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  • 非営利組織会計と営利組織会計との相互関係―「非営利組織の財務報告の在り方に関する論点整理」論点 9.連結情報の開示についての考察― / 髙山昌茂(公認会計士)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 公認会計士  髙山昌茂 キーワード: 非営利組織会計 連結情報 非支配株主持分 関連当事者 独立行政法人 持分法 要 旨: 非営利組織が法人格を超えてグループとして活動する場合に、グループに属する非営利組 織の継続的活動能力や活動状況の全体像を適切に理解するためには、グループ全体の財務情 報が提供される必要があり、この観点から非営利組織においても連結財務諸表は必要である ことは否定できない。ただし、営利組織会計では当然とされている連結財務諸表の作成が、 非営利組織においてもそのまま適用できるものなのかについて、様々なデメリットが考えら れることから、その実現性が危ぶまれる。そこで次善の策ではあるが、非営利組織の個別財 務諸表に持分法を適用することを提案したい。 構 成: I  はじめに II 営利組織会計において連結財務諸表が必要とされる理由 III 「非支配株主持分」表示に対する違和感 IV 関連当事者の注記の重要性 Ⅴ 非営利組織の会計基準の設定アプローチ Ⅵ 独立行政法人会計基準の連結導入のアプローチ Ⅶ 非営利組織法人の連結導入のアプローチ Ⅷ 持分法適用の必要性と実価法適用の可能性 Abstract When a non-profit entity goes beyond its individual corporate status and engages in activities as a group organization, consolidated information of the entire group is required for the adequate grasp of the respective group membersʼ continuing operational capacities, as well as the entire scope of the group activities. To this extent, the introduction of consolidated financial statements is inevitably required even for nonprofit organizations. As to the implementation of such practice, however, experts see the difficulties of applying the conventional preparation method widely in use by profitoriented business accounting due to its various demerits (obstacles). While it may only serve as the second best solution, this paper aspires to propose the use of “equity method” for the individual financial statements of non-profit organizations. Ⅰ はじめに 平成27年5月26日に日本公認会計士協会より 「非営利組織の財務報告の在り方に関する論点整理」(以下、「論点整理」という)が公表された。 その論点9において連結情報の開示が議論さ れており、「9-1 非営利組織において連結財務諸表は必要か」という問いについては以下のように整理されている。すなわち、「我が国の非営利法人制度において、一部、条件付きの 出資が認められており、企業同様に組織集団を形成することが可能であり、非営利組織が法人格を超えてグループとして活動する傾向は、今後より一層活発になることも考えられる。こうした状況に対応するため、現行の非営利組織に関する情報開示制度においても、出資先の財務状況や関連当事者との取引の情報開示が拡充されつつあるところである。しかしながら、非営利組織がグループとして一体的に活動し、複数組織でリスクが共有されている場合、グループの一部を構成するにすぎない非営利組織単体の財務諸表では、グループ全体の財政状態や活動努力を理解することはできない。このような場合に、グループに属する非営利組織の継続的活動能力や活動状況の全体像を適切に理解するためには、グループ全体の財務情報が提供される 必要があり、このような観点から非営利組織においても連結財務諸表は必要であると考えられ る」1)として連結財務諸表作成の必要性を説いている。 本稿では、営利組織会計では当然とされている連結財務諸表の作成が、非営利組織においてもそのまま適用できるものなのかについて検討してみることとする。 Ⅱ 営利組織会計において連結財務諸表が必要とされる理由 営利組織会計において連結財務諸表が必要とされる理由としては、①子会社を利用した会計操作、特に損失隠しである粉飾防止、②組織分化した企業の業績把握、③企業集団の企業価値測定などが挙げられる2)。このうち②および③については、非営利組織についてもそのまま当てはまる考え方である。すなわち、「論点整理」9-2においても、非営利組織の連結財務諸表の作成目的として「支配従属関係にある組織集団を単一の組織として捉え、その財政状態と活動実績を報告すること。資源がどのように使用されているかを示すことを主目的とし、非営利組織とその資源提供先を一つの会計主体として捉え、その財政状態と活動実績を報告すること」3)の2つが指摘されているところである。 他方、①については多くの非営利組織は利益獲得を主たる目的としていないため、会計操作、 特に損失隠しに使われることは少ないものと考えられる。したがって営利組織会計への導入の強い契機となった①については、非営利組織会計では主たる理由として挙げることはできないものと考える。 Ⅲ 「非支配株主持分」表示に対する違和感 非営利組織が連結財務諸表を作成する場合には、連結被支配組織の純資産のうち、連結財務諸表作成組織(いわゆる親会社)の持分に属しない部分は、非営利組織には本来持分概念がないにもかかわらず、その純資産に「非支配株主持分」(従来の少数株主持主)が表示されることになる。この表示に対して多くの利用者は違和感を抱くこととなろう。それを防ぐためには、①「非支配株主持分」を改訂前連結財務諸表に関する会計基準と同じように純資産の部ではなく、負債の部に計上する方法、あるいは②「非支配株主持分」が表示されない、全部連結ではなく比例連結を適用する方法で対処することが可能であろう。しかしながら①、②どちらの考え方であっても現行の「連結財務諸表に関する会計基準」に反する会計処理であることは事実である。したがって、もし非営利組織が連結財務諸表を作成する場合には、企業会計での取扱いをそのままとすることの違和感は拭えないこととなる。 Ⅳ 関連当事者の注記の重要性 「論点整理」において、「出資先の財務状況や関連当事者との取引の情報開示が拡充されつつある。例えば、学校法人では出資状況等について計算書類に脚注として記載すること、医療法人では事業報告書内で現地法人の状況を報告することが求められている。また、公益社団法人及び公益財団法人並びに社会福祉法人については関連当事者取引に関する注記が求められるなど、多様な取扱いとなっている」4)として関連当事者との取引の注記の重要性について指摘している。関連当事者との取引の開示は、利益を追求していない非営利組織が利益隠しに利用することを防止するのに役立っている。非営利組織が利益を計上したくない場合には、支配している企業を使って高い価格で発注することにより容易に利益の付け替えが行われる虞があるが、これを関連当事者との取引で開示させることにより防止できるようになるのである。ところが、連結財務諸表を作成しているならば、この不明 瞭な取引は連結上相殺消去の対象となり、なかったものとされてしまうため関連当事者取引として開示されることはなくなってしまう。 この点が企業会計の連結をそのまま非営利組織の連結に導入することに対して致命的な欠陥となるものと考える。営利組織であれば利益計上が至上命題のため、損失隠したる粉飾防止のためにも連結財務諸表の作成は必要である。しかしながら非営利組織は損失隠しではなく、あえて言うならば利益隠しを行うことが考えられ、利益隠しの防止には、連結財務諸表の作成よりも関連当事者との取引の注記の方が有効であり、これが示されなくなる連結導入のデメリットは計り知れないものとなると考える5)。 Ⅴ 非営利組織の会計基準の設定アプローチ ところで、「論点整理」では、非営利組織の会計基準を設定する場合には、「非営利組織における財務報告の基礎概念及び会計基準に関する文書を、それ単独で成立するよう、企業会計の枠組みとは独立して構築するアプローチが望ましいと考えられる」6)としつつも、「なお、非営利組織を対象とする財務報告の枠組みを独立した形で構築するアプローチを採る場合であっても、企業会計との整合性を可能な限り図ることは重要である」7)として非営利組織の会計と企業会計とは整合性を可能な限り図るべきであることを強調している。このようなアプローチをとれば、企業会計との整合性を図りながらも企業会計とは独立した(異なる)連結情報もあり得ることになり、大変示唆に富んだ考えであると評価できる。 Ⅵ 独立行政法人会計基準の連結導入のアプローチ 企業会計と独立した連結情報を示している 「独立行政法人会計基準」の取扱いが、今後の非営利組織の連結情報を考える上で参考となる。 当該基準によれば、「①連結財務諸表は作成する。②少数株主持分は純資産の部に計上する (政府等の持分がある)。③関連公益法人等については、独立行政法人との出えん、人事、資金、 技術、取引等の関係を注記により開示する」となっている。 すなわち、連結財務諸表を作成するが、本来企業会計によれば、連結相殺消去される取引を消去せずに注記することになっているのである。 この点について、平成12年の「独立行政法人 会計基準の設定について」では、「基準及び注解は、独立行政法人単体の会計処理の基準として策定している。これは、行政改革会議の最終報告以来、そもそも独立行政法人の制度設計が、その「業務や関連組織等が、資本関係、取引関係、人的関係を通じて、国民のニーズとは無関係に自己増殖的に膨張することに対して、厳しい歯止めをかけることとする」という基本的認識に立って行われており、現時点で連結情報が必要とされる場面が想定できないからである。 ただし、将来仮に連結情報の開示が必要とされる状況が発生した場合においては、一般に公正妥当と認められている会計原則に準じて会計処理が行われるべきことはいうまでもない」8)として、当初は連結財務諸表の作成を要求せず、もし将来連結情報を開示する場合があるとして 企業会計に準じる取扱いとなることしたのである。 ところが、それから3年後の平成15年の改正で、新たに連結財務諸表を作成することとなったとし、「民間企業等に対する出資を業務として実施する独立行政法人が設立されることから、 独立行政法人とその出資先の会社等を公的な資金が供給されている一つの会計主体として捉え、公的な主体である独立行政法人の説明責任を果たす観点から、連結財務諸表に関する基準を新たに設定することとした。なお、独立行政法人が行う出資は主として政策目的の資金供給であり、独立行政法人と出資先企業との関係は民間企業における親子会社の関係とは基本的に異なっている。このため、独立行政法人の評価に資する財務諸表は個別財務諸表とし、連結財務諸表は、公的な主体しての説明責任の観点から作成される財務諸表と位置付けることとした。このため、独立行政法人の連結財務諸表は企業会計のそれとはその性格を異にしている」9)と 説明している。このようになったのは、当初否定的であった連結財務諸表の作成について、独立行政法人の中に、重要な子会社を持つものが多くあって、連結財務諸表がなければ全体が把握できないという実務上のニーズを無視できなかったからだと推測される。 しかしながら、もし連結情報を開示すれば、 連結の範囲に入る関連当事者間取引は相殺消去されてしまうことは、企業会計に100%準拠を前提とするならば、当然であり、それを防止するためにもあえて相殺消去となった取引等の開示を強制し、その理由を「企業会計のそれとはその性格を異にしている」ことに求めたものと思われる。このようにすることで、企業会計の連結をそのまま非営利組織の連結に導入することに対して致命的な欠陥を回避することが可能となったのである。 Ⅶ 非営利組織法人の連結導入のアプローチ ここで独立行政法人会計基準のように、企業会計の連結とは切り離して、非営利組織法人にも連結財務諸表を導入することについて検討してみたい。 独立行政法人会計基準では、第13章 連結財務諸表、第6節関連公益法人等の取扱い、第128関連公益法人等の情報開示の箇所で、「関連公益法人等については、独立行政法人との出えん、人事、資金、技術、取引等の関係を「第7節 連結財務諸表の附属明細書、連結セグメント情報及び注記」に定めるところにより開示するものとする」と規定しており、たとえ連結財務諸表作成上相殺消去となる取引であっても開示の対象としていることは、上述のとおりである。他方、独立行政法人には持分があることから、非支配株主持分が純資産の部に計上されたとしても何ら違和感がなく、企業会計に準じた連結財務諸表を作成することに問題がない。 したがって、いくら独立行政法人会計基準を参考にしてみても、非営利組織が連結情報を導入する際の2つのハードル、すなわち①関連当事者の注記と②「非支配株主持分」表示に対する違和感のうち、そもそも持分概念のない非営利組織に②のハードルをクリアすることが困難であることに変わりがない。 Ⅷ 持分法適用の必要性と実価法適用の可能性 そこで次善の策ではあるが、連結財務諸表と同様な効果をもたらす「持分法」を非営利組織の個別財務諸表に導入することを提案したい。 「持分法」とは、投資会社が被投資会社の資本及び損益のうち投資会社に帰属する部分の変動に応じて、その投資の額を連結決算日ごとに修正する方法をいい、非連結子会社及び関連会社に対する投資については、原則として持分法 を適用することになる10)。連結に代わって持分法を適用することにより、上述の連結財務諸表を作成する場合の問題点を克服することができ、かつ非営利組織の財政状態を的確に把握することができるようになるものと思われる。 また、この考え方をさらに推し進めていくと、支配とは関係なく、すべての非上場株式について実価法を適用することも当然に視野に入ってくるのではないかと考えられるが、この点については、今後研究を続けて行くこととしたい。 [注] 1)日本公認会計士協会「非営利組織の財務報告の在り方に関する論点整理」、65~66頁、 2015年。 2)金児昭「グループ経営と連結決算」『企業会計』Vol49 No.11、中央経済社、6頁、1997年。 3)日本公認会計士協会前掲資料、66頁。 4)日本公認会計士協会前掲資料、65頁。 5)会社計算規則第112条では、関連当事者との取引に関して、注記を求めているが、連結注記表ではなく、個別注記表のみの開示である。 6)日本公認会計士協会前掲資料、27頁。 7)日本公認会計士協会前掲資料、27頁。 8)独立行政法人会計基準研究会「『独立行政法人会計基準』の設定について」、v 頁、2000年。 9)独立行政法人会計基準研究会 「『独立行政法人会計基準』の改訂について」、viii 頁、 2003年。 10)財務会計基準委員会「持分法に関する会計基準」、 2 ~ 3 頁、2008年。 (論稿提出:平成27年11月30日)

  • 非営利組織会計と企業会計の統一的表示基準 / 宮本幸平(神戸学院大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 神戸学院大学教授 宮本幸平 キーワード: 企業会計との統一化 表示基準の類型化 目標仮説検証 拘束/活動フローの2区分  1計算書方式 要 旨: 本考察は、企業会計との統一化を指向した非営利組織会計の表示基準措定を目途とする。 まず諸非営利組織会計の表示基準の相違点が明らかにされ、これに基づいて3つの類型に峻 別される。次に、各類型に内在する問題点を明らかにしながら、妥当な表示基準の目標仮説 が設定される。即ちそれは、当期業績フローと拘束的フローの2区分とし、貸借対照表と連 携させるものである。そして、IASBにおける同様の2区分表示の議論を援用しながら、目標仮説の表示基準が、企業会計のそれと整合したものであるかの考察が図られる。 構 成: I  はじめに―考察の問題意識― II 非営利諸法人の財務諸表表示基準と相違点 III わが国諸非営利組会計における表示基準の類型化 IV 非営利組織会計の基本目的を達成する統一表示 基準の目標仮説設定 Ⅴ 非営利組織会計と企業会計の表示基準の整合化 Ⅵ おわりに―考察の結論― Abstract This consideration aims to set of NPO accounting display standards that was directed to the unification of the corporate accounting. First of all, differences of display standards of various NPO accounting are revealed, and thereafter it can be divided into three categories. Then, the target hypothesis which is reasonable display is set while reveal problems underlying in each category. The hypothesis that includes two sections of the restrictive flow and fiscal performance flow is intended to linkage with a balance sheet. And while incorporated the discussion of two statements approach in the IASB, consideration of whether the standards are consistent with the corporate accounting is performed. Ⅰ はじめに ―考察の問題意識― わが国は、中央政府の財政赤字累計が現在 1,000兆円を超え、先進国で最も厳しい状況に ある。これを是正していくためには、公共サー ビスの民間委託を推進して歳出削減を図る必要がある。そのための一手段として、非営利組織への補助金・寄附金の提供が有効となり得る。 そして、政府からの資金提供が非営利組織に行われる場合、適切な会計情報の開示による説明責任の達成が要請される。しかし現在わが国の非営利組織会計制度では、公益法人、社会福祉法人、NPO 法人、学校法人など各々により会計基準が設定されている。そのため、情報利用者による会計情報の横断的理解と意思決定が困難な状況となっている1 ) 。したがって、広く一般に妥当と認められた知識で理解可能となる会計基準が必要となり、この点では企業会計の 制度・理論の知識が、今日広く共有され得るも のと判断できる。 本稿はこうした現況に鑑み、企業会計との統一化を指向した非営利組織会計の表示基準措定を目途に考察を進める。まず非営利組織会計の各表示基準を概観して相違点を明らかにし(第Ⅱ節)、これに基づいて表示基準の類型化を図る(第Ⅲ節)。そして各類型に内在する問題点を顕在化して妥当な表示基準の目標仮説を設定し(第Ⅳ節)、当該仮説が企業会計と整合的であるかの考察および結論導出を行う(第Ⅴ節)。 Ⅱ 非営利諸法人の財務諸表表示基準と相違点 本節では、企業会計との統一化を指向した非営利組織会計の表示基準を措定するために、まず、法人間に見られる財務諸表の表示基準の相違点を明らかにする。 1 フロー計算書の表示基準の相違点 わが国の非営利組織会計基準が規定するフロー計算書の表示区分は、表1のとおりである。大区分の相違点として、拘束的項目/当期活動項目に区分表示するタイプと、本業的項目/本業外的項目/特別的項目に区分表示するタイプに峻別される。公益法人会計の正味財産増減計算書は前者に分類でき、一般正味財産増減の部と指定正味財産増減の部に区分表示される。そしてこれは、拘束性の有無に基づいた区分である。他方、社会福祉法人会計および学校法人会計のフロー計算書は後者に分類でき、経常増減額(本業活動増減および本業活動外増減)と特別増減額に区分される。同様にNPO 法人会計では、経常損益と経常外損益に区分される。即ちこれら3法人の基準では、経常性の有無に基づいた区分設定がなされている。 次に内訳項目の重要な相違点として、基本金組入額につき社会福祉法人会計では「特別増減の部」の要素として表示され、学校法人会計で は「当年度収支差額」からの控除項目として表示されている。 つまり、社会福祉法人会計では基本金組入額が稼得収益から控除されるのに対し、学校法人会計では当期の収支差額から基本金を控除する表示構造である。他方、公益法人会計では、基本金への組入項目につき、指定正味財産増減の部の「当期指定正味財産増減額」がその役割を果たすものである。 さらに、着目すべき別の相違点として、公益法人会計では、指定正味財産増減の部に表示される拘束的収入に対し、拘束が解除された価額や減価償却額費に対応する価額を一般正味財産増減の部に振替えるため、当該項目が指定正味財産増減の部に設定されている。 表1 非営利組織会計フロー計算書の表示基準(表示区分) 2  貸借対照表の表示基準の相違点 わが国の非営利組織会計基準が規定する貸借対照表の表示区分は、表2のとおりである。特徴に挙げられる第一点目は、学校法人会計において、基本金が純資産の部の主たる表示項目とされることである。教育研究活動に利用される校地・校舎等の健全維持のために、当該財源の累計価額である基本金が最重要の表示要素となる。また、社会福祉法人会計では、フロー計算書から組入れられた基本金および国庫補助金等特別積立金が、純資産の部において表示される。 二つ目の特徴点は、公益法人会計において、 寄附者等によりその使途に制約が課された資産等を指定正味財産とし、それ以外の一般正味財産と区分して表示することである。即ち、施設・設備に対する寄附金・補助金など、資金提供者が使途を拘束するインフローの残高が表示され、その下位に国庫補助金・地方公共団体補助金・寄附金が表示される。 表2 非営利組織会計貸借対照表の表示基準(表示区分) Ⅲ わが国諸非営利組会計における表示基準の類型化 次に本節では、以上で明らかとなった諸表示基準の差異を斟酌しつつ、フロー計算書およびこれと連携する貸借対照表の表示基準の類型化を図る。これにより、現行の各基準に内在する問題点の顕在化が図られる。そして、如何なる表示基準とすれば企業会計との統一化のうえで妥当となるか、その考察へと段階を進めることができる。 1 当期活動フロー/拘束的フローの2区分とする表示基準 類型化が可能な表示基準の一つは、インフローを拘束度合によって区分し、貸借対照表と 連携させる様式である。当該類型に含まれる公益法人会計基準では、正味財産増減計算書において、指定正味財産増減の部と一般正味財産増減の部に最大区分され、各々が貸借対照表/正味財産の部と連携する。 こうした表示基準により達成される会計の基本目的として、フロー計算書上段に表示される当期活動項目により、用役提供努力および成果の査定が可能となる。次に下段に表示される拘束的フロー項目により、次年度以降に拘束・維持される資源価額の当期増減額が明らかとなる。そしてボトムラインに設定される当期純資産増減額により、財務的生存力に対する当期の貢献度合が査定できる。 かかる表示基準と同様の形式をとるものとして、純利益とその他の包括利益を最大区分とする、国際会計基準審議会(IASB)の基準がある。当期純利益は活動業績を示すもので当期一般正味財産増減額と同等であり、その他の包括利益は純利益以外の純資産増加額を示すもので当期指定正味財産増減額と同等である。 2 本業/本業外/特別の3区分とする表示基準 類型化ができる別の表示基準は、インフローを本業的項目/本業外的項目/特別的項目の3区分とし、さらに貸借対照表へ組入れる項目が表示される様式である。社会福祉法人会計基準では、サービス活動増減、サービス活動外増減、特別増減に最大区分され、学校法人会計も同様に、教育活動収支、教育活動外収支、特別収支に3 区分される。また上からの 2区分については、小計として経常増減差額が表示される。そして貸借対照表/純資産の部への組入額が表示され差引かれた後、ボトムラインにおいて当期活動増減額(学校法人会計では基本金組入前当年度収支差額)が表示される。 こうした表示基準により達成される会計の基本目的として、各区分の表示要素により、用役提供努力・成果の査定が可能となる。そしてボトムラインには、繰越増減額が設定されて(ただし基本金等組入後の価額)、財務的生存力に対する当期の貢献度合を査定することができる。 そして企業会計では、わが国の損益計算書における営業・営業外・特別の3区分が、本類型と近似した様式である。また、当該計算書では 営業損益と営業外損益が合計されて経常損益が表示されるが、同様に社会福祉法人会計では経常増減差額、学校法人会計では経常収支差額が表示される。 3 インフロー/アウトフローの2区分とする表示基準 類型化ができる表示基準の第3番目は、フロー計算書において、インフローとアウトフ ローの2区分とする表示基準である。 当該表示により達成される会計の基本目的として、ボトムラインの当期純資産変動額が財務的生存力に対する当期の貢献度合を査定する指標となる。またアウトフローが一括表示されるため、用役提供努力の査定が他の2類型と比べて容易となる。他方で、活動業績のボトムラインが表示されないこと、企業会計/損益計算書との近似性が無いことがデメリットとなる。 これと近似する表示様式として、国際公会計基準審議会(IPSASB)の規定では、インフローの区分において、経常的な活動によって生じるインフローと長期的な活動の遂行に作用するインフローが表示される。またアウトフローの区分においても、インフローと同様に峻別表示される。そして、最終ボトムラインには当期純資産変動額が表示され、これが貸借対照表/純資産の部/次期繰越活動増減差額と連携する。 Ⅳ 非営利組織会計の基本目的を達成する統一表示基準の目標仮説設定 以上により、諸非営利組織会計のフロー計算 書および貸借対照表の表示基準が3タイプに類型化された。そこで、企業会計との統一化を指向した非営利組織会計の統一表示基準を措定するため、会計の「基本目的」達成の観点から妥当と考えられる類型を選択し、当該類型を表示基準の目標仮説とする。 1 本業・本業外・特別収支の3区分とする表示基準の問題点 上述のとおり、社会福祉法人および学校法人会計のフロー計算書は、企業会計/損益計算書の3区分(営業損益・営業外損益・特別損益)と近似した様式である。 当該表示基準に内在する問題点は、特別収入の区分において、資産売却差益と施設整備寄附金・補助金とが同時に表示されることである。 即ちここでは、当期の活動業績となるフローと将来に拘束されるフローとが混在表示される。本業・本業外・特別収支の3区分は、経常性の有無により峻別されるものであり、固定資産売却益が特別収支に表示されることに問題はない。しかし施設整備寄附金・補助金は、毎期経常的に生じる拘束的フローであり、本業に係る増減の部に表示されるべき項目である。即ちここでは、拘束性がありかつ経常性を具備する寄附金・補助金収入が特別収支の区分に表示される。他方でこれを本業収支の区分に含めると、当期活動フローとの混在が生じることになる。 また本区分の別の問題として、活動成果の一部価額が貸借対照表に組入れられるため、ボトムラインにおいて、財務生存力に対する当期貢献度合の査定能力が減衰する。即ち基本金などが組み入れられた後の残存価額には、当該査定機能の希薄化が生じるのである。 2 イン/アウトフローの2区分とする表示の問題点 この表示基準は、すべてのインフロー、即ち当期活動インフローと拘束的インフローを一括表示し、同様にすべてのアウトフローを一括表示する様式である。会計の基本目的である用役提供努力の査定においては、アウトフローを一括表示する当該様式が有用となる。これに対し当期活動アウトフローと拘束的アウトフローの間に拘束的インフローが入れば、用役提供努力の全体像が捉えにくくなる。 ただしデメリットとして、当期活動のインフローとアウトフローが分離して表示されるため、当該差額による活動業績の査定が達成できない。 一般に、活動業績のフロー計算書ではインとアウトの差額が情報利用者の意思決定の対象となる。ところが本表示では、当期の活動業績を表す差額が表示されないことになる。 また、企業会計の表示基準との近似性において、イン/アウトフローの2区分表示は、資金収支計算の要請から様式が形成された政府会計 /歳入歳出計算書と同様であり、企業会計との表示基準統一化を目途とする場合には、他の表示類型に劣る要素となる。 3 基本目的を達成する統一的表示基準の目標仮説 以上により、本業・本業外・特別収支の3区分とする表示基準、およびイン・アウトフローの2区分とする表示基準につき、統一的表示基準として必ずしも妥当といえない論拠が示された。これに対して、残る公益法人会計の様式によれば、以下のような優位性が確認できる。 アウトフローの殆どは一般正味財産増減の部において表示されるため2) 、用役提供努力の査定が、社会福祉・学校法人会計基準(本業・本業外・特別の3区分)よりも容易である。 社会福祉・学校法人会計では、貸借対照表へ拘束的フローが組入れられるため、ボトムラインにおいて財務的生存力への貢献度合査定ができない。公益法人会計基準では、フロー計算書のボトムラインに貸借対照表組入額が含まれている。 公益法人会計基準における2つのボトムライ ンは、当期活動業績とそれ以外の区分であり、 IASB が規定する「純損益及びその他の包括利益計算書」と近似した区分である3)。 こうして、明らかとなった公益法人会計基準の利点を勘案し、これをベンチマークとすれば、 非営利組織会計の統一表示基準措定を図ることができる。会計研究における結論導出においては、問題点に対する「当為」とその「根拠」の提示が重視され、当該妥当性を示すためにまず目標仮説が設定される(徳賀[2012a]、1 頁)。 即ち、設定された目標仮説に当為が含意される。 そして、当為の根拠について規範演繹的に考察することで4)、必然的な目標仮説正否の結論が導き出される。 そこで本考察においては、公益法人会計基準をベンチマークとする非営利組織会計表示基準の統一化を指向した表示基準について、当為が含まれた次のような目標仮説が設定できる。 (目標仮説)フロー計算書において、当期業績 フローおよび拘束的フローの2区分とし、各合計額を貸借対照表/純資産の部と連携させて表示することにより、非営利組織会計の基本目的を達成しかつ企業会計との近似性を備えた表示基準とすることができる。 Ⅴ 非営利組織会計と企業会計の表示基準の整合化 以上により、企業会計との統一化を達成する表示基準の目標仮説として、IASB の規定と近似した2区分表示するとする案が示された。本節では、当該仮説(その基底に「当為」と根拠が存在する)の妥当性につき、規範演繹的考察によって検証を行う(本節では、引用のみの注釈については文中にカッコ書きで記している)。 1 非営利組織会計/フロー計算書における2区分化の妥当性 本目標仮説は、非営利組織会計の基本目的を達成しかつ企業会計との表示の統一化を指向するために、当期業績フローと拘束的フローの2区分表示が妥当とする。これは、わが国の公益法人会計基準に近似する内容であり5)、当該表示基準によって財務的生存力維持に対する当期の貢献度合の査定、および用役提供努力・成果査定の基本目的を達成することができる。 R.N.Anthonyによれば、非営利組織における収益と費用の差額は、活動業績を端的に表す指標となり得る(Anthony[1989], p.31)。ただし当該差額に伏在する問題として、拘束的インフローを含めなければ僅少価額となるケースが起こり得る。つまり、次期に繰延べられるフローについても財務的生存力維持に資する価額となるため、2つの区分を同時に表示しなければ、当該査定が達成できないと考えるべきである。 したがって、目標仮説の2区分のうち当期業 績フロー区分において、用役提供努力・成果の査定が可能となるものの、当該ボトムラインの機能については、財務的生存力維持の目安を提供することに止まる。非営利組織会計の基本目的を達成するには、当期業績フローと拘束的フローの2区分を同時に表示することが妥当と判断される。 2 企業会計における「2計算書方式」適用の議論 こうした、当期業績フローのボトムライン表示の是非の問題点につき、これと関連した議論が企業会計においても展開された経緯がある。 それは、IASBやわが国企業会計基準委員会における、ツーステートメント・アプローチ(以下、2計算書方式)とワンステートメント・アプローチ(以下、1計算書方式)の選択の議論である。当該議論の焦点は、当期業績フローとそれ以外とを如何にして表示するかにあるため、その考察プロセスと導出結論を参酌すれば、本考察における2区分表示計算書の妥当性検証(即ち目標仮説の検証)が可能となる。 周知のとおり、IASB における企業会計の制度設計は、資産負債アプローチを前提に進められ、ここから演繹的に基準設定されたフロー計算書は、損益項目を「純利益」の区分、公正価値で評価された資産・負債の未実現損益項目を「その他の包括利益」の区分に表示する。そして、当該表示基準設定においては、まず1計算 書方式への一本化が検討され、しかし純利益と包括利益を区別する2計算書方式を選好する関係者が多かったことから、両者の選択が認められた経緯がある6)。 またわが国でも、企業会計基準委員会における平成22年会計基準の公開草案に対するコメントのなかで、1計算書方式において包括利益が強調され過ぎることへの懸念から、純利益と包括利益が区分される2計算書方式を支持する多数の意見が表明されている(企業会計基準委員会 [2012]、10頁)。しかし他方で、一覧性、明瞭性、理解可能性等の点で1計算書方式を支持する意見も存在した。そこで委員会は、いずれの計算書方式によっても包括利益の内訳内容は同様であることから、選択制によって比較可能性は損なわれないと判断した。 以上のように、企業会計の表示基準設計においては、包括利益一元化(業績報告書からの純利益の排除)が推進されながらも、ボトムラインである包括利益が強調され過ぎること、および当該計算書における表示区分・項目の議論が十分でないことを事由に、当該一元化が回避されている(藤井[2007]、148-153頁)。即ち IASB では、既存の財務諸表体系を基本的に維持したまま、その他の包括利益の構成項目と包括利益 を表示する包括利益計算書を追加する形で、基準準拠の業績報告書が設定されたわけである (藤井[2007]、153頁)。 3 IASB の議論の非営利組織会計への適用 以上に説明されたIASBにおける純利益とその他の包括利益の表示に係る議論は、本考察における統一的表示基準の目標仮説(当期業績フローと拘束的フローの2区分化)の検証において、 援用が可能と考えられる。いずれも、当期業績フローとそれ以外との区分表示において生じる問題が考察焦点となるためである。 IASB の議論では、新たに設定されたその他の包括利益の区分がもたらすインパクトが議論の中心である。そこで、当該議論における結論導出の論拠を明らかにできれば、これを本考察の目標仮説検証に援用できる。即ち、非営利組織会計の統一的表示基準の当為(ここでは目標仮説)に対し、IASBが示した論拠を援用して検証を行えば、規範演繹的な結論導出が可能となるのである。 上記のとおりIASBが導出した結論である「選択方式」採用の論拠の要諦は、1計算書方 式導入による包括利益強調化の回避にある。そこで当該論拠を非営利組織会計における2区分表示適用の問題に援用すると、ここでは、当期 業績フローのボトムラインの強調化が懸念事項となる。現行の諸非営利組織会計では、ボトムラインに表示される当期純資産変動額が重視されるため、1計算書方式によって当期業績を示すボトムラインが新たに追加されると、そこに焦点が集まる懸念が新たに生じる。 しかし他方で、2計算書方式を採用した場合には、別の問題が顕在化する。非営利組織は利益獲得を第一義としないため、当期業績インフ ローが僅少額となる可能性が企業会計と比べて高い。そのため、2計算書のうち一方である当期活動フローの計算書のボトムラインにおいて、財務的生存力の査定機能が備わらない事態が起こり得る。拘束的フローの総額が当該計算書に反映されないためである。これに対し1計算書 方式によれば、その下段に寄附金・補助金などの拘束的フローが表示され、財務的生存力の査定が可能となる。 以上より、1計算書方式を導入すると、追加ボトムラインへの注目度の移行が懸念事項となる。他方、2計算書方式とすれば、当期活動フローの計算書のボトムラインが少額となり、財務的生存力査定に資する情報となりにくい。さらに、意思決定有用性の観点からは二次的と見られる活動業績のボトムラインが、強調化懸念の対象となる。したがって、1計算書、2計算書のいずれを選択しても、問題が回避されないことになる。 4 非営利組織会計表示基準における1計算書方式の妥当性 以上のように、目標仮説で示された2つのフ ロー区分を1計算書方式で表示すれば、既存の当期純資産変動額よりも、新たに設定された当期業績フローのボトムラインの強調化が懸念事項となる。他方で2計算書方式とすると、当期業績フローの計算書において、財務的生存力査定が達成されない可能性がある。 ここで、IASBにおける計算書方式選択の議論に立ち戻ると、問題の根源は純利益とその他の包括利益の異質性にあり、情報利用者の意思決定の混乱を避けるために2計算書方式が案出されたと考えられる。ただし、包括利益表示の強調化への懸念に対しては、包括利益が「最終ボトムライン」であることに留意すべきである。即ち、従前は純利益がボトムラインであったところに、新たな会計観(資産負債アプローチ)に基づく価額が最終ボトムラインとして表示されるため、そのインパクトが大きかったと推察できる。 これに対し、本考察の目標仮説から導出されるフロー計算書では、当期業績フローおよびボトムラインが上段に表示される。そして最もインパクトがある最終ボトムラインには、従来どおり財務的生存力の査定に資する当期純資産増減額が表示される。したがって、IASB が規定 する1計算書方式との比較において、新たなボ トムラインが設定される影響は僅少と判断できる。むしろ当該区分の表示により、用役提供努力と成果が対応的に表示され、活動業績の査定が容易に達成されるメリットが新たに生じる。 さらには拘束的インフローについても、2計算書方式を前提に個別の計算書に表示する意義に乏しいと判断できる。なぜなら寄附金・補助金は、使途制約が含まれる場合でも、法的権利が出資者から組織に移転する点で、企業会計の払込資本および負債とは本質が異なる。即ちこれらは、活動コストと間接的に対応する、収益的性質を具備した純資産増加額と見ることができる7)。したがって、当期業績フローと使途制約がある寄附金・補助金には同質性が存在し、そのため1計算書方式として一体化表示することが可能と判断される。 以上に示された論拠により、上段に当期業績 フローが表示され、下段に拘束的フローが表示されて、最終ボトムラインに当期純資産増減額 が表示される1計算書方式の表示基準が、非営利組織会計において妥当とする結論が導き出さ れる。即ち、フロー計算書において当期業績フローと拘束的フローの2区分表示とし、各ボトムラインを貸借対照表/純資産の部と連携させる。これにより、企業会計の財務諸表表示基準 (ここではIASBが規定する基準)との統一化を指向し、かつ非営利組織会計の基本目的を達成するような、財務諸表表示基準が措定される。 Ⅵ おわりに ―考察の結論― 以上のとおり本考察では、企業会計との統一化を勘案した非営利組織会計の統一的表示基準につき、目標仮説の設定と規範演繹的考察が行われ、当該仮説が妥当であると結論付けられた。即ち、フロー計算書(1計算書方式)において当期業績フローおよび拘束的フローの 2区分表示とし、各合計額を貸借対照表/純資産の部と連携させることにより、非営利組織会計の基本目的を達成しかつ企業会計との近似性を備えたが表示基準とすることができる。 措定された表示基準は、活動業績のフローとそれ以外のフローを峻別する点から、IASB が規定する表示基準と同様の様式である。当該様式によれば、企業会計に倣い、資産負債アプローチと収益費用アプローチとが混合した測定基準が非営利組織会計に採り入られた場合でも、確定した諸勘定を計算書に誘導することができる。即ち、企業会計をベンチマークとして測定基準および表示基準が調整されれば、諸勘定を当期業績フローと拘束的フローの2区分の計算書に誘導・表示することができる。こうして、企業会計と非営利組織会計の統一化が達成されることになる。 [注] 1)詳細については、日本公認会計士協会[2013]、1頁参照。 2)「指定正味財産増減の部」に表示されるアウトフローは、基本財産評価損、特定資産評価損などに限定される。したがって「一般正味財産増減の部」のみにおいて用役提供努力の 査定がおおむね可能となる。 3)R.N.Anthony は、株主持分に焦点を当てた企業会計の概念フレームワークとの脈絡を保ちつつ非営利組織会計の規定を設定するのは容易でないとしながら、他方では持分維持の成 功可否の情報が共通の焦点と考える (Anthony[1984]・佐藤訳[1989]、117頁)。 4)会計研究では、目標仮説から経験に頼らず特定の理論から演繹的な推論のみで論理的に必然的な結論に到達しようとする規範演繹的研究と、目標仮説と帰納的に観察された事実と の乖離の大きさを指摘してその解決策を提示する規範帰納的研究の、いずれかによって必 然的な結論が導出される(徳賀[2012b]、 144頁)。 5)藤井[2010]では、基準統一化において、情報提供・市場規律主導型の会計基準として再設計されるべきと考え、FASB基準(SFAS116S および FAS117)、およびこれを援用したわが国の公益法人会計基準をモデルとした統一化を提案する(藤井[2010]、29-32頁)。 6)IASB がこうした措置に至ったのは、単一の業績報告書の導入を放棄したからではなく、当該方針に対する懸念や慎重論に配慮したことによる。こうした経緯の詳細は、藤井 [2007]、149-152頁参照。 7)藤井[2004]では、非営利組織における寄附金収入の収益性をめぐるAnthony と FASB の論争が分析され、FASB が資産負債アプローチに立脚し、これを包括利益と捉えていることが説明されている(藤井[2004]、99 -100頁)。 [参考文献] Anthony, R.N.[1984], Future Direction for Financial Accounting, Dow Jones-Irwin, 佐藤倫正訳[1989]『アンソニー財務会計 論』白桃書房。 ――――[1989], Should Business and Nonbusiness Accounting Be Different ?, Harvard Business School Press. 企業会計基準委員会[2012]「企業会計基準第25号 包括利益の表示に関する会計基準」企業会計基準委員会。 徳賀芳弘[2012a]「規範的会計研究の方法と貢献」、日本会計研究学会第71回全国大会 統一論題報告資料。 ――――[2012b]「会計基準における混合会計モデルの検討」『金融研究 /2012.7』。 日本公認会計士協会[2013]「非営利組織の会計枠組み構築に向けて」非営利法人委員会研究報告第25号。 藤井秀樹[2004]「アメリカにおける非営利組織会計基準の構造と問題点- R.N. アンソニーの所説を手がかりとして-」『商経 学叢』第50巻第 3 号。 ――――[2007]『制度変化の会計学―会計 基準のコンバージェンスを見すえて―』中央経済社。 ――――[2010]「非営利法人会計における会計基準統一化の可能性」『非営利法人研 究学会誌』VOL.12。 (論稿提出:平成27年11月28日)

