと推知された。次に、企業会計における財務的弾力性の議論を辿り、非営利組織会計の文脈に照らした解釈を試みた。非営利組織の財務的弾力性の評価には、現在および将来の代替的用途への利用可能性に関する情報が必要視される。具体的には、資産側の情報として、資源が投下されている資産の拘束状態(流動性)および拘束解除の時期が求められ、純資産側の情報として、拘束を解除する主体が明示される必要があると整理した。それを踏まえ、近年JICPAとFASBが提案したそれぞれの純資産区分を検討し、実質的には、純資産情報のみならず資産情報を参照することで、とくに一時拘束区分と自己拘束区分を画することが判明した。最後に、公益法人会計基準のように純資産の区分と資産の区分を対応させることで、永久拘束・一時拘 束・自己拘束・非拘束の四区分が表示でき、さらに自己拘束を二区分することで、財務的弾力性の範囲と程度をより忠実に反映すると言及した。また、仮に当該表示方法を他の非営利組織会計に導入するならば、法人形態ごとに異なる 資産の区分のあり方をある程度許容する必要性に触れた。 本稿では、ストック情報を前提とした財務的弾力性の評価に焦点をあてた。しかし、財務的弾力性概念がフローの可能性を反映しようとする視点を有することに鑑みれば、フロー情報を用いた評価の検討が今後の課題として残されている。 企業会計では、概念書の開発を通じて、財務的弾力性評価の必要性は長きにわたり議論されてきたものの、いまだ具体的な評価方法は確立されていない11)。他方、非営利組織会計においては、簡素な文章ではあるものの、会計諸基準で財務的弾力性の評価方法が語られている。この異同が含意するところは、非営利組織会計の統一化、ひいては非営利組織会計と企業会計の統一化を議論する上で、何らかの手掛かりとなるかもしれない。 [注] 1)但し、基金を設定した場合、純資産は三区分 で表示される(公益法人会計基準注解 5 )。 2)岡村教授[2015]は、公益法人会計基準の財務三基準について「公益性判断基準そのものではなく、(略―筆者)税優遇判断基準である」(11頁)と述べられる。本稿では、財務的弾力性概念を分析視角とするため、当該基準に触れないことを申し添える。この点に関しては別稿を期したい。 3)先行研究では、Anthony[1978]におけるフロー計算に関する記述(pp.86-90)等を受け、財務的生存力を資本維持概念に置換して解釈されていることが多い(たとえば、若林[2002] 26頁)。他方、本稿は、ストック計算に関する記述を考察の起点として、財務的生存力と財務的弾力性の関係性に言及している。なお、同様の関係性に受託責任の観点を加え分析しておられる先行研究として日野教授[2009] [2003]が挙げられる。 4)FASB は、DM[1980]に関する公聴会の内容を受け、1981年にExposure Draft「企業 の利益、キャッシュ・フローと財政状態の報告」を公表し、財務報告の評価に有用な会計 概念の一つとして財務的弾力性を挙げて説明する(pars.25-28, 61, 106-111)。当該文書は SFAC5の素案に相当することから、SFAC5 の財務的弾力性は、DM[1980]を参照した ものと考えられる。 5)「企業の支払能力の維持は、その体質によるところが大きい。ヒースはこれを財務的弾力性(financial flexibility)と呼んでいる(略―筆者)。貸借対照表を見たところでは財政状態がよくなくても、いざというときに資金を調 達できれば、支払不能にならないからである。しかしそういう能力は会計数値としてどこにも出てこない」(中村[1997]315-316頁)。なお、Heath は、Donaldson[1971]を契機として、1978年に出版した『財務報告と支払能力の評価』で財務的弾力性概念を論述する。 6)JICPA は、法規制による拘束資源を、寄付者など資源提供者と同様、組織の外部要因に 基づく拘束資源と捉えて拘束純資産に区分する(JICPA 論点、8.12項)。なお、FASB では、 後述のとおり、契約・法律による拘束資源を 非拘束資源と看做している。 7)金子教授([2010]20-21頁)は、一時拘束と 永久拘束を区分する意義として、組織運営に不可欠な財産に対応して財産的基礎を構成する正味財産(純資産)を、他の正味財産と区分して表示する点を指摘される。 8)岡村教授[2010]は「指定正味財産対象資産は基本財産又は特定資産に掲げられ、永久 にあるいは特定目的が遂行されるまでの間、維 持すべき財産とされる」(59頁,傍点―筆者)と述べられる。 9)この知見は、「貨幣資本概念」(を前提とする名目資本概念と実質資本概念)と「物的資本概念」(を基礎とする実体資本維持説)の真の対立点が、「貨幣」と「物」という異質な資本概念ではなく、貨幣としての資本の拘束の範囲、 すなわち、拘束資金性および自由選択資金性の認識範囲についての見解の違いにある、との考察から導かれている(森田[1973]32-33 頁)。藤井教授[2010]は、公益法人会計基準における、正味財産と対応する基本財産・ 特定資産が、実物資本観(実体資本維持説)を前提とすると指摘されている(30-31頁)。 10)齋藤教授[2011]は、受託責任の明確化および組織のサービスの種類や水準の評価に資するとして、資産側の情報を重視される。そして、使途制約の有無による資産(借方)の 区分を基礎として、負債と純資産(貸方)を区分しない表示方法を提案されている(10- 13頁)。 11)国際会計基準審議会(以下、IASB)と FASB が共同作業した財務諸表の表示プロジェクトでは、2008年10月の公表文書において流動性および財務的弾力性評価の検討を基本目的の一つに掲げていた。しかし、2010年7月の公 表文書では、当該目的は除外された(小西 [2013]61-62頁)。また、現在進行中の IASBとFASBによるリース会計共同プロジェク トでは、提案されている使用権モデルの説明概念として財務的弾力性の記述が見受けられ るところである(佐藤[2013]21-22頁)。 [参考文献] Anthony, R. N., FASB Research Report, Financial Accounting in Nonbusiness Organizations: An Exploratory Study of Conceptual Issues, FASB, May 1978. Donaldson, Gordon, Strategy for Financial Mobility, Richard D. Irwin, 1971. FASB, Discussion Memorandum, Reporting Funds Flows, Liquidity, and Financial Flexibility, FASB, December 1980. FASB, Statements of Financial Accounting Concepts No.4 , Objectives of Financial Reporting by Nonbusiness Organizations, FASB, December 1980(平松一夫・広瀬義州(訳)『FASB 財務会計の諸概念(増補版)』 中央経済社、2002年). FASB, Exposure Draft, Reporting Income, Cash Flows, and Financial Position of Business Enterprises, FASB, November 1981. FASB, Statements of Financial Accounting Concepts No.5, Recognition and Measurement in Financial Statements of Business Enterprises, FASB, December 1984(平松 一夫・広瀬義州(訳)『FASB 財務会計の諸概念(増補版)』中央経済社、2002年). FASB, Statements of Financial Accounting Concepts No.6 , Elements of Financial Statements, FASB, December 1985(平松 一夫・広瀬義州(訳)『FASB 財務会計の諸概 念(増補版)』中央経済社、2002年). 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  • 非営利組織会計と営利組織会計との相互関係―「非営利組織の財務報告の在り方に関する論点整理」論点 9.連結情報の開示についての考察― / 髙山昌茂(公認会計士)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 公認会計士  髙山昌茂 キーワード: 非営利組織会計 連結情報 非支配株主持分 関連当事者 独立行政法人 持分法 要 旨: 非営利組織が法人格を超えてグループとして活動する場合に、グループに属する非営利組 織の継続的活動能力や活動状況の全体像を適切に理解するためには、グループ全体の財務情 報が提供される必要があり、この観点から非営利組織においても連結財務諸表は必要である ことは否定できない。ただし、営利組織会計では当然とされている連結財務諸表の作成が、 非営利組織においてもそのまま適用できるものなのかについて、様々なデメリットが考えら れることから、その実現性が危ぶまれる。そこで次善の策ではあるが、非営利組織の個別財 務諸表に持分法を適用することを提案したい。 構 成: I  はじめに II 営利組織会計において連結財務諸表が必要とされる理由 III 「非支配株主持分」表示に対する違和感 IV 関連当事者の注記の重要性 Ⅴ 非営利組織の会計基準の設定アプローチ Ⅵ 独立行政法人会計基準の連結導入のアプローチ Ⅶ 非営利組織法人の連結導入のアプローチ Ⅷ 持分法適用の必要性と実価法適用の可能性 Abstract When a non-profit entity goes beyond its individual corporate status and engages in activities as a group organization, consolidated information of the entire group is required for the adequate grasp of the respective group membersʼ continuing operational capacities, as well as the entire scope of the group activities. To this extent, the introduction of consolidated financial statements is inevitably required even for nonprofit organizations. As to the implementation of such practice, however, experts see the difficulties of applying the conventional preparation method widely in use by profitoriented business accounting due to its various demerits (obstacles). While it may only serve as the second best solution, this paper aspires to propose the use of “equity method” for the individual financial statements of non-profit organizations. Ⅰ はじめに 平成27年5月26日に日本公認会計士協会より 「非営利組織の財務報告の在り方に関する論点整理」(以下、「論点整理」という)が公表された。 その論点9において連結情報の開示が議論さ れており、「9-1 非営利組織において連結財務諸表は必要か」という問いについては以下のように整理されている。すなわち、「我が国の非営利法人制度において、一部、条件付きの 出資が認められており、企業同様に組織集団を形成することが可能であり、非営利組織が法人格を超えてグループとして活動する傾向は、今後より一層活発になることも考えられる。こうした状況に対応するため、現行の非営利組織に関する情報開示制度においても、出資先の財務状況や関連当事者との取引の情報開示が拡充されつつあるところである。しかしながら、非営利組織がグループとして一体的に活動し、複数組織でリスクが共有されている場合、グループの一部を構成するにすぎない非営利組織単体の財務諸表では、グループ全体の財政状態や活動努力を理解することはできない。このような場合に、グループに属する非営利組織の継続的活動能力や活動状況の全体像を適切に理解するためには、グループ全体の財務情報が提供される 必要があり、このような観点から非営利組織においても連結財務諸表は必要であると考えられ る」1)として連結財務諸表作成の必要性を説いている。 本稿では、営利組織会計では当然とされている連結財務諸表の作成が、非営利組織においてもそのまま適用できるものなのかについて検討してみることとする。 Ⅱ 営利組織会計において連結財務諸表が必要とされる理由 営利組織会計において連結財務諸表が必要とされる理由としては、①子会社を利用した会計操作、特に損失隠しである粉飾防止、②組織分化した企業の業績把握、③企業集団の企業価値測定などが挙げられる2)。このうち②および③については、非営利組織についてもそのまま当てはまる考え方である。すなわち、「論点整理」9-2においても、非営利組織の連結財務諸表の作成目的として「支配従属関係にある組織集団を単一の組織として捉え、その財政状態と活動実績を報告すること。資源がどのように使用されているかを示すことを主目的とし、非営利組織とその資源提供先を一つの会計主体として捉え、その財政状態と活動実績を報告すること」3)の2つが指摘されているところである。 他方、①については多くの非営利組織は利益獲得を主たる目的としていないため、会計操作、 特に損失隠しに使われることは少ないものと考えられる。したがって営利組織会計への導入の強い契機となった①については、非営利組織会計では主たる理由として挙げることはできないものと考える。 Ⅲ 「非支配株主持分」表示に対する違和感 非営利組織が連結財務諸表を作成する場合には、連結被支配組織の純資産のうち、連結財務諸表作成組織(いわゆる親会社)の持分に属しない部分は、非営利組織には本来持分概念がないにもかかわらず、その純資産に「非支配株主持分」(従来の少数株主持主)が表示されることになる。この表示に対して多くの利用者は違和感を抱くこととなろう。それを防ぐためには、①「非支配株主持分」を改訂前連結財務諸表に関する会計基準と同じように純資産の部ではなく、負債の部に計上する方法、あるいは②「非支配株主持分」が表示されない、全部連結ではなく比例連結を適用する方法で対処することが可能であろう。しかしながら①、②どちらの考え方であっても現行の「連結財務諸表に関する会計基準」に反する会計処理であることは事実である。したがって、もし非営利組織が連結財務諸表を作成する場合には、企業会計での取扱いをそのままとすることの違和感は拭えないこととなる。 Ⅳ 関連当事者の注記の重要性 「論点整理」において、「出資先の財務状況や関連当事者との取引の情報開示が拡充されつつある。例えば、学校法人では出資状況等について計算書類に脚注として記載すること、医療法人では事業報告書内で現地法人の状況を報告することが求められている。また、公益社団法人及び公益財団法人並びに社会福祉法人については関連当事者取引に関する注記が求められるなど、多様な取扱いとなっている」4)として関連当事者との取引の注記の重要性について指摘している。関連当事者との取引の開示は、利益を追求していない非営利組織が利益隠しに利用することを防止するのに役立っている。非営利組織が利益を計上したくない場合には、支配している企業を使って高い価格で発注することにより容易に利益の付け替えが行われる虞があるが、これを関連当事者との取引で開示させることにより防止できるようになるのである。ところが、連結財務諸表を作成しているならば、この不明 瞭な取引は連結上相殺消去の対象となり、なかったものとされてしまうため関連当事者取引として開示されることはなくなってしまう。 この点が企業会計の連結をそのまま非営利組織の連結に導入することに対して致命的な欠陥となるものと考える。営利組織であれば利益計上が至上命題のため、損失隠したる粉飾防止のためにも連結財務諸表の作成は必要である。しかしながら非営利組織は損失隠しではなく、あえて言うならば利益隠しを行うことが考えられ、利益隠しの防止には、連結財務諸表の作成よりも関連当事者との取引の注記の方が有効であり、これが示されなくなる連結導入のデメリットは計り知れないものとなると考える5)。 Ⅴ 非営利組織の会計基準の設定アプローチ ところで、「論点整理」では、非営利組織の会計基準を設定する場合には、「非営利組織における財務報告の基礎概念及び会計基準に関する文書を、それ単独で成立するよう、企業会計の枠組みとは独立して構築するアプローチが望ましいと考えられる」6)としつつも、「なお、非営利組織を対象とする財務報告の枠組みを独立した形で構築するアプローチを採る場合であっても、企業会計との整合性を可能な限り図ることは重要である」7)として非営利組織の会計と企業会計とは整合性を可能な限り図るべきであることを強調している。このようなアプローチをとれば、企業会計との整合性を図りながらも企業会計とは独立した(異なる)連結情報もあり得ることになり、大変示唆に富んだ考えであると評価できる。 Ⅵ 独立行政法人会計基準の連結導入のアプローチ 企業会計と独立した連結情報を示している 「独立行政法人会計基準」の取扱いが、今後の非営利組織の連結情報を考える上で参考となる。 当該基準によれば、「①連結財務諸表は作成する。②少数株主持分は純資産の部に計上する (政府等の持分がある)。③関連公益法人等については、独立行政法人との出えん、人事、資金、 技術、取引等の関係を注記により開示する」となっている。 すなわち、連結財務諸表を作成するが、本来企業会計によれば、連結相殺消去される取引を消去せずに注記することになっているのである。 この点について、平成12年の「独立行政法人 会計基準の設定について」では、「基準及び注解は、独立行政法人単体の会計処理の基準として策定している。これは、行政改革会議の最終報告以来、そもそも独立行政法人の制度設計が、その「業務や関連組織等が、資本関係、取引関係、人的関係を通じて、国民のニーズとは無関係に自己増殖的に膨張することに対して、厳しい歯止めをかけることとする」という基本的認識に立って行われており、現時点で連結情報が必要とされる場面が想定できないからである。 ただし、将来仮に連結情報の開示が必要とされる状況が発生した場合においては、一般に公正妥当と認められている会計原則に準じて会計処理が行われるべきことはいうまでもない」8)として、当初は連結財務諸表の作成を要求せず、もし将来連結情報を開示する場合があるとして 企業会計に準じる取扱いとなることしたのである。 ところが、それから3年後の平成15年の改正で、新たに連結財務諸表を作成することとなったとし、「民間企業等に対する出資を業務として実施する独立行政法人が設立されることから、 独立行政法人とその出資先の会社等を公的な資金が供給されている一つの会計主体として捉え、公的な主体である独立行政法人の説明責任を果たす観点から、連結財務諸表に関する基準を新たに設定することとした。なお、独立行政法人が行う出資は主として政策目的の資金供給であり、独立行政法人と出資先企業との関係は民間企業における親子会社の関係とは基本的に異なっている。このため、独立行政法人の評価に資する財務諸表は個別財務諸表とし、連結財務諸表は、公的な主体しての説明責任の観点から作成される財務諸表と位置付けることとした。このため、独立行政法人の連結財務諸表は企業会計のそれとはその性格を異にしている」9)と 説明している。このようになったのは、当初否定的であった連結財務諸表の作成について、独立行政法人の中に、重要な子会社を持つものが多くあって、連結財務諸表がなければ全体が把握できないという実務上のニーズを無視できなかったからだと推測される。 しかしながら、もし連結情報を開示すれば、 連結の範囲に入る関連当事者間取引は相殺消去されてしまうことは、企業会計に100%準拠を前提とするならば、当然であり、それを防止するためにもあえて相殺消去となった取引等の開示を強制し、その理由を「企業会計のそれとはその性格を異にしている」ことに求めたものと思われる。このようにすることで、企業会計の連結をそのまま非営利組織の連結に導入することに対して致命的な欠陥を回避することが可能となったのである。 Ⅶ 非営利組織法人の連結導入のアプローチ ここで独立行政法人会計基準のように、企業会計の連結とは切り離して、非営利組織法人にも連結財務諸表を導入することについて検討してみたい。 独立行政法人会計基準では、第13章 連結財務諸表、第6節関連公益法人等の取扱い、第128関連公益法人等の情報開示の箇所で、「関連公益法人等については、独立行政法人との出えん、人事、資金、技術、取引等の関係を「第7節 連結財務諸表の附属明細書、連結セグメント情報及び注記」に定めるところにより開示するものとする」と規定しており、たとえ連結財務諸表作成上相殺消去となる取引であっても開示の対象としていることは、上述のとおりである。他方、独立行政法人には持分があることから、非支配株主持分が純資産の部に計上されたとしても何ら違和感がなく、企業会計に準じた連結財務諸表を作成することに問題がない。 したがって、いくら独立行政法人会計基準を参考にしてみても、非営利組織が連結情報を導入する際の2つのハードル、すなわち①関連当事者の注記と②「非支配株主持分」表示に対する違和感のうち、そもそも持分概念のない非営利組織に②のハードルをクリアすることが困難であることに変わりがない。 Ⅷ 持分法適用の必要性と実価法適用の可能性 そこで次善の策ではあるが、連結財務諸表と同様な効果をもたらす「持分法」を非営利組織の個別財務諸表に導入することを提案したい。 「持分法」とは、投資会社が被投資会社の資本及び損益のうち投資会社に帰属する部分の変動に応じて、その投資の額を連結決算日ごとに修正する方法をいい、非連結子会社及び関連会社に対する投資については、原則として持分法 を適用することになる10)。連結に代わって持分法を適用することにより、上述の連結財務諸表を作成する場合の問題点を克服することができ、かつ非営利組織の財政状態を的確に把握することができるようになるものと思われる。 また、この考え方をさらに推し進めていくと、支配とは関係なく、すべての非上場株式について実価法を適用することも当然に視野に入ってくるのではないかと考えられるが、この点については、今後研究を続けて行くこととしたい。 [注] 1)日本公認会計士協会「非営利組織の財務報告の在り方に関する論点整理」、65~66頁、 2015年。 2)金児昭「グループ経営と連結決算」『企業会計』Vol49 No.11、中央経済社、6頁、1997年。 3)日本公認会計士協会前掲資料、66頁。 4)日本公認会計士協会前掲資料、65頁。 5)会社計算規則第112条では、関連当事者との取引に関して、注記を求めているが、連結注記表ではなく、個別注記表のみの開示である。 6)日本公認会計士協会前掲資料、27頁。 7)日本公認会計士協会前掲資料、27頁。 8)独立行政法人会計基準研究会「『独立行政法人会計基準』の設定について」、v 頁、2000年。 9)独立行政法人会計基準研究会 「『独立行政法人会計基準』の改訂について」、viii 頁、 2003年。 10)財務会計基準委員会「持分法に関する会計基準」、 2 ~ 3 頁、2008年。 (論稿提出:平成27年11月30日)

