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≪論文≫社会福祉法人のガバナンスの現状と課題― ガバナンス・コードを視野に― / 吉田初恵(関西福祉科学大学教授)

更新日:2023年1月13日

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関西福祉科学大学教授 吉田初恵



キーワード:

社会福祉法人のガバナンス ガバナンス・コード 社会福祉法人制度改革 ステークホルダー・ガバナンス 対話


要 旨:

 2017年4 月、社会福祉法人制度改革がガバナンス強化を主眼に施行された。しかしながら、拙速に形を整えた社会福祉法人のガバナンスは形式化し、実態として機能していない法人が少なからず見受けられる。社会福祉法人には、なぜガバナンスの強化が必要なのかを理解することが求められる。行政主導の形式的なガバナンスから実効性のある自主的なガバナンスをいかに構築するのかが、社会福祉法人のこれからの課題である。


構 成:

Ⅰ はじめに

Ⅱ  コーポレートガバナンスと社会福祉法人のガバナンス

Ⅲ 社会福祉法人制度改革の経緯とポイント

Ⅳ 社会福祉法人のガバナンスの現状と問題・課題

Ⅴ 社会福祉法人のガバナンス・コード

Ⅵ 結び


Abstract

In April 2017,social welfare corporation system reform was implemented with a focus onstrengthening governance. However, the governance of social welfare corporations that havebeen hurriedly shaped is formalized, as a matter of fact, many corporations are not functioning.Social welfare corporations need to understand why governance needs to be strengthened. Thefuture issue for social welfare corporations is how to build their effective and voluntarygovernance beyond formal governance led by the government.


 

Ⅰ はじめに

 社会福祉法人は公益性と非営利性を併せもち、市場の失敗、政府の失敗を補完するミッションに基づいた社会福祉事業を行う法人である。したがって、ガバナンスとアカウンタビリティによって社会的な信頼を高め、社会福祉法人の存在価値を高めることが求められる。

 だが、実際には、法人を私物化している理事長や理事が散見され、また、不正や不祥事などの問題もあり、社会福祉法人の存在意義が問われている。

 このような現状を踏まえ、2017年4 月、ガバナンス強化を主眼にして、事業運営の透明性の向上、財務規律の強化等を柱に社会福祉法人制度改革が施行された。しかしながら、ガバナンス強化の重要性を理解していない社会福祉法人が社会福祉法人制度改革の施行に合わせて、拙速に形を整えたガバナンスは、実態として機能していない。社会福祉法人の存在意義、信頼性のためには、ガバナンスが必要であることを社会福祉法人自体が認識し、行政主導の形式的なガバナンスから一歩踏み込んで、実効性のあるガバナンスをいかに構築するのかが、社会福祉法人のこれからの課題である。

 本稿は、まず、社会福祉法人の特徴とガバナンスについて概説し、社会福祉法人のガバナンス強化を中心とした社会福祉法人制度改革に至る経緯を述べ、制度改革以降の社会福祉法人のガバナンスの現状を検討し、問題点と課題を整理する。

 最後に社会福祉法人がガバナンスを強化することによって、効率性、有効性、有用性を担保し、社会から信頼される組織になり得るための試みとして、ガバナンス・コードの策定について若干の考察を加える。


Ⅱ  コーポレートガバナンスと社会福祉法人のガバナンス

 営利法人、非営利法人を問わず、経営組織にはガバナンスが求められており、株式会社には、会社法改正により、コーポレートガバナンスについての規律が強化されている。日本経済団体連合会は、「我が国におけるコーポレートガバナンス制度のあり方について」の中で、コーポレートガバナンスを強化することによって、不正行為を防止するとともに、競争力・収益力を向上させ、長期的な企業価値の増大に向けて、企業経営の仕組みをいかに構築するのかという問題を論じている1 )。一般論として、株式会社では、出資者である株主が所有権者であり、経営者を監視している。いわゆるプリンシパル・エージェント問題である。プリンシパルである株主がエージェントである経営者をモニタリングすることによってモラルハザードを防ぐ仕組みがコーポレートガバナンスである。