  • ≪研究ノート≫国立大学における全学同窓会の運営のあり方― 部局同窓会との調整と同窓生の関心の獲得を中心に ― / 高田英一(九州大学准教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 九州大学准教授 高田英一 キーワード: 同窓会 国立大学 大学経営 公益活動 要 旨: 国立大学の全学同窓会には、2つの課題がある。第1は、部局同窓会との二重構造であ る。全学同窓会は、設立の時点で、部局同窓会を内部に取り込んだが、部局同窓会の独自 性を維持する必要がある。第2は、同窓生の関心の低さである。現在、社会的にボランティ ア活動に対する関心が高い。このため、全学同窓会は、従来の共益志向のサービスでなく、 公益志向のサービスによって、同窓生の関心を確保するよう努めるべきである。このこと は、国立大学に対する社会の理解の獲得と財政基盤の強化につながる。 構 成: I  はじめに II 先行研究の確認 III 研究の枠組み Ⅳ アンケート結果から見る全学同窓会の現状と課題 Ⅴ 課題「部局同窓会との調整」の課題について Ⅵ 課題「卒業生の同窓会への関心の低さ」について Ⅶ 課題「財政的な基盤の乏しさ」について Ⅷ おわりに Abstract There are 2 problems in the alumni association of national universities. The 1st problem is a double structure with department alumni associations. Because the alumni associations put department alumni associations in the interior at the time of establishment. Therefore the alumni associations have to maintain originality of department alumni associations. The 2nd problem is low of the interest of the alumni. We have the great interest to volunteer activities at present. So, the alumni associations should try to secure the interest of the alumni by public interests-oriented service, not conventional public benefit-oriented service. This way enables to strengthen social understanding and financial base to national universities. Ⅰ はじめに 現在、経済・社会状況の激しい変化に対応するために、社会から国立大学に対して厳しい改革が求められている。各国立大学では、この要求に応えるために、教育改革や研究活動の活性化等に努めているものの、他方で、法人化以後の運営費交付金の削減等、その運営環境は厳しさを増している。 このような状況において、各国立大学では、大学外の支援の獲得のため、全学単位の同窓会 (以下、「全学同窓会」)との連携・協力を進めているが、その運営の実態は明らかでない。このため、本研究では、国立大学における全学同窓会の実態と課題を実証的に明らかにするとともに、運営のあり方を検討することを目的とする。 なお、大学の同窓会には、全学同窓会と部局等の単位の同窓会がある。後者は、一般に小規模で活動の方向も様々であるため、現在、大学側から支援者として期待されているのは、主に前者である。このため、本稿では、全学同窓会を調査対象とした。 Ⅱ 先行研究の確認 わが国の大学の同窓会に関する先行研究としては、まず、同窓会全体の動向に関しては、天野(2000)が意義、役割、創生期から現在までの歴史的経緯を分析しているが、法人化以後の状況には「法人化を迫られる国立大学の間にも、全学同窓会を結成しようという動きが広がっている」との指摘に留まっている。また、本間 (2014)は、自らの職務経験を基に、同窓会の組織化のあり方を述べている。 また、個別大学の事例研究では、国立大学については、法人化前に関しては、石(2000)、 秋山(2007)、吉田(1990)、山崎(2000)等がある。法人化以後に関しては、腰越・池田(2006)、朴・瀬口(2009)、中島(2010)、酒井(2014)等がある。 さらに、私立大学については、奥島(1990)、 磯崎(1990)、長島(2000)等多数あり、同窓会の運営に関する貴重な知見が得られる。なお、同窓会自体ではないが、その主要な関心事である寄付金募集に関する先行研究として、仲西他 (2013)もある。 さらに、近年になって、国立大学全体における同窓会の状況に関する研究が実施されている。 高田(2011、2012)は、国公私立大学の同窓会の規約を対象とした調査を実施し、設立動向等を分析している。また、大川他(2012)は、同窓会ではないが、国立大学による「卒業生サー ビス」に関する現状と課題を分析している。 なお、喜多村(1990)、山田(2008)、江原 (2009)、石田他(2011)、鳥居(2013)など米国の同窓会の研究から得られた知見を基にわが国の同窓会のあり方を論ずる研究がある。また、黄(2007)は、社会学的見地から、名門高校の同窓会を対象に社会資本としての作用・結束力を調査・分析している。 以上で見たように、多様な観点からの先行研究があるが、管見の限り、国立大学における全学同窓会の運営の実態と課題を実証的に把握したうえで、その運営のあり方を検討する先行研究はほとんど見当たらなかった。 Ⅲ 研究の枠組み 以上の状況を踏まえ、本研究では、国立大学の同窓会担当理事に対してアンケート調査を実施し、全学同窓会の現状と課題を把握した上で、検討するという手法を取った。全学同窓会は、 「会員の資格を部局等の組織単位に限定しておらず、全学の同窓生等で構成された同窓会」と定義した。 アンケート調査は、全国立大学の同窓会担当理事に対して、平成24年7月から8月の間に実施した。回答は、86国立大学法人中51からあった(回収率59.3%)。 Ⅳ アンケート結果から見る全学同窓会の現状と課題 1 全学同窓会との連携・協力に対する認識 まず、全学同窓会との連携・協力の必要性は、大部分の大学(95.1%)が肯定している(表1)。 以下では、この認識を前提に検討を進める。 2 全学同窓会との連携・協力の課題(表2) 全学同窓会との連携・協力における課題は、 まず、全体では、第1は「卒業生の同窓会への関心の低さ」(60.0%)である。この点は、同窓会の運営における根本的な課題である。第2以下は「卒業生の追跡の困難さ」(52.5%)、「財政的な基盤の乏しさ」(45.0%)、「教職員の同窓会への関心の低さ」(45.0%)、「既存の部局等の同窓会との調整」(37.5%)、「同窓会が部局等のまとまりが強い国立大学の卒業生で構成されていること」(32.5%)等が続く。これらの課題も、他の先行研究でも指摘されており、同窓会の運営に関する共通の課題と思われる。 次に、全学同窓会の設立年を法人化前と法人化以後で分けると、法人化以後設立の全学同窓会では、第1は「財政的な基盤の乏しさ」(65.0%) に変わる。第2以下は「既存の部局等の同窓会との調整」(55.0%)、「同窓会が部局等のまとまりが強い国立大学の卒業生で構成されているこ と」(55.0%)と続き、全体で第1であった「卒業生の同窓会への関心の低さ」(50.0%)は第4、 「卒業生の追跡の困難さ」(40.0%)は第5であっ た。 以上で見た5つの課題のうち、「卒業生の同窓会への関心の低さ」と「教職員の同窓会への関心の低さ」を除いた4つの課題は、順位は異なるが、全体に共通する課題であり、また、今日的な課題でもあると考えられる。このため、 以下では、「卒業生の同窓会への関心の低さ」、 「財政的な基盤の乏しさ」、「既存の部局等の同窓会との調整」、「同窓会が部局等のまとまりが強い国立大学の卒業生で構成されていること」 の4つの課題について、その現状と課題を検討する。 なお、「既存の部局等の同窓会との調整」、 「同窓会が部局等のまとまりが強い国立大学の卒業生で構成されていること」は、「部局同窓会との調整」と位置づけて、まとめて検討することとする。 また、これらの課題は、必ずしも並列的な関係にはない。すなわち、「卒業生の同窓会への関心の低さ」は、「部局同窓会の調整」という課題の結果、また、「財政的な基盤の乏しさ」 は、他の2つの課題の結果として生じている可能性がある。このため、以下では、課題を「部局同窓会との調整」、「卒業生の同窓会への関心 の低さ」、「財政的な基盤の乏しさ」の順で検討する。 表1 全学同窓会との連携・協力の必要性 出所:筆者作成 表2 連携・協力を推進する上での課題 注:設立年不明1(総合大学)、複数回答 出所:筆者作成 Ⅴ 課題「部局同窓会との調整」の課題について 1 アンケート結果から見る全学同窓会の設立の状況 まず、全学同窓会の状況については、アンケート結果から、法人化以後、全学同窓会は、 大きく増加していることが明らかになった。すなわち、法人化前は、単科大学の全学同窓会が大多数であり、総合大学の全学同窓会は少数であった。特に、総合大学は、法人化前は、天野 (2000)が指摘するように、「それぞれにことなる起源と歴史をもつ学校が統合されて発足した新制国立大学の哀しさは、大学全体としての同窓会組織をもちえないところにあった。新制大学としての発足から半世紀余をへた今も、同窓会が、学部単位の壁をこえることができずにいる国立大学が、ほとんどとみてよい」という状況であった。しかし、法人化以後は、この状況が変化し、総合大学における全学同窓会が増加している(表3)。 表3 全学同窓会の設立数(法人化前・法人化以後) 注:設立年不明1(総合大学) 出所:筆者作成 2 全学同窓会の設立の主導 次に、全学同窓会の設立の主導は、同窓生から、国立大学へ変化している(表4)。 全体を見ると、最も多いのは、「大学」主導 727(65.9%)であり、その次に、「同窓生」主導20(48.8 %)、「部局等の同窓会」 主導19 (46.3%)が続く。 ただし、同窓会の設立時点を法人化前と法人 化以後で分けて見ると、法人化前設立の同窓会 では最も多かった「同窓生」主導(85.0%)は、 法人化以後設立の同窓会では大きく減少している(15.0%)。これとは対照的に、「大学」主導は、 法人化前設立の35.0%から、法人化以後設立の 100.0%と大きく増加している。 この点、国立総合大学の全学同窓会の設立経緯に関する山崎(2000)の指摘や、「法人化を迫られる国立大学の間にも、全学同窓会を結成しようという動きが広がっている」という天野(2000)の指摘を踏まえると、法人化という大きな変化に対応するために、国立大学の主導によって全学同窓会の設立が増加した状況が窺える。 表4 全学同窓会の設立の主導 注:設立年不明1(総合大学)、複数回答 出所:筆者作成 3 全学同窓会の会員 また、全学同窓会の会員の資格も、卒業生個人より、部局同窓会等が増加している(表5)。 全体を見ると、「卒業生」(63.4%)が最も多く、 次に多いのが、「部局等の同窓会の会員」(31.7%)、 「部局等の同窓会組織」(31.7%)であった。 ただし、設立時点を法人化前と法人化以後で分けて見ると、法人化以後設立の同窓会では、「卒業生」は、90.0%から40.0%に大きく減少した一方で、「部局等の同窓会の会員」、「部局等の同窓会組織」は大きく増加している。 以上からは、多くの場合、法人化以後設立の全学同窓会は、既存の同窓会を組織単位で会員として取り込み、設立されたことが窺える。この理由としては、部局同窓会との調整を全学同窓会の設立の際の課題とする山崎(2000)の指摘及び前記の天野(2000)の指摘を踏まえると、既存の部局等の同窓会の活用、その反発の防止と思われる。 表5 同窓会の会員となる資格 注:設立年不明1(総合大学)、複数回答 出所:筆者作成 4 全学同窓会の構造上の課題 以上の全学同窓会の設立時期,設立の主導、 会員の状況からは、法人化以後設立の全学同窓会における部局同窓会を内部に含む「二重構造」という構造的な課題が窺える(高田2011、 大川他2012同旨)。 すなわち、法人化前には、全学同窓会よりも、部局ごとの卒業生(同窓生)が設立した部局単位の同窓会が多数存在していた(図1)。これに対して、法人化以後設立の全学同窓会の大部分は、部局等の同窓会を取り込んだ形で設立された(図2)。但し、取り込まれた部局同窓会は、 全学同窓会より活動実績があり、また、卒業生 個人も、全学よりも部局に帰属意識が高い。この点を全学同窓会から見ると、既存の部局同窓会を取り込むことで、これまで外部にあった 「部局の壁」(天野2000)を、同窓会内部に取り込んだ「二重構造」という課題が生じていることとなる。この課題は、部局の力が強く、全学的なガバナンスの強化に苦心している「それぞれにことなる起源と歴史をもつ学校が統合されて発足した新制国立大学」(天野2000)自身の課題と共通する課題と言える。 図1 国立大学における同窓会の設立(法人化前) 出所:筆者作成 図2 国立大学における同窓会の設立(法人化以後) 出所:筆者作成 5 課題の対応策について 以下では、同窓生(卒業生)個人と部局同窓会における全学同窓会に関するメリット・デメリットを整理した(表6)。以下、同窓生(卒業生)個人と部局同窓会のそれぞれへの配慮の観点から検討する。 ⑴ 同窓生(卒業生)個人に対する配慮 ① 参加の動機づけの低さについて 同窓生個人に対しては、まず、部局同窓会に加えて、全学同窓会に対する参加の動機づ けの形成が課題である。この点は、課題「卒業生の同窓会への関心の低さ」と共通する 点が多いため、以下のⅥで詳述する。 ② 会費等の二重負担の可能性 同窓会費や参加は、同窓生にとって負担となる。全学同窓会としては、後述するよう に、財政支援のみを目的として統制を強めるのではなく、部局同窓会独自の活動に配慮 して、同窓生の関心を醸成できるまでは、最低限の同窓会費にとどめる等の負担軽減の 工夫を図る必要がある。 ⑵ 部局同窓会に対する配慮 ① 部局同窓会独自の活動に対する配慮 部局同窓会は、全学同窓会に比して、長い歴史と求心力を有している。このため、全学 同窓会としては、部局同窓会を通じて、同窓生の関心を確保することが合理的である。 このため、全学同窓会としては、部局同窓会独自の活動に配慮する必要がある。部局同 窓会の独自性を踏まえず、同窓会への全学としての統制が強化された場合、同窓生の部局 同窓会に対する関心は低下しかねず、このことは、全学同窓会にとっても損失となる。   このためには、まず、全学同窓会・部局同窓会の活動領域の区分の明確化が重要であ る。以下の図3には、両者の活動の基本的な活動領域を専門・一般、将来・過去によって 示した。一般的には、部局同窓会は、専門分野や過去の教育経験に基づいた活動に関与す るのに対して、全学同窓会は、広く一般的な分野で、同窓生の将来にわたる活動に関与す ると思われる。実際には、個別の全学同窓会・部局同窓会の状況によって具体的な活動領 域は異なるが、両者の活動領域の区分を明確にすることが、部局同窓会の独自性の配慮の 点から、重要である。 その上で、全学同窓会・部局同窓会が別個独立に活動するのではなく、全学同窓会が 部局同窓会の活動を阻害しないよう配慮しつつ、調整を担うことが考えられよう。 他方で、部局同窓会も、独自の存在意義の再構築に自ら取り組むべきである。例えば、 部局同窓会として、専門家集団としての位置付けの強化を図ると同時に、全学同窓会を通 じた「異業種交流」の促進を行う等が考えられる。 ② 会員・財政基盤を吸収される可能性 全学同窓会の設立の際に会員として取り込まれた部局同窓会の観点から見ると、「小さ い同窓会には大きな組織に飲み込まれてしまうのではないかという危惧もある。 また、 大きな同窓会からすれば、これまで に築いてきた資産の持ち出しになるという心配もあ る」との山崎(2000)の指摘がある。 このため、全学同窓会としては、部局同窓会に対して、インセンティブを付与する必要 がある。例えば、運用面での人的、物的な支援(人材、事務所の提供)や、多様な分野・ 構成員を含む全学単位での交流等のメリットを示すことが考えられる。また、部局同 窓会の抱える「同窓生の追跡が困難」という課題に対して、大学からの生涯メールの付与 や全学的なSNSの構築と活用を通じてのデータ収集など、組織的なデータ収集という支援 が考えられる。 表6 全学同窓会のメリット、デメリット 出所:筆者作成 図3 全学同窓会と部局同窓会の活動領域 出所:筆者作成 Ⅵ 課題「卒業生の同窓会への関心の低さ」について 1 現状と課題 ⑴ 国立大学に対する関心の現状と課題 同窓会への関心の醸成のためには、多くの先行研究では、大学に対する関心の醸成が重要と指摘されている。 しかし、国立大学においては、全学レベルでの関心の醸成は困難である。私立大学の場合は 「建学の精神」等を帰属意識の形成の核とすることができるが、国立大学の場合は、その教育・研究の目的・目標は明確でない。法人化以後、6年ごとに中期目標・中期計画を策定するとともに、昨年来、国立大学改革の観点から、「ミッション再定義」等も実施されているが、 いずれも当該制度や取組内での取り扱いに留まり、同窓生の帰属意識の形成の核には至っていない。 ⑵ 同窓会に対する関心の現状と課題 現時点では、全学同窓会よりも、部局同窓会に対する関心の方が高い。学生生活を通じて教育経験を共有するとともに、卒業後も、多くの場合、同分野の職業経験を共有するからである。 ⑶ 対策の基本方針 全学同窓会としては、上記⑴⑵の課題の解決は容易ではないことをはっきりと認識する必要がある。その上で、筆者としては、従来の部局同窓会の活動とは異なる同窓会活動を行うことで、全学同窓会としての独自のメリットを強調する方向を提案したい。また、その際には、上記の「二重構造」を踏まえて、部局同窓会に対抗するのではなく、双方の強み・弱み(表7) を考慮して、Win-Winの関係を築くことを提案したい。以下、具体的に検討する。 表7 全学同窓会・部局同窓会の強み、弱み 出所:筆者作成 2 国立大学に対する関心の醸成 全学同窓会に対する関心につながる可能性のある国立大学に対する関心としては、帰属意識、危機感等がある。以下、個別に検討する。 まず、国立大学に対する帰属意識である。帰属意識の醸成のためには、在学中からの教育・ 研究活動の充実を通じて、満足度の向上を図る必要がある。この取組は、いわば大学本来の活動であり、ある意味、当然の取組みである。本間(2014)、仲西他(2013)等の多くの先行研究でも、同様の指摘がなされているが、現在では、さらに進んで、学生調査の結果から、「在学時 の取組み」によって支援意欲や関心項目に差が見られることを踏まえて、「在学時の取組み」 と同分野への寄付金の依頼を行っている立命館大学の取組み(仲西他2013)等もある。しかし、これまでの多くの国立大学は、研究志向が強く、教育活動の充実には消極的であったため、この取組みは、これから取り組んでいくべき課題と言えよう。 次に、国立大学に関する危機意識である。危機意識の例としては、数少ない活動実績のある国立大学の全学同窓会である一橋大学の「如水会」が挙げられる。この同窓会の結成のきっかけは、旧帝国大学への統合問題という危機であった。しかし、これまでの多くの国立大学は、存続そのものが危機に瀕することがほとんどなかったため、危機意識の共有は容易ではない。 上記の2つの取組みに代表される国立大学に対する関心の醸成は不可欠ではあるが、成果には中長期的な期間が必要となる。このため、これらの取組みと並行して、他の方策も検討する必要がある。 ちなみに、現在、国立大学は、大規模な再編・統合や民営化の可能性も示唆される「外 圧」の中で、これまでになく積極的に教育活動の充実に取り組んでいる。この状況は、皮肉ではあるが、帰属意識や危機意識の醸成の契機となる可能性もあろう。 3 全学同窓会に対する関心の醸成 国立大学ではなく、直接に全学同窓会自体に対する関心を醸成することも方策として考えられる。その方策として、全学同窓会から同窓生に対して多様なサービスが提供されている。以下、サービスを大きく同窓生自身に向けた共益 志向のサービスと社会に向けた公益志向のサービスに分けて検討する。なお、両サービスは両立しうるものであり、同一の全学同窓会が両サービスを提供することも可能であることは言うまでもない。 ⑴ 共益志向のサービスについて 現在、同窓会からは、様々なサービスが卒業生サービスとして提供されているが、その多くは、同窓生自身に向けた共益志向のサービスである。米国に関する先行研究では、例えば、ホームカミングデー、カード、優待制度、研修会・講習会、ツアー、イベント参加等がある。 また、我が国の大学でも、ホームカミングデー、カード、優待制度、研修会・講習会、イベント参加等が提供されており、先行研究でも、その充実が叫ばれている(大川他2012等)ところである。 さらに、アンケート結果でも、全学同窓会の設立理由は、法人化以後設立の同窓会では、 「社会向け」の理由が減少しているのに対して、「大学向け」の理由は増加している。いわば、法人化前設立の全学同窓会は、共益性とともに、ある程度の公益性も有していたのに対して、法人化以後設立の同窓会では、法人化という危機に直面した国立大学への支援を最優先として、公益性を弱め、共益性を強化していると言えよう。 ⑵ 公益志向のサービスについて いうまでもなく同窓会は共益団体である。このため、構成員である同窓生に対するサービスという共益志向のサービスの重要性は否定できない。しかし、これだけでは、全学同窓会の設立の根本的にある国立大学の課題の解決にはつながらない。 すなわち、全学同窓会の設立の理由は、国立大学の財政基盤の不足に対する支援であるが、この課題の根本には、国立大学に対する社会からの理解と支援の不足という状況がある。しかるに、国立大学は、社会・国民の支援により成立している公益団体である。とするならば、同窓会とはいえ、目先の経営危機に捉われて、国立大学と同窓生に向けた共益志向のサービスのみに注力することは、広がりに限界があるだけでなく、社会からの国立大学に対する理解をさらに失わせる可能性がある。この点、現在、一部の私立大学の同窓会では、排他的なエリート集団としての性格を強化している点に注目が集まっているが、国立大学の全学同窓会で同様の取組を行った場合、社会からの反感を生み、根本的な原因をさらに深刻化させる可能性もあろう。 このため、筆者としては、国立大学における全学同窓会のサービスとして、公益志向のサービスの再強化を指摘したい。以下、国立大学と関係者ごとにメリットを検討する。 ① 同窓生に対するメリット 公益志向のサービスとは、社会に対する啓発活動、ボランティア活動である。このよ うな活動を、全学同窓会が自ら実施するだけでなく、同窓生に対して参加の機会を提供 することは、同窓生に対するメリットが大きいと思われる。 すなわち、現在、社会における非営利活動への関心が高まっている。また、大学生に 関しても、私立大学の学生を対象とした調査ではあるが、ボランティア活動に対する学 生の関心、参加とも増加傾向にあるという調査結果がある(日本私立大学連盟学生委員 会2011)。 このような状況を踏まえると、同窓生にとっては、従来提供されてきた共益志向のサ ービスよりも、公益活動への参加の機会 の提供というサービスの方が、新しい全学同 窓会に対する新しい関心を醸成する可能 性がある。 さらに、ボランティア活動ニーズに関する先行研究において、高学歴ほど知識提供型 ボランティア活動に対するニーズが高いという指摘(中原2007)を踏まえると、国立 大学のバックアップのもとで、専門分野における高度な知見、社会的信用等を活かした 形での社会貢献の機会の提供というサービスは、同窓生にとっては、大きなメリットに なると思われる。この点は、既に多数存在するNPOとの差別化の要因となろう。 ② 社会に対するメリット 社会にとっては、全学同窓会が公益性を強化して、社会人である卒業生のボランティ ア活動の媒介を行い、社会貢献活動を促進することは、大きなメリットである。このこ とは、国立大学の存在意義に対する社会の理解を促すことになろう。 ③ 大学に対するメリット 全学同窓会の活動における公益性の再強化は、全学同窓会の大きな課題「財政基盤 の乏しさ」の課題の根本にある国立大学の財政危機に対する方策となる。 すなわち、国立大学の財政危機の根本原因は、社会・国民の国立大学の存在意義に対 する理解と支援の不足である。同窓生の同窓会を介したボランティア活動の増加は、国 立大学の教育成果の社会に対するアピールとなる。特に、社会で活躍する人材による直 接の活動は効果が大きいであろう。このことは、社会の理解の獲得、ひいては、 財政 基盤の不足という根本原因の対策ともなろう。 Ⅶ 課題「財政的な基盤の乏しさ」について 1 課題に対する取組の状況 ⑴ 全学同窓会の設立の理由 アンケート結果には、全学同窓会の設立の理由に、「財政的な基盤の乏しさ」という課題の大きさが表れている(表8)。 すなわち、設立の理由は、全体では、第1が 「同窓生の親睦の促進」(87.5%)であり、第2が「大学の社会貢献への支援」(37.5%)、第3が「大学への財政的な支援」(35.0%)、「大学の教育改善への支援」(35.0%)となった。 これに対して、法人化以後では、第1が「同窓生の親睦の促進」(80.0%)は変わらないが、「大学への財政的な支援」(45.0%)が第2となった。この点、第1の「同窓生の親睦の促進」、第3の「大学の教育改善への支援」(35.0%)、 第4の「大学の社会貢献への支援」(30.0%)のいずれも割合が小さくなっているのに対して、「大学への財政的な支援」のみ割合が大きくなっている。 ⑵ 連携・協力の現状 次に、実際の連携・協力の状況については、 アンケート結果の財政支援等を含む「組織運営分野」を見ると、「大学への助成」は、法人化以後設立の同窓会ではむしろ減少している。これに対して、「ホームカミングデーの開催」が特に多く、法人化以後に唯一増加している(表9)。 この背景としては、日本の大学では、米国の大学の状況を踏まえて寄付金戦略の重要性が叫ばれて久しいにも関わらず、現時点では、その取組みが進捗していない。この状況を踏まえて、法人化以後設立の同窓会では、設立後間もない現時点においては、寄付金等は前面に出さず、 まずは、活動体制が十分に整っていない全学同窓会でも比較的取り組みやすい「同窓生等の交流の促進」を通じて協力関係を形成することに努めている段階にある、と推測される。 この点に関して、米国の同窓会と寄付金募集に関する先行研究である石田他(2011)は、米国の大学では、同窓会を通じた寄付募集の目的は資金集めではなく、まず、同窓生等の大学を取り巻く人々との強い関係性を築くことが大切であり、次に、大学のミッションへの共感を得、大学へのボランティア等の協力が生まれ、最後に、結果として寄付に結び付くと考えられている、と指摘している。この点は、寄付文化の乏しい日本においても、強く留意すべき点であり、 コミュニケーションを図ることを優先している方向は基本的に妥当と考えられる。 ちなみに、近年、創立100周年などの節目を迎えているいくつかの国立大学では、大規模に寄付金を募集して、記念の建築物などを建設し、寄付者の名を示す等の取組みを行っている事例が見られる。多くの場合、一定の成果を上げているようであるが、今後も引き続き運営環境の悪化が予想される状況を踏まえると、単発の取組みとすべきではない。同窓生等の交流促進等の取組み等、継続的・恒常的な寄付戦略を構築すべきである。 表8 全学同窓会の設立の理由 注:設立年不明1(総合大学)、複数回答 出所:筆者作成 表9 組織・運営に関する「連携」の状況 注:設立年不明1(総合大学)、複数回答 出所:筆者作成 Ⅷ おわりに 以上、本稿では、国立大学における全学同窓会の運営の課題とその解決方策について検討した。 元来、同窓会とは、卒業生等によって自発的に形成された団体だが、現在の国立大学の全学同窓会は、法人化という危機に対応するため、国立大学主導によって、部局同窓会を取り込んで結成された団体である。このため、全学同窓会の運営に当たっては、従来の同窓会や同窓生に対する配慮が求められる。 加えて、「母体」である国立大学の性格も踏まえて、国立大学への支援という「共益」活動 にとどまらず、「公益」組織である国立大学の支援組織に相応しい「公益」活動の再強化も期待される。 なお、本稿では、国立大学の同窓会担当理事を対象とするアンケート調査を取り上げた。今後は、同時期に実施した全学同窓会を対象とするアンケート調査の分析を行うとともに、両者を比較検討することを通じて、全学同窓会の運営に関する課題をより明らかにしたい。また、 本稿は、アンケート調査の結果を基としたため、概括的な内容にとどまり、同窓会担当理事の同窓会に対する予算・業務計画等に関する具体的な関係の把握は十分に出来なかった。今後は、ヒアリング調査等を通じて、より具体的な関係を調査したい。 以上に加えて、大学によっては、同窓会は、地域別、職域別、卒業年次別など、様々な枠組みでも設立されている。特に、地方国立大学の場合は、地域的な枠組みが強いと思われる。これらさまざまな枠組みで設立された同窓会と全学同窓会の関係のあり方の検討も今後の課題である。 今後、上記の研究を進めることを通じて、国立大学、全学同窓会、部局同窓会、同窓生個人、 さらには、社会、国民にとってWin-Winの全学同窓会の運営のあり方を明らかにしていきたい。 最後に、示唆に富む有益なご意見を頂いた査読者の皆様に心よりお礼申し上げる。 [参考文献] 秋山義昭「同窓会と地元の支援を糧に個性的な大学づくりを目指す」『文部科学教育通信』No.182、2007 天野郁夫「大学の同窓会─歴史と展望─」 『IDE現代の高等教育』No.419、民主教育協 会、2000 石弘光「一橋大学と如水会」『IDE現代の高等教育』No.419、民主教育協会、2000 石田秀樹・ 大槻健太郎・杉﨑正彦・中野秋子・福島真司「米国大学の同窓会と寄付募集(Ⅱ)」『大学マネジメント』Vol.6、 No.11、2011 磯崎邦夫「慶應義塾における大学と同窓会」 『大学と学生』No.297、文部省、1990 江原昭博「アメリカにおける大学の同窓会: その成立過程と日本への示唆」『国立教育政策研究所紀要』138、2009 大川一毅・西出順郎・山下泰弘「国立大学における『卒業生サービス』の現況と課題」『大学論集』43、2012 奥島孝康「大学の同窓会」『大学と学生』 No.297、文部省、1990 カレッジマネジメント「事例1 東京大学  既存の同窓会を全学卒業生ネットワークに一元化」『カレッジマネジメント』No.144、 リクルート、2007 喜多村和之「同窓会(Alumni)の意義─アメリカの場合を中心に─」『大学と学生』 文部省、1990 腰越滋・池田義人「大学における同窓会組織の今日的意義」『東京学芸大学紀要 総合教育科学系』57、2006 黄順姫『同窓会の社会学 学校的身体文化・ 信頼・ネットワーク』世界思想社、2008 酒井雅子「一橋大学同窓会如水会について」 『大学マネジメント』Vol.10、No.8、2014 高田英一「国立大学法人における全学単位での同窓会の現状について─全学同窓会の規約を中心に─」『大学評価研究』第10号、 大学基準協会、2011 高田英一「わが国の大学における全学単位での同窓会の現状について」『非営利法人研究学会誌』Vol.15、非営利法人研究学会、2013 鳥居朋子「同窓会活動における大学への戦略的支援─ミシガン大学同窓会の事例に注目 して─」『大学論集』44、2013 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  • ≪査読付論文≫非営利法人課税の本質 / 藤井 誠 (日本大学准教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 日本大学准教授 藤井 誠 キーワード: 非営利法人 法人税 法人擬制説 課税根拠 実効税率 みなし寄附金 要 旨: 法人税法上、非営利法人は、基本的には公益法人として扱われる。公益法人は収益事業 から生ずる所得のみが課税対象とされるが、これを特典と捉えるべきか否かについて、明 確な結論は出ていない。本論文において、社団法人と財団法人に焦点を当て、非営利法人 に対する課税の本質を理論的観点から明らかにする。非営利法人は多種多様な形態が存在 するが、その特徴は所有主がいないという点にある。わが国において、法人税は所得税の 前取りという性質があるため、この観点からは法人税を課す理由はない。現行制度におい て、非営利法人課税の論拠とされているのは営利法人とのイコール・フッティングである。 法人税は転嫁されないタイプの税であるため、毎期の所得に課税する必然性はない。着目 すべきは、資本蓄積についてである。そして、実効税率相当のみなし寄附金を認めること により、法人税の課税を行うことなく、イコール・フッティングは達成される。 構 成: I  問題の所在 II 非営利法人の課税関係 III みなし寄附金 Ⅳ 日米の非営利法人課税制度比較 Ⅴ 法人概念の観点からの検討 Ⅵ ありうべき課税体系 Ⅶ 結論 Abstract In Corporate Tax Law, non-profit organizations are basically treated as public benefit corporations. Only the net income generated from the commercial business is taxable for public benefit corporations. We have not obtained a clear conclusion about whether this fact is the benefit of tax. I will focus on corporate judicial person and incorporated foundation, and clarify the nature of the tax on non-profit organization from a theoretical point of view. Various forms of non-profit corporation exist. Features for it is that there is no owner. Corporate tax is thought to be the withholding of income tax. From this point of view, there is no reason to impose a corporate income tax for the non-profit organization. In the current system, the ground of the tax for non-profit corporation is equal footing with profit corporation. Since the corporation tax will not be passed on, should not be taxed for each period of income. We should focus on the capital accumulation. If we accept the deduction of donations corresponding to the effective tax rate, equal footing will be achieved without taxing. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ 問題の所在 公益法人制度改革により、旧民法第34条に規定されていた社団法人および財団法人が廃止され、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」により、一般社団法人および一般財団法人が、準則主義によって設立可能となった。さらに、これらは公益認定を受けることにより、 公益社団法人および公益財団法人となることができる。 法人税は、法人の所得に対して課税することを謳っているが、営利を目的としない法人にあっては、原則として収益事業のみを課税対象としている。これを営利法人との比較におい て、非営利法人における課税上の特典と捉え、両者の間に横たわる課税の公平をいかにして図るかという問題は古くから議論されてきている ところである1)。 その一方、非営利法人は営利を目的としていない以上、各々のミッションを遂行するうえでの資金需要をいかに賄うかという問題を常に抱えている。そのため、非営利事業を行うためには、営利事業を行うということが少なくない。したがって、営利事業活動による非営利法人の持続性は往々にして非営利事業活動継続の前提となり、これと非営利法人における営利法人との課税の公平を根拠とする収益事業課税とは、トレード・オフの関係にあると考えられる。 非営利法人については、法人税法における規定は存在しているものの、その課税について は、必ずしも理論的に明確な根拠が示されているわけではない。その原因は、非営利法人に関する法人所得課税の文脈における範囲および性質が明らかになっていないことにあるものと考えられる。この点を踏まえ、本論文においては、非営利法人に係る所得課税の本質を明らかにすることを目的としたい。なお、非営利法人には多種多様な形態が存在するため、近年大規模な法整備が行われた社団法人および財団法人に焦点を当てて検討を行うこととする。 Ⅱ 非営利法人の課税関係 一般社団法人および一般財団法人は、特例を除けば普通法人として取り扱われ、法人の申請により公益認定を受けた公益社団法人および公益財団法人は、公益法人等として取り扱われる (法法2六)。また、従来、税法上の公益法人等には、専ら公益目的の法人以外にも、会員のためにサービスを提供する非営利の社団法人や財団法人も存在していたことに鑑み(武田[2011] 12頁)、公益認定を受けていない一般社団法人 および一般財団法人のうち、つぎの要件を満たす法人として、「非営利型」という類型を設け、 法人税法上は非営利型法人も公益法人等として取り扱われる(法法2六)。 ① 非営利性の徹底(法法2九の2イ) 事業による利益を得ること又は得た利益を分配することを目的としない法人であり、 事業を運営するための組織が適正であるものとして政令(法令3①)で定めるも の。 ② 共益的活動目的(法法2九の2ロ) 会員から受け入れる会費により、会員に共通する利益を図るために事業を行う法人 で あって、事業を運営するための組織が適正であるものとして政令(法令3②)で定め るもの。 非営利性の徹底された法人においては、形式的にも実質的にも剰余金の分配が行われないことはもとより、残余財産の最終的な帰属先が国や他の公益法人等に限定されることから、利益を稼得する活動を行うとは限らないという理由により、収益事業を行う場合に限り課税を行うこととされている(成道[2011]106頁)。 一方、共益的活動目的法人は、会員からの会費が専らその会員を対象とした共益的事業に費消されることが想定されるものであり、会費の収入と支出とのタイムラグによる余剰が生じることが不可避的であるが、それは一時的なものであるため、課税に馴染まないとの理由により、やはり収益事業を行う場合に限り課税を行うこととされている(税制調査会[2005]5頁)。 公益法人等は、法人税法施行令第5条等において特掲される34業種の収益事業を行う場合に限り法人税の納税義務を負い(法法4①)、収益事業から生じた所得以外の所得に対しては法人税が課されない(法法7)。しかし、公益社団法 人および公益財団法人にあっては、その行う事 業が特掲収益事業に該当した場合であっても公益目的事業に該当すれば課税の対象外とされている(法令5②)。なお、この収益事業の範囲については、営利法人との競合関係にある事業を特掲するという考え方に基づいて定められている(渡辺[1994]8頁)。公益社団法人および公益財団法人が行う公益目的事業は、収益事業として掲げられる34業種に該当する場合であっても、その種類を問わず収益事業から除外されることとされていることについては、公益法人認定法の収支相償基準が適用されることにより、収支差額が制度上生じる余地がないためであると説明される(武田[2011]20頁)。ここでは、 公益目的事業に該当するか否かで判断されてり、実質主義による識別が行われているとされ る(成道[2011]126-127頁)。 非営利型社団・財団法人についても、公益社団・財団法人と同様に収益事業から生ずる所得が課税対象とされている。しかし、ここでは特掲収益事業に該当するか否かが判断基準とされており、形式主義による識別が行われていることが指摘される(成道[2011]126-127頁)。 公益および非営利型社団・財団法人以外の一般社団法人および一般財団法人については、所得の発生源泉となる事業の性質は何ら考慮されず、すべての所得が課税対象となる。そのため、これらの法人は、一般には非営利法人と称されつつも、税法上は営利法人と変わりないことになる。 Ⅲ みなし寄附金 公益法人等が収益事業に属する資産のうちから収益事業以外の事業のために支出した金額 は、収益事業に係る寄附金の額として、限度額までの損金算入が認められており(法法37⑤)、これはみなし寄附金と称される。 みなし寄附金制度の前提として、公益法人等に対しては、「収益事業から生ずる所得に関する経理と収益事業以外の事業から生ずる所得に関する経理とを区分して行わなければならない」として、区分経理を求めている(法令6)。これは、収益事業と非収益事業をそれぞれ独立した法人のごとく取り扱うものであり、みなし寄附金は、収益事業から非収益事業への寄附があったものと捉えるものである(武田[2011] 38頁)。ただし、非営利型社団・財団法人と公益および非営利型ではない一般社団・財団法人にみなし寄附金の適用はないこととされている。 従来、公益法人等は、収益事業を行った場合に、その収益事業から生じた所得に対して課税されるものの、収益事業に属する資産を収益事業以外の事業に帰属させたときには、収益事業から生じた所得の20%を限度として損金算入することを認めていた。これは、公益法人等は収益事業を行った場合でも、営利法人のように利益を株主に分配することはないためであるとされる(武田[2011]5頁)。 現行規定において、公益社団法人および公益財団法人に対しては、「収益事業に属する資産のうちから収益事業以外の事業で公益に関する事業として政令で定める事業に該当するもののために支出した金額を寄附金の額とみなす」としている(法法37⑤、法令73の2、法規22の5)。すなわち、公益目的事業に該当しない特掲収益事業から生じた所得の全額がみなし寄附金として損金算入の対象となるのである。その一方で、公益目的事業以外の事業への支出があった場合にはみなし寄附金の対象から除外される。 しかし、収益事業の所得が非課税であるという見解は厳密には正確性を欠く。なぜならば、 全額のみなし寄附金適用には本来の公益目的事業に使用するという条件が付されており、収益事業への再投資が認められていないためである。収益事業から生じた所得をほとんどタイムラグなく、本来の公益目的事業に使用しなければならないという条件は、資金の効率的な使用に対する弊害となりうることを指摘しておきたい。そのため、収益事業から生じた所得であっても、再投資された後にみなし寄附金を認めるという方策を採用することを検討すべきであろう。 なお、非営利型の社団・財団法人については、区分経理が要求されるものの、みなし寄附 金の制度が認められないこととなった。また、公益および非営利型以外の一般社団・財団法人については、すべての所得が課税対象となるために、みなし寄附金を考慮する余地はない。 このように、公益および非営利型以外の一般社団・財団法人は、法人税法上普通法人として取り扱われるため、収益事業か非収益事業かにかかわらず、法人単位による課税が行われることになる。そのため、収益事業と非収益事業との間での損益通算が可能となるために、公益および非営利型以外の一般社団・財団法人の方が、非営利型社団・財団法人よりも相対的に軽 課される事態が想定されるという問題点が指摘されている(武田[2007]32頁、尾上[2011]42- 46頁)。 Ⅳ 日米の非営利法人課税制度比較 1 アメリカの非営利法人課税 アメリカ内国歳入法(Internal Revenue Code、 以下IRC)Subchapter F§501から§530までは、 免税団体2)(exempt organization) の課税関係について規定している。そして、§501⒞に おいて、⑴~⚮までの免税団体が列挙されている3)。IRC§501⒞に記載されている団体には、慈善目的団体だけでなく(Lieber[2004] p.182)、様々な共益目的団体も含まれている。 各州において非営利法人としての承認を受けた法人4)は、つぎの2つの免税条件(exemption requirements)を満たし、内国歳入庁の承認を受けることにより、免税措置の適用を受けることが可能となる(§501⒞⑶)。 ①  利益(earnings)がいかなる個人持分主や個人(any private shareholder or individual) にも帰属(inure)しないこと ②  立法(legislation)に影響を及ぼしたり、 政治家候補(political candidates)に賛成 または反対のいかなるキャンペーン活動を行うような組織ではないこと アメリカでは伝統的に、非営利団体が収益を終局的には免税団体に振り向ける限りにおい て、非課税での収益活動を行うことが許容されるという考え方がある(Lieber[2004]p.181)。そのため、主として利益(profit)追求のための事業活動(trade or business)を行う団体は、免税措置を享受することは認められない(§502⒜)。 また、§501⒞に該当する免税法人の非関連事業(unrelated business)から生じる所得は、通常の税率により課税に服する(IRC§501⒝)、 IRC§511)。 非関連事業とは、①非関連事業が継続していること(Reg. §1.513-1⒞)、②本来の事業との実質的関連性がないこと(Reg. §1.513-1 ⒟)を内容とする。非関連事業所得課税適用の主たる目的は、免税組織の非関連事業活動と営利法人の課税事業とに同じ税率を適用することによる不公正な競争の源(source of unfair competition)を取り除くことにある(Reg. §1.513 -1⒝)。これについては、非関連事業が本来の事業を歪める原因となりうることから、これ に対する抑止効果を狙ったとの解説もなされて いる(成道[2005]276頁)。 IRCにおいても課税所得と免税所得を把握する必要があるため、区分経理が求められる(成道[2005]276頁)。例えば、ある施設が免税活動 (exempt activities)と非関連事業活動(unrelated trade or business activities) の両方で使用されている場合に、減価償却費等は合理的な基準 (reasonable basis)により配分され(allocated)なければならないとして区分経理を求めている(Reg §1.522⒜-1⒞)。さらに、非関連事業活動と本来の事業活動との損益通算が認められていないという特徴も見られる(成道[2005]277頁)。 2 日本の非営利法人課税との比較 アメリカでは、非営利団体の法人格取得は、これに係る連邦法が存在しないことから、州法の権限のもとに行われる(Lieber[2004]p.175)。連邦税に関しては、非営利団体といえどもこの時点では課税団体ということになるが、IRCの承認を受けることにより非課税団体となる。ただし、非関連事業活動から生ずる所得については課税される。一方、わが国では、準則主義により社団・財団法人の設立は極めて容易である。ただし、公益認定を取得するためには、内閣府の公益認定等委員会または都道府県の公益 認定等委員会による認定が必要となる。そして、公益認定を取得していない社団・財団法人であっても、法人税法の非営利型要件を充足することにより、自動的に非課税法人となる。 非課税法人について、アメリカでは非関連事業所得、日本では収益事業所得はともに課税対象となる。ここで、IRCは非関連事業の定義をしているのみであるが、日本では34業種が特掲されているという違いがある。しかし、非関連 事業課税が行われる根拠は、わが国の公益社団・財団等において収益事業課税がなされることと同様、営利法人との課税の公平である。このような関連事業あるいは非収益事業に係る税優遇措置は、公益性、非営利性等との均衡のもとに是認されるものであると指摘される(藤井[2003]4-5頁)。 このように、アメリカの非営利法人課税とわが国のそれは、類似点が多い。その一方で、つぎのような大きな相違点も存在する。IRCの法人税率は、超過累進税率を採用しており(IRC §11)、法人実在説に立脚しているとされる(伊藤[2013]358頁)。そのため、個人所得税における法人所得税との二重課税を調整する規定は設けられていない5)。 理論上、累進税率の採用は法人段階の課税と株主段階の課税における二重課税の調整を不可能にするものではないが、著しく複雑になるうえに、当該税率は法人それ自体の担税力を把握することと軌を一にするものである。これに対し、わが国の法人税法においては、比例税率が採用されており、法人の担税力ではなく、株主との二重課税調整を重視しているという点で法人擬制説と整合的である。 このように、アメリカと日本の非営利法人課税は、法人概念という根幹部分に相違があるにもかかわらず、①まず課税法人として設立され、②つぎに認定を受けることにより非課税法人となり、③収益事業または非関連事業を行うことによりその限りにおいて課税の取扱いをうけるという基本構造は同一である。ただし、課税要件を限定的に列挙しているか、包括的に規定するかの相違は大きい。IRCにおいて、免税 (exempt)という表現が用いられるのは、営利法人と非営利法人とを問わず、法人実在説によれば原則として全ての所得に課税するという思考が根底にあり、日本における思考とは根本的に異なる(図表1参照)。 図表1 非営利法人課税の日米比較 出所:筆者作成 Ⅴ 法人概念の観点からの検討 1 法人概念と非営利法人課税の論拠 法人実在説とは、法人は出資者たる株主とは 別個独立の存在であり、それ自体法人として権利能力を持つばかりではなく、課税上も独立した納税主体を構成するものとする考え方である。この立場によれば、法人と株主の二重課税は問題とならないことになる。一方、法人擬制説とは、法人を出資者たる株主の集合体とみる考え方である。したがって、法人に対する課税は、法人の所得の株主への分配が遅れることから、個人所得税を法人段階で便宜上課するものであるとし、法人税は所得税の源泉課税的な意味を有するものであると解する。そのため、法人税における二重課税はもちろんのこと、法人税と所得税のそれをも回避するための調整が不可欠となる。 わが国の法人税は、基本的には法人擬制説の立場に立つものと考えて差し支えないだろう。 実定法上も法人間配当における受取配当の益金不算入制度(法法24)や個人株主への配当における配当控除制度(所法92)がこの思考を具現化しているものといえる。さらに、法人税率が原則として定率であることもこの法人擬制説に適うものといえるだろう。法人それ自体に担税力を見出すのであれば、所得税と同様に超過累進税率が適用されるべきであるからである。また、法人税率が定率であることは、配当後の二重課税調整が容易になることにも資する。一方、アメリカの内国歳入法においては、法人税は超過累進税率による課税が行われているため、法人実在説の考え方に基づくといえ、個人事業形態との課税の公平や中立性は考慮されない。 非営利法人課税について、わが国の法人税法においては、基本的には収益事業から生じた所得のみ課税するという考え方がとられる。これに対し、アメリカの内国歳入法においては本来の事業と関連性のない所得には課税するという考え方がとられ、そこには営利法人との課税の公平あるいは中立性という共通の思考が根底にある。