  • 非営利組織会計と企業会計の統一的表示基準 / 宮本幸平(神戸学院大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 神戸学院大学教授 宮本幸平 キーワード: 企業会計との統一化 表示基準の類型化 目標仮説検証 拘束/活動フローの2区分  1計算書方式 要 旨: 本考察は、企業会計との統一化を指向した非営利組織会計の表示基準措定を目途とする。 まず諸非営利組織会計の表示基準の相違点が明らかにされ、これに基づいて3つの類型に峻 別される。次に、各類型に内在する問題点を明らかにしながら、妥当な表示基準の目標仮説 が設定される。即ちそれは、当期業績フローと拘束的フローの2区分とし、貸借対照表と連 携させるものである。そして、IASBにおける同様の2区分表示の議論を援用しながら、目標仮説の表示基準が、企業会計のそれと整合したものであるかの考察が図られる。 構 成: I  はじめに―考察の問題意識― II 非営利諸法人の財務諸表表示基準と相違点 III わが国諸非営利組会計における表示基準の類型化 IV 非営利組織会計の基本目的を達成する統一表示 基準の目標仮説設定 Ⅴ 非営利組織会計と企業会計の表示基準の整合化 Ⅵ おわりに―考察の結論― Abstract This consideration aims to set of NPO accounting display standards that was directed to the unification of the corporate accounting. First of all, differences of display standards of various NPO accounting are revealed, and thereafter it can be divided into three categories. Then, the target hypothesis which is reasonable display is set while reveal problems underlying in each category. The hypothesis that includes two sections of the restrictive flow and fiscal performance flow is intended to linkage with a balance sheet. And while incorporated the discussion of two statements approach in the IASB, consideration of whether the standards are consistent with the corporate accounting is performed. Ⅰ はじめに ―考察の問題意識― わが国は、中央政府の財政赤字累計が現在 1,000兆円を超え、先進国で最も厳しい状況に ある。これを是正していくためには、公共サー ビスの民間委託を推進して歳出削減を図る必要がある。そのための一手段として、非営利組織への補助金・寄附金の提供が有効となり得る。 そして、政府からの資金提供が非営利組織に行われる場合、適切な会計情報の開示による説明責任の達成が要請される。しかし現在わが国の非営利組織会計制度では、公益法人、社会福祉法人、NPO 法人、学校法人など各々により会計基準が設定されている。そのため、情報利用者による会計情報の横断的理解と意思決定が困難な状況となっている1 ) 。したがって、広く一般に妥当と認められた知識で理解可能となる会計基準が必要となり、この点では企業会計の 制度・理論の知識が、今日広く共有され得るも のと判断できる。 本稿はこうした現況に鑑み、企業会計との統一化を指向した非営利組織会計の表示基準措定を目途に考察を進める。まず非営利組織会計の各表示基準を概観して相違点を明らかにし(第Ⅱ節)、これに基づいて表示基準の類型化を図る(第Ⅲ節)。そして各類型に内在する問題点を顕在化して妥当な表示基準の目標仮説を設定し(第Ⅳ節)、当該仮説が企業会計と整合的であるかの考察および結論導出を行う(第Ⅴ節)。 Ⅱ 非営利諸法人の財務諸表表示基準と相違点 本節では、企業会計との統一化を指向した非営利組織会計の表示基準を措定するために、まず、法人間に見られる財務諸表の表示基準の相違点を明らかにする。 1 フロー計算書の表示基準の相違点 わが国の非営利組織会計基準が規定するフロー計算書の表示区分は、表1のとおりである。大区分の相違点として、拘束的項目/当期活動項目に区分表示するタイプと、本業的項目/本業外的項目/特別的項目に区分表示するタイプに峻別される。公益法人会計の正味財産増減計算書は前者に分類でき、一般正味財産増減の部と指定正味財産増減の部に区分表示される。そしてこれは、拘束性の有無に基づいた区分である。他方、社会福祉法人会計および学校法人会計のフロー計算書は後者に分類でき、経常増減額(本業活動増減および本業活動外増減)と特別増減額に区分される。同様にNPO 法人会計では、経常損益と経常外損益に区分される。即ちこれら3法人の基準では、経常性の有無に基づいた区分設定がなされている。 次に内訳項目の重要な相違点として、基本金組入額につき社会福祉法人会計では「特別増減の部」の要素として表示され、学校法人会計で は「当年度収支差額」からの控除項目として表示されている。 つまり、社会福祉法人会計では基本金組入額が稼得収益から控除されるのに対し、学校法人会計では当期の収支差額から基本金を控除する表示構造である。他方、公益法人会計では、基本金への組入項目につき、指定正味財産増減の部の「当期指定正味財産増減額」がその役割を果たすものである。 さらに、着目すべき別の相違点として、公益法人会計では、指定正味財産増減の部に表示される拘束的収入に対し、拘束が解除された価額や減価償却額費に対応する価額を一般正味財産増減の部に振替えるため、当該項目が指定正味財産増減の部に設定されている。 表1 非営利組織会計フロー計算書の表示基準(表示区分) 2  貸借対照表の表示基準の相違点 わが国の非営利組織会計基準が規定する貸借対照表の表示区分は、表2のとおりである。特徴に挙げられる第一点目は、学校法人会計において、基本金が純資産の部の主たる表示項目とされることである。教育研究活動に利用される校地・校舎等の健全維持のために、当該財源の累計価額である基本金が最重要の表示要素となる。また、社会福祉法人会計では、フロー計算書から組入れられた基本金および国庫補助金等特別積立金が、純資産の部において表示される。 二つ目の特徴点は、公益法人会計において、 寄附者等によりその使途に制約が課された資産等を指定正味財産とし、それ以外の一般正味財産と区分して表示することである。即ち、施設・設備に対する寄附金・補助金など、資金提供者が使途を拘束するインフローの残高が表示され、その下位に国庫補助金・地方公共団体補助金・寄附金が表示される。 表2 非営利組織会計貸借対照表の表示基準(表示区分) Ⅲ わが国諸非営利組会計における表示基準の類型化 次に本節では、以上で明らかとなった諸表示基準の差異を斟酌しつつ、フロー計算書およびこれと連携する貸借対照表の表示基準の類型化を図る。これにより、現行の各基準に内在する問題点の顕在化が図られる。そして、如何なる表示基準とすれば企業会計との統一化のうえで妥当となるか、その考察へと段階を進めることができる。 1 当期活動フロー/拘束的フローの2区分とする表示基準 類型化が可能な表示基準の一つは、インフローを拘束度合によって区分し、貸借対照表と 連携させる様式である。当該類型に含まれる公益法人会計基準では、正味財産増減計算書において、指定正味財産増減の部と一般正味財産増減の部に最大区分され、各々が貸借対照表/正味財産の部と連携する。 こうした表示基準により達成される会計の基本目的として、フロー計算書上段に表示される当期活動項目により、用役提供努力および成果の査定が可能となる。次に下段に表示される拘束的フロー項目により、次年度以降に拘束・維持される資源価額の当期増減額が明らかとなる。そしてボトムラインに設定される当期純資産増減額により、財務的生存力に対する当期の貢献度合が査定できる。 かかる表示基準と同様の形式をとるものとして、純利益とその他の包括利益を最大区分とする、国際会計基準審議会(IASB)の基準がある。当期純利益は活動業績を示すもので当期一般正味財産増減額と同等であり、その他の包括利益は純利益以外の純資産増加額を示すもので当期指定正味財産増減額と同等である。 2 本業/本業外/特別の3区分とする表示基準 類型化ができる別の表示基準は、インフローを本業的項目/本業外的項目/特別的項目の3区分とし、さらに貸借対照表へ組入れる項目が表示される様式である。社会福祉法人会計基準では、サービス活動増減、サービス活動外増減、特別増減に最大区分され、学校法人会計も同様に、教育活動収支、教育活動外収支、特別収支に3 区分される。また上からの 2区分については、小計として経常増減差額が表示される。そして貸借対照表/純資産の部への組入額が表示され差引かれた後、ボトムラインにおいて当期活動増減額(学校法人会計では基本金組入前当年度収支差額)が表示される。 こうした表示基準により達成される会計の基本目的として、各区分の表示要素により、用役提供努力・成果の査定が可能となる。そしてボトムラインには、繰越増減額が設定されて(ただし基本金等組入後の価額)、財務的生存力に対する当期の貢献度合を査定することができる。 そして企業会計では、わが国の損益計算書における営業・営業外・特別の3区分が、本類型と近似した様式である。また、当該計算書では 営業損益と営業外損益が合計されて経常損益が表示されるが、同様に社会福祉法人会計では経常増減差額、学校法人会計では経常収支差額が表示される。 3 インフロー/アウトフローの2区分とする表示基準 類型化ができる表示基準の第3番目は、フロー計算書において、インフローとアウトフ ローの2区分とする表示基準である。 当該表示により達成される会計の基本目的として、ボトムラインの当期純資産変動額が財務的生存力に対する当期の貢献度合を査定する指標となる。またアウトフローが一括表示されるため、用役提供努力の査定が他の2類型と比べて容易となる。他方で、活動業績のボトムラインが表示されないこと、企業会計/損益計算書との近似性が無いことがデメリットとなる。 これと近似する表示様式として、国際公会計基準審議会(IPSASB)の規定では、インフローの区分において、経常的な活動によって生じるインフローと長期的な活動の遂行に作用するインフローが表示される。またアウトフローの区分においても、インフローと同様に峻別表示される。そして、最終ボトムラインには当期純資産変動額が表示され、これが貸借対照表/純資産の部/次期繰越活動増減差額と連携する。 Ⅳ 非営利組織会計の基本目的を達成する統一表示基準の目標仮説設定 以上により、諸非営利組織会計のフロー計算 書および貸借対照表の表示基準が3タイプに類型化された。そこで、企業会計との統一化を指向した非営利組織会計の統一表示基準を措定するため、会計の「基本目的」達成の観点から妥当と考えられる類型を選択し、当該類型を表示基準の目標仮説とする。 1 本業・本業外・特別収支の3区分とする表示基準の問題点 上述のとおり、社会福祉法人および学校法人会計のフロー計算書は、企業会計/損益計算書の3区分(営業損益・営業外損益・特別損益)と近似した様式である。 当該表示基準に内在する問題点は、特別収入の区分において、資産売却差益と施設整備寄附金・補助金とが同時に表示されることである。 即ちここでは、当期の活動業績となるフローと将来に拘束されるフローとが混在表示される。本業・本業外・特別収支の3区分は、経常性の有無により峻別されるものであり、固定資産売却益が特別収支に表示されることに問題はない。しかし施設整備寄附金・補助金は、毎期経常的に生じる拘束的フローであり、本業に係る増減の部に表示されるべき項目である。即ちここでは、拘束性がありかつ経常性を具備する寄附金・補助金収入が特別収支の区分に表示される。他方でこれを本業収支の区分に含めると、当期活動フローとの混在が生じることになる。 また本区分の別の問題として、活動成果の一部価額が貸借対照表に組入れられるため、ボトムラインにおいて、財務生存力に対する当期貢献度合の査定能力が減衰する。即ち基本金などが組み入れられた後の残存価額には、当該査定機能の希薄化が生じるのである。 2 イン/アウトフローの2区分とする表示の問題点 この表示基準は、すべてのインフロー、即ち当期活動インフローと拘束的インフローを一括表示し、同様にすべてのアウトフローを一括表示する様式である。会計の基本目的である用役提供努力の査定においては、アウトフローを一括表示する当該様式が有用となる。これに対し当期活動アウトフローと拘束的アウトフローの間に拘束的インフローが入れば、用役提供努力の全体像が捉えにくくなる。 ただしデメリットとして、当期活動のインフローとアウトフローが分離して表示されるため、当該差額による活動業績の査定が達成できない。 一般に、活動業績のフロー計算書ではインとアウトの差額が情報利用者の意思決定の対象となる。ところが本表示では、当期の活動業績を表す差額が表示されないことになる。 また、企業会計の表示基準との近似性において、イン/アウトフローの2区分表示は、資金収支計算の要請から様式が形成された政府会計 /歳入歳出計算書と同様であり、企業会計との表示基準統一化を目途とする場合には、他の表示類型に劣る要素となる。 3 基本目的を達成する統一的表示基準の目標仮説 以上により、本業・本業外・特別収支の3区分とする表示基準、およびイン・アウトフローの2区分とする表示基準につき、統一的表示基準として必ずしも妥当といえない論拠が示された。これに対して、残る公益法人会計の様式によれば、以下のような優位性が確認できる。 アウトフローの殆どは一般正味財産増減の部において表示されるため2) 、用役提供努力の査定が、社会福祉・学校法人会計基準(本業・本業外・特別の3区分)よりも容易である。 社会福祉・学校法人会計では、貸借対照表へ拘束的フローが組入れられるため、ボトムラインにおいて財務的生存力への貢献度合査定ができない。公益法人会計基準では、フロー計算書のボトムラインに貸借対照表組入額が含まれている。 公益法人会計基準における2つのボトムライ ンは、当期活動業績とそれ以外の区分であり、 IASB が規定する「純損益及びその他の包括利益計算書」と近似した区分である3)。 こうして、明らかとなった公益法人会計基準の利点を勘案し、これをベンチマークとすれば、 非営利組織会計の統一表示基準措定を図ることができる。会計研究における結論導出においては、問題点に対する「当為」とその「根拠」の提示が重視され、当該妥当性を示すためにまず目標仮説が設定される(徳賀[2012a]、1 頁)。 即ち、設定された目標仮説に当為が含意される。 そして、当為の根拠について規範演繹的に考察することで4)、必然的な目標仮説正否の結論が導き出される。 そこで本考察においては、公益法人会計基準をベンチマークとする非営利組織会計表示基準の統一化を指向した表示基準について、当為が含まれた次のような目標仮説が設定できる。 (目標仮説)フロー計算書において、当期業績 フローおよび拘束的フローの2区分とし、各合計額を貸借対照表/純資産の部と連携させて表示することにより、非営利組織会計の基本目的を達成しかつ企業会計との近似性を備えた表示基準とすることができる。 Ⅴ 非営利組織会計と企業会計の表示基準の整合化 以上により、企業会計との統一化を達成する表示基準の目標仮説として、IASB の規定と近似した2区分表示するとする案が示された。本節では、当該仮説(その基底に「当為」と根拠が存在する)の妥当性につき、規範演繹的考察によって検証を行う(本節では、引用のみの注釈については文中にカッコ書きで記している)。 1 非営利組織会計/フロー計算書における2区分化の妥当性 本目標仮説は、非営利組織会計の基本目的を達成しかつ企業会計との表示の統一化を指向するために、当期業績フローと拘束的フローの2区分表示が妥当とする。これは、わが国の公益法人会計基準に近似する内容であり5)、当該表示基準によって財務的生存力維持に対する当期の貢献度合の査定、および用役提供努力・成果査定の基本目的を達成することができる。 R.N.Anthonyによれば、非営利組織における収益と費用の差額は、活動業績を端的に表す指標となり得る(Anthony[1989], p.31)。ただし当該差額に伏在する問題として、拘束的インフローを含めなければ僅少価額となるケースが起こり得る。つまり、次期に繰延べられるフローについても財務的生存力維持に資する価額となるため、2つの区分を同時に表示しなければ、当該査定が達成できないと考えるべきである。 したがって、目標仮説の2区分のうち当期業 績フロー区分において、用役提供努力・成果の査定が可能となるものの、当該ボトムラインの機能については、財務的生存力維持の目安を提供することに止まる。非営利組織会計の基本目的を達成するには、当期業績フローと拘束的フローの2区分を同時に表示することが妥当と判断される。 2 企業会計における「2計算書方式」適用の議論 こうした、当期業績フローのボトムライン表示の是非の問題点につき、これと関連した議論が企業会計においても展開された経緯がある。 それは、IASBやわが国企業会計基準委員会における、ツーステートメント・アプローチ(以下、2計算書方式)とワンステートメント・アプローチ(以下、1計算書方式)の選択の議論である。当該議論の焦点は、当期業績フローとそれ以外とを如何にして表示するかにあるため、その考察プロセスと導出結論を参酌すれば、本考察における2区分表示計算書の妥当性検証(即ち目標仮説の検証)が可能となる。 周知のとおり、IASB における企業会計の制度設計は、資産負債アプローチを前提に進められ、ここから演繹的に基準設定されたフロー計算書は、損益項目を「純利益」の区分、公正価値で評価された資産・負債の未実現損益項目を「その他の包括利益」の区分に表示する。そして、当該表示基準設定においては、まず1計算 書方式への一本化が検討され、しかし純利益と包括利益を区別する2計算書方式を選好する関係者が多かったことから、両者の選択が認められた経緯がある6)。 またわが国でも、企業会計基準委員会における平成22年会計基準の公開草案に対するコメントのなかで、1計算書方式において包括利益が強調され過ぎることへの懸念から、純利益と包括利益が区分される2計算書方式を支持する多数の意見が表明されている(企業会計基準委員会 [2012]、10頁)。しかし他方で、一覧性、明瞭性、理解可能性等の点で1計算書方式を支持する意見も存在した。そこで委員会は、いずれの計算書方式によっても包括利益の内訳内容は同様であることから、選択制によって比較可能性は損なわれないと判断した。 以上のように、企業会計の表示基準設計においては、包括利益一元化(業績報告書からの純利益の排除)が推進されながらも、ボトムラインである包括利益が強調され過ぎること、および当該計算書における表示区分・項目の議論が十分でないことを事由に、当該一元化が回避されている(藤井[2007]、148-153頁)。即ち IASB では、既存の財務諸表体系を基本的に維持したまま、その他の包括利益の構成項目と包括利益 を表示する包括利益計算書を追加する形で、基準準拠の業績報告書が設定されたわけである (藤井[2007]、153頁)。 