 株式会社におけるプリンシパル・エージェント問題を中心としたエージェンシー理論とは、プリンシパルはエージェントの提供するサービスや行動について、限られた情報しかないため(情報の非対称性[asymmetric information])、エージェントの行動が制約されない限り、エージェントは自己利益で行動する傾向が極めて高いと想定している。プリンシパルが意思決定権の一部を委譲することから、エージェントが利己的行動と機会主義的行動をする余地が生まれることになる。エージェントの機会主義的行動を抑制し、情報の非対称性を最小化するため、権限委譲の構造とそれに合致するモニタリングシステムとインセンティブシステムを設計することが組織内のガバナンス構造の設計にとって本質的に重要となる2 )

 株式会社と同様に社会福祉法人にもプリンシパル・エージェント問題がある。しかしながら、社会福祉法人は非営利法人であることから株式会社のガバナンスと仕組みが異なってくる。 社会福祉法人は資産を寄付することによる「所有権なき法人」であり、設立者がその出資金の所有権を喪失することが大きな特徴となっている。出資持分が存在しないため、事業を源泉とする利益配当がなく(分配禁止の拘束)、また残余財産処分権もなく、原則国庫に帰属する。 分配禁止の拘束は、社会福祉法人と理事長への規律としてのガバナンスにはプラスに作用するが、理事長の過剰な報酬や私的流用などを監視し統制することはできないし、分配禁止の拘束だけでは、不正行為をする理事長を排除することは容易ではない。

 所有権者が存在しないこと自体が組織の私有性を否定していることを意味することから、一応は株式会社よりも潜在的な信頼性を保証していることにはなるが、社会福祉法人は利潤の最大化ではなく、別のミッションを目的に行動しているため、目的が利益追求に収斂しないだけに、理事長の裁量範囲はより拡大するおそれがある3 )

 また、所有権があることによるガバナンスが社会福祉法人には機能しないことで、結局はステークホルダーと理事長との関係が逆転して理事長支配の傾向が生じる。その結果、利益の内部化が行われるために、過剰報酬・自己取引・内部補助・偽装などのモラルハザードが発生する4 )

 税の優遇や補助金を享受している社会福祉法人は、公益性・社会貢献度の観点からそれに見合った正当性(legitimacy)が必要であり、それに対応する社会福祉法人のガバナンスを構築しなければならない。

 社会福祉法人は所有権者がいないので、ガバナンス主権者が誰であるかが重要である。社会福祉法人は社会の多様なステークホルダーに認知されなければ存続できないという理由からマルチステークホルダーがガバナンスの主権者であるとするのが妥当であろう。

 しかしながら、社会福祉法人の理事長と利用者および地域社会等のステークホルダーとの間で情報の非対称性が大きいこと、社会福祉法人が提供するサービスのコスト負担者(納税者や社会保険の被保険者)と受益者が異なることなどから、ガバナンスを機能させることは難しい5 )


Ⅲ  社会福祉法人制度改革の経緯とポイント

1  社会福祉法人制度改革の経緯

 散見される社会福祉法人の不正や不祥事は、一部の不届き者の問題ではなく、先述したように、プリンシパル・エージェント問題によるモラルハザードも関係している。 介護保険制度の創設により、福祉サービスの仕組みが措置制度から利用契約制度へと移行した。そのため、利益至上主義の偽装された社会福祉法人が参入してきたが、モニタリング(監視・牽制)するガバナンスが法的に規定されていなかったことが理事長や理事のモラルハザードの素地になった。

 また、一部の社会福祉法人の内部留保問題、不祥事などがマスメディアで報道され、社会福祉法人に対する国民の不信感が強まったのである。このような社会的機運の高まりもあり、社会福祉法人のガバナンス強化が求められるようになった。


2  社会福祉法人制度改革のポイント

 社会福祉法人の内部環境・外部環境の変化によって、社会福祉法人のあり方が問われるようになり、平成29(2017)年4 月に社会福祉法人制度改革が施行されるに至った。社会福祉法人制度改革は、社会福祉法人が公益財団法人と同等以上の公益性・非営利性を有する公益法人であることから、2008年の公益法人制度改革が参考にされている。理事・評議員の相互の牽制関係を中心に据えた公益法人制度改革と同じく、社会福祉法人制度改革も「経営組織のガバナンスの強化」を中心に制度改革が行われた。この制度改革は、昭和26(1951)年3 月に社会福祉法が成立し、社会福祉法人が創設されて以来の大改正になった。今回の改革の5 つの柱は次の