この点については、準則主義がとられることにより非営利法人の事業活動に制約がないため、営利法人と同種同等の事業を行いうることを根拠として、営利法人と非営利法人という法人形態の選択における中立性を担保する観点、さらには、非営利法人を利用した租税回避 防止の観点から、収益事業課税を行うものであるとされる(水野[2006]25頁、税制調査会[2005] 4-5頁)。 法人実在説によれば、株主との関係は考慮外に置かれることになるため、法人税は所得税からは離れた独立した税であるとの理解に至る。そして、法人段階における所得に課税を行うことこそが、非営利法人と営利法人との課税の公平に資することになる。この場合、税率は、法人の能力に応じて累進税率が採用されることになる。「法人税は、事業の目的や利益分配の有無にかかわらず、収益及び費用の私法上の実質的な帰属主体である事業体がその納税義務者とされるものであり、この点は営利法人も非営利法人も同様である」という見解(水野[2006]23頁) は法人実在説に依拠した考え方に他ならない。 一方、法人擬制説の立場によれば、株主との関係を考慮する必要があり、したがって法人税は所得税の前取りとしての性格を付与される。 この場合、非営利法人に対する課税を行うべきではないが、仮にこれを実行するとするならば、そこには法人実在説の考え方が混在することになる。すなわち、営利法人は法人擬制説、 非営利法人は法人実在説という異なる思考を基礎とする同一の税目が存在する奇異な事態になる。当然、前者には比例税率6)が、後者には累進税率が適合する。普通法人においては株主に対する利益分配が行われるのに対し、公益法人等においては組織の所有者が存在せず、利益分配も行われる余地がないことから、法人税課税を行うことは不合理であるとの指摘(武田[2011] 14頁)は、法人擬制説に基づいたものである(図表2参照)。 図表2 法人概念と課税体系の関係 出所:筆者作成 2 浮かび上がる問題点 物事の公平性を検討する場合、比較対象における相互の同質性が前提となることは改めていうまでもない。公益法人等の収益事業から生ずる所得と普通法人の収益事業から生ずる所得に法人税課税を行うことが公平であるという主張は、法人実在説を前提としたものである。なぜなら、法人擬制説によれば、営利法人における法人税額は所得税清算が行われる前の仮計算額に過ぎないのであるから、これと最終確定額である非営利法人における法人税額との公平を議論する意味はない。一方、公益法人等の場合に は、法人段階の課税は後にいかなる調整も実施されない。これはいかにも不公平である。さらに、法人実在説によれば、法人段階において生ずる所得への課税に公平性を見出すのであるから、非営利法人に対する課税を収益事業に限定する必要性はないことになる。この考え方は、今日の法人の所得概念が純資産増加説によって発生源泉は問わないという理論とも整合する。 このように、法人段階における公平性は、法人実在説を前提とする場合にしか成立しないうえ、ここからは収益事業に限定する理由も不明確なままである。現行の法人税の課税体系は、 原則として比例税率を採用していること、配当控除制度により所得税との二重課税調整が不完全ながらも手当てされていることから、原則として法人擬制説に基づくものと理解されるべきものである。しかし、現実の法人税制は、法人擬制説にのみ立脚するのではなく、法人が独立した納税主体であると捉える法人実在説の考え方に重点が置かれているため、非営利法人に対 する非課税措置に反対する見解もある(知原 [2004]179頁)。わが国やアメリカはもとより、いずれかの立場に徹した制度をとっている国は極めて少なく、現実の制度は、両者を折衷した制度をとっているとの指摘(田中[1990]483 -484頁)にもあるように、多かれ少なかれ法人実在説と法人擬制説が反映されているのは否定しがたい事実である。そのため、法人実在説と法人擬制説との対比による検討からは、制度上の決定的な差異を見出すことは不可能であるということが明らかとなる。 思うに、非営利法人の課税問題を検討するには、2つの問題が異なる次元において錯綜しているのである。すなわち、非営利法人に課税すべきか否かという問題と収益事業に課税するか否かという問題である。 第一の問題については、法人擬制説か法人実在説かという議論が関連するのであり、いずれの説が理論的に正しいかは別として、法人税課税の体系に矛盾なく収まることが重要である。この段階では、収益事業か非収益事業かといった事業の内容や性質は問題とならないのである。 そして、第二の問題、すなわち、非営利法人の行う収益事業から生ずる所得に限定することの是非については、営利法人との競合性が問題となる。しかし、本質的に異なる法人を同じに扱う必然性はない。 Ⅵ ありうべき課税体系 1  公益認定を受けておらず非営利型でもない 一般社団・財団法人 公益認定を受けておらず非営利型でない一般社団・財団法人は、既述のように、社員総会または評議員会の決議により、社員または設立者、さらには特定の者に剰余金を分配することが可能とされており、実質的に剰余金を残余財産の分配という形で、個人に分配することができるため、普通法人との課税の公平が担保されなければならない(尾上[2011]41頁)。そのため、すべての所得が課税対象とされることには合理性がある7)。 この点について、尾上[2011]は、持分権者のいない社団・財団法人につき普通法人と同じようにすべての所得を課税対象とするという取扱いは、法人擬制説との整合性を欠くものであり、結果的に残余財産が個人に分配された場合には、その時点で課税すればよいとの見解を示している。ここには、当該一般社団・財団法人と同様の経済実態にある普通法人との間の課税の公平性を重視するのか、あるいは、法人擬制説を重視するのかというジレンマがある。 通常、法人擬制説において、出資者と剰余金の受取人は同一であることが想定されているものと思われる。しかし、社団・財団法人にあっては、出資者と剰余金の受取人は必ずしも同じではないという特性がある。すなわち、法人擬制説における集合体の源を狭義に捉えれば持分権者となるが、広義に捉えれば受益者ということになるのであり、後者の立場に立った場合には、前述のジレンマは解消することになる8)。 したがって、剰余金分配後の所得税までを含めても、公益認定を受けておらず非営利型でもない一般社団法人・財団法人と普通法人とは同様の経済実態にあるといえ、法人実在説か法人擬制説のいずれの説に基づくかにかかわらず、その全所得を課税対象とすることには合理性が見出される。 2 非営利型の一般社団・財団法人 非営利型一般社団・財団法人は、非営利性の徹底された法人と共益的活動法人とを区分して検討することが必要である。 ① 非営利性が徹底された法人 非営利性が徹底された法人は、公益財団・社団法人と共通する点があり、これらの検討 と併せて後述する。 ② 共益的活動目的法人 共益的活動目的法人は、会員からの会費が専らその会員を対象とした共益的事業に費 消されることが想定されるものである。 当該法人は、収益事業から生じた所得につい て、形式的には利益分配を行わないのであるが、法人において生じた所得は実質的に会 員が共同で事業活動を行うことにより稼得した所得であると考えることができる。その ため、この所得は全額を会員に帰属させ、所得税を課税するべきものである。そのうえ で、所得税課税済みの残額を会員が会費として法人に支出したものと理解すれば、法人 段階で収益事業から生ずる所得に課される法人税は会員個人における所得税が源泉徴収 されたものであり、一方の会費収入は会員において所得税が課税済みなのであるからこ れに改めて法人税を課す必要はないということになる。換言すれば、ここでいう源泉所 得税は所得税の前取りとしての通常の法人税とは性格が異なり、会員に分配されたとみ なして課税すべき所得税が一律源泉分離課税されたものである。 共益的活動目的法人においては、個人で共益事業を行うよりも、共益的活動による 恩恵を享受できる人々が一体となって収益事業を行う方が効率的であるから、収益事 業を行うことについては、課税上何ら問題のない経済行為といえよう。このような解 釈によれば、会費収入は会員段階において所得税を課税すべきものであるため、法人 段階での課税の対象と解すべきではない。 3 公益社団・財団法人 公益社団・財団法人については、普通法人との課税の公平、すなわち競合性が問題となることは繰り返し指摘されているところである。一方で、公益社団法人および公益財団法人について、公益目的事業支出という条件つきながら、収益事業から生ずる所得を実質的に非課税とする措置は、収益事業課税の根拠を営利法人との競争性に見出すという従前の説明だけでは不足することの証左であるとの指摘(武田[2011] 17頁)もなされている。 両者を単年度で見た場合、営利法人との競合性は問題とならない。なぜなら、法人税は消費税等と異なり、転嫁の予定されていない性質の税目であるため、営利法人との価格競争力を考慮する必要のないものと考えられるためである。実例をあげると、国家資格取得講座を展開する株式会社と公益法人である学校法人との間に、価格差はないに等しい。これは、法人税の転嫁9)がない証左であり、そこには市場原理が働いているのである。状況により法人税の転嫁が起きているとしても、これは市場の競争原理が機能していないからに他ならないのであり、市場の不完全性を前提とした課税方法は回避されるべきである。 しばしば非営利法人が営利法人に比して廉価な物品を販売することにより、非営利法人との間において不公平が生じるという指摘がなされる。現行の非営利法人に対する収益事業課税もこの解釈に基づいているが、法人税の転嫁がなされない以上、法人税を課したとしても、非営利法人が行う廉価販売には影響はなく、法人税の有する所得税の前取りという本来の性質を曲げて、非営利法人の行う収益事業活動の販売価格と調整する機能を具備させることはできないのである。 問題の本質は、非課税による資本蓄積が営利法人に比して公益法人の方が多いことによる競争の不公平性にある。法人税法や租税特別措置法において、中小法人等を対象とした一定額までの軽減税率をはじめとする各種の恩典が設けられているのは、大法人に比べて競争力が劣るためである。公平を論ずるべきは、法人税課税がその後の事業活動に不公平をもたらす可能性についてであることが明らかである。昭和29年の一般法人に対する積立金課税の廃止は、日本企業の国際競争力の低下要因となっていたことが理由であり、この事実からも本章における検討の視点の有効性が確認できよう。 以上の理解のもと、つぎの数値例を用いて、 問題の検討を進めていく。 〔設例〕当初元入額:1,000,000、収益(非公益) 事業の資本利益率:20%、実効税率:35% ① ケース1(図表3) まず、公益社団・財団法人について、収益 事業から生じた所得が非課税とされ、その全 額が収益事業に再投資される場合を考える。 C0:当初純資産額、Cn:n期末純資産、r: 資本利益率、t:実効税率とすると、n期末に おける純資産額はつぎの算式により表される。 Cn=(1+r)n C0=1.2 n C0 ② ケース2(図表4) つぎに、すべての所得に対して課税される普通法人について、ケース1と同様の場合の 各数値を示す。 このケースにおいて、n期末における純資産額はつぎの算式により表される。 Cn={1+r(1-t)}n C0=1.13 n C0 ①と②を比較すると、公益法人は非収益事業について課税対象外となるため、普通法人 と比べると常に純資産額が多いことが示される。 ③ ケース3(図表5) しかし、課税事業から得た所得の全額を非課税事業に支出し、みなし寄附金の適用があ る場合には、つぎのようになる。 このケースにおいて、この公益法人のn期末における収益事業に対応する純資産額はつ ぎの算式により表される。 Cn=C0 3年間で獲得できる所得は600,000となり、営利法人のそれよりも少なくなる。獲得した利益の全額について収益事業への再投資が不可能となるので、課税事業における資本の蓄積はなされない。すなわち、100%のみなし寄附金を認めたとしても、収益事業課税によるダメージと相殺するには十分ではないということである。なお、この値は、普通法人において全額配当した場合と同じであるが、全額配当されるならそもそも法人税の必要はないことになる。 ④ ケース4(図表6) つづいて、課税事業から得た所得の50%を非課税事業に支出し、みなし寄附金の適用がある場合には、つぎのようになる。 このケースにおいて、n期末における純資産額はつぎの算式により表される。 Cn={1+0.5(1-t)} r n C0=1.065 n C0 図表3 公益法人(非課税・全額再投資)の場合 図表4 普通法人(課税・全額再投資)の場合 図表5 公益法人(課税・非課税事業に100%支出、みなし寄附金適用あり)の場合 図表6 公益法人(課税・非課税事業に50%支出、みなし寄附金適用あり)の場合 ケース4は、ケース2に比べ、純資産の増加という点において、さらに不利な扱いとなることがわかる。このように、公益法人において実効税率を営利法人と同じとした場合、公益目的事業支出を行うことにより、その分だけ(正確には営利法人の配当額を超える部分の金額相当)、元本の目減りが起きる。また、公益法人において収益事業課税を行う場合であっても、所得金額のうち法人税率を超える金額を公益目的支出とした場合には、その超過分だけやはり元本の目減りが起きることになる。 現行規定において、公益社団・財団法人については、課税事業から生ずる所得金額の50%が損金算入限度額とされている(法令73①イ)。これについては、公益社団・財団法人の収益事業に係る収益の50%は公益目的事業に支出することが規定されており(公益法人認定法18④、公益 法人認定法規則24)、当該規定と平仄をとっての措置であると説明される(石坂[2012]46頁)。さらに、公益目的事業支出の全額が特例としてみなし寄附金として認められる(法令73の2①、 法規22の6)のは、公益認定基準に定められている収益は公益目的事業の実施に要する適正な費用を超えてはならないとする収支相償により、公益目的事業において収支不足が生じること、そして、これを補填するべく収益事業が行われることが想定されていることに配慮したものであると説明される(石坂[2012]46頁)。 以上の検討により、公益社団・財団法人課税の本質は収益事業に課税し非収益事業を非課税とするかという点にあるのではなく、収益事業から生じた所得を再投資できないことと紐付きとすることによって、競合性問題を解決しているものと理解できる。そして、50%という基準はむしろ過剰規制であり、法人税実効税率相当額を再投資不能とするべきである。 この方法において、n期末における純資産額はつぎの算式により表される(図表7参照)。 Cn={1+r(1-t)}n C0=1.13 n C0 これにより、公益社団・財団法人と普通法人との公平性は担保されることになる。公益法人等の収益事業に対する課税が行われるのは、一般法人および個人との直接的な競争状態における課税の中立性であるとされている(Shoup Mission[1949]p.116、成道[2011]101頁)。これを受けて、かねてより、公益法人等の収益事業に係る法人税率は軽減税率が適用されていたの だが、現行規定においては普通法人と同率であり、これをもって課税の不公平が解消されたとされる(石坂[2012]46頁)。しかし、実効税率相当額の課税事業から非課税事業への支出が行われていることを条件に、法人税課税を実施しないことが適当であるとの結論が導かれる。もちろん、この検討の視点には、法人概念は無言である。 なお、非営利性が徹底された法人に対しても、この論法は適合する。ここでは、公益目的 事業か否かという事業の性質は関係ないためである。したがって、収益事業に課税したうえ に、みなし寄附金を認めないという取扱いは過剰な制限といえるのである。 図表7 ありうべき公益法人課税 Ⅶ 結論 これまでの検討により、非営利性の徹底された社団・財団法人は公益社団・財団法人と同様の課税関係となり、これらの法人については、実効税率相当額の課税事業から非課税事業への支出を行うことを強制し、当該支出についてみなし寄附金を認めたうえで、課税を行わない規定を措置することが最適解との結論を導出することができる。このとき、実効税率相当額が公益目的事業または非収益事業に支出されていない場合、実効税率相当額に達するまでの金額に100%の税率による課税がなされる必要がある。そして、共益的活動目的法人における会費収入は、本来会員段階において所得税を課税すべきであり、法人段階での課税の対象ではない。なお、公益認定を受けておらず非営利型にも該当しない一般社団法人・財団法人は普通法人と同様、その全所得が課税対象となる(図表8参照)。 立法論の問題として、ある一定の範囲を課税対象とすることを想定する場合、課税を原則として、限定列挙により非課税の範囲を定める方が、逆の場合に比べて法的安定性が高いことは容易に想像がつく。そのため、法人所得課税の理論に照らせば、非営利法人に対する課税は原則としてなされるべきものではないが、法的安定性に資するため、これを課税対象とすることを原則と位置づけることは十分に説得的である。 かりに、理論的には非営利法人には課税すべきではないが、一定の営利事業に限って課税することが相当であるという結論に達したとする。このとき、立法段階において、原則として課税し、一定の事業に関しては非課税とするとしても何ら矛盾は生じない。すなわち、租税理論としての課税の原則と、立法論としての課税の原則は異なるということである。後者の原則は、理論的な原理原則を意味するものではなく、基本方針を示すに過ぎないのであり、要は最小のコストで法的安定性のある条文を作成することが主眼とされる。 公益社団・財団法人においては、収益事業から生ずる所得の少なくとも50%は公益目的事業に支出されることが義務づけられているのであり、再投資可能な金額は最大でも50%である。この条件が存在する以上、そして、実効税率がこの50%という値を下回っている限りにおいて、公益社団・財団法人が普通法人より有利になることはない。すなわち、現行規定は本論文の検討対象である法人所得課税という面においては、法人実在説と法人擬制説のいずれの立場によるかにかかわらず10)優遇措置とは位置づけられない。 一般に非営利法人の課税問題は、法人実在説と法人擬制説のいずれの立場を支持するかの議論に集約されることになるのだが、現実の法人税法が基本的には法人擬制説に立脚したものであるものの、一部に法人実在説に基づく歪みが存在していることから、水掛け論の域を出ていないようである。 本論文においては、この点について、再投資可能額、すなわち期末純資産額に焦点をあてて検討を行うことにより、現行規定が公益法人に何らの優遇性もなく、むしろ不利な取扱いとなっていることを指摘した。したがって、公益法人等におけるすべての事業から生ずる所得に法人税を課税する根拠は存在しないのであり、 原則課税か非課税かという問題も当然のことながら雲散霧消する。 以上の検討から得られた知見により、現行規定は理論的矛盾を内包していることが明らかとなる。なお、シャウプ勧告において指摘された、非課税法人の利益が事業活動を拡張するほかは餐宴のために消費されているという問題点 (Shoup Mission[1949]p.116)については、本来の事業への支出が適切に行われていることを非課税の要件とすることにより対応すべきものと思われる。 図表8 ありうべき課税体系 [注] 1) 非営利法人の所得課税問題は、1899(明治32) 年に第一種所得税が創設された当時に遡ることができる。当時の所得税法第5条第4号は、 営利を目的としない法人の所得には課税しないことを規定していた。当該問題の歴史的経緯については、武田[2011]5-11頁が詳しい。 2) わが国においては、①課税対象から除外されたものについて最初から納税義務が成立しないという意味での非課税という用語と、②一 定の法定要件の充足を前提として、申告等の手続により課税対象から除外された場合に、いったん成立した納税義務を事業に消滅させ るという意味での免税という用語が区別して使用されているが、アメリカ内国歳入法の tax exemptionは、非課税ならびに免税およびその中間形態に属する措置(行政庁の事前承認を前提とする非課税の取扱い)を包摂した意味で用いられているとされる(石村[1995] 294-295頁)。 3) IRC§501⒞に規定されているのは、つぎの 29団体である。なお、このほか、§401⒜の 適格年金が非課税組織に該当する。 ①公共法人、②免税資格保有団体、③宗教、 慈善、教育等の活動を行う団体、④市民団体 等、⑤労働・農業・園芸団体、⑥企業団体・商工会議所、⑦親睦団体、⑧友愛団体、⑨任 意従業員共済団体、⑩宿泊施設利用型友愛団体、⑪地方教職員退職基金、⑫地方共済生命 保険団体、⑬共同霊園法人、⑭州認可信用組合・相互信用組合、⑮小規模保険会社・組 合、⑯農業融資組織、⑰失業補償給付基金、 ⑱従業員年金基金、⑲退役軍人団体、⑳法律 相談団体、㉑炭灰塵症給付基金、㉒年金基金、㉓1880年以前に設立された軍人団体、㉔ ERISA法4049条信託、㉕年金持株会社、㉖ 医療看護団体、㉗労働者災害補償団体、㉘国立鉄道退職投資信託、㉙CO-OP健康保険発行団体 4) IRC§501⒞⑶に規定される宗教・慈善・教育活動団体のうち、§509⒜の⑴~⑷のいず れかの要件を満たすと、パブリックチャリ ティ(Public Charity)となり、それ以外は民間財団(Private Foundation)として区別される。この区別は、寄附金に関する課税上の取扱いの場面において顕著な相違となって現れるが、本論文における検討範囲を逸脱する論点であるため、言及しない。なお、この論点については、今枝[2003]が詳しい。 5) 法人株主においては、株式保有割合に基づく受取配当等の益金不算入制度(Dividends Received Deduction : DRD)が規定されている (IRC§241-246)。ただし、当該規定は法人課税における二重課税のみを対象としているのであり、個人株主は対象とされない。 6) 営利法人についても累進税率を適用し、配当が行われたときに、株主において二重課税調整を行うことも計算技術的には可能ではあるが、いたずら複雑なものとなることは間違い ない。もっとも、現行制度もこの二重課税調整は意図的に不完全なものとしていることに 鑑みれば、二重課税の徹底に固執する必要はないのかもしれない。 7) この点について、株式会社を設立するほうが合理的であり、非営利型ではない法人を設立する意味はないとの指摘がある(村山[2011] 4頁)。 8) 持分権者と受益者が別である場合において、 例えば100の元本について120の分配があったとき、個人側で120が所得になるのか、20が所得になるのかは興味深いところである。こ のとき、所得は120ということになるだろう。すなわち、出資者は100を法人に寄附し、残 余財産の受取人は120の所得を得たと考えるのが妥当であろう。そして、100はいったん出資者に返却され、それが受取人に贈与されたと考え、20は法人から受取人への贈与だと捉えるのである。 しかし、資金提供者が残余財産を受け取った場合には、個人間の贈与は起こらないために、20のみが課税されることになる。いずれにせよ、株主間での所得移転については、これをいかように律するかは所得税における問題であり、法人税が関与する必然性はない。 9) 法人税は転嫁しないというのが古典的学説であったが、最近では転嫁を肯定する学説が有力になりつつあるという見解がある(金子[2014]282-283頁)。しかし、かりに法人 税の一部が転嫁するとしても、株主に帰着する部分があるのであれば、その限りにおいて 二重課税調整は必要であり、法人擬制説の否定にまでは繋がらない。また、多くの実証研 究において、法人税の転嫁は0~100%超まで様々な結果が示されており、特に、独占市場において転嫁の傾向は強まるとされている(西野[1998]160頁)。思うに、税の存在を 前提とすれば、可能な限りこれを転嫁しようとの思惑が働くのは、利潤の極大化を考えれ ば、合理的なことである。株主が本来自分の負担すべき税を他人に転嫁することを企むこ とは自然なことであり、実証研究を行うまでもないことである。さらに、課税される法人 と課税されない法人が同時に存在を考えた場合、非課税法人には転嫁の必要がないのであ り、競争市場を前提とすれば、課税される法人が税の転嫁をすることは考えられない。い ずれにせよ、結果的に税の転嫁が発生することと、制度設計において転嫁を予定するかという問題は、別次元の話である。転嫁の検出は、それを意図していない制度との間におい て、市場原理が一定程度機能していないことを示しているに他ならないからであり、税体 系を現実の市場に合わせて歪める必然性はな い。 10) 法人実在説と法人擬制説との関連において現行制度を理解するのであれば、基本的には営利法人課税は法人擬制説に、非営利法人課税は法人実在説に基づいており、法人税課税の 体系の中に、異なる思考が混在している歪みが生じていることを理解すべきであるとの指 摘がある(齋藤[2005]268頁)。 [参考文献] 石坂信一郎[2012]「非営利法人における課税上の論点整理とその検討」『岐阜経済大学論集』第46巻第1号。 石村耕治[1995]『アメリカ連邦税財政法の構造』法律文化社。 伊藤公哉[2013]『アメリカ連邦税法第5版』 中央経済社。 今枝千樹[2003]「非営利組織における優遇税制の現状と課題-日米の比較検討を手がかりとして」『経済論叢』第172巻第1号。 尾上選哉[2011]「非営利法人と課税所得」『税務会計研究』第22号。 金子宏[2014]『租税法第十九版』弘文堂。 齋藤真哉[2005]「原則課税制度と原則非課税制度の検討」(「非営利法人課税研究特別委員会最終報告 非営利法人課税の総合的検討」 『税務会計研究』第16巻所収)。 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Shoup Mission[1949], Report on Japanese Taxation Volume1, General Headquarters Supreme Commander for the Allied Powers (論稿提出:平成26年11月28日) (加筆修正:平成27年3月23日)

  • ≪査読付論文≫非営利組織はアドホクラシーか? / 西村友幸 (釧路公立大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 釧路公立大学教授 西村友幸 キーワード: 非営利組織 アドホクラシー ミンツバーグの類型学 ビュロクラシー アソシエーション 要 旨: 本稿は、田尾・吉田[2009]によって提案された「非営利組織はアドホクラシーである」 という命題の正否の検討を目的とする。 アドホクラシーを5つの組織形態の一類型として扱ったMintzberg[1979]の所論の詳細 な分析にもとづくと、非営利組織はアドホクラシーに限定されるのではなく、他の形態と りわけ「単純構造」あるいは潜在的な6番目の形態である「ミショナリー」にも近似する ことが議論される。 本稿はさらに、Mintzbergの理論はあらゆる種類の組織を網羅した全体的類型学ではな く、仕事組織(すなわち広い意味でのビュロクラシー)に照準をしぼった中範囲類型学であるた め、ワーカーではなくボランティアからなる非営利組織には適していないことを主張する。 結論として、非営利組織はアドホクラシーではなくアソシエーションである。 構 成: I  はじめに II 組織形態とその1つとしてのアドホクラシー III 推論と反駁 Ⅳ 非営利の組織形態の検討 Ⅴ Mintzbergの類型学の検討 Ⅵ 結び Abstract This paper aims to examine the proposition that “nonprofit organizations are adhocracies” suggested by Tao and Yoshida [2009]. Based on in-depth analysis of Mintzberg [1979] who treats the adhocracy as one type of five structural configurations of organizations, it is argued that nonprofits are not restricted to the adhocracy but also in proximity to the other configurations, especially to “simple structure” or to the latent sixth configuration “missionary.” This paper further asserts that Mintzbergʼs theory is not a grand typology which encompasses all kinds of organizations but a midrange typology which limits its scope to work organizations (i.e., bureaucracies in a broad sense), so it is ill-suited for nonprofits composed of volunteers (not workers). In conclusion, nonprofits are not adhocracies but associations. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 田尾・吉田[2009]による非営利組織論の教科書に、「非営利組織はアドホクラシーである」 という旨の記述がある(85-87頁)1)。アドホク ラシーは未来学者のToffler[1970]によって提唱された概念であり、「特別にこのことについての」という形容詞の“アドホック(ad hoc) ” に 「政治・ 社会組織」を意味する“クラシー ” (-cracy)という名詞連結形を結びつけた合成語である(平野[1990]、211頁)2)。それは、田尾・ 吉田[2009]がRobbins[1990]を引用しながら述べているとおり「柔軟に対応できる、した がって暫定的なシステム」であり、「整備されたシステム」としてのビュロクラシー(官僚制)3) に対置される。 別稿で田尾[1998]は、NPOやNGOなどのボランタリー組織は、組織といいながら、組織として十分な要件を備えているとはいいがたいと述べる。しかし同時に、来るべき超高齢社会におけるボランタリー組織の重要性を勘案すれば、組織論の分析対象から除外されるべきではないと忠告する。こうした問題意識が基盤となって、「非営利組織はアドホクラシーである」 という上記の見解が生まれたと考えられる。およそ組織らしからぬ、あるいは少なくともビュロクラシーからは程遠い組織としての非営利ボランタリー組織に対する理解を深めるのに、「非営利組織はアドホクラシーである」という 田尾・吉田[2009]の命題は参照点として注目に値する。本稿の目的は、この重要な命題の妥当性を検討することである。 本稿の構成は以下のとおりである。Ⅱ節では、 アドホクラシーを組織形態の一類型と認識して本格的に分析したMintzberg[1979]4)を概説する。「非営利組織はアドホクラシーである」と いう田尾・吉田[2009]の命題の正否は、まずⅢ節で論理学的に、 続くⅣ節でMintzberg [1979]の所論に即してより詳細に分析される。Ⅴ節では、田尾・吉田[2009]の命題ではなく、 Mintzberg[1979]の所論のほうを精査し、彼の組織類型学が非営利組織を理解するパワーを欠くことを指摘する。Ⅵ節では、結論および今後の課題に言及する。 Ⅱ 組織形態とその1つとしてのアドホクラシー 1 5つの組織形態 「組織はどのようにして自身を構造化しているのか」を主題とするMintzberg[1979]の著書5)には、本人も指摘しているとおり5という数字が繰り返し登場する。すなわち、 ・ 組織における調整メカニズムには5つのタイプがある6)(第1章)。 ・ 図1に示すとおり、組織は5つの基本パーツから構成されている(第2章)。ただし、別稿でMintzberg[1981]が断り書きしているように、すべての組織がパーツ全部を必要としているわけではない。組織の中にはこれらの一部しかない単純な構造のものもあるし、す べてのパーツをかなり複雑に組み合わせているものもある。 ・ 分権化、すなわち意思決定の権力を多くの個人へと分散することは、垂直方向と水平方向になされる。これら2次元の組み合わせから、分権化の5つのタイプが導出される(第11章)。 Mintzberg[1979]の考えでは、5という数字の頻出は偶然ではなく、調整メカニズム、基本パーツ、そして分権化といった要素の間には 一対一の対応関係が存在する7)。かくして、組織の構造的形態8)は、単純構造、機械的ビュロクラシー、プロフェッショナル・ビュロクラシー、事業部制、そしてアドホクラシーの5つに類型化される(表1参照)。 図1 組織の5つの基本パーツ 出所:Mintzberg [1979], p.20. 図2 アドホクラシー 注 )図中の点線は、アドホクラシーの業務の中核がしばしば切り取られることを意味している。 出所:Mintzberg [1979], p.443. 表1 5つの組織形態 出所:Mintzberg [1979], p.301. 2 アドホクラシー 5つの組織形態のうちアドホクラシーについての詳説は、Mintzberg[1979]の第21章でなされている。アドホクラシーは次のように定義される(p.432)。 さまざまな分野から選び出された専門家たちを結集した円滑に機能するアドホックなプロ  ジェクト・チーム 図1と図2とを見比べればわかるように、アドホクラシーはラインとスタッフ9)の間の区分があいまいで、またライン・マネジャーが監督というよりも仲間としてふるまうため、「組織のパーツが混成した無定形の塊」(p.442)に映る。「単純構造と機械的ビュロクラシーが昨日の構造、そしてプロフェッショナル・ビュロクラシーと事業部制が今日の構造だとするならば、 アドホクラシーは明らかに明日の構造である」 (p.459)。アドホクラシーという組織形態は、20 世紀後半に生まれた新しい産業――航空宇宙、 電子、シンクタンク、研究、広告、映画製作、 石油化学――に見られる。その構造は柔軟、自己再生的で有機的であり、古典的な管理原則か らは5つの組織形態の中で最も疎遠である。 「複雑な悪構造問題を解決するのにアドホクラシーほど適した構造はない」(p.463)。Mintzberg [1979]は、Hedberg et al.[1976]を借用し、アドホクラシーを「パレス」(宮廷)ではなく「テント」にたとえることでイメージを伝えようと努めている。 Mintzberg[1979]は、アドホクラシーを論じた第21章の末尾に5つの組織形態の諸特性を一覧化した表を添付する。そして、“A Concluding Pentagon”と題した最終(第22)章で、自己の理論の利用に関する以下のような留意点を提示する。 ①  組織は5つの各パートによって5つの異なる方向に引っ張られる。多くの組織がこれら5つの張力すべてを経験するのだが、 それぞれの条件下で優勢な張力というものがある。結果として、ある組織は5種類の形態のうちのどれかに近づく。 ②  5つの組織形態はどれも理念型あるいは純粋型であり、各形態は基本的な種類の組織構造、および組織が置かれた状況を記述したものである。 ③  (したがって)5つの組織形態は、構造上のハイブリッドを記述するための基礎として扱われる。 ④  5つの組織形態はまた、いかに、そしてなぜ組織はある構造から別の構造へと変移を遂げるかを理解するための基礎としても用いられる。 Ⅲ 推論と反駁 1 推論 Mintzberg[1979]の著書の索引には“nonprofit” という語は載っていない。また、アドホクラシーを集中的に論じた第21章にもこの語はいっさい見当たらない。同章のかすかな例外は、非商業的 (noncommercial)組織としてのユニセフに対してスカンジナビア経営研究所が行った組織構造についての提案が、(Mintzbergの用語法では)事業部制とアドホクラシーのハイブリッドへの改革と見なしうるという叙述である(pp.452-453)。つまり、Mintzberg[1979]自身は「非営利組織はアドホクラシーである」と言及しているわけではないのである。 しかし、Mintzbergが直接言及していないからといって、「非営利組織はアドホクラシーである」という命題が偽であるということにはならない。先述のとおり、Mintzbergはアドホクラシーを「さまざまな分野から選び出された専門家たちを結集した円滑に機能するアドホックなプロジェクト・チーム」と定義している。彼の定義を前提1として、以下のような三段論法を展開することが可能である。 前提1  アドホクラシーは専門家たちを結集している。 前提2  非営利組織は専門家たちを結集している。 結論   ゆえに、非営利組織はアドホクラシーである。 以上の推論は正しいだろうか。形式的には正しいといえるだろう。しかし、容易に認識できるとおり、前提2の内容は真とはいえないため、 得られた結論すなわち「非営利組織はアドホク ラシーである」もまた真ではないと考えるほうが適切である。前提2が真でないことは、田尾・吉田[2009]が述べているとおりである。「非営利組織を立ち上げるということは、ボラ ンティアを集め、彼らを人的資源として原則的に無給で有効活用することである」(32頁)。原則として、非営利組織は専門家たち(experts) ではなくボランティアを結集した組織なのであり、アドホクラシーのようにサポート・スタッフが組織の中心パートとなる(表1参照)可能性は低いといってよい。 もっとも、田尾・吉田[2009]が解説しているように、組織の規模が大きくなるほど、オフィスにいて支援活動をするスタッフ機能は、 持ち回りや片手間仕事ではなく専任者によって執行されるようになる10)。その場合には、サポート・スタッフが中心パートとしてふるまうようになるかもしれない。だが、大規模化とその帰結としての専任スタッフの雇用は、非営利組織にとってはビュロクラシー化の進展に他ならない(田尾・吉田[2009]、194頁)。「柔軟に対 応できる、したがって暫定的なシステム」としてのアドホクラシーは「整備されたシステム」 としてのビュロクラシーと対置されるのであるから、非営利組織が大規模化によってサポート・スタッフ中心的なアドホクラシーとその対 極のビュロクラシーとに同時接近するという因果は根本的な矛盾を意味する。 2 反駁 「非営利組織はアドホクラシーである」という命題の三段論法による否定は、同じ手法による反駁を呼び起こすかもしれない。先述のとおり、Robbins[1990]を引用するかたちで、田尾・吉田[2009]はアドホクラシーを「柔軟に対応できる、したがって暫定的なシステム」と定義している11)。彼らの定義を前提1として、 以下のような三段論法を展開することが可能である。 前提1  アドホクラシーは柔軟に対応できる、したがって暫定的なシステムである。 前提2  非営利組織は柔軟に対応できる、したがって暫定的なシステムである。 結論   ゆえに、非営利組織はアドホクラシーである。 ある理論的言明に対する批判は修正案や代案をともなうべきであり、また多角的に行われる必要がある(Whetten[1989])。「非営利組織がア ドホクラシーではないとするならば、一体どんな組織形態なのか」という疑問は当然に惹起されるであろう。加えて、Mintzberg[1979]の 5つの組織形態は、あらゆる理論と同様、濃厚 で複雑な現実から抽象したものであり、ある程度の単純化と非現実性を不可避的に帯びている。彼がいうように、「些末な組織を除くすべての組織の実際の構造は計り知れないほど複雑であり、机上のこれら5つの形態のどれよりもはるかに複雑なのである」(p.468)。理論と現実の間のギャップの取り扱いには細心の注意が必要である。上述のとおり、Mintzberg[1979]は自己の理論を利用する際の留意点を4点あげている。次節ではこのうち②~④をピックアップし て検討を加える。便宜上、彼が列挙した順番とは逆に、すなわち④→③→②の順に考察していくことにする。 Ⅳ 非営利の組織形態の検討 1 構造的変移:看過されたもの Mintzberg[1979]は、5つの構造的形態(単純構造、機械的ビュロクラシー、プロフェッショナル・ビュロクラシー、事業部制、アドホクラシー) それぞれについて論じた第17~21章の各章で、ある形態が別の形態へと変化する可能性を示唆している。たとえば、組織の加齢と成長によって単純構造から機械的ビュロクラシーへの変化が見込まれる。総括となる第22章で、Mintzberg [1979]は構造的変移の2大パターンを提示している。1つはたった今述べたように、単純構造に近似したものとして生誕した組織が、加齢と成長によって機械的ビュロクラシーへと変移し、さらに成長して事業部制へと向かうパターンである。もう1つは、アドホクラシーとして生誕した組織が、加齢とともに保守化して機械的あるいはプロフェッショナル・ビュロクラシーへと変移するパターンである。 このような構造的変移の可能性は田尾・吉田 [2009]も了解するところである。彼らは次のように述べている(下線は本稿の筆者が付記)。 〔非営利組織は〕ミッションを重視する限りでは、アドホクラシーの構造を採用し、 ビュロクラシーを主軸とする管理形態からは、第一線のボランティアやスタッフ、さらには、管理者や経営者さえも距離をおこうと考える。しかし、ミッションの変容、あるいは、利他主義などの素朴かつ規範的な意義が後退したり、委託などの仕事が増えて円滑な稼働システムを構築しなければならなくなれば、機械的組織から事業部制組織まで発達し、もはや企業とは変わらない構造、マネジメントのシステムを備えるようになるのは必然の経緯である。専門的な技能を有した人が多くいると、プロフェッショナル・ビュロクラシーになる。この場合は、ビュロクラシーによるマネジメントを下敷きにしながら、分権的意思決定や上方コミュニケーションを重視する構造を構築する(85-86頁)。 上記の文に引かれた下線は4本しかなく、Mintzberg[1979]が提示したもう1つの組織 類型である「単純構造」やその類義語は見当たらない12)。単純構造とは、Mintzberg[1979]によれば、ワンマンの戦略尖と有機的な業務の中核とによって構成されたものであり(図3参照)、行動はほとんど公式化されておらず、計画、訓練、リエゾン装置は活用されない。「ほとんど の組織は形成期に単純構造を経験する。多くの小組織は、しかしながら、この時期を過ぎても単純構造のままである」(p.308)。 以上の記述が、「非営利組織はアドホクラシーよりもむしろ単純構造に近いのではない か」という判断につながったとしても不思議は ない。実際、田尾・吉田[2009]は同書の別の箇所で、起業段階の非営利組織を「アントレプルナーたちがその独特の個性を活かして活動をはじめる。組織は、まだ整っているとはいえず小規模である」(36頁)と分析しており、これはとりもなおさず単純構造の特徴と見なしうる13)。 図3 単純構造 出所: Mintzberg [1979], p.307 2 ハイブリッド Mintzberg[1979]は、5つの形態は組織が利用できる5つの相互排他的な構造ではなく、 複雑な現実世界の構造を理解し構築するための統合的な準拠枠すなわち理論であることを強調する。つまり、2つ以上の形態の特徴を兼ね備えたハイブリッド構造が現実には存在するので ある。ハイブリッドの存在は理論を否定してしまうのだろうか。Mintzbergはそうならないという。重要なことは理論が現実と適合しているかではなく、現実を理解するのに理論が役立つかである。ハイブリッドも含め、実際の多様な 構造を記述するのに役立つかぎり、理論は依然として有効なのである。 既述のとおり、Mintzberg[1979]はパレス対テントというメタファー(Hedberg et al. [1976])を借用し、アドホクラシーを後者のテントにたとえている。一方、Anheier[2000] は同じメタファーを非営利組織の分析に直接用いて次のように議論する。テント組織は創造性、 即時性、イニシアチブに力点を置き、たとえば 市民活動グループ、市民発議、障害者の自助グループ、地域の非営利劇場などによって代表される。対照的に、パレス組織は権限、明確さ、果断に力点を置き、たとえば大規模な非営利のサービス提供者、シンクタンク、財団などによって代表される。大規模な非営利組織がパレス的であるというAnheier[2000]の見立ては、「非営利組織はアドホクラシーである」という命題の部分否定である。Anheier[2000]はさらに、ほとんどの非営利組織は純粋なパレスでもテントでもなく、その両方である場合が多いと述べる。つまり、非営利組織の多様な構成部分のどれかがテント的で、他の構成部分はパレスに似ているというのである。Mintzberg[1979] によれば、このように組織内の異なるパーツに異なる形態を用いた組織構造もハイブリッドの 一種である。 Mintzberg[1979]の5つの形態論を非営利組織の実証研究に用いたのがShannahan[2000] である。カナダの地方トレイル協会(provincial and territorial trail association)10社に対する質問票調査から、彼は以下の結果を得た。①10社中8社はアドホクラシーの構造特性に関して高いスコアを示した。②しかし、アドホクラシーに近似すると見なせるのは8社中1社にすぎなかった。それ以外の7社はハイブリッドであった。7社中1社は構造変化の過渡期にあると解釈することもできた。③最も一般的なハイブ リッドはアドホクラシーとプロフェッショナル・ビュロクラシーの間のハイブリッドであった(7社中4社)。④アドホクラシーの構造特性が低スコアの2社は、他の組織形態のどれかに近似しているとも、また他の形態同士のハイブリッドであるともいえなかった。要するに、この2社はMintzbergのモデルに適合しなかった。 3 理念型:5つから6つへ Mintzberg[1979]の考えでは、大多数の組織は5つの形態のうちの1つに多かれ少なかれ近似した構造を設計する。どの構造も特定の理論的形態に完全に適合するわけではない。5つの組織形態はあくまでも、現実世界から抽象された理念型あるいは純粋型である。実際の構造は5つの形態のうちのどれかに近接していたり、上記2で述べたように複数の形態のハイブリッドであったりする。つまり、現実世界における組織は、5種類ある基本形態の変異やハイブリッドととらえられるのである。 組織形態が5つという発想の背後には、表1に示したとおり、組織における調整メカニズムは5つ、基本パーツも5つ、分権化のタイプも5つという数的な一致がある。だがMintzberg [1979]は、同書の最後部で、(変異やハイブリッ ドではなく)6番目の構造的形態の候補に言及している。それは、「ミショナリー」と命名され、このタイプの組織では社会化(socialization) という調整メカニズムが用いられ、組織の中心パーツは戦略尖でも業務の中核でも中間ラインでもなく、またテクノストラクチャーでもサポート・スタッフでもなく、目に見えない「イデオロギー」である。 もし、設問が「非営利組織は5つの組織形態 のどれに近似しているか」から「6つの組織形態のどれに近似しているか」へ置き換えられるとするならば、ミショナリーという回答はアドホクラシーという回答を大きく上回るに違いない。なぜならば、非営利組織は田尾・吉田 [2009]も指摘しているようにミッションを重視する傾向があり、また「ミショナリーな目標とカリスマ的リーダーシップが共存している」 (Mintzberg[1979]、p.480)というミショナリー組織の条件を満たしていると考えられるからである。 4 まとめ Mintzberg[1979]によれば、象徴的な意味において5つの構造的形態はペンタゴン(五角形)を形成しており、各形態はペンタゴンのノードのどれかに鎮座している。現実の組織がノードと完全に一致することはない。なぜならばノードは現実から抽象された理念型だからである。そうではなく、現実の組織は多かれ少なかれ特定のノードの近傍に位置することになる。 「非営利組織はアドホクラシーか?」という問いは、非営利組織はペンタゴン上でアドホクラシーのノードの近くに集成しているだろうかという問いに翻訳される。