3 IASB の議論の非営利組織会計への適用 以上に説明されたIASBにおける純利益とその他の包括利益の表示に係る議論は、本考察における統一的表示基準の目標仮説(当期業績フローと拘束的フローの2区分化)の検証において、 援用が可能と考えられる。いずれも、当期業績フローとそれ以外との区分表示において生じる問題が考察焦点となるためである。 IASB の議論では、新たに設定されたその他の包括利益の区分がもたらすインパクトが議論の中心である。そこで、当該議論における結論導出の論拠を明らかにできれば、これを本考察の目標仮説検証に援用できる。即ち、非営利組織会計の統一的表示基準の当為(ここでは目標仮説)に対し、IASBが示した論拠を援用して検証を行えば、規範演繹的な結論導出が可能となるのである。 上記のとおりIASBが導出した結論である「選択方式」採用の論拠の要諦は、1計算書方 式導入による包括利益強調化の回避にある。そこで当該論拠を非営利組織会計における2区分表示適用の問題に援用すると、ここでは、当期 業績フローのボトムラインの強調化が懸念事項となる。現行の諸非営利組織会計では、ボトムラインに表示される当期純資産変動額が重視されるため、1計算書方式によって当期業績を示すボトムラインが新たに追加されると、そこに焦点が集まる懸念が新たに生じる。 しかし他方で、2計算書方式を採用した場合には、別の問題が顕在化する。非営利組織は利益獲得を第一義としないため、当期業績インフ ローが僅少額となる可能性が企業会計と比べて高い。そのため、2計算書のうち一方である当期活動フローの計算書のボトムラインにおいて、財務的生存力の査定機能が備わらない事態が起こり得る。拘束的フローの総額が当該計算書に反映されないためである。これに対し1計算書 方式によれば、その下段に寄附金・補助金などの拘束的フローが表示され、財務的生存力の査定が可能となる。 以上より、1計算書方式を導入すると、追加ボトムラインへの注目度の移行が懸念事項となる。他方、2計算書方式とすれば、当期活動フローの計算書のボトムラインが少額となり、財務的生存力査定に資する情報となりにくい。さらに、意思決定有用性の観点からは二次的と見られる活動業績のボトムラインが、強調化懸念の対象となる。したがって、1計算書、2計算書のいずれを選択しても、問題が回避されないことになる。 4 非営利組織会計表示基準における1計算書方式の妥当性 以上のように、目標仮説で示された2つのフ ロー区分を1計算書方式で表示すれば、既存の当期純資産変動額よりも、新たに設定された当期業績フローのボトムラインの強調化が懸念事項となる。他方で2計算書方式とすると、当期業績フローの計算書において、財務的生存力査定が達成されない可能性がある。 ここで、IASBにおける計算書方式選択の議論に立ち戻ると、問題の根源は純利益とその他の包括利益の異質性にあり、情報利用者の意思決定の混乱を避けるために2計算書方式が案出されたと考えられる。ただし、包括利益表示の強調化への懸念に対しては、包括利益が「最終ボトムライン」であることに留意すべきである。即ち、従前は純利益がボトムラインであったところに、新たな会計観(資産負債アプローチ)に基づく価額が最終ボトムラインとして表示されるため、そのインパクトが大きかったと推察できる。 これに対し、本考察の目標仮説から導出されるフロー計算書では、当期業績フローおよびボトムラインが上段に表示される。そして最もインパクトがある最終ボトムラインには、従来どおり財務的生存力の査定に資する当期純資産増減額が表示される。したがって、IASB が規定 する1計算書方式との比較において、新たなボ トムラインが設定される影響は僅少と判断できる。むしろ当該区分の表示により、用役提供努力と成果が対応的に表示され、活動業績の査定が容易に達成されるメリットが新たに生じる。 さらには拘束的インフローについても、2計算書方式を前提に個別の計算書に表示する意義に乏しいと判断できる。なぜなら寄附金・補助金は、使途制約が含まれる場合でも、法的権利が出資者から組織に移転する点で、企業会計の払込資本および負債とは本質が異なる。即ちこれらは、活動コストと間接的に対応する、収益的性質を具備した純資産増加額と見ることができる7)。したがって、当期業績フローと使途制約がある寄附金・補助金には同質性が存在し、そのため1計算書方式として一体化表示することが可能と判断される。 以上に示された論拠により、上段に当期業績 フローが表示され、下段に拘束的フローが表示されて、最終ボトムラインに当期純資産増減額 が表示される1計算書方式の表示基準が、非営利組織会計において妥当とする結論が導き出さ れる。即ち、フロー計算書において当期業績フローと拘束的フローの2区分表示とし、各ボトムラインを貸借対照表/純資産の部と連携させる。これにより、企業会計の財務諸表表示基準 (ここではIASBが規定する基準)との統一化を指向し、かつ非営利組織会計の基本目的を達成するような、財務諸表表示基準が措定される。 Ⅵ おわりに ―考察の結論― 以上のとおり本考察では、企業会計との統一化を勘案した非営利組織会計の統一的表示基準につき、目標仮説の設定と規範演繹的考察が行われ、当該仮説が妥当であると結論付けられた。即ち、フロー計算書(1計算書方式)において当期業績フローおよび拘束的フローの 2区分表示とし、各合計額を貸借対照表/純資産の部と連携させることにより、非営利組織会計の基本目的を達成しかつ企業会計との近似性を備えたが表示基準とすることができる。 措定された表示基準は、活動業績のフローとそれ以外のフローを峻別する点から、IASB が規定する表示基準と同様の様式である。当該様式によれば、企業会計に倣い、資産負債アプローチと収益費用アプローチとが混合した測定基準が非営利組織会計に採り入られた場合でも、確定した諸勘定を計算書に誘導することができる。即ち、企業会計をベンチマークとして測定基準および表示基準が調整されれば、諸勘定を当期業績フローと拘束的フローの2区分の計算書に誘導・表示することができる。こうして、企業会計と非営利組織会計の統一化が達成されることになる。 [注] 1)詳細については、日本公認会計士協会[2013]、1頁参照。 2)「指定正味財産増減の部」に表示されるアウトフローは、基本財産評価損、特定資産評価損などに限定される。したがって「一般正味財産増減の部」のみにおいて用役提供努力の 査定がおおむね可能となる。 3)R.N.Anthony は、株主持分に焦点を当てた企業会計の概念フレームワークとの脈絡を保ちつつ非営利組織会計の規定を設定するのは容易でないとしながら、他方では持分維持の成 功可否の情報が共通の焦点と考える (Anthony[1984]・佐藤訳[1989]、117頁)。 4)会計研究では、目標仮説から経験に頼らず特定の理論から演繹的な推論のみで論理的に必然的な結論に到達しようとする規範演繹的研究と、目標仮説と帰納的に観察された事実と の乖離の大きさを指摘してその解決策を提示する規範帰納的研究の、いずれかによって必 然的な結論が導出される(徳賀[2012b]、 144頁)。 5)藤井[2010]では、基準統一化において、情報提供・市場規律主導型の会計基準として再設計されるべきと考え、FASB基準(SFAS116S および FAS117)、およびこれを援用したわが国の公益法人会計基準をモデルとした統一化を提案する(藤井[2010]、29-32頁)。 6)IASB がこうした措置に至ったのは、単一の業績報告書の導入を放棄したからではなく、当該方針に対する懸念や慎重論に配慮したことによる。こうした経緯の詳細は、藤井 [2007]、149-152頁参照。 7)藤井[2004]では、非営利組織における寄附金収入の収益性をめぐるAnthony と FASB の論争が分析され、FASB が資産負債アプローチに立脚し、これを包括利益と捉えていることが説明されている(藤井[2004]、99 -100頁)。 [参考文献] Anthony, R.N.[1984], Future Direction for Financial Accounting, Dow Jones-Irwin, 佐藤倫正訳[1989]『アンソニー財務会計 論』白桃書房。 ――――[1989], Should Business and Nonbusiness Accounting Be Different ?, Harvard Business School Press. 企業会計基準委員会[2012]「企業会計基準第25号 包括利益の表示に関する会計基準」企業会計基準委員会。 徳賀芳弘[2012a]「規範的会計研究の方法と貢献」、日本会計研究学会第71回全国大会 統一論題報告資料。 ――――[2012b]「会計基準における混合会計モデルの検討」『金融研究 /2012.7』。 日本公認会計士協会[2013]「非営利組織の会計枠組み構築に向けて」非営利法人委員会研究報告第25号。 藤井秀樹[2004]「アメリカにおける非営利組織会計基準の構造と問題点- R.N. アンソニーの所説を手がかりとして-」『商経 学叢』第50巻第 3 号。 ――――[2007]『制度変化の会計学―会計 基準のコンバージェンスを見すえて―』中央経済社。 ――――[2010]「非営利法人会計における会計基準統一化の可能性」『非営利法人研 究学会誌』VOL.12。 (論稿提出:平成27年11月28日)

  • ≪研究ノート≫学校法人会計基準における2つの収支計算書の役割を巡る検討 / 林 兵磨 (常葉大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 常葉大学教授  林 兵磨 キーワード: 私立大学、学校法人、学校法人会計基準、資金収支計算書、 消費収支計算書、事業活動収支計算書、基本金 要 旨: 本稿では、日本の学校法人会計基準、とりわけ当該会計基準に規定されている2つの収支計算書(資金収支計算書及び消費収支計算書)について検討を行っている。 本稿の目的は、まず学校法人会計において、なぜ2つもの収支計算書(資金収支計算書及び消費収支計算書〔現行の事業活動収支計算書〕)を必要とするかを、そして2つの収支計算書類のそれぞれの役割は何であるかを明らかにしていくことであり、その上で学校法人会計の中に「基本金制度」を導入した論理と、現在の学校法人に与えている影響について考察することにある。以下は、その概要である。 収支計算書のうち、まず資金収支計算書については、私立学校法人の学納金納入時期の 期間的ズレに対応するために、学校法人会計に半発生主義会計も取り入れたことを明らか にした。他方、消費収支計算書については、私立大学における基本財産(固定資産)の規模 拡大により、発生主義会計を適用せざるを得なくなり、それに対応するために設けられた 計算書類である。 また、非営利組織の1つである学校法人に係る会計であるにも関わらず、営利企業会計と同じ発生主義会計を採用することによって、学校法人の「永続性」担保の手段である「基本金制度」導入を可能たらしめた。それは、「基本金制度」導入のためには、発生主義会計に多く見られる「見積もり・仮定・判断」といった行為が必要となってくるからである。 そのために、学校法人会計基準は、発生主義会計の新たな別の収支計算書として、消費収支計算書まで設けた。 ところで、この「基本金制度」は、多くの私立大学の財務状況の改善に寄与したこともまた事実である。しかし、私立学校法人を取り巻く環境は、学校法人会計基準作成当時と現在では、大きく異なっている。それゆえ、学校法人会計基準の「基本金制度」は、現代の大学教育の現場においてはむしろマイナスの効果が与えている。 いずれにせよ、学校法人会計に今一番求められていることは、政策的意図を組み込むことによって複雑な体系を持った計算書類ではなく、できる限りありのままの状態を記した 計算書類を作成するようにすることである。1人でも多くの利用者が、理解可能性に優れ た計算書類により、適切な判断ができるよう導くことが肝要であるように思われる。 構 成: I  学校法人会計基準の概要 II 資金収支計算書とその役割 III 消費収支計算書の役割と基本金制度 IV 学校法人会計基準の改正を巡る問題点 Abstract In Japan, Accounting Standard of School Corporations has based on cash flow statement.  However, the statement presents only transactions are involved in cash. School corporations that own universities usually have large fixed assets. Therefore, we need another financial on the basis of accrual basis accounting system besides cash flow statement. For this reason, the accounting standard required school corporations to make new financial statement like a income statements in business accounting. According to the new financial statement, school corporations also have to make balance sheet. It presents “Kihonkin” in net assets. Although it has contributed to improve in financial conditions of schools.Several problems have been pointed out by some researchers. This system was being criticized by many scholarsin that the rules canʼt warrant credibility of accounting information. I think that “Kihonkin” should be reconsidered because it has too strong effective to protect financial conditions. There are too many universities in Japan in spite of declining birth rating.  “Kihonkin” causes some serious problems ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ 学校法人会計基準の概要 周知のように、日本における最初の学校法人会計基準は、1971年(昭和46年)に公表された。 当該会計基準は、国等から私学助成金等の補助金を受けようとする学校法人が、統一的な会計処理を行うための遵守すべき会計基準として設定されたものである。とりわけ、補助金に対する説明責任を果たすために資金収支計算書が必要とされた1)。 ところで、この学校法人会計基準は、いわゆる「演繹法」によって作成されたといわれている2)。この理由として、当該会計基準作成に携わった村山徳五郎氏は、次のように述べている。すなわち、「会計の原則が新たな展開を指向するとき、『演繹型』の発想が不可欠の用具であった3)」と。このことから学校法人会計基準は、学校法人以外の他の非営利法人に係る会計基準には見られない特徴を有していることを示唆している。その特徴とは、「基本金制度」をあげることができよう。 他方、学校法人会計基準は、上記のように特徴的な側面を有する一方、非営利組織会計で伝統的に用いられていた資金収支計算書も、依然として計算書類の1つとして位置づけている。これは「非営利組織の利益追求は社会的にタブー視され、経営業績を示す計算書(企業会計の損益計算書に相当するもの)は重視されず(あるいは不要)4)」という考え方も、依然として根強いことが理由として考えられる。 ところで、私立大学を有する学校法人(以下、「私立大学法人」という)は、会計基準設定段階から現在まで一貫して、自身を「消費経済体」であると位置づけてきた。この「消費経済体」 なる表現は、現在、私立大学法人のホームペー ジ上でもしばしば見受けられるところである。ここでいう「消費経済体」という概念は、利潤追求を目的とする営利企業を「生産経済体」と位置づけて、それと対立する概念であるとの説明がなされることが多い。ただし、このように私立大学法人のことを「消費経済体」と位置づ けるとしても、「その事業活動の遂行に不可欠の手段となるべき資産を消費しきって、法人自体の消滅を招いていいはずのものでもない5)」 との考えも謳われている。 ところで、上記「基本金制度」については、 研究者や実務家等から、その概念や会計処理方法について、学術論文等によりこれまで多くの批判を受けてきた6)。例えば、「『学校法人会計基準』にある―(中略)―基本金の内容は、学校法人の財務的な基盤確保・内部留保には寄与する反面、―(中略)― 父母・学生への学費の高負担を押しつける仕組みになっている7)」 等といった批判である。 そこで、本稿の目的は、学校法人会計基準が、「基本金制度」を設けた背景や根拠について検討していきたい。とりわけ、本稿では「基本金制度」に関連して、当該会計基準が、なぜ2つの収支計算書(「資金収支計算書」及び「事業活動収支計算書(旧:消費収支計算書)」を必要とするのか、そして2つの収支計算書の役割はそれぞれ何であるかを明らかにしつつ、「基本金制度」 について考察していきたい。 そして、この考察を通じ、学校法人会計における「基本金制度」が、制定当初(1970年代前 半)と比較して大きく変化している、現代の私立大学を取り巻く現状にどのような影響を与えているのかについて述べていきたい。 Ⅱ 資金収支計算書とその役割 学校法人会計基準に定める基本計算書類は、 記載されている基準の条文の順番から、①資金収支計算書、②消費収支計算書(現行の事業活動収支計算書)、③貸借対照表の3つである。 このうちまず、資金収支計算書は、内容的には、営利企業会計におけるキャッシュ・フロー計算書とほぼ近似しているといえるとの指摘がある8)。そして、現行の学校法人会計基準(以下、「平成27年学校法人会計基準」という)は、この資金収支計算書を次のように規定している。 「学校法人は、毎会計年度、当該会計期間の諸活動に対応するすべての収入及び支出の内容並びに当該会計年度における支払資金の収入及び支出のてん末を明らかにするため、資金収支計算を行う。」(平成27年学校法人会計基準・第6条) 上記の条文から、資金収支計算書には、目的が2つあることが分かる。すなわち、「当該会計期間の諸活動に対応するすべての収入及び支出の内容」を明らかにする目的と、「当該会計年度における支払資金の収入及び支出のてん末」を明らかにする目的の2つである。 そこで、順序は前後するが、まず先に資金収支計算書の後者の目的について説明する。ここで「支払資金の収入及び支出のてん末を明らかにする」とは、当年度中に実際に生じた収入及び支出だけ記録することを意味する。そして、このてん末は、資金収支計算書上の次期繰越支払資金として表示され、この次期繰越支払資金は、当該年度末時点の貸借対照表上における現金預金勘定の金額と一致することとなる。 次に、資金収支計算書の前者の目的について説明する。ここで「当年度の諸活動に対応す る」とは、当年度末の時点で未収分及び未払分があったしても、それらが当年度の活動に帰属するものであるならば、それらは当年度の収支計算に含まれることを意味している。さらに、 前期中にすでに行われた、当年度活動に帰属する前払分及び前受分についてもまた当年度の収支計算に含まれることを意味している。 つまり、後者の目的の方は、現金主義により達成されるのであるが、他方、前者の目的については半発生主義(つまり、営利企業でいうところの「権利確定主義」)によって達成されることになる。このように、学校法人会計基準に基づく資金収支計算書は、1 つの計算書類の中に現金主義会計及び半発生主義会計という2つの役 割を担うこととなっているのである。このため、資金の概念も2つあることになり9)、ひいては、現金預金(支払資金)の金額も一致しなくなってしまう。そこで、学校法人会計基準はこの問題を解決させるべく、資金収支計算書に「資金調整勘定」なる項目を設けて、両者の調整を図っているのである。ただ、このような仕組みを持つ資金収支計算書は、難解な構造となって いるとの指摘もある10)。 それでは、なぜこのような難解な計算構造が持ち込まれたのであろうか。その主たる原因は、他の非営利組織とは異なり、日本の私立学校に おける学生生徒等納付金(学納金)の納入時期の特性が原因となっているものと推測できる。 通常、私立学校は次年度の学生生徒等納付金の約半分の金額を、前年度中に受け入れることとなる。このように実際の現金の受け入れと活動が帰属する期間との間にずれが生じ、そしてまたその金額的にも大きい点も考慮に入れると、この期間のずれはもはや無視しえなくなってくる11)。それゆえ、「調整」が必要なのである。 このことを以下で[説例]を設けて説明を行う。 [説例] ⑴  当年度中(X 1 年度中)に、次年度の学納金 1,000,000円のうち、前期分すなわち半額分 (500,000円)を現金で受領した。 (現  金)500,000 / (前受金収入)500,000 ⑵  次に、当年度末となり、上記前受金収入は、収益ではなく非損益取引であるので、これを前受金(負債)に振り替える。 (前受金収入)500,000 / (前 受 金)500,000 ⑶  次年度(X 2 年度)になり、上記前受金を当期分の収入に振り替える。 (前期末前受金)500,000 / (学納金収入)500,000 ⑷  そして、前受金勘定(負債)を消去するための仕訳を行う。 (前 受 金)500,000 / (前期末前受金)500,00 上記一連の仕訳で登場した「前期末前受金」 こそが「資金調整勘定」に該当する。「前期末前受金」は、次年度(X2年度)において、当該年度の活動に帰属する収入であるために、 いったん資金収支計算書上に収入として計上する。しかし、実際にはX2年度中の収入ではないため(X1年度中に受領済みのため)、「資金調整勘定」によって、資金収支計算書上、今度は収入から控除するのである。 このように、資金収支計算書の構造は複雑なものとなっている。「資金調整勘定」は、以上見てきたとおりであるが、このことは会計基準設定時の昭和46年にはやむをえなかったとされ12)、 見切り発車の形でスタートしたことになる。ただし、その後、消費収支計算書及び貸借対照表に関係者が習熟し、その利用が普及するにとも なって、資金収支計算の目的は本来のものに復帰させる予定であることが、当初記されていた13)。しかし、現在においてもなお、学校法人会計基準の改正が行われつつも、未だこの課題は果たせていないままでいる。 ところで、学校法人会計基準に定められた2つの収支計算書(資金収支計算書及び消費収支計算書)の作成方法には、二系統法と一系統法の2つの方法があるとされる14)。ただし、どの方法を採用しても、作成される計算書類の内容は最終的には同じものとなろう。 このうちまず、二系統法であるが、この方法は、資金収支計算書を作成するための仕訳と、消費収支計算書を作成するための仕訳の2種類 の仕訳を同時に行う方法であり、いわゆる「一取引二仕訳」を行う方法となる。しかし、この方法は各取引が発生するごとに2つの仕訳を行わなくてはならず、この方法になじみのない者にとっては、難解な印象を与えかねないであろう。 そこで一系統法であるが、この方法は、資金収支計算書か消費収支計算書のいずれかの計算書をまず先に作成し、その後、先に作った計算書に修正を加える形で、もう一方の計算書類を作成するという方法である。このことから、この一系統法には、先にどちらの収支計算書を作成するのか、その順序の違いから、2つの方法が考えられることになる。つまり、まず先に資金収支計算書の作成を行い、その後、消費収支計算書を作成する方法(以下、「資金収支計算書ベース法」という)と、反対に、まず先に消費収支計算書の作成を行い、その後、資金収支計算書を作成する方法(以下、「消費収支計算書ベース法」という)がある15)。 このように一系統法の2つの方法のうち、 「資金収支計算書ベース法」の方が、「消費収支計算書ベース法」に比して、優れていると思われる。その理由としては、まず、現実に行われる実際の取引を基本にしているので、受け入れやすい点があげられる。換言すれば、実際の世界(リアルの世界)から出発し、リアルの世界の修正へ導くことである。また、歴史的な経緯を見ても、まず資金収支計算書が存在し、それを補完する目的で消費収支計算書が設けられた。このことを反映してか、学校法人会計基準の条文も、まず資金収支計算書から述べられている。 そして、もっとも重要な点は、先にも触れたように学校法人会計基準における資金収支計算書は、単純に現金主義によるものだけでなく、半発生主義も加味されている。これだけでも複雑な構造を有しているわけであるので、まずはこの資金収支計算書を完全に作成することが肝要であろうと思われる点にある。 そこで、「資金収支計算書ベース法」に拠った、資金収支計算書の作成手順を簡単に見ておきたい16)。まず、当期間中に実際に行われた収入及び支出取引を記録する。そしてこれらを集計して「現預金増減表」といった表をいったん作成する。次に、この「現預金増減表」に資金調整取引を示す「資金調整勘定」の記載額分だけ収入・支出額を減額する。この「資金調整勘定」は、厳密には「収入に係る資金調整取引 (資金収入調整勘定)」と「支出に係る資金調整取引(資金支出調整勘定)」の2つがある。このうち、「資金収入調整勘定」の具体例として、先にも触れた前期間中の学納金前受け、すなわち、当期間中には実際の収入はなかったものの、前年度中にその分の収入が既にあった「前期末前受金」がある。つまり、資金収支計算書上で当期中には収入がなくてもこれを計上しておき、 後で「資金収入調整勘定」でその分だけ減額し、 支払資金のてん末に合わせるのである。 このように、学校法人会計基準の資金収支計算書は複雑な構造を持つのであるが、それではなぜ、この上に消費収支計算書をさらに設ける必要があるのだろうか。次にこのことについて見ていきたい。 Ⅲ 消費収支計算書の役割と基本金制度 本章では、平成27年学校法人会計基準以前の旧学校法人会計基準に規定されていた消費収支計算書について、取り上げ検討していくこととしたい。 旧学校法人会計基準は、消費収支計算書について次のように規定していた。 「学校法人は、毎会計年度、当該会計年度の消費収入及び消費支出の内容及び均衡の状態を明らかにするため、消費収支計算を行なうものとする。」(旧学校法人会計基準・第15条) また、ここでいう消費収入について、当該旧学校法人会計基準は次のように定義している。 「消費収入は、当該会計年度の帰属収入(学校法人の負債とならない収入をいう。以下同じ。)を計算し、当該帰属収入の額から当該会計年度において― (中略)― 基本金に組み入れる額を控除して計算する」(旧学校法人会計基準・第16条第1項) ところで、この消費収入は企業会計の収益の概念と類似し、また、消費支出は企業会計の費用の概念に類似するとされる。そして、学校法人会計における消費収支計算書とは、企業会計でいう損益計算書に類似する計算書ということになる。 次に、この消費収支計算書の作成についてであるが、先に見た「資金収支計算書ベース法」 では、資金収支計算書を修正することによって行う。その上で、消費収支計算書作成のための具体的な修正項目には、次のようなものがある。すなわち、「資金収支計算の収入及び支出には、 帰属収入でない収入及びそれの返済支出、当該年度の諸活動に対応しない収入及び支出等が含まれている。資金収支計算のそれらの収入及び支出は、消費収支計算では除かれなければならないから、修正仕訳が必要となる17)」と。ここでもう一度整理すると、必要な会計処理としては、①借入金収入等の非損益取引を取り除くこと、②経過項目及び資金調整勘定を整理すること、ということになる。さらにこれらに加えて、消費収支計算書の作成上、③固定資産関連取引項目(固定資産購入に係る取引記録の修正、基本金組入処理、減価償却費の計上)に係る修正も行うことが要請される。 なお本稿では、以下において、上記③固定資産項目に係る修正ついて、以下で[説例]を交えつつ、説明を行っていきたい。 [説例] ⑴  まず、当年度中に基本金組入の原資となる収入が必要となってくる。なお、日本の私立大学法人での主たる収入は、学納金収入に依存しているため、ここでも 学納金収入 (1,000,000円)があったとする。 (現 金)1,000,000 / (学納金収入)1,000,000 ⑵  次に、同じ年度中に同額の建物(校舎等) の基本財産(固定資産)を現金で購入する。 (建物購入支出)1,000,000 / (現 金)1,000,000 ⑶  そして年度末になり、建物購入支出は、非損益性の支出であるので、これを消去し、貸借対照表上の建物勘定を表示するため、下記の仕訳を行う。 (建 物)1,000,000 / (建物購入支出)1,000,000 ⑷  また、基本金の組入れに係る仕訳が必要となってくる。なぜなら、期中取引をベースに作成する資金収支計算書には、基本金組入については何も会計処理されていないからであ る。そこで、消費収支計算書作成の目的上、基本金組入れを示すため、次のような仕訳が 必要となってくる。 (基本金組入)1,000,000 / (基本金)1,000,000 ⑸  最後に、消費支出(費用)の一項目として、上記建物に係る減価償却費を計上するため、下記の仕訳を行う(直接法の場合)。 (減価償却費)1,000,000 / (建 物)1,000,000 ところで、そもそも学校法人会計基準が、消費収支計算書を設けた背景は何であろうか。学校法人会計基準作成の検討段階ですでに、次のような見解が示されていた。「資金収支計算書は、たしかに学校法人の活動の全体(ただし一年間の)を資金的に表すはたらきにおいて優れている18)」が、それだけでは不十分であるという。なぜなら、「企業会計側では、企業における固定資産の増大と信用経済の発達によって、企業会計の技術的な進化が促されたものであることは、疑うべくもない19)」が、このことは私立大学法人においても同様である。さらには、「現在の私立学校において、施設又は設備等の増大は目を見張るばかり20)」であるとの指摘もある。消費収支計算書の設定原因は、このような実状による。 このうち、信用経済の発展に伴う部分の対応策は、先に見たとおり、資金収支計算書に「資金調整勘定」を設けることによって行った。つまり、半発生主義(権利確定主義)会計までは対処済みである。次に、学校法人に固定資産増大傾向に対処するべく、減価償却費を計上する場としての消費収支計算書が必要となってくる。つまり、消費収支計算書は、発生主義会計の部分を担うこととなるのである。このように、2つの収支計算書の間には、明確な役割分担があるといえる。 ただし、実は、消費収支計算書は、単に学校法人会計を発生主義会計に基づいて表示した、ということだけではなかった。そして、次のように展開していく。すなわち、「事業主体の永続が至上命題となり、したがって法人の財政的維持ということがその財政計画上の最大の課題となる。しかし、このようなとき、単純な収支計算は―(中略)―、有効な情報を提供することがほとんどできない。なぜなら、収支会計の最大の欠点は、その計算思考に、将来にわたる計画性と先見性の概念がはなはだ乏しい21)」と いうものである。つまり、私立学校法人財政を将来にわたって永続的に維持させることを目的とする場合、各年度における資金収支の均衡だけでは、かならずしも学校法人財政の健全性、安全性を約束するものではないのである22)。そのため新たな計算思考の導入が必要となり23)、 それこそが、学校法人会計基準が、消費収支計算書を導入した本当の理由なのである24)。そして、この目的を達成するため、消費収支計算は、 計算技術的には、企業会計の損益計算の仕組み を援用したものとなる25)。 しかし、ここであらためて学校法人会計における消費収支計算書における発生主義会計導入の効果について考察する必要があるように思える。確かに、営利企業会計では、周知の通り発生主義会計を採用しているのだが、この場合、「企業の維持あるいは企業資本の維持までは内蔵」されているかは吟味する必要があろう。企業会計には、会計公準の1つとして、確かに 「企業継続の公準」があるものの、これはあくまでも「前提」に過ぎない。 他方、学校法人会計では、「学校法人におけ る財政は、法人の永続的な維持と発展を可能にするよう26)」と述べているとおり、積極的に学校法人を永続的に維持させなければならないという強い意思が反映されている。なぜ、学校法人会計基準において、このことをどのようにして可能たらしめたのであろうか。それは、とりもなおさず、消費収支計算書が発生主義会計を導入していることが、まずもって下地となっていることが指摘されよう。言うまでもなく、発生主義会計は概ね見積もりや判断といったものが介入する余地がある。これに対して、資金収支計算書では、実際に発生した他者との、現金 のやりとりのみが対象となるので、このような役割はそぐわないであろう。 そして、これに加えてさらに重要なことは、なんと言っても「基本金制度」の導入であろう。これに関連して、学校法人会計基準制定について検討されていた当時、学校法人会計に係る3つの基本的前提(「公器性」、「永続性」、「予算制度」)が示されていた。このように、その基本的前提1つが学校法人の「永続性」であった。これは、当時の私立学校法人の財政状況は大変苦しく、これを改善させることが必要であったという事情によるところが大きい。そして、その「永続性」を担保するための対応策の1つが、「基本金制度」の導入であり、もう1つは私学助成金の投入であった。本稿ではこのうち、「基本金制度」について、以下において取り上げることとする。なお、ここでは、4種類ある 基本金(第1号基本金から第4号基本金まで)のうち、最も計上額の大きく重要性が高いと思われる第1号基本金を想定して考察を行っていく。 先にも述べたが、この「基本金制度」には、 多くの批判が寄せられてきた。それら批判点のうち、計算構造上のものを整理すると、①基本金組入額決定の恣意性、②帰属収入(当期間中の収入額から借入金等の収入額を控除した部分のことをいい、主として学納金収入)から先に基本金組入れを行うという基本金組入の先行性、③基本金組入と基本金組入対象資産に係る減価償却費の計上という二重計上、という3点に集約することができよう。ただし、この3点については、それぞれ独立して存在するのではなく、互いに関連し合っていることに留意されたい。帰属収入(学納金収入)からまず基本金組入額として、固定資産取得に要した金額分をまず先に確保する。そして、その計上額自体も私立学校法人の自主性に任されている。さらに、貸借対照表上、純資産の部に基本金として維持すべき 金額を明示することができる。そして、③毎期の減価償却費計上によって更新資金をこれまた 学納金からチャージする、という具合である。このことが「基本金制度」を通じた「永続性」 確保のスキームである。とりわけ、③の基本金 組入れと減価償却費計上の重複適用は、借入金 依存体質であった当時の私立学校法人の財政状況の改善に大きく寄与したことが窺える。また、 先に見た学費値上げは、これら計算構造のことが反映された結果として生じたものである。 ここまでのことを整理すると、次のようであ る。一般に財務諸表というと、貸借対照表と損益計算書のことを指す。ところが、これら財務諸表には、「多くの会計上の見積りや仮定や判断が入り込んでいる27)」。学校法人会計基準は、学校法人における基本財産(固定資産)の増大を契機として、企業会計で行われている発生主義会計の中に、学校法人の永続性を担保する仕組みとしての「基本金」を、組み入れることをしたのである。 次に、平成27年に改正された学校法人会計基準の問題点を指摘し、学校法人会計基準が、現在の私立大学にどのような影響を及ぼすか、また改善に向けた私見についても少し述べていきたい。 Ⅳ 学校法人会計基準の改正を巡る問題点 前節でも少し触れたが、平成27年に学校法人 会計基準の改正が行われた。大きな改正箇所としては、消費収支計算書の名称が事業活動収支計算書に改められたことがあげられる。平成27年学校法人会計基準では、事業活動収支計算書について次のように定義している。  「学校法人は、毎会計年度、当該会計年度の次に掲げる活動に対応する事業活動収入及び事業活動支出の内容を明らかにするとともに、当該会計年度において第29条及び第30条の規定により基本金に組み入れる額(以下、基本金組入額という。)を控除した当該会計年度の諸活動に対応する全ての事業活動収入及び事業活動支出の均衡の状態を明らかにするため、事業活動収支計算を行うものとする。」(平成27年学校法人会計基準・第15条) この事業活動収支計算書という計算書類は、本質的には従前の消費収支計算書と変わらないものの、表示上、学校法人の活動を、①教育活動、②教育活動以外の経常的な活動、③それ以外の活動という3つの区分に分けて表示することを指示している等の点で新しくなっている28)。 ちなみに、この平成27年の学校法人会計基準の改正は、学校法人会計基準に基づく計算書類を広く国民に分かりやすく開示するという趣旨に よるものであった。しかし、学校法人会計基準 において特徴的な計算構造の部分、つまり「基 本金制度」に関する部分等については、改正前の旧学校法人会計基準に規定されていた消費収支計算書の内容をそのまま引き継いでいるのである。 つまり、平成27年学校法人会計基準が公表さ れたときに、文部科学省は改正の意図として、 学校法人会計を「分かりやすくする」とした。この「分かりやすく」とは、計算書類上の表示について区分表示を設ける等の規定のことであった。つまり、表示部分についての改正が主であり、計算構造についての改正は行われなかった。しかし、せっかく表示部分を改正して 「分かりやすく」しても、本質的な部分つまり計算構造における必要な見直しを行った上でなくては、意味をなさなくなってしまう。 例えば、学校法人会計の計算書類に対する理解可能性を高めるというのであれば、資金収支計算書について、当期間中の実際の収入・支出のみに基づいた資金収支計算書を作成するようにする。換言すれば、「資金調整勘定」のない資金収支計算書の方が、現実のリアルな姿を描いており、計算書としてもすっきりとして、ひいては理解可能性も高まるであろう。 他方、事業活動収支計算書ついて言えば、当該計算書が損益計算書に類似しているというのであれば、現行の事業活動収支計算書における 「基本金制度」部分を見直し、より企業会計の損益計算書に近づけていくということも方法の1つであろう。 しかし、いずれにしても重要なことは、日本の現在の私立大学の実状に呼応した計算構造の見直しが必要であるということである。学校法人会計基準は、元来、設立当時の私立学校法人の危機的な財政状態を救うべく、政策的意図が強い基準内容となっていた。しかし、当時も現在も「私立大学の危機」であると叫ばれてはいるが、その本質は大きく異なっている。学校法人会計基準設定当時は、受験生の確保は困難ではなく、それゆえ、潤沢な学納金収入が得られ、そこから基本金組入を行った。このことが私立大学法人の財政状態の改善をもたらした。つまり、潤沢な学納金収入が前提となっており、入学希望者が少ないということはなかった。他方、現在は急激な少子化が進み、私立大学は飽和状 態にある。現在のこの状況下で、基本金組入れの規定を当てはめると、とにかくも学納金収入の確保をしなければならず、そのために大学入学基準を緩めなくてはならなくなってくる。このことが、高等教育現場に教育水準の維持を困難にするといった混乱をもたらしている。非営利法人の財政状態維持のために、結果として大学の本来のミッションを果たすことが難しいということであれば、それは本末転倒であるといえよう。 つまるところ、今日、学校法人会計に対して求められていることは、リアルな数字を表すよう計算書類の計算構造の見直しを伴った上で、学校法人の財務を分かりやすく、シンプルな形で情報を提供することであろう。例えば、現行の資金収支計算書を純化したものを提示することも一考の余地があろう。学校法人会計基準の役割は、社会情勢の変化と共に大きく変化している。私立学校法人の計算書類の理解可能性向上は、受験者の大学選定にも資するとも予想される。ひきつづき今後の動向に注視して、検討していきたい。 [注] 1)長谷川哲嘉「非営利会計における収支計算書 ~非営利会計混迷の原点~」『早稲田商学』 第436号、2013年6月、29頁。 2)村山徳五郎「演繹思考の会計原則」『企業会計』第23巻第1号、1971年1月、161頁。 3)前掲論文、162頁。 4)長谷川哲嘉 前掲論文、26頁。 5)高橋吉之助・村山徳五郎『学校法人会計の理論』国元書房、1968年、69頁。 6)野中郁江・梅田守彦・山口不二夫『私立大学の財務分析ができる本』大月書店、2001年、 75頁。 7)酒井治郎『会計学の基本問題』文理閣、2013 年、174頁。 8)山口善久『新訂学校法人会計と複式簿記のすべて』学校経理研究会、2007年、41頁。 9)前掲書、207頁。 10)長谷川哲嘉、前掲論文、56頁。 11)大学行政管理学会編『これならわかる!学校会計』学校経理研究会、2014年、71頁。 12)長谷川哲嘉、前掲論文、60頁。 13)前掲論文、59頁。 14)山口善久、前掲書、81頁。 15)前掲書、80頁。 16)前掲書、247頁。 17)前掲書、277頁。 18)高橋吉之助・村山徳五郎『新学校法人簿記会計入門』第一法規、1978年、97頁。 19)高橋吉之助・村山徳五郎『学校法人会計の理論』国元書房、1968年、68頁。 20)前掲書、68頁。 21)前掲書、68頁。 22)高橋吉之助・村山徳五郎『新学校法人簿記会計入門』第一法規、1978年、98頁。 23)高橋吉之助・村山徳五郎『学校法人会計の理論』国元書房、1968年、69頁。 24)高橋吉之助・村山徳五郎『新学校法人簿記会計入門』第一法規、1978年、99頁。 25)前掲書、99頁。 26)高橋吉之助・村山徳五郎『学校法人会計の理論』国元書房、1968年、43頁。 27)佐藤倫正・向伊知郎編著『ズバッとわかる会計学』同文舘出版、2014年、75頁。 28)事業活動収支計算書の表示方法を見れば、基本金組入前収支差額から基本金組入額を控除するので、基本金の組入れは後から行うかのような印象を与えるが、基本金の先行組入れは、従来と変わらず、当期の事業収入額から 先に控除する点に留意する必要がある。 [参考文献] 酒井治郎『会計学の基本問題』文理閣、2013年。 佐藤倫正・向伊知郎編著『ズバッとわかる会計学』同文館出版、2014年。 大学行政管理学会編『これならわかる!学校会計』学校経理研究会、2014年。 高橋吉之助・村山徳五郎『学校法人会計の理論』国元書房、1968年。 高橋吉之助・村山徳五郎『新学校法人簿記会計入門』第一法規、1978年。 長谷川哲嘉「非営利会計における収支計算書~非営利会計混迷の原点~」『早稲田商学』 第436号、2013年6月。 村山徳五郎「演繹思考の会計原則」『企業会計』第23巻第 1 号、1971年。 野中郁江・梅田守彦・山口不二夫『私立大学 の財務分析ができる本』大月書店、2001年。 山口善久『新訂学校法人会計と複式簿記のすべて』学校経理研究会、2007年。 (論稿提出:平成28年12月11日) (加筆修正:平成29年 7 月 4 日)