通りである6 )

 ① 経営組織のガバナンスの強化:理事・理事長に対する牽制機能の発揮、議決機関としての評議員会を必置、一定規模以上の法人への会計監査人の導入等

 ② 事業運営の透明性の向上:財務諸表の公表等について法律上明記

 ③ 財務規律の強化:適正かつ公正な支出管理の確保、いわゆる内部留保の明確化

 ④ 地域における公益的な取り組みを実施する責務:社会福祉法人の本旨に従い他の主体では困難な福祉ニーズへの対応を求める

 ⑤ 行政の関与のあり方:所轄庁による指導監督の機能強化

 この改正で、すべての社会福祉法人において評議員会設置が義務化され、保育所や介護施設を運営している法人も評議員会を設置しなければならなくなった。

 評議員会・評議員が経営組織のガバナンスの要を担うようになり、重要な機関として位置付けられたことから、評議員の人選について、十分に検討する必要が出てきた。ガバナンス強化のために、評議員・理事・監事等の役員は、それぞれ兼職禁止になり、親族その他特殊関係者が役員等に選任されることへの制限が設けられた。


Ⅳ  社会福祉法人のガバナンスの現状と問題・課題

 社会福祉法人制度改革施行後の社会福祉法人の現状と問題・課題について述べる。


1  評議員・評議員会

 社会福祉法人の理事長・理事が利用者の利益を損ね、自己利益を追求する行動を監視・牽制する役割を担っているのが評議員であるが、新たに任命された評議員は、期待されるような機能を果たしているのだろうか。評議員会の設置は、形式的に法令遵守されているものの、親族ではない地元の名士、その法人にそれほどコミットしていない有識者による評議員会は、理事長や理事のラバースタンプ(傀儡)になっている。 拙速に形を整えた社会福祉法人のガバナンスは形骸化していき、実態として機能していないことになりかねない。そうなれば、利用者・家族、地域住民などステークホルダーの信頼は失われてしまう。理事長や理事会に対して、評議員会にいかに独立性をもたせるのかが課題である。


2  理事長のオーナーシップ

 理事長は所有権者ではないが、重要な意思決定を独占し、実質的なオーナーとなっている場合がある。理事長一族が法人を私物化し、世襲制で社会福祉法人を経営していることがある。社会福祉法人は議決機関と執行機関とが未分化であった歴史が長く、法人運営に関する意思決定権限は、理事長をはじめとする理事会に集中している。理事長のオーナー的経営では、ガバナンスを改善するインセンティブは働きにくい。

 特に理事長等の特定の立場にある者が、理事、評議員、監事の各機関構成員の選解任に実質的な影響力を行使できるような場合や役員の独立性に問題がある場合、ガバナンスは無力化する可能性が高い。理事長のオーナーシップが社会福祉法人の最大の問題である。ガバナンスの強化と共に、理事長・理事会はビジョン、価値観に基づき、自分たちの義務を理解し、社会福祉法人の最善の利益のために戦略的リーダーシップを発揮し、客観的に決定を下す行動規範をもつことが課題である7 )


3  監査機能

 所轄庁による指導監査や立入検査は、社会福祉法人が法令等によって遵守が求められる事項に関しての運営状況を確認する等の形で実施され、コンプライアンスを担保するための重要な手段となっている一方で、形式要件が重視されやすいという実状がある。公益を一部代理する「行政」の指導監査の質の強化、標準化が課題である。

 監事には、理事の職務執行を監査し、理事が作成した財務書類等を監査することが求められるが、改革以後も監事監査が形骸化しているという問題がある。一定の独立性を担保する必要がある。監査時間が極めて限られていること、無報酬または報酬水準が非常に低いことなども問題である。監事の独立性と報酬水準の適正化が課題である。