1~3の議論をふまえると、非営利組織は広範囲に分布していると考えられる。いくつかの非営利組織は単純構造のノードに近接し、またシンクタンクや財団といった大規模な非営利はテント(アドホクラ シー)ではなくむしろパレス(ビュロクラシー) に分類される。さらに、ノードが1つ増えたヘキサゴン(六角形)上でとらえると、一定数の非営利はその新たなノードであるミショナリーのほうにより近似すると予想される。よって、非営利組織がアドホクラシー一極に集中しているとは想定しがたい。 先ほど、「非営利組織がアドホクラシーでないとするならば、一体どんな組織形態なのか」 という疑問が起こると述べた。この質問に対しては、次のように答えるしかない。「非営利組織は単純構造かもしれないしビュロクラシー (機械的もしくはプロフェッショナル)かもしれない。あるいは第6の形態であるミショナリーかもしれない。総合病院や総合大学といった非営利組織は事業部制と見なすことができるだろう。 結局、非営利組織はどのような形態でもありうる」。 Ⅴ Mintzbergの類型学の検討 1 理論の有用性 以上のようなあやふやな結論が導かれてしまうのは、1つにはもちろん現実世界が多様性と複雑性を帯びているからである。しかし、別の理由も考えられる。Mintzberg[1979]が主張するとおり、最も有用な理論とは、E = MC2 のように、言葉にすればシンプルだが応用に供されたときにはパワフルなものである(p.469)。どれほどパワフルであるかは、理論がどれほど現実を反映するかにかかっている。 もし、実際の非営利組織が非常に広範囲に分布しており、その範囲が理論的ペンタゴンやヘキサゴンの枠をはみ出ていたらどうなるだろうか。この場合は当然、Mintzberg[1979]の理論は非営利組織という対象を記述し説明する十分なパワーを欠くことになる。単に、抽象化された理論と生の現実の間に若干のずれがある、というだけの話ではなくなるのである。非営利組織の分析にとって、Mintzbergの理論が本当にパワフルなのかどうかは検討するに値する。それは、彼の理論の有用性や妥当性を吟味するだけでなく、非営利組織の理解をいっそう深化させる目的にとっても重要である。 2 組織の類型学 類似性にもとづいて事物をグループ化する手続を一般に「分類」(classification)と呼ぶ。分類が概念的であれば「類型学」(typology)、経験的であれば「分類学」(taxonomy)と呼び分けることが多い(Bailey[1994])。Mintzberg[1979]に よる組織分類は、経験的に導出されたものではなく概念的に構築されたものであり、したがって類型学に該当する。 組織の類型学は数多く存在し、それぞれの類型学は組織を分類するのに用いる基準が異なっている。これは1つには、組織の概念についてのコンセンサスが欠如している14)ためである (Mills and Margulies[1980])。 Meyer et al.[1993]は、Mintzberg[1979]の 類型学を、エレガンスとシンプルさを保持した類型学の逸品と評している。だが、Mintzberg自身が強調するように、有用な理論はシンプルであると同時にパワフルでなければならない。 彼は、5つの構造的形態を先行研究(たとえば Perrow[1970]や後述のPugh et al.[1969])と比較することで、自己の類型学がより網羅的であることを示唆している15)。そもそもMintzberg[1979] は、自著があらゆる種類の組織に関するものであると序文で宣言しているのである(pp.ⅵ-ⅶ)。にもかかわらず、彼の類型学は非営利組織の実態を描写するパワーが不足していることを指摘しないわけにはいかない。 「非営利組織」の概念が適用される範囲すなわち外延は、「非営利」という限定が加わった分だけ「組織」の外延よりもせまくなってしかるべきである。Mintzberg[1979]があらゆる種類の組織の分類を試みたのであれば、構築された彼の類型学が「非営利組織」を十分に網羅できないはずがない。こういった疑問はもっともである。Mills and Margulies[1980]の議論がこの疑問の解消に役立つ。彼らによれば、組織の類型学は潜在的な包括性にしたがって2つのグループに大別できる。全体的類型学と中範囲類型学である。全体的(grand)類型学は、 あらゆる組織を包含しようとする普遍主義的なアプローチであり、Blau and Scott[1962]や Etzioni[1961]が代表格である。これに対して、中範囲(midrange)という言葉は「すべての事物や事象ではなく限られた事象や事物に関わる」という意味で用いられる社会科学の用語である(渡部[1980])が、組織の中範囲類型学はMills and Margulies[1980]にしたがえばもっと特定的である。すなわち、中範囲類型学は組織の母集団すべてではなく、その部分としての仕事組織に焦点を合わせたものなのである。例として、Woodward[1965]やThompson[1967 / 2003]、Pugh et al.[1969]などがあげられている。 仕事(work)組織とは何か。Mills and Margulies [1980]はこの概念を定義していないが、彼らが中範囲類型学として例示したPugh et al.[1969] においては明確である。彼らのいわゆる「アス トン研究」16)が調査対象とした仕事組織の顕著な特徴は、組織のメンバーが皆、雇用されていることである(Pugh et al.[1963]、p.299)。Mills and Margulies[1980]が仕事組織との対比で非仕事(nonwork)組織と呼ぶものの正体も、やはりアストン研究からうかがい知ることができる。同研究の調査対象は上記のとおり仕事組織に限定され、「ボランタリー組織は除外された」 のである(Pugh et al.[1968]、p.67)。 1980年に発表されたMills and Marguliesの論文は、その前年発行のMintzberg[1979]の引用が間に合わず、彼の類型学が全体的レベルなのかそれとも中範囲レベルなのかを判断する根拠をあたえない。しかし、Mintzbergの所論が仕事組織に限定された中範囲類型学であることを示唆する文献がいくつかある。たとえば、 Doty and Glick[1994] は、Mintzberg[1979] の著書は組織構造の全体的理論ではなく、組織有効性の予測に焦点を合わせた全体的理論を開発したと述べている。つまりMintzbergは、組織形態の5つの理念型のどれか1つに近似する組織ほどより有効的であり、反対に理念型から乖離する組織ほどより有効的ではないという仮説を立てたのである17)。 Mintzberg[1979]自身の見解を確認してみよう。彼は、重要な先行研究の一端としてアストン研究を頻繁に引用している18)が、彼の類型学がどれほど包括的であるかについての理解は別のテーマを扱った箇所から得られる。上述のとおり、彼の著書の第11章は分権化、すなわち意思決定の権力を多くの個人へと分散することについての記述に当てられている。分権化は垂直方向と水平方向の2方向になされる。マネジャーから非マネジャーへの権力のシフトを意味する水平的分権化に関連して、Mintzberg [1979]は次のような問いを発している。 水平的分権化は、権力が地位や知識ではなくメンバーシップにもとづくときに完成する。全員が意思決定に平等に参加する。この組織は民主主義的である。      そういった組織は存在するのだろうか。完全に民主主義的な組織は、すべての問題を投 票に相当するもので解決しようとする。メンバーの選択を迅速化するためにマネジャーが 選任されるだろうが、マネジャーはそれを行う特別な影響力を持たない。全員が平等なの だ。あるボランティア組織――イスラエルのキブツや会員制クラブ――はこの理想に近寄るが、その他の組織はどうだろうか(p.202)。 さまざまな角度からこの問題を検討した上で、 Mintzberg[1979]は「われわれの非ボランティア(nonvolunteer)組織では、民主主義ではなく、能力主義でがまんするしかない」(p.208)と結論づける。彼は、序文の宣言(pp.ⅵ-ⅶ)とは 裏腹に、ボランティア組織を考察の対象から外しているのである。 これも既述のとおり、Mintzberg[1979]は 最終章で6番目の形態「ミショナリー」の存在を示唆している。後年、組織内外の権力に関する著作でMintzberg[1983b]はミショナリー (および「政治アリーナ」)を明示的に取り上げている。同書によれば、ミショナリーはEtzioni [1961]の「規範的組織」というタイプにほぼ一致する。Etzioniの組織分類(強制的組織、功利的組織、規範的組織)は全体的類型学の代表格であり(Mills and Margulies[1980])、Mintzbergはミショナリーを追加することで包括性に関する彼我のギャップを幾分埋めたといえなくもない。しかしそれでもなお、Mintzbergの類型学は全体的ではなく中範囲なのである。その論拠は、さらに後年のMintzbergの著作に見出すことができる。 彼(Mintzberg[1989])が述懐するところでは、 Mintzberg[1979]において単なる暗示にとどまっていたミショナリーを、権力に関する作品 (Mintzberg[1983b])の執筆中に6番目の組織形態として彼は発見することになった。ただし、それはあくまでも組織社会学の文献の中にであった。しかし、日本人がイデオロギー(とい う調整メカニズム)を用いて組織を経営する方法を自分たちに示してくれてからというものは、ミショナリーという概念は社会学の教室から経営の重役室へと進出したというのである。 以上のように、ミショナリーが追加されたとはいえ、Mintzbergの知的関心は依然として仕事組織に向けられていたことがわかる(もっとも、彼自身はこうした境界条件を認識していなかったように見受けられる)。仕事組織に考察の対象を限定したMintzbergの中範囲類型学を用いて、非仕事組織すなわちボランタリー組織を語ることには無理がある。 3 ビュロクラシーに対置されるものは何か アストン研究は、「メンバーが皆、雇用されている組織」としての仕事組織へのインタ ビュー調査に従事した。彼ら(アストン・グルー プ)はこの調査を通じて、「ビュロクラシーは一枚岩ではなく、組織はかなりいろいろな様式においてビュロクラティックである」と述べている(Pugh et al.[1969]、p.125)。仕事組織は多かれ少なかれビュロクラシーであると解釈する彼らは異端かといえば、決してそんなことはない。高名 な 組織社会学者 たち(Broom et al. [1981])の見解では、ビュロクラシーとは組織目標に専念させるために人々を雇う組織のことである。アストン・グループの調査対象となったさまざまな仕事組織は、「定義によって」 ビュロクラシーなのである。 田尾・吉田[2009]がRobbins[1990]に倣ってビュロクラシーと対置させたアドホクラシーは、Mintzberg[1979]により「さまざまな分野から選び出された専門家たちを結集した円滑に機能するアドホックなプロジェクト・チーム」 (p.432)と定義された。その「専門家たち」が組織に雇用されていると仮定するならば(そしてこの仮定はまったく根拠のないものではないはずだが)、当該組織はまぎれもなくビュロクラシーなのである。たしかに、「整備されたシステム」 としての(機械的)ビュロクラシーと「柔軟に対応できる、したがって暫定的なシステム」としてのアドホクラシーは大きく異なって見える。しかし、これら2つの一見対極的な組織は「雇用されたメンバーからなるシステム」という共通基盤を有している。この基盤こそがビュロクラシーを他の組織類型から区別する顕著な特徴である。 では、ビュロクラシー以外の「他の組織類型」とは何であり、またどういった特徴を持っ ているのか。この点についてもビュロクラシーの場合と同様、Broom et al.[1981]の教科書が助けになる。彼らによれば、ビュロクラシーと対比される第2の組織タイプは「ボランタリー・アソシエーション」であり、共通の利害を求めるために一緒に集まった人々によって形成される。これはまさしく、アストン研究が調査対象から除外したタイプの組織である。 Ⅵ 結び 本稿は、田尾・吉田[2009]の教科書85-87 頁の記述から「非営利組織はアドホクラシーである」という命題を抽出し、これの真偽を考察 してきた。命題は真とはいえなかった。だが、考察をふまえて本稿がこれから示す結論は、実は田尾・吉田[2009]に書かれていることの再生にすぎない。彼らが第2章で議論しているとおり、また田尾が別の文献においても繰り返し強調するとおり(田尾[1997][1998][2004a] [2004b])、非営利組織は当初はボランタリーなアソシエーションとして生成し19)、やがてビュ ロクラシーを採用していく。ただし、田尾・吉田[2009]にとってビュロクラシーは「整備されたシステム」(86頁)を意味するのに対し、本稿はそれを「雇用されたメンバーからなるシ ステム」とより広義にとらえている。とはいえ、「非営利組織は本来的にはビュロクラシーではない」と考えている点で、田尾・吉田[2009] と本稿とは意見の一致を見ている。そして、両者の間には「非営利組織はアソシエーションである」という共通認識が存在するのである。 本稿はこうしてようやく妥当な結論にたどり着いたものの、この結論をゴールとしてではなくさらなる調査の入口と見なすほうが健全と思われる。科学的探究の最も重要な第一歩は、調査されるべき事物や事象の分類である(Carper and Snizek[1980])。アソシエーションとしての非営利組織を理解するためには、適切な分類体系を開発する必要がある。仕事組織を標本とする調査を実施したアストン・グループは、ビュロクラシーにはただ1つのタイプしかないという考え方は有意義ではなく、ビュロクラシーは異なった状況で異なった形態をなすという立場をとる(Pugh et al.[1969])。アソシエーションについても同じことがいえるはずである。アストン・グループや(本稿の議論で明らかになったとおり)Mintzberg[1979]がビュロクラシーの中範囲類型学を構築したことに倣い、今やアソシエーションの中範囲類型学が構築されなければならない。 そうした類型学の構築に際しては、アソシエーションは仕事組織とは質的に著しく異なるという意見(Knoke and Prensky[1984]、菅原[2006]) を尊重すべきである。アソシエーションは独特の部類を形成している(Hall[1987])からこそ新たな類型学が必要とされるのである。1つの有望な概念枠組が、アストン・グループの末裔たちによる労働組合研究から生まれている (Child et al.[1973])。彼らは、アソシエーションとしての労働組合が、目標遂行に関わる「管理的システム」と目標形成に関わる「代表制的システム」の二重システムによって特徴づけられると論じている。「管理的システム」は、ビュロクラシー研究が焦点を合わせてきた組織の構成部分である。言い換えれば、「代表制的システム」はビュロクラシー研究ではほとんど考慮されてこなかった構成部分ということになる。二重システムという観点がアソシエーションの分析に必要とされることは、われわれの先入観を覆す次のような仮説を喚起する。すなわち、「アソシエーションは同等の規模のビュロクラ シーと比べて構造的に複雑である20)」。この仮説は、結果的に支持されるにせよ棄却されるにせよ、われわれの認識の進歩に大きな貢献を果たすと期待される。 初学者が読むかもしれない教科書の執筆者は、ときとして内容の厳密さよりも幅広さとわかりやすさを優先せねばならない。レフェリーの1人から指摘を受けたとおり、「非営利組織はアドホクラシーである」という田尾・吉田[2009] の記述も教育的見地からのやむなき簡略化の一例であるかもしれない。そうであれば、専門家向けの文献を動員してこの記述を論難しようとする行為は重大なルール違反と受けとめられる恐れもある。 しかしながら、「非営利組織はアドホクラシーか?」という疑問から得られた知見は決して些末なものではないと思われる。終わりに鑑み、 田尾・吉田の両氏に謝意を表したい。 [注] 1) 田尾・吉田[2009]、ⅳ頁の著者紹介によれば、「非営利組織はアドホクラシーである」 という旨の記述がある第4章第1節の執筆担当者は田尾である。 2) Adhocracyを直訳すると「臨時審議機構」 になる(Cameron and Quinn[2006]、訳書63頁)。また、中国語圏では「特別結構」 という対応語が用いられているようである(ウェブ検索で確認)。本稿では田尾・吉田[2009]をはじめとする多くの日本語文献に倣い、「アドホクラシー」 というカタカナ表記を採用する。 3) 本稿では田尾・吉田[2009]を引用する関係で、彼らに倣い「官僚制」ではなく「ビュロクラシー」というカタカナ表記を優先的に採用する。こういった用語法に関して、田尾 [2004b]は、「ビュロクラシーは官僚制と訳されることが多いが、官僚の組織というより も、管理のための仕掛けという意味を本来有している。官僚制という言葉は、ネガティブ なイメージで語られることが多いので、学問的に価値中立の意味合いをもたせて、以下で は、この言葉〔ビュロクラシー:筆者付記〕 を用いて、合理的に運用されている組織、あ るいはシステムを含意させる」(22頁)と記している。同様の見解は野中[1974]も参照。 4) 田尾・吉田[2009]が立論のために参照している文献はMintzberg[1983a]である。しかし、同書の読者への覚え書きにMintzbergが明記しているとおり、同書はMintzberg [1979]の実務家向けの縮約版である(齋藤 [2009])。本稿は、情報量がより豊富で“A Synthesis of the Research”という副題をともなったMintzberg[1979]のほうを参照する。 5) 正確には、Mintzberg[1979]が同書を執筆した理由は、組織がどのようにして戦略を形 成するのかに関心を持ったこと、そしてそのためにはまず組織がどのようにして自己を構 造化するのかを学ぶ必要があると考えたからである。(p.ⅺ)。中野[1982]による同書へ の書評も参照。 6) 調整メカニズムに関する類型論は、組織の構造化あるいはデザイン問題の出発点である。 榊原[2013]、113-116頁を参照。 7) これに関してMintzberg[1979]は次のような注釈をつけている。「信憑性を水増しする 危険を承知の上で、私は、この見事な対応関係が捏造されたものではないことを指摘した い。5つの構造的形態を決めた後ではじめて、5つの調整メカニズムおよび組織の5つの パーツとの対応関係に私は驚いたのである。 ただし、5つの形態に沿うかたちで、第11章 の分権化の類型論に(それがより論理的なもの となるよう)若干の修正がなされた」(p.301)。 8) ここで「形態」と訳されている英単語は “configuration”である。コンフィギュレー ションとは、組織の各部分、要素の相対的な配置のことで、ドイツ語のゲシュタルト (Gestalt)に当たる言葉である(坂井[2013]、 43頁)。 9) いうまでもなく、スタッフ部門に相当するのがテクノクラシーとサポート・スタッフである。Mintzberg[1979]、p.33を参照。 10) 非営利組織の規模とスタッフ雇用の間の定量分析については、西村[2005]、[2009]を参照。 11) Robbins[1990]はもちろんMintzberg[1979] の所論に依拠している。Robbinsは著書の第Ⅲ部に“Organizational Design”というタイトルを付け、まず第10章でMintzberg[1979] に即して組織の5つの基本パーツ、そして5つの構造的形態を解説する。第11章はもっぱらビュロクラシーの議論に、続く第12章はもっぱらアドホクラシーの議論に用いられている。アドホクラシーは、「多様なプロフェッショナル・スキルを持ったほとんど初対面の人々(relative strangers)からなる集団によって解決されるべき問題の周囲に組織された、 急速に変化し、適応的で、たいていは暫定的なシステム」と定義されている(Robbins [1990]、p.354)。 12) 田尾・吉田[2009]からの引用文の中の「機械的組織」は、Mintzberg[1979]の用語法では「機械的ビュロクラシー」に相当すると 見なされた。 13) 田尾・吉田[2009]による非営利組織のライ フサイクル・モデルは、起業、集合化、形式化、成熟、衰退の5段階からなる。一方、 Hasenfeld and Schmid[1989]のモデルは、設立、発展、成熟、確立、衰退、崩壊の6段階からなる。田尾・吉田[2009]と同様に、 Hasenfeld and Schmid[1989]は、設立期の非営利組織の構造が単純構造に近似すると想定している。彼らのユニークなところはアドホクラシーに対する見解である。彼らのモデルでは、アドホクラシーは成熟期の次の確立期に現出する組織構造である。Hasenfeld and Schmid[1989]および小島[1996]を参照。 14) 「組織とは何か」という問いに対する回答は多岐にわたる。中條[1998]、金井[1999] を参照。なお、Mintzberg[1979]は第3章で、組織のとらえ方を①公式権限のシステム、② 調節された活動のシステム、③非公式コミュニケーションのシステム、④仕事の集まり(constellation)のシステム、⑤アドホックな意思決定プロセスのシステム、の5つに整理している。 15) Mintzberg[1979]は、「Perrow[1970]は4つの構造を描写し、それらはわれわれのもの 〔5つの類型:筆者付記〕のうちの4つとおおよそ対応する」(p.300)としか言及していない。2つのモデルの間の対応関係はもっと厳密に吟味される必要がある。Pugh et al.[1969]に対するMintzbergの評価とその問題点に関しては、以降の注18を参照。 16)アストン研究の組織分類は経験的に導出されたものであるため、類型学(typology)よりも分類学(taxonomy)のラベルを貼るほうが適切である。アストン研究の詳細は、岸田 [1987]、幸田[2013]、榊原[1979]を参照。 17) 別稿におけるDoty et al.[1993]の説明によれば、理念型に近似する組織ほど有効性が高くなるのは、組織の多様な構成要素間に内部一貫性すなわち適合が生じているからである。なお、Doty et al.[1993]の経験的調査では、Mintzberg[1979]の5つの理念型に近似する組織ほどより有効的であるという仮説は支持されなかった。理論予測は外れたものの、このことは組織形態の5つの理念型というアイデアそのものを否定するわけではな い。Doty et al.[1993]は以下のように弁明する。類型学と理論は同一ではない。組織有効性が理念型への近似の関数であるという予測は理論である。一方、類型学は現象を記述するのに用いられるデバイスである。類型学としては、Mintzbergの著作は5つの(潜在的に有効な)組織形態を識別する豊潤な記述用具を提供しているのである。さらに、Doty et al.[1993]はMintzbergの理論予測が外れた原因を、彼らの調査に含まれていた組織サンプルの雑多性に帰している。彼らは、より同質的なサンプルを用いた後続研究においてMintzbergの理論が確証されることを期待している。後続研究の進捗状況については、 Short et al.[2008]を参照。 18) Mintzberg[1979]の考えでは、彼の5つの組織形態のうち、単純構造はアストン研究 (Pugh et al.[1969])における「暗黙に構造化された(implicitly structured)」という類型に、機械的ビュロクラシーは「完全(full)ビュロクラシー」という類型にほぼ等しい。しかし、 残る3つの形態(プロフェッショナル・ビュロクラシー、事業部制、アドホクラシー)とアストン研究との照合は手つかずのままである。さ らに悪いことに、 Mintzberg[1979]は、 Pugh et al.[1969]が自己の5つの形態のうちの2つを描写していると論じている (p.300)。これはミスリーディングであり、 Mintzberg[1979]の分類のほうがより徹底的であるかのような印象を与えてしまう。 Pugh et al.[1969]を一瞥すれば明らかなように、彼らは上記の「暗黙に構造化された」 と「完全ビュロクラシー」を含む計7つの組織類型を提示している。アストン研究と Mintzberg[1979]の類型学の間の対応関係もやはりもっと厳密に吟味される必要がある。 19) 田尾・吉田[2009]によれば、「組織」とは目標達成を図るための、個人の意図を超えたシステムを具備したものである(49頁)。立 ち上げの段階では、「非営利組織とはいうが、その多くは組織、つまりオーガニゼーションに相当するしくみを備えていない。厳密には、まだ集団というべきものが多い」(34頁)。彼らの組織概念は狭義で、ビュロクラシーのみを含みアソシエーションを排除している傾向がある。一方、本稿は、組織概念にはビュロクラシーとアソシエーションの両方が含まれるという広義の見方を採用する。 20)この仮説は、Anheier[2000]によって提唱された「非営利組織複雑性の法則(the law of non-profit complexity)」からヒントを得た。 [参考文献] Anheier, H. 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  • ≪査読付論文≫非営利法人組織における会計の役割― 日独医療改革のもとでの経営改善に向けて― / 森 美智代 (熊本県立大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 熊本県立大学教授 森美智代 キーワード: 非営利法人組織 医療改革 国立病院機構 公立病院 病院会計準則 独立行政法人会計基準 民営化 GmbH AG コンツェルン 要 旨: 日本とドイツでは医療改革が進められている。両国の医療改革において、国の財源によっ て運営されてきた国公立病院における経営改善に焦点をあてている。医療改革において、 経営組織の変化とそれにともなう公会計から企業会計への移行が、医療経営に経営業績の 評価と管理を可能とした。本研究は、日独医療改革における経営組織の変化と企業会計が 医療経営に及ぼした影響について考察している。医療という非営利法人組織に企業会計が 及ぼした影響は大きい。しかし、まずは医療の「質の維持向上」につとめなければならな いことはいうまでもない。 構 成: I  はじめに II 国及び自治体の財源を基盤に運営されてきた国公立病院 III わが国の国公立病院改革 Ⅳ ドイツにおける医療機関改革 Ⅴ 非営利組織における「会計の役割」 Ⅵ おわりに Abstract Currently, medical care reform are being conducted in Germany and Japan. One area of reform is the shift in accounting systems from public to corporate accounting. The importance of this change is underscored by the fact that the management of public and national hospitals has subsequently improved following implementation. This report outlines the significance of the move to corporate accounting. While there are obvious social and economical differences between the two countries, the transition from a public to a private accounting system is a common characteristic. This report deals with four case studies of medical care reform in the two countries, and reveals the function of corporate accounting in effecting medical reform. It further demonstrates how the shift to corporate accounting has resulted in increasingly efficient management. Yet, in addition to providing solid management the primary task of maintaining quality medical care must be recognized ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 近年、医療制度改革は、医療保険制度、医療提供体制、診療報酬の見直しを3つの骨格として進められている1)。その制度改革の中心にある医療組織は、非営利法人組織とみなされ、この営利法人組織は、一般に利益分配をしない組織或は法人として特徴づけられる2)。非営利法人組織は、社会及び経済において公的組織と民間組織の間で中間組織としてみなされ、国及び自治体の政策にかかわっていることが多い。 その中間組織である非営利組織(NonprofitOrganisation)は、ますます民間─商業競争(privatkommerzieller Konkurrenz)に直面する3)といわれる。これまで、わが国の旧国立病院及び公立病院は非営利組織としてみなされており、営利企業の市場原理とは全く独立していたといえる。しかしわが国の財政が赤字で、少子高齢化の社会現象が加速するにつれ、医療費負担の増大は避けられない。このような現状のもとで財政を基盤とした公的保険制度は、医療経営に「費用対効果」、それを担保する「医療の質」の維持及び向上を強いることとなった。このような状況は、すべての国民に医療保険が義務付けられているドイツにおいても同様である。両国の公的な医療機関は、社会的な役割を果たしてきたが、経営改善を余儀なくされる現状におかれている。 本稿は、高齢化社会に向けて、さらに将来増加する医療費に対する財政処置を基盤に実施された医療改革からくる医療経営の改善に注目する。収益の大部分が診療報酬で占められる医療機関に、組織再編とともに企業会計を導入することの意義について考察することにする。 Ⅱ 国及び自治体の財源を基盤に運営されてきた国公立病院 わが国の医療機関の種類は、開設者別にみると、旧国立病院(現:国立病院機構)、公立[自治体]病院(都道府県、市町村等の地方公共団体が開設する病院)、その他公的病院(日赤、済生会、 厚生連、北社協が開設する病院等)、社会保険関係団体病院(全社連、厚生年金事業振興団、船員保険 会、各種共済組合及びその連合会等の社会保険関係団体が開設する病院等)4)に分類される。この分類のなかで、旧国立病院は、中央省庁等改革の 一環として改革が行われ、また公立病院は、各自治体の財政改革とともに改革が行われている。 行財政改革と関係している国公立病院の経営改善において、組織再編とともに企業会計が及ぼした影響に研究の視点を置いている。わが国の医療は国民皆保険制度をとっていることから、 医療改革は、マクロ的観点からみて、財政改革と密接に関係している。またミクロ的観点からみて、医療改革は「費用対効果」による組織の経営改善に視点が向けられた。そのことが、これまでの官庁会計から、経営業績の評価と管理 (経営分析)を可能とする企業会計への移行をもたらした。 同様に、従来、わが国の医療保険及び介護保険制度にもっとも影響を及ぼしたドイツでも、 国(Staat)、連邦(Bund)、州(Land)、町(Stadt)、 郡(Kreis)等の医療機関の経営改善のため医療改革が行われている。ドイツの医療機関は、公的医療施設、非営利医療施設、民間医療施設と3つに分類されている5)。その背景には、高齢化社会にともなう医療費が年々上昇傾向にあり、それは財政を揺るがすものとなっていることがある。その結果、公的医療施設が民間医療施設に再編され、或は民間医療機関に買収されている(民営化)という現状がみられる。 次に、両国の医療機関の経営改善のため、経営組織が再編され、それにともなう会計制度に変化がみられることに焦点をあてることにする。したがって国立及び公立の医療機関へ民間的経営手法と企業会計を導入したことは、医療経営組織にどのような影響を及ぼしているかという4事例をとおして、非営利法人組織における 「会計の役割」を探究することにする。 Ⅲ わが国の国公立病院改革 日独の医療改革における「会計の役割」を探究するために、表1で示すように日独の医療改革を区分比較しながら考察する。まずは医療経営の改善基盤は民間的経営手法の導入、経営組織の再編にある。さらに経営業績の評価及び管理をするのが「会計の役割」である。以上の仮説のもとで、論究することにする。 前述の開設者別の病院の種類のなかで、従来の国公立病院における公会計では、補助金による運営、他会計繰り入れの会計処理が行われ、経営組織自体の経営業績を評価し、また管理するには不明瞭な会計処理であった。国公立病院は国及び自治体の財源を基盤に運営されてきたことから、国は行財政改革を行う一方、他方では医療機関には経営改善を求めた。つまり公立病院の場合には、総務省が「公立病院改革ガイドライン―実施プラン―調査結果」(Plan-DoSee-Check)に従って、企業会計の経営分析指標 「効率化にかかる目標数値例」を示し、自治体に公立病院の経営改善を迫った。 またこれまで民間医療機関では果たせない社会的役割を担ってきた旧国立病院の経営改善にも、以下のように企業会計の導入がみられる。 表1 日独医療改革の比較 出所:総務省及び厚生労働省資料、ドイツ商法及び社会法資料に基づき作成した。 *制度化されていない任意開示 (Röhn-Klinikum AG)。 1 国立病院の医療改革 国立病院は、2004年に独立行政法人国立病院機構(以降:国立病院機構)として中央省庁等の改革の一環として再編された。もともと国立病院は、旧陸海軍病院(146施設)を引き継いで発足し、戦後のGHQ(General Headquarters:総司令部(連合国最高司令官総司令部))の占領下で再編及び統合の過程を経て、採算性のない病院及び療養所は廃止された。2004年に本部の他に、 九州ブロック、中国四国ブロック・近畿ブロッ ク・東海ブロック・関東信越ブロック・北海道東北ブロック等、6ブロックに区分された。本部を入れて、143の国立病院機構として、厚生労働省の所管のもとで医療改革が行われた6)。 これまで当機構は特別会計であったが、2004年以降は企業会計原則が導入され、以下のような改革が進められてきた。 1)組織のスリム化として人件費削減、つまり国家公務員が減らされる。 2)余剰資産等の売却が行われ、また病院の統廃合及び再編、さらに国立病院の跡地が   売却されて、国庫に納付された。2014年には143病院(本部を含め)になる。 3)財政支出の削減のために、2009年から2011年にわたり運営費交付金が削減される。  4)その他、契約の適正化、共同購入によって、医療品の見直し及び医療機器の拡大等   に取り組むことで、診療業務部門(事業) 等に要する費用の削減が図られる7)。 以上の改革に基づき、人件費、運営費交付金、 医療費等の費用削減をめざした経営改善に、次のように企業会計が導入された。 当該機構の財務諸表は、独立行政法人会計基準に従って作成される。しかしこの基準に規定されていない会計処理は、企業会計原則に準拠することとなる。独立行政法人通則法 (以降: 通則法)第38条第1項により、毎事業年度、財務諸表を作成し、当該事業年度の終了年後3か月以内に厚生労働大臣に提出して、その承認を受けなければならない。なお通則法第39条に従って財務諸表、事業報告書(会計に関する部分に限定される)及び決算報告書について、監事の監査の他に、会計監査人の監査を受けなければならない。この会計監査人の選任は厚生労働大臣が行う8)。 以上の会計手続きのもとで、本部は143機構の統括財務諸表を作成している。その際、企業会計でいう部門別、つまり診療業務部門、研修教育業務部門、臨床業務部門等に区分された財務諸表(注4の会計規程第3条参照)が開示されている。また当該機構の総括財務諸表から明らかになるのは、表2に示すように、運営費交付金の減少に対して医業収益の上昇につとめていることである。 表2では、独立行政法人化後の企業会計導入 によって、2004年~2014年損益計算書(収益部) に表示された医業収益は上昇傾向にある。また グラフ1に示すように、貸借対照表における長期借入金の減少から支払利息の費用も減少傾向にある。このような国立病院機構内部における預託及び借入が本部を中心とした機構間で行われ、内部資金を保有するしくみとなっている。 企業会計導入前、2004年以前の決算書では、 旧国立病院は、「国立病院特別会計法」(昭和24年法律第190号)にもとづき特別会計をとっていた。独立行政法人化前の旧国立病院の財務諸表 (貸借対照表、業務費用計算書、資産・負債差額増減計算書、区分別収支計算書、注記)が開示されている。当該決算書では、他会計からの受け入れ (65,056百万円)が行われ、本来の医療機関としての診療収入(76,985百万円)と比較すると、約85%が他会計から繰り入れられている。その他、 旧国立病院の決算書では、一般会計への繰り入れ、国際整理基金特別会計への繰り入れ等、各国立病院の資金繰入の調整が行われ9)、各旧国 立病院自体の医療経営状況は不明瞭である。 表2 統括損益計算書における収益の部 出所:独立行政法人国立病院機構 : 平成16年度~平成25年度財務諸表より作成した。千円以下は四捨五入している。 グラフ1 長期借入金と支払利息の関係の推移 出所:独立行政法人国立病院機構平成16年度~平成25年度財務諸表より作成した。千円以下は四捨五入している。 2 公立病院の医療改革 他方、総務省の所管のもとで、公立病院の医療改革は、前述したように、2007年ガイドライン、2009年プラン、さらに2010年から実施調査結果が公表されている10)。この調査結果にしたがって、表3に設定された平均的経営目標指標から判断して、2007年~2014年までの間に、表4の結果からも公立病院では民間的経営手法が導入されて経営改善が行われていることが明らかになる。 公立病院は、自治体の地方公営企業と位置づけられ、財政健全化法(地方公共団体の財政健全化に関する法律[健全化法2009年])に従って進められた。健全化法に基づき財務状況の悪化した公立病院の経営見直しが行われる背景には、地方公共団体の財政を客観的に表示し、財政早期 健全化と再生の必要性を判断するもの(健全化判断比率)として、①実質赤字比率、②連結実質赤字比率、③実質公債費率、④将来負担比率等の4つの指標が掲げられ、それに基づき、健全化判断比率のいずれかが、早期健全化基準以上である場合には、当該健全化判断比率を公表して、年度末までに「早期健全化計画」を策定し、さらに再生判断比率(健全化判断比率のうちの将来負担比率を除いた3つの指標)のいずれかが 財政再生基準以上である場合には、同様に財政 再生計画を策定すること等が義務付けられた11)。 これらの比率の基準設定は、表5で示すように、公立病院の経営指標とともに開示されている。 この比率の基準に適合しない自治体は、公営企業の赤字及び債務を含めた連結評価が余儀なくされ、経営状況の悪い公立病院は自治体との連結評価からの切り離しが行われることとなった。その結果、公立病院は、独立行政法人化、 指定管理者制度、民間譲渡という組織替えの選択をせざるをえないことになる12)。これまで公立病院の経営状況が良くない場合には一般会計負担金の繰り出しが行われ、自治体からの地方交付税或は国庫補助金による補助が行われてきた。2009年度から2013年度までには公営企業法の財務適用が全部適用になった病院は114から 2013年度末には358となった13)。 経営指標の数値は、企業会計の経営分析によって設定された数値である。従来の経常収支 が赤字であった病院数を黒字の病院へ引き上げるための目標数値である。つまり経営業績を評価し、管理(外部管理と内部管理)する会計が、 表5で示す公立病院の経常収支比率を引き上げ、 病院経営改善のための目標指標となった。 厚生労働省は、わが国の医療機関における共通した会計基準を設定するために、他開設主体の独自の会計基準があることも考慮して、「医療法の一部を改正する法律の一部施行について」(1992年健政第418号通知)において、病院を開設する医療法人の会計処理は、原則として 「病院会計準則」により会計処理するものとしている」(同通知第三2⑵)と定め、国公立病院は、病院会計準則に従って財務諸表を作成し、公開している14)。 他方、公的医療機関の減少は、ドイツにおける設置者別の医療機関数の推移(グラフ2)にみることができる。 表3 総務省による公立病院改革における経営効率化にかかる目標数値例 出所:総務省、『公立病院改革ガイドライン』「経営効率化にかかる目標数値例、2007年より抜粋。病院規模及び採算性の有無に従った経営効率化の目標値を公表しているなかで、別紙1で、上表のような「主な経営指標にかかる全国平均値の状況:平成18 年度」を示している。 表4 地方公営企業における病院事業の組織再編 出所:総務省、「地方公営企業の抜本改革の取組状況」(平成25年4月現在)の調査状況が示されているが、この報告書では公営企業型地方行政法人制度の導入の病院数については、まだ明確な結果は得られなかった。 表5 公立病院の全国平均経営指標 出所:総務省、公立病院『病院経営分析比較表』より作成した。 グラフ2 ドイツ医療開設者別の医療施設数 注1)教会、福祉、民法上の財団、非営利法人団体の施設。 出所:Statistisches Bundesamt, Gesundheits,Kostennachweis der Krankenhäuser, 2009, S. 3, S.13 より作成した。 Ⅳ ドイツにおける医療機関改革 グラフ2が示すように、ドイツの医療機関は、連邦統計局の統計では3つの医療機関開設者 (Trager)に分類され、公的医療機関は減少傾向にある。それに対して民間医療機関は増加している。これは、不採算の公的医療機関が廃止或いは統合されたか、または民間の医療機関に買収されて、公的医療機関が減少していることを示している。 公的医療機関の減少の根拠には、2つの民営化がある。1つめの民営化は、公的医療機関の組織変更である。2つめの民営化は、大規模な民間病院による公的病院の買収(M&A)である。すなわち州、郡、市、町の公的医療機関、大学病院等、赤字経営に陥った医療機関は、形式的民営化(組織変更等)、或は実質的民営化(民間医療機関へ譲渡或は買収される等)の選択肢をとらざるを得ない15)。 その2つの民営化の事例を取り上げて考察する。 1 公的医療機関の民営化 代表的な形式的民営化には、Vivantes GmbH16) が挙げられる。この医療機関は、2000年公的組織から有限会社(GmbH)へ組織再編した。この組織再編直後は、表6に示すように、損失が生じていた。しかし組織変更後は、人件費の削減につとめ、企業と同様に、商法に従った個別決算書と連結決算書を作成している。2000年に民営化した公的医療機関は、2008年までに経営戦略が実行されることになっていた(表7)。そのため、経営における費用削減は人件費、病床数に向けられている(グラフ3)。 Vivantesは、ベルリン州100%所有の有限会社へ組織替えをした。この組織替えによって、ベルリン州の資本所有のもとで、商法(HGB) の会計規定に従って、Vivantes GmbHグループの連結決算書が作成されることになった17)。 2つめの民営化は、公的医療機関が企業によって買収されるケースである。 グラフ3 国州立医療病院グループの病床数と入院患者数の推移 出所:Vivantes Kliniken GmbH, Geschäftsbericht 2004 ~ 2013 より作成した。 表6 ドイツ国州立病院 (Vivantes Kliniken GmbH) グループの組織再編直後の営業状況 出所:Vivantes Kliniken GmbH, Geschäftsbericht 2003~2005 より作成した。( )は損失である。/は開示されていない。 表7 ドイツ国州立病院 (Vivantes Kliniken GmbH) グループの営業状況 出所:Vivantes Kliniken GmbH, Geschäftsbericht 2004~2013 より作成した。/は開示されていない。 2 企業買収による民営化 これまでドイツの医療市場を支配していたの は、HELIOS-Klinike GmbH, Asklepios-Kliniken GmbH, Röhn-Klinikum AG, Sana-Kliniken AGの4つの大規模民間医療機関グループであった。これらの4つの医療機関グループがドイツの医療市場の大部分を占めている。基本的には病院を中心として、リハビリ、介護、診療所等の施設と連携した組織となっている(表8)。 しかし2013年以降、これまで多くの医療機関を買収してきたRöhn-Klinikum AGが、医薬品及び医療機器の開発、製造、販売会社である Frezenius欧州株式会社の傘下にあるHELIOSKliniken GmbHに買収され、2014年には欧州における最大の医療機関グループが誕生した18)。 Röhn-Klinikum AGは、これまで大学病院、公的医療機関を買収してきた。2006年には買収した12施設の医療機関のうち、9施設は公的医療機関である。またAsklepios-Kliniken GmbHも、 これまで州立病院(LBK Hamburg)等を買収してきた。表9に示す民間医療機関による公的医療機関の買収は、実質的民営化とみなされる。 医療機関の統合は、製薬及び医療費の上昇傾向に対処するための現象である。また医療からリハビリ、介護等のサービスの拡張は、医療機関のグローバル化を進め、これまでの間接金融の資金調達が、資本市場における資金調達である直接金融へ移行することになった。そのことは、会計制度にも影響している。つまり欧州証券取引所へ進出する上場企業と同様に、国内の会計基準に従った連結決算書に国際的財務報告会計基準(IFRS)を適用した財務諸表が開示されることになる19)。 表8 ドイツ4大コンツェルン医療機関の病床数と従業員数 出所:Röhn-Klinikum AG, HELIOS-Kliniken GmbH, Asklepios-Kliniken GmbH, SANA-Klinken AG, Geschäftsbericht 2008-2012より作成した。 表9 2003年~2004年における主要な買収医療機関 出所:Zech, Markus, Die Privatisierung öffentlicher Krankenhäuser in der Bundesrepublik Deutschland, S. 28. in : Gesundheitsreport HPS Research vom 05. 01. 2004. より抜粋。 Ⅴ 非営利組織における「会計の役割」 以上、わが国における公的医療機関の医療改革とドイツの2つの民営化にみられる会計制度の変化をとおして、非営利組織における「会計の役割」について考察してきた。そのなかで、「非営利組織における会計の目的と非営利組織の特殊性から、①内部管理の目的、つまり組織の課題遂行のために、管理は実質的に会計情報に遡ることになる。②外部管理の目的、営利組織と同様に非営利組織においても情報の非対称性から、公開された会計情報が投資家の意思決定にとっても重要となる。」20)ということがいえる。つまり両国の医療改革は、非営利組織に 「営利組織における会計」の影響を及ぼした。 Ⅵ おわりに これまでの日独の医療改革をとおして、非営利組織における「会計の役割」について検討した。その際に、前述した医療制度改革の3つの骨格のもとで、多面的に医療改革が進められてきた。厚生労働省の所管のもとで、医療経営改善のために、組織内部では、さまざまな医療改革(DPC導入、看護基準、病床数削減、ジェネリック製薬の利用、医療ミス等の危機管理等)が行われている。