  • ≪査読付論文≫裁判外紛争解決手続における公正性と専門性―韓国における医療ADRを素材に― / 李 庸吉 (龍谷大学非常勤講師)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 龍谷大学非常勤講師  李 庸吉 キーワード: 医療ADR、韓国医療紛争調停仲裁院、鑑定、調停、紛争解決 要 旨: 韓国においては、2012年より医療被害救済のための新たな制度の導入と共に医療ADR機 関である韓国医療紛争調停仲裁院が設立された。その大きな特徴は、一機関の中に医療事 故の鑑定を行う鑑定部とその鑑定結果に基づき調停を行う調停部の双方を有していること である。また、当機関の鑑定は医療鑑定のみならず、法的判断である因果関係の判断にま で及ぶもので、世界に類を見ないユニークなものとなっている。本稿では、韓国における 紛争解決システムを紹介しつつ、紛争解決における公正性の担保と専門知導入の意義につ き検討する。 構 成: I  はじめに II いわゆる「医療紛争調停法」の導入論議と制度の概要 III 医療仲裁院の現況と実績 IV 医療仲裁院における鑑定の意義 Ⅴ おわりに Abstract In Korea, new system has been implemented to relief from damage due to medical accident since 2012. Accordingly, the Korea Medical Dispute Mediation and Arbitration Agency which is an institution to solve a medical dispute was established. The main characteristic is that one institution includes both the Examination Division that examines accidents and the Mediation Division that mediates based on the examination result. The examination by the institution covers not only medical examination but also causation as a legal evaluation, and it is exclusively unique in the world. This article considers the significance of securing fairness and implementing expert knowledge to solve a dispute while introducing the system to solve disputes in Korea. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 紛争解決において、当事者間の私的自治を目指す対話のフォーラム1 )としてのADR(Alternative Dispute Resolution:裁判外紛争解決手続)は、殊に、医療紛争の場面においては、単なる事件の収束にとどまらず、その実態的な緩和をも伴った望ましい解決という面において、その意義は決して小さくない。 韓国においては、2012年4月より、「医療事故 被害救済及び医療紛争調停等に関する法律」2 )(以下、「医療紛争調停法」)に則った新たな医療紛争解決制度が導入されたが、ここでは、5名で構成される鑑定委員会による合議制の「鑑定」とその鑑定結果に基づき、やはり5名で構成される調停委員会による「調停」(仲裁申請の場合は「仲裁」)がなされるという特徴的な手続が注目されている。 本稿においては、このユニークな紛争解決手続を紹介しつつ、公正・妥当な解決のための鑑定の意義に着目し、韓国において展開されている医療ADRを素材に検討を試みることにする。 Ⅱ いわゆる「医療紛争調停法」の導入論議と制度の概要 1  立法経緯 韓国において医療紛争が本格的な社会問題として浮上し始めたのは、1980年代以降である。 それは数の上での増加のみならず、医療被害者(患者)側は、非合法的な手段(狼藉、業務妨害等)により救済を実現しようとする行動も多くみられ、その結果、医療者は「防衛診療」へと傾斜し、ときには病院が閉鎖に追い込まれる事態もみられた3 )。 そこで、医療被害者には迅速な被害救済を、それと共に医療者側には安定的な診療環境の確保を目的として立法的な解決を図ろうと、いわゆる医療紛争調停法の導入論議とその取り組みが始まったが、結局23年もの歳月と幾多の困難を経て、2011年4月7日、無過失医療補償の内容をも盛り込んだ医療紛争調停法制定に至り、2012年4月より、これに基づいた新たな制度の出帆となり、長年の構想がようやく日の目をみることになった4 )。 2  「医療紛争調停法」の主な内容 いわゆる医療紛争調停法の主要骨子としては、 ①韓国医療紛争調停仲裁院(以下、「医療仲裁院」) の設立、②医療紛争調停委員会の設置、③医療事故鑑定団の設置、④医療事故調停手続、⑤損害賠償代払(テブル)制度、⑥無過失医療事故 (分娩事故)に対する補償、⑦刑事処罰特例制度に関する内容となるが、その詳細はすでに別稿5 ) において紹介しているため、紙幅の関係上、ここにおいては割愛する。 また、本稿における検討対象は、上記の内の ①~④に関する内容となり、⑤~⑦に関しては立ち入らない点をあらかじめお断りしておく。 Ⅲ 医療仲裁院の現況と実績 1 医療仲裁院の概要 医療仲裁院は、2012年4月8日に創設された保健福祉部(日本の厚労省に相当)傘下の医療ADR機関であるが、特殊法人の形をとる第三者性を有する機関として、公正性・専門性・迅速性の実現を目標に掲げ、患者側と医療関係者が共に満足できる客観的で公正な医療紛争の解決を目指す6 )。 その最大の特徴は、1つの機関の中に鑑定部門と調停部門の双方が入っていることである。 法曹界、医療界、学界、消費者団体などの専門担当者で構成された医療事故鑑定団(専門性・ 中立性)による鑑定と、その鑑定結果に基づいて医療紛争調停委員会(客観性・公正性)が調停・仲裁を行うことになる。 医療事故鑑定団は、団長及び50名以上100名以下の鑑定委員で構成されるが、学識と経験豊富な者の中から医療仲裁院院長が任命・委嘱しなければならない。医療紛争調停委員会もやはり50名以上100名以下の調停委員で構成される。 調停委員の定数の5分の2は、判事・検事、または弁護士資格を有する者、その5分の1は保 健医療団体または保健医療機関団体が推薦する者、さらに5分の1は、消費者権益に関する学識と経験が豊富な者で、非営利民間団体が推薦する者、最後の5分の1は大学や公認の研究機関の教授職(副教授以上)、あるいはその職にあった者で保健医療人ではない者の中から任命あるいは委嘱しなければならないことになっている。事件処理においては、各々5名で構成される分野別鑑定部、分野別調停部がおかれるが、その構成は法律で定められており7 )、【図表1】 の通りである。 図表1 医療仲裁院組織図 ※ 韓国保健福祉部資料を基に筆者作成 2 基本的な手続の流れ ⑴ 医療事故の相談業務 医療事故被害救済業務の端緒は、まず相談窓口等における相談受付から始まる。相談はすべて無料で、直接医療仲裁院への訪問はもちろんのこと、電話、郵便、ファックス、インターネットを介した相談等、あらゆる方法で相談が可能となっている。 また、ソウル駅をはじめ全国の主要都市の市庁舎等においても無料1日相談室を設け、相談サービスを提供している8 )。 医療仲裁院設立の2012年から2015年度まで受け付けた相談件数を年度毎にまとめたものが 【図表2】である。相談件数も医療仲裁院の知名度と共に着実に増加している様相がみて取れる。ここに示された数値と実際に救済手続が必要となった件数(後傾【図表4】に示された申請件数)を対比してみると、そのうちかなりの件数は相談だけで収束をみることが多いことから、 有害事象による実損害というより、コミュニ ケーション不足に起因した問題の多さを示唆するようにも感じられる。 図表2 医療仲裁院に寄せられた年度別相談件数 ※ 医療仲裁院資料を基に筆者作成 ⑵ 鑑定部・調停部の連携による手続 鑑定手続・調停手続共に5名から構成される 分野別鑑定部・調停部が手続にあたることになる。5名からなる分野別鑑定部の委員には 2名の医師と現役の検事が、また分野別調停部では、1名の医療人(大抵は医師)と現役判事が含まれていることが特徴的である。 そのようなスタイルを採用した理由としては、まず鑑定は、一種の調査でもあることから検事が含まれ、また充実した調査のため医師2名を含むという形を採用したのに対し、調停は、1つの判断をしてまとめ上げるという性格上、現役判事に入ってもらい医師(医療人)を1名おく形となっているという9 )。 調停申請は、ほとんどが医療事故被害者である患者側からなされるが、医療側からの申し立ても 5 %ほどあり、たとえば、患者側の要求が法外な場合などである10)。 調停申請がなされると、すべての事件はまず鑑定部に回され、事実調査、過失・因果関係の有無、後遺症の確認等の鑑定が原則60日以内 (必要と認められるときは1回に限り30日まで延長が可能なため、最長で90日以内)に行われる。ここでなされる医療仲裁院の鑑定の特徴は、医学鑑定にとどまらず、法的判断を伴う因果関係の鑑定をも含むことである。 次に、その鑑定結果を基に調停部では損害賠償額の算定を含め当事者双方が理解納得の上で 合意にいたることができるよう調停(仲裁)を指揮することになるが、申請から原則90日以内 (必要と認められる場合は、1回に限り30日まで延長が可能なため、最長で120日以内)の迅速な処理がなされることになっている。この手続の流れを示したものが【図表3】である。 図表3 手続の概観 ※ 韓国保健福祉部資料を基に筆者作成 3 創設後4年間の歩みと実績 設立から4年以上が経過したが、当初の予想よりも比較的安定的な運営がなされているようである。【図表4】が示す申立件数からすると、2012年度48件/月 → 2013年度109件/月 → 2014年度154件/月 → 2015年度142件/月と推移しており、現在は月平均150件前後となっている。 被申請人の応諾率は約43~45%程度で、これを高めることも課題ではあるが応諾がなければ手続開始がなされないのは1つの問題点であるとの指摘もある11)。一方、医療機関側が手続に同意しない理由については、【図表5】に示す通りである。 医療仲裁院によると、まだ発足して間もない制度だけに医療機関側としては動向を見守っている状況にあるのではないかとの分析がなされている12)。 一方、被申請人側の応諾により手続が開始されたケースにおいては、調停成立率が90%程度となっている(後掲【図表8】)。 図表4 調停・仲裁手続の申請・処理状況 ※ 医療仲裁院資料を基に筆者作成 図表5 医療機関側の不応諾理由 ※ 2016年1月26日のインタビュー及び医療仲裁院提供資料を基に筆者作成 4 新たな動き 制度上、被申請人の応諾がなければ調停手続が開始されないことが問題点として指摘されていたが、2016年5月の法改正により、死亡または 1 ヶ月以上の意識不明等の重篤な場合においては、被申請人の応諾如何にかかわらず遅滞なく手続が開始されることになった。そして、この改正法は2016年11月30日より施行されるにいたったことで、また新たな局面が展開されていくことが予想される。 Ⅳ 医療仲裁院における鑑定の意義 1 分野別鑑定部の現況と実績 【図表6】が示すように、現在、医療仲裁院の医療事故鑑定団は、鑑定1部~鑑定10部までの10の分野別鑑定部を有し、各々5人の委員による合議により鑑定が実施されるため、ピア・ レビュー(peer review)効果が働くことにより、 客観性・公正性が担保されながら、分野に応じた専門性の高い鑑定が行われている。 また、原則60日以内という比較的短期間に鑑定を終え、その結果につき鑑定書を作成することが法により求められているが、2015年度の鑑定処理期間をまとめた【図表7】によると特別なケースと思われる一部のものを除きほとんどが60日以内に鑑定がなされており、総平均日数も52.5日となっており、迅速な処理がなされていることがうかがえる。 鑑定結果につき、一方当事者が納得できない場合、再鑑定を行うことも可能であるが、インタビュー調査において聴取したところによると、実際に再鑑定となったケースは存在しなかった13)。 また、鑑定結果と調停の終局的な結果との間にも特徴的な相関関係が見られる。鑑定において「過失あり」の結果が出た事件においては、95%以上が合意に達するのに対し、「過失なし」 の鑑定結果の場合には、調停成立という点では 20~30%程度とかなり対照的な差異が存するこ ともインタビュー調査において確認された14)。 先にも若干触れたが、以下の【図表8】が示 すように調停手続に入った事件については、その約9割が調停成立の結果となっているが、そのほとんどは鑑定において「過失あり」と判断 されたものである15)。一方、「不調停決定」(調停を行わない決定)、「取下」の終局区分のものは、 鑑定において「過失なし」の場合がほとんどで、前者は両当事者間の温度差が大きく対話による 解決の可能性がまったく見られない場合になされる決定である16)。この場合においては、鑑定結果の詳細な説明と共に仮に訴訟になった場合の見通しまで説明がなされ手続終了となる。その後、当事者は訴訟へと進むことも多いようであるが、その結果、裁判所の判断も医療仲裁院の判断とまったく同じであったと当事者自らの報告により医療仲裁院にフィードバックがなさ れたケースもある17)。後者の「取下」も「過失なし」との判断に理解を示したがゆえに、それ以上「過失」をめぐって争うことなく、当事者自ら手続の取り下げを行ったことにほかならない訳で、この「不調停決定」、「取下」の部分は、調停成立という解決には至らなかったが、客観的な鑑定が、紛争の激化・長期化を招来させることなく収束に向かわせていること、つまり、 紛争の「激化防止機能」を果たしている点は明らかに指摘できる。 図表6 分野別鑑定部の現況 ※ 医療仲裁院資料を基に筆者作成 図表7 鑑定処理期間 ※ 医療仲裁院資料を基に筆者作成 図表8 調停件数と調停成立の割合 ※ 医療仲裁院資料を基に筆者作成 2  特徴的な鑑定事例の紹介 ⑴  子宮動脈塞栓術施行後、子宮が壊死した事例18) ① 事案の概要 申請人(1986年生、女性)は2008年に左卵管切除及び子宮内膜症手術、2011年妊娠21週で絨毛羊膜炎で人工妊娠中絶を受け、2013年に流産の既往がある。2014年 8 月、被申請人の病院で前置胎盤及び癒着胎盤との推定診断のもと、妊娠36週で入院し、帝王切開術で出産。術後にも子宮出血が持続したため、子宮動脈塞栓術を受けたが、バイタルが安定し特異所見もなく、抗生剤を処方され退院。1ヶ月後、喉の痛みと腹痛を訴えため、虫垂炎・感染の推定診断のもと転医勧告を受け、◯◯大学病院受診。子宮壊死による化膿性炎症で子宮摘出術、癒着剥離術を受けた。 ② 事案の争点 子宮動脈塞栓術に関する過失、経過観察上の過失有無 ③ 鑑定結果の要旨 (ア) 子宮壊死の原因 子宮壊死は、子宮動脈塞栓術による子 宮筋膜と内膜の虚血により発生した可能性が高いが、これは世界的にも19例しか報告されていない極めて稀な合併症である点、大学病院でのCT結果によれば、申請人は産褥期の急性子宮内膜炎があり、そのような場合、子宮筋層まで壊死が起こりうる点、急性炎症の症状ともみることができる点等総合すると子宮壊死の原因を子宮動脈塞栓術によると断定するのは困難と思料される。 (イ)  子宮動脈塞栓術に関する過失・経過観察上の過失 前置胎盤により出血量が多く、本件子宮動脈塞栓術を施行したのは、適切な選択と思料され、その過程に過失があるとはいえない。 診療記録には、悪寒と熱感が主訴で子宮分泌物に対する記載はなく、腹痛の有無は模糊としており、子宮壊死を疑うべき状態であったかどうかの判断は困難である。 ④ 処理結果:調停決定による調停成立 (ア)  損害賠償責任の範囲:本件事故の発生経緯と結果、特に申請人の子は本件分娩で出産した新生児1人だけで、今後、第2 の妊娠も望んでいた点、◯◯大学病院で治療を受ける前まで急性子宮内膜炎等の原因を知らないまま約2週間苦痛を受けた点等の事情を総合すれば被申請人は申請人に金400万ウォンを支払うのが妥当である。 (イ)  当事者らは、調停部より鑑定結果を含 めた医学的・法理的事項に関する説明を受けたが、結局当事者同士で合意に達することはできず、調停部は以下のように調停決定。両当事者双方の同意により調停が成立した。 「被申請人は申請人に金400万ウォンを支払い、申請人は本件治療行為に関して今後いかなる異議も提起しない。」 ⑵ 鍼施術中、心停止が発生し死亡した事例19) ① 事案の概要 背部痛を訴える患者が被申請人の韓医院を受診し、腹臥位で数カ所に鍼刺入後、抜鍼を待ちながら休息していたところ、呼吸困難、全身けいれん惹起。被申請人は救急車の手配と心肺蘇生術施行。◯◯大学病院到着後、42分間蘇生術が施されたが、回復せず、「詳細不明の心停止」で死亡にいたった。 ② 事案の争点 鍼施術及び応急処置上の過失の有無及び転送義務違反 ③ 鑑定結果の要旨 (ア) 鍼施術の適切性 背部痛に対する鍼施術後に呼吸困難、 全身けいれんが起こったもので治療のために採用した鍼施術は適切であると思料される。 (イ)  心停止発生後の応急処置及び転送措置の適切性 呼吸困難と全身けいれんを確認後速やかに心肺蘇生術を行い救急車手配と転院措置がなされており、適切と推定される。 ④  処理結果:和解による調停成立(調停調書) 当事者らは鑑定結果と争点等に関する説明を受け、患者の死亡原因につき理解したが、被申請人側から、申請人らの経済的事情等を考慮し、亡患者の葬儀代相当額を支給し和解することを望み、以下の内容で和解成立。 「被申請人は、申請人に金500万ウォンを支給し、申請人は本件診療行為に関して今後いかなる異議も申し立てないものとする。」 ⑶ 「事態の治癒」を指向した和解事例20) ① 事案の概要 患者が死亡した事案であったが、鑑定では「過失なし」という結果であった。 遺族(夫を亡くした妻)は、「鑑定結果を受け入れるが、ただし病院側は慰謝の気持ちを表明して欲しい」という意向を示した。 ② 処理結果 結局、病院側は慰謝の気持ちを患者側に 表明し、患者側は過失なしという鑑定結果を受け入れ、一切の請求は放棄するという形で和解に至った。 ③ 最後に遺族が口にした言葉 「このような形でお話しできたお陰で、心の平和が速やかに訪れることとなった。 調停長が何を目指しているかがよく理解できた」とのことであった。 ⑷ 小括 ADRにおいては、事故被害者が求める感情的葛藤への対処、再発防止策、相手方への謝罪 と誠実な対応といった裁判による解決では応答しきれないニーズに柔軟に対応できる点がつとに指摘されているが21)、上記の紹介事例はまさにこの点を明確に物語っている。そして無論それは裁判制度を前提とし、その不備を補完する形で、正義や救済の実現を図っており、ADRの理念に適う形22)で具現されているといえそうである。 3  連携調停との対比から ⑴ 連携調停とは 連携調停とは、訴訟中の案件を法院(裁判所) の調停ではなく、外部の調停機関に回付する方式の調停をいう。ある種の事件については、法院の調停よりも、非司法的な調停の方が望ましいという考えから外部の専門分野ごとの連携調停機関23)へ記録を送り45日以内に回答をもらう形で行われる。 ⑵ 通常の鑑定・調停手続との対比から 医療仲裁院では、この連携調停が2013年度から試行的に導入されているが、人員の制約などの理由から鑑定は行わず、調停手続から開始されている。鑑定を経ないだけに、調停成立に至る割合はやはり低めで、30~40%となっており24)、 鑑定を経る通常の手続によった場合が先に見たように約90%に達していることからすると、同じ機関における調停手続でありながら、その結果に明らかな差異が見られる。 この対比からも明らかなように、医療仲裁院の鑑定が紛争の早期かつ公正な解決に資することは言を俟たないであろう。さらに一言するな らば、ここにおいては、「専門的で客観的な観点から事態を評価し説明することで理解を形成していく仕組み」と、他方では「それを参照しつつも患者側、医療者側双方の情緒的なコンフリクトへのケアを提供しながら、双方が向き合える対話の場を確保していくような複合的な仕組み」25)を構築しているところにこの制度の強みがあると考える。 Ⅴ おわりに 新制度発足後すでに4年が経過したが、法院 (裁判所)も医療仲裁院の創設は歓迎しているようであり26)、医療ADRの利用の増加と共に、 2014年度からは、少額事件を中心に訴訟件数も大幅な減少へと転じている27)。現に、ADRには、簡易性、迅速性、廉価性、秘密性、専門性、宥和性といった多様なメリット28)があるが、医療仲裁院の利用度を高めるためには、公正性に対する国民の信頼を得ることが重要で、そのためには医療の各分野の専門家のさらなる確保が必要で今後の課題とされている29)。 医療といった専門性の高い分野の紛争解決において、専門知の役割は大きく、日本でも医療集中部を有する裁判所では、東京地裁におけるカンファレンス鑑定に代表されるように専門家関与の取り組みがなされている。このカンファレンス鑑定は、従前の単独書面鑑定が、医師にとって単独で評価する負担、当事者や医師仲間からの非難可能性等から、引き受け手が見つからないという問題に対応するために2003年に導入されたものである30)。 この鑑定方式は、3名の専門医が鑑定人となり、期日前に簡単な意見要旨を提出してもらった上で、鑑定期日には3名の鑑定人が相互に議論しながら適正な鑑定内容にしていくというもので、その結果は当事者の理解が得られやすく、 裁判所の心証形成も容易であるとされている31)。 それは、複数の専門家が関与することで、その専門分野における共通了解を見い出しやすいこと、問題とされる部分がどのような意味で問題といえるのかといった文脈の情報も得ることが可能となり、しかも意見の形成過程も可視化できる点32)にあろう。 