4  情報開示

 厚労省の資料では、平成31(2019)年3 月時点で計算書類に不整合のある法人数(都道府県別)は、3 月末見込みで230法人、計算書類等をシステムに登録していない法人数(都道府県別)は、3 月末見込みで127法人であった8 )。この結果が示すように、一部の社会福祉法人は計算書類等の作成自体にも問題があるケースがみられる。正確な財務管理の必要がない、いわゆるどんぶり勘定で法人を経営していたことが露呈されたかっこうだ。

 社会福祉法人が信頼性のある情報開示によって組織の透明性を高めることで、ステークホルダーは法人への理解を深め、資源を提供する際の意思決定や組織の状況の監視ができ得る。

 税の優遇、補助金などの交付もあり、行政への情報開示によるアカウンタビリティは欠かせないが、行政に対する情報提供に偏っているため、受益者や地域住民などステークホルダーをより重視した情報開示システムの運用が今後の課題である。そのために、会計知識のない多くのステークホルダーに対して、必要な情報を正確に分かりやすく、アクセスしやすく開示することが求められる。

 また、サービスの質などの非財務情報の開示が求められる。しかし、サービスの質を評価する指標や基準が定まっていないこともあって、サービスの質などの非財務情報は適切に開示されていない。

 第三者評価機関のような情報仲介者の存在も重要である。利用者やその家族が財務諸表等の開示情報を十分に理解することが難しいため、専門性と中立性の担保された第三者評価機関による解釈が施された格付けやその他の評価情報が、サービスを利用する組織を決定する際の材料として、容易く利用できる情報開示システムの導入が課題である。

 社会福祉法人がどのように社会福祉事業活動をしているのか(プロセス)、社会福祉事業をどのように達成しているのか(アウトカム)をモニタリングできる、そして、それを推し量ることができる情報開示がこれからの課題である。組織運営の透明性を高めるためにステークホルダーが望む適切なアカウンタビリティをすることが重要である9 )


5  法人規模

① 小規模法人

 保育所等の1 法人1 施設のような小規模法人にとって、社会福祉法人制度改革のガバナンスは費用面で難しいといわれている。しかし、規模が小さい法人ほど、理事長一族のオーナー的経営の法人が多く、理事長一族のモラルハザードが生じている実態がある。社会福祉法人は比較的小規模な法人であることが多いため、小規模な法人で役職員に同族者が多い場合は、理事者または同族の役職員がガバナンスを無効化することによって、評議員の牽制機能が有効に機能しないおそれがある。理事や評議員の責任を追及する場合の公益通報者の保護が必要である。

② 大規模法人

 大規模組織の傘下組織の入れ子型ガバナンスについて、入れ子構造の下では、小規模組織のガバナンスは、より大きな法人の下部組織として位置付けられるため、小規模組織のガバナンスに関わるステークホルダーの利益を損なう可能性がある10)

③ 社会福祉法人の連携組織

 社会福祉連携推進法人は、社会福祉法人やNPO法人などの非営利法人を社員とした組織で、その社員間の共同による事業を推進することを目的としている。たとえば、社員が共同で人材等の採用・育成を行ったり、自然災害時などで各社員の利用者の安全を共同で確保する際のプラットフォームになるのが社会福祉連携推進法人である。厚生労働省は、このような連携を支援するために「小規模法人のネットワーク化による協働推進事業」などを行っている。しかしながら、小規模法人の業務風土を無視して、発言力のある法人の意向だけで進められるなどの入れ子ガバナンスの問題がある11)


Ⅴ 社会福祉法人のガバナンス・コード

 ガバナンス強化というと、規律重視の側面が強調されるが、ガバナンス・コードは経営の規律維持だけでなく、ステークホルダーからの信頼確保を通じた企業の持続的な成長も意図している。また、コーポレートガバナンス原則の起源となったイギリスのキャドバリー委員会報告書「コーポレートガバナンスの財務的側面」31では、コーポレートガバナンスとは、「thesystem by which companies are directed andcontrolled(企業を方向付け、監督するシステム)」として定義されている。