そのなかで経営改善のために、経営組織の再編、民間的経営手法の導入がみられる日独の医療改革を比較して「会計の役割」を考察してきた。 その結果、「小規模の非営利組織では、最も簡単な形式で収支計算ならびに財産目録だけが会計に含まれていた」21)。しかし、これは複雑な営業取引を記録する必要がなかった組織である場合である。組織の規模が大きくなると、比較的複雑な取引を対象とすることから、会計の表示能力にも複式簿記が必要となる。これを基礎として年度決算書が作成される。組織の規模に従った損益計算書、貸借対照表、附属明細書等の財務諸表が求められる。さらにキャッシュフロー計算書、自己資本変動計算書、状況及び 業績報告書が必要となる。したがって連結財務諸表では、多くの連結組織において要約された年度決算書が含まれた会計情報が求められることになる22)。従来の行政と自治体(たとえば官庁)の伝統的な会計制度であるカメラル会計 (Kameralistik)は、「成果経済の意思決定の資料としてはますます否定され、実務の意義は消失している」23)とあるように、簡単な収支計算だけにとどまらず、これまで述べてきた非営利組織を取り巻く現状を考慮すれば、この見解は無 視できない。 本稿では言及しなかったが、医療経営の改善には「医療の質」の維持及び向上が重視されなければならないことは言うまでもない。非営利法人組織における「会計の役割」に絞って考察した。 その結果、非営利法人組織の会計は、「費用対効果」の経営改善が求められる以上、経営の業績評価と管理(外部管理と内部管理)のための役割を担うことになる。さらに資金調達方法に従った資金提供者に対する会計報告が求められる「説明責任」の役割を担うことになる。 本稿は、非営利法人組織における会計の役割について、具体的な会計処理による医療経営に及ぼす影響と資金調達方法に従った「説明責任」については、今後の研究課題である。 [注] 1) 杉山幹夫、石井孝宜、五十嵐邦彦編著『医療法人の会計と税務』(八訂版)、同文館出版、 2014年、7頁。 2) 本稿で、非営利法人組織としているのは、営利を目的にしていない組織と法人を対象としている。というのは地方公営企業の公立病院、また民営化された病院は民間病院として法人格を有しているので、医療改革をとおして、組織が公から民への移行にした法人を含めた 非営利組織に言及しているからである。 3) Zimmer, Annette/Priller, Eckhard/ K.Anheier, Helmut, Der Nonproft-Sektors in Deutschland, in:Simsa/Meyer/Badelt (Hrsg.), Handbuch der Nonprofit-Organisation,5. Auflage, Stuttgart 2013, S. 15. 4) 厚生労働省大臣官房統計情報部人口動態・保健社会統計課保健統計室「医療施設調査・病院報告」で開設者別の病院が分類されている (厚生労働省[http://www.mhlw.go.jp/]参照)。 5) Statistisches Bundesamt,Gesundheits 2013, Grunddaten der Krankenhäuser, Anteil der Krankenhäuser nach Trägerschaft 2013. 連邦統計局の統計によれば、2013年には1996病院 数のうち、公的病院が占める割合は29.9%、 非営利病院は35.4%、民間病院は34.8%を占め ている。 6) 2003年独立行政法人国立病院機構(http:// www.hosp.go.jp/)。2015年4月以降国立病院機構の従業員は非公務員となる。 7) 厚生労働省、『独立行政法人国立病院機構の組織・業務全般の見直し当初案について』、 (平成25年9月26日)、「国立病院改革案について」説明資料参照。 8) 国立病院機構、独立行政法人国立病院機構会計規程(平成16年4月1日規程第34号)第1章  総則 第2条参照。 9) 「国立病院特別会計事業の概要」(厚生労働省http://www.mhlw.go.jp/参照)。 10) 総務省、公立病院改革ガイドライン(平成19 年12月24日)、公立病院改革プランの実施状況 等(平成23年9月30日現在)、公立病院改革プラン実施状況等の調査結果(調査日:平成26年3月31日)参照。 11) 総務省、「平成24年度決算に基づく健全化判断比率・資金不足比率の概要」(平成25年11月29日)9頁。 12) 総務省、公立病院改革ガイドライン(平成19 年12月24日)参照。 13) 総務省、「公立病院改革の概要」(公立病院改革プランの実施状況等)5頁、資料3参照。 14) 拙稿、「公立病院改革における現状と課題― 民間的経営手法の導入による会計の役割を通して」『経理研究』第57号、189-190頁(2014年3月10日)。みすず監査法人編著『病院会計と監査』じほう、3-10頁、2007年。 15) Bericht der Arbeitsgruppe des Vorstandes der Bundesärztekammer, Zunehmende Privatisierung von Krankenhäusern in Deutschland, 2007, S.45. 16) Vivantes GmbH Gesundheit, Geschäftsbericht  2013, S.1. 17) Vivantes GmbH Gesundheit, Geschäftsbericht  2003-2013. 18) 拙稿、「ドイツ医療機関の現状と経営分析─ 会計的観点からの我が国の医療改革との関連において─」『会計』第182巻第2号、124- 138頁、2012年。 19) 拙稿、「非営利組織への民間的経営手法導入における会計の役割─公立病院の医療改革を中心として─」『会計』第184巻第3号、20- 25頁、2013年。 20) Horak, Christian/Baumüller, Josef, 9. Controlling und Rechnungswesen in NPOs, in:Simsa/Meyer/Badelt(Hrsg.), a. a. O., S. 322-323. 21) Simsa/Meyer/Badelt (Hrsg.), a. a. O., S. 323. 22)Simsa/Meyer/Badelt (Hrsg.), a. a. O., S. 324. 23)Ebenda. [参考文献] Bruhn,Manfred,Qualitätsmanagement für Nonprofit-Organisationen,Wiesbaden 2013. Kuntz, Lüdwig/Bazan, Markus(Hrsg.), Management im Gesundheitswesen,Wiesbaden 2012. Simsa/Meyer/Badelt(Hrsg.), Handbuch der Nonprofit-Organisation,5. Auflage,Stuttgart 2013. Steymann, Gloria, Vertrauen bei Megers & Acquisitions, Wiesbaden 2012. あずさ監査法人編『公立病院の経営改革』同文館出版、2010年。 新日本有限責任監査法人編『独立行政法人会計基準』白桃書房、2013年。 杉山幹夫、石井孝宜、五十嵐邦彦編著『医療法人の会計と税務』(八訂版)、同文館出版、2014年。 みすず監査法人編著『病院会計と監査』じほ う、2007年。 [参考論文] 拙稿「公立病院改革における現状と課題─民間的経営手法の導入における会計の役割を通して─」『経理研究』No.57、184-198頁、 2014年。 ──「非営利組織への民間的経営導入における会計の役割─公立病院の医療改革を中心として─」『会計』第184巻第3号、15-28頁、2013年。 ──「医療改革のもとでの病院経営分析の課題─ドイツ・コンツェルン医療機関を中心として─」『経理研究』No.56、300-316頁、 2013年。 ──「ドイツ医療機関の現状と経営分析─会計的観点からの我が国の医療改革との関連において─」『会計』第182巻第2号、124 -138頁、2012年。 (論稿提出:平成26年11月28日) ( 加筆修正:平成27年3月30日)

  • ≪査読付論文≫公益法人制度の昭和改革と平成改革における組織転換の研究1) / 出口正之 (国立民族学博物館教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 国立民族学博物館教授 出口正之 キーワード: 公益法人制度改革 上方転換 中間転換 下方転換 クリープ現象 公益目的支出計画 学校法人 社会福祉法人 要 旨: 本稿は「明治以来の110年ぶりの改革」と言われる公益法人制度改革について、あえて第 二次世界大戦後の公益法人から学校法人・社会福祉法人への組織変更を「昭和改革」とし、 今般の「平成改革」での移行とを比較したものである。組織変更と移行とを「転換」とい う用語で一括りにした上で、昭和改革の組織変更は制約と効果の増大を明確にもたらす「上 方転換」、平成改革のうち一般法人への移行を制約と効果の減少を明確にもたらす「下方転 換」、公益法人への移行を両者の中間にある「中間転換」と位置づけた。その上で、政策人 類学的な手法を用いながら、今改革の中で「行政の法令に対する忍び寄る歪み」として定 義される「クリープ現象」の存在を明らかにした。 構 成: I  はじめに II 私立学校法・社会福祉事業法の成立と学校法人・社会福祉法人 III 「上方転換」としての学校法人・社会福祉法人への組織変更 Ⅳ 平成改革における移行 Ⅴ 一次資料から見る学校法人・社会福祉法人の組織変更 Ⅵ 平成改革の「フィールド」の実態 Ⅶ 平成改革における「クリープ現象」 Ⅷ おわりに Abstract This research compares the Showa reform with the Heisei reform of Public Interest Corporations (PICs), although the radical reform of PICs in 2008 is explained to be the first reform in 110 years since enforcement of Civil Code in Meiji era. The Showa reform of PICs is new legislation for School Corporations and Social Welfare Corporations enacted in 1950ʼs. Changing into School Corporations and Social Welfare Corporations from PICs causes, definitely, to increase both legal effect and regulatory oversight, transformation to School and Social Welfare Corporation is named as “Upper Transformation” and moving to General Corporations from PICs is called as “Lower Transformation” adversely. Changing into new PICs from old PICs is between them and is installed as “Mid-stage Transformation”. Taking the anthropology of policy, the paper finds “Creep Phenomena” of the new reform that is defined as “ministerial creeping skew to laws”. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 今般の2006年の「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」(平成18年法律第48号。以下 「一般法」という)、「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」(平成18年法律第49 号。以下「認定法」という)、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律及び公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(平成18年法律第50号。以下「整備法」という)のいわゆる公益法人制度改革関連三法に伴う公益法人制度改革は「明治以来の110年ぶりの改革」と形容されることが多い(たとえば内閣府2014a、公益法人協会2014)。もちろん、公益法人の民法の関連規定を改正したのは、110年ぶりのことであり、こうした主張は疑いようがない。しかし、第二次世界大戦後の私立学校法(昭和24年12月15日法律第270号)の成立による学校法人の創設、社会福祉事業法(現社会福祉法。昭和26年3月29日法律第45号)の成立による社会福祉法人の創設は決して小さな出来事ではなかった。現代の公益法人制度改革と比較した場合、第一に、公益法人から別法人への「組織変更」ないし「移行」 (両者を指す用語として本稿では以下「転換」という 用語を使用する)が行われたこと。第二に多数の法人が関わったこと。第三にそれらの転換が期間集中的に役所の管理下のもとで行われたこ と。以上3点の共通点が認められる。そこで、本稿では、第二次世界大戦後の両法の施行並びにそれに伴う組織の変更を公益法人の「昭和改革」と呼び、今般の改革を「平成改革」と称して両者を比較してみることとした2)。 学校法人、社会福祉法人の誕生によって裁量権に着目して「許可主義から認可主義の原則」 へと変わったという理解が一般的である(たとえば田中1980)。ただし、学校法人については立法に関わった福田繁・安嶋彌(1950)が学校法人の設立は特許であるとしており、特許説、認可説についても諸種あるところである(市川2004)。また、昭和改革の時には行政手続法(平成5年11月12日法律第88号)が存在しなかったことにも留意が必要だ。こうした観点から「昭和改革」においては、公文書などできるだけ一次資料に当たりながら、法律との距離感を見るこ とによって組織変更の実態を探った。また、平 成改革については、「政策人類学」(anthropology of policy)を提唱するShore and Wright(1997) における「フィールド」の定義に基づき、「フィールド」の現場を踏まえた。Shore and Wrightの定義する「フィールド」とは、「政策 は政府のプロセスやエージェントの強力な概念的な分析道具となる。それは『フィールド』の抜本的な再概念化という可能性を秘めている。 つまり、フィールドとは、限られた地域的な部分としてのものではなくて、権力とガバナンスのシステムを通して明瞭に区切られた社会的かつ政治的な空間として存在する」(Shore and Wright 1997:p.14)というものである。ここで再概念化しようとする、もともとのフィールドとは社会人類学者がフィールドワークを行う場としてのフィールドであるが、それを「権力とガバナンスのシステムを通して明瞭に区切られた社会的かつ政治的な空間」として、再定義することによって、社会人類学者もその研究対象 に入っていくという宣言である。これは、言い換えれば、社会人類学者による政策研究の開始宣言に近いものといえるだろう。 Shore and Wrightはヨーロッパを研究対象としていた社会人類学者であったが、EUの政策を目の当たりにして、政策研究に独自の文化的視点を入れてきたものである。近年では、観光、マーケティング等の分野を研究対象として、人類学の素養を使用する「応用人類学」という分野が注目されているが、広い意味では政策人類学もそのような範疇にも入るものと考えられる3)。 筆者は第1期、2期(2007-2013)の内閣府公益認定等委員会委員として直接移行認定、移行認可の作業に関わった。そこは言うまでもなく「権力とガバナンスのシステムを通して明瞭に区切られた社会的かつ政治的な空間」である。 移行認定・移行認可の状況を把握し、単に法律上の相違だけではなく、「フィールド」で得られた知見と共に両者を比較した。そのような手 法をShore and Wrightに依拠して「政策人類学」と呼ぶならば、本研究は「政策人類学的手法」を用いた政策研究となる。ただし、依拠したものはすべて公表資料に限定した4)。 Ⅱ 私立学校法・社会福祉事業法の成立と学校法人・社会福祉法人 第二次世界大戦後、学校に対して公金の拠出が望まれていたが、憲法第89条には「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない」の後段(下線部 引用者)の解釈により、 公金の支出ができないものと考えられていた。 そこで、助成に関する必要規定を新たに設けて、公益法人とは別枠をつくることが構想された。そのことで「公の支配」に属する教育の事業で あることを示し、学校法人というものが設けられたのである(福田・安嶋1950、長峰1985、初谷 2001、堀2007)。 私立学校法では、評議員や残余財産の取扱いなどが盛り込まれ、さらに民法34条法人では法律上疑義のあった、収益事業が明確に規定された5)。私立学校法の成立に直接関与した福田繁・安嶋彌によると、監督を規定した私立学校法第5条は監督の制限、監督事項の限定列挙であり、他方で同法59条は憲法89条の「公の支配」との関係から、助成を受けた学校法人及びその設置する学校に対して、所轄庁は学校教育法等に規定する監督権外の規定を設けたものであるという(福田・安嶋1950)。 社会福祉事業法についても、基本的には先行した私立学校法と同様の理由があげられる(木村忠二郎1951)。ただし、この間のGHQの影響がより一層明確に指摘されている(吉田1989、秋葉2008,2009)。GHQは昭和21年10月「政府の私設社会事業団体に対する補助に関する件」で、 国庫資金及び府県または市町村は、私設社会事業団体の創設・再興に補助金を交付してはならないとの通牒を、都道府県に発することを厚生大臣に迫ったこととされている(吉田1989: 336)。このような「公私分離」についてのGHQ の影響と憲法89条問題については、社会福祉法人研究ではすでに定説化しているといえる(例えば、安立清史1998,2008)。 Ⅲ 「上方転換」としての学校法人・ 社会福祉法人への組織変更 昭和改革において、公益法人からの新法人への組織の変更は寄附行為(ないし定款)の変更の認可に伴う「組織変更」という形態がとられた(私立学校法附則第3項、社会福祉事業法附則第12項)。平成改革では、移行期間中に存続する旧公益法人である「特例民法法人」(整備法第42条)はいったん解散の登記を行って新法人を登記する「移行」が行われ(整備法第106条第1項)、この点は大きな違いである。 私立学校は、「この法律施行の際現に民法による財団法人で私立学校(学校教育法第98条の規定により存続する私立学校を含む。)を設置しているもの及び学校教育法第98条の規定により存続する私立学校で民法による財団法人であるもの (以下「財団法人」と総称する。)は、この法律施行の日から一年以内にその組織を変更して学校法人となることができる(附則第2項)」となっており、具体的手続きとして、組織変更のため必要な寄附行為の変更をし、所轄庁の認可を受けなければならない(附則第3項)と、「所轄庁の認可」による寄附行為の変更によって組織変更を行うこととしていた。なお、財団法人の寄附行為の変更に当たっては、「この場合においては、財団法人の寄附行為に寄附行為の変更に関する規定がないときでも、所轄庁の承認を得て理事の定める手続により、寄附行為の変更をすることができるものとする」(附則第3項後段) と寄附行為変更特例が定められた6)。 社会福祉事業法でもほぼ同様の規定が設けられた。「この法律の施行の際、現に民法第34条の規定により設立した法人で、社会福祉事業を経営しているもの(以下「公益法人」という。)は、 昭和27年5月31日までに、その組織を変更して社会福祉法人となることができる」(社会福祉事業法附則第11項)。定款または寄附行為の変更の厚生大臣の認可と、寄附行為変更の特例(附則 12項)が定められた。両者の違いは、私立学校が財団法人に限った組織変更であるのに対して、社会福祉法人は社団法人及び財団法人である点と、前者は所轄庁の認可、後者は厚生大臣の認可とされていた点である。 両者は民間の自主性という前提はあるものの、 助成金や補助金など公的資金を受け入れることを可能にするという効果と「公の支配」を明確 化するための監督の強化という制約を受け入れるということが盛り込まれた形での制度ができ上がり、組織変更が行われたのである。公益法人との比較においては、明らかに効果も制約も大きくなる組織転換であるので、ここではそれ を「上方転換」と呼んでおこう。 なお、ほぼ同時期の改正医療法に基づく医療法人の新設は、民法34条法人設立の簡易化を目指したものである。昭和25年の国会での立法趣旨説明では「病院等を建設して、医療事業を行おうとする場合においても、その経営主体が法人格を取得することが困難であつて、(中略)本事業の経営主体に対して、容易に法人格取得の道を与えるために、この際医療法の一部を改正して、医療法人の章を追加しようとするものであります」(国会議事録1950a)と述べられている。 つまり、医療法人制度の新設は学校法人等とは方向性が逆で、新設の法人の設立簡易化のためにつくられた制度である。制度の対象は、既存公益法人ではない新設法人で、民法34条法人からの「転換」は想定されておらず、解散して新規に医療法人になる道はあるものの税の観点を含めてメリットがない旨の国会答弁もわざわざなされている7)。これは特定非営利活動促進法が施行されても、公益法人から特定非営利活動法人への転換が意図されていないことと同じである。そこで、学校法人・社会福祉法人との相違が明確になるように、転換の必要性が立法時に意図されて無いという意味でこれを「無転換」と呼んでおこう。 Ⅳ 平成改革における移行 1 「中間転換」としての公益法人への移行 公益法人の平成改革は以下の三点から成り立っている。第一に公益法人の設立の許可及び 監督を主務官庁が行う旧来の制度を改め、登記のみで法人が設立できる制度を創設した(一般法)。 第二に、そのうち公益目的事業8)を行うことを主たる目的とする法人については、行政庁 (内閣総理大臣又は都道府県知事)が、民間有識者からなる合議制の機関の意見に基づき、公益法人に認定する制度を設けるとともに、公益法人による当該事業の適正な実施を確保するための措置等を定める制度を創設した(認定法)。 第三に中間法人及び現行公益法人に係る経過措置等を定めたものである(整備法)。  新規の認定である公益認定については認定法第5条に認定要件が列挙され、これまでのよう に不透明な許可及び指導監督から、法令に基づ く認定・監督へと変わった。 公益法人の平成改革における組織転換である移行については、平成20年12月1日の法律の施行から、従来の公益法人は特例民法法人となり (整備法第42条)、5年の間に公益法人への移行認定申請を行うか、一般法人への移行認可申請を行うこととなった(整備法44条、45条)。移行期間の満了の日までに移行の申請を行わなかった法人は解散したものとみなされる(整備法第 46条第1項)。 特例民法法人の公益法人への移行については整備法第1章第4節第4款(第98条-第114条) に、同じく一般法人への移行については同5款 (第115条-第132条)に規定された。昭和改革と比べるとほとんどのことが法律で規定されていた。移行認定においては、①定款の変更の案の内容が一般法及び認定法並びにこれらに基づく命令の規定に適合するものであること。②認定法第5条各号に掲げる基準に適合するものであることの二点をもって認定をすることとなっていた(整備法第100条) そこで、認定法第5条を概略見ていこう。いわゆる収支相償規定(6号)9)というフロー上の要件、遊休財産の保有の制限規定(9号)10)というストック上の要件、さらに公益目的事業比率50パーセント以上の公益目的性要件(8号)11) の財務基準が設けられた。これらはすでに「財務三基準」と呼ばれることが一般化している (たとえば、江田2012)。 その他に、「特別の利益」を与えないことなどの適正運営関連の要件が法定された。 また、従来、法令上、行いえたか否かが不透明だった収益事業等についても認定法第5条7号で「公益目的事業以外の事業(以下「収益事業等」という。)を行う場合には、収益事業等を行うことによって公益目的事業の実施に支障を及ぼすおそれがないものであること」(下線部 引用者)とされ、公益法人行政上初めて収益事業に関する規定が法定されたのである。なお、 ここでの「収益事業」は税法上、私立学校法上、さらに社会福祉法上の「収益事業」とそれぞれ異なることに留意が必要である(出口2014)。 なお、特例民法法人から公益法人への移行は、 寄附金に対する税制優遇のある特定公益増進法人となるものの、認定法の制約が従来の指導監督基準をベースにしていること、また、特例民法法人の中には既に特定公益増進法人であったものが存在することから、効果、制約の両者を比較しても、「明らかに上方転換」とも「明らかに下方転換」とも言えない。そこで、本稿では、特例民法法人から公益法人への移行については両者の中間にある「中間転換」と呼んでおくことにする12)。 2 「下方転換」としての一般法人への移行 公益法人制度の昭和改革は憲法89条の「公の支配」の強化に伴う「上方転換」であり、目的を変更して公益法人に留まるという選択肢まで剥奪されていなかったとはいえ、事実上、従来の活動を継続するには学校法人・社会福祉法人への組織変更を行わざるをえなかったものと考えられる。 これに対して平成改革で行われた移行では、 特例民法法人に対して、公益法人への移行認定または一般法人への移行認可への申請という2つの選択肢が明確に与えられていた。移行認定を受けた法人は、税制上の優遇措置をはじめとする効果を享受できるが、他方で、法令で求められた組織運営を行い、事後的監督に服し、認定取消しに伴うリスクを負うこととなる。このため、認定を受けるか否かは、認定により享受できる効果と認定に伴い服すべきものとなる制約とを法人自身が比較衡量した上で、その自主的な選択に委ねる制度となっている(整備法第 44条)。その結果、同種の特例民法法人が、一方は公益法人へと移行し、他方は一般法人へと移行するということも、事前に想定されていた。 また、「上方転換」である学校法人・社会福祉法人への組織変更、「中間転換」である公益法人への移行と異なり、一般法人への移行は、効果は小さくなるものの、制約もまた小さいわけであるから、「下方転換」と呼ぶべき組織転換であった。その際、移行については一旦、形式上、解散の登記をすることになるので(整備法第159条)、問題となるのは旧民法72条との法律的な整合性である。閣議決定においては、「財産の承継に関する条件を付すこと」とされており13)、法人の財産を承継しつつ、旧民法のシ・ プレ原則を保持させるという難しい立法技術を要する措置としての「移行後も公益目的に使用しなければならない財産額」(以下「公益目的財産額」という)を支出する「公益目的支出計画」 が盛り込まれた(整備法第119条)。その際「財産額の算定の考え方として、現行の公益法人が解散した場合の残余財産に相当する額ということで、公益目的財産額というものを考えるという形」(内閣府公益認定等委員会2007b)としていた。 認可の要件は、①定款の変更の案の内容が一般社団・財団法人法及びこれに基づく命令の規定に適合するものであること、②公益目的支出計画が適正であり、かつ、当該認可申請法人が当該公益目的支出計画を確実に実施すると見込まれるものであること(整備法117条)となっていた。 移行認定と同じく、移行認可についても、内閣総理大臣は公益認定等委員会(整備法113条第3項)に、都道府県知事は合議制機関(整備法 138条第3項)に諮問しなければならない。 Ⅴ 一次資料から見る学校法人・社会福祉法人の組織変更 1 学校法人の「上方転換」の「フィールド」 の実態 昭和改革については、国立公文書館において実際の組織変更の申請書・稟議書を調査した。学校法人については、私立学校法施行規則(昭 和25年3月14日文部省令第12号)附則第2項に従って、以下の書類が添付されている。学校法人寄附行為(新寄附行為)、財団法人寄附行為(旧寄 附行為)、理事会決議書、財産目録、不動産の権利の所属についての証明書、動産の価格評価書、有価証券及び預金の現在高証明書、変更後2年の事業計画及びこれに伴う予算書、役員の就任承諾書・履歴書・身分証明書及び教職的確確認書・判定書の写、役員のうちに各役員についてその配偶者または三親等以内の親族が含まれていないことを証する書類、私立学校の学則、財団法人の登記簿の謄本が添付されている。この中で詳細に記述されているものは財産目録である。会計の書類上、財産目録が最も重視されていたことがわかる。 当時の基本財産は土地、建物、設備、機械、 図書、標本、什器があげられ、いずれも実物資産である。他方で、運用財産は、株式・現預金を含む金融財産があげられ、その点でこの区分は極めて明瞭である。私立学校法で初めて明文の規定ができた収益事業に関しての土地・建物については、区分して計上されている。土地建物について登記簿の複写が添付され、動産については、動産評価委員会が設置され、評価を行っている。 また、身分証明書については本籍地の役所より、「1 禁治産、準禁治産の宣告を受けたことはない、2 破産、家資分散の宣告又は身代限の処分を受けたことがない」という証明書が発行、 添付されている14)。 以上の通り、学校法人に関しては、法令に則った形で、申請書類添付書が構成されている ことがわかる。事務作業は、手書きやガリ版刷りが駆使されており、二部を作成しなければならなかったことも併せて、1年の期間での法人の事務作業は相当大きかったものと推察される。 上申されている意見は、1.続き(適法である)、 2.変更後の寄附行為(適法かつ妥当と認める)、 3.資産(教育の継続上支障がないと認める)、4.新寄附行為にのっとって適法に選任された役員である、5.結論(認可して差し支えないものと認め る)となっている(カッコ内は標準的な記載)。但し、役員については、「当分の間、従前の役員とするものであるが、差支えないと思う。」という表記も認められており、新役員選任については、柔軟な対応がとられている。 2  社会福祉法人の「上方転換」の「フィールド」の実態 社会福祉法人については、「起案事由」として、学校法人の「1.手続きから5.結論」までの 「意見」と同様のものが添付されている。但し、 社会福祉法人の最終的な認可者は厚生大臣であり、都道府県の組織変更の申請副申書(都道府県の意見)も添付されている。都道府県作成による申請副申書は「1.総括的所見、2.調書、2 -1定款準則と相違する箇所、2-2事業、2 -2-1社会福祉事業、2-2-2附帯事業、 2-2-3収益事業、2-3資産の適当な理由、 2-4寄附財産、2-5事業計画、収支予算、 財源の適当な理由、2-6両局長通知記第一の三(イ)、(ロ)に関する意見、2-6-1役員の選考について法第15条に規定する公私分離の原則について、2-6-2役員の法人運営についての 理解と熱意、2-7その他必要と認める事項に関する報告若しくは意見(添付書類の内容、施設の届出認可等について)となっている。認可書に当たっては、北海道の財団法人Aの認可に関して以下のような記載もあった。 「申請書には左の点に不備があるので、認可書交付までに修正するよう北海道庁を通じて連絡済みである。1.定款第24条『掲示するか又 は』を『掲示するとともに』に改めること 2. 定款第13条第2項に「積立金9,028円96銭」を基本財産として挿入すること 3.昭和26年度又は昭和28年度予算書事業計画を追送させること 4.負債の返済計画をもっと具体的に作成すること 5.財産目録の負債の後に「差引正味財産 1,827,228円96銭」を入れること 6.役員の住所の番地について細かいミスがあるから修正すること 右の点の書類を具備すれば認可しても差し支えないものと思料する。」。 以上の通り、所轄庁が直接認可した学校法人と異なり、厚生大臣認可の社会福祉法人には都道府県を通じた法人とのやりとりの記載が残っている。申請副申書1総括的所見には、法人の設立の経緯や運営の状況とともに、熱意や理解に関する記述が特掲されており、同書2-6の 「両局長通知記第一の三(イ)、(ロ)に関する意見」 というものの存在が際立っている。 例えば、財団法人Aでは「(役員は)いづれも地域社会の民間人であり、法第5条に規定する公私分離の原則に違肯しない」となっており、民間人が役員を務めることが社会福祉事業法第5条の公私分離の原則の重要事項として認可の過程で確認されていたことがわかる。また「役員の法人運営に対する理解と熱意が充分に認められる」と評価されている(財団法人A組織変更  国立公文書館蔵)。 「公私分離の原則」については、法律上は、同5条第1項第2号(現社会福祉法第61条第1項第2号)の「国及び地方公共団体は、他の社会福祉事業を経営する者に対し、その自主性を重んじ、不当な関与を行わないこと」を根拠にしているものと考えられる。憲法89条を根拠に持つ「公私分離原則」から役員人事に民間人のみが役員を務めることが導き出されていたことは、 その後の公益法人天下り問題を考慮するうえで意義深い。また、(ロ)として役員の「理解と熱意」という精神要件が認可事項として特掲され ていたことが判明した。これは厚生労働省の 「『社会福祉法人の認可』について」に受け継がれ、「⑴理事は、社会福祉事業について熱意と理解を有し、かつ、実際に法人運営の職責を果たし得る者であること」という記述が現代も生きている。「熱意と理解」の解釈の運用によっては、所轄庁の裁量が非常に大きなものとなってこよう15)。 Ⅵ 平成改革の「フィールド」の実態 平成改革では、平成20年12月1日時点での 24,317法人のうち、5年間の移行期間中、実際の移行申請法人数(取下げ分を含む)は20,729法人。そのうち、公益認定申請数が9,054法人、一般法人への認可申請数が11,682法人であった (内閣府2014a)。筆者はこのうち、内閣府への移行認定申請の法人約2,000、移行認可申請の法人約2,000、新規の公益認定の法人約300の申請の「フィールド」に関わったことになる。 公益法人改革では、公益法人の実態が玉石混交であるという認識はほぼ共有されていた(内閣府2014a)。したがって、移行前の全法人がすべて公益法人へ移行するとは想定されていなかったので、特例民法法人の約4割が公益法人へ移行したが、この数字があながち少ないとは言えない。内閣府は、これまでの『特例民法法人の年次報告』を根拠にして移行前の公益法人のうち、総支出の50%以上で公益事業を実施していた法人も約4割という数字を根拠に、移行公益法人数の数字が見合っていると述べている (内閣府2014a)。これは、確かにその通りであるが、『特例民法法人の年次報告』における「公益事業」と認定法における「公益目的事業」とは内容が大きく異なることから、一概に、4割という数字の評価はできない。また、法人の自 主的な選択の結果でもあり、移行認定の数についてはほとんど計測すべき基準がない状態である16)。さらに、公益法人へ移行する具体的な法人数については予想する数字はほとんどないに等しい状況であった。唯一、依拠可能な数字として『平成20年度公益法人に関する年次報告書』(総務省)に記載された「本来の公益法人 数」20,711法人がある(総務省2008)。 11,682の一般法人への移行認可法人のうち、公益目的財産額が確定しているものが、3,366 法人(内閣府2014b)である。公益目的支出計画の終了の時期については、平成50年までが74.1%、平成51年以降のものが25.9%となった(内閣府 2014b)。ただし、中には、公益目的支出計画の期間が2000年を超えるような法人も出てきて批判もされている。 Ⅶ 平成改革における「クリープ現象」 平成改革における「フィールド」を踏まえた 上で、「時間の経過と法令との関係」という新しい視点を入れていきたい。これは、Johnson (2009)の「コンプライアンス・クリープ」の概念に刺激を受けたものである。Johnsonの概念は米国でSarbanes-Oxley法の規制を、法令上規制対象となっていない企業までが「コンプライアンス」として自発的に徐々に取り入れていく状況を述べたものである。さらにJohnson は監査法人が監査手法をSarbanes-Oxley法に合わせてしまうと、Sarbanes-Oxley法の対象となっていない全てのクライアントに対しても、同じ手法で監査してしまうことを指摘している。これは興味深い指摘である。Johnsonは明記してはいないが、もともと「クリープ(creep)」の 概念はレオロジーで頻繁に使用されていた概念であり17)、それを新規に援用してみたい。 もともとレオロジーでいう「クリープ」とは、一定の力を加え続けたときの固体の挙動、すなわち歪みをいう。加える力がある段階までは、元に戻る性質(弾性)を帯び、時間の経過とともに弾粘性、さらに力を加え続けると固体の挙動ではなく液体の挙動である粘性まで変化する。この加えた力と歪みについてレオロジーでは 「クリープ」と呼ぶ。法令に基づく行政の挙動は、形式上、当然一貫はしてはいるが、尺度を小さくして見ていけば、それが一定の幅を持って歪み得るものと考えられる18)。言い換えれば、法令の解釈の意図的な変更とまでは言えないものの、認定・認可・監督に影響すると思われる 「行政の法令に対する徐々に加えられていく歪み」が存在するものと仮定し、それをここでは 「クリープ現象」として定義したい。たとえば、「平成25年公益法人に関する概況」(移行期間の総括)」(内閣府2014b)には、「収益事業等は、あくまで本来の公益事業に付随して行われるべきものであり、認定法は、他の事業と区分して経理を行うことを求めている(認定法§19)」(下線部引用者)と述べている。 認定法第5条7号の収益事業等は同法第5条に掲げる特別の利益や公序良俗違反などの適用は当然受けるものの、「公益目的事業の実施に 支障を及ぼすおそれがない」ものであれば足り、「あくまで本来の公益事業に付随して行われるべきもの」については、公益認定等委員会1期、2期の間には、出てこなかった規制である。これなどは非常にわかりやすい「忍び寄る歪み= クリープ」であろう。こうした歪みはある一定段階までは元に戻すことは可能であろうが、臨界点を超えると制度そのものが変形してしまう。 以上のような観点から平成改革における「クリープ現象」を探し出すと、もっと微妙なものが「フィールド」で出てきた。移行認可における公益目的財産額については、前述の通り「認可を受けたときに解散するものとした場合において旧民法第72条の規定によれば当該特例民法法人の目的に類似する目的のために処分し、又は国庫に帰属すべきものとされる残余財産の額に相当するもの」(整備法第119条)というものであった。これについては、当初「一方的に法人の責めに帰すことはできないものの、今日的な意味での公益事業の比率が低下した一方で、経緯的に比較的大きな財産額を有する法人が多数存在しているという現実」を前提にして、「従来は法人を監督する上で、法人が保有する財産を『公益目的財産』と『収益事業等財産』 に区分するということを行ってこなかったという事実も踏まえる必要がある。今般の公益法人制度改革の目的は、『民による公益の増進』である。一般法人への移行認可への諸要件の定め方如何によって、公益目的事業を含む非営利活動の担い手である一般法人の財産を不必要に消耗させたり、あるいは、活動形態を必要以上に制約することにより法人のバイタリティーを消失せしめるようなことは、今回の改革の趣旨に沿っているものとはいえない」(内閣府公益認定等委員会2008b)というような趣旨が共有されていた。それゆえ公益目的財産額の算定に当たっては、「負債(資産の控除を含む。)として計上さ れている引当金(引当金に準ずるものを含む。)については、公益目的財産額の算定から控除する。 また、会費等の積み立てによる準備金等(法令等により将来の支出又は不慮の支出に備えて設定することが要請されているもの)については、負債として計上されていない場合であっても、法人において合理的な算定根拠を示すことが可能である場合には、引当金と同様に公益目的財産額の算定から除くことができる」(公益認定等ガイドライン。下線部引用者)という公益目的財産額から控除可能なものを列挙したガイドラインができ上がっている。つまり、そこには「溜め込 んだお金を公益に使わせる」というような懲罰的な制度ではなく、あくまで私有財産との線引きが難しい中で閣議決定の「財産承継に関する 条件」を立法技術的に作り上げたものであり、可能な限り公益目的財産額を少なく計算できるような配慮に基づいて作られていた。こういう基本的な考え方から、たとえば、博物館の展示品等については「簿価がないものにつきましては、財産とみなさない」「時価もないようなものについては財産目録だとか財務諸表には出ていないと思いますし、もともと審査のしようもない」(内閣府公益認定等委員会2008b)ということが導き出されている19)。 ところが、公益目的支出計画の趣旨として 「これまで公益法人として寄附や税制優遇等を受けて形成してきた財産が、事業内容や残余財産の帰属が法人自治に委ねられる一般法人に移行することにより無制限に公益以外に費消されることは適当ではない」(内閣府2011。下線部引用者)と、「税制優遇等を受けて形成した」という点が前面に出て、規範的な意味において費消させるという、「忍び寄る歪み=クリープ現象」が徐々に現れてきた。その結果、例えば、公益目的財産額の算定が高いことに由来することによって、公益目的支出計画が2000年を超える法人が出てくる事態も生じた。この問題に関して、雑誌『公益法人』に識者が、コメントしている。コメントするに当たって公益目的支出計画について説明しているので、それを見てみよう。ある県の公益認定等委員会委員(公益法人協会取材班2012:p.15)は「一部の公益法人が、 営利企業の利益に相当する剰余金を蓄積して、 多額の『内部留保』をため込んでいることは、 本来『非営利』であるべき組織として適切でない、また、その結果法人税の負担を繰り延べ、免れているというのが公益法人の内部留保問題の本質であった。旧公益法人(特例民法法人) から一般法人への移行プロセスにおける公益目的支出計画とは、旧公益法人が内部留保していた公益目的財産額を本来の目的のために計画的に使用させ最終的にゼロにするものである」と解説している(下線部 引用者)。制度の説明として、税との関係を挙げ、旧民法72条のことは出てきていない。このように一般的な感覚として違和感がないように入り込むことが、まさに 「忍び寄る歪み=クリープ現象」である。2000 年問題についての是非を本稿では問うものではないが、少なくとも、2000年問題は「制度上の問題」ではなく、制度設計上、十分に想定されて回避を企図(公益目的財産額は可能な限り低く計算可能と)していたものが、「忍び寄る歪み= クリープ現象」によって回避されることなく生じた問題だということを指摘しておきたい。 これは社会福祉法人の「熱意や理解」といった認可要件にも共通している問題と思われる。 Ⅷ おわりに 以上の通り、明治以来の110年ぶりの改革として議論される公益法人制度改革を昭和改革との比較で見てきた。法人格間での会計基準の分断、専門家の分断などについても、昭和改革の余波としてあげたいが、紙数の関係もあって別稿に持ち越したい。裁量権を巡って、「許可主義から認可主義へ」という講学上の理解は、それほどフィールドの現場としては単純ではないことも明らかになった。とりわけ、「クリープ現象」に光を当てることによって、行政側から意図的に裁量権を行使しているのではないにしろ、法人側から見れば時間の経過とともに徐々に認定や監督が、制度設計時と比較して、緩和的にないし厳格的に変化するということもあり得ると考えられる20)。特に、公益法人制度改革では、一期と二期、二期と三期の間に二度の政権交代があり、公益認定等委員会委員もその都度大幅に変わってきたため、「クリープ現象」が 生じやすい状況にあったともいえる。さらに、「上方転換」が行われた学校法人・社会福祉法 人との税制上の平仄状態からくる規制強化に向かう「クリープ現象」というものもあり得るかもしれない。言い換えれば、公益法人の「中間転 換」が「上方転換」に引っ張られる可能性である。 例えば、公益目的支出計画の「クリープ現象」は移行認定した公益法人に対しても「公益法人の財産は税制優遇を受けて形成されたものであり、法人やその構成員のみならず、いわば国民から託された財産と言っても過言ではあり ません」(「内閣府公益認定等委員会だより20号」下線部引用者)と、同様の影響を与え始めており、現在ではこうした考え方が定着した感すらある。 民間公益活動とは、言い換えれば、私有財産を公益活動に使用するということでもある。少なくとも政府の助成金・補助金を前提にした昭和改革の「上方転換」との相違を明確にしておかねばならぬだろう。 [注] 1) 本稿は非営利法人研究学会のルールに従い、 同学会関西部会で発表し、かつ、全国大会で 発表した内容に新しい知見を付加して大幅な変更を加えたものである。 2) ただし、昭和改革における組織の転換は、法律上「組織変更」の用語が使用され、昭和改革については、「移行」の用語が使用されている。そこで本稿では、両者を「組織転換」 という統一的用語で表現することとした。また、平成改革においては、特例無限責任中間 法人も移行措置がとられたが、本稿では論考の外に置いた。 3) 「応用人類学」については日本において一定の広がりを見せている。他方で、スタンフォード大学出版会から「政策人類学」シリーズが刊行され始めたが、「政策人類学」 はまだ新しい研究分野であり、日本において普及しているものではない。 4) 「フィールド」で得たことについては、論考の参考としたが、論考の根拠とすることは現時点では研究倫理上の問題が明確ではないとの判断による。 5) 公益法人の収益事業は法定されておらず長らく「法務省における有権解釈昭和35年10月7日付民事甲第2531号」に依拠していた」「公益法人等の指導監督等に関する関係閣僚会議幹事会申合せ」。 6) 寄附行為変更特例は平成改革において規定されなかった。 7) 「日本赤十字社とか、済生会は、御承知の通り民法に基く公益法人でございます。(中略) お話の済生会等がいよいよ行詰つて医療法人になりたいと言いました場合には、別に何ら制限をする必要はないと思つております。その場合には公益法人を解散して、この法律に基く法人になるわけでございます。ただ実際問題としては、特別な解散理由の発生しない 限りこの法人になることは、今申し上げたような実際の問題、課税の関係から、却つて利 益ではないかも知れんと思つております。」(国会議事録1950b)とある。 8)認定法第2条4号で定義される。 9) 「その行う公益目的事業について、当該公益目的事業に係る収入がその実施に要する適正な費用を償う額を超えないと見込まれるものであること」。この規定の略称については、 「実費弁償」という略称が事務局から示されたが、法人税法基本通達で既に使用されてい る用語は誤解を与えるという委員からの指摘で、「収支相償」に改められた。(公益認定等 委員会2007a、2007c) 10) 「その事業活動を行うに当たり、第16条第2項に規定する遊休財産額が同条第1項の制限を超えないと見込まれるものであること」。 11) 「その事業活動を行うに当たり、第15条に規定する公益目的事業比率が100分の50以上となると見込まれるものであること」。 12) 各法人の受け止め方はいろいろであろうが、中間であるという認識の一つとして「新制度では基準が法律で明記され、透明性が確保されています。内容も厳しくなった訳ではあり ません」(内閣府2014a)という表明がある。 