したがって、医療の問題といえる部分を確認し相互了解を形成するのに資する33)という点で、 複数の専門家による合議制の鑑定の意義は大きく、公正かつ妥当な紛争解決においては重要な機能を果たすと考える。また、その鑑定結果に基づいた調停手続とそのフィードバックによる効果ということにまで考えを及ぼすと、裁判では対応できない医療被害者の情緒的な欲求に根ざした被害の物語の一部としての「真相究明」34) に対し、対話による治癒ないしは双方の距離を埋めていく「調停」手続の先行手続として「鑑定」の導入が図られた点にも大きな意義があるといえる。 [注] 1) 和田仁孝「総論―ADRの基礎知識(特集 新しいADRの世界をみる)」、『法学セミナー』、631号、日本評論社、2007年7月、19頁。 2) 立法経緯と条文訳については、李庸吉「韓国における『医療事故被害救済及び医療紛争調停等に関する法律』」、『龍谷法学』、44巻3号、 2011年12月、327頁以下。 3) 李庸吉『医療紛争の法的分析と解決システム ―韓国法からの示唆―』、晃洋書房、2016年1月、202-203頁。 4) 李庸吉、前掲注3)、203頁。 5) 李庸吉「韓国における新たな医療紛争解決制度」、『公益・一般法人』、852号、全国公益法人協会、2013年9月、39頁以下。 6) 医療仲裁院HP(https://www.k-medi.or.kr/Index. do)。 7) 「医療紛争調停法」19条‒26条。 8) 李庸吉、前掲注2)、43頁。 9) 李庸吉・平野哲郎・渡辺千原「韓国医療紛争 事情調査報告」、『龍谷法学』、47巻 4 号、 2015年 1 月、228‒229頁。 10) 2014年9月22日、医療仲裁院常任調停委員へのインタビュー調査。 11) 李庸吉、前掲注3)、225頁。 12) 2014年9月22日、医療仲裁院における意見交 換会でのインタビュー調査(本インタビューの内容については、李庸吉・平野哲郎・渡辺千原、 前掲注9)、228‒233頁)。 13) 李庸吉・平野哲郎・渡辺千原、前掲注9)、 229頁。 14) 李庸吉・平野哲郎・渡辺千原、前掲注9)、 229頁。 15) 2014年9月22日、医療仲裁院常任調停委員へのインタビュー調査。 16) 2014年9月22日、医療仲裁院常任調停委員へのインタビュー調査。 17) 2016年1月26日、医療仲裁院医療事故鑑定団 選任調査官へのインタビュー調査。 18) 한국의료분쟁조정중재원(韓国医療紛争調停仲 裁院)『2014/2015 의료분쟁 조정 중재 사례집(医療紛争調停・仲裁事例集)』、2016年4月、 361頁以下。 19) 韓国医療紛争調停仲裁院、前掲注18)、515頁以下。 20) 2016年1月26日、医療仲裁院常任調停委員、 医療事故鑑定団選任調査官、医療事故予防業務チームとの意見交換会におけるインタビュー調査。 21) 和田仁孝、前掲注1)、20頁。 22) 和田仁孝、前掲注1)、18頁。 23) たとえば、インターネットドメイン問題、知的財産権、商事、建築などの領域を専門的に取り扱う機関で、そのほとんどは公共的機関であるとのことである。 24) 2014年9月22日、医療仲裁院における意見交換会でのインタビュー調査(李庸吉・平野哲郎・渡辺千原、前掲注9)、230‒231頁)。 25) 和田仁孝「医療事故ADRのふたつのモデル と機能性」伊藤眞ほか編『民事司法の法理と 政策(下)』商事法務、2008年8月、692頁。 26) 2014年 9 月24日、ソウル中央地方法院でのインタビュー調査(李庸吉・平野哲郎・渡辺千原、 前掲注9)、238‒239頁)。 27) 李庸吉、前掲注3)、233頁。 28) 山本和彦「ADR法とは何か(特集新しいADRの世界をみる)」、『法学セミナー』、631号、日 本評論社、2007年 7 月、22頁。 29) 2014年 9 月22日、医療仲裁院における意見交 換会でのインタビュー調査(李庸吉・平野哲郎・渡辺千原、前掲注9)、233頁)。 30) 渡辺千原「裁判と科学―フォーラムとしての裁判とその手続のあり方についての一考察 ―」、『法と社会研究』、創刊第1号、2015年 12月、125頁。 31) 日本弁護士連合会ADRセンター編『医療紛 争解決とADR』弘文堂、2011年 9 月、 8 ‒ 9 頁。 32) 渡辺千原、前掲注30)、126頁。 33) 渡辺千原、前掲注30)、126頁。 34) 和田仁孝「法と共約不可能性―『被害』のナラティヴと権力性をめぐって」和田仁孝ほか編『法の観察―法と社会の批判的再構築に向けて』法律文化社、2014年7月、150頁。 [参考文献] 和田仁孝「総論―ADRの基礎知識(特集 新しいADRの世界をみる)」、『法学セミナー』、631号、日本評論社、2007年7月。 山本和彦「ADR法とは何か(特集 新しいADRの世界をみる)」、『法学セミナー』、631号、 日本評論社、2007年7月。 和田仁孝「医療事故ADRのふたつのモデルと機能性」伊藤眞ほか編『民事司法の法理と政策(下)』商事法務、2008年8月 日本弁護士連合会ADRセンター編『医療紛争解決とADR』弘文堂、2011年9月。 李庸吉「韓国における『医療事故被害救済及び医療紛争調停等に関する法律』」、『龍谷 法学』、44巻3号、2011年12月。 李庸吉「韓国における新たな医療紛争解決制 度」、『公益・一般法人』、852号、全国公益 法人協会、2013年9月。 和田仁孝「法と共約不可能性―『被害』のナラティヴと権力性をめぐって」和田仁孝ほか編『法の観察-法と社会の批判的再構築に向けて』法律文化社、2014年7月。 李庸吉=平野哲郎=渡辺千原「韓国医療紛争 事情調査報告」、『龍谷法学』、47巻4号、 2015年1月。 渡辺千原「裁判と科学―フォーラムとしての裁判とその手続のあり方についての一考察 ―」、『法と社会研究』、創刊第 1 号、2015年12月。 李庸吉『医療紛争の法的分析と解決システム ―韓国法からの示唆―』、晃洋書房、2016 年 1 月。 한국의료분쟁조정중재원(韓国医療紛争調停仲裁院)『2014/2015 의료분쟁 조정 중재 사례 집(医療紛争 調停・仲裁事例集)』、2016年4月。 (論稿提出:2016年12月5日) (加筆修正:2017年3月31日)

  • ≪査読付論文≫社会福祉法人制度改革の背景と諸問題―社会福祉充実残額算定の問題点を中心に― / 千葉正展(独立行政法人福祉医療機構参事 )

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 独立行政法人福祉医療機構参事  千葉正展 キーワード: 社会福祉法人 財務規律 社会福祉充実残額 要 旨: 平成28年4月に改正社会福祉法が施行され、社会福祉法人制度は昭和26年に制定されて以来の初の大改革となる。社会福祉法人制度改革の詳細については、政令・省令・通知等に委ねられた部分も多く、またそれらの具体的な内容の検討に際しては理論的な根拠の付与が必要である。 そこで、本論では社会福祉法人制度改革のうち、特に「財務規律の強化」に含まれる社会福祉充実残額の算定方法について制度設計の理論的な基礎の検討及び見出された問題点と対応について検討することを目的とする。 構 成: I  問題の所在 II 社会福祉法人制度改革の概要と背景 III 充実残額の算定方法と問題点 IV 社会福祉充実残額の算定方法の改善に向けた提言 Abstract By amendment to the Social Welfare Act, Social Welfare Corporation system is being overhauled. The details of which are defined by the government/ministry ordinance and notifications. In the institutional design, it is required to examine the theoretical validity and the consistency with the applicable laws/regulations related to the social welfare services. This paper is to consider and examine the theoretical validity and the remaining issues, in the institutional design of Social Welfare Corporation system reform, focused on the calculation method of social welfare enhancement property. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ 問題の所在 平成28年4月に社会福祉法の一部を改正する法律が施行され、社会福祉法人制度は昭和26年の制定以来初となる大幅な改正がされることとなった。改正はガバナンス、ディスクロー ジャー、財務規律強化や公益的責務の法定化など多岐にわたる。 特に財務規律強化については技術的な内容が多く含まれ、なかでも今回の改革で初めて制度化される「社会福祉充実残額」(以下、充実残額 という。)の算定については、その理論的な根拠に関する研究はほとんどなく、法令等で示された算定方法の理論的な妥当性の論証が必要である。 そこで本論考では、法人制度改革に至った経緯や社会的要請から導かれる規定要因から、社会福祉充実残額の演繹モデルを設定し、これに基づき実際に法令で定められた算定方法について会計学的な論拠を示すとともに、モデルとの対比から見出された算定方法の問題点を明らかにすることを目的とする。 Ⅱ 社会福祉法人制度改革の概要と背景 1  社会福祉法人制度とは 社会福祉法人は、昭和26年に制定された社会福祉法第2条に定められる社会福祉事業(第一種社会福祉事業及び第二種社会福祉事業)を行うことを目的に社会福祉法の定めるところにより設立された法人である。さらに社会福祉法人は制度の対象とならない福祉ニーズに対応する公益事業や収益事業(社会福祉事業等にその収益 を充てることを目的とする事業)も実施することができる。社会福祉法人は憲法第25条に定める国民の生存権保障の責務を国とともに担っていく事業主体としての公共性から設立・運営に関して厳格な規制が課せられている1)。 2  社会福祉法人制度改革の概要と背景 社会福祉法人制度は、平成28年に社会福祉法等の一部を改正する法律により大きな変革が進められることとなった。その目的は、改正法案の提出理由にあるように「福祉サービスの供給体制の整備及び充実を図るため、(中略)社会福祉法人に評議員会の設置を義務付ける等社会福祉法人の管理に関する規定を整備し、社会福祉法人が社会福祉事業及び公益事業を行う場合の責務について定める等の措置を講ずる必要がある」ためだとされている。 改革の具体的な内容としては⑴経営組織のガバナンスの強化、⑵事業運営の透明性の向上、 ⑶財務規律の強化、⑷地域における公益的な取組を実施する責務、⑸行政の関与の在り方が柱となっている。 こうした改革の背景には、社会福祉法人を取り巻く経営環境の変化(措置制度から利用契約制度へ、福祉サービスへの営利企業等の参入、福祉ニーズの多様化・複雑化、制度で対応できない福祉ニーズの増大等)や国の政策(財政再建や社会保障 の持続可能性に向けたサービスの効率化、公費に基づく事業にふさわしい透明性・ガバナンス、非課税にふさわしい地域貢献等への期待等)があるが、 なかでも改革のきっかけとなったのが社会福祉法人の内部留保に対する批判であった。 財団的性格を有する社会福祉法人における内部留保については、一方で実質的配当を防ぐ体制の強化を、他方で公益的役割の発揮への積極的な活用を、それぞれ今次の改革で制度化されたということができる。 Ⅲ 充実残額の算定方法と問題点 1  充実残額算定構造を規定する要因 改正社会福祉法第55条の2に基づき、社会福祉法人は充実残額を算定し、残額がある場合には社会福祉充実計画を策定し所轄庁の承認を受けて、社会福祉充実事業を実施するとされている。 ここで充実残額算定構造を規定する要因について、今次の制度改革の背景において社会福祉法人制度に対して要請される事象及び社会福祉法人会計基準の計算構造から規範的・演繹的に検討してみたい。 ⑴ 内部留保批判への対応 厚生労働省の社会福祉法人の在り方検討会報告書[2014]では、社会福祉法人の課題の1つにいわゆる内部留保の問題を取り上げ、「他の社会福祉施設に投資されている部分は既に活用されており、残りの部分についても将来の施設の建て替え費用として合理的に説明可能な部分」があること、「社会福祉法人が自らの経営努力や様々な優遇措置によって得た原資をもとに社会福祉事業を充実したり、社会又は地域に福祉サービスとして還元したりしないのであれば、その存在意義が問われる」とした。松原 [2015]も社会福祉法人の内部留保批判について過大論と活用論を峻別したうえで、活用論として検討することの必要性を指摘している。 ⑵  制度や市場原理では満たされないニーズへの対応 厚生労働省[2014]では、既存の(制度化された)福祉サービスのみならず制度や市場原理では満たされないニーズに応えることを挙げている。内部留保の活用論としてこれをとらえると、まず制度化されたサービスについては基本的には制度的給付(報酬や措置費、補助金等)の 公的支援制度として充実が図られるべきものではあるが、近年の国等の財政状況や補助金の整理合理化なども踏まえた場合、民間活力としての社会福祉法人の主体的な対応も期待される (公的給付の補完的意義)。一方、制度や市場原理では満たされないニーズについては、制度的給付の存在がないことから、社会福祉法人の自主財源によるソーシャルワーク実践でなければ対応できないものとなる(民間主体としての固有の意義)。 いずれにしても社会福祉法人は憲法の生存権保障を担う主体として、経営の安定性・永続性を確保するための制度的な規制が存在することも踏まえる必要がある。 ⑶ 社会福祉法人会計基準の計算構造 社会福祉法人の会計については、2000年の介護保険制度施行及び社会福祉基礎構造改革に対応して、業績測定の適正化を目的に、それまでの資金収支計算から損益計算に移行し(旧社会 福祉法人会計基準)、更に2012年度から施行された新社会福祉法人会計基準を経て、2016年度からは社会福祉法人会計基準省令となった2)。これまでなされた内部留保批判は新会計基準の貸借対照表の純資産の部における次期繰越活動増 減差額及びその他の積立金についてのものであった。 ここで指摘すべき点は、こうした計算構造において社会福祉施設の再生産(建替え等の再整備)に係る資金の投下・回収の構造である。すなわち1点目は減価償却の自己金融機能を通じた投下資金の回収メカニズムを前提とするということである。回収されるのは減価償却費のうち国庫補助金等特別積立金取崩額を控除した部分、すなわち施設整備時の法人負担に係る正味の減価償却額分である。また2点目としては既往の施設整備に用いた借入金債務への返済と内部留保との関係である。借入金元金返済に当たっては減価償却費によって獲得した資金を充てた上で不足する部分は、当期活動増減差額によって充当する構造にある。当該充当に使われた部分は内部留保分であっても借方に対応する資金は存在しない。また耐用年数到来時点で回収される資金は前記1点目の正味減価償却累計額のうち借入金償還に充当された部分を控除したものになる。 ⑷ 内部留保の会計的意義 内部留保活用論を前提にすれば、充実残額の 算定に当たっては、貸方概念である内部留保のうち借方で活用可能な貨幣資本の形態をとっているものに対応した部分に調整しなければならない。具体的には、 (ⅰ)  内部留保を財源としつつ既に貨幣資本以外の形態に運用された部分は控除する。 (ⅱ)  将来施設の再生産として合理的な説明可 能な内部留保部分は控除する3)。 ⑸ 法人の再生産におけるその他の考慮事項 前記⑶で述べた投下資金の回収は、取得原価 をベースとした部分についてのみである。しかしながら、社会福祉法人のセーフティーネットの役割を永続的に果たしていくためには、施設整備時点と更新時点の間における以下の点についても法人の自主財源として内部留保を充て、 充実残額算定上考慮しておくことが必要である。 (ⅰ)  補助制度の縮減部分 (ⅱ)  建設物価の上昇部分 2  充実残額算定の演繹モデル 以上の規定要因を踏まえつつ、規範的に充実残額の算定モデルを検討する。 ⑴ 社会福祉法人の内部留保の運用形態 内部留保は発生時点での原初形態は貨幣資本 であるが、その後固定資産取得や負債返済に充当され資本の形態は多様化する。従って充実残額を算定するためには、貸方の内部留保のうち貨幣資本以外の形態に転化した部分については控除する必要がある。 ⑵ 固定資産に充当された部分の調整 固定資産の取得に充当された内部留保部分を特定するためには、当該固定資産に係る施設整備時点での取得価額から、同じく負債(設備資金借入金)、純資産(基本金、国庫補助金等特別積立金)の価額を控除すればよい。 ⑶ 負債返済に充当された部分の調整 設備資金借入金等の負債の返済に充当された内部留保部分を特定するためには、設備資金借入金元金償還金支出の累計額から対応資産に係る減価償却累計額及び債務返済の寄付金(第2号基本金)を控除した価額とすればよい。なお、 充実残額の算定に際しては、債務完済後も減価償却は続いてしまうことから、完済時点以降は 減価償却による資金回収分が充当されないように留意する必要がある(以下、「留保条件」とする。)。 図表1 発生源内部留保の運用形態 出典:筆者作成 ⑷ 運転資金充当部分の調整 社会福祉法人設立に当たっては、設立当初の運転資金について債務ではなく自己資金としてあらかじめ用意することが設立認可の資産要件となっている。運転資金についても以下の点で内部留保が結果として充当されることとなる。 ⒤  これまでの経済の状況を踏まえると、基本的に物価は上昇しており、現時点での必要運転資金は、法人設立時点より多くの額が必要であり、当該増分は負債による調達をしない以上、内部留保が充当されることとなる。 (ⅱ)   2 施設目以降の施設整備を行う際には、 法人設立時の要件と異なり、制度上は寄付による運転資金は求められないが、他方で原則として運転資金について負債で得た資金を充当できないため、既設の施設の内部留保が充当される。 従って、運転資金に充当された内部留保を特定するためには、現時点での事業活動支出を賄う運転資金(行政指導の通知上の取り扱いに準じて事業活動支出の3ヶ月分)から運転資金として寄付された部分である第3号基本金と運転資金の資金繰りのために例外的に行われた長期運営資金借入金により充当した部分を控除すれば良い。 以上の⑵~⑷については、会計制度が固有に有する投下資金の回収等のメカニズムを前提にした調整であり、論理的に特定できるものである。 図表2 演繹モデルの算定式(貨幣資本の形態をとる内部留保の特定) 出典:筆者作成 ⑸  充実事業に活用可能な内部留保額の算定 社会福祉法人の内部留保の額から、上記⑵~ ⑷で算定される額を控除すれば、社会福祉充実事業に充当可能な貨幣資本の形態をとる内部留保が特定されることとなる。 ⑹  その他の再生産として合理的説明ができる部分の調整 Ⅲ 1 ⑸「法人の再生産におけるその他の考慮事項」に挙げた補助制度の縮減、建設物価の上昇は、会計による資金投下・回収メカニズムの外生事象であり、演繹的に算定式を特定し、その妥当性を論証できる部分ではない。政策的な判断に属するものである。 3  演繹モデルから見た厚生労働省の算定式 厚生労働省[2016b]において、充実残額の算定式が示された(図表3)。 この厚労省の算定式と先述の演繹モデルとを対比すると以下の点が指摘できる。 図表3 厚生労働省の算定式 出典:厚生労働省[2016b] 注:算定の特例等に係る注記は削除した。 ⑴  厚生労働省の算定式(図表3 の①・②・④) と演繹モデルの算定式(図表2のⒶ)との間では結果として、同一の計算式となっている。(いずれも、純資産+設備資金借入金等対応負債-固定資産-運転資金となっている。) 厚生労働省の算定式(図表3の①・②・④) と演繹モデルの算定式(図表2のⒶ)との間では結果として、同一の計算式となっている。 (いずれも、純資産+設備資金借入金等対応負債-固定資産-運転資金となっている。) ⑵  厚生労働省の算定式においては、演繹モデ ルで指摘した「留保条件」がない。換言すれば厚生労働省の算定式においては、債務を完 済した後も減価償却の自己金融機能による留保資金が内部留保に上乗せされ続け、充実残額の中に内部留保とは性格を異にする減価償却の自己金融機能による資金留保分が混入することが見出される。 ⑶  厚生労働省の算定式では、「再生産に必要 な財産」のうち「将来の建替のために必要な費用」で、減価償却累計額に建設物価上昇率と自己資金比率を乗じている。これは前述の演繹モデルの部分で指摘した建設物価の上昇と補助制度の縮減に対応している。ただし建設物価については厚生労働省の算定式では再 生産する対象資産の取得原価分も計算に含めた上昇倍率で計算している。これに対し演繹モデルでは減価償却による自己金融機能での資金回収を前提とし、建設物価の上昇は投下資金の回収の枠外(外生要因)として、建設物価の上昇した差分だけを充実残額の計算に含める形となっている。また補助制度の縮減については厚労省の算定式では補助以外の整 備財源である自己資金の面から捉えている点が異なる。 ⑷  この⑶で上昇倍率と差分の割合という算定構造の違いについては、先に指摘した「留保条件」に係る部分の調整で相殺される可能性がある。ただし、「留保条件」で算定される額でカバーできるかどうかは、実際の法人の自己資金比率と厚生労働省の算定式で自己資金比率として「定める割合」とされるものとの関係で決まることとなる。