1  ガバナンス・コード

 社会福祉法人のガバナンス・コードは、現段階では策定されていないことから、わが国のコーポレートガバナンス・コードおよびイギリスの医療サービスの提供主体であるNHS(National Health Service: 国民保健サービス)Foundation Trusts(FTs)のガバナンス・コードを参考にして、社会福祉法人のガバナンス・コードを検討する12)。 2015年6 月より施行されたわが国のコーポレートガバナンス・コードは、金融庁と東京証券取引所が策定した上場企業を対象とする行動指針・規範である。

 基本原則1 :株主の権利・平等性の確保

 基本原則2 : 株主以外のステークホルダー(利害関係者)との適切な協働

 基本原則3 :適切な情報開示と透明性の確保

 基本原則4 :取締役会等の責務

 基本原則5 :株主との対話の促進

 以上の5 つの基本原則で構成されている13)。

 コーポレートガバナンスでは、「ガバナンスの主体は誰か」すなわち組織の統治主体が問題となる。企業の統治主体についても、株主主権論、従業員主権論、経営者主権論、ステークホルダー主権論、などいろいろな見解があるが、わが国のコーポレートガバナンス・コードでは、基本原則1 で「株主の権利・平等性の確保」を、基本原則2 で「株主以外のステークホルダーとの適切な協働」を掲げているように、株主の権利保護を中心として捉えつつ、ステークホルダーの権利・立場を尊重するアプローチを採っている。

2  イギリスNHSファウンデーション・トラスト(FTs)のガバナンス・コード

 イギリスでは、「NHSファウンデーション・トラスト(FTs)」を中心に、ガバナンス強化が進められてきた。FTsにおいては、患者や従業員をメンバーとするステークホルダーを基軸としたガバナンスとなっている。ガバナンス・コードその他のガイドラインが整備され、ガバナンスに参加する者が、その役割や取るべき行動についての理解を得やすい工夫がなされている14)。

 2006年にNHS法において、医療サービスの供給主体であるNHSファウンデーション・トラスト(FTs)の「The NHS Foundation TrustCode of Governance(NHS FTs ガバナンス・コード)」が策定された。企業向けに策定された「The UK Corporate Governance Code(英国版コーポレートガバナンス・コード)」を基礎に開発されており、企業向けコードと同様に「Complyor explain(遵守せよ、さもなければ、説明せよ。)」方式に基づいている。

 また、このガバナンス・コードに対する遵守状況については、年次報告書の中で開示することが求められている。FTsのガバナンス・コードは、1 章:リーダーシップ、2 章:有効性、3 章:説明責任、4 章:報酬、5 章:ステークホルダーの5 章から構成されている。

3  社会福祉法人のガバナンス・コードの検討

 FTsのガバナンス・コードとわが国のコーポレートガバナンス・コードを参考に社会福祉法人のガバナンス・コードを検討すると、サービス供給の担い手(専門スタッフ等)のガバナンス参画がガバナンス向上の前提条件になる。

 受益者(利用者・家族など)、資源提供者、従業員組織(労働組合等)、行政等のステークホルダーのニーズを代表する者が評議員会の構成員になり、ガバナンスに参画することが重要である。また、ステークホルダーによる組織運営・監督への直接的な参画を図る方法以外に、ステークホルダーのニーズ、期待および懸念を確認するとともに、ステークホルダーに対して組織の考え方を説明し、必要に応じてステークホルダー間の対立する利害を調整するための方法として、ステークホルダーとの対話を深めることが考えられる。このようなステークホルダーとの建設的な目的をもった対話は、ステークホルダー・エンゲージメントと呼ばれる15)。

 公益を担保するには、マルチステークホルダー・ガバナンスが必須である。マルチステークホルダーとのガバナンスプロセスは、対話⇒討議⇒協働(協働ガバナンス)になり、このサイクルを繰り返すことによって、社会福祉法人とステークホルダー同士の結び付きを強めることができる。

 ステークホルダーを基軸とした協働ガバナンスはステークホルダーのニーズを反映し、社会福祉法人をモニタリングすることができる。ステークホルダーとの対話により、社会福祉法人への社会的信頼も高まり、社会福祉法人の社会的存在意義を高めることができる。