13) 「公益法人制度改革に関する有識者会議の報告書」を受け、「今後の行政改革の方針(閣議決定2004)」においては、「現行公益法人のうち、新たな判断主体により、公益性の判断要件を踏まえた一定の基準に適合すると判定されたものは、公益性を有する非営利法人に簡易な手続で移行すること、一方、当該基準に適合しないと判定されたものや公益性を有する非営利法人への移行を望まないものは、財産承継に関する条件の下、基本的に一般の 非営利法人(一般的な非営利法人制度に基づく法人であって、公益性を有するとの判断を受けていないものをいう。)に移行することとする方向で、その公平かつ合理的な基準及び手続について、引き続き検討する。」とある。 14) この他に「3重罪、軽罪の刑に処せられたことはない」というものが付加されていたものがある。 15) 社会福祉事業法第18条において社会福祉主事は、事務吏員又は技術吏員とし、年齢二十年以上の者であつて、人格が高潔で、思慮が円熟し、社会福祉の増進に熱意があり、且つ、 左の各号の一に該当するもののうちから任用しなければならない。第57条第2項に基づい て、社会福祉法人以外の者が第一種社会福祉事業営むときの、「許可」要件たる同条第4 項第3号に「実務を担当する幹部職員が社会福祉事業に関する経験、熱意及び能力を有す ること。」(厚生労働省2014)とあって、現在でも同様の規定となっている。 16) 他の依拠する規準としては、移行直前の各主務官庁は、当時の公益性に関する基準から判断して、所管法人を①本来の公益法人、②互助・共済団体等、③営利法人等転換候補及び ④その他の4類型に分類していたことがあげられる。このうち、「本来の公益法人」とは、 その目的・事業に現在においても公益性があり、公益法人として十分な資格を持っている 法人のことである。これに該当する法人は20,711法人であった。ただし、依拠するには根拠が弱い(出口2015)。 17) Johnsonがレオロジーから発想を得ているのかどうかは不明である。 18)これはレオロジーからの発想である。 19) もちろん意図的に隠していれば、虚偽申告になるし、土地や建物などは財産目録に載っていなければ、会計書類として不完全なものと考えられる。 20) 本稿では、「クリープ現象」は厳格化するものについて発見し論述したが、この点は緩和化することも理論的にはあり得ることである。この点は査読者から有益なコメントを受 けた。謝意とともに記したい。 [参考文献] 秋葉武[2008]「占領下日本のNPOの再編 (上)」、『日本ボランティア学会学会誌』、 116‒132頁。 秋葉武[2009]「占領下日本のNPOの再編 (下)」、『日本ボランティア学会学会誌』、96‒110頁。 安立清史[1998]『市民福祉の社会学 高齢化・福祉改革・NPO』ハーベスト社。 安立清史[2008]『福祉NPOの社会学』東京大学出版会。 市川昭午[2004]「私学の特性と助成政策」 『大学財務経営研究1』169‒185頁。 江田寛 [2012]「公益認定制度における『財務三基準』の意義」、『公益・一般法人』 全国公益法人協会2012年8月1日号(No.826)、 13‒19頁。 閣議決定[2004]「今後の行政改革の方針(平成16年12月24日閣議決定)」 国会議事録[1950a]衆議院 厚生委員会  21号 昭和25年04月03日。 国会議事録[1950b]参議院 厚生委員会  24号 昭和25年04月04日。 公益法人協会取材班[2012]「公益目的支出計画 2411年の衝撃―その経緯と問題点を探 る―」『公益法人』2012年5月号Vol.41.15頁。 公益法人協会[2014]「110年ぶりの公益法人制度抜本改革を総括する①」『公益法人』 Vol.43.No.4 13‒21頁。 厚生労働省[2014] 三局長通知「『社会福祉法人の認可』について」平成26年5月29日。 木村忠二郎[1951]『社会福祉事業法の解説』 時事通信社。 総務省[2008]『平成20年度 公益法人に関する年次報告書』。 田中實[1980]『公益法人と公益信託』勁草書房。 出口正之[2014]「収益事業課税試論:イコール・フッティング論を巡って」、『公益・一般法人』全国公益法人協会、平成26 年6月15日号(No.871)、4‒13頁。 出口正之[2015]「主務官庁制度のパターナリズムは解消されたのか」岡本仁宏編『市民社会セクターの可能性』関西学院大学出版会 79‒106頁。 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  • 英国チャリティの公益性判断基準― チャリティ登録時を中心として― / 尾上選哉(大原大学院大学准教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 大原大学院大学准教授 尾上選哉 キーワード: 英国チャリティ チャリティ委員会 公益性 パブリック・ベネフィット・テスト 要 旨: 本稿の目的は、英国における民間の公益活動をもっぱら行っている組織いわゆるチャリ ティ(charity)について、所轄庁であるチャリティ委員会(the Charity Commission)の公益性認定の判断基準について明らかにすることにある。チャリティ委員会は、日本の公益認 定等委員会のモデルになった行政機関である。そこで本稿では、まず英国において公益性 認定の判断等を行うチャリティ委員会の概要を明らかにし(Ⅱ)、そして、チャリティ委員 会がその公益性を認めるチャリティとはいかなる組織であるかを明らかにする(Ⅲ)。次い で、チャリティの定義に示される「チャリティ目的」要件の中核であるパブリック・ベネ フィット・テストの考察・検討を行う(Ⅳ)。そしてチャリティ委員会による公益性認定に 係る不服申立ての制度について若干の検討を行う(Ⅴ)。 構 成: I  はじめに II チャリティ委員会 III チャリティの定義 Ⅳ チャリティ目的の要件 Ⅴ チャリティ登録時に係る不服申立て制度 Ⅵ まとめ Abstract The Public Interest Commission in Japan was formed after the model of the Charity Commission that regulates registered charities in England and Wales. This paperʼs aim is to provide an overview of the registration system for charities in England and Wales in order to comprehend the ideas behind the Japanese system. This paper explores the characteristics of the Charity Commission through its governance framework, objectives and functions, and discusses the criteria for being registered as a ʻcharityʼ by the Commission by focusing on the public benefit test. It also considers the appeal system when an organization is dissatisfied with the Commissionʼs decision on the charity registration. Ⅰ はじめに 本稿の目的は、英国(イングランドおよびウェールズ)における民間の公益活動をもっぱ ら行っている組織いわゆるチャリティ(charity) について、所轄庁であるチャリティ委員会(the Charity Commission)の公益性認定の判断基準について明らかにすることにある。チャリティ委員会は、日本の公益認定等委員会のモデルになった行政機関である。英国では、一般に民間 の公益活動を行う組織をチャリティと呼ぶが、一定の要件を満たしチャリティ委員会に登録された組織が法律上の正式なチャリティである (以下、チャリティ委員会に登録されたチャリティ (registered charity)をチャリティという)。2014年9月30日現在、180,831のチャリティが存在している1)。 そこで本稿では、まず英国において公益性認定の判断等を行うチャリティ委員会の概要を明らかにし(Ⅱ)、そして、チャリティ法がチャリティをどのように定義しているかを確認する (Ⅲ)。次いで、チャリティ法上のチャリティの定義に示される「チャリティ目的」要件の中核であるパブリック・ベネフィット・テストの考察・検討を行う(Ⅳ)。そしてチャリティ委員会による公益性認定に係る不服申立ての制度について若干の検討を行う(Ⅴ)。 なお、本稿は英国のチャリティ委員会の公益性判断の基準を取り扱い、スコットランドおよび北アイルランドにおけるチャリティは検討の範囲外としている。 Ⅱ チャリティ委員会 チャリティ委員会は、英国のイングランドおよびウェールズのチャリティを所轄する独立行政機関であり、そのはじまりは1853年公益信託法に拠る。チャリティ委員会の目的、責務や権限等については、現行のチャリティ法の第2部 (PART 2 THE CHARITY COMMISION AND THE OFFICIAL CUSTODIAN FOR CHARITIES)に 定められており、チャリティ委員会はその業務遂行にあたっていかなる大臣または省庁の指揮ま たは統制に服することはなく、国王に代わってチャリティ委員会の権限を行使する2)(第13条3-4項)。以下では、チャリティ法の変遷、チャリティ委員会の組織、目的、機能および責務に ついての概要を明らかにする。 1 チャリティ法の変遷 英国におけるチャリティに関する最初の法律は、1601年の公益ユース法にさかのぼる3)。この法律は「信託(当時はユースと呼んだ)の目的を具体的に列挙し、それらを『公益性のある信託』(charitable use)いわゆるチャリティとして法的効力を認めたもの」(永井[2007]44頁)であった。その後、1853年の公益信託法、1958年の公益レクリエーション法が成立し、そして1960年にチャリティ行政の円滑化を図るためにチャリティ法が成立した。チャリティ法は数次の改正を経て、2006年にチャリティの法制度を 抜本的に見直し、チャリティの多様で活発な活 動を促すための新たな法的枠組みとして、2006年チャリティ法が成立した(永井[2007]42頁)。2006年チャリティ法は、チャリティの運営に係る適切性を確保し、その効率性を高めるとともに、公的な説明責任(public accountability)をさらに強化することを主眼に置くものであった (古庄[2013]43頁)。なお2011年には、1958年の公益レクリエーション法の全部および1992年、 1993年、2006年チャリティ法の大部分を統廃合する2011年チャリティ法が制定され、現在に至っている(以下、チャリティ法という)。 1601年  公益ユース法 Charitable Uses Act 1601 1853年  公益信託法 Charitable Trust Act 1853 1958年  公益レクリエーション法 Recreational Charities Act 1958 1960年 チャリティ法 Charities Act 1960 1992年 チャリティ法 Charities Act 1992 1993年  チャリティ法 Charities Act 1993(1960年および1992年チャリティ法の統合) 2006年  チャリティ法 Charities Act 2006(ブレア政権下におけるチャリティ法の現代化) 2011年 チャリティ法 Charities Act 2011 2 チャリティ委員会の組織 ⑴ 委員会の構成 チャリティ委員会は、内務大臣の任命による議長および4名以上8名以下の委員によって構成される。委員には、⒜チャリティに関する法律、⒝チャリティの会計および財務および⒞ 様々な規模と内容のチャリティの運営および規制についての一定の知識と経験を具備していることが要求される。また、少なくとも2名の委員は、「1990年裁判所および法的サービス法」 に規定された資格4)を7年間保有していなければならない。そして、議長以外の少なくとも1名の委員はウェールズの事情に詳しく、ウェールズ議会の承認を得て任命されることとなって いる。委員の任期は1期3年であり、通算で10年を超えてはならない(図表1を参照)。 ⑵ 委員会の会議 委員会の会議は、公式な会議は年6回(少なくとも)となっており、年次公開会議(Annual Public Meeting)を事務年度終了後3ヶ月以内 (議会への決算書類および年次報告書提出前)に開催することとなっている。年次公開会議のほかに、少なくとも年2回の公開会議が開催される。 ⑶ 職員および事務所 委員会の本部はロンドンにあり、支部はリバプール(Liverpool)、トーントン(Taunton)およびウェールズのニューポート(Newport)の 3カ所にあり、専任の職員数は323名となっている5)。 図表1 チャリティ委員会の概要 出所:筆者作成 3 チャリティ委員会の目的 チャリティ法は次の5つをチャリティ委員会の目的として掲げている(第14条)。 ①  社会的信用(the public confidence objective) チャリティに対する社会の信頼と信用を高めること ②  パブリック・ベネフィット(the public benefit objective) パブリック・ベネフィット活動に対する認識と理解を促進すること ③ 法令遵守(the compliance objective) チャリティの管理・運営におけるチャリティの理事の法令遵守を促進すること ④  チャリティ資源(the charitable resources objective) チャリティ資源の有効活用を促進すること ⑤  アカウンタビリティ(the accountability objective) チャリティの寄付者、受益者および一般大衆に対するアカウンタビリティを高める   こと チャリティ委員会の目的は、チャリティとして登録される組織を判断することではなく、登録されたチャリティがチャリティとして何をなすべきかを理解し、社会的信用を高めると同時に、社会がチャリティの行うパブリック・ベネフィット活動を適切に理解するように働きかけることにある。 4 チャリティ委員会の職務 チャリティ法は、チャリティ委員会の一般的 職務として次の6つを掲げている(第15条1項)。 ①  組織がチャリティであるか否かの判断を行うこと ②  チャリティの運営改善(better administration)を奨励し、助長すること ③  チャリティの運営上の不正行為やずさんな管理を発見、調査し、救済方策または予    防策を講じること ④  募金活動の認可証の発行もしくはその継続の判断を行うこと6) ⑤  チャリティ委員会の機能または目的の実行に関わる活動の情報を入手、評価し、発   信すること ⑥  チャリティ委員会の機能または目的の実行に関わる事項について、政府の大臣に対   して情報提供、助言、提言を行うこと チャリティ委員会の第1の職務は、民間の公益活動を行う組織について、その公益性の判断を行うことにあることが、チャリティ法に明記されている。また第2の職務として、チャリティのより良い運営についての奨励・助長することをチャリティ法は掲げており、第3の職務と共に、 チャリティの運営に対するチャリティ委員会の積極的な関わりが期待されている。第5の職務 には、チャリティに対する適切な行政を行うために、チャリティの登録時に係る情報収集のみならず、登録後の資格維持もしくはチャリティの資格抹消のための情報収集などが含まれる。 5 チャリティ委員会の任務 チャリティ法は、チャリティ委員会の一般的任務として次の6つを掲げ、職務遂行における規範を示している(第16条)。 ①  チャリティ委員会はその職務を果たす際に、合理的に実行可能な限りにおいて、⒜   チャリティ委員会の目的に適った方法で、 かつ⒝チャリティ委員会の目的を実行する   のに最適と考えられる方法で活動しなければならない。 ②  チャリティ委員会はその職務を果たす際に、合理的に実行可能な限りにおいて、⒜   あらゆる形態のチャリティへの寄付、および⒝チャリティの活動への自発的な参加を   促すのに適した方法で活動しなければなら ない。 ③  チャリティ委員会はその職務を果たす際 に、その資源を最も効率的、効果的、かつ   経済的な使用に考慮しなければならない。 ④  チャリティ委員会はその職務を果たす際に、妥当である限りにおいて、規制上のベ   スト・プラクティスの原則を考慮しなけれ ばならない(規制活動は、規制対象の 規模に見合ったものであること、説明可能であること、一貫性があること、透明性が あること、および 規制が必要とされるケースだけを対象とする、 という原則を含 めて)。 ⑤  チャリティ委員会はその職務を果たす際に、それが妥当であるケースにおいては、   チャリティによる、もしくはまたはチャリティのために新しいアイデアを可能にする   ことが望ましいことに考慮しなければなら ない。 ⑥  チャリティ委員会はその職務管理において、企業における良いコーポレート・ガバ   ナンスを適用することが妥当であると考えられる時には、そのような一般に妥当と認   められた原則を考慮しなければならない。 Ⅲ チャリティの定義 1 チャリティの定義の変遷 英国において、チャリティの定義は2006年 チャリティ法の制定まで、制定法にその定義が定められたことはなく、長い間、判例に委ねられてきた。1960年チャリティ法の制定にあたって、チャリティの定義を明確に法律上定めるべきであるとの勧告が政府とチャリティの関係を検討する委員会(ネイサン委員会)により行われたことがあったが、「判例法に基づくほうが、 社会状況の変化に沿ってチャリティの意味を柔軟に解釈できて都合がよい」と時の政府は判断を行ったのであった(永井[2007]47頁)。 チャリティの定義は判例に委ねられてきたが、裁判所はチャリティであるか否かの判断基準として、1601年公益ユース法の前文(信託目的の具体例が列挙)を長い間、参照してきた。 また1891年にチャリティとして所得税免除が 認められるか否かが争われた裁判において判事マクノートン卿が掲げた「貧困救済」、「教育の 振興」、「宗教の振興」および「そのほか地域にとっての利益7)」の4項目の分類が、裁判所やチャリティ委員会のその後の判断に大きな影響力を持ってきたといわれている。 2 現行法上のチャリティの定義 2006年チャリティ法による従来のチャリティ法の現代的な法的枠組みによって、チャリティの定義が制定法上におかれ、その定義を充足することによってチャリティになることができることとなった8)。現行のチャリティ法によると、 チャリティは次のように定義される(第1条1項): 「チャリティ」とは次の組織をいう。 ⒜  もっぱらチャリティの目的のために設立 された組織であり、かつ ⒝  チャリティに関する管轄権の行使におい て高等法院の裁判権の及ぶ範囲に存在する   組織。 チャリティ法は「チャリティ目的」と「高等法院の裁判権」という2つの要件を示している。 前者の「チャリティ目的」要件の詳細については次節において詳しく検討するが、後者の「高等法院の裁判権」要件とは、裁判所がチャリティの管理運営や目的に関わる意思決定に対して司法上の権限を有していることを意味している。 Ⅳ チャリティ目的の要件 チャリティの定義において問題となるのは、 ある組織を「何」をもってチャリティ目的であると判断するかである。チャリティ法は、チャリティ目的であるためには、⒜第3条1項のリストに該当し、かつ⒝パブリック・ベネフィッ ト目的(for the public benefit)であることを定めている(第2条1項)9)。以下、前者の要件を「目的記述要件」といい、後者を「パブリック・ベネフィット・テスト」ということにする。チャリティ目的の判断は図表2のように行われる。 図表 2 チャリティ目的の判断の流れ 出所:筆者作成 1 目的記述要件 チャリティ目的であるか否かの第1要件は目的記述要件であり、チャリティ登録を受けようとする組織の目的(使命)がチャリティ法第3条1項に示される13の目的記述(下記)に該当するかの判断であり、形式的な要件であるといえる。この判断は、組織の法律上の書類(legal document)上の目的欄(objects clause)に通常記載されている記述に基づいて行われることになる。 ⒜ 貧困の予防または救済 ⒝ 教育の振興 ⒞ 宗教の普及 ⒟ 健康の増進または生命の救助 ⒠ 市民または共同体の発展の振興 ⒡ 芸術、文化、文化遺産または科学の振興 ⒢ アマチュア・スポーツの振興 ⒣  人権、紛争解決または和解の促進、宗教的・人種的調和または平等・多様性の促進 ⒤ 環境保護または改善の促進 ⒥  若年、高齢、不健康、障害、経済的困難 またはその他社会的弱者の救済 ⒦ 動物愛護の促進 ⒧  国の防衛、警察、消防、救助サービスま たは救急サービスの効率性の向上 ⒨ その他法律上認められる目的10) 2 パブリック・ベネフィット・テスト チャリティ目的であるか否かの第2要件は、 パブリック・ベネフィット・テストである。この要件は、チャリティ登録を受けようとする組織の目的(使命)が「パブリック・ベネフィット」に該当するか、つまりチャリティがその目的を達成するために活動を行うことが「パブリック」に「ベネフィット」をもたらすか否かの判断であり、組織の実質を判断するための要件であるといえる。第1の目的記述要件と異なり、チャリティ法はパブリック・ベネフィットの意味やパブリック・ベネフィット・テストの具体的な運用について定めておらず、チャリティ委員会にパブリック・ベネフィットの判断を委ねている(第17条)11)。 これを受けて、チャリティ委員会では、パブリック・ベネフィット・テストにかかる以下の一連のガイドラインを公表し、チャリティ委員会のパブリック・ベネフィットに対する見解を明らかにしている。 ◇  Charity Commission [2013a] Public benefit: an overview. ◇  Charity Commission [2013b] Public benefit: the public benefit requirement (PB1). ◇  Charity Commission [2013c] Public benefit: running a charity (PB2). ◇  Charity Commission [2013d] Public benefit: reporting (PB3). Charity Commission [2013a] は、 チャリティの登録、運営および報告におけるパブリック・ベネフィットの概要を示している。Charity Commission [2013b] は、チャリティの登録時におけるパブリック・ベネフィット・テストについてのガイドラインである。Charity Commission [2013c] は、チャリティの管理運営におけるパブリック・ベネフィットについてのガイドラインである。Charity Commission [2013d] は、チャリティの会計および報告についてのガイドラインとなっている。 Charity Commission [2013b] によると、パブリック・ベネフィット・テストは「ベネ フィット」の観点と「パブリック」の観点に区分して捉えられており、パブリック・ベネ フィット・テストを充足するためには両方の観点からのテストに合格する必要がある12)。 ⑴ ベネフィットからの観点(目的の有益性) ベネフィットの観点からのテストとは、チャリティの目的が有益であるか否かの判断である。 Charity Commission [2013b] によると、ベネフィットの観点からのテストは、次の2点を充足しなければならない(5頁)。 ① 目的は有益なものでなければならない。 ②  目的から生ずる損失や犠牲が利益より大きくてはならない。 第1は、チャリティの目的は有益でなければならないという点である。この有益性はチャリティ委員会によって確認できるものでなければならず、個人的な見解に基づくものであってはならない。必要があれば、チャリティ登録を受けようとする組織によって、その有益性は立証される必要がある(有益性が計量されるか否かは別にして)(Charity Commission [2013b] 7頁)。 第2に、チャリティの目的遂行によって生ずる損失や犠牲が目的遂行による便益を超過するような目的は、チャリティ目的とはなり得ないという点である。これは、組織の目的から生ずると考えられる結果が便益を超える損失や犠牲が合理的に予想される場合には、チャリティ委員会がそのような目的を検討の対象とすることであり、このような場合の立証責任は組織の側にあることが明らかにされている(Charity Commission [2013b] 8頁) ⑵ パブリックからの観点(公の便益) パブリックの観点からのテストとは、チャリ ティの目的が誰に便益をもたらすのか、受益者は誰であるのかという判断である。Charity Commission [2013b] によると、パブリックの観点からのテストは、次の2点を充足しなければならない(5頁)。 ①  目的は社会全般(the public in general)もしくは社会の相当部分(a sufficient    section of the public)に便益をもたらさなければな らない。 ②  目的は偶発的に生ずる私益(incidental personal benefit)以外の私益をもたらすも   のであってはならない。 第1は、チャリティの目的遂行による便益の受益者が誰であるかという点である。ガイドラインは、便益の受益者が社会全般もしくは社会の相当部分としている(Charity Commission [2013b] 9頁)。社会全般が受益者になるということは、チャリティの目的遂行によってもたらされる便益が、特定のニーズをもつ人々に限定されないことを意味する。また、チャリティ登録を受けようとする組織の目的記述に受益者が特定されていなければ、一般に、その目的は社会全般の便益になると解される。 受益者が社会全般に該当しない場合には、ガイドラインは受益者が社会の相当部分でなければならないとしている。これは、社会を構成する部分(階層)うち、各々のチャリティ目的に相応しい階層が受益者となることを意味している。例えば、地理上の区域(地域レベル、国家レベル、国際レベル)の人々が受益者となる場合には、社会の相当部分に該当する。受益者が家族関係、特定企業における雇用関係、法人化されていない社団の会員である場合には、一般的に は社会の相当部分には該当しないこととされている(Charity Commission [2013b] 11頁)。社会の相当部分の便益の判断は、基本的にはケースバイケースで行われる13)。 第2は、私益(personal benefit)はチャリティの目的遂行により生ずる偶発的なもの、本来は意図しない副産物でなければならないという点で ある。ここでいう私益には、経済的(貨幣性)便益のみならず、宿泊や食事、交通手段等の供与などの非経済的便益、理事者のサービス提供に対するお礼としての謝礼やギフト等も含まれる14)。 Ⅴ チャリティ登録時に係る不服申立て制度 1 審判所への上訴 チャリティ登録が認められず、チャリティ委員会の決定を不服として申立てる行政上の手続きは、従来は高等法院(High Court)に上訴するしか方法がなかった。しかし、2006年チャリティ法によりチャリティ審判所(Charity Tribunal)が創設され、迅速かつ低コスト(原則、無料)でチャリティ委員会の決定に対して不服申立てを行うことができるようになった。なお、 2007年に審判所制度の大改革が行われ、現在では第一次審判所(一般規制部)(the First-tier Tribunal (General Regulatory Chamber))に申立てを行うこととなっている15)。第一次審判所での決定に不服がある場合には、上位審判所(租税・ 大法官部)(the Upper Tribunal (Tax and Chancery Chamber))に上訴することが可能となっている。 審判所は二審制を採用しており、上位審判所の決定においても不服がある場合に高等法院に対して上訴することが可能となっている。 2 チャリティ委員会への決定見直しの請求 また、チャリティ委員会の決定を不服とする場合には、チャリティ委員会に対して決定の見直し(decision review)を直接請求することができる16)。この見直しの手続きでは、当初の決定に関与しなかった者、通常は当初の決定者の上官がこれを担当し、審議を行うことになる。この見直しの審議の結果、この決定に対してなお不服がある場合には、上述の第一次審判所に上訴することができる。 Ⅵ まとめ 以上、本稿では日本の公益認定等委員会のモデルとなった英国のチャリティ委員会について、 民間公益組織がチャリティとして登録されるためのチャリティ委員会の判断基準について考察・検討を行った。その結果、次の点が明らかとなった。第1に、チャリティ法はチャリティを定義するにあたって、民間公益組織が行う様々な活動ではなく、その目的を重視しているという点である。例えば、目的記述要件において民間公益組織の目的を形式的に確認し、さら にパブリック・ベネフィット・テストのベネフィットの観点からのテストにおいて、当該組織の目的の有益性を実質的に判断しているので ある。 第2に、英国における民間公益組織の公益性 (パブリック・ベネフィット)の判断において、 チャリティ委員会に広範な権限が付与されてい るという点である。パブリック・ベネフィット・テストにおいて、様々な要件における立証責任はすべて民間公益組織が負うこととなっており、それらの情報を基にして、案件ごとにケース・バイ・ケースでチャリティ委員会がチャリティ登録の判断を行うのである。また登録時のみならず、チャリティ登録後においても、 チャリティ委員会はチャリティの運営に対して積極的な関わりをもつこととなっているのである(チャリティ委員会の機能②③⑤を参照)17)。 第3に、チャリティ委員会の決定に対する救済プロセスが存在している点である。民間公益組織の公益性の判断においてチャリティ委員会が広範な権限を有しているのに対して、その決定を不服とする場合に、高等法院への上訴以外に、第一次審判所および上位審判所への上訴、ならびにチャリティ委員会への決定見直しの請求という様々な段階における救済プロセスが確保されており、行政機関であるチャリティ委員会の決定の恣意性や不透明性が排除される仕組みが整備されているのである。 [注] 1) チャリティ委員会ホームページを参照。http://apps.charitycommission.gov.uk/Showcharity/RegisterOfCharities/SectorData/SectorOverview.aspx (2014年11月27日アクセス) 2) ただし、チャリティ委員会の支出については財務省(the Treasury)の管理を受ける(チャリティ法第13条5項⒝)。 3) 英国のチャリティの法制度の経緯については、永井 [2007] および網倉 [2008] が詳しい。 4) 法廷弁護士(barrister)もしくは事務弁護士 (solicitor)の資格を意味している。 5) 職員数は2008年には約600名であったが、2010年は約400名となり、5年間で半減している。職員数は下記をもとにしている。https://www.gov.uk/government/organisations/charitycommission/about (2014年11月27日アクセス) 6) チャリティの行う募金活動は、①街頭募金 (公の場での募金活動)と②戸別訪問による 募金活動に区分されるが、どちらの募金活動も法律による規制の対象であった(免許制)。 しかし、それぞれの募金活動が異なる法律の規制を受け、また免許を発行する行政主体も 異なっているなどの問題があったため、現行のチャリティ法はチャリティ委員会にその権限を集約している。 7) 「そのほか地域にとっての利益」とは、判例によると①動物の保護、②レクリエーションの促進、③国および地方の防衛、④スポーツの振興、⑤地域共同社会の向上、⑥公共施設 その他とされている。 8) チャリティの定義の明文化により、従来行われていたマクノートン卿の4項目分類における「貧困救済」「教育の振興」「宗教の振興」 に対する公益性の推定は廃止された。 9) チャリティ目的の2要件に明らかに該当しないものとしてあげられるのは、①自助、②利潤分配、③政治活動である(永井 [2007] 48 頁)。 10) 「その他法律上認められる目的」については、 コモン・ローの考え方に従うものであり、時代の変化の中で、新しいタイプのチャリティ目的が認められることを可能にするものであると解されている(網倉 [2008] 64頁)。 11) チャリティ法がパブリック・ベネフィットについて規定しなかった理由について、永井 [2007] は「公益性の内容を政治的争点にしてはならないとの政府の考えにより……」と 述べている(76頁)。 12) パブリック・ベネフィット・テストを充足するためには、原則、「ベネフィット」と「パブリック」の両方の観点のテストを合格しなければならないが、チャリティ目的が「貧困救済(場合によっては予防)」の場合には、 「ベネフィット」の観点からのテストのみでパブリック・ベネフィット・テストの充足が判断される(Charity Commission [2013b] 15頁)。 13) なお、平等化法(Equality Act)は、チャリ ティは年齢、障害、性別、性的志向、性転換 (gender reassignment)、結婚および同性婚、 妊娠および出産、民族や国籍、宗教や信仰に関わる人々に便益を供することを認めている。 14) Charity Commission (n.d.) Examples of personal benefit. https://www.gov.uk/government/publications/examples-of-personal-benefit (2014/11/27アクセス) 15) 第一次審判所に上訴するためには、チャリティ委員会の決定から42日以内に上訴のため の申請書を提出しなければならない。第一次審判所では30週間以内で結論をくだすことを 目標としている(Charity Commission [2013e] 3頁)。 16) チャリティ委員会の決定後、3ヶ月以内に見直しの請求をしなければならない。 17) 本稿では言及していないが、チャリティ法第5部にはチャリティ委員会の権限が定められており、不正のおそれのあるチャリティへの立入検査、質問権限、書類の提出等を求める ことができる調査権限が付与されている(例えば46条、52条、53条)。 [引用文献および主要な参考文献] Charity Commission [2013a] Public benefit: an overview. https://www.gov.uk/government/ publications/public-benefit-an-overview (2014年11月27日アクセス) Charity Commission [2013b] Public benefit: the public benefit requirement (PB1). https://www.gov.uk/government/publications/publicbenefit-the-public-benefit-requirement-pb1 (2014年11月27日アクセス) Charity Commission [2013c] Public benefit: running a charity (PB2). https://www.gov. uk/government/publications/public-benefitrunning-a-charity-pb2 (2014年11月27日アクセス) Charity Commission [2013d] Public benefit: reporting (PB3). https://www.gov.uk/ government/publications/public-benefitreporting-pb3 (2014年11月27日アクセス) Charity Commission [2013e] Dissatisfied with one of the Commissionʼs decisions: how can we help you? http://forms.charitycommission. gov.uk/how-to-complain/complaining-abouta-decision-we-have-made/ (2014年11月27日 ア クセス) Charity Commission [2013f] What makes a ʻcharityʼ. https://www.gov.uk/government/publications/what-makes-a-charity-cc4 (2014年11月27日アクセス) McGregor-Lowndes, M., and Kerry OʼHalloran, ed. 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  • 米国の非営利組織の公益性判断基準 / 金子良太 (國學院大學教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 國學院大學教授 金子良太 キーワード: 内国歳入法(IRC)第501条C項⑶ パブリック・チャリティ プライベート・ファウンデーション パブリック・サポート・テスト(PST)       Form 990 Form1023 要 旨: 米国における非営利組織の代表格である内国歳入法(IRC)第501条C項⑶に規定される 組織を中心に述べる。次に、団体として認定されるための手続や認定を受けるための基準 を紹介する。そして、それらの団体がIRSに提出する書類の種類と内容を述べる。続いて、 当該団体や寄付者に対する課税上の優遇について整理する。最後に、議論を総括し、我が 国の制度設計にあたって検討すべき点を明らかにする。 構 成: はじめに I  米国の非営利組織の概要と内国歳入法(IRC) 第501条C項⑶について II パブリック・チャリティになるための条件 III 501⒞⑶団体が提出を求められる書類 Ⅳ 501⒞⑶団体に関連する税の優遇 Ⅴ まとめと展望 Abstract In the wake of nonprofit sector, the status of NPO have attracted renewed attention. This paper discusses 501⒞⑶ tax-exempt status in the U.S.A. This study provides a better understanding about Form 1023 and Form 990. This study raises implications about how the disclosure and the regulation is carried out and the potential growth of NPOs in the coming years. はじめに 本稿では、米国の非営利組織の公益性判断基準について扱う。本稿では特に公益性の高い団体に求められる、認定申請時の書類(Form1023) や毎事業年度終了後に提出する書類(Form990) の内容について詳しく述べる。続いて、各種の課税優遇を中心に考察することとする。 Ⅰ 米国の非営利組織の概要と内国歳入法(IRC)第501条C項⑶について 1 内国歳入法(IRC)第501条C項⑶の概要 米国では、国家(連邦法)として非営利組織の統一的な法律は存在しない。各種法人格の規定は、各州の法律による。そのため、法人格の種類や取得の手続は、各州により異なる。我が国のような、公益法人等特定の法人格を取得することで課税の優遇を得られる制度にはなっていない。 各団体は、連邦税を管轄する内国歳入局(IRS; Internal Revenue Service 以下、「IRS」とする。)に、 連邦税の非課税団体としての認可を申請することができる。なお、法人格なき社団や信託 (trust)であっても、認可を申請できる。連邦法である内国歳入法(IRC;Internal Revenue Code 以下、「IRC」とする。)により、公益性が認められる組織については、各種の連邦税の優遇が受けられる。 非営利の各種団体については、主としてIRC501条に定められているが、29の種類に区分されている。それらは、非営利である点は共通するものの、公益性の高いものから共益的な 団体までさまざまである。税の優遇の内容はそ れぞれ異なる。 中でも、IRC501条⒞⑶に規定される法人(以下、「501⒞⑶団体」とする。)は、公益性が高い (charitable)と考えられる。そして、他の非営利の同人組織や業界団体などの共益組織等とは区別され、政治活動やロビー活動等も制限される分、連邦税の恩典も最も大きい。米国で、「NPO」といえば、この501⒞⑶団体を指すことも多い。以下、501⒞⑶団体を中心に述べていく。 Giving USA(2014)によれば、IRC501条⒞ に規定される団体のうちの約70%が501⒞⑶団体で、2012年末には団体数は約108万となっている。なお、この数は2008年の約128万より大幅減となっている。これは、2006年より施行されたThe Pension Protection Actの影響が大きい。これにより、宗教団体を除く多くの団体で、 年間総収入金額が25,000ドルに満たなくとも、 税務申告書(後述するForm990-EZ)の提出が義務付けられた。そして、3年連続して提出を怠った団体が認可を取消されることとなった。 これにより、一貫して増加してきた団体数が、一転して減少することとなった。 2 501⒞⑶団体の特徴と活動 501⒞⑶団体の活動目的は、慈善・宗教・教育・科学振興・文教・公衆衛生・虐待防止・スポーツ競技など多岐にわたる。公益を目的とする団体で税務上の特典が大きい分、特定の者への利益供与や不適切な活動を行った場合、懲罰的課税がある。501⒞⑶団体には、次頁表1のような特徴がある。そのうえで、501⒞⑶団体の活動として、具体的には次頁表2のような活動が挙げられる。 3 501⒞⑶団体の区分 501⒞⑶団体は、パブリック・チャリティ(以 下、「PC」とする。)とプライベート・ファウンデーション(以下、「PF」とする。)とに区分さ れる。Giving USA(2014)によれば、2012年末 現在で約90%がPCであり、PCに区分されない団体がPFとなる。PCのほうが税制上の優遇が大きい。PCとして認定されるためには、IRC509条⒜1に定められたパブリック・サポート・テスト(以下、「PST」とする。)の要件を満たすほか、いくつかの方法がある。これらの要件を満たすことは、より公益性が高いと考えられ、そうでない団体よりも税制上の優遇を大きくして いる。 PFでは、投資収益に対して1~2%課税される。また、毎年度末における資産(例えば美術館の所有する絵画など直接公益目的に必要な資産は除く)の時価に対し5%以上を翌年度に公益目的で支出しなければならない(IRC4942)とされている。また、営利企業の議決権・所有権(ownership interest)に関し、PFと不適格者(PFの理事、家族等)を合計して20%超の権利を保有してはならない(IRC4943)として、PFによる企業への影響力行使を規制している。 表1 501⒞⑶団体の特徴 出典:IRSのwebsite Tax-Exempt Status http://www.irs.gov/pub/irs-pdf/p4220.pdf (2014年10月30日アクセス)をもとに筆者作成 表2 501⒞⑶団体の活動 出典:IRSのwebsite 501⒞⑶団体について http://www.irs.gov/Charities-&-Non-Profits/Charitable-Organizations/Exempt-Purposes-InternalRevenue-Code-Section-501⒞⑶ (2014年10月30日アクセス)をもとに筆者作成 Ⅱ パブリック・チャリティになるための条件 1 パブリック・チャリティの4類型 課税の優遇の程度の大きいPCになるためには、次頁表3のような4つの類型がある。 以下では、IRSの審査が必要な次頁表3の、 ②③の2類型について述べる。 表3 PCの4類型 出典:IRC509条a項をもとに、筆者作成。 2 パブリック・サポーティッド・オーガニゼーション(IRC509⒜1) 収入の3分の1以上が一般寄付や政府・公的機関からの助成補助による団体については、広く一般から支持を得ており、広範な税制上の優遇を受けるパブリック・サポーティッド・オーガニゼーションとされる。この条件を満たしているかを、以下のPSTの算式で判断する。過去4年の平均値をもとに、次のとおり算出する。 (寄付金+助成金)/総収入 ≧ 1/3 なお、分母の総収入には、本来事業収入は含まれない。総収入に含まれるのは、主として寄付金、助成金、非関連事業収益、資産運用収入などになる。この点で、事業収入を分母に含める我が国の認定NPO法人のPSTとは異なっている。 分子に算入しうる各団体からの寄付額は、寄付総額の2%までとなっている。大口の寄付があっても、寄付総額への算入に限度を設けている。なお、分母の総収入にはそのような規定はない。つまり、大口の寄付を受けると分母の総収入は寄付額分だけ増加するが、分子には最大でも寄付総額の2%までしか算入できず、結果として算出される比率を減少させることにつながる。少数の大口寄付ではなく、多くの小口の寄付に支えられる団体ほど、数値は有利になる。 なお、政府団体等からの助成金については分子に算入する助成金額に2%の上限が適用されず、 大口の助成は、比率算定に有利に働く。IRSの個別判断ではなく、あくまで広く一般からの寄付を得られているかを基準とするところにPSTの特徴がある。 なお、以上のPST要件を満たさなくとも、パブリック・サポーティッド・オーガニゼーショ ンとして認定される方法がある。寄付等の割合が3分の1に満たない団体でも、⑴総収入の10%以上が政府機関および一般公衆からの支援によるものであること⑵継続的かつ誠実に、一般公衆、政府機関、他のパブリック・チャリ ティ等から寄付を募集したり、公益に資するプログラムを実施していること(10 percent facts and circumstances test)という条件を満たすことにより、501⒞⑶団体として認められる可能性がある。その際には、団体のガバナンス(親族や利害関係者が多く理事等に就任したりしていないか、高額な給与を得ている従業員がいないか)、会費の金額は適当か(会員となることでのメリットと比較して高額すぎることはないか)など多くの点が考慮される。さまざまな観点が総合的に考慮さ れるため、この認定については、IRSの裁量の余地があるといえる。 3 事業型パブリック・チャリティ(IRC509⒜2) 事業型パブリック・チャリティで想定されるのは、対価を受け取って公益的なサービスを提供し、かつ多くから支援を受けている団体である。事業収入が多い団体の場合、前述のPSTの算式を満たすことは難しい。そこで、代わって次の算式を満たす団体については、事業型パブリック・チャリティとして、501⒞⑶団体と認めている。算式は次のとおりで、過去4年間の平均で算出する。 (寄付金+助成金+事業収入)/総収入(事業収入を含む)≧ 1/3 前述したPSTの算式とは異なり、分母と分子双方に本来事業を含むことになる。なお、事業型パブリック・チャリティでは、投資収益や非関連事業収益は総収入の1/3を超えてはならないとされている。これは前述のパブリック・ サポーティッド・オーガニゼーションにはない規定である。 Ⅲ 501⒞⑶団体が提出を求められる書類 団体が501⒞⑶団体としての認定を受けるに当たっては、IRSにForm1023という書類を提 出する。認定を受けた後は、毎事業年度終了後、 Form990等の税務申告書を提出することが求められる。税務申告書といっても、その目的は税務当局への報告にとどまらない。会計数値のみならず活動内容やガバナンスに関する各種情報も求められ、広く一般に公開される。以下、 Form1023、 Form990の順に紹介する。 