このため建設物価や補助率の倍率・差分上昇率の算定構造の違いが、「留保条件」の取扱いの違いで悉く相殺される保証が必ずしもないという問題点が指摘される。 Ⅳ  社会福祉充実残額の算定方法の改善に向けた提言 1  社会福祉充実残額の算定式の改善 今次の社会福祉法人制度改革の財務規律の強化では、内部留保を「事業継続に必要な財産」 とそれを上回る余裕財産としての「社会福祉充実残額」とに峻別することを目的としている。 しかしながら以上の考察から厚生労働省の算定式によって算定される社会福祉充実残額は、内部留保を源泉とするもののみでなく、減価償却の自己金融機能によって回収された資金部分まで混入する可能性のある計算構造だということが明らかとなった。 この問題に対処するためには、厚生労働省の算定式について以下の点の修正を行うことが必要であると考えられる。 ⑴  厚生労働省の算定式において留保条件に係る調整を加える。 ⑵  「将来の建替のために必要な費用」における建設物価上昇率を差分の比率に改める。 以上2つを行うことにより、留保条件の問題に起因する自己資金比率による制度のバイアスが解消される。 2  社会福祉充実計画に係る残された課題 本稿では、社会福祉法人制度改革のなかで、社会福祉充実残額の算定式のあるべき姿と、厚生労働省が示した算定式との対比からその問題点と解決策を検討してきた。 本稿で取り上げた事項以外にも社会福祉充実残額の関係では次の問題点が指摘できる。 ⑴  社会福祉充実残額の算定過程において、社 会福祉施設の再生産に係る額は控除対象財産として社会福祉充実残額の枠外になっているにもかかわらず、通知上社会福祉充実残額を充てて行う社会福祉充実計画において既存の社会福祉施設の建替が含まれている。 ⑵  社会福祉充実事業は内部留保を源泉とする充実残額が財源となることから、基本的には収益のない費用のみが発生する事業となるが、こうした事態を業績計算としてどのように認識・測定すべきか検討が必要である(当期活動増減差額のラインより上で認識されるべきか、利益処分として認識されるべきなのかについての会計的性格の検討)。 これらの点も含め、今次の社会福祉法人制度改革が真に有効性の高い政策としていくためにも、社会福祉法人制度に係る更なる理論、実証を含めた研究の深化が望まれる。 [注] 1) 厚生省[1999]では「社会福祉事業法施行以前においては、(略)民法により設立された公益法人の制度によることとされていた。しかし、民法による公益法人の制度は、やや簡 略にすぎ、民間社会福祉事業の特性を活かすとともに、公共性を高めてわが国社会福祉の 向上に貢献せしめるためには、制度的に不十分な面も見受けられた。そのため、民法とは別の特別法人を確立しその組織的発展を図ろうとしたものが社会福祉法人の制度」としている。 2) 2012年度の新社会福祉法人会計基準と2016年度の会計基準省令とは基本的に内容は同じである。 3) 厚生労働省[2013]、厚生労働省[2014]、松原[2015]など [参考文献] 小栗崇資[2011]「内部留保の活用」会計理論学会2010年度スタディ・グループ最終報告『経営分析の現代的課題―内部留保を中心に―』2011年9月23日。 熊谷重勝[2001]「キャッシュフロー計算書と内部留保」『立教経済学研究』第54巻第4号2001年。 厚生省[1999]「1999年版・社会福祉法人の手びき」厚生省社会・援護局企画課監修。 厚生労働省[2013]平成24年度老人保健事業推進費等補助金(老人保健健康増進等事業) 「介護老人福祉施設等の運営及び財務状況に関する調査研究事業報告書」2013年3月。 厚生労働省[2014]社会福祉法人の在り方等に関する検討会「社会福祉法人の在り方について」2014年。 厚生労働省[2015]社会保障審議会福祉部会 「社会保障審議会福祉部会報告書~社会福祉法人制度改革について~」2015年。 厚生労働省[2016a]社会福祉法人の財務規 律の向上に係る検討会資料「控除対象財産について」2016年10月21日。 厚生労働省[2016b]「社会福祉法第55条の2の規定に基づく社会福祉充実計画の承認等について」2017年1月24日 社援発0124 第1号 社会・援護局長ほか連名通知 厚生労働省[2016c]「社会福祉法人制度改革の施行に向けた全国担当者説明会資料」 2016年11月28日 千葉正展[2006]「福祉経営論」ヘルスシステム研究所2006年。 千葉正展[2016]「事業運営の透明性の向上 ~情報開示の見直し」『月刊福祉』(第99巻 第11号)2016年10月号。 千葉正展[2017]「社会福祉法人制度改革の概要と留意点について~その3・財務規律の強化2」『介護保険情報』2017年1月号。 日本公認会計士協会[2015]「非営利組織会計検討会による報告『非営利組織の財務報告の在り方に関する論点整理』」2015年。 古都賢一[2016]「社会福祉法人制度の変遷にみる制度改革のねらい」河幹夫・菊池繁 信・宮田裕二ほか編著『社会福祉法人の地域福祉戦略』生活福祉研究機構2016年。 松原由美[2015]『介護事業と非営利組織の経営のあり方』医療文化社2015年。 湯川智美[2016]『地域公益活動実践ガイドブック』第一法規2016年。 (論稿提出:平成28年12月20日) (加筆修正:平成29年5月19日)

  • ≪査読付論文≫法人形態から見た「チャリティ・公益法人制度」の国際比較:非営利の法人制度と会計を巡っての政策人類学的比較研究 / 出口正之 (国立民族学博物館教授・総合研究大学院大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 国立民族学博物館教授・総合研究大学院大学教授  出口正之 キーワード: チャリティ、公益法人、アンプ政策、政策人類学、サイロ・エフェクト、 ニュージーランド、英国 要 旨: 本論文の目的は、政策人類学的なクリティカル・パーステクティブを提供することによって、政策研究から閉塞的思考法を取り除き、日本のアンプ政策(公益団体に対する認定政 策)の特殊性を明らかにすることにある。具体的には、イングランド&ウエールズのチャリ ティ、ニュージーランドのチャリティ及び日本の公益法人に関する政策を「アンプ政策」 として取り上げ、法人格に着目することで、会計規制、法規制を比較可能な状態に整理し、法人格との関係から規制を比較した。その結果日本の公益法人にだけは、現金主義会計を小規模法人に適用するなどの比例原則に基づく政策が存在していないこと、さらに非常に特殊な政策を採用するに当たって「サイロ・エフェクト」に基づくサイロ的思考法に陥っている可能性を指摘した。 構 成: I  はじめに II アンプ政策 III 英国の法人格から見たアンプ政策 IV NZの法人格から見たアンプ政策 Ⅴ 日本の公益法人から見たアンプ政策 Ⅵ 政策人類学的比較から導かれる結論 Abstract The aim of this paper is to eliminate bias from policy research and to examine Japanese particularity of ANP Policy (policy to authorize not-for-profit public benefit entity) by researching from critical perspectives to ANP Policy as “Anthropology of policy”. This paper took up the charity policy of England & Wales, the charity policy of New Zealand and the public interest corporation policy of Japan as ANP Policy, focused on legal personality accounting and regulations from the standpoint of incorporated nonprofit public interest entity. As result of research, only public interest corporation policy in Japan does not have a principle based on the proportionality such as applying cash-basis accounting to small scale corporations, and, the paper points out possibilities being bias as “silo effect” in adopting the very unusual policy. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 研究者は異なる法文化体系の制度を比較するときに、どこまで正確性を期すべきかという問題にいつでも直面する。例えば、「日英の公益法人比較研究」 と‶Comparative studies on Charities in UK and Japan”とを比較したとき に、当然のことながら、英国(本稿ではイングランド&ウエールズだけを対象とする)には「日本の法体系としての公益法人」は存在せず、同様に日本には「イングランド&ウエールズの法体系としてのチャリティ」は存在しない。どちらも表題として正確ではなく、どちらかの言語を 選べば、どちらかの法文化のバイアスがかかる。これらは研究の目的によっては無視できる程度に小さな差異であることもあるかもしれないが、 必ず無視できることであるという理論的根拠も 実はない。それどころか、誤解の温床となりうることでもある。 例えば、ニュージーランドの規模別会計を知った金子は「諸外国に目を転じても、規模等 に応じて区分された会計規制を行っている事例は少ない」(金子[2016]52頁)と驚きとともに、例外的な事例として紹介している。しかしながら、 ニュージーランド人の会計学者Cordery & Sim はこれとは180度異なる表現を使用し、「ほとんどの国で(例えば、イングランド、ウエールズ、スコットランド、米国)では、中小のチャリティには、 報告の免除や(発生主義というよりはむしろ)現金主義での報告が認められている」と、規模別の 会計制度の存在を世界の一般的傾向として紹介している(Cordery,C. J., & Sim, D[2014]p.80)。 日本の公益法人については、監査手法を除けば、中小規模法人に対して会計上の特段の取扱いがされていない。内閣府公益認定等委員会におかれた「公益法人の会計に関する研究会」(以下「会計研究会」という)では、中小規模法人に対する負担軽減策を主要課題としてわざわざ特掲して検討したうえで、中小規模法人に対して「線が引けない」という理由を用いて、小規模法人対策を放棄した(内閣府公益認定等委員会会計に関する研究会[2015])1)。ところが、公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(以下「公益認定法」)第5条第12号に係る会計監査人の規定については、中規模法人、小規模法人に対する対応は存在し、区分する線も存在している(出口[2016a])。 このように常識では考えられないことが起こりながら、専門家の間でこの矛盾を指摘しないのは一体なぜであろうか?これらは何らかのバ イアスを前提にしないと理解できないものではなかろうか。一つの可能性として、「金子と Cordery&Sim」の正反対の認識を見れば、日本が中小規模公益法人に対する会計上の軽減措 置をもたない例外的な国であるという認識が、 専門家の間で殆んど共有されていないからではないかと考えざるを得ない。それゆえに監査上規模別に三つに区分する線があるにもかかわらず「線が引けない」という決して理由とはなりえない説明を抵抗なく使用できるのではないだ ろうか。 人類学者は、未知の文化の中に、「外部者= 内部者」として入り込むことによって、当該文化を理解してきた。テットは、そうした視点を欠くと、「他から隔絶して活動するシステム、 プロセス、部署」としての「サイロ」の中では 思考を押し込めてしまいがちで高度専門家社会に罠が生じてしまうことを明らかにした(テット[2016])。「サイロ」とは、もともとは穀物の貯蔵庫のことであるが、窓のないサイロに入るとそのサイロ内だけの思考法に支配されるという意味で英語では使用され、日本語の「専門の蛸壺化」に近い用語である。また、Shore & Wright[1997]は、人類学的な視点を政策研究に生かす「政策人類学」というものを提案している。その本質は、内のグループにはない”Critical Perspectives”を有しているか否かであって、”Critical Perspectives”を 政策研究に取り入れることが「政策人類学」なのだと主張する2)。これは「サイロ化」する学 問に対して、学問が陥っている視野狭窄的な視点を拡大させることを意味している3)。学問が陥っている視野狭窄的な視点を本稿では「サイロ的思考法」と呼ぶと、会計議論の中のサイロ的思考法の存在を明らかにしていくことが、政策人類学的な研究の意義であるといえる。 本稿はこの立場から、イングランド&ウエー ルズ(以下英国という)4)、ニュージーランド(以下NZという)の制度を比較検討していこうとするものである。言い換えれば、各国の政策を発展段階の時間差や法・会計別個のものとして見ずに、各文化に裏打ちされた相対的なものとして、中立的に考察することを政策人類学的研究 の具体的な方法論として採用しようとするものである。というのも、後述するとおり、法人格付与の問題では、NZが、英国に先行しているからである。我々は、会計上の問題を考えるに際しても、法律の問題も英国が先行しているというようなサイロ的思考法が生じる可能性がある。また、会計に関しても「現金主義から発生主義へ」という進化論的なサイロ的思考法を一旦除去することから研究を行うこととする。 Ⅱ アンプ政策 そこで、サイロ的思考法を避けるために各国の制度に依存する用語を一旦新しい用語に置き換えてから論考を出発させたい。 世界の多くの国では、非営利組織の中のある種の組織を政策上優遇するために認定する政策を有している。本稿ではこれを「アンプ政策」(policy to authorize not-for-profit public benefit entity<ANP Policy>)と称する。この事例として英国のチャリティ制度、NZのチャリティ制度、 日本の公益法人制度を取り上げる。その場合、当局が「アンプ政策として権限付与された組織」(以下「アンプ組織」という)5)(organization equivalent to ANP Policy=OEA)であると認める公的作業をここでは、「権限付与」<Authorization>6) と呼ぶ。つまりアンプ組織(OEA)として、英国の登録チャリティ、NZの登録チャリティ、 さらに日本の公益法人を対象とする。 その場合、英国と日本のアンプ政策は極めて 大きな相違を示していることが明確にわかる。 それは「アンプ政策」について英国では法人格付与の問題を切り離していたのに対して、日本では「アンプ政策」とは結局のところ法人格と連動した政策として発展していったことである。 ところが、英国で2013年からCharitable Incorporated Organizations(以下「CIO」という。直訳すれば「慈善法人組織」。)という法人格が設けられた(古庄[2010]、Morgan[2013]、石村[2015])。 他方で、NZでは、1908年にIncorporated Society Act(1908)で、Incorporated Society(英国のCIOと対比する意味で、以下ISOという。直訳すれば「協会法人」)の法人格制度を制度化しており、英国に先立つこと100年の歴史をもつ(White [1972]、 Cordery, Carolyn J., Fowler, Carolyn J., Morgan [2016])。 日本では公益法人制度をはじめ、非営利政策は法人格に連動したため、アンプ政策において法人格に着目したうえで比較する手法はNZ及び英国の二カ国との比較も正確となる。また、 法人としての法規制及び会計規制の姿が法制度・会計制度と連動して正確に浮かび上がらせることができる。そこで、本稿では法人格付与制度(ISO、CIO、公益法人)を取り上げて、「アンプ政策」を上記三か国において比較検討していく。 Ⅲ 英国の法人格から見たアンプ政策 英国での「アンプ政策」は、公益ユース法 (1601)からの蓄積があり、一般的な法人制度よりも長い歴史を有する。もちろん、海外に雄飛し貿易を行っていた会社はあるが、それらは個別に国王から勅許状(charter)を取得していたものである(本間[1963]、武市[1975])。同様に初期のチャリティは、勅許状チャリティとし て存在したが(Luxton[2001])、その後は本質的には信託法とリンクされている。「アンプ政策」 は、1853年Charitable Trust Actから1960年 Charitable Actと整備されていく。言い換えれば、「アンプ政策」は法人制度の成立以前から、つまり、法人格そのものが存在しない「ゼロ法人格時代」から存在していたのであり、その結果として、現在においても、法人格を有しないチャリティや勅許状チャリティが存在している のである。 他方で、法人制度は、チャリティとは別個に会社(Company)7)を中心に制度化が進んでいった。会社も当初は勅許状を基本としていたが、 そのうち、勅許状無しの会社が出てきて、さらに、共同出資型の形態も現れた。つまり、当時は多くの「法人格のない会社」が存在した。ところが、会社の負債を社員が負う事態、すなわち無限責任の問題が社会問題化した。1844年には、共同出資会社(Joint Stock Companies)法ができ、イギリスに広がっていた共同出資型の会社に法人格が与えられるようになったものの、 肝心の社員の責任については無限責任のままであった。そこで、ようやく1855年になって、有限責任法(Limited Liability Act)ができ、会社の株式を所有する社員の有限責任がはっきり明記されたのである(武市[1975])。そして、翌年、 両法は統一法としての共同出資会社法となった。 さらに、1862年には、イギリスにおける「近代会社法のマグナカルタ」と称される体系的な会社法(Companies Act)が誕生した。すでに統一法の中に、「法人格の付与と有限責任」という原理は存在していたが、会社を網羅的に捉えるこの法律が以後の英国の会社法の基礎となった。このときに、「チャリティ」の法人組織として利用されるcompany limited by guarantee (「保証有限責任会社」と一般に訳される。以下「チャリティ会社」という)の規定もできたのである (Kendall&Knapp[1996])。英国における「会社」 は営利・非営利に対して中立的なものであった。 非営利組織は、会社法の枠を使用しながら、法人格の付与と有限責任を明確化させたものであって、それらは一般的にはチャリティ会社と称されている。会社法の枠内ではあるが、株式等の資本は有しない。また、剰余金分配は禁止 され、保証会社の資金はチャリティの目的にしか使用できないなどの規制がある。 こうして、チャリティに関して、法人格の必要な団体にも、「会社法を使用」することに よって法人格が付与されることができるようになったため、過去からの経緯を含め、チャリ ティの組織としては、人格を有しない団体、公益信託、チャリティ会社などが並立していたのである。 チャリティ会社の誕生によって、その後法人格の問題は、長い間、顕在化しなかったが、チャリティ会社は会社法とチャリティ法の二重の規制を受けたうえで、報告書は企業局(Companies House)とチャリティ委員会へとそれぞれ提出しなければならない煩雑なものとなっていた。 そこで、単一の規制当局を求めて、有限責任を明確にしたチャリティ専用法人格が希求されるようになり、ようやくチャリティ専門法人格としてのCIOが誕生したのである(古庄[2010]、 石村[2015]、Morgan[2013])。 その結果、以下の4つの法的カテゴリーにほとんどのチャリティが属することになった。第一に、新しいチャリティ専用法人格であるCIO。 第二に会社法の枠内のチャリティ会社。第三に信託。第四に人格を有しない団体であり、チャリティ委員会は、CIO制度の誕生によって、 CIOへの組織転換 を推奨している(Charity Commission [2016])。 CIOについては以下のような特長がある。① 有限責任であって、社員はCIOの負債を負わない、②統治文書はConstitution(定款)である。 ③登録はチャリティ委員会であり、登録すればチャリティ資格は得られる。言い換えれば、すべてのCIOはチャリティである。④ガバナンスはチャリティの理事(Trustee)による。チャリティ会社と似ているが、会社法の適用を受けない。⑤会社法の適用を受けないので、他のチャリティ資格とは異なる。⑥名称は資格を明記しない場合を除いて語尾にCIOをつけることが一 般的である。⑦CIOは常時、社員を有するが二段階の構造である。選任された理事がいる二階式と、社員すべてが理事である一階式。⑧イングランドとスコットランドでは有限会社と同様の破産に関する規制がある。スコットランドのほうが個人の破産の制度に近い(Morgan [2013] p. 4 )。 CIOの会計については表に示すとおり、CIOの粗所得によって4段階に分けられている。従来のチャリティは25万ポンドまでは、従来、報告 義務がなかったのに対して、CIOには報告を義務付けた。小規模法人は現金主義会計(Receipts and payments account)であって、確認については、 監事ではなく理事によって行うこととするなど、 チャリティの負担を考慮した形になっている。