 マルチステークホルダーとの対話・協働により、地域社会が社会福祉法人に何を期待しているのかが分かってくる。これにより、地域社会のニーズに基づいた社会福祉事業および公益事業の策定ができる。社会福祉法人による「地域における公益的な取り組み」を具現化することができる。


Ⅵ 結び

 エージェンシー理論によるガバナンスやマルチステークホルダーとの協働によるガバナンスなど、社会福祉法人のいくつかのガバナンスを示したが、必ずしもマルチステークホルダー・ガバナンスがどの法人にも合致するわけではない。法人の発展段階、歴史、規模などによって、それぞれに最適なガバナンスがある。エージェンシー理論によるガバナンスとマルチステークホルダー・ガバナンスを組み合わせて最適なガバナンスを構築することが考えられる。 特に、専門スタッフ等をステークホルダーとして、ガバナンスに参画できるようにすることで、社会福祉法人は透明性のある健全な経営ができる。そうすることで、専門スタッフのモラールも上がり、経営効率のアップと利用者により良いサービスができるようになる。利用者・受益者の満足(customer satisfaction)を充足させたことに対する専門スタッフの満足(employee satisfaction) が内発的動機(intrinsicmotivation)になって組織は持続し発展する。


[引用文献]

1)関川芳孝[2015]「社会福祉法人に求められる新たなガバナンスのあり方」、第4 回:情報開示によるガバナンス改善、福祉医療経営情報、WAMNET。https://www.int.wam.go.jp/sec/com/content/wamnet/pcpub/top/fukushiiryokeiei/syakaifukushi /syakaifukushi004.htm(l 最終閲覧2018.8)。 

2)堀田和宏[2012]『非営利組織の理論と今日的課題』丸善出版、621-623頁。

3)堀田[2012]『前掲書』、716頁。 

4)堀田[2012]『前掲書』、717頁。

5)日本公認会計士協会[2017]『持続可能な社会保障システムと支える非営利組織のガバナンスの在り方に関する検討会』非営利法人委員会研究報告第31号、29頁。https://jicpa.or.jp/specialized_field/files/ 2 -13-31- 2 -20170125.pdf(最終閲覧2018.8)。

6)厚生労働省[2015]『社会保障審議会福祉部会報告書〜社会福祉法人制度改革について〜 』。https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-12004000-Shakaiengokyoku-Shakai-Fukushikibanka/0000050269_1.pd(f 最終閲覧2020.6)。

7)Welcome to GOV.UK[2017]Section A:Leadership A.1 The role of the board ofdirectors, NHS foundation trusts: Code ofGovernance ,pp.16-17.

 https://www.gov.uk/(最終閲覧2020.8)。

8)厚生労働省[2019]『社会福祉法人の事業展開等に関する検討会(第1 回)―参考資料1― 』、9 頁。https://www.mhlw.go.jp/content/12000000/000502768.pd(f 最 終 閲 覧2020.9)。

9)堀田[2012]『前掲書』、874頁。

10)井上真[2007]「森林ガバナンスにおける入れ子構造の両義性―インドネシア東カリマンタン州の事例より―」、『公共研究』 第4 巻第3 号、千葉大学、16頁。

11)厚生労働省[2019]『社会福祉法人の事業展開等に関する検討会―報告書―』。

 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_04399.htm(l 最終閲覧2020.9)。

12)Stephen Hay, Managing Director. [2014] TheNHS Foundation Trust Code of GovernanceUpdated July 2014. Monitor making thehealth sector work for patients. https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/327068/CodeofGovernanceJuly2014.pdf(最終閲覧2020.7)

13)金融庁[2018]『スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議―コーポレートガバナンス・コードの改訂と投資家と企業の対話ガイドラインの策定について―』。https://www.fsa.go.jp/news/30/singi/20180326-1.htm(l 最終閲覧2018/ 9 /03)。

14)日本公認会計士協会[2017]『前掲書』、44頁。

15)堀田[2012]『前掲書』、866頁。


[参考文献]

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源由理子[2013]「協働のガバナンスが、社会課題を解決する。」社会・ライフ、Meiji.net。https://www.meiji.net/life/vol06_yurikominamoto(最終閲覧2020.8)。


(論稿提出:令和3 年1 月27日)

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