1 団体の申請に当たって提出するForm1023 501⒞⑶団体の申請にあたって、IRSに対して各団体はForm1023という書類を提出する。ここには、主として次のような項目が記載される。 表4 Form1023に記載される情報 出典:IRSのwebsite Form 1023 http://www.irs.gov/pub/irs-pdf/f1023.pdf(2014年10月30日アクセス)をもとに筆者作成 様式は、IRSのウェブサイト等で公開されている。pdfファイルで13ページ以上にわたる詳細なものである。書類の作成は小規模団体にとって過重な負担であるという声に応えて、 2014年よりこれを簡略化したForm 1023-EZが導入された。なお、過去3年の年間総収入 5万ドル未満かつ総資産25万ドル未満の団体がForm 1023-EZによる申請を利用できる。その他にも詳細な規定があり、IRSのウェブサイトでは、申請しようとする団体がForm 1023- EZを利用できるかどうかに関する質問表等も準備されている(http://www.irs.gov/pub/irs-pdf/ i1023ez.pdf)。新規申請の約70%がForm1023- EZでの申請が可能となると見込まれている。 当該申請は電子申請のみで、2014年10月現在、手数料は400ドルである。 なお、従来米国では設立から年数が浅い団体であっても一定期間税優遇を認める仮認定制度 (Advanced ruling process)があった。そして、設立後5年を経たあとに別途Form8734という書類を提出して本認定が行われた。仮認定制度は我が国の認定NPO法人制度で参考とされ、NPO法の改正に当たって導入された。一方、 米国では、仮認定制度は廃止されており、設立間もない団体でも本認定を受けることができるようになった。そして、設立6年目のForm990でPSTの要件を満たすことを示せば引き続き 501⒞⑶団体としての地位を保持することができるようになった。 2 PCが毎年IRSに提出する書類の種類 PCとして地位を得た後、毎事業年度終了後にIRSに対して提出する書類は、団体の規模に よって異なる。大規模な団体であるほど、より詳細な書類が求められる。規模に応じて、提出しなければならない書類は3種類に分かれており、次のとおりである。 表5 PCが提出する書類の種類(規模別)(2014年10月現在) 出典:IRSのwebsite Form990の種別(http://www.irs.gov/Charities-&-Non-Profits/Form-990-Series-Which-FormsDo-Exempt-Organizations-File%3F-%28Filing-Phase-In%29 (2014年10月30日アクセス)をもとに、筆者作成。 なお、小規模な団体がより大規模な団体向けの書類を作成・開示することは認められる。例えば、Form 990-EZの提出が求められている 団体が、Form990 を提出したり、Form990-Nの提出が求められている団体が、Form990- EZを提出するなどである。それぞれの書類は、 各団体の会計年度終了後、5ヶ月後の15日(た とえば1月1日から12月31日までを事業年度とする団体の場合、5月15日が提出期限となる)までに提出が求められる。提出後、広く一般に公開される。 3 Form990 はじめに、比較的大規模な団体に求められ、 内容も詳細なForm990について述べる。近年その記載内容は拡充される傾向にある。とりわけ、 特に理事の報酬などガバナンスに関連する情報の充実が求められ、最近では2008年にガバナンスに関連する事項を中心に記載すべき内容が大幅に拡充され、その後もさらに開示内容を充実させていく方向にある。Form990には、次頁表6のような内容が記載される。 Form990に記載される情報は、FASBが規定する会計基準と一部異なる。例えば、FASBは 一定の条件のもとで、ボランティアの提供を受けた場合、サービスの受け入れを収益とし、その費消を費用に含めることを求めている(ASC Accounting Standards Codification 958-605-25- 10)が、Form990では、ボランティアは貨幣額に換算されず、費用や収益に影響しない。また、 FASBの基準は有価証券の時価評価を求めてい る(ASC 958-320-35-1)が、Form990ではそれは求められていない。これにより、FASB基準に基づく正味財産の残高と、Form990での正味財産の残高が異なってくることがある。 Form990では、pdfファイルで公開される様式だけでも12ページに及んでいる。そして、すべての団体が共通の様式に従うことによって、 比較可能性も担保されている。もっとも、作成には時間と専門的能力が求められるため、筆者の聞き取りによれば、多くの団体が会計事務所にForm990の作成や作成補助を依頼している。 4 Form990-EZ Form990-EZになると、Form990と比較して小規模な団体が対象となり、各種の財務情報やガバナンス情報の記載は簡略化されたものと なる。その構成は32頁表7のとおりである。 Form990-EZでは、開示情報は限定され、資産・負債・正味財産や収益・費用に関する情報についても細分化が求められない。そして、 IRSが公表する様式もpdfフォーマットで6ページ と、Form990の半分程度となっている。もっとも、 理事等の報酬の情報等、ガバナンスに関する情報は求められている。 表6 Form990の構成とその内容 出典:IRSのwebsite Form990の様式 http://www.irs.gov/pub/irs-pdf/f990.pdf (2014年10月30日アクセス) をもとに筆者作成 表7 Form990-EZへの記載事項とその内容 出典:IRSのwebsite Form 990-EZの様式 http://www.irs.gov/pub/irs-pdf/f990ez.pdf (2014年10月30日ア クセス)をもとに筆者作成 5 Form990-N Form990-Nは小規模な団体を対象とした書類であり、組織の名称、代表者名、ウェブサイトのURL、会計年度などごく簡単な記載でよい。米国連邦政府における電子化の流れに沿い、 Form990-Nは、e-postcard という電子申請のみが受付手段である。 2008年度以降、教会など一部を除きForm990 -Nの提出は必須となっており、3年連続で提出がない場合、501⒞⑶団体としての地位が取り消されることになる。 6 PFが提出するForm990-PF PFが毎事業年度終了後に提出する書類として、Form990-PF がある。次頁の表8に示す 構成となっている。PFでは、PCとは異なる情報が求められており、書類の構成が大きく異なっている。そして、Form990-PFも他のForm990と同様に一般に公開される。 PFでは、投資収益に対して課税がなされることもあり、投資額やそのリターンに関する情報が、PCを対象とするForm990と比較して詳 細に開示されていることが特徴である。これは、PFの投資活動が課税の回避につながらないよう牽制することも目的であると考えられる。 以上のとおり、501⒞⑶団体では、団体の規模、そしてPCかPFかにより書類の種類は異なる。小規模団体に配慮し複数の様式が用意されているが、いずれも広く一般に公開されていることが特徴である。 Ⅳ 501⒞⑶団体に関連する税の優遇 本章では、団体自身が享受する税の優遇、そ して団体に対する寄付者(法人・個人)が享受できる優遇について述べる。IRCは連邦税の優遇を規定した連邦法であり、州税や地方税の規定はさまざまである。ここでは、主として連邦税について述べる。 1 当該団体の法人所得税等に関する優遇 501⒞⑶団体では、PCにおいては事業からの所得及び投資収益には、連邦法人所得税等は課税されない。PFでは、投資収益に対して2% (一部は1%)の課税が行われる(IRC4940)。団体の本来の非営利目的に関連しない活動から得られた非関連事業収益(Unrelated Business Income) については、法人税が課税される。税率は通常の営利企業と同率に設定され、軽減税率は存在しない。非関連事業収益が1年間で1,000ドル以上生じた団体については、Form990-Tという書類を以上に述べたForm990とは別に提出しなければならない。 なお、連邦税の他、各州において州税・地方税においても優遇されることが多いようである。例えば、固定資産税や売上税の一部が免除される州が多い。 表8 Form990-PFの構成と内容 出典:IRSのwebsite Form990-PFの様式 http://www.irs.gov/pub/irs-pdf/f990pf.pdf (2014年10月30日ア クセス)をもとに筆者作成 2 当該団体への寄付者(個人)に対する課税の優遇 団体に対して寄付をする個人や法人に対しても、税優遇がある。寄付者が個人である場合、 連邦個人所得税及び連邦遺産税が減額される。 連邦個人所得税においては、所得控除が行われる。なお、控除が可能となるのは、個人で項目別控除(Itemized Deduction)を選択し、所得控除を申請する場合である。概算控除(Standard Deduction)の場合には対象とならない。かつては概算控除の対象者にも所得控除が認められていたことがあったが、現在では適用されない。 オバマ政権では、概算控除対象者に対する寄付控除を復活させる動きがあったものの、実現していない。ちなみに、米国民の約3割が項目別控除を採用しているが、概算控除を選択する国民の方が多い。一般的に、項目別控除を採用する個人は富裕層に属することが多い。このような富裕層からの寄付が、米国のNPO活動に大いに貢献している。 所得控除の限度額は、対象がPCかPFか、また寄付をする資産が現金か、それ以外の資産か (土地や有価証券等)によって異なる。PCに対する寄付は、PFに対する寄付よりも優遇されて いる。 PCへの現金の寄付は課税所得の最大50%の所得控除と限度額が大きく、PFへの寄付は(一部を除き)課税所得の最大30%に制限されている。現金以外の有価証券や土地等の場合、PCでは課税所得の最大30%で、PFでは(一部を除き)最大20%である。なお、自ら事業を行う事業型PFでは、控除上限額がPCに準じて設定される。 特徴的なのは、ある年度において制限を超えて寄付を行った場合、限度超過分は5年間の繰越が認められることである。ある年度に多額の、特に分割が難しい土地や建物などを寄付する際には、繰越の恩典は大きい。ちなみに、我が国では繰越は認められていない。 遺贈の場合には、PCでもPFでも、課税対象財産から100%控除でき、その分連邦贈与税及び遺産税が軽減される。遺贈は大口の寄付となる傾向があり、これが米国の寄付文化を支えている。以上に述べた連邦税の優遇がある他、州 によっては、州税や地方税でも優遇が得られることがある。 3 当該団体への寄付者(法人)に対する課税 の優遇 法人が寄付を行った場合、連邦法人所得税の計算上、所得控除が行われる。なお、控除できるのは課税所得の10%までという上限があり、 PCでもPFでも変わらない。また、個人の場合とは異なり、現金を寄付してもそれ以外の資産を寄付しても、10%の上限は変わらない。フォード財団やGM財団といった企業財団は、 企業からの寄付に資金調達の多くを依存しており、PFとなっている。法人の場合も、ある年度に上限を超える寄付を行った場合、限度超過分は5年間の繰越が認められる。また、州によっては、州税や地方税でも優遇が得られることがある。 Ⅴ まとめと展望 米国では、501⒞⑶団体が課税上優遇の大きい、公益性の高い団体として扱われている。団体として認定を受けるにあたって、PSTが重要な役割を果たしている。多くの個人の寄付に支えられている団体を、公益性の高い団体(PF) として優遇している。活動内容や活動目的が公益に資するものであっても、特定の大口寄付に頼る団体は、同等の優遇が得られない制度となっている。 米国では、我が国の公益認定にある遊休財産規制や収支相償規制と同様の規制はない。もっとも、それは米国において501⒞⑶団体の認定やその後の運用が容易であることを必ずしも意味しない。例えば、501⒞⑶団体から不当な利益を得たり、自己取引を行った場合には、懲罰的課税が行われる。そして、Form990では、会計情報だけではなく活動やガバナンスに関する情報についても、広く一般に公開されている。また、PFでは毎年保有する資産の一部を組織外に拠出することが求められる。これは、遊休財産の保有ひいては租税回避を防ぐための措置である。さらに、PFでは投資収益にも課税される。 寄付者に対する優遇を見ると、米国では所得控除のみで税額控除は選択できないのに対して、我が国では税額控除も選択できる。特に低所得者にとっては、税額控除が有利になる。さらに、米国では所得控除を受けられるのは項目別控除を選択し申告を行う納税者に限定されているのに対して、我が国ではそのような制限はない。このように、我が国における個人の寄付に関する税控除は、米国より充実している点がある。もっとも、ある年に多額の寄付を行うといった場合には、我が国では限度超過分の繰越が認められないが、米国では5年間にわたって認めら れる。 以上の通り、日米の制度は異なるが、本稿はその是非を判断することが目的ではない。我が国において、米国の実務から学ぶべき点はどこにあろうか。第一に、PCとPFの取り扱いは検討に値しよう。活動が公益目的であっても、広く一般から寄付を得るPCの条件に合う団体とそうでない団体とで、別規制となっている。 501⒞⑶団体の認定や活動に一定の自由度を確保するとともに、PFでは、租税回避の防止や税収の確保を図っている。第二に、Form990等による一般への情報開示である。大規模団体では、会計情報のみならずガバナンスや活動内容の情報開示を充実させている。小規模団体へは別様式にて配慮を行っている。PFにおいては、各種投資収益に対する情報も求められる。これらが共通の様式で開示されることで、非営利組織の活動や財務に対する一般の理解の促進につながっている。我が国においても、会計情報とそれ以外の活動・ガバナンス情報を、組織間の比較可能性を担保したうえで積極的に開示していくことが求められよう。 本論文は、科学研究費補助金平成24~26年度基盤研究C一般課題番号24530582「統一公会計基準設定に向けた国内・国際公会計基準の比較分析」の研究成果の一部である。 [参考文献] Anthony Mancuso, “How to Form a Nonprofit Organization.”,NOLO, 2013. Giving USA, “The Annual Report on Philanthropy for the Year 2013.”, 2014. Congressional Research Service, “An Overview of the Nonprofit and Charitable Sector.”, 2009. Financial Accounting Standards Board (FASB), ”Accounting for Contribution Received and Contribution Made,” Statement of Financial Accounting Standards No.116, 1993. Internal Revenue Service, “Compliance Guide for 501 ⒞⑶ Public Charities.”, 2009. Lampkin.M.L., “Automatic Revocation of Nonprofitsʼ Tax-Exempt Status.” Guidestar USA, 2010. 跡田直澄・前川聡子・末村祐子・大野謙一 「非営利セクターと寄付税制」、『フィナンシャル・レビュー』、No.65、74-92頁、 2002年。 雨宮孝子「パブリック・チャリティとパブリック・サポート─米国における公益性認定の基準─」、『公益法人』、Vol.28、No.7、 2-9頁、1999年。 雨宮孝子「NPOの法と政策─米国税制のパブリック・サポート・テストと悪用防止の中間的制裁制度─」、『三田学会雑誌』、 Vol.92、No.4、91-111頁、2000年。 岩田陽子「アメリカのNPO税制」『レファレ ンス』、No.644、30-42頁、2004年。 加藤慶一「NPOの寄付税制の拡充について」 『レファレンス』、No.715、43-64頁、2010 年。 田中弥生・馬場英朗・石田祐「新しい公共と認定NPO法人制度―パブリック・サポート・テストは寄附文化を促進するか―」、 『非営利法人研究学会誌』、Vol.13、21-30 頁、2011年。 塚谷文武「アメリカのNPO税制の構造と実態」、『立命館経済学』、vol.59、No.6、402 -416頁、2011年。 [参考ウェブサイト] Applying for 501⒞ ⑶ Tax-Exempt Status http://www.irs.gov/pub/irs-pdf/p4220.pdf ほかIRSのウェブサイト全般(2014年10月 30日最終アクセス) Urban Institute http://www.urban.org/ (2014年10月30日最終アクセス) (論稿提出:平成26年11月28日)

  • 非営利法人の公益性判断基準― 一般社団・財団法人と特定非営利活動法人を事例として ― / 初谷 勇 (大阪商業大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 大阪商業大学教授 初谷 勇 キーワード: 非営利法人 公益性判断 公益増進性判断 一般社団・財団法人 NPO法人 地方分権改革 要 旨: 本論では、非営利法人の公益性判断とその準拠する考え方について、一般社団・財団法 人とNPO法人とを比較検討した。非営利法人の公益性判断は二段階で捉えられる。一つは、 法人格を取得する際に受ける公益性判断である。これにより法人は法人税制上優遇される。 二つ目は、公益増進性判断である。これにより、法人への寄附者が税制上優遇される。第一の公益性判断については、一般社団・財団法人は、許可主義の廃止と準則主義の採用により行政庁による公益性の判断を受けなくなった。NPO法人は、所轄庁の公益性の判断を受けるが、判断主体の地方分権化・分散化が進み、判断基準も拡充した。第二の公益増進性判断については、一般社団・財団法人は、「民間の担う公益」を掲げる制度改革により判断主体が民間合議制機関となり、判断基準は法定・統一化された。NPO法人は、分権化により判断主体が所轄庁に一元化され、判断基準の根拠法がNPO法となり緩和が進んだ。 構 成: I  はじめに II 分析枠組み III 公益(増進)性判断主体と公益(増進)性判断基準の設定 Ⅳ 公益(増進)性判断主体と公益(増進)性判断基準の変化 Ⅴ 公益(増進)性判断主体と公益(増進)性判断基準の準拠する考え方の推移 Ⅵ おわりに:公益増進性判断基準としての条例個別指定PST Abstract This paper compared general incorporated associations, general incorporated foundations, and specified nonprofit organizations with regard to authorization of charitable status of nonprofit organizations and the background on which such authorization is based. The charitable status of nonprofit organizations is authorized in two stages. In the first stage, charitable status is authorized when a general incorporated association, general incorporated foundation, or specified nonprofit organization becomes a juridical person. This authorization entitles the juridical person to receive preferential treatment under the Corporation Tax Law. In the second stage, the improved public interest is evaluated. This evaluation entitles donors to the juridical person to receive preferential treatment under the Income Tax Law, Corporation Tax Law, and Inheritance Tax Law. In the first-stage authorization of charitable status, general incorporated associations and general incorporated foundations were exempted from the evaluation for public interest by administrative agencies when the system of permission by evaluation was replaced by a system permission based on rules. Although specified nonprofit organizations are still evaluated for utility by competent authorities, the evaluation authority has been decentralized or assigned to local governments and the evaluation criteria have been expanded. The authority to evaluate public interest improvement by general incorporated associations and general incorporated foundations in the second stage has been given to the commissioners of the Public Interest Commission selected from among private citizens following system reform advocating public interests borne by the private sector, and the evaluation criteria have been legally established and standardized. The authority to evaluate specified nonprofit organizations has been given uniformly to competent authorities through decentralization of power, and the evaluation criteria have been relaxed as such criteria have come to be governed by the NPO Law Ⅰ はじめに 本論は、非営利法人研究学会第18回大会の統一論題「非営利法人に係る公益性の判断基準」 における筆者の報告に基づく。 大会実行委員会から報告者らに示された統一 論題の発題趣旨は次のとおりであった。 「法人格の付与と公益性の認定を分離した制度設計となっている『一般社団・財団法人』 と『特定非営利活動法人』の各々の公益性判断基準には、『程度の差として理解されるも のだけではなく、根本的に公益性の捉え方が異なると思われる要素も見受けられる』こと から、『日本における公益性判断に係る思考を検討する』ことを主目的とし、その検討を 補完するために、他国の公益性の判断基準を取り上げる。」 4名の報告者のうち筆者(第二報告者)への役割期待は、この題意にも窺われるように、① (第一報告が一般社団・財団法人の側から論じられるのに対し、)特定非営利活動法人(以下「NPO法人」という。)の側からその公益性判断基準について、一般社団・財団法人の公益性判断基準との相違点を整理し、そこに見られる②「程度の差として理解されるもの」と「根本的に公益性の捉え方が異なるもの」とを区別し、③そうした「公益性判断に係る思考」を検討することにあった。 そこで、これらの検討課題に対し、筆者のNPO政策論(非営利法人政策論)の観点から、「公益(増進)性判断」と「中央・地方政府間関係」に係る二つの分析枠組みを用いて考察することとした1)。その上で、その「公益性判断に係る思考」を、認定特定非営利活動法人(以 下「認定NPO法人」という。)制度に導入された公益性判断基準であるパブリック・サポート・ テスト(PST)の出所:アメリカの非営利法人制度における「公益性判断基準に係る思考」に照らしたとき、両者の関係をどのように理解することができるのかについては第三報告に譲ることとした。 Ⅱ 分析枠組み 本論は二つの分析枠組みを用いる。第一は、 公益性判断と公益増進性判断の区別とそれらの段階的な把握である。第二は、中央・地方政府間関係における集権・分権と集中・分散の区別である。 1 公益性判断と公益増進性判断 まず、公益性判断と公益増進性判断の区別と段階的把握について述べる。 前掲の題意にいう「公益性判断」とは、一般社団・財団法人が公益認定により公益社団・財団法人となる場合やNPO法人が認定により認定NPO法人となる場合のように、寄附金税制上の優遇対象法人となる場合の「公益認定」や 「認定」に際して行われる公益性判断を包括して指していると考えられる。しかし、本論では、 従来の制度において任意団体が旧公益法人やNPO法人の法人格を取得する場合のように、法人所得課税上普通法人より優位な立場(収益事業課税)に到らせる「許可」や「認証」に際して行われてきた公益性判断を第一段階の「公益性判断」とし、さらに寄附金優遇対象法人に到らせる「公益認定」や「認定」に際して行われる公益性判断を第二段階の「公益性判断」 (以下、前者と区別するために「公益増進性判断」という。)として連続的、段階的に捉えることとしたい2)。 2 集権・分権と集中・分散 次に、中央・地方政府間関係における集権・分権と集中・分散の区別については、先行研究による分析枠組みを援用する3)。 1983年、天川晃は、中央政府と地方団体の関係を分析するモデルとして〈集権〉─〈分権〉(centralization-decentralization)軸と〈分離〉─ 〈融合〉(separation-interfusion)軸の組み合わせによる4類型を提示した。集権・分権軸は、 中央政府との関係で見た地方団体の意思決定の自律性を示し、地方団体とその住民に許された自主的な決定の範囲を狭く限定しようというのが集権型、反対にこの範囲を拡大させるのを分権型とする。一方、分離・融合軸は、中央政府と地方団体の行政機能の関係を示し、地方団体の区域内の中央政府の行政機能を誰が担うのかを問題とする。地方団体の区域内のことではあっても中央政府の機能は中央政府の機関が独自に分担するのが分離型、逆に、中央政府の機能ではあっても地方団体の区域内のことであれば地方団体がその固有の行政機能とあわせて分担するのが融合型とする4)。天川は、このモデ ルを日本の地方自治制度の位置づけに用い、明 治以降の集権・融合型が「戦後改革」を経て分権・融合型に再編されたとする(図1の①→②→③に相当)。 次いで1998年、神野直彦は、日本の行政システムを分類するモデルとして集中・分散軸と集権・分権軸の組み合わせによる4類型を提示した。それによると、政府体系を構成する各級政府が人々に提供する行政サービスの提供義務が上級政府に留保されている度合が強いほど集中的なシステム、その逆は分散的なシステムとする。また、これらの行政サービス提供義務の実質的決定権が上級政府に留保されている度合が強いほど集権的なシステム、その逆は分権的なシステムとする。神野は、このモデルを各国の行政システムの類型化に用い、日本は集権的分散システムであるとした5)(図2の①)。 西尾勝は、上記の天川モデル、神野の分類軸を援用した上で、戦後日本の地方制度の特徴点として、⑴集権的分散システム、⑵集権融合型 =地方制度、⑶「三割自治」、⑷市町村優先主義と市町村横並び平等主義を挙げている6)。西尾は、このうち⑵について、日本の行政システムを先進諸国並みのグローバル水準に近づけるために、まずは日本独特の機関委任事務制度を全面廃止し、国と自治体の融合の度合を大幅に緩和することが求められ、それが集権性の度合を大幅に緩和すること(図1の①→②に相当)にも寄与するとし7)、第一次分権改革の根底を成した考え方に言及している。 地方分権改革が20年を経て一定の進展を見せた今日、日本の特徴点に係る西尾の指摘は、我が国において、かりに集権融合型の傾向が依然強いとしても、行政サービス提供義務の各級政府間の融合の度合(上級政府に集中的か、下級政府に分散的か)を検討し、集権的分散システムから分権的分散システムへの移行(図2の①→ ②)の可否や是非を議論する必要があるという問題提起と解することができる8)。地方分権改革を、意思決定権限の集権性の緩和と、行政サービス提供義務の中央政府への集中度を緩和し自治体への分散度を高める改革として捉えるものといえよう。 本論のテーマに即して考えるならば、天川モデルにいう「集権・分権」は、非営利法人の公益(増進)性判断(行為)における自治体の意思決定の自立性の問題として、また、「融合・ 分離」は、公益(増進)性判断という行政機能の中央・地方政府間の分担関係の問題として捉えることができる。一方、神野の分類軸にいう 「集中・分散」は、非営利法人の公益(増進) 性判断(と、それを通じて創出される「公益(増進) 性を具えた非営利法人」を通じて行われる公共サービスの提供)義務が上級政府に留保される度合の問題として、また、この場合の「集権・分権」は、そうした公共サービス提供義務の実質的決定権が上級政府に留保される度合の問題として捉えることができる。 図1 集権・分権軸と融合・分離軸(天川モデル) 出所:天川[1983]に基づき、筆者作成。 図2 集権・分権軸と集中・分散軸 出所:神野[1998]、同[2002]、西尾[2007]の記述をもとに筆者作成。 Ⅲ 公益(増進)性判断主体と公益(増進)性判断基準の設定 1 従来の公益法人制度における公益(増進) 性判断主体と公益(増進)性判断基準 まず、従来の公益法人制度における公益性判断主体と公益性判断基準、また公益増進性判断主体と公益増進性判断基準を振り返る。そこでは、公益法人の設立許可及び指導監督に関する権限は主務官庁にあり(主務官庁制・許可主義)、法人の設立と「公益性判断」が各主務官庁において一体的になされ、法人格の付与と法人課税上の優遇が連動していた。その上で一定の要件に基づく厳格な「公益増進性判断」に適合した法人のみが寄附金優遇対象法人である「特定公 益増進法人」に認定されていた。 ⑴ 公益(増進)性判断主体 第一に、公益性判断主体である「主務官庁」 は、内閣の行政事務を分担管理する府省を指すが、1の都道府県の区域内に事業が限られる法人については、その権限は都道府県知事等に委任されていた9)。その後、1997年の「地方分権推進委員会第二次勧告」から第三次、第四次勧告を受け、1999年の地方分権一括法(2000年施行)に基づく地方自治法改正により機関委任事務が廃止されたことから、公益法人の設立許可に関する事務のうち都道府県知事等に委任されているものは都道府県の自治事務となった。 この間の事情を見るならば、1996年3月、「地方分権推進委員会中間報告」に「機関委任事務制度そのものを廃止する決断をすべきである」との記述が盛り込まれ、廃止後の事務区分のあり方や一つひとつの事務の分類についての検討が始められた。具体的には、同年10月以降、地方分権推進委員会は各省庁の所管法の関与の規定の見直しや、事務の区分を法定受託事務にするのか自治事務にするのかという「振り分け作業」を「グループヒアリング」により集中的に実施した。このグループヒアリングでは、「法人の設立許可」の問題も地方分権推進委員会と各省との間で争われ、「およそ法人設立の 許可は国に専属している」とする省庁の主張が、 振り分け作業の中で修正されたことが報告されている10)。 また、特定公益増進法人を認定する公益増進性判断主体も、主務官庁が財務大臣と協議の上行っていた11)。 ⑵ 公益(増進)性判断基準 第二に、公益性判断基準については、従来の制度下でも既に各主務官庁による縦割りの自由裁量による弊害が指摘されていたことを受けて、 基準の一定の統一性を確保するために、主務官 庁間の連絡調整を踏まえ、「公益法人の設立許可及び指導監督基準」(平成8年9月20日閣議決定)及び「公益法人の設立許可及び指導監督基 準の運用指針」(平成8年12月19日公益法人等の指導監督等に関する関係閣僚会議幹事会申合せ)が定められ、これらに基づいて公益性判断が行われ るようにはなっていた。 このように、従来の公益法人制度では、公益性判断主体については、当初、国への集権を基本に機関委任を通じた都道府県知事等へ分散する体制であったものから、都道府県への部分的な分権(自治事務化)・分散の体制へ移行し、公益性判断基準については統一化に向けた伏流が見られたということができる。また、公益増進性判断主体については、都道府県への法定受託事務化による分散体制にとどまり、公益増進性判断基準については主務官庁の大きな裁量が残存していた。 2 NPO法人制度における公益(増進)性判断 主体と公益(増進)性判断基準 次に、NPO法人制度における公益性判断主体と公益性判断基準、また公益増進性判断主体と公益増進性判断基準を振り返る。 1998年に民法第34条(当時)に対する特別法 として特定非営利活動促進法(以下「NPO法」 という。)が成立した。上記の公益法人の場合とパラレルに述べるならば、NPO法人の設立認証及び監督に関する権限は所轄庁にあるものとされた(所轄庁・認証主義)。法人の設立と「特 定非営利活動」該当性の判断―公益性判断―が所轄庁において一体的になされ、法人格の取得 は「人格なき社団並み」(普通法人と公益法人の中間)の限りにおいて法人課税上の優遇(収益事業課税)と連動していた。 公益法人における特定公益増進法人のような公益増進性判断を通じた寄附金優遇対象法人 (認定NPO法人)の制度は、NPO法制定後3年を 経た2001年に創設されたものの、同制度の利用はその後10年を経ても僅少にとどまった12)。 ⑴ 公益(増進)性判断主体 公益性判断主体である所轄庁は、原則として法人の所在する都道府県の知事とされ、例外的に2以上の都道府県の区域内に事務所を設置す るものは経済企画庁長官(のち内閣総理大臣)とされた(同法第9条)。また、公益増進性判断主体は国税庁長官とされた。 ⑵ 公益(増進)性判断基準 次に公益性判断基準については、認証基準が法定され(NPO法第12条第1項)、公益増進性判断基準については、租税特別措置法に規定されていた(同法第41条の18、第66条の11の2)。 このようにNPO法人制度では、公益性判断主体は、当初から都道府県への分権・分散体制が原則とされ、公益性判断基準については法定された。しかし、公益増進性判断主体や公益増進性判断基準は、別途税務当局の管轄下にあった。 Ⅳ 公益(増進)性判断主体と公益(増進)性判断基準の変化 1 新公益法人制度における公益(増進)性判断主体と公益(増進)性判断基準 2006年に成立した公益法人制度改革三法による新公益法人制度により、上記Ⅲの1で見た旧公益法人制度の主務官庁制・許可主義が廃止された。一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下「一般社団・財団法人法」という。)に より一般社団・財団法人の法人格取得は準則主義に基づくものとされたことから、従来の意味での公益性判断主体(主務官庁)や公益性判断基準(設立許可基準)は消失した。 一方、公益増進性判断主体は行政庁(内閣総理大臣又は都道府県知事)とされたが、実質的には民間有識者からなる合議制の機関の意見に基づき公益認定がなされることとなった。公益増進性判断基準が明確に公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(以下「公益認定法」という。)に法定され(同法第5条)、公益認定された法人はすべて寄附金優遇対象法人(特 定公益増進法人)となり、大幅に増加した13)。 このように、新公益法人制度では、従前の制度における公益性判断主体と公益性判断基準が消失し、公益増進性判断主体の民間化と公益増進性判断基準の法定、統一化が図られた。 2 改正NPO法に基づく公益(増進)性判断主 体と公益(増進)性判断基準 上記Ⅲの2で見たNPO法人制度は、東日本大震災の後、「新しい公共」の担い手となる NPO法人を拡充する趣旨の下に2011年6月22 日に公布された改正NPO法(2012年4月1日施行)によって大きく進化した。公益性判断主体の所轄庁のうち、2以上の都道府県に事務所を置く法人については、内閣府から主たる事務所の所在地の都道府県に、1の政令指定都市の区域のみに事務所を置く法人については、都道府県から政令指定都市に、各々所轄庁が変更された。公益増進性判断主体も国税庁長官による認定制度が廃止され、代わってNPO法の中に所轄庁(都道府県知事又は政令指定都市の長)による 「認定制度」が法定され(第三章)、公益性判断主体と一元化された。 次に、公益性判断基準については、拡充され (3種類の活動分野の追加等)、公益増進性判断基準(認定基準)については、2005、2006、2008 各年度の緩和に続き、PST基準が相対値、絶対値、条例個別指定の三つのいずれかを充足すればよいこととされる(第45条第1項1号)など、 大幅に緩和されるとともに選択肢が拡充された。 また、設立初期のNPO法人に財政基盤の脆弱な法人が多い事実から、1回限りのスタートアップ支援として、PST基準を免除した「仮認定制度」も導入された。 このように、NPO法人制度では、公益(増進)性判断主体の一元化と地方分権・分散がさらに進み、 公益(増進)性判断基準の大幅緩和が続いている。 Ⅴ 公益(増進)性判断と公益(増進) 性判断の準拠する考え方の推移 以上の推移から、「はじめに」で述べた問題関心のうち、NPO法人制度と公益法人制度の 比較からうかがえる①と②の相違点の整理とその内容(程度の差か根本的な考え方か)を検討するならば、さしあたり次のように整理すること ができる(表1参照)。 ⑴ 公益性判断 ① 公益性判断主体 公益法人制度では、公益性判断主体の 「地方分権・分散化」から主体の「消失」 に至ったのに対し、NPO法人制度では、 公益性判断主体の「地方分権・分散化」が 昂進している。 ② 公益性判断基準 公益法人制度では、公益性判断基準の 「統一化への伏流」が見られたが、やがて 基準の「消失」に至ったのに対し、NPO法人制度では、公益性判断基準が「法定」 され、さらにその「拡充」に至っている。 これらの相違は、公益法人の場合は公益性判断のよりどころとなる考え方が許可主義から準則主義へ転換したことによるもの であり、NPO法人の場合は認証主義の下 での地方分権・分散化と対象の拡充に向けた対応の深まりという「程度」の問題と捉えることができる。 表1 公益法人と特定非営利活動法人の公益性判断および公益増進性判断 出所:筆者作成 ⑵ 公益増進性判断 ① 公益増進性判断主体 公益法人制度では、公益増進性判断主体の「都道府県知事等への分散」から「都道府県知事への分散の継続と合議制機関設置による民間化」であるのに対し、NPO法人制度では、公益増進性判断主体の「(公益性判断主体である)所轄庁への一元化」が見られた。 ② 公益増進性判断基準 公益法人制度では、公益増進性判断基準 の「自由裁量」から「法定・統一化」に 至っているのに対し、NPO法人制度では、公益増進性判断基準の「根拠法の転換と基準緩和の昂進」が見られる。 以上より、本論の最初に掲げた統一論題の題意に対応させて小括するならば、一般社団・財団法人とNPO法人の各々の公益性判断のよりどころとなる考え方は、前者においては制度改革を経て、「官による公益」から「民間の担う公益」へ「根本的に公益性の捉え方が異なる」 ものとなった(転換した)。一方、後者においては、もともと「民間(市民)の担う公益」活動の器として構想されつつ、その公益性判断に (認証主義の範囲で)行政庁の一定の関与を残した制度設計がなされ、同制度とその準拠する思考は維持されている。公益性の捉え方が変化したというよりは、公益性の判断主体の分権・分散化と判断対象の拡充に向けた判断基準の緩和 といった対応の深まりが見られるのであり、いわば「程度の差として理解されるもの」が進行しているといってよい14)。 Ⅵ おわりに:公益増進性判断基準としての条例個別指定PST 最後に、本論で述べた非営利法人の公益性判断とその準拠する考え方について、筆者が用いた分析枠組みに照らして小括しておきたい。 第一に、非営利法人の公益性判断とその準拠する考え方を明らかにする上で、一般社団・財団法人とNPO法人を比較検討するに当たり、公益性判断を包括的に捉えるのではなく、段階的に把握することにより、公益(増進)性判断 の判断主体と判断基準の設定と変化の様相はより明確に対比できたのではないかと考えられる。 第二に、地方分権改革を経て、我が国の中央地方政府間関係は、まず、従前の強い「集権融合型」から集権と融合の度合を各々緩和させた、弱い「集権融合型」へ、さらに「分権融合型」 を志向してきた。また、「集権分散型」から、「分権分散型」へ移行してきた。換言するならば、前者においては「融合」を、後者においては「分散」を基調としながら各々「分権」の度合を高めてきたということができる。本論で見た一般社団・財団法人とNPO法人に係る近年の立法や法改正による制度改革(改編)もまた、その潮流の中にあるといえる。 そうした観点から注目されるのは、2011年の改正NPO法で導入された「市民公益税制」の 中の「条例個別指定PST」である。2009年9月、「新しい公共の担い手を支える環境を税制面から支援する」ことを標榜し、「市民公益税制P T報告書」(2010年12月)における提言を経て、 平成23年度税制改正大綱に「市民公益税制」が盛り込まれた。次いで2011年6月に改正NPO法が成立するとともに、税制改正(新寄附税制)も行われたが、この新寄附税制では、所得税の税額控除制度の導入とともに、認定NPO法人の認定要件の緩和(新PST・選択制)が行われ、 ①相対値基準(寄附金等収入金額/経常収入金額≧20%)、②絶対値基準(各事業年度中の寄附金額が3,000円以上の寄附者数が、年平均100人以上)、③ 地域において活動するNPO法人等の支援(条例で個人住民税の寄附金控除対象として個別指定)が選択可能になった15)。 このうち③については、各自治体の条例個別指定により個人住民税(都道府県民税4%、市町村民税6%)の税額控除を受けられるようにす るもので(地方税法第37条の2第1項3号、4号)、3号条例指定の対象は認定NPO法人、独立行政法人、公益社団・財団法人、学校法人、社会福祉法人、更生保護法人等であり、既に全都道府県で条例が制定されている。一方、4号条例指定の対象はNPO法人であるが、これまで北海道、神奈川県、埼玉県、三重県、滋賀県、京都府、奈良県、鳥取県、大分県、熊本県等で条例が制定されている。 この条例個別指定は、本論のテーマに照らすならば、公益増進性判断主体のさらなる地域分散を促進するものであり、各自治体には、いかなるNPO法人を指定するかについて主体的な基準設定と判断力が要請される。このことは、「分権分散」の意義を踏まえるならば、自治体経営において、管内の非営利法人という組織資源の横断的活用力が求められる一例ともいえる。また、公益増進性判断基準の観点からは、同制度では各自治体における指定に係る判断基準の多様性(分岐)を許容しており、指定に当たっての判断方法等についても各団体の創意に委ねられている。このことは、所轄庁の認証主義を 基盤としつつ、所管区域における寄附文化の醸成による非営利法人の財政基盤強化や、区域内の地域課題の解決に資するNPO法人との総合的な関係性構築力が各自治体に求められているといってよい。 同制度は、公益増進性判断に係る判断主体と 判断基準の両面における新展開の契機としての 意義を有していると考えられ、その展開と全国自治体の取り組み動向が注目される。そうし問題関心に基づく市民公益税制についての考察 は、別稿に譲ることとしたい。 [注] 1) 筆者のNPO政策論の考え方については、初谷[2001b]、第1章および初谷[2012]序 章参照。 2) 筆者はかつて、公益法人法制における主務官庁による法人設立許認可を「公益性評価システム」、公益法人税制における主務官庁にる特定公益増進法人の認定を「公益増進性評 価システム」と呼び、両者を連続的に捉えて、任意団体から公益法人へ、公益法人から特定 公益増進法人への移行における政府とNPOの関係を考察した。合わせて、両システムの分析枠組みを公益法人と特定非営利活動法人にそれぞれ当てはめて比較検討している(初谷[2001b]、4.2.2(44-49頁)、4.2.3(49-53頁))。また、NPO政策の観点から、公益法人及び特定非営利活動法人の法制及び税制上見られる「行政裁量」の課題について横断的に整理し、行政学等の先行研究における「裁量論」 で提示された分析枠組みを活用しながら、具体的な「公益性」や「公益増進性」の認定事例を分析し、適切な裁量統制のあり方について検討した(初谷[2001a])。 3) 以下の先行研究の分析枠組みの整理に基づき、 筆者は地域分権の制度設計と行程管理について論じている。初谷[2014]参照。 4)天川[1983]、120-121頁。 5) 西尾[2007]、8頁。神野は、「地方政府が主として『実行』、つまり主として公共サービスを供給していれば『分散』、中央政府が主として『実行』し、公共サービスを供給していれば『集中』とすれば、日本の政府間財政関係は分散システムである。しかし、『分権』 か『集権』かのメルクマールはあくまで決定権限にある。そこで中央政府が主として決定権を持っていれば『集権』、地方政府が主として決定権を持っていると『分権』とすれば、 日本の政府間財政関係は、あくまでも集権システムである。したがって、日本の政府間財政関係は『決定』が中央政府、『実行』が地方政府という集権的分散システムと呼ぶことができる。」と述べる(神野[1998]、118、124 頁)。そして、「いま求められるのは、『集権的分散システム』を打破して『分権的分散システム』を創り出すことである。」とする。 なお、「自治体が自己決定権を持つことで」 「団体自治と住民自治を兼ね備えた真の地方自治が可能になる。その場合、『縦割り』を 特徴とする国から権限と財源を移譲して、自治体が総合的な視点からサービスを担うという意味で、『分権的分散システム』は自治体の『集権的自己決定』を特徴とする。」と指摘している(神野、金子[1999]、229-230頁)。 同旨、神野[2002]、294頁。 6) 西尾[2007]、7-18頁。なお、西尾の天川モデルに対する評価については、西尾[1990]、403-438頁(「第12章 集権と分権」(原著論文 は1987年))に詳しい。また、その集権分権理論の再構成について西尾[2007]、Ⅴ章参照。 7)同上、13頁。 8) 同上、223頁。なお、西尾が②の集権融合型 は、①の集権的分散システムが日本で形成された由来、少なくともその一つの由来を説明したものになっており、(天川モデルを改装した)自らの類型区分と神野の類型区分は相互に全く矛盾していないとするのも本文と同趣 旨と考えられる。同上、10頁。 9) 機関委任事務。その他、主務官庁の権限が国の地方支分局長に委任されている例もあった。 10) 磯部力他[2014]、23頁。大森彌は、当時、 地方分権推進委員会がこうした省庁の主張に対し、「国家とは、実体法上に言えば、国と地方公共団体で構成されるのだから、形成権的な権能について専ら国の事務ということでなくていいのだ」と反論し、振り分け作業の 中で「宗教法人と学校法人と社会福祉法人以外の設立許可は都道府県知事に権限を持たせ るという整理になったことで、従前の固定観念が打破できたのではないか」と顧みている。 11) これを主務官庁による「2度の審査」とするものとして、水野[2011]、27頁。 12) 2012年10月25日時点でも280法人(NPO法人総 数の0.60%)にとどまっていた。 13) 旧公益法人制度での公益法人24,317法人のうち、特定公益増進法人は862法人(3.5%)に 過ぎなかったが、新公益法人制度で移行申請した20,736法人のうち公益認定された法人は 9,054法人(44%)と、約10倍に増加している(内閣府資料に基づく)。 14)  このように、一般社団・財団法人では公益 性判断のよりどころとなる考え方が従前とは 「根本的に変化」したのに対し、NPO法人で は公益性判断に行政庁のー定の関与を残す制 度とその準拠する思考を維持しつつ、公益性の判断主体の分権・分散化と判断基準の緩和 を進めることにより、「程度の差として理解されるもの」が進行している。 筆者は別稿で、公益法人制度改革の指導理念として標傍された「民の担う公共」という 価値観に一般社団・財団法人の実体が追いつくようになり、さらに「新しい公共」や「共 助社会」における民間公益活動の担い手の創出、育成という政策考慮が重なっていくこと によって、一般社団・財団法人が具えるようになる正統性との比較において、NPO法人がなお独立した体系として並存し続けることにいかなる積極的な「体系」的意義や正統性 を見出すことができるかが、改めて課題とし て浮上してきていると指摘した(初谷[2015]、 197-198頁)。 その課題に答える上でも、本文で見た両者の公益性判断のよりどころとなる考え方の相 違が、両法人類型の接近や収斂、あるいは離隔や放散のいずれを促すものとなるかについ ては、引き続き観察、検討を要するものと考える。 15) 市民公益税制については、加藤[2010]、市 民公益税制PT[2010]、日本租税理論学会編 [2011]を参照。 [参考文献] 天川晃[1983]「広域行政と地方分権」『行政の転換期』(ジュリスト増刊総合特集)、120 -126頁。 磯部力、大森彌、小早川光郎、神野直彦、西尾勝、松本英昭、中川浩昭、西村清司、 (司会)山崎重孝、小川康則[2014]「巻頭座談会 地方分権の20年を振り返って②」 『地方自治』第796号(2014年3月号)、2-35頁。 加藤慶一[2010]「NPOの寄附税制の拡充について」『レファレンス』2010年8月号、 国立国会図書館調査及び立法考査局。 市民公益税制PT[2010]「市民公益税制PT報告書」(平成22年12月1日㈬)、市民公益税制 PT。 神野直彦[1998]『システム改革の政治経済学』岩波書店。 ─[2002]『財政学』有斐閣。 神野直彦、金子勝[1999]『「福祉政府」への提言』岩波書店。 西尾勝[1990]『行政学の基礎概念』東京大学出版会。 ─[2007]『地方分権改革』(行政学叢書5)、東京大学出版会。 日本租税理論学会編[2011]『市民公益税制の検討』法律文化社。 初谷勇[2001a]「NPO政策と行政裁量─公益性及び非営利性の認定をめぐって─」 『ノンプロフィット・レビュー』Vol.1 No.1、 27-39頁。 ─[2001b]『NPO政策の理論と展開』大阪大学出版会。 ─[2012]『公共マネジメントとNPO政策』ぎょうせい。 ─[2014]「第11章 地域分権の制度設計と行程選択」日本地方自治研究学会編 [2014]『地方自治の深化』清文社、189- 208頁。 ─[2015]「第7章 論点の再整理 よりよい非営利法人法体系に向けて」岡本仁宏編著『市民社会セクターの可能性─110 年ぶりの大改革の成果と課題』関西学院大学出版会、185-210頁。 水野忠恒[2011]『租税行政の制度と理論』有斐閣。 (論稿提出:平成27年1月8日)