日本で英国のチャリティ会計上の報告書として、 紹介されるSORP(Statement of Recommended Practice:「実務勧告書」と一般に訳される)の完全 適用は、CIOについては、粗所得50万ポンド以上の大規模なものにだけ限定されている8)。したがって、SORPを英国のアンプ組織の「唯一の会計基準」とする捉え方は、誤解を生じさせるものである。 表1 CIO側から見た規模別会計要件 出所: Morgan[2015]:p.139を訳出。なお、粗所得£500,000でも、資産£3,260,000を超える資産があれば、監 査(Audit)が必要である(Charities Act 2011、144条⑴⒝) Ⅳ NZの法人格から見たアンプ政策 NZでは、英国の法制が適用されていた時代から、1840年のワイタンギ条約を経て、1852年のConstitution Act(憲法)を経て独自の法体系を有するようになった。法人格に関わる初めての法である会社法(1882)の成立前に、信託法 (1856)がすでに誕生し、さらに、The Charitable Funds Appropriation Act 1871(慈善基金法)によって、11種類のチャリティ目的が明文化して 規定されていた。NZには、英国同様に「ゼロ法人格時代」という時代に、「アンプ政策」は すでに存在したため、人格なき社団が「アンプ組織」として「権限付与」されていた。また、チャリティの信託法制については、会計、監査やその他の説明責任の要件が含まれていたが、 借入れについて制限がある信託ではなかった。その上、理事や社員の負債責任を有限としていなかった。この点は、実務上、多くの問題を抱え、法人として社員を有限責任とすることを認めさせるためには、チャリティは、社員の財産と組織の財産を区分する法的手段、すなわち法人格を必要とした。そこで、法人格を規定する唯一の 法律だった会社法(1882)の成立によって、法人格の取得は可能となった(White[1972];Cordery, Fowler,and Morgan[2016];OʼHalloran,McGregor -Lowndes and Simon,[2008])。 会社法設立後には、金銭目的に関連付けられないボランタリー組織に対する最初の公式の法制であるUnclassified Societies Registration Act of 1895(USRA1895:直訳すれば、未分類協会登録法)が誕生した。さらに、より適切な法人格取得への道、マネジメント、監督と解散ができることを目的として、会社法やUSRA1895の影響下にthe Incorporated Societies Act 1908(以下 「ISO法」という。直訳すれば「協会法人法」)が誕生した(White[1972])。この法律により、社員とは別個の主体としての法人としてチャリティ の設立及び登録が可能となった。また、義務を明確にした上で、法人の財産の所有を可能とするため、社団型のチャリティ専用法制としての位置づけを有するに至ったのである(New Zealand,Law Commission[2013])。これは英国が CIOとして法制化する100年も前にチャリティ専用法人格がコモンローの国で誕生したことを 意味しており、現代的な視点から見て極めて画期的である。 その内容は、社員15名以上を必要とするほか、報告書が法定化された。また、法人の収支、資産および負債、財産に影響を与えるすべての担保、手数料および有価証券を明示することが義務付けられた。また、上記の報告書は、「総会で社員に提出し承認を受けた」という証明書を必要としたが、いわゆる監事による監査証明は必要なかった。NZ Law Commissionは、Incorporated Society Act を“世界的に先導的で革新的なもの”と評価 (NZ Law Commission[2013]p.ⅳ)している9)。 また、NZでは信託や法人の規定の他に、財務報告法(1993)が定められ、チャリティのうちISOについては、かつては「セクター間中立会計」すなわち、企業会計と非営利会計の間には同じものが使用されていた。しかし、非営利会計とIFRSとの乖離が大きくなり、「コンプラ イアンス・コスト低減の観点」からチャリ ティ・セクター専用の会計へ方向転換がなされ、 財務報告法が2013年に改正された(NZ Law Commission、ニュージーランド法制委員会)。その結果、2014年4月1日より、財務報告法の改正により、すべての登録チャリティは「セクター 独自」の新基準に移行。すべての登録チャリティに報告義務が課された。従来は、小規模チャリティについて報告義務はなく、会計についての制約もなかったが、報告義務を課す代わりに、会計の経費負担が少なくて済む会計を明示したのである。  表2は法人側からそれを表したものである。 表2  ISO側から見た規模別会計要件 出所: NZ Charities Service 2016 ホームページ より訳出 チャリティに関する会計は、支出又は費用規模によって、4段階に分け、小規模法人については、現金主義である。また、企業会計が IFRSに影響を受けた分、チャリティとの乖離 が大きくなりすぎ、現在では、チャリティについては企業会計と異なる会計となっている (External Reporting Board[2015]) 。つまり、英国もNZもチャリティ組織は規模別に区分され、 その区分によって、①監査の方法、②現金主義か発生主義かなどの会計の方法が「線引き」によって区分されているのである。 Ⅴ 日本の公益法人から見たアンプ政策 日本の法人制度については大陸法、特にドイツ法の影響を受けており、民法成立時から法人概念はしっかりと存在していた。しかし、会計上の規定はほとんどなく、わずかに資産の登記義務(旧民法46条)、財産目録の作成義務(同51条)、監事についても任意設置であった(同58条)。 公益法人制度は、法人格に着目すれば、三つの時代に区分しうる。旧民法初期(1896~1949)は、公益法人に関しては、民法34条に基づく公益法人の単一法人制度時代と言ってよかった10)。 民法に公益の法人格に関する規定が存在していたので、イングランド&ウエールズやNZで見られる「会社法利用による法人格取得」は必要なかったと考えられる。 第二期としては、学校法人制度の成立を皮切りに、主務官庁別の法人制度によって、民法34条法人がガラパゴス化していった、ガラパゴス化時代(1949~2007)である。会計や報告義務については、不十分だった旧民法規定と異なり、私立学校法等の特別法の中で規定されていく一方、改正前の公益法人については、指導監督基準の中で公益法人会計基準が誕生し、あくまで 行政指導として原則適用されるという捻じれた状態が続いた。 そして、第三期として新公益法人制度が施行される公益法人制度改革(2007~)を迎え、現在に至っている。一般社団法人、または、一般財団法人という組織に「アンプ組織」としての 「権限付与」がなされ、場合によっては、行政庁により「権限付与」の取消しが法人格を有したままなされることになった。その点で、NZの制度すなわちISOという法人に対して「アンプ組織」としての「権限付与」を行う手法と酷似するようになった。 会計に関しては、公益法人会計基準が、昭和52年に公益法人監督事務連絡協議会の申合せとして設定された。その後、昭和60年の公益法人指導監督連絡会議決定による改正が行われ、長らく使用されてきた。しかし、公益法人等の指 導監督等に関する関係閣僚会議幹事会において、 会計基準の検討を行うことを申し合わせて、平成16年公益法人会計基準が誕生した。 平成16年公益法人会計基準については、受託責任会計から、情報提供会計へとその理論的枠組みを転換した(尾上[2016])と捉えられている。 また、平成16年公益法人会計基準によって、 収支計算書が廃止され、フロー型の正味財産増減計算書が使用されるようになり、現金主義会計から発生主義会計へと転換したと捉えられていることが一般的である。しかしながら、平成 16年公益法人会計基準についても、指導監督基準における原則適用であり、その拘束力は必ずしも強くはなく、2007年以降の新公益法人制度移行後においても、昭和60年公益法人会計基準や企業会計基準も使用されていた(内閣府公益 認定等委員会会計に関する研究会[2015])。 さらに新制度に合わせて改正された平成20年公益法人会計基準については、適用を強要する根拠はないものの、第1に企業会計と「財務諸表の定義」を同じくするなど企業会計に近づけた要素と、新公益法人制度に合わせて、「公益目的事業会計」、「法人会計」、「収益事業等会計」に区分した正味財産増減計算書内訳表の作成を定めるなど公益法人特有の要素が新規に誕生した。 第三期(2013-16)公益認定等委員会になってからは、「小規模法人に対する負担軽減策」を検討するために会計研究会が設置され、報告書 が出されると、アンケート結果11)から、94.1% の法人が平成20年公益法人会計基準を使用していることを理由に、平成16年会計基準を使用してもよいとするFAQを2016年 6 月30日に廃止改正し、平成20年公益法人会計基準適用の圧力をFAQのみによって強めた(FAQ問Ⅵ-4-①)。 Ⅵ 政策人類学的比較から導かれる結論 英国、NZのアンプ政策の中で、明確に出てきているのは、会計に関するコストとのバランスを考慮したアンプ組織に対する中小規模法人 政策である(Cordery and Baskerville[2007])。言い換えれば「比例原則」の考え方を反映している。この点から規模別に会計手法や報告義務の程度を区分する考え方は、企業、非営利問わずに広く採用されている。 英国においても、Charity Commission[2016] の“Charity reporting and accounting: the essentials” (CC15d)の中の1.3に見られるとおり、25万ポンド以下の粗所得のCIO(すべてチャ リティである)は現金主義が可能であり、法律 にも盛り込まれていて、IFRS(国際財務報告基準)とは無縁の世界にある。 ところが、日本で紹介される英国の事例は 「各国がIFRS導入に取り組む中で、先んじて非営利・公益組織であるチャリティにまでIFRSを反映させた英国の議論は、追随する国々に大きな示唆を与えるものと考える」(上原[2016]: 2.下線部引用者)といったように、英国のチャリティはIFRSを反映しており、かつその制度が先進的であり、後発国(日本を含むものと考えら れる)は先進的な制度を取り入れていくとする 社会進化論的なサイロ的思考法が明確に見出せる。 しかし、本稿で見た通り、NZと英国を比較しただけでも、チャリティ法人格や会計につい ては、NZですら英国に追随しておらず、IFRS からは離れている。 「英国はIFRSを反映したSORPが原則適用でかつ各国が追随する」という主張では、中小規模法人に対する政策議論にも誤ったシグナルを与えかねないだろう12)。 例えば、「平成27年度 公益法人の会計に関する諸課題の検討結果について」(内閣府公益認定等委員会会計に関する研究会2016)においても、 IFRSに対応した企業会計の変更が公益法人会計基準にも、部分適用することが提案された。それに伴ってFAQが改正されたが、小規模法人へのIFRSに伴う会計基準の変更の適用は、本稿で示した通り、少なくとも英国、NZでは事例がないし、前述の通りNZはすべての規模において企業会計とは異なる方式に切り替えている。 内閣府公益認定等委員会会計に関する研究会がこのような世界的にも類例がないような報告書を連続して出し、その点についての記載もなければ、さらに、それについての専門家から大きな反論もない点は、日本の公益法人会計議論がサイロ的思考に陥っているとしか言いようがないのではなかろうか?言い換えれば、会計規制の観点からのみ、日本と海外の大規模法人用の制度を比較するだけになり、正確な比較ができないままに、日本の政策を世界に合わせようとしながら世界から離れていく結果になっている。 本稿は、小規模法人に対する現金主義を推奨するものではないが、あたかも諸外国で現金主義が認められていないかのような主張が通ると したら、それは正していかねばなるまい。 また、日本における公益法人の職員の中央値がわずか 5 名であり(内閣府[2016])、小規模の公益法人には、報告書作成事務量が多大な負担となっている(公益財団法人公益法人協会[2015])ことから、中小規模法人政策を真剣に議論していく必要性を政策人類学の立場から見出しうるのである。 【謝辞】 本論文はJSPS科学研究費JP15K12993の助成を受けたものである。また、非営利法人研究学会関西部会(平成28年 4 月23日)、非営利法人研究学会全国大会(平成28年9月18日)に発表した際のコメントなどを参考に加筆修正したものである。また、査読者から的確なコメントを頂戴し、あわせてお礼を申し述べたい。 [注] 1) 公益法人に関する会計研究会は、小規模法人を定義することは難しいという認識を示した上で、「たとえ小規模法人であっても、同じ公益法人として認定基準を満たし、社会的な 位置づけを得ていることから、その活動への期待は、規模の大小に関わらず同じであり、 公益法人としての原則的な処理が必要であるとの結論になった」(内閣府公益認定等委員会 [2016]6 頁)としている。 2) 政策人類学の成果の一つとして、意図せざる規制の強化ないし緩和としての「クリープ現象」の存在が指摘できる(出口[2016b])。 3) 近年、この主張を取り入れた影響力のある書物として、テット[2016]の存在を指摘できる。 4) 英国において、イングランド&ウエールズとスコットランドの制度は本論文の趣旨に影響しない程度の差しかないので、本論文ではイ ングランド&ウエールズを指すにあたって英国と表現している。 5) 「アンプ政策」はもともと英国のチャリティ政策との関係から、「チャリティ同等政策」 という表記を考えていたが、平成28年4月23日の非営利法人研究学会関西部会において、「英国の用語より、中立的な表現のほうが学術的によいのではないか」という指摘を受け、「アンプ政策」に変更した。したがって、用語は本論文のオリジナルである。 6) 英国とニュージーランドではRegistrationとい う用語が使用されるが、他国へも適用可能な一般的な用語として「権限付与」<Authorization> を使用した。 7) 「会社」とはCompanyの翻訳語であり、翻訳語として成立した日本語の「会社」はイギリスにおけるCompanyと同義語ではない。少なくとも、日本語の「会社」には、非営利の組織を含む概念として認識されていないのに対して、イギリスのCompanyは非営利の組 織を含んでいる。 8) 25万ポンドから50万ポンドまでは財務活動報告書(SoFA(statement of financial activities) と 貸借対照表(balance sheet))と簡易版のSORPが適用される。なお、25万ポンド以下は現金主義に基づく収支表(receipts and payments)と財産・負債表(statement of assets and liabilities)だけでよい(Morgan[2013]pp.138-139。Charities Act(2011)133条)。なお、英国では損益計算書に基づくBalance sheetと現金主義に基づ くStatement of assets and liabilitiesは別物である。 9) 18,687のチャリティのうち、41.2%がISO、53.6% が信託、5.2%がカンパニー、残りは人格なき社団である(Cordery, Carolyn J., Fowler, Carolyn J., Morgan[2016])。 10) 法人格としては、社団法人、財団法人の2法人格であるが、セットとして公益法人という1種類としてここで扱う。 11) アンケートは平成25年7月1日から16日に実施され、平成25年6月末に、公益法人または 一般法人に移行した内閣府を行政庁とする法人で計算書類を作成済と考えられる2,429法人を対象に行われて、1,498法人から有効回答を得ている(61.7%)。そのうち、公益法人数は888法人である(公益法人協会[2015])。このアンケートにおいて、回答者の94.1%、 すなわち実数ではわずか800強の法人で国所管のみの公益法人が平成20年公益法人会計基準を使用していると答えているに過ぎない。また、小規模法人が多いと考えられる地方を行政庁とする公益法人についての調査は行っていない。 12) その際、英国のチャリティ会計がIFRSに近づいたのか、チャリティ独自路線を守ったのかについても、様々な角度からもう少し詳細な検証が必要である。 [参考文献] Charity Commission[2016] “Charity reporting and accounting: the essentials” November (CC15d). Charities Service “Which tier will I use?”  https://www.charities.govt.nz/new-reportingstandards/which-tier-will-i-use/ アクセス2016年11月10日 Cordery, C. J., & Baskerville, R. F[2007]“Charity financial reporting regulation: A comparative study of the UK and New Zealand”. Accounting History, 12⑴, pp.7-27. Cordery, Carolyn J., Fowler, Carolyn J., Morgan, Gareth G[2016] “The development of incorporated structures for charities: A 100-year comparison of England and New Zealand.” Accounting History: Vol. 21(2- 3) pp. 281-303. Cordery, Carolyn J. and Sim, Dalice[2014] “Cash or Accrual: What Basis for Small and Medium-Sized Charities' Accounting?” Third Sector Review, vol. 20, no. 2, pp. 79- 105. External Reporting Board[2015]“Application of Accounting Standards Framework”. Kendall, Jeremy. & Knapp[1996]Martin. “The voluntary Sector in the UK”. Manchester University Press. New Zealand, Law Commission.[2013]“A new act for incorporated societies”(Vol. 31, p. 200). 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LLM thesis, Victoria University of Wellington. 石村耕治[2015]「チャリティと非営利団体制度の改革法制」公益法人協会編『英国チャリティその変容と日本への示唆』32 -112頁、弘文堂。 上原優子[2016]「英国におけるIFRSの導入とチャリティ会計への影響」『公益法人』 Vol.45、№ 6 。 尾上選哉[2016]「公益法人会計基準の基本的枠組みとその展望: 平成27年度内閣府会計報告を受けて」 『公益・一般法人』№ 927、56-61頁。 金子良太[2016]「非営利組織における規模別会計基準導入の可能性」『公益・一般法 人』,№921、 52-64頁。 公益財団法人公益法人協会編[2015]「公益法人制度改革に関するアンケート調査」公益法人協会。 武市春男[1975]「イギリス会社法発展史論」 (城西大学開学十周年記念論文集)、城西人文研究、3 、1 -31頁。 出口正之[2016a]「最新版『内閣府研究会報告』が示す会計と制度を巡る課題」『 公益・ 一般法人』 No.922、 10-16頁。 出口正之[2016b]「“クリープ現象”としての収支相償論」『非営利法人研究学会誌』 Vol.18、29-38頁。  内閣府公益認定等委員会会計に関する研究会[2015]「公益法人の会計に関する諸課題の検討状況について」。 内閣府公益認定等委員会会計に関する研究会 [2016]「平成27年度公益法人の会計に関す る諸課題の検討状況について」。 内閣府[2016]「平成27年公益法人の概況及び公益認定等委員会の活動報告」。 ジリアン・テット[2016]『サイロ・エフェクト高度専門社会の罠』文藝春秋。 古庄修[2010]「英国における新しい非営利法人制度の創設」『非営利法人』№789、 4 -13頁。 本間輝雄[1963]『イギリス近代株式会社法 形成史論』東北大学学位論文。 [参考ウェブサイト] Charity Commission Charity types: how to choose a structure(CC22a)  https://www.gov.uk/guidance/charitytypes-how-to-choose-a-structure#how-tochange-your-charitys-structure アクセス日2016年11月29日 (論稿提出:平成28年11月30日) (加筆修正:平成29年3月27日)

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