  • 一般社団・財団法人の公益認定基準の検討― 公益性判断基準と財務三基準 ― / 岡村勝義 (神奈川大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 神奈川大学教授  岡村勝義 キーワード: 公益認定基準 財務三基準 公益目的事業 公益性判断基準 税優遇判断基準 要 旨: 本論文の目的は、一般社団・財団法人の公益認定基準が実質的に何を判断する基準であ るのかを検討することである。18項目からなる公益認定基準を分類した上で、主要にして特徴的な次の4つの基準を検討対象にした。すなわち、それは公益目的事業に係る1号基準と財務三基準(6号・8号・9号)である。新公益法人制度は旧公益法人制度の重要部分を承継している。すなわち、公益法人になれば自動的に税優遇措置が与えられること、公益認定基準は設立・指導監督基準等の考え方を承継していることである。検討対象の4基準を制度の承継性に着目して検討した結果、1号基準は公益性判断基準という性格を持つものの、財務三基準は公益性判断基準ではなく税優遇判断基準という性格を持っているという結論を得た。 構 成: I  はじめに―問題の所在― II 公益法人制度と税制上の優遇措置 III 公益認定基準の内容と分類 Ⅳ 公益認定基準と「設立・指導監督基準等」 Ⅴ 公益認定基準における1号基準と8号基準 Ⅵ 公益認定基準における6号基準と9号基準 Ⅶ 結び―財務三基準は何を判断する基準か― Abstract The aim of this paper is to examine what is substantially judged by the standards for public interest corporation authorization. These standards are consisted of 18 criteria, four important and characteristic critera of them, first criterion and three financial criteria (sixth,eighth and nineth criteria), are examined. The important genes of the former public interest corporation system are transmitted to the new system-the preferential tax treatment and the concepts of the standards for public interest corporation permission. Considering the inheritance from the former public interest corporation system, we conclude that the first criterion is the one to judge the public interest, and three financial criteria have the function of judging to give the preferential tax treatment. Ⅰ はじめに―問題の所在― 2006年に成立した公益法人制度改革関連三法 は、2008年12月1日より施行されすでに5年を超え、新公益法人制度は定着しつつある。ここに公益法人制度改革関連三法とは、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」(以下、一般法人法、また一般社団・財団法人を一般法人という)、「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」(以下、公益認定法)および「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律及び公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(以下、整備法)を指している。 整備法によれば、特例民法法人が一般法人または公益法人に移行できる期間は5年間と定められ、当該移行期間に一般法人または公益法人に移行しない場合には、特例民法法人は原則として移行期間満了日に解散したものとみなされる。移行期間満了日である2013年11月30日では、特例民法法人24,317法人のうち約4割に相当す る9,054法人が公益法人となり、この割合は特例民法法人のうち公益事業を総支出の50%以上で実施していた法人数にほぼ匹敵している。公益法人は同時に寄附優遇税制を受ける特定公益増進法人となり、その数は制度改革前の862法人に較べ10倍以上増加している(内閣府[2014]4-5、8頁)。 一般法人の公益認定手続は次のようである。 すなわち、一般法人のうち、公益目的事業を行 う法人は行政庁に公益認定を申請し、申請を受けた行政庁は第三者機関に公益認定基準に適合するかどうかについて諮問し、当該機関の答申 に基づいて、行政庁が当該一般法人を公益法人 として認定する。ここにいう公益認定基準とは、 公益認定法が定めた、一般法人を公益法人として認定することができるか否かを判断するための基準である。 この公益認定基準は一般法人の公益性を判断するための基準であるのか。この場合、公益認定基準のすべてが公益性判断基準となるのか、それとも公益認定基準の一部が公益性判断基準となるにすぎないのか。このとき、公益性判断基準とならない公益認定基準は何を判断する基準であるのか。本論文の目的はこのような問題を検討することにある。このためには本来ならば、すべての公益認定基準を俎上に載せ検討すべきであるが、しかしここでは、公益認定基準のうち特徴的かつ主要な基準のいくつかを採り上げ、それらの基準は何を判断する基準であるのかについて検討することとする。 Ⅱ 公益法人制度と税制上の優遇措置 旧公益法人制度における民法(2006年改正前; 以下、旧民法)第34条は、「営利法人」と「公益法人」とに法人を分類し法人格を付与した。このため、非営利・非公益目的の団体は法人格のない「権利能力なき社団(財団)」となり、これが法人制度上の欠陥をなしていた(谷口 [1951]74-75頁、森泉[1977]6-8頁)。このような欠陥は、一般法人法が「営利法人」と「非営利法人」とに法人を分類し法人格を付与することになったため是正され、権利能力なき社団 (財団)に対しても法人化の道が開かれた。すなわち、一般法人法が新たに成立したことによって、法人格の取得が公益性の判断と分離され、非営利団体は準則主義によって法人格の取得ができるようになった。 旧民法上、公益法人として法人格を得るためには主務官庁の許可を要し、当該許可を得て成立した公益法人は収益事業について課税されるものの、公益事業は非課税という税制上の優遇措置を受けることができた。旧公益法人制度に おいては、法人格の取得と公益性の判断とが一体化していたために、主務官庁による公益性の判断により許可を得て法人格を取得した公益法人は、同時に税制上の優遇措置を受けることができた。したがって、旧公益法人制度においては、公益法人としての法人格の取得と税制上の優遇措置を受けることとは連動していた(ただし、特定公益増進法人としての認定取得は除く)。 主務官庁の設立許可に関する判断のために、後述するように1972年以降、設立許可審査基準 (設立後の公益法人については指導監督基準)の整備が主務官庁間で徐々に図られてきた。このような設立許可審査基準は、内容が曖昧であるが故に主務官庁の裁量が入り込む余地があるものの、許可権限を有する主務官庁における公益法人認定基準という性格を持っていた。このため、公益性の曖昧な団体が公益法人として設立許可を受けている、また公益性の判断が主務官庁の裁量に委ねられ不明確であるなどという批判や、 主務官庁と公益法人との癒着が生じやすいという批判が行われた(森泉[1977]3-5頁、大内 [2010])。しかし、このような批判等にみられる、設立許可等を行う主務官庁制の問題は、新たにつくられた公益認定法によって、非営利法人が 「一般法人」と「公益法人」とに分類され、また公益法人になるための公益認定における公益性の判断が主務官庁ではなく第三者機関に委ねられることになったため、解消されることになった。 公益認定法によって公益認定された公益法人は、その行う収益事業等について課税されるものの、公益目的事業について非課税であるという税制上の優遇措置を受けることができるので、この点では、旧公益法人の場合と変わらない。 公益法人になれば税制上の優遇措置を受けることができるということは、公益認定基準に適合 して公益認定を受けることと税制上の優遇措置を受けることとは連動しているということであ る(ただし、個人からの寄附金に対する税額控除制度の適用は除く)1)。 収益事業が法人税法施行令に掲げる34種に該当する事業であっても、当該収益事業が公益目的事業に該当すると第三者機関によって判断されれば、当該収益事業は非課税扱いとなる。このことと、みなし寄附金制度や特定公益増進法人としての寄附金優遇措置の適用を勘案すれば、 公益認定と税制上の優遇措置との連動性は、旧公益法人制度の場合に較べて強化されているとさえ考えられる(塩野[2009]33頁、原[2011]43- 51頁)。これからすれば、公益認定基準は実質的には、税制上の優遇措置のすべてではないとしても、主要な税優遇措置を受けるための基準という性格を持っている(江田[2012]13-19頁)。 Ⅲ 公益認定基準の内容と分類 公益認定基準は、公益認定法第5条各号に定められた全18号の総称である。公益法人になるための認定を受けるためには、これら18号から成る基準のすべてを充足しなければならない (以下、各号の基準を1号基準、2号基準のように呼 ぶ)。公益認定基準の分類にはいくつかあるが、 分類の仕方は論者によって異なる。したがって、公益認定基準間の関係についての理解に定まったものがあるわけではない2)。このため、公益認定基準間の関連づけについてのここでの理解を示すこととする。 公益認定基準を内容に着目して分類すれば、 それは2つに大別できる。その1つは、公益目的事業に係る1号基準を核にして、それを補完ないし補足する関係を持つ基準の集合であり、 これをまとめて「公益目的事業の実施の確保」ということにする。もう1つは、公益法人としての組織特性に関係する基準の集合であり、これを「公益法人としての組織特性」ということにする3)。 公益目的事業の実施の確保のための中心的な基準は1号基準である。1号基準は、公益目的事業を行い、当該事業が法人の主たる目的であることを定める。公益目的事業を行うとする場合、行う事業が公益性を有しているかどうかを判断する必要があるから、1号基準は事業の公益性を判断する基準となる。また公益性があると判断された公益目的事業が法人の主たる目的であるためには、当該事業は法人の事業の過半を占めるべきであるから、それを具体的に定める8号基準(公益目的事業比率)は1号基準の補完基準といえる。 法人の事業として公益目的事業のほかに収益事業等を行っている場合、収益事業等が公益目的事業の実施に支障を及ぼすべきでなく(7号)、また他の団体の意思決定に関与できる株式等を保有し、それを通じて収益事業等の割合を実質的に高める(15号)ことは公益目的事業比率の潜脱になろう。したがって、収益事業等を公益目的事業よりも大きくさせないよう制限をかける7号・15号基準は1号基準の補完基準となる。 公益目的事業を継続的に実施していくためには、実施可能な技術や専門的な人材・設備等が確保され、また財政基盤を明確にし財産管理や会計記録等が適正でなければならず(2号)、さらに公益目的事業に不可欠な特定財産も維持されなければならない(16号)。また将来の公益目的事業を円滑に継続させるためには、一定範囲の財産の内部留保が必要である(9号:遊休財産保有制限)。2号・9号・16号基準は公益目的事業を継続させそれを実効あるものにするために必要となるから、これらの基準も1号基 準の補完基準となる。 他方において、行うべき公益目的事業を実質的に骨抜きにしてしまうような事業や行為等を禁止する規定がある。公益目的事業を実施する上で、社会的信用を失墜させるような投機的な取引を行う事業等は行うべきでなく(5号)、 当該法人の関係者等または営利事業を営む者等に対して特別な利益や優遇を供与すべきではない(3・4号)。また、同一親族等および他の団体の関係者が理事または監事の3分の1を超え、その結果、特定の者の利益を実質的に代表させることになってはならず(10・11号)、ましてや 役員の報酬を不当に高く支給することによって、 実質的な財産分配を行うことは非営利性の潜脱となる(13号)。公益目的事業は収入余剰の獲得が目的ではなく、したがって実費弁償で行われるべき事業であることからすれば、収支相償が求められる(6号:収支相償)。これらの基準、 すなわち3号・4号・5号・6号・10号・11 号・13号基準も1号基準の補完基準ということができる。 公益法人としての組織特性に関する基準には、 次のようなものがある。一般社団法人の社員の資格得喪や議決権について不当な扱いをしてはならず(14号)、また情報開示の適正性を担保するために、一定の条件を満たす場合には会計監査人が設置されなければならない(12号)。さらに公益認定取消し等の場合、公益目的取得財産残額を類似公益法人等に贈与する定款規定 (17号)や、清算の場合における残余財産を類似公益法人等に帰属させる定款規定を置くことが求められる(18号)。これらの基準、すなわち12号・14号・17号・18号基準は、公益法人としての組織そのものの特性によって要求されるものである。 ここでは、公益目的事業の実施の確保として分類される公益認定基準のうち、その中核といえる1号基準と、財務三基準といわれる6号基準、8号基準および9号基準を俎上に載せ検討することとする。 Ⅳ 公益認定基準と「設立・指導監督基準等」 旧公益法人制度における公益法人の設立許可について、主務官庁間で審査基準を統一化する試みが行われ、徐々に審査基準の明確性は高まった。またそれに続いて、設立許可後の公益法人の運営に関する指導監督のための基準も整備されていった。このような基準の整備は、公益法人の不祥事件が起きるたびに行政監察を行い、その勧告を受けて行われてきた4)。 その嚆矢は1972年の「公益法人設立許可審査基準等に関する申合せ」であり、これは1971年の行政監察において各府省庁に共通する統一的な審査基準の作成を求めた勧告に基づいている。その後、公益法人の不祥事件によって業務運営上の問題が顕在化し、1985年の行政監察に基づく勧告によって、統一的な指導監督基準の作成が求められたので、翌1986年に「公益法人の運営に関する指導監督基準について」が申合わされた。しかし、依然、不適切な事業運営を行っている公益法人が存在したため、行政監察により基準について可能な限り具体化・明確化した 運用マニュアルの作成が求められた。このため、1993年に「公益法人設立許可審査基準等に関する申合せ解説」と「公益法人の運営に関する指導監督基準解説及び取扱指針」からなる運用マ ニュアルである「公益法人の設立及び指導監督基準の運用について」が申合わされた。 しかし、公益法人の不祥事件は後を絶たず、 このために主務官庁の指導監督等のあり方に多くの批判が寄せられたので、それを背景に与党行革プロジェクトチームの提言が提出され、それを踏まえてそれまでの基準と運用マニュアルを統合した「公益法人の設立許可及び指導監督基準」が1996年に閣議決定され、また「公益法人の設立許可及び指導監督基準の運用指針」が申合わされた。この基準と運用指針はその後何回か改正され、最終改正は2006年に行われた (以下、基準と運用指針を「設立・指導監督基準等」と呼び、基準等からの引用は2006年最終改正のものから行うこととする)。 このように、1970年代の初頭から始まった、公益法人に対する設立許可審査および適正な運営管理のための指導監督の基準等の整備は、1990年代末に一応の完成をみる。公益法人制度関連三法施行前では、設立・指導監督基準等が主務官庁にとって依拠すべき公益法人設立許可基準および行政指導・監督基準であった。 2000年に入ってから公益法人制度の抜本的改革の動きが急速に進捗した。2003年に「公益法人制度の抜本的改革に関する基本方針」が閣議決定され、翌2004年に公益法人制度改革に関する有識者会議報告書が公表され、それを受けて 「今後の行政改革の方針」が閣議決定された。この閣議決定では、公益性を有する非営利法人を判断する要件について、設立・指導監督基準等「を踏まえつつ、法人の目的、事業及び規律の面から、できる限り裁量の余地の少ない明確なものとする」とされた(閣議決定[2004]7、 別紙3、3⑵)5)。この閣議決定に従って公益認定法上の公益認定基準が策定されてきたはずであるから、公益認定基準は設立・指導監督基準等の考え方を承継していることになる。このことは事実、旧公益法人制度からの移行期間が終了した時点での内閣府の、次のような記述でも 明示されている。すなわち、「公益認定の基準は、従来の指導監督基準(閣議決定)等を基に …規定され…透明性が確保されており、内容面でも厳しくなったわけでは」ない(内閣府[2014] 7頁)。 設立・指導監督基準等の考え方が公益認定法上の公益認定基準に承継されているとすれば、 検討対象としての1号基準、6号基準、8号基 準および9号基準について、設立・指導監督基準等の考え方がどのように承継されているか (場合によっては、どのように修正して承継されてい るか)を含めて、その内容を検討することが必要になる。 Ⅴ 公益認定基準における1号基準と8号基準 1 1号基準における承継性と独自性 公益認定基準としての1号基準は、公益目的事業の実施を主たる目的としなければならないと定める。法人の行う事業が当該基準に定める公益目的事業に当たるかどうかの判断は、当該事業について公益性があるか否かを判断することに他ならない。ここに公益目的事業とは、「学術、技芸、慈善その他の公益に関する別表各号に掲げる種類の事業」(以下、別表列挙条項) であって、かつ「不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与する」事業(以下、不特定多数条項)である(認定法2条4号)。したがって、1号基準は公益目的事業のこの定義を介して、公益性判断基準としての機能を果たすことになる。 公益認定法の別表には、公益に関する23事業が掲げられる(実質的には22事業)。これに対し、設立・指導監督基準等では、「公益法人の行う 公益活動は、教育、芸術、環境保護、福祉、国際関係など極めて多岐にわたっている」(2事業、 指針⑴)と例示されるのみで、それらは特定化され別表列挙されているわけではない。したがって、公益認定基準では、設立・指導監督基準等上の公益事業の例示を承継しつつも、公益目的事業の定義を介して公益事業そのものが特定化され明確にされたことになる。別表列挙条項は、特定非営利活動促進法(NPO法)における特定非営利活動に関する別表列挙と税法上の特定公益増進法人認定要件としての37類型の業務の規定(旧法人税法施行令77条3号)が参考にされたと考えられる。なぜなら、NPO法上の特定非営利活動は「不特定かつ多数のものの利益の増進に寄与することを目的とする」活動とされ、また公益法人は同時に「公益の増進に著しく寄与する」業務を行う特定公益増進法人とされているからである。 公益目的事業であるためには、別表列挙事業でなければならないばかりでなく、不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与する事業でなければならない。後者の不特定多数条項は、NPO法上の特定非営利活動の定義においてすでに定められ、さらに設立・指導監督基準等においても「公益性の一応の定義として『不特定多数の者の利益』と規定」(基準1目的、指針⑴)されている。したがって、公益目的事業の要件として規定される不特定多数条項は設立・指導監督基準等の考え方を承継しているということができ、また不特定多数条項は事業の公益性を判断するための要件(基準)をなしている。 設立・指導監督基準等では、「積極的に不特定多数の者の利益の実現を目的とする」ことが公益性のメルクマールとされているのに対して、公益認定法では「不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与する」ことが公益性の判断基準をなしている。この2つの公益性のメルクマールの実質は微妙に異なる。なぜなら、設立・指導監督基準等においては積極的に不特定多数の者の利益を実現することが求められるのに対して、公益認定法では結果的に不特定多数の者の利益の増進に寄与すればよいからである。すなわち、公益認定法上の不特定多数条項については、不特定多数の者の利益について因果関係が間接的になることが許容されると解釈できることにな る(入山[2009]9頁)。ここにいわゆる「間接的公益」という問題が生じる(齋藤[2009]38- 39頁、神奈川県公益認定等審議会[2012])。 設立・指導監督基準等の考え方との違いを強調すれば、公益認定法上の不特定多数条項は、このような間接的公益を容認し公益目的事業の範囲を拡大していると解釈することも可能であろう。しかし、このような解釈を行うならば、 共益的事業の多くが結果として公益目的事業として認められてしまい、事業の公益性と共益性の境界がますます曖昧になる。このため、共益的事業等の目的が不特定多数の者の利益を意図していること、また事業に参加できる機会が一般に開かれていること等を間接的公益の判断基準とすることもある(神奈川県公益認定等審議会 [2012])。このような間接的公益についての判断基準は、設立・指導監督基準等の考え方である「積極的に不特定多数の者の利益の実現を目的とする」(下線は引用者)ことを実質的に受け継いでいるということができる。 2 8号基準における承継性と独自性 1号基準は公益目的事業が主たる目的であることを求めるので、これは法人全体の費用のうち、公益目的事業に要する費用の比率が50%以上であることを求める8号基準(公益目的事業比率)と密接に関係する。というのは、8号基 準の充足によって、法人は公益目的事業を主たる目的とすると判断されることになるからである(ガイドラインⅠ-1)。設立・指導監督基準等では、公益法人が本来行うべき「事業の規模は、可能な限り総支出額の2分の1以上である」(基準2事業⑴)ようにし、これを満たしえない場合には「事業を拡大(又は、このような事業以外への支出を削減)するように指導する必要がある」(基準2事業、指針⑶)としている。これは「収益事業の支出規模は…可能な限り総支出額の2分の1以下にとどめること」(基準2事 業⑹)と平仄が合っている。 8号基準は、設立・指導監督基準等のこのような内容を承継しつつ、公益目的事業比率の計算を明確にしている。他方において、8号基準は自己所有地の使用や融資に関するみなし費用、 無償の役務提供等に関する費用および特定費用準備資金の積立額の比率計算への算入を新たに認めることによって要件を実質的に緩和してい る。これは、公益目的事業比率を充足しうる法人の範囲拡大を意図したものと解することがで きる。 財務三基準の1つである8号基準は1号基準の補完基準たる位置を占めているものの、公益性を判断するための基準とはいえない。なぜなら、公益目的事業比率が50%未満だからといって不特定多数条項を満たしていないとはいえないからである。このことから、8号基準が公益認定基準とされることについては、別の目的ないし理由があるのではないかという疑問が生じることになる。 Ⅵ 公益認定基準における6号基準と9号基準 1 6号基準における承継性と独自性 6号基準は「その行う公益目的事業について、 当該公益目的事業に係る収入がその実施に要する適正な費用を超えないと見込まれるものであること」(5条6号)と規定される。公益目的事業は不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与すべきであり、このため、その事業の実施にあたって「動員可能な資源を最大限に活用し、無償または低廉な対価を設定することなどにより受益者の範囲を可能な限り拡大することが求められる」ので、「当該公益目的事業の実施に要する適正な費用を償う額を超える収入を得てはならない」とするものである(新公益法人制度研 究会[2006]204頁)。このように6号基準は「実費弁償」を求める。この基準は「収支相償」と いわれ、財務三基準の1つである。 6号基準における収支相償は2段階に分けて行われる。第1段階では、公益目的事業単位で特に事業に関連づけられる収入(経常収益)と支出(経常費用)の比較を行い、収入余剰が生じる場合、当該余剰額は当該事業に係る特定費用準備資金の積立額として整理される。すなわち、収入余剰相当額を特定費用準備資金として積立てることによって、それを将来の公益目的事業の費用に充てるならば、第1段階における 収支相償は満たされる。 第2段階では、第1段階の収支と、特定の事業と関係づけられない公益目的事業の収入(その他の経常収益)と支出(その他の経常費用)を合計して公益活動全体の収支の比較を行う。このとき収入余剰が生じる場合には、当該余剰額相当の公益資産取得資金への繰入れや当期の公益目的保有財産の取得に充てることが求められる。これについては、第1段階の収入余剰額の扱いと同じように、第2段階の収入余剰額を公益資産取得資金に繰り入れたり、当期の公益目的保有財産の取得に充てるならば、収支相償が満たされるとされる。しかし、このような状況にない場合には、翌年度に事業の拡大等により当該余剰額と同額程度の損失になるようにすることが求められる(ガイドラインⅠ-5)。公益目的事業のみの事業を行っている法人の場合には、このような段階を経て公益目的事業の収支相償 が判定される。 これに対して、収益事業等を兼業している場合には、収益事業等の利益の50%は公益目的事業財産に必ず繰り入れなければならず、繰り入れた利益額は収支相償の第2段階における公益目的事業の収入に含められる。収益事業の利益の繰入額を含む収入が支出を超過する場合、収入余剰額について前述のような公益資産取得資金への繰入れや当期の公益目的保有財産の取得に充てる処理が求められる。収益事業等の利益については、当該利益の50%を超えて公益目的事業財産に繰り入れることも認められている。この場合には、収支相償の第2段階において公益資産取得資金の積立・取崩や公益目的保有財産の当期取得支出・売却収入等の調整計算を行ったうえで、支出超過額に相当する額が収益事業等の利益の50%を超えて100%を限度にして繰り入れられる。 設立・指導監督基準等では、次のようなことが示されている。すなわち、公益活動は会費収入や基本財産運用収入等によって賄われるべきであるが、社会経済情勢の変化等によりこれらの収入のみでは公益事業を継続して行うことが困難な場合があるから、公益事業の受益者に対して事業の費用の負担を求めることもやむを得ない。しかし、「受益者に対して対価を求める場合であっても、その事業の収入、支出は均衡 することが望まし」い。しかも、公益事業で利益が生じている場合には、「対価を引下げ、受益対象の拡大等を図ることにより、収入、支出の均衡を図らねばならない」としている(基準 2事業⑸指針⑴⑵⑶)。これに明らかなように、設立・指導監督基準等は、公益事業の収支均衡すなわち収支相償を図ることを求めているので、 公益認定基準における6号基準はそれを承継していることになる。 収益事業について、設立・指導監督基準等は次のように位置づける。すなわち、「法人の健全な運営を維持し、十分な公益活動を行うための収入も確保する必要があり」、「この収入を 確保する一つの方法として、収益事業を行うことが考えられる。」(基準2事業⑹指針⑴)「収益事業を行うことが認められるのは、あくまで公益目的を実現するための手段であるから」、「収益事業からの利益は…公益事業のために積極的 に用いる必要があり、公益事業のために使用する額は可能な限り2分の1以上とする必要がある。」(基準2事業⑹指針⑷③)公益認定基準における6号基準の収益事業等の利益の50%の繰入れまたは50%超の繰入れは、設立・指導監督基準等の考え方を承継し、それをより明確にしていることがわかる。 6号基準の収支相償と設立・指導監督基準等の収支均衡とは同じものに見えるが、それらは実質的に同一のものと考えることができるのか。 答えは否である。設立・指導監督基準等では、公益事業において収支の均衡を図ることは望ましいものの、公益事業について「当該法人の健全な運営に必要な額」の利益(収入余剰額)を 保有することが認められる(基準2事業⑸)。これに対して、6号基準は、公益目的事業において収入余剰が生じる場合、当該収入余剰額を、特定の目的のない、内部留保になりうるような曖昧な形の「健全な運営に必要な額」とせずに、将来の公益目的事業に対して確実に使用(再投下)させるようにしている。すなわち、6号基準には、公益目的事業からは当該公益目的事業に拘束されない自由選択性の資金を収入余剰額という形で創出させないという考え方が明確に存在している。設立・指導監督基準等における 「健全な運営に必要な額」の内部留保に関することは、公益認定基準では、次に述べる9号基準で取り扱われていると考えられる。 6号基準は8号基準と同様に、1号基準の補完基準たる位置を占めているものの、公益性を判断するための基準とはいえない。なぜなら、公益目的事業からの収入余剰額を自由選択性の資金として保有したとしても、不特定多数条項を満たしていないとはいえないからである。このことから、6号基準が公益認定基準とされることについては、8号基準と同様に別の目的ないし理由があるのではないかという疑問が生じる。 2 9号基準における承継性と独自性 9号基準は、遊休財産額が一定額を超えてはならないとするものであり、これは遊休財産保有制限といわれ、財務三基準の1つである。ここに遊休財産額とは、公益目的事業等の用に供していない財産額であり、それは純資産額から基金および控除対象資産(公益目的保有財産や資産取得資金等の具体的な使途が定められている財産) を控除して計算される。このようにして計算された遊休財産額は、公益目的事業を翌事業年度も引き続き行うために必要な額、すなわち1年分の公益目的事業費相当額を上限として保有することが認められる。遊休財産額に対してこのような制限を課すのは、公益認定の対象となる法人は公益目的事業を実施することが期待されているので、公益目的事業とは関係のない財産の過大な蓄積は財産の死蔵につながり、資金拠出者である寄付者等の意思にも反するからである(新公益法人制度研究会[2006]206頁)。したがって、遊休財産額はあくまで公益目的事業のために速やかに使用されることを前提にして認められていると考えられる。 設立・指導監督基準等では、「物価水準や金利等の社会経済情勢の変化や、会員数の増減等の法人に関する状況の変化等を考慮すると、公益事業を適切、継続的に行うためには、ある程度のいわゆる『内部留保』を有することは必要である」としている(基準2事業⑸、基準5財務 及び会計⑺指針⑴)。当該内部留保の額は、貸借対照表上の純資産額から一定項目の金額を控除して計算するので(基準5財務及び会計⑺指針⑶)、この計算方法は9号基準に承継されていること になる。 設立・指導監督基準等では、内部留保の水準は「過去の収入の変動等を考慮しつつ、社会経済情勢の変化等が生じた場合であっても、当該法人が実施している公益事業を、当面支障なく実施できる程度にとどめる」(基準5財務及び会 計⑺指針⑵)べきであるとしているので、遊休財産保有額は公益目的事業を翌事業年度も引き続き行うために必要な額(1年分の公益目的事業費相当額)を超えてはならないとする9号基準 は、設立・指導監督基準等の考え方を承継し、より明確にしている。また設立・指導監督基準等では、「その(内部留保の…引用者)水準は… 原則として、一事業年度における事業費、管理費及び当該法人が実施する事業に不可欠な固定 資産取得費…の合計額の30%程度以下であることが望ましい」(基準5財務及び会計⑺指針⑵)としているのに対して、9号基準は遊休財産保有額と公益目的事業との関係づけを明確にし、管理費に係る遊休財産は認めないので、この点で、 設立・指導監督基準等の考え方の修正を行って いる。 財務三基準の1つである9号基準も1号基準の補完基準たる位置を占めているものの、公益性を判断するための基準とはいえない。なぜなら、遊休財産保有制限を超えて財産を内部留保したとしても、それによって不特定多数条項を満たしていないとはいえないからである。このことから、9号基準が公益認定基準とされることについては、6号および8号基準と同様に別の目的ないし理由があるのではないかという疑問が生じる。 Ⅶ  結び―財務三基準は何を判断する基準か― 公益認定基準に対する多くの批判は6号基準 (収支相償)に向けられる。例えば、収支相償は官庁予算主義の考え方によって単年度をベース にしているとする批判がある(入山[2009]10 頁)。単年度ベースで収支相償を判定することについては、複数年度の収支状況を対象に収支相償への適合性を判定することを求める要望もある(内閣府公益認定等委員会[2014]4頁)。このような要望等は主に小規模法人に関係しているが、例えば次のようなものがある。すなわち、「単年度では偶発的事象により収支相償を満たせない場合」がある、「複数年度の実績で判定することが合理的である」、また「収支を相償させるために無駄な支出を行うなどモラルハザードが生じる」等がある(内閣府公益認定等委員会・公益法人の会計に関する委員会[2014]4⑴)。 これらの批判や要望の基礎には、「事業遂行上収支の相償を要求されたのでは、どんな事業も継続できない」(堀田[2011] 34頁)から、公益目的事業からの収入余剰は、将来の公益目的事業のために特に使途を定めない資金として保有が許容されてもよいのではないかという考え方があると考えられる。なぜなら、例えば次の ような要望があるからである。すなわち、「特に内容を限定せず公益目的事業費に充てる財産 としての財政安定化資金を設けることができれば、災害等の不測の事態の際の公益事業のニー ズにも対応でき、また剰余金の発生を抑制するための無駄な消費を防止する効果もある」(内閣府公益認定等委員会・公益法人の会計に関する委 員会[2014]4⑴)。 不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与する公益目的事業を継続的に実施し、さらに当該事業を拡大して実施できるようにするためには、 当該事業によって収入余剰が発生する場合、それを将来の公益目的事業に向けて積極的に活用することが求められる。その活用としては、将来の公益目的事業の特定の計画のもとに使途目的を制約して資金を効果的に使用することが考えられるし、また災害等の不測の事態における公益事業のニーズ等に対応するために使途を限定しない任意の資金留保(例えば「財政安定化資 金」)を図っておくことも考えられる。これからすれば、公益目的事業による収入余剰の一部 を資金使途を限定しない自由選択性の資金の形で留保することは、それが過大にならない限り、 公益目的事業の継続的かつ拡大的な実施にとってむしろ必要なことであり、事業の公益性の判断に影響を及ぼすものではないと考えられる。 6号基準は、将来への公益目的事業の継続や拡大のために、公益目的事業からの収入余剰の発生を認めている。しかし、そこでの収入余剰額は、将来の特定の事業費等に特別に支出するための積立額(特定費用準備資金)や公益目的保有財産の取得・改良に充てるための保有資金額 (公益資産取得資金)等の形態で保有し、資金の使途を限定し計画的に将来の公益目的事業に投下することが求められる。すなわち、将来の公益目的事業に投下されるとしても、資金使途を限定しない自由選択性の資金の留保は認めていない。公益目的事業による収入余剰額を、使途を限定しない自由選択性の資金の形態で保有することを認めない6号基準には、公益性の判断とは別の目的や論理が潜在しているのでないか。 それを考える手がかりは、公益認定基準と税制上の優遇措置との連動性にある。既述のように、収益事業が法人税法施行令に掲げる34種に該当する事業であっても、当該収益事業が公益目的事業に該当すると第三者機関によって判断されれば、当該収益事業は非課税扱いとなる。 また公益法人にはみなし寄附金制度が適用され、さらに公益法人に対しては特定公益増進法人としての寄附金優遇措置が適用される。これらの 税制上の優遇措置が適用されるのは、収支相償基準によって、公益目的事業について「収支差額が恒常的には生じ得ない収支構造が制度上確保されている」からである(原[2011] 44頁)。 公益目的事業は本来、公益目的財産を最大限に活用し、無償または低廉な対価を設定することによって受益者の範囲を可能な限り拡大し、不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与することが求められる。したがって、そこでは公益目的事業によって恒常的に収入余剰が生じることはなく、たとえ収入余剰が発生したとしても、それは将来の公益目的事業の継続または拡大のために確実かつ計画的に消費されることが予定されている。換言すれば、公益目的事業とは恒常的に収入余剰を発生させることのない事業であるとする論理が収支相償によって担保されるので、その結果として税優遇措置が適用されることになる。このような論理が収支相償を求め る6号基準に潜在していると考えられるので、 6号基準は税優遇を判断するための基準としての性格を持っていると結論づけることができる。 公益認定基準と税優遇措置との連動性に着目すれば、公益目的事業よりも収益事業等の割合が大きい法人は外形的に剰余獲得等を目的とする営利法人等に接近することになるから、そのような法人にはそもそも税優遇措置を適用する余地はない。したがって、公益目的事業に要する費用の比率が50%以上であることを求める8号基準は、公益目的事業が法人の過半を占める主要事業であることを外形的に担保することになるので、それは6号基準と相俟って税優遇判断基準としての性格を持つことになる。 収支相償を公益目的事業に対して厳格に求めると、法人の財務基盤に余裕がなくなり、不測の事態に十分な対応ができず、公益目的事業の継続に支障をきたすおそれがあるため、遊休財産の保有が認められる。しかし、9号基準は遊休財産の保有に一定の制限をかける。これについて、例えば「単年度において諸事情により公益目的事業費が低くなってしまうこと」や、会費納入時期が年度末近くである場合、「期末時点において一時的に資金が多くなること」などの理由から、遊休財産の保有制限を緩和できな いかという要望がある(内閣府公益認定等委員会・公益法人の会計に関する委員会[2014]4⑴)。 公益目的事業を主要事業とする法人では、公益目的事業とは関係のない財産を蓄積し増大することが目的とされるわけではなく、不測の事態等に対処し公益目的事業を継続させるために、それに充てることができる財産を保有することが必要とされているにすぎない。公益認定基準と税優遇措置との連動性に着目すれば、公益目的事業とは関係のない過大な遊休財産の保有は剰余を獲得し剰余財産の増大を図る営利法人等 に接近することになるので、そのような法人に対して税優遇措置を講じる必要はない。9号基準が遊休財産の保有を1年分の公益目的事業費相当額に限定するのは、遊休財産は公益目的事業のために速やかに使用されることを前提に、過大な遊休財産を保有させないようにしているからである。したがって9号基準は、公益目的事業とは関係のない遊休財産を過大に保有して いないことを担保することになるので、6号基準および8号基準とともに、税優遇判断基準としての性格を持つことになる。 6号基準、8号基準および9号基準は、公益認定基準の中でも特に財務三基準と呼ばれる。 財務三基準は、公益性判断基準である1号基準を補完する基準であるものの、公益性判断基準そのものではなく、それは税制上の優遇措置が受けられるかどうかを判断する税優遇判断基準であると結論づけられる。 [注] 1) 個人からの寄附金に対する税額控除制度にいては、例えば初谷[2014]を参照。 2) 3)公益認定基準の分類が一様でないことは、例えば次の文献を比較対照するとわかる。新公益法人制度研究会[2006]199-200頁、齋藤[2009]43頁、江田[2012]14-15頁。2分類のうち公益目的事業の実施の確保による分類は、細分類することが可能である。しかし、本論文ではそのような細分類は行ってい ない。 4) 設立・指導監督基準等の形成過程の記述は、 岡村[2000]1-3頁によっている。 5) 設立・指導監督基準等を承継することは、 「有識者会議報告書」[2004]14頁でも述べられている。 [参考文献] 公益法人制度改革に関する有識者会議[2004] 『報告書』行政改革推進事務局。 新公益法人制度研究会[2006]『一問一答 公益法人関連三法』商事法務。 森泉 章[1977]『公益法人の研究』勁草書房。 入山 映[2009]「公益法人制度改革、私はこう評価する―問題点とさらなる改革への処方箋―」『NPOジャーナル』第24巻、6-13頁。 江田 寛[2012]「公益認定制度における 『財務三基準』の意義」『公益・一般法人』 第826号、13-19頁。 大内俊身[2010]「非営利法人制度の現状と課題」(レジュメ)非営利法人研究学会第14回全国大会(2010年9月25日)(キ ー ノートスピーチ)。 岡村勝義[2000]「公益法人の情報公開制度 ―非営利組織の会計研究の手掛かりとして ―」『経済貿易研究』第26号、1-17頁。  閣議決定[2004]「今後の行政改革の方針」、 別紙3「公益法人制度改革の基本的枠組み」(平成16年12月24日)。 神奈川県公益認定等審議会[2012]「公益性と共益性の限界事例についての考え方―公益目的事業としての研修等の考え方―」 (平成24年5月11日)。 内閣府公益認定等委員会[2013]「公益認定等に関する運用について(公益認定等ガイドライン)」(平成25年1月23日改正)。 内閣府公益認定等委員会[2014]「公益認定等委員会だより」第33号(平成26年8月1 日)。 内閣府公益認定等委員会・公益法人の会計に 関する委員会[2014]「公益法人の会計に関する諸問題の検討状況について」(平成 26年4月18日) 内閣府公益認定等委員会事務局[2013]「新しい公益法人制度に係る質問への回答 (FAQ)」(平成25年6月現在)。 公益法人等の指導監督等に関する関係閣僚会議幹事会 [1996]「『公益法人の設立許可及 び指導監督基準の運用指針』について」 (申合せ)(平成8年12月19日)。 齋藤真哉[2009]「非営利組織の公益性評価 ―公益認定の基準を踏まえて―」『非営利法人研究学会誌』第11巻、36-47頁。 塩野 宏[2009]「行政法における『公益』 について―公益法人制度改革を機縁として―」『日本学士院紀要』第64巻第1号、25 -46頁。 谷口知平[1951]「公益法人の在り方について」『私法』第4号、74-88頁。 内閣府[2014]「公益法人制度改革の進捗と成果について―旧制度からの移行期間を終えて―」(平成26年5月)、1-9頁。 初谷 勇[2014]「―内閣府・実態調査結果にみる―公益社団・財団法人における寄附金収入の実態と税額控除制度の影響」『公益・一般法人』第872号、12-23頁。 堀田 力[2011]「制度設計の歪みが起こす問題点」『ジュリスト』第1421号、32-38 頁。 原 一郎[2011]「公益社団・財団法人(消費税、合併を含む)」『日税研論集』第60巻、 43-64頁。 (論稿提出:平成26年11月25日)

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    当学会における研究成果は、学会誌や全国大会等で配布される報告書として紙媒体で公表されております。しかし、そうした研究成果をネット上でも閲覧できることが、当学会の会員にとって利便性が高いと考えられます。さらに、当学会が公益社団法人であることを考慮するならば、研究成果を学会内に留めるのではなく、広く社会一般に積極的に公表していくことが求められるものと考えます。 そこで令和2年9月25日開催の理事会での決議に基づき、学会誌に所収されている論文や研究ノート、資料等、並びに各分野別研究会やスタディ・グループ、さらに受託研究等の報告書等について、執筆者の許諾を得て、次のスケジュールにて当学会のホームページに掲載いたしたいと存じます。 【学会ホームページ上での公表】 学会誌発行後または報告書による報告後約6か月間は、会員のみが閲覧可能なページに掲載し、その後一般に閲覧可能とする。

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